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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C12N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 A01K
管理番号 1348181
審判番号 不服2017-2089  
総通号数 231 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-02-13 
確定日 2019-02-06 
事件の表示 特願2014-527330「フマリルアセト酢酸ヒドロラーゼ(FAH)欠損及び免疫不全ラット、並びにそれらの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 3月 7日国際公開、WO2013/032918、平成26年 9月29日国内公表、特表2014-525248、請求項の数(34)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2012年(平成24年)8月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2011年8月26日 米国)を国際出願日とする特許出願であって、以降の主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成28年 6月 7日付け:拒絶理由通知書
平成28年 9月 9日 :意見書、手続補正書の提出
平成28年 9月30日付け:拒絶査定
平成29年 2月13日 :審判請求書の提出
平成30年 2月14日付け:拒絶理由通知書
平成30年 6月20日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年10月12日付け:拒絶理由通知書
平成30年12月 7日 :意見書、手続補正書の提出
第2 原査定の概要
原査定(平成28年9月30日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである(なお、原査定時の請求項35は平成30年6月20日付け手続補正書により削除されたため、同項に対する原査定の概要は省くこととする。)。
本願請求項1?3、5、8?14、16、21、22及び30?34に係る発明は、以下の引用文献1に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができず、また、当該引用文献1に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
本願請求項1?34に係る発明は、以下の引用文献2に記載された発明、並びに引用文献1、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであり、また、本願請求項1?5及び8?34に係る発明は、以下の引用文献3及び4それぞれに記載された発明、並びに引用文献1、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、さらに、本願請求項6及び7に係る発明は、以下の引用文献3及び4それぞれに記載された発明、並びに引用文献1、2、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献1:米国特許出願公開第2011/0030072号明細書
引用文献2:国際公開第2010/127275号
引用文献3:特表2010-528661号公報
引用文献4:Nat Biotechnol., 2007, Vol.25, p.903-910
引用文献5:GENES & DEVELOPMENT, 1993, Vol.7, p.2298-2307
引用文献6:国際公開第2006/090724号
第3 当審の拒絶理由通知書の概要
平成30年2月14日付けで当審が通知した拒絶理由(以下「当審拒理」という。)の概要は次のとおりである(なお、原査定時の請求項35は平成30年6月20日付け手続補正書により削除されたため、同項に対する当審拒理の概要は省くこととする。)。
本願請求項1?34に係る発明は、以下の引用例1に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができず、また、当該引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
本願請求項1?34に係る発明は、以下の引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
引用例1:米国特許出願公開第2011/0030072号明細書(原査定時の引用文献1)
引用例2:国際公開第2010/127275号(原査定時の引用文献2)
引用例3:特表2010-528661号公報(原査定時の引用文献3)
引用例4:SCIENCE, 2009, Vol.325 (5939) p.433
引用例5:PLoS ONE, 2010, Vol.5 (1) e8870 (p.1/7-7/7)
引用例6:Trends Genet., 2010, Vol.26 (12) p.510-518
引用例7:Hypertension, Mar 2011, Vol.57 (3) p.614-619
また、平成30年10月12日付けで当審が通知した拒絶理由は、特許請求の範囲の軽微な記載不備を指摘するもので、平成30年12月7日にされた手続補正により解消した。
第4 本願発明
本願の請求項1?34に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明34」という。)は、平成30年12月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?34に記載された事項により特定されるものであるところ、本願発明1及び14は、その請求項1及び14に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
ゲノムが、Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合であり、前記破壊が機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる、遺伝子組換えFah欠損ラットであって、移植された異種肝細胞を含む、遺伝子組換えFah欠損ラット。」
「【請求項14】
請求項1?10に記載のいずれか一項に記載の遺伝子組換えFah欠損ラットを得るために、ゲノムがFah遺伝子における破壊に対してホモ接合である第1のFah欠損ラットに異種肝細胞を移植するステップと、
前記異種肝細胞を増殖させ、それによりラット生体内で前記異種肝細胞を増殖させるステップと、
を含む、ラット生体内における異種肝細胞の増殖方法。」
第5 引用文献の記載事項及び引用発明
1 引用文献の記載
(1)引用例1
原査定の拒絶の理由で「引用文献1」として引用され、また、当審拒理で「引用例1」として引用した米国特許出願公開第2011/0030072号明細書(以下「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(1-ア)「本発明は、一般的に、免疫不全タンパク質をコードする少なくとも1つの編集された染色体配列を備える、遺伝的に改変された動物又は細胞に関する。特に、本発明は、動物または細胞中の免疫不全タンパク質をコードする染色体配列を編集するための、ジンクフィンガーヌクレアーゼが媒介する方法の使用に関する。」([0002])
(1-イ)「単一、二重及び三重ノックアウト動物が明確に考慮される。単独で、又は免疫不全に関連する1又は複数の他のタンパク質と組み合わせて編集可能な…ラット染色体配列には、フマリルアセト酢酸ヒドロラーゼ(FAH)、 …(Rag1)、… (Rag2)、… (Foxo1)、DNAPK…、IL2γ受容体が含まれている。一実施形態では、遺伝子改変されたラットは、…FAHをコードする、編集された染色体配列を含んでいてもよい。フマリルアセト酢酸ヒドロラーゼの突然変異は、重篤な免疫不全を引き起こす可能性がある。ウロキナーゼを発現するアデノウイルスでの前処理後、このようなラットには、肝臓生検を含む複数に由来するヒト肝細胞を高度に移植し得る。…ヒト肝細胞を高度に再増殖可能な遺伝子改変ラットは、薬物開発および研究用途において多くの潜在的用途を有するであろう。以上からみて、改変されたFAHを有するラットは、組織培養のための高品質のヒト肝細胞を産生するための、また、薬物代謝産物の毒性を試験するための、さらに、複製用ヒト肝細胞に依存性の病原体を評価するための、強いプラットフォームとして機能する有用なモデル系となろう。」([0024])
(1-ウ)「実施例3 Rag2遺伝子座を編集するZFNの同定
…ラットRag2遺伝子…について、推定上の亜鉛フィンガー結合部位が調べられた。ZFNを、本質的に実施例1に記載したように構築及び試験した。このアッセイにより、5′-acGTGGTATATaGCCGAGgaaaaagtgt-3′…及び5′-atACCACGTCAATGGAAtggccatatct-3′を結合標的とするZFNペアがRag2遺伝子座内を切断することが明らかとなった。
実施例4 Rag2遺伝子座の編集
…Rag2に対して活性なZFNペアをコードするmRNAをラット胚にマイクロインジェクションした。該注入した胚を培養し、得られた動物からDNAを抽出した。Rag2遺伝子座の標的領域を、適切なプライマーを用いてPCR増幅した。増幅されたDNAを適当なベクターにサブクローニングし、標準的な方法を用いて配列決定した。図2は、2匹の動物の編集されたRag2遺伝子座のDNA配列を示す。第1の動物はエクソン3の標的配列における13bpの欠失を有し、第2の動物はエクソン3の標的配列における2bpの欠失を有した。これらの欠失は、Rag2をコードする領域のリーディングフレームを破壊する。」([0122]?[0123])
(2)引用例2
原査定の拒絶の理由で「引用文献2」として引用され、また、当審拒理で「引用例2」として引用した国際公開第2010/127275号(以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(2-ア)「【請求項1】
ヒト肝細胞を免疫不全のFah欠損マウスに移植する工程であって、ここで、(i)該マウスは、さらにIL-1Rの発現について欠損型であるか、若しくは(ii)該マウスにIL-1Rアンタゴニストが投与される工程;並びに
該ヒト肝細胞が増大するのを可能にする工程であって、それにより該ヒト肝細胞が増大する工程
を含む、インビボでのヒト肝細胞を増大させる方法。

【請求項3】
前記免疫不全のFah欠損マウスが、Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含み、該破壊は機能性FAHタンパク質の発現低下をもたらす、請求項1または請求項2に記載の方法。
…」(特許請求の範囲)
(2-イ)「フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(FAH):チロシン異化の最終ステップに触媒作用を及ぼす代謝酵素。Fah遺伝子のホモ接合体欠失を有するマウスは、肝mRNA発現の変化および重度の肝機能障害を示す(…)。また、該Fah遺伝子の点変異は、肝不全および出生後の致死を生じることも示している(…)。」(18頁24?29行)
(2-ウ)「本明細書に記載の方法の一実施形態では、肝細胞の注入の前に、Fah欠損マウスに、該マウスにおける肝臓疾患の発症を抑止する、遅延させる、または予防する薬剤が投与される。…かかる薬剤の一例は、2-(2-ニトロ-4-トリフルオロ-メチル-ベンゾイル)-1,3シクロヘキサンジオン(NTBC)である。NTBCは、Fah欠損マウスにおける肝臓疾患の発症を調節するために投与される。用量、投薬スケジュールおよび投与方法は、Fah欠損マウスにおける肝臓の機能不全を抑制するために、必要に応じて調整され得る。
一部の実施形態では、NTBCは約0.01mg/kg/日?約2.0mg/kg/日の用量で投与される。…NTBCは、ヒト肝細胞の注入前、及び/又は肝細胞の注入後に選択された期間、投与され得る。…
NTBCは、限定されないが、飲料水にて、食品にて、または注射によってなどの任意の適当な手段によって投与され得る。」(35頁5?31行)
(3)引用例3
原査定の拒絶の理由で「引用文献3」として引用され、また、当審拒理で「引用例3」として引用した特表2010-528661号公報(以下「引用例3」という。)には、以下の事項が記載されている。
(3-ア)「【請求項1】
生体内でヒト肝細胞を増大させる方法であって、
i)単離されたヒト肝細胞をRag2^(-/-)/Il2rg^(-/-)マウスに移植するステップであって、前記マウスが、Fahの発現が欠損している、ステップと、
ii)前記ヒト肝細胞を、少なくとも約2週間増大させるステップと、
iii)前記マウスからヒト肝細胞を採取するステップと、を含む、方法。
【請求項2】
前記マウスが、前記Fah遺伝子において、欠失に対してホモ接合体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マウスが、Fah^(-/-)/Rag2^(-/-)/Il2rg^(-/-)(FRG)マウスである、請求項2に記載の方法。」(特許請求の範囲)
(3-イ)「 フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(FAH):チロシン異化の最終ステップに触媒作用を及ぼす代謝酵素。Fah遺伝子のホモ接合体欠失を有するマウスは、肝mRNA発現の変化および重度の肝機能障害を示す(…)。該Fah遺伝子の点変異はまた、肝不全および出生後の致死を生じることも示している(…)。」(【0036】)
(3-ウ)「本明細書に記載される方法の一実施形態において、肝細胞注入前、該Fah欠損マウスに、該マウスにおける肝臓疾患の発症を阻害、予防、または遅延する薬剤が投与される。…このような一薬剤は、2-(2-ニトロ-4-トリフルオロ-メチル-ベンゾイル)-1,3シクロヘキサンジオン(NTBC)である。NTBCは、該Fah欠損マウスにおける肝臓疾患の発症を調節するために投与される。用量、投与スケジュール、および投与方法は、該Fah欠損マウスにおける肝機能障害を予防するために必要に応じ、調整することができる。一実施形態において、該NTBCは、約0.01mg/kg/日から約0.50mg/kg/日の用量で投与される。…NTBCは、飲料水内投与、食物内投与、または注入が挙げられるが、これらに限定されない、任意の適した手段により投与することができる。…」(【0060】)
(4)引用例4
当審拒理で「引用例4」として引用した「SCIENCE, 2009, Vol.325 (5939) p.433」(以下「引用例4」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(4-ア)「ジンクフィンガーヌクレアーゼを胚にマイクロインジェクションすることにより産生されたノックアウトラット」(433頁表題)
(4-イ)「研究用ラットは、ゲノムの標的化された改変が大変難しいにもかかわらず、ヒト疾患関連形質の遺伝学的解剖のための十分に確立されたモデルである。我々は、特定のラット遺伝子機能を除去し、ノックアウトラットを創出するために、操作されたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)の適用を研究した。」(433頁左欄1?8行)
(4-ウ)「…2つの内在性ラット遺伝子である、イムノグロブリンM(IgM)及びRab38を標的とする…ZFN試薬の設計及び検証は、(3)に記載されたように実施され、(4)に詳述されている。…
我々は、ZFNをコードする、異なる濃度の(表S1)DNA又はmRNAを前核又は細胞質内注入することにより、…91の近交系FHH(…Rab38 ZFN)及び2793の非近交系SD(…IgM ZFN)の胚にZFNを導入した。最初に得られた295の動物のスクリーニングにより、標的突然変異を有する35(12%)の動物が得られた。
…32のIgM変異体及び1つのRab38変異体は、25?100%破壊された標的染色体を有していた(図S1)。最初に得られた18の動物の配列分析により、3?187塩基対の範囲の対立遺伝子欠失が明らかになったところ、特に、1匹の動物は、IgMについて両アレルに変異を有していた(表S1)。さらに、ZFN媒介遺伝子破壊は、…各標的配列について高い忠実度を示した(図S2、S3)。野生型動物への繁殖後、…3つのIgM突然変異は、生殖細胞を介して遺伝し…た(表S1、図S4)。」(433頁左欄16?右欄5行)
(5)引用例5
当審拒理で「引用例5」として引用した「PLoS ONE, 2010, Vol.5 (1) e8870 (p.1/7-7/7)」(以下「引用例5」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(5-ア)「ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いた、X連鎖重症複合免疫不全(X-SCID)を有するノックアウトラットの作製」(1頁表題)
(5-イ)「背景:ラットは研究用モデルとして広く利用されているものの、生殖系列に分化できるラット胚性幹(ES)細胞を利用できないことが、遺伝子機能を解明することを目的とした研究にとって大きな欠点であった。最近、植物、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュなどを含む多種多様な生物において、ゲノム特異的二本鎖切断を生じさせることによって標的遺伝子に変異を誘導するために、ジンク-フィンガーヌクレアーゼ(ZFNs)が成功裡に利用された。
方法論/主な所見:我々は、ラットインターロイキン2受容体γ(Il2rg)遺伝子座(このヒト及びマウスでのオーソロガスの突然変異はX連鎖重症複合免疫不全(X-SCID)を引き起こす。)のZFN誘導性遺伝子ターゲティングについてここで報告する。特別に設計されたZFNsをコードするmRNAを受精卵母細胞の前核に共注入することにより、20%以上の割合で遺伝子改変された子孫が得られ、それらは、様々な欠失/挿入変異を有していた。ZFNにより変異を導入された最初のラット達は、重篤な複合免疫不全の表現型とともに、それらの遺伝子変化を忠実に次世代に伝えた。
結論と意義:ZFN技術の使用が、遺伝子標的された、ヒト疾患モデルラットを作製するための新たな戦略であることは、遺伝子ノックアウトラットを効率的かつ迅速に生み出すことにより示されている。加えて、この研究で樹立されたX-SCIDラットは、薬物治療又は遺伝子治療を評価するための価値あるin vivoツールであるとともに、異種移植された悪性腫瘍の治療を試験するためのモデル系でもある。」(1頁要旨1?13行)
(6)引用例6
当審拒理で「引用例6」として引用した「Trends Genet., 2010, Vol.26 (12) p.510-518」(以下「引用例6」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(6-ア)「ラットにおける遺伝子ターゲティング:進歩と機会」(1頁表題)
(6-イ)「ラットは、長い間、生理学者、薬理学者及び神経科学者により支持されたモデルであった。しかし、この20年間を超えて、マウスにおける遺伝子改変技術及び広範なゲノム資源を理由に、これらの分野の多くの研究者がマウスを用いるようになっている。ラットのゲノム資源はほぼ補足されているものの、遺伝子ターゲティングがはるかに遅れており、多くの研究者にとってラットの価値が限られたものとなっている。この2年間で、トランスポゾン及びジンクフィンガーヌクレアーゼを介した遺伝子ノックアウト技術の進展、並びに胚性及び誘導性多能性幹細胞の樹立及び培養技術の進展により、ラットの遺伝子研究のための新たな機会が創出された。ここでは、生物医学研究のためにラットを使用している研究者に、これらの新しい技術に関する、高度な説明、及び潜在的な用途を提供する。」(1頁要旨1?9行)
(6-ウ)「ラットへZFNを適用した最初の実験は、驚くほど高い効率で遺伝子中の部位特異的変異を生じさせた(25、26)。ZFNは、標準トランスジェニックマイクロインジェクション技術(…)を介して、in vitro転写されたZFNをコードする核酸と一細胞胚を結びつけることにより、遺伝性の部位特異的標的突然変異をラットに生じさせるために使用することができる。最初期の細胞分裂の間にZFNが作用すると、結果として得られる子孫において改変された染色体の割合が高くなる。改変された対立遺伝子は、生殖系列を介して遺伝し、また、ユニークな変異対立遺伝子を有する複数の株を確立するために戻し交配され得る。」(5頁下から7行?最終行)
(6-エ)「最初に報告されて以来、他の2つのグループが、このアプローチ(…)を用いて、ラット遺伝子ノックアウトを報告しており、また、我々は10か月の間に54遺伝子をノックアウトしてきた。このプロトコールは、標的遺伝子あたり平均297(範囲71?1283)胚への注入を要し、29(範囲3?208)の生存仔をスクリーニングし、結果として、遺伝子あたり平均3.5(範囲1?14)のノックアウトされた最初の動物をえることができ、非常に効率的である(…)。この多くの標的遺伝子ノックアウトは、このアプローチの再現性を示すとともに、現在商業的に所有されるZFN試薬ライブラリーが、全ではないもののほとんどのラットゲノム遺伝子を標的とし、ノックアウトするのに十分であることも示している。また、非常に効率良くインターロイキン2受容体γをノックアウトすることによる、X連鎖重症複合免疫不全(X-SCID)ラットモデルの公表(26)によって示されるように、このアプローチは非常に迅速である。標的部位の選択から、公表された同型接合ノックアウト表現型まで、この研究は約12か月(…)を要した。この早さと容易さは前例のないものであり、ラットを使用することに興味を有する研究者にとって、全く新しい研究の機会を開くものである。」(7頁2段落1?14行)
(7)引用例7
当審拒理で「引用例7」として引用した「Hypertension, Mar 2011, Vol.57 (3) p.614-619」(以下「引用例7」という。)には、以下の事項が記載されている(英語から日本語への翻訳は当審が行った。)。
(7-ア)「レニンノックアウトラットの作製と特徴付け」(614頁表題)
(7-イ)「…我々は、SS/JrHsdMcwi(SS)ラットにおいて、レニン遺伝子を標的とし、レニンをノックアウトするように設計されたジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を使用した。レニンに対するZFNは、エキソン5において10bpの欠失を引き起こし、フレームシフト突然変異を生じさせた。Ren^(-/-)ラットでは、血漿レニン活性は検出されず、腎臓の傍糸球体細胞にはレニンタンパク質は存在しなかった。」(614頁要旨2?5行)
(7-ウ)「ZFNによるレニン遺伝子KOラットの作製
…ラットレニン遺伝子に特異的なZFN構築物がSigma-Aldrichにより設計、構築及び検証された。…以前述べたとおり(3)、レニンのZFNをコードするmRNAは、2μg/μlとなるよう、マイクロインジェクション緩衝液(…)中で希釈され、SS/JrHsdMcwi(SS)ラットの一細胞胚に注入された。…」(614頁右欄11?25行)
2 引用発明
(1)引用例1に基づく引用発明1
摘記事項(1-ウ)からみて、引用例1には、ラットRag2遺伝子座を編集するZFNをマイクロインジェクションしたラット胚を培養することにより動物を得たこと、該動物から抽出したDNAを配列決定したところ、Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊されていたことが記載されている。
ここで、ラット胚を培養することにより得られる動物がラットであることは明らかであるから、引用例1には、「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊されたラット」に係る発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
(2)引用例2に基づく引用発明2
摘記事項(2-ア)からみて、引用例2には、マウスの生体内でヒト肝細胞を増大させる方法が記載されているところ、当該マウスは「免疫不全のFah欠損マウス」であること、当該マウスに「ヒト肝細胞」が移植されること、及び当該Fah欠損マウスは「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含み、該破壊は機能性FAHタンパク質の発現低下」がもたらされていることが記載されている。また、摘記事項(2-イ)からみて、引用例2には、「Fah遺伝子のホモ接合体欠失を有するマウス」が「重度の肝機能障害を示す」ことが記載されている。
以上からみて、引用例2には、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損マウスであって、ヒト肝細胞が移植されているFah欠損マウス」に係る発明(以下「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。
(3)引用例3に基づく引用発明3
摘記事項(3-ア)からみて、引用例3には、マウスの生体内でヒト肝細胞を増大させる方法が記載されているところ、当該マウスには「単離されたヒト肝細胞」が移植されること、当該マウスは「Fahの発現が欠損している」ものであること、及び当該マウスが「Fah^(-/-)/Rag2^(-/-)/Il2rg^(-/-)(FRG)マウス」であることが記載されている。
以上からみて、引用例3には、「Fahの発現が欠損しており、単離されたヒト肝細胞が移植されている、Fah^(-/-)/Rag2^(-/-)/Il2rg^(-/-)(FRG)マウス」に係る発明(以下「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。
第6 対比、判断
1 本願発明1について
事案に鑑み、引用発明2を主引用発明とした場合の本願発明1の容易想到性についてまず検討し、次に、引用発明3を主引用発明とした場合を、最後に、引用発明1を主引用発明とした場合の本願発明1の容易想到性について検討する。
(1)引用発明2を主引用発明とした場合
ア 対比
本願発明1と引用発明2とを対比する。引用発明2の「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含む」は、本願発明1の「ゲノムが、Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合」であることに相当する。また、引用発明2のマウスは、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す」ものであるから、この点は、本願発明1の「前記破壊」すなわち「Fah遺伝子における破壊」により、「機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる」に対応するものである。
したがって、本願発明1と引用発明2との一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
(一致点)「ゲノムが、Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合であり、前記破壊が機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる、遺伝子組換えFah欠損動物であって、移植された異種肝細胞を含む、遺伝子組換えFah欠損動物。」である点。
(相違点)動物が、本願発明は「ラット」であるのに対して、引用発明は「マウス」である点。
イ 相違点についての判断
(ア) 摘記事項(4-ア)?(4-ウ)からみて、引用例4には、IgM遺伝子を標的とするジンクフィンガーヌクレアーゼ(以下「ZFN」という。)を胚にマイクロインジェクションすることにより、IgMノックアウトラットを作製したことが記載されている。また、摘記事項(5-ア)及び(5-イ)からみて、引用例5には、Il2rg遺伝子を標的とするZFNを受精卵母細胞の前核に共注入することにより、Il2rgノックアウトラットを作製したことが記載されている。さらに、摘記事項(7-ア)?(7-ウ)からみて、引用例7には、レニン遺伝子を標的とするZFNを一細胞胚に注入することにより、レニンノックアウトラットを作製したことが記載されている。加えて、摘記事項(6-ア)?(6-エ)からみて、引用例6には、ZFNを介した遺伝子ノックアウト技術を用いて、すなわち、標準トランスジェニックマイクロインジェクション技術を介して、in vitro転写されたZFNをコードする核酸と一細胞胚を結びつけることにより、遺伝性の部位特異的標的突然変異をラットに生じさせる技術を用いて、10か月の間に、54のラット遺伝子をノックアウトしたことが記載されている。
以上からみて、本願優先日前から、ラットの胚や受精卵に対して特定の遺伝子を標的とするZFNを作用させ、当該特定の遺伝子をノックアウトしたラットが種々作製されていたといえるから、本願優先日当時、ZNFを用いたいわゆるゲノム編集技術により特定の遺伝子をノックアウトしたラットを作製する手法自体は当業者にとって周知の技術であったといえる。
そして、本願優先日当時、ラットは、マウスと同様に広く研究に用いられている動物であったといえる(摘記事項(4-イ)、(5-イ)及び(6-イ))。
したがって、引用例4?7の記載、及び本願優先日当時の技術常識からみて、引用発明2のマウスをラットに置き換えようとすること自体は、当業者が容易に想到し得るといえる。
(イ) そこで、本願優先日当時、引用発明2のマウスを実際にラットに置き換えることを当業者が容易になし得たか否かを検討する。ここで、引用発明2のマウスは、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損マウスであって、ヒト肝細胞が移植されているFah欠損マウス」であるところ、このマウスをラットに置き換えるためには、まず、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損マウス」を作製し、その後、当該Fah欠損マウスにヒト肝細胞を移植することにより、「ヒト肝細胞が移植されているFah欠損マウス」を作製することは明らかである。そして、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損ラット」を作製するにあたっては、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含む」Fah欠損ラットを作製する必要があることも明らかである。そこで、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含む」Fah欠損ラットを実際に作製することを当業者が容易になし得たか否かを検討する。
引用例4?7の記載及び本願優先日当時の技術常識を考慮すると、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含む」Fah欠損ラットを実際に作製するにあたり、当業者は、以下のa及びbの作製方法を容易に想起し得るといえる(なお、記載を簡略化するため、以下では、Fah遺伝子がホモ接合型で破壊されている場合を「Fah^(-/-)」、ヘテロ接合型で一方のFah遺伝子のみが破壊されている場合を「Fah^(+/-)」、及び破壊されていないFah遺伝子をホモ接合型で有する場合を「Fah^(+/+)」という。)。
a ZFNを用いたゲノム編集技術によりFah^(-/-)のラット胚を作製し、当該Fah^(-/-)ラット胚を偽妊娠の雌ラット子宮に戻してFah^(-/-)ラット個体を作製する。
b ZFNを用いたゲノム編集技術によりFah^(+/-)のラット胚を作製し、当該Fah^(+/-)ラット胚を偽妊娠の雌ラット子宮に戻してFah^(+/-)ラット個体を作製した後、当該Fah^(+/-)ラット個体どうしを交配することによりFah^(-/-)ラット個体を作製する。
(ウ) ここで、請求人は、平成28年9月9日付け意見書において、要するに、Fah^(-/-)であることは、胎児ラットにおいては致命的であるものの、胎児マウスにおいては致命的ではなく、妊娠期間を生き延びて新生児として死ぬため、Fah^(-/-)ラットの肝機能をサポートするためには、受胎時からNTBCによる治療を要する一方、Fah^(-/-)マウスは妊娠期間中のNTBCによる治療を要しない旨を主張する。
また、本願明細書の実施例6には、要するに、ラットFah遺伝子を標的とする転写活性化因子様エフェクタヌクレアーゼ(TALEN)を用いたゲノム編集技術により、3種類のFah^(+/-)ラット胚(Fah-m1、Fah-m2及びFah-m3)を作製し、当該3種類のFah^(+/-)ラット胚から3種類のFah^(+/-)ラット個体を作製し、得られた3種類のFah^(+/-)ラット個体の交配により、3つのコロニ(SS-Fah-m1、SS-Fah-m2及びSS-Fah-m3)を作製したことが具体的に記載されているとともに(【0183】)、これらのコロニ形成にあたり、如何なる治療もなしには、Fah^(+/-)ラット個体の相互交配において、ヘテロ接合の子孫(当審注:本願図13からみて「ホモ接合」の誤記と認める。)が観察されないので、ラットにおけるFah^(-/-)は胚致死を引き起こす一方、Fah^(+/-)ラット個体の飼育の飲料水にNTBCを投与すると(8mg/mL)、これらの変異の致死的な影響からラットを救うことができること、妊娠中にNTBCによる治療を行わない場合、Fah^(-/-)ラット個体は誕生せず、母親の飲料水へのNTBCの添加により、Fah^(-/-)ラット個体が誕生したことが記載されている(【0186】及び図13)。
(エ) 前記(ウ)で示した事項を考慮すると、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、前記(イ)で示したaの作製方法によりFah^(-/-)ラット個体を作製するに当たっては、Fah^(-/-)のラット胚を戻した偽妊娠の雌ラットに対して、また、前記(イ)で示したbの作製方法によりFah^(-/-)ラット個体を作製するに当たっては、Fah^(+/-)のラット個体どうしの交配により妊娠した雌ラットに対して、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があるといえる。すなわち、当該a及びbいずれの作製方法においても、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があるといえる。
そこで、引用例2の記載をみてみると、摘記事項(2-イ)からみて、引用例2には、マウスにおけるFah遺伝子変異が、マウス出生後の致死を生じさせることが記載されており、また、摘記事項(2-ウ)からみて、引用例2には、Fah欠損マウスにおける肝臓の機能不全を抑制し、肝臓疾患の発症を抑止、遅延又は予防するために、NTBCを投与することが記載されている。
しかし、これらの記載からは、Fah^(-/-)マウスが出生後に死亡すること、出生後のFah^(-/-)マウス自身の死亡や肝臓疾患の発症を抑制するためにはNTBCの投与が必要であることは理解できるものの、Fah^(-/-)マウス胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)マウス胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があることまでは理解できず、また、Fah^(-/-)マウス以外のマウスすなわちFah^(+/+)及びFah^(+/-)マウス自身のためにNTBCを投与する必要があることも理解できない。
そうすると、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する動機付けを引用例2の記載から見いだすことはできない。また、前記(イ)で示したaの作製方法で用いる偽妊娠の雌ラットは健康面で問題のない「Fah^(+/+)」又は「Fah^(+/-)」の雌ラットを用いるといえ、また、前記(イ)で示したbの作製方法で用いる妊娠した雌ラットは「Fah^(+/-)」であるから、これらのFah^(+/+)及びFah^(+/-)ラットである母体自身のために、NTBCを投与する動機付けを引用例2の記載から見いだすことはできない。また、当該動機付けを、引用例4?7の記載から見いだすこともできない。
したがって、本願優先日当時、引用例2及び4?7の記載から、Fah^(-/-)ラット個体を実際に出生させるために必要な手法であるというべき、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与することを当業者が容易に想到し得たとはいえず、よって、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たともいえない。
(オ) 以上からみて、前記(ア)で検討したとおり、引用発明2のマウスをラットに置き換えようとすること自体は当業者が容易に想到し得ることであるといえるものの、前記(エ)で検討したとおり、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たとはいえない。
そうすると、引用発明2のマウスをラットに置き換えた、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損ラット」を実際に作製することを当業者が容易になし得たともいえない。
したがって、本願発明1は、引用例2に記載された発明、及び引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(2)引用発明3を主引用発明とした場合
ア 対比
本願発明1と引用発明3とを対比する。引用発明3の「Fah^(-/-)」は、本願発明1の「ゲノムが、Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合」であることに相当し、また、引用発明3において、「Fah^(-/-)」に起因して、Fahの発現が欠損していることは明らかである。また、摘記事項(3-イ)からみて、引用発明3は、「Fah^(-/-)」であることにより、重度の肝機能障害を示すものである。そうすると、引用発明3のマウスは、「Fah^(-/-)」に起因して、Fahの発現が欠損し、かつ、重度の肝機能障害を示すものであるといえ、この点は、本願発明1の「前記破壊」すなわち「Fah遺伝子における破壊」により、「機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる」に対応するものである。
したがって、本願発明1と引用発明3との一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
(一致点)「ゲノムが、Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合であり、前記破壊が機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる、遺伝子組換えFah欠損動物であって、移植された異種肝細胞を含む、遺伝子組換えFah欠損動物。」である点。
(相違点)動物が、本願発明は「ラット」であるのに対して、引用発明は「マウス」である点。
イ 相違点についての判断
(ア) 前記(1)イ(ア)で検討したとおり、引用例4?7の記載、及び本願優先日当時の技術常識からみて、引用発明3のマウスをラットに置き換えようとすること自体は、当業者が容易に想到し得ることといえる。
(イ) そこで、本願優先日当時、引用発明3のマウスを実際にラットに置き換えることを当業者が容易になし得たか否かを検討する。ここで、引用発明2のマウスは、「Fahの発現が欠損しており、単離されたヒト肝細胞が移植されている、Fah^(-/-)/Rag2^(-/-)/Il2rg^(-/-)(FRG)マウス」であるところ、このマウスをラットに置き換えるためには、前記(1)イ(イ)で検討したとおり、Fah^(-/-)ラットを作製する必要があることは明らかである。そこで、Fah^(-/-)ラットを実際に作製することを当業者が容易になし得たか否かを検討すると、そのようなFah^(-/-)ラットを作製するにあたり、前記(1)イ(イ)で検討したとおり、当業者は、以下のa及びbの作製方法を容易に想起し得るといえる。
a ZFNを用いたゲノム編集技術によりFah^(-/-)のラット胚を作製し、当該Fah^(-/-)ラット胚を偽妊娠の雌ラット子宮に戻してFah^(-/-)ラット個体を作製する。
b ZFNを用いたゲノム編集技術によりFah^(+/-)のラット胚を作製し、当該Fah^(+/-)ラット胚を偽妊娠の雌ラット子宮に戻してFah^(+/-)ラット個体を作製した後、当該Fah^(+/-)ラット個体どうしを交配することによりFah^(-/-)ラット個体を作製する。
(ウ) そして、前記(1)イ(ウ)で示した事項を考慮すると、前記(1)イ(エ)で検討したとおり、前記(イ)で示したa及びbいずれの作製方法においても、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があるといえる。
そこで、引用例3の記載をみてみると、摘記事項(3-イ)からみて、引用例3には、マウスにおけるFah遺伝子変異が、マウス出生後の致死を生じさせることが記載されており、また、摘記事項(3-ウ)からみて、引用例3には、Fah欠損マウスにおける肝機能障害を予防し、肝臓疾患の発症を阻害、予防又は遅延するために、NTBCを投与することが記載されてはいる。
しかし、これらの記載からは、Fah^(-/-)マウスが出生後に死亡すること、出生後のFah^(-/-)マウス自身の死亡や肝臓疾患の発症を抑制するためにはNTBCの投与が必要であることは理解できるものの、Fah^(-/-)マウス胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)マウス胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があることまでは理解できず、また、Fah^(-/-)マウス以外のマウスすなわちFah^(+/+)及びFah^(+/-)マウス自身のためにNTBCを投与する必要があることも理解できない。
そうすると、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する動機付けを引用例3の記載から見いだすことはできない。また、前記(イ)で示したaの作製方法で用いる偽妊娠の雌ラットは健康面で問題のない「Fah^(+/+)」又は「Fah^(+/-)」の雌ラットを用いるといえ、また、前記(イ)で示したbの作製方法で用いる妊娠した雌ラットは「Fah^(+/-)」であるから、これらのFah^(+/+)及びFah^(+/-)ラットである母体自身のために、NTBCを投与する動機付けを引用例3の記載から見いだすことはできない。また、当該動機付けを、引用例4?7の記載から見いだすこともできない。
したがって、本願優先日当時、引用例3及び4?7の記載から、Fah^(-/-)ラット個体を実際に出生させるために必要な手法であるというべき、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与することを当業者が容易に想到し得たとはいえず、よって、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たともいえない。
(エ) 以上からみて、前記(ア)で検討したとおり、引用発明3のマウスをラットに置き換えようとすること自体は当業者が容易に想到し得ることであるといえるものの、前記(ウ)で検討したとおり、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たとはいえない。
そうすると、引用発明3のマウスをラットに置き換えた、「Fah遺伝子にホモ接合型破壊を含むことにより、機能性FAHタンパク質の発現低下がもたらされ、重度の肝機能障害を示す、Fah欠損ラット」を実際に作製することを当業者が容易になし得たともいえない。
したがって、本願発明1は、引用例3に記載された発明、及び引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)引用発明1を主引用発明とした場合
ア 対比
本願発明1と引用発明1とを対比する。引用発明1の「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊」は、本願発明1の「遺伝子における破壊」に相当する。
したがって、本願発明1と引用発明1との一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
(一致点)「遺伝子における破壊を有する、遺伝子組換え欠損ラット。」である点。
(相違点1)欠損する遺伝子について、本願発明1は「Fah遺伝子における破壊に対してホモ接合」であるのに対し、引用発明1は「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊」されたものである点。
(相違点2)遺伝子組換え欠損ラットが、本願発明1は「前記破壊が機能的FAHタンパク質発現の低下及び肝機能を減退させる」ものであるのに対し、引用発明1はそのような特定がなされていない点。
(相違点3)遺伝子組換え欠損ラットが、本願発明1は「移植された異種肝細胞を含む」ものであるのに対し、引用発明1はそのような特定がなされていない点。
イ 相違点についての判断
まず相違点1について検討する。摘記事項(1-ア)からみて、引用例1には、ZFNを用いたゲノム編集技術により、免疫不全タンパク質をコードする染色体配列を編集し、遺伝的に改変された動物又は細胞を作製することが記載され、また、摘記事項(1-イ)からみて、引用例1には、Rag2遺伝子が免疫不全に関連する遺伝子であることが記載されているから、引用発明1の「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊されたラット」は、Rag2遺伝子が破壊されることによる免疫不全を有するものであるといえる。そして、摘記事項(1-イ)からみて、引用例1には、免疫不全に関連するFah遺伝子、Rag1遺伝子、Rag2遺伝子などを編集することにより、単一、二重及び三重ノックアウト動物を作製することが記載されている。
そうすると、引用発明1の「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊されたラット」において、ZNFを用いたゲノム編集技術により、さらにFah遺伝子を破壊しようとすること自体は、当業者が容易に想到し得ることといえる。
しかし、前記(1)及び(2)で検討したとおり、引用発明1のラットのFah遺伝子を破壊し、Fah^(-/-)ラット個体を作製するためには、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する必要があるといえる。
しかし、引用例1には、その点に関する記載や示唆はなく、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する動機付けを引用例1の記載から見いだすことはできない。また、当該動機付けを引用例2?7の記載から見いだすこともできない。
したがって、本願優先日当時、引用例1?7の記載から、Fah^(-/-)ラット個体を実際に出生させるために必要な手法であるというべき、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与することを当業者が容易に想到し得たとはいえず、よって、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たともいえない。
以上からみて、引用発明1の「Rag2遺伝子座のエクソン3のリーディングフレームが破壊されたラット」において、ZNFを用いたゲノム編集技術により、さらにFah遺伝子を破壊すること自体は、当業者が容易に想到し得ることであるといえるものの、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たとはいえない。
したがって、相違点2及び3についての容易想到性を検討をするまでもなく、本願発明1は、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(4)小括
前記(1)?(3)で検討したとおり、本願発明1は、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
2 本願発明2?13について
本願発明2?13は、請求項1を引用し、本願発明1をさらに限定するものであるから、本願発明1と同様の理由により、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
3 本願発明14について
前記第4に示したとおり、本願発明14は、ラット生体内における異種肝細胞の増殖方法に係る発明であるところ、当該ラットとして、「ゲノムがFah遺伝子における破壊に対してホモ接合である…Fah欠損ラット」を用いるものである。
ここで、「ゲノムがFah遺伝子における破壊に対してホモ接合である…Fah欠損ラット」、すなわち、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することは、前記1?3で検討したとおり、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明並びに引用例4?7に記載された発明に基づいても、また、引用例1に記載された発明及び引用例2?7に記載された発明に基づいても、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本願発明14は、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
4 本願発明15?34について
本願発明15?34は、請求項14を引用し、本願発明14をさらに限定するものであるから、本願発明14と同様の理由により、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
5 まとめ
以上からみて、本願発明1?34は、引用例1に記載された発明、及び引用例2?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、また、引用例2及び3にそれぞれ記載された発明、並びに引用例4?7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
第7 原査定について
前記第6の1(1)?(3)で検討したとおり、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する動機付けを、原査定の引用文献1?3(当審拒理の引用例1?3)の記載から見いだすことはできない。
そして、原査定の引用文献4として引用された「Nat Biotechnol., 2007, Vol.25, p.903-910」は、特許文献である原査定の引用文献3(当審拒理の引用例3)に対応する学術論文であり、記載内容も概ね同様であると認められるから、原査定の引用文献3(当審拒理の引用例3)と同様の理由により、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与する動機付けを、原査定の引用文献4の記載から見いだすことはできない。
また、原査定の引用文献5として引用された「GENES & DEVELOPMENT, 1993, Vol.7, p.2298-2307」には、Fah欠損マウスが出生後12時間以内に死亡することが記載されている(要旨)ものの、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与することが必要であることは記載も示唆もされていない。
さらに、原査定の引用文献6として引用された「国際公開第2006/090724号」には、トランスジェニックラットについての記載はあるものの、ラットのFah遺伝子を欠損させることに関する記載はなく、Fah^(-/-)ラット胎児が出生前に死亡することを防止するために、Fah^(-/-)ラット胎児を有する母体に対し、妊娠期間の間、NTBCを投与することが必要であることは記載も示唆もされていない。
以上からみて、原査定の引用文献1?6全ての記載を考慮しても、本願優先日当時、Fah^(-/-)ラット個体を実際に作製することを当業者が容易になし得たとはいえない。
したがって、本願請求項1?3、5、8?14、16、21、22及び30?34に係る発明が、原査定の引用文献1に記載された発明であるとはいえず、また、本願請求項1?3、5、8?14、16、21、22及び30?34に係る発明が、原査定の引用文献1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。また、本願発明1?34が、原査定の引用文献2に記載された発明、並びに原査定の引用文献1、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。さらに、本願発明1?5及び8?34は、原査定の引用文献3及び4それぞれに記載された発明、並びに原査定の引用文献1、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもであるとはいえず、また、本願発明6及び7に係る発明は、原査定の引用文献3及び4それぞれに記載された発明、並びに原査定の引用文献1、2、5及び6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
第8 むすび
以上のとおりであるから、原査定の拒絶理由、及び当審で通知した拒絶理由によって、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-01-22 
出願番号 特願2014-527330(P2014-527330)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C12N)
P 1 8・ 113- WY (A01K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 飯室 里美  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 長井 啓子
小暮 道明
発明の名称 フマリルアセト酢酸ヒドロラーゼ(FAH)欠損及び免疫不全ラット、並びにそれらの使用  
代理人 布施 行夫  
代理人 大渕 美千栄  
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