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審決分類 審判 全部無効 一時不再理  B26B
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B26B
審判 全部無効 特17条の2、3項新規事項追加の補正  B26B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B26B
審判 全部無効 特39条先願  B26B
管理番号 1342857
審判番号 無効2016-800018  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-02-09 
確定日 2018-08-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第5374419号発明「シートカッター」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
平成22年 2月15日 本件特許に係る出願(特願2010-47083)
平成25年 3月11日 手続補正書の提出
平成25年 4月16日 拒絶理由通知
平成25年 7月16日 意見書及び手続補正書の提出
平成25年 7月31日 特許査定
平成25年 9月17日 本件特許に係る出願の一部を特許出願(特願2013-208598、以下、「分割出願」という。)
平成25年 9月27日 設定登録(特許第5374419号)
平成26年 1月 6日 無効審判請求(無効2014-800004、以下、「第一次無効審判」という。)
平成26年 7月15日 第一次無効審判審決
平成27年 5月15日 分割出願設定登録(特許5745000号)
平成28年 1月 4日 第一次無効審判審決確定
平成28年 1月 6日 訂正審判請求(訂正2016-390002)
平成28年 2月 9日 本件無効審判請求
平成28年 4月25日 答弁書提出
平成28年10月 4日 訂正審判審決
平成28年10月18日 訂正審判審決確定
平成28年11月28日 弁駁書提出
平成29年 1月30日 審理事項(1)通知
平成29年 2月27日 請求人口頭審理陳述要領書及び被請求人口頭審理陳述要領書(1)提出
平成29年 3月10日 審理事項(2)通知
平成29年 3月23日 請求人口頭審理陳述要領書(2)及び被請求人口頭審理陳述要領書(2)提出
平成29年 3月28日 口頭審理

「請求人口頭審理陳述要領書」、「被請求人口頭審理陳述要領書(1)」及び「請求人口頭審理陳述要領書(2)」等を、それぞれ「請求人要領書(1)」等という。

第2.本件特許発明1
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明1」という。)は、上記訂正審判により訂正され確定した特許請求の範囲(以下、「訂正特許請求の範囲」という。)の請求項1の記載により以下のとおり特定されている。

「【請求項1】
第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、
前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
ことを特徴とするカッター。」

第3.無効理由、無効理由に対する答弁及び証拠方法

1.請求人主張の無効理由
請求人は、審判請求書において、本件特許発明1についての特許を無効にするとの審決を求めている。
その理由の概要は以下のとおりである。

(1)無効理由1(特許法第39条第2項)
本件特許明細書及び図面に記載された具体的な発明は、分割出願に係る特許(以下、「分割特許」という。)の明細書及び図面に記載された発明と完全に同一である。この具体的な発明は、本件特許権で保護される発明であると同時に、分割特許の特許権によって保護される発明でもあることは一目瞭然であるから、一発明一特許の原則に違反する。そして、分割出願の出願日は親特許出願の出願日に遡及するから、本件特許は特許法39条第2項に違反して登録されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきものである。(請求書の8.(1)(ア)、(3)(ア)、(4)(イ))

(2)無効理由2(特許法第36条第6項第1号及び第2号)
分割特許は、「本体がガイド板に対して動く」ものである本件特許発明1から「本体をガイド板に対して傾ける」との態様を分割したものである。一発明一特許の原則から、本件特許発明1が、分割特許に係る発明と同一の発明を包含していると解することは許されないが、本件特許明細書等には、本体をガイド板に対して傾けて用いるカッターしか開示されていない。
したがって、分割後に本件特許に残っている発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえないから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない。
また、本件特許の明細書及び図面に記載された発明以外の発明を把握することもできないから、発明が明確に記載されているともいえず、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定も満たしていない。したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。(請求書の8.(1)(イ)、(3)(イ)、(4)(ウ))

(3)無効理由3(特許法第36条第4項第1号)
上記無効理由2.より、本件特許発明1は、本件特許の明細書及び図面に記載された発明以外の発明を把握することができないのであるから、当業者が実施することもできない。したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない。よって、本件特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。(請求書の8.(1)(イ)、(3)(イ)、(4)(ウ))

(4)無効理由4(特許法第17条の2第3項)
本件特許の「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し、」と「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が出る」は、平成25年3月11日付け手続補正によって導入された。そして、分割出願後に残存する本件特許発明1は、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様以外の「動き方」をする発明に特定されたが、そのような発明は本件特許の明細書又は図面の記載から具体的に導き得ないから、当該補正は、本件特許に係る出願の出願当初の明細書等の記載を超えてなされた違法なものであり、本件特許は、特許法第17条の2第3項規定を満たさない補正をされた出願に対してなされたものである。よって、本件特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。(請求書の8.(1)(ウ)、(3)(ウ)、(4)(エ))

2.無効理由に対する被請求人の答弁
被請求人は、答弁書において、本件審判請求は成り立たない、との審決を求めている。

3.証拠方法
(1)請求人提出の証拠方法
請求人は、証拠方法として、審判請求書において甲第1ないし4号証を提出した(以下、「甲第1号証」を、「甲1」等という。)。
その成立について、当事者間に争いはない(被請求人要領書(1)の第6 2、口頭審理調書の「被請求人」欄の2)。
甲1:特許5745000号公報(分割出願に係る特許公報)
甲2:特開2011-161193号公報(本件特許に係る出願の公開公報)
甲3:特開2011-161193号の平成25年3月11日付補正についての特許法第17条の2の規定による補正の掲載公報
甲4:無効2014-800004号審決(第一次無効審判事件の審決)

(2)被請求人提出の証拠方法
被請求人は証拠を提出しなかった。

第4.当事者の主張
上記無効理由のそれぞれについて、当事者の主張は以下のとおり。

1.無効理由1について

(1)請求人の主張

ア.本件特許明細書に記載された実施例は、本件明細書から分割された特許第5745000号(甲1、以下、「分割特許」という。)の明細書に記載された実施例と完全に同一であるから、少なくとも該実施例に係る発明に付き、特許法第39条第2項の規定に違反して登録された特許であり、一発明一特許の原則に違反する(特許法第123条第1項第2号)。両者は、本件発明の「前記本体と可動的に接続されたガイド板」及び「前記本体がガイド板に対して動く」の構成が、それぞれ、甲1の発明の「前記本体と接続されたガイド板」及び「前記本体をガイド板に対して傾ける」と変更した点においてのみ相違する。また、両特許に係る明細書及び図面は完全に同一であるから、明細書及び図面に記載された発明は、本件特許発明であると同時に分割特許に係る発明でもある
(請求書の8.(1)(ア)、(4)(ア))

イ.被請求人は、本件特許発明の実施品として、本件特許明細書及び図面に記載された実施例を忠実に再現している商品である「カッティー」を上市しているが、請求人は、「カッティー」に対応する特許発明が、本件特許と上記ア.の分割特許の二つの特許権によって保護されているという、特許制度上あってはならない状況になっていると主張しているのである。
(弁駁書の4 (I)ア)

ウ.本件特許に対する訂正審判に係る訂正後の本件特許発明1と、分割特許に対する特許異議申立(異議2015-700055)における平成29年1月16日付け訂正請求に係る訂正後の分割特許の請求項2ないし4に係る発明(以下、「分割特許発明2」等という。)とを対比する。

(ア)本件特許発明1と分割特許発明2について
本件特許発明1と分割特許発明2とを対比すると、以下の(i)、(ii)、(iii)の点で相違し、その余で一致する。
(i)本件特許発明1では、「平板状のガイド板が」可動的に接続されていることが明記されているのに対し、分割特許発明2においてはそれが明記されていない点
(ii)分割特許発明2では、平板状のガイド板が、「前記第1の刃または前記第2の刃と略平行であり、前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している」点が明記されているのに対し、本件特許発明1ではこの点明記されていない点で、両者は表現上異なる。
(iii)本件特許発明1における、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより」と、分割特許発明2における、「前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより」の部分が、表現上異なっている。

(i)について検討する。分割特許発明2の「前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより」との記載から、分割特許発明2も、本体をガイド板に対して傾けられる様に、「本体と平板状のガイド板が可動的に接続されている」。したがって、上記(i)は単なる表現上の相違に過ぎず、「親特許発明及び分割特許発明の両発明を解釈する上で実質的な相違点とはなり得ない」。
(ii)について検討する。分割特許発明2の「前記第1の刃または前記第2の刃と略平行である、(前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している)平板状のガイド板」との記載のうち、( )部分を除いた要件は、本件特許発明1の、「前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」との要件と同等であるから、これらの差違は単なる表現上の相違であり実質的な相違点ではない。また、( )部分については、ガイド板が本体の下端から少なくとも一部が露出していれば、必ず、本件カッター使用時に「ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態」であり、使用時に「ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態」であれば、必ず、その時のカッターの状態は、「ガイド板が本体の下端から少なくとも一部が露出している」から、本件特許発明1の「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動く」の要件において、実質的に記載されている。
(iii)について検討する。文言上、分割特許発明2には、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、」が記載されていないが、分割特許発明2の、平板状のガイド板が、「・・・、前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している」との記載から、既に担保されている。したがって両発明は、何れでも「前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」という同一の効果を生じるものである。また、本件特許発明1は、「本体が前記ガイド板に対して動く」のに対し、分割特許発明2は「前記本体を前記ガイド板に対して傾ける」と、表現上の微差はあるが、「前記本体を前記ガイド板に対して傾ける」ことによって、「本体」は必然的に「ガイド板に対して動く」から、両者は、「本体が前記ガイド板に対して動くこと」である点で一致する。

以上のとおりであるから、訂正後の本件特許発明1と、訂正請求された分割特許発明2とは、それぞれ表現上の相違があるにもかかわらず、実質的に同一である。このことは、両特許明細書等に記載された各実施例が同一であり、且つ、この実施例が本件親特許請求項1の実施例であると共に、分割特許請求項2の実施例でもあるという事実によっても、実証されている。
(請求人要領書(1)の第1 1.ア.、イ.)

(イ)本件特許発明1と分割特許発明3について
なお、以下において、(D)等の構成要件を示す記号は、請求人要領書(1)の第1 1.ア.に示すとおりのものとする。
本件特許発明1と、分割特許発明3とを対比すると、(i)ガイド板が平板状である点、及び、(ii)本体とガイド板が略平行に接続されている点で、親特許発明と分割特許発明の構成要件は一致し、
(iii)本件親特許発明における(D)の構成要件では、本体とガイド板の接続が「可動的」と明記されている一方、分割特許発明3における「前記本体と略平行に接続され、前記第1の刃または前記第2の刃との」の構成要件では可動的か否かが明記されていない点
(iv)分割特許発明3における(D’’)の構成要件では、「第1の刃または前記第2の刃」が「平板状のガイド板」と略平行に設けられていることが明記されているのに対し、本件親特許発明における(D’’)の構成要件の場合にはそのことが、明記されていない点、及び、
(v)分割特許発明における(D’’)の構成要件では、「前記本体は平板状であり」と記載されているのに対し、本件親特許発明においては、その点が明記されていない点で相違する。

そこで、先ず上記(iii)の相違点について検討する。
前記した如く、本件親特許発明における(D)の構成要件では、本体とガイド板の接続が「可動的」と明記されている一方、分割特許発明における(D)(D’’)の構成要件では可動的か否かが明記されていないものの、「(E’’) 前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」の構成要件には、「前記本体を前記ガイド板に対して傾けること」、即ち、「本体とガイド板の接続が互いに可動的であること」がこの発明成立の前提とされているから、本体とガイド板の接続が「可動的」と明記されているか否かの相違点(iii))は、本件親特許発明及び分割特許発明3の技術的解釈に、何らの相違も、もたらし得ない。
次に、前記(iv)の相違点については、親特許発明の(E)の要件において、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」と記載されていることから明らかなように、親特許発明においても、事実上「前記第1の刃または前記第2の刃」が「前記ガイド板」と略平行に設けられていることが明らかであり、このことは特許明細書の記載及び図面からも明らかである。
したがって、相違点(iv)は、本件親特許発明及び分割特許発明の技術的解釈に、何らの相違も、もたらし得ない。
最後に、前記(v)の相違点についても、この記載の有無が、本件親特許発明及び分割特許発明の技術的解釈に、何らの相違も、もたらし得ないことを論証する。
親特許発明における本体が、分割特許発明における本体と同様の作用効果を有することは、それらの発明の根拠となる特許明細書及び図面が互いに同一であることから自明である。
このことは、分割特許発明に「前記本体は平板状であり、」と確認的に追加記載されていても、記載されていなくても全く変わらない。このことは、第3者が本件親特許発明に係るカッターを追試すれば、必然的に特許図面に記載された平板状の本体を作成せざるを得ないからである。
また、親特許図面に記載された本体が平板状と表現できることは、被請求人が、全く同じ内容の特許図面に基づいて、分割特許の請求項3について、正に「前記本体は平板状であり、」との訂正をしようとしている事実から、否定しようのない事実である。
上記事実から、前記(v)の相違点についても、この記載の有無が、本件親特許発明及び分割特許発明の技術的解釈に、何らの相違も、もたらし得ないことが明かである。
このように、(E)及び(E’’)の記載を参酌すれば、(D)及び(D’’)における構成要件の相違点(iii))、(iv)及び(v)は、単なる表現上の相違点であり、両者は、実質的に同一の発明特定事項であると言える。

以上のとおりであるから、訂正後の本件特許発明1と、訂正された分割特許発明3とは、それぞれ表現上の相違があるにもかかわらず、両発明は実質的に同一である。このことは、両特許明細書等に記載された各実施例が同一であり、且つ、この同じ実施例が本件親特許請求項1の実施例であると共に、分割特許請求項3の実施例でもあるという事実によっても実証されている。
(請求人要領書(1)の5.の第1 1.ウ.)

(ウ)本件特許発明1と分割特許発明4について
訂正請求された分割特許発明4は、分割特許発明2及び3の「本体とガイド板との接続」を、分割特許の明細書及び図面に記載されたシャフト(3)を用いて接続する態様に、見かけ上、具体的に限定したものであるが、この態様は、本件特許発明1の「本体と可動的に接続」を実現すること、及び、その結果、「本体が前記ガイド板に対して動く(又は、「傾く」)」という効果を生じることは明らかである。そして、これらの効果は、本件特許明細書等、及び、分割特許明細書等に記載されている実施例も奏する。しかも、本件特許の明細書及び図面には、軸を用いる以外の接続が、記載はもとより示唆すらされていない。
したがって、分割特許発明4も、本件特許発明1と、実質的に同一である。このことは、両特許公報の明細書等に記載された各実施例が同一であり、且つ、この同じ実施例が本件親特許請求項1の実施例であると共に、分割特許請求項4の実施例でもあるという事実によっても、実証されている。
(請求人要領書(1)の5.の第1 1.エ.)

(2)被請求人の主張

ア.請求人は、主張の骨子及び無効にすべき理由にて、本件特許明細書に記載された実施例は、分割特許明細書に記載された実施例と完全に同一であるから、少なくとも該実施例に係る発明に付き、特許法第39条第2項の規定に違反して登録された特許であり、一発明一特許の原則に違反する、と主張しているが、そもそも特許法第39条第2項は、同日になされた2以上の特許の「実施例が完全に同一である」ことをもって無効理由とする規定ではない。よって、無効理由1は、理由がない。
(答弁書の第7 2(1)、3(1))

イ.同日に出願された二つの出願において、一方が上位概念で、もう一方が下位概念の発明である場合には、同一とはいえない。
そして、分割特許発明2は、本件特許発明1に「ガイド板について、本体の下端部から少なくとも一部が露出している」との限定を加えたうえで、「動く」を「傾ける」と限定した下位概念である。分割特許発明3は「前記本体は平板状であり、前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」ものであるのに対し、本件特許発明1は、ガイド板について、平板状であるか否かについての限定はなく、また「傾く」のではなく「動く」ものである。少なくともこの点について、本件特許発明1は上位概念、分割特許発明3は下位概念なのである。
よって、分割特許発明2及び3は、本件特許発明1と同一であるということはできない。
また、分割特許発明4は分割特許発明2及び3の従属項であるから、同様に、本件特許発明1と同一であるということはできない。
(被請求人要領書(2)の第6 2)

2.無効理由2について

(1)請求人の主張

ア.分割特許は、本件特許発明から、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様の発明をそっくり一括して包含するように分割して成立した特許であるから、一発明一特許の原則に基づけば、本件特許に残された発明は、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様以外の、「本体がガイド板に対して動く」発明である。しかしながら、本件特許明細書及び図面には、第一次無効審判審決(甲4)の理由にもあるように、シャフトを中心に本体をガイド板に対して傾けて用いるカッターしか開示されていないから、本件特許に残っている発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない上、当該発明を把握することもできないから明確に記載されているともいえず、当業者が実施することもできないから、本件特許細書及び図面の記載が、特許法第36条第4項第1号の規定、及び同法同条第6項第1号並びに同第2号に規定される要件を満たしていない事を意味する(特許法第123条第1項第4号)。
(請求書の8.(1)(イ)、(4)(ウ))

イ.被請求人は、無効理由2は、一事不再理効により、その審判を請求することはできないと主張(後述(2)ア.参照)するが、以下の新事実1ないし5があるから失当である。
・新事実1:被請求人は、審決前に裁判官が開示した侵害するとの心証に沿った判決を出すよう、第1審裁判長に対して強引に求め、第一次無効審判審決(甲4)の理由を無視して、本件発明の権利範囲を拡大解釈すると共に、請求人の被疑製品について、工具として機能し得ない構成を裁判長に空想させ、判決を出させた。
・新事実2:ガイド板が有するガイド棒と該ガイド棒をガイドするために本体に設けられた開口による、本質的に異なる接続手段である請求人の製品「武蔵」に対し、前記第1審判決が、事実上第一次無効審判審決を否定して被請求人による権利の濫用を許した。
・新事実3:第一次無効審判時には知ることが出来なかった被請求人の分割出願が、不思議な事に特許登録された。
・新事実4:侵害訴訟控訴事件において、本件特許発明が、米国公開特許公報2006/0201000号に記載された発明と同一であると認定され、「本件特許権は特許無効審判によって無効となることが明らかである。」と認定された。
・新事実5:本件特許の特許請求の範囲は訂正審判によって訂正された。
(弁駁書の4 (II)ア)

ウ.被請求人が答弁書でした主張(後述(2)ア.を参照)のように、「サポート要件違反及び明確性要件違反の審理において、分割された特許出願に基づく発明以外の発明が包含されていないという理由がサポート要件違反及び明確性要件におけるどの要件と関係があるのか、全くもって意味不明である」と被請求人は主張している。
本件特許発明の詳細な説明には、第一次無効審判審決(甲4)の理由にあるように、「前記本体と、該本体とシャフト(3)を中心に回転し得るように接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、」及び「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して傾くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」との構成要件を備えたものが記載されており、これに該当しない発明は含まれない。被請求人は、当該構成要件を具備しない請求人の実施品を、「侵害品」であると主張するが、本件特許に係る「発明の詳細な説明」のどの箇所に、その主張の根拠が記載され又は示唆されているか、未だに被請求人は明らかにしておらず、正に、特許法第36条第6項第1号違反の事実を明らかにしていると請求人は主張する。さらに、請求人の実施品が、本件特許に係る「発明の詳細な説明」に記載又は示唆されている根拠を具体的に示せなければ、当業者は、その特許発明の権利範囲を理解することも推定することもできないから、本件特許が特許法第36条第6項第2号の「特許を受けようとする発明が明確であること。」の規定にも違背すると言わざるを得ないのである。
(弁駁書の4 (II)イ)

エ.本件特許の特許請求の範囲に、分割特許の特許請求の範囲に記載された発明と同一の発明が含まれる場合には、事実上重複した一つの発明について、本件特許と分割特許のそれぞれの独占排他権が重複することになるが、この重複する一つの発明について二つの独占排他権が存在することは、物権である特許権の前提、即ち、一物一権主義の原則が成り立たない。仮に、本件特許も分割特許も正当な権利として成立していることを前提とすれば、ある一つの発明が、本件特許の特許請求の範囲に包含されると同時に、分割特許の特許請求の範囲に包含されるということがあってはならない。分割特許の特許請求の範囲に含まれる実施例以外の発明が、親特許明細書及び図面の記載に基づいて、実施可能な(特許法第36条第4項第1号)親特許発明として、特許請求の範囲に明記されていなければならないが(特許法第36条第6項第1号及び2号)、しかしながら、本件親特許明細書及び図面には、分割特許の実施例と同じ実施例が記載されているだけであり、それ以外の発明を認識することは不可能である。
(請求人要領書(1)の5.の第2)

オ.被請求人が要領書(1)でした本件特許発明の課題や効果についての主張(後述(2)ウ.を参照)は、この課題は本件特許発明独特の新規な課題ではなく、従来から当業者に認識されており良く知られた課題であったことは、例えば、被請求人にも周知である特開2005-153064号(発明の名称:クロス等の切断用カッター)の【背景技術】、【0002】及び【0003】に、「・・・内壁1に張設したクロス2を柱3際のコーナー部で切断する時には、ヘラを用いてコーナーに沿い、・・・、定規を当て、・・・カッターを用いて・・・定規4よりはみ出るクロス2を定規4に沿い動かして切断していた。この方法では、片手で定規を押さえ、もう一方の手でカッター5を掴んで刃を定規4に沿うように動かしながら両手を使って切断作業を行うが、きれいに、かつ素早く切断するのに熟練を要し、またスペースの狭い所では作業自体が容易ではなかった。」と記載されていることからも明らかである。したがって、本件特許によって保護を求められた発明は、「本体(1)の中に、カッターナイフの刃(2)を設け、且つ、シャフト(3)の通ったガイド板(4)を設ける。」という、正に図1?3に記載されている実施例の構成を有するカッター、及び、それと均等の範囲と認められるカッターである。そして、それ以外の構成は、特許明細書及び図面には全く記載されておらず、示唆すらされていない。
(請求人要領書(2)の第1 1.(i)、(ii))

カ.本件明細書には、被請求人が要領書(1)でした主張(後述(2)ウ.を参照)に反し、具体的に開示した記載しかなく、抽象的な「技術的思想」は開示されておらず、本件明細書、図面には「本体(1)の中に、カッターナイフの刃(2)を設け、且つ、シャフト(3)の通ったガイド板(4)を設ける。」という、具体的な発明しか記載されていない。よって、被請求人が主張するような上記抽象的な技術思想が本件発明によって保護されるべきとする被請求人の主張は、特許権の独占排他権という強力な権利に鑑みれば、著しく不公平な結果を求めることであるから、到底認められるべきではない。このことは、1つのシャフトを軸に本体を傾ける構成以外の構成が本件特許発明に含まれ得ないことを意味し、確定した第一次無効審判審決においても、そのように正しく認定されている。
(請求人要領書(2)の第1 1.(iii))

キ.被請求人は、要領書(1)でした主張(後述(2)ウ.を参照)において、「【0006】や【0008】に接した当業者は、1つのシャフトを軸に本体を傾ける構成以外にも、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう・・・構成を採ることによって、本件発明の課題を解決することができることを容易に認識できることは明らかである。」と単に主張しているが、証拠に基づく説明が全くされておらず、非論理的である。段落【0006】や【0008】の記載のみでは、上記のような主張をすることができない。
被請求人は、少なくとも、軸を3本有する請求人の製品が本件特許権を侵害していると主張しているのであるから、軸を3本有するカッターが、本件特許明細書の段落【0006】や【0008】に接した当業者にとって容易である理由を、論理的に明確にすれば良いのである。
請求人の製品は、特許第5451849号公報の図11に記載された製品であり、両者は道具として、全く異なった道具である。本件発明の「ガイド板」と対比された、上記請求人の特許発明に係る地ベラとして機能する「固定板」が、本件発明の「本体」と対比された「カッター板」と、スイングするように接続されているという事実もない。それでもカッターとして使用できるのは、上記固定板が、本件発明のようにカッター板(本件発明における「本体」に対応)の中に収納されておらず、固定板とカッター板の双方を、片手で同時に操作できるからである。時にカッターとして、時に地ベラとして自在に機能させることも可能な請求人のヘラカッターが、カッターとしてのみ機能し、地ベラとしては機能し得ない本件発明のカッターを、そっくりそのまま利用しているという事実もない。
したがって請求人は、被請求人による、「したがって、本件発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである。」との主張を容認することはできない。
(請求人要領書(2)の5.の第1 1.(iv))

ク.被請求人が、要領書(1)でした反論(後述(2)ウ.(ウ)を参照)において、被請求人が記載した、「前記本体と,該本体のシャフト(3)を中心に回転し得るように接続され,該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し,」及び「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で,前記本体が前記ガイド板に対して傾くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した一から該ガイド板と略平行に出る」のうちの下線部は、正に第一次無効審判審決によって確認された事項であり、この事項は当該審決の確定に伴って確定した事項である。
このように確定された特許請求の範囲の解釈について、「しかしながら、・・・『シャフト(3)を中心に回転し得るように接続され』る構成についてしか記載されていないものではない。・・・本件明細書には段落【0006】及び【0008】の記載があるところ、本体がガイド板に対して傾く、すなわち動くことで、本体に設けられたカッターナイフの刃が、ガイド板の外に出るような構成も記載されている。」と抽象化し、実質的に特許請求の範囲を拡大解釈することは許されない。
逆にいえば、被請求人が主張するように、本件特許請求の範囲に、被請求人が主張するような種々の発明が含まれているという立場を尊重すれば、本件特許発明は特許明細書及び図面によって支持されていないということが明らかである。
被請求人が、特許明細書及び図面のどの記載から、3本のシャフトで本体とガイド板を接続する態様が導かれるのか、具体的に指摘できない限り、被請求人の主張は、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載されていない発明を包含しており、サポート要件が具備されていないこと、及び、特許請求の範囲の記載が明確でないことを、事実上自白しているに等しいと言える。
(請求人要領書(2)の第1 1.(v))

(2)被請求人の主張

ア.請求人の主張する無効理由2は、同一の請求人が請求して確定した第一次無効審判における無効理由と同一の事実及び同一の証拠に基づく理由によるものであるから、一事不再理効によりその審判を請求することができないものである(特許法第167条)。よって、請求人の主張する無効理由2は審理の対象とされるべきではなく、速やかに却下されるべきである。そして、請求人の主張する無効理由2にかかる事実及び証拠が、すでに確定した無効審判である無効2014-800004号と同一であるかどうかが問題となるが、この点、請求人は、何ら主張していない。
さらに、サポート要件違反及び明確性要件違反の審理において、分割された特許出願に基づく発明以外の発明が包含されていないという理由がサポート要件違反及び明確性要件におけるどの要件と関係があるのか、全くもって意味不明である。
(答弁書の第7 2(2)、3(2))

イ.請求人が主張する新事実1ないし4は、無効2014-800004号で主張した事実及び証拠との同一性とは無関係である。新事実5は、本件特許の特許請求の範囲は訂正審判によって訂正されているから、無効2014-800004号で主張した事実と同一であるとは必ずしもいえないが、請求人の主張は訂正前後において変更のない部分である「前記本体と可動的に接続された・・・ガイド板」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動く」についての主張であるから、実質的には紛争の蒸し返しである。ゆえに、無効理由2は審理の対象とされるべきではない。
(被請求人要領書(1)の第6 3(1))

ウ.サポート要件を満たすことについて
(ア)当初明細書の段落【0001】ないし【0004】の記載からすれば、本件発明の課題は、直定規とカッターナイフという2つの道具を同時に使う場合、光の向き(斜め照射の場合など)や照度(部屋全体が暗い場合など)との関係で、少なくとも片手の影によって切断面が見づらくなり、きれいに切断することができないという点にあった。これを解決するための本質的な方法は、直定規とカッターナイフを両手で同時に持つ方式をやめ、片手で作業ができるようにすることであるところ、そのために、本件明細書には、「このシートカッターはノンスリップシートなどの表面の凹凸に、ガイド板(4)を合わせ、シャフト(3)を軸に本体を傾けるだけで、設けてあるカッターナイフの刃(2)が出てくる。後はノンスリップシートなどの凹凸に沿わせ滑らせるだけで、光の向きや照度に左右される事なく、簡単できれい、かつ迅速にノンスリップシートなどを切断できる。」(段落【0006】)という方式が開示されている。また、図1乃至図3には、本件発明の実施例の図面が記載されている。そして、「壁紙の施工時、入り隅や枠の凹凸に沿わせ、・・・シートカッターを滑らせることにより、・・・地ベラや定規を使用せず切り取る。」(段落【0008】)との本件発明の効果が示唆されている。
上記本件明細書の記載からすれば、本件発明における課題を解決するために、本件明細書には、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続し、本体がガイド板に対して傾くことで、本体に設けられたカッターナイフの刃が、ガイド板の外に出るような構成とすることにより、従来2つの道具を使うことによって見づらかった切断面が見やすくなり、きれいに切断することができるという技術思想が開示されている。
さらに、本件明細書の発明の詳細な説明の記載には、段落【0006】と図3において、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続されていることがあらわれている。また、本体をガイド板に対して傾けることで、本体に設けられたカッターナイフの刃がガイド板から出ることもあらわれている。
したがって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である。

(イ)本件特許明細書の段落【0006】や【0008】の上記記載に接した当業者は、1つのシャフトを軸に本体を傾ける構成以外にも、本体をガイド板に対して傾けカッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続される何らかの構成を採ることによって、本件発明の課題を解決できることを容易に認識できることは明らかである。
したがって、本件発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである。

(ウ)請求人は、上記(1)ウに示したように、本件特許の特許請求の範囲のうち「前記本体と可動的に接続された・・・ガイド板」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動く」について、本件明細書には、それぞれ「前記本体と、該本体のシャフト(3)を中心に回転し得るように接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、」と「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して傾くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した一から該ガイド板と略平行に出る」ことしか記載されておらず、これを超えるものは、本件明細書に記載されていないと主張しているようである。しかしながら、上記(ア)や(イ)に示したとおり、本件明細書には、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続されていることが記載されているのであって、「シャフト(3)を中心に回転し得るように接続され」る構成についてしか記載されていないものではない。また、本件明細書には段落【0006】及び【0008】の上記記載があるところ、本体がガイド板に対して傾く、すなわち動くことで、本体に設けられたカッターナイフの刃が、ガイド板の外に出るような構成も記載されている。
よって、請求人の主張に理由はない。
(被請求人要領書(1)の第6 3(2)ア)

エ.明確性要件を満たすことについて
上記ウ.で述べたとおり、本件明細書には、段落【0006】及び【0008】の記載があるところ、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続されているという技術思想が開示されているのであって、その特許を受けようとする発明は明確である。よって、請求人の主張に理由はない。
(被請求人要領書(1)の第6 3(2)イ)

3.無効理由3について

(1)請求人の主張

ア.上記2.(1)ア.に示したように、本件特許が、分割発明と同一の発明を包含していると解すことは許されない。しかしながら、第一次無効審判の審決に示されているように、本件特許明細書及び図面には、シャフトを中心に本体をガイド板に対して傾けて用いるカッターしか開示されていないから、本件特許発明に残っている発明については、明細書及び図面に記載された発明以外の発明を把握することもできないから、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない上、当業者が実施することもできない。
したがって、本件特許発明に残っている発明について、当業者が実施することもできない。よって本件特許明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定される要件を満たしていない(特許法第123条第1項第4号)。
(請求書の8.(1)(イ)、(4)(ウ))

イ.被請求人は無効理由3について、以下の(2)のとおり主張するが、被請求人が本件特許権の侵害であると主張する以上、請求人の製品「武蔵」について、請求人の「カッティー」と同様に、本件特許明細書の記載に基づいて当業者が容易に製造できなければ、特許法第36条第4項第1号の要件が満たされているとはいえない。しかしながら、シャフトを中心に本体がガイド板に対して回転するような接続にはなっていない、請求人の製品における本体とガイド板の接続を、本件特許明細書のどの記載に基づいて実現することができるのか、被請求人は、示していないから、被請求人が請求人の製品が本件特許権の範囲に包含されると主張する限り、本件特許明細書は、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしていない。
(弁駁書の4 (III))

(2)被請求人の主張
請求人は、本件特許の発明の詳細な説明の記載が、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないことの具体的な理由を全く主張していないから、そもそも主張自体が失当であり、理由がないことが明らかである。
(答弁書の第7 2(3)、3(3))

4.無効理由4について

(1)請求人の主張

ア.分割出願された後に残存する発明、即ち、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様以外の「動き方」をする発明は、本件特許に係る出願の当初の明細書には全く記載されていない。しかも、出願当初における特許請求の範囲の記載は、「カッターナイフの刃の横に、ガイド板(4)を設けたシートの切断道具であるシートカッター。」(甲3)であって技術的な意味が不明である。
本件特許の「前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、」及び「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動く」との構成は、平成25年3月11日になされた特許法第17条の2に基づく補正(甲2)によって導入されたものであり、この補正に基づいて分割出願も可能になった。そして、分割出願後に残存する本件特許発明が、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様以外の「動き方」をする発明に特定されることとなったこと、及び、そのような発明を明細書及び図面から具体的に導き得ないから、このような実体のない発明を文言上含む本件特許発明は、前記補正によって創作されたと解さざるを得ない。
したがって本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正が看過されて特許されたものである(特許法第123条第1項第1号)。
(請求書の8.(1)(ウ)、(4)(エ))

イ.第一次無効審判審決(甲4)は、本件特許の特許請求の範囲における構成要件のうち、「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」との事項について、「機能的に表現された『本体と可動的に接続されたガイド板』の意味を考察すれば、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る構成、すなわち、シャフトを中心にガイド板に対して本体の傾斜角度を変更し得る手段であるものと解することができ、それ以外のものは含まれないものとみられる。」と判断すると共に(甲4 第6頁第20行?24行)、構成要件の「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより」について、「機能的に表現された『前記本体が前記ガイド板に対して動く』の意味を考察すれば、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る構成、すなわち、シャフトを中心にガイド板に対して本体の傾斜角度を変更し得る手段であるものと解することができ、それ以外のものは含まれないものとみられる。」と判断した(甲4 第7頁第13行?17行)。すなわち審決は、明細書及び図面には上記の態様の発明以外の発明は記載されていないと認定した。
このように、適法な分割出願がなされ、分割出願に本件特許発明が事実上全て移行された結果、事実上本件特許には保護されるべき発明がなく、空虚な特許となったものと解されるが、法律上は、「本体をガイド板に対して傾ける」という態様以外の発明が本件特許に存在すると解すべきであるとも言える。したがって、本件親特許は、前記したように特許法第17条の2第3項に違反して登録された違法な特許であり、無効にされるべきものである。
(請求書の8.(4)(オ))

ウ.本件審判請求は、第一次無効審判請求時には存在していなかった無効理由2についてのものと同じ多くの新事実に基づく、新たな審判請求であるから、一事不再理効の及ばない新たな審判請求である。
(弁駁書の4 (IV)ア)

エ.被請求人が上市した「カッティー」は、理論上分割特許発明でもあり、分割特許によっても保護されるが、このことは、これらの特許が、特許法第39条第2項の規定に違反して特許されたという事実を証明するものである。そして、上記訂正審判に係る訂正後の本件特許の特許請求の範囲に記載された発明と、上記訂正請求に係る訂正後の分割特許の特許請求の範囲の記載された発明は、実質同一であると請求人は主張する。一方、被請求人は、「本体がガイド板に対して動く」という技術事項と、「本体を前記ガイド板に対して傾ける」という技術事項は異なると主張するが、被請求人は、具体的根拠を示さずに空理空論を駆使して事態を混迷させており、被請求人の権利の濫用によって、請求人は自己の正当な製品を販売することができず、大きな実害を被っている。これは看過することのできない、大きな不正義である。そもそも、被請求人の権利の濫用をもたらした原因を探れば、それは、甲3に係る、被請求人が特許法第17条の2第1項の規定に基づいて提出した補正にある、と請求人は主張しているのである。
(弁駁書の4 (IV)ウ、エ、オ)

オ.
(ア)第一次無効審判審決が認定した特許請求の範囲の請求項に係る発明を超える請求人の製品を本件特許が包含する、との被請求人の解釈は、甲3補正後の特許請求の範囲に、事実上、当初明細書等に記載されていない発明を導入したことと同等であるから、当該補正が特許法第17条の2第3項の規定に違反した補正であると、請求人は主張する。
(弁駁書の4(IV)カ)

(イ)被請求人は上記訂正審判に係る訂正により、出願人が意図していなかった発明である米国公開特許公報2006/0201000号に記載された発明を除外したが、この事実は正に、当該訂正前(後)の本件特許請求の範囲の記載が、当該補正により「動く」という機能的表現を特許請求の範囲に新たに導入することによって、実質的に明細書等に記載されていた発明の概念を拡大し、新規事項を追加していたという事実、そして被請求人がその事実を認めざるを得なかったという事実を証明している。
(弁駁書の4(IV)カ)

カ.本件特許に係る出願の審査段階で示された引例1(実願昭63-31989号)に記載された考案のカッターにおける、回動可能な刃の代わりに、米国公開特許公報2006/0201000号に記載された回動可能な2枚の刃を単に組み合わせた工具は、本件訂正後の特許請求の範囲のすべての要件を満たすが、上記単なる組み合わせによって得られた発明が、特許法第29条第2項の規定によって特許され得ない発明であることも明らかであるから、被請求人は、上記単なる組み合わせによって得られる発明は、本件訂正後の特許請求の範囲には含まれないと主張するのであろう。このような際限のない矛盾の発生は、当該補正によって、出願当初の明細書等に記載されていなかった「動く」という機能的な記載を特許請求の範囲に導入することによってもたらされた、新規事項導入の瑕疵を有しているということを実証するものである。
(弁駁書の4(IV)キ)

(2)被請求人の主張

ア.第一次無効審判における主張も、本件無効審判における主張も、「平成25年3月11日付でなされた補正が特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正」であるという点で同一の事実に基づくものであり、それを裏付ける証拠としては、同補正にかかる手続補正書以外は提出されていない。そうだとすると、これを本無効審判において改めて審理することは、「同一の事実及び同一に基づいて、複数の異なる判断が下される事態及び紛争の蒸し返しの防止」にもとるから、一事不再理であるとして、その審理は控えるべきである。
(答弁書の第7 2(4)、3(4))

イ.上記2.(2)ウ.に示した本件特許の技術的思想に鑑みると、構成要件「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記刃が出る」は、前述のとおり当初明細書の段落【0005】及び【0008】に開示されている。また、本体がガイド板に対して傾けることによって刃が出ることにより、2つの道具を使わずとも片手できれいに切断することができることを、当初明細書から当業者が容易に理解できるものである。そうすると、本件補正により補正された特許請求の範囲の上記構成要件は、依然として本件特許出願における技術課題を解決することになるものである。したがって、当該構成要件は、新たな技術的事項を導入するものではなく、新規事項追加とは言えない。また、「前記本体が前記ガイド板に対して動くこと」を実現するためには、構成要件「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」ている点が論理必然になる。したがって、この点についても、新たな技術的事項の導入ではないから、新規事項追加とは言えない。
なお、構成要件「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」の具体的な接続態様として、当初明細書では「本体(1)の中に、カッターナイフの刃(2)を設け、シャフト(3)の通ったガイド板(4)を設ける。」(段落【0008】)と記載しており、シャフトによることを開示しているが、上記本件発明の技術的思想によれば、これはあくまでも例示であって、要は、「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記刃が出る」を実現するために、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続される何らかの態様で、構成要件「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」ていれば十分であり、そうすることで、本件補正により補正された特許請求の範囲の構成要件「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」は、依然として本件特許出願における技術課題を解決するものである。
以上のとおりであるから、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項を考慮すると、平成25年3月11日にした補正後の特許請求の範囲は、発明が解決しようとする上記2.(2)ウ.(ア)に示した技術課題を認定した上でも、新たな技術的事項を導入するものではなく、補正されたクレームの構成は、依然として当該技術課題を解決することになるのであるから、新規事項の追加にはあたらない。
(被請求人要領書(1)の第6 3(2)アないしエ(当審注:被請求人要領書(1)には、第6の「3」が2箇所あるが、ここでは、7ページのものである。))

ウ.請求人は、無効理由4に関し、本件特許の「前記本体と可動的に接続された・・・ガイド板」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動く」について、当初明細書には、それぞれ「前記本体と、該本体のシャフト(3)を中心に回転し得るように接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、」及び「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して傾くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した一から該ガイド板と略平行に出る」ことしか記載されておらず、これを超えるような補正をなしたことが、新規事項の追加であると主張するものと思われる。しかし、上記イ.で示したように、本体をガイド板に対して傾け、カッターナイフの刃を出し得る状態になるよう、本体とガイド板が固定されることなく、動きを規制する部材を介して、相互に動き得る状態で接続されるのであれば、依然として本件特許出願における技術課題を解決するものであって、新たな技術的事項を導入しないものである。また、上記イ.で示したように、本体がガイド板に対して傾く、すなわち動くことで、本体に設けられたカッターナイフの刃が、ガイド板の外に出るような構成であれば、依然として本件特許出願における技術課題を解決するものであって、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、請求人の主張に理由はない。
(被請求人要領書(1)の第6 3(2)オ(当審注:被請求人要領書(1)には、第6の「3」が2箇所あるが、ここでは、7ページのものである。))

第5.無効理由4(特許法第17条の2第3項)についての当審の判断

事案に鑑み、無効理由4について、まず検討する。

1.一事不再理効について
被請求人は、上記第4.4.(2)ア.のとおり、請求人が主張する無効理由4は、特許法第167条に規定される一事不再理効によりその審判を請求することができないものであるから、却下されるべきである旨、主張している。そこで無効理由4に対する一事不再理効の扱いの是非について検討する。
まず、一事不再理効の対象となる第一次無効審判事件は、平成28年1月4日に審決が確定している。
そして、本件無効審判事件と第一次無効審判事件との双方の当事者は、両事件とも、請求人は東義春であり、被請求人が前川康宏であり、同一である。
次に、上記第4.4.(1)ア.に示した請求人の主張によれば、本件無効理由4は、平成25年3月11日提出の手続補正書により、特許請求の範囲に「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより、」との事項を追加する補正が、本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、特許法第17条の2第3項の規定を満たさない補正であり、本件特許発明1は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきというものである。

一方、第一次無効審判の無効理由1は、同手続補正書により、特許請求の範囲に「前記本体と可動的に接続されたガイド板とを有し」及び「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより」との事項を追加する補正が、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない、ことを理由とするものである。
したがって、どちらも、平成25年3月11日付け手続補正書による上記二つの事項を追加する補正が新規事項の追加であるという主張事実が同一である無効理由となる。
そして、この事実を基礎付ける証拠は、本件特許に係る出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲及び図面、並びに、平成25年3月11日付け手続補正書である。その後、第一次無効審判までには、平成25年7月16日付け手続補正書が提出され、さらに、本件無効審判までには、上記訂正審判(訂正2016-390002)の請求書に添付した訂正明細書が提出されたが、これらの手続によって、平成25年3月11日付け手続補正書において追加された事項は変更されていない。
そうすると、これら双方の無効理由に係る証拠についても同一であるといえる。

以上をまとめると、本件無効審判の無効理由4は、確定した第一次無効審判と同一の当事者によりなされた無効とすべき理由であって、第一次無効審判の無効理由1と同一の事実及び同一の証拠によるものであるから、特許法第167条の規定によりその審判を請求することができないものである。

2.当事者の主張について
請求人は、上記第4.4.(1)ア.に示したように「分割出願された後に残存する発明、即ち、『本体をガイド板に対して傾ける』という態様以外の「動き方」をする発明は、本件特許に係る出願の当初の明細書には全く記載されていない。」と主張する。これは、請求人は、分割出願がなされたことをもって、無効理由及び証拠の同一性が存在しない旨主張しているとも解されるが、上記1.に示したとおり、その後本件特許の特許請求の範囲に対して発生した手続中に、補正により追加した事項を変更させた手続は見当たらないことから、本件無効審判の無効理由4と第一次無効審判の無効理由1との間の事実及び証拠に、特段の変更は生じていないから、請求人の主張は失当である。
また、請求人は、無効理由4の請求が可能である根拠として、第4.4.(1)ウ.のとおり、「本件審判請求は、第一次無効審判請求時には存在していなかった無効理由2についてのものと同じ多くの新事実に基づく、新たな審判請求である」と述べつつ、「無効理由2」についての「新事実」は、上記第4.2.(1)イ.に示された「新事実1」ないし「新事実5」であるとしている。
ところが、これらはいずれも、本件特許無効審判の無効理由4と第一次無効審判の無効理由1の両者が基づく事実、あるいは当該事実を裏付けるための証拠が相違することを示すものではない。特に「新事実5」とされた訂正審判による訂正は、上記平成25年3月11日付けの手続補正で追加した事項を実質的に関連する内容を請求するものではないから、上記判断に実質的に影響しない。よって、請求人の主張は採用できない。

3.小括
以上のとおりであるから、本件特許1に係る無効理由4を根拠とする本件無効審判は、第一次無効審判の審決の確定効たる一事不再理効に反する請求として許されず、無効理由4についての請求人の請求を却下すべきものである。

第6.無効理由2(特許法第36条第6項第1号及び第2号)についての当審の判断

1.一事不再理効について
被請求人は、上記第4.2.(2)ア.及びイ.に示したとおり、無効理由2についても、一事不再理効についての主張をしている。そこで、無効理由2に対する一次不再理効の扱いについて検討する。
まず、上記第5.1.に示したように、本件無効審判事件と第一次無効審判事件の、それぞれの当事者は同一である。
次に、第一次無効審判の無効理由2についての請求の内容は、審判が請求された平成26年1月6日時点における特許第5374419号の特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定を満たしてない、というものである。一方、本件無効審判の無効理由2は、平成28年10月18日で確定した訂正審判により訂正された特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定を満たしていない、というものである。そうすると、第一次無効審判の審決時の特許請求の範囲の記載は、上記訂正審判によって訂正されたから、それぞれの審判の対象となる特許請求の範囲の記載は、同一とはいえない。
よって、本件特許発明1に係る本件無効審判の無効理由2は、第一次無効審判の無効理由2とは、審理すべき対象発明を異なるものとして請求されたものであるから、同一の事実に基づいて請求されたものであるとはいえず、第一次無効審判の審決の確定効たる一事不再理効は働かない。

一事不再理効が有効であり、却下すべしとする理由として、被請求人は、上記第4.2.(2)イ.で「新事実5は、本件特許の特許請求の範囲は訂正審判によって訂正されているから、無効2014-800004号で主張した事実と同一であるとは必ずしもいえないが、請求人の主張は訂正前後において変更のない部分である『前記本体と可動的に接続された・・・ガイド板』及び『前記本体が前記ガイド板に対して動く』についての主張である」と主張する。しかし、上記訂正審判によって、当該訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「前記本体と可動的に接続されたガイド板」との記載は、「前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板」と訂正され、同様に「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより」との記載は、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体がガイド板に対して動くことにより」と訂正されたから、請求項1で特定される「ガイド板」と「該本体がガイド板に対して動く」ことの態様は、当該訂正前後で異なるのであり、よって、本件無効審判の無効理由2と第一次無効審判の無効理由2とは、相違する。したがって、被請求人の主張は採用することができない。

2.無効理由2についての検討・判断

(1)特許法第36条第6項第1号について

ア.本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載
本件特許明細書及び図面は、本件特許に係る出願当初の明細書及び図面であり、甲2に記載された以下のとおりのものである。

「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は主に床材のノンスリップシートなどの凹凸を利用して、シートを切断する道具である。
【技術背景】
【0002】
従来、直定規とカッターナイフを使用して、シートを切断していた。
【先行技術文献】
【0003】
【発明概要】

【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の欠点は、直定規とカッターナイフでノンスリップシートなどの凹凸に沿って、真っすぐ切断する際、光の向きや照度により見づらく、きれいに切断しにくかった。
本発明は以上のような欠点をなくすために作られた作品である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本体(1)の中に、カッターナイフの刃(2)を設け、シャフト(3)の通ったガイド板(4)を設ける。
本発明は、以上の構成によりなるシートカッターである。
【発明の効果】
【0006】
このシートカッターはノンスリップシートなどの表面の凹凸に、ガイド板(4)を合わせ、シャフト(3)を軸に本体を傾けるだけで、設けてあるカッターナイフの刃(2)が出てくる。後はノンスリップシートなどの凹凸に沿わせ滑らせるだけで、光の向きや照度に左右される事なく、簡単できれい、かつ迅速にノンスリップシートなどを切断できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】 本発明の斜視図である。
【図2】 本発明の分解斜視図である。
【図3】 本発明の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
本体(1)の中にカッターナイフの刃(2)を設け、シャフト(3)を軸にスイングするガイド板(4)を設ける。
本発明は以上のような構造である。
これを使用する時は、ガイド板(4)をノンスリップシートなどの表面の凹凸に合わせ、シャフト(3)を軸にして本体(1)を傾けカッターナイフの刃(2)を出す。
後は凹凸に沿わせて滑らせ、ノンスリップシートなどを切断する。
その他の応用例として、壁紙の施工時、入り隅や枠の凹凸に沿わせ、後は同様にシートカッターを滑らせる事により、壁紙の余分な部分を、地ベラや定規を使用せず切り取る。
【符号の説明】
【0009】
1 本体
2 カッターナイフの刃
3 シャフト
4 ガイド板」

【図1】

【図2】

【図3】

イ.検討・判断
検討・判断にあたっては、まず、本件特許の請求項の記載が、発明の詳細な説明中に記載ないし示唆されているか否かについて検討し、次に、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるかどうか、について検討する。

(ア)請求項の記載が、発明の詳細な説明中に記載されているかについて

本件特許発明1は、上記第2のとおりであり、分説して記載すると、
「A.第1の刃と、第2の刃と、前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
B.前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、
C.前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、
D.前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
E.ことを特徴とするカッター。」
である。

a.「A.第1の刃と、第2の刃と、前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体」について
上記ア.の摘記のとおり、発明の詳細な説明には、
本体(1)の中に、カッターナイフの刃(2)を設け(【0005】、【0008】)
と記載されている。
また、図1-3にはカッターナイフの刃(2)が、2枚存在することが図示されており、二枚のカッターナイフの刃(2)のうち、一方が第1の刃であり、もう一方が第2の刃であることは明らかである。

b.事案に鑑み「D.前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る」について検討する。
本件特許明細書等には、「ガイド板(4)」と「本体(1)」とが「シャフト(3)」を共通軸として可動に軸着されたものが記載されている。そして、可動であるから、本体がガイド板に対して「動く」ことは明らかである。
また、本件特許図面の図2及び3をみると、「本体(1)」内部で、「カッターナイフの刃(2)」が「ガイド板(4)」に対して、図3において紙面の前後方向に隣接して配置されていることの図示がある。
そして、図2の「カッターナイフの刃(2)」及び「ガイド板(4)」はそれぞれ平板状であることの図示、図3の「カッターナイフの刃(2)」と「ガイド板(4)」が重なって配置されていることの図示、並びに、図2及び3の「カッターナイフの刃(2)」が薄板の状態で「本体(1)」に設置されていることの図示もある。
以上の図示を踏まえると、「本体(1)」と「ガイド板(4)」とが「シャフト(3)」に共通軸として可動に軸着された状態で、「本体(1)」が「ガイド板(4)」に対して動いた結果を考えてみると、本件特許明細書記載の「第1の刃」又は「第2の刃」が、「該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に」出ることは明らかである。

c.「B.前記本体と可動的に接続され、該本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し」について
上記bのとおり、図2には「ガイド板(4)」が平板状であることの図示がある。
また、上記bのとおり、「第1の刃」または「第2の刃」の「動き」は、「ガイド板と略平行」である。
そうすると、「第1の刃」または「第2の刃」の「動き」は、「平板状のガイド板」と「略平行」である。
一方、上記aのとおり、「前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体」との記載があるところ、「本体」に「第1の刃」と「第2の刃」が設けられている以上、「本体」と「第1の刃」及び「第2の刃」は同じ動きをすることは当然のことである。したがって、「第1の刃」または「第2の刃」の「動き」が「平板状のガイド板」と「略平行」であれば、「本体」のガイド板に対して呈する「動き」も「平板状のガイド板」と略平行であるといえる。

d.「C.前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で」について
本件特許明細書の段落【0008】には、「これを使用する時は、ガイド板(4)をノンスリップシートなどの表面の凹凸に合わせ、シャフト(3)を軸にして本体(1)を傾けカッターナイフの刃(2)を出す。後は凹凸に沿わせて滑らせ、ノンスリップシートなどを切断する。」との記載がある。
「ノンスリップシート」は「切断対象物」であり、「表面の凹凸に合わせ」は「表面に接する」ことであるから、本件特許明細書には、ガイド板が切断対象物の表面に接する状態をとることが示されている。

e.「E.ことを特徴とするカッター。」について
カッターナイフの刃(2)を有する以上、カッターである。

以上より、本件特許発明1として請求項に記載された事項は、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていないということはできない。

(イ)請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるかどうか

上記ア.に摘記した本件特許明細書等の記載によれば、本件特許発明1の技術的意義は以下のとおりである。
本件特許発明は、「主に床材のノンスリップシートなど」(【段落0001】)のシートを切断するための道具である。
従来は、ノンスリップシートのようなシートを切断するにあたっては、「直定規とカッターナイフを使用して、シートを切断していた」(段落【0002】)ところ、「直定規とカッターナイフでノンスリップシートなどの凹凸に沿って、真っすぐ切断する際、光の向きや照度により見づらく、きれいに切断しにく」(段落【0004】)いとの欠点があり、本件特許発明はかかる欠点を解決し「光の向きや照度に左右される事なく、簡単できれい、かつ迅速にノンスリップシートなどを切断できる」(段落【0006】)ことを課題とするものである。

ここで、本件特許発明1は、上記第2.に示したとおりのものであるところ、本件特許発明1には、切断対象物の表面に、「ガイド板」の一辺が接する状態とし、「ガイド板」と可動的に接続された「本体」が「ガイド板」に対して動くことで、「本体」に設けた「第1の刃」または「第2の刃」が「ガイド板」と略平行に出ることが特定されている。
そして、このとき、「ガイド板」の一辺が切断対象物の表面に接する状態であるから、「本体」と「ガイド板」とが「シャフト3」を軸とするものに限らず、両者が可動的に接続され、「第1の刃」または「第2の刃」が「ガイド板」に隣接した位置からガイド板と略平行に出るものであれば、切断対象物が刃により切り込まれることは明らかである。したがって、そのままの状態で、「本体」を切断対象物の表面に沿って移動させるならば、「ガイド板」から出る「刃」によって切断対象物が切断されることが理解できる。
すなわち、「第1の刃」、「第2の刃」、「ガイド板」および「本体」は、可動的接続により一体となっているのであるから、当該「本体」を持って、「本体」に可動的に接続された「ガイド板」の一辺を切断対象物の表面に接するようにした上で、「本体」を「ガイド板」に対して動かすように「本体」を操作することは可能であり、このような本件特許発明1の操作により、上記欠点は解消できるものといえる。

上記に認定した本件特許発明1の技術的意義によれば、本件特許発明1は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえない。

(ウ)上記(ア)及び(イ)に示したとおりであるから、本件特許発明1は、特許法第36条第第6項第1号の規定に適合しないということはできない。

(2)特許法第36条第6項第2号について
本件特許発明1は、上記第2.に示したとおりである。
そして、上記(1)のとおり、本件特許発明1は明確に把握できるものであり、発明の詳細な説明の記載と矛盾しない。
そうすると、本件特許発明は明確であるから、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないということはできない。

3.当事者の主張について

(1)特許法第36条第6項第1号及び第2号に違反するとした請求人の主張について
上記第4.2.(1)に示したように無効理由2についての請求人の主張は、要するに、本件特許に係る出願がその後に、一部の発明を分割して新たな出願をした(いわゆる、出願の分割)ことに起因して、新たな出願側に全部の発明が移ったことを前提とし、分割の効果により本件特許側にはもはや残存する発明があるとは考えられないため、特許法第36条第6項第1号の規定や、同法同条同項第2号の規定を満たすことはあり得ないとする趣旨と解される。
しかしながら、特許に関係する法令の中に、他の特許出願或いは他の特許により、対象特許の特許請求の範囲の画定が左右されるとする定めはない。よって、請求人の分割による発明の移動が発生したと解する余地はないので、請求人が無効理由2が成立するとして説明した理由は、その前提において妥当でない。
そもそも、特許法第44条に規定される、特許出願の分割制度は、公開の代償として一定期間独占権を付与するという特許制度の趣旨を踏まえ、特許出願に含まれる、発明の単一性の要件を満たさない発明等にもできるだけ保護の道を開くことを趣旨とするものであることからも、上記「分割による発明の移動が発生したと解する余地はない」との判断が裏付けられるものである。
したがって、分割出願に係る特許が設定登録されたことをもって、本件特許の特許請求の範囲が、分割出願に係る特許の特許請求の範囲を除外したものとなる、との請求人の主張は採用できないから、この点を前提とする請求人の主張は失当である。

(2)第一次無効審判審決の判断について
請求人は、本件特許に対して先に請求した、第一次無効審判事件(無効2014-800004)の審理結果を踏襲すべきとの主張をもしている。しかし、この主張は、本件無効審判における無効理由2、すなわち本件特許の特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定を満たさないことを、具体的に主張するものではなく、かつ、無効理由2についての当審の検討及び判断は、上記2.に示したとおりであるから採用しない。

(3)請求人の実施品との関係について
請求人は、当該無効理由2のうち、特許法第36条第6項第2号の規定を満足しない理由として、侵害品との関係を引き合いに出し、被請求人が侵害品とする「少なくとも、軸を3本有する」請求人の実施品が、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載または示唆されておらず、本件特許発明の権利範囲を理解することも推定することもできないから、本件特許の特許請求の範囲の記載は明確ではない、との主張(第4 2.(1)ウ.及びキ)をしているが、無効理由2についての当審の検討及び判断は、上記2.に示したとおりであるから採用しない。

(4)解決しようとする課題との関係について
請求人は、当該無効理由2のうち、特許法第36条第6項第1号の規定を満足しない理由として、被請求人が陳述要領書(1)にて、無効理由2のうち特許法第36条第6項第1号の規定を満足するとしてあげた、解決しようとする課題と、効果に関する説明を、ともに根拠が無い、と主張する。
しかし、上記2.(1)イ.(イ)に示したように、本件特許発明1は、本件特許の課題を解決する手段が反映されているから、上記請求人の主張は失当である。

4.小括
以上のとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定に適合しないということはできないから、請求人主張の無効理由2によって、本件特許発明1に係る特許を無効にすることはできない。

第7.無効理由3(特許法第36条第4項第1号)についての当審の判断

1.判断
上記第3.1.(3)に示したように、無効理由3は、無効理由2における「本件特許発明1は、明細書及び図面に記載された発明以外の発明を把握することもできない」ことを前提とするものである。しかし、上記第6.2.(1)及び(2)に示したように、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であり、本件特許発明1は明確であるから、無効理由2によっては本件特許発明1に係る特許を無効にすることはできない。したがって、無効理由3は、その前提において理由がない。

2.当事者の主張について

(1)本件特許発明と分割特許発明との関係について
上記第4.3.(1)ア.に示したとおり、請求人は、本件特許発明が、分割された発明と同一の発明を包含していると解すことは許されない、ことを前提として、本件特許発明に残っている発明については、明細書及び図面に記載された発明以外の発明を把握することもできないから、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず、当業者が実施することもできない旨、主張している。
しかしながら、上記第6.3.(1)に示したように、分割出願したことのみによって、分割元の出願の特許請求の範囲が変化するものではない。よって、分割出願に係る特許が設定登録されたことをもって、本件特許の特許請求の範囲に係る発明が、分割出願に係る特許の特許請求の範囲に係る発明の範囲を除外し、残っているものとなる、との請求人の主張は採用できないから、この点の請求人の主張は失当である。

(2)請求人の製品「武蔵」について
上記第4.3.(1)イ.に示したとおり、請求人は、被請求人が本件特許権の侵害であると主張する以上、請求人の製品「武蔵」について本件特許明細書の記載に基づいて当業者が容易に製造できなければ、特許法第36条第4項第1号の要件が満たされているとはいえない旨、主張する。
しかし、特許法第36条第4項第1号は、特許請求の範囲に包含されうる具体的な物品の全てについてまで、当業者が実施をすることができる程度に明確に十分に記載しなければならないものではないから、上記製品「武蔵」が有する構成のものが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていないからといって、本件特許明細書明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない、ということはできない。

3.無効理由3についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないということはできず、請求人主張の無効理由3によって、本件特許発明1に係る特許を無効にすることはできない。

第8.無効理由1(特許法第39条第2項)についての当審の判断

1.本件特許の請求項1に係る発明
本件特許発明1は、上記第2.に示したとおりのものである。

2.分割特許の請求項に係る発明
分割特許については、本件無効審判請求人から特許異議の申立て(異議2015-700055)がなされ、当該異議事件において、平成29年1月16日付け訂正請求がなされた。
そして、当該特許異議申立事件は、平成29年6月21日に、
「特許第5745000号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし4〕について訂正することを認める。
特許第5745000号の請求項2ないし4に係る特許を維持する。
特許第5745000号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」
との決定が確定した。
分割特許の請求項2ないし4に係る発明は、上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲に記載された請求項2ないし4にそれぞれ記載されたとおりのものである(以下、各々「分割特許発明2」等という。)。

「【請求項2】
第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と略平行に接続され、前記第1の刃または前記第2の刃と略平行であり、前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している平板状のガイド板とを有し、
前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
ことを特徴とするカッター。
【請求項3】
第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と略平行に接続され、前記第1の刃または前記第2の刃と略平行に設けられた平板状のガイド板とを有し、前記本体は平板状であり、
前記本体を前記ガイド板に対して傾けることにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
ことを特徴とするカッター。
【請求項4】
前記ガイド板は、前記本体と軸によって接続されている、請求項2及び3に記載のカッター。」

3.本件特許発明1と分割特許発明2について

(1)対比
本件特許発明1と分割特許発明2とを対比すると、本件特許発明1の「第1の刃」、「第2の刃」、「本体」、「ガイド板」及び「カッター」は、それぞれ、分割特許発明2の「第1の刃」、「第2の刃」、「本体」、「ガイド板」及び「カッター」に、それぞれ相当する。
本件特許発明1の「前記本体が前記ガイド板に対して動くこと」と、分割特許発明2の「前記本体を前記ガイド板に対して傾けること」とは、「前記ガイド板に対して傾ける」ことで、「本体」は、必然的に「ガイド板に対して動く」から、両者は、「前記本体が前記ガイド板に対して動くこと」である点で一致する。
そうすると、本件特許発明1と分割特許発明2とは、以下の点で一致し、かつ、<相違点1>ないし<相違点3>で一応相違する。

<一致点>
「第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、
前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
カッター。」

<相違点1>
「本体」と「ガイド板」との「接続され」について、本件特許発明1は、「略平行」に加え、さらに「可動的に」接続されたものであるのに対し、分割特許発明2は、「略平行に接続され」たものである点。

<相違点2>
「ガイド板」を設ける態様として、本件特許発明1は、「第1の刃」または「第2の刃」とどのような位置関係で「ガイド板」が設けられたものであるか、及び、「本体の下端部」との関係が、一応不明であるのに対し、分割特許発明2は、「前記第1の刃または前記第2の刃と略平行であり、前記本体の下端部から少なくとも一部が露出している」ように設けられたものである点。

<相違点3>
「前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出」すために、本件特許発明1は、「前記ガイド板の一辺が切断対象物の表面に接する状態で、前記本体が前記ガイド板に対して動くことに」よるものであるのに対し、分割特許発明2は、「前記本体を前記ガイド板に対して傾ける」ものである点。

(2)検討
事案に鑑み、相違点3のうち、本件特許発明1は、本体がガイド板に対して「動く」のに対し、分割特許発明2は、「傾ける」と特定されている点を、検討する。

まず、同日出願の二つの発明A及びBに対する特許法第39条第2項の充足の可否については、対象とする二つの発明に時期的な違い(先/後)がない点を考慮すれば、以下の扱いにより決するのが、適当である。
すなわち、発明Aを先願とし、発明Bを後願と仮定したとき、及び、発明Bを先願とし、発明Aを後願と仮定したとき、のいずれのときにも、発明Aと発明Bが同一であるときに、両発明を同一と判断すべきである。
そして、発明Aと発明Bが「同一」とは、両発明の間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合には、発明Aと発明Bは「同一」となり、そして、実質同一とは、相違点が次のアないしウのいずれかに該当する場合である。
ア 課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合
イ 先願発明の発明特定事項を、本願発明において上位概念として表現したことによる差異である場合
ウ 単なるカテゴリー表現上の差異である場合

これを本件特許発明1についてみると、本件特許発明1は、カッターナイフの刃が設けられた本体がガイド板に対して動くことで、カッターナイフの刃が切断対象部に対して出るならば、動きや動かすための具体的な態様は特定されていなくても、発明の詳細な説明によってサポートされていることは、上記第6.2.(1)イ(イ)に示したとおりである。
そうすると、上記相違点3に係る分割特許発明2の構成の「傾ける」は、本件特許発明1の「動く」のうちの具体的な態様の一つであるから、本件特許発明1の「動く」は、分割特許発明2の「傾ける」を包含する上位概念として表現したことによる差異であるといえる。

ここで、本件特許発明1を先願とし、分割特許発明2を後願と仮定すると、相違点3に係る構成のうち、本体とガイド板との間の動きについては、先願発明の「動く」に対して、後願の「傾ける」は、上位概念として表現した事による差異ということはできない。
そして、「動く」と「傾ける」との差異が、本件特許発明の課題を解決するための具体化手段における微差であるということもできない。
さらに、カテゴリー表現上の差異である場合でもないことは明らかである。
そうすると、相違点3のうち、本件特許発明1は、本体とガイド板に対して「動く」のに対し、分割特許発明2は、「傾ける」と特定されている点は、上記アないしウに該当するものではないので、本件特許発明1を後願とし、分割特許発明2を先願と仮定するまでもなく、両発明は実質同一ではない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1と分割特許発明2とは、同一の発明とすることはできない。

4.本件特許発明1と分割特許発明3について

(1)対比
本件特許発明1と分割特許発明3とを対比すると、本件特許発明1の「第1の刃」、「第2の刃」、「本体」、「ガイド板」及び「カッター」は、それぞれ、分割特許発明3の「第1の刃」、「第2の刃」、「本体」、「ガイド板」及び「カッター」に相当する。
また、上記3.(1)に示したように、両発明は、「前記本体が前記ガイド板に対して動くこと」である点で一致する。
そうすると、両発明は、上記3.(1)に示した<一致点>で一致し、かつ、同<相違点1>ないし<相違点3>に加え、以下の<相違点4>で相違する。

<一致点>
「第1の刃と、
第2の刃と、
前記第1の刃と前記第2の刃を設けた本体と、
前記本体と略平行に接続された平板状のガイド板とを有し、
前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または前記第2の刃が該ガイド板に隣接した位置から該ガイド板と略平行に出る
カッター。」

<相違点4>
「本体」の形状について、本件特許発明1は、特段特定しておらず任意であるのに対し、分割特許発明3は、「平板状」である点。

(2)検討

ア.相違点3について
上記(1)に示したとおり、本件特許発明1と分割特許発明3とを対比すると、上記3.(1)に示した<相違点3>で相違する。そして、上記3.(2)に示したように、<相違点3>について、本件特許発明1と分割特許発明3とは、実質同一の発明とすることはできない。

イ.相違点4について
「本体」の形状について、本件特許発明1は、特段特定しておらず任意であるから、「平板状」のものも、「平板状」でないものも包含される。しかし、分割特許発明3で特定される「本体」の形状は、「平板状」であるから、「平板状」でない「本体」は含まれない。
そうすると、「本体」の形状について、本件特許発明1は、分割特許発明3の上位概念である。したがって、上記3.と同様な考え方で検討すると、相違点4も実質的に同一ということはできないことは明らかである。

したがって、相違点3及び4以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1と分割特許発明3とは、同一の発明とすることはできない。

5.本件特許発明1と分割特許発明4について

(1)対比
分割特許発明4は、分割特許発明2あるいは3を引用する発明であって、それぞれの特定事項の全てを包含し、かつ、「本体」と「ガイド板」との「接続」について、「前記本体と軸によって接続され」た点を限定するものである。
そうすると、本件特許発明1と、分割特許発明4と対比すると、上記3.(1)に示した<一致点>で一致し、かつ、上記3.(1)及び(2)に示した、<相違点1>ないし<相違点3>に加えて、あるいは、<相違点1>ないし<相違点4>に加えて、以下の<相違点5>で相違する。

<相違点5>
「本体」と「ガイド板」との「接続」する手段について、本件特許発明1は、特段特定しておらず任意であるのに対し、分割特許発明4は、「軸によって接続」するものである点。

(2)検討

ア.相違点3について
上記(1)に示したとおり、本件特許発明1と分割特許発明4とを対比すると、上記3.(1)に示した<相違点3>で相違する。そして、上記3.(2)に示したように、<相違点3>について、本件特許発明1と分割特許発明4とは、実質同一の発明とすることはできない。

イ.相違点5について
分割特許発明4の「軸によって接続」について、本件特許明細書には、「このシートカッターはノンスリップシートなどの表面の凹凸に、ガイド板(4)を合わせ、シャフト(3)を軸に本体を傾けるだけで、設けてあるカッターナイフの刃(2)が出てくる。・・・」(段落【0006】)、「本体(1)の中にカッターナイフの刃(2)を設け、シャフト(3)を軸にスイングするガイド板(4)を設ける。」(段落【0008】)との記載がある。そうすると、「軸によって接続」の技術的意義は、「本体」と「ガイド板」が相対的に軸を中心として傾く動きを可能とするためのものである。したがって、分割特許発明4の上記相違点5に係る構成である「軸によって接続」は、本件特許発明1の「動く」について、動かすための具体的な態様の一つであるから、本件特許発明1の「動く」ための「接続」は、分割特許発明4の「軸によって接続」の上位概念であるといえる。
したがって、上記3.と同様な考え方で検討すると、相違点5も実質的に同一ということはできないことは明らかである。

以上のとおりであるから、相違点3及び5以外の他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1と分割特許発明4とは、同一の発明とすることはできない。

6.当事者の主張について

(1)上記第4.1.(1)ア.に示された請求人の主張は、本件特許についての上記訂正審判による訂正前の特許発明と、分割特許に対する上記特許異議申立に係る訂正請求による訂正前の特許発明との関係についての主張であるから、検討することを要しない。しかしながら、「特にこの具体的な発明は、両発明に係る特許権により保護されるから、一発明一特許の原則に違反する。」との請求人の主張については、以下の(2)に示すように、失当である。

(2)被請求人の商品「カッティー」について
上記第4.1.(1)イ.に示したように、請求人は、請求人の商品「カッティー」に対応する特許発明が、本件特許と上記ア.の分割特許の二つの特許権によって保護されているという、特許制度上あってはならない状況になっていると主張している。
しかし、上記したとおり、本件特許発明1と分割特許発明2ないし4とは、各々同一の発明ではないので、請求人が主張する特許制度上あってはならない状況は発生していない。また、複数の特許明細書等に掲載された実施例が同一であることをもって、互いの特許を同一とする定めもない。
そうすると、請求人の当該主張を採用することはできない。

7.無効理由1についてのまとめ
上記3.ないし5.に示したように、本件特許発明1は、分割特許発明2、分割特許発明3又は分割特許発明4のいずれとも同一ではない。よって、本件特許発明1は、特許法第39条第2項の規定に該当するとはいえず、請求人主張の無効理由1によって、本件特許発明1に係る特許を無効にすることはできない。

第9.むすび
以上のとおりであるから、請求人主張の理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1に係る特許を無効にすることはできない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-06-08 
結審通知日 2017-06-13 
審決日 2017-06-28 
出願番号 特願2010-47083(P2010-47083)
審決分類 P 1 113・ 536- Y (B26B)
P 1 113・ 561- Y (B26B)
P 1 113・ 4- Y (B26B)
P 1 113・ 537- Y (B26B)
P 1 113・ 07- Y (B26B)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 平岩 正一
特許庁審判官 西村 泰英
久保 克彦
登録日 2013-09-27 
登録番号 特許第5374419号(P5374419)
発明の名称 シートカッター  
代理人 鮫島 正洋  
代理人 中村 成美  
代理人 滝田 清暉  
代理人 岩▲崎▼ 有穂  
代理人 山本 真祐子  

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