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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F03B
管理番号 1348583
審判番号 不服2018-7345  
総通号数 231 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-03-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-05-30 
確定日 2019-02-06 
事件の表示 特願2016-127139「揚水発電所」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 9月23日出願公開、特開2016-169742〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1.手続の経緯
本願は、2012年(平成24年)11月12日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2011年(平成23年)11月11日 ドイツ(DE))を国際出願日とする特願2014-540499号の一部を平成28年6月28日に新たな特許出願としたものであって、平成29年5月31日付けの拒絶理由の通知に対し、平成29年9月6日に意見書が提出されたが、平成30年1月22日付けで拒絶査定がされ、これに対して平成30年5月30日に審判請求がされると同時に手続補正(以下単に「手続補正」という。)がされたものである。

第2.本願発明
本願の請求項1ないし11に係る発明は、手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定されるものと認められる。そのうち請求項1及び10の記載はそれぞれ以下のとおりである。

「【請求項1】
風力発電所(2)及び/又は太陽光発電システム(3)等の他の発電所からの電気エネルギーを可逆的に貯蔵する水中揚水発電所(6)を製造する方法であって、
船渠又は港において基礎本体を製造する工程と、
船渠又は港において前記基礎本体上に圧力容器(20)を配置する工程と、
水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように、前記圧力容器を互いに接続するとともに前記圧力容器を共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続する工程と、
を備え、
前記水中揚水発電所(6)は、更に、
水深(T)に対応する静水圧(PT)に抗して前記蓄積システムから直接に周囲の海洋(1)へ水を流出させる放水口(35)と、
前記放水口(35)に配置され、前記蓄積システムから前記周囲の海洋へ水を排出し、前記周囲の海洋(1)の前記静水圧(PT)に抗して水を排出するときに、電気エネルギーを、排出された水柱に対応する位置エネルギーへ変換するポンプ(16)と、
前記水深に対応する前記静水圧(PT)により前記周囲の海洋(1)から直接に前記蓄積システムへ水を流入させる取水口(34)と、
を備え、
前記共通の発電機(36)は、前記取水口(34)に配置され、前記共通の発電機(36)は、前記水深(T)に対応する前記静水圧(PT)により水が流入するときに、前に排出された水柱の前記位置エネルギーを電気エネルギーへ戻すように変換するように構成されており、
前記方法は、更に、
前記水中揚水発電所を沈める設置場所へ、前記水中揚水発電所を浮いている状態で運ぶ工程と、
前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように、基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つを前記基礎本体又は前記圧力容器へ注入することにより前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する工程と、
を備える方法。」

「【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか一項に記載の方法により製造された水中揚水発電所(6)。」

上記のとおり、請求項10は請求項1ないし9のいずれか一項を引用するものであり、そのうち請求項1のみを引用する請求項10に係る発明(以下「本願発明」という。)は、請求項1のみを引用した請求項10を独立形式で表現した以下のとおりのものと認められる。

【本願発明】
「風力発電所(2)及び/又は太陽光発電システム(3)等の他の発電所からの電気エネルギーを可逆的に貯蔵する水中揚水発電所(6)を製造する方法により製造された水中揚水発電所(6)であって、
前記方法は、
船渠又は港において基礎本体を製造する工程と、
船渠又は港において前記基礎本体上に圧力容器(20)を配置する工程と、
水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように、前記圧力容器を互いに接続するとともに前記圧力容器を共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続する工程と、
を備え、
前記水中揚水発電所(6)は、更に、
水深(T)に対応する静水圧(PT)に抗して前記蓄積システムから直接に周囲の海洋(1)へ水を流出させる放水口(35)と、
前記放水口(35)に配置され、前記蓄積システムから前記周囲の海洋へ水を排出し、前記周囲の海洋(1)の前記静水圧(PT)に抗して水を排出するときに、電気エネルギーを、排出された水柱に対応する位置エネルギーへ変換するポンプ(16)と、
前記水深に対応する前記静水圧(PT)により前記周囲の海洋(1)から直接に前記蓄積システムへ水を流入させる取水口(34)と、
を備え、
前記共通の発電機(36)は、前記取水口(34)に配置され、前記共通の発電機(36)は、前記水深(T)に対応する前記静水圧(PT)により水が流入するときに、前に排出された水柱の前記位置エネルギーを電気エネルギーへ戻すように変換するように構成されており、
前記方法は、更に、
前記水中揚水発電所を沈める設置場所へ、前記水中揚水発電所を浮いている状態で運ぶ工程と、
前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように、基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つを前記基礎本体又は前記圧力容器へ注入することにより前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する工程と、
を備える
水中揚水発電所(6)。」

第3.原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由は、平成29年5月31日付け拒絶理由通知書に記載した理由1によって拒絶をすべきものであるというものであり、この理由1の概要は次のとおりである。

本願の請求項1ないし12(手続補正による補正前)に係る発明は、本願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1ないし3に記載された発明に基づいて、優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:特開平10-37840号公報
引用文献2:特開2010-159695号公報
引用文献3:特開平4-5475号公報

第4.引用文献の記載事項

1.引用文献1

原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1には、図面とともに以下の(1)ないし(4)の記載があり、更に、これらの記載及び図面の記載から、以下の(5)ないし(9)の事項が記載されているといえる。なお、下線は、参考のため当審が付したものである。

(1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】地上設備との間を海底ケーブルで結ばれ、予備の機器電気格納容器座を含む複数の機器電気格納容器座を備え、電気接続管および連結接続配管等を配設されたユニットベースと、
このユニットベースの予備の機器電気格納容器座を除く各機器電気格納容器座に対してそれぞれ設置され、各々水車、発電機、モータ、ポンプ等を格納してなる機器電気格納容器と、
これらの各機器電気格納容器に対して前記連結接続配管を介してそれぞれ連結され、海水導出入口を備えた耐圧容器からなる複数のバッテリータンクと、
を具備したことを特徴とする海中電力貯蔵システム。
【請求項2】複数のバッテリータンクは、各々有している連結管がユニットベースの連結管結合部に対して着脱自在に連結されることを特徴とする請求項1に記載の海中電力貯蔵システム。
【請求項3】ユニットベースは、予備の機器電気格納容器座を含む複数の機器電気格納容器座および予備のバッテリータンク座を含む複数のバッテリータンク座を備えており、複数のバッテリータンクが上記ユニットベース上に直接設置され、これら複数のバッテリータンクと上記ユニットベースに設置してある複数の機器電気格納容器内のポンプ水車とが、上記ユニットベースの内部で結合されることを特徴とする請求項1に記載の海中電力貯蔵システム。」

(2)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、深海等の海中に設置され、海水圧力を利用して電力の貯蔵を行なう如く設けられた海中電力貯蔵システムに関する。
【0002】
【従来の技術】深海等の海中(通常は海底)に設置した耐圧容器内に海水を流入させ、その流入する海水の圧力で水車を回転させ、この水車の回転力で発電機を駆動して発電を行ない、その電力を地上へ送電すると共に、地上での余剰電力を用いてポンプを駆動し、前記圧力容器内に流入した海水を圧力容器外へ排出させて電力貯蔵を行なうようにした海中電力貯蔵システムは、本願出願人の出願に係る特開平04-01040号公報等で公知である。」

(3)「【0013】・・・図5の(a)(b)は機器電気格納容器50の構成を示す平面図と正面断面図である。図5の(a)(b)において、52はポンプ水車、53は発電機、54はモータ、55は注水配水配管、56は連結接続配管、57は電気接続管、58はバラストタンク、59はクレーン、510はマンホールである。」

(4)「【0016】(第2実施形態)図6は本発明の第2実施形態の全体構成を示す斜視図である。図6において、60は海底ケーブル、61?63はアンカー、65は固定用ワイヤーロープ、70はユニットベース、72は予備台座、80は縦型バッテリータンクである。
【0017】図7の(a)(b)はユニットベース70の構成を示す平面図と正面断面図である。図7の(a)(b)において、72は予備の台座を含むバッテリータンク用座、73は機器電気格納容器用座、74は連結管、75は電気接続管、76は電気ケーブル配管である。
【0018】上記ユニットベース70は、予備の台座を含むバッテリータンク用座72、および予備の機器電気格納容器用座を含む複数の機器電気格納容器用座73を備えている。そして複数の縦型バッテリータンク80が、上記ユニットベース70上に直接設置されるものとなっており、これら複数のバッテリータンク80と、上記ユニットベース70に設置してある複数の機器電気格納容器50内のポンプ水車とが、上記ユニットベース本体71の内部で結合されている。
【0019】図8の(a)(b)は、縦型(円筒)バッテリータンク80の構成を示す平面図と正面断面図である。図8の(a)(b)において、81は蓄電用圧力容器外殻、82は蓄電用圧力容器内殻、83は浮力調整タンク、84は注水・配水配管接続口、85は弁、86は空気抜配管、87は固定用フック、88はスタッドボルト、89は高強度コンクリート、810は普通コンクリートである。
【0020】本実施形態においては、ユニットベース70の上に複数の機器電気格納容器50と共に、多数の縦型バッテリータンク80が搭載され、これら多数の縦型バッテリータンク80が、ユニットベース70の内部に配設された連結管74を通して、複数の機器電気格納容器50に内臓されている各ポンプ水車52と連結させている。かくして図7に符号72′として示すように、ユニットベース70に縦型(円筒)バッテリータンク80の予備台座を設置しておくことにより、将来の増設も容易に実現可能となっている。」

(5)上記(2)【0002】の「深海等の海中(通常は海底)に設置した耐圧容器内に海水を流入させ、その流入する海水の圧力で水車を回転させ、この水車の回転力で発電機を駆動して発電を行ない、その電力を地上へ送電すると共に、地上での余剰電力を用いてポンプを駆動し、前記圧力容器内に流入した海水を圧力容器外へ排出させて電力貯蔵を行なうようにした海中電力貯蔵システム」との記載から、「海中電力貯蔵システム」は「地上での余剰電力」を可逆的に貯蔵するものであるといえる。

(6)上記(1)【請求項1】の「耐圧容器からなる複数のバッテリータンク」との記載、及び上記(2)【0002】の「耐圧容器内に海水を流入させ」との記載から、「複数のバッテリータンク」は「海水を流入させ」ることができるものといえる。更に、上記(1)【請求項2】の「複数のバッテリータンク」は「ユニットベース」に対して「着脱自在に連結される」との記載、上記(1)【請求項3】の「複数のバッテリータンクが上記ユニットベース上に直接設置され」るとの記載、及び上記(4)【0018】の「ユニットベース70の上に」「多数の縦型バッテリータンク80が搭載され」るとの記載、並びに図6及び図7の記載から、「複数のバッテリータンク」は、「ユニットベース」に対して「着脱自在」な同一構造のもの、つまりモジュール化されたものといえる。

(7)上記(1)【請求項3】の「複数のバッテリータンクが上記ユニットベース上に直接設置され、これら複数のバッテリータンクと上記ユニットベースに設置してある複数の機器電気格納容器内のポンプ水車とが、上記ユニットベースの内部で結合される」との記載、上記(4)【0018】の「複数の縦型バッテリータンク80が、上記ユニットベース70上に直接設置されるものとなっており、これら複数のバッテリータンク80と、上記ユニットベース70に設置してある複数の機器電気格納容器50内のポンプ水車とが、上記ユニットベース本体71の内部で結合されている」との記載、及び上記(4)【0020】の「ユニットベース70の上に複数の機器電気格納容器50と共に、多数の縦型バッテリータンク80が搭載され、これら多数の縦型バッテリータンク80が、ユニットベース70の内部に配設された連結管74を通して、複数の機器電気格納容器50に内臓(当審注:「内蔵」の誤記であると認める。)されている各ポンプ水車52と連結させている」との記載、並びに図6ないし図8の記載から、「複数のバッテリータンク80」及び「複数の機器電気格納容器50」が「ユニットベース70」上に「設置」されると、「複数のバッテリータンク80」が「ユニットベース70の内部に配設された連結管74を通して」「連結」されることにより「複数のバッテリータンク80」内の空間が連通されるとともに、「複数のバッテリータンク80」は「複数の機器電気格納容器50内のポンプ水車」と「連結」されるといえる。更に、この「複数の機器電気格納容器50内のポンプ水車」は、「複数のバッテリータンク80」のそれぞれに対して一つずつ(一対一の対応で)「連結」されるものではなく、上記の連通された空間に対して「連結」され、「複数のバッテリータンク80」にとって共通の「ポンプ水車」であるといえるので、「複数のバッテリータンク80」は共通の「ポンプ水車」に「ユニットベース70の内部に配設された連結管74を通して」「連結」されるものであるといえる。

(8)上記(3)【0013】及び図5の記載から、「機器電気格納容器50の構成」として「ポンプ水車」、「発電機」、「モータ」及び「注水配水配管」を備えるものであり、更に、上記(1)【請求項1】の「耐圧容器からなる複数のバッテリータンク」との記載、及び上記(2)【0002】の「深海等の海中(通常は海底)に設置した耐圧容器内に海水を流入させ、その流入する海水の圧力で水車を回転させ、この水車の回転力で発電機を駆動して発電を行ない、その電力を地上へ送電すると共に、地上での余剰電力を用いてポンプを駆動し、前記圧力容器内に流入した海水を圧力容器外へ排出させて電力貯蔵を行なうようにした海中電力貯蔵システム」との記載から、「発電機」は「耐圧容器からなる」「バッテリータンク」内に「流入する海水の圧力」で「回転」する「ポンプ水車」の「水車の回転力で」発電を行うものであり、「モータ」は「地上での余剰電力を用いて」「ポンプ水車」を「ポンプ」として「駆動」して「海水の圧力」に逆らって「バッテリータンク」に「流入した海水」を海中へ「排出」するものであるといえる。更に、「注水配水配管」は「ポンプ水車」に接続された配管であり、「海水の圧力」で海中から「バッテリータンク」内に「海水を流入」させる入口であるとともに、「海水の圧力」に逆らって「バッテリータンク」に「流入した海水」を海中へ「排出」させる出口といえるものである。

(9)上記(4)【0019】及び図8の記載から、「バッテリータンク80」は「浮力調整タンク」を備えるものであり、一般的に「タンク」は「気体・液体を収容する密閉容器」[広辞苑第六版]を意味することから、「浮力調整タンク」は浮力調整のための気体又は液体が収容されるものであるといえる。

したがって、上記(1)ないし(9)から、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「地上での余剰電力を可逆的に貯蔵する海中電力貯蔵システムであって、
ユニットベースを備え、
前記ユニットベース上に耐圧容器からなるバッテリータンクが直接設置され、
海水を流入させることができるモジュール化された複数の前記バッテリータンク内の空間が連通されるように、前記複数の前記バッテリータンクが連結されるとともに、前記複数の前記バッテリータンクは共通のポンプ水車に前記ユニットベースの内部に配設された連結管を通して連結され、
更に、
海水の圧力で海中から前記バッテリータンク内に海水を流入させる入口であるとともに、海水の圧力に逆らって前記バッテリータンクに流入した海水を海中へ排出させる出口である注水配水配管と、
前記注水配水配管が接続された前記ポンプ水車と、
地上での余剰電力を用いて前記ポンプ水車をポンプとして駆動して海水の圧力に逆らって前記バッテリータンクに流入した海水を海中へ排出するモータと、
前記バッテリータンク内に流入する海水の圧力で回転する前記ポンプ水車の水車の回転力で発電を行う発電機と、を備え、
前記バッテリータンクが、浮力調整のための気体又は液体が収容される浮力調整タンクを備えた
海中電力貯蔵システム。」

2.文献ア

優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開平4-140322号公報(以下「文献ア」という。)には、図面とともに、以下の(1)及び(2)の記載がある。

(1)「この発明は、・・・重力着底式海洋構造物に関するものである。」(第1ページ左下欄第20行ないし同ページ右下欄第6行)

(2)「1は構造物本体を示し、この構造物本体1は直方体状または円筒状にドッグにおいて製作され、設備空間2を中心としてその両側にバラスト用空間3を設けた中空状に形成されている。そして上載設備4を搭載した状態で現地に曳航され、現地にて係留した後にバラスト用空間3に水バラスト5を注水して地盤6の上に直接据え付けられ、また必要に応じて砂バラスト7が投入される。」(第2ページ右上欄第12ないし20行)

3.文献イ

優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開平2-282520号公報(以下「文献イ」という。)には、図面とともに、以下の(1)及び(2)の記載がある。

(1)「本発明はドライドックなどで建造し、曳航後、沈設して、据付けを行う海洋構造物に適用されるものである。具体的な構造物の例としては、・・・発電・メタノール・パルプなどの産業用プラントバージなどが挙げられる。」(第1ページ右下欄第8ないし13行)

(2)「構造物本体1は中央にドライ区画4を有し、ドライ区画4の外側に水バラスト5および砂バラスト6を注入または投入し、重力式構造物として波、潮流、風や中小の地震に対し、滑動しないようになっている。」(第3ページ右上欄第9ないし13行)

4.文献ウ

優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、特開昭55-51969号公報(以下「文献ウ」という。)には、図面とともに、以下の(1)ないし(3)の記載がある。

(1)「これに対して本発明の目的は、海洋・湖沼又は河川内の静水圧を発電に利用できるような適当な装置を提供することである。」(第2ページ左下欄第14ないし16行)

(2)「この目的を達成する本発明は、水面下に容器が設けられていて、該容器が、少なくとも1基の発電用タービンに通じる少なくとも1つの入口と、ポンプを備えた少なくとも1つの出口とを有し、かつ前記ポンプを作動するために少なくとも1つの風車及び夜間余剰電流又は類似の余剰エネルギが設けられている点にある。水面下容器が空であって今この容器にその入口を介して水を満たす場合に、前記入口に設けられたタービンが駆動されて発電を行うことができる。その場合容器の深さと容量に応じて著しく大きな電流量が発生される。このような容器を設置する海洋・湖沼又は大河川の範囲では頻繁に比較的強い風が吹くので、この風のエネルギは、前記容器を再び空にするために利用され、この容器の汲み上げは、容器が完全に満たされたのちにか、あるいは満たしている最中にも行うことができる。このようにして風力エネルギは有利かつ単純な形式で蓄えられる。それというのは、風のある間にポンプで汲み上げて容器は空にされ、次いで、何時いかなる時にもこの容器には発電のために再び水が充填できるからである。」(第2ページ左下欄第19行ないし第3ページ左上欄第1行)

(3)「例えばポンプ出力を高めるために単数又は複数の風車は単数又は複数のポンプをゼネレータと電動モータとを介して間接的に駆動しかつ地盤及び(又は)岸辺に配置されている。つまり岸辺ではそれ相応に大型の多数の風車を設置できるので、風力をきわめて有効に利用することが可能になる。強力なポンプはそれに相応して大型の容器を汲み上げることができるので、大量エネルギの蓄えが得られる。」(第3ページ左上欄第6ないし14行)

第5.本願発明と引用発明との対比

以下、本願発明と引用発明とを対比する。

(1)引用発明の「海中電力貯蔵システム」は、本願発明の「水中揚水発電所(6)」に相当し、引用発明の「電力」は、本願発明の「電気エネルギー」に相当するから、本願発明と引用発明は、「水中揚水発電所」が「電力を可逆的に貯蔵する」点で共通する。

(2)引用発明の「ユニットベース」及び「耐圧容器からなるバッテリータンク」は、それぞれ、本願発明の「基礎本体」及び「圧力容器(20)」に相当し、引用発明の「前記ユニットベース上に耐圧容器からなるバッテリータンクが直接設置」されることは、本願発明の「前記基礎本体上に圧力容器(20)を配置する」ことに相当する。

(3)引用発明の「複数の前記バッテリータンク」は、本願発明の「少なくとも二つの圧力容器(20)」に相当し、引用発明の「複数の前記バッテリータンク」が「海水を流入させることができ」ることは、本願発明の「少なくとも二つの圧力容器(20)」が「水を充填することができ」ることに相当する。更に、引用発明は、「前記複数の前記バッテリータンク内の空間が連通されるように、前記複数の前記バッテリータンクが連結され」ており、複数の前記バッテリータンクに海水を流入させれば、当然、前記複数の前記バッテリータンク全体として共通化された空間に海水を流入させることとなるので、引用発明の「海水を流入させることができるモジュール化された複数の前記バッテリータンク内の空間が連通されるように、前記複数の前記バッテリータンクが連結」されることは、本願発明の「水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように、前記圧力容器を互いに接続する」ことに相当する。

(4)引用発明の「発電機」は「前記バッテリータンク内に流入する海水の圧力で回転する前記ポンプ水車の水車の回転力で発電を行う」ものであるので、引用発明の「ポンプ水車の水車」及び「発電機」は、合わせて、本願発明の「発電機(36)」に相当し、引用発明の「ポンプ水車」は本願発明の「発電機(36)」を構成する部分に相当するといえる。そうすると、引用発明の「前記複数の前記バッテリータンクは共通のポンプ水車に前記ユニットベースの内部に配設された連結管を通して連結」されることは、本願発明の「前記圧力容器」が「共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続」されることに相当する。

(5)引用発明の「注水配水配管」は、「海水の圧力で海中から前記バッテリータンク内に海水を流入させる入口であるとともに、海水の圧力に逆らって前記バッテリータンクに流入した海水を海中へ排出させる出口である」ことから、本願発明の「水深(T)に対応する静水圧(PT)に抗して前記蓄積システムから直接に周囲の海洋(1)へ水を流出させる放水口(35)」に相当するとともに、「前記水深に対応する前記静水圧(PT)により前記周囲の海洋(1)から直接に前記蓄積システムへ水を流入させる取水口(34)」に相当する。

(6)引用発明の「モータ」は、「電力を用いて前記ポンプ水車をポンプとして駆動して海水の圧力に逆らって前記バッテリータンクに流入した海水を海中へ排出する」ものであるから、引用発明の「ポンプとして」の「ポンプ水車」及び「モータ」は、本願発明の「ポンプ(16)」に相当する。

(7)上記(4)ないし(6)から、引用発明の「前記ポンプ水車」が「前記注水配水配管が接続された」ものであることは、本願発明の「ポンプ(16)」が「前記放水口(35)に配置され」たものであることに相当するとともに、「前記共通の発電機(36)」が「前記取水口(34)に配置され」たものであることに相当する。

(8)引用発明の「ポンプ水車」及び「モータ」が「電力を用いて」「海水の圧力に逆らって前記バッテリータンクに流入した海水を海中へ排出する」ことは、本願発明の「ポンプ(16)」が「前記蓄積システムから前記周囲の海洋へ水を排出し、前記周囲の海洋(1)の前記静水圧(PT)に抗して水を排出するときに、電気エネルギーを、排出された水柱に対応する位置エネルギーへ変換する」ことに相当し、また、引用発明の「ポンプ水車」及び「発電機」が「前記バッテリータンク内に流入する海水の圧力で回転する前記ポンプ水車の水車の回転力で発電を行う」ことは、本願発明の「前記共通の発電機(36)」が「前記水深(T)に対応する前記静水圧(PT)により水が流入するときに、前に排出された水柱の前記位置エネルギーを電気エネルギーへ戻すように変換する」ことに相当するといえる。

以上のことから、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

【一致点】
「電気エネルギーを可逆的に貯蔵する水中揚水発電所(6)であって、
水深(T)に対応する静水圧(PT)に抗して蓄積システムから直接に周囲の海洋(1)へ水を流出させる放水口(35)と、
前記放水口(35)に配置され、前記蓄積システムから前記周囲の海洋へ水を排出し、前記周囲の海洋(1)の前記静水圧(PT)に抗して水を排出するときに、電気エネルギーを、排出された水柱に対応する位置エネルギーへ変換するポンプ(16)と、
前記水深に対応する前記静水圧(PT)により前記周囲の海洋(1)から直接に前記蓄積システムへ水を流入させる取水口(34)と、
を備え、
共通の発電機(36)は、前記取水口(34)に配置され、前記共通の発電機(36)は、前記水深(T)に対応する前記静水圧(PT)により水が流入するときに、前に排出された水柱の前記位置エネルギーを電気エネルギーへ戻すように変換するように構成された、
水中揚水発電所(6)。」

【相違点1】
本願発明の「水中揚水発電所(6)」は「船渠又は港において基礎本体を製造する工程」、「船渠又は港において前記基礎本体上に圧力容器(20)を配置する工程」、「水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように、前記圧力容器を互いに接続するとともに前記圧力容器を共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続する工程」、「前記水中揚水発電所を沈める設置場所へ、前記水中揚水発電所を浮いている状態で運ぶ工程」、及び「前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように、基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つを前記基礎本体又は前記圧力容器へ注入することにより前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する工程」を備える「方法により製造された」物であるのに対して、引用発明はその点が特定されていない点で一見相違する。

【相違点2】
本願発明の「水中揚水発電所(6)」が「可逆的に貯蔵する」「電気エネルギー」が「風力発電所(2)及び/又は太陽光発電システム(3)等の他の発電所からの電気エネルギー」であるのに対して、引用発明の「海中電力貯蔵システム」が「可逆的に貯蔵する」「電力」は「地上での余剰電力」であるが、この「地上での余剰電力」が「風力発電所(2)及び/又は太陽光発電システム(3)等の他の発電所から」の電力であることが特定されていない点で相違する。

第6.判断

1.相違点1について

特許法第29条等の特許要件についての判断の前提となる特許出願に係る発明の要旨の認定において、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その発明の要旨は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として認定される(最高裁判所平成24年(受)第2658号平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号904ページ参照)。
そうすると、物の発明である本願発明を特定する特許請求の範囲の記載は、相違点1に係る工程を備えた製造方法により製造された「水中揚水発電所」と構造等が同一である物、つまり、当該製造方法により最終的に製造された「水中揚水発電所」自体を意味するものと解釈すべきである。製造方法が相違点1に係る工程を備えることにより、本願発明が物の発明としてどのような構造を備えるか検討した上で、当該構造について引用発明との対比を行うと以下の(1)ないし(3)のとおりである。

(1)請求項1のみを引用する請求項10に記載された製造方法が「船渠又は港において基礎本体を製造する工程」及び「船渠又は港において前記基礎本体上に圧力容器(20)を配置する工程」を備えることから、本願発明は「基礎本体」を備え、「前記基礎本体上に圧力容器(20)」が「配置」された構造を備えるといえる。そうすると、上記第5.(2)に記載したように、引用発明の「ユニットベース」及び「耐圧容器からなるバッテリータンク」は、それぞれ本願発明の「基礎本体」及び「圧力容器(20)」に相当し、引用発明は「前記ユニットベース上に前記バッテリータンクが直接設置」されることから、本願発明と引用発明は上記構造を備える点で一致する。
上記工程が「船渠又は港において」行われるという事項により、本願発明の「水中揚水発電所」が有する構造自体が変わるものではない。

(2)請求項1のみを引用する請求項10に記載された製造方法が「水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように、前記圧力容器を互いに接続するとともに前記圧力容器を共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続する工程」を備えることから、本願発明は「水を充填することができ共通の蓄積容積をなす少なくとも二つの圧力容器(20)を有するモジュール方式の蓄積システムが構成されるように」、「前記圧力容器」が「互いに接続」されるとともに「前記圧力容器」が「共通の発電機(36)に前記基礎本体を介して連通して接続」された構造を備えるといえる。そうすると、上記第5.(3)及び(4)に記載したように、引用発明は「海水を流入させることができるモジュール化された複数の前記バッテリータンク内の空間が連通されるように、前記複数の前記バッテリータンクが連結」されるとともに「前記複数の前記バッテリータンクは共通のポンプ水車に前記ユニットベースの内部に配設された連結管を通して連結」されることから、本願発明と引用発明は上記構造を備える点で一致する。

(3)請求項1のみを引用する請求項10に記載された製造方法は「前記水中揚水発電所を沈める設置場所へ、前記水中揚水発電所を浮いている状態で運ぶ工程」及び「前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように、基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つを前記基礎本体又は前記圧力容器へ注入することにより前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する工程」を備えることから、本願発明は、「水中揚水発電所」が「浮いている状態」から「前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように」、「前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する」ため、「前記基礎本体又は前記圧力容器」が「基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つ」が「注入」される構造を備えるといえる。

したがって、上記第5.において一見相違するとした相違点1について、上記(1)ないし(3)のとおり検討すると、相違点1に係る実質的な相違点は、以下の相違点1Aである。

【相違点1A】
本願発明は、「水中揚水発電所」が「浮いている状態」から「前記水中揚水発電所の質量が前記水中揚水発電所により排除される水の質量より大きくなって前記水中揚水発電所が沈むように」、「前記水中揚水発電所の前記質量を十分に増大する」ため、「前記基礎本体又は前記圧力容器」が「基礎重み、バルク材又はバラスト水のうちの少なくとも一つ」が「注入」される構造を備えるのに対し、引用発明は当該構造を備えない点で相違する。

以下、相違点1Aについて判断する。
海底に設置する海洋構造物について、当該構造物を浮いている状態から沈設するためのバラスト水の注入空間を当該構造物に備えることは、文献ア及び文献イ(上記第4.2.及び3.参照)に記載されるように周知の事項である。
海洋構造物の海底への設置をいかに行うかは当業者にとって自明の課題であり、引用発明が「前記バッテリータンクが、浮力調整のための気体又は液体が収容される浮力調整タンクを備え」ることから、引用発明は、「海中電力貯蔵システム」の設置に上記周知の事項を適用することの示唆もあるといえる。
そうすると、引用発明において、「海中電力貯蔵システム」の設置のための構造として、「海中電力貯蔵システム」を浮いている状態から沈設するためのバラスト水の注入空間を「海中電力貯蔵システム」に設け、「バッテリータンク」の「浮力調整タンク」を当該注入空間とすることは、上記周知の事項に基づいて当業者が容易になし得ることである。

2.相違点2について

以下、相違点2について判断する。
「風力発電所」、「太陽光発電システム」等の「他の発電所」からの電力を「可逆的に貯蔵する」ことは、例えば文献ウ(上記第4.4.参照)に記載されるように周知の事項であるから、引用発明の「海中電力貯蔵システム」が「可逆的に貯蔵する」「地上での余剰電力」を「風力発電所」、「太陽光発電システム」等の「他の発電所」からの電力とすることは、当業者が適宜なし得ることである。

3.効果について

本願発明によってもたらされる効果は、引用発明及び上記周知の事項から当業者が予測し得る程度のものであり、格別顕著な効果は見いだせない。

4.請求人の主張について

請求人は、審判請求書において、引用文献1ないし3は請求項1に記載された各工程を備えた水中揚水発電所の製造方法を開示しておらず、当業者は引用文献1ないし3に記載の発明に基づいて本願の請求項1に係る発明に想到することはできない旨を主張する。しかし、上記第6.1.に記載したとおり、物の発明である本願発明を特定する特許請求の範囲の記載は、当該製造方法により製造された「水中揚水発電所」と構造等が同一である物、つまり、当該製造方法により最終的に製造された「水中揚水発電所」自体を意味するものと解釈すべきである。したがって、請求人の上記主張は、本願発明を特定する特許請求の範囲の記載に基づくものではないので、採用することができない。

第7.むすび

以上のとおり、本願発明は、引用発明及び上記周知の事項に基づいて、優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-09-07 
結審通知日 2018-09-11 
審決日 2018-09-25 
出願番号 特願2016-127139(P2016-127139)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F03B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨永 達朗原田 愛子  
特許庁審判長 久保 竜一
特許庁審判官 矢島 伸一
永田 和彦
発明の名称 揚水発電所  
代理人 高橋 誠一郎  
代理人 松井 孝夫  
代理人 川内 英主  
代理人 越智 隆夫  
代理人 岡部 讓  

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