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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09J
管理番号 1354407
審判番号 不服2018-12539  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-10-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-09-19 
確定日 2019-08-15 
事件の表示 特願2014-168695「接着剤組成物及び接続構造体」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 4月 4日出願公開、特開2016- 44222〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成26年8月21日を出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は、概略以下のとおりのものである。

平成30年 4月 3日付け:拒絶理由通知書
平成30年 6月 6日 :意見書
平成30年 6月12日付け:拒絶査定
平成30年 9月19日 :審判請求書
平成30年10月23日 :手続補正書(審判請求書の請求の理由の変更)


第2 本願発明

本願の請求項1?12に係る発明は、出願当初の特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、
前記(d)ホウ素を含有する塩が、下記一般式(A)で表される化合物である、接着剤組成物。
【化1】

[式(A)中、R^(1)、R^(5)、R^(6)、R^(7)及びR^(8)はそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1?18のアルキル基を示し、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、アリール基を示す。]」


第3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由の概要は、本願発明は、引用文献1(特開2013-144793号公報)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定(進歩性)により特許を受けることができない、というものである。


第4 進歩性についての当審の判断

1.引用刊行物
(1)特開2013-144793号公報(拒絶査定における引用文献1)
(以下、本願出願日前に頒布された当該刊行物1を、「引用例1」という)

2.引用例1の記載
引用例1には、次の記載がある。
(1)「【請求項1】
(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、
前記(d)ホウ素を含有する塩が、下記一般式(A)で表される化合物である、接着剤組成物。
【化1】

[式(A)中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1?18のアルキル基、又は、アリール基を示し、X^(+)は、第4級リン原子及び/又は第4級窒素原子を含むカチオンを示す。]」(請求項1)

(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のラジカル硬化型接着剤を低温硬化させるためには、ラジカル重合開始剤を用いる必要があるが、従来のラジカル硬化型接着剤においては、低温硬化性と貯蔵安定性とを兼備させることが非常に難しい。例えば、アクリレート誘導体又はメタアクリレート誘導体等のラジカル重合性化合物のラジカル重合開始剤として、上述の過酸化ベンゾイル(BPO)、アミン系化合物、有機ホウ素化合物等を用いた場合には、室温(25℃、以下同様)でも硬化反応が進むため、貯蔵安定性が低下する場合がある。
【0009】
そこで、本発明は、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れる接着剤組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、このような接着剤組成物を用いたフィルム状接着剤、接着シート、接続構造体、及び、接続構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、特定のホウ素化合物を接着剤組成物の構成成分として用いることで、優れた低温硬化性及び貯蔵安定性が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明に係る接着剤組成物は、(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、(d)ホウ素を含有する塩が、下記一般式(A)で表される化合物である。
【化1】

[式(A)中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1?18のアルキル基、又は、アリール基を示し、X^(+)は、第4級リン原子及び/又は第4級窒素原子を含むカチオンを示す。]
【0012】
本発明では、(d)ホウ素を含有する塩を接着剤組成物が含有することで、低い温度(例えば80?120℃)における(c)ラジカル重合開始剤の分解を促進することができるため、接着剤組成物の低温硬化性が優れている。また、本発明では、上記(d)ホウ素を含有する塩が、一般式(A)で表される化合物であることによって、接着剤組成物の貯蔵安定性(例えば、室温付近(例えば-20?25℃)での貯蔵安定性)が優れており、接着剤組成物を長期保存した場合においても、優れた接着強度及び接続抵抗(例えば、回路部材の接続構造体又は太陽電池モジュールにおける接着強度及び接続抵抗)を得ることができる。以上のとおり、本発明に係る接着剤租組成物は、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れている。
【0013】
さらに、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、優れた接着強度及び接続抵抗を得ることができる。また、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、長時間の信頼性試験(高温高湿試験)後においても安定した性能(接着強度及び接続抵抗)を維持することができる。」(段落0008?0013)

(3)「【0077】
((d)ホウ素を含有する塩)
(d)ホウ素を含有する塩(以下「(d)成分」という)は、下記一般式(A)で表される化合物である。(d)成分は、ボレート化合物と、ボレート化合物の対カチオンX^(+)とを含んでいる。
【化24】

[式(A)中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1?18のアルキル基、又は、アリール基を示し、X^(+)は、第4級リン原子及び/又は第4級窒素原子を含むカチオンを示す。]
【0078】
(d)成分に含まれるボレート化合物としては、テトラアルキルボレート、テトラアリールボレート、トリアルキルアリールボレート、ジアルキルジアリールボレート、アルキルトリアリールボレートが挙げられる。ボレート化合物は、アリール基を含むボレートが好ましく、テトラアリールボレートがより好ましい。ボレート化合物としては、これらの化合物を分子内に複数有する化合物、又は、上記化合物をポリマーの主鎖及び/又は側鎖に有するものでもよい。
【0079】
ボレート化合物においてホウ素原子に結合するアルキル基としては、直鎖、分岐鎖又は環状のアルキル基を用いることができる。炭素数1?18のアルキル基の具体例としては、メチル基、トリフルオロメチル基、エチル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基、2-エチルヘキシル基、デシル基、ドデシル基、オクタデシル基、プロピル基、イソプロピル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、1-エチルペンチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、イソペンチル基、ヘプチル基、ノニル基、ウンデシル基、tert-オクチル基等が挙げられる。アルキル基の炭素数は1?12であってもよい。
【0080】
また、ボレート化合物においてホウ素原子に結合するアリール基の具体例としては、フェニル基、p-トリル基、m-トリル基、メシチル基、キシリル基、p-tert-ブチルフェニル基、p-メトキシフェニル基、ビフェニル基、ナフチル基、p-フルオロフェニル基、ペンタフルオロフェニル基、p-クロロフェニル基、o-クロロフェニル基、3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル基等が挙げられる。これらの中でもフェニル基が好ましい。
【0081】
また、ボレート化合物においてホウ素原子に結合するアルキル基及びアリール基のそれぞれは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0082】
第4級リン原子を含むカチオンとしては、ホスホニウムイオン等が挙げられる。第4級窒素原子を含むカチオンとしては、アンモニウムイオン、イミダゾリウムイオン、イミダゾリニウムイオン等が挙げられる。」(段落0077?0082)

(4)「【実施例】
【0149】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0150】
<熱可塑性樹脂>
(ポリエステルウレタンの準備)
ポリエステルウレタン樹脂(東洋紡株式会社製、UR-4800(商品名)、重量平均分子量:32000、ガラス転移温度:106℃)をメチルエチルケトンとトルエンの1:1混合溶媒に溶解して樹脂分30質量%の混合溶媒溶解品を準備した。
【0151】
(フェノキシ樹脂の準備)
フェノキシ樹脂(商品名:YP-50(東都化成株式会社製)、重量平均分子量:60000、ガラス転移温度:80℃)40質量部をメチルエチルケトン60質量部に溶解して、固形分40質量%の溶液を準備した。
【0152】
<ラジカル重合性化合物>
(ウレタンアクリレート(UA1)の合成)
攪拌機、温度計、塩化カルシウム乾燥管を有する還流冷却管、及び、窒素ガス導入管を備えた反応容器に、数平均分子量1000のポリ(1,6-ヘキサンジオールカーボネート)(商品名:デュラノール T5652、旭化成ケミカルズ株式会社製)2500質量部(2.50mol)と、イソホロンジイソシアネート(シグマアルドリッチ社製)666質量部(3.00mol)とを3時間で均一に滴下し、反応容器に充分に窒素ガスを導入した後、70?75℃に加熱して反応させた。反応容器に、ハイドロキノンモノメチルエーテル(シグマアルドリッチ社製)0.53質量部と、ジブチルスズジラウレート(シグマアルドリッチ社製)5.53質量部とを添加した後、2-ヒドロキシエチルアクリレート(シグマアルドリッチ社製)238質量部(2.05mol)を加え、空気雰囲気下70℃で6時間反応させ、ウレタンアクリレート(UA1)を得た。ウレタンアクリレートの重量平均分子量は15000であった。
【0153】
(リン酸基を有するビニル化合物(P-2M)の準備)
リン酸基を有するビニル化合物として、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルホスフェート(商品名:ライトエステルP-2M、共栄社化学株式会社製)を準備した。
【0154】
<ホウ素化合物の準備>
ホウ素化合物として、トリ-tert-ブチルホスホニウムテトラフェニルボレート(略称:TBPTB、東京化成工業株式会社製、融点:261℃)、ジ-tert-ブチルメチルホスホニウムテトラフェニルボレート(略称:DBMPTB、東京化成工業株式会社製、融点:158℃)を準備した。
また、ホウ素化合物として、2-エチル-4-メチルイミダゾリウムテトラフェニルボレート(EMI-B)を下記のとおり合成した。まず、30mlの4ツ口フラスコに攪拌装置、温度計及び還流器を取り付けた。次に、ナトリウムテトラフェニルボレート(Aldrich社製)3.4g(10mmol)を蒸留水100mlに溶解して得られた溶液を、2-エチル-4-メチルイミダゾール(Aldrich社製)1.1g(10mmol)の1mol/l塩酸10mol(10mol)の溶液に加えた。25℃で1時間攪拌後、油状物質が分離した。得られた油状物質をメチルエチルケトン(MEK)で希釈した後に水洗いし、さらに、ロータリーエバポレータで濃縮した。得られた固体をヘキサンで洗浄することで、白色固体として2-エチル-4-メチルイミダゾリウムテトラフェニルボレート(融点:200℃)を収率35%で得た。
【0155】
<アミン化合物の準備>
アミン化合物として、N,N-ジメチルアニリン(略称:DMA、Aldrich社製)を準備した。
【0156】
<ラジカル重合開始剤>
ラジカル重合開始剤として、ジベンゾイルパーオキサイド(商品名:ナイパーBW、日油株式会社製)及びジラウロイルパーオキサイド(商品名:パーロイルL、日油株式会社製)を準備した。
【0157】
<導電性粒子>
(導電性粒子の作製)
ポリスチレンを核とする粒子の表面に厚み0.2μmのニッケル層を設けた後、このニッケル層の外側に厚み0.02μmの金層を設けて、平均粒径10μm、比重2.5の導電性粒子を作製した。
【0158】
[実施例1?8及び比較例1?4]
(回路接続用接着剤の作製)
固形質量比で表1に示すように熱可塑性樹脂、ラジカル重合性化合物及びラジカル重合開始剤、並びに、ホウ素化合物又はアミン化合物を配合し、さらに、接着剤成分(回路接続用接着剤における導電性粒子を除いた成分)の全体積を基準として導電性粒子を1.5体積%配合分散させて、回路接続用接着剤を得た。得られた回路接続用接着剤を、塗工装置を用いて厚み80μmのフッ素樹脂フィルム上に塗布し、70℃、10分の熱風乾燥によって接着剤層の厚みが20μmのフィルム状回路接続用接着剤を得た。
【0159】
【表1】

【0160】
(接続抵抗、接着強度の測定)
実施例1?8及び比較例1?4の回路接続用接着剤を、ポリイミドフィルム上にライン幅25μm、ピッチ50μm、厚み8μmの銅回路を500本有するフレキシブル回路板(FPC)と、0.2μmのITOの薄層を形成した厚み1.1mmのガラス(ITO、表面抵抗20Ω/□)との間に介在させた。これを、熱圧着装置(加熱方式:コンスタントヒート型、東レエンジニアリング社製)を用いて、120℃、2MPaで10秒間加熱加圧して幅2mmにわたり接続し、接続構造体Aを作製した。この接続構造体Aの隣接回路間の抵抗値を、接続直後と、85℃、85%RHの恒温恒湿槽中に240時間保持した後(高温高湿試験後)とにおいて、マルチメータを用いて測定した。抵抗値は隣接回路間の抵抗37点の平均で示した。
【0161】
また、接続直後と高温高湿試験後とにおいて、接続構造体Aの接着強度をJIS-Z0237に準じて90度剥離法で測定した。ここで、接着強度の測定装置としては、東洋ボールドウィン株式会社製テンシロンUTM-4(剥離速度50mm/min、25℃)を使用した。
【0162】
実施例1?8及び比較例1?4の回路接続用接着剤を、ポリイミドフィルム(Tg350℃)上にライン幅150μm、ピッチ300μm、厚み8μmの銅回路を80本有するフレキシブル回路板(FPC)と、厚み5μmのAgペーストの薄層を形成した厚み0.1μmのPET基板(Ag)との間に介在させた。これを、熱圧着装置(加熱方式:コンスタントヒート型、東レエンジニアリング社製)を用いて、120℃、2MPaで20秒間加熱加圧して幅2mmにわたり接続し、接続構造体Bを作製した。FPCと、Agペーストの薄層を形成したPET基板とで構成される接続構造体Bの隣接回路間の抵抗値を、接続直後と、85℃、85%RHの恒温恒湿槽中に240時間保持した後(高温高湿試験後)とにおいて、マルチメータを用いて測定した。抵抗値は隣接回路間の抵抗37点の平均で示した。
【0163】
また、接続直後と高温高湿試験後とにおいて、接続構造体Bの接着強度を上記接続構造体Aと同様の条件で測定し、評価した。
【0164】
以上のように測定した接続構造体A,Bの接続抵抗及び接着強度の測定結果を下記表2に示す。
【0165】
【表2】

【0166】
(貯蔵安定性試験)
実施例1?2,7及び比較例1?2の回路接続用接着剤を、ガスバリア性容器内(旭化成パックス株式会社製、商品名:ポリフレックスバッグ飛竜、型番:N-9、材質:ナイロン・厚み15μm/PE・厚み60μm、サイズ:200mm×300mm)に入れ、ガスバリア性容器内の空気を除いた後、ヒートシーラーにて密封後、40℃雰囲気下に48時間放置した。上記雰囲気下に放置することによって、-10℃雰囲気下で5ヶ月間放置したことと同等とした。その後、実施例1?2,7及び比較例1?2の回路接続用接着剤を、上記と同様のFPCとITOの薄層を形成したガラスとの間、及び、FPCとAgペーストの薄層を形成したPET基板との間にそれぞれ介在させた。これを、上記接続抵抗及び接着強度の測定の際と同じ方法及び条件で加熱圧着して接続構造体を作製した。この接続構造体の接続抵抗及び接着強度を上記と同様の方法で測定した。
【0167】
以上のように測定した接続構造体の接続抵抗及び接着強度の測定結果を下記表3に示す。
【0168】
【表3】

【0169】
また、実施例3?6,8で得られる回路接続用接着剤を用いた接続構造体についても、実施例1?2,7と同様の試験を行った結果、実施例1?2,7と同様に低温硬化性及び貯蔵安定性は良好であった。」(段落0149?0169)

3.引用例1に記載された発明
引用例1には、その請求項1(摘記事項(1))に記載されているとおり、
「(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、前記(d)ホウ素を含有する塩が、下記一般式(A)で表される化合物である、接着剤組成物。
【化1】

[式(A)中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1?18のアルキル基、又は、アリール基を示し、X^(+)は、第4級リン原子及び/又は第4級窒素原子を含むカチオンを示す。]」の発明(以下、「引用例1発明」という)が記載されているものと認められる。

4.対比・判断
本願発明と引用例1発明とを対比する。両者は、
「(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有する接着剤組成物。」
である点において一致し、以下の点において相違が認められる。

(相違点)
本願発明は、ホウ素を含有する塩が「下記一般式(A)で表される化合物」である

[式(A)中、R^(1)、R^(5)、R^(6)、R^(7)及びR^(8)はそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1?18のアルキル基を示し、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、アリール基を示す。]
のに対し、引用例1発明は「下記一般式(A)で表される化合物」である点

[式(A)中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1?18のアルキル基、又は、アリール基を示し、X^(+)は、第4級リン原子及び/又は第4級窒素原子を含むカチオンを示す。]

そこで、まず、当該相違点について検討する。
引用例1の段落0078(摘記事項(3))には、ボレート化合物として「アルキルトリアリールボレート」が挙げられている。ここで「アルキル」とは、引用文献1の請求項1(摘記事項(1))の一般式(A)の定義から、炭素数1?18のアルキル基であると認められる。また、引用例1の段落0082(摘記事項(3))には、対カチオンとして「アンモニウムイオン」が挙げられている。ここで「アンモニウムイオン」として、NH_(4)^(+)、テトラブチルアンモニウムイオン等は、本願出願日において周知である。さらに、炭素数1?18のアルキル基を有するアルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンとが共存し得ないといった事情は存在しない。例えば、アルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンとからなる化合物である、「テトラブチルアンモニウム ブチルトリフェニルボレート」、および「テトラブチルアンモニウム ブチルトリ(4-tert-ブチルフェニル)ボレート」は、本願出願日前に市販されており、周知のものに過ぎない(必要とあれば、特開2011-067950号公報の段落0075参照)。
してみれば、引用例1発明において、一般式(A)で表される化合物として、炭素数1?18のアルキル基を有するアルキルトリアリールボレートとテトラブチルアンモニウムイオン等のアンモニウムイオンとからなる化合物は、事実上の選択肢とされていると認められ、本願発明は引用例1発明に包含されているといえる。しかしながら、引用例1には本願発明の一般式(A)で表される化合物が具体的には記載されていないので、当該相違点が実質的な差異でないとまでは言えない。
そこで、本願発明が選択発明として進歩性を有するか、その効果について検討する。
まず、特許に係る発明が、先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは、当該発明は、先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず、かつ、先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果、すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質な効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き、進歩性を有しないと解すべきである。
次に、本願明細書の段落0012には、「本発明では、(d)ホウ素を含有する塩を接着剤組成物が含有することで、低い温度(例えば80?120℃)における(c)ラジカル重合開始剤の分解を促進することができるため、接着剤組成物の低温硬化性が優れている。また、本発明では、上記(d)ホウ素を含有する塩が、一般式(A)で表される化合物であることによって、接着剤組成物の貯蔵安定性(例えば、室温付近(例えば-20?25℃)での貯蔵安定性)が優れており、接着剤組成物を長期保存した場合においても、優れた接着強度及び接続抵抗(例えば、回路部材の接続構造体又は太陽電池モジュールにおける接着強度及び接続抵抗)を得ることができる。以上のとおり、本発明に係る接着剤組成物は、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れている。」と記載され、段落0013には「さらに、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、優れた接着強度及び接続抵抗を得ることができる。また、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、長時間の信頼性試験(高温高湿試験)後においても安定した性能(接着強度及び接続抵抗)を維持することができる。」と記載され、実施例において、導電性粒子を配合した接着剤組成物から形成したフィルム状回路接続用接着剤について、高温高湿試験および貯蔵安定性試験を行い、接続抵抗および接着力が優れていることが示されている。
これに対し、引用例1の0012(摘記事項(2))には、「本発明では、(d)ホウ素を含有する塩を接着剤組成物が含有することで、低い温度(例えば80?120℃)における(c)ラジカル重合開始剤の分解を促進することができるため、接着剤組成物の低温硬化性が優れている。また、本発明では、上記(d)ホウ素を含有する塩が、一般式(A)で表される化合物であることによって、接着剤組成物の貯蔵安定性(例えば、室温付近(例えば-20?25℃)での貯蔵安定性)が優れており、接着剤組成物を長期保存した場合においても、優れた接着強度及び接続抵抗(例えば、回路部材の接続構造体又は太陽電池モジュールにおける接着強度及び接続抵抗)を得ることができる。以上のとおり、本発明に係る接着剤租組成物は、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れている。」と、本願明細書と同一の事項が記載され記載され、段落0013(摘記事項(2))には、「さらに、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、優れた接着強度及び接続抵抗を得ることができる。また、本発明では、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、長時間の信頼性試験(高温高湿試験)後においても安定した性能(接着強度及び接続抵抗)を維持することができる。」と、本願明細書と同一の事項が記載されている。また、実施例について、引用例1の実施例3、4、8と本願明細書の実施例1?4(ホウ素化合物の種類及び配合割合が異なる以外は、配合する物質の種類と配合割合、および試験方法が同一である)とを対比すると、接続抵抗、接着力の値について若干の差は認められるものの、結果の測定誤差(引用例1の比較例2と本願明細書の比較例1とは同一の例であるにも関わらず結果に若干の差があることからみて、実験結果にはその程度の誤差が生じるものと認められる)も考慮すれば、これが有意な差であるとは認められない。引用例1の実施例6と本願明細書の実施例5、6との対比についても同様である。そうすると、本願発明が、引用例1に記載された発明とは異質の効果を奏するものとも、同質の効果であるが際立って優れた効果を奏するものとも認められない。
したがって、本願発明は、引用例1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.請求人の主張の検討
請求人は、平成30年10月23日に提出した手続補正書において
「すなわち、まず、引用文献1には、(d)成分(引用文献1の一般式(A)で表される化合物)に含まれるボレート化合物の成分候補としてアルキルトリアリールボレートが記載されておりますが(段落[0078])、当該アルキルトリアリールボレートは、他の複数の成分候補と並列的に列挙されているに過ぎません。そして、引用文献1では、ボレート化合物として、アルキルトリアリールボレートとは異なるテトラアリールボレートが他の成分候補と比較して最も好ましいことが段落[0078]に記載されていることに伴い、当該文献の接着剤組成物の具体例を示す実施例においては、テトラアリールボレートが用いられているに過ぎず、アルキルトリアリールボレートを用いることは何ら具体的に示されておりません。さらに、引用発明1は、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れる接着剤組成物を得ることを課題としているところ(段落[0009])、引用文献1には、アルキルトリアリールボレートが他の成分候補と比較して、引用発明1の課題である低温硬化性及び貯蔵安定性に優れることは何ら記載されておりません。
また、引用文献1には、(d)成分に含まれる対カチオンX^(+)の成分候補として、第4級リン原子を含むカチオン、及び、第4級窒素原子を含むカチオンが記載された上で、当該第4級窒素原子を含むカチオンの成分候補としてアンモニウムイオンが記載されておりますが(段落[0082])、当該アンモニウムイオンは、第4級窒素原子を含むカチオンの他の複数の成分候補と並列的に列挙されているに過ぎません。そして、引用文献1では、対カチオンX^(+)として、アンモニウムイオンとは異なるホスホニウムイオン又はイミダゾリウムイオンを用いることが好ましいことが段落[0083]及び[0095]に記載されていることに伴い、当該文献の接着剤組成物の具体例を示す実施例においては、対カチオンX^(+)としてホスホニウムイオン及びイミダゾリウムイオンが用いられているに過ぎず、アンモニウムイオンを用いることは何ら具体的に示されておりません。さらに、引用文献1には、アンモニウムイオンが他の成分候補と比較して、引用発明1の課題である低温硬化性及び貯蔵安定性に優れることは何ら記載されておりません。
そのため、このような引用文献1では、上記ご認定の「一般式(A)で表されるホウ素を含有する塩の中から、最適な又は好適なものを選択することは、当業者が容易に想到し得ることである。」に関して、アルキルトリアリールボレート及びアンモニウムイオンのそれぞれが他の成分候補と比較して『最適な又は好適なもの』であることについて何ら記載されておりません。したがって、引用文献1の記載に基づいて、複数の成分候補の中から、実施例において何ら用いられていないことから有用性が何ら示されていないアルキルトリアリールボレート及びアンモニウムイオンの双方を敢えて選択した上で、「(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、前記(d)ホウ素を含有する塩が、式(A)で表される化合物である」接着剤組成物に想到することは当業者といえども困難です。
続いて、上記ご認定では、特開2013-057777号公報(以下、「文献A」といいます)及び特開2011-067950号公報(以下、「文献B」といいます)に基づき、テトラブチルアンモニウムブチルトリ(4-メチル-1-ナフチル)ボレート、テトラブチルアンモニウム-ブチルトリフェニルボレート、及び、テトラブチルアンモニウム-ブチルトリ(4-tert-ブチルフェニル)ボレートが公知であること、並びに、「引用文献1には、一般式(A)で表されるホウ素を含有する塩であれば、引用文献1に記載された発明の課題が解決し得ることが開示されているから、当業者であれば、一般式(A)で表されるホウ素を含有する塩として、テトラブチルアンモニウムブチルトリ(4-メチル-1-ナフチル)ボレート等を採用することには何ら困難性はない」ことをご指摘頂いております。しかしながら、下記理由のとおり、文献A及び文献Bの記載内容を参酌し得たとしても、本願発明に想到することは当業者といえども困難です。」
「次に、文献Bに記載の発明は、金属膜のパターン形成方法に関するものであり、「簡便な金属膜のパターン形成方法を提供すること」を課題としております(請求項1、段落[0009])。ここで、文献Bには、金属膜のパターン形成方法に使用される硬化性樹脂組成物に含まれる光重合開始剤として、テトラブチルアンモニウムブチルトリフェニルボレート等の有機ホウ素化合物が記載されておりますが(段落[0075])、文献Bでは、テトラブチルアンモニウムブチルトリフェニルボレート等の有機ホウ素化合物を使用することにより低温硬化性及び貯蔵安定性に優れることについて記載も示唆もありません。よって、このような文献Bにおいては、引用発明1の課題(すなわち、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れること)を解決するためにテトラブチルアンモニウムブチルトリフェニルボレート等の有機ホウ素化合物を使用することについて示唆があるとは認められません。また、文献Bに記載の「金属膜のパターン形成方法」と、引用文献1に記載の「接着剤組成物」とは、そもそも技術分野が異なることに伴い要求特性が相違するために上記のとおり課題が根本的に異なりますので、当業者が両者の技術を組み合わせることは困難です。
ここで、平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件、平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件、平成20年(行ケ)第10153号審決取消請求事件等における判決には、進歩性の要件充足性の判断について、『当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。』旨が判示されております。かかる判示に照らして本願の事情を検討すると、上述のとおり、引用文献1においては、アルキルトリアリールボレート及びアンモニウムイオンの双方が実施例において何ら用いられていないことからこれらの有用性が何ら示されておらず、そして、文献A及び文献Bにおいては、引用発明1の課題(すなわち、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れること)を解決するために特定の有機ホウ素系化合物を使用することについて何ら示唆されておりません。したがって、文献A及び文献Bを参酌し得たとしても、引用発明1に基づいて、複数の成分候補の中からアルキルトリアリールボレート及びアンモニウムイオンの双方を敢えて選択した上で、「(a)熱可塑性樹脂と、(b)ラジカル重合性化合物と、(c)ラジカル重合開始剤と、(d)ホウ素を含有する塩と、を含有し、前記(d)ホウ素を含有する塩が、式(A)で表される化合物である」接着剤組成物に想到することは当業者といえども困難です。」
「さらに、上記項目(3-1)において申し述べましたように、本願発明によれば、優れた低温硬化性及び貯蔵安定性を得ることが可能であり、特に、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、優れた接着強度及び接続抵抗を得ることができるとともに、接着剤組成物を長期保存するか否かに関わらず、長時間の信頼性試験(高温高湿試験)後においても安定した性能(接着強度及び接続抵抗)を維持することができます。このような本願発明の効果は、文献A及び文献Bを参酌し得たとしても、引用文献1に基づき当業者が容易に予期し得るものではありません。」
と主張する。
しかし、上記「3.」に記載したとおり、引用例1には、ボレート化合物としてアルキルトリアリールボレートを、対イオンとしてアンモニウムカチオンを用い得ることが記載されているし、アルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンが共存し得ない等の事情は存在しないから、引用例1にアルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンとからなる化合物について直接の記載がなくても、当該化合物を用いることは当業者ならば容易になし得る。この点、確かに、引用例1の段落0078には、ボレート化合物としてテトラアリールボレートが最も好ましいことが記載され、段落0083、0095には、対カチオンとしてホスホニウムイオン又はイミダゾリウムイオンが好ましいことが記載されている。しかし、引用例1には、それらが何故好ましいのかは説明がないし、それらを他のボレート化合物や対イオンと比較した具体例もないから、引用例1のそれら記載は、アルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンとからなる化合物を選択することを阻害するものではない。
そして、引用例1の段落0012?0013(摘記事項(2))には、「(d)ホウ素を含有する塩」を接着剤組成物が含有することで、低温硬化性及び貯蔵安定性に優れ、かつ長時間の信頼性試験(高温高湿試験)後においても安定した性能(接着強度及び接続抵抗)を維持することができる、という効果が奏される旨が記載されており、また、引用例1の実施例、比較例を対比しても、「(d)ホウ素を含有する塩」を用いなかった場合や代わりにアミン化合物を用いた場合に当該効果が奏されないことが理解できるだけであって、「(d)ホウ素を含有する塩」であっても化合物の種類に応じて優劣があること等は把握できない。そうすると、アルキルトリアリールボレートとアンモニウムカチオンとからなる化合物は当該「(d)ホウ素を含有する塩」なのであるから、引用例1に当該化合物を実際に用いた例が記載されていなくても、当該化合物を用いた際に、引用例1記載の効果が奏されることは、当業者ならば予測し得ることである。また、本願発明の効果は、上記「3.」に説示したとおり、引用例1に記載された発明の効果と異質のものでも、同質であるが際立って優れたものでもない。
なお、請求人が挙げる平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件における判決には、請求人が示す事項が判示されているものの、当該裁判例は本件とは異なる事案についての判示であって、本件にそのまま当てはまるものではないことを付記する。特に、本件において、引用例1記載の課題と本願発明の課題は同一である。
よって、請求人の主張は採用できない。

6.まとめ
以上検討のとおり、本願発明は、引用例1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-06-14 
結審通知日 2019-06-18 
審決日 2019-07-01 
出願番号 特願2014-168695(P2014-168695)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C09J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松原 宜史  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 蔵野 雅昭
牟田 博一
発明の名称 接着剤組成物及び接続構造体  
代理人 阿部 寛  
代理人 古下 智也  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 平野 裕之  
代理人 吉住 和之  
代理人 清水 義憲  

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