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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01G
管理番号 1343818
審判番号 不服2017-1238  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-10-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-01-27 
確定日 2018-09-06 
事件の表示 特願2013- 89548「水稲栽培方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年11月17日出願公開、特開2014-212703〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、平成25年4月22日の出願であって、平成27年11月4日付けで通知された拒絶の理由に対し、同年12月7日に意見書及び手続補正書が提出され、さらに平成28年6月9日付けで通知された拒絶の理由(最後)に対し、同年7月22日に意見書が提出されたところ、同年12月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成29年1月27日に拒絶査定不服審判が請求され、その後、当審において通知した平成30年1月9日付けの拒絶の理由(以下「当審拒絶理由」という。)に対し、同年1月29日に意見書が提出されたものである。


2 本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成27年12月7日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下「本願発明」という。)

「ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させる水稲栽培方法であって、
水田における水の水位を一旦下げてから、ケイ酸カリウムを含む水溶液を水田に供給し、その後、水田の水位を元に戻すことを特徴とする水稲栽培方法。」


3 当審拒絶理由
当審拒絶理由の概要は以下のとおりである。

〔理由〕
本件出願の請求項1に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(刊行物)
引用文献1:特開平5-78189号公報
引用文献2:特開昭62-56389号公報
引用文献3:望月 証、青山喜典、「灌漑水中のケイ酸が水稲のケイ酸吸収および生育,収量に及ぼす影響」、兵庫農技総セ研報(農業)、第61号、2013年3月、1-6頁
引用文献4:宮森康雄、「低タンパク米生産におけるケイ酸の役割とその診断指標」、日本土壌肥料学雑誌、第67巻第6号、1996年、696-700頁
引用文献5:特開平5-103521号公報
引用文献6:特開平3-108437号公報


4 刊行物
(1)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献1には、以下の記載がある。(下線は審決で付した。以下同様。)
ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、珪酸、カリウムおよびマグネシウムを含み、かつ液状で作物に吸収、利用されやすい形態で、既設の農業用施設(用水路、散水装置など)を用いて省力的に施肥することができる、速効性の、液体珪酸カリウム肥料に関するものである。
【0002】
【従来の技術】イネに対する珪酸質肥料(ケイカル)の施用については、昭和20年代後半にその効果が確認されてから、その後急速に普及し、現在に至っている。しかし、その珪酸質肥料(ケイカル)として用いられた肥料の成分は、可溶性珪酸(1/2規定の塩酸に可溶であること。)及び枸溶性マグネシウム又は枸溶性マンガン(2%クエン酸に可溶であること。)が使用される程度のものであって、いずれも水溶性のもの、すなわち速効性を示すものでなかった。一方、近年になって、特開昭62-56389号公報(特公平2-2837号公報)に、珪酸カリウムをクエン酸水溶液に溶解させた液体珪酸カリウム肥料が提案された。」

イ 「【0004】
【課題を解決するための手段】
[発明の概要]本発明者らは、上記問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、珪酸カリウムをエチレンジアミン四酢酸マグネシウムで可溶化して、これら成分を溶解した水溶液とした液体珪酸カリウム肥料は、水溶性で、沈澱または変質の問題が無く、施用により容易に吸収されるので、速効性を示す液体珪酸カリウム肥料とすることができるとの知見に基づき本発明を完成するに至ったものである。すなわち、本発明の液体珪酸カリウム肥料は、珪酸カリウム及びエチレンジアミン四酢酸マグネシウムを溶解した水溶液からなることを特徴とするものである。」

ウ 「【0005】[発明の具体的説明]
[I]液体珪酸カリウム肥料
(1)構成成分
(a)珪酸カリウム成分
本発明の液体珪酸カリウム肥料にて用いられる珪酸カリウム成分としては、一般に広く市販されている珪酸カリウムを用いることができるが、必要ならば各種の珪酸含有物、例えば珪酸ナトリウム、けい砂、珪酸白土、珪酸スラグにカリウム化合物を添加、処理して得られたものを使用することもできる。
(b)エチレンジアミン四酢酸マグネシウム成分
本発明の液体珪酸カリウム肥料を液体に保つために配合されるエチレンジアミン四酢酸マグネシウム成分としては、珪酸カリウムを溶解させることができるエチレンジアミン四酢酸マグネシウム(以下単に「EDTA-Mg」と略記する。)が用いられる。・・・
(c)水成分
本発明の液体珪酸カリウム肥料において前記各成分を溶解させるために用いられる水成分としては、通常水が用いられるが、温められた水を用いることが好ましい。
【0006】・・・
【0007】(3)性状
本発明による液体珪酸カリウム肥料は、基本的には、水に珪酸カリウム及びEDTA-Mgを溶解させることによって製造されたものであることから、液状を示すものである。水溶性珪酸カリウム肥料は、昭和61年12月から肥料取締法に基づく公定規格に加えられている。・・・
【0008】(4)効果
本発明の液体珪酸カリウム肥料中の主成分である珪酸は、作物の必須16元素の中には入っていないが、一般に珪酸作物と言われるイネ科作物、特に水稲の栽培に当っては、実際に水稲を健全に生育させるためには極めて重要な肥料の一つである。具体的には、イネのいもち病、コムギやウリ科野菜のキュウリのうどんこ病は、珪酸欠除区において発生が増えることが確認されている(高橋英一:「農業および園芸」60巻6号、830頁、1985年)。」

エ 上記アないしウからみて、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認める。
「珪酸カリウムをエチレンジアミン四酢酸マグネシウムで可溶化して、これら成分を溶解した水溶液とした液体珪酸カリウム肥料を、用水路を用いて省力的に施肥する水稲の栽培方法。」

(2)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献2には、以下の記載がある。
ア 「(1)ケイ酸カリウムのクエン酸水溶液を主成分として含むケイ酸カリウム液体肥料。」(特許請求の範囲)

イ 「産業上の利用分野
この発明は、作物の根茎はもとより、葉面からも吸収可能なケイ酸カリウムを主体とする速効性を有する液体肥料並びにその製造方法に関するものである。」(1頁左下欄11?15行)

ウ 「更に少量の施用によつて増収でき、倒伏防止ができる。また、イモチ病、葉イモチ、穂首イモチ、枝梗イモチに対しては、制菌、殺菌抵抗性を高めることができる。
本発明液肥は水溶液であるので、水稲栽培あるいは水耕栽培においては、水口に流入施肥することによつて、均一に拡散施用でき、施用に当たつて大いに省力することができる。」(4頁左上欄14行?右上欄1行)

エ 「発明の効果
以上説明したように、この発明はケイ酸カリウム液体肥料及びその製造方法に関するもので、本発明肥料は液体で、即効性であり、かつ省力的に施用することができる。
・・・水稲の場合などは単に水口に適期に点滴施用するだけで、水田全般に拡散し、速効的であり、またコツクを開閉するだけで速やかに施肥することができる。本発明のケイ酸カリウム施肥の効果をより明確に示すために水田稲作に施用した試験結果を下記に示す。」(4頁左下欄12行?右下欄9行)

オ 上記アないしエからみて、引用文献2には、次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されているものと認める。
「ケイ酸カリウムのクエン酸水溶液を主成分として含むケイ酸カリウム液体肥料を、水口に流入施肥することによつて、水田全般に均一に拡散施用する水稲栽培方法。」

(3)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献3には、以下の記載がある。

ア 「灌漑水中のケイ酸が水稲のケイ酸吸収および生育,収量に及ぼす影響

望月 証* 青山 喜典**
要 約
灌漑水のケイ酸濃度の違いが,水稲の生育,収量やケイ酸吸収量に及ぼす影響について,兵庫県立農林水産技術総合センター内の土壌を用いてポット試験により検討し,次の結果を得た.
1 ケイ酸ナトリウムを用いて灌漑水のケイ酸濃度を0ppm,5ppm,10ppm,20ppm,40ppmと変えて栽培した結果,有効茎歩合は,20ppm区まではケイ酸濃度の上昇に比例して高くなり,40ppm区では20ppm区より低下した.
2 収量は灌漑水のケイ酸濃度が20ppm区までは灌漑水のケイ酸濃度が上昇するに従って増加し,40ppm区ではやや減少した.灌漑水によるケイ酸の施用により1穂籾数が増加し,10ppm区,20ppm区では登熟具合が向上した.
3 灌漑水のケイ酸濃度が増加しても稲のケイ酸含有率は20ppm区までは増加しなかったが,稲1株当たりのケイ酸含量は灌漑水中のケイ酸濃度に比例して増加した.稲のケイ酸吸収量に占める灌漑水のケイ酸の寄与率は最高で23%であった.灌漑水のケイ酸の利用率は50%?88%とどの区も高かった.」(1頁1?15行)

イ 「5 今後の灌漑水の利用方法
本報告では.ケイ酸の供給力の低い土壌では,ケイ酸濃度が20ppmの灌漑水によっても増収効果があることが分かった.また,灌漑水のケイ酸は,土壌のケイ酸供給力に比べれば供給力は低いが,利用率が高いことや生育後期のケイ酸が必要な時期においても安定して水稲に供給が可能であるという利点が示された.なお,本試験条件のように40ppm程度の灌漑水では悪影響は見られないことが判明している.
今後,現場で利用するためには,灌漑水のケイ酸は地域により差があり^(2)),水田土壌とともに地域の地質と関係している^(15))ため,水田土壌と灌漑水のケイ酸濃度の関係を調査する必要がある.その上で,土壌や灌漑水からのケイ酸供給力の少ない地域では,土づくりとしてケイ酸質肥料を施用すると共に,ケイ酸質肥料の流し込み施肥など,総合的な施肥対策を検討する必要がある.」(6頁左欄4?19行)

(4)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献4には、以下の記載がある。
ア 「1. はじめに
米粒中のタンパク質は,産米の食味に大きな影響を及ぼす要因の一つであり,良食味であるためにはその含有量が低いことが望ましいとされている^(1)).・・・従来からケイ酸の水稲に対する効果としては耐病虫害性の向上,受光体勢の改善,根活性の向上などが認められており,・・・本レポートではケイ酸の玄米生産,米粒中タンパク含有量に及ぼす影響を検討し,ついで収量水準を維持向上させつつ低タンパク米・・・を生産するための稲体・土壌のケイ酸栄養指標の策定を試みたのでその概要を紹介する.」(696頁3?末行)

イ 「1)試験1(ポット,場内圃場試験)
中央農業試験場稲作部の水田土壌・・・の乾土4kg相当量をポットにつめた。試験処理は窒素・・・とケイ酸(SiO_(2))水準2(0,10g/ポット)の組合せとし,・・・また同土壌で圃場試験を行った.試験処理は窒素・・・とケイ酸(SiO_(2))水準2(0,200gm^(-2))の組合せとし,・・・ケイ酸はシリカゲル(粒状,10?40mesh)を使用した.」(696頁右欄1?12行)

ウ 「3. ケイ酸の玄米生産・タンパク含有量に及ぼす影響
第1表,第2表に圃場試験およびポット試験の結果を示した。・・・以上のようにケイ酸栄養は窒素玄米生産効率への影響を通して米粒中タンパク含有量に関与していること,そして,同一窒素栄養条件下では高ケイ酸栄養条件であることが米粒中タンパクの低タンパク化のみならず,収量性に関しても有利であることが明らかになった.」(696頁右欄23行?697頁右欄末行)

(5)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献5には、以下の記載がある。
ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は水田における稲作等の施肥の合理化、省力化のための施肥法に関するものであり、更に詳細には水口から灌漑水と共に肥料を投入することを特徴とした施肥方法に関するものである。」

イ 「【0003】なお、近年、液状肥料もしくは固体肥料の水溶液を水口から灌漑水と共に投入する省力化した施肥法も試みられている。例えば、水田へ肥料や農薬の水溶液を灌漑水に混入せしめて施肥施薬する方法及びそのための装置が考案されている(特開平3-108437号公報)。しかし、このような施肥法に適した液状肥料は概して高価であり、その輸送保管上の取り扱いも通常の粒状または粉状肥料に比較して煩雑であったり、固体肥料を水に溶解させて水溶液を作成して利用する場合も手間がかかる。なお、固形肥料を水田の流水路の水流によって徐々に半液状化、さらに液化して流水路を介して施肥する施肥法及び液化施肥装置も考案されているが(特開昭64-74926号公報)、この場合も施肥装置が必要となっている。」

ウ 「【0009】
【作用】水田の水口から灌漑水を流入しつつあるところへ、上記のような固体肥料を数分間という短時間に施肥することにより、肥料はすみやかに溶解しながら、灌漑水と共に水田面を移動して、均一に施肥される。」

エ 「【0010】
【実施例】以下に本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明は、これのみに限定されるものではない。
実施例1
水田の水口から灌漑水を流入しつつあるところへ、ポーラス状肥料(日産化学製、嵩比重=0.52)を肥料袋から約3分間かけて直接落下させて施肥し、3時間後に灌漑水の流入を停止した時点とその後3日後に田面水の電気伝導度を測定した。電気伝導度は、水中に溶解したイオンの多少によって電気の流れ易さが変化することを検出する分析方法であり、田面水中に溶解した肥料成分の多少を測定することができる。
【0011】なお、試験は10アールの水田で行ない、施肥前の田面水の水深は約2cmにしておき、灌漑水の流入を停止したときの田面水の水深は約8cmとした。」

(6)当審拒絶理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献6には、以下の記載がある。
ア 「(1)水田の灌水を排除して乾田とした後、所定の肥料又は農薬の水溶液を、灌漑用水に混入せしめて前記乾田に供給することを特徴とする水田への施肥施薬方法。」(特許請求の範囲)

イ 「(産業上の利用分野)
本発明は水田に農薬や肥料を供給する方法及びその実施装置に関するものである。」(1頁左下欄15?17行)

ウ 「本発明に係る水田への施肥施薬方法は、水田の灌水を排除して乾田とした後、所定の肥料又は農薬の水溶液を、灌漑用水に混入せしめて前記乾田に供給することを特徴とするものであり、またその装置は、用水路と水田とを連絡する流路と、流路の開閉弁と、薬剤等の供給タンクを具備して流路水に薬剤等を混入せしめる薬剤等供給機構と、前記開閉弁の自動閉塞制御を行うフロート機構とで構成されることを特徴とするものである。」(2頁左上欄7?15行)


5 当審の判断
(1)対比
ア 本願発明と引用発明1との対比
本件明細書の【0007】に「本発明の実施形態を説明する。ケイ酸カリウムを含む水溶液(水稲用肥料)は、・・・」と記載されていることからみて、本願発明の「水溶液」は水稲用の「肥料」である。
そうすると、引用発明1の「珪酸カリウムをエチレンジアミン四酢酸マグネシウムで可溶化して、これら成分を溶解した水溶液とした液体珪酸カリウム肥料」は、本願発明の「ケイ酸カリウムを含む水溶液」に相当する。
引用発明1の「水稲の栽培方法」は、本願発明の「水稲栽培方法」に相当する。
引用発明1の「水稲の栽培方法」において、「用水路を用いて省力的に施肥する」ことは、肥料を用水路から水口を通して流入する灌漑水に混入させて水田に拡散することを意味することは明らかであって、また、灌漑水が水田に流入すると、水稲の根本付近が灌漑水に浸漬した状態となるから、引用発明1の「液体珪酸カリウム肥料を、用水路を用いて省力的に施肥する水稲の栽培方法」は、本願発明の「ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させる水稲栽培方法」及び「ケイ酸カリウムを含む水溶液を水田に供給」することに相当する。
よって、本願発明と引用発明1とは、「ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させる水稲栽培方法であって、」「ケイ酸カリウムを含む水溶液を水田に供給」「する、水稲栽培方法」で一致し、以下の点で相違している。
(相違点1)本願発明が、水田における水の水位を一旦下げてから、ケイ酸カリウム水溶液を含む水溶液を水田に供給し、その後、水田の水位を元に戻すのに対し、引用発明1は、水田における水の水位についての特定がない点。

イ 本願発明と引用発明2との対比
上記アで説示したとおり、本願発明の「水溶液」は水稲用の「肥料」であるから、引用発明2の「ケイ酸カリウムのクエン酸水溶液を主成分として含むケイ酸カリウム液体肥料」は、本願発明の「ケイ酸カリウムを含む水溶液」に相当する。
引用発明2の「水稲栽培方法」において、「ケイ酸カリウム液体肥料を、水口に流入施肥することによつて、水田全般に均一に拡散施用する」と、水稲の根本付近が水口を通して流入した灌漑水に浸漬した状態となるから、引用発明2の「ケイ酸カリウム液体肥料を、水口に流入施肥することによつて、水田全般に均一に拡散施用する水稲栽培方法」は、本願発明の「ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させる水稲栽培方法」及び「ケイ酸カリウムを含む水溶液を水田に供給」することに相当する。
よって、本願発明と引用発明2とは、「ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させる水稲栽培方法であって、ケイ酸カリウムを含む水溶液を水田に供給する、水稲栽培方法」で一致し、以下の点で相違している。
(相違点A)本願発明が、水田における水の水位を一旦下げてから、ケイ酸カリウム水溶液を含む水溶液を水田に供給し、その後、水田の水位を元に戻すのに対し、引用発明2は、水田における水の水位についての特定がない点。

(2)判断
上記(1)の相違点1及びAについて検討する。
ア 副引用例を引用文献3として検討
引用文献3に記載されているように、ケイ酸系肥料の供給を、流し込み施肥(一旦、水田の水の水位を下げてから、肥料を灌漑水と共に水田に供給することであって、灌漑水の供給によって、結果的に水田の水の水位の上昇を伴う。)により行うことは、本願出願前より公知または周知の技術であって、一旦、水田の水の水位を下げているのであれば、施肥を行った後に当該水位を戻すようにすることは、自然に行われることである。
また、本願発明の効果についても、引用文献4に、ケイ酸系肥料の施用によりタンパク質含量が減少して米の食味が向上することが記載されており、当業者であれば容易に予測できる程度のことである。
したがって、引用発明1において、液体珪酸カリウム肥料を施肥する際、または、引用発明2において、ケイ酸カリウム液体肥料を施肥する際、本願出願前より公知または周知の流し込み施肥により行って、上記相違点1または相違点Aに係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

なお、引用文献3は、試験例ではケイ酸ナトリウムを使用しているが、「灌漑水のケイ酸濃度の違いが,水稲の生育,収量やケイ酸吸収量に及ぼす影響について」と記載されているように、ケイ酸濃度、つまりケイ酸塩全般を対象として検討したものであるから、ケイ酸ナトリウムでなければならない理由はなく、よって、引用文献3に記載された事項を、ケイ酸カリウムを用いた引用発明1及び2への適用を阻害されるものではない。

イ 副引用例を引用文献5または6として検討
水田の肥料の施用方法において、水田の水位を一旦下げてから、肥料を灌漑水と共に施用することは、引用文献5または6に記載されているように、本願出願前より周知の技術であって、一旦、水田の水の水位を下げているのであるから、施肥を行った後に水田の水の水位を戻すようにすることは、自然に行われることである。
したがって、引用発明1において、液体珪酸カリウム肥料を施肥する際、または、引用発明2において、ケイ酸カリウム液体肥料を施肥する際、上記の周知技術により行って、上記相違点1または相違点Aに係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 付加的検討
そもそも、水稲栽培において米の収量や食味の向上を図ることは、当業者(研究開発者、農業従事者や稲作農家)が当然に考えるべき課題であって、そのために肥料の種類や施肥方法を変更することも、本願出願前より普通に行われていたことであるから、本願発明の効果も、その延長で格別のものではなく、上記ア及びイで述べたように、引用発明1または2において、本願出願前に公知または周知の施肥方法を採用して本願発明のごとく構成することは、当業者によって容易に想到できたことである。

エ 請求人の主張について
(ア)請求人は、上記相違点の容易想到性について、平成30年1月29日付け意見書において、
「上記相違点の構成は予測できない顕著な効果を奏する構成です。この効果とは、単に、ケイ酸カリウムを使用することにより得られる効果ではなく、(1)ケイ酸カリウムを使用する点と、(2)ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を下げておき、その後水位を戻す点と、の2つの点が揃う場合にのみ奏される特異的な相乗効果です。
このことは、本願明細書の記載により明確に裏付けられます。以下で具体的に説明します。
本願明細書の段落0017の表1には、「実施例の栽培方法」と「参考例の栽培方法」における精米の蛋白値が記載されています。
「実施例の栽培方法」は、本願明細書の段落0014?0015に記載されているように、上記相違点の構成(すなわち、(1)ケイ酸カリウムを使用する点と、(2)ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を一旦下げてから、その後水位を戻す点と、の2つの点が揃う方法)で栽培する方法です。
一方、「参考例の栽培方法」は、本願明細書の段落0016に記載されているように、ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水田の水を下げたり、元に戻したりすることなく、水稲の葉面に散布する方法(すなわち、(1)ケイ酸カリウムを使用する点は「実施例の栽培方法」と共通するが、(2)ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を下げておき、その後水位を戻すという点は充足しない方法)で栽培する方法です。
よって、「実施例の栽培方法」と、「参考例の栽培方法」とを対比しますと、両者は、同量のケイ酸カリウムを使用していますが、「実施例の栽培方法」では、ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を一旦下げてから、その後水位を戻すのに対し、「参考例の栽培方法」では水位を下げたり元に戻したりしないという点のみで相違します。
本願明細書の表1に記載されているように、「実施例の栽培方法」における蛋白値は6.7wt%であり、「参考例の栽培方法」における蛋白値は7.5wt%です。すなわち、「実施例の栽培方法」における蛋白値は、「参考例の栽培方法」における蛋白値よりも顕著に減少しており、その減少量は、「参考例の栽培方法」における蛋白値を100%としたとき、10.7%にも達します。この10.7%という減少量は、引用文献4の表1、表2の記載のうち、シリカゲルの使用による最も顕著な減少率である6.74%よりも遥かに大きい値です。
「実施例の栽培方法」と「参考例の栽培方法」とは、同量のケイ酸カリウムを使用していますから、両者の評価結果の違いは、ケイ酸カルシウムの使用の有無ではなく、ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を一旦下げてから、その後水位を戻す点の有無に起因することは明らかです。
よって、上記相違点の構成による効果は、単に、ケイ酸カリウムを使用することにより得られる効果ではなく、(1)ケイ酸カリウムを使用する点と、(2)ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を下げておき、その後水位を戻す点と、の2つの点が揃う場合にのみ奏される特異的な相乗効果です。」(2頁15行?末行)と主張している。

(イ)上記(ア)の主張について検討する。
a まず、本願明細書には、以下(a)?(c)の記載がある。
(a)「【0005】
本発明の水稲栽培方法は、ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させることを特徴とする。本発明の水稲栽培方法によれば、米の収量及び食味を向上させることができる。
【0006】
また、本発明の水稲用肥料は、ケイ酸カリウムと水とを含むことを特徴とする。本発明の水稲用肥料を用いれば、米の収量及び食味を向上させることができる。」

(b)「【0012】
ケイ酸カリウムを含む水溶液(水稲用肥料)の使用方法は、例えば、水田に張られている水に、ケイ酸カリウムを含む水溶液(水稲用肥料)を添加する方法がある。この方法により、水稲の少なくとも一部(例えば水稲の根元部分)が、ケイ酸カリウムを含む水溶液に浸漬した状態が得られる。この方法によれば、米の収量及び食味が一層向上する。
【0013】
また、ケイ酸カリウムを含む水溶液(水稲用肥料)の使用方法は、例えば、水田における水の水位を一旦下げてから、ケイ酸カリウムを含む水溶液(水稲用肥料)を水田に供給する方法がある。水の水位を下げるときは、水田の地面を露出することが好ましい。この方法でも、水稲の少なくとも一部(例えば水稲の根元部分)が、ケイ酸カリウムを含む水溶液に浸漬した状態が得られる。この方法によれば、米の収量及び食味が一層向上する。」

(c)「【0015】
ケイ酸カリウム:42.85重量部
水:57.14重量部
食用黄色4号:0.00066重量部
2.水稲栽培方法
水稲用肥料の使用時(7月10日)まで、通常の方法により、水稲を日本国内の水田で栽培した。ただし、6月25日に、水田における水の水位を、地面が露出するまで一旦下げた。その後、7月10日に、上記の水稲用肥料の原液を水口から水田に供給した。水稲用肥料の供給量は、水田10アール当たり1.4Kgとした。その後、水田の水位を元に戻し、通常の方法で水稲を栽培し、米を収穫した。栽培した水稲の品種はゆめぴりかとした。なお、以下ではこの栽培方法を実施例の栽培方法とする。
【0016】
3.参考例
水稲用肥料の使用時(7月10日)まで、通常の方法により、水稲を日本国内の水田で栽培した。上記の水稲用肥料を水で25倍に希釈した液を、7月10日に、ビークルを用いて水稲の葉面に散布した。散布量は、希釈前の水稲用肥料の量に換算して、水田10アール当たり1.4Kgとした。その後、通常の方法で水稲を栽培し、米を収穫した。本参考例において、水稲用肥料の供給方法以外の点は、実施例の栽培方法と同様とした。
【0017】
4.評価
実施例の栽培方法、及び参考例の栽培方法で得られた、水田10アール当たりの米の収量と精米の蛋白値(単位はwt%)を測定した。その結果を表1に示す。蛋白値は、静岡製機株式会社製のVPA-5500X-ES-BRを用いて測定した。
【0018】
【表1】
表1に示すように、実施例及び参考例の栽培方法により、高い収量、及び低い蛋白値が得られた。特に、実施例の栽培方法によれば、米の収量を一層増加させ、米の蛋白値を一層低下させる(食味を向上させる)ことができた。また、実施例の栽培方法によれば、水稲の病気が発生しにくく、不捻が出にくかった。」

b 上記a(a)の記載によれば、本願発明は、ケイ酸カリウムを含む水溶液を、水稲の少なくとも一部に接触させることにより、本願発明の作用効果である、米の収量及び食味を向上させることができるものであって、また、そのケイ酸カリウムを含む水溶液の使用方法においては、上記a(b)の記載をみると、水田に張られている水に添加するか、もしくは、水田における水の水位を一旦下げてから、水田に供給するとの2つの使用方法が挙げられており、両使用方法共に、水稲の少なくとも一部(例えば水稲の根本部分)が、ケイ酸カリウムを含む水溶液に浸漬した状態が得られ、かつ、両方法の効果の差異についての説明はない。
してみると、上記a(a)及び(b)の記載においては、本願発明の効果は、水稲の少なくとも一部(例えば水稲の根本部分)が、ケイ酸カリウムを含む水溶液に浸漬した状態を採用することによって得られるものであって、水田の水の水位を上下させることによる顕著な差異は見いだせない。

c また、請求人が比較する実施例と参考例の記載を上記(c)でみると、散布量については、「水田10アール当たり1.4Kg」と共通であるものの、その散布方法としては、実施例が、「水田における水の水位を、地面が露出するまで一旦下げた。その後、・・・上記の水稲用肥料の原液を水口から水田に供給した。・・・その後、水田の水位を元に戻し、」と、水田の水の水位を上下させるのに対し、参考例は、「ビークルを用いて水稲の葉面に散布した。」ものである。
たしかに、両者の散布量は同じであって、参考例は、水田の水位についての特定がないものの、実施例と参考例の実質的な違いは、水稲用肥料を水田に張った水に施用して、水稲用肥料を水稲の一部に接触させるのか、それとも、水稲用肥料を水稲の葉面に散布して、水稲のほぼ全体に接触させるかの違いということができるので、請求人が主張するように、水田の水位を上下させているかどうかの1点ではない。
そして、本願明細書には、上記(c)のとおりの実施例と参考例の比較はあるものの、実施例に対して水田の水の水位を上下させない点のみが相違する試験はされていないから、水田の水の水位を上下させることにより効果は確認できない。

d 上記b?cのとおりであるから、本願明細書に記載されている特徴点とその効果によれば、実施例と参考例の記載を参酌しても、水田の水位の上下を伴うものが、単に水田に張られた水に水稲用肥料を施用するものと比較して、顕著な効果を発揮するものとは認められないから、相違点の構成による効果は、単に、ケイ酸カリウムを使用することにより得られる効果ではなく、ケイ酸カリウムを使用する点と、ケイ酸カリウムを使用するときは水田の水位を下げておき、その後水位を戻す点と、の2つの点が揃う場合にのみ奏される特異的な相乗効果であるという請求人の主張は採用することができない。


6 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用文献1または引用文献2に記載された発明と、引用文献3に記載された公知または周知の技術、または甲第5号証及び甲第6号証に記載された周知の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-06-27 
結審通知日 2018-07-03 
審決日 2018-07-23 
出願番号 特願2013-89548(P2013-89548)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A01G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 竹中 靖典  
特許庁審判長 小野 忠悦
特許庁審判官 西田 秀彦
住田 秀弘
発明の名称 水稲栽培方法  
代理人 名古屋国際特許業務法人  

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