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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41M
管理番号 1349389
審判番号 不服2017-16281  
総通号数 232 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-04-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-11-02 
確定日 2019-02-27 
事件の表示 特願2015-548760「レーザーマーキング可能なフィルム」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 6月26日国際公開,WO2014/096834,平成28年 2月12日国内公表,特表2016-504222〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本件拒絶査定不服審判事件に係る出願(以下,「本件出願」という。)は,2013年12月19日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2012年12月19日 英国)を国際出願日とする外国語特許出願であって,平成27年8月17日に国際出願日における明細書,請求の範囲及び図面(図面の中の説明に限る。)の翻訳文が提出され,平成28年7月29日付けで拒絶理由が通知され,平成29年2月8日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年6月26日付けで拒絶査定(以下,「原査定」という。)がなされた。
本件拒絶査定不服審判は,これを不服として,同年11月2日に請求されたものであって,本件審判の請求と同時に手続補正書が提出された。


2 本件出願の請求項1に係る発明
本件出願の請求項1に係る発明は,平成29年11月2日提出の手続補正書による補正(以下,「本件補正」という。)後の請求項1(本件補正前の請求項1の記載を引用する請求項6である。)に記載された事項によって特定されるものと認められるところ,請求項1の記載は次のとおりである。

「レーザーマーキング可能な成分およびUV遮断成分を含み,
該UV遮断成分が,UV-A放射およびUV-B放射を選択的に遮断する,
全面的UV保護を有するレーザーマーキング可能なフィルム。」(以下,「本件発明」という。)


3 原査定の拒絶の理由の概要
本件発明に対応する本件補正前の請求項6に係る発明に対する原査定の拒絶の理由(以下,「査定理由」という。)は,概略,次のとおりである。

(本件補正前の)請求項6に係る発明は,引用文献1(特表2012-523013号公報)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。


4 引用例
(1)引用文献1
ア 引用文献1の記載
査定理由で引用された引用文献1(特表2012-523013号公報)は,本件出願の優先権主張の日(以下,「本件優先日」という。)より前に頒布された刊行物であるところ,当該引用文献1には次の記載がある。
(ア) 「【技術分野】
【0001】
本発明は,活性化可能発色化合物を基材へ適用することを含む,基材上にイメージを形成する方法,およびそれによってイメージ形成された基材に関する。
【背景技術】
【0002】
特定のジアセチレンは,光への曝露によって発色する能力を有することが知られている。10,12-ペンタコサジイン酸は,そのようなジアセチレンの例として本技術分野で公知である。この化合物は,その未反応状態において最初は無色であるが,UV光へ曝露すると,トポ化学重合反応を起こして青色のポリジアセチレンを生成し,続いてこれは,熱摂動(thermal perturbations)によって赤色の形態へと変換することができる。
【0003】
特許文献1には,10,12-ペンタコサジイン酸などのジアセチレンを,光酸発生種または光塩基発生種と組み合わせて,カラー印刷用途へ適用することが教示されている。10,12-ペンタコサジイン酸などの発色ジアセチレンは,通常,非常に反応性が高く,50mJcm^(-2)という低いフルエンス値への曝露で最初の重合反応を起こすことができる。この高反応性のために,バックグラウンド放射線に対する安定性は低い。感光性ジアセチレンは,次第に,保存中に重合を起こし,青色へ変色する。このような化合物による無色のコーティングを作製するためには,通常,使用前にこれらを再結晶によって精製する必要があり,これは,時間を取られ,時間を浪費するものである。さらに,これらのジアセチレンを用いて作製されたコーティングはいずれも,バックグラウンド放射線への曝露によって次第に青色に変色してしまう。このことは,このコーティングを使用することができる用途の範囲を厳しく制限するものである。
・・・(中略)・・・
【発明の概要】
【0005】
第一の局面では,本発明は,基材上にイメージを形成する方法を提供し,その方法は,最初は非反応性であるが,活性化によって反応性となる活性化可能発色化合物を基材へ適用すること,イメージを形成すべき基材の領域内の前記発色化合物を活性化すること,および活性化された発色化合物を反応させてその発色形態とすることによってイメージを作製すること,を含む。
【0006】
第二の局面では,本発明は,本発明の第一の局面の方法を用いてイメージ形成された基材を提供する。
【0007】
第三の局面では,本発明は,人および/または機械による読み取りが可能である情報を表示するための,本発明の第二の局面に従う基材の使用を提供する。」

(イ) 「【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明者らは,その最初の固体形態ではUV光に対して非反応性であり,この最初の形態では本質的に光誘発色変化反応を起こすことができない特定のジアセチレン化合物を観察した。しかし,前記ジアセチレン化合物は,溶融および再固化を例とするある方法で活性化された場合,UV光に対する反応性が高い固体形態に変換され,続いてこれは,以下のような光誘発色変化反応を起こす:無色から青色,マゼンタ色へ,赤色,オレンジ色,黄色へ,および緑色へ。
【0009】
驚くべきことに,本発明者らは,このような「活性化可能」ジアセチレン化合物を用いて,バックグラウンド放射線に対して本質的に安定であるコーティングを作り出した。このコーティングは,近赤外線(NIR)吸収剤と組み合わせて「活性化可能」ジアセチレンを適用することによって作製することができる。次に,NIRファイバーレーザーなどのNIR光源を用いて,コーティング内のイメージが必要とされる領域のみを加熱することができる。次に,殺菌ランプなどのUV光源を用いて,コーティングにUV光を照射する。しかし,このジアセチレン化合物は,最初にNIR光に曝露された領域でしかイメージを作り出す色変化反応を起こさない。NIR光に曝露されていないコーティング内の領域は,色変化反応をほとんど起こさず,本質的に無色の状態で維持され,バックグラウンド放射線に対して安定である。コーティング内のNIR光源で既に活性化された領域のみでのイメージ形成には,UVレーザーを用いることもできる。
【0010】
発色化合物
本発明は,「活性化可能」である,すなわち,光に対して比較的に非反応性である第一の固体形態を有するが,「活性化」によって,光に対して比較的に反応性であり,従って色変化反応を起こして視認可能なイメージを作り出す能力を持つ第二の形態に変換される,いかなる発色化合物をも含む。・・・(中略)・・・好ましい活性化可能化合物は,ジアセチレン・・・(中略)・・・などのポリ-インである。ポリ-インは,2もしくは3つ以上の隣接する炭素-炭素三重結合基,
-C≡C-(-C≡C-)_(n)-
を含む化合物であり,ここで,nは,≧1の整数である。
【0012】
特に好ましいジアセチレンは,最初の活性化(例:溶融および再固化)の後は無色であるが,光,特にUV光への曝露によって青色となるものである。特に好ましいジアセチレン化合物は,以下の一般構造で表されるカルボン酸およびその誘導体であり:
Y-C≡C-C≡C-(CH_(2))_(x)-CO-Q-Z
・・・(中略)・・・
【0018】
ジアセチレンカルボン酸化合物が2つ以上のカルボン酸基を含む場合,そのうちのいくつであってもアルキルアミドへ誘導体化することができる。例えば,10,12-ドコサジイン二酸は,2つのカルボン酸基を含み,そのうちの1または2つを誘導体化して,モノまたはビス-アルキルアミド化合物を生じさせることができる。・・・(中略)・・・
【0022】
別の特に好ましい10,12-ドコサジイン二酸アミド誘導体は,少なくとも1つ,好ましくは両方のカルボン酸基がプロパルギルアミドへ変換されたプロパルギルアミドである:
【0023】
【化2】

10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド
・・・(中略)・・・
【0032】
活性化は,コヒーレントもしくは非コヒーレント,広帯域もしくは単波長NIR反応,または直接接触熱であってよい熱,溶融,再結晶,光,溶媒,化学物質,生物学的物質,圧力,および/または,放電,などの刺激を適用することによって起こすことができる。発色化合物の活性化は,「多形」として知られるプロセスを介して起こすことができる。「多形」とは,固体物質が2種類以上の形態または結晶構造で存在する能力として定義される。-NH-および-CO-基,特にアミド基およびウレタン基(-NHCO-および-OCONH-)を含有する化合物が,これによって分子内および分子間水素結合が可能となることから,多形を起こし得る。非活性化および活性化形態の間の可逆的多形が好ましい。・・・(中略)・・・
【0070】
NIR光吸収剤
NIR光吸収剤は,700から2500nmの波長範囲の光を吸収する化合物である。これらは,熱活性化可能である発色化合物と共に用いてよい。形態を本発明で用いてよいこの種類の化合物の具体的な例としては,これらに限定されないが,以下が挙げられる:
i. 有機NIR吸収剤
ii. NIR吸収「導電性」ポリマー
iii. 無機NIR吸収剤
iv. 非化学量論的無機NIR吸収剤
・・・(中略)・・・
【0076】
非化学量論的無機吸収剤の例としては,還元酸化スズインジウム,還元酸化スズアンチモン,および還元硝酸チタン,還元酸化亜鉛が挙げられる。・・・(中略)・・・
【0079】
コーティング
発色化合物およびNIR吸収剤(存在する場合)は,通常,インク製剤によって基材に適用される。インク製剤は,水性ベースであっても,または非水性ベースであってもよい。これは,発色化合物およびNIR吸収剤の両方を含むインク製剤であってよい。または,2つの種のうちの一方を含む第一のコーティング層の上に他方を含む上層がある状態で,これらを別々に適用してもよい。1もしくは複数のインク製剤はまた,印刷の技術分野で公知の1もしくは複数のその他の添加剤を含んでもよく:通常はポリマーであり,アクリルポリマー,・・・(中略)・・・などである。・・・(中略)・・・1もしくは複数のインク製剤のその他の添加剤としては:溶媒,界面活性剤,安定剤,増粘剤,ワックス,不透明化剤,TiO_(2)などの白色化剤,発泡防止剤,塩基,殺生物剤,着色剤,レオロジー改変剤(rheology modifier),UV吸収剤,酸化防止剤,HALS,湿潤剤,着色剤,防煙剤,およびタガントが挙げられる。
・・・(中略)・・・
【0086】
基材
基材は,印刷の技術分野で公知のいずれの基材であってもよく,例としては:紙,ボール紙,段ボール,ガラス,布地,金属,箔,木材,皮革,プラスチックフィルム,セルロースフィルム,食品,および医薬製剤が挙げられる。基材は,CDまたはDVDなどのデータキャリアであってよい。活性化可能ジアセチレンは,インクもしくは表面コーティング製剤を用いて基材に適用してよく,または,例えばサイジング段階の過程での添加によって紙などの基材中に直接埋設させるか,もしくはプラスチックフィルムへ押出してもよい。基材は,ラミネート状であっても,または非ラミネート状のままであってもよい。
・・・(中略)・・・
【0089】
本発明の活性化可能ジアセチレンを含む基材は,印刷品の製造に用いることができ,例としては,一次および二次パッケージング,新聞,雑誌,リーフレット,パンフレットおよび本,ポスター,裏面の接着剤と組み合わせたラベル,銀行券,小切手,通貨,チケット,パスポート,およびライセンスなどなどのセキュリティ文書が挙げられ,それは,デスクトップ/家庭用印刷用途,商用ワイドウェブ印刷用途に用いることができる。基材はまた,回路基盤製造などのいずれの印刷エレクトロニクス用途にも用いることができる。基材は,テキスト,グラフィックス,およびバーコードなど,人による読み取り用および/または機械による読み取り用の情報の表示に用いることができる。
【0090】
光源
最初の活性化に用いられる光源は,好ましくは,最初は非反応性である発色ジアセチレンの溶融に用いることができるものである。それは,200nmから25ミクロンの範囲の波長であってよい。・・・(中略)・・・好ましくは,光は,NIRレーザー放射線である。レーザーは,パルスもしくは連続波レーザー,ファイバーレーザーもしくはダイオードレーザー,またはダイオードアレイであってよい。約10.6ミクロンの波長で運転されるCO_(2)レーザーも好ましい。
【0091】
既に活性化された発色化合物の色変化反応の開始に用いられる光は,200nmから25ミクロンの波長範囲であってよい。より好ましくは,それは,200から400nmの波長範囲のUV光,または400から450nmの範囲の短波長可視光である。光は,広帯域または単波長,非コヒーレントまたはレーザー放射線であってよい。・・・(中略)・・・用いることができるUV光源の例としては,殺菌ランプおよび水銀アークランプが挙げられる。別の選択肢として,UVレーザーまたはUVダイオード光源を,特により正確な光の配置を要する場合に,用いてよい。」

(ウ) 「【0143】
実施例M - 熱活性化単一インク製剤
以下のインク製剤を作製した:
水性アクリルバインダー 58g
水 14.95g
発泡防止剤 0.1g
非イオン性界面活性剤 0.45g
還元(青色)ITO 2.5g
10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド 15.0g
イソプロパノール 4.0g
UV吸収剤 3g
HALS 2g
【0144】
この製剤を,50ml Eiger-Torranceビーズミルを用いて,<5ミクロンの粒子サイズが得られるまで粉砕した。
【0145】
次に,このインクを,10gsmのコーティング重量にて透明および白色の両方の50ミクロンOPP基材上へコーティングした。このインクはまた,10gsmにて白色のラベルストック紙上にもコーティングした。
【0146】
すべてIBM互換PCで制御された以下の4つのレーザーシステムのうちの1つを用いて活性化を行った:
i. 1070nmファイバーレーザー
ii. 1470nmファイバーレーザー
iii. 1550nmファイバーレーザー
iv. 10.6ミクロンCO_(2)レーザー
【0147】
次に,無色から青色への色変化反応を,以下のうちの1つを用いて行った:
a. 広帯域UV(殺菌)ランプ
b. IBM互換PCで制御された266nmUVレーザー
【0148】
青色イメージは,最初にNIR/CO_(2)で活性化された領域のみで形成された。青色イメージは,NIRまたはCO_(2)放射線の照射により,マゼンタ色,赤色,オレンジ色,および黄色に変化した。青色と黄色の混合を用いて緑色を作り出した。」

イ 引用文献1に記載された発明
前記ア(ウ)の【0143】ないし【0148】に記載された実施例Mが,前記ア(ア)の【0007】に記載された「人および/または機械による読み取りが可能である情報を表示するための・・・(中略)・・・基材」の具体例であることは,自明である。
また,前記ア(イ)の【0070】及び【0076】の記載から,前記実施例Mのインク中に含有される還元(青色)ITOが,前記ア(イ)の【0076】に記載された「NIR光吸収剤」であることを把握できる。
また,前記ア(イ)の【0010】,【0012】,【0018】及び【0022】の記載から,前記実施例Mのインク中に含有される10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミドが,「活性化可能」な「発色化合物」である「ジアセチレン化合物」に該当する物質であることを把握できる。そして,前記ア(イ)の【0070】の記載によると,「NIR光吸収剤」は,「熱活性化」可能な「発色化合物」とともに用いられるものであるから,実施例Mのインク中に含有される前記10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミドは,「活性化可能」な「発色化合物」のうち,「熱活性化」により第二の形態に変換されるものと理解される。
以上によれば,引用文献1には,実施例Mに関する発明として,次の発明が記載されていると認められる。(なお,コーティング前の「透明の50ミクロンOPP基材」との混同を避けるため,便宜上,インクをコーティングした後の「基材」を「コート付基材」と表現した。)

「インクを,10gsmのコーティング重量にて透明の50ミクロンOPP基材へコーティングすることにより得られた,人および/または機械による読み取りが可能である情報を表示するためのコート付基材であって,
前記インクは,下記[熱活性化単一インク製剤の成分]に示される成分からなる熱活性化単一インク製剤を,50ml Eiger-Torranceビーズミルを用いて,<5ミクロンの粒子サイズが得られるまで粉砕することにより得られたものであり,
下記[熱活性化単一インク製剤の成分]中の還元(青色)ITOは,700から2500nmの波長範囲の光を吸収するNIR光吸収剤であり,
下記[熱活性化単一インク製剤の成分]中の10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミドは,光に対して比較的に非反応性である第一の固体形態を有するが,熱活性化によって,光に対して比較的に反応性であり,従って色変化反応を起こして視認可能なイメージを作り出す能力を持つ第二の形態に変換される発色化合物であり,
10.6ミクロンCO_(2)レーザーを用いて活性化を行い,266nmUVレーザーを用いて色変化反応を行うと,青色イメージが,最初にNIR/CO_(2)で活性化された領域のみで形成され,当該青色イメージは,NIRまたはCO_(2)放射線の照射により,マゼンタ色,赤色,オレンジ色,および黄色に変化するように構成された,
コート付基材。

[熱活性化単一インク製剤の成分]
水性アクリルバインダー 58g
水 14.95g
発泡防止剤 0.1g
非イオン性界面活性剤 0.45g
還元(青色)ITO 2.5g
10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド 15.0g
イソプロパノール 4.0g
UV吸収剤 3g
HALS 2g」(以下,「引用発明」という。)


5 判断
(1)対比
ア(ア) 引用発明の熱活性化単一インク製剤に含まれる「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」は,「光に対して比較的に非反応性である第一の固体形態を有するが,熱活性化によって,光に対して比較的に反応性であり,従って色変化反応を起こして視認可能なイメージを作り出す能力を持つ第二の形態に変換される発色化合物」である。
しかるに,本件発明の「レーザーマーキング可能な」とは,本件出願の明細書の翻訳文(以下,単に「本件明細書」という。)の【0045】の記載によると,「レーザー放射への曝露時に,少なくとも1つの観測可能または測定可能な特徴において,熱分解によらない化学的または分子的で識別可能な変化を受けること」を意味し,「観測可能または測定可能な特徴」とは色を含むものとされている。また,本件明細書に記載された実施例においては,「レーザー書込み可能な顔料」(【0048】の記載によると,「レーザー書込み可能な」は「レーザーマーキング可能な」と同義と解される。)として,「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」が用いられている。
したがって,引用発明の「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」は,本件発明の「レーザーマーキング可能な成分」に相当する。

(イ)a 本件発明の「UV遮断成分」とは,その名称からみて,紫外線を遮断する成分と解するのが自然である。
b また,本件明細書に記載された実施例においては,被覆する(【0175】を参照。)ための「コーティング組成物」(【0182】の表1,【0184】の表2を参照。)中に,「UV吸収剤」である「Tinuvin 1130」と,「UV安定剤」である「Tinuvin 292」とが含有されている。(なお,本件明細書の【0184】の表2には,「Tinuvin 1130」が「UV安定剤」であり,「Tinuvin 292」が「UV吸収剤」である旨記載されているが,BASF社のホームページによると,「Tinuvin 1130」はベンゾトリアゾール系の「紫外線吸収剤」であり,「Tinuvin 292」はヒンダードアミン系の「光安定剤」であるから,前記表2の記載は誤記であり,正しくは,「Tinuvin 1130」が「UV吸収剤」であり,「Tinuvin 292」が「UV安定剤」であると解される。「Tinuvin 1130」についてのBASF社のホームページのURL:https://www.tenkazai.com/product-basf/tinuvin1130.html 。「Tinuvin 292」についてのBASF社のホームページのURL:https://www.tenkazai.com/product-basf/tinuvin292.html 。)
前記コーティング組成物中の「UV吸収剤」は,紫外線を吸収することによって,コーティング組成物中のポリマー成分に対する紫外線への暴露を遮断している成分といえる。
一方,「UV安定剤」(一般的には「光安定剤」と呼称される。)とは,紫外線によりポリマー中に発生するラジカルや活性酸素等を不活性化することによって,ポリマーの劣化を抑制する化合物のことをいうから,紫外線を遮断する成分とは言い難いし,少なくとも,「UV-A放射およびUV-B放射を選択的に遮断する」機能を有してはいない。(なお,「光安定剤」という用語は,前述した狭義の意味で用いられる以外に,「紫外線吸収剤」と狭義の「光安定剤」の双方を包含する広義の意味で用いられることがあるが,本件明細書において,「UV安定剤」が狭義の意味で用いられていることは明らかであるから,本審決においても,「光安定剤」及び「UV安定剤」を狭義の意味で用いる。)
そして,前記コーティング組成物中に,他に,紫外線を遮断する機能を有しているといえる成分は見当たらない。
そうすると,本件明細書に記載された実施例において用いられている「UV遮断成分」は,「UV吸収剤」である「Tinuvin 1130」と解される。
c 前記a及びbによれば,本件発明の「UV遮断成分」とは,少なくとも「UV吸収剤」を包含する概念と解するのが相当である。
d 引用発明の熱活性化単一インク製剤は,「UV吸収剤」を含有しているところ,前記cで述べた事項に照らせば,当該「UV吸収剤」は,本件発明の「UV遮断成分」に相当する。

(ウ)a 本件出願の請求項10は,請求項1の記載を引用する形式で記載されるとともに「レーザーマーキング可能な成分が,フィルムの中または上のコーティングまたは層中に存在する」との発明特定事項が記載されており,本件明細書の【0060】には「UV保護成分およびレーザーマーキング可能な成分は,同じ層,コーティング,フィルムまたは基板の中にあってもよく,任意選択により,これらの中に均一に分散され得る。」と説明されていることから,「レーザーマーキング可能な成分およびUV遮断成分を含み,」という本件発明の発明特定事項は,フィルム上に形成されたコーティング中にレーザーマーキング可能な成分とUV保護成分とが含有されている態様を包含するものと解される。
b 引用発明では,50ミクロンOPP基材上に形成されたコーティング中に,「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」(本件発明の「レーザーマーキング可能な成分」に相当する。以下,「(1)対比」欄において,「」で囲まれた引用発明の構成に付した()中の文言は,当該引用発明の構成に対応する本件発明の発明特定事項を表す。)と,「UV吸収剤」(UV遮断成分)とが含有されているから,前記aで述べた事項に照らせば,引用発明は,本件発明の「レーザーマーキング可能な成分およびUV遮断成分を含」むという発明特定事項に相当する構成を具備している。

イ(ア) 引用発明のコーティングには,「UV吸収剤」(UV遮断成分)が含有されており,当該「UV吸収剤」によって,コーティング中の水性アクリルバインダーに到達する紫外線量が減少し,コーティングの紫外線への暴露による劣化が抑制されることは,技術常識から自明である。
また,引用発明のコーティングには,「HALS」も含有されているところ,「HALS」とは,「Hindered Amine Light Stabilizers」の略号であって,ヒンダードアミン系光安定剤を指していることは,当業者に自明である。したがって,引用発明のコーティング中の水性アクリルバインダーは,当該「HALS」によって,紫外線によりポリマー中に発生するラジカルや活性酸素等が不活性化され,紫外線への暴露による劣化が抑制されている。
以上によれば,引用発明においては,少なくともその層構成中のコーティングが「UV保護」されているといえるから,引用発明と「全面的UV保護を有する」本件発明とは,「少なくとも部分的なUV保護を有する」点で共通するといえる。

(イ) 引用発明では,10.6ミクロンCO_(2)レーザーを用いて活性化を行い,266nmUVレーザーを用いて色変化反応を行うと,NIR/CO_(2)で活性化された領域のみに青色イメージが形成されるから,「レーザーマーキング可能」といえる。
また,引用発明は,インクを,10gsm(「Grams per Square Meter」の略語であり,「g/m^(2)」と同義である。)のコーティング重量にて透明の50ミクロンOPP基材へコーティングすることにより得られたコート付基材であって,十分に薄いから,「フィルム」といえる。

(ウ) 前記(ア)及び(イ)に照らせば,本件発明と引用発明は,「少なくとも部分的なUV保護を有するレーザーマーキング可能なフィルム」である点で共通する。

ウ 前記ア及びイに照らせば,本件発明と引用発明は,
「レーザーマーキング可能な成分およびUV遮断成分を含み,
少なくとも部分的なUV保護を有するレーザーマーキング可能なフィルム。」
である点で一致し,次の点で相違する,又は一応相違する。

相違点1:
本件発明の「UV遮断成分」が,UV-A放射およびUV-B放射を選択的に遮断するのに対して,
引用発明の「UV吸収剤」は,どのような紫外線吸収特性を有するものなのかが定かでない点。

相違点2:
本件発明では,「全面的UV保護」を有するのに対して,
引用発明では,「全面的UV保護」を有するのか否かが定かでない点。

(2)相違点1の容易想到性について
ア 引用発明では,10.6ミクロンCO_(2)レーザーを用いて活性化を行い,266nmUVレーザーを用いて色変化反応を行うことによって,NIR/CO_(2)で活性化された領域のみに青色イメージを形成するのであるから,「UV吸収剤」を,紫外線のうち少なくとも266nm近傍の波長を,ある程度透過させるような紫外線吸収特性を有するものとする必要があることは,技術的に当然のことである。

イ 一方,引用発明の「UV吸収剤」が,どのような目的で熱活性化単一インク製剤中に添加されているのか,引用文献1に明記はないものの,「HALS」(ヒンダードアミン系光安定剤)が添加されていることや技術常識からみて,紫外線への暴露によるポリマー(具体的にはコーティング中の水性アクリルバインダー)の劣化を抑制するために添加されていることは明らかである。
しかるに,引用文献1の【0089】に記載された各種用途において,ポリマーの劣化の原因となる紫外線が,専ら,UV-A放射(各種定義にもよるが,一般的に315ないし380nmの波長範囲)及びUV-B放射(一般的に280ないし315nmの波長範囲)であることは,太陽光に含まれる紫外線がUV-A放射,UV-B放射及びUV-C放射(一般的に200ないし280nmの波長範囲)であり,このうちUV-B放射の一部とUV-C放射とはオゾン層に吸収されてしまい,地表に到達するのがUV-A放射とUV-B放射の一部のみであることが技術常識であることから,当業者に自明である。

ウ 前記ア及びイで述べた事項によれば,引用発明において,「UV吸収剤」としては,少なくとも,UV-A放射及びUV-B放射を吸収するとともに,266nm近傍の波長の紫外線をある程度透過させるような紫外線吸収特性を有するものを選択する必要があることが当業者に自明である。しかるに,このような紫外線吸収特性を有する紫外線吸収剤は,例えば,特表2010-515778号公報(特に,図5等を参照。なお,図5に示された「TINUVIN 1130」は,本件明細書に記載された実施例で用いられている「UV遮断成分」である。),特開2009-229897号公報(特に,【0010】,図5等を参照。),特開平8-325180号公報(特に,図7,図9等を参照。),特開平7-17892号公報(特に,図1,図2等を参照。),特開平5-59069号公報(特に,【0035】,図3,図5,図9等を参照。),特開昭63-201116号公報(特に,第1図,第3図,第5図,第7図,第9図等を参照。)等に記載されているように,本件優先日より前に周知であり,また,製品として上市されてもいた。

エ 以上によると,引用発明において,「UV吸収剤」として,UV-A放射及びUV-B放射を吸収するとともに,266nm近傍の波長の紫外線をある程度透過させるような紫外線吸収特性を有するものを選択することは,当業者が適宜行う公知材料の中からの最適材料の選択にすぎないというほかない。
そして,引用発明において,「UV吸収剤」として,UV-A放射及びUV-B放射を吸収するとともに,266nm近傍の波長の紫外線をある程度透過させるような紫外線吸収特性を有するものを選択することは,引用発明を,相違点1に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることにほかならない。
したがって,引用発明を,相違点1に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,技術常識に基づいて,当業者が容易になし得たことである。

(3)相違点2について
ア 「全面的UV保護」に関して,本件明細書には,「【0055】
全面的UV保護は,望ましくない反応,現像,活性化または劣化からUV感受性またはUV反応性成分を(部分的にまたは完全に)遮断する,1つまたは複数の化学物質,構成要素,成分,コーティングまたは層によって提供することができる。
・・・(中略)・・・
【0057】
このような遮断は代替的にまたはさらに,例えば,フィルムの一方の側(例えば,一方の側の上にはあるが別の側の上にはない層またはコーティング)に存在すること,または所望される任意のパターンまたは構成により製品の一部を保護することにより,場所に対して選択的であり得る。」と記載されている。
当該記載(特に,【0057】の記載)からは,「全面的UV保護」を有するとは,フィルム上にコーティングが形成されている態様の場合,「UV遮断成分」がコーティングに含有されていればよく,フィルムとコーティングの両方に含有されることは必須ではないと解するのが自然である。

イ 引用発明は,「UV吸収剤」を含有するインクを,50ミクロンOPP基材へコーティングすることにより得られたコート付基材であるから,前記アで述べた解釈を前提とすると,引用発明は,「全面的UV保護」を有しているといえる。
したがって,相違点2は相違点ではない。

ウ 仮に,前記アで述べた解釈が誤りであり,「全面的UV保護」を有するとは,全ての層構成がUV保護されていることを意味するものと解したとしても,次の(ア)又は(イ)で述べる理由から,引用発明を,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易になし得たことである。
(ア) 引用文献1の【0086】には,「活性化可能ジアセチレン」(引用発明の「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」)について,インクもしくは表面コーティング製剤を用いて基材に適用するという引用発明の層構成以外に,紙などの基材中に直接埋設させるという形態や,プラスチックフィルムへ押出す(「活性化可能ジアセチレン」を含有させたプラスチックフィルムを押出し成形により形成することを意味していると解される。)形態にしてもよいことが記載されている。
引用発明は,「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」を含有するインクを透明の50ミクロンOPP基材へコーティングすることにより得られたコート付基材であるが,コーティングを排し,50ミクロンOPP基材中に「10,12-ドコサジイン-ビス-プロパルギルアミド」とともに「還元(青色)ITO」や「UV吸収剤」や「HALS」を含有した単層構造の基材として構成することは,前記引用文献1の記載にしたがって,当業者が容易になし得たことである。
そして,当該構成の変更を行った引用発明は,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備している。
したがって,引用発明を,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易になし得たことである。

(イ) プラスチック中に紫外線吸収剤や光安定剤を含有させることにより,紫外線によるプラスチックの劣化を抑制することは,例示するまでもなく,本件優先日より前に周知,慣用の技術である。
引用発明は,「UV吸収剤」と「UV安定剤」とを含有するインクを透明の50ミクロンOPP基材へコーティングすることにより得られたコート付基材であって,前記「UV吸収剤」及び「UV安定剤」によって,紫外線によるコーティングの劣化は抑制できるものの,50ミクロンOPP基材が紫外線吸収剤や光安定剤を含有していないのでは,コーティングが形成された側とは反対側から入射する紫外線によって,50ミクロンOPP基材の劣化が進行してしまうことは,当業者に自明である。
そうすると,引用発明において,50ミクロンOPP基材に紫外線吸収剤や光安定剤を含有させて,コーティングばかりでなく,50ミクロンOPP基材についても,紫外線による劣化から保護されたものとすること,すなわち,引用発明を,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易になし得たことである。

(4)効果について
本件発明の効果は,引用文献1の記載及び技術常識に基づいて,当業者が予測できた程度のものである。

(5)まとめ
以上のとおりであるから,本件発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。


6 むすび
本件発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-09-25 
結審通知日 2018-10-02 
審決日 2018-10-15 
出願番号 特願2015-548760(P2015-548760)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B41M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 亮治  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 関根 洋之
清水 康司
発明の名称 レーザーマーキング可能なフィルム  
代理人 大野 聖二  
代理人 片山 健一  

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