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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
管理番号 1350437
審判番号 不服2017-15802  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-05-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-10-25 
確定日 2019-04-02 
事件の表示 特願2012-212035「燃料電池用電極触媒及びその製造方法、並びにそれを含んだ膜・電極接合体及び燃料電池」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 4月22日出願公開、特開2013- 73940〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成24年 9月26日(パリ条約による優先権主張2011年 9月27日(韓国(KR)))の出願であって、平成28年 5月31日付けで拒絶理由が通知され、同年 9月 2日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年10月28日付けで拒絶理由が通知され、平成29年 2月 6日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年 6月15日付けで拒絶査定がされた。
これに対し、同年10月25日付けで拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成30年 5月 7日付けで当審から拒絶理由が通知され、同年 8月14日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。


第2 本願発明について
本願の請求項1?15に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明15」ということがある。)は、平成30年 8月14日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?15に記載される事項により特定される、以下のとおりのものである。

「 【請求項1】
酸素還元活性を有する貴金属及び13族元素を含み、前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する、結晶質触媒粒子を含み、
前記貴金属が、パラジウム(Pd)であり、
前記13族元素が、インジウム(In)であることを特徴とする、燃料電池用電極触媒。
【請求項2】
コバルト(Co)、銅(Cu)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、セリウム(Ce)及びチタン(Ti)のうち1種以上を含んだ遷移金属をさらに含んだことを特徴とする、請求項1に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項3】
前記遷移金属が、コバルト(Co)、銅(Cu)及びマンガン(Mn)のうち1種以上を含んだことを特徴とする、請求項2に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項4】
下記数式1を満足することを特徴とする、請求項1に記載の燃料電池用電極触媒:
【数1】

前記数式1で、
A2は、前記結晶質触媒粒子の格子定数であり、
A1は、前記13族元素を含まないという点を除いては、前記結晶質触媒粒子と同じ構成を有する第1触媒粒子の格子定数である。
【請求項5】
炭素系担体をさらに含んだことを特徴とする、請求項1に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項6】
前記第13族元素の含有量が、前記燃料電池用電極触媒100重量部当たり0.001ないし20重量部であることを特徴とする、請求項1に記載の燃料電池用電極触媒。
【請求項7】
酸素還元活性を有する貴金属の前駆体、及び13族元素の前駆体を含んだ混合物を提供する段階と、
前記混合物中の前駆体を還元させ、酸素還元活性を有する貴金属及び13族元素を含み、前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する、結晶質触媒粒子を含んだ燃料電池用電極触媒を形成する段階と、を含み、
前記貴金属が、パラジウム(Pd)であり、
前記13族元素が、インジウム(In)であることを特徴とする、燃料電池用電極触媒の製造方法。
【請求項8】
前記13族元素の前駆体が、13族元素を含んだ塩化物、窒化物、シアン化物、硫化物、臭化物塩、硝酸塩、アセテート、硫酸塩、酸化物、水酸化物、オキソ酸塩及びアルコキシドのうち1種以上の化合物を含んだことを特徴とする、請求項7に記載の燃料電池用電極触媒の製造方法。
【請求項9】
前記混合物が、炭素系担体をさらに含んだことを特徴とする、請求項7に記載の燃料電池用電極触媒の製造方法。
【請求項10】
前記混合物が、グリコール系溶媒及びアルコール系溶媒のうち1種以上をさらに含んだことを特徴とする、請求項7に記載の燃料電池用電極触媒の製造方法。
【請求項11】
カソードと、
前記カソードと対向して位置するアノードと、
前記カソードとアノードとの間に位置する電解質膜と、を含み、
前記カソード及びアノードのうち少なくとも一つが、請求項1ないし請求項6のうち、いずれか1項に記載の電極触媒を含んだ、燃料電池用膜・電極接合体。
【請求項12】
前記カソードが、前記電極触媒を含んだことを特徴とする、請求項11に記載の燃料電池用膜・電極接合体。
【請求項13】
請求項12に記載の燃料電池用膜・電極接合体を含む燃料電池。
【請求項14】
パラジウム(Pd)及びイリジウム(Ir)並びにインジウム(In)を含み、InがPd_(5)Irの組成で単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する結晶質触媒粒子を含んだ、燃料電池用電極触媒。
【請求項15】
酸素還元活性を有する貴金属及びインジウム(In)を含み、前記インジウム(In)が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する、結晶質触媒粒子を含み、下記数式2を満足することを特徴とする、燃料電池用電極触媒:
【数2】

前記数式2で、
A2は、前記結晶質触媒粒子の格子定数であり、
A1は、前記インジウム(In)を含まないという点を除いては、前記結晶質触媒粒子と同じ構成を有する第1触媒粒子の格子定数である。」


第3 当審の拒絶理由通知書の概要
当審より、平成30年 5月 7日付けで通知した、拒絶理由通知書の概要は、次のとおりのものである。

請求項1(当審注:平成29年10月25日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1のこと)は、
「酸素還元活性を有する貴金属及び13族元素を含み、前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に存在する、結晶質触媒粒子を含み、
前記貴金属が、パラジウム(Pd)であり、
前記13族元素が、インジウム(In)であることを特徴とする、燃料電池用電極触媒。」
というものであり、結局のところ、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に存在する」との事項によって特定される「結晶質触媒粒子」を含むものであるということができる。
そして、当業者は、明細書の発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に存在する」との事項によって特定される「結晶質触媒粒子」を製造することができるとはいえない。
したがって、この出願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、同様にして、この出願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項2?15に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、本願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


第4 当審の判断
当欄においては、まず、1にて、本願の願書に添付した明細書及び図面(以下、これらをまとめて「本願明細書」という。)の記載を摘記し、次に2にて、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たしているか否かについて検討し、最後に3にて審判請求人の主張について検討する。

以下、上記の順序で詳述する。

1 本願明細書の記載について
本願明細書には、以下の記載がある(下線は当審にて付与した。「・・・」により記載の省略を示す。)。

「【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1A】13族元素を含んでいない点を除いては、図1Bに図示された結晶質触媒粒子と同一の構造を有する第1触媒粒子の単位格子を概略的に図示した図面である。
【図1B】一実施例による電極触媒の結晶質触媒粒子の単位格子を概略的に図示した図面である。」

「【0025】
本発明の燃料電池用電極触媒(以下、「電極触媒」ともする)は、酸素還元活性を有する貴金属及び13族元素を含んだ結晶質触媒粒子を含む。ここで、13族元素は、結晶質触媒粒子の単位格子内に存在する。」

「【0028】
13族元素は、貴金属の結晶構造または電子構造を変化させることによって、結晶質触媒粒子の酸素還元反応活性を向上させる役割を行う。例えば、13族元素は、ホウ素(B)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)及びタリウム(Tl)のうち1種以上を含んでもよい。例えば、13族元素は、ホウ素(B)及びインジウム(In)のうち1種以上を含むが、これらに限定されるものではない。」

「【0036】
数式5ないし7は、一実施例による結晶質触媒粒子の単位格子20(以下、「単位格子20」とする)を概略的に図示した図1B、及び13族元素を含まないという点を除いては、結晶質触媒粒子の単位格子20と同じ構成を有する第1触媒粒子の単位格子10(以下、「単位格子10」とする)を概略的に図示した図1Aを参照しつつ、さらに容易に理解することができる。
【0037】
単位格子20及び単位格子10は、前述のような貴金属または遷移金属の原子22,12の規則的な配列によって構成される。単位格子20は、単位格子10とは異なり、単位格子20内に、13族元素の原子24をさらに含む。13族元素の原子24は、単位格子20をなす貴金属または遷移金属の原子22間に存在しうる。
【0038】
13族元素の原子24が、単位格子20内に挿入されることによって、単位格子20において互いに平行な結晶面間の距離D2(X),D2(Y)及びD2(Z)は、単位格子10において互いに平行な結晶面間の距離D1(X),D1(Y)及びD1(Z)より増大しうる。」

「【0047】
数式5ないし8のように、13族元素の原子が、結晶質触媒粒子の単位格子内に挿入されることによって、結晶質触媒粒子の結晶面間の距離及び格子定数が増大し、結晶質触媒粒子の結晶構造及び/または電子構造が変化する。具体的には、13族元素の原子が、結晶質触媒粒子の触媒粒子の単位格子内の貴金属原子の外殻電子の電子密度を変化させ、触媒粒子の酸素との反応性が変化しうる。従って、前述のような結晶質触媒粒子を含んだ電極触媒を採用した燃料電池は、優秀な電気的性能を有することができる。」

「【0080】
(実施例)
(実施例1:Pd-B/C触媒の製造)
0.1重量%Pd(NO_(3))_(2)水溶液50g、及び0.1重量%H_(3)BO_(3)水溶液50gを混合して前駆体混合物を準備した。
【0081】
一方、炭素系担体であるKB(ketjen-black(登録商標)、800m^(2)/g)0.5gをH_(2)O 100gに分散させ、炭素系担体混合物を準備した。
【0082】
前駆体混合物と担体混合物とを混合した後、1M NaOH水溶液10.5gを添加して30分間撹拌し、pHが10?11に調節された混合物を準備した後、NaBH_(4)水溶液を添加し、炭素系担体上にPd-B触媒粒子を還元させた。これから得た結果物を濾過洗浄/乾燥させ、理論上50重量%のPd-B触媒粒子(Pd単位格子内にBが存在し、Pd:Bの原子比は、20:1である)が炭素系担体上に担持されたPd-B/C触媒を製造した。
【0083】
(実施例2:Pd_(2)Ir-B/C触媒の製造)
前駆体混合物の製造時、0.1重量%IrCl_(3)水溶液50gを追加したという点を除いては、実施例1と同じ方法を利用し、理論上50重量%のPd_(2)Ir-B触媒粒子(Pd及びIrの単位格子内にBが存在し、Pd:Ir:Bの原子比は、2:1:3/20である)が炭素系担体上に担持されたPd_(2)Ir-B/C触媒を製造した。
【0084】
(実施例3:Pd_(5)Ir-B/C触媒の製造)
前駆体混合物の製造時、0.1重量%IrCl_(3)水溶液20gを追加したという点を除いては、実施例1と同じ方法を利用し、理論上50重量%のPd_(5)Ir-B触媒粒子(Pd及びIrの単位格子内にBが存在し、Pd:Ir:Bの原子比は、5:1:6/20である)が炭素系担体上に担持されたPd_(5)Ir-B/C触媒を製造した。
・・・
【0089】
(実施例8:Pd_(2)Ir-In/C触媒の製造)
前駆体混合物の製造時、H_(3)BO_(3)水溶液の代わりに、0.1重量%In(OH)_(3)水溶液50gを使用したという点を除いては、実施例2と同じ方法を利用し、理論上50重量%のPd_(2)Ir-In触媒粒子(Pd及びIrの単位格子内にInが存在し、Pd:Ir:Inの原子比は、2:1:0.2である)が炭素系担体上に担持されたPd_(2)Ir-In/C触媒を製造した。
【0090】
(実施例9:Pd_(5)Ir-In/C触媒の製造)
前駆体混合物の製造時、H_(3)BO_(3)水溶液の代わりに、0.1重量%In(OH)_(3)水溶液0.5gを使用したという点を除いては、実施例3と同じ方法を利用し、理論上50重量%のPd_(5)Ir-In触媒粒子(Pd及びIrの単位格子内にInが存在し、Pd:Ir:Inの原子比は、5:1:0.5である)が炭素系担体上に担持されたPd_(5)Ir-In/C触媒を製造した。」

「【図1A】



「【図1B】




2 本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているか否かについて
(1)本願発明1は、「燃料電池用電極触媒」という物の発明である。物の発明における実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいう(特許法第2条第3項第1号)。したがって、物の発明について、明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たしているか否かは、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるか否かによって判断されるべきものである。

(2)本願発明1において特定されている事項について
ア 本願発明1は、「前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する」との事項を備えるものであるところ、当該事項が意味する内容について検討する。
(ア)技術常識によれば、結晶性物質においては、構成分子や原子が一定の周期性を持って規則正しく三次元配列して立体的な格子を形成しているところ、この格子の最小単位のことを「単位格子」という。

(イ)そうすると、本願発明1の「前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する」との事項は、
・最小単位である単位格子を形成する貴金属原子が相互にその位置関係を維持したまま、各貴金属原子の間に「13族元素」が「侵入」して、「13族元素」が「存在する」こと(ただし、「侵入」に伴う歪みにより貴金属原子の相対的な位置関係が多少変動することまでは許容される。いわゆる侵入型固溶体。)
を意味するのであって、
・最小単位である単位格子を形成する貴金属原子が「13族元素」と置き換わることで「13族元素」が「存在する」こと(いわゆる置換型固溶体)
を意味するものではないと解される。

(ウ)上記(イ)の解釈は、本願明細書の記載にも沿うものと認められる。
すなわち、段落【0036】によれば、図1Bは「一実施例による結晶質触媒粒子の単位格子20」を概略的に図示したものであり、図1Aは「13族元素を含まないという点を除いては、結晶質触媒粒子の単位格子20と同じ構成を有する第1触媒粒子の単位格子10」を概略的に図示したものであるところ、図1Bは、図1Aの黒丸(12:貴金属原子に対応)の位置を維持したまま、各黒丸(12)の間に白丸(24:13族元素の原子に対応)が「侵入」することで、13族元素の原子を示す白丸(24)が存在することになったものを概略的に図示したものであるといえるから、上記(イ)の解釈に沿った内容となっている。

(エ)さらに、上記(イ)の解釈は、審判請求書や、平成30年 3月19日付け上申書における審判請求人の主張とも整合するものである。

イ そして、本願発明1の「燃料電池用電極触媒」が含む「結晶質触媒粒子」は、上記アでその解釈を検討した「前記13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する」との事項に加えて、「前記貴金属が、パラジウム(Pd)であり、前記13族元素が、インジウム(In)であること」との事項によって特定されるものである。
後者の事項によって、前者の事項の「貴金属」及び「13族元素」がそれぞれ「パラジウム(Pd)」及び「インジウム(In)」であることが特定されることになる。
したがって、結局のところ、本願発明1の「燃料電池用触媒粒子」は、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項によって特定される「結晶質触媒粒子」を含むものであるということができる。

ウ 以下の(3)においては、上記ア(イ)及びイに示した解釈を前提として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本願発明1について、実施可能要件を満たすか否かについての検討を行う。


(3)本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本願発明1について、実施可能要件を満たすか否かについての検討
ア 上記(2)で示したとおり、本願発明1の「燃料電池用電極触媒」が含む「結晶質触媒粒子」は、結局のところ、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項によって特定されるものである。
そして、上記(1)に照らすと、本願発明1について、明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たすというためには、当業者が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項によって特定される「結晶質触媒粒子」を製造することができなければならない。

イ 本願出願時における技術常識(下記オのオ-1及びオ-2を参照)によれば、「Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」ことができる原子は、原子の大きさが小さいH、B、C、N、Oに限られる。
そして、「In」の原子の大きさは、前記「H」や「B」等と比較して大きいものであって、「Pd」と比較しても大きいものと認められる(下記オのオ-4を参照)。
そうすると、本願出願時における技術常識によれば、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項は、技術常識に反するものであって、当該事項を実現することはできないものと認められる。

ウ また、本願明細書の全体を参照しても、技術常識に反する内容である、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことは、立証されていない。
なお、本願明細書には、例えば以下の(ア)?(エ)の記載がある。
(ア)「単位格子20は、単位格子10とは異なり、単位格子20内に、13族元素の原子24をさらに含む。13族元素の原子24は、単位格子20をなす貴金属または遷移金属の原子22間に存在しうる。」(段落【0037】)
(イ)「13族元素の原子24が、単位格子20内に挿入されることによって、単位格子20において互いに平行な結晶面間の距離D2(X),D2(Y)及びD2(Z)は、単位格子10において互いに平行な結晶面間の距離D1(X),D1(Y)及びD1(Z)より増大しうる。」(段落【0038】)
(ウ)「13族元素の原子が、結晶質触媒粒子の単位格子内に挿入されることによって、結晶質触媒粒子の結晶面間の距離及び格子定数が増大し、結晶質触媒粒子の結晶構造及び/または電子構造が変化する。」(段落【0047】)
(エ)図1B(前記1参照)

しかしながら、上記(ア)?(ウ)の記載は、いずれも、13族元素の原子24が、単位格子20をなす貴金属(又は遷移金属)の原子22間に存在し得るという事項を単に文言として記載したものにすぎず、上記イの検討に照らすと、13族元素が、原子の大きさが小さい「B」の場合には妥当する説明であるとしても、原子の大きさが大きい「In」の場合には妥当する説明であるとはいえず、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。
また、図1Bは、「結晶質触媒粒子の単位格子を概略的に図示した図面」(段落【0024】)であり、単に上記(ア)?(ウ)の記載を概略的に図示したものにすぎず、これも、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。
そして、本願明細書のその他の記載を総合したとしても、技術常識に反する内容である「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠は存在しない。
さらに、平成30年 8月14日付け意見書、審判請求書、及び平成30年 3月19日付け上申書の記載を考慮したとしても、後記3に示すとおり、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠は見いだせない。

エ したがって、当業者が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、「Pd及びInを含み、前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項によって特定される「結晶質触媒粒子」を製造することができるとはいえない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願発明1について、実施可能要件を満たすものではない。

オ 本願出願時における技術常識として、以下のオ-1?オ-4に示した事項が存在する。
オ-1:金属M1に対し他の原子M2が固溶するときには、当該他の原子M2が結晶格子を形成する金属M1の原子間に侵入する場合(侵入型)と、当該他の原子M2が結晶格子を形成する金属M1の原子と置き換わる場合(置換型)の二つの場合がある。

オ-2:結晶格子を形成する原子の間には、もともと大きな隙間は存在しないから、他の原子M2が結晶格子を形成する金属M1の原子間に侵入する(侵入型)のは、他の原子M2の大きさが小さい場合に限定されるのであって、具体的には、他の原子M2がH、B、C、N、Oである場合に限られる。

オ-3:X線回折パターンのピークのシフトについて、低角度側へのシフトは格子定数が大きくなることを意味し、高角度側へのシフトは格子定数が小さくなることを意味するものであり、そのようなピークのシフトは、他の原子M2が結晶格子を形成する金属M1の原子と置き換わる場合(置換型)においても起こり得る。

オ-4:Inの原子の大きさは、Bの原子の大きさに比べて大きく、Pdの原子の大きさに比べても大きい。


(ア)オ-1及びオ-2の根拠について
a 原査定で引用文献7として引用された「北田 正弘,初級金属学,日本,1978年 1月21日,第29頁?第33頁」のうち第29頁?第31頁には、以下の記載がある。


」(第29頁)



」(第30頁)



」(第31頁)

b 平成30年 5月 7日付けの拒絶理由通知書にて引用した「幸田 成康,改訂 金属物理学序論,1998年12月25日,第63頁?第65頁」には、以下の記載がある。


」(第63頁)



」(第64頁)



」(第65頁)

上記a 及びb の記載、特に上記a の「b. 格子間原子」及び「c. 置換型原子」の欄の記載(図3,2 及び図3.3 を含む)と、特に上記bの第63頁?第64頁第6行の記載(図4-3 を含む)により、本願出願時における技術常識として、上記オ-1及び上記オ-2に示した事項が存在することが裏付けられるといえる。


(イ)オ-3の根拠について
a 平成30年 5月 7日付けの拒絶理由通知書にて引用した特開2005-336555号公報には、以下の記載がある。
「【0020】
Mg粉末(平均粒径800μm)とCa粉末(平均粒径2mm)をモル比2:1で、クロム鋼製ボール(7mmφ×22個)とともにクロム鋼製遊星型ボールミル装置用容器(容量45ml)の中に入れ、遊星型ボールミル装置を用いて、Arガス雰囲気下、室温で、80時間メカニカルアロイング(MA)を行った。
【0021】
ボールと試料の重量比は30:1とし、遊星型ボールミル装置の回転数は600rpmとした。容器内の粉末をX線回折(XRD)により、分析した結果、CaMg_(2)の生成が確認された。このCaMg_(2)とV粉末(平均粒径50μm)をモル比1:3でクロム鋼製ボール(7mmφ×22個)とともにクロム鋼製遊星型ボールミル装置用容器(容量45ml)の中に入れ、遊星型ボールミル装置を用いて、Arガス雰囲気下、室温で、1?40時間MAを行った。ボールと試料の重量比は30:1とし、遊星型ボールミル装置の回転数は600rpmとした。得られた合金粉末をXRDにより、分析した結果を図1に示す。図1中、1はMA前の試料におけるXRDパターン、2はMAを1時間行った試料におけるXRDパターン、3はMAを2時間行った試料におけるXRDパターン、4はMAを5時間行った試料におけるXRDパターン、5はMAを10時間行った試料におけるXRDパターンを示す。
【0022】
Vの体心立方格子構造に対応する(011)面、(002)面及び(112)面のピークがMA時間の増大と伴に低角度側にシフトし、また、CaMg2に帰属されるピークが消失していったことから、体心立方格子構造を保持したままVの一部が原子半径のより大きいMg、Caに徐々に置換されていることがわかった。」

「【図1】





b 平成30年 5月 7日付けの拒絶理由通知書にて引用した特開2009-218196号公報には、以下の記載がある。
「【0058】
実施例及び比較例
実施例1として、本発明の製造方法に依拠し、金属含量が40重量%であるPtNi/C合金電極素材を製造し、その過程を図1に図示したが、製造過程を詳しく説明すると下記の通りである。
・・・
【0069】
図3は実施例1、比較例1?3により製造された電極素材の粉末X線回折(XRD)パターンである。
【0070】
実施例1は添加剤として酢酸ナトリウムを使用した。最下部の商用触媒(40重量%Pt/C(Johnson&Matthey))は比較のために、同一の測定条件で実施された。最も大きな差は、Pt(111)とPt(220)のピークが高い2θ値に移動されることがわかる。これはPtに比べてNiの原子サイズが約11%余り更に小さいためである。これにより置換型固溶体が生成される時、サイズが小さいNiにより格子定数が小さくなるため、XRD測定結果により更に高い2θ値に移動する。これを通して合金の水準を推測することができる。即ち、2θ値の変化量が大きいほど更に高い合金を意味する。結果的に、実施例1の製造過程を通して準備された電極素材は比較のための商用触媒(40重量%Pt/C(Johnson&Matthey))素材に比べて非常に高いピーク移動を見せるため、合金の水準が非常に高い。」

「【図3】



上記a 及びb の記載、特に上記a の「Vの体心立方格子構造に対応する(011)面、(002)面及び(112)面のピークがMA時間の増大と伴に低角度側にシフトし、また、CaMg_(2)に帰属されるピークが消失していったことから、体心立方格子構造を保持したままVの一部が原子半径のより大きいMg、Caに徐々に置換されていることがわかった。」との記載、及び上記b の「最も大きな差は、Pt(111)とPt(220)のピークが高い2θ値に移動されることがわかる。これはPtに比べてNiの原子サイズが約11%余り更に小さいためである。これにより置換型固溶体が生成される時、サイズが小さいNiにより格子定数が小さくなるため、XRD測定結果により更に高い2θ値に移動する。」との記載により、本願出願時における技術常識として、上記オ-3に示した事項が存在することが裏付けられるといえる。

(ウ)オ-4の根拠について
a 平成30年 5月 7日付けの拒絶理由通知書にて引用した「化学便覧 基礎編 改訂5版,平成16年2月20日,II-887頁」には、以下の記載がある。


」(II-887頁)


b 平成30年 5月 7日付けの拒絶理由通知書にて引用した「Consistent approaches to van der Waals radii for the metallic elements, Z. Kristallogr., 2009年, Vol.224, p.375-383」には、以下の記載がある。


」(第378頁)
(当審訳:表1 金属元素のファンデルワールス半径(Å))

金属結合半径及びファンデルワールス半径のいずれについても、原子の大きさを示す指標であることは明らかであるところ、上記a の「表16. 36」によれば金属結合半径はInが1.63Åであり、Pdが1.38Åであるから、Inの方がPdより大きい。また、上記b によれば、ファンデルワールス半径については出典元によって数値の違いはあるものの、大小関係に関する傾向は同じであり、どの出典元によったとしても、Inの方が、B及びPdに比較して大きいことが示されている。したがって、これらの記載により、本願出願時における技術常識として、上記オ-4に示した事項が存在することが裏付けられるといえる。


3 審判請求人の主張について
(1)平成30年 8月14日付け意見書
ア 審判請求人は、平成30年 8月14日付け意見書において、
「審判請求人は、InがPd結晶格子内において侵入型不純物原子として存在することができることを示す文献として、以下の参考資料を提出いたします。
参考資料1:Pd-In intermetallic alloy nanoparticles: highly selective ethane dehydrogenation catalysts, Catal. Sci. Technolo., 2016. 6, 6965
参考資料2:Surface Structures of In-Pd intermetallic compounds. II. A theoretical study, The Journal of Chemical Physics 141, 084703 (2014)
・・・
以上の通り、Inが単位格子を形成する貴金属原子と置き換わる構造ではなく、Inが単位格子間を形成する貴金属原子間に侵入している構造が、実際に実現されたことを立証できる参考資料1、2に基づき、ご指摘の実施可能要件に係る拒絶理由は解消されるものと思料いたします。」
と主張している。

イ しかしながら、参考資料1及び2に基づく主張は、以下のウ及びエにおいてそれぞれ具体的に検討するとおり、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことを立証するものとは認められない。

ウ 参考資料1に基づく主張について
(ア)審判請求人は、
「参考資料1のFig. 1 b)のPd_(3)Inの結晶構造を示す図(下記図1)には、図中赤い四角形で囲まれた部分に、Pd(灰色球)の単位格子内にIn(紫色球)が位置することが確認できます。
【図1】

即ち、原子A、原子BからなるA-B結晶格子構造において、BがAの単位格子内に挿入される形になるためには、BがAよりも小さい原子半径を有する必要はなく、BがAよりも原子半径が大きいとしても、Aの原子間の距離によって十分にBが位置することができます。」
と主張しているから、以下、検討する。

(イ)参考資料1のFig.1の全体は以下のとおりのものであるから、上記図1のうち、大きく描かれた球がInであり、小さく描かれた球がPdであると考えられる。




また、参考資料1のFig.1には
「Fig. 1 a) In-Pd phase diagram at 600 ℃ adapted from Okamoto et al.^(21) and b) crystal structure of Pd and different Pd-In intermetallic compound phases.^(22-26)」との説明が付されている。

(ウ)上記Fig. 1のa)には、In-Pd合金の600℃における相図(状態図)が記載されており、上記相図によれば、右端のPd100%の状態から、左方に行くに従ってInの比率が増えていき、左端のIn100%の状態に至る。そして、Pd100%の単一相の状態からInの比率が増加するに従って、6種の金属間化合物が順次生成し、左端のIn100%近傍では融点が下がって液体状態となる。この相図を詳細に見ると、右端のPdの単一相において、固溶するInの比率が増えていくと、PdとPd_(3)Inの2相が混在する状態となり、さらにInの比率が増えるとPd_(3)Inの単一相となり、さらにInの比率が増えるとPd_(3)InとPd_(2)Inの2相が混在する状態となる。
ここで、金属間化合物Pd_(3)Inの結晶構造が、b)の上段左から2番目の図(請求人の示す図1のこと)に示されており、細い12本の線(直方体の上面を構成する4本の線と、直方体の底面を構成する4本の線と、直方体の上面と底面とをつなぐ4本の線)で区画された直方体状の領域が金属間化合物Pd_(3)Inの単位格子を表していることが理解できる。上記直方体状の領域が金属間化合物Pd_(3)Inの単位格子であることは、当該直方体状の領域内に含まれるPdとInの数を数える(直方体の辺上にある原子は1/4個、面上にある原子は1/2個、直方体内にある原子は1個と数える)とPdが12個、Inが4個含まれていることがわかり、PdとInの原子数比が12:4=3:1となっていることから確認できる。
つまり、請求人の示す図1は、金属間化合物Pd_(3)Inの単位格子を示しているものであるから、当該図1において、In原子は、Pdの単位格子内の侵入型原子として存在しているのではなく、金属間化合物Pd_(3)Inの単位格子を構成する正規の原子として当該単位格子内の特定の定まった位置に存在していることが理解できる。

(エ)そうすると、上記図1におけるPd原子(小さい球)は、「Pdの単位格子を形成するPd原子」ではなく、「Pd_(3)In」なる金属間化合物の単位格子を構成するPd原子であるといえる。ゆえに、上記図1におけるIn原子は、Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在しているものではない。
したがって、上記図1は、本願発明1に特定される「13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する」との事項に相当する技術的事項を開示したものではない。

(オ)よって、参考資料1に基づく審判請求人の主張では、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことを立証することにはならず、実施可能要件に係る拒絶理由は解消しない。

エ 参考資料2に基づく主張について
(ア)審判請求人は、
「また、InとPdとの構造を開示する参考資料2の表3(下記図2)には、Pd(灰色休)からなる四角形内にIn(青色球)原子が存在することが確認できます。
【図2】



と主張しているから、以下、検討する。

(イ)上記図2では、大きい球がIn原子で、小さい球がPd原子であると考えられるから、審判請求人が主張する「Pdからなる四角形内にIn原子が存在する」とは、c=33%の図(上段右側 In原子がPdからなる四角形中に一つ存在する)又はc=67%の図(下段中央 In原子がPdからなる四角形中に二つ存在する)のことを意味していると考えられる。

(ウ)ところで、前記2(2)ア(ア)にも示したとおり、結晶性物質において、構成分子や原子が一定の周期性を持って規則正しく三次元配列して形成された立体的な格子における最小単位のことを「単位格子」ということを踏まえて、上記図2においてPdの単位格子がどの部分であるかを検討する。
以下の図2’は、上記図2のc=11%の場合に対し、当審にて一点鎖線と点線を書き加えて、Pdからなる二通りの四角形を便宜的に表示したものである。
この図2’において、周期性の最小単位となるのは点線の四角形であるから、当該点線の四角形がPdの単位格子に相当する。一方、一点鎖線の四角形は、最小単位ではないから、Pdの単位格子ではない。

図2’



(エ)そして、上記図2におけるc=33%の図は、図2’の一点鎖線の四角形において、当該四角形に囲まれるように二つ存在していたPd原子の一つをIn原子に置き換えたものに相当し、また、c=67%の図は、図2’の一点鎖線の四角形において、当該四角形に囲まれるように二つ存在していたPd原子を二つともIn原子に置き換えたものに相当する。
ゆえに、上記図2におけるc=33%の図及びc=67%の図におけるIn原子は、Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在しているものではなく、むしろ、Pdの単位格子を形成するPd原子を置き換えることで存在しているものであるというべきである。

(オ)したがって、上記図2は、本願発明1に特定される「13族元素が前記貴金属の単位格子を形成する貴金属原子間に侵入型原子として存在する」との事項に相当する技術的事項を開示したものではない。

(カ)よって、参考資料2に基づく審判請求人の主張では、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことを立証することにはならず、実施可能要件に係る拒絶理由は解消しない。

オ 上記ウ及びエの検討のとおり、平成30年 8月14日付け意見書を考慮したとしても、実施可能要件に係る拒絶理由は解消しない。


(2)審判請求書
ア 審判請求人は、審判請求書において、原査定の理由である特許法第29条第1項第3号及び同第2項、並びに特許法第36条第6項第1号に係る拒絶理由に対する反論として、以下の主張を行っている(当審にて便宜的に「主張ア-1」と「主張ア-2」に区分けした。)。

・主張ア-1
「(2)拒絶理由3及び4(新規性及び進歩性)
本願請求項1に記載の発明は、「13族元素が、インジウム(In)である」という特徴を有します。また、本願請求項7、14及び15に記載の発明も同様な特徴を有します。
・・・
しかし、本願図1B(下記図1)を参照すると、13族元素24が単位格子20を形成する貴金属原子22の間に存在することが示されており、本願発明では13族元素の種類としてInを明示しています。
また、図5(下記図2)及び評価例2によれば、実施例9の触媒の(111)ピークの回折角(2θ)は、比較例3の触媒の(111)ピークの回折角(2θ)よりも減少したことを確認することができます。このシフトは、Inと貴金属原子とが合金または固溶体をなしたということを示しており、これは、実施例9の触媒に追加されたIn原子が実施例9の触媒の単位格子間に挿入され、実施例9の触媒の単位格子のうち、互いに平行な結晶面間の距離が増加したからであると解釈されます。
【図1】


【図2】


従って、引用文献7に示されるような技術常識と異なり、本願では、Inは明らかに単位格子を形成する貴金属原子間に挿入されていることが実施例で示されており、引用文献2には、InがPd_(5)Irの単位格子を形成する貴金属原子間に存在することは示されていないものと思料いたします。
また、このような態様の発明は、引用文献4にも開示されていないものと思料いたします。」

・主張ア-2
「(3)拒絶理由1(特許法第36条第6項第1号)について
前述の通り、本願図1B(前述の図1)を参照すれば、13族元素24が単位格子20を形成する貴金属原子22の間に存在することが示されており、本発明では13族元素の種類としてInを明示しています。
また、本願図5(前述の図2)及び評価例2によれば、前述の通り、Inの存在により単に互いに平行な結晶面間の距離が増加しただけでなく、新規性進歩性に係る議論の中で説明したとおり、回折角の減少はInと貴金属原子とが合金または固溶体をなしたということを示しています。従って、本願発明ではInは結晶格子の原子を置換しているのではなく、結晶の単位格子を形成する貴金属原子の間に存在することは明らかです。
そして、平成29年2月6日付の意見書において主張したとおり、本願発明は、貴金属前駆体と13族元素の前駆体を「同時に」還元することにより、還元された貴金属原子が結晶格子を作る際に同時に13族元素が結晶格子内に取り込まれるため、結晶格子の中に挿入された状態となるから、本願請求項1から15に記載の発明は、「13族元素の原子が結晶質触媒粒子の単位格子内に挿入されることによって結晶質触媒粒子の結晶面間の距離及び格子定数が増大する」ことは明らかであり、本願発明の課題を解決することができます。
従って、出願人は、本願請求項1から15に記載の発明は、結晶格子内に挿入されたInにより、本願発明の課題を解決するものであるため、発明の詳細な説明に記載された発明であり、当該拒絶理由は解消したものと思料いたします。」

イ これらの主張は、実施可能要件に係る拒絶理由に対する反論ではないが、主張の内容は、前記2(3)で検討した、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させ得るかどうかに関連するので、以下、上記主張ア-1又は主張ア-2から、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠を見いだせるか否かについて検討する。

ウ 主張ア-1は、本願図1Bに基づく主張と、本願図5及び評価例2に基づく主張に大別できるので、以下、それぞれ検討する。
(ア)本願図1Bに基づく主張について
本願明細書における図1Bは、「結晶質触媒粒子の単位格子を概略的に図示した図面」(段落【0024】)であって、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならないことは、前記2(3)ウで述べたとおりである。
また、本願明細書の図1Bにおいて、原子24が配置されている箇所には、図1Bの立方体の中央部の位置を除き、実際には他の原子は入り得ないものと認められる。すなわち、前記2(3)オ(ア)b に示した「幸田 成康,改訂 金属物理学序論,1998年12月25日」の第64頁には「実際の結晶構造で、不純物原子が侵入型に入る位置については、最もすきまの大きい場所と考えるのが自然であり、特殊の場合を除いてそうなっていると考えてよい。面心立方結晶ならば図4-4(a)の白丸の位置が最もあいている場所で、そこは、格子点にある金属原子でできる八面体(octahedra)の中心になっている。つぎにすきまのある場所は図(b)の四面体(tetrahedra)の中心である。」と記載されており、このことと、当該図4-4(a)及び(b)を合わせて考慮すれば、本願明細書の図1Bにおいて原子24が配置されている位置には、図1Bの立方体の中央部の位置を除き、原子24が入るために充分な広さのすきまはなく、その位置には実際には原子24は入り得ないものと認められる。
したがって、主張ア-1のうち、本願図1(B)に基づく主張は、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。

(イ)本願図5及び評価例2に基づく主張について
本願の図5によれば、実施例9の触媒の(111)ピークの回折角(2θ)は、比較例3の触媒の(111)ピークの回折角(2θ)よりも減少している(低角側へのシフトが生じている)ことは、審判請求人がこの主張の中で述べているとおりであると認められる。また、このシフトが、Inと貴金属原子とが合金または固溶体をなしたということを示していることについても、審判請求人がこの主張の中で述べているとおりであると認められる。
しかしながら、前記2(3)オのオ-3に示した技術常識に照らせば、X線回折パターンのピークのシフトは、他の原子M2が結晶格子を形成する金属M1の原子と置き換わる場合(置換型)においても起こり得る。したがって、実施例9の触媒の(111)ピークの回折角(2θ)が低角側へシフトしたことは、InがPd_(5)Irに固溶して格子定数が増加したことの根拠にはなるものの、そのシフトの原因が、InがPd_(5)Irの組成で単位格子を形成する貴金属原子間に侵入したことによるのか、それとも、InがPd_(5)Irの組成で単位格子を形成する貴金属原子と置き換わったことによるのかは特定できない。そして、前記2(3)オのオ-2に示した技術常識に照らせば、この主張ア-2のような解釈ではなく、むしろ、Inが、Pd_(5)Irの組成で単位格子を形成する貴金属原子と置き換わるようにして固溶し、その結果として、格子定数が増大し、低角側へのシフトが生じたと解釈する方が合理的である。
したがって、主張ア-1のうち、本願図5及び評価例2に基づく主張も、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。

エ 主張ア-2は、本願図1Bに基づく主張と、本願図5及び評価例2に基づく主張と、それ以外の主張とに大別できるので、以下、それぞれ検討する。
(ア)本願図1Bに基づく主張と、本願図5及び評価例2に基づく主張について
これらの主張は、上記ウ(ア)及び(イ)での検討と同様にして、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。

(イ)それ以外の主張について
この主張は、要するに、「貴金属前駆体と13族元素の前駆体を「同時に」還元することにより、還元された貴金属原子が結晶格子を作る際に同時に13族元素が結晶格子内に取り込まれるため、結晶格子の中に挿入された状態となる」というものであるが、Pdの前駆体とInの前駆体を「同時に」還元して結晶質触媒粒子を形成したとしても、前記2(3)オのオ-1及びオ-2の技術常識に照らせば、Inは、Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入するのではなく、Pdの単位格子を形成するPd原子と置き換わると考えるのが合理的である。
したがって、この主張についても、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたことの根拠とはならない。

オ 上記のとおり、審判請求書における主張を考慮しても、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠を見いだせないから、実施可能要件に係る拒絶理由は解消しない。

カ なお、上記ウ及びエと同様の内容を、当審による平成30年 5月7日付け拒絶理由通知書においても指摘したが、審判請求人は、この指摘に対し、平成30年 8月14日付け意見書において、何ら具体的な反論を行っていない。

(3)平成30年 3月19日付け上申書における主張
ア 審判請求人は、平成30年 3月19日付け上申書において、原審の審査官が前置報告書において記載した事項に対する反論として、
「本願発明では、Pd-Irの活性増大のためにホウ素を添加いたします。図1には、Pd格子内にホウ素を位置させることができることが示されています。
ここで、ホウ素の代わりに、ホウ素と同じ13族元素であるAl、Ga、In、Tlを選択することも可能です。ホウ素族元素であるB、Inなどはイオン(原子)の半径が小さいという特徴を有します。したがって、「原子半径の大きなInが、Pdの単位格子内に挿入され得ない」という前置審査官殿のご指摘を受け入れることはできません。」
と主張している。

イ この主張は、実施可能要件に係る拒絶理由に対する反論ではないが、主張の内容は、前記2(3)で検討した、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させ得るかどうかに関連するので、以下、この主張から、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠を見いだせるか否かについて検討する。

ウ 前記2(3)オのオ-2の技術常識によれば、13族元素としてホウ素(B)を用いた場合は、審判請求人が主張するとおり、Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入することができるものと認められる。
しかしながら、前記2(3)オのオ-4の技術常識によれば、Inの原子の大きさは、Bの原子の大きさに比べて大きいものであるから、審判請求人の主張する「ホウ素族元素であるB、Inなどはイオン(原子)の半径が小さいという特徴を有します」との事項は、技術常識に反するものである。そのため、当該事項を前提とする前記主張は採用できない。

エ また、当該上申書では、



という、LiとBのイオン半径を比較する旨の記載があるが、Liは本願発明において何ら関係のない元素であるから、このような、LiとBのイオン半径の比較が、本願発明とどのように関係するのかが不明である。また、このイオン半径の数値の出典も不明である。したがって、この記載は、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させることができるか否かの判断に対し、何らの影響も与えない。

オ よって、平成30年 3月19日付け上申書における主張を考慮したとしても、「前記Inが、前記Pdの単位格子を形成するPd原子間に侵入型原子として存在する」との事項を実現させたと認めるに足る根拠を見いだせないから、実施可能要件に係る拒絶理由は解消しない。

カ なお、上記ウ及びエと同様の内容を、当審による平成30年 5月7日付け拒絶理由通知書においても指摘したが、審判請求人は、この指摘に対し、平成30年 8月14日付け意見書において、何ら具体的な反論を行っていない。


第5 むすび
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願発明1について、実施可能要件を満たすものではなく、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本願発明2?15について、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているかどうかを検討するまでもなく、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-11-02 
結審通知日 2018-11-05 
審決日 2018-11-16 
出願番号 特願2012-212035(P2012-212035)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 太田 一平  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 ▲辻▼ 弘輔
亀ヶ谷 明久
発明の名称 燃料電池用電極触媒及びその製造方法、並びにそれを含んだ膜・電極接合体及び燃料電池  
代理人 村山 靖彦  
代理人 阿部 達彦  

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