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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1344883
異議申立番号 異議2018-700499  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-11-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-06-19 
確定日 2018-10-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第6260667号発明「軟磁性合金」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6260667号の請求項1?3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6260667号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成28年9月30日の出願であって、平成29年12月22日に特許権の設定登録がされ、平成30年1月17日に特許掲載公報が発行され、その後、同年6月19日付けで全請求項(請求項1?3)に対して、特許異議申立人である古川慎二(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?3に係る発明(以下、「本件発明1?3」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、それぞれ、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
Feを主成分とする軟磁性合金であって、
Fe_(a)Cu_(b)M_(c)Si_(d)B_(e)C_(f)、M:Nb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,Moからなる群から選択される1種以上、a+b+c+d+e+f=100、0.1≦b≦3.0、1.0≦c≦10.0、11.5≦d≦17.5、7.0≦e≦13.0、0.0≦f≦4.0である組成、または、Fe_(α)M_(β)B_(γ)C_(Ω)、M:Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上(Mとして少なくともNb,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上を含有する)、α+β+γ+Ω=100、1.0≦β≦14.1、2.0≦γ≦20.0、0.0≦Ω≦4.0である組成を有し、
前記軟磁性合金は、Fe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を40万個/μm^(3)以上有し、
前記Fe含有量の極大点全体に占める配位数が1以上5以下である極大点の割合が80%以上100%以下であり、
前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下であることを特徴とする軟磁性合金。
【請求項2】
前記Fe含有量の極大点全体に占める配位数が2以上4以下である極大点の割合が70%以上90%以下である請求項1に記載の軟磁性合金。
【請求項3】
前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の含有体積割合が30vol%以上40vol%以下である請求項1または2に記載の軟磁性合金。」

第3 申立理由の概要

申立人の主張する申立理由の概要は以下のとおりである。

1 証拠方法

甲第1号証:「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の磁気特性の熱処理による変化」日本金属学会誌,第55巻,第5号,1991年5月20日発行,第588?595頁
甲第2号証:特開2007-270271号公報
甲第3号証:「(Fe-Cu_(1)-Nb_(3))-Si-B擬三元系超微結晶合金の磁気特性と磁場中熱処理による磁気特性の改善」日本応用磁気学会誌,Vol.13,No.2,1989年4月30日発行,第231?236頁
甲第4号証:"Handbook of Magnetic Materials", Vol.10, 1997 July 22nd(Published Date), pp.415,454-457
(以下、甲第1号証を「甲1」という。甲第2号証?甲第4号証についても同様とする。)

2 申立理由

(1)申立理由1(新規性欠如・進歩性欠如)

本件発明1?3は、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明であるから、請求項1?3に係る本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、同法113条第2項の規定により取り消されるべきものである。
仮にそうでないとしても、本件発明1?3は、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?3に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法113条第2項の規定により取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(明確性要件違反)

本件発明1?3は明確ではないから、請求項1?3に係る本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法113条第4項の規定により取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(実施可能要件違反)

本件特許の願書に添付された明細書(以下、「本件明細書」という。)は、当業者が本件発明1?3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、請求項1?3に係る本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法113条第4項の規定により取り消されるべきものである。

第4 当審の判断

1 申立理由1(新規性欠如・進歩性欠如)について

(1)甲1の記載事項

ア 甲1には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

(1a)「著者らはFe基の軟磁性合金の開発を進めて来た結果,ごく最近超微結晶粒組織からなる新軟磁性合金『ファインメット』を開発することに成功した.超微結晶軟磁性合金『ファインメット』は粒径約10nmの超微細なbcc結晶粒からなる合金であり,通常CuとNbを複合添加したFe-Si-B系アモルファス合金を製造後これを熱処理することにより製造される.」(第588頁左欄第9?15行)

(1b)「本論文では,合金組成としてファインメット合金の中でも軟磁気特性に優れたFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の磁気特性の熱処理依存性について報告する.」(第588頁右欄第11?13行)

(1c)「Fig.1に熱処理温度(当審注:「熱処理時間」の誤記と認められる。)が3.6ksの場合のFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の磁気特性の熱処理温度依存性を示す.」(第589頁左欄第20?21行)

(1d)「1kHzにおける比透磁率μ_(r)は熱処理温度が高くなるに伴い急激に上昇し,843Kでは約16×10^(4)の値を示す.それ以上の温度ではμ_(r)は急激に低下する.」(第589頁右欄第2?5行)

(1e)「Fig.2にFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の保磁力H_(c)の熱処理温度,熱処理時間の関係を示す.」(第589頁右欄第15?16行)

(1f)「Fig.3にFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の1kHzにおける比透磁率μ_(r1k)の熱処理温度,熱処理時間の関係・・・を示す.」(第589頁右欄最下行?第590頁左欄第3行)

(1g)「



イ 前記アによれば、甲1には、以下の事項が記載されているものと認められる。

(ア)超微結晶粒軟磁性合金「ファインメット」は、粒径約10nmの超微細なbcc結晶粒からなる合金であり,通常CuとNbを複合添加したFe-Si-B系アモルファス合金を製造後、これを熱処理することにより製造される(1a)。

(イ)ファインメット合金の中でも軟磁気特性に優れたFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金について、磁気特性の熱処理依存性について調査したところ(1b)、Fig.1によれば、熱処理時間:3.6ks(1時間),熱処理温度:843Kの熱処理条件では、保磁力は約0.6Am^(-1)であり、周波数1kHzにおける比透磁率は約16×10^(4)であった(1b?1d,Fig.1)。

(ウ)また、Fig.2,3によれば、熱処理温度:840K,熱処理時間:5×10^(-1)時間(0.5時間)及び1時間の熱処理条件では、保磁力はいずれも0.6Am^(-1)であり、周波数1kHzにおける比透磁率は、それぞれ、16.7×10^(4)Am^(-1)(熱処理時間:0.5時間),16.9Am^(-1)(熱処理時間:1時間)であった(Fig.2,3)。

(2)甲2の記載事項

ア 甲2には、以下の記載がある。

(2a)「Fe基ナノ結晶合金は、通常液相や気相から急冷し非晶質合金とした後、これを熱処理により微結晶化することにより作製されている。液相から急冷する方法としては単ロ-ル法、双ロ-ル法、遠心急冷法、回転液中紡糸法、アトマイズ法やキャビテーション法等が知られている。」(【0003】)

(2b)「表1に・・・保磁力Hc、1kHzにおける交流比初透磁率μ_(1k)・・・を示す。比較のために・・・従来から知られている非晶質合金を熱処理しナノ結晶化させ製造した代表的なナノ結晶軟磁性合金であるFe_(bal.)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)(原子%)合金(比較例2)・・・の磁気特性を示す。」(【0024】)

(2c)「【表1】

」(【0025】)

イ 前記アによれば、甲2には、以下の事項が記載されているものと認められる。

Fe基ナノ結晶合金は、通常液相や気相から急冷して作製した非晶質合金を熱処理して微結晶化することにより作製されており、液相から急冷する方法としては単ロ-ル法やアトマイズ法等が知られているところ(2a)、従来から知られている非晶質合金を熱処理しナノ結晶化させて製造した代表的なナノ結晶軟磁性合金であるFe_(bal.)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)(原子%)合金(比較例2)について、保磁力Hc、周波数1kHzにおける交流比初透磁率μ_(1k)を測定した結果(2b)、Hcは0.5A/mであり、μ_(1k)は120000(12×10^(4))であった(2c)。

(3)甲3の記載事項

ア 甲3には、以下の記載がある。

(3a)「筆者らは,最近CuとNbを複合添加したFe_(bal.)Si_(13.5)B_(9)系アモルファス合金を結晶化することにより,超微細結晶粒からなる軟磁性合金『ファインメット』を作製した.」(第231頁左欄第18?21行)

(3b)「Fig.13にFig.9に示した合金(当審注:Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金)の比透磁率の周波数依存性を示す.」(第235頁左欄下から第2行?最下行)

(3c)「



(3d)「Table1にファインメットと従来の代表的軟磁性材料であるアモルファス合金およびMn-Znフェライトの磁気特性を比較して示す.」(第235頁右欄第9?11行)

(3e)「



イ 前記アによれば、甲3には、以下の事項が記載されているものと認められる。

CuとNbを複合添加したFe_(bal.)Si_(13.5)B_(9)系アモルファス合金を結晶化することにより作製された超微細結晶粒からなる軟磁性合金「ファインメット」(3a)のうち、Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金について、比透磁率の周波数依存性を調査したところ、磁場を印加しない熱処理(Fig.13の「No-Field Anneal」の曲線)では、周波数1kHzにおける比透磁率は約1×10^(5)であり、周波数1MHzにおける比透磁率は約3×10^(3)であった(3b,3c)。
また、「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)(M)」(Table1の2行目)のファインメット合金について、磁気特性を測定したところ、保磁力Hcは0.53A/mであり、周波数1kHzにおける比透磁率μ1kは10.0×10^(4)であった(3d,3e)。

(4)甲4の記載事項

ア 甲4には、以下の記載がある。

(4a)「chapter 3 NANOCRYSTALLENE SOFT MAGNETIC ALLOYS」(第415頁表題)
(当審訳)第3章 ナノ結晶軟磁性合金

(4b)「

」(第455頁)
(当審訳)図4.2 コモンモードチョークコアに用いられる低残留磁束密度軟磁性材料のナノ結晶であるFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7)及び比較材料における透磁率|μ|及び損失係数μ”/|μ|2の周波数依存性

(4c)「The low coercivity of typically Hc<0.5-1 A/m furthermore minimizes the contribution of hysteresis loss and, thus, also guarantees lowest total losses at line frequency and below.」(第456頁最下行?第457頁第2行)
(当審訳)典型的にHc<0.5-1A/mである低い保持力は、ヒステリシス損失の寄与をさらに最小化し、その結果、ライン周波数以下での最低総損失も補償される。

イ 前記アによれば、甲4には、以下の事項が記載されているものと認められる。

低残留磁束密度軟磁性材料のナノ結晶軟磁性合金であるFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7)について、透磁率|μ|の周波数依存性を調査したところ、周波数1kHzにおける透磁率は約1×10^(5)であり、周波数1MHzにおける透磁率は約9×10^(3)であった(4a,4b)。
また、ナノ結晶軟磁性合金の保磁力Hcは、Hc<0.5-1A/mの低い値であった(4c)。

(5)本件発明1について

ア 前記(1)?(4)にあるとおり、甲1?甲4のいずれにも、本件発明1の発明特定事項である「前記軟磁性合金は、Fe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を40万個/μm^(3)以上有し、
前記Fe含有量の極大点全体に占める配位数が1以上5以下である極大点の割合が80%以上100%以下であり、
前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下であること」に相当する事項は、記載も示唆もされていない。

イ ここで、本件発明の目的は「保磁力が低く、かつ、透磁率が高い軟磁性合金を提供すること」(本件明細書【0006】)であり(当審注:下線は当審にて付与した。以下同様。)、本件明細書に記載された「良好」とされる保磁力、周波数1kHzでの透磁率、及び、周波数1MHzでの透磁率は、それぞれ、
(ア)実験1(【0093】)では、保磁力が1.0A/m以下であり、周波数1kHzでの透磁率が9.0×10^(4)以上であり、周波数1MHzでの透磁率が2.3×10^(3)以上であり、
(イ)実験2(【0100】)では、Fe-Si-M-B-Cu-C系の組成の場合、保磁力が2.0A/m以下であり、周波数1kHzでの透磁率が5.0×10^(4)以上であり、周波数1MHzでの透磁率が2.0×10^(3)以上であり、
Fe-M-B-C系の組成の場合、保磁力が20A/m以下であり、周波数1kHzでの透磁率が2.0×10^(4)以上であり、周波数1MHzでの透磁率が1.3×10^(3)以上であり、
(ウ)実験3(【0119】)では、Fe-Si-M-B-Cu-C系組成の場合、保磁力が30A/m以下であり、
Fe-M-B-C系の組成の場合、保磁力が100A/m以下であるところ、これらのうち、最も厳しい条件(保磁力の上限値が最も低く、各透磁率の下限値が最も高い条件)は、上記(ア)の条件である。
しかし、本件明細書には、本件発明1の組成を満足する軟磁性合金であって、保磁力、周波数1kHzでの透磁率、及び、周波数1MHzでの透磁率が、最も厳しい上記(ア)の条件を満たす軟磁性合金であれば、必然的に前記アのFe組成ネットワーク相に係る本件発明1の特定事項を備えることまでは記載されておらず、このことが、本件出願時における当業者の技術常識であったことを裏付ける根拠も認められない。

ウ したがって、甲1?4に記載された軟磁性合金が、本件発明1の組成を満足し、保磁力、周波数1kHzでの透磁率、及び、周波数1MHzでの透磁率のいずれか又は全てが、前記イ(ア)の条件を満たしたとしても、それのみをもって直ちに、甲1?4に記載された軟磁性合金が、前記アのFe組成ネットワーク相に係る本件発明1の特定事項を備えるとはいえない。
よって、本件発明1?3は、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明であるとはいえず、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(6)本件発明2,3について

本件発明2,3は、本件発明1を引用し、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明であるとはいえず、甲1?甲4の少なくとも1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(7)小括

以上のとおりであるから、申立理由1には理由がない。

2 申立理由2(明確性要件違反)について

(1)申立人の主張

申立理由2について、申立人が主張する内容は以下のとおりである(異議申立書第26頁最下行?第29頁下から第4行)。

ア Feを主成分とする軟磁性合金の技術分野において、本件発明の特定事項である「Fe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相」の有無、「局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点」の数、「Fe含有量の極大点全体に占める配位数が1以上5以下である極大点の割合」及び「軟磁性合金全体に占める」「Fe組成ネットワーク相の体積割合」を確認するための測定条件は一般的に確立されているとは認められず、そのため、測定条件によって上記各特定事項を充足するか否かが変動し得ることになり、測定手段として本件明細書の【0034】に記載された3次元アトムプローブ(3DAP)を用いて厚み5nmで観察するとしても、測定条件によって、上記各特定事項を充足するか否かが変動し得ることに変わりはないから、本件発明は不明確である。

イ また、審査段階において、特許権者は、明確性要件違反の拒絶理由を解消するために、平成29年9月19日付け意見書において、今回用いている3次元アトムプローブ(3DAP)の測定装置及び測定プログラムでは、各領域(グリッド)のFe含有量を0.1at%単位で解析することができる点を主張しているが、この点は本件発明の特定事項ではなく、本件発明は各領域(グリッド)のFe含有量を0.1at%単位で解析することができない測定装置及び測定プログラムを用いる場合も包含するから、上記意見書の主張を踏まえても、本件発明は不明確である。

ウ さらに、3次元アトムプローブ(3DAP)を用いた測定では、nmオーダーの測長値の信頼性は低いから、1辺の長さが40nmの立方体中の極大点の個数に基づいて算出した1μm3中の極大点の個数の値の信頼性も低く、同一の軟磁性合金であっても、本件発明の「Fe含有量の極大点を40万個/μm^(3)以上有」するという特定事項を充足するか否かが変動し得ることになるから、本件発明は不明確である。

(2)当審の判断

ア 本件明細書の記載事項

(ア)本件発明の「Fe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相」、「局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点」、「極大点」の「配位数」に関し、本件明細書には、以下の記載がある。
「【0034】
Fe組成ネットワーク相とは、軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い相のことである。本実施形態に係る軟磁性合金のFe濃度分布を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて厚み5nmで観察する・・・。・・・
【0035】
・・・本実施形態に係る軟磁性合金は・・・Fe含有量が高い部分がネットワーク状に繋がって分布していることに特徴がある。」
「【0037】
Fe組成ネットワーク相の極大点とは、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなる点のことである。また、極大点の配位数とは、一つの極大点がFe組成ネットワーク相を通じて繋がっている他の極大点の数のことである。」
「【0049】
なお、配位数が0の極大点、および、配位数が0の極大点の周囲に存在している閾値よりも高いFe含有量である領域もFe組成ネットワーク相に含まれるとする。
【0050】
・・・測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。」

(イ)さらに、本件発明の「極大点」及び「極大点」の「配位数」の算出方法(Fe組成ネットワーク相の解析手順)に関し、本件明細書には、図3?7とともに、以下の記載がある。
「【0039】
まず、1辺の長さが40nmの立方体を測定範囲とし、当該立方体を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドごとに分割する。すなわち、一つの測定範囲にグリッドが40×40×40=64000個存在する。
【0040】
次に、各グリッドに含まれるFe含有量を評価する。そして、全てのグリッドにおけるFe含有量の平均値(以下、閾値と表記することがある)を算出する。当該Fe含有量の平均値は、各軟磁性合金の平均組成から算出される値と実質的に同等な値となる。
【0041】
次に、Fe含有量が閾値を超えるグリッドであり、全ての隣接グリッドよりもFe含有量が高いグリッドを極大点とする。図3には極大点を探索する工程を示すモデルを示す。・・・
【0042】
・・・実際には・・・1つの極大点10aに対して隣接グリッド10bが26個存在する。
【0043】
また、測定範囲の端部に位置するグリッド10については、測定範囲の外側についてFe含有量0のグリッドが存在するとみなす。
【0044】
次に、図4に示すように、測定範囲に含まれる全極大点10a間を結ぶ線分を生成する。・・・
【0045】
次に、図5に示すように、閾値よりも高いFe含有量である領域(=Fe組成ネットワーク相)20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bを区分けする。そして、図6に示すように、領域20bを通過する線分を削除する。
【0046】
次に、図7に示すように、線分が三角形を構成する部分であって当該三角形の内側に領域20bがない場合には、当該三角形を構成する三本の線分のうち、最も長い線分を一本削除する。最後に、極大点同士が隣接するグリッドにある場合について、その極大点同士を結ぶ線分を削除する。
【0047】
そして、各極大点10aから伸びる線分の数を各極大点10aの配位数とする。・・・
また、40nm×40nm×40nmの測定範囲内の最表面に存在するグリットが極大点を示す場合、当該極大点は、後述する配位数が特定の範囲内である極大点の割合の計算から除外する。」

イ 平成29年9月19日付け意見書の主張内容

(ア)審査段階において、特許権者は、
(i)「Fe組成ネットワーク相」とは、Feの含有量がFe含有量の平均値よりもどの程度高いグリッドが繋がっている相のことをいうのかが不明であり、
(ii)Fe含有量がFe含有量の平均値よりも高く、かつ、Fe含有量が全ての隣接グリッドよりも高いグリッドとされる「Fe組成ネットワーク相の極大点」とは、Fe含有量がFe含有量の平均値よりもどの程度高く、Fe含有量が全ての隣接グリッドよりもどの程度高いグリッドのことをいうのかが不明である、
という明確性要件違反の拒絶理由を解消するために、平成29年9月19日付け意見書において、それぞれ、以下の主張をしている。
上記(i)に対して:「明細書段落0034?0035にも記載されているように、Fe組成ネットワーク相とは、軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い部分が繋がっている相のことである。ここで、軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い部分とは、具体的には、Fe含有量の差が解析できる解析限界以上、多い領域(グリッド)とする。
今回、用いている測定装置および解析プログラムにおいては、各領域(グリッド)のFe含有量を0.1at%単位で解析することができる。すなわち、Fe含有量が区別できる解析限界が0.1at%である。したがって、0.1at%以上、軟磁性合金の平均組成よりもFeを含む領域(グリッド)が『軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い部分』となる。そして、『軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い部分』が繋がっている部分がFe組成ネットワーク相となる。」
上記(ii)に対して:「明細書段落0041には、『Fe含有量が閾値(平均Fe含有量)を超えるグリッドであり、全ての隣接グリッドよりもFe含有量が高いグリッドを極大点とする。』と記載されている。ここで、本願では、『Fe含有量が閾値(平均Fe含有量)を超えるグリッド』とはFe含有量が平均Fe含有量を2.0at%以上、上回るグリッドであるとした。次に、当該グリッドについて、Fe含有量がさらに上記の解析限界、すなわち0.1at%以上多いグリッドが隣接しているか否かを確認する。そして、Fe含有量が0.1at%以上多いグリッドが隣接していない場合において、当該グリッドを極大点とする。」

(イ)ここで、本件発明1では、「Fe組成ネットワーク相」、「Fe含有量の極大点」、「極大点」の「配位数」の測定方法については、特定されていないものの、審査官は、前記(ア)の意見書における主張を採用することによって、前記(ア)(i)(ii)の拒絶理由が解消したと判断して特許査定をし、その結果として、本件特許の設定登録がされたことに照らせば、設定登録を得た後に、特許権者が上記主張に反する主張をすることは許されないものと解され、さらに、上記測定方法については、上記主張も参酌して解釈すべきものと認められる。

ウ 以上のとおり、前記イによって、本件発明における「Fe組成ネットワーク相」が、Feの含有量がFe含有量の平均値よりも0.1at%以上高いグリッドが繋がっている相であり、「Fe組成ネットワーク相の極大点」が、Fe含有量がFe含有量の平均値よりも2.0at%以上高く、かつ、Fe含有量が全ての隣接グリッドよりも0.1at%以上高いグリッドであることが明確になったから、当業者は、1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドに対し、Fe含有量を0.1at%単位で解析することができるように3次元アトムプローブ(3DAP)の測定装置、測定条件、解析プログラム等の選択をした上で、本件明細書に記載された前記ア(イ)の手順に従えば、「極大点」及び「極大点」の「配位数」を算出することができるものと認められる。
また、本件明細書には、3次元アトムプローブ(3DAP)の測定精度や再現性を高くするために、「測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。」(前記ア(イ)【0050】)と記載されているから、当業者は測定を繰り返して行うことによって、必要な測定精度や再現性を確保することもできると認められる。
したがって、当業者は、ある軟磁性合金がFe組成ネットワーク相に係る本件発明の特定事項を充足するか否かを一定の測定精度や再現性を伴って確認することができるといえるから、本件発明は明確であり、申立人の主張はいずれも採用することはできない。

(3)小括

以上のとおりであるから、申立理由2には理由がない。

3 申立理由3(実施可能要件違反)について

(1)申立人の主張

申立理由3について、申立人が主張する内容は以下のとおりである(異議申立書第29頁下から3行?第31頁第12行)。

ア 申立理由2で主張したとおり、本件発明は不明確で、ある軟磁性合金が本件発明に該当するか否かを確認することができないから、本件明細書は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

イ 本件明細書には、本件発明に係る軟磁性合金を単ロール法及びガスアトマイズ法によって製造することが記載されているが、単ロール法を用いる場合については、ロール温度及びチャンバー内蒸気圧の条件についての開示があるのみで、他の条件については開示がなく、また、ガスアトマイズ法を用いる場合については、ガス温度及びチャンバー内蒸気圧の条件についての開示があるのみで、他の条件については開示がないから、本件明細書は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(2)当審の判断

ア 前記(1)アの主張について

申立理由2で検討したとおり、当業者は、ある軟磁性合金がFe組成ネットワーク相に係る本件発明の特定事項を充足するか否かを一定の測定精度や再現性を伴って確認することができるといえるから、前記(1)アの申立人の主張は根拠を欠くものであり、これを採用することはできない。

イ 前記(1)イの主張について

(ア)単ロール法を用いる場合について

a 本件明細書の記載事項

本件発明に係る軟磁性合金を単ロール法によって製造することに関し、本件明細書には、以下の記載がある。

「【0059】
単ロール法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性合金と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。・・・
【0060】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(浴湯)を得る。・・・
【0062】
単ロール法においては、主にロール33の回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズル31とロール33との間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。・・・
【0063】
後述する熱処理前の時点では、薄帯は非晶質であることが好ましい。非晶質である薄帯に対して後述する熱処理を施すことにより、上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。
【0064】
・・・ここで、薄帯が非晶質であるとは、薄帯に結晶が含まれていないということである。例えば、粒径0.01?10μm程度の結晶の有無については、通常のX線回折測定により確認することができる。・・・通常のX線回折測定では結晶がないと判断されてしまう・・・場合の結晶の有無については、例えば、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで確認できる。・・・。
【0065】
ここで、本発明者らは、ロール33の温度およびチャンバー35内部の蒸気圧を適切に制御することで、熱処理前の軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなり、熱処理後に好ましいFe組成ネットワーク相を得られやすくなることを見出した。具体的には、ロール33の温度を50?70℃、好ましくは70℃とし、露点調整を行ったArガスを用いてチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下、好ましくは4hPa以下とすることにより、軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなることを見出した。
【0066】
従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属32を急冷させることが好ましいと考えられており、溶融金属32とロール33との温度差を広げることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そのため、ロール33の温度は通常、5?30℃程度とすることが好ましいと考えられていた。しかし、本発明者らは、ロール33の温度を50?70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属32が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した。・・・
【0067】
得られた薄帯34を熱処理することで上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。この際に薄帯34が完全な非晶質であると上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
【0068】
・・・軟磁性合金の組成により好ましい熱処理条件は異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね500?600℃、好ましい熱処理時間は概ね0.5?10時間となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。」

b 前記aによれば、本件明明細書には、以下の事項が記載されているものと認められる。

(a)本件発明に係る軟磁性合金を単ロール法で製造する場合には、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各金属元素の純金属を上記軟磁性合金と同組成となるように秤量・溶解・混合して母合金を作製し(【0059】)、当該母合金を加熱溶融して溶融金属とした後、ノズルを通じて回転するロール上に供給して薄帯を形成する。
薄帯の厚さの調整については、主としてロールの回転速度を調整することで行うが、ノズルとロールの間隔や溶融金属の温度を調整することでも行うことができる(【0060】【0062】)。

(b)本件発明に係る軟磁性合金を得るためには、得られた薄帯が完全な非晶質であることが好ましく、このような薄帯に対して熱処理を施すことによって、上記軟磁性合金が得られやすくなる(【0063】【0067】)。

(c)ここで、薄帯が非晶質であるとは、薄帯に結晶が含まれていないことを意味する。粒径0.01?10μm程度の結晶の有無については、通常のX線回折測定によって確認することができるが、通常のX線回折測定で確認できない場合の結晶の有無については、イオンミリングにより薄片化した試料を透過電子顕微鏡で観察し、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像又は高分解能像を得ることで確認できる(【0064】)。

(d)従来、単ロール法においては、溶融金属を急冷するために、ロール温度は通常5?30℃程度にすることが好ましいと考えられていたが、本発明者らは、ロール温度を従来の単ロール法より高温の50?70℃にし、さらにチャンバー内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを新たに見出した(【0065】【0066】)。

(e)得られた薄帯を熱処理することで本件発明に係る軟磁性合金が得られるが、好ましい熱処理条件は軟磁性合金の組成により異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね500?600℃、熱処理時間は概ね0.5?10時間であるが、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度及び熱処理時間が存在する場合もある(【0067】【0068】)。

c 前記bによれば、本件明細書の記載に接した当業者であれば、本件発明に係る軟磁性合金を単ロール法を利用して製造するためには、最終的に得られる軟磁性合金と同一組成で、完全な非晶質の薄帯を単ロール法によって形成した後、得られた薄帯を熱処理すればよく、ここでいう完全な非晶質の薄帯とは、通常のX線回折測定や透過電子顕微鏡観察によっても結晶の存在が確認できない薄帯のことをいい、このような薄帯を単ロール法によって形成するためには、ロール温度を従来より高温の50?70℃にし、さらにチャンバー内部の蒸気圧を11hPa以下として、溶融金属が均等に冷却されるようにすればよく、その後、軟磁性合金の組成により異なる条件(通常の好ましい熱処理温度は、概ね500?600℃であり、熱処理時間は、概ね0.5?10時間であるが、この範囲外のこともある。)で熱処理を施せばよいことを理解することができる。
そして、得られた軟磁性合金が、Fe組成ネットワーク相に係る本件発明の特定事項を充足するか否かを一定の測定精度や再現性を伴って確認することができるといえることは、申立理由2で検討したとおりである。

d したがって、本件発明に係る軟磁性合金を単ロール法を利用して製造するに際し、当業者であれば、従来と比べて特別な配慮が必要な「ロール温度」及び「チャンバー内蒸気圧」以外の条件については、形成後の薄帯が完全な非晶質となることが確認できる範囲で条件を設定すればよく、このようにして得られた薄帯が熱処理後にFe組成ネットワーク相に係る本件発明の特定事項を充足するか否かは3次元アトムプローブ(3DAP)によって確認できるのであるから、この確認結果に基づいて上記熱処理の条件を、熱処理温度:概ね500?600℃、熱処理時間:概ね0.5?10時間の範囲を中心にして決定できるものと認められる。
よって、本件明細書は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(イ)ガスアトマイズ法を用いる場合について

a 本件明細書の記載事項

本件発明に係る軟磁性合金をガスアトマイズ法によって製造することに関し、本件明細書には、以下の記載がある。

「【0070】
ガスアトマイズ法では、上記した単ロール法と同様にして1200?1500℃の溶融合金を得る。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。
【0071】
このとき、ガス噴射温度を50?100℃とし、チャンバー内の蒸気圧4hPa以下とすることで、最終的に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
【0072】
ガスアトマイズ法で粉体を作製した後に、500?650℃で0.5?10分(当審注:【0119】の記載に照らして、「0.5?10時間」の誤記と認められる。)、熱処理を行うことで、各粉体同士が焼結し粉体が粗大化することを防ぎつつ元素の拡散を促し、熱力学的平衡状態に短時間で到達させることができ、歪や応力を除去することができ、Fe組成ネットワーク相を得やすくなる。そして、特に高周波領域において良好な軟磁性特性を有する軟磁性合金粉末を得ることができる。」
「【0116】
(実験3)
Fe:73.5原子%、Si:13.5原子%、B:9.0原子%、Nb:3.0原子%、Cu:1.0原子%の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0117】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属としたのちガスアトマイズ法により・・・粉体を作成した。・・・
【0118】
熱処理前の各粉体に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡で制限視野回折像および明視野像を観察した。その結果、各粉体には結晶が存在せず完全な非晶質であることを確認した。
【0119】
そして、得られた各粉体を熱処理した後に保磁力を測定した。熱処理の温度はFe-Si-M-B-Cu-C系組成の試料では550℃、Fe-M-B-C系組成の試料では600℃とした。熱処理の時間は1時間とした。・・・」
「【0121】
試料No.105および107では、完全な非晶質の粉体を適切に熱処理することで、良好なFeネットワークを形成した。しかしながら、ガス温度が30℃と低すぎ、蒸気圧が25hPaと高すぎる試料No.104および106の比較例は、熱処理後の極大点の数が少なくなり好ましいFe組成ネットワークが形成できず、保磁力が高くなった。
【0122】
・・・ガス噴射温度を変更することで非晶質である軟磁性合金粉末が得られ、非晶質である軟磁性合金粉末に熱処理をすることで薄帯の場合と同様にFeの極大点が増加しFe組成ネットワーク構造が得られることがわかった。・・・」

b 前記aによれば、本件明明細書には、以下の事項が記載されているものと認められる。

(a)本件発明に係る軟磁性合金をガスアトマイズ法によって製造する場合には、単ロール法の場合と同様にして、1200?1500℃の溶融合金を得た後、当該溶融合金をチャンバー内で噴射させ粉体を作製するが、その際に、ガス噴射温度を50?100℃とし、チャンバー内蒸気圧を4hPa以下とし(【0070】【0071】)、その後、500?650℃で0.5?10時間の条件で熱処理を行う(【0072】)。
ガス噴射温度を上記範囲にすることで非晶質である軟磁性合金粉末が得られ、得られた軟磁性合金粉末に熱処理をすることで薄帯の場合と同様にFeの極大点が増加しFe組成ネットワーク構造が得られることが分かった(【0122】)。

(b)実施例についてみても、X線回折測定及び透過電子顕微鏡観察で完全な非晶質であることが確認できた粉体を熱処理(550℃又は600℃で1時間)したもの(試料No.105,107)は、良好なFe組成ネットワーク構造を有することが確認できた(【0116】?【0121】)。

c 前記bによれば、本件明細書の記載に接した当業者であれば、本件発明に係る軟磁性合金をガスアトマイズ法を利用して製造するためには、単ロール法を利用する場合と同様、ガス噴射温度を50?100℃とし、チャンバー内蒸気圧を4hPa以下として、得られた粉体を完全な非晶質とした上で、500?650℃で0.5?10時間の条件で熱処理を行えばよいことを理解することができる。

d したがって、本件発明に係る軟磁性合金をガスアトマイズ法を利用して製造するに際し、当業者であれば、従来と比べて特別な配慮が必要な「ガス噴射温度」及び「チャンバー内蒸気圧」以外の条件については、形成後の薄帯が完全な非晶質となることが確認できる範囲で条件を設定すればよく、このようにして得られた薄帯が熱処理後にFe組成ネットワーク相に係る本件発明の特定事項を充足するか否かは3次元アトムプローブ(3DAP)によって確認できるのであるから、この確認結果に基づいて上記熱処理の条件を、500?650℃で0.5?10時間の範囲を中心にして決定できるものと認められる。
よって、本件明細書は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(3)小括

以上のとおりであるから、申立理由3には理由がない。

第5 結び

以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-10-09 
出願番号 特願2016-194634(P2016-194634)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 長谷山 健
結城 佐織
登録日 2017-12-22 
登録番号 特許第6260667号(P6260667)
権利者 TDK株式会社
発明の名称 軟磁性合金  
代理人 前田・鈴木国際特許業務法人  

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