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審決分類 審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正する C10M
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する C10M
審判 訂正 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 訂正する C10M
管理番号 1340423
審判番号 訂正2018-390039  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-07-27 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2018-02-28 
確定日 2018-04-26 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5038719号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5038719号の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。 
理由 1.事件の経緯

特許第5038719号に係る特許出願(特願2006-543017)は、平成17年10月18日(パリ条約による優先権主張 平成16年10月18日 (JP)日本)を国際出願日とする出願であって、平成24年7月13日に権利の設定登録がされ、平成30年2月28日に本件訂正審判の請求がされたものである。

2.請求の趣旨及び請求の内容

本件訂正審判の請求の趣旨は、特許第5038719号の明細書を本件審判請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを認める、という審決を求めるものである。そして、その訂正の内容は、以下の訂正事項1ないし3のとおりである。

ア 訂正事項1
明細書の段落【0004】の「転動体11,11は、各ごとにそれぞれ保持器12,12により転動自在に保持されている」との記載から「各ごとに」を削除し、「転動体11,11は、それぞれ保持器12,12により転動自在に保持されている」に訂正する。

イ 訂正事項2
明細書の段落【0005】の「外輪8の内周面とハブ2及び内輪素子1の外周面との間との間に存在」との記載から重複している「との間」の一方を削除し、「外輪8の内周面とハブ2及び内輪素子1の外周面との間に存在」に訂正する。

ウ 訂正事項3
明細書の段落【0054】の「光学顕微鏡によりグリース中の水の粒径を測定を行なった」との記載を「光学顕微鏡によりグリース中の水の粒径の測定を行なった」に訂正する。

3.当審の判断

(1)訂正の目的について(特許法第126条第1項ただし書の規定について)

ア 訂正事項1について
本件訂正前の明細書の段落【0004】には、「転動体11,11は、各ごとにそれぞれ保持器12,12により転動自在に保持されている」との記載がある。「各ごとにそれぞれ」なる記載は、「各」「ごと」「それぞれ」と同じ意味の異なる用語が重複して記載されており、日本語として意味が不明瞭となる。訂正事項1は、「各ごと」を削除して、「転動体11,11は、それぞれ保持器12,12により転動自在に保持されている」と本来の意味に訂正し、明瞭な日本語とすることを目的とする訂正であるから、当該訂正事項は、特許法第126条第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 訂正事項2
本件訂正前の明細書の段落【0005】には、「外輪8の内周面とハブ2及び内輪素子1の外周面との間との間に存在」との記載がある。「との間との間」なる記載は、「との間」が重複して記載されており、日本語として意味が不明瞭となる。訂正事項2は、当該記載を「外輪8の内周面とハブ2及び内輪素子1の外周面との間に存在」と本来の意味に訂正し、明瞭な日本語とすることを目的とする訂正であるから、当該訂正事項は、特許法第126条第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

ウ 訂正事項3
本件訂正前の明細書の段落【0054】には、「光学顕微鏡によりグリース中の水の粒径を測定を行なった」との記載がある。「粒径を測定を行なった」なる記載は、日本語として意味が不明瞭となる。訂正事項3は、当該記載を「粒径の測定を行なった」と本来の意味に訂正し、明瞭な日本語とすることを目的とする訂正であるから、当該訂正事項は、特許法第126条第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(2)新規事項追加について(特許法第126条第5項の規定について)
上記(1)のとおり、訂正事項1ないし3に係る訂正は、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであって、新たな技術事項を導入するものでないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第126条第5項に規定されている要件に適合するものである。

(3)特許請求の範囲の拡張・変更について(特許法第126条第6項の規定について)
上記(1)のとおり、訂正事項1ないし3に係る訂正は、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第126条第6項に規定されている要件に適合するものである。

4.むすび

以上のとおり、本件訂正審判の請求に係る訂正事項1ないし3は、いずれも特許法第126条第1号ただし書第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第5項ないし第6項の規定に適合するものと認められる。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
車輪支持用転がり軸受用耐水性グリース組成物及び車輪支持用転がり軸受
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や鉄道車両等において車輪を懸架装置に対して回転自在に支持するための車輪支持用転がり軸受に関する。また、本発明は、前記車輪支持用転がり軸受に封入され、耐水性を有するグリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や鉄道車両では、車輪を懸架装置に対して回転自在に支持するために車輪支持用転がり軸受が使用されている。車輪支持用転がり軸受としてハブユニットが多用されており、図1にその一例を示す。このハブユニットでは、内輪素子1とともに内輪相当部材を構成するハブ2の外端部(図中の左端部)の外周面には、車輪(図示せず)を固定するための外向フランジ3が形成され、中間部の外周面には内輪軌道4aと段部5とが、それぞれ形成されている。また、ハブ2の中間部内端寄り(図中の右寄り)外周面には、その外周面に同じく内輪軌道4bが形成された内輪素子1が、その外端面(図中の左端面)を段部5に突き当てた状態で外嵌支持されている。
【0003】
ハブ2の内端寄りには雄ねじ部6が形成されており、この雄ねじ部6の先端部にナット7を螺合し、更に緊締することにより、内輪素子1がハブ2の外周面の所定部分に固定される。更に、ハブ2の周囲に配置した外輪8の中間部外周面には、この外輪8を懸架装置(図示せず)に固定するための外向きフランジ状の取付部9が設けられている。
【0004】
外輪8の内周面には、それぞれが各内輪軌道4a,4bに対向する外輪軌道10a,10bが形成されている。そして、内輪軌道4a,4bと外輪軌道10a,10bとの間に、それぞれ複数個の転動体11,11を設けて外輪8の内側でのハブ2の回転を自在としている。尚、これら転動体11,11は、それぞれ保持器12,12により転動自在に保持されている。
【0005】
また、外輪8の外端部の内周面と、ハブ2の外周面との間には、ニトリル系ゴム組成物等の弾性部材からなるシールリング13が装着されており、このシールリング13により外輪8の内周面とハブ2及び内輪素子1の外周面との間に存在し、転動体11,11を設けた空間15の外端開口部28を塞いでいる。更に、外輪8の内端(図中の右端)開口部はカバー14で塞がれており、この内端開口部から空間15内への塵芥や雨水等の異物の侵入防止及びこの空間15内に充填したグリース(図示せず)の漏洩防止が図られている。
【0006】
尚、乗用車では図示されるような複列玉軸受のユニット軸受が使用されるが、大型車両では図1の転動体11として円すいころを用いた複列円すいころ軸受のユニット軸受が使用され、鉄道車両では同様の複列円すいころ軸受のユニット軸受の他、転動体11として円筒ころを用いた複列円筒ころ軸受のユニット軸受が使用されることが多い。
【0007】
一方、封入グリースには、ハブユニットが雨水や洗浄時の水等と接触するため、耐水性を有することが要求される。封入グリースに水分が混入すると、増ちょう剤の3次元的構造内で水が不均一に存在して構造が崩れ、グリースの軟化や、軟化に伴う流出、付着性の低下等をもたらし、潤滑不良を誘発する。しかも、大径の水滴が存在すると、形成されている潤滑膜を削り取り、潤滑不良を増長する。
【0008】
このような含水による軟化流出性を改善したグリースとして、金属フェネートや金属ステアレートを添加したグリース(例えば、特許文献1参照)が提案されている。しかし、これらグリースでは、取り込んだ水分の分散性が悪く、付着性に改善の余地がある。
【0009】
また、封入グリースに水分が混入すると、軸受寿命を大きく低下させることが知られており、例えば古村らは、潤滑油(#180タービン油)に6%の水分が混入すると、混入がない場合に比べて転がり疲れ寿命が数分の1から20分の1にまで低下することを報告している(小村恭三郎、城田伸一、平川清:表面起点および内部起点の転がり疲れについて、NSK Bearing Journal,No.636,pp.1-10,1977)。また、Schatzbergらは、潤滑油中に僅か100ppmの水分が混入するだけで鋼の転がり強さが32?48%も低下することを報告している(P.Schatzberg,I.M.Felsen:Effects of water and oxygenduring rolling contact lubrication,wear,12,pp.331-342,1968)。このような寿命低下は、混入した水分から発生した水素が軸受材料に作用し、白色組織剥離と呼ばれる金属剥離を引き起こすことが原因と考えられている。
【0010】
このような白色組織剥離を抑制するために、封入グリースを改良したものが数多く提案されており、亜硝酸ナトリウム等の不働態酸化剤を添加したグリース(例えば、特許文献2参照)、有機アンチモン化合物や有機モリブデン化合物等を添加したグリース(例えば、特許文献3参照)、粒径2μm以下の無機系化合物を添加したグリース(例えば、特許文献4参照)等が提案されている。これらは、添加物に由来する被膜を転がり接触部に生成することにより軸受材料への水素の侵入を防いでいるが、被膜が生成するまでの間に振動や速度変化による転動体の滑り等が起こると、転がり接触部で金属剥離が起こる場合がある。
【0011】
また、グリースに水分が混入すると、せん断安定性が低下して潤滑部位から流れ出すようになる。このような含水時のせん断安定性を改善したグリースとして、金属フェネートを添加したグリース(例えば、特許文献5参照)や、脂肪酸のカルシウム塩やマグネシウム塩を添加したグリース(例えば、特許文献6参照)等も提案されている。しかし、これらのグリースは、一方で潤滑性能の低下を誘引するという問題を抱えている。
【0012】
これらのグリースは、水分を取り込み難くするために撥水性を付与したものである。流動あるいは攪拌状態にあるグリースと水分とが接触する場合、親水性のグリースでは、水分は微細な水滴となってグリース中に取り込まれる。これに対し、撥水性のグリースでは、水分は大きな水滴となってグリース中に取り込まれ、更には不均一に存在する。その結果、潤滑部位の摺動面に形成されている油膜が部分的に取り除かれ、その部分を拠点として潤滑不良を引き起こすようになる。このように、撥水性のグリースで、潤滑部位からグリースが流出せず、多量に存在していても、必ずしも潤滑性能に有利であるとは限らない。
【0013】
また、自動車のタイヤと路面との間には摩擦が生じるため静電気が発生し易く、この静電気により水が電気分解されて水素イオンが発生し、白色組織剥離を起こすことがある。そこで、導電性カーボンブラックや金属粉末、有機金属塩等の導電性材料を添加してグリースに導電性を付与することも行われている(例えば、特許文献7及び特許文献8参照)。しかし、これらの導電性グリースは、当初は転がり軸受の軌道輪の軌道面と転動体との接触面に十分に存在していて、その導電性グリース中のカーボンブラックにより、軌道輪と転動体との間の導電性が確保されるが、軌道輪と転動体との相対運動により、時間の経過とともに導電性グリースが前記接触面から排除されたり、また、カーボンブラック粒子のチェーンストラクチャーが破壊されたりするため、導電性が低下して軸受抵抗値が経時的に大きくなるという現象が生じる場合があった。
【0014】
封入グリース以外の対策として、軸受材料にステンレス鋼を用いたり(例えば、特許文献9参照)、転動体をセラミックス製とする(例えば、特許文献10参照)ことも提案されているが、これらの軸受は一般に高価となる。
【0015】
【特許文献1】特公平2-8639号公報
【特許文献2】特許第2878749号公報
【特許文献3】特開平6-803565号公報
【特許文献4】特開平9-169989号公報
【特許文献5】特公平2-8639号公報
【特許文献6】特公平3-26717号公報
【特許文献7】実用新案登録第2559158号公報
【特許文献8】特開平3-35091号公報
【特許文献9】特開平3-173747号公報
【特許文献10】特開平4-244624号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、水分が混入した場合でも付着性の低下が少なく、軟化流出性に優れ、安定した潤滑膜を維持でき、白色組織剥離等の剥離を防止し得る、耐水性に優れ、車輪支持用転がり軸受に封入されるグリース組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、このようなグリース組成物を封入してなり、耐水性に優れた車輪支持用転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の目的を達成するために下記の車輪支持用転がり軸受用耐水性グリース組成物及び車輪支持用転がり軸受を提供する。
(1)外周面に軌道面を有する内方部材と、前記内方部材の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内方部材の外方に配される外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体とを備える車輪支持用転がり軸受に封入されるグリース組成物であって、
鉱油または炭化水素系油からなり、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sである基油と、ウレア化合物または金属複合石けんからなる増ちょう剤とを含み、耐水性付与剤として下記(A)?(D)の何れかを添加してなることを特徴とする車輪支持用転がり軸受用耐水性グリース組成物。
(A)陽イオン型界面活性剤、陰イオン型界面活性剤及び両性界面活性剤の少なくとも1種をグリース全量の0.1?10質量%
(B)非イオン型界面活性剤をグリース全量の0.3?10質量%及び金属不活性化剤をグリース全量の0.5?10質量%
(C)金属石けん、フッ素系撥水剤及びシリコーン系撥水剤の少なくとも一種をグリース全量の0.1?20質量%
(D)pH調整剤を、グリース全量の0.1?10質量%で、かつ、耐水性グリース組成物のpHを7?10にする量
(2)外周面に軌道面を有する内方部材と、前記内方部材の軌道面に対向する軌道面を内周面に有し前記内方部材の外方に配される外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配設された複数の転動体とを備え、上記(1)記載の車輪支持用転がり軸受用耐水性グリース組成物を封入してなることを特徴とする車輪支持用転がり軸受。
(3)ハブユニットであることを特徴とする上記(2)記載の車輪支持用転がり軸受。
尚、以降の説明において、耐水性付与剤として(A)または(B)を添加した耐水性グリースを「第1の耐水性グリース」、(C)を添加した耐水性グリースを「第2の耐水性グリース」、(D)を添加した耐水性グリースを「第3の耐水性グリース」と呼ぶ。
【発明の効果】
【0018】
本発明の耐水性グリース組成物は、添加した耐水性付与剤により、適用箇所において水分が混入した場合でも白色組織剥離等の剥離を抑え、優れた耐久性を示す。
【0019】
また、本発明の車輪支持用転がり軸受は、このような耐水性グリース組成物を封入することにより、優れた耐水性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】車輪支持用転がり軸受として、ハブユニット軸受の一例を示す一部破断断面図である。
【図2】試験-1の含水シェルロール試験において、試験グリースAについてグリース中の水の状態を撮影した写真である。
【図3】試験-1の含水シェルロール試験において、試験グリースBについてグリース中の水の状態を撮影した写真である。
【図4】試験-1の含水シェルロール試験において、試験グリースCについてグリース中の水の状態を撮影した写真である。
【図5】試験-1の含水シェルロール試験において、試験グリースDについてグリース中の水の状態を撮影した写真である。
【図6】試験-1の含水シェルロール試験において、試験グリースEについてグリース中の水の状態を撮影した写真である。
【図7】試験-3で得られた、初期pH値と剥離発生確率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0021】
1 内輪素子
2 ハブ
4a,4b 内輪軌道
5 段部
6 雄ネジ部
7 ナット
8 外輪
10a,10b 外輪軌道
11 転動体
12 保持器
13 シールリング
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0023】
本発明の第1?第3の耐水性グリース組成物は、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースに、それぞれ特定の耐水性付与剤を添加したものである。
【0024】
基油には、鉱油または炭化水素系油を用いる。中でも、低温起動時の異音発生や、高温で油膜が形成され難いために起こる焼付きを避けるために、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/s、好ましくは20?250mm^(2)/s、より好ましくは40?150mm^(2)/sである基油が好ましい。
【0025】
鉱油としては、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油が挙げられ、特に減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。
【0026】
炭化水素系油としては、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1-デセンオリゴマー、1-デセンとエチレンオリゴマー等のポリα-オレフィンまたはこれらの水素化物が挙げられる。これらの炭化水素系油はそれぞれ単独でも、2種以上を混合して使用することもでき、上記の好ましい動粘度に調整される。
【0027】
増ちょう剤には、リチウム複合石けん、カルシウム複合石けん、アルミニウム複合石けん、マグネシウム複合石けん、ナトリウム複合石けん等の複合石けんまたはウレア化合物を用いる。中でも、耐熱性や音響特性を考慮するとウレア化合物がより好ましく、とりわけジウレア化合物が好ましい。
【0028】
増ちょう剤の量は、上記基油とともにグリースを形成し、維持できる量であれば制限されるものではないが、グリース全量の5?40質量%であることが好ましい。増ちょう剤量が5質量%未満ではグリース性状を維持するのが困難となり、40質量%を越える場合は、グリースが硬くなりすぎて潤滑状態を十分に発揮することができなくなり、好ましくない。
【0029】
(第1の耐水性グリース組成物)
第1の耐水性グリース組成物は、上記ベースグリースに、耐水性付与剤として界面活性剤を添加したものである。界面活性剤としては、陰イオン型界面活性剤、陽イオン型界面活性剤、両性界面活性剤及び非イオン型界面活性剤の何れも使用できるが、界面活性剤の種類によりその添加量が異なる。界面活性剤の存在により、侵入した水分を20μm程度の微細な水滴としてグリース中に均一に分散させることができ、潤滑部位において油膜を良好に維持して潤滑性能を長期にわたり安定して維持できるようになるが、非イオン界面活性は水分を取り込む能力が十分ではなく、微細な水滴としてグリース中に取り込むことができない。そのため、添加量を調整する必要がある。
【0030】
陰イオン型界面活性剤としてはアルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルフォン酸塩、アルキルナフタレンスルフォン酸、アルキルスルホンコハク酸、脂肪酸塩、ナフタレンスルフォン酸ホルマリン縮合物等が挙げられ、陽イオン型界面活性剤としてはアルキルアミン塩、第四級アンモニウム塩等が挙げられ、両性界面活性剤としてはアルキルベタイン、アルキルアミンオキサイド等が挙げられる。これら界面活性剤の添加量は、グリース全量の0.1?10質量%である。添加量が0.1質量%未満では、水分を微細な水滴として取り込むことができず、10質量%を越えて添加しても増分に見合う効果の向上が認められない上、基油の量が相対的に減少して潤滑性能が低下するおそれがある。これらを考慮すると、界面活性剤の添加量は0.5?5質量%が好ましい。
【0031】
非イオン型界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油等が挙げられる。添加量はグリース全量の0.3?10質量%であり、0.5?5質量%が好ましい。また、非イオン型界面活性剤とともに金属不活性化剤を添加する。金属不活性化剤は、軸受の金属表面に不働態膜を形成し、水分が浸入した場合に金属表面に水膜が形成されるのを防止でき、耐剥離性を向上させる。このような効果を十分に発現させるには、金属不活性化剤をグリース全量の0.5質量%以上添加する。但し、10質量%を越えて添加しても効果の向上が望めない上、基油の量が相対的に少なくなり潤滑性が低下するおそれがある。
【0032】
尚、非イオン型界面活性剤を添加する場合は、基油の40℃における動粘度は20?250mm^(2)/sであることがより好ましく、90?185mm^(2)/sであることが更に好ましい。
【0033】
(第2の耐水性グリース組成物)
第2の耐水性グリース組成物は、上記ベースグリースに、耐水性付与剤として金属石けん、フッ素系撥水剤及びシリコーン系撥水剤の少なくとも1種を添加したものである。ワックスまたはポリマーによりグリース組成物の付着性が向上し、水分が混入した場合でも潤滑部位からの流出が抑えられ、潤滑膜を良好な状態で長期にわたり維持できる。金属石けんとしては、ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸マグネシウム等が挙げられ、特にステアリン酸カルシウムが好ましい。フッ素系撥水剤としては、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、パーフルオロポリエーテル油等が挙げられる。シリコーン系撥水剤としては、ジメチルシリコーン油等が挙げられる。
【0034】
これら撥水剤の添加量は、グリース全量の0.1?20質量%である。撥水剤量が0.1質量%未満では撥水性が不十分となり、水分混入を防ぐことができず剥離を生じるようになる。また、撥水剤を20質量%を越えて添加しても更なる効果の向上は見られず、不経済となる上、相対的に基油量が減少するため潤滑性に劣るようになる。これらを考慮すると、撥水剤量は5?15質量%が好ましい。
【0035】
(第3の耐水性グリース組成物)
第3の耐水性グリース組成物は、上記ベースグリースに、耐水性付与剤としてpH調整剤を添加してpHを7?10に調整したものである。グリース組成物をこのようなpHとすることで、混入した水分から水素イオンが発生するのを抑え、剥離を防止することができる。pH調整剤は、グリースをこのようなpHとすることができれば制限されるものではないが、スルホネート、フェネート、ホスホネート、コハク酸イミド等を好適に使用することができ、目的とするpHとなるように適宜選択する。
【0036】
pH調整剤の添加量は、グリース全量の0.1?10質量%である。pH調整剤量が0.1質量%未満では上記pHとすることができず、10質量%を越えて添加すると塩基性が高くなりすぎ、腐食が生じる可能性がある。また、基油の量が相対的に減少して潤滑性能が低下するおそれがある。これらを考慮すると、pH調整剤の添加量は0.5?5質量%が好ましい。
【0042】
上記第1?第3の耐水性グリース組成物には、各種性能を更に向上させるため、所望により種々の添加剤を添加してもよい。特に好ましい添加剤として、酸化防止剤、防錆剤、油性向上剤、極圧剤、金属不活性化剤が挙げられる。酸化防止剤としては、アミン系、フェノール系、硫黄系、ジチオリン酸亜鉛等が好適である。アミン系酸化防止剤の具体例としては、フェニル-1-ナフチルアミン、フェニル-2-ナフチルアミン、ジフェニルアミン、フェニレンジアミン、オレイルアミドアミン、フェノチアジン等が挙げられる。フェノール系酸化防止剤の具体例としては、p-t-ブチル-フェニルサリシレート、2,6-ジ-t-ブチル-p-フェニルフェノール、2,2′-メチレンビス(4-メチル-6-t-ブチルフェノール)、4,4′-ブチリデンビス-6-t-ブチル-m-クレゾール)、テトラキス〔メチレン-3-(3′,5′-ジ-t-ブチル-4′-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、1,3,5-トリメチル-2,4,6-トリス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)ベンゼン、n-オクタデシル-β-(4′-ヒドロキシ-3′,5′-ジ-t-ブチルフェニル)プロピオネート、2-n-オクチル-チオ-4,6-ジ(4′-ヒドロキシ-3′,5′-ジ-t-ブチル)フェノキシ-1,3,5-トリアジン、4,4′-チオビス-〔6-t-ブチル-m-クレゾール〕、2-(2′-ヒドロキシ-3′-t-ブチル-5′-メチルフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール等のヒンダードフェノール等が挙げられる。
【0043】
防錆剤としてはエステル類が好ましく、多価塩基カルボン酸及び多価アルコールの部分エステルであるソルビタンモノラウレート、ソルビタントリステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート等のソルビタンエステル類、ポリオキシエチレンラウレート、ポリオキシエチレンオレエート、ポリオキシエチレンステアレート等のアルキルエステル類等が挙げられる。
【0044】
油性向上剤としては、オレイン酸、ステアリン酸等の脂肪酸、ラウリルアルコール、オレイルアルコール等のアルコール、ステアリルアミン、セチルアミン等のアミン、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル、動植物油等が挙げられる。
【0045】
極圧剤としては、リン系、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデン等が挙げられる。
【0046】
金属不活性化剤としては、ベンゾトリアゾール、ベンゾイミダゾール、インドール、メチルベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0047】
これら添加剤は、それぞれ単独で、あるいは適宜組み合わせて添加することができる。添加量は、本発明の効果を損なわない範囲であれば制限はないが、グリース全量の0.1?20質量%が好ましい。添加量が0.1質量%未満では添加剤の効果が乏しく、20質量%を越えて添加しても効果の向上が望めない上、基油の量が相対的に少なくなり潤滑性が低下するおそれがある。
【0049】
グリースの調製方法には特に制限は無いが、基油中で増ちょう剤を反応させてベースグリースを調製し、これに耐水性付与剤を所定量添加し、ニーダやロールミル等で十分に混練して均一に分散させればよい。この処理を行うときは、加熱するのも有効である。また、その他の添加剤は、耐水性付与剤と同時に添加することが工程上好ましい。尚、得られるグリースのちょう度は、NLGI No.1?3であることが好ましい。
【0050】
本発明に係るこれらの耐水性グリース組成物は、耐水性付与剤の作用により優れた耐水性を備える。そのため、本発明の耐水性グリース組成物を適用した部位や装置に優れた耐水性を付与することができ、水と接触するような部位や装置への適用が特に好適である。そこで本発明は、上記本発明の耐水性グリース組成物を封入した車輪支持用転がり軸受を提供する。
【0051】
(車輪支持用転がり軸受)
車輪支持用転がり軸受の種類やそれ自体の構造には制限がなく、例えば図1にしたハブユニットを例示でき、上記本発明の耐水性グリース組成物を封入すればよい。グリースの封入量としては、制限されるものではないが、内輪素子1、外輪8及び転動体11で形成される内部空間の30?50体積%が適当である。封入量が30体積%未満であると潤滑不足により耐久性が不十分となるおそれがあり、50体積%超であるとグリース組成物の漏洩が生じるおそれがある。
【実施例】
【0052】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0053】
<試験-1:第1の耐水性グリース組成物について>
ジイソシアネートを混合した鉱物油に、アミンを混合した鉱物油を加えて反応させ、攪拌加熱してウレア系ベースグリースを調製した。徐冷後、表1に示ように界面活性剤を添加(添加量は何れもグリース全量の1質量%)し、攪拌、脱泡処理を行ない試験グリースを得た。尚、試験グリースのちょう度はNLGI No.1?3に調整した。そして、各試験グリースについて、下記に示す含水シェルロール試験を行った。
【0054】
・含水シェルロール試験
試験グリースを50gとイオン交換水10gとをシェルロール試験機に入れ、回転数165rpm、温度40℃の条件で2時間含水シェルロール試験を行った。その際、光学顕微鏡によりグリース中の水の粒径の測定を行なった。結果を表1に併記する。また、グリース中の水の状態を撮影した写真を図2?図6に示す。
【0055】
【表1】

【0056】
表1並びに図2?6から、陰イオン型界面活性剤を添加した試験グリースA、陽イオン型界面活性剤を添加した試験グリースB、両性界面活性剤を添加した試験グリースCは、何れも粒径20μm以下の微小な水滴として取り込むことができ、しかも水滴が均一に分散していることがわかる。これに対し、非イオン型界面活性剤を添加した試験グリースEでは水滴が全体に大きく(直径25?60μm)、分散状態も劣っている。また、界面活性剤を全く含まない試験グリースDでは小さな水滴と大きな水滴が混在し、分散状態も悪い。
【0057】
また、表2に示す配合にて、試験グリースを調製した。尚、試験グリースのちょう度はNLGI No.1?3に調整した。そして、各試験グリースについて、下記に示す軸受剥離試験を行った。
【0058】
・軸受剥離試験
日本精工(株)製円すいころ軸受「HR32017(内径85mm、外径130mm、幅29mm)」に試験グリースを封入し、ラジアル荷重35.8kN、アキシアル荷重15.7kN、回転速度1500rpmにて、外部から水を軸受内に1質量%/secの割合で封入し、100時間連続回転させた。回転終了後、軸受を分解して剥離の発生の有無を確認した。結果を表2に併記する。
【0059】
【表2】

【0060】
表2から、0.1質量%以上の陰イオン型界面活性剤または非イオン型界面活性剤と、0.5質量%以上の金属不活性化剤とを添加した試験グリースF?Hは、耐剥離性に優れることがわかる。これに対し、陰イオン型界面活性剤または非イオン型界面活性剤が0.1質量未満、あるいは金属不活性化剤が0.5質量%未満になると十分な耐剥離性が得られないことがわかる。
【0061】
<試験-2:第2の耐水性グリース組成物について>
表3に示す配合にて試験グリースを調製した。尚、何れの試験グリースにも、酸化防止剤としてフェニルナフチルアミン(Vanderbit社製「Vanlube 81」)及び防錆剤としてナフテン酸亜鉛(日本化学産業(株)製「ナフチックス亜鉛」)を、それぞれグリース全量の1.0質量%となるように添加してある。そして、各試験グリースについて、下記に示す軸受耐水性試験を行った。
【0062】
・軸受耐水性試験
日本精工(株)製円すいころ軸受「HR32017(内径85mm、外径130mm、幅29mm)」に試験グリースを封入し、ラジアル荷重35.8kN、アキシアル荷重15.7kN、回転速度1500rpmにて、外部から水を軸受内に1質量%/secの割合で封入し、100時間連続回転させた。回転終了後、軸受を分解して剥離の発生の有無を確認した。また、試験グリース中の水分量及びちょう度を測定した。結果を表3に併記する。
【0063】
【表3】

【0064】
表3に示すように、本発明に従い撥水剤を添加した試験グリースを封入することにより、水分の混入が少なく、剥離の発生を抑制でき、長寿命の転がり軸受が得られる。
【0065】
<試験-3:第3の耐水性グリース組成物について>
ジイソシアネートを混合した鉱物油に、アミンを混合した鉱物油を加えて反応させ、攪拌加熱してウレア系ベースグリースを調製した。徐冷後、種々のpH調整剤を添加し、攪拌、脱泡処理を行なってpH2、pH4、pH6、pH7、pH8、pH9、pH10の試験グリースを得た。尚、何れの試験グリースにおいても、pH調整剤の添加量はグリース全量の1質量%とした。また、何れの試験グリースも、混和ちょう度はNLGI No.1?3に調整した。そして、各試験グリースについて、下記に示す軸受耐水性試験を行った。
【0066】
・軸受耐水性試験
日本精工(株)製円すいころ軸受「HR32017(内径85mm、外径130mm、幅29mm)」に各試験グリースを封入し、ラジアル荷重35.8kN、アキシアル荷重15.7kN、回転速度1500rpmにて、外部から水を軸受内に20mL/hの割合で導入しながら連続回転させた。回転は100時間を目処とし、それまでの間に試験軸受が振動したときを剥離発生とみなし、回転を停止した。また、回転後100時間経過した時点で振動が発生しない場合を剥離発生無しとみなし、回転を停止した。試験は各試験グリースについて10回ずつ行ない、下記式より剥離発生確率を求めた。
剥離発生確率(%)=(剥離発生数/試験数)×100
【0067】
結果を図7にグラフ化して示すが、pHが7?10の試験グリースを封入することにより、剥離の発生を効果的に抑制できることがわかる。
【0077】
尚、本実施例においては円すいころ軸受を用いて回転試験を行ったが、上記の試験グリース組成物は他の種類の様々な転がり軸受に対しても同様の効果を有する。例えば、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受、円筒ころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0078】
以上、本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。
【0079】
また、本出願は、2004年10月18日出願の日本特許出願(特願2004-303000)、2004年10月18日出願の日本特許出願(特願2004-303249)、2004年10月18日出願の日本特許出願(特願2004-302805)、2004年10月18日出願の日本特許出願(特願2004-302841)及び2004年10月19日出願の日本特許出願(特願2004-304599)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2018-03-29 
結審通知日 2018-04-03 
審決日 2018-04-16 
出願番号 特願2006-543017(P2006-543017)
審決分類 P 1 41・ 853- Y (C10M)
P 1 41・ 841- Y (C10M)
P 1 41・ 854- Y (C10M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 大熊 幸治  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 日比野 隆治
阪▲崎▼ 裕美
登録日 2012-07-13 
登録番号 特許第5038719号(P5038719)
発明の名称 車輪支持用転がり軸受用耐水性グリース組成物及び車輪支持用転がり軸受  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  

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