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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A01N
審判 全部申し立て 1項1号公知  A01N
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  A01N
審判 全部申し立て 1項2号公然実施  A01N
管理番号 1351386
異議申立番号 異議2018-700417  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-05-22 
確定日 2019-03-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6234627号発明「ノロウイルス不活性化剤及び衛生資材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6234627号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6234627号の請求項1、2、4及び5に係る特許を維持する。 特許第6234627号の請求項3に係る特許についての異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6234627号の請求項1?5に係る特許についての出願は、平成29年5月26日に特許出願され、平成29年11月2日に特許権の設定登録がされ、平成29年11月22日にその特許公報が発行され、平成30年5月22日に、その請求項1?5に係る発明の特許に対し、松木奈保美(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
その後の手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 7月31日 取消理由通知書
平成30年 9月 7日 意見書・訂正請求書(特許権者)
平成30年10月25日 意見書(特許異議申立人)

第2 訂正の適否についての判断
特許権者は、特許法第120条の5第1項の規定により審判長が指定した期間内である平成30年9月7日に訂正請求書を提出し、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1?5について訂正することを求めた(以下「本件訂正」という。)。

1 訂正の内容
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1において、「前記ウイルス不活性化剤中のpHは、1.0?6.0であることを特徴とする」を、「前記ウイルス不活性化剤中のpHは、1.0?6.0であり、前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることを特徴とする」と訂正する。

(2)訂正事項2
請求項3を削除する。

(3)訂正事項3
訂正前の請求項4において、「請求項1?3いずれかに記載の」であったのを、「請求項1又は2に記載の」と訂正する。

(4)訂正事項4
訂正前の請求項5において、「請求項1?4いずれかに記載の」であったのを、「請求項1、2又は4に記載の」と訂正する。

2 判断
(1)一群の請求項について
訂正事項1?4に係る訂正前の請求項1?5について、請求項2?5はそれぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1?5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項であり、本件訂正は、一群の請求項に対してなされたものである。

(2)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1におけるエタノールと酸剤を含むノロウイルス不活性化剤において、酸剤の濃度を、「0.01?0.4mol/Lである」と限定する訂正であるから、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項1は、特許請求の範囲を減縮する訂正であるから、特許請求の範囲を実質上拡張又は変更するものではないことは明らかである。
さらに、願書に添付した明細書の段落【0022】には、「ウイルス不活性化剤中の上記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることが望ましく」と記載されているから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内であるといえ、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載された全ての事項から導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

(3)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項3を削除する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項2は、請求項3を削除する訂正であるから、実質上特許請求の範囲の拡張・変更に該当せず、さらに、新規事項の追加に当たらないことは明らかである。

(4)訂正事項3及び4について
訂正事項3は、引用する請求項が1?3であったものを「1又は2」とする訂正であり、また、訂正事項4は、引用する請求項が1?4であったものを「1、2又は4」とする訂正である。
この訂正事項3及び4は、訂正事項2により訂正前の請求項3が削除されたため、引用する請求項から請求項3を削除したものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、実質上特許請求の範囲の拡張・変更に該当せず、さらに、新規事項の追加に当たらないことは明らかである。

(5)訂正事項のまとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1?4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1及び3号に掲げる目的に適合し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 本件発明
上記のとおり、本件訂正は認められたので、特許第6234627号の請求項1?5に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明5」という。)は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1、2、4及び5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であり、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であり、
前記ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることを特徴とするノロウイルス不活性化剤。
【請求項2】
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?4.0である請求項1に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記ウイルス不活性化剤中の前記エタノールの濃度は、8.05?85.70重量%である請求項1又は2に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項5】
請求項1、2又は4に記載のノロウイルス不活性化剤を含むことを特徴とする衛生資材。」

第4 特許異議申立書で申立てられた取消理由の概要
1 訂正前の請求項1?4に係る発明は、甲第1号証(甲第1号証-1?甲第1号証-3(以下「甲第1号証-1」?「甲第1号証-3」をまとめて「甲第1号証」ともいう。))及び甲第2号証に示された証拠に照らせば、本件出願日前に実施され、既に公知になった発明であるから、特許法第29条第1項第1号又は2号に該当し特許を受けることができない。
よって、訂正前の請求項1?4に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。(以下「特許異議申立書の理由1」という。)

2 訂正前の請求項1、2及び4に係る発明は、甲第2号証に示された証拠に照らせば本件出願日前の甲第1号証に示された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
よって、訂正前の請求項1、2及び4に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。(以下「特許異議申立書の理由2」という。)

3 訂正前の請求項1?5に係る発明は、本件出願日前の甲第1?6号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、訂正前の請求項1?5に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。(以下「特許異議申立書の理由3」という。)

甲第1号証-1:株式会社アルボースホームページ、「ニュース」バックナンバー、[online]、2018年5月11日印刷、(http://www.arbos.co.jp/newsbacknumber.html)
甲第1号証-2:株式会社アルボースホームページ、「2016.10.03「ハンドアルサワーNL」新発売」、[online]、2018年5月13日印刷、(http://www.arbos.co.jp/newsbacknumber/626-2016-09-30.html)
甲第1号証-3:日本製薬団体連合会のホームページ、「医薬品等承認情報、H28/08/01から08/07 医薬部外品、[online]、2018年5月22日印刷、(http://www.fpmaj.gr.jp/iyaku/HB_20160801-20160807.csv)
甲第2号証:実験報告書、報告作成者 松木奈保美、報告作成日2018年5月15日
甲第3号証:松村玲子 外5名著、殺ウイルス性アルコール系手指消毒剤の有効性評価、J.Anticact.Antifung.Agents、2013年、Vol.41、No.8、第421?425頁
甲第4号証:山崎謙治 外1名著、各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価、医学と薬学、2014年、第71巻、第1号、第117?125頁
甲第5号証:米国特許出願公開2007/0275929号明細書
甲第6号証:李宗子 外7名著、ノンエンベロープウイルスに対する効果が改善されたアルコール手指消毒剤の手肌への影響、環境感染誌、2014年、Vol.29、No.3、2014年、第164?170頁

4 本件訂正前の請求項1?5に係る発明は、下記の点で、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1?5に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。(以下「特許異議申立書の理由4」という。)

(1)訂正前の請求項1?4に係る発明は、ノロウイルス不活性化剤に含まれるエタノール濃度は特定されていないか、8.05?85.70重量%と特定されている。一方、実施例で効果が実証されているのは55.00?77.00重量%だけであり、技術常識を考慮しても、エタノール濃度が55.00重量%よりも低い場合には、本件発明の課題が解決できるとはいえない。
(2)訂正前の請求項1に係る発明は、ノロウイルス不活性化剤のpHは1.0?6.0と特定されている。一方、実施例で効果が実証されているのは、2.7?3.3だけであり、技術常識を考慮すると、pHが2.7?3.3以外の場合には、本件発明の課題が解決できるとはいえない。

5 発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件訂正前の請求項1?5に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
よって、訂正前の請求項1?5に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。(以下「特許異議申立書の理由5」という。)

上記4(1)及び(2)で示したノロウイルス不活性化剤中のエタノール濃度及びpHについて、実施可能要件を満足するとはいえない。

また、特許異議申立人は、平成30年10月25日に提出した意見書において、上記した特許異議申立書の理由1及び2に関して、下記の甲第7号証を提出し、また、特許異議申立書の理由3に関して、下記の甲第8?10号証を提出した。

甲第7号証:分析報告書、株式会社日本信頼性評価機構、2018年10月23日作成
甲第8号証:東京都福祉保健局のホームページ「平成28年 東京都食中毒発生状況(確定値)」、[online]、2018年10月24日印刷、(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/tyuudoku/h28_kakutei.html)
甲第9号証:五十君静信 外2名著、平成27年度 ノロウイルスの不活性化条件に関する調査報告書、国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部、第1?16頁
甲第10号証:産経ニュースのホームページ「感染力の強いノンエンベロープウイルスなど、より広範囲のウイルス・細菌に効く『手ピカジェルプラス』11月11日(水)より発売」[online]、2018年10月24日印刷、(https://www.sankei.com/economy/print/151110/prl1511100103-c.html)

第5 取消理由通知の概要
当審が取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

1 訂正前の請求項1、2、4及び5に係る発明は、本件出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、訂正前の請求項1、2、4及び5に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。(以下「取消理由通知の理由1」という。)

甲第1号証-2:株式会社アルボースホームページ、「2016.10.03「ハンドアルサワーNL」新発売」、[online]、2016年10月3日掲載、(http://www.arbos.co.jp/newsbacknumber/626-2016-09-30.html)
甲第4号証:山崎謙治 外1名著、各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価、医学と薬学、2014年、第71巻、第1号、第117?125頁
甲第5号証:米国特許出願公開2007/0275929号明細書
参考文献7:財団法人 国際科学振興財団編、科学大辞典 第2版、丸善株式会社、平成17年2月28日発行、第635頁左欄 「じゃくさん 弱酸」の項目

第6 当審の判断
当審は、請求項3に係る特許については、特許異議申立を却下することとし、並びに、取消理由通知の理由1、及び特許異議申立書の理由1?5よっては、いずれも、本件発明1、2、4及び5に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
理由は以下のとおりである。

1 申立ての却下
上記第2及び第3で示したとおり、請求項3に係る発明は、本件訂正により削除されているので、請求項3に係る発明の特許についての特許異議の申立てを却下する。

2 取消理由通知の理由1について
(1)各甲号証の記載
ア 甲第1号証-2
本件出願前である2016年10月3日には電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったということができる甲第1号証-2には、以下の事項が開示されている。
(1a)「・・・
ウイルス・細菌を消毒。感染症対策に。
アルコール手指消毒剤
ハンドアルサワーNL 弱酸性
ノンエンベロープウイルスにも効果があります。
・・・
■成分:有効成分 エタノール76.9?81.4v/v%
その他の成分 ・・・ 無水クエン酸、リン酸
・・・
株式会社アルボース
・・・」

イ 甲第4号証
甲第4号証には、以下の事項が記載されている。
(4a)「各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価」(第117頁の表題)

(4b)「近年、ノロウイルス等のノンエンベロープウイルスに対して有効なゲル状および液状の速乾性すり込み式手指消毒薬(以下、ラビング剤)が開発された。新規ラビング剤はいずれもエタノールを有効成分とし、添加物によりpHが酸性に調整された製剤である。これらの新規ラビング剤とこれまで医療機関で汎用されてきたゲル状および液状のラビング剤の計14製剤を用い、消毒用エタノールを対照としてウイルス不活化効果について比較検討した。新規ラビング剤はノンエンベロープウイルスおよびエンベロープウイルスの各種ウイルスに対して高い不活化効果を示し、特にノンエンベロープウイルスに対しては、他のラビング剤や消毒用エタノールよりも優れた効果を示した。」(第117頁の要旨)

(4c)「はじめに
わが国で毎年流行する感染症および本年話題の感染症として、感染性胃腸炎、インフルエンザ、手足口病などが挙げられる。・・・感染性胃腸炎はインフルエンザとともに報告数が最も多く、全国の定点(約3,000カ所の小児科の病院または診療所)より、毎年およそ100万人の患者が報告されている^(1))。直近の大阪府の感染性胃腸炎の集団発生状況をみると、平成24年1月から平成25年8月の期間で671件、およそ1万6,000人の患者が報告されている。これらの報告事例の中で、原因が特定された感染事例の9割以上はノロウイルスが原因であった^(2))。ノロウイルスやインフルエンザウイルスは毎年流行する感染症の主要な原因ウイルスであり、冬期(11月から翌年2月頃まで)が感染症流行のピークとなる傾向がある。一方、手足口病はエンテロウイルス感染症の一つであり、本年の大阪府における発生状況^(3))をみると、7月末のピーク時においては、平成23年に次ぐ大流行となり、全国的に手足口病の流行が話題となった。このように、エンテロウイルス感染症の原因ウイルスとなるエンテロウイルス属(コクサッキーウイルスなど)は、夏期が感染症の流行のピークとなる。・・・したがって、われわれはウイルスによる感染を未然に防ぐことを大前提とし、感染の予防や伝播の防止を心掛けなければならない。
ウイルスは感染に重要や働きをするエンベロープという脂質膜を持たないウイルス(ノンエンベロープウイルス)と、エンベロープを持つウイルス(エンベロープウイルス)の2種類に大別される。ノンエンベロープウイルスにはノロウイルス、コクサッキーウイルス、ポリオウイルス、アデノウイルスなどが・・・ある。」(第117頁左欄第1行?第118頁左欄第13行)

(4d)「近年、ノンエンベロープウイルスにも有効なラビング剤として、表1に示す製剤が開発されたことから、これらの製剤と医療機関で汎用されるラビング剤を用い、各種ウイルスに対する不活化効果について検討を行った。

」(第118頁左欄第20?24行、表1)

(4e)「I.方法
1.供試薬剤
表1および表2に示した14種類のラビング剤・・・を用いた。
2.供試ウイルス
表3に示したようにノンエンベロープウイルスとして、カリシウイルス科ベシウイルス属のネコカリシウイルス(F9株)(以下、FCVと略す)、同科ノロウイルス属のマウスノロウイルス(Osaka-106株)(以下、MNVと略す)・・・を用いた。ノロウイルスは現在のところ培養細胞で増殖できないことから、FCVおよびMNVを代替ウイルスとして用いた。」(第118頁右欄第1?最下行)

ウ 甲第5号証
甲第5号証には、以下の事項が記載されている。以下、訳文で示す。
(5a)「発明の分野
[0002]本発明は、迅速な抗ウイルス効果を有する抗微生物組成物に関する。より詳細には、本発明は、ノロウイルスの防除に有効な消毒用アルコール、有機酸および任意の活性抗菌剤を含む、手指用消毒組成物などの抗微生物組成物に関する。この組成物は、約5以下のpHを有し、1分以内にノロウイルス集団の実質的な減少をもたらす。いくつかの実施形態では、本組成物は、処理された表面上に有機酸のバリア層またはフィルムを提供して、表面に持続性の抗ウイルス活性を付与する。」

(5b)「実施例3
[0242]試験被験者のきれいなフィンガーパッドを以下の組成物で処理した。ベースライン皮膚pH測定値を、組成物での処理前に指パッドから測定した。組成物を指パッドで乾燥させた直後に皮膚pH測定を行い、その後4時間後に再び測定した。
---------------------------------
サンプル 組成物(重量%) ・・・ ウイルスLog10減少 ・・・
---------------------------------
・・・
B 2%クエン酸、 >3log_(10)
2%酒石酸、
62%エタノール
1.25%ヒドロキシ
エチルセルロース
・・・
---------------------------------
[0243]サンプルA-Gで指パッドを処理してから4時間後に、1.3×10^(3)pfu(プラーク形成単位)の力価でライノウイルス39を指パッドに適用した。・・・クエン酸、リンゴ酸および酒石酸の2つの混合物を含有する酸含有組成物を使用して、ライノウイルス39の完全な不活性化、すなわち3log以上の減少が達成された。」

(5c)「実施例14
[0294]この実施例は、当分野で知られているノロウイルスの代用品であるネコカリシウイルス(・・・)に対する本組成物の殺ウイルス効力を測定するために行った。この例では、以下の試験方法および方法パラメータを使用した。
試験方法:
[0295]ASTM E 1052-96:懸濁液中のウイルスに対する抗菌剤の有効性のための標準試験方法
・・・
[0297]以下の4つのサンプルをネコカリシウイルスに対する有効性について試験した。:
------------------------
成分(重量%) A ・・・
------------------------
セチルアルコール 1.00
グリセリン 1.00
パルミチン酸イソプロピル 1.00
ジメチコン100CST 1.02
エタノールSDA-40B 3.09
ナトロソール250HHR 0.26
脱イオン水 10.94
脱イオン水 17.65
ULTREZ10ポリマー 1.01
エタノールSDA-40B 58.82
クエン酸 2.00
リンゴ酸 2.00
水酸化ナトリウム50% 0.22
合計 100.00
pH 3.51
------------------------
[0298]ウイルス剤についてのEPAに基づく結果を評価するための一般的なガイドラインは、(a)生成物は、全ての希釈で試験ウイルスの完全な不活性化を示さなければならない。(b)細胞傷害性が存在する場合、少なくとも3logの力価の低下が細胞毒性レベルを超えて示されなければならない。すべての組成物A?Dについて、全体の対数減少は、存在する細胞傷害性の量によって減少する。
[0299]この試験において、組成物Aは30秒の曝露時間後にネコカリシウイルスの完全な不活性化を示し、このウイルスに対して有効であった。ウイルス力価の減少は≧4.75log_(10)であった。」

(5d)「請求の範囲
1.表面上のノロウイルス集団を減少させる方法であって、表面を組成物と30秒接触させて、ノロウイルスに対して少なくとも3の対数減少を達成する工程を含み、前記組成物は、(a)約25重量%?95重量%の消毒用アルコール;(b)殺ウイルス有効量の有機酸;(c)約0重量%?約5重量%の活性抗菌剤と、(d)0重量%?約5重量%のゲル化剤;(e)水を含み、25℃で約5以下のpHを有する組成物。
・・・
14.消毒アルコールが、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、n-ブタノール、n-プロピルアルコール、およびそれらの混合物からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
・・・
23.前記有機酸が、2?4個のカルボン酸基を含み、場合により1個以上のヒドロキシル基、アミノ基、またはその両方を含有するポリカルボン酸を含む、請求項1に記載の方法。
24.前記ポリカルボン酸が、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フマル酸、マレイン酸、酒石酸、リンゴ酸、マレイン酸、クエン酸、アコニット酸およびそれらの混合物から選択される請求項23に記載の方法。」

エ 参考文献7
本件出願前に頒布された刊行物である参考文献7には、以下の事項が記載されている。
(7a)「じゃくさん 弱酸[・・・] 一般的に、水に溶解したときその溶液中のH^(+)の濃度が10^(-7)mol/lより大きく10^(-3)mol/l程度までになる酸のこと。・・・」

(2)甲第1号証-2に記載された発明
甲第1号証-2は、株式会社アルボースのホームページであって、2016年10月3日に新発売された「ハンドアルサワーNL」が、アルコール手指消毒剤であって、ウイルスを消毒し、ノンエンベロープウイルスにも効果があり、弱酸性であること、有効成分として、エタノール76.9?81.4v/v%、無水クエン酸、リン酸を含むことがそれぞれ開示されている(摘記(1a))。

そうすると、甲第1号証-2には、「有効成分として、エタノール76.9?81.4v/v%、無水クエン酸、リン酸を含み、弱酸性である、ノンエンベロープウイルスにも効果があるアルコール手指消毒剤」の発明(以下「甲1発明」という。)が開示されていると認める。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
甲1発明の「無水クエン酸」は、水和物を有さないクエン酸であることは技術常識であるといえ、また、甲1発明の「無水クエン酸、リン酸」は、本件発明1の酸剤であること及び2種の酸でもあることは明らかであるから、甲1発明の「無水クエン酸、リン酸」は、本件発明1の「酸剤」であって、「クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」に相当する。
また、甲1発明の「ノンエンベロープウイルスにも効果があるアルコール手指消毒剤」は、本件発明1の「ウイルス不活性化剤」である限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0である」としているのに対して、甲1発明では弱酸性としている点

(相違点2)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」であるのに対して、甲1発明ではノンエンベロープウイルスである点

(相違点3)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲1発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は明らかでない点

(イ)判断
事案に鑑み、相違点3から検討する。
甲第1号証-1には、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度については何も記載がない。
また、甲第4号証は、「各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価」を題する論文であって、ノンエンベロープウイルスに対する不活化効果を市販されている新規なラビング剤について調べたものである(摘記(4a)(4d))。
そして、具体的に市販されている新規なラビング剤として、表1に以下の4つの製剤が記載されている。以下に、製剤名、有効成分、pHの順に記載する(摘記(4d)参照)。
RBG:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.38
RBS:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.62
WEC:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、乳酸、クエン酸水和物、3.21
WSV:エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、2.61
このように、甲第4号証には、市販の新規なラビング剤についての記載はあるが、ハンドアルサワーNLについては記載されていない。また、エタノールに配合する酸剤として、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸を用いることも記載されていない。

さらに、甲第5号証の請求の範囲の第1項には、「表面上のノロウイルス集団を減少させる方法であって、表面を組成物と30秒接触させて、ノロウイルスに対して少なくとも3の対数減少を達成する工程を含み、前記組成物は、(a)約25%?95%重量の消毒用アルコール;(b)殺ウイルス有効量の有機酸;(c)約0%?約5%重量の活性抗菌剤と、(d)0%?約5%重量のゲル化剤;(e)水を含み、25℃で約5以下のpHを有する組成物。」が記載されているが、ハンドアルサワーNLについては記載されていない。
甲第5号証の実施例3には、具体的に使用される組成物として、サンプルBとして、2%クエン酸、2%酒石酸、62%エタノール、1.25%ヒドロキシエチルセルロースの組成物を用いてライノウイルスを不活性化できたことが記載されている。
しかしながら、この実施例3における不活化の対象ウイルスはライノウイルスであり、ノロウイルスではない。そして、甲第5号証には、ライノウイルスに対して不活化効果があればノロウイルスに対しても不活化効果があることは記載されていない。

加えて、参考資料7には、ウイルス不活性化剤については何も記載がされていない。

そうすると、甲1発明において、相違点3を構成することは当業者であっても容易に想到することができたということはできない。

よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、取消理由通知の理由1は理由がないことは明らかである。

イ 本件発明2、4及び5について
本件発明2、4及び5は、本件発明1を直接的に引用する発明であるから、本件発明2、4及び5も取消理由通知の理由1は理由がないことは明らかである。

よって、取消理由通知の理由1によっては、本件発明1、2、4及び5は取り消されるべきものではない。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立人が申し立てた取消理由について
(1)甲第1?7号証の記載・開示
ア 甲第1号証-1
甲第1号証-1には、以下の事項が記載されている。
(11a)「2016.10.03 「ハンドアルサワーNL」新発売」(下から6行目)

イ 甲第1号証-2
甲第1号証-2には、2(1)アで示した事項が記載されている。

ウ 甲第1号証-3
甲第1号証-3には、以下の事項が記載されている。
(13a)「医薬品等承認情報
・・・
H28/08/01?08/07・・・医薬部外品21件・・・」(第3頁11行)

(13b)「医薬部外品・・・
施行年月日:2016/08/01?2016/08/07
・・・
3.・・・外皮消毒剤NL・・・株式会社アルボース」(5頁目第1?6行)

エ 甲第2号証
甲第2号証は、特許異議申立人の松木奈保美が2018年5月15日に作成した実験報告書であって、以下の事項が記載されている。
(2a)「1.目的
甲第1号証記載のアルコール手指消毒剤「ハンドアルサワーNL」(製造番号:293702、使用期限:2020.10)(エタノール76.9-81.4v/v%)を入手して、そのpH、酸剤(クエン酸、リン酸)の総濃度を調べた。」(第4?7行)

(2b)「2.方法
2-1.pH測定
pHメータ(・・・)にて測定した。

2-2.酸剤濃度
○1(原文は○の中に1。以下同じ。)クエン酸濃度
アルコール手指消毒剤を下記条件のHPLCに供してクエン酸のピークを検出し、標準検量線に基づいてクエン酸濃度を算出した。
<HPLC条件>
・・・

○2リン酸濃度
エタノール76.9?81.4v/v%+クエン酸0.263%を含む溶液のpHが3.21(・・・)となるように加えたリン酸の添加量から算出した。

3.結果
3-1.pH値:3.21
3-2.酸剤濃度
○1クエン酸濃度:0.263%=約0.014mol/L(HPLCによる実測値)
○2リン酸濃度:0.223%=約0.023mol/L(pH値から求めた推測値)」(第8?最下行)

オ 甲第3号証
甲第3号証には、以下の事項が記載されている。
(3a)「殺ウイルス性アルコール系手指消毒剤の有効性評価」(第421頁第1行 表題)

(3b)「緒言
・・・
近年、アルコール溶液のpHを酸性あるいはアルカリ性領域に調整するとノンエンベロープウイルスに対する不活性化効果が高まることが報告されている^(4-6))。」(第421頁左欄第1?9行)

(3c)「筆者らはエタノールを有効成分とし、各種の有機酸・無機酸でpHを酸性域に調整したサンプルについてバクテリオファージ(MS2ファージ)を用いたスクリーニング試験を実施し、最適な酸性物質を配合した新規のアルコール系手指消毒薬VHの処方を得た。・・・本報では、特にVHのウイルスに対する不活性化効果について、DVV&RKIガイドラインに準じた試験を実施し、その評価基準を満たすことができるかどうか検討した。」(第421頁右欄最下行?第422頁左欄9行)

(3d)「実験方法
1.MS2ファージに対する不活化効果
・・・
2)試験薬剤 76.9?81.3vol%エタノールにTable1に示す各種の有機酸・無機酸を添加し、酸性(pH3付近)に調整したものをMS2ファージに対する試験に供した。
・・・

」(第422頁左欄第13?22行及び表1)

(3e)「2.ウイルスに対する不活化効果
・・・
2)試験薬剤
アルコール系手指消毒薬VH(サラヤ(株):エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、保湿剤を含む、pH2.9-3.0)を使用した。また、in vivo試験の対照薬として消毒用エタノール(サラヤ(株):エタノール76.9?81.4vol%)を試験に供した。」(第422頁右欄第2?11行)

(3f)「実験結果
1.各種有機酸・無機酸のMS2ファージに対する不活化効果
エタノールに各種の有機酸・無機酸を配合した試験薬剤のMS2ファージに対する不活化効果をFig.1に示した。コントロール(エタノールのみ)では殺ファージ活

性が殆ど認められなかったのに対し、エタノールに何らかの酸性物質を加えると、大幅に活性が強くなることが確認された。フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、マレイン酸、およびリン酸では、2log_(10)以上の殺ファージ活性が得られた。
2.ウイルスに対する不活化効果
1)各種ウイルスに対するin vitroにおける不活化効果
DVV&RKIガイドラインに準じて実施した。VHの各種ウイルスに対する不活化効果をTable3に示した。VHは15秒の作用でマウスノロウイルスのTCID_(50)を検出限界以下まで減少させ、その他のウイルスのTCID_(50)を4log_(10)以上減少させた。

」(第422頁右欄下から6行?第423頁左欄第12行)

(3g)「考察
ネコカリシウイルスやポリオウイルスと同様に一般的に薬剤抵抗性が高いことが報告されているバクテリオファージMS2(MS2ファージ)^(12,13))を用いて、各種酸性物質のスクリーニングを行った。pHを3付近に調整したフマル酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、マレイン酸、およびリン酸は2log_(10)以上の殺ファージ活性を示した。医薬品などの製剤化の観点から、適度な配合量でpHを調整することができるリン酸が最も製剤化に適していると判断した。」(第423頁右欄下から5行?第424頁左欄第4行)

カ 甲第4号証
甲第4号証には、2(1)イで示した事項が記載されている。

キ 甲第5号証
甲第5号証には、2(1)ウで示した事項が記載されている。

ク 甲第6号証
(6a)「ノンエンベロープウイルスに対する効果が改善されたアルコール手指消毒剤の手肌への影響」(第164頁第1行表題)

(6b)「なお、本稿では、家庭用品品質表示法^(4))を参考に、pHが3.0未満を酸性、6.0未満3.0以上を弱酸性、8.0以下6.0以上を中性、11.0以下8.0を越えるものを弱アルカリ性と表記することとした。」(第165頁右欄第1?4行)

ケ 甲第7号証
甲第7号証は、株式会社日本信頼性評価機構が2018年10月23日作成した分析報告書であって、以下の事項が記載されている。
(7a)「2.試料情報 ・株式会社アルボース アルコール手指消毒剤 ハンドアルサワーNL
製造番号:158801
使用期限:2021.06
・・・
※新品(未開封)を分析時に開封し、使用した。」(第3頁第2?6行)

(7b)「5.結果

」(第5頁)

(2)特許異議申立書の理由2について
事案に鑑み、まず特許異議申立書の理由2について検討する。

ア 甲第1号証-2に記載された発明
甲第1号証-2は、株式会社アルボースのホームページであって、2016年10月3日に新発売された「ハンドアルサワーNL」が、アルコール手指消毒剤であって、ウイルスを消毒し、ノンエンベロープウイルスにも効果があり、弱酸性であること、有効成分として、エタノール76.9?81.4v/v%、無水クエン酸、リン酸を含むことがそれぞれ開示されている(摘記(1a))。

そうすると、甲第1号証-2には、「有効成分として、エタノール76.9?81.4v/v%、無水クエン酸、リン酸を含み、弱酸性である、ノンエンベロープウイルスにも効果があるアルコール手指消毒剤」の発明(以下「甲1発明」という。)が開示されていると認める。

イ 対比・判断
(ア)本件発明1について
a 対比
甲1発明の「無水クエン酸」は、水和物を有さないクエン酸であることは技術常識であるといえ、また、甲1発明の「無水クエン酸、リン酸」は、本件発明1の酸剤であること及び2種の酸でもあることは明らかであるから、甲1発明の「無水クエン酸、リン酸」は、本件発明1の「酸剤」であって、「クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」に相当する。
また、甲1発明の「ノンエンベロープウイルスにも効果があるアルコール手指消毒剤」は、本件発明1の「ウイルス不活性化剤」である限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0である」としているのに対して、甲1発明では弱酸性としている点

(相違点2)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」であるのに対して、甲1発明ではノンエンベロープウイルスである点

(相違点3)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲1発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は明らかでない点

b 判断
事案に鑑み、相違点3から検討する。
甲第2号証は、甲第1号証に記載されたアルコール手指消毒剤「ハンドアルサワーNL」を入手して、そのpH、酸剤(クエン酸、リン酸)の総濃度を調べた実験報告書であるが、「ハンドアルサワーNL」を入手したとの記載がされているから、実験報告書を作成するために入手したものであるといえ、甲第1号証に開示された2016年10月3日時点の「ハンドアルサワーNL」ではない。

ここで、甲第1号証には、「ハンドアルサワーNL」の成分は、エタノール76.9%?81.4%であり、無水クエン酸、リン酸を含むことが記載されている(摘記(1a))から、この記載の限りにおいては、甲第1号証が開示された2016年10月3日時点のものと、その後のものとは、同じであるということができるとしても、甲第1号証に記載されていない無水クエン酸及びリン酸の含有量については、甲第1号証が開示された2016年10月3日時点のものと、その後のものとでは、同じであるかどうかは明らかでない。

したがって、実験報告書である甲第2号証に、クエン酸濃度が約0.014mol/、リン酸濃度が約0.023mol/Lと記載されていたとしても、2016年10月3日以降に入手した「ハンドアルサワーNL」を使用しており、2016年10月3日時点での「ハンドアルサワーNL」のクエン酸及びリン酸の含有量を示したものではないので、相違点3は実質的な相違点であるといえる。

c 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、平成30年10月25日に提出した意見書において、同日付で提出した甲第7号証には、2018年10月時点で市場で流通している「ハンドアルサワーNL」を入手し、第三者試験機関である株式会社日本信頼性評価機構が成分を分析した結果を示し、その分析結果として、エタノール濃度は72w/w%であること、pHは3.10であること、クエン酸濃度は0.01mol/Lであること、リン酸濃度は0.02mol/Lであることが記載されているとし、そして、アルボース商品は規制当局(厚生労働省及び各都道府県)の審査を受けて製造販売が承認された「指定医薬部外品」であり、承認後に変更申請された形跡もないから、甲第7号証に記載された分析結果は、出願前アルボース商品のエタノール濃度、pH、クエン酸濃度、リン酸濃度を示すものであると主張する(意見書第3頁第1行?第4頁第14行)。

そこで、この主張について検討すると、上記bで述べたように、同じ商品名であったとしても甲第1号証に記載されていない無水クエン酸及びリン酸の含有量については、甲第1号証が開示された2016年10月3日時点のものと、その後のものとでは、同じであるかどうかは不明である。
そして、特許異議申立人が提出した証拠及び主張では、甲第1号証-2に記載された成分に明示されていないクエン酸濃度、リン酸濃度についてまでも、甲第1号証が開示された2016年10月3日時点のものと、2018年10月時点で市場で流通しているものとが同じであると立証したとはいえないから、相違点3が実質的な相違点ではないとはいえない。

d まとめ
以上のとおりであるから、相違点1及び2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明と同じではないから、本件発明1は甲第1号証に示された発明であるとはいえない。

(イ)本件発明2及び4について
本件発明2は、本件発明1を引用して、さらにウイルス不活性化剤のpHを1.0?4.0と限定した発明であり、また、本件発明4は、同じく本件発明1を引用して、さらにウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度を8.05?85.70重量%と限定した発明である。
ここで、本件発明2及び4と甲1発明とを対比すると、上記(ア)aで述べた相違点1?3が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(ア)bで述べたとおり、相違点3は、実質的な相違点であるといえ、本件発明2及び4は甲1発明と同じではなく、本件発明2及び4は甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由2によっては、本件発明1、2及び4は取り消されるべきものではない。

(3)特許異議申立書の理由1について
ア 甲第1号証の記載から実施されていたと認定される発明
甲第1号証には、「ハンドアルサワーNL」が、2016年10月3日に新発売されたと記載され、発売するには、ハンドアルサワーNLを生産していたことは明らかである。
そうすると、甲第1号証の記載から、本件出願日(平成29年5月26日)前に甲1発明である「有効成分として、エタノール76.9?81.4v/v%、無水クエン酸、リン酸を含み、弱酸性である、ノンエンベロープウイルスにも効果があるアルコール手指消毒剤」の発明が実施していたと認められる。そして、この発明は、上記(2)アで示した「甲1発明」と同じ発明である。

イ 対比・判断
(ア)本件発明1について
a 対比・判断
本件発明1と甲1発明とを対比すると、上記(2)イ(ア)aで述べたとおり、両者は相違点1?3で相違し、(2)イ(ア)bで述べたとおり、相違点3は実質的な相違点でないとはいえない。
また、(2)イ(ア)cで述べたとおり、平成30年10月25日に提出した意見書における平成特許異議申立人の主張を検討しても、相違点3が実質的な相違点ではないとはいえない。

b まとめ
以上のとおりであるから、相違点1及び2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明と同じではないから、本件発明1は本願出願前に公知または公然実施された発明であるとはいえない。

(イ)本件発明2及び4について
上記(2)イ(イ)で述べたように、本件発明2及び4は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2及び4と甲1発明とを対比すると、上記(ア)aで述べた相違点1?3が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(ア)aで述べたとおり、相違点3は、実質的な相違点であるといえ、本件発明2及び4は甲1発明と同じではなく、本件発明2及び4は本願出願前に公知または公然実施された発明であるとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由1によっては、本件発明1、2及び4は取り消されるべきものではない。

(4)特許異議申立書の理由3について
ア 特許異議申立書の理由3の場合分けについて
特許異議申立人は、特許異議申立書の理由3について、以下に示す場合に分けて訂正前の請求項1?5に係る発明は当業者が容易に想到することができた旨を主張しているので、特許異議申立人の主張に従い以下の場合に分けて検討する。

(ア)甲第1号証に記載された発明に基づく容易想到性について
(イ)甲第3号証に記載された発明に基づく容易想到性について、及び、甲第3号証に記載された発明と甲第4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について
(ウ)甲第4号証に記載された発明と甲第3号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について
(エ)甲第5号証に記載された発明と甲第4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について、及び、甲第5号証に記載された発明と甲第3及び4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について

イ 検討
(ア)甲第1号証に記載された発明に基づく容易想到性について
a 対比・判断
(a)本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、上記(2)イ(ア)aで述べたとおり、両者は相違点1?3で相違する。
事案に鑑み、まず、相違点3について検討する。

甲第1号証には、ハンドアルサワーNLには、クエン酸及びリン酸が含まれることが記載されているだけであって、それらの濃度については何も記載がないし、また、示唆する記載もない。
そうすると、甲第1号証の記載に接した当業者であっても、甲1発明において、クエン酸及びリン酸の濃度を本件発明1で規定された範囲とすることは容易に想到することはできたとはいえない。

(b)本件発明2及び4について
上記(2)イ(イ)で述べたように、本件発明2及び4は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2及び4と甲1発明とを対比すると、上記a(a)で述べた相違点1?3が少なくとも存在し、上記a(a)で述べたとおり、相違点3は、甲第1号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由3の(ア)によっては、本件発明1、2及び4は取り消されるべきものではない。

(イ)甲第3号証に記載された発明に基づく容易想到性について、並びに、甲第3号証に記載された発明及び甲第4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について
a 甲第3号証に記載された発明
甲第3号証は、「殺ウイルス性アルコール系手指消毒剤の有効性評価」と題する論文であって、ウイルスに対する不活化効果を調べるための試験薬剤として、アルコール系手指消毒薬VH(サラヤ(株):エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、保湿剤を含む、pH2.9-3.0)を使用したことが記載されている(摘記(3a)(3e))。

そうすると、甲第3号証には、「エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、保湿剤を含む、pH2.9-3.0であるウイルスに対するアルコール系手指消毒薬」の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認める。

b 対比・判断
(a)本件発明1について
i 対比
甲3発明の「リン酸」は、本件発明1の「酸剤」に相当することは明らかである。
甲3発明の「ウイルスに対するアルコール系手指消毒薬」は、ウイルスに対する不活化効果を調べているので、本件発明1の「ウイルス不活性化剤」である限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と甲3発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点4)酸剤が、本件発明1では、「クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」であるのに対して、甲3発明ではリン酸である点

(相違点5)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」であるのに対して、甲3発明ではウイルスの種類が明らかでない点

(相違点6)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲3発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度が明らかでない点

ii 判断
事案に鑑み、相違点4から検討する。
(i)甲第3号証の記載事項に基づく検討
甲第3号証は「殺ウイルス性アルコール系手指消毒剤の有効性評価」と題する論文であって(摘記(3a))、「エタノールを有効成分とし、各種の有機酸・無機酸でpHを酸性域に調整したサンプルについてバクテリオファージ(MS2ファージ)を用いたスクリーニング試験を実施し、最適な酸性物質を配合した新規のアルコール系手指消毒薬VHの処方を得た。」と記載されているところ、この記載に関する具体的な実験方法として、まず、エタノールに、乳酸、フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、マレイン酸、およびリン酸をそれぞれ配合して、MS2ファージに対する不活化試験を行うことが記載され、この試験結果からリン酸が最適な酸性物質であることを見出したことが記載されている。次に、ウイルスに対する新規のアルコール系手指消毒薬VHとして、最適な酸性物質であるリン酸を配合し、このアルコール系手指消毒薬VHを使用して、ウイルス不活化試験を行ったことが記載されている(摘記(3c)?(3d))。上記aにおいて、このアルコール系手指消毒薬VHを甲3発明として認定した。

一方、甲第3号証には、ウイルス不活化試験に用いた薬剤として、リン酸以外の酸性物質を配合した例は記載されていない。
ここで、上記のように、甲第3号証には、エタノールに配合する酸性物質として、乳酸、フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、フィチン酸、マレイン酸、およびリン酸の記載はあるが、あくまで、ウイルス不活化試験に配合する有機酸をスクリーニングするために、MS2ファージに対する不活化試験で使用する薬剤に、それぞれ単独で配合したものであり、混合して配合することは記載されていない。そして、不活化効果はリン酸よりも劣ることが示されており(摘記(3f)のfig1を参照。)、特に、クエン酸は不活化効果が明らかに劣ることが示されている。MS2ファージに対してもこのような試験結果であるから、ウイルス不活化薬剤に配合する酸性物質としてクエン酸がリン酸よりも適していないことは明らかであるといえる。
そうすると、ウイルスに対するアルコール系手指消毒薬である甲3発明に対して、リン酸よりも適していないことが明らかなクエン酸をさらに配合する動機付けがあるとはいえない。

したがって、甲第3号証に記載された事項をみても、甲3発明において、相違点4を構成することが容易に想到できたということはできない。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明から当業者が容易に想到することができたということはできない。

(ii)甲第4号証の記載事項に基づく検討
甲第4号証は、「各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価」を題する論文であって、ノンエンベロープウイルスに対する不活化効果を市販されている新規なラビング剤について調べたものである(摘記(4a)(4d))。
そして、具体的に市販されている新規なラビング剤として、表1に以下の4つの製剤が記載されている。以下に、製剤名、有効成分、pHの順に記載する(摘記(4d)参照)。
RBG:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.38
RBS:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.62
WEC:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、乳酸、クエン酸水和物、3.21
WSV:エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、2.61

甲第4号証には、上記した製剤が、ノンエンベロープウイルス、エンベロープウイルスに対して高い不活化効果を示すことが記載されている(摘記(4b))。

ここで、上記した製剤は、エタノールに、クエン酸水和物又はリン酸を単独に含む製剤か、硫酸及びクエン酸の2種を含む製剤であり、本件発明1のように、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸を含む製剤は記載されていない。
また、上記した製剤は市販されている製剤であるから、これらの製剤をそのまま使用すると考えるのが自然であり、さらに他の成分を加えて使用するものではないものである。

そうすると、甲第4号証の記載をみた当業者であったとしても、甲第4号証に記載された製剤のうち、エタノールに配合された酸成分に着目し、リン酸以外に配合されるクエン酸又は硫酸からクエン酸を選択して甲3発明に配合する動機付けがあるとはいえない。

したがって、甲第4号証に記載された事項をみても、甲3発明において、相違点4を構成することが容易に想到できたということはできない。
よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明及び甲第4号証の記載事項から当業者が容易に想到することができたということはできない。

(b)本件発明2及び4について
上記(2)イ(イ)で述べたように、本件発明2及び4は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2及び4と甲3発明とを対比すると、上記(a)iで述べた相違点4?6が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(a)iiで述べたとおり、相違点4は、甲第3及び4号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

c 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由3の(イ)によっては、本件発明1、2及び4は取り消されるべきものではない。

(ウ)甲第4号証に記載された発明と甲第3号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について
a 甲第4号証に記載された発明
上記(イ)b(a)ii(ii)で述べたように、甲第4号証は、「各種ウイルスに対する新規速乾性すり込み式手指消毒薬の有効性評価」を題する論文であって、ノンエンベロープウイルスに対する不活化効果を市販されている新規なラビング剤について調べたものである(摘記(4a)(4d))。
そして、具体的な市販されている新規なラビング剤として、表1に以下の4つの製剤が記載されている。以下に、製剤名、有効成分、pHの順に記載する(摘記(4d)参照)。
RBG:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.38
RBS:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物、3.62
WEC:エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、乳酸、クエン酸水和物、3.21
WSV:エタノール76.9?81.4vol%、リン酸、2.61

そうすると、甲第4号証には、以下の発明が記載されていると認められる。
「エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物を有効成分として含む、pH3.38であるノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬」(以下「甲4-1発明」という。)、
「エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、クエン酸水和物を有効成分として含む、pH3.62であるノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬」(以下「甲4-2発明」という。)、
「エタノール76.9?81.4vol%、硫酸亜鉛水和物、乳酸、クエン酸水和物を有効成分として含む、pH3.21であるノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬」(以下「甲4-3発明」という。)、
「エタノール76.9?81.4vol%、リン酸を有効成分として含む、pH2.61であるノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬」の発明(以下「甲4-4発明」という。)。

b 対比・判断
甲4-1発明?甲4-4発明は、まとめると、エタノール76.9?81.4vol%を有効成分として含む、pHが2.61?3.62であるノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬である発明で共通し、さらに含む有効成分がそれぞれ異なる発明であるといえる。
この上で、甲4-1発明?甲4-4発明をまとめて対比してみる。

(a)本件発明1について
i 対比
甲4-1発明?甲4-4発明のさらに含む有効成分であるクエン酸水和物、乳酸、リン酸は、本件発明1の酸剤に相当することは明らかである。
甲4-1発明?甲4-4発明のノンエンベロープウイルスに対するすり込み式手指消毒薬は、不活化効果を調べているので、本件発明1のウイルス不活性化剤という限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と甲4-1発明?甲4-4発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致する。
そして、本件発明1と甲4-1発明?甲4-4発明とでは、次の点で共通して相違する。

(相違点7)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」としているのに対して、甲4-1発明?甲4-4発明ではノンエンベロープウイルスとしている点

(相違点8)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲4-1発明?甲4-4発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度が明らかでない点

また、本件発明1と甲4-1発明?甲4-4発明とでは、次の点でそれぞれ相違する。

本件発明1において、酸剤は、「クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」であるのに対して、
甲4-1発明及び甲4-2発明では、「クエン酸水和物」である点(以下「相違点9-1」という。)
甲4-3発明では、「乳酸、クエン酸水和物」である点(以下「相違点9-2」という。)
甲4-4発明では、「リン酸」である点(以下「相違点9-3」という。)

ii 判断
事案に鑑み、相違点9-1?9-3から検討する。
甲第4号証には、ノンエンベロープウイルス、エンベロープウイルスに対し、上記したそれぞれの製剤を使用した結果、高い不活化効果を示すことが記載されている(摘記(4a)(4d))。
ここで、上記した製剤は、エタノールに、クエン酸水和物又はリン酸を単独に含む製剤か、硫酸及びクエン酸の2種を含む製剤が記載されているだけであり、本件発明1のように、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸を含む製剤は記載されていない。
また、上記した製剤は市販されている製剤であるから、それぞれの製剤をそのまま使用すると考えるのが自然であり、さらに他の成分を加えて使用とするものではないものである。
そうすると、上記した甲4-1発明?甲4-4発明において、さらに他の成分を配合して使用しようとする動機付けがあるとはいえない。

このように、甲4-1発明?甲4-4発明において、さらに他の成分を配合して使用しようとする動機付けがあるとはいえないのであるから、甲第3号証の記載を検討するまでもなく、当業者であっても相違点9-1?9-3を構成することが容易に想到できたということはできない。。

(b)本件発明2及び4について
上記(2)イ(イ)で述べたように、本件発明2及び4は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2及び4と甲4-1発明?甲4-4発明とを対比すると、上記(a)iで述べた相違点7?9-3が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(a)iiで述べたとおり、相違点9-1?9-3は、甲第3及び4号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

c 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由3の(ウ)によっては、本件発明1、2及び4は取り消されるべきものではない。

(エ)甲第5号証に記載された発明と甲第4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について、及び、甲第5号証に記載された発明と甲第3及び4号証に記載された技術的事項に基づく容易想到性について
a 甲第5号証に記載された発明
甲第5号証の請求の範囲の第1項には、「表面上のノロウイルス集団を減少させる方法であって、表面を組成物と30秒接触させて、ノロウイルスに対して少なくとも3の対数減少を達成する工程を含み、前記組成物は、(a)約25%?95%重量の消毒用アルコール;(b)殺ウイルス有効量の有機酸;(c)約0%?約5%重量の活性抗菌剤と、(d)0%?約5%重量のゲル化剤;(e)水を含み、25℃で約5以下のpHを有する組成物。」と記載され、具体的に使用される組成物として、実施例3には、サンプルBとして、2%クエン酸、2%酒石酸、62%エタノール、1.25%ヒドロキシエチルセルロースの組成物を用いてライノウイルスを不活性化できたことが記載されている。

そうすると、甲第5号証には、「2%クエン酸、2%酒石酸、62%エタノール、1.25%ヒドロキシエチルセルロースの組成物を含むライノウイルス不活性化剤」の発明(以下「甲5-1発明」という。)が記載されていると認める。

また、実施例14には、サンプルAとして、セチルアルコール:1.00重量%、グリセリン:1.00重量%、パルミチン酸イソプロピル:1.00重量%、ジメチコン100CST:1.02重量%、エタノールSDA-40B:3.09重量%、ナトロソール250HHR:0.26重量、脱イオン水:10.94重量%、脱イオン水:17.65重量%、ULTREZ10ポリマー:1.01重量%、エタノールSDA-40B:58.82重量%、クエン酸:2.00重量%、リンゴ酸:2.00重量%、水酸化ナトリウム50%:0.22重量%、pH:3.51を用いてネコカリシウイルスを不活性化できたことが記載されている。

そして、サンプルAとして使用されるエタノールSDA-40B及び脱イオン水の量を合わせると、刊行物5には、以下の発明が記載されていると認める。
「セチルアルコール:1.00重量%、グリセリン:1.00重量%、パルミチン酸イソプロピル:1.00重量%、ジメチコン100CST:1.02重量%、エタノールSDA-40B:61.19重量%、ナトロソール250HHR:0.26重量、脱イオン水:28.59重量%、ULTREZ10ポリマー:1.01重量%、クエン酸:2.00重量%、リンゴ酸:2.00重量%、水酸化ナトリウム50%:0.22重量%、pH:3.51からなるネコカリシウイルスの不活性化剤」(以下「甲5-2発明」という。)

b 対比・判断
(a)本件発明1と甲5-1発明の対比・判断について
i 対比
甲5-1発明のライノウイルス不活性化剤に含まれる「クエン酸」及び「酒石酸」は、本件発明1の「酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」に相当する。
また、甲5-1発明のライノウイルス不活性化剤は、ウイルス不活性化剤である限りにおいて本件発明1のウイルス不活性化剤と一致する。

そうすると、本件発明1と甲5-1発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点10)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」であるのに対して、甲5-1発明ではライノウイルスである点

(相違点11)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲5-1発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度が明らかでない点

(相違点12)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であ」るのに対して、甲5-1発明では、ウイルス不活性化剤のpHが明らかでない点。

ii 判断
事案に鑑み、相違点10から検討する。
甲5-1発明における不活化の対象ウイルスはライノウイルスであり、ノロウイルスではない。そして、甲第5号証には、ライノウイルスに対して不活化効果があればノロウイルスに対しても不活化効果があることは記載されていない。
また、甲第4号証には、ノロウイルス等のノンエンベロープウイルスに対する不活化効果を市販されている新規なラビング剤が記載され、ネコカリシウイルス、マウスノロウイルスに対して不活化効果を奏することが記載されている(摘記(4a)(4d)(4e))。
しかしながら、甲第4号証に記載された不活化効果を奏する製剤は、エタノールに、クエン酸水和物又はリン酸を単独に含む製剤か、硫酸及びクエン酸の2種を含む製剤であり、甲5-1発明のように、クエン酸及び酒石酸からなる2種の酸ではない。また、甲第4号証には、ライノウイルスに対して不活化効果があればノロウイルスに対しても不活化効果があることは記載されておらず、このことが技術常識であるともいえない。
そうすると、甲第4号証の記載や技術常識を勘案しても、甲5-1発明において、不活化する対象ウイルスがライノウイルスであったものを、ノロウイルスとする相異点10は、当業者であっても容易に想到できたものとはいえない。

よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5-1発明及び甲第4号証の記載事項から当業者が容易に想到することができたということはできない。

(b)本件発明2、4及び5と甲5-1発明の対比・判断について
上記イ(イ)bで述べたように、本件発明2、4及び5は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2、4及び5と甲5-1発明とを対比すると、上記(a)iで述べた相違点10?12が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(a)iiで述べたとおり、相違点10は、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(c)本件発明1と甲5-2発明の対比・判断について
i 対比
甲5-2発明のネコカリシウイルス不活性化剤に含まれる「クエン酸」は、本件発明1の「酸剤」に相当することは明らかである。
また、甲5-2発明のネコカリシウイルスの不活性化剤は、ウイルス不活性化剤である限りにおいて本件発明1のウイルス不活性化剤と一致する。

そうすると、本件発明1と甲5-2発明とでは、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であることを特徴とするウイルス不活性化剤」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点13)酸剤が、本件発明1では、「クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸」であるのに対して、甲5-2発明ではクエン酸である点

(相違点14)ウイルス不活性化剤の対象ウイルスが、本件発明1では、「ノロウイルス」であるのに対して、甲5-2発明ではネコカリシウイルスである点

(相違点15)本件発明1では、「ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lである」としているのに対して、甲5-2発明では、ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度が明らかでない点

ii 判断
事案に鑑み相違点13から検討する。
甲第5号証には、抗菌剤に配合される有機酸の具体例として、複数挙げられている中に酒石酸、クエン酸の例示はある(摘記(5d))。しかしながら、ネコカリシウイルスに対する不活化剤の有機酸として、酒石酸とクエン酸の2種を配合した具体例は記載されていない。
ここで、甲第3号証には、ウイルスに対する不活化効果を調べるための試験薬剤として、エタノール76.9?81.4vol%、リン酸を含み、pHが2.9?3.0という薬剤が記載されているが、さらに他の酸を加えことについての記載はされていない。また、リン酸とクエン酸とを混合して配合することを示唆する記載もない。

さらに、甲第4号証には、エタノールに、クエン酸水和物又はリン酸を単独に含む製剤か、硫酸及びクエン酸の2種を含む製剤が、ノンエンベロープウイルス、エンベロープウイルスに対して高い不活化効果を示すことが記載されている(摘記(4b))。
しかしながら、上記した製剤は、エタノールに、クエン酸水和物又はリン酸を単独に含む製剤か、硫酸及びクエン酸の2種を含む製剤であり、本件発明1のように、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸を含む製剤は記載されていない。
また、甲第4号証に記載された製剤は市販されている製剤であるから、これらの製剤をそのまま使用すると考えるのが自然であり、さらに他の成分を加えて使用するものではないものである。

そうすると、この甲第3号証の記載をみた当業者であっても、ウイルスに対する不活化薬剤からリン酸だけに着目して、すでに酸剤が配合されている甲5-2発明に、リン酸を配合することが容易に想到するものであるとはいえない。
また、甲第4号証の記載をみた当業者であったとしても、甲第4号証に記載された製剤のうち、エタノールに配合された酸成分に着目し、リン酸を選択して甲5-2発明に配合する動機付けがあるとはいえない。

よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5-2発明及び甲第3及び4号証の記載事項から当業者が容易に想到することができたということはできない。

(d)本件発明2、4及び5と甲5-2発明の対比・判断について
上記イ(イ)bで述べたように、本件発明2、4及び5は、本件発明1を引用して、さらに限定した発明である。
ここで、本件発明2、4及び5と甲5-2発明とを対比すると、上記(a)iで述べた相違点13?15が少なくとも存在するといえる。
そうすると、上記(a)iiで述べたとおり、相違点13は、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

c 小括
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由3の(エ)によっては、本件発明1、2、4及び5は取り消されるべきものではない。

ウ 理由3のまとめ
以上のとおりであるから、特許異議申立人の理由3によっては、本件発明1、2、4及び5は取り消されるべきものではない。

(5)特許異議申立書の理由4について
ア 特許法第36条第6項第1号の考え方について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

イ 特許請求の範囲の記載
上記「第3」に記載したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載
本願の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
(a)「【0005】
例えば、非特許文献1には、エタノール製剤を用いたFCV及びMNVの不活性化試験が記載されている。非特許文献1によれば、FCVに対してはエタノール製剤のpHが低くても充分なウイルス不活性化作用を示すことが記載されているが、MNVに対しては、エタノール製剤のpHが低いと充分なウイルス不活性化作用を示さないことが記載されている。
上記の通り、ヒトノロウイルスの不活性化に対する各種消毒剤等のウイルス不活性化作用の検証には、代替ウイルスとしてFCVが広く用いられているが、FCV及びMNVの両方にウイルス不活性化作用を示す方が、ヒトノロウイルスに対してもウイルス不活性化作用を示す可能性が高いと予測される。
そのため、非特許文献1に記載されたpHが低いエタノール製剤は、ヒトノロウイルスへのウイルス不活性化作用が不充分である可能性がある。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、低いpHであっても充分にウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することである。」

(b)「【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明者は、エタノールと、特定の酸剤とを併用することにより、pHが低くても、ウイルス不活性化作用が充分に高くなることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明のウイルス不活性化剤は、エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、上記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であり、上記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であることを特徴とする。
【0010】
本発明のウイルス不活性化剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸からなる酸剤を含む。
これらの酸を併用することにより、低いpHのウイルス不活性化剤においてエタノールのウイルス不活性化作用を向上させることができる。
そのため、ウイルス不活性化剤のpHが、1.0?6.0であったとしても、本発明のウイルス不活性化剤は、充分なウイルス不活性化作用を示す。
なお、本明細書におけるpHは、25℃におけるpHを意味する。
【0011】
本発明のウイルス不活性化剤のpHは、1.0?4.0であることがより望ましい。
このように低いpHであったとしても、本発明のウイルス不活性化剤は、充分なウイルス不活性化作用を示す。
【0012】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることが望ましい。
本発明のウイルス不活性化剤では、このように低濃度の酸剤を含むだけでウイルス不活性化作用を充分に向上させることができる。
ウイルス不活性化剤中の酸剤の濃度が、0.01mol/L未満であると、酸剤の濃度が低すぎ、エタノールのウイルス不活性化作用を充分に向上させにくくなる。
ウイルス不活性化剤中の酸剤の濃度が、0.4mol/Lを超えると、酸剤の濃度が高すぎ、ウイルス不活性化剤を噴霧等した際に、べとつきやすくなり、また、酸剤の析出が生じやすくなる。
【0013】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記エタノールの濃度は、8.05?85.70重量%であることが望ましい。
ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が8.05重量%未満であると、エタノールの割合が少ないので、エタノールが含まれることによるウイルス不活性化作用が発揮されにくくなる。
ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が85.70重量%を超えると、ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が高すぎ、引火しやすくなる。」

(c)「【0020】
本発明のウイルス不活性化剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸からなる酸剤を含む。
これらの酸を併用することにより、低いpHのウイルス不活性化剤においてエタノールのウイルス不活性化作用を向上させることができる。
そのため、ウイルス不活性化剤のpHが、1.0?6.0であったとしても、本発明のウイルス不活性化剤は、充分なウイルス不活性化作用を示す。
・・・
【0024】
本発明のウイルス不活性化剤のpHは、1.0?4.0であることがより望ましく、2.0?4.0であることがさらに望ましい。
このように低いpHであったとしても、本発明のウイルス不活性化剤は、充分なウイルス不活性化作用を示す。
なお、pHの調整は、本発明のウイルス不活性化剤に含まれる酸剤の濃度を調整すること、または、酸剤の塩を添加することにより行うことができる。
【0025】
本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記エタノールの濃度は
、8.05?85.70重量%であることが望ましく、24.69?74.70重量%であることがより望ましく、33.38?60.00重量%であることがさらに望ましい。
ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が8.05重量%未満であると、エタノールの割合が少ないので、エタノールが含まれることによるウイルス不活性化作用が発揮されにくくなる。
ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が85.70重量%を超えると、ウイルス不活性化剤中のエタノールの濃度が高すぎ、引火しやすくなる。」

(d)「【実施例】
【0041】
以下に本発明をより具体的に説明する実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
エタノールが70.00重量%、L-酒石酸が0.01mol/L、リン酸が0.1mol/Lとなるように、これら化合物と、精製水とを混合して実施例1に係るウイルス不活性化剤を作成した。
実施例1に係るウイルス不活性化剤のpHは、2.8であった。
【0043】
(実施例2?6)及び(比較例1?5)
ウイルス不活性化剤の材料の種類及び割合を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に実施例2?6及び比較例1?5に係るウイルス不活性化剤を作製した。
なお、表1中「%」は重量%を意味する。
また、表1中の酸剤の商品名及び製造元は以下の通りである。
L-酒石酸:L-酒石酸 扶桑化学工業株式会社製
クエン酸:精製クエン酸(無水) 扶桑化学工業株式会社製
リン酸:りん酸 米山薬品工業株式会社製
乳酸:ムサシノ乳酸50 株式会社武蔵野化学研究所製
酢酸:90%純良酢酸 日和合精株式会社製
リンゴ酸:リンゴ酸フソウ 扶桑化学工業株式会社製
コハク酸:コハク酸 扶桑化学工業株式会社製
【0044】
【表1】



エ 本件発明の課題について
本件発明の課題は、発明の詳細な説明の段落【0006】、【0007】及び明細書全体の記載からみて、低いpHであっても充分にウイルス不活性化作用を示すウイルス不活性化剤を提供することであると認める。

オ 判断
(ア)エタノール濃度について
a ノロウイルス不活性化剤のエタノール濃度について、本件発明1では特定されておらず、また、本件発明4では、8.05?85.70重量%と特定されている。
ここで、本件明細書の段落【0008】には、「目的を達成するために、本発明者は、エタノールと、特定の酸剤とを併用することにより、pHが低くても、ウイルス不活性化作用が充分に高くなることを見出し、本発明を完成させた」ことが記載され(摘記(b))、同【0010】、【0020】には、本発明のウイルス不活性化剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸からなる酸剤を含むことにより、低いpHのウイルス不活性化剤においてエタノールのウイルス不活性化作用を向上させることができることが記載され(摘記(b)(c))、同【0013】、【0025】には、本発明のウイルス不活性化剤では、上記ウイルス不活性化剤中の上記エタノールの濃度は、8.05?85.70重量%であることが望ましいこと、エタノールの濃度が8.05重量%未満であると、エタノールが含まれることによるウイルス不活性化作用が発揮されにくくなること、エタノールの濃度が85.70重量%を超えると、引火しやすくなることが記載されている(摘記(b)(c))。
そして、実施例においては、ウイルス不活性化剤中のエタノール濃度が55.00?70.00重量%である時に、充分なウイルス不活性化作用を奏することがデータと共に記載されている(摘記(d))。

上記したような本件明細書の記載をみる限り、本件発明は、エタノールと特定の酸剤とを併用することにより、pHが低くても、ウイルス不活性化作用が充分に高くなることを見いだしたといえ、望ましいエタノール濃度として8.05?85.70重量%であるといえ、そして、実施例において、エタノール濃度が55.00?70.00重量%である時に、充分なウイルス不活性化作用を奏することがデータと共に記載されていることからすれば、本件発明においてエタノール濃度を特定しなくても、また、8.05?85.70重量%という特定であっても、一定のウイルス不活性化作用を有するといえ、当業者であれば、本件発明の課題が解決できると認識できるということができるといえる。

b 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書において、エタノール濃度が55.00重量%である比較例1?5は充分なウイルス不活性化作用を示おらず、また、甲第3、4及び6号証に記載されている消毒剤は、エタノール濃度が76.9?81.4容量%であるから、特に、エタノール濃度が55.00重量%よりも低い場合には、本件発明の課題が解決できない旨を主張する(特許異議申立書第31頁第21行?第32頁最下行)。

そこで、この特許異議申立人の主張について検討すると、比較例1?5には、確かに、ウイルス不活性化剤中のエタノール濃度は55.00重量%含む例であるが、本件発明で特定されるクエン酸、酒石酸及びリン酸から選択される少なくとも2つの酸が含まれていないことからすると、エタノール濃度が55.00重量%であると本件発明の課題が解決できないことを直接示した比較例ということはできない。また、甲第3、4及び6号証には、確かに、エタノール濃度が76.9?81.4容量%のウイルスに対する消毒剤が記載されているが、これらの記載は、各甲号証におけるウイルスに対する消毒剤の場合のエタノール濃度を記載しているものであるといえ、本件発明においてエタノール濃度が55.00重量%よりも低い場合に本件発明の課題が解決できると認識できないことを示すものではない。

したがって、特許異議申立人の主張は採用することはできない。

(イ)pHについて
a ノロウイルス不活性化剤のpHについて、本件発明1では、1.0?6.0と特定され、本件発明2では、1.0?4.0と特定されている。
ここで、本件特許明細書の段落【0008】には、「目的を達成するために、本発明者は、エタノールと、特定の酸剤とを併用することにより、pHが低くても、ウイルス不活性化作用が充分に高くなることを見出し、本発明を完成させた」ことが記載され(摘記(b))、同【0010】、【0020】には、本発明のウイルス不活性化剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸からなる酸剤を含むことにより、ウイルス不活性化剤のpHが、1.0?6.0であったとしても、本発明のウイルス不活性化剤は、充分なウイルス不活性化作用を示すことが記載され、同【0011】、【0024】には、本発明のウイルス不活性化剤のpHは、1.0?4.0であることがより望ましいことが記載されている。
そして、実施例においては、ウイルス不活性化剤中のpHが、2.7?3.3のときに、充分なウイルス不活性化作用を奏することがデータと共に記載されている(摘記(d))。

上記したような本件明細書の記載をみる限り、本件発明は、エタノールと特定の酸剤とを併用することにより、pHが低くても、ウイルス不活性化作用が充分に高くなることを見いだしたといえ、ウイルス不活性化剤のpHが、1.0?6.0であれば、充分なウイルス不活性化作用を示すことが記載され、ウイルス不活性化剤の望ましいpHは、1.0?4.0であるといえ、そして、実施例において、pHが、2.7?3.3のときに、充分なウイルス不活性化作用を奏することがデータと共に記載されていることからすれば、本件発明においてpHが1.0?6.0であるか、1.0?4.0であれば、一定のウイルス不活性化作用を有するといえ、当業者であれば、本件発明の課題が解決できると認識できるということができるといえる。

b 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書において、実施例においては、pHは2.7?3.3の範囲の場合にウイルス不活性作用が示されているだけであること、甲第3、4及び6号証の記載をみると、中性域よりも酸性域で殺菌力が強くなることは技術常識であるから、特に、pHが3.3よりも高い領域の場合には、本件発明の課題が解決できない旨を主張する(特許異議申立書第33頁第1行?第34頁第4行)。

そこで、この特許異議申立人の主張について検討すると、本件明細書の実施例には、確かに、pHが2.7?3.3の場合にウイルス不活性作用が示されているだけであるが、上記aで述べたように、本件明細書には、pHが1.0?6.0であれば、充分なウイルス不活性化作用を示すことが記載されていることからすると、実施例で記載した範囲しか本件発明の課題が解決できると認識できるとはいえないとまではいえない。また、甲第3、4及び6号証には、各甲号証におけるウイルスに対する消毒剤の場合のpHの値が記載されているが、これらのウイルス消毒剤は、本件発明のウイルス不活性剤と成分が異なるので、甲第3、4及び6号証に記載されている事項をそのまま本件発明に当てはめることはできない。さらに、仮に中性域よりも酸性域で殺菌力が強くなることは技術常識であるとしても、これは本件発明においてpHの値が1.0?6.0の場合に本件発明の課題が解決できると認識できないことを示すものではない。

従って、特許異議申立人の主張は採用することはできない。

カ まとめ
以上のとおりであるので、理由4によっては、本件発明本件発明1、2、4及び5は取り消されるべきものではない。

(6)特許異議申立書の理由5について
ア 特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。
よって、この観点に立って、本願の実施可能要件の判断をする。

イ 特許請求の範囲の記載について
上記「第3」に記載したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載について
上記(5)ウに記載したとおりである。

エ 判断
本件発明1は、その特許請求の範囲の請求項1に記載されるとおり、
「エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であり、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であり、
前記ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることを特徴とするノロウイルス不活性化剤。」という記載事項により特定される発明である。

ここで、特許異議申立人は、本件出願当時の技術常識を考慮しても、当業者が本件発明の課題が解決できるように発明の詳細な説明に記載されているとは認められない主張するだけである。この点については、上記(5)で述べたように、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されており、いわゆるサポート要件を満足するものであるといえる。そして、特許異議申立人は、実施可能要件を満足しないことについてさらなる理由を主張しているわけでもない。

そして、発明の詳細な説明には、上記ウで示した記載がなされており、発明の詳細な説明には、本件発明1に関し、その実施ができる程度に明確かつ充分に記載されているといえる。

また、本件発明1を引用して更に限定した本件発明2、4及び5に関しても、発明の詳細な説明には、その実施ができる程度に明確かつ充分に記載されているといえる。

よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1、2、4及び5の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなされているものと認められる。

オ まとめ
以上のとおりであるので、理由5によっては、本件発明1、2、4及び5は取り消されるべきものではない。

第7 むすび
したがって、当審が通知した取消理由及び特許異議申立の理由によっては、本件発明1、2、4及び5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、2、4及び5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項3に係る特許は、訂正により、削除されたため、本件特許の請求項3に対して特許異議申立人がした特許異議申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノールと、酸剤とを含むウイルス不活性化剤であって、
前記酸剤は、クエン酸、酒石酸及びリン酸からなる群から選択される少なくとも2種の酸であり、
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?6.0であり、
前記ウイルス不活性化剤中の前記酸剤の濃度は、0.01?0.4mol/Lであることを特徴とするノロウイルス不活性化剤。
【請求項2】
前記ウイルス不活性化剤のpHは、1.0?4.0である請求項1に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記ウイルス不活性化剤中の前記エタノールの濃度は、8.05?85.70重量%である請求項1又は2に記載のノロウイルス不活性化剤。
【請求項5】
請求項1、2又は4に記載のノロウイルス不活性化剤を含むことを特徴とする衛生資材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-02-26 
出願番号 特願2017-104629(P2017-104629)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A01N)
P 1 651・ 536- YAA (A01N)
P 1 651・ 112- YAA (A01N)
P 1 651・ 113- YAA (A01N)
P 1 651・ 537- YAA (A01N)
P 1 651・ 111- YAA (A01N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 阿久津 江梨子  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 佐藤 健史
齊藤 真由美
登録日 2017-11-02 
登録番号 特許第6234627号(P6234627)
権利者 株式会社ニイタカ
発明の名称 ノロウイルス不活性化剤及び衛生資材  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  
代理人 特許業務法人安富国際特許事務所  
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