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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1343376
審判番号 不服2017-14469  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-09-29 
確定日 2018-09-04 
事件の表示 特願2013- 11282「二相ステンレス鋼材および二相ステンレス鋼管」拒絶査定不服審判事件〔平成25年12月19日出願公開、特開2013-253315、請求項の数(5)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年 1月24日(優先権主張 平成24年 5月 7日)の出願であって、平成28年 7月20日付けで拒絶理由が通知され、同年 9月29日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成29年 1月18日付けで拒絶理由が通知され、同年 3月22日付けで意見書が提出され、同年 7月10日付けで拒絶査定がされ、同年 9月29日付けで拒絶査定不服審判が請求されたものである。
その後、平成30年 3月30日付けで当審により拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年 4月26日付けで意見書及び手続補正書が提出された。


第2 本願発明
本願請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」ということがあり、これらをまとめて「本願発明」ということがある。)は、平成30年 4月26日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される発明であり、具体的には以下のとおりである。

「 【請求項1】
フェライト相とオーステナイト相とからなる二相ステンレス鋼材であって、前記二相ステンレス鋼材の成分組成は、
C :0.10質量%以下、
Si:0.1?2.0質量%、
Mn:0.1?2.0質量%、
P :0.05質量%以下、
S :0.030質量%以下、
Al:0.005?0.050質量%、
Cr:18.0?29.0質量%、
Ni:1.0?10.0質量%、
Mo:2.5?6.0質量%、
Sn:0.001?0.30質量%、
N :0.16?0.50質量%、かつ、
前記N量と前記Sn量との質量比(N/Sn)が20?400であって、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、前記Snが固溶していることを特徴とする二相ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに、
Cu:0.1?2.0質量%、
Co:0.1?2.0質量%、
W :0.1?6.0質量%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記成分組成は、さらに、
Mg:0.0005?0.020質量%、
Ca:0.0005?0.020質量%
の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の二相ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記成分組成は、さらに、
Ti:0.01?0.50質量%、
Zr:0.01?0.50質量%、
V :0.01?0.50質量%、
Nb:0.01?0.50質量%、
B :0.0005?0.010質量%
よりなる群から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の二相ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の二相ステンレス鋼材からなることを特徴とする二相ステンレス鋼管。」


第3 原査定の概要
原査定(平成29年 7月10日付け拒絶査定)は、引用文献1、3、5?8のそれぞれを主たる引用文献として本願発明の進歩性を否定したものであり、具体的には、以下の二つの理由からなる。

(引用文献1を主たる引用文献とした理由)
本願請求項1、2、5に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2,11,14に記載された公知・周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本願請求項2?5に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2?5,11,14に記載された公知・周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(引用文献3、5?8のいずれかを主たる引用文献とした理由)
本願請求項1?5に係る発明は、引用文献3,5?8に記載された発明及び引用文献11,14に記載された公知・周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1.特開昭62-267452号公報
2.特開2007-146202号公報
3.特開平5-302150号公報
4.特表2005-520934号公報
5.特開2004-360035号公報
6.国際公開第2008/117680号
7.特開2008-214713号公報
8.特開2007-301601号公報
11.鉄鋼リサイクル白書 ?地球環境と共存する鉄鋼?,社団法人日本鉄鋼協会,1994年 3月25日,p.59-62
14.国際公開第2010/082395号


第4 当審拒絶理由について
当審拒絶理由は、「本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」というものであって、具体的には以下のとおりである。

本願発明の解決しようとする課題(以下、単に「本願課題」という。)は、発明の詳細な説明の段落【0008】に記載されているように、「塩化物、硫化水素、炭酸ガスなどの腐食性物質を含有する環境において良好な耐食性を発現する二相ステンレス鋼材および二相ステンレス鋼管を提供する」ことであると認められる。
そして、発明の詳細な説明の記載によれば、二相ステンレス鋼材が、所定量のSnを含有し、所定範囲のN/Snを満足していることに加えて、Snが固溶していることによって、塩化物、硫化水素、炭酸ガスなどの腐食性物質を含有する環境において良好な耐食性を発現する二相ステンレス鋼材となり、本願課題を解決し得ることが把握でき、実施例においてもそのことが裏付けられている。
一方、本願請求項1?5には、所定量のSnを含有し、所定範囲のN/Snを満足していることは特定されているが、Snが固溶していることについては特定されていないから、課題解決手段として必須の事項が特定されていないものである。
したがって、請求項1?5に係る発明は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであり、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっているから、請求項1?5に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。


第5 引用文献、引用発明等
1 引用文献1について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献1には、以下の事項が記載されている。

「【特許請求の範囲】
(1)重量%で、C:0.03%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、Cr:18.0?30.0%、Ni:5.0?12.0%、Mo:1.5?5.0%、N:0.10?0.30%、残部:Fe及び不可避的不純物からなるステンレス鋼であって、且つ
N(%)≧(1/30)×(%Ni)-(1/10)
および
12.0≦F値≦16.0
〔但し、F値=Cr当量-Ni当量であり、
Cr当量=%Cr+%Mo+4×%Si
Ni当量=1.5×%Ni+30×(%C+%N)+0.5×%Mnである〕
の関係を満足する組成を有する溶接部の耐食性に優れた二相ステンレス鋼。」

「〔産業上の利用分野〕
本発明は溶接部の耐食性に優れたフェライトとオーステナイトの二相からなるステンレス鋼に関するものである。より詳しくは、海水あるいは塩化物等の環境下において優れた耐食性を示し、特に溶接構造物として溶接施工を伴う場合の溶接金属および溶接熱影響部においても耐食性の劣下が少ない溶接用二相ステンレス鋼に関するものである。」(第2頁左上欄第9行?第17行)

「Sn:SnはCuとの共存において耐隙間腐食性を向上させる。その効果は0.02%以上の添加において得られるが、0.10%を越えると熱間加工性を害するのでその上限を0.10%とする。」(第3頁右下欄第13行?第16行)





(2)引用文献1のNo.Lの鋼に着目すると、引用文献1には以下の引用発明1が記載されているといえる。
[引用発明1]
「重量%で、C:0.015%、Si:0.54%、Mn:0.47%、Ni:7.55%、Cr:24.68%、Mo:3.01%、N:0.19%、残部:Fe及び不可避的不純物からなる、二相ステンレス鋼」

2 引用文献2について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献2には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.5%以下、Mn:2.0%以下、P:0.04%以下、S:0.003%以下、Cr:26.0%以上で28.0%未満、Ni:6.0?12.0%、Mo:0.2?1.7%、W:2.0%を超え3.0%まで、およびN:0.07%を超えて0.30%までを含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物としてのCuが0.3%以下で、下記(1)式を満たすことを特徴とする尿素製造プラント用二相ステンレス鋼。
Cr^(2)×(N-0.005Ni)-170≦0 ・・・・(1)
ただし、式中のCr、NおよびNiは、それぞれの含有量(質量%)を意味する。」

「【0040】
P:0.04%以下
Pは、鋼の熱間加工性や機械的性質に悪影響を及ぼす不純物である。さらにステンレス鋼では粒界偏析によって耐食性を低下させる。0.04%は不純物としての許容上限であり、これ以下で、できるだけ少ない方がよい。」

「【0041】
S:0.003%以下
Sも鋼の加工性その他に悪影響を及ぼす不純物である。また、Pと同じく粒界偏析によってステンレス鋼の耐食性を損なう。従って、Sの含有量は0.003%以下で可能なかぎり少ない方がよい。」

「【0053】
本発明鋼の不純物の中で、Alは0.05%以下、O(酸素)は0.01%以下であるのが望ましい。Alは、酸化物を生成し、これが鋼中に残存して耐食性を低下させる。従って、Alの含有量は、0.05%以下でできるだけ少ないのが望ましい。また、酸素は、アルミナ等の酸化物系介在物を生成し、二相ステンレス鋼の加工性および耐食性を低下させるので、0.01%以下とするのが望ましい。」


3 引用文献3について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献3には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】 重量%で、
C ≦0.03%、
Si≦1.0%、
Mn≦1.5%、
P ≦0.03%、
S ≦0.0015%、
Cr:24.0?26.0%、
Ni:9.0?13.0%、
Mo:4.0?5.0%、
N :0.03?0.20%、
Al:0.01?0.04%、
O ≦0.005%、
Ca:0.001?0.005%を含有し、
残部が実質的にFeからなる耐硫化水素(H_(2) S)腐食性に優れた2相ステンレス鋼。」

「【表1】



(2)引用文献3のNo.A2に着目すると、引用文献3には以下の引用発明3が記載されているといえる。
[引用発明3]
「重量%で、C:0.020%、Si:0.5%、Mn:1.1%、P:0.021%、S:0.0007%、Cr:24.2%、Ni:9.4%、Mo:4.7%、N:0.17%、Al:0.025%、O:0.0024%、Ca:0.0024%を含有し、残部が実質的にFeからなる、2相ステンレス鋼」


4 引用文献4について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献4には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
重量%で、Cr:21.0%?38.0%、Ni:3.0%?12.0%、Mo:1.5%?6.5%、W:0?6.5%、Si:3.0%以下、Mn:8.0%以下、N:0.2%?0.7%、C:0.1%以下、Ba:0.0001?0.6%、残りは鉄と不可避的不純物からなり、
下記式(1)で定義される孔食抵抗当量指数PREWが40≦PREW≦67を満足する、金属間相の形成が抑制された耐食性、耐脆化性、鋳造性及び熱間加工性に優れたスーパー二相ステンレス鋼。
PREW=重量%Cr+3.3(重量%Mo+0.5重量%W)+30重量%N--------(1)」

「【請求項10】
前記鋼が、さらにCa:0.5%以下、Mg:0.5%以下、Al:1.0%以下、Ta:0.5%以下、Nb:0.5%以下、Ti:1.5%以下、Zr:1.0%以下、Sn:1.0%以下及びIn:1.0%以下からなる群から選択される一種以上の元素を含有する、請求項1?4の何れか一項に記載の金属間相の形成が抑制された耐食性、耐脆化性、鋳造性及び熱間加工性に優れたスーパー二相ステンレス鋼。」

「【0001】
本発明は、高耐食性二相ステンレス鋼に関し、より詳しくは、高耐食性二相ステンレス鋼の製造(鋳造、熱間圧延または溶接)時に生成される、脆いシグマ(σ)相、カイ(χ)相などの金属間相の形成を抑えることにより、高耐食性を維持しつつ、より優れた耐脆化性、鋳造性及び熱間加工性を有するスーパー二相ステンレス鋼に関する。」

「【0069】
マグネシウム(Mg):0.5%以下、タンタル(Ta):0.5%以下、ニオビウム(Nb):0.5%以下、ジルコニウム(Zr):1.0%以下、スズ(Sn):1.0%以下、インジウム(In):1.0%以下
既に本発明者等によって明らかにしたように、Fe、Cr、Mo、Wに比べて原子半径の大きいCa(1.97Å)、Al(1.43Å)、Ti(1.47Å)以外に、Mg(1.6Å)、Ta(1.43Å)、Nb(1.43Å)、Zr(1.62Å)、Sn(1.51Å)、In(1.68Å)はσ相及びχ相の形成を抑制するのに効果的であるので、Mg0.5%以下、Ta0.5%以下、Nb0.5%以下、Zn1.0%以下、Sn1.0%以下、In1.0%以下の範囲で添加することができる。」


5 引用文献5について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献5には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
質量%で、
C:≦0.03%、
Si:0.15?1.00%、
Mn:0.15?1.50%、
P:≦0.035%、
S:≦0.010%、
Ni:3?6.5%、
Cr:21?27%、
Mo:1?3.5%、
N:0.1?0.2%、
Al:0.004?0.040%、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、かつ、γ率:0.30?0.65、B:B_(cal) -5?B_(cal) +5ppmを満足することを特徴とする耐応力腐食割れ性に優れた二相系ステンレス鋼。
ただし、B_(cal) =20/{N_(cal) (γ)×Ni_(cal) (γ)}
N_(cal) (γ)={N%-(1-γ率)×N_(cal) (α)}/γ率
Ni_(cal) (γ)=1.24×Ni%
N_(cal) (α)=0.005×Cr_(cal) (α)-0.0595
Cr_(cal) (α)=(0.21×γ率+0.9563)×Cr%
なお、B_(cal) はB添加含有量最適値(ppm)
N_(cal) (γ)はγ相中のN量近似計算値(%)
Ni_(cal) (γ)はγ相中のNi量近似計算値(%)
N_(cal) (α)はα相中のN量近似計算値(%)
Cr_(cal) (α)はα相中のCr量近似計算値(%)」

「【表1】



(2)引用文献5のNo.6の鋼(ここで、Bの13ppmは0.0013質量%に換算される)に注目すると、引用文献5には、以下の引用発明5が記載されているといえる。
[引用発明5]
「質量%で、C:0.02%、Si:0.45%、Mn:0.80%、P:0.02%、S:0.002%、Ni:6.1%、Cr:25.4%、Mo:3.2%、N:0.18%、Al:0.021%、B:0.0013%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、二相系ステンレス鋼。」


6 引用文献6について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献6には、以下の事項が記載されている。
「請求の範囲
[1]
坑井内で拡管される拡管用油井管であって、
質量%で、C:0.005?0.03%、Si:0.1?1.0%、Mn:0.2?2.0%、P:0.04%以下、S:0.015%以下、Cr:18.0?27.0%、Ni:4.0?9.0%、Al:0.040%以下、N:0.05?0.40%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、オーステナイト率が40?90%である組織とを有する2相ステンレス鋼からなり、276MPa?655MPaの降伏強度を有し、20%よりも大きい一様伸びを有することを特徴とする拡管用油井管。」

「[3]
請求項1又は請求項2に記載の拡管用油井管であって、
前記2相ステンレス鋼はさらに、
Mo:4.0%以下及びW:5.0%以下からなる群から選ばれる1種又は2種を含有することを特徴とする拡管用油井管。」

「【表1】






(表1の化学組成の部分のみを拡大)


(2)引用文献6の試験番号7の鋼に着目すると、引用文献6には、以下の引用発明6が記載されているといえる。
[引用発明6]
「質量%で、C:0.020%、Si:0.48%、Mn:1.51%、P:0.022%、S:0.0011%、Cr:22.39%、Ni:5.74%、Al:0.034%、N:0.1650%、Mo:3.20%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、オーステナイト率が55%である組織とを有する2相ステンレス鋼。」


7 引用文献7について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献7には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
質量%で、C:0.05%以下、Si:0.10?1.00%、Mn:0.1?1.5%、Cr:20.0?30.0%、Ni:5.0?11.0%、Mo:2.5?4.0%、Al:0.001?0.100%およびN:0.05?0.50%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のSが0.010%以下、Pが0.040%以下であって、ビレット半径をR0、ビレット横断面において中心から任意の偏析部の位置までの距離をR、該任意の偏析部の位置でのMoの偏析度をSとしたとき、R_(0)、RおよびSが下記(1)式で表される関係を満足することを特徴とする継目無鋼管用ビレット。
S-〔2/{(R^(2)/R_(0)^(2))×100}〕-1≦0 ・・・・(1)
【請求項2】
質量%で、C:0.05%以下、Si:0.10?1.00%、Mn:0.1?1.5%、Cr:20.0?30.0%、Ni:5.0?11.0%、Mo:2.5?4.0%、Al:0.001?0.100%およびN:0.05?0.50%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のSが0.010%以下、Pが0.040%以下であって、ビレット半径をR0、穴繰り加工されたビレット横断面において中心から任意の偏析部の位置までの距離をR、該任意の偏析部の位置でのMoの偏析度をS、穴繰り半径をXとしたとき、R_(0)、R、SおよびXが下記(2)式で表される関係を満足することを特徴とする継目無鋼管用ビレット。
S-〔2/{(R^(2)-X^(2))/(R_(0)^(2)-X^(2))×100}〕-1≦0 ・・・・(2)
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、質量%で、Cu:0.1?2.0%、W:0.1?3.0%、Nb:0.005?0.20%、V:0.05?0.30%、Ti:0.005?0.030%およびB:0.0005?0.0050%のうちの1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の継目無鋼管用ビレット。
【請求項4】
前記Feの一部に代えて、さらに、質量%で、Ca:0.0001?0.0060%を含有することを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の継目無鋼管用ビレット。
【請求項5】
請求項1?4のいずれか1項に記載の継目無鋼管用ビレットを用いて製造された継目無鋼管。」

「【0002】
ステンレス鋼に代表されるCr含有鋼は、継目無鋼管の素材として各種の鋼製品用途に広く使用されている。とりわけ、二相ステンレス鋼は、耐食性、溶接性など、特に耐海水腐食性および強度に優れていることから、海底で使用されるラインパイプ、油井管などとして広く用いられている。」

「【0040】
Cr:20.0?30.0%
Crは、フェライト相を安定化させる作用を有する元素であり、その含有率が20%未満では、二相ステンレスとして必要な鋼組織が得られず、十分な耐食性を確保できない。一方、その含有率が30.0%を超えて高くなると、金属間化合物の析出が顕著になり、耐食性のみならず、熱間加工性や溶接性も劣化する。このため、Cr含有率は20.0?30.0%の範囲とした。なお、Cr含有率の好ましい範囲は22.0?27.0%である。」

「【0041】
Ni:5.0?11.0%
Niは、オーステナイト相を安定化させる作用を有する元素であり、その含有率が5.0%未満では、鋼組織中のフェライト量が多くなりすぎて、二相ステンレス鋼としての特徴が消失する。フェライト相が多くなると窒化物が析出しやすくなり耐食性が劣化する。一方、Ni含有率が11.0%を超えて高くなると、フェライト相が少なくなり、二相ステンレス鋼としての特徴が薄れる。また、金属間化合物が析出し、靭性や加工性を損なうことになる。このため、Ni含有率は5.0?11.0%の範囲とした。Ni含有率の好ましい範囲は5.0?10.0%である。」

「【表1】



(2)引用文献7の試験番号1の鋼に着目すると、引用文献7には、以下の引用発明7が記載されているといえる。
[引用発明7]
「質量%で、C:0.02%、Si:0.35%、Mn:0.18%、P:0.024%、S:0.0003%、Cr:24.90%、Ni:6.66%、Mo:3.08%、Al:0.016%、N:0.2715%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、二相ステンレス鋼である、継目無鋼管用ビレット。」

8 引用文献8について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献8には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
質量%で、
C:0.04%以下、Si:0.10?1.00%、Mn:0.1?1.5%、Cr:20.0?30.0%、Ni:5.0?11.0%、Mo:0.5?6.0%、Al:0.001?0.05%、N:0.2?0.5%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
不純物中のSが0.010%以下、Pが0.030%以下である鋼を鋳造する方法であって、
鋼中の拡散性水素の含有量(質量%)、窒素の含有量(質量%)、Crの含有量(質量%)を、[%H]、[%N]および[%Cr]と、鋳造に使用する鋳型の鋳型内面の横断面積(m^(2))をAとした場合、
これら拡散性水素の含有量と、窒素の含有量と、Crの含有量と、前記横断面積Aとの関係が、
0.16log[%H]+log[%N]≦0.05[%Cr]-0.34A-2.208
を満たす条件で鋳造することを特徴とするCr含有鋼の鋳造方法。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Cu:0.1?2.0%、W:0.1?3.0%、Nb:0.005?0.2%、V:0.08?0.3%、Ti:0.005?0.030%、およびB:0.0005?0.0050%のうちの1種以上を含有する鋼を鋳造することを特徴とする請求項1に記載のCr含有鋼の鋳造方法。
【請求項3】
さらに、Ca:0.0001?0.0060質量%を含有する鋼を鋳造することを特徴とする請求項1または2に記載のCr含有鋼の鋳造方法。」

「【0001】
本発明は、例えば継目無鋼管の素材となるステンレス鋼等のCr含有鋼を鋳造する方法に関するもので、特に外面疵の原因となるブローホールを抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼に代表されるCr含有鋼は、継目無鋼管をはじめとして各種の鋼製品用の素材として広く使用されている。その素材としては、連続鋳造あるいはインゴット鋳造等によって製造された鋼片がそのまま使用されるか、あるいは1100℃以上に加熱して熱間加工を施したものが使用される。
【0003】
Cr含有鋼を素材として継目無鋼管等を製造した場合、普通鋼を素材とする場合に比べて、外面疵が発生する場合が多い。一方、ユーザーからの表面品質に対する要求レベルは年々高くなりつつあり、その低減が不可欠となっている。
【0004】
外面疵発生の原因は様々であるが、Cr含有鋼を使用することが多いラインパイプ用や油井用の鋼管等においては、耐食性の向上等を目的として添加される窒素(N)が欠陥の主な原因である。」

「【0017】
発明者らは、溶鋼中における窒素や水素がブローホール発生に相互に影響をおよぼすことを見出した。そして、種々実験を行った結果、外面疵の原因となるブローホールを抑制するために、従来にはその概念が無かった溶鋼中における窒素と水素の含有量の相互に影響を及ぼす関係を見出した。さらに前記窒素と水素の含有量、溶鋼中のCr含有量、鋳型内面の横断面積の関係を定量的に導き出した。」

「【表1】



「【表2】





(2)引用文献8の鋼種1の鋼に着目すると、引用文献8には、以下の引用発明8が記載されているといえる。
[引用発明8]
「質量%で、C:0.02%、Si:0.29%、Mn:0.45%、P:0.024%、S:0.001%、Cr:25.04%、Ni:6.78%、Mo:3.15%、Al:0.008%、N:0.2903%、H:0.00066%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる、2相ステンレス鋼。」

9 引用文献11について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献11には、以下の事項が記載されている。


」(第61頁第7行?最終行)



」(第62頁)


10 引用文献14について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献14には、以下の事項が記載されている。
「[0029]
なお、本発明に用いる二相ステンレス鋼材の化学組成において、残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、二相ステンレス鋼管を工業的に製造する際に、鉱石あるいはスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを指す。」


第6 引用発明1、3、5?8のそれぞれを主たる引用発明とした場合の本願発明の進歩性の判断
以下においては、技術常識に鑑み、「重量%」と「質量%」とが、同じ意味の用語であるとして、検討を行う。
1 引用発明1を主たる引用発明とした場合について
(1)本願発明1との対比
ア 引用発明1は「二相ステンレス鋼」であるから、本願発明1とは「二相ステンレス鋼材」である点で共通するといえる。

イ また、引用発明1が含有する成分のうち、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo及びNの成分組成については、本願発明1で規定される成分組成の範囲内に包含される。

ウ したがって、両発明は、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
(一致点)
「フェライト相とオーステナイト相とからなる二相ステンレス鋼材であって、前記二相ステンレス鋼材の成分組成は、
C :0.015質量%、
Si:0.54質量%、
Mn:0.47質量%、
Cr:24.68質量%、
Ni:7.55質量%、
Mo:3.01質量%、
N :0.19質量%
を含有する、二相ステンレス鋼材。」

(相違点1)
「二相ステンレス鋼材」の成分組成に関し、本願発明1は、上記一致点に示した各成分に加えて、「P :0.05質量%以下、」、「S :0.030質量%以下」、「Al:0.005?0.050質量%」及び「Sn:0.001?0.30質量%」を含有し「残部がFeおよび不可避的不純物からな」るものであり、かつ、「N/Sn」が「20?400」であるのに対し、引用発明1は上記一致点に示した成分を含有し「残部」が「Fe及び不可避的不純物からな」るものであり、「P」、「S」、「Al」及び「Sn」について特定がなく、「N/Sn」についても特定がない点

(相違点2)
「二相ステンレス鋼材」における「Sn」に関し、本願発明1は「Snが固溶している」のに対し、引用発明1は「Sn」の固溶について特定がない点

(2)相違点についての判断
ア 原査定で引用された引用文献のうち、Snについて記載があるのは引用文献1、4、11である。
引用発明1において、これらの文献の記載に基づき、相違点1に係る構成のうち、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項(以下、この二つの事項を合わせて、「Snに関する事項」ということがある)を、当業者が容易に想到し得たといえるかどうかについて、検討を行う。

イ 引用文献1の表1によれば、試料No.LのSnの欄は「-」となっているから、引用発明1はSnを有意には含有しないものと解される。
ここで、引用発明1が含有する「N」の量は0.19重量%であるから、引用発明1において、本願発明1に特定される「N/Sn」が「20?400」であるとの事項を当業者が容易に想到し得たというためには、「Sn」を含有しない引用発明1に対し、更に、「Sn」を、「0.000475重量%」(0.19÷400から算出)以上で、「0.0095重量%」(0.19÷20から算出)以下という範囲内のものとして含有させることを容易に想到し得たといえなければならない。
そして、本願発明1に特定される「Sn:0.001?0.30質量%」との事項によれば、本願発明1は、前記「0.000475重量%」より大きい数値である「0.001質量%」を、Snの下限値として特定していることになる。
そうすると、結局、引用発明1において、相違点1に係る構成のうちの「Snに関する事項」を容易に想到し得たというためには、「Sn」を含有しない引用発明1に対し、更に、「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを容易に想到し得たといえなければならない。
そこで、以下においては、引用文献1、4、11の記載に基づき、「Sn」を含有しない引用発明1に対し、更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることで相違点1に係る構成のうちの「Snに関する事項」を容易に想到し得たかどうかについて検討する。

ウ まず、引用文献1の記載から検討する。
「Sn」に関し、引用文献1には、「SnはCuとの共存において耐隙間腐食性を向上させる」ものであって、「その効果は0.02%以上の添加において得られる」と記載されているが、引用文献1には、「0.001?0.0095重量%」という、0.02重量%に比較して少量のSnを添加することは記載も示唆もなされていない。
したがって、引用文献1の記載に基づき、引用発明1に対し更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、相違点1に係る構成のうちの「Snに関する事項」を容易に想到し得たということはできない。

エ 次に、引用文献11の記載から検討する。
引用文献11の表1.3-6には電気炉特殊鋼や高炉製品に含有されるSnの量が記載されており、高炉製品では0.001?0.003%、電気炉特殊鋼では0.004?0.011%であるとされているが、引用文献11には「表1.3-6は、電気炉普通鋼(形鋼、棒鋼)と特殊鋼、高炉製品の銅、スズ含有量の比較を示す。これらの電気炉普通鋼では平均的にみて銅で0.3%以上、スズで0.015%以上は含まれている。これらは再びスクラップとしてリサイクルされるので不純物元素の濃化が進むことになる。」と記載されていることからみて、引用文献11の表1.3-6は、単に、各種鋼が平均的に含んでいるSnの量を示したにすぎない。そのため、引用文献11の表1.3-6の記載を根拠として、ある具体的な二相ステンレス鋼材が含有するSnの量を特定することまではできない。すなわち、ある具体的な高炉製品が、引用文献11の表1.3-6の「高炉製品」の欄に示される量のSnを含有しているとは限らず、また、ある具体的な電気炉製品が、当該表1.3-6の「電気炉製品」の欄に示される量のSnを含有しているとは限らない。さらに、高炉製品のスクラップを原料として製造されるある製品が、当該表1.3-6の「高炉製品」の欄に示される量のSnを含有しているとは限らず、また、電気炉製品のスクラップを原料として製造されるある製品が、当該表1.3-6の「電気炉製品」の欄に示される量のSnを含有しているとは限らない。
したがって、引用文献11の記載は、ある具体的な二相ステンレス鋼材である引用発明1が、引用文献11の表1.3-6に記載されている量のSnを含有しているという根拠とはならない。
また、引用文献11の表1.3-6は、単に各種鋼が平均的に含んでいるSnの量を示したに過ぎないから、引用文献11の記載を参照した当業者が、引用発明1の二相ステンレス鋼材に対し、引用文献11の表1.3-6に記載されている量のSnを積極的に添加しようとする動機付けもない。
したがって、引用文献11の記載に基づき、引用発明1に対し更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、相違点1に係る構成のうちの「Snに関する事項」を容易に想到し得たということはできない。

オ 次に、引用文献4の記載から検討する。
引用文献4には、高耐食性二相ステンレス鋼において、Snが、脆いシグマ(σ)相、カイ(χ)相の形成を抑制することが効果的であるので、Snを「1.0%以下」(重量%)の範囲で添加することができることが記載されているが、引用文献4に記載される「1.0%以下」とは、単に上限だけが特定された広い範囲を示すものであって、「Sn」を含有しない引用発明1に対し、更に、「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを容易に想到し得たことを根拠付けるものではない。
したがって、引用文献4の記載に基づき、引用発明1に対し更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、相違点1に係る構成のうちの「Snに関する事項」を容易に想到し得たということはできない。

カ 上記イ?オの検討のとおり、Snについて記載がある引用文献1、4、11の記載を総合したとしても、引用発明1に対し更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、引用発明1において、相違点1に係る構成のうち、少なくとも、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項については、当業者が容易に想到し得たものではない。

キ また、上記イ?カの検討では、引用発明1の「N:0.19%」を変化させないことを前提とした。ここで、引用発明1のNの含有量を「0.19%」から変化させることが当業者が容易になし得たことを仮定したとしても、原査定で引用されたいずれの引用文献にも、Snの含有量をNの含有量との関係で相対的に規定することを示唆する記載はないから、引用発明1において、「Sn」を含有させると同時に「N/Sn」を「20?400」の数値範囲内のものとなるように「N」の含有量を変化させることまでは、当業者が容易に想到し得たものではない。

ク そして、技術常識を考慮したとしても、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項を当業者が容易に想到し得たものであるといえる根拠は存在しない。

ケ さらに、Snに関する相違点2の点についても検討を加えると、いずれの引用文献にも「Sn」の「固溶」に関し記載も示唆もなされていないから、引用発明1において、「Snが固溶している」との事項についても、当業者が容易に想到し得たものではない。

(3)本願発明1の効果について
本願発明1は、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を発明特定事項として備えるものであるところ、当該各発明特定事項に関連し、本願明細書の段落【0011】によれば、「所定量のSnを含有すると共に、所定範囲のN/Snを満足し、このSnが固溶することによって、Feの溶解反応が促進されて、Crの酸化物皮膜が形成されやすくなる。その結果、フェライト相とオーステナイト相との界面においても不働態皮膜が形成しやすくなり、しかもその安定性が高まるため、局部腐食を大幅に抑制できる。また、二相ステンレス鋼材は、不働態皮膜が局所的に破壊された場合にも、固溶Snの作用により不働態皮膜が再生されやすく、結果として不働態皮膜の安定性が高まる。」と記載されている。
このような作用機序により、二相ステンレス鋼材の局部腐食を大幅に抑制でき、また、不働体皮膜の安定性が高まることについては、いずれの引用文献にも記載されておらず、技術常識から明らかな効果でもないから、上記各発明特定事項を備える本願発明1は、当業者にとって予測し得ない効果を奏するものである。

(4)引用発明1を主たる引用発明とした場合についての小括
以上によれば、本願発明1は、相違点1に関する他の事項について検討するまでもなく、引用発明1を主たる引用発明とした場合に、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。
そして、本願発明2?5は、本願発明1と同様に、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を特定しているから、本願発明1と同じ理由で、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。


2 引用発明3、5?8を主たる引用発明とした場合について
(1)本願発明1との対比
引用発明3、5?8に関しては、審決が冗長になることを避けるために、共通する事項についてひとまとめにして、本願発明1と対比することとする。
引用発明3、5?8の各発明と、本願発明1とは、「二相ステンレス鋼」である点で共通する。
また、引用発明3、5?8の各発明は、成分組成からみて、いずれもSnを含有しないものである。
そのため、本願発明1と、引用発明3、5?8の各発明とを対比すると、少なくとも以下の点で相違する。

(相違点3)
「二相ステンレス鋼材」における「Sn」に関し、本願発明1は「Snに関する事項」(すなわち「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項)を備えるのに対し、引用発明3、5?8の各発明は、いずれも、前記「Snに関する事項」を備えていない点
(相違点4)
「二相ステンレス鋼材」における「Sn」に関し、本願発明1は「Snが固溶している」のに対し、引用発明3、5?8の各発明は「Sn」の固溶について特定がない点

(2)相違点についての判断
ア 引用発明3、5?8のNの含有量の数値と、Nの含有量÷400の数値と、Nの含有量÷20の数値をまとめると、以下のとおりである(Nは重量%又は質量%である。)。
N Nの含有量÷400 Nの含有量÷20
引用発明3 0.17% 0.000425 0.0085
引用発明5 0.18% 0.00045 0.009
引用発明6 0.1650% 0.0004125 0.00825
引用発明7 0.2715% 0.0006788 0.01358
引用発明8 0.2903% 0.0007258 0.01452

そして、本願発明1に特定される「Sn:0.001?0.30質量%」との事項によって、「0.001質量%」がSnの下限値として特定されていることを踏まえると、結局、引用発明3、5?8のいずれかにおいて、相違点3に係る「Snに関する事項」を容易に想到し得たというためには、「Sn」を含有しない引用発明3、5?8に対し、更に「Sn」を、「0.001質量%」以上で、かつ、上記の「Nの含有量÷20」の欄に記載の数値以下(例えば引用発明3なら0.0085質量%以下)という範囲内のものとして含有させることを容易に想到し得たといえなければならない。

イ ところで、前記1(2)イ?カでは、Snについて記載がある引用文献1、4、11の記載を総合したとしても、Snを含有しない引用発明1に対し、更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、引用発明1において、相違点1に係る構成のうち、少なくとも、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項については、当業者が容易に想到し得たものではない、と判断した。
この判断と同様の理由で、Snを含有しない引用発明3、5?8に対し、更に「Sn」を、「0.001質量%」以上で、上記の「Nの含有量÷20」の欄に記載の数値以下という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえず、そのため、引用発明3、5?8の各引用発明において、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項については、当業者が容易に想到し得たものではない。

ウ また、前記1(2)キでは、引用発明1のNの含有量を「0.19%」から変化させることが当業者が容易になし得たことを仮定したとしても、引用発明1において、「Sn」を含有させると同時に「N/Sn」を「20?400」の数値範囲内のものとなるように「N」の含有量を変化させることまでは、当業者が容易に想到し得たものではない、と判断した。
この判断と同様の理由で、引用発明3、5?8の各引用発明において、「Sn」を含有させると同時に「N/Sn」を「20?400」の数値範囲内のものとなるように「N」の含有量を変化させることまでは、当業者が容易に想到し得たものではない。

エ そして、技術常識を考慮したとしても、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、及び「N/Sn」が「20?400」であるとの事項を当業者が容易に想到し得たものであるといえる根拠は存在しない。

オ さらに、相違点4の点についても、前記1(2)ケでは、引用発明1において、「Snが固溶している」との事項についても当業者が容易に想到し得たものではない、と判断した。
この判断と同様の理由で、引用発明3、5?8の各引用発明において、「Snが固溶している」との事項を、当業者が容易に想到し得たものではない。

(3)引用発明3、5?8を主たる引用発明とした場合についての小括
以上によれば、本願発明1は、相違点3及び相違点4以外の他の相違点について検討するまでもなく、引用発明3、5?8の各発明を主たる引用発明とした場合に、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。
そして、本願発明2?5は、本願発明1と同様に、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を特定しているから、本願発明1と同じ理由で、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。


第7 原査定の全ての理由が維持できないことについて
1 前記第6で検討したとおり、引用発明1、3、5?8のいずれを主たる引用発明とした場合についても、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献や、技術常識を考慮したとしても、本願発明1?5は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 引用発明1は、引用文献1のNo.Lの鋼に基づき認定された引用発明である。原査定では、引用文献1に記載の他の鋼に基づく引用発明、具体的にはNo.M、N及びOの鋼に基づく引用発明についても言及されていたが、引用文献1に記載の他の鋼に基づく引用発明を認定したとしても、本願発明1?5において特定される「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、当業者が本願発明1?5を容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定のうち、引用文献1を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

3 原査定において、引用文献3に基づき認定された引用発明は、上記引用発明3のみであるから、原査定のうち、引用文献3を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

4 引用発明5は、引用文献5のNo.6の鋼に基づき認定された引用発明である。原査定では、引用文献5に記載の他の鋼に基づく引用発明、具体的にはNo.16の鋼に基づく引用発明についても言及されていたが、引用文献5に記載の他の鋼に基づく引用発明を認定したとしても、本願発明1?5において特定される、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、当業者が本願発明1?5を容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定のうち、引用文献5を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

5 原査定において、引用文献6に基づき認定された引用発明は、上記引用発明6のみであるから、原査定のうち、引用文献6を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

6 引用発明7は、引用文献7の試験番号1の鋼に基づき認定された引用発明である。原査定では、引用文献7に記載の他の鋼に基づく引用発明、具体的には試験番号2、4、5、7?15、17?19、21?29の鋼に基づく引用発明についても言及されていたが、引用文献7に記載の他の鋼に基づく引用発明を認定したとしても、本願発明1?5において特定される、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、当業者が本願発明1?5を容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定のうち、引用文献7を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

7 引用発明8は、引用文献8の鋼種1の鋼に基づき認定された引用発明である。原査定では、引用文献8に記載の他の鋼に基づく引用発明、具体的には鋼種5、7?11、13、16、17、20?24、29?32、35、37に基づく引用発明についても言及されていたが、引用文献8に記載の他の鋼に基づく引用発明を認定したとしても、本願発明1?5において特定される、「Sn:0.001?0.30質量%」との事項、「N/Sn」が「20?400」であるとの事項、及び「Snが固溶している」との事項を、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、当業者が本願発明1?5を容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定のうち、引用文献8を主たる引用文献とした理由については、維持することはできない。

8 以上より、原査定の理由を維持することはできない。


第8 当審拒絶理由についての判断
平成30年 4月26日付けの手続補正において、請求項1に「Snが固溶している」との事項が追加された結果、前記第3で示した、当審拒絶理由にて通知した特許法第36条第6項第1号違反の拒絶理由は解消した。


第9 平成28年 6月 6日に提出された刊行物等提出書(以下、単に「刊行物等提出書」という)について
1 刊行物等提出書においては、以下の刊行物1?8が提出された。
刊行物1:特開昭62-267452号公報
刊行物2:特開2001-220652号公報
刊行物3:特開昭61-113749号公報
刊行物4:特表2005-520934号公報
刊行物5:特開2012-201960号公報
刊行物6:鉄鋼リサイクル白書 ?地球環境と共存する鉄鋼?,社団法人日本鉄鋼協会,1994年 3月25日,p.59-62
刊行物7:田口整司,鉄鋼材料のリサイクル,軽金属,日本,社団法人軽金属学会,1996年,第46巻第11号,p.533-536
刊行物8:Onoyama et al., Evaluation of Corrosion Resistance of a Duplex Stainless Steel in H_(2)S-CO_(2)-Chloride Environments, Journal of Materials for Energy Systems September 1983, Volume 5, Issue 2, pp.97-104

2 前記1に示した刊行物のうち、本願優先日時点で公知であるのは刊行物1?4、6?8である。
(1)刊行物1?4、6?8のうち、Snに関して記載があるのは刊行物1、4、6、7であるところ、刊行物1、4、6は、それぞれ、原査定の引用文献1、4、11であり、また、刊行物7は刊行物6と同様の内容を開示するものである。そのため、刊行物1、4、6、7の記載を考慮したとしても、既に前記第6及び第7で検討したとおり、本願発明1?5は、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。

(2)また、刊行物8は、原査定で引用されていない文献であって、その第104頁第18行?第25行には、二相ステンレスにおいて、Sn単体で最大0.05%含有されれば、耐食性を向上できる旨の記載があるが、この記載を考慮したとしても、引用発明1に対し更に「Sn」を、「0.001?0.0095重量%」という範囲内のものとして含有させることを当業者が容易に想到し得たとはいえないし、また、「Sn」を含有させると同時に「N/Sn」を「20?400」の数値範囲内のものとなるように「N」の含有量を変化させることまでは、当業者が容易に想到し得たものではない。引用発明3、5?8を主たる引用発明とした場合についても同様である。
したがって、刊行物8の記載を考慮したとしても、本願発明1?5は、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。

(3)そして、刊行物2、3はSnに関して記載がないから、その記載を考慮したとしても、本願発明1?5は、当業者であっても容易に発明をすることができたものではない。

3 前記1に示した刊行物のうち、刊行物5は、特許法第29条の2の規定違反の拒絶理由の根拠として提出されたものであるところ、刊行物等提出書で具体的に言及されている「鋼F」は、二相ステンレス鋼であるものの、Nの含有量が0.16質量%であり、Snの含有量が0.20質量%であって、計算すると「N/Sn」は0.8であるため、本願発明1?5に特定される「N/Sn」が「20?400」との事項を備えるものではない。
したがって、刊行物5に基づく特許法第29条の2の規定違反の拒絶理由は、理由がない。


第10 むすび
以上のとおり、原査定の理由及び当審拒絶理由のいずれによっても、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2018-08-20 
出願番号 特願2013-11282(P2013-11282)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C22C)
P 1 8・ 537- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 金 公彦
▲辻▼ 弘輔
発明の名称 二相ステンレス鋼材および二相ステンレス鋼管  
代理人 特許業務法人磯野国際特許商標事務所  

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