• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1342918
審判番号 不服2017-5837  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-24 
確定日 2018-08-09 
事件の表示 特願2014-542156「窒化物半導体発光素子」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 4月24日国際公開、WO2014/061692〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年10月16日(優先権主張2012年10月19日、日本国)を国際出願日とする出願であって、平成28年10月17日付け(同年同月25日発送)で拒絶理由通知が通知され、同年12月21日に意見書及び手続補正書が提出されたところ、平成29年1月18日付け(同年同月24日送達)で拒絶査定がなされた。
これに対し、同年4月24日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正書が提出され、同年8月15日に、上申書が提出された。

第2 平成29年4月24日に提出された手続補正書による補正についての却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成29年4月24日に提出された手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1?4を、補正後の特許請求の範囲の請求項1?4と補正するとともに、明細書の記載を補正するものであり、そのうちの補正前後の請求項1は、次のとおりである。

(補正前)
「【請求項1】
n型窒化物半導体層と、
p型窒化物半導体層と、
前記n型窒化物半導体層と前記p型窒化物半導体層との間に設けられた多重量子井戸発光層と、を備え、
前記多重量子井戸発光層は、前記p型窒化物半導体層に近い側から、第2発光層と、第3バリア層と、第1発光層とを備え、
前記第1発光層は、複数の第1量子井戸層と、前記複数の第1量子井戸層の間に設けられた第1バリア層とを備え、
前記第2発光層は、複数の第2量子井戸層と、前記複数の第2量子井戸層の間に設けられた第2バリア層とを備え、
前記第2量子井戸層は、前記第1量子井戸層よりも厚く、
前記第2バリア層は、前記第1バリア層よりも薄く、
前記第2バリア層は、前記第3バリア層よりも薄い、窒化物半導体発光素子。」

(補正後)
「【請求項1】
n型窒化物半導体層と、
p型窒化物半導体層と、
前記n型窒化物半導体層と前記p型窒化物半導体層との間に設けられた多重量子井戸発光層と、を備え、
前記多重量子井戸発光層は、前記p型窒化物半導体層に近い側から、第2発光層と、第3バリア層と、第1発光層とを備え、
前記第1発光層は、複数の第1量子井戸層と、前記複数の第1量子井戸層の間に設けられた第1バリア層とを備え、
前記第2発光層は、複数の第2量子井戸層と、前記複数の第2量子井戸層の間に設けられた第2バリア層とを備え、
前記第2量子井戸層は、前記第1量子井戸層よりも厚く、
前記第2バリア層は、前記第1バリア層よりも薄く、
前記第2バリア層は、前記第3バリア層よりも薄く、
前記第2量子井戸層が前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している、窒化物半導体発光素子。」(下線は補正箇所に付加したもの。以下同じ。)

2 本件補正についての検討
(1)補正事項の整理
本件補正を整理すると次のとおりである。
[補正事項1]
補正前の請求項1に記載の「前記第3バリア層よりも薄い」を、「前記第3バリア層よりも薄く、前記第2量子井戸層が前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している」とすること。
[補正事項2]
補正前の明細書の段落【0013】を補正すること。

(2)新規事項の追加の有無及び補正の目的の適否についての検討
以下、補正事項1、2について検討する。

ア 補正事項1について
(ア)補正事項1により補正された事項は、本願の願書に最初に添付された明細書(以下「当初明細書」という。また、本願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面をまとめて「当初明細書等」という。)の図3に記載されているから、補正事項1は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって、補正事項1は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしている。

(イ)補正事項1は、補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である「第2量子井戸層」について、「前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している」という構成を追加して、「第2量子井戸層」を限定する補正であり、補正前の請求項に記載された発明と産業上の利用分野及び発明が解決しようとする課題が同一である。
したがって、補正事項1は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するから、特許法第17条の2第5項に規定する要件を満たしている。

イ 補正事項2について
補正事項2により補正された事項は、当初明細書等の図3に記載されており、補正事項2は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって、補正事項2は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしている。

新規事項の追加の有無及び補正の目的の適否についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第3項及び第5項に規定する要件を満たすものである。
そして、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるから、補正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定の規定に適合するか)について、以下において検討する。

(3)独立特許要件について
ア 本件補正後の発明
本件補正後の請求項1に係る発明は、上記「1 本件補正の内容」の「(補正後)」に記載したとおりである。

イ 引用例の記載と引用発明
(ア)引用例1:特開2007-115753号公報
原査定の拒絶理由で引用された、本願の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2007-115753号公報(以下「引用例1」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている(下線は当審で付加した。以下同じ。)。

a 「【請求項1】
n型窒化ガリウム系半導体領域と、
p型窒化ガリウム系半導体領域と、
前記n型窒化ガリウム系半導体領域と前記p型窒化ガリウム系半導体領域との間に設けられた量子井戸構造を有する発光領域と
を備え、
前記量子井戸構造は、In_(X)Ga_(1-X)Nからなる複数の第1の井戸層、In_(Y)Ga_(1-Y)Nからなる一または複数の第2の井戸層、およびIn_(Z)Ga_(1-Z)N(0≦Z<1、Z<X、Z<Y)からなるバリア層を含み、
前記第2の井戸層の厚さは前記第1の井戸層の厚さより厚く、
前記バリア層と前記第1および第2の井戸層とは交互に配列されており、
前記第1の井戸層の発光波長は、当該窒化物半導体素子へ印加される電流の電流密度のある値において前記第2の井戸層の発光波長と略等しい、ことを特徴とする窒化物半導体発光素子。」

b 「【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物半導体発光素子に関する。」

c 「【0008】
本発明の一側面によれば、窒化物半導体発光素子は、(a)n型窒化ガリウム系半導体領域と、(b)p型窒化ガリウム系半導体領域と、(c)前記n型窒化ガリウム系半導体領域と前記p型窒化ガリウム系半導体領域との間に設けられた量子井戸構造を有する発光領域とを備え、前記量子井戸構造は、In_(X)Ga_(1-X)Nからなる複数の第1の井戸層、In_(Y)Ga_(1-Y)Nからなる一または複数の第2の井戸層、およびバリア層を含み、前記第2の井戸層の厚さは前記第1の井戸層の厚さより厚く、前記バリア層と前記第1および第2の井戸層とは交互に配列されており、前記第1の井戸層の発光波長は、当該窒化物半導体素子へ印加される電流の電流密度のある値において前記第2の井戸層の発光波長と略等しい。
【0009】
この窒化物半導体発光素子によれば、薄い第1の井戸層は低い電流密度において効率良く発光し、厚い第2の井戸層は高い電流密度において効率良く発光する。第1の井戸層の発光波長は、当該窒化物半導体素子へ印加される電流の電流密度のある値において第2の井戸層の発光波長と略等しくなる。これ故に、所望の波長の光を発する発光素子において、互いに異なる発光効率を有する複数の井戸層を用いて、電流密度に対する発光効率の依存性を調整できる。」

d 「【0024】
(第1の実施の形態)
図1は、本実施の形態に係る窒化物半導体発光素子の主要部を示す図面である。図2は、窒化物半導体発光素子の構造を示す図面である。窒化物半導体発光素子11は、n型窒化ガリウム系半導体領域13と、p型窒化ガリウム系半導体領域15と、発光領域17とを含む。発光領域17は、量子井戸構造19を有する。量子井戸構造19は、n型窒化ガリウム系半導体領域13とp型窒化ガリウム系半導体領域15との間に設けられている。n型窒化ガリウム系半導体領域13からは、発光領域17に電子Eが供給される。p型窒化ガリウム系半導体領域15からは、発光領域17に正孔Hが供給される。量子井戸構造19は、In_(X)Ga_(1-X)Nからなる複数の第1の井戸層21、In_(Y)Ga_(1-Y)Nからなる一または複数の第2の井戸層23、およびバリア層25を含む。第1および第2の井戸層21、23とバリア層25とは交互の配列されている。第2の井戸層23は、第1の井戸層21とp型窒化ガリウム系半導体領域15との間に位置している。第2の井戸層23のインジウム組成Yは第1の井戸層21のインジウム組成Xより小さく、また第2の井戸層23の厚さD_(W2)は第1の井戸層21の厚さD_(W1)より厚い。
【0025】
この窒化物半導体発光素子11によれば、薄い第1の井戸層21は低い電流密度において効率良く発光し、厚い第2の井戸層23は高い電流密度において効率良く発光する。結晶性が悪化しやすい第2の井戸層23が第1の井戸層21とp型窒化ガリウム系半導体領域15との間に位置するので、第1の井戸層の結晶性を損ねることはない。また、第1および第2の井戸層21、23の発光波長は、当該窒化物半導体素子11へ印加される電流の電流密度に対して互いに異なる依存性を有する。第2の井戸層23の厚さD_(W2)を第1の井戸層21の厚さD_(W1)より厚くすると共に、第2の井戸層23のインジウム組成Yを第1の井戸層21のインジウム組成Xより小さくすることにより、第1の井戸層21の発光波長が当該窒化物半導体素子11へ印加される電流の第1の電流密度において第2の井戸層23の発光波長より大きくなると共に、第1の井戸層21の発光波長が当該窒化物半導体素子11へ印加される電流の第2の電流密度において第2の井戸層23の発光波長より小さくなる。これ故に、所望の波長の光を発する発光素子において、互いに異なる発光効率を有する井戸層21、23を用いて、電流密度に対する発光効率の依存性を調整できる。
…(略)…
【0033】
窒化物半導体発光素子11では、第1の井戸層21の厚さD_(W1)は4ナノメートル未満であることが好ましい。井戸層が4ナノメートル以下であると、結晶品質を損ねることなく効果的にIn組成ゆらぎが導入され、低い電流密度における発光効率を向上させることができるからである。第2の井戸層23の厚さD_(W2)は4ナノメートル以上であることが好ましい。井戸層が4ナノメートル以上であると、所望の発光波長を得るのに必要なIn組成が低くなり均質な井戸層を作製することが可能となり、高い電流密度における発光効率を向上させることができるからである。薄い井戸層21および厚い井戸層23の厚みを4ナノメートルを境に作り分けると、薄い井戸層21と厚い井戸層23との間で電流密度に対する発光効率の依存性の違いを大きくできる。第1の井戸層21は、第2の井戸層23とn型窒化ガリウム系半導体領域13との間に形成される。第2の井戸層23に先立って第1の井戸層21を成長できるので、薄い井戸層21の結晶品質が厚い井戸層の結晶品質に影響されない。また、第2の井戸層23は、第1の井戸層21とp型窒化ガリウム系半導体領域15との間に形成される。第1の井戸層21の成長の後に第2の井戸層23を成長できるので、良好な結晶品質の薄い井戸層21上に厚い井戸層を成長でき、厚い井戸層の結晶品質の低下を低減できる。
【0034】
窒化物半導体発光素子11では、第2の井戸層23の数は第1の井戸層21の数より少ないことが好ましい。第2の井戸層23の数が、良好な結晶品質を得やすい第1の井戸層21の数より小さければ、量子井戸構造19の全体の結晶品質が良好になる。」

e 「【0035】
(実験例1)
図3(A)から図3(C)に示されるような発光ダイオードA、B、Cを準備する。発光
ダイオードA、B、Cは窒化ガリウム支持基体を用いている。
…(略)…
【0037】
発光ダイオードCの構造は
バッファ層61:Al_(0.12)Ga_(0.88)N、50nm
n型窒化ガリウム系半導体領域63:GaN、2マイクロメートル
量子井戸構造の第1の井戸層65a:In_(0.14)Ga_(0.86)N、3nm
量子井戸構造の障壁層65b:In_(0.01)Ga_(0.99)N、15nm
量子井戸構造の第2の井戸層65c:In_(0.11)Ga_(0.89)N、5nm
p型窒化ガリウム系半導体領域67:20nm
p型n型窒化ガリウム系コンタクト層69:50nm
である。第1の井戸層65aからの光の波長が第2の井戸層65cからの光の波長とほぼ一致するように、第1の井戸層65aの組成および厚み並びに第2の井戸層65bの組成および厚みが調整される。
…(略)…
【0042】
発光ダイオードCでは、図6に示されるように、印加電流の広い範囲で、高い発光効率を維持している。5nm厚の厚い井戸層が最もp領域に近くに位置しているので、この厚い井戸層が最も発光に寄与する。また、キャリアは薄い井戸層にも注入されるので、低い電流密度において良好な発光効率を示す薄い井戸層も発光に寄与できる。厚い井戸層の下地に3nmの薄い井戸層を設けているので、5nm厚の厚い井戸層を設けても、薄い井戸層の結晶品質が悪くなることはなく、また厚い井戸層の結晶品質も悪くなることはない。高い発光効率は、電流密度の広い範囲(例えば0A/cm^(2)以上200A/cm^(2)以下の範囲)で維持される。発光ダイオードCの発光スペクトルの半値全幅は、発光ダイオードA、Bの各々の発光スペクトルの半値全幅よりも大きい。」

f 図1、2は、以下のとおりのものである(ただし、合議体にて回転した。)。


(イ)引用発明
以上、図1?7を参酌してまとめると、引用例1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「n型窒化ガリウム系半導体領域と、
p型窒化ガリウム系半導体領域と、
前記n型窒化ガリウム系半導体領域と前記p型窒化ガリウム系半導体領域との間に設けられた量子井戸構造を有する発光領域と
を備え、
前記量子井戸構造は、In_(X)Ga_(1-X)Nからなる複数の第1の井戸層、In_(Y)Ga_(1-Y)Nからなる一または複数の第2の井戸層、およびIn_(Z)Ga_(1-Z)N(0≦Z<1、Z<X、Z<Y)からなるバリア層を含み、
第2の井戸層は、第1の井戸層とp型窒化ガリウム系半導体領域との間に位置しており、
前記第2の井戸層の厚さは前記第1の井戸層の厚さより厚く、
前記バリア層と前記第1および第2の井戸層とは交互に配列されており、
前記第1の井戸層の発光波長は、当該窒化物半導体素子へ印加される電流の電流密度のある値において前記第2の井戸層の発光波長と略等しい、窒化物半導体発光素子。」

ウ 対比
本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)と引用発明とを対比する。

(ア)引用発明の「n型窒化ガリウム系半導体領域」、「p型窒化ガリウム系半導体領域」、「量子井戸構造を有する発光領域」、及び「窒化物半導体発光素子」は、それぞれ、補正発明の「n型窒化物半導体層」、「p型窒化物半導体層」、「多重量子井戸発光層」、及び「窒化物半導体発光素子」に相当する。

(イ)補正発明の「前記多重量子井戸発光層は、前記p型窒化物半導体層に近い側から、第2発光層と、第3バリア層と、第1発光層とを備え、前記第1発光層は、複数の第1量子井戸層と、前記複数の第1量子井戸層の間に設けられた第1バリア層とを備え、前記第2発光層は、複数の第2量子井戸層と、前記複数の第2量子井戸層の間に設けられた第2バリア層とを備え」と、引用発明の「前記量子井戸構造は、In_(X)Ga_(1-X)Nからなる複数の第1の井戸層、In_(Y)Ga_(1-Y)Nからなる一または複数の第2の井戸層、およびIn_(Z)Ga_(1-Z)N(0≦Z<1、Z<X、Z<Y)からなるバリア層を含み、第2の井戸層は、第1の井戸層とp型窒化ガリウム系半導体領域との間に位置しており」、「前記バリア層と前記第1および第2の井戸層とは交互に配列されており」とを対比する。

a 引用発明の「第2の井戸層」は、「第1の井戸層とp型窒化ガリウム系半導体領域との間に位置して」いるから、「第1の井戸層」より「p型窒化ガリウム系半導体領域に近い側」の層である。
また、引用発明は、「『複数の第1の井戸層』、『一または複数の第2の井戸層』および『バリア層』を含み」、「前記バリア層と前記第1および第2の井戸層とは交互に配列されて」いるものであるから、引用発明の「複数の第1の井戸層」、「複数の第2の井戸層」は、それぞれ補正発明の「複数の第1量子井戸層」、「複数の第2量子井戸層」に相当し、引用発明の「複数の第2の井戸層」の間の「バリア層」は、補正発明の「第2バリア層」に相当し、引用発明の「複数の第1の井戸層」の間の「バリア層」は、補正発明の「第1バリア層」に相当し、引用発明の最も「p型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第1の井戸層」と最も「n型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第2の井戸層」との間の「バリア層」は、補正発明の「第3バリア層」に相当する。
したがって、補正発明と引用発明とは、「前記多重量子井戸発光層は、前記p型窒化物半導体層に近い側から、第2発光層と、第3バリア層と、第1発光層とを備え、前記第1発光層は、複数の第1量子井戸層と、前記複数の第1量子井戸層の間に設けられた第1バリア層とを備え、前記第2発光層は、複数の第2量子井戸層と、前記複数の第2量子井戸層の間に設けられた第2バリア層とを備え」るものである点で一致する。

b また、引用発明において、「前記第2の井戸層の厚さは前記第1の井戸層の厚さより厚」いものであるから、補正発明と引用発明とは、「前記第2量子井戸層は、前記第1量子井戸層よりも厚」いものである点で一致する。

c さらに、補正発明の「前記第2量子井戸層が前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している」を引用発明と対比する。
上記のaの検討を勘案すると、引用発明において、「p型窒化ガリウム系半導体領域」と、「複数の第2の井戸層」の間の「バリア層」との間には、当該「複数の第2の井戸層」のうち、「p型窒化ガリウム系半導体領域」側の「第2の井戸層」が位置しているといえる。
よって、補正発明と引用発明とは「前記第2量子井戸層が前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している」ものである点で一致する。

(ウ)以上(ア)、(イ)をまとめると、補正発明と引用発明の一致点及び相違点は次のとおりである。



<一致点>
「n型窒化物半導体層と、
p型窒化物半導体層と、
前記n型窒化物半導体層と前記p型窒化物半導体層との間に設けられた多重量子井戸発光層と、を備え、
前記多重量子井戸発光層は、前記p型窒化物半導体層に近い側から、第2発光層と、第3バリア層と、第1発光層とを備え、
前記第1発光層は、複数の第1量子井戸層と、前記複数の第1量子井戸層の間に設けられた第1バリア層とを備え、
前記第2発光層は、複数の第2量子井戸層と、前記複数の第2量子井戸層の間に設けられた第2バリア層とを備え、
前記第2量子井戸層は、前記第1量子井戸層よりも厚く、
前記第2量子井戸層が前記p型窒化物半導体層と前記第2バリア層との間に位置している、窒化物半導体発光素子。」

<相違点1>
第2バリア層について、補正発明では、「前記第2バリア層は、前記第1バリア層よりも薄く、前記第2バリア層は、前記第3バリア層よりも薄」いものであるのに対し、引用発明では、「バリア層」、すなわち、「複数の第2の井戸層」の間の「バリア層」(第2バリア層)、「複数の第1の井戸層」の間の「バリア層」(第1バリア層)、最も「p型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第1の井戸層」と最も「n型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第2の井戸層」との間の「バリア層」(第3バリア層)について、補正発明の上記のような特定はなされていない点。

エ 判断
(ア)相違点1について
a 活性層が多重量子井戸構造を備える窒化物半導体発光素子において、活性層に対するp型半導体層からのホール注入効率を向上させて、発光効率を向上させるために、多重量子井戸構造においてp型半導体層に近い側のバリア層の膜厚を薄くすることは、周知技術であり、例えば、以下の周知例1、2に記載されている。

(a)周知例1:特開2006-108585号公報(原査定の備考で、周知技術を示す文献として引用された引用文献4)
・「【技術分野】
【0001】
本発明はIII族窒化物系化合物半導体発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
III族窒化物系化合物半導体発光素子はn型半導体層とp型半導体層との間に活性層が挟まれる構成である。かかる発光素子において発光効率の増大を図るため、活性層を多重量子井戸構造とすることがある。
…(略)…
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らにより今回新たに見出された上記課題を解決するために本発明はなされた。即ち、
n型半導体層とp型半導体層との間に活性層が挟まれる構成のIII族窒化物系化合物半導体発光素子において、
…(略)…
【0008】
この発明の他の局面によれば前記活性層が多重量子井戸構造を備え、該多重量子井戸構造において最も前記p型半導体層に近いバリア層の膜厚を他のバリア層の膜厚より薄くする。
これにより活性層に対するp型半導体層からのホール注入効率が向上する。よって、発光素子の発光効率が向上することとなる。
…(略)…」

(b)周知例2:特開2011-187621号公報(原査定の拒絶の理由で、周知技術を示す文献として引用された引用文献2)
・「【0005】
一方、高輝度で高効率な発光素子を得るために、井戸層の厚みや活性層の積層数を多くすることが行われている(例えば特許文献1?5)。例えば特許文献1では、…(略)…また特許文献2では、活性層に近いp型半導体層のp型不純物のドープ量を低くするかノンドープとして、p型半導体層に最も近い障壁層を薄膜にすることでホール注入効率を改善している。」

・「【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の半導体発光素子によれば、基板と、前記基板上に活性領域を挟んで積層されたn型半導体層及びp型半導体層を有する窒化物系半導体発光素子であって、前記活性領域は、多重量子井戸構造を構成する障壁層と、前記障壁層の膜厚よりも厚い膜厚を有し、かつ前記p型半導体層に最も近い側に設けられた最終障壁層と、を含み、前記多重量子井戸構造を構成する障壁層の内、前記最終障壁層に隣接した2層の障壁層の平均膜厚は、他の障壁層の平均膜厚よりも薄くすることができる。これにより、p型半導体層側の抵抗を低減させて順方向電圧を低下でき、高効率な窒化物系半導体発光素子を得ることができる。」

・「【0028】
障壁層は、量子井戸効果を発揮させる以外に、井戸層で発生した結晶欠陥を補填する作用もある。…(略)…これを改善するため、InGaN井戸層の上に、GaN障壁層を厚く積層し、結晶欠陥を埋めると共に、p型半導体層12の不純物が活性領域側に拡散し、井戸層に混入する事態を阻止し、もって活性領域の結晶性を改善することが行われていた。しかしながら、障壁層が厚くなると抵抗成分が増大して、ON時の順方向電圧が高くなるという問題があった。この問題を解決するため、本発明者は鋭意研究の結果、n型半導体層11側の障壁層の厚さを維持しつつ、p型半導体層12側の障壁層を薄くすることで順方向電圧を低下させることに成功したものである。」

b 上記「イ(ア)引用例1」に摘記した段落【0033】の「低い電流密度における発光効率を向上させることができるからである。…(略)…、高い電流密度における発光効率を向上させることができる」との記載からみて、引用発明において、発光効率を向上させたいという課題を有することは明らかである。
したがって、引用発明において、ホールの注入効率を向上させて、発光効率を向上させるために、上記周知技術に基づき、「複数の第2の井戸層」の間の「バリア層」(第2バリア層)を、「複数の第1の井戸層」の間の「バリア層」(第1バリア層)、及び、最も「p型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第1の井戸層」と最も「n型窒化ガリウム系半導体領域」に近い側の「第2の井戸層」との間の「バリア層」(第3バリア層)よりも薄いものとすることは、当業者が適宜なし得たことである。
したがって、引用発明において、上記周知技術に基づき、相違点1に係る補正発明の構成を採用することは、当業者が適宜なし得たことである。

(イ)判断についてのまとめ
以上検討したとおり、引用発明において、上記周知技術に基づいて、相違点1に係る補正発明の構成を採用することは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、補正発明は、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

オ 独立特許要件についてのまとめ
以上のとおり、補正発明が特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しない。

3 補正の却下の決定についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?4に係る発明は、平成28年12月21日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載されている事項により特定されるとおりのものであり、そのうちの請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載されている事項により特定されるとおりのものであり、上記「第2 1 本件補正の内容」の「(補正前)」に記載したとおりである。

2 引用例の記載と引用発明
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2007-115753号公報(引用例1、再掲)には、上記「第2 2(3)イ(ア)引用例1」に記載した事項が記載されており、引用例1には上記「第2 2(3)イ(イ)引用発明」に記載したとおりの引用発明が記載されている。

2 対比・判断
本願発明は、上記「第2 2 本件補正についての検討」で検討した補正発明における「第2量子井戸層」についての限定事項を省いたものである。
そうすると、本願発明の特定事項を実質的に全て含み、さらに他の特定事項を付加したものに相当する補正発明が上記「第2 2 本件補正についての検討」において検討したとおり、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-06-11 
結審通知日 2018-06-12 
審決日 2018-06-26 
出願番号 特願2014-542156(P2014-542156)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01L)
P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 島田 英昭  
特許庁審判長 森 竜介
特許庁審判官 居島 一仁
恩田 春香
発明の名称 窒化物半導体発光素子  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ