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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12C
管理番号 1351391
異議申立番号 異議2018-700225  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-03-13 
確定日 2019-02-27 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6199031号発明「良質なホップの苦味と香りを有するビール風味アルコール飲料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6199031号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕、3について訂正することを認める。 特許第6199031号の請求項1?3に係る特許を取り消す。 
理由 1 手続の経緯
特許第6199031号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成24年12月26日に出願され、平成29年9月1日にその特許権の設定登録がされ、平成29年9月20日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年 3月13日 :特許異議申立人中島由貴による請求項1?
3に係る特許に対する特許異議の申立て
平成30年 6月11日付け :取消理由通知書
平成30年 8月 8日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提

平成30年10月 1日 :特許異議申立人中島由貴による意見書の提

平成30年10月18日付け :取消理由通知書(決定の予告)
平成30年12月25日 :特許権者による意見書の提出

2 訂正の適否
(1)訂正の内容
ア 特許権者は、特許請求の範囲の請求項1を、以下の事項により特定されるとおりに訂正することを請求する(訂正事項1)。
「【請求項1】
ホップ調製物を原料とするビール風味アルコール飲料であって、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され、
飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である、ビール風味アルコール飲料。」(下線は、訂正箇所を示す。以下同様である。)
イ 特許権者は、特許請求の範囲の請求項2を、以下の事項により特定されるとおりに訂正することを請求する(訂正事項2)。
「【請求項2】
リナロールの含量が66.1ppb以上である、請求項1に記載のビール風味アルコール飲料。」
ウ さらに、特許権者は、特許請求の範囲の請求項3について、 以下の事項により特定されるとおりに訂正することを請求する(訂正事項3)。
「【請求項3】
ビール風味アルコール飲料を製造する方法であって、ルプリン画分を豊富に含むホップ調製物を原料として用い、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され、
製造される飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である、方法。」
なお、訂正前の請求項1及び2は、請求項2が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、一群の請求項1及び2について請求されている。
(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1
訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1に係る発明では、リナロールの含量について特定されていなかったものを、「飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である」と特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、願書に添付した明細書には、「 ホップ調製物の添加量は、良好なホップ香を有するビール風味アルコール飲料が得られるように調整すればよく、特に制限されない。得られた飲料が良好なホップ香を有するか否かは、ホップの芳香成分を定量することにより客観的に判定することができる。このような芳香成分としては、例えば、リナロールが好適に用いられる。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明によるビール風味アルコール飲料中のリナロールの含量は、21ppb以上、より好ましくは30ppb以上、さらに好ましくは31ppb以上とされる。・・・」(【0023】)と記載されており、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
イ 訂正事項2
訂正事項2に係る請求項2についての訂正は、訂正前の請求項2に係る発明で、「リナロールの含量が21ppb以上である」と特定されていたものを、「リナロールの含量が66.1ppb以上である」と数値の範囲を狭めるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書には、表5において、サンプル番号MP1のリナロール(ppb)の含有量について、「66.1」との数値が記載されており、訂正事項2に係る請求項2についての訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
ウ 訂正事項3
訂正事項3に係る請求項3についての訂正は、訂正前の請求項3に係る発明では、リナロールの含量について特定されていなかったものを、「製造される飲料中のリナロールの含量が31ppb以上であ」ると特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、願書に添付した明細書には、「 ホップ調製物の添加量は、良好なホップ香を有するビール風味アルコール飲料が得られるように調整すればよく、特に制限されない。得られた飲料が良好なホップ香を有するか否かは、ホップの芳香成分を定量することにより客観的に判定することができる。このような芳香成分としては、例えば、リナロールが好適に用いられる。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明によるビール風味アルコール飲料中のリナロールの含量は、21ppb以上、より好ましくは30ppb以上、さらに好ましくは31ppb以上とされる。・・・」(【0023】)と記載されており、訂正事項3に係る請求項3についての訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(3)小括
上記のとおり、訂正事項1?3に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕、3について訂正することを認める。

3 取消理由の概要
訂正前の請求項1?3に係る特許に対して、当審が取消理由通知書で、特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

本件特許の請求項1?3に係る発明は、下記の甲第1号証にあるように、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

<引用文献等一覧>
甲第1号証: Peter Harold Wolfe、”A Study of Factors Affecting the Extraction of Flavor When Dry Hopping Beer”、[online]、2012年10月3日、Oregon StateUniversity、[2018年3月8日検索]、インターネット
<URL:https://ir.library.oregonstate.edu/concern/graduate_thesis_or_dissertations/rx913t14h>
甲第2号証:”醸造物の成分”、財団法人日本醸造協会、平成11年12月10日、p.250-272
甲第3号証:吉田学、”ホップ”、日本醸造協会誌、2000年、第95巻、第8号、p.550-559
甲第4号証:Wolfgang Kunze、”TECHNOLOGY BREWING and MALTING 3rd INTERNATIONAL EDITION”、VLB BERLIN、2004年、表紙、p.62-63
甲第5号証:L. NARZISS、”TECHNOLOGICAL ASPECTS OF THE USE OF HOP PREPARATIONS”、TECHNICAL QUARTERLY、1970年、VOL.7、NO.1、p.5-10
甲第6号証:新村出、”広辞苑第6版”、株式会社岩波書店、p.1274-1277、p.2120-2121
(以下「甲第1号証」?「甲第6号証」を「甲1」?「甲6」という。)

4 当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由(特許法第29条第2項)について
ア 訂正後の請求項1?3に係る発明
上記訂正請求により訂正された訂正後の請求項1?3に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明3」という。)は、上記2(1)アにおいて示したとおりのものである。
イ 引用文献の記載
(ア-1) 取消理由通知において引用した甲1には以下の事項が掲載されている。
「1.1 Introduction
Hops are used in the brewing process to add flavor and microbial stability to beer. Hops added on the hot side of the brewing process (typically during the kettle boil) primarily add bitterness and a small amount of aroma. In contrast, dry hopping is the practice of using hops late in the brewing process with an emphasis on adding aroma and flavor (without undue bitterness) to beer. Dry hopping is performed on the “cold-side” of the brewing process, anytime after boiled wort has traversed a heat exchanger and cooled to fermentation temperatures or lower. A strict definition is nearly impossible given the breadth of practices used by brewers today.」(1ページ)
(翻訳:1.1 イントロダクション
ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用される。醸造プロセスにおける温度が高い側(特にケトル煮沸の間)で添加されたホップは、主に苦味と少量のアロマを付与する。対照的に、ドライホッピングは、ビールにアロマとフレーバー(過度の苦味を伴わない)を付与することに重点を置く、醸造プロセスの後期にホップを使用する慣行である。ドライホッピングは、醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われる。今日の醸造業者の幅広い慣行を踏まえると、厳密な定義はほとんど不可能である。)
「1.4.1 Hop Materials used in Dry Hopping
・・・
Pelleted hops are widely used to dry hop in the US. The majority of pellet hops are type-90. A small number of breweries have also experimented with using type-45 pellets. 」(17ページ)
(翻訳:1.4.1 ドライホッピングにおいて使用されるホップ原料
・・・
ペレットホップは米国においてドライホッピングで広く使用されている。ペレットホップの多くはtype-90である。少数の醸造所ではtype-45のペレットを使用しての試みも行われている。)


」(6ページ)
(ア-2) 甲1に記載された発明
上記(ア-1)の掲載事項を総合すると、甲1には、以下の発明(以下「甲1-1発明」という。)が掲載されていると認められる。
「ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用され、醸造プロセスの後期にホップを使用するドライホッピングが用いられ、当該ドライホッピングは、醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われ、ドライホッピングにtype-45のペレットホップが用いられる、ビール飲料。」
また、甲1によると、以下のビール飲料の製造方法の発明(以下「甲1-2発明」という。)も想定できる。
「ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用され、醸造プロセスの後期にホップを使用するドライホッピングが用いられ、当該ドライホッピングは、醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われ、ドライホッピングにtype-45のペレットホップが用いられる、ビールを製造する方法。」
(イ) 取消理由通知において引用した甲2には以下の事項が記載されている。
「ビールの苦味の主要成分は,イソα酸(isohumulones)である。イソα酸は,ホップ中のα酸(humulones)が熱反応により異性化した一連の化合物である。その含量はビールのタイプ,国柄によって大きな幅がある。また,α酸も数mg/lではあるが存在する。」(250ページ右欄)
「ビール苦味質の生成は,麦芽を糖化して調整した麦汁に,乾燥したホップの毬花(通常プレスしたベールホップあるいはペレット化したもの)を添加して60?90分煮沸すると,樹脂成分と精油成分が麦汁に移る。この際,α酸の熱によるイソα酸への異性化が起こる。」(251ページ右欄)
「A ホップペレット(Type90、Type45)
ホップペレットは,ホップ苦味質の均一性を増すために,ベールホップを細かく粉砕してパウダー状にしたものを,小円柱状に打錠成型したものである。化学組成がベールホップとほぼ同じであるType90と,ルプリンの濃縮されたエンリッチ型Type45がある。エンリッチ型では,苦味質が高くなり,他の成分が低減する。例えば,Type45では,苦味質はType90にくらべて2倍に濃縮されている。これを使用して同じ苦味価のビールを製造すると,ビール中のホップ由来のポリフェノール成分は,Type90の場合に比べて半減し,ビール品質に影響するばかりでなく,さらに,残留農薬等の不要成分のビールへの移行も少なくなるといわれている。」(253ページ左欄)
「ホップ添加時期は,ホップアロマ香を強調するために,一般に用いられる麦汁煮沸終了直前にホップを添加する”late hopping”したものが主である。中には,通常の方法である麦汁煮沸初期にホップを添加し,60分以上煮沸する”kettle hopping”をしたものや^(125)),発酵終了後の若ビールに低温でホップを添加する”dry hopping”したものも含まれている^(123))。ホップ精油成分であるフムレン(humulene)やカリオフィレン(caryophyllene)が検出されたビールは,”dry hopping”したものである^(123))。」(261ページ左欄)
「ホップ毬花の精油含量は,0.4?2.0%であると報告されている^(5)),ホップの品種,生育条件,収穫時期等により大きく異なる。ホップ精油は,樹脂(苦味質)と同じようにルプリンに含まれる。」(261ページ左欄?右欄)


」(262ページ)


」(263ページ)


」(268ページ)
(ウ) 取消理由通知において引用した甲3には以下の事項が記載されている。
「主に使用されているのはホップペレットで,これらにはペレット90と呼ばれるものと,粉砕時にルプリンを選択的に回収しペレット状にしたペレット45と呼ばれるものがある。ペレット90の成分は毬花とほぼ同じであり,ペレット45はペレット90と比較し,樹脂,精油成分が2倍濃縮されその他の成分は半分になっている。」(557ページ左欄)
(エ) 取消理由通知において引用した甲4には以下の事項が記載されている。
「Enriched pellets(type 45)
To produce lupulin enriched pellets(formerly known as type 45), use is made of the fact that all the resin and oil is in the lupulin glands. These have a natural particle size of about 0.15mm. The task is to remove the lupulin glands from the cone and to separate part of the bract and strig fraction.For this milling and sieving machines are used.
However, in order to machanically process a lupulin gland it must be hard and must lose its adhesive power. Its liquid content must consequently be solidified. Milling and sieving is therefore performed at very low temperatures,preferably at-35℃(-30°F).」
(翻訳:濃縮ペレット(type45)
ルプリン濃縮ペレット(以前はtype45と知られていた)の製造は、全ての樹脂およびオイルがルプリン線に存在するとの事実に基づく。これらはもともとの粒子サイズがおよそ0.15mmである。ルプリン線を毬花から除去し、苞葉の一部と繊維画分とを分離する。このために粉砕およびふるい分け装置が使用される。
しかしながら、ルプリン腺を物理的に処理するためには、容易ではなく、またその粘着力が失われてしまう。結果的に液体成分は固化させなければならない。そのため、粉砕およびふるい分けは非常に低い温度、例えば-35℃(-30°F)で行われる。)
ウ 対比・判断
(ア) 本件発明1について
本件発明1と甲1-1発明とを対比する。
後者の「ビール飲料」は、前者の特許明細書の「本発明において『ビール風味アルコール飲料』とは、炭素源、窒素源、および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、ビール風味を有するアルコール飲料を意味する。『ビール風味アルコール飲料』としては、原料として麦または麦芽を使用しないビール風味発酵飲料(例えば、酒税法上、『その他の醸造酒(発泡性)(1)』に分類される飲料)や、原料として麦芽を使用するビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、『リキュール(発泡性)(1)』に分類される飲料)が挙げられる。」(【0014】)との記載事項を参酌すると、前者の「ビール風味アルコール飲料」に相当する。
後者の「ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用され、醸造プロセスの後期にホップを使用するドライホッピング」に使用される「type-45のペレットホップ」は、「ビールの苦味の主要成分が、イソα酸(isohumulones)である」(上記イ(イ))こと、及び「ホップペレットは、ホップ苦味質の均一性を増すために、ベールホップを細かく粉砕してパウダー状にしたものを、小円柱状に打錠成型したものである。化学組成がベールホップとほぼ同じであるType90と、ルプリンの濃縮されたエンリッチ型Type45がある。エンリッチ型では、苦味質が高くなり、他の成分が低減する。例えば、Type45では、苦味質はType90にくらべて2倍に濃縮されている。」(上記イ(イ))ことを踏まえると、前者の、「該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料」及び該「ホップ調製物」に相当する。
後者のホップが添加されるタイミングについて、「ドライホッピングは、醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われ」るものであるから、前者の「該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され」ることとは、「ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加され」る限りで一致している。
そうすると、本件発明1と甲1-1発明とは、以下の一致点で一致し、相違点1及び2で相違する。

(一致点)
「ホップ調製物を原料とするビール風味アルコール飲料であって、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加される、
ビール風味アルコール飲料。」

(相違点1)
ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加されることについて、本件発明1は、その原料混合物への添加がさらに、「発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前」であると特定されているのに対して、甲1-1発明は、そのような特定をしていない点。

(相違点2)
本件発明1は、「飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である」と特定しているのに対して、甲1-1発明は、そのような特定をしていない点。

そこで上記各相違点について、以下に検討する。
(相違点1について)
甲1-1発明は、ホップが添加されるタイミングについて、「醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われ」るとしており、具体的なタイミングは、その範囲で任意に選択可能なものといえる。
そうすると、醸造プロセスにおける温度が低い側、あるいは、麦汁が冷却された後といえる「発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前」とすることも、当業者が適宜選択できる添加のタイミングであると認められる。
よって、甲1-1発明において、上記相違点1に係る本件発明1の特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。

(相違点2について)
甲1には、ホップに含まれるアロマ成分として、「Floral/Fruity」及び「Citrus/Pine」に関係してLinalool(リナロール)が記載され(上記イ(ア-1)のTable1)、甲2には、ビール中に検出されたホップ精油由来成分として、リナロールが、「470」μg/l、「15-44」μg/l、「1-38」μg/l、「35-150」μg/l含まれることが記載されている(上記イ(イ)の第13表)。
そして、リナロールがビールにおけるフレーバーに影響することは、リナロールが「Floral/Fruity」及び「Citrus/Pine」という香りに関係する成分であること、ビールに含まれるホップ精油由来成分として、リナロールの含有量が他の成分と比較して相当程度含まれること(上記イ(イ)の第13表、第18表)から、明らかである。
また、甲1-1発明において、リナロールのビールにおける含有量は、用いる「type-45のペレットホップ」の添加量を調整して、適宜調整できるものであるといえる。
そうすると、甲1-1発明において、ビールにおけるフレーバーを調整すべく、リナロールによるホップ香に着目して、その含有量を適宜調整することは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、リナロールの含有量として、「31ppb以上」と特定することに、臨界的意義があるとも認められないので、従来ビールに含まれている程度を勘案しつつ、ホップ香の嗜好に応じて、当業者が適宜なし得る設計的事項である。
よって、甲1-1発明において、上記相違点2に係る本件発明1の特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、本件発明1の奏する効果をみても、甲1-1発明及び甲1?3記載の事項から、当業者が予測し得る範囲内のものであって格別ではない。

なお、特許権者は、以下のとおり、主張している。
「『ルプリン画分』とは、ホップから得られる画分のうち、完全体のホップよりもルプリン粒を多く含む画分を意味する(本件明細書の段落0016)。そして、本件明細書の段落0017に記載されているホップ調整物の製法の一例や、同段落における『ホップ調整物中に含まれるルプリン粒の濃度は』との記載からも明らかなように、本件特許発明におけるホップ調整物はルプリン粒を完全な形で含有している。
これに対し、甲1発明において用いられるのはペレットホップであり、すなわち、ホップをペレット化したものである。このペレット化により、ルプリン粒(ルプリン腺)は破壊される。・・・。よって、ホップペレット中のルプリン粒(ルプリン腺)は完全な形ではなく、破壊されていることは明らかである。
・・・ドライホッピングにはホップペレットかホップ粉末が用いられる。これらは機械的に潰されたルプリン腺を含有しているため、ビールにおける苦味と香りの抽出が促進される点で有利である。・・・ルプリン粒(ルプリン腺)が潰れているか否かにより、ビールに与える苦味と香りが異なることは明らかである。・・・
これらのことから、本件特許発明に用いられるホップ調整物が完全な形のルプリン粒を含有するのに対し、甲1発明に用いられるペレットホップ中のルプリン粒(ルプリン腺)は完全に破壊されているため、本件特許発明と甲1発明はこの点において明確に相違するものである。そして、完全な形のルプリン粒を含有するホップ調整物と、ルプリン粒が完全に破壊されているペレットホップとでは、ビールに与える香味が異なるのであるから、甲1発明におけるペレットホップに代えて、完全な形のルプリン粒を含有するホップ調整物を用いることは、当業者が容易に想到しうることではない。さらには、完全な形のルプリン粒を含有するホップ調整物を用いることにより、渋味や後苦味が少なく、まろやかな苦味が付与され、かつ好ましいホップ香気が強調されたビール風味アルコール飲料が得られることは当業者が予測しうることではなく、よって、本件特許発明の有利な効果であるといえる。」(平成30年12月25日の特許権者の意見書3ページ12行?4ページ21行)
そこで、以下に検討する。
本件発明1は、ホップ調整物について、「該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり」と特定しているが、ルプリン画分が完全な形のルプリン粒を含有すると明示的に特定するものではない。
そして、「画分」とは、一般に「分画」と同様な意味であり(広辞苑第六版「画分」の項。)、「分画」とは、「混合物質を構成成分に分けること。また、分けられたそれぞれの成分。」(広辞苑第六版)を意味しているから、本件発明1の「ルプリン画分」とは、ルプリンの成分であればよく、ルプリン粒の形について、必ずしも完全な形のルプリン粒を意味すると解することはできない。
そうすると、上記のとおり、甲1-1発明の「ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用され、醸造プロセスの後期にホップを使用するドライホッピング」に使用される「type-45のペレットホップ」は、本件発明1の、「該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料」及び該「ホップ調製物」に相当するものであるといえる。
また、仮に、特許権者が主張するように、ホップ調整物が、ルプリン粒を完全な形で含有しているものと解したとしても、本件発明1は、ホップ調整物を添加して得られる「ビール風味アルコール飲料」に係る発明であって、ルプリン粒を完全な形で含有しているホップ調整物を用いたか否かは、「ビール風味アルコール飲料」に係る発明についての相違点であるとは認められない。
以上のとおりであるから、特許権者の上記主張は採用できない。

したがって、本件発明1は、甲1-1発明及び甲1?3記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(イ) 本件発明2について
本件発明2と甲1-1発明とを対比するに、両者は、上記一致点で一致し、以下の相違点3で相違する。

(相違点3)
本件発明2は、「飲料中のリナロールの含量が66.1ppb以上である」と特定しているのに対して、甲1-1発明は、そのような特定をしていない点。

相違点3について、検討するに、数値の範囲については、上記相違点2について示した判断と同様である。
そうすると、甲1-1発明において、上記相違点3に係る本件発明2の特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。
そして、本件発明2の奏する効果をみても、甲1-1発明及び甲1?3記載の事項から、当業者が予測し得る範囲内のものであって格別ではない。
したがって、本件発明2は、甲1-1発明及び甲1?3記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(ウ) 本件発明3について
本件発明3と甲1-2発明とを対比する。
後者の「ビール飲料」は、前者の特許明細書の「本発明において『ビール風味アルコール飲料』とは、炭素源、窒素源、および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、ビール風味を有するアルコール飲料を意味する。『ビール風味アルコール飲料』としては、原料として麦または麦芽を使用しないビール風味発酵飲料(例えば、酒税法上、『その他の醸造酒(発泡性)(1)』に分類される飲料)や、原料として麦芽を使用するビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、『リキュール(発泡性)(1)』に分類される飲料)が挙げられる。」(【0014】)との記載事項を参酌すると、前者の「ビール風味アルコール飲料」に相当する。
後者の「ホップは、ビールにフレーバーと微生物安定性を付与するために醸造工程で使用され、醸造プロセスの後期にホップを使用するドライホッピング」に使用される「type-45のペレットホップ」は、「ビールの苦味の主要成分は、イソα酸(isohumulones)である」(上記イ(イ))こと、及び「ホップペレットは、ホップ苦味質の均一性を増すために、ベールホップを細かく粉砕してパウダー状にしたものを、小円柱状に打錠成型したものである。化学組成がベールホップとほぼ同じであるType90と、ルプリンの濃縮されたエンリッチ型Type45がある。エンリッチ型では、苦味質が高くなり、他の成分が低減する。例えば、Type45では、苦味質はType90にくらべて2倍に濃縮されている。」(上記イ(イ))ことを踏まえると、前者の、「該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料」及び該「ホップ調製物」に相当する。また、前者の「ルプリン画分を豊富に含むホップ調製物を原料として用い」ることにも相当する。
後者のホップが添加されるタイミングについて、「ドライホッピングは、醸造プロセスにおける温度が低い側、煮沸された麦汁が熱交換器を通過し、発酵温度以下に冷却された後のいずれかのタイミングに行われ」るものであるから、前者の「該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され」ることとは、「ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加され」る限りで一致している。
そうすると、本件発明3と甲1-2発明とは、以下の一致点で一致し、相違点4及び5で相違する。

(一致点)
「ビール風味アルコール飲料を製造する方法であって、ルプリン画分を豊富に含むホップ調製物を原料として用い、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加される、
方法。」

(相違点4)
ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、その原料混合物に添加されることについて、本件発明3は、その原料混合物への添加がさらに、「発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前」であると特定されているのに対して、甲1-2発明は、そのような特定をしていない点。

(相違点5)
本件発明3は、「製造される飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である」と特定しているのに対して、甲1-2発明は、そのような特定をしていない点。

そこで、上記各相違点について、以下に検討する。
(相違点4について)
相違点4についての判断は、上記相違点1について示した判断と同様である。
よって、甲1-2発明において、上記相違点4に係る本件発明3の特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。

(相違点5について)
相違点5についての判断は、上記相違点2について示した判断と同様である。
そうすると、甲1-2発明において、上記相違点5に係る本件発明3の特定事項を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。

そして、本件発明3の奏する効果をみても、甲1-2発明及び甲1?3記載の事項から、当業者が予測し得る範囲内のものであって格別ではない。
したがって、本件発明3は、甲1-2発明及び甲1?3記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

5 むすび
以上のとおり、本件発明1及び2は、甲1-1発明及び甲1?3記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明3は、甲1-2発明及び甲1?3記載の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1?3に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明1?3に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホップ調製物を原料とするビール風味アルコール飲料であって、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され、
飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である、ビール風味アルコール飲料。
【請求項2】
リナロールの含量が66.1ppb以上である、請求項1に記載のビール風味アルコール飲料。
【請求項3】
ビール風味アルコール飲料を製造する方法であって、ルプリン画分を豊富に含むホップ調製物を原料として用い、
該ホップ調製物が、該ホップ調製物に含まれるα酸の濃度が元のホップと比較して2.0倍以上となるように、ルプリン画分の含有量を増加させたホップ材料であり、
該ホップ調製物が、ビール風味アルコール飲料の製造において、その製造方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後、かつ、発酵工程の前、あるいは主発酵終了後、かつ、後発酵の前に、その原料混合物に添加され、
製造される飲料中のリナロールの含量が31ppb以上である、方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-01-18 
出願番号 特願2012-282468(P2012-282468)
審決分類 P 1 651・ 121- ZAA (C12C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 厚田 一拓  
特許庁審判長 紀本 孝
特許庁審判官 山崎 勝司
槙原 進
登録日 2017-09-01 
登録番号 特許第6199031号(P6199031)
権利者 麒麟麦酒株式会社
発明の名称 良質なホップの苦味と香りを有するビール風味アルコール飲料  
代理人 朝倉 悟  
代理人 永井 浩之  
代理人 佐藤 泰和  
代理人 佐藤 泰和  
代理人 永井 浩之  
代理人 朝倉 悟  

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