• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1345860
異議申立番号 異議2017-701224  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-12-22 
確定日 2018-10-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6155862号発明「熱可塑性樹脂成形品及び熱可塑性樹脂成形品の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6155862号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。 特許第6155862号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6155862(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし12に係る特許についての出願は、平成25年6月7日に出願され、平成29年6月16日に設定登録され、同年7月5日に特許掲載公報の発行がされ、その後、その特許に対して同年12月22日に特許異議申立人 望月八千代(以下、「申立人」という。)から特許異議の申立てがなされ、当審において平成30年4月12日付け(平成30年4月17日発送)で取消理由が通知され、その指定期間内である平成30年6月18日に意見書の提出及び訂正の請求がされ、平成30年8月1日に申立人より意見書が提出されたものである。

第2 訂正の請求についての判断

1 訂正の内容
平成30年6月18日付けの訂正請求書による訂正の請求は、「特許第6155862号の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1乃至7について訂正することを求める。」ものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に「前記炭素繊維は0.4質量部以上10質量%以下含まれており、」とあるのを、「前記炭素繊維は0.4質量%以上4.0質量%以下含まれており、」に訂正する。

(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項5に「炭素繊維は0.5質量%以上5質量%以下含まれている、」とあるのを、「炭素繊維は0.5質量%以上4.0質量%以下含まれている、」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び一群の請求項

(1)訂正事項1について

訂正事項1は、訂正前の請求項1の「前記炭素繊維は0.4質量%以上10質量%以下含まれており」という事項の「10質量%」との上限を「4質量%」に引き下げるものであり、請求項1の「熱可塑性樹脂成形品」における炭素繊維の含有量についての数値範囲を減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、かかる訂正事項1は、申立人が提示した甲第1号証(下記 第4参照)に記載の、「(A-1)変性ポリオレフィン系樹脂および(A-2)未変性ポリオレフィン系樹脂からなる(A)ポリオレフィン系樹脂100重量部に対して、(B)サイジング処理された炭素繊維5?64重量部(C)絶縁性無機フィラー0.1?18重量部を配合してなる樹脂組成物を成形した成形品であって、(B)サイジング処理された炭素繊維の重量平均繊維長が0.3?10mmである成形品。」における炭素繊維の含有量が、最少で4.07重量%(=[5/(100+5+18)×100)であることから訂正前の「0.4質量%以上10質量%以下」との数値範囲から、上記甲1号証の炭素繊維の含有量の数値範囲との重なる部分のみを除くものであって新たな技術的事項を導入するものではなく、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものである。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項5の「前記炭素繊維は0.5質量%以上5質量%以下含まれている」という事項の「5質量%」との上限を「4質量%」に引き下げるものであり、請求項5の「熱可塑性樹脂成形品」における炭素繊維の含有量についての数値範囲を減縮するものであるから、特許法第1
20条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、かかる訂正事項2は、上記(1)と同様の理由により、新たな技術的事項を導入するものではなく、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものである。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)一群の請求項
訂正前の請求項2ないし7は、訂正前の請求項1を引用しており、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、請求項1ないし7は一群の請求項である。
したがって、訂正事項1及び2は、一群の請求項ごとにされている。

(4)独立特許要件について
特許異議の申立ては、本件特許の全ての請求項について申し立てられているので、訂正後の請求項1ないし7に係る発明については、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正の請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

したがって、本件訂正の請求は適法なものであり、訂正後の請求項〔1-7〕について、訂正することを認める。

第3 本件特許に係る発明

上記第2のとおり、本件訂正は許容されるので、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明12」という。)は、平成30年6月18日付けの訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
炭素繊維を含む熱可塑性樹脂成形品であって、
前記炭素繊維は0.4質量%以上4.0質量%以下含まれており、
前記炭素繊維の平均長さは0.5mm以上15mm以下であり、
前記熱可塑性樹脂はポリプロピレンであって、カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンを含んでいるとともに、さらにCl基を有する別の樹脂を含んでおり、
前記炭素繊維は表面にカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有している、熱可塑性樹脂成形品。
【請求項2】
前記別の樹脂はエポキシ樹脂又はポリプロピレンである、請求項1に記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項3】
前記ポリプロピレンは、プロピレンとエチレンとのブロックコポリマーであるブロックポリプロピレンである、請求項1又2はに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項4】
前記炭素繊維の径は5μm以上11μm以下である、請求項1から3のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項5】
炭素繊維は0.5質量%以上4.0質量%以下含まれている、請求項1から4のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項6】
炭素繊維の平均長さは0.5mm以上10mm以下である、請求項1から5のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項7】
射出成形によって形成されている、請求項1から6のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項8】
炭素繊維と第1の熱可塑性樹脂とを含む第1の樹脂材料と、第2の熱可塑性樹脂を含む第2の樹脂材料とを混練して溶融材料とする工程と、
前記溶融材料を金型内に射出する工程と
を備えた熱可塑性樹脂成形品の製造方法であって、
前記第1の樹脂材料に含まれる前記炭素繊維は、平均長さが0.5mm以上15mm以下であってCl基を有する第3の樹脂により表面を被覆されており、
前記第1の熱可塑性樹脂はカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンであり、
前記溶融材料には前記炭素繊維が0.4質量%以上10質量%以下含まれている、熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項9】
前記第2の熱可塑性樹脂は、前記第1の熱可塑性樹脂とは異なるポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項10】
前記第2の熱可塑性樹脂は、前記第1の熱可塑性樹脂と同じポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項11】
前記第3の樹脂はエポキシ樹脂又はポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項12】
前記ポリプロピレンは、プロピレンとエチレンとのブロックコポリマーであるブロックポリプロピレンである、請求項8から11のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。」

第4 平成30年4月12日付けの取消理由通知について

1 取消理由の概要
当審において、平成30年4月12日付けで通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。

「1.本件特許の請求項1、2、4、6及び7に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2.本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された事項並びに甲第2ないし4号証に記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。」

ここで、上記甲第1号証ないし甲第4号証は、平成29年12月22日に申立人が提出した特許異議申立書に、甲第1号証ないし甲第4号証として添付された以下のものである。

甲第1号証:特開2012-167250号公報
甲第2号証:特開平10-209615号公報
甲第3号証:特開2003-73452号公報
甲第4号証:特開2010-229572号公報

以下、上記取消理由1.、2.を、順に「理由1」、「理由2」といい、甲第1号証ないし甲第4号証を、順に、「甲1」ないし「甲4」という。

2 当審の判断

(1)理由1及び理由2について
ア 甲1に記載された事項と甲1に記載された発明
甲1には、請求項1ないし3、7ないし11、【0009】、【0012】ないし【0018】、【0023】ないし【0032】、【0037】、【0043】、【0047】、【0051】、【0058】ないし【0073】及び【表1】、特に【0066】ないし【0068】及び表1の実施例1からみて、以下の発明が記載されていると認められる。

「ポリアクリロニトリルを主成分とする共重合体から紡糸、焼成処理、表面酸化処理を行い、表面酸素濃度比[O/C]が0.03であり、単繊維径7μmの炭素繊維を、ビスフェノールF型エポキシのサイジング剤で処理した重量平均繊維長1.4mmの炭素繊維8重量部、酸変性ポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部、絶縁性フィラーとしてタルク1重量部で配合したペレットから射出成形された成形品。」(以下、「甲1発明」という。)

また、甲1には、以下の事項が記載されている。
(ア)「(A-1)変性ポリオレフィン系樹脂および(A-2)未変性ポリオレフィン系樹脂からなる(A)ポリオレフィン系樹脂100重量部に対して、
(B)サイジング処理された炭素繊維5?64重量部
(C)絶縁性無機フィラー0.1?18重量部
を配合してなる樹脂組成物を成形した成形品であって、(B)サイジング処理された炭素繊維の重量平均繊維長が0.3?10mmである成形品。」(【請求項1】)

(イ)「(B)炭素繊維の含有量は(A)ポリオレフィン系樹脂100重量部に対して5?64重量部が好ましく、5重量部未満では電磁波シールド性と力学特性が劣り64重量部を超えると絶縁性が劣る。絶縁性と電磁波シールド性、力学特性の観点から、好ましくは7?50重量部、更に好ましくは10?30重量部であることが好ましい。」(【0037】)

イ 対比・判断
(ア)本件発明1について
本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「重量平均繊維長1.4mmの炭素繊維」は、本件発明1の「平均長さは0.5mm以上15mm以下」の「炭素繊維」に相当する。
また、甲1発明の「酸変性ポリプロピレン」は、本件発明1の「カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも1方を有するポリプロピレン」に相当し、甲1発明の「酸変性ポリプロピレン樹脂」及び「ホモポリプロピレン樹脂」からなる「ポリオレフィン樹脂」は、本件発明1の「カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレン」を含んでいる「ポリプロピレン」に相当する。 そして、甲1発明の「成形品」は、「酸変性ポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部」を含むものであるから、「熱可塑性樹脂成形品」であるといえる。
さらに、本件発明1は、炭素繊維及びポリプロピレン、Clを有する別の樹脂を含む成形品であってその他の成分を含んでもよいものであり、甲1発明の絶縁フィラーのタルクについては、本件発明1の実施例でも配合されている成分である。
そうすると、両発明は、
「炭素繊維を含む熱可塑性樹脂成形品であって、
前記炭素繊維の平均長さは0.5mm以上15mm以下であり、
前記熱可塑性樹脂はポリプロピレンであって、カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンを含んでいる、
熱可塑性樹脂成形品。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1では、熱可塑性樹脂成形品において、炭素繊維は0.4質量%以上4.0質量%以下含まれているのに対して、甲1発明では、炭素繊維8重量部が酸変性ポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部、絶縁性フィラーとしてタルク1重量部と配合されている点。

<相違点2>
本件発明1では、成形品の配合成分としてCl基含有樹脂を含むのに対し、甲1発明はビスフェノールF型エポキシ樹脂をサイジング剤として含む点。

<相違点3>
本件発明1では、炭素繊維は表面にカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有しているのに対し、甲1発明では、炭素繊維を表面酸化処理を行い、表面酸素濃度比[O/C]により特定されているが、カルボキシル基又はカルボニル基を有するとの特定はない点。

上記相違点について検討する。

<相違点1>について
甲1発明における「炭素繊維8重量部」が「酸変性ポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部、絶縁性フィラーとしてタルク1重量部」と配合されているとき、炭素繊維の成形体全体における含有量は、
7.34重量%(=[8/(100+8+1)]×100)
と計算され、当該含有量は、「0.4質量%以上4.0質量%以下」との範囲に包含されない。
よって、相違点1は、実質的な相違点である。
そして、甲1の上記記載事項(ア)をみると、甲1において、炭素繊維の含有量は、ポリオレフィン系樹脂100重量部、炭素繊維5重量部、絶縁性無機フィラー18重量部のとき最少になり、このときの成形品における炭素繊維の含有量は、
4.07重量%(=[5/(100+5+18)×100)
である。
そうであれば、甲1発明において、「7.34重量%」である炭素繊維の含有量を、最少値である「4.07重量%」よりもさらに減少せしめて「4.0質量%以下」とすることには、何らの動機付けも見出せないし、また、記載事項(イ)によれば、炭素繊維の含有量が規定の値以下未満では電磁波シールド性と力学特性が劣るのであるから、「4.0質量%以下」とすることには阻害要件があるといえる。
さらに、甲2ないし甲4のいずれをみても、甲1発明において、炭素繊維を「4.0質量%以下」含有させることについての何らの動機付けも見出せない。
してみると、上記相違点1に係る事項は、当業者が容易に想到し得たものではない。
以上のとおりであるから、相違点2及び3について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明ではなく、また、甲1発明及び甲2ないし甲4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ここで、本件発明1の効果について検討すると、本件明細書【0024】、【0025】、【0041】?【0050】、【図2】?【図4】の記載に鑑みると、本件発明1は、ポリプロピレン中の炭素繊維の分散が様々な方向で均一になり、電磁波の振動面がいずれの方向であっても高い電磁波のシールド性能を有するという効果を奏するものと認められるところ、甲1ないし甲4のいずれをみても、上記効果について何らの記載も見出せない。よって、本件発明1は、甲1ないし甲4に記載された事項から予測をすることのできない格別の効果を奏するものである。

(イ)本件発明2ないし7について
本件発明2ないし7は、いずれも本件発明1を直接又は間接的に引用するものであって、本件発明2ないし7と引用発明1とを対比すると、上記(ア)で述べた相違点1を有する。
そして、上記(ア)で述べたものと同様の理由により、上記相違点1に係る事項は、当業者が容易に想到し得たものではない。
よって、本件発明2、4、6、7は、甲1発明ではなく、また、本件発明2ないし7は、甲1発明及び甲2ないし甲4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 小括
以上のとおり、本件発明1、2、4、6、7は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものではないし、本件発明1ないし7は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものでもないから、同法第113条第2号に該当せず、取り消されるべきものではない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

1 申立人の主張
申立人は、特許異議申立書において、
(1)本件発明8ないし12は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条第1項第3号に該当し、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである旨、及び、本件発明8ないし12は、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。(以下、「理由3」という。)
(2)本件発明1ないし7は、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基いて容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、これらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。(以下、「理由4」という。)

申立人が提示した証拠方法は以下のとおりである。(甲1ないし甲4については、上記第4に記載したものであり、再掲する。)

甲第1号証:特開2012-167250号公報(甲1)
甲第2号証:特開平10-209615号公報(甲2)
甲第3号証:特開2003-73452号公報(甲3)
甲第4号証:特開2010-229572号公報(甲4)
甲第5号証:特開2001-200096号公報
甲第6号証:F.Rezaei et al., Development of Short-Crbon-Fiber-Reinforced Polypropylene Composite for Car Bonnet, Polymer-Plastics Technology and Engineering,47:351-357, 2008
(以下、甲第5号証及び甲第6号証をそれぞれ、「甲5」及び「甲6」という。)

2 当審の判断

(1)理由3について
ア 甲1に記載された発明
甲1には、請求項1ないし3、7ないし11、【0009】、【0012】ないし【0018】、【0023】ないし【0032】、【0037】、【0043】、【0047】、【0051】、【0058】ないし【0073】及び【表1】、特に【0066】ないし【0068】及び表1の実施例1からみて、以下の発明が記載されていると認められる。

「ポリアクリロニトリルを主成分とする共重合体から紡糸、焼成処理、表面酸化処理を行い、表面酸素濃度比[O/C]が0.03であり、単繊維径7μmの炭素繊維を、ビスフェノールF型エポキシのサイジング剤で処理した重量平均繊維長1.4mmの炭素繊維を200℃に過熱しながら開繊させ、酸変性ポリプロピレン樹脂とホモポリプロピレン樹脂とタルクを80:20:1(重量比)の比率でブレンドした樹脂組成物を、押出機のホッパーに投入し、230℃にて溶融混練した状態で、230℃に加熱された含浸ダイに押し出すと同時に上記炭素繊維を含浸ダイ中に連続して供給して、酸変性ポリプロピレン樹脂とホモポリプロピレン樹脂とタルクからなる樹脂組成物を炭素繊維に含浸させて炭素繊維の含有量が8wt%の連続繊維強化樹脂ストランドを得、その後連続繊維強化樹脂ストランドを100℃以下まで冷却・固化させ、切断して長繊維ペレットを得、得られた長繊維ペレットを、金型内に、射出成形機を用いて成形する成形品の製造方法。」(以下、「甲1発明2」という。)

イ 対比・判断
(ア)本件発明8について
本件発明8と甲1発明2とを対比する。
甲1発明2の「重量平均繊維長1.4mmの炭素繊維」は、本件発明8の「平均長さは0.5mm以上15mm以下」の「炭素繊維」に相当する。
また、甲1発明2の「酸変性ポリプロピレン」は、本件発明8の「カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも1方を有するポリプロピレン」である「第1の熱可塑性樹脂」に相当し、甲1発明2の、「長繊維ペレット」は、「酸変性ポリプロピレン樹脂とホモポリプロピレン樹脂とタルクからなる樹脂組成物」を炭素繊維に含浸させ」たストランドを「切断し」たものであるから、本件発明8の「炭素繊維と第1の熱可塑性樹脂とを含む第1の樹脂材料」に、炭素繊維がCl基を有する第3の樹脂により表面を被覆されていない点を除いて、相当する。
そして、甲1発明2の「成形品」は、「酸変性ホモポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部」を含むものであるから、「熱可塑性樹脂成形品」であるといえる。

してみると、本件発明8と甲1発明2とは、
「炭素繊維と第1の熱可塑性樹脂とを含む第1の樹脂材料を、金型内に射出する工程を備えた熱可塑性樹脂成形品の製造方法であって、第1の熱可塑性樹脂はカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンである、熱可塑性樹脂成形品の製造方法」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点4>
本件発明8においては、炭素繊維と第1の熱可塑性樹脂とを含む第1の樹脂材料と、第2の熱可塑性樹脂を含む第2の熱可塑性樹脂材料とを混練して溶融材料とする工程を有し、溶融材料には、炭素繊維が0.4質量%以上10質量%以下含まれており、当該溶融材料を金型内に射出するのに対して、甲1発明2では、酸変性ポリプロピレン樹脂とホモポリプロピレン樹脂とタルクからなる樹脂組成物を炭素繊維に含浸させたストランドを切断した、炭素繊維の含有量が8wt%の長繊維ペレットを金型内に射出している点。

<相違点5>
本件発明8では、第1の樹脂材料に含まれる炭素繊維は、Cl基を有する第3の樹脂により表面を被覆されているのに対して、甲1発明2では、長繊維ペレットに含まれる炭素繊維は、ビスフェノールF型エポキシのサイジング剤で処理されている点。

上記相違点4について検討する。
甲1発明の「長繊維ペレット」を、第2の熱可塑性樹脂を含む第2の熱可塑性材料と混練して溶融材料とすることについては、甲1のいずれの箇所をみても記載がない。
してみると、相違点4は、実質的な相違点である。
そして、甲2ないし甲6のいずれをみても、成形品の製造方法において、酸変性ポリプロピレン樹脂とホモポリプロピレン樹脂とタルクからなる樹脂組成物を含浸させた炭素繊維から得られた長繊維ペレットを、他の熱可塑性材料と混練して溶融材料とすることについては何らの記載がない。
以上のとおりであるから、上記相違点4に係る事項は、当業者が容易に想到しうる事項ではない。
したがって、相違点5について検討するまでもなく、本件発明8は、甲1発明2ではないし、また、甲1発明2及び甲2ないし甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ)本件発明9ないし12について
本件発明9ないし12は、本件発明8を直接的又は間接的に引用するものであり、上記(ア)と同様の理由により、甲1発明2ではないし、また、甲1発明2及び甲2ないし甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、申立人の主張する理由3には、理由がない。

(2)理由4について
ア 本件発明1について
本件発明1が、甲1発明及び甲2ないし甲4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないことは、上記第4に述べたとおりである。
ここで、本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は相違点1ないし3で相違することは上記第4に述べたとおりであり、相違点1を再掲すると以下のとおりである。

<相違点1>
本件発明1では、熱可塑性樹脂成形品において、炭素繊維は0.4質量%以上4.0質量%以下含まれているのに対して、甲1発明では、炭素繊維8重量部が酸変性ポリプロピレン樹脂20重量部及びホモポリプロピレン樹脂80重量部からなるポリオレフィン樹脂100重量部、絶縁性フィラーとしてタルク1重量部と配合されている点。

一方、甲5には、【請求項1】、【0008】及び【0009】をみると、微細な炭素繊維を含有する導電性熱可塑性樹脂組成物であって、該微細な炭素繊維の直径は0.01?5μmであり、該微細な炭素繊維の含有量が0.1?50重量%である導電性熱可塑性樹脂組成物において、微細な炭素繊維は直径が0.01?5μm、好ましくは0.01?1μmであり、アスペクト比が10以上、好ましくは50μ以上であること、繊維の長さは長すぎると繊維の絡み合い等によりフィラーとしての分散性に問題が生じたり、樹脂組成物表面に凹凸を生じやすいので、400μm以下が好ましく、さらに好ましくは100μm以下であることが記載されており、【表1】をみると、実施例1、実施例2及び比較例3に、炭素繊維/樹脂の質量比が、それぞれ0.1/99.9、1/99、1/99であることが記載されている。
また、甲6には、352頁左欄「材料」及び「試料の調製」の項目、表1及び354頁の図6をみると、ポリプロピレンと、直径が6.8671μmである炭素繊維とを混合して組成物を形成しホットプレス成型をしたこと、炭素含有量1?7重量%、炭素繊維長0.5?10mmの範囲において、アイゾッド衝撃強度が25(J/m)付近から45(J/m)付近まで変化したことが記載されている。
しかしながら、これらの記載は、甲1発明において、炭素繊維の含有量を「0.4質量%以上4.0質量%以下」の範囲にすることに何らの動機付けを提供するものではなく、また、甲5及び甲6のその他の箇所をみても、甲1発明において、炭素繊維の含有量を「0.4質量%以上4.0質量%以下」の範囲にすることに何らの動機付けも見出せない。
そして、甲1の記載事項(ア)及び記載事項(イ)から、甲1発明において、「7.34重量%」である炭素繊維の含有量を減少せしめることには、阻害要因があることも上記第4に述べたとおりである。
そうであれば、上記相違点1に係る事項は、甲5及び甲6に記載された事項を検討しても、当業者が容易に想到しうるものではない。
してみると、相違点2及び3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5及び甲6に記載された事項を検討しても、甲1発明及び甲2ないし甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 本件発明2ないし7に係る発明について
本件発明2ないし7は、本件発明1を直接的又は間接的に引用するものであって、上記アと同様の理由により、甲1発明及び甲2ないし甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、申立人の主張する理由4には、理由がない。

第6 むすび
以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すことはできない。

また、他に本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維を含む熱可塑性樹脂成形品であって、
前記炭素繊維は0.4質量%以上4.0質量%以下含まれており、
前記炭素繊維の平均長さは0.5mm以上15mm以下であり、
前記熱可塑性樹脂はポリプロピレンであって、カルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンを含んでいるとともに、さらにCl基を有する別の樹脂を含んでおり、
前記炭素繊維は表面にカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有している、熱可塑性樹脂成形品。
【請求項2】
前記別の樹脂はエポキシ樹脂又はポリプロピレンである、請求項1に記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項3】
前記ポリプロピレンは、プロピレンとエチレンとのブロックコポリマーであるブロックポリプロピレンである、請求項1又2はに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項4】
前記炭素繊維の径は5μm以上11μm以下である、請求項1から3のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項5】
炭素繊維は0.5質量%以上4.0質量%以下含まれている、請求項1から4のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項6】
炭素繊維の平均長さは0.5mm以上10mm以下である、請求項1から5のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項7】
射出成形によって形成されている、請求項1から6のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品。
【請求項8】
炭素繊維と第1の熱可塑性樹脂とを含む第1の樹脂材料と、第2の熱可塑性樹脂を含む第2の樹脂材料とを混練して溶融材料とする工程と、
前記溶融材料を金型内に射出する工程と
を備えた熱可塑性樹脂成形品の製造方法であって、
前記第1の樹脂材料に含まれる前記炭素繊維は、平均長さが0.5mm以上15mm以下であってCl基を有する第3の樹脂により表面を被覆されており、
前記第1の熱可塑性樹脂はカルボキシル基及びカルボニル基の少なくとも一方を有するポリプロピレンであり、
前記溶融材料には前記炭素繊維が0.4質量%以上10質量%以下含まれている、熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項9】
前記第2の熱可塑性樹脂は、前記第1の熱可塑性樹脂とは異なるポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項10】
前記第2の熱可塑性樹脂は、前記第1の熱可塑性樹脂と同じポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項11】
前記第3の樹脂はエポキシ樹脂又はポリプロピレンである、請求項8に記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
【請求項12】
前記ポリプロピレンは、プロピレンとエチレンとのブロックコポリマーであるブロックポリプロピレンである、請求項8から11のいずれか一つに記載されている熱可塑性樹脂成形品の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-09-26 
出願番号 特願2013-120488(P2013-120488)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岡谷 祐哉  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 小柳 健吾
海老原 えい子
登録日 2017-06-16 
登録番号 特許第6155862号(P6155862)
権利者 マツダ株式会社
発明の名称 熱可塑性樹脂成形品及び熱可塑性樹脂成形品の製造方法  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ