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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1341869
審判番号 不服2017-15181  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-10-11 
確定日 2018-07-24 
事件の表示 特願2013- 78577「転がり疲労寿命に優れた鋼部材」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 3月27日出願公開、特開2014- 55346、請求項の数(2)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年 4月 4日(優先権主張平成24年 8月10日)の出願であって、平成28年12月21日付けで拒絶理由通知がされ、平成29年 2月20日付けで意見書の提出がされ、同年 7月 5日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、同年10月11日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。

第2 原査定の概要
原査定(平成29年 7月 5日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

本願請求項1-2に係る発明は、以下の引用文献1に記載された発明であるか、引用文献1に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1.国際公開第2009/145168号

第3 本願発明
本願請求項1?2に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明2」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される、以下のとおりの発明である。

「【請求項1】
表面硬さを58HRC以上とする機械部品に用いる鋼部材であって、鋼中の酸素含有量が8ppm以下、硫黄含有量が0.008質量%以下で、転動体が負荷を受けて回転する転動面から、転動面に平行に被検面積40mm^(2)以上400mm^(2)以下の試験片を採取して観察を行う際に、実効有害長さが10μm以上、実効有害幅が2μm以上の介在物を全て観察し、以下で定義される隙間率をそれぞれの介在物について算出し、観察された全介在物の隙間率の平均が8%以下で、かつ、観察された全介在物のうち、隙間率1.0%未満の介在物が観察された全介在物に占める割合を隙間ゼロ個数率としたとき、隙間ゼロ個数率が30%以上となることを特徴とする転がり疲労寿命に優れた鋼部材。
ただし、隙間率=隙間部分の面積÷(隙間部分の面積+介在物面積)
ここで、実効有害長さは実際の介在物に加えて介在物周囲の隙間を含めた長さであり、実効有害幅は実際の介在物に加えて介在物周囲の隙間も含めた幅である。
【請求項2】
転がり疲労寿命に優れた鋼部材は、JIS規格において規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材、ならびにSAE規格またはASTM規格A295において規定される52100、ならびにDIN規格において規定される100Cr6、ならびにJIS規格において規定される機械構造用炭素鋼鋼材、さらに機械構造用合金鋼鋼材のうち、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、あるいはニッケルクロムモリブデン鋼から選択したいずれか1種の合金鋼鋼材を用いた鋼部材であることを特徴とする請求項1に記載の転がり疲労寿命に優れた鋼部材。」

第4 引用文献、引用発明等
1.引用文献1について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された前記引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、下線部は、当審が付与した。

「[0006]
本発明者らは、今般、鋼の製造時に非金属介在物の低減および非金属介在物の小径化を図らなくても、鋼中の非金属介在物と母相である鋼との隙間を無くした状態の鋼材とすることで、該鋼材からなる表面硬さが58HRC以上で、かつ、剥離を抑制し、転動疲労寿命に優れた機械用部品を得ることができるとの知見を得た。」

「[0010]
したがって、本発明の目的は、鋼の製造時に非金属介在物の低減およびその小径化を図らなくても、鋼材中に含有する非金属介在物と母相である鋼との界面状態を改善した鋼材とすることで、鋼の製造時に非金属介在物の低減およびその小径化を図った鋼材に比べて、優れた転動疲労寿命が安定して得られる機械用部品の製造方法を提供することにある。」

「[0015]
本発明の機械用部品の製造方法によれば、鋼材の製造時に非金属介在物の低減および小径化を図らなくても、何らかの塑性加工により鋼中に含有する非金属介在物と母相である鋼との界面に生じた物理的な隙間すなわち空洞を消滅させ、これらからなる界面を密着させうるならば、非金属介在物を破壊起点とする転動疲労による剥離が回避され、その結果、大幅に寿命が向上すると見込まれる。」

「実施例1
[0029]
本発明の第一の態様の実施条件と得られた効果について具体的に説明する。先ず、表1に供試材の成分組成を示す。本供試材はJIS G 4805の組成を満足する鋼であるSUJ2鋼に基づくものである。アーク溶解炉にて溶鋼を酸化精錬し、取鍋精錬炉(LF)にて還元精錬し、還流式真空脱ガス装置(RH)にて還流真空脱ガス処理(RH処理)し、連続鋳造にて鋼塊を鋳造し、鋼塊を熱間圧延して鋼材を作製した。次に800℃にて球状化焼なましを施した。
[0030]
[表1]


[0031]
さらに、上記の球状化焼なましした鋼材を以下に示す工程条件1?3のいずれかに従って加工した。
工程条件1:鋼材をスラスト型の転がり軸受の部材である軌道盤形状に切削加工した。
工程条件2:鋼材を、室温以上で再結晶温度以下である温間、600℃に加熱して据え込みを行なった後に、スラスト型の転がり軸受の部材である軌道盤形状に切削加工した。
工程条件3:鋼材を、冷間据え込みを行なった後に、スラスト型の転がり軸受の部材である軌道盤形状に切削加工した。
[0032]
得られた軌道盤形状品にそれぞれ熱間等方圧プレス(HIP)処理を施した。この処理条件を表2に示す。プレス条件Aとプレス条件Bは本発明の加熱温度条件および静水圧条件を満足する。プレス条件Cとプレス条件Dはプレス条件で、プレス条件EはHIP処理を行なわないもので、これらは本発明の加熱温度条件および静水圧条件を満足しないものである。これらプレス条件Aとプレス条件Bの軌道盤形状品を835℃で20分保持した後、油冷により焼入れし、次いで170℃で90分の焼戻し処理を行い、所望の58HRC以上の硬さを得た。さらに研磨を施して、スラスト型の転がり軸受に仕上げて、転動疲労寿命評価を行なった。なお、転動体は市販のスラスト型の転がり軸受用ボールを使用した。
[0033]
[表2]


[0034]
スラスト型転がり疲労試験は5292MPaの最大ヘルツ応力Pmaxで行い、上記の各プレス条件につきそれぞれ10回ずつ行なった。その結果から、ワイブル分布関数に基づき、短寿命側から10%の試験片に剥離が生じるまでの総回転数を求め、これをL_(10)寿命とした。これらの焼入・焼戻し後の表面硬さとスラスト型転がり疲労試験を行った各条件の10枚の試験片の寿命から評価したL_(10)寿命を表3に示す。なお、各条件の試験片は試験の都合で1×10^(8)cycleに到達した時点で、剥離に至らなくても中止した。
[0035]
[表3]


[0036]
なお、表3のL_(10)寿命における→は1×10^(8)cycleで、剥離しなかったことを意味する。表3において、本発明の加熱温度条件および静水圧条件を満足するプレス条件Aとプレス条件Bは表面硬さが58HRC以上である。また、本発明の加熱温度条件および静水圧条件を満足しないプレス条件C?Eは表面硬さが58HRC以上である。しかし、本発明のプレス条件Aおよびプレス条件Bの発明例は、最終が熱間塑性加工、温間塑性加工、冷間塑性加工に関わらずプレス条件C?Eの比較例に比べて、転がり疲れ寿命が格段に優れている。」

(2)以上によれば、引用文献1には、表面硬さが58HRC以上で、かつ、剥離を抑制し、転動疲労寿命に優れた機械用部品を得ることができる鋼材が記載されており([0006])、実施例1には、O(酸素):6ppm、S(硫黄):0.007質量%を含有する[表1]の成分組成からなる試供材を用いて上記鋼材を得ることが記載されている([0029])。

したがって、上記引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明]
「表面硬さが58HRC以上で、かつ、剥離を抑制し、転動疲労寿命に優れた機械用部品を得ることができる鋼材であって、鋼中の酸素含有量が6ppm、硫黄含有量が0.007質量%である、鋼材。」

第5 対比・判断
1.本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、両者は、
「表面硬さが58HRC以上とする機械部品に用いる鋼部材であって、鋼中の酸素含有量が6ppm、硫黄含有量が0.007質量%である点」で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
本願発明1は、「転がり疲労寿命に優れた鋼部材」について、
「転動体が負荷を受けて回転する転動面から、転動面に平行に被検面積40mm^(2)以上400mm^(2)以下の試験片を採取して観察を行う際に、実効有害長さが10μm以上、実効有害幅が2μm以上の介在物を全て観察し、以下で定義される隙間率をそれぞれの介在物について算出し、観察された全介在物の隙間率の平均が8%以下で、
かつ、
観察された全介在物のうち、隙間率1.0%未満の介在物が観察された全介在物に占める割合を隙間ゼロ個数率としたとき、隙間ゼロ個数率が30%以上となる。
ただし、隙間率=隙間部分の面積÷(隙間部分の面積+介在物面積)
ここで、実効有害長さは実際の介在物に加えて介在物周囲の隙間を含めた長さであり、実効有害幅は実際の介在物に加えて介在物周囲の隙間も含めた幅である。」
という構成を備えるのに対し、引用発明の「剥離を抑制し、転動疲労寿命に優れた機械用部品を得ることができる鋼材」はそのような構成を備えていない点。

(2)相違点についての判断
引用文献1には、「非金属介在物と母相である鋼との界面に生じた物理的な隙間すなわち空洞を消滅させ、これらからなる界面を密着させうるならば、非金属介在物を破壊起点とする転動疲労による剥離が回避され、その結果、大幅に寿命が向上すると見込まれる」との技術思想の記載はあるものの、引用文献1に記載される「鋼」が、具体的に、どの程度「隙間」を有し、どの程度の「密着性」であるかの記載はない。
また、引用文献1には、「隙間」を評価する指標として、「隙間率」や「隙間ゼロ個数率」を採用するという技術思想の記載も示唆もないし、ましてや、本願発明1において、「転がり疲労寿命に優れた」という効果を奏するために最適化した具体的な数値、すなわち、「観察された全介在物の隙間率の平均が8%以下」及び「隙間ゼロ率30%以上」という具体的な数値の記載も示唆もないから、当業者といえども、引用発明及び引用文献1に記載された技術的事項から、相違点1に係る構成を容易に想到することはできない。

なお、原査定では、「引用文献1に記載される発明は、非金属介在物と母相である鋼との界面に生じた物理的な隙間を消滅させ、疲労寿命を著しく向上させることが記載されているから、本願発明における隙間ゼロ個数率は30%以上となっている」と認定している。
しかしながら、引用発明の鋼は、本願発明と製造方法も異なっており、この点で、本願発明の「鋼」と引用発明の「鋼」が、明らかに同じものであるとまではいえない。
また、引用文献1には、「隙間を消滅させ、これらからなる界面を密着させうるならば、」「寿命が向上すると見込まれる」と、方向性が記載されているにとどまり、製造された「鋼」について、実際に「隙間」がどの程度存在するのかの記載も示唆もないから、この点でも、本願発明の「鋼」と、引用発明の「鋼」が、明らかに同じものであるとまではいえない。
そして、引用発明において、相違点1に係る事項を備えるとすることは、当業者にとって容易に想到することでないことは上記に示したとおりである。
したがって、本願発明1は、引用文献1に記載された発明ではないし、本願発明1は、当業者であっても、引用発明及び引用文献1に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

2.本願発明2について
本願発明2も、前記相違点1に係る事項を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、引用文献1に記載された発明ではないし、当業者であっても、引用発明及び引用文献1に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明1?2は、引用文献1に記載された発明ではないし、当業者が引用発明及び引用文献1に記載された技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものではない。したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-07-09 
出願番号 特願2013-78577(P2013-78577)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (C22C)
P 1 8・ 121- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 結城 佐織
長谷山 健
発明の名称 転がり疲労寿命に優れた鋼部材  
代理人 横井 宏理  
代理人 横井 知理  
代理人 横井 健至  

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