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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12Q
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12Q
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12Q
審判 全部申し立て 特174条1項  C12Q
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12Q
審判 全部申し立て 発明同一  C12Q
管理番号 1355990
異議申立番号 異議2019-700237  
総通号数 239 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-11-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-03-26 
確定日 2019-10-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6397335号発明「RNF43変異ステータスを利用したWntシグナル伝達阻害剤の投与のためのがん患者選択法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6397335号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6397335号の請求項1?13に係る特許についての出願は、平成25年2月22日(パリ条約による優先権主張 平成24年2月28日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成30年9月7日にその特許権の設定登録がされ、同年9月26日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1?13に係る特許について、平成31年3月26日に特許異議申立人 猪狩充により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6397335号の請求項1?13の特許に係る発明(以下、「本件特許発明1?13」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?13に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】Wnt阻害剤による阻害に対する腫瘍細胞増殖の感受性を予測する方法であって、
(a)患者からの腫瘍細胞の試料におけるバイオマーカーのレベルを検出する段階であって、前記バイオマーカーは、
(i)ヘテロ接合性の消失を決定するための、RNF43染色体領域および/またはZNRF3染色体領域におけるDNAコピー数、
(ii)RNF43遺伝子および/またはZNRF3遺伝子の不活性化変異を検出するために配列決定されたがん組織からのゲノムDNA、cDNAまたはRNA;
(iii)RNF43 mRNA発現および/またはZNRF3 mRNA発現;
(iv)RNF43タンパク質発現および/またはZNRF3タンパク質発現;または
(v)バイオマーカー(i)?(iv)の組み合わせからなる群から選択される、段階、
(b)(a)で検出した、腫瘍細胞試料における前記バイオマーカーのレベルを
(i)Wnt阻害剤に対する感受性と相関している前記バイオマーカーの対照レベル;および
(ii)Wnt阻害剤に対する耐性と相関している前記バイオマーカーの対照レベルからなる群から選択される前記バイオマーカーの対照レベルと比較する段階;ならびに
(c)患者の腫瘍がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、患者の腫瘍がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または患者の腫瘍がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有し、それにより患者の腫瘍がWnt阻害剤に対して感受性である可能性が高いことが示される場合に、Wnt阻害剤の治療的投与が有益であることが予測されるものとして患者を選択する段階
を含む方法。
【請求項2】Wnt阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を予測する方法であって、腫瘍細胞を少なくとも1つのWnt阻害剤に接触させる段階および
(a)腫瘍細胞におけるバイオマーカーのレベルを検出する段階であって、前記バイオマーカーは、
(i)ヘテロ接合性の消失を決定するための、RNF43染色体領域および/またはZNRF3染色体領域におけるDNAコピー数;
(ii)RNF43遺伝子および/またはZNRF3遺伝子の不活性化変異を検出するための、腫瘍細胞からのゲノムDNA、cDNAまたはRNA;
(iii)RNF43 mRNA発現および/またはZNRF3 mRNA発現;
(iv)RNF43タンパク質発現および/またはZNRF3タンパク質発現;並びに
(v)バイオマーカー(i)?(iv)の組み合わせからなる群から選択される、段階;
(b)(a)で検出した、腫瘍細胞における前記バイオマーカーのレベルを対照レベルと比較する段階;及び
(c)腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと決定する段階
を含む方法。
【請求項3】RNF43染色体領域におけるDNAコピー数の検出が、配列番号1の配列を有するヌクレオチドにハイブリダイズするプローブを用いたハイブリダイゼーションによるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】ZNRF3染色体領域におけるDNAコピー数の検出が、配列番号2の配列を有するヌクレオチドにハイブリダイズするプローブを用いたハイブリダイゼーションによるものである、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】ZNRF3染色体領域におけるDNAコピー数の検出が、蛍光インサイツハイブリダイゼーション(FISH)によるものである、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】RNF43 mRNAの発現が、配列番号1の配列を有するヌクレオチドにハイブリダイズするプローブを用いたハイブリダイゼーションにより測定されるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】ZNRF3 mRNAの発現が、配列番号2の配列を有するヌクレオチドにハイブリダイズするプローブを用いたハイブリダイゼーションにより測定されるものである、請求項1、2または6に記載の方法。
【請求項8】RNF43タンパク質の発現が、免疫組織化学により測定されるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項9】比較する段階が、腫瘍細胞における前記バイオマーカーレベルを、Wnt阻害剤に対して耐性である1つまたは複数の対照細胞における前記バイオマーカーの対照レベルと比較することを含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】比較する段階が、腫瘍細胞における前記バイオマーカーレベルを、Wnt阻害剤に対して感受性である1つまたは複数の対照細胞における前記バイオマーカーの対照レベルと比較することを含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】Wnt阻害剤に対する感受性と相関している前記バイオマーカーの対照レベルが予め決定されている、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】Wnt阻害剤に対する耐性と相関している前記バイオマーカーの対照レベルが予め決定されている、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】Wnt阻害剤が、2-[5-メチル-6-(2-メチルピリジン-4-イル)ピリジン-3-イル]-N-[5-(ピラジン-2-イル)ピリジン-2-イル]アセトアミドまたはその医薬的に許容される塩である、請求項1から12のいずれか一項に記載の方法。」

第3 申立理由の概要及び証拠方法
特許異議申立人が請求項1?13に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1 理由1:甲第1号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
本件特許発明1?2、5、8?9は、甲第1号証に記載されたものであるか、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明1?2、5、8?9は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明1?2、5、8?9は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、また、本件特許発明1?2、5、8?9は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。
本件特許発明3?4、6?7、10?13は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明3?4、6?7、10?13は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明3?4、6?7、10?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

2 理由2:甲第1号証の2に基づく拡大先願違反(特許法第29条の2)
本件特許発明1?13は、甲第1号証の2(特願2014-520772号(特表2014-520566号))に記載されたものであるから、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものである。

3 理由3:甲第7号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
本件特許発明1?13は、甲第7号証に記載されたものであるか、甲第7号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明1?13は、甲第7号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明1?13は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、また、本件特許発明1?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

4 理由4:甲第8号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
本件特許発明1?13は、甲第8号証に記載されたものであるか、甲第8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明1?13は、甲第8号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明1?13は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、また、本件特許発明1?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

5 理由5:甲第9号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
本件特許発明1は、甲第9号証に記載されたものであるか、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明及び甲第5又は6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明1は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、また、本件特許発明1は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。
本件特許発明2?13は、甲第9号証に記載されたものであるか、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到し得たものであり、また、本件特許発明2?13は、甲第9号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明2?13は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、また、本件特許発明2?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

6 理由6:甲第10、3、11?13号証を主引用例とした進歩性欠如(特許法第29条第2項)
本件特許発明1?13は、甲第10、3、11?13号証のいずれかに記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項並びに甲第9、11号証に記載されている周知事項に基いて当業者が容易に想到し得たものであるから、本件特許発明1?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

7 理由7:実施可能要件違反及びサポート要件違反(特許法第36条第4項第1号及び特許法第36条第6項第1号)
(1)腫瘍細胞増殖の高い感受性は予測できないことについて
本件特許明細書の実施例には、不活性変異を有するRNF43遺伝子を有する細胞株として、7つのがん細胞株が開示され、これらのうちの3つ、HPAFII、PaTu-8988S及びCapan-2は、増殖アッセイにおいてLGK974によって阻害されることが開示されているが、他の4つの細胞株は、LGK974による増殖阻害はほとんど又は全くないことが示されているから、「不活性変異を有する」という指標のみで、Wnt阻害剤による阻害に対する腫瘍細胞増殖の感受性の有無を決定することはできない。
本件特許明細書の表2の10個の細胞株のうち、増殖アッセイにおいてLGK974に対して感受性の高い増殖を示すのは、HPAFII及びPaTu-8988Sの2つのみであるから、「ヘテロ接合性の消失」のみでは、Wnt阻害剤による阻害に対する腫瘍細胞増殖の感受性を正確に予測することはできない。
本件特許明細書には、「mRNAもしくはタンパク質の発現の減少」のみで、Wnt阻害剤による阻害に対する腫瘍細胞増殖の感受性を予測できることを実証したデータは記載されていないので、上記指標を使用できるとは理解できない。
したがって、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)患者にとっての有益の予測について
本件特許明細書には、具体的に何が患者にとっての「有益」であるかについて何ら記載されていないので、当業者は、患者を選択するために必要な基準を認識することができないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(3)「対照」について
請求項1には「対照レベル」という記載があるが、「対照レベル」との記載に基づいて具体的なレベルを特定することはできず、また、その定義は本件特許明細書中に記載されていないので、当業者が患者のバイオマーカーのレベルと何らかの意味のある比較を行うことは不可能であり、そして、「感受性と相関している対照」は、Wnt阻害剤に対する任意のレベルの感受性を有するすべての対照細胞株を包含するが、例えば、「感受性と相関している対照」として、PK1を用いて患者の腫瘍細胞と比較した場合、Wnt阻害剤に対する患者の腫瘍細胞の増殖の感受性の予測を行うことができないし、また、「耐性と相関している対照」は、Wntシグナル伝達が不活性であることに起因するいかなる応答をも引き起こさない細胞株のみを包含する(本件特許明細書の段落【0054】及び【0095】)が、健康細胞又は腫瘍細胞がWnt阻害剤の作用に完全に耐性であることを予測することは不可能であるから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(4)バイオマーカーとしてZNRF3を使用できないことについて
本件特許明細書の実施例で具体的に記載されているのは、RNF43のみで、ZNRF3については具体的に記載されておらず、また、RNF43とZNRF3が機能的ホモログであることを根拠にしているが、両者の機能が類似であったとしても、両者のレギュレーションも類似になるとはいえず、RNF43の結果をZNRF3にそのまま適用することはできないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(5)すべてのWnt阻害剤について、阻害に対する増殖感受性は予測できないことについて
本件特許明細書の実施例で具体的に記載されているのは、LGK974のみで、Wnt阻害剤には他にも異なるWntシグナル伝達を標的とするものがあり、LGK974の結果をそれ以外のWnt阻害剤にも適用することはできないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(6)「RNF43及び/又はZNRF3」の両方は使用できないことについて
本件特許明細書には、どのような場合に一方若しくは両方の使用するのか、それらの相対的な重要性について何ら記載されていないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(7)請求項2の「腫瘍細胞に接触させる段階」について
本件特許明細書には、「腫瘍細胞を少なくとも1つのWnt阻害剤に接触させる段階」の特徴が定義されていないので、どのように実施するのか把握することができないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明2?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明2?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(8)本件特許の方法は、すべての腫瘍細胞について使用することができないことについて
本件特許明細書の実施例で具体的に記載されているのは、膵臓がん細胞株のみで、RNF43、ZNRF3が、どのような腫瘍で変異しているのか具体的に記載されていないから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(9)不活性化変異の存在の測定は過度の試行錯誤を要することについて
本件特許明細書は、「不活性化変異」の特定、特に、保存性残基におけるミスセンス変異の特定に関して、これをどのように達成するのか何ら指針が示されておらず、PaTu-8988S細胞とPaTu-8988T細胞の試験結果から、F69C変異が、不活性変異を構成したと知ることは不可能であるから、本件発明の詳細な説明は、当業者が、本件特許発明1?13の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

8 理由8:新規事項の追加(特許法第17条の2第3項)
平成29年11月7日付けの補正書により、請求項2の「(c)腫瘍細胞における前記バイオマーカーレベルと対照レベルの差に基づいて、Wnt阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を決定する段階」が、「(c)腫瘍細胞が不活性化RNF43もしくはZNRF3変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと決定する段階 」に補正されたが、補正後の「感受性である可能性が高いと決定する」態様が、請求項2記載に方法により特定される結果であることは、特許明細書には何ら根拠がなく、また、補正後の請求項2記載に方法において、感受性の決定に使用されるバイオマーカーにおける上記のような特定の変化について、特許明細書には何ら根拠がないから、上記補正書による補正は、新規事項を追加するものであるから、特許法第17条の2第3項の規定に違反して特許されたものである。

9 証拠方法
(1)甲第1号証:国際公開第2013/011479号
(2)甲第1号証の2:特表2014-520566号公報
(3)甲第2号証:Nat.Chem.Biol.(2009)Vol.5,No.2,p.100-107
(4)甲第3号証:Cancer Res.(2011)Vol.71,No.24,Suppl.,Abs.PD08-11
(5)甲第4号証:Sci.Rep.(2011)Vol.1,No.161,p.1-7
(6)甲第5号証:Oncogene(2007)Vol.26,No.20,p.2873-2884
(7)甲第6号証:Proc.Natl.Acad.Sci.USA(2011)Vol.108,No.52,p.21188-21193
(8)甲第7号証:Nature(2012.April)Vol.485,No.7397,p.195-200
(9)甲第8号証:Nature(2012.Aug.)Vol.488,No.7413,p.665-669
(10)甲第9号証:Cancer Res.(2007)Vol.67,No.9,Suppl.,Abs.1270
(11)甲第10号証:Cell Res.(2005)Vol.15,No.1,p.28-32
(12)甲第11号証:Gastroenterology(2007)Vol.132,p.628-632
(13)甲第12号証:Oncogene(2006)Vol.25,No.29,p.4116-4121
(14)甲第13号証:EMBO J.(2010)Vol.29,No.13,p.2114-2125
(15)甲第14号証:Nat.Med.(2004)Vol.10,No.1,p.55-63
(16)甲第15号証:Diabetes(2003)Vol.52,No.3,p.588-595
(17)甲第16号証:「Small molecules in Wnt signaling」(https://web.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/smallmolecules)
(18)甲第17号証:欧州特許出願公開第2275544号、第1頁?第3頁
(19)甲第18号証:米国仮特許出願第61/604290号
(20)甲第18号証の2:米国仮特許出願第61/604290号の翻訳文

第4 甲号証の記載
甲第1号証の2(甲第1号証)?甲第13号証には、以下の事項が記載されている(英語で記載されている証拠は、日本語訳で摘記する。)。

1 甲第1号証の2(甲第1号証):特表2014-520566号公報

(甲1-1)「本発明は、(本明細書において記載される)方法にも関し、当該方法は、
抽出された医療対象者の組織の試料において測定されるWnt経路の標的遺伝子の組のうち2つ、3つ、若しくはそれ以上の標的遺伝子の発現レベルに少なくとも基づき医療対象者の組織におけるWnt経路の活性を推量するステップ、・・・を含む。」(【0026】)

(甲1-2)「好ましくは、前記Wnt経路の標的遺伝子の組は、KIAA1199、AXIN2、RNF43、TBX3、TDGF1、SOX9、ASCL2、IL8、SP5、ZNRF3、KLF6、CCND1、DEFA6、及びFZD7を含むか若しくは該標的遺伝子から成る群から選択される少なくとも9つ、好ましくは全ての標的遺伝子を含み、」(【0027】)

(甲1-3)「本発明に従って使用されることになる1つ又は複数の試料は、好ましくは生検手順又は他の試料抽出手順を介した、例えば、乳房病変から、又は、結腸癌を有すると知られるか若しくは結腸癌を有するのではないかと疑われる医療対象者の結腸から、又は、肝癌を有すると知られるか若しくは肝癌を有するのではないかと疑われる医療対象者の肝臓等から得られる試料であり得る。試料が抽出される組織は、例えば、結腸、乳房、肝臓、又は、結腸、乳房、肝臓、若しくは他の臓器の外に広がる他の臓器から生じる(疑われる)悪性の組織等、転移性の組織であってもよい。一部の例において、組織試料は、循環性腫瘍細胞、すなわち、血流に入った腫瘍細胞であってもよく、さらに、適した単離技術を使用して抽出される組織試料として抽出してもよい。」(【0029】)

(甲1-4)「標的遺伝子の発現レベルは、マイクロアレイの対応するプローブセットの測定された強度に基づいて計算されてもよく、たとえば加算平均又は他の技術の他の手段(たとえば、RNA配列)によって計算されてもよい。・・・・・・確率モデルは、任意で、変異、コピー数多型、遺伝子発現、メチル化、転座情報などの、ゲノム配列を変更する追加のゲノム情報を取り入れてもよく、当該ゲノム配列は、経路のシグナルカスケードに関連して経路の活性を推量し且つ(活性又は不活性のいずれかの)機能異常を引き起こすWnt経路における欠陥を特定し、このことはメチル化及びコピー数データの例示的なケースについての図7の例示的な参照に記載の通りである。」(【0048】、【0049】)

(甲1-5)「前記1つ又は複数の細胞シグナル経路の異常な機能を矯正する薬物を前記医療対象者に対して処方することを勧めるステップをさらに含み、・・・、請求項1乃至11のいずれか一項に記載の方法。」(【請求項12】)

(甲1-6)「本明細書において記載される本発明は、例えば、・・・
-予測される(推量される)活性に基づく薬効の予測、・・・
に関しても有利に使用することができる。」(【0038】)

(甲1-7)「CDSシステム10は、(異常な経路の活性が過度に高い活性であることを仮定して)この特定の経路に対する一般的な抑制薬物の処方を勧めるデフォルトの勧告28を提供することができる。」(【0158】)

(甲1-8)「他の熟考される測定アプローチは、病理学スライド上で行われる、免疫組織化学(IHC)、細胞学、蛍光インサイツハイブリダイゼーション(FISH)、又は、近接ライゲーションアッセイ等を含む。マイクロアレイ処理、質量分析、遺伝子配列決定、又は、他の研究技術によって生じることができる他の情報は、メチル化情報を含む。そのようなゲノム及び/又はプロテオミクスの測定の種々の組み合わせもまた行ってもよい。」(【0151】)

(甲1-9)「図35は、GSE20916データセットにおける、バーの色によって示された分類によってグループ化された結腸試料の予測したWnt活性を示しており、試料に対して、縦軸上のロジットP(Wntオン)として描かれており、横軸上のバーによって例示されている。全ての正常な結腸試料は、健康な組織の試料であることに基づき、不活性の経路を有する(スコア<0)と正しく予測されている。4つの試料以外の、活性の経路を有すると疑わしい試料は全て、活性のWnt経路を有すると予測されている。」(【0099】)

2 甲第2号証:Nat.Chem.Biol.(2009)Vol.5,No.2,p.100-107

(甲2-1)「・・・・・・我々は、Wnt経路応答を阻害する2つの新規クラスの小分子を発見した。・・・・・・我々は、がん性の細胞増殖を標的とするために作用機構ベースのアプローチを確立した。・・・・・・」(要約)

3 甲第3号証:Cancer Res.(2011)Vol.71,No.24,Suppl.,Abs.PD08-11

(甲3-1)「Wntリガンドは、マウス乳腺腫瘍ウイルス(MMTV)誘発性乳がん発生の誘発におけるその形質転換活性に基づいて最初に発見された。Wntシグナル伝達は、乳腺の正常な発達に必要であり、そして、Wntシグナル伝達の調節異常は、がん、とりわけ乳がん及び結腸がんに関係している。さらに、小葉乳がんは、一般にE-カドヘリンの発現低下を示し、これが細胞質への膜結合β-カテニンの放出をもたらし、Wntリガンドの存在下でWntシグナル伝達を潜在的に増加させる可能性がある。」(第1頁第1行?第11行)

(甲3-2)「ポーキュパインの阻害は、LRP6リン酸化やAxin2等のWnt標的遺伝子の発現などの、Wntリガンド依存性の活性をブロックし、それにより自己分泌又は傍分泌のWntシグナル伝達依存性のがん細胞の増殖を抑制する。in vitro及びin vivoでWnt経路を阻害する、選択的かつ経口生体利用性のポーキュパイン阻害剤(NPV-LGK974)が医薬品化学最適化によって開発された。前臨床評価において、当該化合物はin vivoでWnt経路シグナル伝達を強力に抑制し、MMTV-Wnt1駆動のマウス乳がんモデルにおいて腫瘍を退化させた。」(第2頁第6行?第17行)

4 甲第4号証:Sci.Rep.(2011)Vol.1,No.161,p.1-7

(甲4-1)「RNF43は、E3ユビキチンリガーゼをコードし、E3ユビキチンリガーゼは、直腸がんで発現し、かつ、卵巣がんで変異している。」(第5頁右欄第16行?第18行)

5 甲第5号証:Oncogene(2007)Vol.26,No.20,p.2873-2884

(甲5-1)「

表2 GINIを用いて特定された、結腸がんにおいて変異された遺伝子」(第2879頁、表2)

6 甲第6号証:Proc.Natl.Acad.Sci.USA(2011)Vol.108,No.52,p.21188-21193

(甲6-1)「8つの管内乳頭状粘液性腫瘍(IPMN)のうち、6つ、及び、粘液性嚢胞性腫瘍(MCN)のうち3つは、内在性E3ユビキチンリガーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であるRNA43の変異を保有していた。ヒトのがんのいずれにおいても、RNF43の遺伝的な改変は従前知られていなかった。RNF43における不活性化変異の優位性は、RNF43がIPMN及びMCNの両方の抑制因子であることを明確に確立している。」(要約、第16行?第22行)

(甲6-2)「RNA43によりコードされるタンパク質は、強力なE3ユビキチンリガーゼ活性を有することが示された。」(第21191頁右欄第9行?第11行)

7 甲第7号証:Nature(2012.April)Vol.485,No.7397,p.195-200

(甲7-1)「我々は、細胞表面膜貫通型E3ユビキチンリガーゼジンク及びリングフィンガー3(ZNRF3)及びそのホモログリングフィンガー43(RNF43)が、Wntシグナル伝達の負のレギュレーターであることをここに示す。」(要約、第2行?第4行)

(甲7-2)「Wntシグナル伝達の障害は、変性疾患又はがんを引き起こす可能性がある。」(第195頁左欄第6行?第7行)

(甲7-3)「RNF43ではなくZNRF3の枯渇は、外因性Wnt3aの非存在下又は存在下でSTF活性を強く増加させた(図1b及び補足図4a)。」(第195頁右欄下から第9行?第7行)

(甲7-4)「さらに、野生型ZNRF3の過剰発現は、Wnt3a誘導性STF活性化を減少させたが、RINGドメインを欠くZNRF3(ZNRF3 ΔRING)の過剰発現は、STF活性を強く増加させた(図1c)。」(第195頁右欄下から第4行?第1行)

(甲7-5)「さらに、Wnt分泌を遮断するポーキュパイン阻害剤であるIWP-2は、外因性Wnt3aの非存在下、ZNRF3 siRNA又はZNRF3 ΔRINGにより誘導したβ-カテニン蓄積及びSTF活性化を完全に阻害した(図1d、e及び示されていないデータ)。」(第196頁左欄第9行?第12行)

(甲7-6)「我々の知る限り、RNF43は、がんにおいて変異している最初の上流Wnt経路の要素である。このことは、Wnt阻害剤の開発のための絶好の機会を提供する。ポーキュパイン阻害剤やタンキラーゼ阻害剤などの様々な化合物が、RNF43変異を有するがんの治療について試験すべきである。」(第199頁右欄第7行?第12行)

8 甲第8号証:Nature(2012.Aug.)Vol.488,No.7413,p.665-669

(甲8-1)「関連するRNF43及びZNRF3の膜貫通型E3ユビキチンリガーゼは、LGR5+幹細胞において特徴的に発現していることを見出した。」(要約、第3行?第5行)

(甲8-2)「我々は、RNF43及びZNRF3が、Frizzled受容体を選択的にユビキチン化し、それによりこれらのWnt受容体を分解の標的とすることによって、Wntシグナルを抑制すると結論づける。」(要約、第15行?第18行)

(甲8-3)「低用量のタモキシフェンを使用したRNF43及びZNRF3のクローン除去によって1ヶ月以内に腺腫形成が生じた(図2i)。」(第2頁左欄第16行?第17行)

(甲8-4)「我々は、変異幹細胞がパネート細胞由来のWNT3に高感受性であり、それによりRSPO1(R-スポンジン1)非依存性になると提案した。これをテストするために、我々は、培養物をポーキュパインの低分子阻害剤で処理してパネート細胞による機能的WNT3の分泌を遮断した。阻害剤処理は、5日以内に野生型及びRnf43 Znrf3変異体オルガノイド培養物の両方の死をもたらし、パネート細胞由来のWNT3が実際に必須であることを示した(補足図9g、i)。」(第2頁右欄第2行?第9行)

(甲8-5)「しかしながら、APC-変異腺腫とは異なり、RNF43及びZNRF3変異を有する腫瘍は、その変異クローン中のパネート細胞からのパラクリンWnt要素に依存する。」(第4頁左欄第6行?第9行)

(甲8-6)「我々の発見は、RNF43に変異を有すると特定されたヒト腫瘍が、Wnt分泌又は受容体活性化のレベルで作用するWnt経路阻害剤によって治療できる可能性があることを示す。」(第4頁左欄第17行?第20行)

9 甲第9号証:Cancer Res.(2007)Vol.67,No.9,Suppl.,Abs.1270

(甲9-1)「古典的Wntシグナリングは、胚発育及び結腸を含む様々な組織の腫瘍形成において重要である。」(第1頁第1行?第3行)

(甲9-2)「具体的には、いくつかのwnt標的遺伝子(Ephb2及びTIAM1遺伝子を含む)は、動物モデルにおいて腫瘍の進行を抑制するように機能し得る。」(第1頁第9行?第11行)

(甲9-3)「我々は、何百もの結腸直腸腺腫及びがん、リンパ節及び肝転移を含む組織マイクロアレイを用いて、免疫組織化学又はin situハイブリダイゼーションのいずれかにより7つの推定wnt標的遺伝子(Axin2、Rnf43、Gpr49、Ascl2、Sox4、Eph82及びPla2g2aを含む)の発現の系統的な特徴付けを行い、その結果を異常なβ-カテニン発現と関連づけた。」(第1頁第11行?第19行)

(甲9-4)「7つの遺伝子すべてが、正常結腸の陰窩の基部で高レベルの発現を示し、これは異常なβ-カテニン発現を示す細胞と一致する。正常結腸上皮と比較して、これらの遺伝子の発現は、大部分の腺腫において有意に高かった。」(第1頁第19行?第24行)

(甲9-5)「これら7つの遺伝子のそれぞれの発現は、異常なβ-カテニン発現と有意に関連しており、それらがWnt標的遺伝子であることを裏付けるさらなる証拠を提供している。」(第1頁第24行?第2頁第3行)

(甲9-6)「カプランマイヤー生存分析に基づいて、高い平均遺伝子発現を有する結腸がんは、デュークス病期B期及びデュークス病期C期の患者の両方において、全体的な無病生存期間の延長と関連していた。さらに、肝転移は、原発性結腸がんと比較して低い平均遺伝子発現を示す傾向があった(<0.001)。」(第2頁第15行?第21行)

(甲9-7)「我々の結果は、wntシグナル伝達の活性化及びこれら7つのwnt標的遺伝子の誘導が腺腫期の初期に起こることを示唆するが、攻撃的な腫瘍性質と相関する浸潤性がんにおいてこれらの遺伝子は進行的にダウンレギュレーションする傾向がある。」(第2頁第21行?第26行)

(甲9-8)「これらのwnt標的遺伝子の組み合わせた発現レベルの強力な予後予測力は、補助化学療法を受けるためのハイリスク患者のサブグループを同定することを可能にし得る。最後に、我々の結果は、wntシグナル伝達の機能の複雑さを支持し、wnt阻害剤を利用する治療戦略における注意を要求する。」(第2頁第26行?第32行)

10 甲第10号証:Cell Res.(2005)Vol.15,No.1,p.28-32

(甲10-1)「Wntシグナル伝達の異常は、ヒトの変性疾患及びがんを引き起こす。」(要約、第5行?第6行)

(甲10-2)「成人において、Wnt経路の誤制御もさまざまな異常や疾患につながる。」(第30頁右欄第15行?第16行)

11 甲第11号証:Gastroenterology(2007)Vol.132,No.2,p.628-632

(甲11-1)「ほとんどすべての結腸直腸がん(CRC)が、Wnt経路における活性化変異によって開始される。」(第628頁本文左欄第1行?第3行)

(甲11-2)「

表1 dnTCFの過剰発現により4つのすべての結腸直腸がん細胞株においてダウンレギュレートされる標的遺伝子」(第629頁、表1)

12 甲第12号証:Oncogene(2006)Vol.25,No.29,p.4116-4121

(甲12-1)「本論文において、我々は初めて、別の細胞外Wnt阻害剤であるDICKKOFF-1(DKK-1)遺伝子が、結腸がん細胞株においてCpGアイランドプロモーターの過剰メチル化によって転写的にサイレンシング(n=9)ことを示す。」(要約、第9行?第13行)

13 甲第13号証:EMBO J.(2010)Vol.29,No.13,p.2114-2125

(甲13-1)「最後に、Wntシグナル伝達の制御不全は、様々なヒト疾患に関係しており(Longan and Nusse、2004年;Clevers、2006年)、Fzのアップレギュレーションがヒトがんにおいて報告されている(Lu et al、2004年;Bengochea et al、2008年)。慢性リンパ性白血病(CLL)において、いくつかのWntリガンド及びFz受容体に対するmRNAの過剰発現ががん細胞の長期生存に関与している(Lu et al、2004年)。」(第2123頁右欄下から第12行?第6行)

第5 当審の判断
1 理由1:甲第1号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
(1)本件の優先権主張について
本件特許発明1?13が、本件の優先権主張の基礎となる米国特許出願第61/604290号(2012年2月28日出願)の明細書(甲第18号証。以下、「優先権明細書」という。)に記載されているか否かについて検討する。
本件優先権明細書には、RNF43遺伝子が、膵臓がん、大腸がん、食道がん及び皮膚がんにおいて変異していること(実施例1)、RNF43遺伝子が、複数の膵臓がん細胞株において変異しており、RNF43不活性化変異を有する3つの細胞株(HPAFII、Panc 10.05、PaTu-8988S)が同定されたこと(実施例2)が記載されており、そして、RNF43野生型PK1細胞は、Wnt阻害剤であるLGK974への感受性を示さなかったのに対し、RNF43遺伝子に不活性化変異を有するHPAFII細胞は、Wnt阻害剤であるLGK974によりコロニー形成が阻害されたことが記載されている(第5頁第28行?第6頁第2行及び図4)から、RNF43遺伝子に不活性化変異を有する腫瘍細胞の増殖が、Wnt阻害剤により阻害されることが示されているといえる。
また、本件優先権明細書には、「ヘテロ接合性の消失・・・・・・本発明の方法において、・・・・・・患者の腫瘍細胞におけるRNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子ヘテロ接合性の消失のレベルが、Wnt阻害剤に対する感受性と相関しているRNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子ヘテロ接合性の消失の対照レベルに統計学的に類似しているかまたはそれよりも高い場合、または、患者の腫瘍細胞におけるRNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子ヘテロ接合性の消失のレベルが、Wnt阻害剤に対する耐性と相関しているRNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子ヘテロ接合性の消失のレベルよりも統計学的に高い場合、患者は、Wnt阻害剤、そのアゴニスト、またはWnt阻害剤と実質的に同様の生物学的活性を有する薬物の治療的投与が有益であることが予測されるものとして選択される。」(第17頁第32行?第20頁第20行)、「不活性化変異・・・・・・RNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子の1つまたは複数の変異が検出されると、Wnt阻害剤を用いた治療が患者に有益であることが予測される。」(第20頁第31行?第36行)、「タンパク質発現 一実施形態において、本発明はWnt阻害剤の治療的投与が有益または有益でないと予測されるがん患者を選択する方法を提供する。この方法は、・・・・・・(c)患者の腫瘍細胞におけるRNF43タンパク質またはZNRF3タンパク質の発現のレベルが、Wnt阻害剤に対する感受性と相関しているRNF43タンパク質またはZNRF3タンパク質の発現の対照レベルに統計学的に類似しているかまたはそれよりも低いか、または患者の腫瘍細胞におけるRNF43タンパク質またはZNRF3タンパク質の発現のレベルが、Wnt阻害剤に対する耐性と相関しているRNF43タンパク質またはZNRF3タンパク質の発現のレベルよりも統計学的に低い場合に、Wnt阻害剤の治療的投与が有益であることが予測されるものとして患者を選択する段階」(第21頁第21行?第22頁第2行)と記載されているから、「患者を選択する」ための手段について記載されているといえる。
また、本件優先権明細書に記載されている「対照レベル」、「Wnt阻害剤」の用語の意味と国際出願(2013年2月22日出願)の明細書に記載されている「対照レベル」、「Wnt阻害剤」の用語の意味との差異は、新たな技術的事項を導入するものに該当する程の差異であるとはいえない。
また、本件優先権明細書には、「LGK974処理によるコロニー形成アッセイを示す写真である。図4(a)は、2つの濃度(300nMおよび1μM)のLGK974の存在下における、HPAFII細胞コロニー形成アッセイを示す図である。・・・・・・図4(b)は1μMのLGK974単独の存在下または10%のWnt3aならし培地(CM)をともに毎日添加した条件での(機能性RNF43タンパク質を有する)PK1および(非機能性RNF43タンパク質を有する)HPAFII細胞コロニー形成アッセイを示す図である。」と記載されている(第5頁第28行?第6頁第2行)から、「Wnt阻害剤に接触させる段階」を含む態様について記載されているといえる。
したがって、本件特許発明1?13は、本件優先権明細書に記載されているといえるので、本件特許発明1?13について優先権主張の利益を享受できる。

(2)新規性及び進歩性についての判断
甲第1号証(2013年1月24日発行)は、本件優先日前に頒布された刊行物ではなく、また、(1)で述べたように、本件特許発明1?13について優先権主張の利益を享受できるので、甲第1号証により本件特許発明1?13の新規性及び進歩性を否定することはできない。
したがって、本件特許発明1?2、5、8?9は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、本件特許発明1?13は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできないし、また、本件特許発明1?13は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

2 理由2:甲第1号証の2に基づく拡大先願違反(特許法第29条の2)
上記記載事項(甲1-1)?(甲1-9)は、医療対象者の腫瘍細胞などの組織試料におけるWnt経路の標的遺伝子のRNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子の発現レベルを測定し、Wnt経路の活性を推量する方法は記載されているものの、甲第1号証の2には、「Wnt阻害剤」の明示的な記載はなく、また、患者からの腫瘍細胞の試料において、RNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子の不活性化変異などを検出し、患者の腫瘍がRNF43またはZNRF3の不活性化変異などを有する場合に、腫瘍細胞がWnt阻害剤に対して感受性である可能性が高いと予測することは記載されておらず、また、記載されているに等しいともいえない。
したがって、本件特許発明1?13は、甲第1号証の2に記載されたものであるから、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない、ということはできない。

3 理由3:甲第7号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
甲第7号証(2012年5月10日発行)は、本件優先日前に頒布された刊行物ではなく、また、1(1)で述べたように、本件特許発明1?13について優先権主張の利益を享受できるので、甲第7号証により本件特許発明1?13の新規性及び進歩性を否定することはできない。
したがって、本件特許発明1?13は、甲第7号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、本件特許発明1?13は、甲第7号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできないし、また、本件特許発明1?13は、甲第7号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

4 理由4:甲第8号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
甲第8号証(2012年8月15日発行)は、本件優先日前に頒布された刊行物ではなく、また、1(1)で述べたように、本件特許発明1?13について優先権主張の利益を享受できるので、甲第8号証により本件特許発明1?13の新規性及び進歩性を否定することはできない。
したがって、本件特許発明1?13は、甲第8号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、本件特許発明1?13は、甲第8号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできないし、また、本件特許発明1?13は、甲第8号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

5 理由5:甲第9号証を主引用例とした新規性欠如及び進歩性欠如(特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項)
甲第9号証には、Wntシグナリングが腫瘍形成において重要であること、RNF43遺伝子が、推定Wnt標的遺伝子であり、その発現を結腸直腸腺腫などで解析したこと、Wnt標的遺伝子の組み合わせた発現レベルの予後予測力は、補助化学療法を受けるためのハイリスク患者のサブグループを同定することを可能にし得ることが記載されている(上記記載事項(甲9-1)?(甲9-8))。
しかしながら、甲第9号証には、「7つの遺伝子すべてが、正常結腸の陰窩の基部で高レベルの発現を示し、これは異常なβ-カテニン発現を示す細胞と一致する。正常結腸上皮と比較して、これらの遺伝子の発現は、大部分の腺腫において有意に高かった。」と記載されている(上記記載事項(甲9-4))ものの、「我々の結果は、wntシグナル伝達の活性化及びこれら7つのwnt標的遺伝子の誘導が腺腫期の初期に起こることを示唆するが、攻撃的な腫瘍性質と相関する浸潤性がんにおいてこれらの遺伝子は進行的にダウンレギュレーションする傾向がある。」とも記載されており(上記記載事項(甲9-7))、7つのWnt標的遺伝子の発現は、正常結腸と比較して結腸腺腫において有意に高かったことが記載されている一方で、浸潤性がんにおいては進行的にダウンレギュレーションすることが記載されているから、甲第9号証の記載からでは、腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することはできない。また、甲第9号証には、「これらのwnt標的遺伝子の組み合わせた発現レベルの強力な予後予測力は、補助化学療法を受けるためのハイリスク患者のサブグループを同定することを可能にし得る。」と記載されている(上記記載事項(甲9-8))ように、甲第9号証は、Wnt標的遺伝子の組み合わせを用いることが示されているだけで、7つの遺伝子のうちの、RNF43遺伝子のみを用いることは何ら示されていない。
よって、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することが、甲第9号証に記載されているとはいえず、また、甲第9号証に記載された発明において、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。
また、本件特許発明2は、本件特許発明1と同様に、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することが発明特定事項に含まれる発明であるから、本件特許発明1と同様に、本件特許発明2も、甲第9号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。
また、本件特許発明3?13は、本件特許発明1、2に更なる限定を加えた発明であるから、上述の如く、本件特許発明1、2が、甲第9号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない以上、本件特許発明3?13も、甲第9号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

甲第4?6号証は、RNF43が特定のがんにおいて変異していることが記載されているだけであり、また、甲第2、3号証は、公知のWnt阻害剤について記載されているだけであるから、甲第2?6号証には、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを示唆する記載があるとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明及び甲第5又は6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできないし、また、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。
また、本件特許発明2は、本件特許発明1と同様に、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することが発明特定事項に含まれる発明であるから、本件特許発明1と同様に、本件特許発明2も、甲第9号証に記載された発明及び甲第5又は6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。
また、本件特許発明3?13は、本件特許発明1、2に更なる限定を加えた発明であるから、上述の如く、本件特許発明1、2が、甲第9号証に記載された発明及び甲第5又は6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない以上、本件特許発明3?13も、甲第9号証に記載された発明及び甲第5又は6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできず、また、甲第9号証に記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない

6 理由6:甲第10、3、11?13号証を主引用例とした進歩性欠如(特許法第29条第2項)
甲第10号証には、Wntシグナル伝達の異常は、ヒトの変性疾患及びがんを引き起こすことが記載されている(上記記載事項(甲10-1))。
甲第3号証には、Wntシグナル伝達の調節異常は、乳がん及び結腸がんに関係していることが記載されている(上記記載事項(甲3-1))。
甲第11号証には、Wnt経路における活性化変異によって、結腸直腸がんが開始されることが記載されている(上記記載事項(甲11-1))。
甲第12号証には、細胞外Wnt阻害剤であるDICKKOFF-1(DKK-1)遺伝子が、結腸がん細胞株においてCpGアイランドプロモーターの過剰メチル化によって転写的にサイレンシングされることが記載されている(上記記載事項(甲12-1))。
甲第13号証には、Wntシグナル伝達の制御不全は、様々なヒト疾患に関係しており、Fzのアップレギュレーションがヒトがんにおいて報告されていることが記載されている(上記記載事項(甲13-1))。
甲第10、3、11?13号証は、Wntシグナル経路の過剰活性化と特定のがんとの関連性が記載されているが、甲第10、3、11?13号証には、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを示唆する記載はない。
また、甲第4?6号証は、RNF43が特定のがんにおいて変異していることが記載されているだけであり、また、甲第2、3号証は、公知のWnt阻害剤について記載されているだけであるから、甲第2?6号証には、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを示唆する記載があるとはいえない。
また、甲第9号証には、Wntシグナリングが腫瘍形成において重要であること、RNF43遺伝子が、推定Wnt標的遺伝子であり、その発現を結腸直腸腺腫などで解析したこと、Wnt標的遺伝子の組み合わせた発現レベルの予後予測力は、補助化学療法を受けるためのハイリスク患者のサブグループを同定することを可能にし得ることが記載されており(上記記載事項(甲9-1)?(甲9-8))、また、甲第11号証には、結腸直腸がん細胞株においてダウンレギュレートされる標的遺伝子として、ZNRF3が記載されている(上記記載事項(甲11-2))ものの、RNF43遺伝子及びZNRF3遺伝子の発現とWnt阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性に関連性があることを示す記載であるとはいえず、甲第9、11号証に、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを示唆する記載があるとはいえない。
したがって、本件特許発明1?13は、甲第10、3、11?13号証のいずれかに記載された発明及び甲第2?6号証に記載された事項並びに甲第9、11号証に記載されている周知事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

7 理由7:実施可能要件違反及びサポート要件違反(特許法第36条第4項第1号及び特許法第36条第6項第1号)
(1)腫瘍細胞増殖の高い感受性は予測できないことについて
本件明細書の実施例2には、「表2に示すように、RNF43遺伝子は複数の膵臓がん細胞株における変異である。・・・・・・RNF43不活性化変異を有する3つの特有な細胞株が同定された:HPAFII(ナンセンス変異)、Panc 10.05(フレームシフト変異、PL45細胞と関連)、PaTu-8988S(有害突然変異、PaTu-8988T細胞と関連)。」と記載されている(【0127】?【0129】)。
本件明細書の実施例3には、「膵臓細胞のLGK974処理に対する感受性を試験管内における細胞増殖アッセイで試験した。・・・・・・表3に示されるように、LGK974は、Capan-2、PA-TU-8988SおよびHPAFIIを含む膵臓がん細胞株のサブセットにおいて、nM IC_(50)’sでの細胞増殖を阻害した。表4および実施例4に示すように、4つの細胞株すべてはRNF43の機能喪失(LOF)変異を保有している。」と記載されている(【0130】?【0135】)。
本件明細書の実施例4には、「著しいことに、すべてのポーキュパイン阻害剤に感受性な株は、RNF43の不活性化変異を保持している。・・・・・・本発明者らのデータは、膵臓がんにおけるRNF43の変異は、Wntシグナル依存性を付与し、RNF43変異は、Wnt阻害剤の開発のための患者の選択のためのバイオマーカーとして使用すべきであることを示している。・・・・・・3つのWnt依存性の膵臓がん細胞株は、ポーキュパイン阻害剤LGK974を使用して同定され、著しいことに、これらすべての細胞株は、RNF43の機能喪失変異を保有する。これらのRNF43変異細胞株の増殖は、β-カテニンの枯渇またはRNF43の再発現により阻害され、そしてそれらの増殖はLGK974によって阻害される。本発明者らのデータは、膵臓がんにおいて腫瘍抑制因子としてのRNF43を確立し、RNF43変異は、Wntシグナル伝達経路を標的とする薬剤の有効性を予測するためのバイオマーカーとして使用できることを示している。 本発明者らは、LGK974、現在診療所で検査されているポーキュパイン阻害剤を用いたWnt依存性のための39の膵臓がん細胞株のパネルを試験した。著しいことに、すべてのLGK974感受性株がRNF43の不活性化変異を有している。Wnt分泌の阻害、β-カテニンの枯渇、または野生型RNF43の発現は、RNF43変異体の増殖を遮断したが、RNF43野生型膵臓がん細胞は遮断しなかった。LGK974は、マウス異種移植モデルにおけるRNF43変異した膵腫瘍の増殖を阻害した。」と記載されている(【0136】?【0141】)。
本件明細書の実施例2?4の上記記載には、RNF43遺伝子に不活性化変異を有するがん細胞株(HPAFII、PA-TU-8988S、Capan-2)が、Wnt阻害剤であるLGK974に感受性である一方で、野生型RNF43遺伝子を有する細胞株(YAPC、PK1)は、Wnt阻害剤であるLGK974に感受性でないことが記載されており、腫瘍細胞がRNF43遺伝子に不活性化変異を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である実験結果が少なくとも3つの腫瘍細胞について示されているといえる。
さらに、本件明細書の実施例4には、RNF43が、Wnt/βカテニンシグナル伝達を阻害すること(【0148】)、RNF43が、Frizzledの膜発現を減少させることによりWntシグナル伝達を負に調節していること(【0158】)が実験データに基づき示されており、そして、「本実施例において、本発明者らは、RNF43がFrizzledの膜発現を抑制することにより、膵臓細胞におけるWnt経路の負のフィードバック調節因子として機能することを実証した。本発明者らは、Wnt/β-カテニンシグナル伝達が、おそらくRNF43の誘導を介して、Frizzled膜発現を強力に阻害することを示した。この知見は、膵臓がん細胞が、RNF43を変異させて、この強力な負のフィードバック調節から逃れ、高いレベルのWnt/β-カテニンシグナル伝達を達成することを選択する理由の説明を提供する。本発明者らのデータは、膵臓がんにおける腫瘍抑制因子としてのRNF43を確立し、RNF43変異が、Wntシグナル伝達経路を標的とする薬剤の有効性を予測するためのバイオマーカーとして使用できることを示している。」(【0191】)、「本発明者らの研究は、膵臓がんにおける上流Wntシグナル伝達を阻害する腫瘍抑制因子としてのRNF43を確立した。試験管内においてWnt阻害剤に対して感受性なすべてのWnt阻害剤膵臓がん細胞株がRNF43変異を保持するという本発明者らの知見は、RNF43変異はWnt阻害剤の有効性を試験する臨床試験のために膵腫瘍を選択するための断定的なバイオマーカーとして使用することができることを示している。」(【0195】)と結論づけている。
そして、上記のような実験結果に基づいて、本件特許発明について、RNF43遺伝子変異を有するがん細胞はWnt経路の阻害に対してより感受性であり、がん細胞におけるRNF43の阻害は、Frizzledタンパク質の細胞表面レベルの増加をもたらすので、上昇したWntシグナル伝達および変異RNF43を有するがん細胞は、Wnt阻害剤に対してより感受性であることから、RNF43変異が、Wnt阻害剤の治療的投与のためのがん患者の選択に用いることができることの作用機序が説明されている(【0011】)。
よって、実施例2?4で得られた実験結果や作用機序に関する発明の詳細な説明の記載に基づけば、当業者は、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3の不活性化変異を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを理解することができるものといえる。また、「ヘテロ接合性の消失」については、RNF43のコピー数の減少を有するがん細胞株(HPAFII、PA-TU-8988S)が、Wnt阻害剤であるLGK974に感受性であることが示されているから、この実験結果を含む実施例2?4で得られた実験結果や作用機序に関する発明の詳細な説明の記載に基づけば、当業者は、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを理解することができるものといえる。また、RNF43またはZNRF3のmRNAまたはタンパク質の発現の減少については、ZNRF3に対するsiRNAを用いてRNF43を枯渇させた実験(【0144】?【0159】及び図3)を含む、実施例2?4で得られた実験結果や作用機序に関する発明の詳細な説明の記載に基づけば、腫瘍細胞がRNF43またはZNRF3のmRNAまたはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと予測することを理解することができるものと認められる。
よって、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(2)患者にとっての有益の予測について
本件発明の詳細な説明には、「したがって、ヘテロ接合性の消失の対照またはベースラインレベルと比較して、患者試料がWnt阻害剤療法への感受性または耐性である可能性が高いかどうか、(例えば、良好な応答者または応答者(治療が有益である患者)であるか、あるいは、貧弱な応答者または非応答者(療法が有益でない患者かまたはあまり有益でない患者)であるか)を決定することができる。」と記載されている(【0054】)ように、どのような場合に患者にとって「有益」であるかについて具体的に記載されているから、どのような場合に「Wnt阻害剤の治療的投与が有益である」かを当業者が容易に理解することができる程度に記載されているといえるので、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(3)「対照」について
本件発明の詳細な説明には、「「対照レベル」は、Wnt阻害剤に対する感受性と相関するレベルまたはWnt阻害剤に対する耐性と相関するレベルを含むことができる、ヘテロ接合の対照レベルである。・・・・・・」と記載されている(【0054】)ように、「対照レベル」についての定義が記載されており、また、「対照群 対照レベルは、アッセイが行われるたびに、各アッセイのために設定される必要はない。・・・・・・」と記載されている(【0091】?【0095】)ように、「対照レベル」についての更なる説明が記載されているので、「対照レベル」がどのようなレベルを意味しているのか当業者が容易に理解することができる程度に記載されているといえる。
また、本件発明の詳細な説明には、「RNF43野生型PK1細胞は、10日間のアッセイの間、LGK974への感受性を示さなかった。」と記載されており(【0020】)、PK1細胞は、「耐性と相関している対照」として記載されていることは明らかであるから、PK1細胞を「感受性と相関している対照」として当業者が理解するとは考えにくく、また、本件発明の詳細な説明の記載から、当業者であればPK1細胞のような「LGK974への感受性を示さなかった」細胞を「耐性と相関している対照」として使用していることを理解することができる。
よって、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(4)バイオマーカーとしてZNRF3を使用できないことについて
本件発明の詳細な説明には、「本発明者らは、Wntシグナル伝達の2つの負の調節因子、Zinc/RINGフィンガータンパク質3(ZNRF3、スイスプロットQ9ULT6、配列番号4)およびリングフィンガータンパク質43(RNF43、スイスプロットQ68DV7、配列番号3)、の機能を発見した。Hao HXら(2012) Nature 485(7397):195-200。RNF43、がん関連RINGフィンガータンパク質は、核タンパク質、HAP95と相互作用するユビキチンリガーゼである。Sugiura Tら (2008) Exp. Cell Res. 314(7):1519-28。ZNRF3およびRNF43はどちらもWnt受容体Frizzledのための相同細胞表面膜貫通E3ユビキチンリガーゼである。両者のタンパク質はFrizzledおよびLRP6を含むWnt受容体複合体の細胞表面レベルを阻害する。」(【0021】)、「より最近では、Znrf3およびRnf43の両者の腸特異的欠失は、腸陰窩の過剰増殖と腸腺腫形成を誘導することがマウスにおいて示された。Koo BKら (2012) Nature 488(7413):665-9。また、RNF43の変異は、嚢胞性膵腫瘍など、様々な腫瘍で同定されている。これらの研究は、RNF43はZNRF3のようにWnt/β-カテニンシグナル伝達の負の調節因子として作用することを示している。」(【0028】)と記載されており、また、本件の図2には、ZNRF3タンパク質はRNF43タンパク質と相同性が高いことが示されているから、ZNRF3は、構造的にも、また、機能的にもRNF43のホモログであり、両者は構造的にも機能的にも類似していることを当業者が容易に理解することができる程度に本件発明の詳細な説明に記載されているといえる。
また、本件発明の詳細な説明には、「RNF43の枯渇は、Wnt誘導性のSTFを向上させる。・・・・・・別個のsiRNAを用いて、RNF43を枯渇させると、外因性Wnt3aならし培地の非存在下または存在下のいずれかで、スーパーTOPFlash(STF)Wntレポーター活性が、著しく増加した。図3(a)を参照のこと。」と記載されており(【0144】)、甲第7号証に示されているZNRF3についての実験結果と同様の結果が示されているから、ZNRF3とRNF43のレギュレーションが異なる結果になっているとはいえない。
よって、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(5)すべてのWnt阻害剤について、阻害に対する増殖感受性は予測できないことについて
本件発明の詳細な説明には、「本発明はまた、RNF43遺伝子変異を有するがん細胞はWnt経路の阻害に対してより感受性であることを示す。がん細胞におけるRNF43の阻害は、Frizzledタンパク質の細胞表面レベルの増加をもたらす。したがって、上昇したWntシグナル伝達および変異RNF43を有するがん細胞、特に膵臓がん細胞は、Wnt拮抗薬に対してより感受性である。したがって、本発明は、RNF43変異ステータスは、Wntシグナル伝達阻害剤の治療的投与のためのがん患者選択戦略として用いることができることを提供する。」と記載されている(【0011】)ように、がん細胞におけるRNF43の阻害は、Frizzledタンパク質の細胞表面レベルの増加をもたらすことから、LGK974以外のWnt阻害剤であっても、Frizzled受容体より下流のWntシグナル伝達を標的とするWnt阻害剤であれば、阻害に対する増殖感受性は予測できることを当業者が容易に理解することができるので、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(6)「RNF43及び/又はZNRF3」の両方は使用できないことについて
本件特許発明1のうち、「RNF43遺伝子および/またはZNRF3遺伝子」の不活性化変異を検出する場合については、「RNF43遺伝子またはZNRF3遺伝子」の場合は、「RNF43遺伝子」の不活性化変異を検出するか、または、「ZNRF3遺伝子」の不活性化変異を検出することを意味し、「RNF43遺伝子およびZNRF3遺伝子」の場合は、「RNF43遺伝子」と「ZNRF3遺伝子」の両方の遺伝子の不活性化変異を検出することを意味することは、当業者であれば容易に理解することができ、また、本件特許発明1の「RNF43染色体領域および/またはZNRF3染色体領域におけるDNAコピー数」、「RNF43 mRNA発現および/またはZNRF3 mRNA発現」、「RNF43タンパク質発現および/またはZNRF3タンパク質発現」も同様に当業者であれば容易に理解することができるから、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(7)請求項2の「腫瘍細胞に接触させる段階」について
本件発明の詳細な説明には、「LGK974処理によるコロニー形成アッセイを示す写真である。図1(a)は、2つの濃度(300nMおよび1μM)のLGK974の存在下における、HPAFII細胞コロニー形成アッセイを示す図である。・・・・・・図1(b)は1μMのLGK974単独の存在下または10%のWnt3aならし培地(CM)をともに毎日添加した条件での(機能性RNF43タンパク質を有する)PK1および(非機能性RNF43タンパク質を有する)HPAFII細胞コロニー形成アッセイを示す図である。」と記載されており(【0020】)、また、「膵臓細胞のLGK974処理に対する感受性を試験管内における細胞増殖アッセイで試験した。24例のヒト膵臓がん細胞株をLGK974にて処理または未処理とした。・・・・・・細胞を採取し、1.5X10^(4)細胞/mLの密度でその適切な増殖培地中に再懸濁させた。その後、細胞は384ウェル組織培養プレート(Greiner-BioOne 789163)に、最終容量1ウェルあたり50μLにてプレーティングし、バイオテックマイクロフィル(BioTek μFill)ディスペンサー(シリアル番号000-3586)を使用して、ウェルあたりの密度を750細胞/ウェルとした。・・・・・・プレーティングの約18時間後、Labcyte ECHO555を用い、50nLのLGK974を細胞に投与した。」と記載されている(【0130】?【0131】)から、「腫瘍細胞を少なくとも1つのWnt阻害剤に接触させる段階」をどのように実施するのか具体的に記載されているので、本件特許発明2?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明2?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(8)本件特許の方法は、すべての腫瘍細胞について使用することができないことについて
本件発明の詳細な説明には、「本発明は、腺管がん、腺がんまたはメラノーマ(表1参照)などの腫瘍または膵臓がん、結腸がん、食道または皮膚がんを有する患者からの腫瘍(表1、表2、表3、表4および表5を参照)を評価するために特に有用である。」と記載され(【0088】)、実際、本件明細書の実施例1には、膵臓がん以外にも大腸がん、食道がん及び皮膚がんにおいて、RNF43遺伝子が変異していることが具体的に記載されており、また、本件発明の詳細な説明には、「より最近では、Znrf3およびRnf43の両者の腸特異的欠失は、腸陰窩の過剰増殖と腸腺腫形成を誘導することがマウスにおいて示された。Koo BKら (2012) Nature 488(7413):665-9。また、RNF43の変異は、嚢胞性膵腫瘍など、様々な腫瘍で同定されている。これらの研究は、RNF43はZNRF3のようにWnt/β-カテニンシグナル伝達の負の調節因子として作用することを示している。」(【0028】)と記載されているから、膵臓がん以外の様々ながんにおいても、RNF43、ZNRF3が変異しており、そのようながんの腫瘍細胞について本件特許の方法を使用することができることを当業者が容易に理解することができる程度に記載されているといえるので、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

(9)不活性化変異の存在の測定は過度の試行錯誤を要することについて
本件明細書の実施例4には、「すべての3つのLGK974感受性細胞株は、RNF43のホモ接合変異を有している(HPAFII、E174X;PaTu-8988S、F69C;Capan-2、R330fs)。・・・・・・F69C変異の機能を定義するために、C末端HAタグ化野生型RNF43、RNF43ΔRING、およびRNF43 F69CをYAPC細胞中で安定的に発現させた。・・・・・・Frizzledターンオーバーの調節におけるRNF43の機能と一致していることに、RNF43ΔRINGの過剰発現はドミナントネガティブ活性を示し、Frizzledの膜レベルを増加させる一方で、野生型RNF43の過剰発現は、Frizzledの膜レベルを低下させた。RNF43 F69Cの過剰発現は、Frizzledの膜レベルを中程度に増加させたので、F69Cは機能喪失変異体であり、過剰発現の際に部分的なドミナントネガティブ活性を有する。・・・・・・さらに、RNF43ΔRINGの過剰発現は、DVL2リン酸化を増加させ、Wnt3a誘導性STFレポーター活性を増強するが、RNF43 F69Cについてはより少ない程度であった。これらのデータは、F69CはRNF43についての不活性化ミスセンス変異であることを示している。」と記載されており(【0167】?【0174】)、F69C変異が不活性変異であることを実験的に確認している。また、本件発明の詳細な説明には、「興味深いことに、RNF43変異を有するすべての細胞株が、LGK974に対して感受性であるわけではない。本発明者らは、RNF43、Patu-8988T(F69C)、Panc10.05(M18fs)、およびPL45(M18fs)のホモ接合変異を持つ3つの膵臓がん株を発見したが、これらの細胞株の増殖はLGK974に対して感受性ではない。Patu-8988SとPatu-8988Tは、同じ患者に由来し、・・・」と記載されている(【0193】)ものの、「これらの結果は、他のメカニズムがRNF43変異した腫瘍をWntシグナル伝達に無関係とすることができることを示している。」と考察しており(【0193】)、Patu-8988SとPatu-8988Tの実験結果の差異から、F69C変異が不活性変異であることを当業者が理解することができないとはいえない。
よって、本件特許発明1?13について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、また、本件特許発明1?13は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできないし、また、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

8 理由8:新規事項の追加(特許法第17条の2第3項)
願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、「Wnt阻害剤による阻害に対する腫瘍細胞増殖の感受性を予測する方法」に係る発明であるが、その請求項1の工程(a)、(b)は、補正後の請求項2の工程(a)、(b)と実質上同じ工程であり、また、その請求項1の(c)には、「(c)患者の腫瘍が不活性化RNF43もしくはZNRF3変異を有するか、患者の腫瘍がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または患者の腫瘍がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有し、それにより患者の腫瘍がWnt阻害剤に対して感受性である可能性が高いことが示される」と記載されており、該工程が、腫瘍細胞におけるバイオマーカーレベルと対照レベルの差に基づいて、Wnt阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を決定する段階に相当することは明らかであるから、請求項2の「(c)腫瘍細胞における前記バイオマーカーレベルと対照レベルの差に基づいて、Wnt阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を決定する段階」を、「(c)腫瘍細胞が不活性化RNF43もしくはZNRF3変異を有するか、腫瘍細胞がRNF43もしくはZNRF3のコピー数の減少を有するか、または腫瘍細胞がRNF43 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少またはZNRF3 mRNAもしくはタンパク質の発現の減少を有する場合に、Wnt阻害剤に対して腫瘍細胞が感受性である可能性が高いと決定する段階 」とする補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の補正であり、新規事項を追加するものではない。
したがって、上記補正は、特許法第17条の2第3項の規定に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由によっては、本件特許発明1?13に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件特許発明1?13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-09-30 
出願番号 特願2014-559931(P2014-559931)
審決分類 P 1 651・ 161- Y (C12Q)
P 1 651・ 537- Y (C12Q)
P 1 651・ 121- Y (C12Q)
P 1 651・ 536- Y (C12Q)
P 1 651・ 113- Y (C12Q)
P 1 651・ 55- Y (C12Q)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田ノ上 拓自坂崎 恵美子  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 澤田 浩平
高堀 栄二
登録日 2018-09-07 
登録番号 特許第6397335号(P6397335)
権利者 ノバルティス インターナショナル ファーマシューティカル リミテッド ノバルティス アーゲー
発明の名称 RNF43変異ステータスを利用したWntシグナル伝達阻害剤の投与のためのがん患者選択法  
代理人 大森 規雄  
代理人 小林 浩  
代理人 西澤 恵美子  
代理人 西澤 恵美子  
代理人 小林 浩  
代理人 鈴木 康仁  

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