• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C22C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 C22C
管理番号 1352909
審判番号 不服2018-9542  
総通号数 236 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-08-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-07-11 
確定日 2019-07-09 
事件の表示 特願2016-563400「耐候性に優れた構造用鋼材」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 6月16日国際公開、WO2016/092756、請求項の数(4)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は2015年(平成27年)11月25日(優先権主張 2014年(平成26年)12月9日 日本国)を国際出願日とする出願であって、その後の実体審理に関する経緯は以下のとおりである。

平成29年11月14日(発送日) 拒絶理由通知書の送付
(起案日 同年11月 6日)
同年12月19日(受付日) 意見書及び手続補正書の提出
平成30年 5月22日(発送日) 拒絶査定の送付
(起案日 同年 5月 1日)
同年 7月11日(受付日) 審判請求書及び手続補正書の提出
同年 8月20日(作成日) 特許法第164条第3項に基づく報告
(以下「前置報告書」という。)
同年 9月20日(受付日) 上申書の提出(前置報告書に対して)

第2 本願発明について
本願の請求項1?4に係る発明は、平成30年7月11日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載される事項によって特定される以下のとおりのものである。
(各請求項に係る発明を請求項の順に「本願発明1」?「本願発明4」と記載し、それらを総称して「本願発明」と記載することがある。)

「 【請求項1】
質量%で、
C:0.01%以上0.20%未満、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:0.20%以上2.00%以下、
P:0.001%以上0.050%以下、
S:0.0001%以上0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.050%以下、
Cu:0.010%以上0.500%以下、
Nb:0.005%以上0.100%以下、
Sn:0.005%以上0.300%以下を含有し、
さらに、固溶Nb量が0.002%以上0.080%以下であり、
残部が鉄および不可避的不純物からなる耐候性に優れた構造用鋼材。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Ge:0.0005%以上0.0100%以下を含有する請求項1に記載の耐候性に優れた構造用鋼材。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Ta:0.001%以上0.100%以下を含有する請求項1または2に記載の耐候性に優れた構造用鋼材。
【請求項4】
質量%で、
C:0.01%以上0.20%未満、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:0.20%以上2.00%以下、
P:0.001%以上0.050%以下、
S:0.0001%以上0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.050%以下、
Cu:0.010%以上0.095%以下、
Nb:0.007%以上0.100%以下、
Sn:0.005%以上0.093%以下を含有し、
さらに、固溶Nb量が0.002%以上0.080%以下であり、
上記組成に加えてさらに、下記A?D群から選ばれる少なくともいずれか1群以上を含有し、
さらに、質量%で、Ge:0.0005%以上0.0100%以下、Ta:0.001%以上0.100%以下のいずれか1種以上を含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる耐候性に優れた構造用鋼材。
A群:質量%で、Ni:0.01%以上0.50%以下
B群:質量%で、
Mo:0.005%以上0.500%以下、
Co:0.01%以上0.50%以下、
W:0.005%以上0.500%以下、
Sb:0.005%以上0.200%以下、
Sc:0.001%以上0.200%以下、
Sr:0.001%以上0.200%以下、
Se:0.001%以上0.200%以下
から選ばれる一種以上
C群:質量%で、
V:0.005%以上0.200%以下、
Zr:0.005%以上0.200%以下、
B:0.0001%以上0.0050%以下
から選ばれる一種以上
D群:質量%で、
REM:0.0001%以上0.0100%以下、
Ca:0.0001%以上0.0100%以下、
Mg:0.0001%以上0.0100%以下
から選ばれる一種以上」

第3 原査定及び前置報告書の拒絶理由について
1.原査定の理由
原査定は、請求項4に係る発明は、引用文献1又は2に記載された発明であるか、又は、引用文献1又は2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号に該当するか、又は、同条第2項の規定に基づき、特許を受けることができない、とするものである。

2.前置報告書の理由
前置報告書は、平成30年7月11日提出の手続補正書による補正を適法とした上で、引用文献5を追加し、本願発明4は、引用文献1又は2に記載の発明及び引用文献5に記載の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づき、特許を受けることができない、とするものである。

3.引用文献
引用文献1:特開2014-55334号公報
引用文献2:特開2014-201755号公報
引用文献5:特開2010-163643号公報

第4 当審の判断
以下、はじめに「1.」において合金に関する一般的な考え方について確認し、次に、「2.」において本願発明4が引用文献1又は2に記載の発明及び引用文献5に記載の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたかを検討する。
その後「3.」において、本願発明4が引用文献1又は2に記載された発明であるか、又は、引用文献1又は2に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるかについて検討する。

1.合金についての一般的な考え方について
一般に、合金については、所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって、所与の特性が得られる組合せについては、実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮して初めて理解できるという技術常識があると認められる。
(要すれば、平成29年(行ケ)第10121号を参照。)
以下では、この考え方に基いて検討する。

2.本願発明4についての引用文献1又は2に記載の発明及び引用文献5に記載の技術手段からの容易想到性について

<A>引用文献2に記載の発明及び引用文献5に記載の技術手段からの容易想到性について
(1)引用文献2(特開2014-201755号公報)に記載された事項
引用文献2には次のことが記載されている。
(2ア)「【請求項1】
質量%で、
C:0.03?0.18%、
Si::0.03?1.50%、
Mn:0.1?2.0%、
P:0.025%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.005?0.10%、
N:0.008%以下、
Co:0.001?0.5%、
Cu:0.005?0.4%、
Sn:0.005?0.4%および
Mg:0.0002?0.01%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる耐食性に優れる原油タンク用鋼材。
【請求項2】
前記鋼材が、質量%でさらに、
Ni:0.005?0.4%、
Sb:0.005?0.4%、
Nb:0.001?0.1%、
Ti:0.001?0.1%、
V:0.002?0.2%、
Ca:0.0002?0.01%および
REM:0.0002?0.015%
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載の耐食性に優れる原油タンク用鋼材。」
(2イ)「【0012】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、タンカー油槽部等の原油タンクの上板における耐全面腐食性ならびに原油タンクの底板における耐局部腐食性の両者に優れる原油タンク用鋼材を、かかる鋼材から構成される原油タンクと共に提供することを目的とする。」
(2ウ)「【0027】
Cu:0.005?0.4%
Cuは、鋼の強度を高めるだけでなく、鋼の腐食によって生成した錆中に存在して耐食性を高める効果がある。これらの効果は、0.005%未満の添加では十分に得られず、一方0.4%を超えて添加すると耐食性の向上効果が飽和する他、熱間加工時に表面割れなどの問題を引き起こすおそれがある。よって、Cu量は0.005?0.4%の範囲とする。好ましくは0.01?0.35%の範囲である。」
(2エ)「【0032】
Nb:0.001?0.1%、Ti:0.001?0.1%、V:0.002?0.2%
Nb,TiおよびVはいずれも、鋼材強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて適宜選択して添加することができる。上記の効果を得るためには、Nb,Tiはそれぞれ0.001%以上、Vは0.002%以上添加するのが好ましい。しかしながら、Nb,Tiはそれぞれ0.1%を超えて、Vは0.2%を超えて添加すると、靭性が低下するため、Nb,TiおよびVはそれぞれ上記の範囲で添加するのが好ましい。」
(2オ)「【0036】
熱間圧延前の再加熱温度は、900?1200℃の温度とするのが好ましい。加熱温度が900℃に満たないと変形抵抗が大きく、熱間圧延することが難しくなり、一方加熱温度が1200℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化して靭性の低下を招く他、酸化によるスケールロスが顕著となって歩留りが低下するからである。より好ましい加熱温度は1000?1150℃の範囲である。
【0037】
また、熱間圧延で所望の形状、寸法の鋼材に圧延するに当たっては、仕上圧延終了温度は750℃以上とするのが好ましい。仕上圧延終了温度が750℃未満では、鋼の変形抵抗が大きくなり、圧延負荷が増大して圧延が困難になったり、圧延材が所定の圧延温度に達するまでの待ち時間が発生するため、圧延能率が低下するからである。」
(2カ)「【0039】
表1にNo.1?28で示した種々の成分組成になる鋼を、真空溶解炉で溶製して鋼塊とするか、または転炉で溶製して連続鋳造により鋼スラブとし、これらを1150℃に再加熱後、仕上圧延終了温度を800℃とする熱間圧延を施して、板厚:25mmの厚鋼板とした。
かくして得られたNo.1?28の厚鋼板について、結露試験および耐酸試験を行って、その耐食性を評価した。」
(2キ)以下に【表1】(【0045】)を示す。

(2)引用文献2に記載された発明
i)上記引用文献2の記載事項(2ア)から、請求項の記載のみを対比すると、本願発明4と、引用文献2の請求項1を引用する請求項2に係る発明は、
「 質量%で、
C:0.03?0.18%、
Si::0.05?1.00%、
Mn:0.2?2.0%、
P:0.001?0.025%、
S:0.0001?0.010%、
Al:0.005?0.050%、
Cu:0.010?0.095%、
Nb:0.007?0.1%、
Sn:0.005?0.093%
を含有し、上記組成に加えてさらに、以下から選ばれる少なくとも1種以上を含む残部がFeおよび不可避的不純物からなる耐食性に優れる鋼材。
Ni:0.01?0.4%、
Co:0.01?0.5%、
Sb:0.005?0.200%、
V:0.005?0.200%、
REM:0.0002?0.01%
Ca:0.0002?0.01%
Mg:0.0002?0.0100%」の点で一致し、
本願発明4が「固溶Nb量が0.002%以上0.080%以下」であり、「さらに、質量%で、Ge:0.0005%以上0.0100%以下、Ta:0.001%以上0.100%以下のいずれか1種以上を含有」するのに対して、引用文献2の請求項1を引用する請求項2に係る発明は、「N:0.008%以下」、「Ti:0.001?0.1%」を含有する点で相違する、ように考えられる。
ii)しかし、前記「1.」のとおり、合金は、「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって、所与の特性が得られる組合せについては、実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮して初めて理解できる」という技術常識があると認められるから、引用文献に記載の実施例の合金組成のうち本願発明に近いものを引用発明とすることとする。
iii)そこで、引用文献2の記載事項(2カ)の熱処理後に得られたNo.1?No.28の厚鋼板について、その成分組成が示された同(2キ)の表1をみてみる。少なくともNbを含有するNo.23?25の成分組成をみると、「Nb」はいずれも本願発明4の範囲内であり、REMについては、No.23は含まず、No.24は本願発明4の範囲内であり、No.25は本願発明4の範囲外であるから、本願発明4で任意の成分元素であるREMを含まないNo.23に着目すると、No.23の「厚鋼板」の成分組成は、質量%で、
C:0.14%、Mn:1.0%、Si:0.25%、P:0.005%、S:0.0005%、Al:0.03%、N:0.003%、Co:0.2%、Cu:0.15%、Sn:0.03%、Mg:0.002%、Ni:0.3%、Sb:0.01%、Ti:0.011%、V:0.012%、Nb:0.1% を含有することがみてとれる。
iv)また、同(2イ)から、「厚鋼板」は「原油タンク用鋼材」であるので、引用文献2には、本願発明4の特定事項の記載に則して整理すれば、
「質量%で、
C:0.14%
Si:0.25%
Mn:1.0%
P:0.005%
S:0.0005%
Al:0.03%
Cu:0.15%
Nb:0.1%
Sn:0.03%
Ti:0.011%
N:0.003%、
上記組成に加えてさらに、下記A?D群を含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる原油タンク用鋼材。
A群:質量%で、Ni:0.3%、
B群:質量%で、Co:0.2%、Sb:0.01%
C群:質量%で、V:0.012%
D群:質量%で、Mg:0.002% 」の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

(3)本願発明4と引用発明2との対比
i)引用発明2の「C:0.14%」「Si:0.25%」「Mn:1.0%」「P:0.005%」「S:0.0005%」「Al:0.03%」「Nb:0.1%」「Sn:0.03%」「Ni:0.3%」「Co:0.2%」「Sb:0.01%」「V:0.012%」「Mg:0.002%」は、本願発明4の「C:0.01%以上0.20%未満」「Si:0.05%以上1.00%以下」「Mn:0.20%以上2.00%以下」「P:0.001%以上0.050%以下」「S:0.0001%以上0.0200%以下」「Al:0.005%以上0.050%以下」「Nb:0.007%以上0.100%以下」「Sn:0.005%以上0.093%以下」「Ni:0.01%以上0.50%以下」「Co:0.01%以上0.50%以下」「Sb:0.005%以上0.200%以下」「V:0.005%以上0.200%以下」「Mg:0.0001%以上0.0100%以下」と、それぞれ成分組成の点で一致する。
ii)本願発明4の「Cu:0.010%以上0.095%以下」と引用発明2の「Cu:0.15%」とは、「Cu」を含有する点で共通する。
iii)本願発明4の「耐候性に優れた構造用鋼材」と引用発明2の「原油タンク用鋼材」とは「構造用鋼材」である点で共通する。
iv)以上から、本願発明4と引用発明2とは、
「質量%で、
C:0.14%、
Si:0.25%、
Mn:1.0%、
P:0.005%、
S:0.0005%、
Al:0.03%、
Nb:0.1%、
Sn:0.03%、
Cu、を含有し、
上記組成に加えてさらに、下記A?D群から選ばれる少なくともいずれか1群以上を含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる構造用鋼材。
A群:質量%で、Ni:0.3%
B群:質量%で、
Co:0.2%、
Sb:0.01%、
から選ばれる一種以上
C群:質量%で、
V:0.012%、
から選ばれる一種以上
D群:質量%で、
Mg:0.002%
から選ばれる一種以上」の点で一致し、次の点で相違する。

<相違点A1>「構造用鋼材」について、本願発明4では「耐候性に優れた構造用鋼材」であるのに対して、引用発明2では「原油タンク用鋼材」である点。
<相違点A2>「固溶Nb量」について、本願発明4では「質量%」で「0.002%以上0.080%以下」であるのに対して、引用発明2では不明である点。
<相違点A3>「Cu」の含有量について、「質量%」で、本願発明4はで「Cu:0.010%以上0.095%以下」であるのに対して、引用発明2では「0.15%」である点。
<相違点A4>「Ti」について、本願発明4では含有しないか、不可避的不純物であるのに対して、引用発明2では「質量%」で「0.011%」を含有する点。
<相違点A5>「N」について、本願発明4では含有するか否か不明であるのに対して、引用発明2では「質量%」で「0.003%」を含有する点。
<相違点A6>「Ge」又は「Ta」について、本願発明4では「質量%で、Ge:0.0005%以上0.0100%以下、Ta:0.001%以上0.100%以下のいずれか1種以上を含有」するのに対して、引用発明2では含有しない点。

(4)相違点の検討
事案に鑑み相違点A6について検討する。
i)「Ge」「Ta」について引用文献2には記載も示唆も無い。
ii)引用文献5(特開2010-163643号公報)には、「飛来する塩分量が0.05mdd(mg/dm^(2)/day)以下の地域」であれば「無塗装で使用可能」な「耐候性鋼」(【0006】)として、「Ni、Cr、Moなど高価な元素を大量に使用しない安価な成分組成」で「優れた耐候性を備えた構造用鋼を提供する」ことを目的とした(【0014】)、特定成分組成の耐候性構造用鋼材が記載されており、その実施例が、次の【表1】(【0045】)、【表3】(【0048】)に記載されている。

iii)引用文献5に記載の耐候性構造用鋼材は、【表1】【表3】の「鋼符号」「A?W」「AA?AF」から明らかなように、実施例として「Ta」を含むものがあり、引用発明2に当該実施例が適用できるか否か検討する。
これらの「A?W」「AA?AF」の鋼材の成分組成をみるに、いずれにも、0.1?1.1質量%のCrが含有されており、引用文献5の【0027】には「Crは、耐候性を向上させる効果があるため、0.03%以上添加する。しかし、Crを多く含むと、本発明鋼の対象とする塩分の多い環境においては、穴あき腐食を助長する。また、溶接部の硬さを増して低温割れを助長して溶接性を著しく劣化させる。そのため、1.0%以下、好ましくは0.5%以下に規制することが重要である。」と記載されることから、引用文献5に記載の耐候性構造用鋼材において「Cr」は必須の成分元素であることが理解される。
iv)すると、たとえ引用文献5に記載の耐候性構造用鋼材が「Ta」を組成の一部として含むとしても、組成として「Cr」を含まない引用発明2の「原油タンク用鋼材」において、「Cr」を含有する引用文献5に記載の「耐候性構造用鋼材」の組成を適用することは、両材の組成が異なることで当然にその合金組織も異なると考えられるから、用途が異なることも併せれば、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。
v)したがって、相違点6に係る相違点は実質的なものであり、引用発明2及び引用文献5に記載の技術手段に基いて相違点6に係る本願発明の特定事項が容易に想到しえるものとはいえない。

(5)<A>についての結言
以上(1)?(4)から、その余の相違点に言及するまでもなく、本願発明は引用発明2及び引用文献5に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

<B>引用文献1に記載の発明及び引用文献5に記載の技術手段からの容易想到性について
(1)引用文献1(特開2014-55334号公報)に記載された事項
(1ア)「【請求項1】
質量%で、
C:0.03?0.25%、
Si:0.01?0.50%、
Mn:0.1?2.0%、
P:0.035%以下、
S:0.015%以下、
Al:0.005?0.10%、
N:0.001?0.01%、
Nb:0.005?0.030%、
Sn:0.01?0.2%、
Cu:0.05?0.5%および
Ni:0.03?0.3%
を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼材であって、該鋼材中に固溶Nbを0.002%以上含有することを特徴とする石油タンク用耐食鋼材。
【請求項2】
上記成分組成に加えて、質量%で、Sb:0.01?0.2%を含有することを特徴とする請求項1に記載の石油タンク用耐食鋼材。
【請求項3】
上記成分組成に加えて、さらに下記のグループA?Cのうちから選んだ少なくとも一つのグループの元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の石油タンク用耐食鋼材。

グループA:質量%で、Ti:0.001?0.05%、Zr:0.002?0.1%およびV:0.002?0.1%のうちから選んだ1種または2種以上
グループB:質量%で、B:0.0001?0.003%
グループC:質量%で、Ca:0.0002?0.01%およびREM:0.0002?0.015%のうちから選んだ1種または2種」
(1イ)「【0007】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、原油、重油、軽油等を充填する石油タンクにおいて、その塗装鋼材の底板内面に発生する孔食を抑制して、底板の穴あきを効果的に防止することができる石油タンク用耐食鋼材を提供することを目的とする。」
(1ウ)「【0020】
Nb:0.005?0.030%
Nbは、本発明の鋼材において、耐食性の向上に寄与する元素であり、その耐食性向上の効果は、本発明において最も大きい元素である。
ここに、塗装鋼材の本環境における腐食メカニズムは、以下のとおりである。
塗装鋼材の塗膜欠陥部がアノードサイド、塗膜欠陥部の周りの部分がカソードサイドになる。そして、このアノードサイドとカソードサイドの電位差によって、アノードサイドが選択的に腐食され、孔食が発生する。アノードサイドの電位は、カソードサイドの電位よりも低く、アノードサイドとカソードサイドの電位差が小さければ、アノードサイドでの孔食進展速度は減少する。従って、アノードサイドの電位を上昇させ、カソードサイドの電位に近づけることにより、孔食進展速度を遅くすることができるのである。」
(1エ)「【0023】
固溶Nb:0.002%以上
Nbは、上記したような耐食性向上作用を有するが、Nbは鋼中で固溶Nb、あるいは析出Nbとして存在する。このうち、耐食性の向上に寄与しているのは析出Nbではなく、固溶Nbである。ここに、固溶Nb量が0.002%以上で耐食性が発現するため、固溶Nb量は0.002%以上とした。好ましくは0.003%以上である。」
(1オ)「【0028】
さらに、本発明では、以下に述べるグループA?Cのうちから選んだ少なくとも一つのグループの元素を適宜含有させることができる。
グループA:Ti:0.001?0.05%、Zr:0.002?0.1%およびV:0.002?0.1%のうちから選んだ1種または2種以上
Ti、ZrおよびVはいずれも、Nとの親和力が強く、TiN、ZrNおよびVNとして析出して、溶接熱影響部でのオーステナイト粒の粗大化を抑制し、溶接熱影響部の高靭性化に寄与する。このような効果は、Tiでは0.001%以上、Zrでは0.002%以上、Vでは0.002%以上の含有で認められる。しかしながら、Tiが0.05%超、Zrが0.1%超、Vが0.1%超になると、TiN、ZrN、VNの粗大化により、かえって靭性の劣化を招く。このため、Tiは0.001?0.05%、Zrは0.002?0.1%、Vは0.002?0.1%の範囲で含有させるものとする。」
(1カ)「【0034】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
表1に示す成分組成になる溶鋼を、真空溶解炉で溶製または転炉で溶製後、連続鋳造によりスラブとした。ついで、熱間圧延により12mm厚の鋼板とした。」
(1キ)以下に【表1】(【0037】)を示す。

(2)引用文献1に記載された発明
i)前記「1.」「2.<A>(2)i)ii)」を踏まえて、引用文献1の記載事項(1カ)の「鋼板」について、「鋼No.1?18」の成分組成が示された同(1キ)の表1をみてみる。
ii)まず、No.14?17は、本願発明で重要な「Nb」「Sn」「Cu」(本願明細書【0008】)を、少なくともいずれか2種類ずつ含まず、これら3種類の元素を必須とする本願発明とは明らかに相違する。
iii)次に、No.1?5、8?13は「Cu」の含有量がいずれも本願発明の含有量の上限である「0.095%」を上回って含むものである。
iv)次に、No.6は「Ti」を含有し、同(1オ)からTiは溶接熱影響部の高靱性化に寄与し「0.001?0.05%」で含まれるものであり、しかも、No.6は、成分組成において「Ti」を「0.009%」含むことにより所期の効果を奏するのであるから、No.6の鋼板において所期の効果を奏するのに「Ti」を含むことは必須であり、「Ti」は不可避的不純物とはいえないから、「Ti」を含まず、含んでいても不可避的不純物といえる程度のものでしかない本願発明とは、「Ti」を含む点で既に相違する鋼であることは明らかである。
v)さらに、No.18は、同(キ)の表1から、Nbを「0.006%」、固溶Nbを「0.001%」含むものであるが、同(1ウ)(1エ)から、耐食性向上のためにNb及び固溶Nbを増加できると考えられるが、他の成分量が同等でNb及び固溶NbのみをNo.18から増加したものと考えられるNo.2は、上記でみたように「Cu」の含有量が「0.15%」となり本願発明の上限量である「0.095%」を上回るから、No.18においてNb及び固溶Nbを増加しても本願発明に想到し得ないといえる。
vi)以上から、残ったNo.7に着目すると、同(1キ)の表1から、No.7の「鋼板」の成分組成は、質量%で、C:0.16%、Si:0.31%、Mn:0.65%、P:0.019%、S:0.003%、Al:0.027%、N:0.0032%、Nb:0.018%、Sn:0.15%、Cu:0.07%、Ni:0.11%、Sb:0.04%、固溶Nb:0.016%、を含有することがみてとれる。
vii)また、同(1ア)(1イ)から、「鋼板」は「石油タンク用耐食鋼材」であるので、引用文献1には、本願発明4の特定事項に則して整理すれば、
「質量%で、
C:0.16%、
Si:0.31%、
Mn:0.65%、
P:0.019%
S:0.003%、
Al:0.027%、
N:0.0032%
Cu:0.07%、
Nb:0.018%、
Sn:0.15%、を含有し、
さらに、固溶Nb量が0.016%であり、
上記組成に加えてさらに、下記A?B群を含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる石油タンク用耐食鋼材。
A群:質量%で、Ni:0.11%
B群:質量%で、Sb:0.04%」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

(3)本願発明4と引用発明1との対比
i)引用発明1の「C:0.16%」、「Si:0.31%」、「Mn:0.65%」、「P:0.019%」、「S:0.003%」、「Al:0.027%」、「Cu:0.07%」、「Nb:0.018%」、「固溶Nb量が0.016%」、「A群:質量%で、Ni:0.11%」、「B群:質量%で、Sb:0.04%」は、本願発明4の「C:0.01%以上0.20%未満」、「Si:0.05%以上1.00%以下、「Mn:0.20%以上2.00%以下」、「P:0.001%以上0.050%以下」、「S:0.0001%以上0.0200%以下」、「Al:0.005%以上0.050%以下」、「Cu:0.010%以上0.095%以下」、「Nb:0.007%以上0.100%以下」、「固溶Nb量が0.002%以上0.080%以下」、「A群:質量%で、Ni:0.01%以上0.50%以下」、「Sb:0.005%以上0.200%以下」と、それぞれ成分組成の点で一致する。
ii)本願発明4の「Sn:0.005%以上0.093%以下を含有し」と引用発明1の「Sn:0.15%を含有し」とは、「Sn」を含有する点で共通する。
iii)本願発明4の「耐候性に優れた構造用鋼材」と引用発明1の「石油タンク用耐食鋼材」とは、「構造用鋼材」である点で共通する。
iv)本願発明4において「上記組成に加えてさらに、下記A?D群から選ばれる少なくともいずれか1群以上を含有し、」とあるので、「C群」「D群」を含まない場合が引用発明1の場合にあたるといえる。
すると、本願発明4と引用発明1とは、
「質量%で、
C:0.16%、
Si:0.31%、
Mn:0.65%、
P:0.019%、
S:0.003%、
Al:0.027%、
Cu:0.07%、
Nb:0.018%、
Sn、を含有し、
さらに、固溶Nb量が0.016%であり、
上記組成に加えてさらに、下記A?B群から選ばれる少なくともいずれか1群以上を含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる構造用鋼材。
A群:質量%で、Ni:0.11%
B群:質量%で、Sb:0.04%」の点で一致し、次の点で相違する。

<相違点B1>「構造用鋼材」について、本願発明4では「耐候性に優れた構造用鋼材」であるのに対して、引用発明1では「石油タンク用耐食鋼材」である点。
<相違点B2>「Sn」の含有量について、「質量%」で、本願発明4は「Sn:0.005%以上0.093%以下」であるのに対して、引用発明2では「0.15%」である点。
<相違点B3>「N」について、本願発明4では含有するか否か不明であるのに対して、引用発明2では「質量%」で「0.0032%」を含有する点。
<相違点B4>「Ge」又は「Ta」について、本願発明4では「質量%で、Ge:0.0005%以上0.0100%以下、Ta:0.001%以上0.100%以下のいずれか1種以上を含有」するのに対して、引用発明1では含有しない点。

(4)相違点の検討
事案に鑑み相違点B4について検討する。
相違点B4は、上記「2.<A>(3)iv)」の相違点A6と同一であるので、相違点A6について検討した上記「2.<A>(4)」を援用する。
したがって、相違点B4に係る相違点は実質的なものであり、引用発明1及び引用文献5に記載の技術手段に基いて相違点B4に係る本願発明4の特定事項に想到し得るものとはいえない。

(5)<B>についての結言
以上(1)?(4)から、その余の相違点に言及するまでもなく、本願発明は引用発明1及び引用文献5に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.本願発明4についての引用文献1又は2に記載の発明との同一性及び引用文献1又は2に記載の発明からの容易想到性について
(1)引用文献2について
引用文献2には、上記「2.<A>(2)iv)」で認定した引用発明2が記載され、本願発明4と引用発明2とは、上記「2.<A>(3)iv)」で検討した相違点A1?A6で相違する。
そして、上記「2.<A>(4)」で検討したように、少なくとも相違点A6は引用文献2に記載も示唆も無く、引用文献2の記載から容易に想到し得る根拠となる記載もない。
したがって、本願発明4は引用発明2と同一でなく、引用発明2に基いて容易に発明をすることできたものともいえない。

(2)引用文献1について
引用文献1には、上記「2.<B>(2)vii)」で認定した引用発明1が記載され、本願発明4と引用発明1とは、上記「2.<B>(3)iv)」で検討した相違点B1?B4で相違する。
そして、上記「2.<B>(4)」で検討したように、少なくとも相違点B4は引用文献1に記載も示唆も無く、引用文献1の記載から容易に想到し得る根拠となる記載もない。
したがって、本願発明4は引用発明1と同一でなく、引用発明1に基いて容易に発明をすることができたものともいえない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、本願については、原査定の拒絶理由、前置報告書の拒絶理由を検討しても、それらの理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-06-25 
出願番号 特願2016-563400(P2016-563400)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C22C)
P 1 8・ 113- WY (C22C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 中澤 登
長谷山 健
発明の名称 耐候性に優れた構造用鋼材  
代理人 坂井 哲也  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 熊坂 晃  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ