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審決分類 審判 訂正 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 訂正する C10M
審判 訂正 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 訂正する C10M
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する C10M
審判 訂正 特許請求の範囲の実質的変更 訂正する C10M
審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正する C10M
管理番号 1341321
審判番号 訂正2018-390038  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2018-02-28 
確定日 2018-05-18 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第4566360号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4566360号の明細書及び特許請求の範囲を、本件審判請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 手続の経緯
本件訂正審判に係る特許第4566360号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成12年8月2日に出願され、その請求項1?3に係る発明について、平成22年8月13日に特許権の設定登録がされたものである。
その後、平成30年2月28日に特許権者日本精工株式会社及び協同油脂株式会社(以下、「請求人」という。)より、本件特許に対して本件訂正審判の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、その後の手続の経緯は次のとおりである。
平成30年 3月26日付け:訂正拒絶理由通知
平成30年 4月13日 :手続補正書、意見書の提出

第2 訂正拒絶理由の概要
当審が平成30年3月26日付けで請求人に通知した訂正拒絶理由の要旨は、次のとおりである。
1.訂正事項3の訂正は、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げるいずれの事項を目的とするものでもないから、同法同条同項に規定する要件に適合しないものである。
2.訂正事項3の訂正は、願書に添付された特許請求の範囲、明細書及び図面(以下、「特許明細書等」という。)に、新たな技術的事項を導入する訂正を含むから、特許法第126条第5項に規定する要件に適合しないものである。

第3 手続補正の適否
1.補正の内容
請求人が平成30年4月13日に提出した手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)は、審判請求書の「(2)訂正事項」から「ウ 訂正事項3」を削除し、「(3)訂正の理由」から「(ウ) 訂正事項3」に関する記載を削除し、審判請求書に添付した訂正明細書の段落[0021]の記載を特許査定時の記載に戻すものである。

2.本件補正についての当審の判断
本件補正による訂正事項3の削除は、審判請求書の要旨を変更するものではない。よって、本件補正は特許法第131条の2第1項の規定に適合するから、本件補正を認める。
そして、当審による上記訂正拒絶理由(第2 1.及び2.)は、いずれも解消した。

第4 請求の趣旨、訂正の内容
本件訂正審判の請求の趣旨は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、本件審判請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める、との審決を求めるというものであり、その訂正事項は以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の「基油全量の30?90質量%を占める量の無極性潤滑油」との記載を、「基油全量の60?85質量%を占める量の無極性潤滑油」に訂正し、同請求項1の「極性基を有する潤滑油を、基油全量の10?70質量%を占める量」との記載を、「極性基を有する潤滑油を、基油全量の15?40質量%を占める量」に訂正する(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2及び3も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
明細書の段落[0010]の「基油全量の30?90質量%を占める量の無極性潤滑油」との記載を、「基油全量の60?85質量%を占める量の無極性潤滑油」に訂正し、同[0010]の「極性基を有する潤滑油を、基油全量の10?70質量%を占める量」との記載を、「極性基を有する潤滑油を、基油全量の15?40質量%を占める量」に訂正する。

第5 当審の判断
1.訂正の目的(特許法第126条第1項)について
まず、上記訂正事項1及び2に係る本件訂正が、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げるいずれの事項を目的とするものか、検討する。
(1)訂正事項1について
訂正事項1による請求項1の訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた基油中の無極性潤滑油の占める量「30?90質量%」を「60?85質量%」に減縮し、同極性基を有する潤滑油の占める量「10?70質量%」を「15?40質量%」に減縮するものであるから、いずれも特許法第126条第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項1による請求項2及び3の訂正は、請求項1の訂正に連動して行われるものであるから、これらの請求項についての訂正も特許法第126条第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正事項1による訂正後の特許請求の範囲の記載と、明細書の段落[0010]の記載とが一致せず不明瞭となることを避けるため、訂正前の同段落に記載されていた基油中の無極性潤滑油の占める量「30?90質量%」を、訂正事項1に合わせて「60?85質量%」に減縮し、同極性基を有する潤滑油の占める量「10?70質量%」を、訂正事項1に合わせて「15?40質量%」に減縮するものであるから、いずれも特許法第126条第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

2.新規事項の追加の有無(特許法第126条第5項)について
(1)訂正事項1について
訂正前の明細書の段落[0045][表1]には、実施例1?3のグリース組成物の配合組成が記載されており、その基油構成については、実施例1は「ポリαオレフィン(60) ポリオールエステル(40)」、実施例2は「ポリαオレフィン(85) ポリオールエステル(15)」、実施例3は「ポリαオレフィン(80) ポリオールエステル(4) アルキルジフェニルエーテル(16)」と記載されている。ここで、「ポリαオレフィン」は、請求項1の「無極性潤滑油」に相当し(段落[0020])、「ポリオールエステル」及び「アルキルジフェニルエーテル」は、請求項1の「極性基を有する潤滑油」に相当する(段落[0012]?[0019])から、実施例1?3は、基油全量中の「無極性潤滑油」の占める量が、それぞれ60質量%、85質量%、80質量%であり、基油全量中の「極性基を有する潤滑油」の占める量が、それぞれ40質量%、15質量%、20質量%である実施例に相当する。
そして、本件発明の課題は、音響耐久性に優れるとともに、軸受トルクの低減を実現し得るグリース組成物を提供すること(段落[0008])であるところ、段落[0046]?[0047]及び図3には実施例2及び3のグリース組成物の高速回転トルク試験を行った結果が記載され、段落[0048]?[0049]及び図5には実施例1のグリース組成物の低速回転トルク試験を行った結果が記載され、段落[0050]及び図6には実施例2に従ってポリオールエステルの配合比率を変えてグリース組成物を調製し、高速回転トルク試験を行った結果が記載され、段落[0051]及び図7には実施例1に従って基油の動粘度を変えてグリース組成物を調製し、低速回転トルク試験を行った結果が記載され、実施例1?3は、いずれも本件発明の課題を解決することが確認されている。
そうすると、本件発明について、訂正前の明細書、特許請求の範囲及び図面には、基油全量中の「無極性潤滑油」の占める量が60質量%?85質量%の範囲であり、基油全量中の「極性基を有する潤滑油」の占める量が15質量%?40質量%の範囲であるグリース組成物が記載されていたといえる。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内で行われたものであるから、特許法第126条第5項に規定する要件に適合するものである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正事項1に合わせて明細書の段落[0010]の記載を訂正するものであるところ(第5 1.(2))、訂正事項1についての上記(第5 2.(1))における検討を踏まえると、訂正事項2も願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内で行われたものといえる。
よって、訂正事項2は特許法第126条第5項に規定する要件に適合するものである。

3.特許請求の範囲の拡張又は変更(特許法第126条第6項)について
(1)訂正事項1について
上記(第5 1.(1)及び同2.(1))において検討したとおり、訂正事項1の請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた基油全量中の「無極性潤滑油」の占める量及び基油全量中の「極性基を有する潤滑油」の占める量の数値範囲を、願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載された事項に基づいて減縮したものであり、発明のカテゴリーや対象、目的を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
よって、訂正事項1による請求項1の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものには該当しないから、特許法第126条第6項に規定する要件に適合するものである。
また、訂正事項1による請求項2及び3の訂正は、請求項1の訂正に連動して行われるものであるから、これらの請求項についての訂正も特許法第126条第6項に規定する要件に適合するものである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正事項1に合わせて明細書の段落[0010]の記載を訂正するものであるところ(第5 1.(2))、訂正事項1についての上記(第5 3.(1))における検討を踏まえると、訂正事項2も実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものには該当しない。
よって、訂正事項2は特許法第126条第6項に規定する要件に適合するものである。

4.独立特許要件(特許法第126条第7項)について
(1)訂正事項1について
訂正事項1による訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される請求項1?3に係る発明は、いずれも発明特定事項を訂正前よりも限定するものであるから、独立特許要件の適否について見直すべき新たな事情は存在しない。また、訂正事項1による訂正により、特許法第36条第4項第1号及び第6項に規定する要件を満たさなくなるものでもないことも明らかである。
よって、訂正事項1は、特許法第126条第7項に規定する要件に適合するものである。

(2)訂正事項2について
上記(第5 1.(2))において検討したとおり、訂正事項2は特許法第126条第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

なお、本件訂正審判の請求の趣旨は、上記第4のとおりであり、特許権全体に対して訂正審判を請求する場合に該当するから、特許法第126条第4項の規定に適合するか否かについての検討は不要である。

第6 むすび
以上のとおり、本件訂正請求に係る訂正事項1及び2は、いずれも特許法第126条第1項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第5項から第7項までの規定に適合するものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
転がり軸受用グリースの製造方法
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は各種の転がり軸受に封入されるグリース組成物の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
エアコンのファン、HDDスピンドルなどに使用されるモータは、近年環境規制を配慮し、モータからの発熱を抑制するために小型化、低出力化が促進されている。このため、これらの用途に使用される転がり軸受では、トルク特性が重要な機能として求められている。
【0003】
転がり軸受の動摩擦トルクは、転がり接触面の微小滑りによる摩擦、軸受内の滑り接触部における滑り摩擦、グリースの粘性抵抗が原因で発生する。このうちグリースの粘性抵抗は、基油の動粘度及びグリースのちょう度に影響を受けることが知られている。従って、基油の動粘度は流体潤滑膜が形成された際の油のせん断抵抗によるため、この動粘度の低減が転がり軸受の動摩擦トルクを低減させる上で大きな解決策となる。また、グリースのちょう度は軸受回転時、軸受内部でせん断を受ける際のチャネリング性に関わるため、このちょう度を低減することも効果的である。
【0004】
しかしながら、基油の動粘度を低減させると、例えばエアコンのファンモータでは、インバータ制御により比較的低速で運転されることがあるために油膜厚の確保が難しくなる。また、一般に動粘度の低い基油は耐熱性が低く、音響耐久性に問題が出てくる。一方、グリースのちょう度の低減は増ちょう剤の配合量の増加を招くため、グリース中の基油の量が相対的に少なくなり、またグリースの機械的せん断の抵抗力が高まるため、結果として軸受潤滑面への基油の供給量が減り、潤滑性を長期にわたり安定に維持することができなくなる。
【0005】
このように、基油の動粘度及びグリースのちょう度の低減には限度があり、上記した用途の転がり軸受に封入されるグリースでは、基油の動粘度として10?500mm^(2)/s(40℃)、またグリースのちょう度としてNLGI No.2?3グレード、もしくは増ちょう剤配合量として5?20質量%の範囲が適当とされている。
【0006】
また、このような背景から、特に音響特性を要求されるモータでは、エステル油を基油とし、これに脂肪酸リチウム塩を増ちょう剤として配合したグリースが封入されている。これは、エステル油は鉱油に比べて耐熱性が高く、またその分子構造中に極性基を有しており、この極性基が金属表面への吸着性を高めて摩擦特性を良好にし、音響耐久性を向上させる作用を有することによる。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上記のように、音響耐久性の改善にはある程度効果的な解決策が見い出されているものの、軸受トルクの低減に効果的なグリース組成物が得られていないのが現状である。
【0008】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、音響耐久性に優れるとともに、軸受トルクの低減を実現し得るグリース組成物を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を行った結果、特定形状の増ちょう剤並びにそれと組み合わせる基油を見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、上記の目的は、本発明の、基油全量の60?85質量%を占める量の無極性潤滑油中で、長径部の長さが少なくとも3μmである長繊維状物を含む金属石けん系増ちょう剤を合成し、溶解した後にゲル体とし、前記ゲル体を一旦冷却した後、これに、分子構造中に極性基を有する潤滑油を、基油全量の15?40質量%を占める量加えて混合することを特徴とする転がり軸受用グリース組成物の製造方法により達成される。
【0011】
【発明の実施の形態】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
本発明では、基油として、分子構造中に極性基を有する潤滑油(以下「極性基含有潤滑油」と呼ぶ)と、無極性潤滑油とを用いる。極性基含有潤滑油としては、エステル構造を有する潤滑油またはエーテル構造を有する潤滑油が好適である。
【0013】
エステル構造を有する潤滑油は、特に制限はないが、二塩基酸と分岐アルコールとの反応から得られるジエステル油、炭酸エステル油、芳香族系三塩基酸と分岐アルコールとの反応から得られる芳香族エステル油、一塩基酸と多価アルコールとの反応から得られるポリオールエステル油などを好適に挙げることができる。これらは、単独でも複数種を併用してもよい。以下に、それぞれの好ましい具体例を例示する
【0014】
ジエステル油としては、ジオクチルアジペート(DOA)、ジイソブチルアジペート(DIBA)、ジブチルアジペート(DBA)、ジオクチルアジペート(DOZ)、ジブチルセバケート(DBS)、ジオクチルセバケート(DOS)、メチル・アセチルリシノレート(MAR-N)などが挙げられる。
【0015】
芳香族エステル油としては、トルオクチルトリメリテート(TOTM)、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどが挙げられる。
【0016】
ポリオールエステル油としては、以下に示す多価アルコールと一塩基酸とを適宜反応させて得られるものが挙げられる。多価アルコールに反応させる一塩基酸は単独でもよいし、複数用いてもよい。さらに、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステルとして用いてもよい。多価アルコールとしては、トリメチロールプロパン(TMP)、ペンタエリスリトール(PE)、ジペンタエリスリトール(DPE)、ネオペンチルプリコール(NPG)、2-メチル-2-プロピル-1,3-プロパンジオール(MPPD)などが挙げられる。また、一塩基酸としては、主にC_(4)?C_(16)の一価脂肪酸が用いられる。具体的には、酪酸、吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、エナント酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、ミステリン酸、パルミチン酸、牛脂脂肪酸、スレアリン酸、カプロレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ソルビン酸、リノール酸、リノレン酸、アビニン酸、リシノール酸などが挙げられる。
【0017】
炭酸エステル油としては、直鎖又は分岐アルキル基の炭素数が6?30のものが好ましい。
【0018】
また、エーテル構造を有する潤滑油として、例えば(ジ)アルキルジフェニルエーテル油、(ジ)アルキルポリフェニルエーテル油、ポリアルキレングリコール油などを挙げることができる。
【0019】
上記の極性基含有潤滑油は単独でもよいし、複数を併用してもよい。また、トルク特性及び音響耐久性を考慮すると、中でもポリオールエステル油、芳香族エステル油が好ましい。
【0020】
一方、無極性潤滑油としては鉱油、合成炭化水素油あるいはこれらの混合油を使用できる。具体的には、鉱油としてパラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油を挙げることができ、合成炭化水素油としてポリ-α-オレフィン油などを挙げることができる。中でも、音響耐久性を考慮すると、合成炭化水素油が好ましい。
【0021】
そして、無極性潤滑油中で長繊維状物を含む金属石けん系増ちょう剤を合成し、溶解した後、ゲル体を作製し、このゲル体と極性基含有潤滑油とを混合する。その際、極性基含有潤滑油が基油全量の10?70質量%を占めるように配合する。極性基含有潤滑油の配合量が10質量%未満では、音響耐久性並びにトルク低減に十分な効果が得られない。極性基含有潤滑油の配合量が70質量%を超えると、無極性潤滑油の量が少なすぎて金属石けん系増ちょう剤の合成に悪影響が出てくる。
【0022】
また、極性基含有潤滑油と無極性潤滑油とを配合してなる基油の動粘度は、従来と同様の25?200mm^(2)/s(40℃)の範囲で構わないが、上記の製造方法を円滑に行う上で、極性基含有潤滑油として2000?100000mm^(2)/s(40℃)の動粘度のものを用いることが好ましい。
【0023】
得られるグリース組成物において、増ちょう剤は、長径部が少なくとも3μmである長繊維状物を含む金属石けんである。金属石けんの種類としては特に、1価または/及び2価の有機脂肪酸または有機ヒドロキシ脂肪酸と、金属水酸化物とを合成して得られる有機脂肪酸金属塩または有機ヒドロキシ脂肪酸金属塩が好ましい。有機脂肪酸としては、特に限定されないが、ラウリン酸(C_(12))、ミリスチン酸(C_(14))、パルミチン酸(C_(16))、マルガリン酸(C_(17))、ステアリン酸(C_(18))、アラキジン酸(C_(20))、ベヘン酸(C_(22))、リグノセリン酸(C_(24))、牛脂脂肪酸などが挙げられる。また、有機ヒドロキシ脂肪酸としては、9-ヒドロキシステアリン酸、10-ヒドロキシステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、9,10-ジヒドロキシステアリン酸、リシノール酸、リシノエライジン酸などが挙げられる。一方、金属水酸化物としては、アルミニウム、バリウム、カルシウム、リチウム、ナトリウムなどの水酸化物が挙げられる。
【0024】
上記の有機脂肪酸または有機ヒドロキシ脂肪酸と、金属水酸化物との組み合わせは特に制限されるものではないが、ステアリン酸、牛脂脂肪酸またはヒドロキシステアリン酸(特に12-ヒドロキシステアリン酸)と、水酸化リチウムとの組み合わせが、軸受性能に優れることから好ましい。また、必要に応じて、複数種を併用することもできる。
【0026】
製造方法を具体的に示すと、先ず合成炭化水素油中にヒドロキシステアリン酸を溶解し、水酸化リチウムと反応させてリチウム石けんを作製する。次いで、このリチウム石けんを210℃以上に加温し、基油中に溶解する。冷却後、一旦200℃の時点で約60分保持し、その後140℃まで1℃/分の速度でゆっくり冷却する。そして、140℃以下となった時点で、140℃に加熱した追加の基油を加え、3段ロールミルをかけ、目的の長繊維状の増ちょう剤を含有するグリースが得られる。尚、増ちょう剤量は、従来のグリース組成物と同様の5?20質量%で構わず、有機脂肪酸またはヒドロキシ脂肪酸、金属水酸化物の配合量を適宜選択する。
【0027】
得られた金属石けんには、長径部が3μm以上の長繊維状物が含まれるが、その割合は増ちょう剤全量の30質量%以上を占めることが好ましく、それより少ないと軸受トルクの低減に十分な効果が得られない。また、この長繊維状物の長径部は、3μm以上であることが好ましい。但し、長繊維状物の長径部が長くなりすぎると、回転時に転がり軸受の接触面に入り込んだときの振動が大きくなり、特に初期音響特性に悪影響を及ぼすため、長径部の上限としては10μm以下が好ましいといえる。また、短径部は特に制限されるものではないが、1μm未満である。これら長繊維状物の割合、長径部及び短径部の寸法は、上記した反応条件を適宜選択することにより制御可能である。
【0028】
尚、上記において合成された金属石けん系増ちょう剤の長径部及び短径部を測定するには、上記分散液をヘキサンなどの溶剤で希釈し、コロジオン膜を貼った銅製メッシュに付着させて透過型電子顕微鏡を用いて6000倍?20000倍程度の倍率で観察すればよい。
【0029】
そして、上記分散液を室温程度にまで冷却してゲル化させ、得られたゲル体を極性基含有潤滑油と混練することにより、本発明のグリース組成物が得られる。図1(A)は後述される実施例1で得られた本発明に従うグリース組成物、また図1(B)は同じく比較例2で得られた従来のグリース組成物(B)を示す電子顕微鏡写真(6000倍)であるが、図1(A)に示すグリース組成物では増ちょう剤の繊維長が格段に長くなっているのがわかる。
【0030】
本発明のグリース組成物には、必要に応じて、従来より公知の下記添加剤を配合することができる。これらの添加剤は、上記した製造過程において、極性基含有潤滑油に添加しておき、ゲル体と混練することによりグリース組成物中に配合できる。
【0031】
〔酸化防止剤〕
酸化防止剤としてゴム、プラスチック、潤滑油等に添加する老化防止剤、オゾン劣化防止剤、酸化防止剤から適宜選択して使用する。例えば、フェニル-1-ナフチルアミン、フェニル-2-ナフチルアミン、ジフェニル-p-フェニレンジアミン、ジピリジルアミン、フェノチアジン、N-メチルフェノチアジン、N-エチルフェノチアジン、3,7-ジオクチルフェノチアジン、p,p′-ジオクチルジフェニルアミン、N,N′-ジイソプロピル-p-フェニレンジアミン、N,N′-ジ-sec-ブチル-p-フェニレンジアミン等のアミン系化合物、2,6-ジ-tert-ジブチルフェノール等のフェノール系化合物等を使用することができる。
【0032】
〔防錆剤・金属不活性化剤〕
防錆剤として、例えば有機スルホン酸のアンモニウム塩、バリウム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム等アルカリ金属、アルカリ土類金属の有機スルホン酸塩、有機カルボン酸塩、フェネート、ホスホネート、アルキルもしくはアルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体、ソルビタンモノオレエート等の多価アルコールの部分エステル、オレオイルザルコシン等のヒドロキシ脂肪酸類、1-メルカプトステアリン酸等のメルカプト脂肪酸類あるいはその金属塩、ステアリン酸等の高級脂肪酸類、イソステアリルアルコール等の高級アルコール類、高級アルコールと高級脂肪酸とのエステル、2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール、2-メルカプトチアジアゾール等のチアゾール類、2-(デシルジチオ)-ベンゾイミダゾール、ベンズイミダゾール等のイミダゾール系化合物、あるいは、2,5-ビス(ドデシルジチオ)ベンズイミダゾール等のジスルフィド系化合物、あるいは、トリスノニルフェニルフォスファイト等のリン酸エステル類、ジラウリルチオプロピオネート等のチオカルボン酸エステル系化合物等を使用することができる。また、亜硝酸塩等も使用することができる。
【0033】
金属不活性化剤として、例えばベンゾトリアゾールやトリルトリアゾール等のトリアゾール系化合物を使用することができる。
【0034】
〔油性剤〕
油性剤として、例えばオレイン酸やステアリン酸等の脂肪酸、オレイルアルコール等の脂肪酸アルコール、ポリオキシエチレンステアリン酸エステルやポリグリセリルオレイン酸エステル等の脂肪酸エステル、リン酸、トリクレジルホスフェート、ラウリル酸エステルまたはポリオキシエチレンオレイルエーテルリン酸等のリン酸エステル等を使用することができる。
【0035】
上記の如く構成される本発明のグリース組成物のトルク低減効果は、以下の作用によるものと推定される。
【0036】
即ち、増ちょう剤として長径部が3μm以上の長繊維状物を含むため、この長繊維状物が軸受回転時のせん断で配向性を示し、軸受トルクを低減させる。この効果は、無極性潤滑油との組み合わせで更に大きなものとなる。また、基油に極性基含有潤滑油が配合されているため、この極性基含有潤滑油が従来の極性基を有する基油(例えばエステル油)と同様に作用して、軸受回転部の接触面に優先的に吸着して吸着膜を形成し、摩擦特性を改善して軸受トルクを低減する。更に、この極性基含有潤滑油の極性基が金属石けんのミセル構造と相互作用を示し、特に長繊維状物同士の結合力を弱め、軸受回転時におけるグリースのせん断抵抗を低減して軸受トルクを更に低減する。
【0037】
【実施例】
以下に実施例を挙げて、本発明を更に説明する。
(実施例1)
12-ヒドロキシステアリン酸78gと水酸化リチウム6.2gとを、552gのポリαオレフィン中で反応させてリチウム石けん80gを生成し、室温まで冷却してゲル体を作製した後、このゲル体と368gのポリオールエステルとを混練してグリース組成物を調製した。このグリース組成物をヘキサンで希釈し、コロジオン膜を貼った銅製メッシュに付着させて透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、図1(A)に示すように、3μm以上の長径部を有する長繊維状物が確認された。
【0038】
(実施例2)
ステアリン酸168gと水酸化リチウム14.2gとを、705gのポリαオレフィン中で反応させてリチウム石けん170gを生成し、室温まで冷却してゲル体を作製した後、このゲル体と125gのポリオールエステルとを混練してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、3μm以上の長径部を有する長繊維状物が確認された。
【0039】
(実施例3)
ステアリン酸116gと水酸化リチウム9.8gとを、528gのポリαオレフィン中で反応させてリチウム石けん120gを生成し、室温まで冷却してゲル体を作製した後、このゲル体と、26gのポリオールエステルと106gのジフェニルエーテルとの混合油とを混練してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、3μm以上の長径部を有する長繊維状物が確認された。
【0040】
(比較例1)
ステアリン酸116gと水酸化リチウム9.8gとを、880gのポリαオレフィン中で反応させてリチウム石けん120gを生成し、室温まで冷却してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、3μm以上の長径部を有する繊維長繊維状物が確認された。
【0041】
(比較例2)
12-ヒドロキシステアリン酸97gと水酸化リチウム7.9gとを、900gのポリオールエステル中で反応させてリチウム石けん100gを生成し、室温まで冷却してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、図1(B)に示すように、全て短繊維状物であった。
【0042】
(比較例3)
ステアリン酸136gと水酸化リチウム11.5gとを、860gのポリαオレフィン中で反応させてリチウム石けん140gを生成し、室温まで冷却してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、3μm以上の長径部を有する繊維長繊維状物が確認された。
【0043】
(比較例4)
ステアリン酸130gと水酸化リチウム10.8gとを、870gのポリオールエステル中で反応させてリチウム石けん130gを生成し、室温まで冷却してグリース組成物を調製した。このグリース組成物を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡を用いて観察したところ、全て短繊維状物であった。
【0044】
上記実施例及び比較例の各成分の配合、得られたグリース組成物の物性(基油動粘度、混和ちょう度、増ちょう剤の繊維構造)を表1にまとめて示す。
【0045】
【表1】

【0046】
(実験1;高速回転トルク試験)
グリース組成物による軸受トルクの低減作用を検証するために、図2に示す測定装置10を用いて高速回転トルク試験を行った。この測定装置10において、試験軸受11はエアスピンドル12に連結する軸13に装着され、またこの試験軸受11にはアルミニウム製の外輪カバー14が装着され、更に外輪カバー14を介してアキシャル荷重用ロードセル15による荷重がかけられる。アキシャル荷重用ロードセル15は、アキシャル荷重負荷用マイクロメータヘッド16により荷重の調整がなされ、ばね17が巻装されたセル本体18を押圧する。また、セル本体18の外輪カバー側端部には空気軸受19が付設されており、吸気口20から供給される空気により外輪カバー14、即ち試験軸受11の回転を支持する構成となっている。また、外輪カバー14は糸21を通じてロードセル22に接続しており、試験軸受11の回転に伴うトルクが測定される。
【0047】
試験は、試験軸受11として、プラスチック保持器を備えた、内径φ5、外径φ13、幅4の非接触ゴムシール付転がり軸受を用い、これに実施例2、実施例3、比較例3及び比較例4の各グリース組成物を10mg封入し、アキシャル荷重14.7Nの下で15000rpmで外輪を回転させてトルクを測定した。測定は回転開始後3分にわたり行い、その結果を図3に示す。図示されるように、実施例2及び実施例3のグリース組成物を封入することにより、軸受トルクが大幅に低減することが確認された。
【0048】
(実験2;低速回転トルク試験)
また、図4に示す測定装置30を用いて低速回転トルク試験を行った。この測定装置30において、試験軸受31は2個一組で、エアースピンドル32に連結する軸33に予圧用ウェーブワッシャ34を用いて装着される。また、試験軸受31はエアースピンドル32とともに水平に置かれ、糸35を介して荷重変換器36が吊るされており、荷重変換器36の出力がX-Yレコーダ37により記録される。
【0049】
試験は、試験軸受31として、鉄保持器を備えた、内径φ15、外径φ35、幅11の非接触ゴムシール付転がり軸受を用い、これに実施例1、比較例1及び比較例2の各グリース組成物を0.7g封入し、アキシャル荷重39.2Nの下で1400rpmで内輪を回転させてトルクを測定した。測定は回転開始後10分にわたり行い、その結果を図5に示す。図示されるように、実施例1のグリース組成物を封入することにより、軸受トルクが大幅に低減することが確認された。
【0050】
(実験3;極性基含有潤滑油の配合比率の検証)
実施例2に従ってポリオールエステルの配合比率を変えてグリース組成物を調製し、実験1に従って高速回転トルク試験を行った。トルクの測定は回転開始後3分経過したときに行った。結果を図6に示すが、ポリオールエステルを5質量%以上、特に10重量%以上配合することにより、極めて良好なトルク特性が得られることがわかる。
【0051】
(実験4;基油の動粘度の検証)
実施例1及び比較例1に従って、基油の動粘度を変えてグリース組成物を調製し、実験2に従って低速回転トルク試験を行った。トルクの測定は回転開始後3分経過したときに行った。結果を図7に示すが、実施例1に従うグリース組成物では、設定した基油の動粘度の全範囲(50?200mm^(2)/s、40℃)において一様に軸受トルクが低く、極めて良好なトルク特性が得られることがわかる。
【0052】
(実験5;増ちょう剤の長繊維状物の配合割合の検証)
実施例1に従って、リチウム石けんの長繊維状物の配合割合を変えてグリース組成物を調製し、実験2に従って低速回転トルク試験を行った。トルクの測定は回転開始後3分経過したときに行った。結果を図8に示すが、長繊維状物の配合割合として、30質量%以上であれば軸受トルクを低く抑えることができることがわかる。
【0053】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、音響耐久性に優れるとともに、軸受トルクの低減を実現し得るグリース組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【図1】(A)実施例1で得られたグリース組成物及び(B)比較例2で得られたグリース組成物を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例において、高速回転トルク試験を行うために使用した測定装置を示す構成概略図である。
【図3】実施例において、高速回転トルク試験を行った結果を示すグラフである。
【図4】実施例において、低速回転トルク試験を行うために使用した測定装置を示す構成概略図である。
【図5】実施例において、低速回転トルク試験を行った結果を示すグラフである。
【図6】実施例において、極性基含有潤滑油の配合比率と軸受トルクとの関係を求めたグラフである。
【図7】実施例において、基油の動粘度と軸受トルクとの関係を求めたグラフである。
【図8】実施例において、増ちょう剤の長繊維状物の配合割合と軸受トルクとの関係を求めたグラフである
【符号の説明】
10 測定装置(高速回転トルク試験用)
11 試験軸受
12 エアスピンドル
13 軸
14 外輪カバ-
15 アキシャル荷重用ロードセル
16 アキシャル荷重負荷用マイクロメータヘッド
17 ばね
18 セル本体
19 空気軸受
20 吸気口
21 糸
22 ロードセル
30 測定装置(低速回転トルク試験用)
31 試験軸受
32 エア-スピンドル
33 軸
34 予圧用ウェーブワッシャ
35 糸
36 荷重変換器
37 X-Yレコーダ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油全量の60?85質量%を占める量の無極性潤滑油中で、長径部の長さが少なくとも3μmである長繊維状物を含む金属石けん系増ちょう剤を合成し、溶解した後にゲル体とし、前記ゲル体を一旦冷却した後、これに、分子構造中に極性基を有する潤滑油を、基油全量の15?40質量%を占める量加えて混合することを特徴とする転がり軸受用グリース組成物の製造方法。
【請求項2】
分子構造中に極性基を有する潤滑油として、エステル油及びエーテル油から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用グリース組成物の製造方法。
【請求項3】
無極性潤滑油中で、有機脂肪酸または有機ヒドロキシ脂肪酸と、リチウムの水酸化物とを反応させることを特徴とする請求項1または2記載の転がり軸受用グリース組成物の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2018-04-23 
結審通知日 2018-04-25 
審決日 2018-05-10 
出願番号 特願2000-234739(P2000-234739)
審決分類 P 1 41・ 853- Y (C10M)
P 1 41・ 854- Y (C10M)
P 1 41・ 855- Y (C10M)
P 1 41・ 841- Y (C10M)
P 1 41・ 851- Y (C10M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 安田 周史  
特許庁審判長 川端 修
特許庁審判官 木村 敏康
天野 宏樹
登録日 2010-08-13 
登録番号 特許第4566360号(P4566360)
発明の名称 転がり軸受用グリースの製造方法  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  

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