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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A01N
管理番号 1354967
異議申立番号 異議2019-700376  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-07 
確定日 2019-09-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6420545号発明「害虫防除用エアゾール、及びこれを用いた害虫防除方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6420545号の請求項1?6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6420545号の請求項1?6に係る発明についての出願は、平成26年1月14日(優先権主張 平成25年7月1日(JP)日本国)に出願され平成30年10月19日にその特許権の設定登録がされ、同年11月7日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1?6に係る発明の特許に対し、令和元年5月7日に特許異議申立人佐藤 美由紀(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立がされたものである。

第2 本件発明
特許第6420545号の請求項1?6に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明6」といい、これらをまとめて「本件発明」と言うこともある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?請求項6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
(a)害虫防除成分としてトランスフルトリン及び(b)有機溶剤として高級脂肪酸エステルを含有するエアゾール原液と、(c)噴射剤とを、エアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)となるように、定量噴霧用エアゾールバルブを備えたエアゾール容器に充填した害虫防除用エアゾールであって、
前記高級脂肪酸エステルが、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピルからなる群から選択される1種以上であり、
前記エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μmであり、
前記定量噴霧用エアゾールバルブを通した1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させることを特徴とする害虫防除用エアゾール。
【請求項2】
前記噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が25?70μmであることを特徴とする請求項1に記載の害虫防除用エアゾール。
【請求項3】
前記高級脂肪酸エステルが、ミリスチン酸イソプロピルであることを特徴とする請求項1又は2に記載の害虫防除用エアゾール。
【請求項4】
噴射距離20cmにおける噴射力(25℃)が2.0g・f以上であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の害虫防除用エアゾール。
【請求項5】
前記定量噴霧用エアゾールバルブの一回当たりの噴霧容量が、0.1?0.9mLであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の害虫防除用エアゾール。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の害虫防除用エアゾールを屋内で一定量噴霧処理することを特徴とする害虫防除方法。」

第3 申立理由の概要及び証拠方法
1 申立理由の概要
特許異議申立人は、後記2の証拠を提出した上で、以下の申立理由を主張している。
(1)特許法第29条第2項(以下、「理由1」という。)
本件発明1?6は、本件特許出願日前に日本国内又は外国において頒布された以下の甲第1号証乃至甲第6号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2 証拠方法
甲第1号証:特開2013-99336号公報
甲第2号証:特開2002-220301号公報
甲第3号証:特開2010-280633号公報
甲第4号証:特開昭59-212403号公報
甲第5号証:特開2012-10641号公報
甲第6号証:特開2003-81721号公報

第4 申立理由1についての当審の判断
1 甲第1号証の記載及び甲第1号証に記載された発明
(1a)「【請求項1】
エアゾール噴霧方式を用いて、室温において徐々に蒸散する蒸散性の殺虫剤および/または忌避剤を含有する処理薬剤を室内に噴霧し、噴霧した処理薬剤の微粒子を室内空間にとどめると共に、室内の床面、壁、天井などに付着した処理薬剤を再蒸散せしめて、物陰に潜む蚊成虫に対しても駆除する蚊成虫の駆除方法であって、前記処理薬剤が30℃における蒸気圧2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであり、かつ、30℃における蒸気圧30mmHg未満の有機溶媒に溶解されてなり、該処理薬剤の噴霧後の体積積算分布での90%粒子径が20μmを超えて、80μm以下となるよう噴霧されて、前記噴霧が1回の噴霧後の処理空間における前記処理薬剤の気中残存率を処理開始から2時間経過時に5%以上とする噴霧である、該処理空間の全体にわたって潜む蚊成虫の駆除方法。」

(1b)「【0009】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、薬剤放出後の薬剤の気中濃度の低下を抑制することによって優れた害虫の駆除効果を持続させるとともに、薬剤を空気中にとどめることにより、薬剤の拡散を促進し、物陰に潜む蚊に対しても十分な効力を有し、薬剤の無駄な使用をおさえた安全性の高い害虫の駆除方法を提供することを目的とする。」


(1c)「【0022】
殺虫剤としては、例えば、・・・トランスフルスリン・・・などのピレスロイド系殺虫剤;」

(1d)「【0030】
なお、本発明の駆除方法により、十分な駆除効果を発現させるためには、処理薬剤の量は、8畳の空間(30m^(3))あたり0.01?40mg程度であることが望ましいが、この量は、使用される殺虫剤や忌避剤の種類などによって異なるので、かかる殺虫剤や忌避剤の種類などに応じて適宜決定することが好ましい。」

(1e)「【0043】
本発明においては、前記処理薬剤のみを使用することができるが、溶媒に溶解させて使用することが好ましい。この場合、前記処理薬剤を溶媒に溶解させた溶液における処理薬剤の濃度は、0.1%以上となるように調整することが好ましい。

【0044】
溶媒としては、脂肪族炭化水素化合物、脂環式炭化水素化合物、芳香族炭化水素化合物、ハロゲン化炭化水素化合物、アルコール、エステル、エーテルおよびケトンからなる群より選ばれた少なくとも1種の有機溶媒が好ましい。」

(1f)「【0050】
前記エステルとしては、例えば、酢酸エステル、プロピオン酸エステル、酪酸エステル、ステアリン酸エステル、安息香酸エステル、ラウリン酸エステルなどの炭素数4?27のエステルが挙げられる。これらの中では、酢酸エステルが好ましい。」

(1g)「【0073】
実施例1?31および比較例1?2〔エアゾール方式による害虫の駆除〕
300mlの耐圧容器内に、表1および表2に示す条件で、薬剤(殺虫剤または忌避剤)が耐圧容器内に占める割合が0.5?60容量%となるように調整した。薬液の調製には、表1および表2に示す溶媒を用い、さらに噴射剤には表1-1および表1-2に示すものを使用して耐圧容器内の圧力が約4?5kg/cm^(2) ・Gとなるように設定した。
【0074】
薬液の微粒子の直径は、使用するバルブやボタンの種類によって調整することができるが、この実施例においては、耐圧容器の容量と、薬剤および溶媒の合計容量との割合を変えることで調整した。例えば、放出した薬液粒子の体積積算分布における90%粒子径を約5μmとする場合には、耐圧容器に対する初期の薬液の占める容量比率を2.5容量%とし、約10μmとする場合には、その容量比率を0.5容量%とし、これと同様に90%粒子径を約20μmとする場合には、その容量比率を10容量%とし、90%粒子径を約40μmとする場合には、その容量比率を20容量%とし、さらに90%粒子径を約80μmとする場合には、その容量比率を40%とした。
【0075】
評価は、8畳の居室試験室内(約30m^(3))に、供試虫としてアカエイカ雌成虫約100匹を放し、蚊を放ってから、各供試剤を所定量噴霧処理し、噴霧からの経時的なノックダウン虫数を調査した。」

(1h)「【0086】
【表1】



(1i)「【0090】
【表3】



甲第1号証には、エアゾール噴霧方式を用いて殺虫剤および/または忌避剤を含有する処理薬剤を噴霧する蚊成虫の駆除方法(1a)が記載されており、薬剤放出後の薬剤の気中濃度の低下を抑制することによって優れた害虫の駆除効果を持続させるとともに、薬剤を空気中にとどめることにより、薬剤の拡散を促進し、物陰に潜む蚊に対しても十分な効力を有し、薬剤の無駄な使用をおさえた安全性の高い害虫の駆除方法の提供を目的とすること(1b)、処理薬剤のうちの殺虫剤としては、例えば、トランスフルスリンが挙げられること(1c)、十分な駆除効果を発現させるためには、処理薬剤の量は、8畳の空間(30m^(3))あたり0.01?40mg程度であることが望ましいこと(1d)、前記処理薬剤は溶媒に溶解させて使用することが好ましく、溶媒としては、ラウリン酸エステルなどの炭素数4?27のエステルが挙げられることが記載されている((1e)、(1f))。また、実施例として(1g)には、エアゾール方式による害虫の駆除の例が記載され、その際の薬剤は、バルブを有する耐圧容器内に供されることが記載されている。さらに、(1h)及び(1i)の実施例番号18?20、23?25においては、薬剤としてトランスフルスリンが用いられ、溶媒としてエタノール、テトラデカンが用いられ、噴射剤としてLPGが用いられ、原液と噴射剤との比(V/V%)が、10/90、20/80又は40/60であり、薬液の微粒子の直径(D90)(μm)は20、40又は80であり、処理薬剤は、8.3、8.4、8.5又は8.7(mg/30m^(3))で噴霧処理され、具体的対象としてアカエイカを用いた実施例が記載されている。

そうすると、甲第1号証には下記の発明が記載されている。
「バルブを有する耐圧容器内に、処理薬剤にトランスフルスリン、溶媒にエタノール又はテトラデカン、噴射剤にLPGを用い、処理薬剤を溶媒に溶解させた原液/噴射剤の比率(v/v%)が10/90、20/80又は40/60となるように調製した蚊成虫駆除用のエアゾールであって、
処理空間に放出されるエアゾールの処理薬剤の体積分布における90%粒子径(D90)(μm)が20、40又は80であり、1回の噴霧後の処理空間における処理薬剤量(mg/30m^(3))が8.3、8.4、8.5又は8.7である蚊成虫駆除用のエアゾール。」(以下、「甲1発明」という。)

2 甲第2号証の記載及び甲第2号証に記載された発明
(2a)「【請求項1】 ピレスロイド系殺虫剤及び溶媒を含む原液と、噴射剤とを含有する内容物を充填してなるエアゾールが自動噴霧装置本体に装着されてなるエアゾール自動噴霧装置を空間内に設置し、エアゾールからその内容物を噴霧1回あたり0.003?0.06mL/m^(3)の噴霧量で、かつ15?90分間の噴霧間隔で噴霧することを特徴とするエアゾール自動噴霧装置を用いた飛翔害虫の防除方法。」

(2b)「【0016】ピレスロイド系殺虫剤の代表例としては、・・・などが挙げられる。これらの中では、エンペントリン、トランスフルトリン及びテラレスリンが好ましい。」

(2c)「【0019】溶媒としては、例えば、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、n-プロピルアルコールなどの低級アルコール類;エチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどの多価アルコール類;ケロシン、灯油、n-ペンタン、イソペンタンなどの脂肪族炭化水素類;酢酸エチル、ミリスチン酸イソプロピルなどのエステル類;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、水などが挙げられる。これらの溶媒の種類は、本発明の飛翔害虫の防除方法の適用場所、殺虫剤などの薬剤との相溶性などに応じて適宜選択して使用することが好ましい。」

(2d)「【0039】エアゾール自動噴霧装置のエアゾールの押釦のノズルから内容物を噴霧した際には、原液の噴霧粒子が形成される。噴霧時の噴霧粒子の平均粒子径〔空間中における体積積算分布での50%粒子径〕は、8?25μm、好ましくは8?15μmであることが望ましい。・・・
【0040】エアゾール自動噴霧装置のエアゾールから噴霧される内容物の噴霧1回あたりの噴霧量は、0.003?0.06mL/m^(3)の範囲内で調整される。かかる噴霧量は、前記下限値よりも少ない場合には、噴霧粒子を空間内で均一に拡散させることが困難となり、前記上限値よりも多い場合には、汚染を生じるおそれがある。」

(2e)「【0063】実施例3
表4に示すピレスロイド系殺虫剤及び溶媒からなる原液と噴射剤とを混合してエアゾール用の内容物をエアゾール容器内に充填し、エアゾールを得た。
【0064】A.供試虫
イエバエ(Musca domestica)
供試虫として、室温(28℃)、長日条件下(14L10D)で飼育中の個体群を用いた。
【0065】B.試験方法(落下仰転効果)
8畳(3.60m×3.68m、面積:13.2m^(2) 、高さ:2.5m) の試験室内にエアゾール自動噴霧装置を設置した (床面から2mの高さ位置の側壁に固定)。」

(2f)「【0067】
【表4】



(2g)「【0070】以上のことから、原液と噴射剤との容量比(原液/噴射剤)は10/90?40/60であることが適切であることがわかる。」

甲第2号証には、上記(2a)のとおり、ピレスロイド系殺虫剤及び溶媒を含む原液と噴射剤とを充填したエアゾールを用いた飛翔害虫の防除方法が記載されており、上記ピレスロイド系殺虫剤の代表例の一つとしてトランスフルトリンが記載され(2b)、上記溶媒としては、例えばミリスチン酸イソプロピルが用いられることが記載されている(2c)。
また、エアゾールの押釦のノズルから内容物を噴霧した際には、噴霧粒子の平均粒子径〔空間中における体積積算分布での50%粒子径〕は、8?25μm、好ましくは8?15μmであること(2d)、及びエアゾールから噴霧される内容物の噴霧1回あたりの噴霧量は、0.003?0.06mL/m^(3)の範囲内で調整されることが記載されている(2d)。そして、実施例として、(2e)?(2g)には、ピレスロイド系殺虫剤にトランスフルトリン、溶媒にエタノール、これら原液と噴射剤のLPGを容量比として10/90?40/60としたものをエアゾール容器内に充填しエアゾールを得たこと、その噴霧量としては0.006mL/m^(3)であったこと(特に(2f)の表の記載)も記載されている。

そうすると、甲第2号証には下記の発明が記載されている。
「殺虫剤のトランスフルトリン及び溶媒のエタノールを原液とし、噴射剤をLPGとして、原液と噴射剤との容量比を10/90?40/60とした飛翔害虫の防除用エアゾール用の内容物をエアゾール容器に充填したエアゾールであって、
エアゾールから噴霧される内容物の噴霧1回当たりの噴霧量が0.006mL/m^(3)である飛翔害虫の防除用エアゾール。」(以下、「甲2発明」という。)

3 甲第3号証の記載及び甲第3号証に記載された発明
(3a)「【請求項1】
害虫防除成分として30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであるピレスロイド化合物から選ばれた1種又は2種以上、並びに溶剤として炭素数が2?3の低級アルコールを含むエアゾール原液と噴射剤とからなり、エアゾール原液/噴射剤比率が20?50/50?80(容量比)で、しかも噴射距離20cmにおける噴射力が3.0g・f以上である定量噴霧用エアゾールバルブを備えた害虫防除用エアゾールを屋内で一定量噴霧処理し、その処理空間を5?12時間にわたり飛翔害虫並びに匍匐害虫のいずれも防除可能な雰囲気とすることを特徴とする害虫防除方法。」

(3b)「【0007】
本発明の目的は、常温揮散性ピレスロイド化合物を含む特定の害虫防除用エアゾールを屋内で一定量噴霧処理し、その処理空間を長時間にわたり飛翔害虫並びに匍匐害虫のいずれも防除可能な雰囲気とする害虫防除方法を提供することにある。」

(3c)「【0010】
本発明では害虫防除成分として、30℃における蒸気圧が2×10^(-4)?1×10^(-2)mmHgであるピレスロイド化合物から選ばれた1種又は2種以上が用いられる。このような化合物は、常温揮散性を有するものであり、例えば、メトフルトリン、プロフルトリン、トランスフルトリン、エムペントリン、テラレスリン、フラメトリン等があげられる。なかんずく、蒸気圧や安定性、基礎殺虫効力等を考慮すると、メトフルトリン、プロフルトリン及びトランスフルトリンが好ましい。なお、ピレスロイド化合物の酸成分やアルコール部分において、不斉炭素に基づく光学異性体や幾何異性体が存在する場合、それらの各々や任意の混合物も本発明に包含されることはもちろんである。
30℃における蒸気圧が1×10^(-2)mmHgを超える害虫防除成分を用いると揮散性が高すぎ、一方、2×10^(-4)mmHg未満の場合は、たとえ他の要件全てを合致させても、害虫防除成分の噴霧粒子を長時間気中に残留させることができないので不適当である。
【0011】
本発明の害虫防除方法は、害虫防除成分が高濃度の害虫防除用エアゾールを少量一定量噴霧するので、エアゾール原液中の害虫防除成分含有量も、1.0?30w/v%程度と高濃度となる。その調製に際し用いる溶剤としては、害虫防除成分の蒸気圧を考慮して炭素数が2?3の低級アルコールに特定され、エタノールやイソプロパノール(IPA)が一般的である。かかる低級アルコールは、速乾性で噴霧後速やかに揮発するので噴霧粒子を微細にし、害虫防除成分が空間で浮遊残留しやすくなる。
なお、エアゾール原液中の害虫防除成分含有量が1.0w/v%未満であると所望の効果が得られないし、一方、30w/v%を超えるとエアゾール内容液の液性安定化の点で困難を伴う。」

(3d)「【0013】
本発明では、発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、前記常温揮散性ピレスロイド化合物に加え、フタルスリン、レスメトリン、シフルトリン、フェノトリン、ぺルメトリン、シフェノトリン、シペルメトリン、アレスリン、プラレトリン、フラメトリン、イミプロトリン、エトフェンプロックス等のピレスロイド系化合物、シラフルオフェン等のケイ素系化合物、ジクロルボス、フェニトロチオン等の有機リン系化合物、プロポクスル等のカーバメート系化合物などを若干量配合してもよい。
また、溶剤としても、炭素数が2?3の低級アルコールに加え、例えば、n-パラフィン、イソパラフィンなどの炭化水素系溶剤、炭素数3?6のグリコールエーテル類、ケトン系溶剤、エステル系溶剤等を適宜添加可能である。」

(3e)「【0016】
・・・本発明では、噴霧粒子の気中残存率と床面や壁への付着率を考慮して、エアゾール原液/噴射剤比率を20?50/50?80(容量比)とする。そのうえで、噴霧粒子の粒子径分布において、10?50μmの噴霧粒子が全体の60%以上を占め、かつ全体の噴霧粒子のうちの20%以上が噴霧処理1時間後までに床面に沈降するか、もしくは壁面に付着するように設計するのが好ましい。」

(3f)「 【0018】
本発明は、こうして得られた害虫防除用エアゾールを、屋内で一定量、好ましくは一回当たり空中に向けて0.35?0.9mLで噴霧し、所定量の噴霧粒子を気中に浮遊残存させる一方、十分量の噴霧粒子が床や壁に付着するようになし、その処理空間を長時間にわたり飛翔害虫並びに匍匐害虫のいずれも防除可能な雰囲気とするものである。
この際、噴射距離20cmにおける噴射力が噴霧粒子径とともに極めて重要なファクターであることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、特許文献1のエアゾール殺虫剤は、蚊等の飛翔害虫のみの防除を目的とし、処理薬剤量の気中残存率を高めるために噴霧粒子径を小さくさえすれば良く、噴射力を考慮する必要がなかったのであるが、本発明の害虫防除方法では、噴霧粒子径を比較的大きくする必要性から噴射力の範囲を特定しなければならなかったのである。
本発明において気中に噴霧される害虫防除成分量は、2?50mg/m^(3)程度が適当であり、1回の施用でその処理空間をおよそ5?12時間にわたり飛翔害虫並びに匍匐害虫のいずれも防除可能な雰囲気とすることができる。」

(3g)「【実施例1】
【0021】
メトフルトリン4.0w/v%をエタノールに溶解してエアゾール原液を調製した。このエアゾール原液12mLと液化石油ガス18mL[エアゾール原液/噴射剤比率:40/60(容量比)]を定量噴霧用エアゾールバルブ付きエアゾール容器に加圧充填して、本発明で用いる害虫防除用エアゾールを得た。
このエアゾールの噴射距離20cmにおける噴射力は6.5g・fで、10?50μmの噴霧粒子が全体の80%を占めた。
【0022】
ほぼ密閉した6畳の部屋で、やや斜め上方に向けて前記エアゾールを0.6mL噴霧した。このエアゾールは、全体の噴霧粒子のうちの30%が噴霧処理1時間後までに床面に沈降するか、もしくは壁面に付着し、7時間以上にわたり蚊等の飛翔害虫を防除することはもちろん、ゴキブリ類、アリ類やシバンムシ等の匍匐害虫も寄せ付けず、非常に実用性の高いものであった。
【実施例2】
【0023】
実施例1に準じて表1に示す各種害虫防除用エアゾールを調製し、下記に示す試験を行った。その試験結果を纏めて表2に示す。
・・・」

(3h)「【0024】
【表1】



甲第3号証には、害虫防除成分としてピレスロイド化合物から選ばれた1種又は2種以上、並びに溶剤として低級アルコールを含むエアゾール原液と噴射剤とからなり、エアゾール原液/噴射剤比率が20?50/50?80(容量比)で、しかも噴射距離20cmにおける噴射力が3.0g・f以上である定量噴霧用エアゾールバルブを備えた害虫防除用エアゾールに関する発明が記載されており(3a)、上記(3b)から、ピレスロイド化合物を含む特定の害虫防除用エアゾールを屋内で一定量噴霧処理することにより、その処理空間を長時間にわたり飛翔害虫並びに匍匐害虫のいずれも防除可能な雰囲気とすることができることも記載されている。また、ピレスロイド化合物の好ましいものの一つとして、トランスフルトリンが記載され(3c)、エアゾール調製に際し、用いる溶剤にはエタノールやイソプロパノール(IPA)が一般的であり(3c)、それらに加えて、例えば、エステル系溶剤等を適宜添加可能であることも記載されている(3c)。さらに、噴霧粒子の気中残存率と床面や壁への付着率を考慮して、エアゾール原液/噴射剤比率を20?50/50?80(容量比)とすること、噴霧粒子の粒子径分布において、10?50μmの噴霧粒子が全体の60%以上を占めること(3e)、害虫防除用エアゾールを、屋内で一定量、好ましくは一回当たり空中に向けて0.35?0.9mLで噴霧し、所定量の噴霧粒子を気中に浮遊残存させること(3f)も記載されている。そして、実施例としては、上記(3g)及び(3h)の表における本発明の2には、害虫防除成分であるピレスロイドにトランスフルトリン5.0(w/v%)、溶剤にIPA残(w/v%)、噴射剤にLPGを用いて、エアゾール原液/噴射剤の比を50/50(容量比)としたものを、定量噴霧用エアゾールバルブ付きエアゾール容器に加圧充填して害虫防除用エアゾールを得たこと、その際の粒子径(10-50μmの%)が67%であり、噴霧量は0.6mLであることが記載されている。

そうすると、甲第3号証には下記の発明が記載されている。
「害虫防除成分のトランスフルトリン5.0w/v%及び溶剤のIPA残(w/v%)を含むものをエアゾール原液とし、噴射剤をLPGとして、エアゾール原液と噴霧剤との容量比を50/50とし、定量噴霧用エアゾールバルブ付きエアゾール容器に加圧充填した飛翔害虫並びに匍匐害虫防除用エアゾールであって、
噴霧粒子の粒子径分布において、10?50μmの噴霧粒子が全体の67%を占め、一回当たりの噴霧量が6畳の部屋で0.6mLである飛翔害虫並びに匍匐害虫防除用エアゾール。」(以下、「甲3発明」という。)

4 甲第4号証の記載及び甲第4号証に記載された発明
(4a)「モノ-および/またはジカルボン酸の難揮発性エステルの殺節虫(当審注:「節虫」は「節足」の誤記と認められる。)動物性ピレスロイド用共働作用剤としての使用。」(特許請求の範囲の請求項1)

(4b)「(殆ど、または全く殺節足動物作用を持たないのに)ピレスロイドと混合すると殺節足動物活性を増加させる共働作用物質を発見することが本発明の目標である。」(第2頁左下欄第2行-第6行)

(4c)「下記は本発明の記載に従つて使用し得る式(I)の難揮発性エステルとして特に挙げ得るものである:
1. フタル酸ジインソノニル
2. アジピン酸のポリエステル(ウルトラモルIII)
3. アジピン酸ジメチル
4. ミリスチン酸イソプロビル
5. アジピン酸ジ-n-ブチル
・・・
一般式(I)の化合物は公知であつてかつ、または公知であるかもしくは上記周知の工程および方法により容易に製造することができる。それ自身は殺節足動物作用を全く持たないか、または有意の殺節足動物作用を持たない。
一般式(1)の化合物を共働作用剤として使用し得る好適なピレスロイドは実質上全ての公知の殺節足動物性ピレスロイド、たとえば・・・植物保腹および有害生物防除・・・植物保護剤および有害生物防除剤の化学・・・に記載されたようなものである。」(第4頁右上欄第4行-右下欄第2行)

(4d)「式(I)のエステルが共働作用活性を示す好ましいピレスロイドは一般式(II)

・・・
を有する。
一般式(II)の特に好ましいピレスロイドは
式中
R^(2)およびR^(3)が塩素、臭素またはメチルを表わし、
R^(4)が水素またはCNを表わし、
R^(5)がハロゲン(好ましくはフッ素)および/またはハロゲン(好ましくはフッ素)により置換されていることもあるフェノキシで置換されていてもよいフェニルを表わし、R^(5)は好ましくはペンタフルオロフェニル、3-フェノキシフェニルまたは3-フェノキシ-4-フルオロフェニルを表わすようなものである。
下記のものは特に好適なピレスロイドの例として挙げ得る:
・・・フエンフルトリン・・・」(第4頁右下欄3行-第5頁左下欄第13行)

(4e)「活性成分結合剤(共働作用剤とピレスロイドとの)は迅速な殺滅効果(knock-down effect)を有するばかりでなく、有害動物、特に農業および牧畜において、林業において、貯蔵製品および原材料の保護において、ならびに衛生分野において遭遇する昆虫に対する持続的撲滅効果をも有するのである。これらは発生の全てのまたは幾つかの段階において有効であり、特に抵抗性の群に対しても有効である。」(第6頁右上欄第12行-左下欄第3行)。

(4f)「本件活性化合物結合剤は通常の配合剤、たとえば溶液、乳剤、・・・、エアロゾル、油性スプレイ、・・・に転化できる。
これらの配合剤は、公知の方法、たとえば活性化合物を増量剤、すなわち液体溶剤、加圧液化ガス・・・を用いて混合することにより製造し得る。」(第7頁左下欄第14行-右下欄第14行)

(4g)「実施例3
油性スプレイを製造するために、0.03%のフエンフルトリン(A)と0.5%のジクロルボス(di-chlorvos)とを、2.5%のミリスチン酸イソプロピル(4)と96.97%のイソドデカンとの混合物に溶解する。」(第12頁右下欄第1行-第6行)

甲第4号証には、モノ-および/またはジカルボン酸の難揮発性エステルの殺節足動物性ピレスロイド用共働作用剤としての使用に関する発明が記載されており(4a)、ピレスロイドとしては実質上全ての公知の殺節足動物性ピレスロイドが用いられ、共働作用剤としてはミリスチン酸イソプロピルが用いられ、当該共働作用剤は、それ自身は殺節足動物作用を全く持たないか、または有意の殺節足動物作用を持たないのに(4c)、殺節足動物性ピレスロイドと混合すると殺節足動物活性を増加させる(4b)ことが記載されている。
また、活性成分結合剤(共働作用剤とピレスロイドとの)は迅速な殺滅効果を有するばかりでなく、有害動物、・・・昆虫に対する持続的撲滅効果をも有する(4e)ことが記載され、活性化合物結合剤としては、エアロゾルに転化ができること(4f)が記載されている。そして、実施例として、油性スプレイを製造するために、0.03%のフエンフルトリンと0.5%のジクロルボスとを、2.5%のミリスチン酸イソプロピルと96.97%のイソドデカンとの混合物に溶解した例が記載されている(4g)。

そうすると、甲第4号証には,下記の発明が記載されている。
「0.03重量%のフエンフルトリンと0.5重量%のジクロルボスを2.5重量%のミリスチン酸イソプロピルと96.97重量%のイソドデカンとの混合物に溶解した殺節足動物作用を有する油性スプレイ。」(以下、「甲4発明」という。)

5 甲第5号証の記載
(5a)「【0002】
蚊は、吸血することによって病原体を媒介し、人に感染症を引き起こす。そのような感染症、例えばマラリア等を、予防するために、家屋内に殺虫剤を散布する方法が従来から行われている。蚊は、吸血の前後に家屋の構造物に留まって休息する習性を、有しているので、殺虫剤を担持した構造物は、病原体を保有した蚊を殺し、病原体の伝播サイクルを遮断できる。
【0003】
また、家屋内に侵入する不快害虫を駆除する方法としても、家屋内の構造物に殺虫剤を付着させておく方法が、提案されている。そして、殺虫剤としては、例えばピレスロイド化合物が用いられている。」

(5b)「【0019】
(2-2-1) ピレスロイド化合物
ピレスロイド化合物としては、例えば、・・・トランスフルトリン・・・等が挙げられる。」

(5c)「【0026】
・・・
(4-1-4)家屋の室内を密閉し、昆虫成長制御剤を、密閉された室内空間に放出し、例えば2?3時間放置し、これにより、上記構造物に自然に付着させる方法。なお、昆虫成長制御剤の放出は、エアゾール剤として室内に噴霧したり、・・・することによって、行うことができる。この方法は、通常では、室内に人がいない状態で行う。」

6 甲第6号証の記載
(6a)「【請求項3】テトラフルオロベンジルエステル化合物(1)の室内の構造物または備品の表面への付着が、テトラフルオロベンジルエステル化合物(1)及び噴射剤を含有するエアゾール剤により行われる請求項1または2に記載の方法。」

(6b)「【0009】本発明方法において、家屋室内の構造物または備品の表面に本化合物を付着せしめる具体的な方法としては、本化合物及び噴射剤を含有するエアゾール剤などの噴霧剤を用いて該構造物または該備品に向かって吹き付ける方法や、刷毛やブラシにより本化合物を含有する油剤、水性液剤等を該構造物または該備品の表面に塗り付ける方法を挙げることができる。また、密閉した室内で全量噴射型のエアゾール剤、燻煙剤、加熱式器具あるいは送風式器具を用いて室内空間に本化合物を放出させ、2-3時間内に該空間に放出された本化合物を自然に該構造物または該備品に付着させる方法をあげることもできる。この方法は通常、人が室内にいない状態で行われる。
【0010】本化合物を該構造物または該備品に付着させる量は1m^(3)当たり、通常0.1?1000mgであり、好ましくは1?500mgである。例えば本化合物及び噴射剤を含有するエアゾール剤(以下、本エアゾール剤と記すことがある。)を用いて本化合物を付着せしめる場合、本エアゾール剤中の本化合物の含有量は、通常0.001?20重量%程度である。」

7 本件発明1と甲1発明との対比・判断
(1)対比
甲1発明の「処理薬剤」、「トランスフルスリン」、「溶媒」、「噴射剤」、「原液」、「v/v%」、「蚊成虫駆除用」、「バルブを有する耐圧容器」、「処理空間に放出されるエアゾールの処理薬剤」、「体積分布における90%粒子径(D90)」、「1回の噴霧後」は、本件発明1の「害虫防除成分」、「トランスフルトリン」、「有機溶剤」、「噴射剤」、「エアゾール原液」、「容量比」、「害虫防除用」、「エアーゾルバルブを備えたエアーゾル容器」、「エアゾールの噴霧粒子」、「体積積算分布での90%粒子径」、「1回の噴霧処理」にそれぞれ相当する。
甲1発明のエアゾールで、処理薬剤(トランスフルスリン)量(mg/30m^(3))が、8.3、8.4、8.5又は8.7である点は、「噴霧処理により8.3?8.7mgのトランスフルトリンを噴出させる」と理解でき、これは、本件発明1における「1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させる」の下位概念といえるから、上記甲1発明と本件発明1の構成は相違点とはならない。
また、甲1発明で、原液/噴射剤の比率(v/v%)が10/90、20/80又は40/60である点は、本件発明1の範囲の下位概念であるから、「エアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)」に相当し、同様に、甲1発明の「処理空間に放出されるエアゾールの処理薬剤の体積分布における90%粒子径(D90)(μm)が20、40又は80」は、「エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μm」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは
「害虫防除成分としてトランスフルトリンを含有するエアゾール原液と、噴霧剤とを、エアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)となるように、エアゾールバルブを備えたエアゾール容器に充填した害虫防除用エアゾールであって、
前記エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μmであり、
1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させることを特徴とする害虫防除用エアゾール。」
の点で一致し、下記の点で相違する。

(ア)本件発明1は、有機溶剤としてミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピルからなる群から選択される1種以上の高級脂肪酸エステルを用いているのに対し、甲1発明は、溶媒としてエタノール又はテトラデカンを用いている点。
(イ)エアゾールバルブが、本件発明1は、定量噴霧用であるのに対して、甲1発明は、定量噴霧用であるか否かが特定されていない点。

(2)判断
相違点(ア)について検討する。
上記(1e)、(1f)には、溶媒としてエステルが用いられ得ること、また、エステルの選択肢として、ラウリン酸エステルなどの炭素数4?27のエステルが用いられることが記載されており、文言上は、炭素数18のラウリン酸エステルである「ラウリン酸ヘキシル」等も一応含まれる。
しかし、甲第1号証(1e)においては、溶媒は「脂肪族炭化水素、・・・、エステル・・・からなる群より選ばれた少なくとも1種の有機溶媒が好ましい」と記載され、化学構造及び性質の異なる非常に多くの化合物を用いることができるものとされており、「エステル」は、多数の化合物群の1つでしかなく、また、エステルについて記載された(1f)には、上記相違点(ア)に係る「ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピル」のいずれの化合物も具体的に記載されておらず、エステルの中では、酢酸エステルが好ましいことが記載されているから、甲第1号証における広範な溶媒の記載に基いて特段好ましいものとして挙げられていないラウリン酸エステルを採用する動機付けがあったとはいえないし、その上で、具体的記載も示唆もないヘキシルアルコールのエステルを選択することについても動機付けがあるとはいえない。更に甲第1号証には、上記相違点(ア)に係る高級脂肪酸エステルを用いた実施例も記載されておらず、本件特許に係る出願日前に、エアゾールの溶媒として上記高級脂肪酸を用いることが技術常識であったとも認められない。
したがって、甲第1号証の記載に基いて上記相違点(ア)に係るラウリン酸ヘキシル等の高級脂肪酸エステルを採用する動機付けは認められない。
加えて、本件発明の効果について検討すると、本件明細書の表1と表2に示された、実施例1と比較例1、2の対比から、上記相違点(ア)に係る本件発明1の特定の高級脂肪酸エステルを有機溶媒として採用することで、甲1発明の溶媒であるエタノール、テトラデカンを用いるよりも有効持続時間を延長させる効果があることが理解できる。
よって、当業者であっても、甲1発明及び甲第1号証の記載から上記相違点(ア)に係る本件発明1の特定の高級脂肪酸エステルを溶媒として採用することが容易であったとはいえない。
したがって、相違点(イ)について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

8 本件発明1と甲2発明との対比・判断
(1)対比
甲2発明の「殺虫剤」、「トランスフルトリン」、「溶媒」、「原液」、「噴射剤」、「容量比」、「飛翔害虫の防除用」、「エアゾールから噴霧される内容物」、「噴霧1回当たり」は、本件発明1の「害虫防除成分」、「トランスフルトリン」、「有機溶剤」、「エアゾール原液」、「噴射剤」、「容量比」、「害虫防除用」、「エアゾールの噴霧粒子」、「1回の噴霧量」にそれぞれ相当する。
また、数値の包含関係から、甲2発明の原液と噴射剤との容量比を10/90?40/60とした構成は、本件発明1における10?50/50?90(容量比)に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは
「害虫防除成分としてトランスフルトリン及び有機溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを、エアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)となるようにエアゾール容器に充填した害虫防除用エアゾール。」
の点で一致し、下記の点で相違する。

(ア)本件発明1は、有機溶剤としてミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピルからなる群から選択される1種以上の高級脂肪酸エステルを用いているのに対し、甲2発明は、溶媒としてエタノールを用いている点。
(イ)エアゾール容器のエアゾールバルブが、本件発明1は、定量噴霧用であるのに対して、甲2発明は、定量噴霧用であるのか否か不明である点。
(ウ)本件発明1は、エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μmであるのに対して、甲2発明は、当該粒子径について特定されていない点。
(エ)本件発明1は、1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させるのに対して、甲2発明は、1回の噴霧処理でどの程度トランスフルトリンを噴出させるのかが特定されていない点。

(2)判断
相違点(ア)について検討する。
甲第2号証には、上記(2c)のとおり、溶媒として種々ある選択肢の中に、ミリスチン酸イソプロピルなどのエステル類が用いられ得ること、溶媒の種類は、殺虫剤などの薬剤との相溶性などに応じて適宜選択できることも記載されている。
しかし、(2c)には、アルコール類、多価アルコール類、脂肪族炭化水素類・・・水等の揮発性も極性も大きく異なる多様な溶媒が挙げられており、エステル類はその中の一つでしかなく、適用場所や薬剤との相溶性に応じて選択する旨の示唆があるものの、甲2発明のトランスフルトリンを用いたときにどのような溶媒が好ましいかの示唆はされていないから、ミリスチン酸イソプロピルを採用する動機付けがあるとはいえない。また、甲第2号証の実施例においても、エステル類を用いた例は記載されていないから、甲2発明においてエステル類、さらにはその中のミリスチン酸イソプロピルを選択して用いようとする動機付けがあったとはいえない。さらに技術常識から考えても、トランスフルトリンを用いたエアゾールにミリスチン酸イソプロピルを使用するという技術常識があったとはいえない。
加えて、本件発明1の効果について検討すると、本件明細書の表1と表2に示された、実施例1と比較例1の対比から、上記相違点(ア)に係る本件発明1の特定の高級脂肪酸エステルを有機溶媒として採用することで、甲2発明の溶媒であるエタノールを用いるよりも有効持続時間を延長させる効果があることが理解できる。
よって、当業者であっても、甲2発明及び甲第2号証の記載から上記相違点(ア)に係る本件発明1の特定の高級脂肪酸エステルを溶媒として採用することが容易であったとはいえない。
したがって、相違点(イ)?(エ)について検討するまでもなく、本件発明1は甲2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

9 本件発明1と甲3発明との対比・判断
(1)対比
甲3発明の「害虫防除成分」、「トランスフルトリン」、「溶剤」、「エアゾール原液」、「噴射剤」、「容量比」、「定量噴霧用エアゾールバルブ付き」、「エアゾール容器」、「加圧充填」、「飛翔害虫並びに匍匐害虫防除用」、「エアゾール」、「噴霧粒子」、「一回当たりの噴霧」は、本件発明1の「害虫防除成分」、「トランスフルトリン」、「有機溶剤」、「エアゾール原液」、「噴射剤」、「容量比」、「定量噴霧用エアゾールバルブを備えた」、「エアゾール容器」、「充填」、「害虫防除用」、「エアゾール」、「噴霧粒子」、「1回の噴霧処理」にそれぞれ相当する。
甲3発明のエアゾール原液と噴霧剤との容量比を50/50とした構成は、本件発明1のエアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)に相当する。
そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「害虫防除成分としてトランスフルトリン及び有機溶剤を含有するエアゾール原液と、噴射剤とを、エアゾール原液/噴射剤比率が10?50/50?90(容量比)となるように、定量噴霧用エアゾールバルブを備えたエアゾール容器に充填した害虫防除用エアゾール。」
の点で一致し、下記の点で相違する。

(ア)本件発明1は、有機溶剤としてミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピルからなる群から選択される1種以上の高級脂肪酸エステルを用いているのに対し、甲3発明は、溶媒としてIPA(イソプロパノール)を用いている点。
(イ)本件発明1は、1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させるのに対して、甲3発明は、1回の噴霧処理でどの程度トランスフルトリンを噴出させるのかが特定されていない点。
(ウ)本件発明1は、エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μmであるのに対して、甲3発明は、噴霧粒子の粒子径分布において、粒子径(10-50μmの%)が67%である点。

(2)判断
相違点(ア)について検討する。
上記(3d)のとおり、甲第3号証には溶剤としてエステル系溶剤等を適宜添加可能であることは記載されている。したがって、文言上は、上記相違点(ア)に係る溶剤の上位概念で表現された溶剤について甲3発明に添加可能であると記載されている。
しかし、上記(3d)には、添加可能であると示されているだけで、例えば、揮発性や害虫防除成分に対する相溶性等の添加する際の根拠となる説明がされているわけではなく、また、溶媒の種類としても炭化水素系溶剤、ケトン系溶剤、エステル系溶剤が挙げられており、エステル系溶剤は、それらの選択肢の内の一つでしかないから、添加しようとする際の根拠もなく、単に選択肢にあるというだけでエステル系溶剤を選択しようという動機付けがあるとはいえない。さらに実施例で示された種々の具体例においても、炭素数が2?3の低級アルコールに対して、他の溶媒を添加した例は記載されていないから、エステル系溶剤に限らず、そもそも他の溶剤を添加しようとする動機付けがあったとはいえない。そして、仮にエステル系溶剤を添加しようとしたとしても、甲第3号証にはエステル系溶剤として具体的な化合物名が記載も示唆もされていないから、上記相違点(ア)に係る特定の高級脂肪酸エステルを用いる動機付けがあったとはいえない。
加えて、効果について検討すると、本件明細書の表1と表2に示された、実施例1と比較例1の対比から、本件発明1の有機溶媒として特定の高級脂肪酸エステルを採用することで、甲第3号証(3h)で示された炭素数が2?3のアルコールであるエタノール又はイソプロパノールを用いるよりも有効持続時間を延長させる効果があることが理解できる。
よって、当業者であっても、甲3発明及び甲第3号証の記載から上記相違点(ア)に係る本件発明1の溶媒として特定の高級脂肪酸エステルを用いることが容易であったとはいえない。
したがって、相違点(イ)及び(ウ)について検討するまでもなく、本件発明1は甲3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

10 本件発明1と甲4発明との対比・判断
甲4発明は、上記(4c)のとおり、「植物保護及び有害生物防除」に記載される物質が用いられることから、甲4発明の「節足動物」は、本件発明1における「害虫」に相当し、ピレスロイドである甲4発明の「フエンフルトリン」(4d)は、本件発明1の「害虫防除成分」に相当する。
甲4発明の「油性スプレイ」も本件発明1の「エアゾール」もどちらも組成物であり、甲4発明の「イソドデカン」は(4g)の「イソドデカンとの混合物に溶解する」という記載からみて、本件発明1の「有機溶剤」に相当する。
また、甲4発明のミリスチン酸イソプロピルは、上記(4c)から、「共働作用剤」としての性質を有する。

そうすると、本件発明1と甲4発明とは
「害虫防除成分とミリスチン酸イソプロピルとを含む害虫防除用組成物。」
の点で一致し、下記の点で相違する。

(ア)本件発明1は、害虫防除成分としてトランスフルトリンを用いているのに対し、甲4発明は、害虫防除成分としてフエンフルトリンを用いている点。
(イ)本件発明1は、有機溶剤としてミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、及びパルミチン酸イソプロピルからなる群から選択される1種以上の高級脂肪酸エステルを用いているのに対し、甲4発明は、有機溶剤としてイソドデカンを用いている点。
(ウ)本件発明1は、噴射剤を含むエアゾールであり、噴射剤とエアゾール原液との比率が10?50/50?90(容量比)であるのに対し、甲4発明は、油性スプレイである点。
(エ)本件発明1は、定量噴霧用のエアゾールバルブを備えたエアゾール容器に充填したものであり、1回の噴霧処理により7.5?24.5mgのトランスフルトリンを噴出させるのに対して、甲4発明は、定量噴霧用のエアゾールバルブを備えたエアゾール容器に充填したものであるか否か不明であり、1回の噴霧処理でどの程度フエンフルトリンを噴出させるのかも特定されていない点。
(オ)本件発明1は、エアゾールの噴霧粒子の体積積算分布での90%粒子径が10?80μmであるのに対して、甲4発明は粒子径が特定されていない点。

(2)判断
相違点(ア)について検討する。
上記(4a)、(4b)からも認識できるとおり、甲第4号証には、いわゆるピレスロイドを用いた組成物についての発明が記載されている。
一方で、甲第4号証には、(4d)の一般式が記載されているものの、「R^(5)は好ましくはペンタフルオロフェニル、3-フェノキシフェニルまたは3-フェノキシ-4-フルオロフェニルを表わす」なる記載がされており、R^(5)としていずれの置換基を採用したとしても、トランスフルトリンにはならない。また、技術常識から考えて、ピレスロイドであればどれも同じ性質を有するということはなく、例えば、上記R^(5)において、フッ素の置換を有しても良いフェニル基の場合と、フッ素の置換を有しても良いフェノキシフェニルの場合では、揮発性が大きく異なり、置換基を選択して速効性のピレスロイドや残効性のピレスロイドを製造して目的に応じて使用することが技術常識といえる。
上記のように、甲第4号証には、そもそも、好ましい置換基の選択肢にトランスフルトリンとなり得る選択肢はないことに加え、甲第4号証のピレスロイドとしてどのような性質を有するものが好ましい、共働作用活性を示しやすいかという説明も十分されている訳ではないし、トランスフルトリンが、甲第4号証に記載された種々の化合物と共働作用活性を示すという技術常識もないから、甲4発明において用いられるフエンフルトリンに代えてトランスフルトリンを採用することは、当業者であっても容易になし得たこととはいえない。
加えて、本件発明1の効果について検討しても、トランスフルトリンを用いることで有効持続時間が延長することは、本件発明の実施例1と比較例3との対比から理解でき、比較例3に記載されたように、他のピレスロイドではなく、トランスフルトリンを用いることで本件発明1のエアゾール組成物の有効持続時間が延長することは、当業者であっても予測し得ない効果である。
したがって、当業者であっても、甲4発明及び甲第4号証の記載から、トランスフルトリンを採用することが容易であったとはいえない。
上記のとおりであるから、相違点(イ)、(ウ)、(エ)及び(オ)について検討するまでもなく、本件発明1は甲4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

11 本件発明2?6について
本件発明2?6は、本件発明1を直接又は間接に引用する発明である。
そして、上記のとおり、本件発明1は甲1発明?甲4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、更に甲第5号証、甲第6号証の記載を考慮したとしても、本件発明2?6は当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?6に係る特許を取消すことができない。
また、他に請求項1?6に係る特許を取消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-09-06 
出願番号 特願2014-4476(P2014-4476)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A01N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 雅雄  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 天野 宏樹
神野 将志
登録日 2018-10-19 
登録番号 特許第6420545号(P6420545)
権利者 大日本除蟲菊株式会社
発明の名称 害虫防除用エアゾール、及びこれを用いた害虫防除方法  
代理人 沖中 仁  

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