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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
管理番号 1353129
異議申立番号 異議2018-700173  
総通号数 236 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-08-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-02-26 
確定日 2019-05-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6224021号発明「炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6224021号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1、2]について訂正することを認める。 特許第6224021号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6224021号(以下、「本件特許」という。)の請求項1,2に係る特許についての出願は、平成27年3月24日の出願であって、平成29年10月13日にその特許権の設定登録がされ、同年11月1日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、平成30年2月26日に特許異議申立人 東レ株式会社(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年7月2日付けで取消理由が通知され、同年9月3日に特許権者 三菱重工業株式会社より意見書が提出され、同年11月20日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、平成31年1月21日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求がなされ、その訂正の請求に対して、同年同月31日付で特許異議申立人に対して特許法第120条の5第5項の規定に基づく送付を行ったものの、特許異議申立人から何らの応答もなされなかったものである。


第2 訂正の許否についての判断

1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)、(2)のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。)

(1)請求項1の訂正事項
請求項1を
「炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に熱可塑性樹脂が接触する工程と、
前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮されるとともに、前記熱可塑性樹脂と前記サイジング剤とが反応して前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、
前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、
を含み、
前記熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。」
から
「炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程と、
前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、
前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、
を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。」
に訂正する。

(2)段落【0010】の訂正事項
発明の詳細な説明の段落【0010】の
「本発明の一態様は、炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に熱可塑性樹脂が接触する工程と、前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮されるとともに、前記熱可塑性樹脂と前記サイジング剤とが反応して前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、を含み、前記熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法である。」
という記載を、
「本発明の一態様は、炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程と、前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法である。」
に訂正する。

本件訂正請求は、一群の請求項〔1、2〕に対して請求されたものである。また、明細書に係る訂正は、一群の請求項〔1、2〕について請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)請求項1に係る訂正について
請求項1に係る訂正のうち、「前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に熱可塑性樹脂が接触する工程」を「前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程」に変更し、「固化する工程と、を含み、前記熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法」を「固化する工程と、を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法」に変更する訂正事項は、訂正前の「前記熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である」との記載を移すことで、請求項1に係る発明の「含浸する工程」における熱可塑性樹脂とサイジング剤との反応に、ポリフェニレンサルファイド系樹脂の末端の塩素が用いられることをより明確にするものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、明細書の段落【0023】には、「サイジング剤が付着した炭素繊維束の表面に熱可塑性樹脂を接触させる。」と記載され、さらに、段落【0032】には、熱可塑性樹脂として、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂が記載されているから、願書に添付した明細書および特許請求の範囲等に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないと認められる。

次に、「前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮されるとともに、前記熱可塑性樹脂と前記サイジング剤とが反応して前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程」を「前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程」に変更する訂正事項は、熱可塑性樹脂とサイジング剤との反応、および、熱可塑性樹脂に加わる熱をより具体的に特定し、さらに限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、明細書の段落【0032】?【0032】には、「ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂・・・の場合、上記の加熱温度では樹脂末端のCl基が酸性的に働き、中和反応が発生する。・・・本工程では熱プレスが行われているが、ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂が炭素繊維と接触した部分で、中和反応による温度上昇分が重畳される。」と記載されているから、願書に添付した明細書および特許請求の範囲等に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないと認められる。

(2)段落【0010】の訂正について
段落【0010】の訂正は、上記(1)の特許請求の範囲の訂正に伴う明細書の訂正である。そうすると、段落【0010】の訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。


第3 訂正後の本件発明

本件訂正請求により訂正された請求項1及び2に係る発明(以下「本件発明1及び2」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程と、
前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、
前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、
を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。
【請求項2】
前記含浸する工程において、前記熱可塑性樹脂の融点以上前記熱可塑性樹脂の熱分解温度以下、5MPa以上8MPa以下の条件で、前記熱可塑性樹脂を前記炭素繊維の間に含浸させる請求項1に記載の炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。」


第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について

1 取消理由の概要

訂正前の請求項1及び2に係る特許に対して、当審が平成30年11月20日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)本件特許の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)本件特許の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、又は、本件請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び周知の技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

甲第1号証:特開2013-117002号公報
甲第2号証:実用プラスチック事典 編集委員会、実用プラスチック事典、初版第2刷、株式会社産業調査会、1993年8月1日発行、p.418?437
甲第3号証:特開2004-353141号公報
甲第4号証:特開2012-192645号公報
甲第5号証:特開2013-133378号公報

2 甲第1号証?甲第5号証の記載

(1)甲第1号証に記載された事項

本件特許の出願日前に、日本国内又は外国において、頒布された刊行物又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である甲第1号証には、次の記載(以下、総称して「甲第1号証に記載された事項」という。)がある。なお、下線は当審で付したものであり、以下同様である。

ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(A)、(B)成分を含むサイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗付炭素繊維と熱可塑性樹脂とを含むことを特徴とするプリプレグ。
(A)成分:2個以上のエポキシ基を有するエポキシ化合物(A1)、および/または1個以上のエポキシ基と、水酸基、アミド基、イミド基、ウレタン基、ウレア基、スルホニル基、およびスルホ基から選ばれる、少なくとも1個以上の官能基を有するエポキシ化合物(A2)
(B)成分:(A)成分100質量部に対して、下記[a]、[b]および[c]からなる群から選択される少なくとも1種の反応促進剤が0.1?25質量部
[a]少なくとも(B)成分として用いられる、分子量が100g/mol以上の3級アミン化合物および/または3級アミン塩(B1)
[b]少なくとも(B)成分として用いられる、次の一般式(I)
【化1】

(式中、R_(1)?R_(4)は、それぞれ炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい)、または一般式(II)
【化2】



(式中、R_(5)は、炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。R_(6)とR_(7)は、それぞれ水素、または炭素数1?8の炭化水素基を表し、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。)のいずれかで示されるカチオン部位を有する4級アンモニウム塩(B2)
[c]少なくとも(B)成分として用いられる、4級ホスホニウム塩および/またはホスフィン化合物(B3)
・・・
【請求項3】
前記[a]の(B1)分子量が100g/mol以上の3級アミン化合物および/または3級アミン塩が、次の一般式(III)
【化3】


(式中、R_(8)は炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。R_(9)は、炭素数2?22のアルキレン基、炭素数2?22のアルケニレン基、または炭素数2?22のアルキニレン基のいずれかを表す。R_(10)は、水素または炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。または、R_(8)とR_(10)は結合して炭素数2?11のアルキレン基を形成してもよい)、一般式(IV)
【化4】



(式中、R_(11)?R_(14)は、それぞれ炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい)、一般式(V)
【化5】


(式中、R_(15)?R_(20)は、それぞれ炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。R_(21)は、水酸基または炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい)、一般式(VI)
【化6】


(式中、R_(22)?R_(24)は、それぞれ炭素数1?8の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよい)、一般式(VII)
【化7】


(式中、R_(25)は、炭素数1?8の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよい)、または一般式(VIII)
【化8】


(式中、R_(26)?R_(28)は、それぞれ炭素数1?22の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。さらに、R_(26)?R_(28)のいずれかに、次の一般式(IX)または(X)で示される1以上の分岐構造を有し、かつ少なくとも1以上の水酸基を含む)であることを特徴とする請求項1に記載のプリプレグ。
【化9】


(式中、R_(29)、R_(30)は、それぞれ炭素数1?20の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。但し、R_(29)とR_(30)の炭素数の合算値が21以下である。)
【化10】


(式中、R_(31)?R_(33)は、それぞれ水酸基または炭素数1?19の炭化水素基を表し、該炭化水素基は水酸基を有していてもよく、該炭化水素基中のCH_(2)基は、-O-、-O-CO-または-CO-O-により置換されていてもよい。但し、R_(31)とR_(32)とR_(33)の炭素数の合算値が21以下である。)
・・・
【請求項14】
熱可塑性樹脂がポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリオキシメチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート樹脂、スチレン系樹脂、およびポリオレフィン系樹脂からなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂であることを特徴とする、請求項1?13のいずれかに記載のプリプレグ。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0016】
そこで本発明の目的は、上記の従来技術における問題点に鑑み、炭素繊維と熱可塑性樹脂との界面接着性に優れるとともに、高力学特性を有するプリプレグならびに炭素繊維強化複合材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、(A)特定のエポキシ化合物と(B)特定の3級アミン化合物および/または3級アミン塩、4級アンモニウム塩、4級ホスホニスム塩および/またはホスフィン化合物、を特定比率で含むサイジング剤を炭素繊維に塗布し、特定の温度で熱処理したところ、炭素繊維と熱可塑性樹脂との接着性を高められ、これによりプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の力学特性を向上できることを見出し、本発明に想到した。」

ウ 「【0060】
(A)成分と(B)成分を特定量配合したサイジング剤を炭素繊維に塗布し、特定の温度範囲で熱処理することにより接着性が向上するメカニズムは確かではないが、まず、(B)成分が本発明で用いられる炭素繊維のカルボキシル基および水酸基等の酸素含有官能基に作用し、これらの官能基に含まれる水素イオンを引き抜きアニオン化した後、このアニオン化した官能基と(A)成分に含まれるエポキシ基が求核反応するものと考えられる。これにより、本発明で用いられる炭素繊維とサイジング剤中のエポキシ基の強固な結合が形成される。一方、熱可塑性樹脂との関係においては、(A1)、(A2)それぞれについて、以下のとおりに説明される。」

エ 「【0243】
本発明においては、炭素繊維にサイジング剤を塗布した後、160?260℃の温度範囲で30?600秒間熱処理することが必要である。熱処理条件は、好ましくは170?250℃の温度範囲で30?500秒間であり、より好ましくは180?240℃の温度範囲で30?300秒間である。熱処理条件が、160℃未満および/または30秒未満であると、サイジング剤のエポキシ樹脂と炭素繊維表面の酸素含有官能基との間の共有結合形成が促進されず、炭素繊維と熱可塑性樹脂との接着性が不十分となる。一方、熱処理条件が、260℃を超えるおよび/または600秒を超える場合、3級アミン化合物および/または3級アミン塩の揮発が起きて、共有結合形成が促進されず、炭素繊維と熱可塑性樹脂との接着性が不十分となる。
【0244】
また、前記熱処理は、マイクロ波照射および/または赤外線照射で行うことも可能である。マイクロ波照射および/または赤外線照射により炭素繊維を加熱処理した場合、マイクロ波が炭素繊維内部に侵入し、吸収されることにより、短時間に被加熱物である炭素繊維を所望の温度に加熱できる。また、マイクロ波照射および/または赤外線照射により、炭素繊維内部の加熱も速やかに行うことができるため、炭素繊維束の内側と外側の温度差を小さくすることができ、サイジング剤の接着ムラを小さくすることが可能となる。
・・・
【0252】
本発明のプリプレグに使用する熱可塑性樹脂としては、例えば、「ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、液晶ポリエステル等のポリエステル系樹脂;ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリブチレン、酸変性ポリエチレン(m-PE)、酸変性ポリプロピレン(m-PP)、酸変性ポリブチレン等のポリオレフィン系樹脂;ポリオキシメチレン(POM)、ポリアミド(PA)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)等のポリアリーレンスルフィド樹脂;ポリケトン(PK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルニトリル(PEN);ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂;液晶ポリマー(LCP)」等の結晶性樹脂、「ポリスチレン(PS)、アクリロニトリルスチレン(AS)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)等のスチレン系樹脂、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、未変性または変性されたポリフェニレンエーテル(PPE)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリサルホン(PSU)、ポリエーテルサルホン、ポリアリレート(PAR)」等の非晶性樹脂;フェノール系樹脂、フェノキシ樹脂、さらにポリスチレン系エラストマー、ポリオレフィン系エラストマー、ポリウレタン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマー、ポリブタジエン系エラストマー、ポリイソプレン系エラストマー、フッ素系樹脂およびアクリロニトリル系エラストマー等の各種熱可塑エラストマー等、これらの共重合体および変性体等から選ばれる少なくとも1種の熱可塑性樹脂が好ましく用いられる。なお、熱可塑性樹脂としては、本発明の目的を損なわない範囲で、これらの熱可塑性樹脂を複数種含む熱可塑性樹脂組成物が用いられても良い。
・・・
【0257】
本発明において用いられる熱可塑性樹脂は、耐熱性の観点からは、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂が好ましく使用される。寸法安定性の観点からは、ポリフェニレンエーテル樹脂が好ましく使用される。摩擦・磨耗特性の観点からは、ポリオキシメチレン樹脂が好ましく使用される。強度の観点からは、ポリアミド樹脂が好ましい。表面外観の観点からは、ポリカーボネートやスチレン系樹脂のような非晶性樹脂が好ましい。軽量性の観点からは、ポリオレフィン系樹脂が好ましく使用される。
【0258】
フィルム状の熱可塑性樹脂としては、溶融樹脂を離型紙上に塗布して作製したコーティングフィルムのほか、熱可塑性樹脂を紡糸して繊維化し、切断して短繊維化した後、該短繊維を液体に分散させて、該分散液から繊維がランダム配向した短繊維ウェブを抄紙したものも使用可能である。
【0259】
一方向に引き揃えた炭素繊維束を、熱可塑性樹脂のコーティングフィルムや短繊維ウェブにより両側から挟み込んで加熱することにより本発明のプリプレグを製造することができる。」

オ 「【0270】
各実施例および各比較例で用いた材料と成分は、下記のとおりである。
【0271】
・(A1)成分:A-1?A-7
A-1:“jER(登録商標)”152(三菱化学(株)製)
フェノールノボラックのグリシジルエーテル
エポキシ当量:175g/mol、エポキシ基数:3
A-2:“EPICLON(登録商標)”N660(DIC(株)製)
クレゾールノボラックのグリシジルエーテル
エポキシ当量:206g/mol、エポキシ基数:3
A-3:“アラルダイト(登録商標)”MY721(ハンツマン・アドバンスト・マテリアルズ社製)
N,N,N’,N’-テトラグリシジル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン
エポキシ当量:113g/mol、エポキシ基数:4
A-4:“jER(登録商標)”828(三菱化学(株)製)
ビスフェノールAのジグリシジルエーテル
エポキシ当量:189g/mol、エポキシ基数:2
A-5:“jER(登録商標)”1001(三菱化学(株)製)
ビスフェノールAのジグリシジルエーテル
エポキシ当量:475g/mol、エポキシ基数:2
A-6:“デナコール(登録商標)”EX-810(ナガセケムテックス(株)製)
エチレングリコールのジグリシジルエーテル
エポキシ当量:113g/mol、エポキシ基数:2
A-7:TETRAD-X(三菱ガス化学(株)製)
テトラグリシジルメタキシレンジアミン
エポキシ当量:100g/mol、エポキシ基数:4。
【0272】
・(A1)成分、(A2)成分の両方に該当:A-8
A-8:“デナコール(登録商標)”EX-611(ナガセケムテックス(株)製)
ソルビトールポリグリシジルエーテル
エポキシ当量:167g/mol、エポキシ基数:4
水酸基数:2
【0273】
・(A2)成分:A-9、A-10
A-9:“デナコール(登録商標)”EX-731(ナガセケムテックス(株)製)
N-グリシジルフタルイミド
エポキシ当量:216g/mol、エポキシ基数:1
イミド基数:1
A-10:“アデカレジン(登録商標)”EPU-6((株)ADEKA製)
ウレタン変性エポキシ
エポキシ当量:250g/mol、エポキシ基数:1以上
ウレタン基:1以上
【0274】
・(B1)成分:B-1?B-7
B-1:“DBU(登録商標)”(サンアプロ(株)製)、式(III)に該当
1,8-ジアザビシクロ[5,4,0]-7-ウンデセン、分子量:152
B-2:N,N-ジメチルベンジルアミン(東京化成工業(株)製)、分子量:135.21、式(VIII)に該当
B-3:1,8-ビス(ジメチルアミノ)ナフタレン(アルドリッチ社製)、式(IV)に該当
別名:プロトンスポンジ、分子量:214.31
B-4:2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール(東京化成工業(株)製)、式(V)に該当
別名:DMP-30、分子量:265.39
B-5:DBN(サンアプロ(株)製)、分子量:124、式(III)に該当
1,5-ジアザビシクロ[4,3,0]-5-ノネン
B-6:トリイソプロパノールアミン(東京化成工業(株)製)、分子量:191.27、式(VIII)に該当
B-7:U-CAT SA506(サンアプロ(株)製)、式(III)に該当
DBU-p-トルエンスルホン酸塩、分子量:324.44
【0275】
・(B2)成分:B-8?B-14
B-8:ベンジルトリメチルアンモニウムブロミド(R_(1)の炭素数が7、R_(2)?R4の炭素数がそれぞれ1、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(I)に該当
B-9:テトラブチルアンモニウムブロミド(R_(1)?R_(4)の炭素数がそれぞれ4、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(I)に該当
B-10:トリメチルオクタデシルアンモニウムブロミド(R_(1)の炭素数が18、R_(2)?R_(4)の炭素数がそれぞれ1、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)
B-11:(2-メトキシエトキシメチル)トリエチルアンモニウムクロリド(R_(1)の炭素数が4、R_(2)?R_(4)の炭素数がそれぞれ2、アニオン部位が塩化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(I)に該当
B-12:(2-アセトキシエチル)トリメチルアンモニウムクロリド(R_(1)の炭素数が4、R_(2)?R_(4)の炭素数がそれぞれ1、アニオン部位が塩化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(I)に該当
B-13:(2-ヒドロキシエチル)トリメチルアンモニウムブロミド(R_(1)の炭素数が2、R_(2)?R_(4)の炭素数がそれぞれ1、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(I)に該当
B-14:1-ヘキサデシルピリジニウムクロリド(R_(5)の炭素数が16、R_(6)とR_(7)がそれぞれ水素原子、アニオン部位が塩化物アニオン、東京化成工業(株)製)、式(II)に該当
・(B3)成分:B-15?B-17
B-15:テトラブチルホスホニウムブロミド(R_(25)?R_(28)の炭素数がそれぞれ4、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)、分子量:339、式(XI)に該当
B-16:テトラフェニルホスホニウムブロミド(R_(25)?R_(28)の炭素数がそれぞれ6、アニオン部位が臭化物アニオン、東京化成工業(株)製)、分子量: 419、式(XI)に該当
B-17:トリフェニルホスフィン(R_(29)?R_(31)の炭素数がそれぞれ6、東京化成工業(株)製)、分子量:262、式(XII)に該当
【0276】
・(C)成分(その他成分):C-1、C-2
C-1:“デナコール(登録商標)”EX-141(ナガセケムテックス(株)製)
フェニルグリシジルエーテル エポキシ当量:151g/mol、エポキシ基数:1
C-2:ヘキサメチレンジアミン(東京化成工業(株)製)、分子量:116。
【0277】
・熱可塑性樹脂
ポリアリーレンスルフィド(PPS)樹脂ペレット:“トレリナ(登録商標)”A900(東レ(株)製)
ポリアミド6(PA6)樹脂ペレット:“アミラン(登録商標)”CM1001(東レ(株)製)
ポリプロピレン(PP)樹脂ペレット(ポリオレフィン系樹脂):未変性PP樹脂ペレットと酸変性PP樹脂ペレットの重量比1:1の混合物
未変性PP樹脂ペレット:“プライムポリプロ(登録商標)”J830HV((株)プライムポリマー製)
酸変性PP樹脂ペレット:“アドマー(登録商標)”QE800(三井化学(株)製)
ポリカーボネート(PC)樹脂ペレット:“レキサン(登録商標)”141R(SABIC)
ABS樹脂ペレット(スチレン系樹脂):“トヨラック(登録商標)”T-100A(東レ(株)製)
【0278】
(実施例1)
本実施例は、次の第I?IVの工程からなる。
・第Iの工程:原料となる炭素繊維を製造する工程
アクリロニトリル99モル%とイタコン酸1モル%からなる共重合体を紡糸し、焼成し、総フィラメント数24,000本、総繊度1,000テックス、比重1.8、ストランド引張強度6.2GPa、ストランド引張弾性率300GPaの炭素繊維を得た。次いで、その炭素繊維を、濃度0.1モル/lの炭酸水素アンモニウム水溶液を電解液として、電気量を炭素繊維1g当たり100クーロンで電解表面処理した。この電解表面処理を施された炭素繊維を続いて水洗し、150℃の温度の加熱空気中で乾燥し、原料となる炭素繊維を得た。このときの表面酸素濃度O/Cは、0.20であった。これを炭素繊維Aとした。
・第IIの工程:サイジング剤を炭素繊維に付着させる工程
(A-4)と(B-1)を質量比100:1で混合し、さらにアセトンを混合し、サイジング剤が均一に溶解した約1質量%のアセトン溶液を得た。このサイジング剤のアセトン溶液を用い、浸漬法によりサイジング剤を表面処理された炭素繊維に塗布した後、210℃の温度で180秒間熱処理をして、サイジング剤塗布炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は、表面処理された炭素繊維100質量部に対して0.5質量部となるように調整した。
・第IIIの工程:テープ状のプリプレグを製造する工程
単軸押出機の先端部分に、連続したサイジング剤塗布炭素繊維が通過可能な波状に加工したクロスヘッドダイを装着した。次いで、連続したサイジング剤塗布炭素繊維を5m/分の速度でクロスヘッドダイに通して引きながら、PPS樹脂ペレットを押出機から溶融状態でクロスヘッドダイに供給して、連続したサイジング剤塗布炭素繊維にPPS樹脂を含浸させ、溶融含浸物を加熱し、冷却後、巻き取り、テープ状のプリプレグを作成した。なお、押出機は、バレル温度320℃、回転数150rpmで十分混練し、さらに下流の真空ベントより脱気を行った。PPS樹脂ペレットの供給は、サイジング剤塗布炭素繊維が66質量部に対して、PPS樹脂34質量部になるように調整した。
・第IVの工程:プリプレグを積層しプレス成形する工程
前工程で得られたテープ状プリプレグを、30cm×30cmの金型に一方向に引き揃え、加熱型プレス成型機により、330℃×10分間の条件によりプレス成型し、30cm×30cm×3mmの平板状の成形品を得た。次に、得られた特性評価用試験片を上記の成形品評価方法に従い評価した。結果を表1にまとめた。この結果、曲げ強度が73MPaであり、力学特性が十分に高いことがわかった。
・・・
【0288】
(実施例18?24)
・第Iの工程:原料となる炭素繊維を製造する工程
実施例1と同様とした。
・第IIの工程:サイジング剤を炭素繊維に付着させる工程
実施例1の第IIの工程で、(A)成分と(B)成分を表3-1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様の方法でサイジング剤塗布炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は、表面処理された炭素繊維100質量部に対していずれも0.5質量部であった。
・第III、IVの工程:
実施例1と同様の方法で特性評価用試験片を成形した。次に、得られた特性評価用試験片を上記の成形品評価方法に従い評価した。結果を表3-1にまとめた。この結果、曲げ強度が80?86MPaであり、力学特性が十分に高いことがわかった。
【0289】
【表3-1】



(2)甲第2号証に記載された事項

上記甲第2号証には、次の事項が記載されている。
ア 「(3)PPSの末端基およびPPS中の不純物および熱分解物
高温NMRによるPPSの分析によれば、末端基の成分は-Clあるいは-SNaのみでなく重合触媒のNMRが分解結合したとみられるN-アルキルピリジン基あるいはピリジン基等の存在が判明している。^(2))」 (420頁右欄3行?9行)

イ 「4.PPSの性質
(1)PPSの基本物性
1)耐熱性
PPSの耐熱性は図8-7に示すように熱分解温度500℃以上、不活性雰囲気中1,000℃下でもポリマーの一部が残存するという熱可塑性樹脂中最高レベルにある。
2)結晶性
・・・(中略)・・・
PPSはガラス転移温度88℃、融点約280℃の高結晶性ポリマーである。・・・(後略)」(421頁右欄1行?424頁左欄2行)

ウ 「

・・・(中略)・・・
5.市場
国内のPPSベース樹脂製造メーカーは、東レ、東ソー・サスティール、呉羽化学工業、トープレンおよび大日本インキ化学工業の5社があり14社がコンパウンド化している。この関係を表8-5に示す。」(431頁?432頁右欄5行)

(3)甲第3号証に記載された事項

上記甲第3号証には、次の事項が記載されている。
ア 「【0048】
(繊維強化樹脂組成物)
上記の炭素繊維束を15本、同一方向に引き揃え、厚み120μmのPPS樹脂フィルムを、引き揃えた炭素繊維束の上下面にサンドイッチするように積層し、320℃で15分間、圧力6MPaで加熱プレスし、長さ(繊維方向)200mm×幅70mmの一方向炭素繊維強化PPS樹脂プリプレグを作製した。炭素繊維の体積含有量は60%であった。」

(4)甲第4号証に記載された事項

上記甲第4号証には、次の事項が記載されている。
ア 「【0045】
(参考例7)
ポリフェニレンスルフィド樹脂(東レ(株)社製、“トレリナ”A900(登録商標))154gを、320℃、面圧3MPaでプレスし、長さ1000mm、幅1000mm、厚み0.12mmのポリフェニレンスルフィドフィルム(以下、PPSと略す)を得た。
【0046】
(参考例8)
参考例4で得られたPPを参考例2で得られたCF1枚の両面に1枚ずつ積層し、[PP/CF/PP]の構成のシートとした。また、離型シートとしてテフロン(登録商標)シート(厚さ1mm)を用い、該シートを[テフロンシート/PP/CF/PP/テフロンシート]の構成で挟み込むように配置した。ついで、200℃の温度に加熱された上下の熱盤面から構成される油圧式プレス機の熱盤面間に配置し、5MPaでプレスした。次に、30℃の温度に温度制御された冷却盤間に配置し、5MPaで冷却プレスし、長さ1000mm、幅1000mm、厚み0.26mmの強化繊維と熱可塑性樹脂からなる成形材料(プリプレグ)を得た。
・・・
【0049】
(参考例11)
参考例4で得られたPPに代えて、参考例7で得られたPPSを用い、加熱時の上下の熱盤面の温度を320℃に変更した以外は、参考例8と同様の操作をおこない、長さ1000mm、幅1000mm、厚み0.29mmの強化繊維と熱可塑性樹脂からなる成形材料(プリプレグ)を得た。」

(5)甲第5号証に記載された事項

上記甲第5号証には、次の事項が記載されている。
ア 「【0017】
<熱可塑性樹脂>
本発明の炭素繊維強化熱可塑性樹脂を構成する熱可塑性樹脂の種類としては例えば塩化ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリロニトリル-スチレン樹脂(AS樹脂)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS樹脂)、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、ボリブチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンナフタレート樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリ乳酸樹脂などが挙げられる。これらの熱可塑性樹脂は、単体であっても良いし、2種以上のブレンド物であっても良く、また2種以上からなるポリマーアロイであっても良い。」

イ 「【0026】
・含浸、成形工程
ランダムマットを加熱することにより、熱可塑性樹脂を炭素繊維に含浸させ、更に成形することにより、前記の2次元ランダム成形品を得ることができる。上述のランダムマットは炭素繊維と繊維状および/または粒子状の熱可塑性樹脂が混合して存在しているので、型内で繊維と樹脂を流動させる必要がなく、熱可塑性樹脂を容易に含浸できることを特徴とする。含浸方法としては、加熱とともに加圧しても良く、また成形方法としてはプレス成形が好ましい。
この含浸、成形工程においては、前記定着工程において得られたランダムマットをそのまま含浸処理し、成形を行ってもよく、また、ランダムマットを加熱、加圧して含浸処理のみを行いプリプレグとし、このプリプレグを用いて成形を行っても良い。
含浸処理および成形時の加熱温度としては、ランダムマットに含まれる熱可塑性樹脂が結晶性の場合は熱可塑性樹脂の融点以上で熱分解温度以下の温度、非晶性の場合は熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上で熱分解温度以下の温度が好ましい。
前記のランダムマットやプリプレグについて含浸や成形処理を行う際、ランダムマットやプリプレグ1枚だけを用いても良く、複数枚を積層して用いても良い。含浸処理や成形において、ランダムマットやプリプレグ複数枚用いる時の枚数について特に制限は無いが、多くの場合2?10枚程度で十分である。」

ウ 「【0035】
[実施例1]
炭素繊維として、東邦テナックス社製の炭素繊維“テナックス”(登録商標)STS40-24K(平均繊維径7μm、繊維幅10mm)を開繊して、繊維幅を20mmとしたものを使用した。カット装置には、超硬合金を用いて螺旋状ナイフを表面に配置したロータリーカッターを用い、刃のピッチを10mmとし、強化繊維を繊維長15mmにカットするようにした。開繊装置として、径の異なるSUS304製のニップルを溶接し、二重管を製作した。内側の管に小孔を設け、外側の管との間にコンプレッサーを用いて圧縮空気を送気した。この時、小孔からの風速は、420m/secであった。この管をロータリーカッターの直下に配置し、さらに、その下部にはテーパ管を溶接した。テーパ管の側面より、マトリックス成分である熱可塑性樹脂を供給した。この熱可塑性樹脂としては、宇部興産社製のナイロン6樹脂“UBEナイロン”(登録商標)1015Bペレットを冷凍粉砕し、更に、20メッシュ、及び100メッシュにて分級した粒子を用いた。ナイロンパウダーの平均粒径は約700μmであった。次に、テーパ管出口の下部に、XY方向に移動可能なテーブルを設置し、テーブル下部よりブロワにて吸引を行った。そして、強化繊維の供給量を200g/min、マトリックス樹脂の供給量を450g/min、にセットし、装置を稼動して、炭素繊維と熱可塑性樹脂(ナイロン6)が混合された繊維の目付け量が240g/m2のランダムマットを得た。得られたランダムマットを3枚積層し、260℃に加熱したプレス装置にて、2MPaにて3分間加熱し、厚さ2.0mmの成形板(X)を得た。得られた成形板(X)をパネルソーで、長さ4mm×幅4mm×厚さ2mmにカットし、射出成形用の炭素繊維強化熱可塑性樹脂(Y)を得た。この炭素繊維強化熱可塑性樹脂(Y)は、炭素繊維の含有量が30質量%、質量平均繊維長が3.5mm、線膨張係数が、縦方向:6×10-6/K、横方向:4×10-6/K、厚み方向:110×10-6/Kであり、熱可塑性樹脂中に炭素繊維が2次元ランダム配向しているものであった。
・・・(後略)」

3 甲第1号証に記載された発明

甲第1号証には、段落【0278】の実施例1に、原料となる炭素繊維を製造する工程(第Iの工程)、ビスフェノールAジグリシジルエーテルと1,8-ジアザビシクロ[5,4,0]-7-ウンデセンを質量比100:1で混合し、さらにアセトンを混合し、サイジング剤が均一に溶解したアセトン溶液を用い、浸漬法によりサイジング剤を表面処理された炭素繊維に塗布した後、210℃の温度で180秒間熱処理をするサイジング剤を炭素繊維に付着させる工程(第IIの工程)、連続したサイジング剤塗布炭素繊維にPPS樹脂ペレット(“トレリナ(登録商標)”A900(東レ(株)製))を連続したサイジング剤塗布炭素繊維に含浸、加熱し、冷却後、巻き取るテープ状のプリプレグを製造する工程(第IIIの工程)、プリプレグを積層しプレス成形する工程(第IVの工程)からなる例が記載されている。そして、同段落【0288】の実施例19には、第IIの工程で、ビスフェノールAジグリシジルエーテルとN,N-ジメチルベンジルアミンとを質量比100:3で混合したこと以外は、実施例1と同様の方法でサイジング剤塗布炭素繊維を得た旨記載されている。

そうすると、甲第1号証には、「炭素繊維の表面に、ビスフェノールAジグリシジルエーテルとN,N-ジメチルベンジルアミンからなるサイジング剤を塗布した後、210℃の熱処理により、サイジング剤を炭素繊維に付着させる工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維にPPS樹脂(“トレリナ(登録商標)”A900(東レ(株)製))を含浸する工程と、
前記PPS樹脂を含浸した前記炭素繊維を加熱する工程と、
前記PPS樹脂が含浸した前記炭素繊維を冷却する工程と、
を含む、
プリプレグの製造方法。」(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

4 対比・判断

(1)本件特許発明1について

本件特許発明1と甲1発明を対比する。

本件特許の明細書の段落【0020】には、アミンとして、N,N-ジメチルアルキルアミンなどの3級アミンが挙げられていることから、甲1発明の「N,N-ジメチルベンジルアミン」は、本件特許発明1の「アミン」に相当する。また、甲1発明の「炭素繊維」は、甲1の段落【0244】の記載からみて、炭素繊維束であることは明らかであるから、本件特許発明1の「炭素繊維束」に相当する。さらに、甲1発明の「プリプレグ」は、その製造方法からみて、本件特許発明1の「炭素繊維強化熱可塑性プラスチック」に相当する。加えて、甲1発明の「PPS樹脂」は、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂」に相当し、甲1発明の「PPS樹脂熱可塑性樹脂を含浸」させることは、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂が接触」することと同義である。そして、本件特許の明細書の段落【0021】には、「サイジング剤(アンモニア、ヒドラジン、アミン)が溶媒と混合されて、サイジング剤液が作製される」旨記載されており、本件特許発明1の「サイジング剤」が意味するところは、アミンの化合物を示すと解されるから、甲1発明の「N,N-ジメチルベンジルアミン」は、本件特許発明1の「アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤」において、「アミン」を選択したことと同義であり、本件特許発明1は、文言からみて、炭素繊維の表面に他のサイジング剤を付着させることを排除するものではない。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明は、「炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アミンであるサイジング剤が付着する工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束に熱可塑性樹脂が接触する工程と、
前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱する工程と、
前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束を冷却する工程と、
を含む、
炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)熱可塑性樹脂の接触後の加熱工程において、本件特許発明1は、「前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する」のに対して、甲1発明は、加熱が「加熱圧縮」であり、「熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する」旨が特定されていない点。

(相違点2)加熱後の冷却工程において、本件特許発明1は、「前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する」のに対して、甲1発明は、熱可塑性樹脂が固化する旨特定されていない点。

(相違点3)熱可塑性樹脂において、本件特許発明1は、「前記熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である」のに対して、甲1発明は、ポリフェニレンサルファイド樹脂が“トレリナ(登録商標)”A900(東レ(株)製)であって、末端に塩素を有する旨特定されていない点。

先ず相違点1について検討する。
甲1発明は、
「炭素繊維の表面に、ビスフェノールAジグリシジルエーテルとN,N-ジメチルベンジルアミンからなるサイジング剤を塗布した後、210℃の熱処理により、サイジング剤を炭素繊維に付着させる工程と、
サイジング剤が付着した前記炭素繊維にPPS樹脂(“トレリナ(登録商標)”A900(東レ(株)製))を含浸する工程と、
前記PPS樹脂を含浸した前記炭素繊維を加熱する工程」
を有するものである。
ここで、甲第1号証の段落【0060】の記載を見るに、炭素繊維の表面にサイジング剤を塗布した後、熱処理を行うことにより、サイジング剤と炭素繊維の間に化学反応により強固な結合が形成されるものといえる。
してみると、熱処理後のサイジング剤が付着した炭素繊維にPPS樹脂を含浸したとしても、サイジング剤がPPS樹脂との間でさらなる化学反応、つまり、本件特許発明1における「中和反応」にあたる化学反応を引き起こすものとはいえない。
また、甲第2号証乃至甲第5号証の何れにも、「前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されること」については何ら記載されておらず、また、当該技術分野において周知技術であったともいえない。
そして、その結果として、サイジング剤と熱可塑性樹脂との反応を利用することにより、熱可塑性樹脂の含浸性を高めるという本件特許発明1の効果について、当業者が予測し得たものとは到底認められない。

してみれば、相違点2、3については検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、甲第1号証および甲第2号証乃至甲第5号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明2について
本件特許発明2は、請求項1を引用し、含浸する工程における加熱及び加圧条件をさらに特定したものである。
上記(1)のとおり、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、甲第1号証および甲第2号証乃至甲第5号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求項1の特定事項を全て含む発明である、本件特許発明2もまた、甲第1号証および甲第2号証乃至甲第5号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲に関し、「本件特許発明の作用・効果の説明とされる[0046]?[0052]には、熱可塑性樹脂がナイロンである場合についてのみ記載され、本件特許の請求項1で特定される、『熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂』である場合については、従来技術との比較に用いる成形時間の計算結果のみならず、その計算の前提(条件)さえも設定されていない。特に、熱可塑性樹脂がナイロンである場合に成立する『サイジング剤とナイロン6との反応による『低分子化』』が、熱可塑性樹脂が末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である場合に成立するとはいえず、よって、発明の詳細な説明に記載の本件特許発明の作用・効果が、『熱可塑性樹脂が、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂』である場合に得られるか否かも不明である」点などをあげ、「発明の詳細な説明において、本件特許発明のうち、従来技術(例えば、本件特許明細書の[背景技術]の欄に記載の技術や、甲第1号証?甲第5号証に記載の技術)と異なるとされる具体的構成が不明であるから、本件特許発明は、いわゆる当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない」旨主張している。
しかしながら、本件特許発明1、2は、熱可塑性樹脂の末端の塩素とサイジング剤とが中和反応を起こすことを利用した製造方法であって、熱可塑性樹脂がナイロン6でなくとも、末端の塩素とサイジング剤との間で中和反応を生じさせることができることは当業者にとって明らかであるから、熱可塑性樹脂が「末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂」であっても、本件発明1、2の製造方法は実施できるものといえる。
してみると、本件特許発明1、2は、本件明細書の発明の詳細な説明において、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたもの、つまり、特許法第36条第4項第1号の要件を満たすものといえる。
したがって、特許異議申立人のかかる主張は、採用することができない。


第6 結論
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、射出成型機、交通車両、航空機部材、タービン翼などに使用される炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維強化プラスチックは、軽量かつ高強度、高弾性を有する素材であり、射出成型機部材、自動車等の交通車両部材、航空機部材、タービン翼部材などに適用される。炭素繊維強化プラスチックには、熱硬化性樹脂をマトリックス樹脂とするもの(炭素繊維強化熱硬化性樹脂プラスチック:CFRP)と、熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂とするもの(炭素繊維強化熱可塑性プラスチック:CFRTP)とがある。
【0003】
炭素繊維とマトリックス樹脂との界面接着性を向上させるために、炭素繊維の表面を気相酸化や液相酸化などの酸化処理や、炭素繊維表面に酸素含有官能基を導入する電解処理が実施される。
【0004】
また、炭素繊維の表面に集束剤(サイジング剤)を付着処理して、炭素繊維とマトリックス樹脂との濡れ性を向上させてマトリックス樹脂の含浸性を高める処理が実施される。特許文献1は、カチオン型界面活性剤又は非イオン型界面活性剤を必須成分とする集束剤を開示する。特許文献2は、エポキシ樹脂、水溶性ポリウレタン及びポリエーテル樹脂を含む集束剤を開示する。
【0005】
特許文献3は、炭素繊維と熱可塑性樹脂からなる炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物において、サイジング剤としてエポキシ樹脂と分子量が100g/mol以上の3級アミン化合物及び/または3級アミン塩とを用いることを開示する。特許文献3では、エポキシ樹脂を炭素繊維または炭素繊維表面に付着させたアミン化合物及び/またはアミン塩と結合させた上で、エポキシ樹脂と熱可塑性樹脂との間で水素結合または共有結合を形成させることにより、炭素繊維と熱可塑性樹脂との界面接着性向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】 特開2010-31424号公報
【特許文献2】 特開2005-320641号公報
【特許文献3】 特許第5327406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
熱可塑性樹脂は、熱硬化性樹脂と比べて一般的に粘度が高いために炭素繊維への含浸性が悪い。熱可塑性樹脂を炭素繊維に含浸させる際には、一般的に高温・高圧条件下で実施する必要があり、更に含浸に長時間を要する。高圧での含浸により繊維が折損してしまう。また、含浸時間が不十分であると未含浸部分が発生して強度低下等が発生する。
【0008】
特許文献3では、界面接着性向上を図るために、エポキシ樹脂と炭素繊維との間、及び、アミン化合物及び/またはアミン塩と炭素繊維との間で強力な結合を形成する。このため、特許文献3に適用される炭素繊維は、表面に-COOH基または-OH基を有しているものに限定されていた。また、特許文献3の炭素繊維強化熱可塑性樹脂組成物は少なくとも2種類のサイジング剤が必要であり、作製工程及び作製条件設定が煩雑であることが問題となっていた。
【0009】
本発明は、熱可塑性樹脂の含浸性を高めることができる炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程と、前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性が反応して前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法である。
【0011】
上記態様の参考態様において、前記熱可塑性樹脂が、エステル系熱可塑性樹脂、ポリアミド系熱可塑性樹脂、及び、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂のいずれかである。
【0012】
上記態様では、前記含浸する工程において、前記熱可塑性樹脂の融点以上前記熱可塑性樹脂の熱分解温度以下、5MPa以上8MPa以下の条件で、前記熱可塑性樹脂を前記炭素繊維の間に含浸させることが好ましい。
【0013】
本発明の製造方法は、サイジング剤と熱可塑性樹脂との反応を利用することにより、熱可塑性樹脂の含浸性を高めるものである。具体的に、炭素繊維束を加熱圧縮して樹脂を含浸させる際に、炭素繊維と熱可塑性樹脂とが接触した部分において、炭素繊維に付着したサイジング剤と熱可塑性樹脂とが反応する。この時の反応熱により熱可塑性樹脂が局所的に加熱される。また、エステル系熱可塑性樹脂及びポリアミド系熱可塑性樹脂の場合は、サイジング剤との反応により主鎖が切断されて分子量が低下する。反応熱による局所的な温度上昇と低分子化により熱可塑性樹脂の粘度が低下するとともに、熱可塑性樹脂の結晶化速度が遅くなる。この結果樹脂の流動性が上昇するため、外部からエネルギーを投入して含浸時の温度を上昇させたり高圧条件でなくても、炭素繊維束内部への含浸が促進される。
【0014】
熱可塑性樹脂をマトリックスとする炭素繊維強化熱可塑性プラスチックにおいて、熱可塑性樹脂の分子量が小さくなることは、成形品の強度低下に繋がる。一方で本発明では、強度上の問題が無い範囲において樹脂の含浸性を高めることができる。このように短時間、低温、低圧で熱可塑性樹脂及び炭素繊維をマトリックスとする炭素繊維樹脂強化プラスチックを製造することは、製造コスト及び製造の所要時間を低減することができるので有利である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法では、炭素繊維表面に付着したサイジング剤と熱可塑性樹脂との反応熱を利用することにより、炭素繊維表面において熱可塑性樹脂の粘度を低下させる。また、サイジング剤との反応により熱可塑性樹脂を低分子として、炭素繊維表面で熱可塑性樹脂の粘度を低下させる。こうすることにより、熱可塑性樹脂の炭素繊維束内部への含浸性が向上する。従って、本発明に依れば、短時間で低温且つ低圧での熱可塑性樹脂の炭素繊維束内部への含浸が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】 炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造装置の一例の概略図である。
【図2】 成形時間と樹脂含浸率との相関を示すグラフである。
【図3】 図2における樹脂含浸率100%のときの成形時間を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態に係る炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法を、図面を参照して以下で説明する。
本実施形態の炭素繊維強化熱可塑性プラスチックは、炭素繊維及び熱可塑性樹脂をマトリックスとする複合材である。
【0018】
炭素繊維は、表面が官能基修飾されていても良く、官能基修飾されていなくても良い。官能基の種類は特に限定されない。炭素繊維表面の官能基としては、カルボキシル基、水酸基、アミド基などが挙げられる。本実施形態では、6000?24000本程度の炭素繊維が集束されて、炭素繊維束が構成される。炭素繊維束として、例えば、三菱レイヨン(株)製PYROFIL(登録商標)、タイプ:TR 50S 12L(フィラメント数:12000、フィラメント径:7μm)、東レ(株)製トレカ(登録商標)糸、品番:T-700SC-24000(フィラメント数:24000、フィラメント径:7μm、繊度:1650tex)などが挙げられる。
【0019】
上述の炭素繊維束の内部に熱可塑性樹脂が含浸されている。本実施形態において、熱可塑性樹脂は、エステル系熱可塑性樹脂、ポリアミド系熱可塑性樹脂、ポリフェニレンサルファイド系樹脂のいずれかを適用することができる。
エステル系熱可塑性樹脂は、例えばポリエチレンテレフタラート(PET)、ポリブチレンテレフタラート(PBT)等である。PET、PBTの場合、融点:230?270℃、密度:1.35?1.40g/cm^(3)のものが使用できる。
ポリアミド系熱可塑性樹脂は、例えばナイロン6(PA6)、ナイロン66(PA66)、ナイロン12(PA12)等の脂肪族ナイロンである。ナイロンの場合、融点:170?270℃、密度:1.00?1.15g/cm^(3)のものが使用できる。
本実施形態で使用されるポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂は、末端基に塩素(Cl)を有する。ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の場合、融点:275?290℃、密度:1.20?1.35g/cm^(3)のものが使用できる。ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の具体例は、サスティールPPS SGX-120(東ソー株式会社製)である。
【0020】
本実施形態の炭素繊維強化熱可塑性プラスチックはサイジング剤としてアンモニア、ヒドラジン、アミンのいずれかを含む。アミンとしては、メチルアミン,エチルアミン,アミノアルコールEA、アミノアルコールPAなどの1級アミン、ジメチルアミン,モルホリン、ピペラジン、アミノアルコールMMA、アミノアルコールMEM、アミノアルコールMBM、tBMEA、ジエチルアミンアニリンなどの2級アミン、トリエチルアミン、N,N-ジメチルアルキルアミン(DMMA)、テトラメチルエチレンジアミン、ヘキサメチルホスホリックトリアミドなどの3級アミンが挙げられる。
サイジング剤付着時のハンドリング性の観点から、上記アミンは水溶性(水溶性アミン)であることが好ましい。「水溶性アミン」とは水に可溶なアミン化合物であり、具体的にエタノールアミン、モノエタノールアミン、2-アミノエタノール、ジエタノールアミン、エチルアミン、ジエチルアミンなどである。
【0021】
以下に、本発明の一実施形態に係る炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法を説明する。
<付着工程>
上記サイジング剤(アンモニア、ヒドラジン、アミン)が溶媒と混合されて、サイジング剤液が作製される。使用される溶媒に特に制限はないが、水、アルコール類などが好ましい。サイジング剤は溶媒に溶解しても良く、溶媒中に懸濁した状態で存在していても良い。付着工程及び含浸工程でのハンドリング性等を考慮すると、サイジング剤が溶媒に溶解した状態(サイジング剤液)であることが好ましい。また、水を溶媒とすることが特に好ましい。サイジング剤濃度は、炭素繊維表面への付着量に応じて調整される。
【0022】
上述の炭素繊維束の表面にサイジング剤液を塗布するか、炭素繊維束をサイジング剤液中に浸漬することにより、炭素繊維束内部にサイジング剤液を浸透させる。その後、炭素繊維束を乾燥する。
本工程により、炭素繊維の表面にサイジング剤が付着する。炭素繊維表面へのサイジング剤の付着量は、サイジング剤の濃度だけでなく、塗布量、浸漬時間などの条件を適宜設定することによっても調整可能である。
【0023】
<樹脂接触工程>
サイジング剤が付着した炭素繊維束の表面に熱可塑性樹脂を接触させる。炭素繊維束と熱可塑性樹脂とを接触させる方法としては、熱可塑性樹脂フィルムと炭素繊維束とをラミネート処理する方法、熱可塑性樹脂粉末を炭素繊維表面に吹付ける方法等がある。
【0024】
<含浸工程>
熱可塑性樹脂が接触した状態で炭素繊維束が加熱圧縮(熱プレス成形)される。熱プレス条件は、圧力:5MPa以上8MPa以下、温度:熱可塑性樹脂の融点以上熱可塑性樹脂の熱分解以下である。熱可塑性樹脂の融点以上の温度とすることにより、樹脂の流動性が増大し含浸性が高まる。一方、製品強度を考慮すると、本含浸工程で熱可塑性樹脂の分解を防止する必要があるので、熱プレス成形時の上限温度は熱分解温度以下とする。樹脂の流動性と熱分解とを考慮すると、熱プレス成形時の温度は熱可塑性樹脂の融点+15?20℃を上限とすることが好ましい。
【0025】
炭素繊維束と熱可塑性樹脂とが接触して加熱圧縮されることにより、熱可塑性樹脂が炭素繊維束の内部に含浸される。この時、サイジング剤と熱可塑性樹脂とが反応する。
【0026】
エステル系熱可塑性樹脂(一般式:R_(1)-CO-OR_(1)’)の場合、式(1)のアミド化反応が発生する。アミド化反応が発生するためには、サイジング剤はアンモニア、ヒドラジン、第1級アミン、及び、第2級アミンである必要がある。
R_(1)-CO-OR_(1)’+R_(2)R_(2)’NH
→ R_(1)-CO-NR_(2)R_(2)’+R_(1)’OH…(1)
式(1)において、アンモニアの場合R_(2)、R_(2)’はH、ヒドラジンの場合R_(2)はH、R_(2)’はNH_(2)である。第1級アミンの場合、R_(2)はH、R_(2)’は炭化水素基等である。第2級アミンの場合、R_(2)、R_(2)’は炭化水素基等である。第1級アミン及び第2級アミンとしては水溶性であることが好ましく、具体的にはエタノールアミン,モノエタノールアミン,2-アミノエタノール,ジエタノールアミン,エチルアミン,ジエチルアミンのいずれかである。
【0027】
式(1)の反応により、エステル系熱可塑性樹脂の主鎖が切断され、より低分子のエステル系熱可塑性樹脂が生成する。更に、式(1)の反応熱により、炭素繊維とエステル系熱可塑性樹脂とが接触した部分で局所的に温度が上昇する。本工程では熱プレスが行われているが、エステル系熱可塑性樹脂が炭素繊維と接触した部分で、式(1)の反応による温度上昇分が重畳される。エステル系熱可塑性樹脂の低分子化及び温度上昇によって、エステル系熱可塑性樹脂の粘度が低下する。また、温度上昇によりエステル系熱可塑性樹脂の結晶化速度が遅くなる。これにより、樹脂の流動性が上昇する。
【0028】
このようにエステル系熱可塑性樹脂の流動性が向上しているので、炭素繊維束内部へ樹脂が含浸しやすくなる。樹脂流動により、新たに炭素繊維と接触した部分で式(1)の反応が起こり、エステル系熱可塑性樹脂の低粘度化及び発熱による粘度低下による流動が促進される。
【0029】
ポリアミド系熱可塑性樹脂(一般式:R_(2)-CO-NR_(2)’)の場合、式(2)のアミン置換反応が発生する。アミド化反応が発生するためには、サイジング剤はアンモニア、ヒドラジン、第1級アミン、及び、第2級アミンである必要がある。
R_(3)-CO-NHR_(3)’+R_(4)R_(4)’NH
→ R_(3)-CO-NHR_(4)+R_(4)’-NHR_(3)’ …(2)
式(2)において、アンモニアの場合R_(4)、R_(4)’はH、ヒドラジンの場合R_(4)はH、R_(4)’はNH_(2)である。第1級アミンの場合、R_(4)はH、R_(4)’は炭化水素基等である。第2級アミンの場合、R_(4)、R_(4)’は炭化水素基等である。第1級アミン及び第2級アミンとしては水溶性であることが好ましく、具体的にはエタノールアミン,モノエタノールアミン,2-アミノエタノール,ジエタノールアミン,エチルアミン,ジエチルアミンのいずれかである。
【0030】
式(2)の反応により、ポリアミド系熱可塑性樹脂の主鎖が切断され、より低分子のポリアミド系熱可塑性樹脂が生成する。更に、式(2)の反応熱により、炭素繊維とポリアミド系熱可塑性樹脂とが接触した部分で局所的に温度が上昇する。すなわち、式(2)の反応による温度上昇分が、熱プレス時の温度に重畳される。ポリアミド系熱可塑性樹脂の低分子化及び温度上昇によって、ポリアミド系熱可塑性樹脂の粘度が低下するまた、温度上昇によりポリアミド系熱可塑性樹脂の結晶化速度が遅くなる。これにより、樹脂の流動性が上昇する。
【0031】
このようにポリアミド系熱可塑性樹脂の流動性が向上しているので、炭素繊維束内部へ樹脂が含浸しやすくなる。樹脂流動により、新たに炭素繊維と接触した部分で式(2)の反応が起こり、ポリアミド系熱可塑性樹脂の低粘度化及び発熱による粘度低下による流動が促進される。
【0032】
ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂(一般式:Cl-(C_(6)H_(4)-S)_(n)-R_(5)、R5:アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、酸無水物基、イソシアネート基、エポキシ基、シラノール基、アルコキシシラン基のいずれか)の場合、上記の加熱温度では樹脂末端のCl基が酸性的に働き、中和反応が発生する。ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の場合は、中和反応であるため溶液がアルカリ性になっていれば良い。従って、サイジング剤としてアンモニア、ヒドラジン、第1級アミン、第2級アミンの他、第3級アミンも適用可能である。
【0033】
中和反応により中和熱が発生する。本工程では熱プレスが行われているが、ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂が炭素繊維と接触した部分で、中和反応による温度上昇分が重畳される。ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の温度上昇によって、ポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の粘度が低下するとともに、結晶化速度が遅くなる。これにより、樹脂の流動性が上昇する。
【0034】
このようにポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の流動性が向上しているので、炭素繊維束内部へ樹脂が含浸しやすくなる。樹脂流動により、新たに炭素繊維と接触した部分で中和反応が起こり、発熱によるポリフェニレンサルファイド系熱可塑性樹脂の粘度低下による流動が上昇する。
【0035】
熱可塑性樹脂が炭素繊維束の内部に十分浸透する時間を、熱プレス成形時間として設定する。熱プレス成形時間は、加熱温度、圧力などの条件によって異なる。
【0036】
<固化工程>
熱プレス成形終了後、炭素繊維束を常温(25?30℃程度)に冷却する。こうすることにより、熱可塑性樹脂が固化し、炭素繊維強化熱可塑性プラスチックが得られる。
【0037】
以下に、上記の炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法に基づきプリプレグを製造する工程を説明する。ここではラミネート処理による製造について言及するが、本実施形態は吹付け処理による製造も可能である。
図1は炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造装置の一例の概略図である。製造装置100は、付着手段130、樹脂接触手段140、加熱手段150、及び冷却手段160を備える。製造装置100は、ロービング110から巻き出された炭素繊維束(原糸)111に対して付着工程、樹脂接触工程、含浸工程を連続的に施し、製造されたプリプレグ171を巻取り手段170で巻き取る装置である。
【0038】
ロービング110から巻き出された炭素繊維束(原糸)111は開繊手段120で平坦な炭素繊維束(開繊糸)に開繊された後、付着手段130に搬送される。
【0039】
付着手段130は上述の付着工程を実施する。図1は、浸漬による方法を採用した例を示している。この場合、付着手段130はサイジング剤を含む液(サイジング剤液)132を収容する浸漬槽131を備える。開繊糸112が浸漬槽131を通過する際に、サイジング剤液132に所定時間浸漬されることにより、炭素繊維の表面にサイジング剤が付着する。
【0040】
塗布により付着工程を実施する場合は、付着手段130は塗布方法に応じた設備を備える。例えばローラによる塗布を行う場合は、付着手段130は塗布ローラ、塗布ローラにサイジング剤液を供給する手段を備える。また、吹付け処理により塗布を行う場合は、付着手段130はスプレーノズル等を備える。
【0041】
付着手段130を通過した開繊糸112は、樹脂接触手段140に搬送される。
樹脂接触手段140は上述の樹脂接触工程を実施する。図1はラミネート処理による方法を採用した例を示している。この場合、樹脂接触手段140は、フィルム原反142から熱可塑性樹脂フィルムを巻き出すフィルム供給手段141、及び、熱可塑性樹脂フィルムと開繊糸112とを圧着する圧着手段(例えば圧着ローラ)143を備える。樹脂接触手段140において、平坦な開繊糸112の両面に熱可塑性フィルムが接触する。
【0042】
樹脂接触手段140を通過した開繊糸112は、加熱手段150に搬送される。
加熱手段150は上記含浸工程のうちプレス成形を実施する。加熱手段150の加熱方法としては、誘導加熱を採用することができる。誘導加熱は昇温時間が短いため、加熱に要するエネルギーを低減させることが可能であるので有利である。
【0043】
熱可塑性樹脂フィルムとラミネートされた開繊糸112が搬送されながら、加熱手段150で熱プレス成形が実施される。開繊糸112の熱可塑性フィルムが貼り付けられた面側から圧力が付与されるとともに加熱される。搬送速度、加熱手段150の通過距離等が適切に設定されることにより、所定の熱プレス成形時間が確保される。
【0044】
加熱手段150を通過した開繊糸112は冷却手段160に搬送される。冷却手段160の冷却方法としては、空冷を採用することができる。
冷却手段160において熱可塑性樹脂が含浸した開繊糸が搬送されながら冷却されることにより、熱可塑性樹脂が固化し、炭素繊維強化熱可塑性プラスチックのプリプレグ171が得られる。
【0045】
製造されたプリプレグは所定の形状に加工された後、オートクレーブ成形される。成形品は、射出成型機、交通車両、航空機部材、タービン翼などに適用される。
【0046】
以下で、本実施形態に係る炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法の効果を説明する。
横断面が円形の炭素繊維束に樹脂を含浸させるときの成形時間(含浸時間)tは以下の式(3)で表される。式(3)中、粘度ηは樹脂の分子量に比例し、温度に反比例する。
【数1】

η:樹脂の粘度
V_(f):炭素繊維束中の繊維堆積含有率
R_(0):炭素繊維束の半径
R:樹脂未含浸領域の半径
k:浸透率(Darcyの法則で用いられる定数)
P_(m):成形圧力
l:樹脂含浸率
l_(0):t=0における樹脂含浸率(本実施形態の場合、l_(0)=0)
【0047】
樹脂含浸率lは式(4)で表される。
【数2】

【0048】
式(3)及び式(4)に基づき、ナイロン6(ポリアミド系熱可塑性樹脂)を炭素繊維束(Vf=43%)に含浸させた場合における成形時間tを算出した。成形時間tの算出に当たり、式(3)中のη/k、P_(m)には表1に示す数値を用いた。
【表1】

【0049】
従来技術Aは、ナイロン6とサイジング剤とが反応しない場合(分子量変化及び発熱が無い場合)である。従来技術Aにおけるη/kは一般的なナイロン6を想定した値である。熱プレス条件(温度、圧力)は「本発明」と略同一であると想定した。
従来技術Bは、従来技術Aと同じη/kであってより高圧の熱プレス成型を行った場合を想定している。熱プレス成型時の温度は「本発明」と同じとした。
従来技術Cは、「本発明」と同じ圧力であるが、より高温(例えば+30?40℃)で熱プレス成形を行った場合を想定している。
「本発明」は、上記で説明した工程により樹脂の含浸を行った場合である。すなわち、熱プレス成型時において、サイジング剤とナイロン6との反応による低分子化及び温度上昇を考慮している。
【0050】
図2は、式(3)から算出された成形時間と樹脂含浸率との相関を示すグラフである。同図において、横軸は従来技術Aの熱プレス条件で含浸工程を行った場合に樹脂含浸率100%となる時間を基準とした成形時間、縦軸は樹脂含浸率である。計算では、「本発明」及び従来技術1?3のη/k及びP_(m)は表1に示す範囲内の数値を用いた。
図3は、図2における樹脂含浸率100%のときの成形時間の比較である。
【0051】
「本発明」は低温で熱プレス成型を行っているにもかかわらず、従来技術A及び従来技術Cの条件よりも短時間で樹脂を含浸することができる。これは、サイジング剤とナイロン6(ポリアミド系熱可塑性樹脂)との反応による発熱による温度上昇と、反応によりナイロン6の分子量が低下したことに起因すると言える。図2、3の結果から、特に低分子化による粘度低下が、成形時間の短縮に大きな影響を与えることが理解できる。
このように、「本発明」は従来技術Cの条件よりも外部から与えるエネルギーが低くても効率的に樹脂を含浸させる点で有利である。
【0052】
「本発明」と従来技術Bとを比較することにより、高圧による含浸よりも反応熱による温度上昇及び低分子化による粘度低下の影響の方が大きく、含浸時間を短縮することができることが理解できる。式(3)から、熱プレス成型時の圧力が高いほど含浸時間が短くなることがで理解できるが、圧力が高くなると炭素繊維が潰れるなど変形が発生することになるし、含浸に必要なエネルギーが増大することになる。このように、「本発明」は従来技術Bの条件よりも外部から与えるエネルギーが低くても効率的に樹脂を含浸させる点で有利である。
【符号の説明】
【0053】
100 製造装置
110 ロービング
111 原糸
112 開繊糸
120 開繊手段
130 付着手段
131 浸漬槽
132 サイジング剤液
140 樹脂接触手段
141 フィルム供給手段
142 フィルム原反
143 圧着手段
150 加熱手段
160 冷却手段
170 巻取り手段
171 プリプレグ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維束を構成する炭素繊維の表面に、アンモニア、ヒドラジン、及び、アミンのいずれかであるサイジング剤が付着する工程と、
前記サイジング剤が付着した前記炭素繊維束の表面に、末端に塩素を有するポリフェニレンサルファイド系樹脂である熱可塑性樹脂が接触する工程と、
前記熱可塑性樹脂が接触した前記炭素繊維束を加熱圧縮するとともに、前記熱可塑性樹脂の末端の塩素と前記サイジング剤とにより生じる中和反応による発生する中和熱が重畳されて前記熱可塑性樹脂が加熱されることにより、前記熱可塑性樹脂が前記炭素繊維束の内部に含浸する工程と、
前記熱可塑性樹脂が含浸した前記炭素繊維束が冷却して、前記熱可塑性樹脂が固化する工程と、
を含む炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。
【請求項2】
前記含浸する工程において、前記熱可塑性樹脂の融点以上前記熱可塑性樹脂の熱分解温度以下、5MPa以上8MPa以下の条件で、前記熱可塑性樹脂を前記炭素繊維の間に含浸させる請求項1に記載の炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-05-14 
出願番号 特願2015-60945(P2015-60945)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C08J)
P 1 651・ 121- YAA (C08J)
P 1 651・ 113- YAA (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 久保田 葵芦原 ゆりか平井 裕彰  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 植前 充司
大島 祥吾
登録日 2017-10-13 
登録番号 特許第6224021号(P6224021)
権利者 三菱重工業株式会社
発明の名称 炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの製造方法  
代理人 藤田 考晴  
代理人 藤田 考晴  
代理人 三苫 貴織  
代理人 川上 美紀  
代理人 三苫 貴織  
代理人 川上 美紀  

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