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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
管理番号 1354926
異議申立番号 異議2018-700774  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-09-26 
確定日 2019-07-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6300780号発明「アルコール飲料用乳化香料組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6300780号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第6300780号の請求項1?8に係る特許を維持する。  
理由 1 手続の経緯
特許第6300780号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成27年12月24日に出願され、平成30年3月9日にその特許権の設定登録がされ、平成30年3月28日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年 9月26日:特許異議申立人上道真理子(以下「申立人」という。)による請求項1?8に係る特許に対する特許異議の申立て
平成31年 2月 5日:取消理由通知書
同年 4月 2日:意見書、訂正請求書(特許権者)
令和 元年 5月15日:意見書(申立人)

2 訂正の適否
(1)訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
ア 訂正事項1
請求項1の「(b)1質量%水溶液の600nmにおける透過率が65%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル」を「(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル」に訂正する。
イ 訂正事項2
請求項1の「および(c)酵素分解されていないレシチン」を「(c)酵素分解されていないレシチン、および(d)水溶性溶媒」に訂正する。
(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、透過率の測定温度が25℃であることを明らかにして透過率の意義を明確にするとともに、透過率の下限値を引き上げて数値範囲を狭めるものであるから、明瞭でない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、本件特許明細書には、「得られたポリグリセリン脂肪酸エステル水溶液を、25℃まで冷却して試験液とする。この試験液を、水を対照液として、光路長1cmのセルを用いて600nmにおける透過率を測定する。」(【0029】)、「ポリグリセリン脂肪酸エステルを、1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%である商品名・・・に変えたほかは実施例1と同様に乳化香料組成物を調製した。」(【0044】、「・・・」は記載の省略を意味する。以下同じ。)と記載されているから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
イ 訂正事項2について
訂正事項2は、組成物が「(d)水溶性溶媒」を含有することを追加して限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、本件特許明細書には、「本発明のアルコール飲料用乳化香料組成物は、(a)油溶性成分、(b)ポリグリセリン脂肪酸エステルおよび(c)レシチンに加えて、(d)水溶性溶媒を含む。」(【0035】)と記載されているから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号及び3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。

3 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?8に係る発明(以下、各発明を「本件発明1」?「本件発明8」という。)は、上記訂正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

【請求項1】
(a)香料を含む油溶性成分、
(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル、
(c)酵素分解されていないレシチン、および
(d)水溶性溶媒
を含むアルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)。
【請求項2】
(c)レシチンが、大豆レシチン、菜種レシチンおよびひまわりレシチンからなる群から選ばれるものである、請求項1に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項3】
(b)ポリグリセリン脂肪酸エステルが、デカグリセリンと、ステアリン酸、オレイン酸又はそれらの組み合わせから選ばれる脂肪酸とのエステルである、請求項1又は2に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項4】
(b)ポリグリセリン脂肪酸エステル100質量部に対して、(c)レシチンを20?135質量部含む、請求項1から3の何れか一項に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項5】
請求項1から4の何れか一項に記載の乳化香料組成物を含むアルコール飲料。
【請求項6】
請求項1から4の何れか一項に記載の乳化香料組成物を含む、アルコール飲料用濃縮シロップ。
【請求項7】
アルコール飲料用濃縮シロップのアルコール濃度が20容量%以上である、請求項6に記載のアルコール飲料用濃縮シロップ。
【請求項8】
請求項6または7に記載の濃縮シロップを希釈してアルコール飲料を製造する方法。

4 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由の概要
訂正前の請求項1?8に係る特許に対して、当審が平成31年2月5日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
ア.取消理由1(36条4項1号)
請求項1?8について、発明の詳細な説明の記載が下記の点で特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
イ.取消理由2(36条6項1号)
請求項1?8について、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
ウ.取消理由3(36条6項2号)
請求項1?8について、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。

ア.取消理由1、イ.取消理由2について
(ア)請求項1?8に係る発明は、ポリグリセリン脂肪酸エステルの透過率が65%以上であることを特定している。しかし、透過率が73.5%未満のときに課題を解決できるとはいえない。また、発明の詳細な説明は、透過率が73.5%未満の場合について、当業者が発明を実施できるように記載されているとはいえない。
(イ)発明の詳細な説明には、水溶性溶媒を含まない乳化香料組成物は記載されていない。これに対し、請求項1?8に係る発明は、水溶性溶媒を含まない場合を包含しているから、発明の詳細な説明に開示された範囲を超えるものである。
ウ.取消理由3について
(ア)請求項1?8に係る発明は、「乳化香料組成物」の発明であるのに、水溶性溶媒を含むことは特定されていないため、不明確である。
(イ)請求項1?8に係るポリグリセリン脂肪酸エステルは、透過率の範囲が特定されているが、その測定温度までは特定されていないため、透過率の意義が不明確である。

(2)当審の判断
前述のとおり、請求項1?8に係る発明について、ポリグリセリン脂肪酸エステルの透過率が「73.5%以上」であって、その測定温度が「25℃」であること、及び、乳化香料組成物が「(d)水溶性溶媒」を含むことを特定する旨の訂正がなされたことにより、前記取消理由1?取消理由3は全て解消した。

5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)特許異議申立理由の概要
平成31年2月5日付け取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。
ア.申立理由1(29条2項)
本件発明1?8は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
イ.申立理由2(29条2項)
本件発明1?8は、甲第6号証に記載された発明及び甲第4、5号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
ウ.申立理由3(29条2項)
本件発明5?8は、甲第7号証に記載された発明及び甲第3、4号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
エ.申立理由4(36条6項2号)
請求項1は、透過率65%程度の不透明な水溶液を包含するものであるが、そのような不透明な水溶液は経時的に沈降若しくは相分離が生じる可能性を否定できず、また、試料と検出器の距離によって透過率の測定値が異なるから、明確性要件を充足しない。
オ.申立理由5(36条6項1号)
請求項1には透過率の測定温度が規定されていないため、測定温度が60℃を超える場合のように、課題を解決できないポリグリセリン脂肪酸エステルまでもが包含されている。
<甲号証一覧>
甲第1号証:特開2007-116930号公報
甲第2号証:加藤友治、「ポリグリセリン脂肪酸エステルの物理化学特性と食品への応用」、日本食品工学会誌、2002年3月、第3巻、第1号、p.1?7
甲第3号証:特開2010-280628号公報
甲第4号証:特開2008-245588号公報
甲第5号証:特開2011-92083号公報
甲第6号証:特許第5544674号公報
甲第7号証:特表2002-500519号公報

(2)甲号証の記載
ア.甲第1号証
甲第1号証には以下の事項が記載されている(下線は当審にて付与した。以下同じ。)。
「【請求項1】
下記組成
(a)可食性油性材料
(b)精製ポリグリセリン脂肪酸エステル
(c)多価アルコール
(d)水
からなる組成物を乳化処理して得られることを特徴とする耐アルコール性透明乳化組成物。」
「【0023】
本発明者らは、透明性および乳化安定性を損なう直接の原因の一つがポリグリセリン脂肪酸エステル中の高次エステルの存在であることを突き止めた。そこで、高次エステルをできるだけ除去し・・・精製したポリグリセリン脂肪酸エステルを用いて透明乳化組成物を調製したところ、それ自身、酸、塩、加熱、アルコールなどに対し非常に安定であり、特にアルコールに対してはアルコール濃度約30%までのアルコール水溶液と混合した場合でも良好な乳化状態が保たれ、かつ透明性も維持できること、およびこれを配合したアルコール性飲料は長期間にわたって、その透明状態を保つとともに従来のポリグリセリン脂肪酸エステルで調製した乳化組成物に比べ、透明性、保存安定性が飛躍的に向上していることを見出し、本発明を完成した。」
「【0042】
乳化物の調製
製造例1
グリセリン78g、イオン交換水12gの混合液に前記方法で精製したデカグリセリンモノステアレート(日光ケミカルズ社製Decaglyn1-SVF)精製品1の4.5gを溶解し水相とする。そこにレモン精油4gをTK-ホモジナイザー(特殊機化工業)により8000rpmで攪拌しながら混合する。10分間の乳化を行う。得られた乳化組成物は平均粒径0.07ミクロン(本発明品1)であった。」

以上によれば、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「レモン精油、デカグリセリンモノステアレート(日光ケミカルズ社製Decaglyn1-SVF)精製品、グリセリン、イオン交換水からなる耐アルコール性透明乳化組成物。」

イ.甲第4号証
甲第4号証には以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
(A)平均重合度5?15のポリグリセリンと炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるポリグリセリン脂肪酸エステル、
(B)ショ糖と、炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるショ糖脂肪酸エステル、
(C)レシチン
を含む乳化剤組成物であって、(A)ポリグリセリン脂肪酸エステル100重量部に対し、(B)ショ糖脂肪酸エステルを5?35重量部、(C)レシチンを2?25重量部の量で含むことを特徴とする乳化剤組成物。
・・・
【請求項4】
非水溶性物質0.1?40重量%と、請求項1?3のいずれかに記載の乳化剤組成物2?50重量%と、水性成分10?97.9重量%との量で含むことを特徴とする水中油型エマルジョン。」
「【0007】
本発明は、非水溶性物質を多量に含有でき、耐アルコール性に優れる水中油型エマルジョンを製造するための乳化剤組成物を提供することを目的としている。」
「【0029】
[(C)レシチン]
本発明の乳化剤組成物に用いられる(C)レシチン(以下、成分(C)ともいう)は、大豆、卵黄等を原料とする天然由来のレシチンである。具体的には・・・大豆レシチン、卵黄レシチン、酵素分解レシチンが好ましい。
・・・
【0031】
このように、本発明の乳化剤組成物に成分(C)を配合することにより、後述する本発明の乳化剤組成物を用いた水中油型エマルジョンにおいて、非水溶性物質からなる油性成分を水性成分中に適度に分散させることができ、かつこの分散された状態(乳化状態)を長期間にわたって維持することができるという優れた効果を奏する。」
「【0059】
本発明の水中油型エマルジョンを含有する飲料としては・・・アルコール飲料・・・などを挙げることができる。」

ウ.甲第5号証
甲第5号証には以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
(a)脂溶性成分、(b)ショ糖脂肪酸エステル、(c)ポリグリセリン脂肪酸エステル、(d)リン脂質、(e)ポリオール、(f)水からなる乳化安定性の高いエマルジョン組成物。」
「【0021】
本発明で用いるリン脂質は、脂肪酸、アルコール、窒素化合物とリン酸からなるエステルであり、グリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質が含まれる。
グリセロリン脂質としては、例えば、レシチン(ホスファチジルコリン)・・・
【0024】
これらのリン脂質のうち、本エマルジョン組成物の乳化安定性の点から、レシチン、リゾレシチンを用いるのが好ましい。」

エ.甲第6号証
甲第6号証には以下の事項が記載されている。
「【請求項1】
乳化剤として脂肪酸の炭素数が12?14で、HLBが15.5?17であるデカグリセリン脂肪酸エステルを使用し、抽出溶剤としてエチルアルコールおよび水の抽出溶剤混合物を用いて油溶性原料を抽出し、抽出溶剤層を分離し、この抽出溶剤層から析出物をろ過し、前記抽出溶剤混合物中の前記デカグリセリン脂肪酸エステルの含有量を10%以下とし、前記エチルアルコールの配合量を60?70%としたことを特徴とする風味の強化されたエッセンス香料の製造方法。
・・・
【請求項3】
油溶性原料が柑橘精油である請求項1に記載のエッセンス香料の製造方法。
・・・
【請求項6】
請求項5に記載のエッセンス香料を添加した飲食品。」
「【0030】
本発明のエッセンス香料は・・・アルコール飲料・・・などの着香に使用できる。」
「【0033】
[実施例1]
[乳化剤としてデカグリセリンミリスチン酸エステル、C:14、HLB16.0を使用したエッセンス香料]
溶剤層においてエチルアルコールが57%、乳化剤が9.1%になるようにイオン交換水34gに乳化剤としてデカグリセリンミリスチン酸エステルであるリョートーポリグリエステル M-7D、HLB16.0の10gを43℃で溶解させ、95%のエチルアルコール66gを混合し、オレンジ精油10gを添加、25℃下で15分、500rpmで攪拌し、-15℃に冷却静置した後、分液ロートで下層(抽出溶剤相)70gを採取し、ラヂオライトデラックス(登録商標)(昭和化学工業(株)製)を0.35g混合攪拌した後、定性ろ紙NO.2 55mm(ADVANTEC社製)でろ過し、エッセンス香料69gを得た。」

以上によれば、甲第6号証には、特に実施例に関し、以下の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認められる。
「オレンジ精油、デカグリセリンミリスチン酸エステル(リョートーポリグリエステル M-7D)、イオン交換水、エチルアルコールを含み、アルコール飲料の着香に使用できるエッセンス香料。」

オ.甲第7号証
甲第7号証には以下の事項が記載されている。
「【特許請求の範囲】
1. アネトールを含有するアルコールもしくはノンアルコール飲料であって、該飲料に対するアネトールの見掛けの溶解度を高める為に、ヒト用の食品に許容される、少なくとも一種のリン脂質を有効量含有することを特徴とする、アルコールもしくはノンアルコール飲料。
2. リン脂質が、植物もしくは動物に由来する、レシチンもしくはそれらの誘導体、特にリゾレシチン、の中に存在するリン脂質の群から選ばれる、請求項1に記載のアルコールもしくはノンアルコール飲料。」(2ページ1?8行)
「レシチンの中では、植物もしくは動物に由来する(大豆や卵から抽出される)レシチンが挙げられる。
後者の中では、次の化学的性質の非常に異なるレシチンが挙げられる:エピクロン145(Epikuron145(商標))のような粗レシチン・・・」(7ページ15?16行)
「以下のような使用した(卵や大豆の)レシチン、及び画分は、
ルーカス-マイヤー:
エピクロンE145(ホスファチジルコリンを50%含有)
・・・
により供給されたものである。
例1
7.5gのアネトールと10gのエピクロン145を、96度のアルコール1050gに溶かす。この溶液を脱イオン水(全体を5リットルとする量)に、攪拌しながら添加する。得られたプレエマルジョンを、APV-ゴーリンの装置を用いて均質化処理に付す:80Mpa(800バール);加圧3サイクル。この飲料は、水で希釈しても濁らない。この飲料は、トニック、コーラ、もしくは果実をベースとする酸性飲料タイプの酸性の飲料で希釈した時に濁る。」(12ページ下から7行?13ページ10行)

以上によれば、甲第7号証には、例1に関し、以下の発明(以下「甲7発明」という。)が記載されていると認められる。
「アネトール、エピクロン145、脱イオン水、アルコールを含む飲料。」

(3)当審の判断
ア.申立理由1(29条2項)について
(ア)本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「レモン精油」、「デカグリセリンモノステアレート(日光ケミカルズ社製Decaglyn1-SVF)精製品」、「イオン交換水」は、それぞれ、本件発明1の「香料を含む油溶性成分」、「ポリグリセリン脂肪酸エステル」、「水溶性溶媒」に相当する。
甲1発明の「耐アルコール性透明乳化組成物」は、アルコール性飲料にも配合でき(【0023】)、酵素分解レシチンを含まないから、本件発明1の「アルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)」に相当する。
よって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。
[一致点]
(a)香料を含む油溶性成分、
(b)ポリグリセリン脂肪酸エステル、
(d)水溶性溶媒
を含むアルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)。
[相違点1]
ポリグリセリン脂肪酸エステルが、本件発明1では「25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上である」のに対し、甲1発明は「デカグリセリンモノステアレート(日光ケミカルズ社製Decaglyn1-SVF)精製品」である点。
[相違点2]
本件発明1が「(c)酵素分解されていないレシチン」を含むのに対し、甲1発明はレシチンを含まない点。

(イ)相違点2について検討する。
甲第4号証には、ポリグリセリン脂肪酸エステルとレシチンを含む乳化剤組成物が記載されている。そして、レシチンを配合することにより、油性成分を水性成分中に適度に分散させ、かつこの分散された状態(乳化状態)を長期間にわたって維持できる効果を奏することが記載されている。
しかし、甲1発明は、高次エステルをできるだけ除去し、精製したポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることにより、アルコールなどに対し安定な透明乳化組成物が得られる(甲第1号証【0023】)というものであるのに対し、甲第4号証に記載された発明は、「(A)平均重合度5?15のポリグリセリンと炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるポリグリセリン脂肪酸エステル、(B)ショ糖と、炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるショ糖脂肪酸エステル、(C)レシチンを含む乳化剤組成物であって、(A)ポリグリセリン脂肪酸エステル100重量部に対し、(B)ショ糖脂肪酸エステルを5?35重量部、(C)レシチンを2?25重量部の量で含むことを特徴とする乳化剤組成物。」(甲第4号証【請求項1】)という、特定の配合の乳化剤組成物によって、耐アルコール性に優れる水中油型エマルジョンを製造できる(同【0007】)というものであるから、両者は、耐アルコール性に優れる乳化組成物を得るための技術思想が相違している。
また、甲第4号証には、レシチンを配合することの技術的意義について、「本発明の乳化剤組成物に成分(C)を配合することにより、後述する本発明の乳化剤組成物を用いた水中油型エマルジョンにおいて、非水溶性物質からなる油性成分を水性成分中に適度に分散させることができ、かつこの分散された状態(乳化状態)を長期間にわたって維持することができるという優れた効果を奏する。」(【0031】)と記載されており、レシチンを「本発明の乳化剤組成物に」配合することにより優れた効果が得られることが記載されている。すなわち、上記記載は、「(A)平均重合度5?15のポリグリセリンと炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるポリグリセリン脂肪酸エステル、(B)ショ糖と、炭素原子数8?22の脂肪酸とのエステルであるショ糖脂肪酸エステル」を所定の割合で含む乳化剤組成物に対してレシチンを配合すれば、上記優れた効果が得られることを示しており、当該配合の乳化剤組成物を離れたレシチンの効果を示すものとはいえない。
そして、甲1発明はショ糖脂肪酸エステルを含まず、一方、甲第4号証に係るポリグリセリン脂肪酸エステルは精製したものではないから、少なくともこの点で両者の乳化剤組成物は配合が相違する。
よって、甲第4号証に記載された乳化剤組成物から、レシチンのみに着目し、これを甲1発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
また、甲第5号証には、ポリグリセリン脂肪酸エステルとリン脂質を含むエマルジョン組成物が記載され、好ましいリン脂質としてレシチンが記載されている。
しかし、甲第5号証に記載された発明は、「(a)脂溶性成分、(b)ショ糖脂肪酸エステル、(c)ポリグリセリン脂肪酸エステル、(d)リン脂質、(e)ポリオール、(f)水からなる乳化安定性の高いエマルジョン組成物。」(甲第5号証【請求項1】)であり、当該特定の配合のエマルジョン組成物におけるリン脂質について、好ましい例の一つとしてレシチンが記載されているにすぎない。
そうすると、甲第4号証について検討したのと同様に、甲第5号証に記載されたエマルジョン組成物から、レシチンのみに着目し、これを甲1発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
また、甲第2号証、甲第3号証にも、甲1発明にレシチンを配合することを示唆する記載はない。
よって、相違点2に係る本件発明1の構成は、甲1発明及び甲第2?5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に相当し得たものではない。

(ウ)したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲第2?5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明2?8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものに相当するから、同様に、甲1発明及び甲第2?5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、請求項1?8に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

イ.申立理由2(29条2項)について
本件発明1と甲6発明を対比する。
甲6発明の「オレンジ精油」、「イオン交換水」は、それぞれ、本件発明1の「香料を含む油溶性成分」、「水溶性溶媒」に相当する。
本件特許明細書に、実施例7として「1質量%水溶液の600nmにおける透過率が99.2%である、ポリグリセリン脂肪酸エステル(商品名:リョートー ポリグリエステル M-7D/三菱化学フーズ株式会社製、デカグリセリンモノミリスチン酸エステル、HLB:16)」(【0061】)と記載されていることを踏まえると、甲6発明の「デカグリセリンミリスチン酸エステル(リョートーポリグリエステル M-7D)」は、本件発明1の「25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル」に相当する。
甲6発明の「アルコール飲料の着香に使用できるエッセンス香料」は、酵素分解レシチンを含まないから、本件発明1の「アルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)」に相当する。
よって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。
[一致点]
(a)香料を含む油溶性成分、
(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル、
(d)水溶性溶媒
を含むアルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)。
[相違点3]
本件発明1が「(c)酵素分解されていないレシチン」を含むのに対し、甲6発明はレシチンを含まない点。

相違点3について検討すると、前記「ア.」で相違点2について検討したのと同様に、甲第4号証に記載された乳化剤組成物、あるいは、甲第5号証に記載されたエマルジョン組成物から、レシチンのみに着目し、これを甲6発明に適用する動機付けがあるとはいえない。
よって、相違点3に係る本件発明1の構成は、甲6発明及び甲第4、5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に相当し得たものではない。
したがって、本件発明1は、甲6発明及び甲第4、5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明2?8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものに相当するから、同様に、甲6発明及び甲第4、5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、請求項1?8に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

ウ.申立理由3(29条2項)について
本件発明5と甲7発明を対比する。
甲7発明の「アネトール」、「エピクロン145」、「脱イオン水」、「アルコールを含む飲料」は、それぞれ、本件発明5の「香料を含む油溶性成分」、「酵素分解されていないレシチン」、「水溶性溶媒」、「アルコール飲料」に相当する。
よって、両者の一致点、相違点は以下のとおりである。
[一致点]
(a)香料を含む油溶性成分、
(c)酵素分解されていないレシチン、および
(d)水溶性溶媒
を含む(ただし、酵素分解レシチンを含む場合を除く)アルコール飲料。
[相違点4]
本件発明5が「(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル」を含む「アルコール飲料用乳化香料組成物を含む」のに対し、甲7発明は、そのような乳化香料組成物を含むものではない点。

相違点4について検討すると、甲第7号証には、「一種、もしくはそれ以上の適切な界面活性剤を用いてミクロエマルジョンを作ることにより、アルコールの割合が僅かである場合の、アネトールの見掛けの溶解度を高めることが可能となる。」(9ページ1?3行)との記載があり、複数種の界面活性剤を用いることの示唆がある。
しかし、レシチン以外の界面活性剤として、特にポリグリセリン脂肪酸エステルに着目すべき旨の示唆はない。
甲第4号証には、レシチンの他に、特定のポリグリセリン脂肪酸エステル及び特定のショ糖脂肪酸エステルを、所定の割合で含む乳化剤組成物が記載されているが、当該ポリグリセリン脂肪酸エステルは、本件発明5のポリグリセリン脂肪酸エステルと同じものとはいえない。
また、甲7発明は、アネトールを含有する飲料の一配合例であり、甲第7号証の上記記載は、アネトールの見掛けの溶解度を高めることについて記載するものであるところ、甲第4号証には、アネトールに関する記載はない。
よって、甲7発明に甲第4号証に記載された乳化剤組成物を適用する動機付けは認められないし、仮に適用しても、本件発明5の構成は得られない。
また、甲第3号証には、「(A)油溶性成分を含有する油相成分、(B)多価アルコールを含む水相成分、及び(C)平均重合度10以上のポリグリセリンのモノ脂肪酸エステルを含有し、且つ1重量%水溶液についての600nmにおける透過率が80%以上である乳化剤を含有して成る、乳化製剤。」(【請求項2】)と記載されており、本件発明5に係る「(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル」が示されているとはいえるものの、甲第3号証にはレシチンにも、アネトールにも言及するところがないから、甲7発明に甲第3号証に記載された乳化剤を適用する動機付けは認められない。
よって、甲第3、4号証に記載された事項を考慮しても、甲7発明において、相違点4に係る本件発明5の構成を採用することを当業者が容易に想到し得たとはいえず、本件発明5は、甲7発明及び甲第3、4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件発明6?8は、本件発明5の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものに相当するから、同様に、甲7発明及び甲第3、4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、請求項6?8に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

エ.申立理由4(36条6項2号)について
請求項1において、透過率は「73.5%以上」に訂正されたところ、その意味自体に不明確なところはなく、経時的に沈降若しくは相分離が生じる可能性の有無は明確性要件に関係しない。また、透過率の測定について、本件特許明細書に「光路長1cmのセルを用いて600nmにおける透過率を測定する。透過率の測定は通常の分光光度計を用いて行う。」(【0029】)と記載されており、通常の分光光度計を用いて透過率の測定を行う場合の測定値が、発明を特定できない程にばらつくとまでは認められないから、試料と検出器の距離が請求項1に特定されていなくても、発明が不明確であるとはいえない。請求項1を引用する請求項2?8も同様である。
よって、本件発明1?8は明確であり、特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項2号の要件を満たさないとはいえない。

オ.申立理由5(36条6項1号)について
請求項1?8に係る発明について、透過率の測定温度が「25℃」であることを特定する旨の訂正がなされたことにより、申立理由5は解消した。

6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)香料を含む油溶性成分、
(b)25℃の1質量%水溶液の600nmにおける透過率が73.5%以上であるポリグリセリン脂肪酸エステル、
(c)酵素分解されていないレシチン、および
(d)水溶性溶媒
を含むアルコール飲料用乳化香料組成物(ただし、前記組成物が酵素分解レシチンを含む場合を除く)。
【請求項2】
(c)レシチンが、大豆レシチン、菜種レシチンおよびひまわりレシチンからなる群から選ばれるものである、請求項1に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項3】
(b)ポリグリセリン脂肪酸エステルが、デカグリセリンと、ステアリン酸、オレイン酸又はそれらの組み合わせから選ばれる脂肪酸とのエステルである、請求項1又は2に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項4】
(b)ポリグリセリン脂肪酸エステル100質量部に対して、(c)レシチンを20?135質量部含む、請求項1から3の何れか一項に記載のアルコール飲料用乳化香料組成物。
【請求項5】
請求項1から4の何れか一項に記載の乳化香料組成物を含むアルコール飲料。
【請求項6】
請求項1から4の何れか一項に記載の乳化香料組成物を含む、アルコール飲料用濃縮シロップ。
【請求項7】
アルコール飲料用濃縮シロップのアルコール濃度が20容量%以上である、請求項6に記載のアルコール飲料用濃縮シロップ。
【請求項8】
請求項6または7に記載の濃縮シロップを希釈してアルコール飲料を製造する方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-07-19 
出願番号 特願2015-252241(P2015-252241)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23L)
P 1 651・ 537- YAA (A23L)
P 1 651・ 536- YAA (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小倉 梢  
特許庁審判長 山崎 勝司
特許庁審判官 井上 哲男
紀本 孝
登録日 2018-03-09 
登録番号 特許第6300780号(P6300780)
権利者 高砂香料工業株式会社
発明の名称 アルコール飲料用乳化香料組成物  
代理人 小林 浩  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 小林 浩  
代理人 田村 恭子  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 田村 恭子  

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