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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16B
審判 全部申し立て 2項進歩性  F16B
管理番号 1348753
異議申立番号 異議2018-700614  
総通号数 231 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-03-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-07-25 
確定日 2019-02-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第6268405号発明「インサートナット」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6268405号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6268405号(以下「本件特許」という。)の請求項1に係る特許についての出願は、平成24年6月13日に特許出願され、平成30年1月12日に特許の設定登録がされ、同年1月31日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、同年7月25日に特許異議申立人大陽ステンレススプリング株式会社(以下「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、同年10月23日付けで取消理由を通知した(以下「取消理由通知」という。)。それに対し、特許権者は、同年12月20日に意見書を提出した。

第2 本件発明
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「樹脂部材又は金属部材に埋め込まれる金属製のインサートナットにおいて、
円筒状に成形されてなるナット本体を有し、
前記ナット本体の外周面には、開口形状が底面形状より大となる角錐台形状の凹部、又は上端面形状が底形状より小となる角錐台形状の凸部が、前記ナット本体の高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており、
全ての前記凹部は、前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状であり、
前記開口形状及び前記底面形状は、前記正方形の2対の対向辺のうち一方が前記ナット本体の周方向に直交し、他方が前記ナット本体の軸方向に直交した正方形である
又は、全ての前記凸部は、前記底形状及び前記上端面形状が正方形の四角錐台形状であり、
前記底形状及び前記上端面形状は、前記正方形の2対の対向辺のうち一方が前記ナット本体の周方向に直交し、他方が前記ナット本体の軸方向に直交した正方形であり、
前記凹部は、前記開口形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、深さが0.15mm以上0.8mm以下であり、各内側面の底面に対する傾斜角が30°以上90°未満である、又は、前記凸部は、前記底形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、高さが0.15mm以上0.8mm以下であり、外側面のナット本体外周面に対する傾斜角が30°以上90°未満である
ことを特徴とするインサートナット。」

第3 取消理由の概要
当審において、本件発明に係る特許に対して通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
本件発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

甲第1号証:実願昭56-110152号(実開昭58-16416号)
のマイクロフィルム
甲第2号証:特開2012-26562号公報
甲第3号証:登録実用新案第3103899号公報
甲第5号証:特開2008-106838号公報

第4 甲各号証の記載
1 甲第1号証
甲第1号証の第2図b及び第3図を参照すると、凹部6’の開口形状は方形であり、当該開口形状は、2対の対向辺のうち一方が周方向に直交し、他方が軸方向に直交して、ブッシュの高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されていることが看取される。
そして、甲第1号証(特に、1ページ5行?12行、2ページ14行?4ページ15行、及び第1図?第3図を参照。)には、本件発明の記載ぶりに則って整理すると、ねじ付きインサートブッシュに関して、実施例として、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。なお、拗音及び促音は、小文字で表記した。
「合成樹脂又はダイキャスト成形部材に埋め込まれる金属製のねじ付きインサートブッシュ9において、
円筒状に成形されてなるブッシュを有し、
前記ブッシュの外周面には、凹部6’が、前記ブッシュの高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており、
全ての前記凹部6’は、開口形状が方形であり、
前記開口形状は、前記方形の2対の対向辺のうち一方が前記ブッシュの周方向に直交し、他方が前記ブッシュの軸方向に直交した方形である
ねじ付きインサートブッシュ9。」

2 甲第2号証
(1)甲第2号証(特に、【請求項1】、段落【0009】?【0020】及び【図1】?【図4】を参照。)には、「固着具」に関して、所定深度凹部としての台形窪み(台形ディンプル)を有する方形網目ローレット加工された大径部5を有する固着具1を、加熱しながら加圧することにより、合成樹脂で成形された成形品部材10の孔12の周囲の合成樹脂を軟化溶融させて、成形品部材10の孔12に嵌め込むことが開示されている。

(2)甲第2号証の【図1】、【図3】及び【図4】を参照すると、固着具1の本体2の大径部5に形成された方形網目ローレットの各台形ディンプルは、底面形状が正方形で、その底面の2対の対向辺は固着具1の軸方向及び周方向に対して傾斜していることがわかる。

(3)甲第2号証の段落【0020】には、次の事項が記載されている。
「以上説明したように上記発明の実施の形態によれば、合成樹脂の成形品部材を変形させることなく、成形品部材に対して強固な固定強度を得ることのできる固着具を提供することができる。
大径部に形成した方形網目ローレット加工における所定深度凹部を有する台形ディンプル(台形窪み)には、成形品部材の孔の周面樹脂が軟化溶融した際、その周面樹脂が万遍なく流れ入る(溶融樹脂が流れ易い)ので冷却硬化した際の大きな固定力(引張り強度、ねじり強度)を得ることができる。
なお、方形網目ローレット加工において、所定深度凹部を有する台形ディンプル(台形窪み)に限らず、所定深度凹部を有するディンプル(窪み)で溶融樹脂が流れ易ければ台形に限らず用いることも可能である。
また、大径部に形成した方形網目ローレット加工における所定深度凹部を有する台形ディンプル(台形窪み)により、大径部の外径を従来のローレットを用いたものより小さくすることができ、成形品部材の孔に対する圧力を少なくすることができる(ボス外径の変形、割れを防ぐことができる)。・・・(後略)」

3 甲第3号証
甲第3号証(特に、【請求項1】?【請求項3】、段落【0009】?【0017】、【図2】及び【図4】を参照。)には、「インサートカラー」に関して、
樹脂部材2にインサート成型で形成されたインサートカラー1に、ボルト(ネジ部材)3を挿通し、このボルト3のヘッド3aを回転させボルト3の雄ネジ部3bを金属部材7の雌ネジ部6に締め付けて樹脂部材2を金属部材7に固定するものにおいて、金属製のインサートカラー1の外周面に、ネジ部材の雄ネジ部3aに対して逆ネジ方向の突条又は溝9を形成し、これにより、ボルト3が左方向に回転しようとするとインサートカラー1によってこのボルト3のヘッドを押圧する方向に力を作用させることができるため、ボルト3のゆるみを防止して、樹脂部材2の金属部材7に対するガタつきを防止すること、
突条又は溝9に加えて、その余白部分13にプレス加工により正方形の凹部10を整列して設け、これにより、樹脂部材2とインサートカラー1の外周面8との結合力をさらに増加させることができ、凹部10の数によって結合力を適宜選択してボルト3の締め付けトルクに対する最適化を図ること、
及び、凹部10は、一辺の長さが1.2mm、深さ0.3mmであることが開示されている。

4 甲第5号証
甲第5号証(特に、【請求項1】、段落【0031】、【0037】、【図1】及び【図2】を参照。)には、「ネジ山付固定金具」に関して、樹脂部材に埋め込まれ、内部に雌ネジを備えたネジ山付固定金具において、外周面に正面視略矩形の凹部8をプレス加工により設けること、及び凹部8を凸部に替えてもよいことが開示されている。

第5 当審の判断
1 取消理由に記載した取消理由について
本件発明と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「合成樹脂」は、本件発明の「樹脂部材」に相当する。
以下同様に、「ダイキャスト成形部材」は、「金属部材」に、
「ねじ付きインサートブッシュ9」は、「インサートナット」に、
「ブッシュ」は、「ナット本体」に、
「凹部6’」は、「凹部」に、それぞれ相当する。

以上のことから、本件発明と甲1発明とは次の点で一致する。
「樹脂部材又は金属部材に埋め込まれる金属製のインサートナットにおいて、
円筒状に成形されてなるナット本体を有し、
前記ナット本体の外周面には、凹部が、前記ナット本体の高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており、
全ての前記凹部は、開口形状が方形であり、
前記開口形状は、前記方形の2対の対向辺のうち一方が前記ナット本体の周方向に直交し、他方が前記ナット本体の軸方向に直交した方形である
インサートナット。」

一方で、両者は次の点で相違する。
[相違点1]
本件発明においては、ナット本体の外周面には、「凹部」又は「凸部」が配設されており、
「前記ナット本体の外周面には、開口形状が底面形状より大となる角錐台形状の凹部、又は上端面形状が底形状より小となる角錐台形状の凸部が、前記ナット本体の高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており、全ての前記凹部は、前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状であり、前記開口形状及び前記底面形状は、前記正方形の2対の対向辺のうち一方が前記ナット本体の周方向に直交し、他方が前記ナット本体の軸方向に直交した正方形である又は、全ての前記凸部は、前記底形状及び前記上端面形状が正方形の四角錐台形状であり、前記底形状及び前記上端面形状は、前記正方形の2対の対向辺のうち一方が前記ナット本体の周方向に直交し、他方が前記ナット本体の軸方向に直交した正方形」であるのに対して、
甲1発明においては、ブッシュ(「ナット本体」に相当。)の外周面には、「凹部6’」(「凹部」に相当。)が配設されており、
凹部6’が、前記ブッシュの高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており、全ての前記凹部6’は、開口形状が方形であり、前記開口形状は、前記方形の2対の対向辺のうち一方が前記ブッシュの周方向に直交し、他方が前記ブッシュの軸方向に直交した方形であるものの、
凹部6’は、「開口形状が底面形状より大となる角錐台形状」ではなく、「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」でもなく、
また、ブッシュの外周面には凹部6’に替えて、凸部は配設されていない点。

[相違点2]
本件発明においては、「前記凹部は、前記開口形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、深さが0.15mm以上0.8mm以下であり、各内側面の底面に対する傾斜角が30°以上90°未満である、又は、前記凸部は、前記底形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、高さが0.15mm以上0.8mm以下であり、外側面のナット本体外周面に対する傾斜角が30°以上90°未満である」との構成を備えているのに対して、
甲1発明においては、凹部6’の、開口形状の各辺の長さ、深さ、及び各内側面の底面に対する傾斜角は明らかでなく、かかる構成を備えていない点。

そこで、上記相違点1について検討する。
(1)甲第1号証について
甲第1号証には、「凹部6’」を、「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」とすることについては、記載も示唆もされていない。

(2)甲第2号証について
甲第2号証に記載された事項の台形ディンプルは、底面形状が正方形で、その底面の2対の対向辺は固着具1の軸方向及び周方向に対して傾斜する、所定深度凹部としての台形の窪みであるから、「開口形状が底面形状より大となる角錐台形状」であって「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」であるといえる。

ここで、甲1発明に甲第2号証に記載された事項を適用して上記相違点1に係る本件発明の構成を想到することが容易であったか否かについて検討する。
第一に、甲1発明のインサートブッシュ9と甲第2号証に記載された固着具1とでは、前提において異なるところがあり、かかる前提の相違に起因して、甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’と甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)とでは、機能ないし作用に相違がある。すなわち、甲1発明のインサートブッシュ9は、合成樹脂又はダイキャスト成形部材に埋め込まれるものであり、当該インサートブッシュ9の周囲には「熔融状態の合成樹脂」(甲第1号証の3ページ20行)が注入され、「凹部6’に合成樹脂が流入した後に固化する」(同4ページ1行?2行)ようになっているのに対して、甲第2号証に記載された固着具1は、合成樹脂の成形品部材10に設けられた孔12に固定されるものであり、成形品部材10の孔12の周囲の合成樹脂を「軟化溶融」させたうえで、当該固着具1がその孔12に「嵌め込まれ」(甲第2号証の請求項1など)、その際、台形ディンプル(台形窪み)に上記「軟化溶融」した合成樹脂が流れ入り、後に硬化するようになっているものである。そうすると、甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’と甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)とでは、合成樹脂が流入した後に固化する凹部ないし窪みである点で共通するものの、前者は熔融状態の合成樹脂が注入されるものであるのに対し、後者は固着具1が成形品部材10の孔12に嵌め込まれる際に孔12の周囲の軟化溶融した合成樹脂が流れ入るものであって、両者の機能ないし作用には、相違がある。
第二に、甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’と甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)とでは、それぞれインサートブッシュ9及び固着具1の軸方向及び周方向に対する、辺の向きを異にしている。すなわち、甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’にあっては、その開口形状が、方形の2対の対向辺のうち一方がインサートブッシュ9の周方向に直交し、他方が軸方向に直交した方形であるのに対して(前記「第4 1」を参照)、甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)にあっては、その底面形状が、正方形の2対の対向辺が固着具1の軸方向及び周方向に対して傾斜している(前記「第4 2(2)」を参照)。そして、かかる凹部ないし窪みを構成する辺の向きの相違は、それら凹部ないし窪みに流入し固化する合成樹脂によってもたらされる、インサートブッシュ9ないし固着具1の空回り防止や抜け防止の機能に、相当の影響を与え得るものであると認められる。
第三に、上記第一の点及び第二の点として説示した相違にもかかわらず甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’に甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)の形状を適用しようとする、特段の動機付けを見いだすことができない。すなわち、甲第2号証には、台形ディンプル(台形窪み)の形状を採用したことによる、作用効果上の有利な点等の具体的な開示はなく、むしろ、「所定深度凹部を有する台形ディンプル(台形窪み)に限らず、所定深度凹部を有するディンプル(窪み)で溶融樹脂が流れ易ければ台形に限らず用いることも可能である。」(段落【0020】)と記載されており、上記のような特段の動機付けは見いだすことができない。
なお、付言すれば、第一の点として説示した前提の相違と、第二の点として説示した凹部6’及び台形ディンプル(台形窪み)の辺の向きにおける相違との間に、一定の関連の存在も認められる。すなわち、甲第2号証に記載された固着具1は、成形品部材10の孔12の周囲の合成樹脂を「軟化溶融」させたうえで、当該固着具1がその孔12に軸方向に嵌め込まれるところ、固着具1の台形ディンプル(台形窪み)の底面における対向辺が当該固着具1の軸方向及び周方向に対して傾斜しているのは、上記の軸方向の嵌め込みの際に、甲1発明における「熔融状態」に比せば流動性が低い「軟化溶融」状態にある合成樹脂が、台形ディンプル(台形窪み)に流入しやすいようにしているためとも解される。
以上検討したとおり、甲1発明のインサートブッシュ9における凹部6’と甲第2号証に記載された固着具1における台形ディンプル(台形窪み)とでは、前提の相違に起因する機能ないし作用上の相違があり、それぞれインサートブッシュ9及び固着具1の軸方向及び周方向に対する辺の向きという構成を異にしており、それらの相違にもかかわらず前者の凹部6’に後者の台形ディンプル(台形窪み)の形状を適用しようとする、特段の動機付けを見いだすこともできない。
よって、甲1発明に甲第2号証に記載された事項を適用することは、当業者にとっても容易に想到し得たことということはできない。

(3)甲第3号証について
一般に、プレス成形により凹部を形成する場合には、金型を板に押し付けて凹部を形成する関係上、形成される凹部の角度が90°未満となるし、また、パンチの抜き勾配を設けることも一般的である。
そうすると、甲第3号証に記載された事項における凹部10は、「開口形状が底面形状より大となる角錐台形状」でかつ、「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」であるといえる。

しかしながら、甲第3号証に記載された事項は、外周面に、ネジ部材の雄ネジ部に対して逆ネジ方向の「突条又は溝9」を形成することを前提としたものであり、また、凹部12は、「突条又は溝9」の余白に設けるものにすぎず、「高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設」されているものではない。
そうすると、仮に、甲1発明に甲第3号証に記載された事項を適用したとすれば、「突条又は溝9」及び凹部10の両者を適用するのが最も自然であって、その際には、凹部10を余白部分13に整列して設けるにすぎないから、前記一致点として挙げた「前記ナット本体の外周面には、凹部が、前記ナット本体の高さ方向及び周方向に沿って規則的に配設されており」との構成を備えるものとはならず、結果的に、本件発明の構成に至ることができなくなる。
また、甲1発明に甲第3号証に記載された事項を適用する際に、甲第3号証に記載された事項において前提とする逆ネジ方向の「突条又は溝9」の構成を排除して、凹部12の形状のみを甲1発明に適用することについては、動機付けがあるとはいえない。

(4)甲第5号証について
甲第5号証に記載された事項における凹部8の形状は、開口形状及び底面形状が矩形であるものの、正方形ではなく、また、四角錐台形状でもない。そして、凹部8の形状を、開口形状及び底面形状が正方形であるようにすること、並びに四角錐台形状であるようにすることについては、甲第5号証に記載も示唆もない。
そうすると、甲第5号証に記載された事項は、上記相違点1に係る本件発明の構成のうちの、凹部は「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」であるとの構成を開示するものではない。
したがって、たとえ甲1発明に甲第5号証に記載された事項を適用したとしても、上記相違点1に係る本件発明の構成に至るものではない。

(5)小括
以上のことから、甲1発明において、上記相違点1に係る本件発明の構成とすることは、甲第1?3及び5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明は、甲1発明、並びに甲第1?3及び5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

2 取消理由において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)特許法第29条第2項について
異議申立人は、特許異議申立書において、下記の甲第4号証を挙げて、本件発明は甲1?5発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張している。
また、異議申立人は、特許異議申立書において、下記の甲第6?12号証を挙げて、傾斜角が30°以上90°未満であること、金属製のインサートカラー(ナット)であること、凹部の開口形状が底面形状より大となること、並びに開口形状及び底面形状が正方形の四角錐台形状であること等は、甲6?12に開示されており、本件発明は、甲第6?12号証に記載されているか、または甲6?12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張している。

甲第4号証:特開2008-138739号公報
甲第6号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成22年1月5日、作成者は異議申立人従業員
甲第7号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成22年1月27日、作成者は異議申立人従業員
甲第8号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成21年2月13日、作成者は異議申立人従業員
甲第9号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成21年10月15日、作成者は異議申立人従業員
甲第10号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成22年1月14日、作成者は異議申立人従業員
甲第11号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成22年3月10日、作成者は異議申立人従業員
甲第12号証:ファクシミリ文書(顧客からの見積依頼図面)
平成19年6月7日、作成者は異議申立人従業員

ア 甲第4号証について
甲第4号証(特に、【請求項1】、段落【0019】、【0034】、【0035】、【0059】及び【図15】を参照。)には、「インサート用部品、樹脂成形体並びに樹脂成形体の製造方法」に関して、樹脂成形物56に形成された穴部58内への固着用の熱可塑性樹脂製のインサート用部品25において、側面に複数の四角形状突出部(リブ)26を設けることが開示されている。
しかし、当該四角形状突出部(リブ)26は、その底形状及び上端面形状は正方形ではなく、また、底形状及び上端面形状を正方形とすることについては、甲第4号証に記載も示唆もない。
そうすると、甲第4号証に記載された事項は、上記相違点1に係る本件発明の構成のうちの、凹部は「前記開口形状及び前記底面形状が正方形の四角錐台形状」又は凸部が「前記底形状及び前記上端面形状が正方形の四角錐台形状」であるとの構成を開示するものではない。
また、上記相違点2に係る本件発明の構成については、甲第4号証は、四角形状突出部(リブ)26の高さが0.1mm?2mmの1/2、すなわち0.05mm?1mmであることが示唆されるものの、それ以外の点に関しては、記載も示唆もしていない。
更に、当該四角形状突出部(リブ)26は、埋設工程時の超音波振動が付与されながら押圧される際に、樹脂成形物の穴部の内側面とともに相互に溶融されるものであると認められるから(段落【0059】及び【図27】を参照。)、本件発明の金属製のインサートナットの「凸部」とは、その機能に相違がある。
したがって、たとえ甲1発明に甲第4号証に記載された事項を適用したとしても、あるいは甲第4号証に記載された事項に基いても、上記相違点1及び相違点2に係る本件発明の構成に至るものではない。

イ 甲第6?12号証について
甲第6?12号証は、いずれも異議申立人従業員が作製した顧客からの見積依頼図面のファクシミリ文書にすぎず、それぞれの公知日も証明されていない。
そうすると、甲第6?12号証は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるとも、また、本件特許の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものともいえず、したがって、本件発明は甲第6?12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
また、甲第6?12号証を基にして、本件発明は本件特許の出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明或いは公然実施された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない。

(2)特許法第36条第6項第1号について
ア 異議申立人は、特許異議申立書にて、本件特許明細書(以下「明細書」という。)において具体的に開示されているのは、凹部4の開口形状の各辺の長さが1.6mm、深さが0.36mm、各内側面の底面に対する傾斜角度が74.5°の一点のみであり、明細書のその他の記載及び技術常識を参酌しても、「開口形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、深さが0.15mm以上0.8mm以下であり、各内側面の底面に対する傾斜角が30°以上90°未満」の全ての範囲について、上記開口形状の各辺の長さが1.6mm、深さが0.36mm、各内側面の底面に対する傾斜角度が74.5°の場合と同等の引き抜き強度を得られるということが十分に裏付けられているとはいえない旨主張している(特許異議申立書10ページ下から2行?11ページ18行を参照。)。
しかしながら、本件発明の「開口形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、深さが0.15mm以上0.8mm以下であり、各内側面の底面に対する傾斜角が30°以上90°未満」の全ての範囲において、明細書において具体的に開示された場合(凹部4の開口形状の各辺の長さが1.6mm、深さが0.36mm、各内側面の底面に対する傾斜角度が74.5°)と同等の引き抜き強度である必要はない。
そして、明細書の段落【0022】に記載の傾斜角θが30°未満及び傾斜角θが90°以上についての説明、並びに同段落【0033】?【0039】に記載の実験例の説明を参照すれば、本件発明の「開口形状の各辺が1mm以上2mm以下であり、深さが0.15mm以上0.8mm以下であり、各内側面の底面に対する傾斜角が30°以上90°未満」の範囲にわたって、明細書記載の課題である「空回り防止や抜け防止についての機能」の向上(段落【0005】)が解決できることを当業者が認識し得るといえる。
したがって、異議申立人の上記主張は理由がない。

イ 異議申立人は、特許異議申立書において、金属板に正方形の凹部を形成し、金属板をそのまま円筒形状に加工すると、凹部の円周方向の二辺が伸びて正方形から長方形になるから、本件発明の「凹部は、前記開口形状及び前記底面形状が正方形」との構成は、明細書に開示されておらず、本件発明は発明の詳細な説明に記載されたものではない旨主張している(特許異議申立書11ページ19行?最終行を参照)。
本件発明の「凹部は、前記開口形状及び前記底面形状が正方形」との構成でいうところの「正方形」とは、明細書の記載全体に照らすに、発明の課題が解決でき、本件発明の効果を奏することができるならば、完全な正方形だけではなく、製造時の誤差や加工方法等により略正方形となったものも含み得るものといえる。
そして、明細書の段落【0021】に記載の「ネジサイズ」と「金属板2aの厚さ」との関係から想定される凹部の円周方向の二辺の伸び量、及び当業者の技術常識を踏まえれば、金属板に完全な正方形の凹部を形成し、金属板をそのまま円筒形状に加工した際に、凹部の円周方向の二辺が伸びて、略正方形になったとしても、それにより、明細書に記載の本件発明の課題が解決できない程度まで、凹部の円周方向の二辺が伸びるとはいえない。
そうすると、本件発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものとまではいえない。
したがって、異議申立人の上記主張は理由がない。

第6 むすび
したがって、本件発明に係る特許は、取消理由通知に記載した理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-02-06 
出願番号 特願2012-133842(P2012-133842)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (F16B)
P 1 651・ 537- Y (F16B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 保田 亨介  
特許庁審判長 大町 真義
特許庁審判官 小関 峰夫
尾崎 和寛
登録日 2018-01-12 
登録番号 特許第6268405号(P6268405)
権利者 株式会社アドバネクス
発明の名称 インサートナット  
代理人 馬場 資博  
代理人 清水 雄一郎  
代理人 志賀 正武  
代理人 鈴木 三義  
代理人 唐鎌 睦  
代理人 高橋 詔男  
代理人 及川 周  
代理人 丹野 拓人  

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