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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61C
管理番号 1349961
審判番号 不服2015-20352  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-05-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-11-13 
確定日 2019-03-12 
事件の表示 特願2013-209081「トルク過量矯正モデル」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 3月 6日出願公開、特開2014- 39853〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成20年5月7日(パリ条約による優先権主張 平成19年5月4日 (US)アメリカ合衆国)に出願した特願2008-121625号の一部を、平成25年10月4日に特許法第44条第1項の規定による新たな出願としたものであるところ、平成26年8月26日付けで拒絶の理由が通知され、その指定期間内の平成27年1月21日に意見書が提出されたが、同年7月9日付けで拒絶をすべき旨の査定がなされた。
これに対し、平成27年11月13日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに特許請求の範囲について手続補正がなされ、平成29年5月8日付けで拒絶の理由が通知され、その指定期間内の同年11月15日に意見書が提出されるとともに特許請求の範囲及び明細書について手続補正がなされ、さらに同年12月26日付けで拒絶の理由が通知され、その指定期間内の平成30年7月5日に意見書が提出されるとともに特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?7に係る発明は、平成30年7月5日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定されるとおりのものであって、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
患者の歯に配置されることになるブラケットと、
アーチワイヤと、
を備えているカスタム歯科矯正装具であって、
前記ブラケットは、歯に対して所望の角度のトルクを提供するために、ある角度をなすように選択されたアーチワイヤスロットを含み、前記アーチワイヤスロットの角度は、前記スロットと前記アーチワイヤのミスアライメントを補償するために前記歯に対して提供されることになる前記所望のトルク角度よりも大きなものであり、
前記アーチワイヤスロットの角度は、前記歯が所望される最終的な歯の位置に配置されるときに、前記アーチワイヤにおける力の減少を補償するためのトルクを提供するように計算され、それによって、前記アーチワイヤにおける力の減少を補償することを特徴とする歯科矯正装具。」

第3 平成29年12月26日付け拒絶理由通知について
平成29年12月26日付けで当審より通知した拒絶理由のうち、理由1は概略以下のとおりである。

この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記(1)?(3)の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。

(1)請求項1の「アーチワイヤスロットの角度は、前記スロットと前記アーチワイヤのミスアライメントを補償するために前記歯に対して提供されることになる前記所望のトルク角度よりも大きなものであり、前記アーチワイヤスロットの角度は、前記歯が所望される最終的な歯の位置に配置されるときに、適用されるトルクを提供するように計算され、それによって、前記アーチワイヤにおける力の減少を補償する」との記載からみて、請求項1?7に係る発明のアーチワイヤスロットの角度は、(A)アーチワイヤスロットとアーチワイヤのミスアライメントの補償、(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償の2つの補償をするように決定されるものと解される。
そして、発明の詳細な説明及び技術常識を参酌すると、上記2つの補償は、異なる原因から生じるトルクないし力の減少を補償するものと解されるところ、両者の補償を行うために、如何にして1つの「アーチワイヤスロットの角度」を決定するのか、例えば、各補償のためのスロット角度を別個に求め、それらの和を「アーチワイヤスロットの角度」とするのか、2つの補償を同時に行える1つの角度を何らかの方法により見出すのか等が、明細書には何ら記載されておらず、また当業者にとって自明の事項ともいえないから、発明の詳細な説明は、請求項1?7に係る発明を当業者が実施することができる程度に記載されたものではない。

(2)上記(1)における(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償に関し、発明の詳細な説明には、段落【0010】及び【0025】の記載しかなく、当該力の減少の補償なるものが、具体的に何を指しているのか不明であって、当該力の減少を補償するためのアーチワイヤスロットの角度を計算することができないから、発明の詳細な説明は請求項1?7に係る発明を当業者が実施することができる程度に記載されたものではない。
この点に関し、審判請求書において、力の減少として、(1)最終位置付近でのトルク減少、(2)アーチワイヤの塑性変形を挙げているが、そのように主張する根拠を明細書の記載に基づいて明らかにされたい。さらに、意見書において、段落【0039】及び【0040】が挙げられているが、それらの記載から、力の減少を補償するためのアーチワイヤスロットの角度を、如何にして計算するのか、依然として不明である。

(3)上記(2)の、特に「(2)アーチワイヤの塑性変形」に関し、該「アーチワイヤの塑性変形」による力の減少を如何にして算出するのか何ら記載されていないから、発明の詳細な説明は請求項1?7に係る発明を当業者が実施することができる程度に記載されたものではない。

第4 当審の判断
本件出願は、上記の理由1により、特許を受けることができないものであると判断する。その理由は以下のとおりである。

(1)実施可能要件の規定
特許法第36条第4項第1号には、発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定されている。

(2)発明の詳細な説明の検討
ア 拒絶の理由 理由1の(1)について
まず、請求項1には、「前記アーチワイヤスロットの角度は、前記スロットと前記アーチワイヤのミスアライメントを補償するために前記歯に対して提供されることになる前記所望のトルク角度よりも大きなものであり、
前記アーチワイヤスロットの角度は、前記歯が所望される最終的な歯の位置に配置されるときに、前記アーチワイヤにおける力の減少を補償するためのトルクを提供するように計算され、それによって、前記アーチワイヤにおける力の減少を補償する」(下線部は、当審で付したものである。以下同様。)との記載からみて、請求項1に係る発明のアーチワイヤスロットの角度は、(A)アーチワイヤスロットとアーチワイヤのミスアライメントの補償、(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償という2つの補償をするように決定されるものと解される。

そして、発明の詳細な説明には、上記(A)アーチワイヤスロットとアーチワイヤのミスアライメントの補償に関し、「【0023】
矯正のトルクを適用するために、歯科矯正のアーチワイヤとブラケットとの間の相互作用を合成することが必要である。
【0024】
歯科矯正の装具において、ワイヤとブラケットのスロットとの間の相互作用が存在する。スロットは一般的に矩形形状であり、ワイヤは、略円形形状又は矩形形状であり、様々な直径、合金、及び断面である。合金は、異なる力及び弾性を有する可能性のために選択される。一般的な合金は、300シリーズのステンレス鋼、ベータチタン(beta titanium)/モリブデンの合金(TMA)、及び様々なニッケルチタニウム(超弾性)合金(NiTi)である。」、
「【0028】
丸いワイヤ及び矩形状のワイヤとスロットとの間の相互作用は、図9Aに図示される。
ブラケットとアーチワイヤとの間のそれらの誤差の原因は、他の原因が無視されるので、本明細書で議論される。
【0029】
タイプAの誤差は、歯の高さに沿う方向でスロット内にワイヤの配置における変化から生じる。0.018インチのスロットのために、最終的な場合に使用されたワイヤが一般的に0.016インチであり、この0.016インチが検出するのにあまりにも小さい誤差に帰着するので、これは一般的に小さい誤差に帰着する。
【0030】
タイプBの誤差は、ブラケット内のスロットに対してアーチワイヤの角度で変化から生じる。この誤差の原因は、歯の先端角度に影響を及ぼし、タイプAの誤差より多少大きい効果を有するが、一般的に有効ではない。なぜならば、ブラケットの幅が約0.103インチであり、“遊び”が+/-0.002インチだけであるので、0.88°の角度の誤差に帰着する。
【0031】
タイプCの誤差は、トルク及び/又は歯の傾斜角度における誤差であり、タイプA及びタイプBの誤差に対して非常に重要であり、以下に探求された話題である。0.018インチのスロットのための一般的なワイヤは、0.016インチ×0.022インチであり、0.022インチのスロットのための一般的なワイヤは、0.019インチ×0.025インチである。これは、歯の傾斜角度における+/-10°の誤差を発生することができる。ワイヤのコーナー半径が一般的に0.003インチであることを考慮する場合、これは特に真実である。標準寸法より小さいワイヤは、理由の多様性のために歯科矯正処置で最も大衆的であるのに適当である。
【0032】
以下の表は、(高さ及び幅によって設計された)矩形状又は正方形状の断面のワイヤサイズの変化のために、0.018インチ及び0.022インチのブラケットスロットにおける遊びを図示する。
【0033】


【0034】
この表に見られるように、異なる断面及び合金の力出力に結合されたワイヤとスロットとの相互作用は、制御の損失又は装具が歯を位置決めするように計画される場所からの偏差を生み出すことができる。(背景として、制御の損失が丸いワイヤの場合においてすべてであることに留意されたい。)
【0035】
上記の議論の多くの効果は、患者に関係する効果のためではない場合、許容可能な歯科矯正である。特に、歯の本来の開始位置(歯が最初にねじられる方向)に依存して、アーチワイヤによって適用されたトルクは、重要である場合がある。図10A及び10Bに示されるように、唇方向に傾斜された歯(図10A)は、舌方向に傾斜された歯(図10B)のトルクと反対側のトルクを受容する。
【0036】
本発明の原理を参照して、トルク矯正は、歯科矯正における傾斜誤差のために矯正するように、カスタム歯科矯正装具におけるブラケットの設計に適用される。特に記載された実施形態において、矯正の方向は、歯の初期トルクよりむしろ、治療中に特定の歯の移動方向に基づいて決定され、それにより、ワイヤが所望された方向において歯のブラケットパッドアセンブリを回転するように努める。例えば、図10Cの場合において、ワイヤは、舌方向において歯を押圧するように試みる。」および「【0039】 上記の参照された特許出願に詳細に記載される、歯科矯正装具の設計システムを使用して、アーチワイヤによって適用されたトルクは計算されることができる。この計算のために、仕上げの(最終的な)ワイヤのサイズ及び合金は、周知でなければならない。それらが任意の構成を取る場合があるけれども、一般的に0.018インチのスロットのためのサイズは、0.016インチ×0.022インチであり、0.022インチのスロットためのサイズは、0.019インチ×0.025インチである。Insignia社のソフトウェア(Insignia software)において、操作者は、次いで合金、サイズ、及び使用される状況を入力しなければならない。
【0040】
本発明の原理を参照して、ルックアップテーブルは、合金、サイズ、及び状況の様々な組み合わせのために、トルク及びワイヤの位置を特徴付けることを引き起こす。ブラケットは、注文製造され、又は事前製造され、且つ在庫から選択され、それによって、図12に図示されたように、調節された角度を有するスロットを有するために選択される。図12でわかるように、システムは、ワイヤとブラケットとの間の相互作用を計算し、それによってワイヤ面とブラケットのスロットとの間の角度のオフセットを決定する。ルックアップテーブルは、ワイヤコーナーの丸み、相対的なワイヤのサイズ、及びスロットのサイズを補償する。0.022のスロットにおける0.019インチ×0.025インチのワイヤ断面において、半径の効果は小さいが、0.018のスロットにおける0.016インチ×0.016インチのワイヤ断面において、効果は大きい。断面及び半径の両方は、考慮される。(半径は、ほとんど常に0.003インチである。)
【0041】
一旦ブラケットとワイヤとの間のバックラッシュ又は相互作用は計算されると、ブラケットのスロットに対するワイヤ平面の移動は決定され、そして、ブラケットのスロットの角度は、歯科矯正の矯正中に所望されない傾斜を防ぐ傾向があるトルクを発生するように決定される。」と記載されている。

技術常識をふまえ、これらの記載をみると、上記(A)アーチワイヤスロットとアーチワイヤのミスアライメントの補償とは、アーチワイヤの形状およびサイズとアーチワイヤスロットのサイズに応じて不可避的に「遊び」が存在し、この「遊び」の範囲内でアーチワイヤ外面とアーチワイヤスロットの内面の位置関係がずれることにより生じる、矯正トルクの減少あるいは増加を補償するものと解される。
そして、さらに技術常識をふまえると、上記アーチワイヤ外面とアーチワイヤスロットの内面の位置関係がずれることにより生じる、矯正トルクの減少あるいは増加は、少なくともアーチワイヤの材質や形状、サイズ、スロットの形状、サイズといった予め特定することのできるパラメータのみならず、例えば矯正歯の三次元的な移動や隣接歯との位置関係の変化等の経時的に変化するパラメータも関与することは明らかである。

同様に、上記(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償に関して、発明の詳細な説明には、「【0010】・・・さらに特定の実施形態において、スロットの角度は、歯がアーチワイヤにおける力の減少を補償するように歯の所望される最終的な位置に配置される場合でも、適用されるトルクに対して設けられるように計算される。」、「【0025】 図8は、それらの一般的な合金のいくつかの相対的な特性を示すグラフである。単位撓み当たりにおいて(Per unit of deflection)、ステンレスは、最も硬い合金であり、NiTiは最も軟らかい合金である。歯科矯正において、“力の減少量”の原理は、撓みが減少されるにつれて、いくつかのポイントで、ワイヤによる力の出力が歯を移動するのに不十分であることを明言する。図8で図示されるように、力の減少量では、NiTiワイヤが最も多い迅速さであり、ステンレスが最も少ない迅速さである。しかしながら、各ケースにおいて、ワイヤが決して完全に緩和することはなく、それによって、決して歯が完全に緩和されたアーチワイヤのために計算された正確な終点を取ることはないと信じられている。ステンレスのワイヤは、他のこと全てが等しいNiTiのワイヤの場合より、所望された終点に近接する歯の状態になる。(ステンレスのヤング率は2600万psiであり、NiTiのヤング率は1400万psiであり、TMAのヤング率は、約600万psiである。)」と記載されている。また、審判請求書には、上記(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償に関して、「特に、本願の請求項1に係る発明が解決しようとする「アーチワイヤにおける力の減少」の問題は、ブラケットスロットとアーチワイヤとのアライメントの問題ではなく、次の二つの問題、すなわち(1)最終位置付近では、アーチワイヤによって加えられるトルクはゼロ付近まで減少し、そして患者の顎の骨を成形できるレベルを下回ることがあり、この結果、歯は所望の最終位置には到達せず、そして(2)アーチワイヤにはある程度の塑性変形が生じ得る、という問題に関連したものである。この両方の種類の「アーチワイヤにおける力の減少」を補償するために、本願の請求項1に係る発明においては、歯が最終位置に到達した状態でさえアーチワイヤが歯に対して継続トルクを加え続けるように、アーチワイヤスロットの角度が歯に対して提供されることになる所望のトルク角度よりも大きなものとされる(すなわちトルクは過剰補償される)。」と記載されている。

これらの記載を前提とすれば、上記(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償とは、(1)最終位置付近でのトルク減少および(2)アーチワイヤの塑性変形により生じる矯正トルクの減少、を補償するものと一応解されるところ、技術常識をふまえると、上記(1)最終位置付近でのトルク減少は、少なくともアーチワイヤの材質や形状、サイズといったパラメータが関与するものと考えられ、さらに、上記(2)アーチワイヤの塑性変形により生じる矯正トルクの減少は、少なくとも矯正歯の三次元的な位置変化や隣接歯との位置関係の変化により経時的に生じるアーチワイヤにかかるトルクの変化が、累積的にもたらすアーチワイヤの塑性変形の大きさおよび方向といったパラメータが関与するものと考えられる。

そうすると、上記(A)アーチワイヤスロットとアーチワイヤのミスアライメントの補償、(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償という2つの補償については、上記のように異なるパラメータすなわち原因に基づくトルクないし力の減少を補償するものと解されるところ、両者の補償を行うために、如何にして1つの「アーチワイヤスロットの角度」を決定するのか、例えば、各補償のためのスロット角度を別個に求め、それらの和を「アーチワイヤスロットの角度」とするのか、2つの補償を同時に行える1つの角度を何らかの方法により見出すのか等が、本件明細書の発明の詳細な説明には何ら記載されておらず、また当業者にとって自明の事項ともいえないから、発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明を当業者が実施することができる程度に記載されたものではない。

イ 拒絶の理由 理由1の(2)および(3)について
上記アで指摘したとおり、技術常識をふまえると、(2)アーチワイヤの塑性変形により生じる矯正トルクの減少は、少なくとも矯正歯の位置変化や隣接歯との位置関係の変化により経時的に生じるアーチワイヤにかかるトルクの変化が累積的にもたらすアーチワイヤの塑性変形の大きさおよび方向を特定する必要があると考えられるところ、本件明細書の発明の詳細な説明にはそれらをどのように特定するのか何ら記載されておらず、技術常識といえる証拠もないから、理由1の(3)で指摘したように本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に記載されたものでない。
上述のように、本件明細書の発明の詳細な説明は、(2)アーチワイヤの塑性変形により生じる矯正トルクの減少に関して、請求項1?7に係る発明を当業者が実施できる程度に記載されたものでないのであるから、当該(2)アーチワイヤの塑性変形により生じる矯正トルクの減少を含む(B)アーチワイヤにおける力の減少の補償についても、理由1の(2)で指摘したように、本件明細書の発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に記載されたものでない。

(3)請求人の主張について
請求人は平成30年7月5日付けの意見書において、ア?ウのように主張するが、以下のとおり、いずれも採用することができない。

ア 「アーチワイヤスロットがソフトウェアで開発される方法は、本願の当初明細書において提示された、特に、PCT出願US2007/062965、US2004/028391、US2003/030917及びUS2000/35558において詳しく説明されています。なかでも最良の参考文献はUS2004/028391(当審注:本願明細書段落【0008】において特許文献3として掲げられたWO2004/028391の誤りと思われる。)であり、これは、その広範囲にわたる図中で、その他の多くの設計要素の中でブラケットにおけるトルク角度の使用を示しています。本願における検討は、この先行出願において公開されている周知技術、特にその段落[0061]?[0074]において説明された調整方法に基づいています。これらの段落には、特に、さまざまなタイプのアーチワイヤの相対的な寸法、及びアーチワイヤがブラケットのスロット内で回転できるときに生じるミスアライメントの特性が記載されています。よって、必要に応じて本願の当初明細書において提示された上記文献の記載内容を参酌すれば、当業者が本願発明を実施することは十分に可能であると思量致します。」

イ 「上述したUS2004/028391の段落[0061]?[0074]は、歯に加えられるトルクがアーチワイヤのねじれの関数であり、アーチワイヤとスロットとのミスアライメントから生じるトルクの減少が歯の誤配置を生じる、という事実を述べています。よって、必要に応じて本願の当初明細書において提示された上記文献の記載内容を参酌すれば、当業者が本願発明を実施することは十分に可能であると思量致します。そもそも、アーチワイヤがワイヤのねじれの程度に応じてトルクを提供するという事実は周知の物理的機能であり、議論の対象とはならないものと思量致します。」

ウ 「さらに言えば、アーチワイヤにおける力の減少量が特定(算出)されなければならないとの認定は失当なものである思量致します。本願発明の意図は、ブラケットスロット内でのアーチワイヤのミスアライメントによって生じるアーチワイヤからのトルクの減少がないようにスロットの位置・形状を修正することです。これは、ミスアライメント時のアーチワイヤからのトルクの計算を必要とせず、むしろ、ワイヤがブラケットスロットに嵌まったときに生じるミスアライメントの度合い(角度)の計算を必要とするだけです。本願発明は、ブラケットのスロット角度を修正することによって、このミスアライメントを除去するものです。」

ア、イについて、特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明の記載が、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定されているのであって、特許取得の前提として発明の開示義務を負う出願人が、単に文献名を列挙することのみによって、当該文献中の記載を明細書の発明の詳細な説明の記載に代えることができるとすれば、第三者は当該列挙された文献を入手しそれを理解したうえで、発明の詳細な説明を理解する必要があることとなり、発明を理解するための負担がきわめて大きくなる第三者との関係でバランスを失することは明らかである。
念のため、請求人が最良の参考文献としたWO2004/028391A2をみても、その段落[0061]?[0074]には、「さまざまなタイプのアーチワイヤの相対的な寸法、及びアーチワイヤがブラケットのスロット内で回転できるときに生じるミスアライメントの特性」や「歯に加えられるトルクがアーチワイヤのねじれの関数であり、アーチワイヤとスロットとのミスアライメントから生じるトルクの減少が歯の誤配置を生じる、という事実」なるものは記載されていない。

ウについて、特許請求の範囲の請求項1において「アーチワイヤスロットの角度は・・・アーチワイヤにおける力の減少を補償するためのトルクを提供するように計算され」と特定されているのであるから、そもそも力の減少が特定(算出)されなくともよい、ワイヤがブラケットスロットに嵌まったときに生じるミスアライメントの度合い(角度)の計算を必要とするだけであるとの主張は、上記の発明特定事項と整合しない主張であって、その前提を欠く主張というべきである。

(4)小括
よって、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許請求の範囲の請求項1に係る発明を実施することができるように記載されたものでない。

第5 むすび
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許請求の範囲の請求項1に係る発明を実施することができるように記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしておらず、請求項2?7に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-09-28 
結審通知日 2018-10-01 
審決日 2018-10-30 
出願番号 特願2013-209081(P2013-209081)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A61C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 胡谷 佳津志  
特許庁審判長 長屋 陽二郎
特許庁審判官 瀬戸 康平
内藤 真徳
発明の名称 トルク過量矯正モデル  
代理人 実広 信哉  
代理人 村山 靖彦  

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