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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C22C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C |
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管理番号 | 1340159 |
異議申立番号 | 異議2018-700118 |
総通号数 | 222 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-06-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-02-15 |
確定日 | 2018-05-09 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6180047号発明「改善された特性を有するAl-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6180047号の請求項1?14に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6180047号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?14に係る特許についての出願は、2013年 4月25日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2012年(平成24年) 4月25日 ノルウェー(NO))を国際出願日とする出願であって、平成29年 7月28日にその特許権の設定登録がなされ、同年 8月16日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、平成30年 2月15日に特許異議申立人コンステリウム シンゲン ゲーエムベーハー(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1?14に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明14」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?14に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有するAl-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材であって、 前記押出形材を構成する合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであり、 前記押出形材を構成する合金が、下記の合金成分: Mg Si 0.30重量%以下のFe 0.1?0.4重量%のCu 0.50?0.70重量%のMn 0.10?0.20重量%のCr 0.25重量%以下のZr 0.005?0.15重量%のTi 0.5重量%以下のZn 残部がAl及びそれぞれ0.1重量%以下の不可避不純物からなり、 押出形材において未再結晶粒構造を有し、Mn及びCrの両方が前記押出形材を構成する合金中に共に存在することを特徴とする押出形材。 【請求項2】 車両の前部構造に用いられる請求項1に記載の押出形材。 【請求項3】 Mg/Si比が0.9?1.4であることを特徴とする請求項1又は2に記載の押出形材。 【請求項4】 前記合金は、座標点b1-b2-b3-b4の範囲内に定義され、重量%で、b1=0.76Mg,0.55Si、b2=1.02Mg,0.74Si、b3=0.90Mg,0.91Si、及びb4=0.67Mg,0.68Siであることを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載の押出形材。 【請求項5】 前記合金は、座標点c1-c2-c3-c4の間に定義され、重量%で、c1=0.80Mg,0.59Si、c2=0.94Mg,0.70Si、c3=0.85Mg,0.84Si、及びc4=0.72Mg,0.71Siであることを特徴とする請求項1?4のいずれか一項に記載の押出形材。 【請求項6】 Mg/Si比が1.0?1.3であることを特徴とする請求項1?5のいずれか一項に記載の押出形材。 【請求項7】 0.10?0.28重量%のFeを含有することを特徴とする請求項1?6のいずれか一項に記載の押出形材。 【請求項8】 0.15?0.30重量%のCuを含有することを特徴とする請求項1?7のいずれか一項に記載の押出形材。 【請求項9】 請求項1?8のいずれか一項に記載の押出形材の製造方法であって、所定の組成を有する前記合金をビレットに鋳造し、次いで、前記ビレットを均質化した後に、押出加工を行うことを特徴とする押出形材の製造方法。 【請求項10】 前記ビレットを520?590℃の温度で0.5?24時間均質化し、均質化後の前記ビレットを520?250℃の区間で200℃/時を超える冷却速度で冷却することを特徴とする請求項9に記載の押出形材の製造方法。 【請求項11】 前記均質化を、540℃?580℃の温度で2?10時間で行うことを特徴とする請求項9又は10に記載の押出形材の製造方法。 【請求項12】 前記冷却後の前記ビレットが、再加熱され、次いで押出されることを特徴とする請求項10に記載の押出形材の製造方法。 【請求項13】 前記押出加工後の前記押出形材が、500?580℃の温度から200℃未満の温度に水焼入れされ、次いで、185?215℃の温度で1?25時間の間、過時効されることを特徴とする請求項10?12のいずれか一項に記載の押出形材の製造方法。 【請求項14】 前記過時効を、200?210℃の温度で2?8時間の間で行うことを特徴とする請求項13に記載の押出形材の製造方法。」 第3 申立理由の概要 1 異議申立人は、甲第1号証?甲第5号証(以下、それぞれ「甲1」?「甲5」という。)を提出し、特許異議申立書において、以下の理由により、本件特許が取り消されるべきものであることを主張している。 ア 特許法第29条第1項第3号 (ア) 本件特許発明1、3?8は、甲1に記載の発明、甲2に記載の発明、又は甲3に記載の発明である。 (イ) 本件特許発明2は、甲1に記載の発明、又は甲3に記載の発明である。 (ウ) 本件特許発明9?12は、甲1に記載の発明である。 イ 特許法第29条第2項 (ア) 本件特許発明1、3?8は、甲1に記載の発明、甲2に記載の発明、又は甲3に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (イ) 本件特許発明2は、甲1に記載の発明、又は甲3に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ウ) 本件特許発明9?12は、甲1に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (エ) 本件特許発明13、14は、甲1に記載の発明と、甲4又は甲5に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 [証拠方法] 甲1:特公平8-6161号公報 甲2:特開2011-225988号公報 甲3:特開平11-193433号公報 甲4:欧州特許出願公開第2072628号明細書 甲5:米国特許第6685782号明細書 第4 各甲号証に開示された事項 1 甲1について 甲1には、以下の記載がある(下線は当審による。また、「・・・」により記載の省略を示す。以下同じ。)。 (1) 「【請求項1】Mg:0.6?1.2重量%,Si:0.6?1.5重量%,Cu:0.15?0.35重量%,Cr:0.04?0.15重量%及びMn:0.4?1.0重量%を含み、不純物としてのFeを0.35重量%以下に規制し、残部がAl及び不可避的不純物である組成を持ち、生成する金属間化合物Mg_(2)Siが0.95?1.8重量%の範囲に、過剰Siが0.12?0.5重量%の範囲に且つCr+Mnが0.45?1.1重量%の範囲にあるように組成調整した合金ビレットに、480?580℃の温度に1時間以上保持する均質化処理を施した後、冷却速度150℃/時以上で常温まで冷却し、前記ビレットを400?550℃に再加熱し、繊維状の非再結晶集合組織が発達するように押出し時の温度480?550℃及び押出し速度10?60m/分で押出成形し、押出し材を300℃/分以上の冷却速度でプレス端焼入れして金属間化合物Mg_(2)Siの析出を抑制し、次いで人工時効処理又は冷間加工後人工時効処理を施すことを特徴とする高強度Al-Mg-Si系合金部材の製造法。 【請求項2】更にTi:0.1重量%以下又はTi:0.1重量%以下とB:0.02重量%以下とを含むアルミニウム合金を使用する特許請求の範囲第1項記載の高強度Al-Mg-Si系合金部材の製造法。」 (第1欄第2行?第2欄第6行) (2) 「[産業上の利用分野] 本発明は、各種構造材,輸送機器,産業用機器,日用品等に使用され、高い強度をもつAl-Mg-Si系合金部材を製造する方法に関する。」 (第2欄第8行?第11行) (3) [従来の技術] Al-Mg-Si系合金は、押出し性及び耐食性が良好で、熱処理によって中程度の強度が得られる。この特性を活用し、建材を始め各種用途に適した押出し用合金として汎用されている。 たとえば、産業機器のアーム,輸送機器のフレーム等の部材としてアルミ合金押出し材を使用するとき、押出し性が良好であることの他に、安全性及び軽量化の面から高荷重に耐える強度が要求される。」 (第2欄第12行?第3欄第5行) (4) 「[作用] 本発明に従ったAl-Mg-Si系合金は、時効処理で析出する金属間化合物Mg_(2)Siによって高強度を確保すると共に、時効処理に至るまでは可能な限り多量のMg及びSiを固溶させることにより押出し性を改善している。また、押出し時に繊維状の非再結晶集合組織を強く発達させ、圧延に起因した熱間圧延集合組織に比較して格段に強度が高い合金部材を得ることを狙っている。このような強度及び押出し性を勘案し、合金成分及びその含有量が決定されると共に、製造条件が定められる。すなわち、特定された成分・組成と特定された製造条件との組合せにより、始めて強度及び押出し性の双方共に優れたAl-Mg-Si系合金が得られる。」 (第2欄第42行?第3欄第4行) (5) 「Cr:0.04?0.15重量%,Mn:0.4?1.0重量% Cr及びMnは、押出し成形時に再結晶化を抑制し、繊維状の非再結晶組織を強く発達させ、アルミ合金部材に強度を付与する有効元素である。このような効果は、Cr:0.04重量%以上及びMn:0.4重量%以上で顕著になる。しかし、0.15重量%を超える多量のCr含有は、押出し速度を上昇させたときに押出し材表面に肌荒れを発生させる原因となり、押出し性を低下させる。また、1.0重量%を超える多量のMn含有は、AlMn系,AlMnFe系等の粗大な金属間化合物を晶出させ、アルミ合金部材の靱性を低下させる。したがって、本発明においては、Cr含有量を0.04?0.15重量%,好ましくは0.06?0.15重量%の範囲に、Mn含有量を0.4?1.0重量%,好ましくは0.4?0.8重量%の範囲に規定した。 Mnは、Crと同様の作用を呈する。しかし、Crに代えてMnだけで所与の効果を得ようとすると、Mnを多量に含有させることが必要になり、却って靱性が低下する。この点から、本発明においては、押出し性及び強度の両立を図るため、Mn+Cr=0.45?1.1重量%の条件下でMn及びCrを共存させている。」 (第4欄第39行?第5欄第8行) (6) 「本発明で使用するアルミ合金は、前述した合金元素の他に、通常混入する不純物を含んでいる。このような不純物としては、本発明の効果を損なわない範囲,たとえば0.25重量%以下のZnが掲げられる。」 (第5欄第26行?第29行) (7) 「前述したように組成が特定されたアルミ合金は、金属間化合物Mg_(2)Siの析出を抑制した状態で押出しするとき、良好な押出し性を呈する。金属間化合物Mg_(2)Siの析出を抑制すると共に、繊維状の非再結晶組織を強く発達させる上から、均質化処理,均質化後の冷却,再加熱,押出し,プレス端焼入れ等の条件が特定される。なお、本発明が適用される合金ビレットは、常法に従った連続鋳造法又は半連続鋳造法で造塊される。 均質化処理:480?580℃の温度に1時間以上 合金ビレットを480?580℃の温度に1時間以上保持する均質化処理を行うと、添加元素の偏析が解消され、押出し性が向上する。十分な均質化効果を得るためには、480℃以上及び1時間以上の加熱保持が必要である。しかし、580℃を超える加熱温度では、共晶溶融の虞れがある。保持時間は、48時間を超えて長く設定しても、均質化処理の効果はそれほど増大しない。そこで、経済的な理由から、1?48時間の範囲に保持時間を設定することが好ましい。より好ましくは、500?580℃の温度に2時間以上保持することが望ましい。 均質化処理後の冷却:冷却速度150℃/時以上で常温まで冷却 均質化処理された合金ビレットは、冷却速度150℃/時以上で常温まで強制冷却される。この強制冷却によってアルミマトリックスに固溶したMg,Si等の添加元素は、次の押出し成形工程でも固溶状態を維持する。その結果、アルミ合金が硬質化することなく、優れた押出し性が得られる。強制冷却は、人工時効処理工程で金属間化合物Mg_(2)Siを効果的に析出されることから、強度の向上にも有効である。 再加熱:400?550℃ 均質化処理された合金ビレットは、押出しに先立って400?550℃に再加熱される。この温度範囲は、押出し中に金属間化合物Mg_(2)Siがアルミマトリックスに析出することを防止する上で有効である。再加熱温度が400℃を下回ると、押出し中にアルミ合金の温度が低く、金属間化合物Mg_(2)Siが発生し易くなる。逆に550℃を超える再加熱温度では、押出し時の昇温に起因してアルミ合金が過熱され、共晶溶融の虞れが生じる。 押出し時の温度:480?550℃ 再加熱されたアルミ合金は、押出し中に480?550℃の範囲に温度管理される。この温度管理により、Mg及びSiは、金属間化合物Mg2Siとして析出することなく、固溶状態に維持される。また、押出し中のアルミ合金を480?550℃の範囲に維持するとき、強度の向上に有効な繊維状の非再結晶集合組織が強く発達した押出し材が得られる。押出し時の温度が480℃を下回るようになると、金属間化合物Mg_(2)Siが析出し易くなる。逆に、550℃を超える押出し時の温度では、押出し材が再結晶組織となり、高い強度が得られない。 押出し速度:10?60m/分 押出し速度は、繊維状の非再結晶集合組織を得るために重要な要因である。繊維状の非再結晶集合組織が強く発達した押出し材は、極めて高い強度をもったものとなる。また、押出し成形によって生成した非再結晶集合組織は、圧延による熱間圧延集合組織に比較して非常に微細化されており、この点でも強度の向上が図られる。中空材や棒状材では30m/分以下の押出し速度,型材では10-60m/分の押出し速度が好ましい。 プレス端焼入れ:300℃/分以上の冷却速度 押出し成形されたアルミ合金は、押出し時点で急冷するプレス端焼入れが施される。すなわち、押出しダイスから押出し材が出てきたとき、そのまま押出しを継続しながら押出し材に水焼入れ,スプレー焼入れ等の急冷処理を施す。この急冷によって、Mg及びSiが固溶状態のまま維持され、金属間化合物Mg_(2)Siの析出が抑制される。このような効果は、300℃/分以上の冷却速度で顕著になる。このようにして、大半のMg及びSiが固溶したままの押出し材が得られる。 人工時効処理 プレス端焼入れした押出し材は、後続する人工時効処理によって金属間化合物Mg_(2)Siを析出させるとき、高い強度を呈する材料となる。人工時効処理では、140?200℃の温度に2?10時間保持することが好ましい。140℃未満の温度や2時間未満では、十分や時効硬化が得られない。逆に、200℃を超える加熱温度や10時間を超える長時間加熱では、過時効となり、高い強度が付与されない。 人工時効に先立って、プレス端焼入れされた押出し材に引抜き加工,鍛造加工等の冷間加工を施すこともある。この場合の加工性は、Mg及びSiが固溶状態にあることから、AA6061合金に比較して優れている。また、冷間加工によってアルミ合金に導入された応力や歪みは、金属間化合物Mg_(2)Siの析出を促進させるため、時効処理後の強度が一層高くなる。」 (第5欄第30行?第8欄第5行) (8) 「[実 施 例] 第1表に示した組成をもつ合金を、水冷鋳型を使用した半連続鋳造法で直径203mmのビレットに鋳造した。 単位は重量%で示し、残部はAl及び不可避的不純物 合金板号4は、AA6061合金に相当する比較例 ・・・ 得られたビレットを560℃に4時間保持して均質化処理した後、直ちにファン冷却によって冷却速度200℃/時で冷却した。次いで、ビレットを480℃に再加熱し、押出し速度15m/分で外径42mm及び肉厚2mmの中空材に押出し成形した。押出し材が520℃まで降温した位置で、押出し材を連続的に水浴に浸漬するプレス端焼入れを施した。 ・・・ プレス端焼入れした押出し材の一部に、外径を42mmから40mm,肉厚を2mmから1.4mmにする加工率30%の冷間引抜き加工を施した。次いで、160℃に4時間保持するT8処理によって、冷間加工後の押出し材を人工時効処理した。プレス端焼入れした押出し材の残りは、引抜き加工することなく、180℃に4時間保持するT6処理によって人工時効処理した。 時効処理後の各材料について、機械的性質を調査した。調査結果を第4表に示す。なお、第4表の比較例は、中空材に押出し成形した後、プレス端焼入れすることなく冷却し、540℃に4時間保持する溶体化処理を経て、水焼入れ後に180℃に6時間保持する人工時効処理を行った場合である。 」 (第8欄第6行?第8欄第43行) (9) 「[発明の効果] 以上に説明したように、本発明においては、時効処理に至る段階で金属間化合物Mg_(2)Siが析出することなく、且つ繊維状の非再結晶集合組織を発達させる合金設計及び製造条件を採用している。これによって、良好な押出し性が確保される。また、人工時効処理後には、析出した金属間化合物Mg_(2)Siと繊維状の非再結晶集合組織とが相俟つて、アルミ合金部材の強度を向上させる。このようにして、従来のAl-Mg-Si系合金よりも押出し性が良いので、高い生産性で高強度の部材が製造される。得られたアルミ合金部材は、安全性が高く軽量化された構造材,産業機器部品,輸送機器部品,日用品等として広範な分野で使用される。」 (第10欄第8行?第20行) 2 甲2について 甲2には、以下の記載がある。 (1) 「【請求項1】 アルミニウム合金押出材を熱間鍛造してなる鍛造材であって、質量%で、Si:0.8?1.3%、Mg:0.70?1.3%、Cu:0.01?0.5%、Zn:0.005?0.2%、Fe:0.01?0.45%、Mn:0.30%を超え、0.8%以下、Cr:0.01?0.25%、Zr:0.01?0.25%、Ti:0.01?0.1%を各々含み、かつ前記SiとMgの含有量が[Si%]-[Mg%]/1.73>0.25を満足し、残部Alおよび不可避的不純物からなる組成を有し、この鍛造材の任意の3箇所以上の部位の表層部を除く断面全域における、SEM-EBSP法による測定で同定される、傾角が2°以上、15°未満の小傾角粒界と傾角が15°以上の大傾角粒界とを含めた、未再結晶領域を備え、この未再結晶領域における傾角2°以上の境界で囲まれる領域の平均粒径が10μm以下であるとともに、この未再結晶領域の前記鍛造材の表層部を除く断面全域に対する平均面積割合が75%以上であり、かつ、この未再結晶組織領域における、最大長が10nm以上、800nm以下の分散粒子の平均密度が10個/μm3 以上であるとともに、最大長が0.5μm以上の晶出物の平均面積率が2.5%以下であることを特徴とするアルミニウム合金鍛造材。」 (2) 「【0008】 一方、前記加工組織が再結晶化した粗大結晶粒の発生を抑制するため、Mn、Zr、Crなどの結晶粒微細化効果を有する遷移元素を添加した上で、450 ?570 ℃の比較的高温の温度で熱間鍛造を開始することが知られている(特許文献6?7、8?10参照) 。」 (3) 「【0016】 本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、前記押出鍛造技術を改良して、アルミニウム合金押出材を熱間鍛造してなる鍛造材であって、高強度で高耐食性な軽量化形状の鍛造材を提供することを目的とする。」 3 甲3について 甲3には、以下の記載がある。 (1) 「【請求項1】 Mg:0.4?1.1%(重量%、以下同じ)、Si:0.5?1.5%、Cu:0.2?1.0%、Ti:0.005?0.2%を含有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金からなる中空押出形材において、中空部を囲む最外周部が多角形をなすとともにその最大肉厚と最小肉厚の肉厚比が1?1.4であり、かつ単位中空部を囲む外周部が多角形をなすとともにその幅厚比が全て0.1以下であることを特徴とする軸圧壊特性に優れたアルミニウム合金押出形材。」 (2) 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、特定のAl-Mg-Si系アルミニウム合金からなる中空押出形材からなり、その押出軸方向に圧縮の衝撃荷重あるいは圧縮の静的負荷を受けたとき、その衝撃荷重及び静的負荷を吸収する作用を持つエネルギー吸収部材に関する。」 (3) 「【0006】 【発明の実施の形態】本発明に係るAl-Mg-Si系アルミニウム合金は、Mg:0.4?1.1%、Si:0.5?1.5%、Cu:0.2?1.0%、Ti:0.005?0.2%を含有する析出硬化型合金である。必要に応じて、Cr:0.05?0.5%、Mn:0.05?0.6%、Zr:0.05?0.3%以下の1種又は2種以上を含み、必要があれば他の微量元素を含むことができる。また、残部はAl及び不可避不純物であり、不可避不純物のうちFeは0.35%以下、その他の不純物は個別には0.05%以下、合計で0.15%以下に制限される。」 (4) 「【0010】Cr、Mn、Zr Cr、Mn、Zrは、均質化熱処理時に微細な金属間化合物を析出して合金の再結晶化を抑制し、押出材のミクロ組織の微細化に効果があり、加工時に割れや肌荒れが発生するのを防止する。それぞれ0.05%以上の添加により効果があるが、過剰に添加しても効果が飽和するため、添加する場合はそれぞれ、0.3%以下、0.6%以下、0.3%以下とする。」 4 甲4について 甲4には、以下の記載がある。 (1) 「[0012] The aluminium alloy according to the invention has an increased strength, low quench sensitivity, good corrosion resistance, favourable forming characteristics and good crash resistance behaviour combined with a high thermal stability.」 (当審訳:[0012] 本発明に係るアルミニウム合金は、高い熱安定性と組み合わせて、増加した強度、低い急冷感度、良好な耐腐食性、良好な成形特性および良好な耐クラッシュ性挙動を有する。) (2) 「[0030]In a following step, the material is aged to desired level of mechanical and physical properties. Preferably, the alloy of the present invention is artificially aged to a desired temper, which would ideally be an overaged temper such as T7, in particular when used for applications requiring a high capacity for absorbing kinetic energy by plastic deformation. Alternatively the aluminium alloy can be aged to a T6 condition for higher strength or to an underaged condition, or subjected to a stabilisation anneal at a temperature in a range of 50 to 120°C to improve on cold formability and/or paint bake response.」 (当審訳:[0030]次の工程で、材料は所望のレベルの機械的、物理的特性へ時効が行われる。好ましくは、本発明の合金は、特に組成変形により運動エネルギーを吸収するための高い能力が要求される用途に使用する場合には、理想的にはT7等の過時効状態である所望の質別に人工時効される。代わりに、アルミニウム合金をより高い強度のためのT6条件または低時効条件へ時効を行うか、冷間成形性及び/又は塗装焼き付け性を改良するために50?120℃の範囲の温度で安定化焼き鈍しを行うことができる。) (3) 「[0035]Table 2 shows the mechanical properties of the alloys in T7 (210°C for 4.5h) and after a subsequent thermal stability ("TS") treatment of 225h at 170°C. 」 (当審訳:[0035]表2は、T7(210℃で4.5時間)及び次の170℃で225時間の熱安定性(TS)処理後の合金の機械的特性を示す。) 5 甲5について 甲5には、以下の記載がある。 (1) 「The invention relates to a component made of an alloy of the AlMgSi type having a high capacity to absorb kinetic energy by plastic deformation. 」(第1欄第13行?第15行) (当審訳:本発明は、組成変形により運動エネルギーを吸収する高い能力を有するAlMgSi型の合金製部品に関する。) (2) 「A further preferred heat treatment, which in particular in the automobile industry can be combined with paint stoving, comprises heating between 190 and 230°C. for an interval of 1 to 5 h. Such a treatment produces a slight overaging, the condition T72 being preferred. 」(第3欄第23行?第27行) (当審訳:特に自動車産業において塗装焼付けと組み合わせることができるさらに好ましい熱処理は、190?230℃で1?5時間加熱することを含む。そのような熱処理は、多少過時効を生じ、条件T72が好ましい。) (3) 「In the examples given here the condition T72 was obtained by artificial age hardening for 5 h at 205 °C.」(第7欄第4行?第6行) (当審訳:ここに示した例では、条件T72が205℃で5時間の人工時効硬化によって得られた。) 第5 判断 1 甲1に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断 前記第4の1において摘示したとおり、甲1には、「高強度Al-Mg-Si系合金部材」が記載されているところ、以下においては、甲1の、主に特許請求の範囲の記載に基づき認定される発明(以下、これを「甲1発明」という。)と、甲1の実施例の欄に記載された合金番号2及び3に関する記載に基づき認定される発明(以下、これらをそれぞれ「甲1-2発明」及び「甲1-3発明」という。)とを引用発明として、本件特許発明1の新規性及び進歩性の判断を行う。 (1) 甲1発明を引用発明とした場合について ア 甲1発明 甲1の特許請求の範囲の記載(前記第4の1(1))によれば、甲1に記載の「高強度Al-Mg-Si系合金部材」は、「押出し材」である。そして、甲1の特許請求の範囲の記載と、第5欄第26行?第29行のアルミ合金に通常混入する不純物に関する記載(前記第4の1(6))とを総合すると、甲1には、以下の甲1発明が記載されている。 甲1発明 「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材であって、 0.6?1.2重量%のMg、 0.6?1.5重量%のSi、 0.35重量%以下のFe 0.15?0.35重量%のCu、 0.4?1.0重量%のMn、 0.04?0.15重量%のCr、 0.1重量%以下のTi、 0.25重量%以下のZn、を含み、 残部がAl及び不可避的不純物である組成を持ち、非再結晶集合組織が強く発達している、押出し材。」 イ 本件特許発明1と、甲1発明との対比 (ア) 甲1発明における「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材」は、本件特許発明1における「Al-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材」に相当する。 (イ) 甲1発明の「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材」における「高強度」との事項は、本件特許発明1における「改善された強度」との事項に相当する。 (ウ) 甲1発明は、「0.4?1.0重量%のMn」と「0.04?0.15重量%のCr」を含むものであるから、MnとCrの両方が「押出し材」中に存在することは明らかである。したがって、甲1発明は、本件特許発明1における「Mn及びCrの両方が前記押出形材を構成する合金中に共に存在する」との事項を備えるものである。 (エ) 甲1発明における「非再結晶集合組織が強く発達している」との事項は、本件特許発明1における「押出形材において未再結晶粒構造を有」しているとの事項に相当する。 (オ) 合金が含有する元素に関し、甲1発明と、本件特許発明1とは、Mg、Si、Fe、Cu、Mn、Cr、Ti及びZnを含む点において共通している。 (カ) その一方、本件特許発明1と、甲1発明とは、少なくとも、以下の相違点1で相違する。 (相違点1) MgとSiの含有量に関し、本件特許発明1においては、「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が特定されているのに対し、甲1発明においては「0.6?1.2重量%のMg」及び「0.6?1.5重量%のSi」との事項が特定されている点 ウ 相違点1が実質的なものであるか否かについての検討 甲1発明で特定される「0.6?1.2重量%のMg」及び「0.6?1.5重量%のSi」との数値範囲は、本件特許発明1で特定されるMg及びSiの含有量の数値範囲よりも広くなっている部分がある。例えば、Mg及びSiの上限値についてみると、甲1発明はそれぞれ1.2重量%、1.5重量%であるのに対し、本件特許発明1は、Mgの上限値が「a3=1.05Mg,0.75Si」で定められ、Siの上限値が「a2=0.90Mg,1.0Si」で定められるから、両元素の上限値側において、甲1発明は、本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えている。そのため、甲1発明が、相違点1に係る構成を実質的に備えているとはいえない。また、本件特許発明1は、例えば「a4=0.70Mg,0.50Si」のように、甲1発明に含まれていないMg及びSiの含有量の部分さえも発明の範囲内としているものでもある。 したがって、相違点1は実質的なものである。 エ 相違点1に係る構成を、当業者が甲1発明に基づき容易に想到し得たか否かについての検討 (ア) 本件特許発明1において特定される「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が有する技術的意義について検討する。 a 本件明細書には「本発明者らは、本発明に関連してAl-Mg-Si合金の研究を通じて、以下のことを発見した。」との記載に続き「・Mg/Si比の増加及びCu含有量の増加に伴い、温度安定性が改善する。」及び「・Mg/Si比の低下に伴い、Al-Mg-Si合金の強度が増加する。」と記載されている(段落【0013】)。 また、「上記の実施例は、十分な温度安定性を有するためにMg/Si比が0.9を超えるべきであること、及びC28用途のために必要な強度を得ため(当審注:「得るため」の誤記と認める)にMg/Si比が1.4未満であるべきことを示す。したがって、本発明の合金は、最低Mg/Si比を定義する座標a1及びa2、並びに最大Mg/Si比を定義する座標a3及びa4によって定められる(図3及び20参照)。」と記載されている(段落【0060】の後半部)。 b 段落【0060】の後半部に記載の「十分な温度安定性を有するためにMg/Si比が0.9を超えるべきであること」との事項については、本件明細書の段落【0028】?【0030】及び図5及び図6において、実験的に裏付けられている。 本件明細書の当該箇所には、Mg/Si比が異なる5種の合金(「C28-A1」、「C28-A2」、「C28-B1」、「C28-B2」、「C28-C1」)に対し、185℃で6時間時効した後又は205℃で5時間時効した後での、150℃での様々な時間の温度暴露後のRp0.2の試験結果が記載されている。特に段落【0028】には「A、B及びC合金の比較により、Mg/Si比の増加に伴い、温度暴露の際の強度損失が劇的に低下することを観察することができる」ことや、「合金C1は、185℃での初期時効サイクルの後に遥かに小さな強度を示すが、150℃での温度暴露によってほとんど影響を受けないように思われる」ことが記載されている。 ここで、「C28-B1合金」、「C28-B2合金」及び「C28-C1合金」のMg/Si比を、本件明細書の段落【0024】の表1の数値に基づき計算すると、それぞれ、0.79、0.86、1.30であるところ、段落【0030】には「温度安定性に対する要求に関して、最適のMg/Si比が、C28-B1及びC28-B2合金よりも僅かに高いことを示す。」と記載されているから、「十分な温度安定性を有するためにMg/Si比が0.9を超えるべきであること」について、実験的な裏付けがあるといえる。 c また、段落【0060】の後半部に記載の「C28用途のために必要な強度を得るためにMg/Si比が1.4未満であるべきこと」との事項についても、本件明細書の段落【0060】の前半部及び図22において、実験的に裏付けられている((なお、「C28用途のために必要な強度」とは、段落【0003】の記載からみて、「Rp0.2>280MPa」を意味していると解される。)。 段落【0060】の前半部には、Mg/Si比が異なる5種の合金(「c1」、「c2、「c3」、「c4」、「ホンセル社」)に対し、時効処理の条件を変えながら(T6x:低時効条件、T6:ピーク時効条件、T7:過時効条件)、機械的特性の試験を行った結果に対するコメントが記載されている。具体的には、Mg/Si比が本件特許発明1の範囲内である「c1」?「c4」の合金について、「図から観察され得るように、全ての合金c1-c4は、T6に近い条件又はT7条件のいずれにおいてもC28要件を満たす可能性がある強度を示す。」と記載されている。またその一方、Mg/Si比が1.58である「ホンセル社」の合金(本件明細書の段落【0056】の表4によれば、「ホンセル社」の合金はMgを0.861重量%、Siを0.545重量%含む)について、「「ホンセル社」の合金は、Mg及びSiの合計が同じであるが、本発明の合金よりも高いMg/Si比を有する。クラッシュ挙動は良好であるが、可能性のある強度は、C28要件を満たすのに低すぎる。」と記載され、図22からも、「ホンセル社」の合金がいずれの時効条件においてもRp0.2が280MPaに達しないことを読み取れる。 したがって、「C28用途のために必要な強度を得るためにMg/Si比が1.4未満であるべきこと」についても、実験的な裏付けがあるといえる。 d そうすると、本件特許発明1において特定される「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が有する技術的意義は、「温度安定性」と「強度」の両者に関係がある「Mg/Si比」を、所定の範囲内に限定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させることであるといえる。 (イ) 一方、甲1の全体を参照しても、強度については言及されているものの、「Mg/Si比」が「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることは記載も示唆もされておらず、「温度安定性」という特性自体についても記載も示唆もなされていない。また、本件特許の優先日時点の当業者において、「Mg/Si比」が、「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることを認識し得たと認めるに足る証拠もないし、技術常識もない。したがって、上記(ア)で示した、本件特許発明1が有する前記技術的意義は、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ないものである。 (ウ) さらに、上記ウで検討したとおり、甲1発明は、Mg及びSiの含有量に関し、本件特許発明1で特定される数値範囲よりも広くなっている部分があり、特に両元素の上限値側において本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えているところ、甲1の記載や技術常識に基づいたとしても、Mg及びSiの含有量を、本件特許発明1で特定される範囲にまで減縮させようとする動機付けは存在しない。 また、本件特許発明1は、例えば「a4=0.70Mg,0.50Si」のように、甲1発明に含まれていないMg及びSiの含有量の部分さえも発明の範囲内としているところ、甲1の記載や技術常識に基づいたとしても、甲1発明において、そのような部分に関し本件特許発明1で特定される範囲にまで拡張させようとする動機付けも存在しない。 (エ) したがって、本件特許の優先日時点の当業者が、甲1発明に基づき、Mg及びSiの含有量として、本件特許発明1において特定される「Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項を想到することは、容易になし得たとはいえない。そして、本件特許発明1は、当該事項を特定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させるという、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ない技術的意義を有するものである。 (オ) よって、相違点1に係る構成を、当業者が甲1発明に基づき容易に想到し得たとはいえない。 オ 甲1発明を引用発明とした場合の小括 以上のとおり、相違点1以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2) 甲1-2発明を引用発明とした場合について ア 甲1-2発明 甲1の実施例の欄(前記第4の1(8))には、合金番号1?4に示した組成を持つ合金を、ビレットに鋳造し、得られたビレットを560℃に4時間保持して均質化処理した後、直ちにファン冷却によって冷却速度200℃/時で冷却し、次いで、ビレットを480℃に再加熱し、押出し速度15m/分で外径42mm及び肉厚2mmの中空材に押出し成形し、押出し材が520℃まで降温した位置で、押出し材を連続的に水浴に浸漬するプレス端焼入れを施したことが記載されている。 甲1の第6欄第18行?第28行の「押出し時の温度:480?550℃」の欄及び第6欄第29行?第37行の「押出し速度:10?60m/分」の欄(前記第4の1(7))には、押出し時の温度及び速度をこのような範囲とすることで、非再結晶集合組織が強く発達したものとなると記載されているから、上記のとおりにして得られた押出し材は、非再結晶集合組織が強く発達したものであるといえる。 甲1の第5欄第26行?第29行のアルミ合金に通常混入する不純物に関する記載(前記第4の1(6))によれば、アルミ合金は、前述した合金元素の他に、通常混入する不純物を含んでいる。 これらのことを踏まえ、甲1において、合金番号2の組成を有する押出し材に着目すると、甲1には、以下の甲1-2発明が記載されている。 甲1-2発明 「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材であって、 0.9重量%のMg 0.9重量%のSi 0.2重量%のFe 0.33重量%のCu 0.5重量%のMn 0.08重量%のCr 0.01重量%のTi を含み、 残部がAl及び不可避的不純物である組成を持ち、非再結晶集合組織が強く発達している、押出し材。」 イ 本件特許発明1と、甲1-2発明との対比 (ア) 甲1-2発明における「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材」は、本件特許発明1における「Al-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材」に相当する。 (イ) 甲1-2発明の「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材」における「高強度」との事項は、本件特許発明1における「改善された強度」との事項に相当する。 (ウ) 甲1-2発明は、「0.5重量%のMn」と「0.08重量%のCr」を含むものであるから、MnとCrの両方が「押出し材」中に存在することは明らかである。したがって、甲1-2発明は、本件特許発明1における「Mn及びCrの両方が前記押出形材を構成する合金中に共に存在する」との事項を備えるものである。 (エ) 甲1-2発明における「非再結晶集合組織が強く発達している」との事項は、本件特許発明1における「押出形材において未再結晶粒構造を有し」との事項に相当する。 (オ) 合金が含有する元素に関し、甲1-2発明と、本件特許発明1とは、Mg、Si、Fe、Cu、Mn、Cr及びTiを含む点において共通している。 そのうち、Cr以外の元素の含有量については、以下のとおり、本件特許発明1の含有量の数値範囲内に包含される。 (Mg及びSiについて) 甲1-2発明は、「0.9重量%のMg」と「0.9重量%のSi」を含むから、Mg及びSiの含有量は、本件特許発明1の「前記押出形材を構成する合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであり」との事項が規定する範囲内に包含される。 (Fe、Cu、Mn、Tiについて) 甲1-2発明において「0.2重量%のFe」、「0.33重量%のCu」、「0.5重量%のMn」及び「0.01重量%のTi」を含むことは、それぞれ、本件特許発明1が規定する「0.30重量%以下のFe」、「0.1?0.4重量%のCu」、「0.50?0.70重量%のMn」及び「0.005?0.15重量%のTi」との事項に包含される。 (カ) その一方、本件特許発明1と、甲1-2発明とは、少なくとも、以下の相違点2で相違する。 (相違点2) 本件特許発明1においては「改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有する」のに対し、甲1-2発明においては、「高強度」ではあるが「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」について改善されたものであるかは不明である点 ウ 相違点2が実質的なものであるか否かについての検討 (ア) 甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金は、「特定された成分・組成と特定された製造条件との組合せにより、始めて強度及び押出し性の双方共に優れたAl-Mg-Si系合金が得られる。」(甲1の[作用]の欄)というものであって、強度及び押出し性の双方共に優れたものである。 しかしながら、甲1の全体を参照しても、強度については言及されているものの、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」が改善されたか否かについては記載も示唆もされておらず、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」という各特性自体について何らの言及もない。 (イ) また、甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材は、具体的には、「各種構造材,輸送機器,産業用機器,日用品等に使用され」るものであり(甲1の[産業上の利用分野]の欄)、「たとえば、産業機器のアーム,輸送機器のフレーム等の部材」(甲1の[従来の技術]の欄)への使用が想定されるものである。そして、このような用途において、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」が、優先的に改善されるべき特性であると認めるに足る証拠はないし、技術常識もない。そのため、甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材が、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」が改善されているものであると断言することはできない。 (ウ) したがって、甲1-2発明が、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」について改善されたものであるとは認めることはできないから、相違点2は、実質的なものである。 エ 相違点2に係る構成を、当業者が甲1-2発明に基づき容易に想到し得たか否かについての検討 (ア) 本件特許発明1で特定される「改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有する」との事項を具体化するための手段として、本件明細書に記載されている内容を検討する。 a 本件明細書の段落【0013】の「Mg/Si比の増加・・・に伴い、温度安定性が改善する。」との記載、同段落の「Mg/Si比の低下に伴い、Al-Mg-Si合金の強度が増加する。」との記載、段落【0029】の「一般に、延性及びクラッシュ性能は、合金の強度が増加するにつれて低下する。」との記載、及び段落【0060】の「十分な温度安定性を有するためにMg/Si比が0.9を超えるべきであること、及びC28用途のために必要な強度を得ため(当審注:「得るため」の誤記と認める)にMg/Si比が1.4未満であるべきことを示す。」との記載によれば、本件明細書には、Al-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材においては、「強度」を増加させると「温度安定性」及び「クラッシュ特性」が低下するという関係(いわゆるトレードオフの関係)があることが記載されている。 b そして、段落【0022】?【0052】の「第1試験シリーズ」及び段落【0053】?【0076】の「第2試験シリーズ」の、組成や時効処理の条件を種々変えて行われた試験結果によれば、「強度」、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」の各特性が、Mg/Si比、Cu含有量、Ti含有量、時効処理の条件、及び未再結晶構造を用いることによって影響を受けることが記載されている。 c そうすると、本件特許発明1で特定される「改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有する」との事項は、Mg/Si比、Cu含有量、Ti含有量、及び時効処理の条件を最適化するとともに、未再結晶構造を用いることによって、具体化されたものであると認められる。 (イ) 一方、上記ウ(イ)で述べたとおり、甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材において、その用途を考慮すれば、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」が、優先的に改善されるべき特性であると認めるに足る証拠はないし、技術常識もない。そのため、甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材に対し、「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」を改善させようとする動機付けは存在しない。 (ウ) また、本件特許の優先日時点の当業者において、甲1-2発明の高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材を、「強度」に加えて「耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性」も同時に改善されたものとするための具体的な手段は明らかではないし、本件特許発明1のように、Mg/Si比、Cu含有量、Ti含有量、及び時効処理の条件を最適化するとともに、未再結晶構造を用いることによって、「強度」に加えて「耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性」も同時に改善されたものとできることは、本件特許の優先日時点の当業者が認識し得たとも認められない。 (エ) そうすると、本件特許の優先日時点の当業者において、「改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有する」という事項を想到するための動機付けを認識することができず、そのような改善をするための具体的な手段も明らかではないことから、甲1-2発明において「改善された強度、耐食性、クラッシュ特性及び温度安定性を有する」という事項を想到することは、容易になし得たことはいえない。 (オ) よって、相違点2に係る構成を、当業者が甲1-2発明に基づき容易に想到し得たとはいえない。 オ 甲1-2発明を引用発明とした場合の小括 以上のとおり、相違点2以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1-2発明ではなく、また、甲1-2発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3) 甲1-3発明を引用発明とした場合について ア 甲1-3発明 前記(2)アにおける、甲1-2発明の認定と同様にして、甲1において、合金番号3の組成を有する押出し材に着目すると、甲1には、以下の甲1-3発明が記載されている。 甲1-3発明 「高強度Al-Mg-Si系合金からなる押出し材であって、 0.8重量%のMg 0.8重量%のSi 0.2重量%のFe 0.30重量%のCu 0.8重量%のMn 0.12重量%のCr 0.01重量%のTi 0.02重量%のB を含み、 残部がAl及び不可避的不純物である組成を持ち、非再結晶集合組織が強く発達している、押出し材。」 イ 本件特許発明1と、甲1-3発明との対比 (ア) 本件特許発明1と甲1-3発明とを対比すると、本件特許発明1と甲1-2発明との対比と同様にして、前記(2)イ(ア)?(エ)での指摘と同じ内容が該当する。 (イ) 合金が含有する元素に関し、甲1-3発明と、本件特許発明1とは、Mg、Si、Fe、Cu、Mn、Cr及びTiを含む点において共通している。 そのうち、Mn以外の元素の含有量については、以下のとおり、本件特許発明1の含有量の数値範囲内に包含される。 (Mg及びSiについて) 甲1-3発明は、「0.8重量%のMg」と「0.8重量%のSi」を含むから、Mg及びSiの含有量は、本件特許発明1の「前記押出形材を構成する合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであり」との事項が規定する範囲内に包含される。 (Fe、Cu、Cr、Tiについて) 甲1-3発明において「0.2重量%のFe」、「0.30重量%のCu」、「0.12重量%のCr」及び「0.01重量%のTi」を含むことは、それぞれ、本件特許発明1が規定する「0.30重量%以下のFe」、「0.1?0.4重量%のCu」、「0.10?0.20重量%のCr」及び「0.005?0.15重量%のTi」との事項に包含される。 (ウ) その一方、本件特許発明1と、甲1-3発明とは、少なくとも、前記相違点2と同じ点(以下、相違点3という)で相違する。 ウ 相違点3が実質的なものであるか否かについての検討 前記(2)ウと同じ理由で、甲1-3発明が「耐食性」、「クラッシュ特性」及び「温度安定性」について改善されたものであるとは認めることはできないから、相違点3は、実質的なものである。 エ 相違点3に係る構成を、当業者が甲1-3発明に基づき容易に想到し得たか否かについての検討 前記(2)エと同じ理由で、相違点3に係る構成を、当業者が甲1-3発明に基づき容易に想到し得たとはいえない。 エ 甲1-3発明を引用発明とした場合の小括 以上のとおり、相違点3以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1-3発明ではなく、また、甲1-3発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (4) 甲1に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断のまとめ 以上検討したとおり、本件特許発明1は、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 2 甲2に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断 (1) 甲2発明を引用発明とした場合について ア 甲2発明 前記第4の2に摘示した各記載によれば、甲2には、以下の甲2発明が記載されている。 甲2発明 「アルミニウム合金押出材を熱間鍛造してなる、高強度で高耐食性な軽量化形状のアルミニウム合金鍛造材であって、 0.70?1.3質量%のMg 0.8?1.3質量%のSi 0.01?0.45質量%のFe 0.01?0.5質量%のCu 0.30%を超え、0.8質量%以下のMn 0.01?0.25質量%のCr 0.01?0.25質量%のZr 0.01?0.1質量%のTi 0.005?0.2質量%のZnを含み、 残部Alおよび不可避的不純物からなる組成を有し、未再結晶領域を備える、鍛造材。」 イ 本件特許発明1と、甲2発明との対比 本件特許発明1と、甲2発明とは、少なくとも、以下の相違点4で相違する。 (相違点4) MgとSiの含有量に関し、本件特許発明1においては、「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が特定されているのに対し、甲2発明においては「0.70?1.3質量%のMg」及び「0.8?1.3質量%のSi」との事項が特定されている点 ウ 相違点4が実質的なものであるか否かについての検討 本件特許発明1では「重量%」が用いられ、甲2発明では「質量%」が用いられているが、両単位の意味する内容が同一であることは当業者の技術常識である。 そして、甲2発明で特定される「0.70?1.3質量%のMg」及び「0.8?1.3質量%のSi」との数値範囲は、本件特許発明1に特定されるMg及びSiの含有量の数値範囲よりも広くなっている部分がある。例えば、Mg及びSiの上限値についてみると、甲2発明はそれぞれ1.3質量%、1.3質量%であるのに対し、本件特許発明1は、Mgの上限値が「a3=1.05Mg,0.75Si」で定められ、Siの上限値が「a2=0.90Mg,1.0Si」で定められるから、両元素の上限値側において、甲2発明は、本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えている。そのため、甲2発明が、相違点4に係る構成を実質的に備えているとはいえない。また、本件特許発明1は、例えば「a1=0.60Mg,0.65Si」、「a3=1.05Mg,0.75Si」、及び「a4=0.70Mg,0.50Si」のように、甲2発明に含まれていないMg及びSiの含有量の部分さえも発明の範囲内としているものでもある。 したがって、相違点4は実質的なものである。 エ 相違点4に係る構成を、当業者が甲2発明に基づき容易に想到し得たか否かについての検討 (ア) 前記1(1)エ(ア)に示したとおり、本件特許発明1において特定される「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が有する技術的意義は、「温度安定性」と「強度」の両者に関係がある「Mg/Si比」を、所定の範囲内に限定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させることであるといえる。 (イ) 一方、甲2の全体を参照しても、強度及び耐食性については言及されているものの、「Mg/Si比」が「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることは記載も示唆もされておらず、「温度安定性」という特性自体についても記載も示唆もなされていない。また、本件特許の優先日時点の当業者において、「Mg/Si比」が、「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることを認識し得たと認めるに足る証拠もないし、技術常識もない。したがって、上記(ア)で示した、本件特許発明1が有する前記技術的意義は、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ないものである。 (ウ) さらに、上記ウで検討したとおり、甲2発明は、Mg及びSiの含有量に関し、本件特許発明1で特定される数値範囲よりも広くなっている部分があり、特に両元素の上限値側において本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えているところ、甲2の記載や技術常識に基づいたとしても、Mg及びSiの含有量を、本件特許発明1で特定される範囲にまで減縮させようとする動機付けは存在しない。 また、本件特許発明1は、例えば「a1=0.60Mg,0.65Si」、「a3=1.05Mg,0.75Si」、及び「a4=0.70Mg,0.50Si」のように、甲2発明に含まれていないMg及びSiの含有量の部分さえも発明の範囲内としているところ、甲2の記載や技術常識に基づいたとしても、甲2発明において、そのような部分に関し本件特許発明1で特定される範囲にまで拡張させようとする動機付けも存在しない。 (エ) したがって、本件特許の優先日時点の当業者が、甲2発明に基づき、Mg及びSiの含有量として、本件特許発明1において特定される「Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項を想到することは、容易になし得たとはいえない。そして、本件特許発明1は、当該範囲を特定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させるという、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ない技術的意義を有するものである。 (オ) よって、相違点4に係る構成を、当業者が甲2発明に基づき容易に想到し得たとはいえない。 (2) 甲2に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断のまとめ 以上のとおり、相違点4以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2に記載された発明ではなく、また、甲2に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3 甲3に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断 (1) 甲3発明を引用発明とした場合について ア 甲3発明 前記第4の3に摘示した各記載によれば、甲3には、以下の甲3発明が記載されている。 甲3発明 「軸圧壊特性に優れた、Al-Mg-Si系アルミニウム合金からなる中空押出形材であって、 0.4?1.1重量%のMg 0.5?1.5重量%のSi 0.35重量%以下のFe 0.2?1.0重量%のCu 0.05?0.6重量%のMn 0.05?0.5重量%のCr 0.05?0.3重量%のZr 0.005?0.2重量%のTi を含み、 残部はAl及び不可避不純物である組成を持ち、合金の再結晶化が抑制されている、押出形材。」 イ 本件特許発明1と、甲3発明との対比 本件特許発明1と、甲3発明とは、少なくとも、以下の相違点5で相違する。 (相違点5) MgとSiの含有量に関し、本件特許発明1においては、「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が特定されているのに対し、甲3発明においては「0.4?1.1重量%のMg」及び「0.5?1.5重量%のSi」との事項が特定されている点 ウ 相違点5が実質的なものであるか否かについての検討 甲3発明で特定される「0.4?1.1重量%のMg」及び「0.5?1.5重量%のSi」との数値範囲は、本件特許発明1で特定されるMg及びSiの含有量の数値範囲よりも広くなっている。特にMgの下限値とSiの上限値についてみると、甲3発明はそれぞれ0.4重量%、1.5重量%であるのに対し、本件特許発明1は、Mgの下限値が「a1=0.60Mg,0.65Si」で定められ、Siの上限値が「a2=0.90Mg,1.0Si」で定められるから、Mgの下限値側とSiの上限値側において、甲3発明は、本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えている。そのため、甲3発明が、相違点5に係る構成を実質的に備えているとはいえない。 したがって、相違点5は実質的なものである。 エ 相違点5に係る構成を、当業者が甲3発明に基づき容易に想到し得たか否かについての検討 (ア) 前記1(1)エ(ア)に示したとおり、本件特許発明1において特定される「合金の組成が、Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項が有する技術的意義は、「温度安定性」と「強度」の両者に関係がある「Mg/Si比」を、所定の範囲内に限定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させることであるといえる。 (イ) 一方、甲3の全体を参照しても、軸圧壊特性について言及されており、これは「クラッシュ特性」に相当すると認められるものの、「Mg/Si比」が「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることは記載も示唆もされておらず、「温度安定性」という特性自体についても記載も示唆もなされていない。また、本件特許の優先日時点の当業者において、「Mg/Si比」が、「温度安定性」と「強度」の両者に関係があることを認識し得たと認めるに足る証拠もないし、技術常識もない。したがって、上記(ア)で示した、本件特許発明1が有する前記技術的意義は、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ないものである。 (ウ) さらに、上記ウで検討したとおり、甲3発明は、Mg及びSiの含有量に関し、本件特許発明1で特定される数値範囲よりも広くなっており、特にMgの下限値側とSiの上限値側において本件特許発明1で特定される範囲を大きく超えているところ、甲3の記載や技術常識に基づいたとしても、Mg及びSiの含有量を、本件特許発明1で特定される範囲にまで減縮させようとする動機付けは存在しない。 (エ) したがって、本件特許の優先日時点の当業者が、甲3発明に基づき、Mg及びSiの含有量として、本件特許発明1において特定される「Mg-Si図の下記座標点a1-a2-a3-a4の範囲内に定義され、重量%で、a1=0.60Mg,0.65Si、a2=0.90Mg,1.0Si、a3=1.05Mg,0.75Si、及びa4=0.70Mg,0.50Siであ」るとの事項を想到することは、容易になし得たとはいえない。そして、本件特許発明1は、当該範囲を特定することによって、「十分な温度安定性」と「C28用途のために必要な強度」とを両立させるという、本件特許の優先日時点の当業者において認識し得ない技術的意義を有するものである。 (オ) よって、相違点5に係る構成を、当業者が甲3発明に基づき容易に想到し得たとはいえない。 (2) 甲3に基づく本件特許発明1の新規性、進歩性の判断のまとめ 以上のとおり、相違点5以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3に記載された発明ではなく、また、甲3に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 4 本件特許発明2?14の新規性、進歩性の判断 (1) 本件特許発明2?8は、いずれも、本件特許発明1の発明特定事項を備える「押出形材」の発明である。 また、本件特許発明9は、「請求項1?8のいずれか一項に記載の押出形材の製造方法」の発明であり、本件特許発明10?14はいずれも請求項9を引用する「押出形材の製造方法」の発明であるから、本件特許発明9?14は、いずれも、本件特許発明1の発明特定事項を備えた「押出形材」を製造する方法の発明である。 したがって、本件特許発明2?14は、いずれも、本件特許発明1の発明特定事項を備えた発明であるといえる。 (2) そして、前記1?3で検討したとおり、本件特許発明1は、甲1、甲2又は甲3に記載された発明ではなく、甲1、甲2又は甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上、本件特許発明2?14についても、本件特許発明1と同様にして、甲1、甲2又は甲3に記載された発明ではなく、また、甲1、甲2又は甲3に記載された発明に基づいて、さらに甲4及び甲5を考慮したとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 むすび したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?14に係る特許が、特許法第113条第2号の規定のうち、第29条の規定に違反してされたというべき理由はないから、その特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1?14に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2018-04-26 |
出願番号 | 特願2015-508891(P2015-508891) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 鈴木 毅 |
特許庁審判長 |
板谷 一弘 |
特許庁審判官 |
土屋 知久 ▲辻▼ 弘輔 |
登録日 | 2017-07-28 |
登録番号 | 特許第6180047号(P6180047) |
権利者 | ノルスク・ヒドロ・アーエスアー |
発明の名称 | 改善された特性を有するAl-Mg-Siアルミニウム合金製の押出形材及びその製造方法 |
代理人 | 曾我 道治 |
代理人 | 太田 恵一 |
代理人 | 梶並 順 |
代理人 | 大宅 一宏 |
代理人 | 佐藤 さおり |