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審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 G02B 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G02B |
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管理番号 | 1356415 |
審判番号 | 不服2018-12841 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-09-27 |
確定日 | 2019-10-24 |
事件の表示 | 特願2014-558655「偏光フィルムの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年7月31日国際公開,WO2014/115897〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 手続等の経緯 特願2014-558655号(以下「本件出願」という。)は,2014年(平成26年)1月23日(優先権主張 平成25年1月28日)を国際出願日とする出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成29年10月27日付け:拒絶理由通知書 平成30年 2月13日付け:意見書 平成30年 6月21日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。) 平成30年 9月27日付け:審判請求書 平成30年 9月27日付け:手続補正書 (当合議体注:平成30年9月27日付け手続補正書は,平成30年10月11日付け手続補正書によって,補正されている。) 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成30年9月27日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正 (1) 本件補正前の特許請求の範囲の記載 本件補正前の特許請求の範囲(日本語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲)の請求項1の記載は,次のとおりである。 「 厚さが60μm以下のポリビニルアルコール系樹脂フィルムに対し,膨潤処理,染色処理,架橋処理及び洗浄処理をこの順に施す工程を有し,これらのいずれかの工程の前又は工程中に,2個のニップロール間の周速差を利用してフィルムの一軸延伸を行う偏光フィルムを製造する方法であって, 上記いずれかの処理が施されたフィルムをその処理槽から取り出してから次の工程に搬送する際,フィルムの両面に液が付着した状態でガイドロールを通過させることによってガイドロールと接した面の液を取り除き, 次いで,フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施すことを特徴とする偏光フィルムの製造方法。」 (2) 本件補正後の特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。なお,下線は補正箇所を示す。 「 厚さが60μm以下のポリビニルアルコール系樹脂フィルムに対し,膨潤処理,染色処理,架橋処理及び洗浄処理をこの順に施す工程を有し,これらのいずれかの工程の前又は工程中に,2個のニップロール間の周速差を利用してフィルムの一軸延伸を行う偏光フィルムを製造する方法であって, 上記いずれかの処理が施されたフィルムをその処理槽から取り出してから次の工程に搬送する際,フィルムの両面に液が付着した状態でガイドロールを通過させることによってガイドロールと接した面の液を取り除いた後,ニップロールに接触させる前に, フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施すことを特徴とする偏光フィルムの製造方法。」 2 補正の適否 本件補正は,本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施す」タイミングを,「ニップロールに接触させる前」に限定する補正である。また,本件補正は,本件出願の願書に最初に添付した明細書(日本語特許出願に係る国際出願日における明細書)の10頁14?17行の記載に基づく補正である。 そうしてみると,本件補正は,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でしたものであるから,同法17条の2第3項の規定に適合する。 また,本件補正は,その補正の内容からみて,同法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものである。そして,本件補正前の請求項1に記載された発明と,本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は,同一である(明細書の1頁4?6行及び2頁17?20行参照。)。 そうしてみると,本件補正は,同法17条の2第5項2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。 そこで,本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本件補正後発明」という。)が,同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。 (1) 本件補正後発明 本件補正後発明は,前記1(2)に記載したとおりのものである。 (2) 引用文献1の記載 原査定の拒絶の理由において引用された特開2012-27459号公報(平成24年2月9日出願公開,以下「引用文献1」という。)は,本件出願の優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。 ア 「【技術分野】 【0001】 本発明は,液晶表示装置に使用される偏光板の製造に用いる偏光フィルムの製造方法に関する。 【背景技術】 【0002】 偏光フィルムとしては,従来から,ポリビニルアルコール系フィルムに二色性色素を吸着配向させたものが用いられている。 …(省略)… 【0004】 一方,特許文献1には,ホウ酸処理工程および/またはその前の工程で一軸延伸を行う偏光フィルムの製造方法において,より傷や皺が少なく,折れ込みのない偏光フィルムを得るために,処理液中の少なくとも一つのガイドロールとして拡幅ロールを用いることが開示されている。しかしながら,特許文献1に記載の方法において,例えば染色槽で拡幅ロールを用いて,積算延伸倍率で1.6倍以上の延伸を行う場合には,吸収軸のバラツキが発生し,得られる偏光フィルムの光学特性が低下する問題があった。」 イ 「【発明が解決しようとする課題】 【0006】 本発明の課題は,光学特性に優れた偏光フィルムの製造方法を提供することである。 …(省略)… 【発明を実施するための形態】 【0011】 (偏光フィルムの製造方法) 本発明におけるポリビニルアルコール系フィルムを形成するポリビニルアルコール系樹脂は,通常,ポリ酢酸ビニル系樹脂をケン化したものが例示される。 …(省略)… 【0012】 これらのポリビニルアルコール系樹脂は変性されていてもよく,例えば,アルデヒド類で変性されたポリビニルホルマール,ポリビニルアセタール,ポリビニルブチラールなども使用しうる。通常,偏光フィルム製造の開始材料としては,厚さが約20μm?100μm,好ましくは約30μm?80μmのポリビニルアルコール系樹脂フィルムの未延伸フィルムを用いる。工業的には,フィルムの幅は約1500mm?6000mmが実用的である。 この未延伸フィルムを,膨潤処理,染色処理,ホウ酸処理(架橋処理),水洗処理の順に処理し,最後に乾燥して得られるポリビニルアルコール系偏光フィルムの厚みは,例えば約5?50μm程度である。 【0013】 二色性色素を吸着配向せしめたポリビニルアルコール系一軸延伸フィルムである偏光フィルムは,一般に,未延伸のポリビニルアルコール系フィルムを水溶液で膨潤処理,染色処理,ホウ酸処理および水洗処理の順に溶液処理し,ホウ酸処理工程および必要ならその前の工程で湿式または乾式にて一軸延伸を行い,最後に乾燥することにより得られる。 …(省略)… 【0015】 膨潤工程は,フィルム表面の異物除去,フィルム中の可塑剤除去,次工程での易染色性の付与,フィルムの可塑化などの目的で行われる。 …(省略)… 【0017】 二色性色素による染色工程は,フィルムに二色性色素を吸着,配向させるなどの目的で行われる。 …(省略)… 【0019】 ポリビニルアルコール系フィルムを膨潤処理,染色処理,ホウ酸処理の順に処理する場合は,通常,染色槽でフィルムの延伸を行う。染色処理までの積算の延伸倍率(該工程までに延伸工程がない場合は該工程での延伸倍率)は,通常1.6?4.5倍,好ましくは1.8?4.0倍である。 …(省略)… 【0020】 ホウ酸処理は,水100重量部に対してホウ酸を約1?10重量部含有する水溶液に,二色性色素で染色したポリビニルアルコール系フィルムを浸漬することにより行われる。 …(省略)… このホウ酸処理は,架橋による耐水化や色相調整(青味がかるのを防止する等)等のために実施される。 …(省略)… 【0024】 本発明における偏光フィルムの延伸の最終的な積算延伸倍率は,通常約4.5?7倍,好ましくは約5?6.5倍である。 【0025】 ホウ酸処理後,水洗される。水洗処理は,例えば,耐水化および/または色調調整のためにホウ酸処理したポリビニルアルコール系フィルムを水に浸漬,水をシャワーとして噴霧,あるいは浸漬と噴霧を併用することによって行われる。 …(省略)… 【0026】 (拡幅延伸工程) 上記した処理工程のいずれか,またはこれらの工程とは別の延伸工程において,フィルムは2つのニップロール間で一軸延伸される。すなわち,フィルムの搬送方向における下流側のニップロールの周速度を上流側のニップロールの周速度よりも大きくして,フィルムに張力を与えて延伸する。 【0027】 その際,本発明では,延伸工程のうち少なくとも1つの工程において,2つのニップロール間に少なくとも1台の拡幅ロールを設置し,フィルムを拡幅させつつ一軸延伸させる(拡幅延伸工程)。 …(省略)… 【0030】 図1に示す処理槽10には,処理液4(例えば,ヨウ素,ヨウ化カリウム水溶液)が満たされており,その中を通るポリビニルアルコール系フィルム1の搬送方向の上流側にニップロール2,下流側にニップロール2'が設置されており,2つのニップロール間には拡幅ロール3,ガイドロール5が設置されている。拡幅ロール3は,図2に示すように,湾曲した形状を有する。 この拡幅延伸工程では,ポリビニルアルコール系フィルム1は,処理液4に浸漬され,拡幅ロール3を介して延伸(当合議体注:「延伸」は「拡幅」の誤記である。)されながら,2つのニップロール2,2'間の周速差で延伸される。なお,この場合,拡幅ロール3は複数台あってもよい。 …(省略)… 【0033】 拡幅ロール3は,気中,液中のどちらに配置されていても構わないが,図1に示すように,気中に設置された拡幅ロール3に本発明を適用するのが,光学特性を向上させるうえで好ましい。 特に,フィルムの膨潤による幅寸法の変化が大きい膨潤工程や染色工程において,拡幅ロールが複数設置される場合においては,少なくとも1つの拡幅ロール3を気中に設置し,本発明を適用することでシワの発生を抑制しつつ光学特性を向上させることができる。 拡幅ロール3が複数台設置される場合は,本発明を適用する拡幅ロール3が多い方が好ましく,全ての拡幅ロール3に本発明を適用する,すなわち全ての拡幅ロール3を2つのニップロール2,2'間に設置することが非常に好ましい。 【0034】 本発明の製造工程中の拡幅ロールの素材としては,ゴム,スポンジ等が挙げられるが,より好ましくはスポンジゴムロールであることが好ましい。ポリビニルアルコール系フィルムは浴液吸収により長手,幅両方向に膨潤するが,特に幅方向の膨潤が終息しないまま張力をかけるとロール上でシワや折れ込みが発生しやすい。拡幅ロールとしてスポンジゴムロールを使用すると,その高表面粗度に基づくフィルム把持力の高さから,十分な拡幅力を発揮でき,且つ拡幅ロールのもう一つの役割である蛇行防止機能も最大限発揮し,シワが少なくなり,折れ込みが無くなる。 …(省略)… 【実施例】 【0041】 次に,本発明の実施例を挙げて具体的に説明するが,本発明はこれらの実施例によりなんら制限されるものではない。 …(省略)… 【0042】 〔実施例1〕 厚さ75μmのポリビニルアルコールフィルム(クラレビニロンVF-PS#7500,重合度2,400,ケン化度99.9モル%以上 )を30℃の純水に浸漬してフィルムを十分に膨潤させつつ,1.30倍に一軸延伸を行った。 次にヨウ素/ヨウ化カリウム/水が重量比で0.02/2.0/100の30℃の染色槽に浸漬しつつ,積算延伸倍率で2.80倍となるように図1に示すような一軸延伸を行った。この時の拡幅ロールから搬出される前記フィルムの搬出方向に対する拡幅ロールの拡幅方向の角度(但し,フィルムの流れる方向を左から右に見たとき,フィルム1の搬出方向を0°とし,該搬出方向より時計回りの角度を-,反時計回りの角度を+とする。)(以下,拡幅ロールの抱き角という)は0°で搬送を行った。その後,ヨウ化カリウム/ホウ酸/水が重量比で12/4.4/100の55℃水溶液に浸漬しつつ原反からの積算総延伸倍率が5.5倍になるまで一軸延伸を行った後,ヨウ化カリウム/ホウ酸/水が重量比で9/2.9/100の40℃水溶液に浸漬した。続いて5℃の純水で8秒間洗浄し,70℃で3分乾燥して,偏光フィルムを得た。得られた偏光フィルムの吸収軸のバラツキ(最大と最小の差)は0.04°であった。」 ウ 図1 (3) 引用発明 引用文献1の【0026】?【0036】には,引用文献1でいう「拡幅延伸工程」が記載されているところ,これは,引用文献1の【0011】?【0024】に記載された「偏光フィルムの製造方法」の一工程と理解される。 そうしてみると,引用文献1には,次の「偏光フィルムの製造方法」の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。なお,用語を整理して記載した。 「 厚さが30μm?80μmのポリビニルアルコール系樹脂フィルムの未延伸フィルムを膨潤処理,染色処理,架橋処理,水洗処理の順に処理する処理工程を含む,偏光フィルムの製造方法であって, 上記した処理工程のいずれかにおいて,処理液が満たされた処理槽の中を通るフィルムの搬送方向の上流側及び下流側にニップロールが設置されており,2つのニップロール間に少なくとも1台の拡幅ロールを設置し,フィルムを拡幅させつつ一軸延伸させ,この拡幅延伸工程では,フィルムは2つのニップロール間の周速差で延伸され, 拡幅ロールは,気中に設置するのが光学特性を向上させるうえで好ましく,特に,フィルムの膨潤による幅寸法の変化が大きい膨潤工程や染色工程において拡幅ロールが複数設置される場合においては,全ての拡幅ロールを2つのニップロール間に設置することが非常に好ましく, 拡幅ロールとしてスポンジゴムロールを使用すると拡幅力及び蛇行防止機能を発揮し,シワが少なくなり,折れ込みが無くなる, 偏光フィルムの製造方法。」 (4) 対比 本件補正後発明と引用発明を対比する。 ア 偏光フィルムの製造方法 引用発明は,「厚さが30μm?80μmのポリビニルアルコール系樹脂フィルムの未延伸フィルムを膨潤処理,染色処理,架橋処理,水洗処理の順に処理する処理工程を含む,偏光フィルムの製造方法であ」る。また,引用発明の「偏光フィルムの製造方法」は,「上記した処理工程のいずれかにおいて」,「2つのニップロール間に少なくとも1台の拡幅ロールを設置し,フィルムを拡幅させつつ一軸延伸させ,この拡幅延伸工程では,フィルムは2つのニップロール間の周速差で延伸され」る。 上記の各処理工程からみて,引用発明の「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」等の用語は,いずれも,偏光フィルムの製造方法における通常の意味で用いられているものと理解される。また,この点は本件補正後発明においても同じである。 そうしてみると,引用発明の「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」,「膨潤処理」,「染色処理」,「架橋処理」,「水洗処理」,「ニップロール」,「周速差」,「一軸延伸」及び「偏光フィルムの製造方法」は,それぞれ本件補正後発明の「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」,「膨潤処理」,「染色処理」,「架橋処理」,「洗浄処理」,「ニップロール」,「周速差」,「一軸延伸」及び「偏光フィルムの製造方法」に相当する。 また,引用発明の「偏光フィルムの製造方法」と本件補正後発明の「偏光フィルムの製造方法」は,「ポリビニルアルコール系樹脂フィルムに対し,膨潤処理,染色処理,架橋処理及び洗浄処理をこの順に施す工程を有し,これらのいずれかの工程の前又は工程中に,2個のニップロール間の周速差を利用してフィルムの一軸延伸を行う偏光フィルムを製造する方法」の点で共通する。 イ 拡幅する処理 引用発明の「偏光フィルムの製造方法」は,「上記した処理工程のいずれかにおいて」,「2つのニップロール間に少なくとも1台の拡幅ロールを設置し,フィルムを拡幅させつつ一軸延伸させ」る,「拡幅延伸工程」を具備する。 上記の工程からみて,引用発明の「偏光フィルムの製造方法」は,「上記した処理工程のいずれか」の処理が施された「フィルム」を,(下流側の)「ニップロール」に接触させる前に,「少なくとも1台の拡幅ロール」によって「フィルム」を拡幅する処理を施すものである。また,技術常識を考慮すると,引用発明の「拡幅ロール」は,フィルムの幅方向の全体を拡幅するものであるから,フィルムの幅方向の両端部を拡幅するものといえる。 そうしてみると,引用発明の「偏光フィルムの製造方法」と本件補正後発明の「偏光フィルムの製造方法」は,「上記いずれかの処理が施されたフィルムを」「ニップロールに接触させる前に」,「フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施す」点で共通する。 (5) 一致点及び相違点 ア 一致点 本件補正後発明と引用発明は,次の構成で一致する。 「 ポリビニルアルコール系樹脂フィルムに対し,膨潤処理,染色処理,架橋処理及び洗浄処理をこの順に施す工程を有し,これらのいずれかの工程の前又は工程中に,2個のニップロール間の周速差を利用してフィルムの一軸延伸を行う偏光フィルムを製造する方法であって, 上記いずれかの処理が施されたフィルムを,ニップロールに接触させる前に, フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施す,偏光フィルムの製造方法。」 イ 相違点 本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する,又は,一応,相違する。 (相違点1) 「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」が,本件補正後発明は,「厚さが60μm以下の」ものであるのに対し,引用発明は,「厚さが30μm?80μmの」ものである点。 (相違点2) 「フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理」が,本件補正後発明は,上記いずれかの処理が施されたフィルムを「その処理槽から取り出してから次の工程に搬送する際,フィルムの両面に液が付着した状態でガイドロールを通過させることによってガイドロールと接した面の液を取り除いた後」,ニップロールに接触させる前に行うのに対して,引用発明は,一応,このように特定されたものではない点。 (6) 判断 相違点についての判断は,以下のとおりである。 ア 相違点1について 引用発明の「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」は,「厚さが30μm?80μmの」ものである。そうしてみると,当業者ならば,「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」の「厚さが30μm」である(数値範囲の下限値である)引用発明を,直ちに理解することができる。 また,引用発明の上記の構成に対応する引用文献1の記載は,「通常,偏光フィルム製造の開始材料としては,厚さが約20μm?100μm,好ましくは約30μm?80μmのポリビニルアルコール系樹脂フィルムの未延伸フィルムを用いる。」(【0012】)というものである。 そうしてみると,当業者ならば,「厚さが40μm」のもの,「厚さが50μm」のもの,「厚さが60μm」のもの等,「厚さが30μm?80μm」の数値範囲内の適宜の値である偏光フィルム製造の開始材料を,通常用いられるものとしてとして理解することができる。 相違点1は,相違点ではない。 あるいは,引用発明の「ポリビニルアルコール系樹脂フィルム」として,「厚さが60μm以下の」ものを選択することは,引用発明の構成それ自体が明示的に示唆する構成にすぎない。 イ 相違点2について 引用発明の「拡幅ロールは,気中に設置するのが光学特性を向上させるうえで好ましく,特に,フィルムの膨潤による幅寸法の変化が大きい膨潤工程や染色工程において拡幅ロールが複数設置される場合においては,全ての拡幅ロールを2つのニップロール間に設置することが非常に好ましく」,「拡幅ロールとしてスポンジゴムロールを使用すると拡幅力及び蛇行防止機能を発揮し,シワが少なくなり,折れ込みが無くなる」というものである。 そうしてみると,当業者は,引用発明の好ましい態様として,光学特性を向上させ,かつフィルムの膨潤による幅寸法の変化に対処するために,複数の拡幅ロールを,2つのニップロール間であって,処理槽の下流側の気中に設置する態様を理解することができる。 また,引用発明の「拡幅ロール」は,「蛇行防止機能を発揮」するものであるから,「ガイドロール」でもある(この点は,技術常識であり,また,引用文献1の【0004】の「ガイドロールとして拡幅ロールを用いる」という記載からも確認できる事項である。なお,本件出願の【請求項5】には,「ガイドロールとしてエキスパンダーロールを用いる請求項1?4のいずれかに記載の偏光フィルムの製造方法。」と記載されている。)。また,上述の好ましい引用発明の態様において,「処理槽」から取り出した「フィルム」の両面に「処理液」が付着していること,その状態で最初の「拡幅ロール」を通過すること,通過時に「拡幅ロール」と接した面の「処理液」が取り除かれ,その後,次の「拡幅ロール」を通過することは,技術的にみて自明である。 そうしてみると,上述の好ましい引用発明の態様は,相違点2に係る本件補正後発明の構成を具備するといえる。 したがって,相違点2も,相違点ではない。 あるいは,光学特性を向上させ,かつ染色槽等におけるフィルムの膨潤による幅寸法の変化に対処することを考慮した当業者が,複数の拡幅ロールを,2つのニップロール間であって,処理槽の下流側の気中に設置することは,引用発明の構成それ自体が明示的に示唆する構成にすぎない。 (7) 発明の効果について 本件補正後発明の,「ポリビニルアルコール系樹脂フィルムの幅方向の両端部におけるカールの発生を抑制することができるため,フィルムがニップロールと接触したとき,フィルムのカールに起因する折れ込みや破断を抑制することが可能となる」(明細書の3頁10?13行)という効果は,引用発明が奏する効果であるか,少なくとも,引用発明の「拡幅ロールとしてスポンジゴムロールを使用すると拡幅力及び蛇行防止機能も発揮し,シワが少なくなり,折れ込みが無くなる」という構成から,当業者が直ちに理解可能な効果にすぎない。 (8) 請求人の主張について 請求人は,審判請求書において,引用文献1には本件補正後発明は具体的に記載されているものではなく,引用文献1からは当業者が認識できない固有の問題を本件補正後発明が解決できることを当業者であっても容易に導き出すことはできないと主張する(審判請求書の4頁17?19行)。 しかしながら,前記(6)で述べたとおり,当業者は,引用文献1から,本件補正後発明と同一である引用発明を理解することができる。 また,引用発明は,「拡幅ロールとしてスポンジゴムロールを使用すると拡幅力及び蛇行防止機能も発揮し,シワが少なくなり,折れ込みが無くなる」というものである。折れ込みがフィルムのカールに起因することを勘案すると,引用発明の発明者が,フィルムがカールして折れ込みが発生する問題に接した上で,「拡幅ロール」の構成を採用したことは,明らかである(「原反フィルムが60μmより厚い場合は,フィルムの機械的強度によってカールがほとんど発生しない」(本件出願の明細書の9頁28?29行)という知見は,問題発生の頻度の問題である。問題発生の有無という観点からみると,問題が発生していたことは,引用文献1に開示されているに等しく,また,その問題を解決することができる手段についても,引用文献1に明示されている。)。 請求人の主張は採用できない。 (9) 小括 本件補正後発明は,引用文献1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。あるいは,本件補正後発明は,本件優先日前に,周知技術を心得た当業者が,引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 3 まとめ 本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 よって,前記[補正の却下の決定の結論]に記載のとおり,決定する。 第3 本願発明について 1 本願発明 以上のとおり,本件補正は却下されたので,本件出願の請求項1?請求項5に係る発明は,特許請求の範囲(日本語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲)の請求項1?請求項5に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,前記「第2」[理由]1(1)に記載のとおりのものである。 2 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由は,本願発明は,本件優先日前に頒布された刊行物である特開2012-27459号公報(引用文献1)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,あるいは,本願発明は,引用文献1に記載された発明に基づいて,本件優先日前の当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 3 引用文献1の記載及び引用発明 引用文献1の記載及び引用発明は,前記「第2」[理由]2(2)及び(3)に記載したとおりである。 4 対比,判断 本願発明は,前記「第2」[理由]2で検討した本件補正後発明から,「フィルムの幅方向の両端部を拡幅する処理を施す」タイミングに係る限定事項(ニップロールに接触させる前)を削除したものである。 そうしてみると,本願発明の発明特定事項を全て含み,さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が,前記「第2」[理由]2(4)?(9)に記載したとおり,引用文献1に記載された発明であり,あるいは,当業者が,引用文献1に記載された発明に基づいて,容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用文献1に記載された発明であり,あるいは,当業者が,引用文献1に記載された発明に基づいて,容易に発明をすることができたものである。 第4 むすび 以上のとおりであるから,本願発明は,特許法29条1項3号に該当し,あるいは同条2項の規定により特許を受けることができない。したがって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2019-08-21 |
結審通知日 | 2019-08-27 |
審決日 | 2019-09-10 |
出願番号 | 特願2014-558655(P2014-558655) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(G02B)
P 1 8・ 572- Z (G02B) P 1 8・ 113- Z (G02B) P 1 8・ 575- Z (G02B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 清水 督史、廣田 健介 |
特許庁審判長 |
里村 利光 |
特許庁審判官 |
樋口 信宏 宮澤 浩 |
発明の名称 | 偏光フィルムの製造方法 |
代理人 | 中山 亨 |