• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
管理番号 1342973
異議申立番号 異議2017-700985  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-09-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-10-13 
確定日 2018-06-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6121608号発明「酸性飲料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6121608号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕について訂正することを認める。 特許第6121608号の請求項1?4、7?10に係る特許を維持する。 特許第6121608号の請求項5及び6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6121608号の請求項1?10に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願の経緯は、概ね、次のとおりである。すなわち、2015年11月20日を国際出願日とする特願2016-532017号の一部を平成28年10月31日に新たな特許出願とし、平成29年4月7日に特許権の設定登録がされ、平成29年4月26日に特許掲載公報が発行された。これに対し、平成29年10月13日に特許異議申立人藤本博基より特許異議の申立てがされ、平成30年1月18日付けで取消理由が通知され、特許権者より平成平30年3月23日付け意見書及び訂正請求書が提出され、特許異議申立人より平成30年4月24日付け意見書が提出された。
以下、平成30年3月23日付けの訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、これに係る訂正を「本件訂正」という。

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容
本件訂正の請求は、「特許第6121608号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?10について訂正することを求める。」ものであり、その訂正の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、成分(A)に係るルチンの含有量について、「0.00001?0.002質量%」と記載されているのを、「0.0003?0.0009質量%」に訂正する。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に、「(B)塩化物イオン」と記載されているのを、「(B)塩化物イオン 0.0048?0.24質量%」に訂正する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に、成分(C)に係る甘味料の含有量について、「ショ糖甘味換算濃度で1?9質量%」と記載されているのを、「ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%」に訂正する。
(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1に、「(E)オリゴ糖」と記載されているのを、「(E)オリゴ糖 0.01?0.1質量%」に訂正する。
(5) 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項1に、「質量比[(B)/(A)]が1?1000」と記載されているのを、「質量比[(B)/(A)]が4?300」に訂正する。
(6) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項1に、「質量比[(E)/(B)]が1?100」と記載されているのを、「質量比[(E)/(B)]が10?20」に訂正する。
(7) 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項1に、「成分(C)として(C1)高甘味度甘味料を含み」と記載されているのを、「成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであり」に訂正する。
(8) 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項1に、「酸性飲料」と記載されているのを、「非アルコール酸性飲料」に訂正する。
(9) 訂正事項9
特許請求の範囲の請求項2に、「成分(C1)としてスクラロース、アセスルファムカリウム及びステビアから選択される1種又は2種以上を含有する」と記載されているのを、「容器詰酸性飲料である」に訂正する。
(10) 訂正事項10
特許請求の範囲の請求項3に、「成分(C1)の含有量が0.0001?5質量%以下である」と記載されているのを、「成分(C1)の含有量が0.0001?5質量%である」に訂正する。
(11) 訂正事項11
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
(12) 訂正事項12
特許請求の範囲の請求項6を削除する。
(13) 訂正事項13
特許請求の範囲の請求項7に、「請求項1?6のいずれか1項に記載の酸性飲料。」と記載されているのを、「請求項1?4のいずれか1項に記載の酸性飲料。」に訂正する。
(14) 訂正事項14
特許請求の範囲の請求項8に、「更に成分(D)として多価アルコールを含有する、請求項1?7のいずれか1項に記載の酸性飲料。」と記載されているのを、「更に成分(D)としてグリセリンを含有する、請求項1?4及び7のいずれか1項に記載の酸性飲料。」に訂正する。

2 本件訂正の適否について
(1) 訂正事項1
前記訂正事項1は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「(A)ルチン」の含有量について、「0.0003?0.0009質量%」と特定し、その範囲をさらに限定するものであるから、前記訂正事項1に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料は、成分(A)としてルチンを含有する。
本発明の酸性飲料中の成分(A)の含有量は0.00001?0.002質量%であるが、生理効果発現の観点から、0.00005質量%以上が好ましく、0.00007質量%以上がより好ましく、0.0001質量%以上が更に好ましく、0.0003質量%以上が殊更に好ましく」(【0009】)と記載され、実施例15及び16として、「(A)ルチン」の含有量が「0.0009質量%」である酸性飲料が記載されている(【0058】、【0059】)。
よって、前記訂正事項1は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2) 訂正事項2
前記訂正事項2は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「(B)塩化物イオン」について、その含有量を「0.0048?0.24質量%」と特定するものであるから、前記訂正事項2に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「成分(B)の含有量の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、好ましくは0.0005?0.4質量%であり、より好ましくは0.001?0.35質量%であり、更に好ましくは0.01?0.3質量%であり、殊更に好ましくは0.03?0.25質量%であり、殊更に好ましくは0.08?0.24質量%である。」(【0011】)と記載され、実施例15及び16として成分(B)に係る塩化物イオンの含有量が「0.0048質量%」である酸性飲料が記載されている(【0058】、【0059】)。
よって、前記訂正事項2は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3) 訂正事項3
前記訂正事項3は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「成分(C)」の含有量について、「ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%」であると特定し、その範囲を更に限定するものであるから、前記訂正事項3に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料中の成分(C)のショ糖甘味換算濃度による含有量は1?9質量%であるが、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、2質量%以上が好ましく、3質量%以上がより好ましく、そして、8.5質量%以下が好ましく、8質量%以下がより好ましい。かかるショ糖甘味換算濃度の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、好ましくは2?8.5質量%であり、より好ましくは3?8質量%である。」(【0019】)と記載されている。
よって、前記訂正事項3は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4) 訂正事項4
前記訂正事項4は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「(E)オリゴ糖」の含有量について、「0.01?0.1質量%」と特定するものであるから、前記訂正事項4に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「成分(E)の含有量の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、好ましくは0.001?1質量%であり、より好ましくは0.005?0.5質量%であり、更に好ましくは0.01?0.1質量%である。」(【0026】)と記載されている。
よって、前記訂正事項4は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5) 訂正事項5
前記訂正事項5は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「質量比[(B)/(A)]」について、「4?300」と特定し、その範囲を更に限定するものであるから、前記訂正事項5に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料中の成分(A)と、成分(B)との質量比 [(B)/(A)]は1?1000であるが、より一層の酸味のキレ改善の観点から、2以上が好ましく、4以上がより好ましく、・・・、そして500以下が好ましく、400以下がより好ましく、・・・300以下が殊更に好ましい。かかる質量比[(B)/(A)]の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、・・・、より好ましくは4?400であり、・・・、殊更に好ましくは8?300であり、殊更に好ましくは20?300であり、殊更に好ましくは60?300であり、殊更に好ましくは90?300である。」(【0012】)と記載されている。
よって、前記訂正事項5は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(6) 訂正事項6
前記訂正事項6は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「質量比[(E)/(B)]」について、「10?20」と特定し、その範囲を更に限定するものであるから、前記訂正事項6に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「かかる質量比[(E)/(B)]の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、好ましくは1?100であり、より好ましくは5?50であり、更に好ましくは10?20である。」(【0028】)と記載されている。
よって、前記訂正事項6は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(7) 訂正事項7
前記訂正事項7は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「成分(C)」について、「(C1)高甘味度甘味料を含」むとされていたものを、「ぶどう糖及び(C1)スクラロースであり」と特定し、さらに限定するものであるから、前記訂正事項7に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「(C)甘味料としては、例えば、糖質系甘味料、高甘味度甘味料等が挙げられる。・・・糖質系甘味料としては、例えば、果糖、ブドウ糖、・・・が挙げられる。また、高甘味度甘味料としては、例えば、スクラロース、・・・が挙げられる。」(【0013】)と記載され、実施例15及び16には、ぶどう糖とスクラロースを含有する酸性飲料が記載されている(【0058】、【0059】)。
よって、前記訂正事項7は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(8) 訂正事項8
前記訂正事項8は、本件訂正後の請求項1に係る発明の「酸性飲料」について、その種類が「非アルコール酸性飲料」あると特定するものであるから、前記訂正事項8に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料は、非アルコール飲料でも、アルコール飲料でもよいが、・・・非アルコール飲料が好ましい。」(【0035】)と記載されている。
よって、前記訂正事項8は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(9) 訂正事項9
前記訂正事項9は、前記訂正事項7に伴い本件訂正前の請求項2に係る発明の「成分(C1)としてスクラロース、アセスルファムカリウム及びステビアから選択される1種又は2種以上を含有する」との事項を削除し、本件訂正後の請求項2に係る酸性飲料について「容器詰酸性飲料である」と具体的に特定するものであるから、前記訂正事項9に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料は、・・・容器詰酸性飲料として提供することができる。」(【0037】)と記載され、実施例15及び16として、「容器詰飲料」が具体的に記載されている(【0058】、【0059】)。
よって、前記訂正事項9は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(10) 訂正事項10
前記訂正事項10は、本件訂正前の請求項3において、「0.0001?5質量%以下」と「0.0001?5質量%」という数値範囲の後の「以下」との記載を削除するものであるから、前記訂正事項10に係る本件訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものと認められる。
よって、前記訂正事項10は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(11) 訂正事項11及び訂正事項12
前記訂正事項11及び訂正事項12は、それぞれ、本件訂正前の請求項5及び請求項6を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められ、新規事項を追加するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(12) 訂正事項13
本件訂正前の請求項7において、本件訂正前の請求項1?6を引用していたところ、前記訂正事項13は、本件訂正事項11及び12により請求項5、6が削除されたことに伴い、本件訂正後の請求項7が本件訂正後の「請求項1?4のいずれか1項」を引用するものとするもので、引用する請求項を減ずるものであるから、前記訂正事項13に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
よって、前記訂正事項13は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(13) 訂正事項14
前記訂正事項14は、本件訂正前の請求項8において、本件訂正前の請求項1?7を引用していたところ、本件訂正事項11及び12により請求項5、6が削除されたことに伴い、本件訂正後の請求項8が本件訂正後の「請求項1?4及び7のいずれか1項」を引用するものとして、引用する請求項を減じるとともに、本件訂正後の請求項8に係る発明の「成分(D)」について、「多価アルコール」を「グリセリン」に特定するものであるから、前記訂正事項14に係る本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして、本件特許明細書には、「本発明の酸性飲料は、喉に残る刺激感をより一層抑制し、かつ酸味のキレを増強するために、成分(D)として多価アルコールを含有してもよい。成分(D)としては、例えば、グリセリン、プロピレングリコール等を挙げることができる。中でも、グリセリンが好ましい。」(【0020】)と記載されている。
よって、前記訂正事項14は、新規事項を追加するものではなく、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(14) さらに、本件訂正は、一群の請求項ごとに請求されたものである。
(15) 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第4項の規定に適合し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?10〕についての訂正を認める。

第3 本件発明
前記第2のとおり、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?10に係る発明(以下「本件発明1?10」といい、総称して「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?10に記載された以下の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
次の成分(A)、(B)、(C)及び(E);
(A)ルチン 0.0003?0.0009質量%、
(B)塩化物イオン 0.0048?0.24質量%、
(C)甘味料 ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%、及び
(E)オリゴ糖 0.01?0.1質量%
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4?300であり、
成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]が10?20であり、
成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであり、かつ
pHが2?5. 4である、
非アルコール酸性飲料。
【請求項2】
容器詰酸性飲料である、請求項1記載の酸性飲料。
【請求項3】
成分(C1)の含有量が0.0001?5質量%である、請求項1又は2に記載の酸性飲料。
【請求項4】
成分(A)と成分(C1)との質量比[(C1)/(A)]が1?100である、請求項1?3のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
成分(A)と成分(E)との質量比[(E)/(A)]が1?200である、請求項1?4のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項8】
更に成分(D)としてグリセリンを含有する、請求項1?4及び7のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項9】
成分(A)と、成分(D)及び成分(E)の総和との質量比[[(D)+(E)]/(A)]が1?200である、請求項8記載の酸性飲料。
【請求項10】
成分(B)と、成分(D)及び成分(E)の総和との質量比[[(D)+(E)]/(B)]が1?100である、請求項8又は9に記載の酸性飲料。」

第4 取消理由についての判断
1 取消理由の概要
本件訂正前の本件特許に対し通知した取消理由は、概ね、次のとおりである。
(理由1)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。
(1) 発明の詳細な説明において、ルチンが0.0009質量%以上の場合に、発明の課題が解決できるように記載されているとはいえず、発明の詳細な説明の内容を0.0009質量%よりも高い濃度のルチンを含有する飲料にまで拡張することができない。
(2) 発明の詳細な説明において、塩化物イオン濃度が0.0048質量%以下の場合に、発明の課題が解決できるように記載されているとはいえず、発明の詳細な説明の内容を0.0048質量%よりも低い濃度の塩化物イオンを含有する飲料にまで拡張することができない。
(3) 甘味料の各々のマスキング効果が異なるため、発明の詳細な説明の内容をスクラロース以外の高甘味度甘味料にまで拡張ないし一般化することはできず、ぶどう糖以外の高甘味度甘味料ではないあらゆる甘味料にまで拡張ないし一般化することはできない。
(4) グリセリンの実施例のみをもって、発明の詳細な説明の内容をあらゆる多価アルコールにまで拡張ないし一般化することはできない。
(5) 実施例に係る特定の飲料に効果があったとしても、様々な風味を有する広範囲の酸性飲料まで効果があることは確認されていないから、発明の詳細な説明の内容をあらゆる種類の酸性飲料にまで拡張ないし一般化することはできない。

(理由2)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。
(1) 請求項8?10の「多価アルコール」は、「甘味料」に包含される化合物と区別がつかず、定義が不明確である。
(2) 請求項1?10の「オリゴ糖」は、「甘味料」に含まれるか否かが不明確である。

2 判断
2-1 理由1(特許法第36条第6項第1号)について
(1) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、ルチンはフラボノイドの一種で、その血圧降下作用、血流改善作用等の生理活性機能に着目し、ルチンを含有した飲料が提案されているが、本件発明者は、液性が酸性領域においては、ルチンの含有量が僅かであったとしても、喉にヒリヒリするような刺激感が残り、酸味のキレが悪く、酸性飲料の風味に影響を与えることを見出し、特定量のルチンを含有する酸性飲料において、塩化物イオン及び甘味料を含有させ、ルチンと塩化物イオンとの質量比、pHを特定範囲内に制御することにより、喉に残る刺激感が抑制され、かつ酸味のキレの良好な酸性飲料が得られることを見出したもので、本件発明によれば、ルチンを含有するにも拘わらず、喉に残る刺激感が抑制され、かつ酸味のキレの良好な酸性飲料を提供することができるというものである(【0003】?【0008】)。
このように、本件発明は、ルチンを含有するにも拘わらず、喉に残る刺激感が抑制され、かつ酸味のキレの良好な酸性飲料を提供することを課題とするものである。
(2) また、発明の詳細な説明には、以下の点が記載されている。
・酸性飲料中の成分(A)の含有量は、生理効果発現の観点から、0.0003質量%以上が殊更に好ましく、酸味のキレ改善の観点から、0.0012質量%以下が更に好ましい(【0009】)。
・喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善するために、成分(B)として塩化物イオンを含有する(【0010】)。成分(B)の含有量は、酸味のキレ改善の観点から、0.001質量%以上がより好ましく、0.24質量%以下が殊更に好ましい(【0011】)。
・成分(A)と、成分(B)との質量比 [(B)/(A)]は、より一層の酸味のキレ改善の観点から、4以上がより好ましく、300以下が殊更に好ましい(【0012】)。
・成分(C)として甘味料を含有することにより、成分(B)と相まって、酸性飲料における成分(A)由来の喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善することができる。(C)甘味料としては、例えば、糖質系甘味料、高甘味度甘味料等が挙げられ、糖質系甘味料としては、例えば、ブドウ糖が挙げられ、高甘味度甘味料としては、例えば、スクラロース等が挙げられる。喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、(C1)高甘味度甘味料を含有することが好ましく、殊更に好ましくはスクラロース及びアセスルファムカリウムから選択される少なくとも1種であり、成分(C)は、1種又は2種以上を使用することができる(【0013】)。成分(C)の含有量は、ショ糖甘味換算濃度により規定され、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、3質量%以上がより好ましく、8質量%以下がより好ましい(【0017】?【0019】)。
・喉に残る刺激感をより一層抑制し、かつ酸味のキレを増強するために、成分(D)として多価アルコールを含有してもよく、成分(D)としては、例えば、グリセリン、プロピレングリコール等を挙げることができる。中でも、グリセリンが好ましい(【0020】)。
・酸性飲料は、喉に残る刺激感をより一層抑制し、かつ酸味のキレを増強するために、成分(E)としてオリゴ糖を含有することができる。酸性飲料中の成分(E)の含有量は、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、0.01質量%以上が更に好ましく、0.1質量%以下が更に好ましい(【0024】?【0026】)。
・酸性飲料中の成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]は、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、10以上が更に好ましく、20以下が更に好ましい。かかる質量比[(E)/(B)]の範囲としては、本発明の酸性飲料中に、更に好ましくは10?20である(【0028】)。
・酸性飲料のpH(20℃)は2?5.4である(【0033】)。
・酸性飲料は、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する観点から、非アルコール飲料が好ましい(【0035】)。
(3) そして、このような本件発明について、実施例(実施例1?21)が比較例1?3とともに開示されているところ(【0056】?【0062】)、実施例15及び16として、
・ルチン製剤、一価の金属の塩化物(KCl)、オリゴ糖、グリセリン(実施例16のみ)、甘味料(スクラロース及びぶどう糖)、酸味料(クエン酸、クエン酸ナトリウム及びアスコルビン酸)及びイオン交換水を配合して得られ、
・成分(A)ルチン、(B)塩化物イオン、(C)甘味料及び(E)オリゴ糖の含有量に関し、成分(A)ルチン:0.0009質量%、成分(B)塩化物イオン:0.0048質量%、成分(C)甘味料(スクラロース及びぶどう糖):ショ糖甘味換算濃度で8質量%、(E)オリゴ糖:0.083質量%であり、成分(A)と成分(B)との質量比が5.3で、成分(B)と成分(E)との質量比が17.3で、pHが3.4である容器詰酸性飲料、
が記載され、飲料の喉に残る刺激感、酸味のキレについての評価は、いずれも良好であったものである。
【表2】

【表3】

【表4】


(4) このように、発明の詳細な説明には、本件発明が記載されている上、 (A)ルチン:0.0009質量%、(B)塩化物イオン:0.0048質量%、(E)オリゴ糖:0.083質量%、及び成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]を5.3、成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]を17.3とし、ぶどう糖及びスクラロースである成分(C)甘味料をショ糖甘味換算濃度で8質量%含有するとする飲料に関し、喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善する効果を奏することが具体的に裏付けられていることがわかる。
そして、成分(A)のルチンの含有量は、生理効果発現の観点から、0.0003質量%以上としたものであること(【0009】)、質量比[(B)/(A)]の5.3は、4に近接した数値であること、喉に残る刺激感をより一層抑制し、かつ酸味のキレを増強するために、成分(E)オリゴ糖を含有しているところ(【0024】)、成分(E)オリゴ糖を含有しない場合に、成分(B)塩化物イオン:0.238質量%(実施例5)、成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]:10.7(実施例17)?264.4(実施例5)で効果が裏付けられていること、に照らせば、(A)ルチン:0.0003?0.0009質量%、(B)塩化物イオン:0.0048?0.24質量%、成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4?300であって、成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]が10?20であっても同様の効果が期待できるといえる。
さらに、「喉に残る刺激感を抑制し、かつ酸味のキレを改善するために、成分(B)として塩化物イオンを含有する。」(【0010】)ことを前提に、ぶどう糖及びスクラロースである成分(C)甘味料は、特定含有量の成分(B)塩化物イオンと相まって当該効果を発揮していることにも照らせば、成分(C)甘味料の含有量の多少の変動や、成分(C)甘味料におけるスクラロース及びぶどう糖の構成比の違いにより、その効果が格別に減ずるとも解されないから、成分(C)甘味料がショ糖甘味換算濃度で3質量%の場合でも同様の効果が期待できる。
また、実施例に係る飲料は、その処方からしてルチン含有の酸性水といえ、非アルコール飲料を模式的に実現した酸性飲料とも解され、その結果からすると、更に各種成分が配合されたその他の非アルコール飲料についても、同様に効果が期待できるものと認められる。
(5) 以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明が、課題を解決できるものとして、記載されているものと認められ、本件発明が、発明の詳細な説明に記載されたものではない、とは認められない。

2-2 理由2(特許法第36条第6項第2号)について
前記第2のとおり、本件訂正が認められ、「多価アルコール」は、「グリセリン」と訂正され、「成分(C)甘味料」について、「成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロース」と訂正されたから、「成分(C)甘味料
」に、「多価アルコール」及び「オリゴ糖」が含まれないことが明確となった。よって、上記理由2に係る取消理由は解消した。

第5 取消理由通知に採用しなかった特許異議申立ての理由について
1 取消理由通知に採用しなかった特許異議申立ての理由は、概ね、以下のとおりである。
(1) 特許法第36条第6項第1号について
ア 発明の詳細な説明に「喉に残る刺激感」の定義はなく、「ルチンによる苦み、渋みまたはアク味」とどのように異なるか説明がない。「喉に残る刺激感」の抑制を、「ポリフェノールに由来する苦み、渋みまたはアク味」の抑制と区別できるように、どのように官能評価するか具体的に記載されていないから、「喉に残る刺激感」が抑制できているかどうかを追試し、正確に評価することもできない。
また、実施例の官能評価では「喉に残る刺激感」の抑制、「酸味のキレ」の改善を客観的に評価できているとはいえないから、課題を解決できると認識できるように記載されていない。
よって、本件発明は、「喉に残る刺激感」の抑制及び「酸味のキレ」の改善という発明の課題を解決できると当業者が認識できるようには記載されていない。
イ KCl濃度が約0.03質量%を超える場合には、酸性飲料は苦いはずであるから、課題が解決できるように記載されているとはいえない。
(2) 特許法第29条第2項について
本件発明は、甲第4号証に記載された発明及び甲第5号証?甲第9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 証拠方法
特許異議申立人が提出した証拠方法(甲第1号証?甲第9号証)は以下のとおりである。以下、各号証を証拠の番号に従って「甲1」などという。
甲1:山口静子、「官能評価とは何か、そのあるべき姿」、化学と生物、2012年、Vol.50、No.7、p.518-524
甲2:斎藤幸子、「味覚のあいまいさ」、バイオメカニズム学会誌、1983年、Vol.7、No.3、p.14-19
甲3:特開2015-177767号公報
甲4:特開2014-168401号公報
甲5:浜島教子、「味の相互関係について(第3報) 塩から味と苦味の関係」、家政学雑誌、1977年、Vol.28、No.4、p.278-281
甲6:P.A.S. Breslin et al.、Suppression of Bitterness by Sodium:Variation Among Bitter Taste Stimuli、Chemical Senses、1995、Vol.20、No.6、p.609-623
甲7:河合崇行 外1、「苦味マスキング効果の定量的解析」、食総研報、2012年、No.76、p.9-16
甲8:「高甘味度甘味料 スクラロースのすべて」、株式会社光琳、平成15年5月30日、p.58-65
甲9:特開2008-99677号公報

3 判断
(1) 特許法第36条第6項第1号について
ア 「喉に残る刺激感」の抑制と「酸味のキレ」の改善について
本件特許明細書の発明の詳細な説明に、「酸性領域においては、ルチンの含有量が僅かであったとしても、喉にヒリヒリするような刺激感が残り、酸味のキレが悪く、酸性飲料の風味に影響を与えることを見出した。」(【0006】)と記載されているとおり、「喉に残る刺激感」とは、舌上で感じる「苦味」とは異なり、酸性飲料を飲用した後に喉に残るヒリヒリするような刺激感であることは明らかである。
発明の詳細な説明には、このような「喉に残る刺激感」、そして「酸味のキレ」について、官能評価に関し、以下のように記載されている。
・「【0053】
8.官能評価
各容器詰酸性飲料の「喉に残る刺激感」、「酸味のキレ」について、専門パネル4名が下記の基準に基づいて評価し、その後評点の平均値を求めた。
【0054】
1)喉に残る刺激感
実施例4の容器詰酸性飲料の「喉に残る刺激感」を評点1とし、比較例1の容器詰酸性飲料の「喉に残る刺激感」を評点5として、下記の5段階で評価を行った。
評点1:喉に刺激感がなく問題ない
2:喉に刺激感が僅かにあるが問題ない
3:喉に刺激感がややあるが問題ない
4:喉に刺激感がある
5:喉に刺激感が強い
【0055】
2)酸味のキレ
実施例4の容器詰酸性飲料の「酸味のキレ」を評点1とし、比較例1の容器詰酸性飲料の「酸味のキレ」を評点5として、下記の5段階で評価を行った。
評点1:酸味のキレがよい
2:酸味のキレがややよい
3:酸味のキレが僅かに良い
4:酸味のキレがやや悪い
5:酸味のキレが悪い」
そして、このような基準を指標に、実施例1?21、比較例1?3について、酸性飲料の喉に残る刺激感、酸味のキレについて評価を行った結果が記載されている。
当該官能評価は、専門パネル4名が実施例4の酸性飲料の評点を「1」とし、比較例1の評点を「5」とした5段階評価で行われているものであるから、専門パネル間で評価基準が合意されているといえるし、専門パネル間で評点が極端に偏ることは通常考えられないこと、及び平均値を用いることは通常の手法であることを考慮すると、実施例の結果が客観的に評価できているというべきである。
そうすると、発明の詳細な説明には、本件発明が、課題を解決できるものとして、記載されているものと認められる。
イ 塩化カリウム濃度について
本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例2?5、18、19を参照すれば、KCl濃度が0.03質量%を超える酸性飲料でも、本件発明の課題を解決できることが、理解できる。既に述べたとおり、「喉に残る刺激感」が酸性飲料を飲用した後に喉に残るヒリヒリするような刺激感であって、「苦味」とは異なるから、仮にKClの濃度が0.03質量%を超える飲料が苦いとしても(甲3)、本件発明の課題を解決できるものである。
そうすると、発明の詳細な説明には、本件発明が、課題を解決できるものとして、記載されているものと認められる。

(2) 特許法第29条第2項について
ア 甲4?9について
(ア) 甲4
a 甲4に記載された事項
・「【請求項1】
(A) L-アスコルビン酸と、(B) ルチン、ハマナス抽出物、及びクロロゲン酸から選ばれる1種又は2種以上とを含有し、かつpHが3.0以上であることを特徴とする、白ぶどう果汁入り飲料。
・・・
【請求項3】
前記ルチン、ハマナス抽出物、及びクロロゲン酸から選ばれる1種又は2種以上の含有量が合計で10?200ppmである、請求項1または2に記載の飲料。」
・「【0001】
本発明は、白ぶどう果汁入り飲料およびその製造方法、ならびに白ぶどう果汁入り飲料の異臭抑制方法に関する。」
・「【0002】
・・・例えば、白ぶどうを使用した果汁飲料は、経時的に「ゴム臭」または「溶剤臭」のような好ましくない臭気が発生するため、風味上商品価値を著しく低下させるという問題がある。」
・「【0005】
しかしながら、これまで白ぶどう果汁入り飲料の保存中に発生する独得の臭気を抑制する方法が検討された例はない。」
・「【0007】
従って、本発明の課題は、白ぶどう果汁入り飲料について、保存中に発生する異臭を抑制する有効な手段を提供することにある。」
・「【0010】
本発明によれば、白ぶどう特有の異臭の発生が抑制され、保存性の良好な爽やかな香味の白ぶどう果汁入り飲料が提供される。」
・「【0024】
本発明の飲料は、白ぶどう果汁の甘みを補強するために、砂糖、果糖、ぶどう糖、乳糖、麦芽糖等の単糖や二糖、またはオリゴ糖、エリスリトールやマルチトール等の糖アルコール等、果糖ぶどう糖液糖等の異性化糖を配合してもよい。」
・「【0025】
また、本発明の飲料には、飲料に許容される各種添加剤、たとえば甘味料(ステビア、アスパルテーム、アセスルファムK、スクラロース等)、・・・などを含有してもよい。」
・「【0030】
・・・
(実施例1、比較例1?6)
(1)白ぶどう果汁入り飲料の調製
15重量%の68°Bx白ぶどう(マスカットオブアレキサンドリア)透明濃縮果汁・・・と5重量%の68°Bx白ぶどう(品種混合)透明濃縮果汁・・・を混合し、水で希釈した果汁希釈溶液を調製した。この果汁希釈溶液に、L-アスコルビン酸、ルチンとしてエンジュ抽出物・・・、ハマナス抽出物・・・、クロロゲン酸・・・を下記表1に示す濃度で添加し調合液を得た(実施例1、比較例1?6)。実施例1では、・・・pHが3.3となるように調整した。各調合液を加熱殺菌した後に、PETボトルに充填し、室温まで水冷して白ぶどう果汁入り飲料(マスカット果汁含有率:93%)を調製した。」
・「【表1】


・「【0035】
・・・、実施例1では、比較例1?6と比較して異臭の発生が抑制され、対照品との風味差が小さかった。」
b 以上の記載からすると、甲4には、次の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されているといえる。

(甲4発明)
「(A) L-アスコルビン酸と、(B) ルチン、ハマナス抽出物、及びクロロゲン酸から選ばれる1種又は2種以上とを合計で10?200ppm含有し、スクラロース、ぶどう糖、オリゴ糖等の甘味料を配合し、かつpHが3.0以上である、白ぶどう果汁入り飲料。」

(イ) 甲5?9について
a 甲5に記載された事項
・「表5-1は以上の表と異なり、カフェイン溶液に食塩を添加した場合の影響を調べたものである.カフェイン0.03%という濃度は一般に閾値に相当する濃度であるが、食塩の閾値濃度0.2%以上を添加すると、添加量が多くなるに従って苦味は減少することがわかる.」(280頁左欄下から3行?右欄下から8行)
・「3) 苦味は食塩添加により減少する.すなわち、苦味は塩から味により消殺されることが明かであった.」(281頁右欄3?4行)
b 甲6に記載された事項(和訳は、特許異議申立人提出の翻訳文による。)
・「Taste interactions between salts(NaCl、LiCl、KCl、L-arginine:L-aspartic acid、Na-acetate and Na-gluconate) and bitter-tasting compounds(uera、quinine HCl、magnesium sulphate、KCl、amiloride HCl and caffeine) were investigated.・・・In most cases、perceived bitterness was suppressed by salts、although the degree of suppression varied.」(599頁Abstract)
(塩類(NaCl、LiCl、KCl、L-アルギニン、L-アスパラギン酸、酢酸ナトリウム、及びグルコン酸ナトリウム)と苦味化合物(尿素、塩酸キニーネ、硫酸マグネシウム、KCl、塩酸アミロライド及びカフェイン)の間の味の相互作用を調べた。・・・ほとんどの場合で、抑制の程度の違いはあったものの、知覚された苦味は塩類により抑制された。)
・「The goal of Experiment 1 of this paper was to compare the interactions of NaCl with several bitter-eliciting compounds that may have different transduction sequences.」(610頁左欄下から6?下から4行)
(本論文の実験1の目的は異なる伝達シーケンスを有する可能性があるいくつかの苦味誘起化合物とNaClとの相互作用を比較することであった。)
・「Quinine HCl(Figures 1a and 2a)
Bitterness:NaCl significantly suppressed the bitterness of quinine HCl、suppressing 41±11% of the maximum bitterness sensation.」(612頁右欄下から10?下から7行)
(塩酸キニーネ(図1a及び図2a)
苦味:NaClは塩酸キニーネの苦味を有意に抑制し、最大の苦味感覚の41±11%を抑制した。)
・「KCl(Figures 1e and 2e)
Bitterness:NaCl at all concentrations suppressed the bitterness of all concentrations of KCl.」(614頁右欄下から5?下から3行)
(塩化カリウム(図1e及び図2e)
苦味:すべての濃度のNaClはすべての濃度のKClの苦味を抑制した。)
c 甲7に記載された事項
・「甘味・うま味・塩味を添加してマスキング効果を検討するときには、0.125、0.25、0.5、1、2、4mM安息香酸デナトニウム溶液を二組作製し、片方にサッカリンNa、グルタミン酸Na、塩化ナトリウムを添加した.」(11頁右欄4?8行)
・「24時間絶水後に0.125?4mM安息香酸デナトニウム溶液を提示し、各溶液10秒間のリック数を計測した結果を図1aに示す.マウスは元来、苦味は嫌いであるが、飲水欲求とのバランスにより、安息香酸デナトニウム0.5mM程度の苦味までは積極的に摂取行動をとっていることが示されている.1mM以上では、濃度依存的にリック数が減少し、2?4mMでは忌避していると判断した.」(12頁左欄下から5行?右欄3行)
・「0.125?4mMの安息香酸デナトニウムに100mM塩化ナトリウムを添加した溶液を提示した場合のリック数を図1dに示す.塩化ナトリウム添加により1及び2mM安息香酸デナトニウム溶液でリック数の増加が認められ、リックカーブは高苦味濃度側へのシフトが見られた.リック数が最大値の半値を示す苦味濃度を比較することにより、100mM塩化ナトリウム添加は安息香酸デナトニウムの苦味を約46%弱めていると推算される.」(12頁右欄下から17?下から9行)
d 甲8に記載された事項
・「高甘味度甘味料は、甘味の付与および不快な味のマスキングを初めとする味の変調を行い、食品の完成度を高める目的のために使用されている場合がある。スクラロースについても次のような味質改善効果を期待できる。まず、マスキング効果(緩和する効果)として、苦味や酢カド(酢の刺激)、塩カド(塩味の刺激)、アルコールのバーニング感の緩和(焼けるような刺激)、豆臭(特に豆乳)等の粉っぽさを緩和する効果がある。」(59頁下から10?下から5行)
e 甲9に記載された事項
・「【請求項1】
スクラロースを含有することを特徴とする、渋味又は収斂味が抑制されたポリフェノールを含有する組成物。
・・・
【請求項3】
渋味又は収斂味を呈するポリフェノールに、スクラロースを併用することを特徴とする渋味又は収斂味を抑制する方法。」
・「【0003】
キニーネなどに代表される苦味は、舌上皮細胞上に存在するレセプターを介した反応であることが知られている。一方、例えば渋茶を口に含んだ場合に感じる渋味は、茶中のタンニンなどのポリフェノールが唾液中のタンパク質(プロリン・リッチ・プロテイン)と凝集体を形成し、これらが舌上皮や口腔内の上皮に存在する脂質二重層膜に沈殿することによる味刺激であることが報告されており・・・、苦味と渋味は全く異なる食味であることが知られている。」
・「【0011】
本発明に用いられるポリフェノールとしては、通常経口摂取するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、・・・酵素処理ルチン、・・・エンジュ・ソバ葉(ルチン)、・・・等が挙げられる。」
・「【0013】
スクラロースの含有量は、得られた製品の味の総合的なバランス等を考慮して、適宜調整することができるが、通常、ポリフェノール1重量部に対し、スクラロースを0.001?2重量部、更に好ましくは、0.003?1重量部添加することができる。」
イ 本件発明1について
(ア) 対比
本件発明1と甲4発明とを、その有する機能に照らして対比すると、甲4発明の「ルチン」、「スクラロース」及び「ぶどう糖」、「オリゴ糖」は、本件発明1の「ルチン」、「甘味料」、「オリゴ糖」に、それぞれ相当する。
甲4発明の「スクラロース、ぶどう糖、オリゴ糖等の甘味料」を配合することと、本件発明1の「(C)甘味料 ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%、及び(E)オリゴ糖 0.01?0.1質量% を含有し」、「成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであ」ることとは、「(C)甘味料」及び「(E)オリゴ糖」を含有し、「成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであ」る点で共通する。
そして、甲4発明のpHは「3.0以上」であるから、本件発明1のpHの値と重複するところがあり、「白ぶどう果汁入り飲料」が、非アルコール酸性飲料であることは明らかである。
そうすると、両者は、以下の点で一致し、相違する。
(一致点)
「次の成分(A)、(C)及び(E);
(A)ルチン
(C)甘味料、及び
(E)オリゴ糖
を含有し、
成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであり、かつ
pHが3?5. 4である、
非アルコール酸性飲料。」

(相違点)
本件発明1は、「成分(A)、(B)、(C)及び(E)」に関し、「(A)ルチン 0.0003?0.0009質量%」、「(B)塩化物イオン 0.0048?0.24質量%」、「(C)甘味料 ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%」、及び「(E)オリゴ糖 0.01?0.1質量%」を含有し、さらに「成分(A)と成分(B)との質量比 [(B)/(A)] が4?300であり」、「成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]が10?20であ」るのに対し、甲4発明は、ルチン、スクラロース、ぶどう糖及びオリゴ糖を含むものの、その含有量は不明で、さらに、塩化物イオンを含んでいない点。
(イ) 判断
前記相違点について検討するに、甲4発明は、白ぶどう果汁入り飲料における、保存中に経時的に発生する「ゴム臭」、「溶剤臭」といった異臭を抑制することを目的としたもので、ルチンを含有する酸性飲料における、喉に残るヒリヒリするような刺激感、酸味のキレの悪さ、といった点に着目したものではない。甲4には、その他、ルチン由来の味に関する課題について記載はない。
甲4発明においてルチン含有量を適宜調整できるとしても、甲4発明において、ルチン由来の味に関する課題があることを認識することは、当業者にとって困難である。甲4には、本件発明1よりも、ルチンの含有量が相当程度高い場合(実施例1(0.01%))であっても官能評価の結果は良好であった旨記載され(【0030】?【0035】)、ルチン由来の味に関する課題について特段認識されていない。仮に、本件発明1と同程度のルチン含有量(最大で0.0009質量%)とする場合には、苦味などの問題があるとはより一層認識し難いものと解される。
そして、食塩(塩化ナトリウム)は様々な種類の苦味化合物の苦味を抑制することが周知であると認められるが(甲5?7)、甲4において苦味を問題としておらず、甲5?7にルチンの苦味を抑制できることまでは示されていないから、甲4発明がルチンを含有することから、当然に食塩を含有させることが導かれるものとは認められない。
また、甲4発明はスクラロース等の甘味料を含有するが、ルチンの含有量との関係も含め、スクラロース等の甘味料の具体的な含有量について示唆は特段ない。高甘味度甘味料を、甘味の付与及び不快な味のマスキングをはじめとする味の変調を行う目的で使用することや、スクラロースが苦味を緩和し、特にポリフェノールの渋味や収斂味を抑制する作用があることが周知であるとしても(甲8、9)、スクラロース等の甘味料が、ルチンによる喉に残るヒリヒリするような刺激感、酸味のキレの悪さ、といった点に有効であるか不明であって、甲4発明において、スクラロース等の甘味料の含有量をルチン含有量との関係で本件発明1と同様の量に調整することは、当業者にとって容易ではない。
よって、甲4発明には、前記相違点に係る構成とするための動機付けが認められない。
これに対し、本件発明1は、前記相違点に係る構成を有することにより、「ルチンを含有するにも拘わらず、喉に残る刺激感が抑制され、かつ酸味のキレの良好な酸性飲料を提供することができる。」(本件特許明細書【0008】)といった顕著な効果を奏するものである。
そうすると、甲4発明において、前記相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到できたものとは認められない。
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲4発明及び甲5?9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
ウ 本件発明2?4、7?10について
本件発明2?4、7?10は、本件発明1を特定するための事項を全て含むものであるところ、既に述べたとおり、本件発明1は、甲4発明及び甲5?9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
よって、その余の事項を検討するまでもなく、本件発明2?4、7?10は、同様の理由により、甲4発明及び甲5?9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

3 なお、特許異議申立人は、本件訂正後の請求項3、7及び9の記載は、それぞれ、請求項1の記載と整合が取れていないから、訂正後の請求項3、7及び9の範囲は不明確であって、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないなどと主張している(意見書9?10頁)。
しかしながら、請求項3、7及び9において、引用する請求項1の記載を併せれば、請求項3の「成分(C1)」の含有量の上限、請求項7の「質量比[(E)/(A)]」の下限及び請求項9の「質量比[[(D)+(E)]/ (A) ]」の下限は、それぞれ、請求項1において特定された条件を満足する範囲を前提とするものであることは、明らかであるから、不明確なところはない。

第6 本件特許の請求項5、6についての特許異議の申立てについて
前記第2のとおり、本件訂正が認められるので、本件特許の請求項5、6についての特許異議の申立ては、その対象となる請求項が存在しないものとなった。
よって、本件特許の請求項5、6についての特許異議の申立ては、不適法であって、その補正をすることができないものであることから、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により、却下すべきものである。

第7 むすび
以上のとおり、本件の請求項1?4、7?10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号及び第2号、第29条第2項の規定に違反してされたものとは認められないから、前記取消理由及び特許異議申立ての理由により取り消すことはできない。
また、他に本件の請求項1?4、7?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件特許の請求項5及び6についての特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分(A)、(B)、(C)及び(E);
(A)ルチン 0.0003?0.0009質量%、
(B)塩化物イオン 0.0048?0.24質量%、
(C)甘味料 ショ糖甘味換算濃度で3?8質量%、及び
(E)オリゴ糖 0.01?0.1質量%
を含有し、
成分(A)と成分(B)との質量比[(B)/(A)]が4?300であり、
成分(B)と成分(E)との質量比[(E)/(B)]が10?20であり、
成分(C)がぶどう糖及び(C1)スクラロースであり、かつ
pHが2?5.4である、
非アルコール酸性飲料。
【請求項2】
容器詰酸性飲料である、請求項1記載の酸性飲料。
【請求項3】
成分(C1)の含有量が0.0001?5質量%である、請求項1又は2に記載の酸性飲料。
【請求項4】
成分(A)と成分(C1)との質量比[(C1)/(A)]が1?100である、請求項1?3のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
成分(A)と成分(E)との質量比[(E)/(A)]が1?200である、請求項1?4のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項8】
更に成分(D)としてグリセリンを含有する、請求項1?4及び7のいずれか1項に記載の酸性飲料。
【請求項9】
成分(A)と、成分(D)及び成分(E)の総和との質量比[[(D)+(E)]/(A)]が1?200である、請求項8記載の酸性飲料。
【請求項10】
成分(B)と、成分(D)及び成分(E)の総和との質量比[[(D)+(E)]/(B)]が1?100である、請求項8又は9に記載の酸性飲料。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-06-08 
出願番号 特願2016-212658(P2016-212658)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23L)
P 1 651・ 537- YAA (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川合 理恵  
特許庁審判長 紀本 孝
特許庁審判官 山崎 勝司
窪田 治彦
登録日 2017-04-07 
登録番号 特許第6121608号(P6121608)
権利者 花王株式会社
発明の名称 酸性飲料  
代理人 特許業務法人アルガ特許事務所  
代理人 特許業務法人アルガ特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ