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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B21J
管理番号 1345856
異議申立番号 異議2018-700472  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-06-11 
確定日 2018-10-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6246675号発明「数値シミュレーション方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6246675号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3,5,8〕,4,6,7について訂正することを認める。 特許第6246675号の請求項4,6及び7に係る特許を維持する。 特許第6246675号の請求項1ないし3,5及び8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6246675号の請求項1ないし8に係る特許についての出願は,平成29年11月24日に特許権の設定登録がされ,その後,平成30年6月11日に特許異議申立人松崎隆(以下「申立人」という。)より請求項1ないし8に対して特許異議の申立てがされ,同年7月30日付けで取消理由が通知され,同年9月13日に意見書の提出及び訂正請求がされたものである。
なお,以下の第2で説示するとおり,平成30年9月13日の訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)は,実質的に請求項の削除のみを請求するものであるから,特許法第120条の5第5項ただし書の「特別の事情があるとき」に該当し,申立人に意見書を提出する機会を与えない。


第2 訂正の適否
1.本件訂正請求の趣旨及び訂正の内容
本件訂正請求の趣旨は,特許第6246675号の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1ないし8について訂正することを求めるものであり,訂正の内容は以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1ないし3,5及び8を削除する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4に,
「前記変形抵抗を下式で算出することを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の数値シミュレーション方法。
【数1】


と記載されているのを,
「加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗を下式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数1】


と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6に,
「前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする請求項5に記載の数値シミュレーション方法。
【数2】


と記載されているのを,
「加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており,
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数2】


と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7に,
「前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする請求項5に記載の数値シミュレーション方法。
【数3】


と記載されているのを,
「加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており,
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数3】


と訂正する。

(5)別の訂正単位とする求め
訂正後の請求項4,6及び7について,当該請求項についての訂正が認められる場合には,一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求める。

2.訂正の目的の適否,新規事項の有無,特許請求の範囲の拡張・変更の存否及び一群の請求項
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,請求項1ないし3,5及び8を削除するものであるから,その訂正の目的は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」に該当する。
また,訂正事項1に係る訂正が,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないことは明らかである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,訂正前の請求項4が請求項1ないし3のいずれかを引用する記載であったものを,請求項1ないし3の記載を引用しない記載とするものであるから,その訂正の目的は,特許法第120条の5第2項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」に該当する。
また,訂正事項2に係る訂正が,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないことは明らかである。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は,訂正前の請求項6が請求項5を引用し,請求項5が請求項1又は2を引用する記載であったものを,請求項5及び1又は2を引用しない記載とするものであるから,その訂正の目的は,特許法第120条の5第2項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」に該当する。
また,訂正事項3に係る訂正が,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないことは明らかである。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は,訂正前の請求項7が請求項5を引用し,請求項5が請求項1又は2を引用する記載であったものを,請求項5及び1又は2を引用しない記載とするものであるから,その訂正の目的は,特許法第120条の5第2項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」に該当する。
また,訂正事項4に係る訂正が,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないことは明らかである。

(5)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし8は,請求項2が請求項1を引用し,請求項3が請求項1又は2を引用し,請求項4が請求項1ないし3を引用し,請求項5が請求項1又は2を引用し,請求項6及び7が請求項5を引用し,請求項8が請求項1ないし7を引用する関係にあるから,訂正前において一群の請求項に該当するものである。したがって,訂正の請求は,一群の請求項ごとにされたものである。

3.小括
したがって,上記訂正請求による訂正事項1ないし4は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第4号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合する。
そして,訂正後の請求項4,6,7について訂正が認められるときは,一群の請求項の他の請求項とは別の訂正単位として扱われることの求めがあったことから,訂正後の請求項〔1-3,5,8〕,4,6,7について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし8に係る発明(以下「本件特許発明」といい,各請求項に係る発明を「特許発明4」などという。)は,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】(削除)

【請求項2】(削除)

【請求項3】(削除)

【請求項4】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗を下式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数1】


【請求項5】(削除)

【請求項6】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており,
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数2】


【請求項7】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては,
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを,前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき,
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測することとし,
前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており,
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数3】


【請求項8】(削除)」


第4 取消理由通知に記載した取消理由の判断
1.取消理由の概要
取消理由通知に記載した取消理由の概要は,本件特許の請求項1ないし3,5及び8に係る発明は,本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである,というものである。

証拠(刊行物)
甲第1号証:櫻井信吾ほか4名,「軟化現象を考慮したNi基超合金自由鍛造シミュレーションの荷重予測精度向上」,第63回塑性加工連合講演会講演論文集,2012年11月4日,一般社団法人日本塑性加工学会
甲第2号証:特開2012-66291号公報
(以下,各甲号証を「甲1」などという。)

2.判断
取消理由の対象である請求項1ないし3,5及び8は,いずれも削除されたので,対象となる請求項が存在しない。


第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の判断
1.異議申立理由の概要
取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要は,次のとおりである。

(1)特許法第36条第6項第1号に係る申立理由
特許発明1ないし3,5及び8は,特許法第36条第6項第1号の要件を満たしておらず,特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。

(2)特許法第29条第2項に係る申立理由
ア.特許発明1,2及び8は,甲1に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるか,甲1記載の内容に,甲2記載の事項を組み合わせることで当業者が容易に発明することができたものであるから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。

イ.特許発明1ないし3,5及び8は,甲1に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。

ウ.特許発明4,6及び7は,甲1に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるか,甲1記載の内容に,甲3記載の事項を組み合わせることで当業者が容易に発明することができたものであるから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。

2.特許法第36条第6項第1号に係る申立理由の判断
申立理由の対象である請求項1ないし3,5及び8は,いずれも削除されたので,対象となる請求項が存在しない。

3.特許法第29条第2項に係る申立理由の判断
(1)特許発明4,6及び7
事案に鑑み,まず特許発明4,6及び7について検討する。
特許発明4,6及び7は,上記第3の請求項4,6及び7に記載したとおりのものである。

(2)証拠
甲1:上記第4の1.に記載したとおりである。
甲2:上記第4の1.に記載したとおりである。
甲3:柿本英樹ほか5名,「RR鍛造への数値シミュレーションの適用」,神戸製鋼技報,株式会社神戸製鋼,2005年12月,第55巻,第3号,第26ないし32ページ

(3)甲1の記載事項
甲1には,以下の事項が記載されている。なお,「ε’」はひずみ速度(ドットε)を代替表記したものであり,下線は理解を容易にするために当審で付したものである。
ア.「1.緒言
近年,シミュレーション技術の向上により,有限要素(FE)解析を用いた鍛造工程のシミュレーション精度が向上し,形状・荷重予測が精度良く実施可能になりつつある.冷間鍛造工程では,鍛造シミュレーションに用いるに十分な荷重予測が得られるものの,熱間鍛造,特に熱間逐次鍛造工程では,打撃回数の増加と共に精度が低下する問題がある.Fig.1に,逐次鍛造工程における鍛造荷重変化のモデル図を示す.通常,熱間での逐次鍛造工程では,打撃間に高温保持による材料の軟化が複数回発生するため,型鍛造等の大圧下・少打撃工程対比で鍛造荷重が低くなるが,鍛造シミュレーションではこれを再現できない.この現象の原因として,塑性加工用FE解析コードに用いられる変形抵抗の式が挙げられる.一般的に変形抵抗には下記式(1)で表される美坂の式1)が代表的に用いられている.

σ=kε^(n)ε’^(m)exp(-l/T) (1)

ここで,σは変形抵抗,εはひずみ量,ε’はひずみ速度,Tは絶対温度,k,lは定数である.・・・(中略)・・・そのため,熱間逐次鍛造工程のシミュレーションで十分な荷重予測精度を得るには,転移回復現象の解明し,影響をモデル化して変形抵抗の式に導入する必要がある.」(甲1第1ページ左欄第1ないし26行)

イ.「850℃の条件では,再結晶発生に10000s程度の保持が必要であるため,軟化率の測定結果に再結晶はほぼ影響していないと考えられる. 900℃の条件では,圧縮後のごく短時間で再結晶が開始し,再結晶の完了には10000s程度の時間を要した.950℃以上の条件では,さらに高速で再結晶が進行し, 10s程度で20%およびそれ以上の再結晶が発生し,100s程度で再結晶が完了した.」(甲1第2ページ左欄第19ないし26行)

ウ.「圧下後の高温保持による軟化は再結晶の進行に伴って高速に進行し,再結晶完了で軟化率が100%となる.ここから,再結晶粒の発生による転位回復による軟化効果は非常に大きく,再結晶粒の発生するひずみ量・保持条件であれば,軟化の進行は再結晶の進行に律速されるといえる.一方で,圧縮後のごく短時間, 10s以下の条件では再結晶が発生しない保持条件でも急速に軟化が進行する点,再結晶粒が発生しない850℃の保持条件でも,長時間保持により緩やかに軟化が進行する点から,圧下後の高温保持による転位回復は,再結晶による転位回復とは別に,明確に軟化の進行に寄与すると考えられる,高温保持による転位回復を変形抵抗の式に組み込む形でモデル化した前例は無いため,特に熱間逐次鍛造工程へ適用する変形抵抗の式に対しては,再結晶による転位回復のみでなく,高温保持による転位回復の両方をモデル化し,その影響を独立・加算的に考慮する必要があると考えられる.」(甲1第2ページ左欄第28ないし45行)

(4)甲1発明
上記ア.に示す記載事項からみて,近年,シミュレーション技術の向上により,鍛造工程のシミュレーション精度が向上し,形状・荷重予測が精度良く実施可能になりつつあるが,熱間逐次鍛造工程のシミュレーションでは,変形抵抗として式(1)を用いているため,十分な予測精度を得ることができないという技術的事項を理解できる。
また,熱間逐次鍛造において,下金型に加熱された元材を載置して,上金型を下金型へ押し付けて鍛造を行うことは,技術常識といえる。
甲1に記載された技術的事項を技術常識をふまえて整理すると,甲1には次の発明が記載されているということができる。

「加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を鍛造するに際しては,
形状・荷重予測をシミュレーション可能とする数値モデルを,変形抵抗を示す式(1)
σ=kε^(n)ε’^(m)exp(-l/T) (1)
を用いて構築しておき,
前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測する数値シミュレーション方法。」

(5)特許発明4について
ア.特許発明4と甲1発明の対比
特許発明4と甲1発明を対比すると,甲1発明において「形状・荷重予測をシミュレーション」することが,特許発明4において「前記元材の変形をシミュレーション」することに相当することは明らかであるから,両発明は以下の点で一致及び相違する。

<一致点>
「加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて,前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を鍛造するに際しては,
元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを構築しておき,
前記数値モデルを用いて,鍛造中の圧下状況を予測する数値シミュレーション方法。」

<相違点1>
特許発明4の鍛造は「前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転」させるものであり,「前記元材を凹形状の部材」へと鍛造するものであるのに対して,甲1発明の鍛造は,上金型や下金型を回転させるかどうか不明であり,元材を凹形状の部材へと鍛造するかどうかも不明な点。

<相違点2>
特許発明4は,数値モデルを,「前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮する」ように構築し,変形抵抗を上記【数1】式で算出するのに対して,甲1発明は,数値モデルを,上記変形抵抗を示す式(1)を用いて構築する点。

イ.相違点2の検討
(ア)事案に鑑み,相違点2について検討すると,甲1には,上記変形抵抗を示す式(1)を用いて数値モデルを構築することで,十分な予測精度を得ることができないという課題が示され(上記(3)ア.),その課題に対して,再結晶による転移回復と,高温保持による転移回復の両方をモデル化し,その影響を独立・加算的に考慮する必要性が示されている(上記(3)ウ.)。
また,再結晶による転移回復が時間変化に応じて進行すること(上記(3)イ.),高温保持による転移回復も,時間変化に応じて進行すること(上記(3)ウ.)を理解できるから,変形抵抗を示す数値モデルについて時間変化を考慮したものとして構築することは,当業者が容易に想到できる事項といえる。
(イ)しかし,甲1には,変形抵抗を上記【数1】式で算出することについて記載や示唆はない。
また,甲2及び3を参照しても,変形抵抗を上記【数1】式で算出することについて記載も示唆もない。
したがって,上記相違点2に係る構成は,甲1ないし3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(ウ)申立人は,上記【数1】式は解析式のような関数でないから,変形抵抗のσの低下率Aが,Aに含まれる各パラメータに影響を受けることを表現しているにすぎず,変形抵抗σの低下率Aと対応する軟化率が保持時間,歪み量,温度に少なからず影響を受けることは甲1に記載されており,上記相違点2は,甲1の記載から容易想到であるか,甲1の記載に甲3の記載事項を組み合わせることで容易想到である旨を主張している(特許異議申立書第13ページ第18行ないし第15ページ第1行)。
(エ)しかし,甲1には,「特に熱間逐次鍛造工程へ適用する変形抵抗の式に対しては,再結晶による転位回復のみでなく,高温保持による転位回復の両方をモデル化し,その影響を独立・加算的に考慮する必要があると考えられる.」(上記(3)ウ.)と明確に記載されている以上,甲1に接した当業者であれば,上記変形抵抗を示す式(1)に対して,再結晶による転位回復のモデルと,高温保持による転位回復のモデルを「独立・加算的」に構築すること,すなわち,再結晶によるモデルと,高温保持によるモデルを,上記変形抵抗を示す式(1)の第2項及び第3項として加算するように構築することを試みるほかない。
これに対して,上記【数1】式は,上記変形抵抗を示す式(1)において定数とされた「k」を「A(s)」すなわち変数(関数)とするものであるから,上記相違点2に係る構成は,甲1及び3のいずれの記載に基づいても,当業者が容易に想到できたものとはいえない。

ウ.小活
以上から,特許発明4は,相違点1について検討するまでもなく,甲1ないし3記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものとはいえない。
したがって,申立人の主張は理由がない。

(6)特許発明6について
ア.特許発明6と甲1発明の対比
特許発明6と甲1発明を対比すると,上記(5)ア.の一致点及び相違点1で相違するほかに,以下の相違点3で相違する。

<相違点3>
特許発明6は,数値モデルを,「前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮する」ように構築し,「前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータ」としており,変形抵抗を上記【数2】式で算出するのに対して,甲1発明は,数値モデルを,上記変形抵抗を示す式(1)を用いて構築する点。

イ.相違点3の検討
甲1ないし3には,変形抵抗を上記【数2】式で算出することについて記載も示唆もない。
したがって,上記相違点3に係る構成は,甲1ないし3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない。
また,申立人の主張は,上記(5)イ.(エ)に説示する理由と同様の理由により採用できない。

ウ.小活
以上から,特許発明6は,相違点1について検討するまでもなく,甲1ないし3記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものとはいえない。
したがって,申立人の主張は理由がない。

(7)特許発明7について
ア.特許発明7と甲1発明の対比
特許発明7と甲1発明を対比すると,上記(5)ア.の一致点及び相違点1で相違するほかに,以下の相違点4で相違する。

<相違点4>
特許発明7は,数値モデルを,「前記元材の所定の圧下箇所において,当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮する」ように構築し,「前記変形抵抗は,前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s),前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε),及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータ」としており,変形抵抗を上記【数3】式で算出するのに対して,甲1発明は,数値モデルを,上記変形抵抗を示す式(1)を用いて構築する点。

イ.相違点4の検討
甲1ないし3には,変形抵抗を上記【数3】式で算出することについて記載も示唆もない。
したがって,上記相違点4に係る構成は,甲1ないし3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない。
また,申立人の主張は,上記(5)イ.(エ)に説示する理由と同様の理由により採用できない。

ウ.小活
以上から,特許発明7は,相違点1について検討するまでもなく,甲1ないし3記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものとはいえない。
したがって,申立人の主張は理由がない。

(8)特許発明1ないし3,5及び8について
申立理由の対象である請求項1ないし3,5及び8は,いずれも削除されたので,対象となる請求項が存在しない。


第6 むすび
以上のとおり,特許発明4,6及び7に係る特許については,特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。さらに,他に特許発明4,6及び7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また,請求項1ないし3,5及び8に係る特許は,訂正により削除されたため,本件特許の請求項1ないし3,5及び8に対して,申立人がした特許異議の申立てについては,対象となる請求項が存在しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】(削除)
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて、前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては、
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを、前記元材の所定の圧下箇所において、当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき、
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて、鍛造中の圧下状況を予測することとし、
前記変形抵抗を下式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数1】

【請求項5】(削除)
【請求項6】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて、前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては、
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを、前記元材の所定の圧下箇所において、当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき、
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて、鍛造中の圧下状況を予測することとし、
前記変形抵抗は、前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s)、前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε)、及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており、
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数2】

【請求項7】
加熱された元材を載置した下金型と当該下金型を圧下する上金型とを用いて、前記上金型又は前記下金型を圧下方向の軸心回りに回転させた後に前記上金型を前記下金型へ押し付けて前記元材を凹形状の部材へと鍛造するに際しては、
前記元材の変形をシミュレーション可能とする数値モデルを、前記元材の所定の圧下箇所において、当該圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの間に生じる変形抵抗の時間変化を考慮するように構築しておき、
前記変形抵抗の時間変化が考慮された前記数値モデルを用いて、鍛造中の圧下状況を予測することとし、
前記変形抵抗は、前記圧下箇所が前記上金型により圧下されてから次に圧下されるまでの時間(s)、前記上金型の圧下によって生じたひずみ量(ε)、及び前記元材の温度(T)の少なくとも1つ以上をパラメータとしており、
前記変形抵抗を次式で算出することを特徴とする数値シミュレーション方法。
【数3】

【請求項8】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-09-26 
出願番号 特願2014-153885(P2014-153885)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B21J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 細川 翔多本庄 亮太郎豊島 唯  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 刈間 宏信
篠原 将之
登録日 2017-11-24 
登録番号 特許第6246675号(P6246675)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 数値シミュレーション方法  
代理人 安田 幹雄  
代理人 安田 幹雄  

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