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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C07K
管理番号 1343926
異議申立番号 異議2018-700366  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-10-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-05-01 
確定日 2018-09-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第6224059号発明「補体のインヒビターによる発作性夜間血色素尿症患者の処置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6224059号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6224059号の請求項1?12に係る発明についての出願は、平成19年3月15日を国際出願日(パリ条約による優先権主張 2006年3月15日 米国)とする特願2009-500498号の一部について、平成25年10月23日に新たな出願(特願2013-219882号)としたもののさらに一部について、平成27年12月3日に新たな出願(特願2015-236260号)としたものであって、平成29年10月13日にその特許権の設定登録がされた。
その後、その特許に対し、平成30年5月1日に、特許異議申立人アムジエン・インコーポレーテツドにより特許異議の申立てがなされたものである。


第2 本件発明
特許第6224059号の請求項1?12に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」などという。)、請求項1?12は次のとおりのものである。

【請求項1】
配列番号2からなる重鎖と、配列番号4からなる軽鎖とを含む、C5に結合する抗体。
【請求項2】
請求項1に記載の抗体を含む、医薬組成物。
【請求項3】
発作性夜間血色素尿症(PNH)に罹患した患者を処置するための医薬組成物であって、配列番号2からなる重鎖と、配列番号4からなる軽鎖とを含む、C5に結合する抗体を含む、医薬組成物。
【請求項4】
静脈内注入により投与されることを特徴とする、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
1回の処置につき、1人の患者につき、1kgあたり5mgの前記抗体?1kgあたり50mgの前記抗体の投与量レベルで投与されることを特徴とする、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項6】
単一の単位剤形である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記単一の単位剤形が、300mgの単一の単位剤形である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
30mlの10mg/mLの無菌無保存剤溶液の300mgの単回使用製剤を含む、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記患者が貧血である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記患者が以下のとおりに投与される、請求項3に記載の医薬組成物:
600mgの前記抗体を7±1日毎に静脈内注入により4回投与;
その後、7±1日後の、900mgの前記抗体を静脈内注入により投与;
その後、900mgの前記抗体を14±2日毎に静脈内注入により維持投与。
【請求項11】
前記医薬組成物の投与が、乳酸脱水素酵素(LDH)の平均レベルの即時および持続性の減少をもたらす、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記即時の減少が、前記医薬組成物の投与から1週間以内に生じる、請求項11に記載の医薬組成物。


第3 申立理由の概要
特許異議申立人(以下「申立人」という。)が申し立てた理由の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1 特許法29条1項3号(新規性)、同法同条2項(進歩性)
(1)本件発明1は、甲3号証又は甲2号証に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであり、また、甲3号証若しくは甲2号証に記載された発明により、甲2号証に記載された発明に甲3号証及び甲4号証に記載された発明を組み合わせることにより、又は、甲3号証に記載された発明に甲5?8号証に記載された発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、取り消されるべきものである。
(2)本件発明2?12は、甲2号証に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであり、また、甲2?4号証に記載された発明を組み合わせることにより、甲3号証に記載された発明に甲2号証に記載された発明を組み合わせることにより、又は、甲3号証に記載された発明に甲2号証及び甲5?8号証に記載された発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、取り消されるべきものである。

[証拠方法]
甲1号証:米国仮出願60/783070号明細書
甲2号証:米国特許出願公開第2005/0191298号明細書
甲3号証:米国特許第6355245号明細書
甲4号証:国際公開第2004/050017号
甲5号証:Mol. Immunol., 1997, vol.34, no.6, p.441-452
甲6号証:国際公開第97/11971号
甲7号証:国際公開第2005/007809号
甲8号証:Blood, 2005, vol.106, no.4, p.1278-1285
甲9号証:米国特許出願公開第2005/0221382号明細書
甲10号証:Blood, 2005, vol.106, no.7, p.2559-2565
甲11号証:“Note for guidance on excipients, antioxidants and antimicrobial preservatives in the dossier for application for marketing authorisation of a medicinal product.”, EMEA CPMP, 20 FEB 2003, p.1/9-9/9
甲12号証:J. Pharm. Sci., 2007, vol.96, no.1, p.1-26
甲13号証:Adv. Drug Del. Rev., 2006, vol.58, p.686-706
甲14号証:米国特許出願公開第2005/0271660号明細書
甲15号証:N. Eng. J. Med., 2004, vol.350, no.6, p.552-559
甲16号証:Drugs R D, 2007, vol.8, no.1, p.61-68
甲17号証:N. Eng. J. Med., 2006, vol.355, no.12, p.1233-1243
甲18号証:Br. J. Haematol., 2003, vol.121(suppl.1), p.87-95
甲19号証:Drugs of the Future, 2004, vol.29, no.7, p.673-676
甲20号証:Blood, 2004, vol.104, p.2823
甲21号証:”Human body weight”, [online], 27 APR 2018, Wikipedia, インターネット,

2 特許法36条4項1号(実施可能要件)、同法同条6項1号(サポート要件)
本件発明5について、本件発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないため、本件発明5は取り消されるべきものである。


第4 認定事実
1 本件明細書の記載
本件明細書【0003】には「エクリズマブは、終末補体タンパク質C5に対するヒト化モノクローナル抗体である・・・。」ことが記載されている。また、本件明細書【0142】には、以下の記載がある。


2 刊行物の記載
(1)甲2号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲2号証には、C5aの生成を阻止する能力を有する、特に有用な抗C5抗体として、米国特許第6355245号(当審注:甲3号証に相当。)及び「Mol. Immunol., 1996, vol.33, no.17/18, p.1389-1401」(当審注:証拠としての提出はなされていない。)に示された、トレードネームエクリズマブとして現在臨床試験が進行中であるh5G1.1-mAb(エクリズマブ)が挙げられることが記載されている。

(2)甲3号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲3号証には、実施例7として、ヒトC5タンパクで免疫されたBalb/cマウスから5G1.1と名付けられたハイブリドーマを調製したこと、該ハイブリドーマが産生する5G1.1抗体が、正常ヒト血液中に存在する補体の細胞溶解能を非常に効率的に低下させ、血清溶血活性をほぼ完全に中和することができたこと、及び該ハイブリドーマ5G1.1が、1994年4月27日にATCC番号HB-11625として寄託されたことが記載されている。
また、甲3号証には、実施例10として、5G1.1抗体の軽鎖可変領域及び重鎖可変領域をクローニングして配列を決定したことが記載され、また、図18及び19として、抗体5G1.1の軽鎖可変領域及び重鎖可変領域のアミノ酸配列及びそれらをコードする塩基配列が記載されている。
さらに、甲3号証には、実施例11として、5G1.1抗体のCDRを利用した、10種類のscFv、Fabの軽鎖部分を形成しうる4種類の軽鎖、及びFabの重鎖である4種類のFdが記載され、その中で、実施例11の(9)として、「5G1.1 VL+012」と名付けられたヒト化(CDRグラフト化、フレームワーク変更なし)軽鎖(配列番号15)が記載され、また、(12)として「5G1.1 scFv CO12」と名付けられたヒト化(CDRグラフト化、フレームワーク変更)scFv(配列番号20)が記載されている。
加えて、甲3号証には、甲3号証に記載された様々な抗体分子、Fd、軽鎖可変領域のマッチしたペアを定常領域ドメインと組み合わせて完全長抗体を形成してもよいこと、及び特に好ましい定常領域は、IgG定常領域であり、これらは、変更されていないものでもよく、あるいは各種のIgGサブタイプ、例えば、IgG1及びIgG4に由来する定常領域ドメインが混合した構築物でもよいことが記載されている。

(3)甲4号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲4号証には、診断薬及び治療薬としての使用のための生物学的に活性な、トロンボポエチン(TPO)模倣物、エリスロポエチン(EPO)模倣物などのペプチドを含む、合理的に設計された抗体またはそのフラグメントを提供することを目的として、TPO模倣物、EPO模倣物などのペプチドを、その相補性決定領域(CDR)に挿入、置換又は付加した抗体分子が記載されるとともに、該抗体分子は、TPO模倣物、EPO模倣物などのペプチドの提示のための足場として働き、該ペプチドに増強された安定性を付与し、本来の抗原特異性は破壊されることが記載されている。
また、甲4号証には、実施例4として、米国出願番号08/487,283(当審注:甲3号証に相当。)に記載された5G1.1抗体の重鎖CDR3を、配列番号66のアミノ酸配列で示されるペプチドと置換した、配列番号67のアミノ酸配列からなる「5G1.1-TPO重鎖」、及び、配列番号69のアミノ酸配列からなる5G1.1抗体の軽鎖とから、TPO模倣ペプチドグラフト「5G1.1+peptide」を調製したことが記載され、また、図14には、該「5G1.1+peptide」(当審注:図14では「+peptide」と表記。)が、TPO受容体であるcMpl受容体を特異的に認識する一方、TPO模倣ペプチドを有さない親5G1.1がcMpl受容体を認識しないことが記載されている。

(4)甲5号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲5号証には、ヒトIgG2のCH1ドメイン及びヒンジリンカー領域、及びそれに続くヒトIgG4定常領域のCH2及びCH3ドメインを含む(HuG2/G4と命名される)キメラ抗体を調製したこと、並びにHuG2/G4抗体デザインが、FcR結合及び補体活性化の除去が望まれるヒトへの使用を意図した他の抗体のヒト化に有用であることが記載されている。
また、甲5号証には、図7及び図10に、キメラ抗体「h5G1.1 HuG2/G4」が記載され、図9に、「HuG2/G4」のCH1ドメイン、ヒンジリンカー領域、及びCH2ドメインのアミノ酸配列が記載されている。

(5)甲6号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲6号証には、「2A2(キメラ)ヒトG2/G4 cDNA」及び「3F4(キメラ)ヒトG2/G4 cDNA」が、それらがコードするアミノ酸配とともに記載されている。また、甲6号証には、図9として、2A2及び3F4の重鎖可変領域のアミノ酸配列が記載されている。

(6)甲7号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲7号証には、図13、図13(続き)B及び図13(続き)Cとして「OKT3 VH human G2/G4」構築物の重鎖可変領域及びhuG2/G4定常領域のアミノ酸配列が記載されている。

(7)甲8号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲8号証には、アイソタイプコントロール抗体である、同じIgG2/G4定常領域を含むh5G1.1-mAb(5G1.1、エクリズマブ;アレクシオン ファーマシューティカルズ)は、ヒトの最終補体タンパク質であるC5に特異的であることが記載されている。


第5 当審の判断
1 特許法29条1項3号(新規性)、同法同条2項(進歩性)について
(1)申立人の主張の概要
本件発明1に対する申立人の主張の概要は以下のとおりである。

ア 本件発明1についての優先権主張の効果を認めることはできない。

イ 本件発明1はエクリズマブにほかならないところ、甲3号証には、「5G1.1抗体」すなわち「エクリズマブ」が記載されており、それを産生するハイブリドーマがATCCに「HB-11625」として寄託されている。したがって、甲3号証には、当業者が入手可能なようにエクリズマブが記載されているから、本件発明1は新規性がない。また、エクリズマブのアミノ酸配列を解析することはルーティンの技術により行うことができるから、本件発明1は進歩性がない。

ウ 甲2号証には「h5G1.1」すなわちエクリズマブが記載されているから、本件発明1は新規性がない。

エ 甲4号証の配列番号67のTPO模倣ペプチド部分を、甲3号証に記載されたエクリズマブ(5G1.1)の重鎖CDR3により置換すると、本件配列番号2となるから、甲2号証の「h5G1.1」の重鎖及び軽鎖のアミノ酸配列は、甲3及び甲4号証の配列情報に基づき決定でき、本件発明1は進歩性がない。

オ 甲3号証に記載された、C5に結合する抗体は、補体活性化を阻害するための抗体であるから、甲3号証に記載されるC5に結合する完全長抗体を作製するにあたり、補体を活性化しない定常領域を選択すべきものであるところ、甲8号証には、エクリズマブがキメラIgG2/G4定常領域を含むことが記載されており、また、甲5号証には、キメラIgG2/G4定常領域を有するヒト化5G1.1が記載されている。
そして、甲3号証の配列番号20の「5G1.1 scFV C012」の127?248位のアミノ酸配列と、甲6及び7号証に記載されるキメラIgG2/G4定常領域のアミノ酸配列とを組み合わせてなる抗体重鎖は、本件配列番号2のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列を有するものである。
また、甲3号証の配列番号15の「5G1.1 VL+012」の23?236位のアミノ酸配列からなる抗体軽鎖は、本件配列番号4のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列を有するものである。
さらに、該抗体軽鎖は、該「5G1.1 scFV C012」の3?111位のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含むものであるから、該抗体重鎖とともに使用するための選択肢となる。
したがって、本件発明1は、甲3号証と、甲5?8号証の組み合わせにより進歩性がない。

(2)本件発明1について
前記(1)に示した申立人の主張イ及びウからみて、申立人は、本件発明1がエクリズマブであること、及び該エクリズマブを入手又は調製できることを前提として、その新規性及び進歩性を否定している。
そこで、まず、本件発明1がエクリズマブに相当するものであるか否かを検討すると、前記第4の1に示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明において、エクリズマブはC5に結合するヒト化モノクローナル抗体であって、配列番号2からなる重鎖が「エクリズマブ重鎖」であり、配列番号4からなる軽鎖が「エクリズマブ軽鎖」であると記載され、また、この点と矛盾する記載はない。
一方、前記第2に示したとおり、本件発明1は「配列番号2からなる重鎖と、配列番号4からなる軽鎖とを含む、C5に結合する抗体」であるから、本件発明1は、「エクリズマブ重鎖と、エクリズマブ軽鎖とを含む、C5に結合する抗体」と換言することができる。
したがって、本件発明1は、エクリズマブに相当するものであると認められる。

(3)判断
以下、まず、前記(1)に示した申立人の主張イ?オについて、順に検討する。

ア 主張イについて
前記第4の2(2)に示したとおり、甲3号証には、ATCC番号HB-11625として寄託されたハイブリドーマ5G1.1、及び該ハイブリドーマが産生する5G1.1抗体が記載されてはいるものの、該ハイブリドーマは、ヒトC5タンパクで免疫されたBalb/cマウスから調製されたものであるから、該ハイブリドーマが産生する5G1.1抗体はマウス抗体である。
一方、前記(1)で検討したとおり、本件発明1はエクリズマブに相当し、ヒト化モノクローナル抗体である。
したがって、本件発明1は甲3号証に記載された発明であるとはいえない。また、本件発明1が、甲3号証に記載された発明であることを前提とする進歩性欠如の主張も成り立たない。よって、申立人の主張イは理由がない。

イ 主張ウについて
前記第4の2(1)に示したとおり、甲2号証には、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」が、甲3号証及び「Mol. Immunol., 1996, vol.33, no.17/18, p.1389-1401」(以下「参照文献」という。)に示されており、また、トレードネームエクリズマブとして臨床試験が進行中であることが記載されているから、甲2号証の記載から、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」という発明を把握することはできるといえる。
しかし、甲2号証には、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」のアミノ酸配列は記載されておらず、その具体的な調製方法も記載されていない。また、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」の臨床試験が進行中であることのみでは、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」を当業者が入手可能なものであるか否かは不明であるところ、甲2号証には、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」の具体的な入手方法は記載されていない。
そこで、甲2号証が参照する甲3号証についてみてみると、甲3号証には、「h5G1.1-mAb」及び「エクリズマブ」のいずれの文言も記載されておらず、当業者は、甲2号証の「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」が、甲3号証に記載されたものであることを理解することはできない。そうすると、甲3号証の記載を参酌することにより、当業者が、甲2号証の「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」を調製することができるともいえず、また、入手することができるともいえない。
また、証拠としては提出されてはいないものの、参照文献は、本件特許の審査の過程において引用文献3として引用されたものであり、念のため、その内容について検討する。「ヒト化抗C5抗体及び1本鎖Fvによる補体活性の阻害」と題され、本件優先日前に頒布された刊行物である参照文献には、ヒト化抗C5抗体として「h5G1.1 HuG4」なる抗体が記載されてはいるものの、参照文献には、「h5G1.1-mAb」及び「エクリズマブ」のいずれの文言も記載されてはおらず、当業者は、該「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」が、参照文献に記載されたものであることを理解することはできない。そうすると、参照文献の記載を参酌することにより、当業者が、甲2号証の「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」を調製することができるともいえず、また、入手することができるともいえない。
以上からみて、甲2号証の記載から「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」という発明を当業者が把握することができるとはいえるものの、甲2号証の記載に加え、甲3号証及び参照文献の記載を参酌しても、当業者が、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」を実際に調製又は入手することができることが明らかであるとはいえない。
したがって、甲2号証には、「h5G1.1-mAb(エクリズマブ)」という発明が記載されているとはいえないから、甲2号証に、本件発明1に相当するエクリズマブが記載されているともいえない。よって申立人の主張ウは理由がない。

ウ 主張エについて
前記第4の2(3)に示したとおり、甲4号証に記載された発明は、診断薬及び治療薬としての使用のための生物学的に活性なTPO模倣物などのペプチドを含む抗体分子を提供することを課題とするものであり、抗体分子自体は、TPO模倣物などのペプチドの提示のための足場や、該ペプチドに増強された安定性を付与するものとして機能するに過ぎず、抗体分子が本来有していた抗原特異性は利用されないものである。また、前記第4の2(3)に示したとおり、「5G1.1+peptide」はTPO受容体を特異的に認識するものであり、5G1.1抗体はTPO受容体を認識しないものである。
そうすると、甲4号証に記載された、TPO模倣ペプチドグラフト「5G1.1+peptide」の「5G1.1-TPO重鎖」における、配列番号66のアミノ酸配列で示されるTPO模倣物部分を、甲3号証に記載された5G1.1抗体の重鎖CDR3により置換すること(以下「戻し置換」という。)は、TPO模倣ペプチドグラフト「5G1.1+peptide」が有する、TPO受容体を特異的に認識する機能を消失させることになり、上記した、甲4号証に記載された発明の課題に反することになるから、阻害事由があるといえる。また、該戻し置換は、5G1.1抗体が本来有していた抗原特異性を回復させることになるといえるものの、TPO模倣ペプチドグラフト「5G1.1+peptide」が、5G1.1抗体が本来有していた抗原特異性を利用するものではない以上、このような点に、該戻し置換の動機づけを見いだすことはできない。
したがって、該戻し置換は当業者にとって容易に想到しうることであるとはいえず、よって、該戻し置換により得られる抗体のアミノ酸配列を解析することも当業者にとって容易に想到しうることであるとはいえない。よって、申立人の主張エは理由がない。

エ 主張オについて
申立人の主張オは、要するに、甲3号証の配列番号20の「5G1.1 scFV C012」の127?248位のアミノ酸配列からなる部分を重鎖可変領域として採用し、また、甲8号証又は甲5号証の記載に基づいて、甲6及び7号証に記載されるキメラIgG2/G4定常領域を重鎖定常領域として採用し、さらに、甲3号証の配列番号15の「5G1.1 VL+012」の23?236位のアミノ酸配列からなる部分を軽鎖可変領域を含む抗体軽鎖として採用すれば、本件発明1の抗体を調製することができるというものである。
しかし、前記第4の2(2)に示したとおり、甲3号証には、5G1.1抗体の重鎖CDRを利用した10種類のscFv、及び4種類のFdが記載されており、それら14種類の中で、特に「5G1.1 scFV C012」に含まれる重鎖可変領域部分を採用すべき理由を甲3号証の記載から見いだすことはできない。また、同様に、甲3号証には、5G1.1抗体の軽鎖CDRを利用した10種類のscFv、及び4種類の軽鎖が記載されており、それら14種類の中で、特に「5G1.1 VL+012」に含まれる軽鎖可変領域部分を採用すべき理由を甲3号証の記載から見いだすことはできない。そうすると、甲3号証に、抗体分子、Fd、軽鎖可変領域のマッチしたペアを定常領域ドメインと組み合わせて完全長抗体とすることが示唆されているとしても、「5G1.1 scFV C012」に含まれる重鎖可変領域部分と、「5G1.1 VL+012」に含まれる軽鎖可変領域部分とを組み合わせることが甲3号証の記載から十分に動機づけられているとまではいえない。
次に、完全長抗体を調製する際に、重鎖可変領域部分と組み合わせるべき重鎖定常領域部分について検討する。甲3号証に記載された、C5に結合する抗体は、補体活性化を阻害するためのものであるから、仮に、甲3号証の記載に基づいてC5に結合する完全長抗体を調製しようとする場合には、補体を活性化しない重鎖定常領域と組み合わせようとすることは当業者が容易に想到しうることであるといえる。
ここで、甲8号証には、「IgG2/G4定常領域を含むh5G1.1-mAb(5G1.1、エクリズマブ;アレクシオン ファーマシューティカルズ)」との記載がある。しかし、前記イで検討したとおり、甲3号証には「h5G1.1-mAb」及び「エクリズマブ」との文言はいずれも記載されておらず、また、甲3号証において「5G1.1」との文言はマウス抗体である「5G1.1抗体」及び該抗体を産生するハイブリドーマを意味するから、甲8号証の「5G1.1」がIgG2/G4定常領域を含むとの記載は、甲3号証の記載とは整合しない。そうすると、甲8号証の「h5G1.1-mAb」、「エクリズマブ」及び「5G1.1」がIgG2/G4定常領域を含むとの記載は、仮に、甲3号証の記載に基づいてC5に結合する完全長抗体を調製しようとした場合であっても、その重鎖定常領域部分として、甲6及び7号証に記載される、IgG2/G4定常領域に相当するものを採用することの十分な動機づけにはならない。
また、甲5号証の「h5G1.1 HuG2/G4」との文言を、「h5G1.1」が「HuG2/G4」という重鎖定常領域を含むと解することができるとしても、甲3号証には、その実施例11に「h5G1.1-scFv」との記載はあるものの、「h5G1.1」との文言は記載されていないから、仮に、甲3号証の記載に基づいてC5に結合する完全長抗体を調製しようとした場合であっても、甲5号証の記載は、その重鎖定常領域部分として、「HuG2/G4」という重鎖定常領域や、甲6及び7号証に記載されるIgG2/G4定常領域に相当するものを採用することの十分な動機づけにはならない。
以上のとおり、申立人の主張オに基づいて本件発明1の抗体を調製する場合の十分な動機づけを、甲3号証及び甲5?8号証の記載から見いだすことはできない。したがって、本件発明1が、甲3号証に記載された発明と甲5?8号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。よって、申立人の主張オは理由がない。

オ 小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲3号証又は甲2号証に記載された発明ではないから、特許法29条1項3号に該当するものとはいえず、また、本件発明1は、甲3号証若しくは甲2号証に記載された発明により、甲2号証に記載された発明に甲3号証及び甲4号証に記載された発明を組み合わせることにより、並びに、甲3号証に記載された発明に甲5?8号証に記載された発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。
なお、上記判断において使用した甲号証は、いずれも本件優先日前に頒布された証拠であることから、申立人の主張ア(本件発明1についての優先権主張の効果)については判断を行わない。

(4)本件発明2?12について
前記第2に示したとおり、本件発明2?12は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、本件発明1をさらに限定したものである。
したがって、本件発明2?12は、本件発明1と同様の理由により、甲2号証に記載された発明ではなく、特許法29条1項3号に該当するものとはいえない。
また、本件発明2?12は、本件発明1と同様の理由により、甲2?4号証に記載された発明を組み合わせることにより、甲3号証に記載された発明に甲2号証に記載された発明を組み合わせることにより、並びに、甲3号証に記載された発明に甲2号証及び甲5?8号証に記載された発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

2 特許法36条4項1号(実施可能要件)、同法同条6項1号(サポート要件)について
(1)申立人の主張の概要
本件発明の詳細な説明の実施例(以下「本件実施例」という。)には、PHN患者の体重に関する記載がないため、本件実施例において、1回の処置につき、1人の患者につき、1kgあたりどれだけの量のエクリズマブが投与されたのかは不明であるから、PHNの処置のために、本件発明5の投与量レベル、すなわち、1kgあたり5mg?50mgの投与量レベルで投与される医薬組成物が有効であることは裏付けられていないことになる。したがって、本件発明の詳細な説明は、当業者が本件発明5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものとすることはできず、また、技術常識を参酌しても、本件発明5にまで、本件発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるともいえない。

(2)判断
確かに、本件発明の詳細な説明には、患者の体重は記載されていない。しかし、本件実施例の「TRIUMPH試験」の対象とされたPNH患者は18歳以上の男性及び女性である(本件明細書【0102】)ところ、本件特許権者が米国企業であることや、本件特許の発明者が米国在住であることから、当業者は、これらの患者が北米在住の者であると理解する。また、北米における成人の平均体重(甲21によれば、北米における成人の平均体重は80.7kgである。)は、本件出願日当時の当業者の技術常識であるといえる。そうすると、当業者は、本件実施例から、患者の体重1kgあたり、約7?11mgの投与量レベルでエクリズマブを投与することがPHNの治療に有効であることを理解できるといえる。
一方、本件発明の詳細な説明には、「ヒト被験体のための抗体の投与量レベルは、・・・好ましくは1人の患者、1回の投与につき1kg当たり約5mg?約50mgである。」(本件明細書【0083】)と記載されている。ここで、医薬組成物の投与量は、治療を受けている患者の症状や、全体的な健康状態などに応じて変化するものであることは当業者の技術常識であるところ、本件実施例における投与量レベル約7?11mgからみて、上記好ましいとされている投与量レベルである約5?50mgという範囲は、上記技術常識に基づいて変化する範囲を逸脱するものではないと当業者は理解できるといえる。
そうすると、本件出願時の技術常識をも考慮すれば、本件発明の詳細な説明の記載から、当業者は、上記好ましいとされている投与量レベル、すなわち本件発明5の投与量レベルでのエクリズマブを投与することがPHNの治療に有効であることを理解でき、したがって、本件発明5の投与量レベルで投与されるエクリズマブが有効であることは本件発明の詳細な説明の記載により裏付けられているというべきである。
したがって、本件発明5について、本件発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないとはいえず、また、本件特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないともいえない。

3 むすび
以上からみて、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?12に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-08-27 
出願番号 特願2015-236260(P2015-236260)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C07K)
P 1 651・ 536- Y (C07K)
P 1 651・ 537- Y (C07K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 基章  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 松浦 安紀子
小暮 道明
登録日 2017-10-13 
登録番号 特許第6224059号(P6224059)
権利者 アレクシオン ファーマシューティカルズ, インコーポレイテッド
発明の名称 補体のインヒビターによる発作性夜間血色素尿症患者の処置  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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