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審決分類 審判 査定不服 産業上利用性 特許、登録しない。 G06Q
管理番号 1346630
審判番号 不服2017-9794  
総通号数 229 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-01-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-07-03 
確定日 2018-11-28 
事件の表示 特願2014-540193「手指衛生順守の決定方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 5月16日国際公開、WO2013/070596、平成27年 5月 7日国内公表、特表2015-513329〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許出願は、平成24年11月6日(パリ条約による優先権主張 平成23年11月7日 米国)を国際出願日としたものであって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成28年 8月 1日付け:拒絶理由の通知
平成28年11月15日 :意見書及び手続補正書の提出
平成29年 3月16日付け:拒絶査定
平成29年 7月 3日 :審判請求書及び手続補正書の提出
平成29年 7月27日付け:前置報告書
平成29年11月 1日 :上申書の提出


第2 平成29年7月3日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]

平成29年7月3日付けの手続補正を却下する。

[理由]

1 補正の内容

平成29年7月3日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、平成28年11月15日付け手続補正により補正された特許請求の範囲(以下、「補正前の特許請求の範囲」という。)について、以下のとおりの特許請求の範囲(以下、「補正後の特許請求の範囲」という。)に補正するものである。

(1)補正前の特許請求の範囲
「 【請求項1】
観察期間中の試験施設における手指衛生機会の試験ベンチマーク数を決める工程と、
前記観察期間中の前記試験施設の試験施設特徴を特定する工程と、
前記試験施設特徴と前記手指衛生機会の試験数との間の試験関係を特定する工程と、
対象施設の対象施設特徴を決める工程と、
試験関係および対象施設特徴に基づいて、前記対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数を決める工程と、
前記手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う工程とを含む、
対象施設での手指衛生の遵守を評価する方法。

【請求項2】
前記試験施設および前記対象施設が医療施設である、請求項1に記載の方法。

【請求項3】
前記試験関係が、線形回帰分析に基づいて特定される、請求項1に記載の方法。

【請求項4】
前記試験施設特徴が、前記観察期間中の患者のケアに携わる看護師数に対する、前記観察期間中の前記試験施設内の患者数の比率を含む、請求項2に記載の方法。

【請求項5】
前記手指衛生機会の試験ベンチマーク数が、世界保健機関により定められた手指衛生の5つの時点のうち、1つ以上に基づいている、請求項2に記載の方法。

【請求項6】
前記試験施設および前記対象施設が食品調理施設である、請求項1に記載の方法。

【請求項7】
前記手指衛生機会の試験ベンチマーク数が、FDAが推奨する食品従事者が手を洗浄すべき状況の1つ以上に基づいている、請求項6に記載の方法。

【請求項8】
前記試験施設特徴が、前記観察期間中の医療活動のケースミックス特徴評価を含む、請求項2に記載の方法。

【請求項9】
請求項1に記載の方法であって、
前記対象施設における手指衛生機会の数を直接観察により決める工程と、
前記対象施設において観察された手指衛生機会の数を、前記対象施設に対して決めた手指衛生機会のベンチマーク数と比較する工程と、
前記ベンチマークを調節して、前記対象施設において観察された手指衛生機会の数と一致させる工程と、をさらに含む、方法。」

(2)補正後の特許請求の範囲
「 【請求項1】
観察期間中の試験施設における手指衛生機会の試験ベンチマーク数を決める工程と、
前記観察期間中の前記試験施設の試験施設特徴を特定する工程と、
前記試験施設特徴と前記手指衛生機会の試験数との間の試験関係を特定する工程と、
対象施設の対象施設特徴を決める工程と、
試験関係および対象施設特徴に基づいて、前記対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数を決める工程と、
前記手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う工程とを含み、
前記試験関係を、線形回帰分析に基づいて特定することを特徴とする、
対象施設での手指衛生の遵守を評価する方法。

【請求項2】
前記試験施設および前記対象施設が医療施設である、請求項1に記載の方法。

【請求項3】
前記試験施設特徴が、前記観察期間中の患者のケアに携わる看護師数に対する、前記観察期間中の前記試験施設内の患者数の比率を含む、請求項2に記載の方法。

【請求項4】
前記手指衛生機会の試験ベンチマーク数が、世界保健機関により定められた手指衛生の5つの時点のうち、1つ以上に基づいている、請求項2に記載の方法。

【請求項5】
前記試験施設および前記対象施設が食品調理施設である、請求項1に記載の方法。

【請求項6】
前記手指衛生機会の試験ベンチマーク数が、FDAが推奨する食品従事者が手を洗浄すべき状況の1つ以上に基づいている、請求項5に記載の方法。

【請求項7】
前記試験施設特徴が、前記観察期間中の医療活動のケースミックス特徴評価を含む、請求項2に記載の方法。

【請求項8】
請求項1に記載の方法であって、
前記対象施設における手指衛生機会の数を直接観察により決める工程と、
前記対象施設において観察された手指衛生機会の数を、前記対象施設に対して決めた手指衛生機会のベンチマーク数と比較する工程と、
前記ベンチマークを調節して、前記対象施設において観察された手指衛生機会の数と一致させる工程と、をさらに含む、方法。」

2 本件補正の目的

本件補正は、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「前記試験施設特徴と前記手指衛生機会の試験数との間の試験関係を特定する工程」について、「前記試験関係を、線形回帰分析に基づいて特定する」との限定を付加するものである。すなわち、この補正は、補正前の請求項1を削除して同請求項1を引用する補正前の請求項3を補正後の請求項1とするものである。そして、補正後の請求項2から8は、上記限定が付加された補正後の請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、特許請求の範囲を減縮することを目的とするものである。したがって、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号及び第2号に掲げられた事項を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について検討する。

3 独立特許要件

(1)本願補正発明1は、上記「1(2)」の「【請求項1】」に記載のとおりのものである。

(2)特許法では、「産業上利用することができる発明」に対して、所定の要件を充足した場合に、特許を受けることができると規定し(特許法第29条第1項)、「発明」については、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定義している(特許法第2条第1項)。
したがって、たとえ技術的思想の創作であったとしても、その思想が、専ら、人間の精神活動を介在させた原理や法則、社会科学上の原理や法則(例えば、経済法則)、数学上の公式、人為的な取決めなどを利用したものであり、自然法則を利用していない場合には、特許を受けることはできない。
そして、自然法則を利用しているか否かは、請求項に係る技術的思想の創作を全体として判断すべきであり、仮に、技術的思想の創作を特定する事項の中に、自然法則を利用した部分があっても、請求項に係る技術的思想の創作を全体として把握するに際し、当該部分がごく些細な部分であって、技術的な観点で有用な意義を有するものではない場合には、当該部分の存在によって、自然法則の利用性が肯定されるものではない。

(3)これを本件についてみるに、本願補正発明1の発明を特定するための事項(以下、「発明特定事項」という。)を便宜上分説し、分説された各発明特定事項に、どのような原理や法則等が利用されているかを明らかにし、本願補正発明1が全体として自然法則を利用しているといえるか検討する。
本願補正発明1の発明特定事項は、次のとおり分説することができる(以下、分説された各発明特定事項を「発明特定事項a」等という。)。
(a)観察期間中の試験施設における手指衛生機会の試験ベンチマーク数を決める工程と、
(b)前記観察期間中の前記試験施設の試験施設特徴を特定する工程と、
(c)前記試験施設特徴と前記手指衛生機会の試験数との間の試験関係を特定する工程と、
(d)対象施設の対象施設特徴を決める工程と、
(e)試験関係および対象施設特徴に基づいて、前記対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数を決める工程と、
(f)前記手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う工程とを含み、
(g)前記試験関係を、線形回帰分析に基づいて特定することを特徴とする、
(h)対象施設での手指衛生の遵守を評価する方法。

(4)発明特定事項aについて
本願明細書段落【0016】?【0019】の記載によれば、世界保健機関や食品医薬品局(FDA)は、医療施設や食品調理施設における手指衛生のための指針を提示している。そして、本願明細書段落【0035】の「各施設および施設の各領域にあらかじめベンチマークを決定するのではなく、指針が適用される活動が生じる施設の領域内の観察によって、選択された手指衛生指針に基づいてベンチマークをあらかじめ決定する。」との記載や、段落【0037】の「医療施設のベンチマークは、世界保健機関により指定された手指衛生の5つの時点の発生を確認するために直接観察された2つの病院において生じた手指衛生事象の数に基づいて、あらかじめ設定しうる。1つの病院はティーチングホスピタルで且つ三次医療センターであり、他方は地域病院であった。各病院では、3つの異なる看護科、すなわち成人内科系/外科系集中治療室、成人入院患者治療病棟および救急科で直接観察を行った。観察は、3ヶ月間全週日中およびすべてのシフトに対し行った。これらの観察では、436.7時間の観察中に6,640回の手指衛生機会が確認された。」との記載を鑑みるに、「試験施設における手指衛生機会の試験ベンチマーク数」は、当該試験施設の領域内の観察により、世界保健機関や食品医薬品局の提示する手指衛生指針に基づいて、決定するものであるといえる。
このような前提のもとで、発明特定事項aについて検討する。まず、試験施設の領域内の観察は人間の精神活動である。次に、世界保健機関の提示する手指衛生指針(World Health Organization, WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care, 2009)は、手指衛生の方法や手指衛生製品の選択と取扱い等に関する勧告を示しつつ、手指衛生の機会に関しては、本願明細書段落【0016】にも記載されているとおり、患者に接触する前、無菌作業を行う前、体液に接触又はその可能性があった後、患者に接触した後、患者の周辺に接触した後という5つの機会に手指衛生を行うべきであるとしている。また、本願明細書段落【0017】によれば、食品医薬品局の提示する指針は、「食品従事者が、食品調理エリアに入るとき、手袋を着用する前、(手袋の交換の間を含む)、食品調理に従事する前、清潔な設備および盛り付け用器具を扱う前、次の作業に移るときおよび生の食材の取り扱いから食べられる状態になっている(RTE:Ready to eat)食品を扱う作業に移るとき、汚れた皿、設備、器具を扱った後、人間の身体の部位、例えば清潔な手および腕の清潔なむき出しの部位をのぞく部位の地肌に触れた後、トイレを使った後、咳やくしゃみの後および鼻をかんだ後、ならびに展示用水槽内のディスプレイ内の軟体動物貝類もしくは甲殻類などの動物または水生動物の世話または取り扱いの後」に、手を洗浄することを推奨するというものである。してみると、世界保健機関及び食品医薬品局の提示する手指衛生指針は、いずれも人為的に取り決められた事項である。したがって、発明特定事項aは、人間の精神活動を介在させた、人為的な取決めに基づく決定の工程であり、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。
なお、発明特定事項aにおける「観察期間中の」との文言は、その字句のとおり試験施設の観察期間を特定しているにすぎず、自然法則の利用性についての判断に何ら影響を与えるものではない。

(5)発明特定事項bについて
本願明細書段落【0034】には「医療施設では、生じるべき手指衛生のベンチマーク数は、所定領域および時間当たりの患者数および所定の領域内の活動の性質に依存しうる。」と記載され、段落【0036】には「例えば、WHOの5つの時点と一致する手指衛生の発生回数は、CMI(case mix index:患者構成指標)、患者数に対する医療従事者数の比率、および医療施設の特定の科の種類を含みうる、病院の条件および活動と相関する可能性がある。」と記載され、また、段落【0038】には、「図2は、看護師数に対する患者数の比率に基づいて病院内の手指衛生機会の数を示しうる関係の例を示す。図2は、そのグラフの基礎となる、観察した病院の科内における手指衛生機会の数と、看護師当たりの患者の平均値の間には強い相関があることを示す。」と記載されている。これらの記載によれば、手指衛生の発生回数と関連する「試験施設の試験施設特徴」には、「所定領域および時間当たりの患者数」、「所定の領域内の活動の性質」、「CMI(case mix index:患者構成指標)」、「患者数に対する医療従事者数の比率」、「看護師数に対する患者数の比率」、「医療施設の特定の科の種類」等があるといえる。そして、これらはいずれも客観的な事実であり、これら客観的な事実を特定する工程である発明特定事項bにおいて、自然法則が利用されているとはいえない。

(6)発明特定事項c及びgについて
発明特定事項cの「手指衛生機会の試験数」という用語は、本願明細書等に定義が示されていない。しかしながら、「手指衛生機会の試験数」は、発明特定事項bにおいて特定される「試験施設特徴」との間で「試験関係」を特定し、発明特定事項eにおいて、当該「試験関係」は「対象施設特徴」とともに用いられて「対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数」を決めることから、本願明細書段落【0035】の「ベンチマークの関係は、観察により決定されたベンチマークと、施設の特徴および活動とによって決まる。これらのベンチマーク関係に基づいて、ベンチマークは、指針が適用される活動が生じる他の施設に対し、ベンチマーク関係が決定された他の施設の特徴および活動に基づいてあらかじめ決定されうる。」との記載を参酌すると、「手指衛生機会の試験数」が「手指衛生機会の試験ベンチマーク数」の誤記であることは明らかである。
このような前提のもとで、発明特定事項c及びgについて検討する。本願明細書段落【0038】及び【0039】の記載によれば、観察した病院の科内における手指衛生機会の数と看護師当たりの患者数の平均値の間には強い相関があり、患者日当たりの手指衛生機会と看護師当たりの患者数の平均値との間の関係を回帰分析により特定することができると解される。しかしながら、手指衛生機会の数は、上記「(4)」で検討したとおり、人為的な取決めである世界保健機構等の指針に基づき決定されるものであり、これと看護師当たりの患者数の平均値との間に相関が存在するとしても、そのことをもって自然法則を利用しているということはできない。してみると、発明特定事項c及びgは、回帰分析という数学上の公式及び/又は統計学上の法則を利用して「試験関係」を特定する工程であり、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。

(7)発明特定事項dについて
発明特定事項dにおいて決められる「対象施設の対象施設特徴」は、発明特定事項eにあるとおり、「対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数」を決める工程において、発明特定事項c及びgにおいて特定される「試験関係」とともに用いられるものである。してみると、「対象施設の対象施設特徴」は、発明特定事項bで特定される「試験施設の試験施設特徴」と同様のものであると解するのが自然であるから、発明特定事項dは、発明特定事項bについて既に検討したのと同様に、対象施設に対する客観的な事実を特定する工程であるから、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。

(8)発明特定事項eについて
本願明細書段落【0039】の記載によれば、患者日当たりの手指衛生機会と看護師当たりの患者数の平均値との間の関係は数式で表すことができる。そして、本願明細書段落【0040】に「手指衛生ベンチマークは、手指衛生活動を観察する調査、および、調査された機関内に存在する条件と観察された手指衛生活動の間に確認された相関に基づいて、医療機関に対しあらかじめ設定されうる。確認された相関を用いて、医療機関の手指衛生ベンチマークを、その機関の状態に基づいて計算してもよい。」と記載されていることから、発明特定事項eの工程は、数式で表された「試験関係」に「対象施設の対象施設特徴」の値を代入して演算を行うことであると解される。
してみると、発明特定事項eは、数学上の公式を利用して「対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数」を決める工程であり、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。

(9)発明特定事項fについて
発明特定事項fにおいて算出する「順守率」について、本願明細書段落【0021】には「手指衛生順守は、一般的に、手指衛生が起こるべき回数と比較した、手指衛生が起こる回数であると考えられる。仮に従事者が、手を洗浄または衛生化すべき10回中6回のみ手を洗浄または衛生化したとすると、60%の順守率を示したと言える。」と記載され、段落【0034】には「ディスペンサ使用状況による順守率は、予め決められたベンチマークで除したディスペンサ使用事象回数である。」と記載されている。ここで、「手指衛生が起こるべき回数」及び「予め決められたベンチマーク」は、発明特定事項fの「手指衛生機会のベンチマーク数」に対応し、「手指衛生が起こる回数」及び「ディスペンサ使用事象回数」は、発明特定事項fの「観察された手指衛生機会の数」に対応する。すなわち、発明特定事項fにおいて「順守率」は、「観察された手指衛生機会の数」を「手指衛生機会のベンチマーク数」で除することで算出されるものであると解される。
してみると、発明特定事項fは、数学上の公式を利用して「順守率」を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う工程であり、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。

(10)発明特定事項hについて
発明特定事項hの「評価する」という用語の定義は、本願明細書等で特段示されていないことから、その用語の一般的な意味である、「善悪・美醜・優劣などの価値を判じ定めること。」[株式会社岩波書店『広辞苑第六版』]であると解される。そして、「対象施設での手指衛生の遵守」について、その優劣等の価値を判じ定めることは、人間の精神活動にほかならない。また、発明特定事項hの「方法」は、発明特定事項aからgを特徴とするものであるが、上記「(4)」から「(9)」で検討したとおり、発明特定事項aからgのいずれについても自然法則が利用されているとはいえない。
してみると、発明特定事項hにおいて、自然法則が利用されているとはいえない。

(11)上記「(4)」から「(10)」で検討したとおり、本願補正発明1の発明特定事項aからhのいずれについても、自然法則を利用しているとはいえない。また、本願補正発明1を全体としてみても、対象施設での手指衛生機会の遵守を評価するために必要な情報や評価の手順を特定した人為的な取決めにすぎない。してみると、本願補正発明1は、自然法則を利用しているということはできず、特許法第2条第1項でいうところの「発明」に該当しない。
よって、本願補正発明1は、特許法第29条第1項柱書に違反するので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものとは認められない。

4 審判請求書の主張について

(1)請求人は、審判請求書において、次のように主張している。

(A)「しかしながら、医療機関において医療関連感染の拡大を抑制するという課題が求められているところ、本願請求項1に係る発明では、手指衛生の順守率が重要であることに着目し、従来の技術では手指衛生の順守率を正確に把握することが困難であったものの、「手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う」ことによって、手指衛生の正確な把握を可能とするものであります。そして、「試験関係および対象施設特徴に基づいて対象施設の手指衛生機会のベンチマークを決定する点、並びに、手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う点」については、人為的な取り決めではなく、自然法則を利用した技術的思想の創作であるといえます。」

(B)「さらに、本請求書と同時に提出した手続補正書によって、本願請求項1に対して、「試験関係について、線形回帰分析に基づいて特定する」という発明特定事項を加える補正を行いました。その結果、順守率の算出に必要な項目である手指衛生機会のベンチマークを、より正確に導出することが可能となり、この点についても自然法則を利用した技術的思想の創作であるといえます。」

以下、請求人の上記主張(A)及び(B)を検討する。

(2)主張(A)について
請求人は、「医療機関において医療関連感染の拡大を抑制するという課題」の存在、「手指衛生の順守率」の重要性への着目、及び、従来技術で「手指衛生の順守率を正確に把握すること」の困難性に言及しつつ、本願補正発明1は「手指衛生の正確な把握を可能とするもの」であると主張している。しかしながら、請求人によるこれらの主張は、本件補正発明1が自然法則を利用した技術的思想の創作であることの具体的な主張となっておらず、さらに本願補正発明1の自然法則の利用性についての根拠も見いだすことはできない。
また、請求人は、「手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う」という発明特定事項(上記「3」で分説された「発明特定事項f」に該当する。)にも言及しているが、上記「3(9)」で検討したとおり、当該発明特定事項は、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。
よって、請求人の主張(A)は、採用することができない。

(3)主張(B)について
請求人は、「試験関係について、線形回帰分析に基づいて特定する」という発明特定事項(上記「3」で分説された「発明特定事項g」に該当する。)を加える補正を行ったことに言及しつつ、その結果、順守率の算出に必要な項目である手指衛生機会のベンチマークを、より正確に導出することが可能となったと主張している。しかしながら、上記「3(6)」で検討したとおり、当該発明特定事項は、その工程において自然法則が利用されているとはいえない。また、順守率の算出に必要な項目である手指衛生機会のベンチマークを、より正確に導出することが可能となる点においても、本願補正発明1が自然法則を利用した技術的思想の創作であることの根拠を見いだすことはできない。
よって、請求人の主張(B)は、採用することができない。

5 むすび

以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

6 その他

上記「3」で言及したように、本願補正発明1は、その発明特定事項aからhにおいて自然法則を利用しているとはいえないものであるが、一部にコンピュータが用いられることも全く想定できない訳ではないので、一応、コンピュータソフトウエア関連発明の観点からも考察しておく。

本願補正発明1の発明特定事項aからhのうち、発明特定事項c及びgについて、回帰分析という数学上の公式及び/又は統計学上の法則を利用して演算を行う際、コンピュータを用いることが想定されうる。また、発明特定事項e及びfについて、数学上の公式を利用して「対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数」及び「順守率」をそれぞれ演算する際、コンピュータを用いることが想定されうる。

しかしながら、これらの発明特定事項についてコンピュータを用いたとしても、回帰分析の演算や「対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数」及び「順守率」の演算を実現するため、ハードウエア資源を用いた具体的手段又は具体的手順が特定されているとはいえず、その結果、コンピュータソフトウエア関連発明としての本願補正発明1は、ソフトウエアがハードウエア資源と協働することによって、使用目的に応じた特有のコンピュータを構築するものとはいえない。

したがって、本願補正発明1は、コンピュータソフトウエア関連発明の観点からも、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されていないので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではなく、特許法第2条第1項でいうところの「発明」に該当しない。


第3 本願発明について

1 本願発明

平成29年7月3日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、平成28年11月15日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

(本願発明1)
「 【請求項1】
観察期間中の試験施設における手指衛生機会の試験ベンチマーク数を決める工程と、
前記観察期間中の前記試験施設の試験施設特徴を特定する工程と、
前記試験施設特徴と前記手指衛生機会の試験数との間の試験関係を特定する工程と、
対象施設の対象施設特徴を決める工程と、
試験関係および対象施設特徴に基づいて、前記対象施設の手指衛生機会のベンチマーク数を決める工程と、
前記手指衛生機会のベンチマーク数と観察された手指衛生機会の数とを用いて順守率を算出し、手指衛生の遵守の評価を行う工程とを含む、
対象施設での手指衛生の遵守を評価する方法。」

2 判断

本願発明1は、本願補正発明1から、上記「第2」の「2」で検討した補正により付加された限定事項を除いたものである。
本願補正発明1が、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないことは、先に「第2」の「3」で検討したとおりであり、本願補正発明1が、補正により付加された限定事項を失うことにより、全体として、自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するものとなる理由は認められないから、補正前の本願発明1についても、特許法第2条第1項でいうところの「発明」に該当しない。

3 むすび

以上のとおり、本願発明1は、特許法第2条第1項でいうところの「発明」に該当しないから、特許法第29条第1項柱書の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-06-27 
結審通知日 2018-07-03 
審決日 2018-07-17 
出願番号 特願2014-540193(P2014-540193)
審決分類 P 1 8・ 14- Z (G06Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関 博文  
特許庁審判長 佐藤 智康
特許庁審判官 石川 正二
上嶋 裕樹
発明の名称 手指衛生順守の決定方法  
代理人 杉村 憲司  

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