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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特174条1項  A61K
管理番号 1339170
異議申立番号 異議2015-700092  
総通号数 221 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-05-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-10-15 
確定日 2018-03-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5701245号発明「アルツハイマー病およびニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の病気を治療および予防するための中鎖トリグリセリドの使用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5701245号の特許請求の範囲を平成29年10月2日付け訂正請求書に添付して提出された「訂正した特許請求の範囲/特許第5701245号」に記載された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6?10、12〕、11について訂正することを認める。 特許第5701245号の請求項6?10、12に係る特許を維持する。 特許第5701245号の請求項1?5、11に係る特許に対する特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5701245号の請求項1?12に係る発明についての出願は、平成13年5月1日(パリ条約による優先権主張 2000年5月1日、米国(US))を国際出願日とする特願2001-579803号の一部を平成24年5月7日に新たな特許出願としたものであり、平成26年5月14日付けで拒絶査定がなされたのに対し、平成26年9月19日に審判請求がなされ、平成26年9月19日付けで手続補正がなされた後、平成27年2月27日に特許権の設定登録がなされた。その後の経緯は以下のとおりである。
・平成27年10月15日付け:特許異議申立人 大隅庸平から特許異議の申立て
・平成28年5月17日付け:取消理由通知(1回目)
・平成28年8月12日付け:訂正請求(1回目)及び意見書提出(特許権者)
・平成28年11月10日付け:訂正請求(1回目)に対する意見書提出(特許異議申立人)
・平成28年12月1日付け:取消理由通知(2回目)
・平成29年3月6日付け:訂正請求(2回目)及び意見書提出(特許権者)
・平成29年5月15日付け:訂正請求(2回目)に対する意見書提出(特許異議申立人)
・平成29年6月30日付け:取消理由通知(決定の予告)
・平成29年10月2日付け:訂正請求(3回目)及び意見書提出(特許権者)
なお、特許異議申立人に対して、平成29年10月2日付け訂正請求(3回目)に対する意見書を提出する機会を与えたが、意見書は提出されなかった。

第2 平成29年10月2日付け訂正請求(3回目)について

平成29年10月2日付け訂正請求(3回目)(以下、「本件訂正請求」という。)の適否について、検討する。

1 訂正の内容

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1?5を削除する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6の「グルコース存在下」を、「脳中のグルコースの存在下」と特定する訂正を行う。請求項6を引用する、請求項7?10及び12も実質的に同様に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6の「式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸」を、「式中、100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」と特定する訂正を行う。請求項6を引用する、請求項7?10及び12も実質的に同様に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項11を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項12の「請求項6?11に記載の使用」を「請求項6?10に記載の使用」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び新規事項の有無

(2-1)一群の請求項について

訂正事項1に係る訂正前請求項2?5はいずれも訂正前請求項1を引用しているので、訂正前請求項1?5に対応する訂正後請求項1?5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
訂正事項2及び3に係る訂正前請求項7?10、12はいずれも訂正前請求項6を引用しているので、訂正前請求項6?10、12に対応する訂正後請求項6?10、12は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
訂正事項4は、訂正前請求項11のみを削除するものであり、訂正事項5は、訂正事項4により訂正前請求項11が削除されたことに伴い、訂正前請求項12から請求項11の引用を削除するものである。

(2-2)訂正事項1について
訂正事項1は、請求項1?5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。そして、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものであり、願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」ともいう。)、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(2-3)訂正事項2について
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項6の「グルコース存在下」を、「脳中のグルコースの存在下」と特定して、グルコースの存在部位が「脳中」であることを明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものである。
そして、本件特許明細書の段落【0037】における「MCTまたは脂肪酸の経口および静脈内投与は、高ケトン血症状(hyperketonernia)を引き起こす。高ケトン血症状により、グルコース存在下でさえ、ケトン体が脳中でエネルギーとして利用される。」という記載からみて、本件特許明細書では「脳中」にグルコースが存在することを前提として、ケトン体を「脳中」でエネルギーとして利用することが記載されているといえる。
よって、グルコースの存在部位を「脳中」に特定して明確にする訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(2-4)訂正事項3について
訂正事項3は、特許請求の範囲の請求項6の「式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸」を、「式中、100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」と特定して、式Iの中鎖トリグリセリド中の脂肪酸の化学構造を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものである。
ここで、訂正事項3における「%」は、特許請求の範囲の請求項6の中鎖トリグリセリドを構成する脂肪酸であるR1、R2、R3の合計を100%とした場合の割合を示すものであり、「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸である」はR1、R2およびR3の全ての脂肪酸が炭素鎖長6であることを意味する記載であり、「95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」とは、(R1+R2+R3)の合計の95%以上の脂肪酸が炭素鎖長8であることを意味する記載であると解するのが自然である。
そして、「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸である」ことは、本件特許明細書の段落【0032】の「好ましい実施形態において、上記方法はMCTの使用を含み、ここでR1、R2、およびR3は、6個の炭素からなる主鎖を含む脂肪酸(トリ-C6:0)である。」という記載を根拠とするものであり、「95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」ことは、本件特許明細書の段落【0041】の「50gのMCT(95%トリC8:0)」という記載を根拠とするものであり、いずれも願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であると認められる。
よって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(2-5)訂正事項4について
訂正事項4は、請求項11を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。そして、訂正事項4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(2-6)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正事項4により請求項11が削除されたことに伴い、特許請求の範囲の請求項12における請求項11の引用を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。そして、訂正事項5は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

3 本件訂正請求についてのまとめ

以上のように、本件訂正請求による訂正事項1?5は、いずれも特許法第120条の5第2項第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」又は同条同項第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず特許法第120条の5第9号で準用する第126条第6項に適合するものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。
よって、請求項1?5からなる一群の請求項、請求項6?10、12からなる一群の請求項、及び請求項11について、上記訂正事項1?5のように訂正する本件訂正請求を認める。

第3 本件特許発明

上記「第2」のように本件訂正請求が認められたので、本件特許の請求項1?12に係る発明は、本件訂正請求書に添付して提出された「訂正した特許請求の範囲/特許第5701245号」に記載された特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項によって特定される、次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に10g?50gの単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし、ここで前記中鎖トリグリセリドが、
式:【化2】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である)を有する、前記使用。
【請求項7】
医薬組成物がL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項6に記載の使用。
【請求項8】
医薬組成物が前記単位投与形態を含む、請求項6?7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項6?8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
医薬組成物が栄養ドリンクとして製剤化されている請求項6?9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項6?10に記載の使用。」

以下、上記各請求項に係る発明を、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明12」ともいい、まとめて「本件特許発明」ともいう。

第4 取消理由通知(決定の予告)の対象となった本件特許発明

平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)に対する平成29年3月6日付け訂正請求(2回目)について、特許第5701245号公報に記載された特許請求の範囲の請求項1?5を削除する訂正は認められたが、請求項6?12についての訂正は認められなかった(平成29年6月30日付け取消理由通知(決定の予告)の「第2 訂正の可否」を参照)。
そのため、取消理由通知(決定の予告)の対象となった本件特許の請求項1?12に係る発明は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に10g?50gの単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、患者に高ケトン症状を引き起こして、脳内のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし
、ここで前記中鎖トリグリセリドが、
式:【化2】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸である)を有する、前記使用。
【請求項7】
医薬組成物がL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項6に記載の使用。
【請求項8】
医薬組成物が前記単位投与形態を含む、請求項6?7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項6?8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
医薬組成物が栄養ドリンクとして製剤化されている請求項6?9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
R1、R2およびR3が6個の炭素主鎖を含む脂肪酸である、請求項6?10に記載の使用。
【請求項12】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項6?11に記載の使用。」

第5 取消理由通知(決定の予告)で通知した取消理由

取消理由通知(決定の予告)では、上記「第4」の本件特許発明に対して、平成28年5月17日付け取消理由通知(1回目)で通知した下記「(ア)取消理由1」?「(オ)取消理由5」、及び平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)で通知した下記「(カ)取消理由1」?「(ク)取消理由3」を通知している。
「(ア)取消理由1(特許法第17条の2第3項:新規事項の追加)」、 「(イ)取消理由2(特許法第36条第6項第2項)」、
「(ウ)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)」、
「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」、
「(オ)取消理由5(特許法第29条第2項)」、
「(カ)取消理由1(特許法第29条第1項第3号)」、
「(キ)取消理由2(特許法第29条第2項)」、
「(ク)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)及び取消理由4(特許法第36条第4項第1号)」
上記(ア)?(ク)の概要は、以下のとおりである。

1 平成28年5月17日付け取消理由通知(1回目)で通知した取消理由(ア)?(オ)の概要

当審は、平成28年5月17日付けで、概要以下のとおりの取消理由(1回目)を通知した。当該取消理由通知の対象となった請求項1?12に係る発明は、本件特許第5701245号公報に記載された特許請求の範囲の請求項1?12に記載された、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
中鎖トリグリセリドを10?50g/日の用量を与えるような量で含む、ヒト患者におけるニューロンの代謝の減少によって引き起こされる、アルツハイマー型の痴呆の治療または予防のための医薬組成物であって、ここで前記中鎖トリグリセリドが式:
【化1】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸である)を有し、
ここで前記医薬組成物が経口剤の形態であり、
ここで前記医薬組成物が、患者において高ケトン症状を引き起こして、グルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらす、医薬組成物。
【請求項2】
L-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記中鎖トリグリセリドが乳化されている、請求項1?2のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項4】
経口剤が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームである、請求項1?3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
R1、R2およびR3が6個の炭素主鎖を含む脂肪酸である、請求項1?4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に10g?50gの単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、患者に高ケトン症状を引き起こして、グルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし、ここで前記中鎖トリグリセリドが、式:
【化2】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸である)を有する、前記使用。
【請求項7】
医薬組成物がL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項6に記載の使用。
【請求項8】
医薬組成物が前記単位投与形態を含む、請求項6?7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項6?8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
医薬組成物が栄養ドリンクとして製剤化されている請求項6?9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
R1、R2およびR3が6個の炭素主鎖を含む脂肪酸である、請求項6?10に記載の使用。
【請求項12】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項6?11に記載の使用。

[本件取消理由通知(1回目)で引用する刊行物等]
・刊行物1.特開平6-287138号公報
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第2号証である。)
・刊行物2.J. Lipid. Res. , 1996年, Vol.37 , p.708-726
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第5号証である。)

・刊行物3.Diabetes, 1969年, Vol.18, No.2, p96-100
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第6号証である。)

・刊行物4.国際公開第98/41201号パンフレット
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第3号証である。)

・刊行物5.J. Nutr. , 1997年, Vol.127 , p.1061-1067
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第17号証である。)

・刊行物6.Neurology, 1996年, Vol.47 , p.705-711
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第11号証である。)

(ア)取消理由1(特許法第17条の2第3項:新規事項の追加)
平成26年9月19日付けでなされた手続補正は、請求項1に係る発明において、医薬組成物が、中鎖トリグリセリドをヒト患者に「10?50g/日の用量を与えるような量」で含む点でさらに限定する補正(以下、「補正事項1」という。)、及び請求項6に係る発明において、治療または予防が、ヒト患者に「10g?50gの」単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与するものである点でさらに限定する補正(以下、「補正事項2」という。)を含むものである。
本件の願書に最初に添付した明細書(いわゆる出願当初明細書、要すれば特開2012-188431号公報を参照)には、中鎖トリグリセリド(MCT)の用量用法あるいは単位投与形態中の中鎖トリグリセリド(MCT)含量に関して、以下のような記載がある。

(1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
中鎖トリグリセリド、中鎖トリグリセリドから誘導された遊離の脂肪酸、または中鎖トリグリセリドプロドラッグを含む、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる、アルツハイマー型の痴呆または他の認識機能損失の治療または予防のための医薬組成物。
(中略)
【請求項5】
中鎖トリグリセリド、中鎖トリグリセリドから誘導された遊離の脂肪酸、又は中鎖トリグリセリドプロドラッグが約0.5g/kg/日?約10g/kg/日の用量を与えるような量で含み、L-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体が約0.5mg/kg/日?約10mg/kg/日の用量を与えるような量で含む請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記中鎖トリグリセリドが乳化されている、請求項1?5のいずれかに記載の医薬組成物。
(中略)
【請求項14】
医薬組成物が、約0.5g/kg/日?約10g/kg/日の中鎖トリグリセリド用量および、約0.5mg/kg/日?約10mg/kg/日のL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体服用量を含む請求項12または13に記載の使用。
【請求項15】
医薬組成物が、10g?500g量の乳化中鎖トリグリセリドおよび10mg?2000mg量のL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体を含む請求項12?14のいずれかに記載の使用。
【請求項16】
医薬組成物が経口投与用に製剤化されている請求項12?15に記載の使用。
【請求項17】
医薬組成物が前記単位投与形態を含み、経口投与用に製剤化されている請求項12?16のいずれかに記載の使用。
【請求項18】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項12?17のいずれかに記載の使用。
(中略)
【請求項22】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項12?21に記載の使用
【請求項23】
前記単位投与形態が約0.5g/kg/日?約10g/kg/日の中鎖トリグリセリドである請求項16?22に記載の使用。」

(2)「本発明は、アルツハイマー型の痴呆またはニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の認識機能の損失を治療または予防する方法を提供し、当該方法は、有効量の中鎖トリグリセリドを、前記治療または予防を必要とする患者へ投与することを含む。投与は、経口的または静脈内的であり得る。当該中鎖トリグリセリドは、乳化することができ、L-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体と併用投与することができる。」(段落【0022】)

(3)「加えて、トリ-C6:0MCTの利用は、乳化によって増強することができる。脂質の乳化により、リパーゼが作用するための表面積が増加し、より迅速な加水分解をもたらす。これらトリグリセリドの乳化方法は、当業者にとって周知である。」(段落【0032】

(4)「他の好ましい実施形態において、本発明は、乳化したトリ-C6:0MCTと、L-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体とを併用投与することを含む。」(段落【0034】)

(5)「上記治療剤の治療上の有効量は、望ましい抗痴呆効果をもたらすのに十分な量または投与量のいずれでもよく、ある程度、症状の重篤度や段階、患者の大きさや症状、同様に当業者にとって既知の他の要素に依存する。供与量は、1回の投与で与えても数回の投与で与えてもよく、例えば数週間にわたって分割してもよい。」(段落【0035】)

(6)「好ましい実施形態において、本発明は、血中ケトンレベルを高めるため、MCTおよびカルニチンの混合物を含む製剤を提供する。これら製剤の性質は、投与期間や投与経路に依存する。このような製剤において、MCTは、0.5g/kg/日?10g/kg/日、および、カルニチンまたはその誘導体は、0.5mg/kg/日?10mg/kg/日の範囲であり得る。」(段落【0040】)

(7)「特に好ましい製剤は、10?2000mgのカルニチンと配合した、10?500gの乳化MCTを含む。さらにより好ましい製剤は、500mgのL-カルニチンと配合された、50gのモノグリセリドおよびジグリセリドで乳化された50gのMCT(95%トリC8:0)を含む。このような製剤の忍容性は高く、健康なヒト被験者において3?4時間で高ケトン血症状を引き起こす。」(段落【0041】)

(8)「実施例1:栄養ドリンク
栄養ドリンクは、以下の原料、すなわち、100グラム/ドリンクの乳化MCT、1グラム/ドリンクのL-カルニチン、日常的なビタミンの推奨される1日量、および様々な着香剤を用いて調製される。」(段落【0050】)

(9)「実施例2:追加の製剤
追加の製剤は、RTD飲料(Ready to Drink Beverage)、粉末飲料、栄養ドリンク、フードバーなどの形態が可能である。これらの製剤は、当業者において明白である。
A.RTD飲料 RTD飲料は、以下の原料、すなわち、5?100g/ドリンクの乳化MCT、250?1000mg/ドリンクのL-カルニチン、および様々な着香剤、ならびに美味性、安定性などを増すのに用いられる他の原料を用いて調製される。
B.粉末飲料 MCTは乾燥状に調製することができ、・・・以下の成分、すなわち、10?50gの乾燥した乳化MCT、20?200mgのL-カルニチン、・・・で形成され得る。
C.フードバー フードバーは、10?50gの乾燥した乳化MCT、250?500mgのカルニチン、・・・からなる。
D.ゼラチンカプセル ハードゼラチンカプセルは、以下の原料、すなわち、0.1?1000mg/カプセルのMCT、250?500mg/カプセルのL-カルニチン、・・・を用いて製造される。
E.錠剤 錠剤は、以下の材料、すなわち、0.1?1000mg/錠剤のMCT、250?500mg/錠剤のL-カルニチン、・・・を用いて調製される。F.懸濁液 懸濁液は、以下の材料、すなわち0.1?1000mgのMCT、250?500mgのL-カルニチン、・・・を用いて調製される。
G.非経口投与用溶液 非経口投与用組成物は、10容量%のプロピレングリコールおよび水に、1.5重量%のMCTおよびL-カルニチンを攪拌することによって調製される。その溶液を塩化ナトリウムで等張にし、次いで、滅菌する。」(段落【0051】?【0058】)

(10)「[請求項15]中鎖トリグリセリド、中鎖脂肪酸、およびケトン体、ならびにL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体からなる群より選択される前記薬剤が、10?500gの前記薬剤、および、10?2000mgのL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体を含む配合で投与される、請求項13に記載の方法。」(段落【0069】)

以上(1)?(10)からみて、本件の出願当初明細書には、
・本件特許発明の医薬組成物が中鎖トリグリセリドを0.5g/kg/日?10g/kg/日の用量を与えるような量で含むこと(摘記(1)の【請求項5】、【請求項14】、摘記(6))、
・本件特許発明の医薬組成物が10?500g量の乳化中鎖トリグリセリドを含むこと(摘記(1)の【請求項15】、摘記(7)、摘記(10))、
・本件特許発明の医薬組成物が単回の単位投与形態の経口投与用製剤であり、当該製剤は10?500g量の乳化中鎖トリグリセリドを含み、当該単位投与形態は中鎖トリグリセリドを0.5g/kg/日?10g/kg/日の用量であること(摘記(1)の【請求項15】?【請求項23】、摘記(5)の「1回の投与」)、
・経口投与用製剤の具体例として、100g乳化MCT(乳化中鎖トリグリセリド)/栄養ドリンク、5?100gの乳化MCT/RTD飲料、10?50gの乾燥した乳化MCT/粉末飲料またはフードバー、0.1?1000mgのMCT/カプセル、0.1?1000mgのMCT/錠剤、1.5重量%のMCTを含む非経口投与溶液(摘記(8)、摘記(9))、
が記載されている。
ここで、上記「乳化中鎖トリグリセリド(乳化MCT)」は、中鎖トリグリセリド(MCT)が乳化された状態で医薬組成物(製剤)中に存在することを意味すると解されるので(摘記(2)?(4))、上記「10?50gの乾燥した乳化MCT/粉末飲料またはフードバー」(摘記(9))は、10?50gのMCTが乳化された状態で製剤中に存在している単位投与形態の経口投与用製剤の具体例であり、当該製剤は「10g?50gの」単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与するための製剤に該当するので、本件の出願当初明細書には、上記「補正事項2」は記載されていると認められる。
一方、本件の出願当初明細書には「供与量は、1回の投与で与えても数回の投与で与えてもよく、例えば数週間にわたって分割してもよい。」(摘記(5))と記載されているが、医薬組成物(製剤)の投与間隔、例えば単位投与形態を1日に1回投与するのか、3日に1回投与するのか、週に1回投与するのか等についての記載はないのであるから、上記「10?50gの乾燥した乳化MCT/粉末飲料またはフードバー」が、1日1回投与用である単位投与形態の経口投与用製剤であるとは認められない。
そうすると、本件の出願当初明細書に記載されている中鎖トリグリセリド(MCT)の1日あたりの投与量は上記「0.5g/kg/日?10g/kg/日」という量のみであり、本件の出願当初明細書には、上記「補正事項1」で追加された、本件特許発明の医薬組成物(製剤)が中鎖トリグリセリドを「10?50g/日の用量を与えるような量」で含むことについて記載されているとはいえない。
よって、平成26年9月19日付けでした手続補正は本件の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでない。
(イ)取消理由2(特許法第36条第6項第2号)
請求項1及び請求項6に、医薬組成物が「グルコース存在下、患者において高ケトン症状をもたらす」との記載があるが、当該「グルコース」が患者の脳内に存在するグルコースを意味するのか、医薬組成物中に存在するグルコースを意味するのか、グルコースが具体的にどのような量で存在するのかについて特定されていないので、当業者は上記記載の技術的意義を理解できない。
よって、請求項1、請求項1を引用する請求項2?5、請求項6、請求項6を引用する請求項7?12に係る発明は、明確でない。

(ウ)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)
本件特許発明が解決すべき課題について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下のような記載がある。

(a)「代謝とアルツハイマー病 本出願の時点では、ADの原因は未知のままであるが、アルツハイマー病はニューロンの代謝の減少と関連することが証拠の大部分により明白に示される。1984年に、BlassとZemcovは、ADは、コリン作動性ニューロンの部分母集団における代謝速度の低下に起因することを提唱した。しかしながら、ADは、コリン作動系に限定されず、多くのタイプの伝達系および数種の個別の脳領域と関係することが明らかになった。陽電子放射断層撮影により、AD患者の脳における低いグルコース利用が明らかになり、この障害のある代謝は、痴呆の臨床徴候が現れる前によく検出され得る。・・・グルコース代謝の減少により、AD患者のATPレベルが決定的に低くなる。また、代謝減少の深刻度が、老人斑密度と互いに関連することが見出された(Meier-Ruge, et al. 1994)。」(段落【0010】)

(b)「本発明は、アルツハイマー型の痴呆またはニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の認識機能の損失を治療または予防する方法を提供し」(段落【0022】)

(c)「本発明はさらに、アルツハイマー型の痴呆またはニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の認識機能の損失の治療または予防のための治療剤を提供する。」(段落【0026】)

上記(a)?(c)からみて、本件特許発明が解決すべき課題は、ヒト患者におけるニューロンのグルコース代謝の減少によって引き起こされる、アルツハイマー型の痴呆の治療または予防のために有効な方法及び治療剤を提供することである。

そして、上記課題を解決する手段について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下のような記載がある。

(d)「本発明の新しい見識は、AD患者の治療および予防手段として、中鎖トリグリセリド(MCT)およびそれに関連する脂肪酸が有用であることにある。MCTは、炭素鎖長5?12の脂肪酸で構成される。MCT豊富な食餌は、高い血中ケトンレベルをもたらす。高い血中ケトンレベルにより、グルコース代謝が低下した脳細胞に、MCFAのケトン体への迅速な酸化によってエネルギー源が供給される。(段落【0027】)

(e)「本発明は、この発見の背景により以下のように裏付けられる。(1)脳のニューロンは、呼吸のためにグルコースとケトン体双方を使用できる。(2)アルツハイマー病患者のニューロンは、グルコース代謝における欠陥を有し、これは文献でかなり証明されている。(3)アルツハイマー病に関する既知の遺伝的な危険因子は、脂質およびコレステロールの輸送に関連し、トリグリセリド使用における欠陥がアルツハイマー病の感受性の基礎となり得ることを示す。(4)MCT豊富な食餌は、血中ケトン体量の増加をもたらし、それによって飢餓状態の脳ニューロンにエネルギーを供給する。従って、アルツハイマー病患者にMCTを補うことによって、ニューロンの代謝を取り戻すことができる。」(段落【0028】)

(f)「本発明は、アルツハイマー型の痴呆またはニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の認識機能の損失を治療または予防する方法を提供し、当該方法は、有効量の中鎖トリグリセリドを前記治療または予防を必要とする患者に投与することを含む。一般的に、有効量とは、(1)治療が求められる病気の症状を減少させること、または(2)治療が求められる病気の治療に関連して薬理学的な変化を誘導すること、のいずれかに対して有効な量である。アルツハイマー病に関して、有効量は、認識スコアを増すこと、痴呆の進行を遅くすること、または、罹患した患者の余命を長くすること、に対して有効な量を含む。」(段落【0029】)

(g)「上記治療剤の治療上の有効量は、望ましい抗痴呆効果をもたらすのに十分な量または投与量のいずれでもよく、ある程度、症状の重篤度や段階、患者の大きさや症状、同様に当業者にとって既知の他の要素に依存する。供与量は、1回の投与で与えても数回の投与で与えてもよく、例えば、数週間にわたって分割しても良い。」(段落【0035】)

(h)「好ましい実施形態において、本発明は、血中ケトンレベルを高めるため、MCTおよびカルニチンの混合物を含む製剤を提供する。これら製剤の性質は、投与期間や投与経路に依存する。このような製剤において、MCTは、0.5g/kg/日?10g/kg/日、および、カルニチンまたはその誘導体は、0.5mg/kg/日?10mg/kg/日の範囲であり得る。例えば製剤および/またはホストに依存してこれらは必然的に変化することがある。
特に好ましい製剤は、10?2000mgのカルニチンと配合した、10?500gの乳化MCTを含む。さらにより好ましい製剤は、500mgのL-カルニチンと配合された、50gのモノグリセリドおよびジグリセリドで乳化された50gのMCT(95%トリC8:0)を含む。このような製剤の忍容性は高く、健康なヒト被験者において3?4時間で高ケトン血症状を引き起こす。」(段落【0040】、【0041】)

(i)「実施例1:栄養ドリンク」及び「実施例2:追加の製剤」で、医薬組成物(製剤)の具体例が記載されている(要すれば、上記「(ア)取消理由1(新規事項の追加)」の摘記(8)、摘記(9)を参照)。

上記(d)?(i)のように、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、中鎖トリグリセリド(MCT)を有効成分とする医薬組成物(製剤)を患者に投与して血中ケトンレベルを高め、グルコース代謝が低下した脳細胞にエネルギー源となるケトン体を供給してニューロン代謝を取り戻すことによって上記課題を解決できること、MCTの1日あたりの投与量範囲、及びMCTを含有する経口投与用製剤の具体例が記載されている。
しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当該医薬組成物(製剤)をヒト患者に実際に投与して血中ケトンレベルを測定した薬理試験結果や、当該医薬組成物(製剤)をヒト患者に実際に投与した臨床試験結果はいずれも記載されていない。
すなわち、本件特許明細書の発明の詳細な説明では、本件特許発明1の医薬組成物(製剤)がヒト患者の血中ケトンレベルを実際にどの程度高めたのか、当該医薬組成物(製剤)により供給されたケトン体によってニューロン代謝をどの程度取り戻せたのか、そして、当該医薬組成物(製剤)はニューロンのグルコース代謝の減少によって引き起こされる、アルツハイマー型の痴呆の治療または予防に有効であったのか、これらいずれの点についても確認されていないのであるから、本件特許発明の医薬組成物(製剤)が上記課題を解決する手段になることを、本件特許明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が理解できるとはいえない。
よって、本件特許発明1?12は、いずれも本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでない。

(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)

[本件特許発明1、3、4、6、8?10、12について]

(1)刊行物1(甲2)に記載された発明

刊行物1(甲2)には以下の事項が記載されている。
(1-1)「【請求項1】 構成脂肪酸が炭素数8?10の脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライドを主成分とするアルツハイマー病予防治療剤。」(【請求項1】

(1-2)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、アルツハイマー病予防治療剤に関し、詳しくは脳内アセチルコリン含量の低下に起因するアルツハイマー病の予防および/または治療のための薬剤に関する。
【0002】
【従来技術】老人性痴呆症の一つであるアルツハイマー病の患者において、脳内アセチルコリン含量の低下が認められることが一般的に知られており、この疾患に対する薬物開発の重要な指標となっている。
【0003】現在使用されている薬剤または開発されつつある薬剤は、アセチルコリンを合成する酵素、アセチルコリンの分解を抑制する酵素もしくはアセチルコリンの前駆体であるコリンを脳内に供給するなどのアセチルコリンの合成を刺激することによるものか、あるいはムスカリン性アセチルコリン・レセプターのアゴニストによってレセプターを刺激することによるものである。」(段落【0001】?【0003】)

(1-3)「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、従来の薬剤とはその作用機序が根本的に異なるアルツハイマー病の予防および/または治療剤を提供することである。」(段落【0004】)

(1-4)「【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とする中鎖脂肪酸トリグリセライド(以下「MCT」という)の構成遊離脂肪酸が、脳血液関門を通過して脳脊髄液へ移行し、脳細胞内においてアセチルCoAにまで代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンを生成することを見出し、本発明を完成するに至った。」(段落【0005】)

(1-5)「【0007】本発明におけるMCTとしては、炭素数8?10の飽和脂肪酸、例えばカプリル酸、カプリン酸から構成されるトリグリセライドが用いられる。MCTの構成脂肪酸がカプリル酸およびカプリン酸である場合、MCTの毒性を低減させるために、カプリル酸とカプリン酸との比は、8:2?4:6が好ましい。本発明においては、MCTは実質的に炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTのみからなる。ここに実質的とは、炭素数8?10以外の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが、本発明の目的を損なわない程度の量に含有されていてもよいことを意味する。」(段落【0007】)

(1-6)「【0009】本発明のアルツハイマー病予防治療剤は、MCTを1?50重量%、好ましくは5?15重量%含有しており、固形形態、粉末形態、液状形態、乳化形態などその投与剤形はなんら限定されない。すなわち、経口または注射などの非経口(例えば静脈内投与、胃、十二指腸または空腸などへの経管投与など)で投与され得る。
【0010】本発明のアルツハイマー病予防治療剤の一投与剤形として脂肪乳剤が挙げられる。かかる脂肪乳剤は、上記MCT、乳化剤、水、および適宜の添加成分から常法によって調製される。」(段落【0009】、【0010】)

(1-7)「本発明のアルツハイマー病予防治療剤に含有されるMCTは、一般に投与後、腸上皮細胞から迅速かつ容易に吸収され、門脈を経て肝臓に運ばれ、肝臓で酸化されてエネルギーとして利用されるので、吸収が容易な高カロリーのエネルギー源として、栄養剤に用いられる。したがって、本発明のアルツハイマー病予防治療剤には、通常の栄養剤に用いられる蛋白質、アミノ酸、ペプチド、植物脂質、糖質、ミネラル類、ビタミン類、さらに他の公知の添加剤(例えば乳化剤、安定化剤)などを適宜配合してもよい。」(段落【0023】)

(1-8)「本発明のアルツハイマー病予防治療剤は、経口投与の場合、成人標準量として1日100 g?300 g(例えば10%w/v溶液であれば、1,000 ml?3,000 ml)を数回に分けて投与され、非経口投与の場合、10%w/v?30%w/vの溶液として、投与速度100 ?150 ml/時間にて胃、十二指腸または空腸に持続的に、または1日数回に分けて経管注入投与、あるいは静脈内投与される。なお、年齢、症状、体重などに応じて、投与量、投与濃度、投与速度を適宜増減する。」(段落【0025】)

(1-9)「【作用】本発明にかかるアルツハイマー病予防治療剤に従えば、炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが主成分として含有されているので、MCTの構成遊離脂肪酸が脳血液関門を通過して脳脊髄液へ移行し、脳細胞内においてアセチルCoAにまで代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンを生成する。」(段落【0026】)
(1-10)「【0027】
【実施例】本発明をより詳細に説明するために、以下に実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0028】〔原料〕
MCT;MCTはカプリル酸が77%、カプリン酸が23%の割合でランダムにグリセリンとエステル化結合した中鎖脂肪酸トリグリセライドである。無色?微黄色の透明な液体である。水への溶解度は60mg/dl、凝固点は-14℃、熱量は8.3kcal/gである。
(中略)
【0032】実施例4
酸カゼイン19.7gを適当量の炭酸ナトリウムまたは炭酸カリウムの水溶液に溶解し、この水溶液にMCT12gおよびサフラワー油3gを添加し、均質化した後、噴霧乾燥または凍結乾燥により乾燥させた。次に、DL-メチオニン0.3 g、デキストリン64g、ビタミン類1gおよびミネラル類5gをVブレンダーにて混合して、粉末状の経口用アルツハイマー病予防治療剤を得た。
(中略)
【0034】実施例6
MCT12g、サフラワー油3g、酸カゼイン19.7g、DL-メチオニン0.3 g、α-コーンスターチ54g、ショ糖10g、ビタミン類1gおよびミネラル類5gを均質に混合し、加湿・加温が可能な成形機またはエクストルーダにて固化させて、固形状の経口用アルツハイマー病予防治療剤を得た。
【0035】実験例1
MCT10%、卵黄リン脂質1.8 %およひグリセリン2.21%を含むMCT乳剤を調製し、ラットに静脈内投与し、脳ホモジネート中のアセチルコリンおよびコリン含量の経時変化を調べた。
(中略)
【0042】アセチルコリンは、投与後10分目に増加し、投与後30分目まで漸増し、投与後2時間目には投与前値にまで回復した。一方、コリンは、アセチルコリンとは逆に投与後10分目に減少したが、投与後30分目には回復した。投与後1時間および2時間目に投与前値と比較して変化は認められなかった。」(段落【0027】?【0042】)

(1-11)「アセチルコリンが増加する理由は、MCTの構成遊離脂肪酸の1つであるオクタン酸が脳脊髄液へ移行することから、オクタン酸が脳細胞内にてアセチルCoAに代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンに合成されると考えられる。」(段落【0043】)

(1-12)「【発明の効果】本発明にかかるアルツハイマー病予防治療剤をヒトなどに経口または非経口投与することによって、脳細胞内にアセチルコリンが生成されるので、本剤は脳内アセチルコリン含量の低下が認められるアルツハイマー病患者の症状を改善させ、またアルツハイマー病を予防する目的で使用することができる。」(段落【0045】)

摘記(1-1)?(1-12)からみて、刊行物1には、構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライド(以下、「MCT」という。)を有効成分とするアルツハイマー病予防治療剤が記載され、当該予防治療剤中のMCT含有量が1?50重量%(摘記(1-6))、予防治療剤の経口投与量が成人標準量として1日100g?300gであるので(摘記(1-8))、MCTの経口投与量は成人標準量として1日1g(予防治療剤100gの1重量%)?150g(予防治療剤300gの50重量%)である。また、刊行物1には、予防治療剤の具体例として、MCT12gを含む経口用アルツハイマー病予防治療剤が記載されている(摘記(1-10)の実施例4及び6)。
以上のことから、刊行物1には、「構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)を1?50重量%含有するアルツハイマー病予防治療剤であって、当該予防治療剤の経口投与量が成人標準量として1日100g?300gであり、上記中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)の経口投与量が成人標準量として1日1g?150gである、アルツハイマー病予防治療剤。」の発明(以下、「刊行物1A発明」という。)、及び「経口用アルツハイマー病予防治療剤の製造のための、12gの中鎖トリグリセライド(MCT)の使用。」の発明(以下、「刊行物1B発明」という。)が記載されている。

(2)対比・判断

(対比・判断1)
本件特許発明1と刊行物1A発明を対比する。
刊行物1A発明の「中鎖トリグリセライド(MCT)」及び「予防治療剤」は、本件特許発明1の「中鎖トリグリセリド」及び「治療または予防のための医薬組成物」にそれぞれ該当しており、刊行物1には、予防治療剤の経口投与量が「成人」標準量として1日100g?300gであると記載されているのであるから(摘記(1-8))、刊行物1A発明の予防治療剤の適用対象にヒト患者が包含されることは自明である。
また、本件特許発明1では中鎖トリグリセリド(以下、「MCT」という。)の経口投与量が10?50g/日であるのに対し、刊行物1A発明ではMCTの経口投与量が1日1g?150gであるので、それぞれのMCT経口投与量は10?50g/日の範囲で重複一致している。
さらに、刊行物1には、刊行物1A発明におけるMCTの構成脂肪酸である炭素数8?10の飽和脂肪酸の例としてカプリル酸(炭素主鎖の炭素鎖長が8)及びカプリン酸(炭素主鎖の炭素鎖長が10)が記載されているので(摘記(1-5))、本件特許発明1におけるMCTの構成脂肪酸と刊行物1A発明におけるMCTの構成脂肪酸とは、それぞれ炭素主鎖の炭素鎖長が8?10の範囲で重複一致している。
そうすると、本件特許発明1と刊行物1A発明とは、
「中鎖トリグリセリドを10?50g/日の用量を与えるような量で含む、ヒト患者におけるアルツハイマー型の痴呆の治療または予防のための医薬組成物であって、前記中鎖トリグリセリドの構成脂肪酸が炭素主鎖の炭素鎖長が8?10である脂肪酸であり、前記医薬組成物が経口剤の形態である、医薬組成物。」の発明である点で、一致する。
そして、本件特許発明1では、治療対象であるアルツハイマー型の痴呆は「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる、アルツハイマー型の痴呆」であることが特定されているのに対し、刊行物1A発明ではこのような特定がない点(以下、「相違点1」という。)、本件特許発明1では、医薬組成物が「患者において高ケトン症状を引き起こして、グルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらす」ことが特定されているのに対し、刊行物1A発明ではこのような特定がない点(以下、「相違点2」という。)で相違する。

まず、上記相違点1について検討する。
刊行物1の「【産業上の利用分野】本発明は、アルツハイマー病予防治療剤に関し、詳しくは脳内アセチルコリン含量の低下に起因するアルツハイマー病の予防および/または治療のための薬剤に関する。【従来技術】老人性痴呆症の一つであるアルツハイマー病の患者において、脳内アセチルコリン含量の低下が認められることが一般的に知られており、この疾患に対する薬物開発の重要な指標となっている。」(摘記(1-2))との記載からみて、ニューロンの代謝の減少に起因するか否かにかかわらず、「アルツハイマー型の痴呆」と診断された患者において一般的に脳内アセチルコリン含量の低下が認められることは、本件特許の優先日(平成12年5月1日)当時の技術常識であり、このような技術常識を勘案すれば、刊行物1A発明における患者は、脳内アセチルコリン含量の低下が認められるアルツハイマー型の痴呆患者である点で、本件特許発明1における患者と重複一致すると解すべきである。
そうすると、当業者は、刊行物1A発明で治療対象とする患者群と、本件特許発明1で治療対象とする患者群とを明確に区別できるとはいえないのであるから、上記相違点1は実質的な相違点ではない。

次に、上記相違点2について検討する。
刊行物2(甲5)に、健康な被験者に45?100gの中鎖トリグリセリド(MCT)を単回経口投与すると血液中のケトン体量が1?2時間で700μm/Lまで増加したことが記載され(715頁OXIDATION OF MCFA)、刊行物3(甲6)に、中鎖トリグリセリド(MCT)の投与により、2時間後の血中ケトン体濃度が6.7mg/100mlまで上昇し、さらに5時間にわたって血中ケトン体濃度が6.0mg/100mlのレベルが維持されたことが記載されている(96頁SUMMARY、97頁RESULTS、Fig.1下段)。さらに、刊行物4(甲3)には、脳のニューロン細胞(Neuronal cells)で、グルコースの代わりにケトン体がエネルギー源となることが記載されている(6頁33行?7頁3行の「The therapy which the present inventor・・・the normal energy substrate for brain」)。
このように、中鎖トリグリセリドの投与により血中ケトン体レベルが高められること、及びニューロンでケトン体がエネルギー源となることは、いずれも本件特許の優先日(平成12年5月1日)当時の技術常識であったことを勘案すると、本件特許発明1における、医薬組成物が「患者において高ケトン症状を引き起こして、グルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらす」という特定は、有効成分である中鎖トリグリセリドが本来有する既に知られている作用を単に記載したものにすぎず、当業者が、本件特許発明1の医薬組成物と刊行物1A発明の医薬組成物とが異なるものと認識するに至る根拠となるような発明特定事項であるとはいえないのであるから、上記相違点2は実質的な相違点ではない。
以上のように、上記相違点1及び2はいずれも実質的な相違点ではないので、本件特許発明1と刊行物1A発明とは同一の発明であり、本件特許発明1は、刊行物1に記載されているといえる。
また、同様の理由により、本件特許発明3、4も、刊行物1に記載されているといえる。

(対比・判断2)
本件特許発明6と刊行物1B発明を対比する。
刊行物1B発明の「12gの中鎖トリグリセリド(MCT)」は、患者に12gの単位投与形態の中鎖トリグリセリド(MCT)を経口投与するために用いられていることは明らかであるので、本件特許発明6と刊行物1B発明との相違点は、上記「(対比・判断1)」と同様の相違点1及び2であるが、既に判断したように、これらはいずれも実質的な相違点ではないので、本件特許発明6は、刊行物1に記載されているといえる。
また、同様の理由により、本件特許発明8?10、12も、刊行物1に記載されているといえる。

(3)上記「(エ)取消理由4」のまとめ

以上のように、本件特許発明1、3、4、6、8?10、12は、いずれも刊行物1(甲2)に記載された発明であるので、新規性を有しない。
なお、刊行物1には医薬組成物(製剤)に通常の栄養剤に用いられる「糖質」を加えてもよいこと(摘記(1-7))が記載され、刊行物1の実施例4の経口用アルツハイマー治療剤は「デキストリン」を、実施例6の固形状の経口用アルツハイマー病予防治療剤は「ショ糖」をそれぞれ含んでいるが(摘記(1-10))、上記「糖質」、「デキストリン」及び「ショ糖」は経口投与後に体内で代謝されてグルコースを生成する成分である。

(オ)取消理由5(特許法第29条第2項)

[本件特許発明2、7、5、11について]
・刊行物1(甲2)、刊行物5(甲17)、刊行物6(甲11)
備考;
本件特許発明2、7では、医薬組成物がさらにL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体を含むことを発明特定事項としているが、刊行物5(甲17)にはL-カルニチンが中鎖トリグリセリド(MCT)を構成する脂肪酸(MCFA)の代謝に有効に働くこと(beneficial for MCFA metabolism)が記載されており(1066頁右欄)、さらに刊行物6(甲11)にはL-カルニチン誘導体をアルツハイマー病患者の治療に用いることが記載されている(705頁Article abstract等)のであるから、上記「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」で指摘した刊行物1A発明または刊行物1B発明の医薬組成物(製剤)に、さらにL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体を組み合わせて用い、本件特許発明2、7の構成を得ることは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。
また、本件特許発明5、11では、中鎖トリグリセリド(MCT)を構成する脂肪酸が「6個の炭素主鎖を含む脂肪酸」であることを発明特定事項としているが、刊行物1には、炭素数8?10以外の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが、本発明の目的を損なわない程度の量に含有されていてもよいことが記載されており(段落【0007】)、さらに刊行物5(甲17)には、中鎖トリグリセリドの中で、6個の炭素主鎖を含む脂肪酸が最も体内の吸収に優れることが記載されている(FIGURE 1及びFIGURE 2)のであるから、上記「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」で指摘した刊行物1A発明または刊行物1B発明の中鎖トリグリセリド(MCT)を構成する脂肪酸として、上記のように優れた体内吸収性を有することが知られている「6個の炭素主鎖を含む脂肪酸」を用い、本件特許発明5、11の構成を得ることに、当業者が格別の創意工夫を要したとはいえない。
そして、上記「(ウ)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)」で指摘したように、本件特許明細書には、当該医薬組成物(製剤)をヒト患者に実際に投与して血中ケトンレベルを測定した薬理試験結果や、当該医薬組成物(製剤)をヒト患者に実際に投与した臨床試験結果はいずれも記載されていないのであるから、本件特許発明2、7、5、11の構成を得ることによる効果が、刊行物1、5、6の記載から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえない。

[本件特許発明1、3、4、6、8?10、12について]
・刊行物1(甲2)、刊行物5(甲17)
備考;
既に指摘したように、刊行物1(甲2)には、炭素数8?10以外の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが、本発明の目的を損なわない程度の量に含有されていてもよいことが記載されており(段落【0007】)、刊行物5(甲17)には、5?10個の炭素主鎖を含む脂肪酸を構成脂肪酸とする中鎖トリグリセリドが体内に吸収されることが記載されている(FIGURE 1及びFIGURE 2)のであるから、中鎖トリグリセリドを構成する脂肪酸の炭素主鎖を炭素鎖長5?12の範囲にすることは、当業者が適宜調整しえた程度の事項にすぎない。
また、刊行物1(甲2)の実施例6で単位投与形態の例として記載されている固形状の経口用アルツハイマー病予防治療剤(上記「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」の摘記(1-10))では、当該予防治療剤105(12+3+19.7+0.3+54+10+1+5)g中、中鎖トリグリセリド(MCT)含有量が12gであり、刊行物1(甲2)には、予防治療剤の経口投与量が成人標準量として1日100g?300gである(上記「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」の摘記(1-8))と記載されているので、上記実施例6を参考にして、単位投与形態中の中鎖トリグリセリド(MCT)含有量を10g?50gの範囲にすることに格別の創意工夫を要したとは認められない。

2 平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)で通知した取消理由(カ)?(ク)の概要

当審は、平成28年12月1日付けで、概要以下のとおりの取消理由(2回目)を通知した。
[平成28年8月12日付けの訂正請求(1回目)について]
平成28年8月12日付け訂正請求(1回目)による訂正は、特許法第120の5第2項ただし書第1号及び第3号で掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6号の規定に適合するので、平成28年8月12日付け訂正請求に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6?12〕について訂正することを認める。

[本件特許発明]
本件特許第5701245号の請求項1?12に係る発明(以下、それぞれを「本件特許発明1」?「本件特許発明12」、あるいはこれらをまとめて「本件特許発明」という。)は、それぞれ、平成28年8月12日付け訂正請求に添付された「訂正された特許請求の範囲/特許第5701245号」の請求項1?12に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に10g?50gの単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、患者に高ケトン症状を引き起こして、脳内のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし
、ここで前記中鎖トリグリセリドが、
式:【化2】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸である)を有する、前記使用。
【請求項7】
医薬組成物がL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項6に記載の使用。
【請求項8】
医薬組成物が前記単位投与形態を含む、請求項6?7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項6?8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
医薬組成物が栄養ドリンクとして製剤化されている請求項6?9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
R1、R2およびR3が6個の炭素主鎖を含む脂肪酸である、請求項6?10に記載の使用。
【請求項12】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項6?11に記載の使用。」

[本件取消理由通知(2回目)で引用する刊行物等]
・刊行物A 特開平6-287138号公報
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第2号証であり、平成28年5月17日付け取消理由通知(1回目)で引用された刊行物1(甲2)と同一の刊行物である。)

・参考文献B Gerontology, 1994年, Vol.40, p.246-52
(当該文献は、本件特許明細書の段落【0010】の「グルコース代謝の減少により、AD患者のATPレベルが決定的に低くなる。また、代謝減少の深刻度が、老人班密度と互いに関連することが見出された(Meier-Ruge, et al.1994)。」の箇所で引用された文献「Meier-Ruge, et al.1994」である。)

・参考文献C J. Lipid. Res. , 1996年, Vol.37 , p.708-726
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第5号証)

・参考文献D Diabetes, 1969年, Vol.18, No.2, p96-100
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第6号証)

・参考文献E 国際公開第98/41201号パンフレット
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第3号証)

・参考文献F J. Neuro. Sci., 1996年, Vol.139 , p.78-82
(特許異議申立人 大隅 庸平による特許異議申立書の甲第8号証)

(カ)取消理由1(特許法第29条第1項第3号)

[本件特許発明6、8、12]
・刊行物A(甲2)及び参考文献B?F

(1)刊行物A(甲2)に記載された発明
刊行物A(甲2)には以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審合議体が付加した。)

(A1)「【請求項1】 構成脂肪酸が炭素数8?10の脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライドを主成分とするアルツハイマー病予防治療剤。」

(A2)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、アルツハイマー病予防治療剤に関し、詳しくは脳内アセチルコリン含量の低下に起因するアルツハイマー病の予防および/または治療のための薬剤に関する。
【0002】
【従来技術】老人性痴呆症の一つであるアルツハイマー病の患者において、脳内アセチルコリン含量の低下が認められることが一般的に知られており、この疾患に対する薬物開発の重要な指標となっている。
【0003】現在使用されている薬剤または開発されつつある薬剤は、アセチルコリンを合成する酵素、アセチルコリンの分解を抑制する酵素もしくはアセチルコリンの前駆体であるコリンを脳内に供給するなどのアセチルコリンの合成を刺激することによるものか、あるいはムスカリン性アセチルコリン・レセプターのアゴニストによってレセプターを刺激することによるものである。」(段落【0001】?【0003】)

(A3)「【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、従来の薬剤とはその作用機序が根本的に異なるアルツハイマー病の予防および/または治療剤を提供することである。」(段落【0004】)

(A4)「【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とする中鎖脂肪酸トリグリセライド(以下「MCT」という)の構成遊離脂肪酸が、脳血液関門を通過して脳脊髄液へ移行し、脳細胞内においてアセチルCoAにまで代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンを生成することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】本発明は、かかる新知見に基づいて完成されたものであり、構成脂肪酸が炭素数8?10の脂肪酸であるMCTを主成分とするアルツハイマー病予防治療剤である。」(段落【0005】?【0006】)

(A5)「【0007】本発明におけるMCTとしては、炭素数8?10の飽和脂肪酸、例えばカプリル酸、カプリン酸から構成されるトリグリセライドが用いられる。・・・本発明においては、MCTは実質的に炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTのみからなる。ここに実質的とは、炭素数8?10以外の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが、本発明の目的を損なわない程度の量に含有されていてもよいことを意味する。」(段落【0007】)

(A6)「【0009】本発明のアルツハイマー病予防治療剤は、MCTを1?50重量%、好ましくは5?15重量%含有しており、固形形態、粉末形態、液状形態、乳化形態などその投与剤形はなんら限定されない。すなわち、経口または注射などの非経口(例えば静脈内投与、胃、十二指腸または空腸などへの経管投与など)で投与され得る。
【0010】本発明のアルツハイマー病予防治療剤の一投与剤形として脂肪乳剤が挙げられる。かかる脂肪乳剤は、上記MCT、乳化剤、水、および適宜の添加成分から常法によって調製される。」(段落【0009】?【0010】)

(A7)「【0023】本発明のアルツハイマー病予防治療剤に含有されるMCTは、一般に投与後、腸上皮細胞から迅速かつ容易に吸収され、門脈を経て肝臓に運ばれ、肝臓で酸化されてエネルギーとして利用されるので、吸収が容易な高カロリーのエネルギー源として、栄養剤に用いられる。したがって、本発明のアルツハイマー病予防治療剤には、通常の栄養剤に用いられる蛋白質、アミノ酸、ペプチド、植物脂質、糖質、ミネラル類、ビタミン類、さらに他の公知の添加剤(例えば乳化剤、安定化剤)などを適宜配合してもよい。」(段落【0023】)

(A8)「【0025】本発明のアルツハイマー病予防治療剤は、経口投与の場合、成人標準量として1日100 g?300 g(例えば10%w/v溶液であれば、1,000 ml?3,000 ml)を数回に分けて投与され、非経口投与の場合、10%w/v?30%w/vの溶液として、投与速度100 ?150 ml/時間にて胃、十二指腸または空腸に持続的に、または1日数回に分けて経管注入投与、あるいは静脈内投与される。なお、年齢、症状、体重などに応じて、投与量、投与濃度、投与速度を適宜増減する。」(段落【0025】)

(A9)「【0026】
【作用】本発明にかかるアルツハイマー病予防治療剤に従えば、炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが主成分として含有されているので、MCTの構成遊離脂肪酸が脳血液関門を通過して脳脊髄液へ移行し、脳細胞内においてアセチルCoAにまで代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンを生成する。」(段落【0026】)

(A10)「【0027】
【実施例】本発明をより詳細に説明するために、以下に実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0028】〔原料〕
MCT;MCTはカプリル酸が77%、カプリン酸が23%の割合でランダムにグリセリンとエステル化結合した中鎖脂肪酸トリグリセライドである。無色?微黄色の透明な液体である。水への溶解度は60mg/dl、凝固点は-14℃、熱量は8.3kcal/gである。
(中略)
【0032】実施例4
酸カゼイン19.7gを適当量の炭酸ナトリウムまたは炭酸カリウムの水溶液に溶解し、この水溶液にMCT12gおよびサフラワー油3gを添加し、均質化した後、噴霧乾燥または凍結乾燥により乾燥させた。次に、DL-メチオニン0.3 g、デキストリン64g、ビタミン類1gおよびミネラル類5gをVブレンダーにて混合して、粉末状の経口用アルツハイマー病予防治療剤を得た。
(中略)
【0034】実施例6
MCT12g、サフラワー油3g、酸カゼイン19.7g、DL-メチオニン0.3 g、α-コーンスターチ54g、ショ糖10g、ビタミン類1gおよびミネラル類5gを均質に混合し、加湿・加温が可能な成形機またはエクストルーダにて固化させて、固形状の経口用アルツハイマー病予防治療剤を得た。」(段落【0027】?【0034】

(A11)「【0035】実験例1
MCT10%、卵黄リン脂質1.8 %およひグリセリン2.21%を含むMCT乳剤を調製し、ラットに静脈内投与し、脳ホモジネート中のアセチルコリンおよびコリン含量の経時変化を調べた。
(中略)
【0042】アセチルコリンは、投与後10分目に増加し、投与後30分目まで漸増し、投与後2時間目には投与前値にまで回復した。一方、コリンは、アセチルコリンとは逆に投与後10分目に減少したが、投与後30分目には回復した。投与後1時間および2時間目に投与前値と比較して変化は認められなかった。」(段落【0035】?【0042】)

(A12)「【0043】アセチルコリンが増加する理由は、MCTの構成遊離脂肪酸の1つであるオクタン酸が脳脊髄液へ移行することから、オクタン酸が脳細胞内にてアセチルCoAに代謝され、過剰分のアセチルCoAがコリンとともにアセチルコリンに合成されると考えられる。
【0044】したがって、本発明にかかるアルツハイマー病予防治療剤は、従来のアルツハイマー病のための薬剤のように、アセチルコリンの合成を刺激するか、あるいはムスカリン性アセチルコリン・レセプターのアゴニストによってレセプターを刺激することによるものとはその作用機序が根本的に異なり、アセチルコリンの原料ともいうべきアセチルCoAを増加させ、脳内にてアセチルコリンを生成するものであり、アルツハイマー病の予防および/または治療剤として有用である。」(段落【0043】?【0044】)

(A13)「【0045】
【発明の効果】本発明にかかるアルツハイマー病予防治療剤をヒトなどに経口または非経口投与することによって、脳細胞内にアセチルコリンが生成されるので、本剤は脳内アセチルコリン含量の低下が認められるアルツハイマー病患者の症状を改善させ、またアルツハイマー病を予防する目的で使用することができる。」(段落【0045】)

上記摘記事項からみて、刊行物Aには、構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライド(以下、「MCT」という。)を有効成分とするアルツハイマー病予防治療剤が記載されており(摘記(A1)?(A5))、上記予防治療剤は「経口投与」されるものを含み(摘記(A6)?(A8))、「成人標準量として」(摘記(A8))との記載からみて「ヒト患者におけるアルツハイマー病」を対象とするものである。そして、刊行物Aには、「ヒト患者におけるアルツハイマー病」を対象とし「経口投与」される上記予防治療剤の製造のために、主成分であるMCTを具体的に12g使用することが記載されている(摘記(A10)の実施例4及び6)。
以上のように、刊行物Aには、「ヒト患者におけるアルツハイマー病の予防治療剤の製造のための、12gの中鎖脂肪酸トリグリセライドの使用であって、上記予防治療剤が患者に上記中鎖脂肪酸トリグリセライドを経口投与することを含み、上記中鎖脂肪酸トリグリセライドは構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライドである、使用。」の発明(以下、「刊行物A発明」という。)が、記載されている。

(2)本件特許発明6と刊行物A発明との対比及び判断

(2-1)対比
刊行物A発明の「構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライド」は、構成脂肪酸である飽和脂肪酸の炭素数からみて、本件特許発明6の式で定義される中鎖脂肪酸トリグリセライドに相当する。また、刊行物A発明の「12gの中鎖脂肪酸トリグリセライド」及び「予防治療剤」は、本件特許発明6の「有効量の中鎖脂肪酸トリグリセライド」及び「治療または予防のための医薬組成物」にそれぞれ相当する。
そうすると、本件特許発明6と刊行物A発明とは、
「ヒト患者におけるアルツハイマー病の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に12gの中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、前記中鎖トリグリセリドが、
式:【化2】
H_(2)C-R1

HC-R2

H_(2)C-R3
(式中、R1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長5?12である脂肪酸である)を有する、前記使用。」の発明である点で一致し、以下の点で一応相違している。
〈相違点1〉本件特許発明6の中鎖トリグリセリドは「単位投与形態の中鎖トリグリセリド」であるのに対し、刊行物A発明には中鎖トリグリセリドが「単位投与形態」であることは記載されていない点。
〈相違点2〉本件特許発明6の医薬組成物は「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失」の治療または予防のためのものであるのに対し、刊行物A発明ではこのような特定はされていない点。
〈相違点3〉本件特許発明6における治療または予防は「患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体」をもたらすものであるのに対し、刊行物A発明ではこのような特定はされていない点。

(2-2)相違点1について
本件特許明細書には「単位投与形態」の明確な定義は記載されていない。 本件特許明細書の「便利な単位投与形態の容器/または製剤としては、なかでも、錠剤、カプセル、・・・はある。」(段落【0038】)、「供与量は、1回の投与で与えても数回の投与で与えてもよく、例えば、数週間にわたって分割しても良い。」(段落【0035】)のとの記載からみて、「単位投与形態」とは「治療および予防に用いるために製造した医薬組成物の1製品単位」と同義であり、本件特許発明6の「単位投与形態の中鎖トリグリセリド」とは「1製品単位の中鎖トリグリセリド」を意味すると解される。
そして、刊行物Aの実施例4及び6の記載(摘記(A10))からみて、刊行物A発明の12gの中鎖トリグリセリドが「1製品単位の中鎖トリグリセリド」であることは明らかであるから、刊行物A発明の「中鎖トリグリセリド」は、本件特許発明6の「単位投与形態の中鎖トリグリセリド」に相当する。
よって、上記相違点1は実質的な相違点ではない。

(2-3)相違点2について
(2-3-1)本件特許発明6で「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の」治療または予防をすることの意味

本件特許明細書には、「ニューロンの代謝の減少」が意味する明確な定義は記載されていないが、本件特許明細書には、「ニューロンの代謝の減少」について、例えば以下の記載がある。
「代謝とアルツハイマー病 本出願の時点では、ADの原因は未知のままであるが、アルツハイマー病はニューロンの代謝の減少と関連することが証拠の大部分により明白に示される。1984年に、BlassとZemcovは、ADは、コリン作動性ニューロンの部分母集団における代謝速度の低下に起因することを提唱した。・・・AD患者の脳における低いグルコース利用が明らかになり、この障害のある代謝は、痴呆の臨床徴候が現れる前によく検出され得る・・・。AD患者と健康体とにおいて皮質の代謝率を測定したところ、AD患者のグルコース代謝において20?40%の減少が示された・・・。グルコース代謝の減少により、AD患者のATPレベルが決定的に低くなる。また、代謝減少の深刻度が、老人班密度と互いに関連することが見出された(Meier-Ruge, et al.1994)。」(段落【0010】)
「脳の代謝 脳は、非常に高い代謝率を示す。・・・脳のニューロンは、全般の細胞機能、電位の維持、神経伝達物質の合成、シナプスのリモデリングのために大量のATPを必要とする。・・・ニューロンは高度に特化しており、グルコースやケトン体のような数種のサブストレートしか効率的に代謝できない。」(段落【0014】)
「代謝とアルツハイマー病の項で説明したように、ADにおいて、脳のニューロンはグルコースを利用することができず、餓死に至る。・・・低下したグルコース代謝は、ADの特徴である。」(段落【0018】)
これらの記載からみて、本件特許発明6の「ニューロンの代謝の減少」とは、「脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少」を意味しており、本件特許発明6で「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の」治療または予防をすることは、すなわち脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防をすることであると解される。

(2-3-2)刊行物A発明の予防治療剤による治療または予防

刊行物A発明の予防治療剤を適用する患者は、老人性痴呆症の一つであるアルツハイマー病の患者であり、「脳内アセチルコリン含量の低下に起因するアルツハイマー病の患者」である(摘記(A2))。
そして、刊行物A発明の予防治療剤は、脳内アセチルコリン含量の低下が認められるアルツハイマー病患者の症状を改善させ、またアルツハイマー病を予防するための薬剤であり(摘記(A2)及び(A13)、有効成分である中鎖トリグリセリドによってアセチルコリンの原料ともいうべきアセチルCoAを増加させて、脳内でアセチルコリンを生成することにより、上記アルハイマー病患者の予防および治療をするものである(摘記(A4)、(A9)、(A12))。
ここで、脳内にアセチルコリンの合成に必要なアセチルCoAは、脳内ニューロンのグルコース代謝によって提供されること、また、老人性痴呆におけるコリン作動性の欠陥はグルコース代謝の減少によって直接生じる結果であることは、本件特許の優先日当時の技術常識である(要すれば、参考文献Bの、特に「Abstract」における「This becomes obvious by the fact that acetylcoenzyme A, the key substrate of acetylcholine synthesis, is exclusively synthesized in the glycolytic pathway in the brain.」との記載、248頁の「Fig.1」の記載、及び248頁左欄1?3行の「Therefore, the cholinergic deficitt in senile dementia is the direct result of the decreased glucose metabolism」との記載を参照。)。
このような技術常識を参酌すると、上記「脳内アセチルコリン含量の低下に起因するアルツハイマー病の患者」は、脳内ニューロンのグルコース代謝が減少した結果、脳内アセチルコリン含量が低下して認識機能の損失が引き起こされたアルツハイマー患者であり、実質的に「脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少によって認識機能の損失が引き起こされたアルツハイマー病患者」と同義である。
そうすると、刊行物A発明の予防治療剤は、上記アルツハイマー病患者に適用して、脳内ニューロンのグルコース代謝を増加させ、その結果、脳内アセチルCoAの供給を増加させて脳内アセチルコリンを生成することにより認識機能損失を治療または予防するもの、すなわち、本件特許発明6の医薬組成物と同様に脳内ニューロンのグルコース代謝を増加させて、脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を治療または予防するものであるといえる。

(2-3-3)相違点2についての小括
以上(2-3-1)及び(2-3-2)からみて、刊行物A発明の予防治療剤による治療または予防が、本件特許発明6の医薬組成物と同様に「脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失」の治療または予防に相当することは明らかであるから、上記相違点2は実質的な相違点ではない。

(2-4)相違点3(「患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体」をもたらすものであること)について

本件特許の優先日前に頒布された刊行物である参考文献C?Eによると、中鎖トリグリセリド投与によって患者に高ケトン症状が引き起こされ、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体がもたらされることは、本件特許の優先日当時の技術常識である(例えば、参考文献C(甲5)に、健康な被験者に45?100gの中鎖トリグリセリド(MCT)を単回経口投与すると血液中のケトン体量が1?2時間で700μm/Lまで増加したことが記載され(715頁OXIDATION OF MCFA)、参考文献D(甲6)に、中鎖トリグリセリド(MCT)の投与により、2時間後の血中ケトン体濃度が6.7mg/100mlまで上昇し、さらに5時間にわたって血中ケトン体濃度が6.0mg/100mlのレベルが維持されたことが記載されている(96頁SUMMARY、97頁RESULTS、Fig.1下段)。さらに、参考文献E(甲3)には、脳のニューロン細胞(Neuronal cells)で、グルコースの代わりにケトン体がエネルギー源となることが記載されている(6頁33行?7頁3行の「The therapy which the present inventor・・・the normal energy substrate for brain」)。
そして、アルツハイマー病患者の脳中にグルコースが存在することは、例えば参考文献F(甲8)に、アルツハイマー病患者の動脈血中グルコース濃度(80頁の「Table 2」)、アルツハイマー病患者のグルコース脳代謝率(80頁の「Table 4」)が記載されているように、自明の事項である。特許権者は、平成28年8月12日付け意見書で、本件特許発明6の「脳中のグルコースの存在下」は、「グルコースが脳内に(通常レベルで)存在する場合」を意味するという前提(意見書の7頁10行)で主張をしているが、本件特許明細書には上記「通常レベル」が具体的にどの程度の脳内グルコースレベルであるのかについて、当業者が明確に理解できる根拠となるような記載は見当たらないので、上記「脳中のグルコースの存在下」が「グルコースが脳内に(通常レベルで)存在する場合」と同義であるとはいえない。
以上のように、本件特許発明6における治療または予防は「患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたら」すものであるとする特定は、脳内にグルコースが存在するという自明の事項、及び中鎖トリグリセリドが本来有する性質を単に記載したものにすぎないのであるから、上記相違点3は実質的な相違点ではない。
また、参考文献E(甲3)に、中鎖トリグリセリド投与により供給されるケトン体について「ケトンはATP加水分解のΔGを増加することができるので、細胞内Na+及びCa2+両方の勾配が増加し、細胞内Ca2+の増加に伴う細胞死を防ぐ。さらに、クレブス回路によるクエン酸生産の増加は、細胞内に移ったときアルツハイマー病の脳に特徴的なアセチルコリンの不足を治療するのに必要な細胞質アセチルCoAの原料を提供しうる。」(7頁3?8行の「Because ketones can increase the ΔG of ATP hydrolysis・・・a source of cytoplasmic acetyl CoA required to remedy the deficiency of acetyl choline characteristic of Alzheimer's brains.」)と記載されているように、本件特許発明6の中鎖トリグリセリド投与により供給されたケトン体は、その代謝により脳にエネルギーをもたらすだけでなく、アルツハイマー病の脳に特徴的なアセチルコリンの不足を治療するのに必要な細胞質アセチルCoAの原料を提供し、その結果、刊行物A発明と同様に脳内でアセチルコリンが生成されると解されるのであるから、刊行物Aに上記相違点3が記載されていないことを考慮しても、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドの作用と、刊行物A発明の中鎖トリグリセリドの作用とに実質的な差異があるとは認められない。

(3)上記「(カ)取消理由1」のまとめ

以上(2-1)?(2-4)からみて、上記相違点1?3はいずれも実質的な相違点ではなく、本件特許発明6と刊行物A発明とは同一の発明である。
また、本件特許発明8では「単位投与形態を含む」、本件特許発明12では「単回の投与形態の投与である」とそれぞれ特定されているが、上記「(2-2)相違点1について」で検討したように、「単位投与形態」とは「治療および予防に用いるために製造した医薬組成物の1製品単位」を意味しており、さらに刊行物Aには「年齢、症状、体重などに応じて、投与量、投与濃度、投与速度を適宜増減する。」(摘記(A8))ことが記載されているので、刊行物A発明での治療または予防が単回の単位投与形態の投与も包含することは明らかである。
したがって、本件特許発明6、8、12は、いずれも刊行物Aに記載された発明である。

(キ)取消理由2(特許法第29条第2項)

[本件特許発明6、8?10、12]
・刊行物A(甲2)、及び参考文献B?F
備考:
刊行物Aに「固形形態、粉末形態、液状形態、乳化形態などその投与剤形はなんら限定されない」こと(摘記(A6))、「栄養剤に用いられる」こと(摘記(A7))、「年齢、症状、体重などに応じて、投与量、投与濃度、投与速度を適宜増減する。」(摘記(A8))ことが記載されていることから、刊行物A発明の中鎖トリグリセリドを10g?50gの単位投与形態にすること、錠剤や栄養ドリンク等の各種製剤にすることにより、本件特許発明6、8?10、12を得ることは、当業者が所望に応じて適宜調整しうる事項にすぎない。
また、本件特許発明6、8?10、12による効果について、本件特許明細書には実際にヒト患者に適用した臨床試験結果は記載されていない。
特許権者が平成28年8月12日付け意見書に添付して提出した乙1?3号証には、アルツハイマー病患者に中鎖トリグリセリドを投与したところ、プラセボ対象よりも認識成績が向上したことを示す臨床試験結果が記載されている。しかし、刊行物Aには、ラットを用いた実験で、中鎖トリグリセリド投与により脳中のアセチルコリン含量が増加したことが示されており(摘記(A11))、当業者であれば、脳中のアセチルコリン含量が増加することにより患者の認識成績が向上することを容易に推認できるのであるから、乙1?3号証で示された臨床試験結果を参酌しても、本件特許発明6、8?10、12による効果は、刊行物Aからみて当業者が予測し得た程度のものであり格別顕著な効果であるとはいえない。

(ク)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)及び取消理由4(特許法第36条第4項第1号)

特許権者は、平成28年8月12日付け意見書において、本件特許の出願前の技術背景によると、当業者は、同じアルツハイマー病患者であっても、コリン作動系の欠陥を有する患者と、代謝系の欠陥を有する患者が、必ずしも重複しているとは考えないのであるから、刊行物Aに記載のアセチルコリン含量が低下した患者群と、本件特許発明6で治療対象とするニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴う患者群とを区別できるとはいえない、と結論付けることはできない、と主張している(意見書の9頁)。
特許権者の上記主張は、すなわち、本件特許発明の適用患者群と刊行物A発明の適用患者群とは重複しておらず、かつ、当業者が両患者群を明確に区別できるという主旨のものである。
しかし、上記「(カ)取消理由1(特許法第29条第1項第3号)」の「(2-3-2)刊行物A発明の予防治療剤による治療または予防」で検討したように、本件特許発明の適用患者群と刊行物A発明の適用患者群とは、いずれも「脳内ニューロンによるグルコース代謝の減少によって認識機能の損失が引き起こされたアルツハイマー病患者」である点で明らかに重複している。
仮に、特許権者が主張するように、両患者群が重複しておらず、かつ、当業者が両患者群を明確に区別できるのであれば、本件特許発明の適用患者群は「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴うが、脳内アセチルコリン含量は低下していないアルツハイマー病患者」を意味しており、かつ、当業者が上記特定のアルツハイマー病患者と刊行物A発明の適用患者群とを明確に区別できるはずである。
しかし、本件特許明細書には、実際にヒト患者に適用した臨床試験結果は記載されていない。そして、特許権者が平成28年8月12日付け意見書に添付して提出した乙1?3号証に記載の臨床試験結果には、中鎖トリグリセリドが投与されたアルツハイマー病患者の脳内アセチルコリン含量は記載されておらず、乙1?3に記載のアルツハイマー病患者が上記「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴うが、脳内アセチルコリン含量は低下していないアルツハイマー病患者」という特定のアルツハイマー病患者に該当するとはいえない。
そうすると、本件特許明細書の記載及び乙1?3を参酌しても、当業者が、本件特許発明の適用患者群である「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴うが、脳内アセチルコリン含量は低下していないアルツハイマー病患者」を選択できること、そして、本件特許発明の中鎖トリグリセリド投与によって上記特定のアルツハイマー病患者の治療および予防ができることについて、当業者が理解できるとはいえない。
したがって、本件特許発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。また、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

第6 当審の判断

当審合議体は、本件訂正請求による訂正が認められた上記「第3」の本件特許発明1?12について、上記「第5」で説示した取消理由のいずれによっても拒絶されるものではないと判断した。以下、その理由を詳述する。

1「(ア)取消理由1(特許法第17条の2第3項:新規事項の追加)」について

上記(ア)で新規事項の追加に該当すると判断された「補正事項1」は、訂正前請求項1に追加された補正事項であるが、上記「第2」で説示したように、本件訂正請求により訂正前請求項1?5が削除されたので、上記(ア)は解消された。

2「(イ)取消理由2(特許法第36条第6項第2号)」について

本件訂正請求により、訂正前請求項1が削除され、訂正前請求項6の「グルコース存在下」が「脳中のグルコースの存在下」に訂正され、当該グルコースが脳中に存在することが特定されて、グルコースの存在部位が明確になった。そして、訂正後請求項6の「ヒト患者におけるアルツハイマー病における、・・・患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし、」という記載からみて、上記「脳中のグルコース」はアルツハイマー病のヒト患者の脳中のグルコースであり、本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌すれば、当業者は、上記ヒト患者の脳中のグルコース濃度がどの程度であるかを理解できると解するのが自然であるから、上記「脳中のグルコースの存在下」という記載の技術的意義は明確であるといえる。
よって、訂正前請求項6の「グルコース存在下」という記載は、「脳中のグルコースの存在下」に訂正されて明確な記載になったといえるのであるから、上記(イ)は解消された。

3「(ウ)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)」

本件訂正請求により、訂正前請求項1?5、11が削除されたので、本件特許発明6?10、12について、上記(ウ)を検討する。
本件特許明細書の発明の詳細な説明では、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを、ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造に使用することについて、段落【0010】及び段落【0028】には、それぞれ以下のように記載されている。
「【0010】
代謝とアルツハイマー病・・・グルコース代謝の減少により、AD患者のATPレベルが決定的に低くなる。また、代謝減少の深刻度が、老人班密度と互いに関連することが見出された(Meier-Ruge, et al.1994)。」
「【0028】
本発明は、この発見の背景により以下のように裏付けられる。(1)脳のニューロンは、呼吸のためにグルコースとケトン体双方を使用できる。(2)アルツハイマー病患者のニューロンは、グルコース代謝における欠陥を有し、これは文献でかなり証明されている。(3)アルツハイマー病に関する既知の遺伝的な危険因子は、脂質およびコレステロールの輸送に関連し、トリグリセリド使用における欠陥がアルツハイマー病の感受性の基礎となり得ることを示す。(4)MCT豊富な食餌は、血中ケトン体量の増加をもたらし、それによって飢餓状態の脳ニューロンにエネルギーを供給する。従って、アルツハイマー病患者にMCTを補うことによって、ニューロンの代謝を取り戻すことができる。」
上記記載は、グルコース代謝が減少しているアルツハイマー病患者に中鎖トリグリセリド(MCT)を補うことにより、当該患者のニューロンの代謝を取り戻すことができることを論理的に説明するものであるところ、上記記載の内容は、本件特許の原出願日当時の技術常識を示す参考文献B?Eにおける下記(i)?(iii)の記載事項によって裏付けられている。
(i)平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)で引用された参考文献Bには、脳内にアセチルコリンの合成に必要なアセチルCoAは、脳内ニューロンのグルコース代謝によって提供されること、また、老人性痴呆におけるコリン作動性の欠陥はグルコース代謝の減少によって直接生じる結果であることが記載されている(特に「Abstract」における「This becomes obvious by the fact that acetylcoenzyme A, the key substrate of acetylcholine synthesis, is exclusively synthesized in the glycolytic pathway in the brain.」との記載、248頁の「Fig.1」の記載、及び248頁左欄1?3行の「Therefore, the cholinergic deficitt in senile dementia is the direct result of the decreased glucose metabolism」との記載を参照)。
(ii)平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)で引用された参考文献C(甲5)に、健康な被験者に45?100gの中鎖トリグリセリド(MCT)を単回経口投与すると血液中のケトン体量が1?2時間で700μm/Lまで増加したことが記載され(715頁OXIDATION OF MCFA)、参考文献D(甲6)に、中鎖トリグリセリド(MCT)の投与により、2時間後の血中ケトン体濃度が6.7mg/100mlまで上昇し、さらに5時間にわたって血中ケトン体濃度が6.0mg/100mlのレベルが維持されたことが記載されている(96頁SUMMARY、97頁RESULTS、Fig.1下段)。
(iii)平成28年12月1日付け取消理由通知(2回目)で引用された参考文献E(甲3)には、脳のニューロン細胞(Neuronal cells)で、グルコースの代わりにケトン体がエネルギー源となることが記載されている(6頁33行?7頁3行の「The therapy which the present inventor・・・the normal energy substrate for brain」)。
そうすると、当業者は、発明の詳細な説明に記載された事項(段落【0010】及び段落【0028】)、及び本件特許の原出願日当時の技術常識を示す参考文献B?Eにおける上記(i)?(iii)の記載事項を参酌すれば、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを、ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造に使用できることを認識できるといえるのであるから、本件特許発明6、及び請求項6を引用する本件特許発明7?10、12は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。

4「(エ)取消理由4(特許法第29条第1項第3号)」について

上記(エ)は、訂正前請求項1、3、4、6、8?10、12を対象とするものであるが、本件訂正請求により、訂正前請求項1、3、4は削除されたので、本件特許発明6、8?10、12について、上記(エ)を検討する。
上記「第5」で説示したように、上記(エ)で引用された刊行物1(甲2)には、「構成脂肪酸が炭素数8?10の飽和脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)を1?50重量%含有するアルツハイマー病予防治療剤であって、当該予防治療剤の経口投与量が成人標準量として1日100g?300gであり、上記中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)の経口投与量が成人標準量として1日1g?150gである、アルツハイマー病予防治療剤。」の発明(以下、「刊行物1A発明」という。)、及び「経口用アルツハイマー病予防治療剤の製造のための、12gの中鎖トリグリセライド(MCT)の使用。」の発明(以下、「刊行物1B発明」という。)が記載されている。
そして、刊行物1(甲2)には、刊行物1A発明及び1B発明の中鎖トリグリセリドについて、具体的に「本発明におけるMCTとしては、炭素数8?10の飽和脂肪酸、例えばカプリル酸、カプリン酸から構成されるトリグリセライドが用いられる。MCTの構成脂肪酸がカプリル酸およびカプリン酸である場合、MCTの毒性を低減させるために、カプリル酸とカプリン酸との比は、8:2?4:6が好ましい。本発明においては、MCTは実質的に炭素数8?10の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTのみからなる。ここに実質的とは、炭素数8?10以外の脂肪酸を構成脂肪酸とするMCTが、本発明の目的を損なわない程度の量に含有されていてもよいことを意味する。」(段落【0007】)及び「〔原料〕 MCT;MCTはカプリル酸が77%、カプリン酸が23%の割合でランダムにグリセリンとエステル化結合した中鎖脂肪酸トリグリセライドである。」(段落【0028】)と記載されている。
しかし、刊行物1(甲2)には、本件特許発明6の「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」という特定の化学構造を有する中鎖トリグリセリドを用いることは記載されていない。
よって、本件特許発明6、8?10、12は、刊行物1(甲2)に記載された発明ではない。

5「(オ)取消理由5(特許法第29条第2項)」について

上記(オ)は、本件特許発明1?12を対象とするものであるが、本件訂正請求により、訂正前請求項1?5、11が削除されたので、本件特許発明6?10、12について、上記(オ)を検討する。
上記「4」で説示したように、上記(オ)で主引用例として引用された刊行物1(甲2)には、本件特許発明6の「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」という特定の化学構造を有する中鎖トリグリセリドを用いることは記載されていない。
そして、刊行物1(甲2)には、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを用いることを示唆する記載はなく、本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌しても、上記(オ)で引用された各刊行物に記載された事項から、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを用いて本件特許発明6?10、12を得ることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
また、特許権者が平成28年8月12日付け意見書(平成28年5月17日付け取消理由通知(1回目)に対して提出された意見書)に添付して提出した乙1号証(Reger,et al., 2004, Neurobiology of Aging 25:311-314)には、中鎖トリグリセリドである「NeoBee895(Stepan,Inc.)」(312頁左欄の「2.2 Procedures」)をアルツハイマー病患者に経口投与することによって、血中のケトン体レベルが上昇し、患者の認識レベルが向上したことを示す臨床試験結果が記載されており、上記「NeoBee895(Stepan,Inc.)」は、乙3号証(Henderson et al., 2009, Nutrition and Metabolism 10:6:31)の「NeoBee 895^((R))(Stepan Chemical Company). ・・・NeoBee 895 is an MCT wherein 95% of the fatty acids are C8:0 with the remainder consisting of C6:0 and C10:0 fatty acids.」(Page 3of 25の右欄1?6行)という記載からみて本件特許発明6の中鎖トリグリセリドに該当するので、上記臨床試験結果は本件特許発明6?10、12による効果を裏付けるものであると解される。そして、上記臨床試験結果を参酌すると、上記(オ)で引用された各刊行物に記載された事項から、本件特許発明6?10、12による効果を当業者が予測できたとはいえない。
よって、本件特許発明6?10、12は、上記(オ)で引用された各刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

6「(カ)取消理由1(特許法第29条第1項第3号)」について

上記(カ)の取消理由は、本件特許発明6、8、12を対象とするものである。
上記(カ)で引用された刊行物A(甲2)は、上記(エ)で引用された刊行物1(甲2)と同一の刊行物であるところ、上記「4」で説示したように、刊行物A(甲2)には、本件特許発明6の「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」という特定の化学構造を有する中鎖トリグリセリドを用いることは記載されていないのであるから、本件特許発明6、8、12は、刊行物A(甲2)に記載された発明ではない。

7「(キ)取消理由2(特許法第29条第2項)」について

上記(キ)は、本件特許発明1?12を対象とするものであるが、本件訂正請求により、訂正前請求項1?5、11が削除されたので、本件特許発明6?10、12について、上記(キ)を検討する。
上記(キ)で主引用例として引用された刊行物A(甲2)は、上記(オ)で主引用例として引用された刊行物1(甲2)と同一の刊行物である。
そして、上記「4」及び「5」で説示したように、刊行物A(甲2)には、本件特許発明6の「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」という特定の化学構造を有する中鎖トリグリセリドを用いることは記載されておらず、当該中鎖トリグリセリドを用いることを示唆する記載もなく、本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌しても、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを用いて本件特許発明6?10、12を得ることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。また、上記「5」で説示したように、上記(キ)で引用された各刊行物に記載された事項から、本件特許発明6?10、12による効果を当業者が予測できたとはいえない。
よって、本件特許発明6?10、12は、上記(キ)で引用された各刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

8「(ク)取消理由3(特許法第36条第6項第1号)及び取消理由4(特許法第36条第4項第1号)」について

本件訂正請求により、訂正前請求項1?5、11が削除されたので、本件特許発明6?10、12について、上記(ク)を検討する。
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記「3」で説示した段落【0010】及び【0028】に記載された事項からみて、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドをアルツハイマー患者に投与することにより血中ケトン体量が増加し、飢餓状態の脳ニューロンにエネルギーが供給されることによって患者を治療することが記載されているといえるが、患者の脳内アセチルコリン含量について言及する記載はない。
そうすると、本件特許発明6の「ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための」における「ヒト患者」とは、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴うアルツハイマー病のヒト患者を意味する記載であって、上記「ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失を伴うアルツハイマー病のヒト患者」のうち、脳内アセチルコリン含量は低下していない患者をあえて選択して治療または予防対象とすることを必須とする記載ではない、と解するのが自然である。
そして、上記「3」で説示したように、当業者は、発明の詳細な説明に記載された事項(段落【0010】及び段落【0028】)、及び本件特許の原出願日当時の技術常識を示す参考文献B?Eに記載された事項を参酌すれば、本件特許発明6の中鎖トリグリセリドを、ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造に使用できることを認識できるといえるのであるから、本件特許発明6、請求項6を引用する本件特許発明7?10、12は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているといえる。また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例等に本件特許発明6?10、12の医薬組成物が具体的に記載されているのであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明6?10、12を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえる。

9 「第6 当審の判断」のまとめ

以上検討したように、本件特許発明1?12は、取消理由通知(決定の予告)で通知した上記(ア)?(ク)の取消理由である、特許法第17条の2第3項、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、及び特許法第36条第4項第1号のいずれの規定にも違反してなされたものではない。

第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立て理由について

平成27年10月15日付け特許異議申立書に記載された申立ての理由のうち、「取消理由2 甲第1号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」、「取消理由4 甲第3号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」、「取消理由5 甲第4号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」については、以下の理由により採用しなかった。

・「取消理由2 甲第1号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」について
甲第1号証(特表2003-531857号公報)は、本件特許の原出願である特願2001-579803号の公表公報である。
そして、上記取消理由2は、本件特許発明に上記「第5」で説示した「(ア)取消理由1(特許法第17条の2第3項:新規事項の追加)」が存在するため、本件特許が特許法第44条第1項に規定する「二以上の発明を包含する特許出願」から分割した「新たな出願」に該当しない不適法な分割出願であることを前提とする取消理由であるが、上記「第6」の「1」で説示したように、本件訂正請求によって上記(ア)は解消されたため、本件特許が不適法な分割出願であるという前提は存在しなくなった。
よって、上記取消理由2により本件特許を取り消すことはできない。

・「取消理由4 甲第3号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」、「取消理由5 甲第4号証を主引用例とする特許法第29条第1項第3号及び同条第2項違反に基づく申し立ての理由」について
甲第3号証(国際公開第98/41201号パンフレット)及び甲第4号証(国際公開第99/65335号パンフレット)のいずれにも、本件特許発明6の「100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である」という特定の化学構造を有する中鎖トリグリセリドを用いることは記載も示唆もされていない。
よって、上記取消理由4または取消理由5により本件特許を取り消すことはできない。

第8 むすび

したがって、上記(ア)?(ク)の取消理由及び、取消理由通知において採用しなかった特許異議の申立て理由によって、本件特許の特許請求の範囲の請求項6?10、12に係る特許を取り消すことはできない。
そして、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5、11に係る特許は削除により存在しなくなったので、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5、11に係る特許に対する特許異議の申立てを却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
ヒト患者におけるアルツハイマー病における、ニューロンの代謝の減少によって引き起こされる認識機能の損失の治療または予防のための医薬組成物の製造のための有効量の中鎖トリグリセリドの使用であって、前記治療または予防が、患者に10g?50gの単位投与形態の中鎖トリグリセリドを経口投与することを含み、患者に高ケトン症状を引き起こして、脳中のグルコースの存在下、脳中でエネルギーのために利用されるケトン体をもたらし、ここで前記中鎖トリグリセリドが、式:
【化2】

(式中、100%のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長6である脂肪酸であるか、あるいは、95%以上のR1、R2およびR3が炭素主鎖において炭素鎖長8である脂肪酸である)を有する、前記使用。
【請求項7】
医薬組成物がL-カルニチンまたはL-カルニチン誘導体をさらに含有する請求項6に記載の使用。
【請求項8】
医薬組成物が前記単位投与形態を含む、請求項6?7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
医薬組成物が、錠剤、カプセル剤、ロゼンジ剤、トローチ剤、ハードキャンディー、栄養バー、栄養ドリンク、定量噴霧剤、またはクリームとして製剤化されている請求項6?8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
医薬組成物が栄養ドリンクとして製剤化されている請求項6?9のいずれかに記載の使用。
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
前記治療または予防が単回の単位投与形態の投与である、請求項6?10に記載の使用。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-02-22 
出願番号 特願2012-105692(P2012-105692)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (A61K)
P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 537- YAA (A61K)
P 1 651・ 55- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 杉江 渉横山 敏志  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 山本 吾一
前田 佳与子
登録日 2015-02-27 
登録番号 特許第5701245号(P5701245)
権利者 アクセラ・インコーポレーテッド
発明の名称 アルツハイマー病およびニューロンの代謝の減少によって引き起こされる他の病気を治療および予防するための中鎖トリグリセリドの使用  
代理人 廣瀬 しのぶ  
代理人 小林 泰  
代理人 竹内 茂雄  
代理人 泉谷 玲子  
代理人 廣瀬 しのぶ  
代理人 山本 修  
代理人 小野 新次郎  
代理人 國枝 由紀子  
代理人 山本 修  
代理人 小林 泰  
代理人 竹内 茂雄  
代理人 泉谷 玲子  
代理人 國枝 由紀子  
代理人 小野 新次郎  
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