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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07K
管理番号 1356614
審判番号 不服2018-5916  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-12-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-04-27 
確定日 2019-10-29 
事件の表示 特願2015-108569「溶存酸素レベルが低減されたヒトアルブミンの調製方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年12月14日出願公開、特開2015-224251〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年5月28日(パリ条約による優先権主張 平成26年5月29日、スペイン)の出願であって、平成30年2月5日付けで拒絶査定され、これに対し、同年4月27日に拒絶査定不服審判が請求され、平成31年1月8日付けで当審より拒絶理由通知がなされ、これに対し、同年4月10日に意見書および手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?14に係る発明は、平成31年4月10日に提出された手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?14に記載されたとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)、及び請求項2、3に係る発明は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
ヒトアルブミン溶液の調製において、ヒトアルブミンのCys-34の酸化の低減するための方法であって、前記アルブミン溶液中の溶存酸素を、酸素レベルが0.5ppm以下の濃度になるまで低減させる工程を含むことを特徴とし、全アルブミンの50?69%がHMAの形態であり、27?42%がHNA1の形態であり、3?5%がHNA2の形態である、方法。
【請求項2】
アルブミン溶液中の溶存酸素を低減させる工程が、アルブミン溶液を不活性ガスで表面処理することによって実施されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
溶液中の溶存酸素を低減させる工程が、前記アルブミン溶液内で不活性ガスをバブリングすることによって実施されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。」

第3 当審における拒絶の理由
当審が通知した拒絶の理由のうちの理由2の概要は、次のとおりのものである。

本願の請求項1?14に係る発明は、本願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である引用例1、3?8、11に記載された発明、又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用例2、9、10に示された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用例1:特表2009-526080号公報
引用例2(周知例):第3回賢人会議 Proceedings、2012、p.16-17、「血清アルブミンのレドックス特性と酸化ストレスマーカーとしての有用性」(http://www.biomarker.jp/kenjin/pdf/03.pdf)
引用例3(周知例):Biotechnol. Appl. Biochem.、2010.発行、55、p.121-130
引用例4(周知例):特開2013-49650号公報
引用例5(周知例):国際公開第03/002139号
引用例6(周知例):特表平10-506912号公報
引用例7(周知例):国際公開第03/072123号
引用例8(周知例):特開平7-330626号公報
引用例9(周知例):日本赤十字社ウェブサイトにに掲載された情報「輸血情報0002-58 赤十字アルブミンの製造工程におけるウイルス不活化・除去率について」、2000年2月、(http://www.jrc.or.jp/mr/relate/info/pdf/yuketsuj_0002-58.pdf)
引用例10(周知例):Jpn J Physiol, 54 Suppl:S65, 2004, Session ID : 1P006, 「Heterogeneity of the redox state of commercial human serum albumin preparations」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/psjproc/2004/0/2004_0_S65_3/_article)
引用例11(周知例):特表2005-505552号公報

第4 引用例の記載
1 引用例1
当審拒絶理由通知における引用例1には、次の事項が記載されている(下線は当審によるもの)。

(1)「【請求項1】
遊離チオールを有するタンパク質および炭水化物を含む組成物であって、該炭水化物が、該タンパク質の安定性の維持に十分な量で存在し、該組成物のpHが7.0未満である、組成物。」

(2)「【請求項42】
請求項1に記載の組成物を包装する方法であって、
遊離チオールを有するタンパク質を不活性ガスと接触させて反応性種の量を減少させる工程、および
該タンパク質および該不活性ガスを気密性容器に導入する工程、
を含む、方法。
【請求項43】
前記不活性ガスがN2またはArであり、前記反応性種がO_(2)である、請求項42に記載の方法。
【請求項44】
前記遊離チオールを有するタンパク質が、グルコセレブロシダーゼ(GCB)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、酸性線維芽細胞成長因子(aFGF)、ヘモグロビン、チオレドキシン、カルシウムおよびインテグリン結合タンパク質1(CIB1)、β-ラクトグロブリンB、β-ラクトグロブリンAB、血清アルブミン、抗体、抗体フラグメント、システイン残基が導入されるように操作された抗体および抗体フラグメント、コア2β-1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-M(C2GnT-M)、コア2β1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-I(C2GnT-I)、血小板由来成長因子受容体-β(PDGF-β)、アデニンヌクレオチドトランスロカーゼ(ANT)、p53腫瘍抑制タンパク質、グルテンタンパク質、酸性スフィンゴミエリナーゼ、デスフロイルセフチオフル(DFC)、アポリポタンパク質B100(apoB)および他の低密度リポタンパク質ドメイン、アポリポタンパク質A-I変異型、低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)、フォン・ビルブラント因子(VWF)、CAAXモチーフを含むタンパク質およびペプチド模倣物、粘液溶解物質、カルボキシペプチダーゼY、カテプシンB、カテプシンC、骨格筋Ca2+放出チャネル/リアノジン受容体(RyR1)、核性因子κB(NF-KB)、AP-1、タンパク質-ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)、糖タンパク質1bα(GP1bα)、カルシニューリン(CaN)、フィブリン-1、CD4、S100A3、イオンチャネル型グルタミン酸受容体、ヒトインターαインヒビター重鎖1、α2-抗プラスミン(α2AP)、トロンボスポンジン、ゲルソリン、ムチン、クレアチンキナーゼ、第VIII因子、ホスホリパーゼD(PLD)、インスリン受容体βサブユニット、アセチルコリンエステラーゼ、プロキモシン、修飾α2-マクログロブリン(α2M)、グルタチオンレダクターゼ(GR)、補体成分C2、補体成分C3、補体成分4、補体因子B、α-ラクトアルブミン、β-D-ガラクトシダーゼ、小胞体Ca2+-ATPアーゼ、RNアーゼインヒビター、リポコルチン1、増殖細胞核抗原(PCNA)、アクチン、コエンザイムA(CoA)、アシル-CoAシンテターゼ、3-2トランス-エノイル-CoA-イソメラーゼ前駆体、心房性ナトリウム利尿因子(ANF)感受性グアニル酸シクラーゼ、Pz-ペプチダーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、P-450、NADPH-P-450レダクターゼ、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、6-ピルボイルテトラヒドロプテリンシンテターゼ、ルトロピン受容体、低分子量酸性ホスファターゼ、血清コリンエステラーゼ(BChE)、アドレノドキシン、ヒアルロニダーゼ、カルニチンアシルトランスフェラーゼ、インターロイキン-2(IL-2)、ホスホグリセリン酸キナーゼ、インスリン分解酵素(IDE)、シトクロムc1ヘムサブユニット、S-タンパク質、バリル-tRNAシンテターゼ(VRS)、α-アミラーゼI、筋肉AMPデアミナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、およびソマトスタチン結合タンパク質からなる群から選択される、請求項42に記載の方法。」

(3)「【請求項47】
請求項1に記載の組成物を患者に投与する工程を含む、患者の治療方法。
【請求項48】
前記投与が、IV注入または皮下投与による、請求項47に記載の方法。」

(4)「【0072】
遊離チオール含有タンパク質の他の例には、酸性線維芽細胞成長因子(aFGF)、ヘモグロビン、チオレドキシン、カルシウムおよびインテグリン結合タンパク質1(CIB1)、β-ラクトグロブリンB、β-ラクトグロブリンAB、血清アルブミン、抗体(例えば、ヒト抗体、例えば、IgA(例えば、二量体IgA)、IgG(例えば、IgG2)、およびIgM;組換えヒト抗体)、抗体フラグメント(例えば、Fab’フラグメント、F(ab’)2フラグメント、単鎖Fvフラグメント(scFv))、(例えば、第3の重鎖定常ドメイン(例えば、EU/OUナンバリングにおける442位);モノクローナル抗体MN-14(高親和性抗癌胎児性抗原(CEA)mab)中に)システイン残基が導入されるように(例えば、抗体または抗体フラグメントを、例えば、99mTcで臨床画像に標識することができるように)操作された抗体および抗体フラグメント(例えば、Fab’(例えば、モノクローナル抗体フラグメントC46.3)およびscFv)、コア2β-1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-M(C2GnT-M)、コア2β1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-I(C2GnT-I)、血小板由来成長因子受容体-β(PDGF-β)、アデニンヌクレオチドトランスロカーゼ(ANT)、p53腫瘍抑制タンパク質、グルテンタンパク質、酸性スフィンゴミエリナーゼ(組換え酸性スフィンゴミエリナーゼ)、デスフロイルセフチオフル(DFC)、アポリポタンパク質B100(apoB)および他の低密度リポタンパク質ドメイン、アポリポタンパク質A-I変異型(例えば、アポリポタンパク質A-I(ミラノ)およびアポリポタンパク質A-I(パリ))、低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)、フォン・ビルブラント因子(VWF)、CAAXモチーフを含むタンパク質およびペプチド模倣物(例えば、Ras)、粘液溶解物質、カルボキシペプチダーゼY、カテプシンB、カテプシンC、骨格筋Ca2+放出チャネル/リアノジン受容体(RyR1)、核性因子κB(NF-KB)、AP-1、タンパク質-ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)、糖タンパク質1bα(GP1bα)、カルシニューリン(CaN)、フィブリン-1、CD4、S100A3(S100Eとしても公知)、イオンチャネル型グルタミン酸受容体、ヒトインターαインヒビター重鎖1、α2-抗プラスミン(α2AP)、トロンボスポンジン(糖タンパク質Gとしても公知)、ゲルソリン、ムチン、クレアチンキナーゼ(例えば、S-チオメチル修飾クレアチンキナーゼ)、第VIII因子、ホスホリパーゼD(PLD)、インスリン受容体βサブユニット、アセチルコリンエステラーゼ、プロキモシン、修飾α2-マクログロブリン(α2M)(例えば、プロテイナーゼまたはメチルアミン反応性α2M)、グルタチオンレダクターゼ(GR)、補体成分C2(例えば、2a)、補体成分C3(例えば、C3b)、補体成分4(例えば、4d)、補体因子B(例えば、Bb)、α-ラクトアルブミン、β-D-ガラクトシダーゼ、小胞体Ca2+-ATPアーゼ、RNアーゼインヒビター、リポコルチン1(アネキシン1としても公知)、増殖細胞核抗原(PCNA)、アクチン(例えば、球状アクチン)、コエンザイムA(CoA)、アシル-CoAシンテターゼ(例えば、ブチル-CoAシンテターゼ)、3-2トランス-エノイル-CoA-イソメラーゼ前駆体、心房性ナトリウム利尿因子(ANF)感受性グアニル酸シクラーゼ、Pz-ペプチダーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(例えば、アシル化アルデヒドデヒドロゲナーゼ)、P-450およびNADPH-P-450レダクターゼ、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、6-ピルボイルテトラヒドロプテリンシンテターゼ、ルトロピン受容体、低分子量酸性ホスファターゼ、血清コリンエステラーゼ(BChE)、アドレノドキシン、ヒアルロニダーゼ、カルニチンアシルトランスフェラーゼ、インターロイキン-2(IL-2)、ホスホグリセリン酸キナーゼ、インスリン分解酵素(IDE)、シトクロムc1ヘムサブユニット、S-タンパク質、バリル-tRNAシンテターゼ(VRS)、α-アミラーゼI、筋肉AMPデアミナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、およびソマトスタチン結合タンパク質が含まれる。かかるタンパク質のフラグメント(例えば、活性ドメイン、構造ドメイン、およびドミナントネガティブフラグメントなど)も含まれる。遊離チオール基を含むタンパク質は、天然に存在するタンパク質、組換えタンパク質、システイン残基を含むように改変された(例えば、組換えDNAテクノロジーによる)タンパク質、またはシステイン残基上のスルフヒドリル部分が還元状態である(すなわち、遊離-S-H-部分を有する)ように化学的または酵素的に処理されたタンパク質であり得る。」

(5)「【0067】
詳細な説明
概説
チオール含有タンパク質(例えば、GCB)の組成物は、液体組成物として比較的不安定である。GCB中の3つの露呈した遊離チオール基が反応し、例えば、GCB分子の凝集によって安定性が低下し得る。例えば、pH6の緩衝液中で、1ヶ月間の保存で典型的には1?2%のタンパク質が凝集し、6ヶ月間の保存後に約15%が凝集する。理論または機構に厳格に拘束されることを望まないが、多数の要因(例えば、凝集反応)がタンパク質の安定性に寄与すると考えられる。例えば、溶液中の遊離O_(2)は遊離チオール基の架橋を加速し、凝集し得る。例えば、疎水性ドメイン中のシステイン残基の包埋によって遊離チオール基の反応が減少する場合および/またはタンパク質をより小型することができる場合、タンパク質凝集を減少させることができる。さらに、タンパク質分解(例えば、断片化)を減少させることができる。」(冒頭の「 概説」の下線は、引用例1の記載のとおりのもので当審によるものでない。)

(6)「【0068】
本明細書中に記載の実施形態は、1つまたは複数のこれらの問題に取り組むための1つまたは複数の手段を含む。例として、遊離チオール含有タンパク質の組成物(例えば、液体組成物)の安定性を増大させるための種々の要因(例えば、溶液中の反応性種(例えば、遊離O_(2))の存在、タンパク質上の遊離スルフヒドリル基(例えば、遊離チオール)の利用能、タンパク質の高次構造、およびpH)に取り組んだ。これらの要因の1つ、2つ、3つ、4つ、または全てを変化または制御して、目的のタンパク質の安定性を増大させる。」

(7)「【0074】
反応性種の除去
溶液中に溶解している反応性種(例えば、O_(2)または過酸化物)は、例えば、タンパク質凝集の促進によって組成物中のタンパク質の安定性を減少させ得る。しかし、O_(2)の非存在下でさえ、遊離-S-H-部分は架橋し得る。
【0075】
タンパク質の安定性を増大させるために、溶液中の反応性種(例えば、O_(2))を、例えば、O_(2)スカベンジャー(例えば、亜硫酸塩)の使用によって化学的に除去することができる。化学的スカベンジャーは、タンパク質を分解させ得るので、しばしばあまり望ましくない。O_(2)を、例えば、溶液の脱気、例えば、溶液を吸引して溶液からO_(2)を除去し、不活性ガス(例えば、窒素またはアルゴン)と置換することによって溶液から物理的に除去することもできる。O_(2)レベルを、O_(2)以外の気体(例えば、不活性ガス(例えば、窒素またはアルゴン))での溶液のパージングによって物理的に減少させることもできる。溶液に気体をバブリングしてO_(2)をパージすることによってパージングすることができる。」(冒頭の「 反応性種の除去」の下線は、引用例1の記載のとおりのもので当審によるものでない。)

2 引用例2
当審拒絶理由通知における周知例である引用例2には、次の事項が記載されている。

(1)「図1 HSAの^(34)Cysのレドックスは全身循環の酸化ストレスマーカー



(2)「残念ながら、市販のアルブミン製剤ではCys34が酸化されている割合が高いため、血漿増量剤としての効果は期待できるものの、抗酸化剤としての効果はあまり期待できないものと思われる。」(17頁下から9行?6行)

3 引用例3
当審拒絶理由通知における周知例である引用例3には、次の事項が記載されている(下線は当審によるもの)。なお、引用例3は、英文であるため、当審により翻訳した。

(1)「近年、HSAの抗酸化特性に多くの焦点が当てられている。糖化および酸化によるタンパク質のフリーラジカル関連の損傷は、多くの病理学的プロセスにおいて重要であり、アルブミンは、血液中の活性酸素種に対する防御の最前線であることが示されている[5、6]。活性酸素種の捕捉中に酸化されるのは主に遊離Cys34である。」(129頁左欄第2段落1行?7行)

第5 当審の判断
1 引用発明
引用例1の摘記事項(1)、及び摘記事項(2)の請求項42における「遊離チオールを有するタンパク質」として、摘記事項(2)の請求項44、及び摘記事項(4)には、「血清アルブミン」が挙げられている。また、引用例1の摘記事項(2)における「請求項1に記載の組成物」(請求項42)、すなわち摘記事項(1)における「遊離チオールを有するタンパク質・・・を含む組成物」について、摘記事項(6)では、「液体組成物」及び「溶液」であるとされている。
これらのことを踏まえて引用例1の摘記事項(1)、(2)、(4)及び(6)の記載を整理すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「遊離チオールを有するタンパク質である血清アルブミンを含む液体組成物である溶液を包装する方法であって、
血清アルブミンを不活性ガスと接触させて溶液中の反応性種であるO_(2)の量を減少させる工程、及び
該血清アルブミンと該不活性ガスとを気密性容器に導入する工程、
を含む、方法。」

2 対比
本願発明を、引用発明と対比する。
引用例1の摘記事項(4)から、引用発明の「血清アルブミン」は、天然に存在するタンパク質であるヒト由来のアルブミン、すなわち「ヒトアルブミン」であってよいものと認められる。
また、第2に記載のとおり、本願の請求項2、3には、本願発明の「アルブミン溶液中の溶存酸素を低減させる工程」が不活性ガスでの表面処理やバブリングであることが記載されており、引用発明の「溶液中のO_(2)の量」とは溶存酸素であると認められるから、引用発明の「血清アルブミンを不活性ガスと接触させてO_(2)の量を低減させる工程」と、本願発明の「アルブミン溶液中の溶存酸素を、酸素レベルが0.5ppm以下の濃度になるまで低減させる工程」とは、「アルブミン溶液中の溶存酸素を低減させる工程」である点で共通すると認められる。
したがって、本願発明と引用発明とは、
「ヒトアルブミン溶液の調製において、ヒトアルブミン溶液から酸素を低減させる工程を含む方法であって、前記ヒトアルブミン溶液中の溶存酸素を低減させる工程を含むことを特徴とする、方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)ヒトアルブミンの酸化の低減に関して、本願発明では「Cys-34の酸化の低減」が特定されているのに対して、引用発明ではこのことが特定されていない点

(相違点2)溶存酸素の酸化の低減に関して、本願発明では「酸素レベルが0.5ppm以下の濃度になるまで」であることが特定されているのに対して、引用発明ではこのことが特定されていない点

(相違点3)ヒトアルブミン溶液に関して、本願発明では「全アルブミンの50?69%がHMAの形態であり、27?42%がHNA1の形態であり、3?5%がHNA2の形態である」ことが特定されているのに対して、引用発明ではこのことが特定されていない点

3 相違点についての判断
(1)相違点1について
ヒトアルブミン溶液においてヒトアルブミンのCys-34が酸化されることは、周知の事項である(要すれば引用例2の摘記事項(1)及び(2);引用例3の摘記事項(1)参照)。
してみると、引用発明においては、ヒトアルブミン溶液から反応性種である酸素を低減させることで、ヒトアルブミンの酸化が抑制されて、Cys-34の酸化が低減されるものと認められるから、前記相違点1は、実質的な相違点とならない。仮に相違点であるとしても、引用発明においてCys-34の酸化が低減されることは、前記周知の事項に鑑みて、当業者が容易に想到することである。

(2)相違点2について
引用発明の溶液中の溶存酸素を低減させる工程は、引用例1の摘記事項(7)に示されるように、溶液中の反応性種である酸素を除去することでタンパク質の安定性を増大させるための工程であり、そのために溶存酸素をどの程度除去するかは当業者が当然に検討することである。
一方、タンパク質溶液中のタンパク質の安定性の改善のために、溶存酸素濃度をppm単位で低い値とする技術は、周知の技術である(要すれば当審拒絶理由通知における引用例4の【0050】の表3;引用例5の11頁下から9行?6行;引用例6の21頁?23頁のA.欄、C.欄を参照)。
してみると、引用発明の溶液中の溶存酸素を低減させる工程においても、前記周知の技術のように溶存酸素濃度を定め、0.5ppm以下とすることは、当業者であれば適宜になし得たことである。また、そのことによる効果について検討しても、当業者の予測を超えた格別なものを見いだすことができない。

(3)相違点3について
引用例1には、摘記事項(3)のとおり、組成物を患者に投与する態様についても記載されているところ、引用発明の血清アルブミンを含む液体組成物をヒトである患者に投与する態様における血清アルブミンとしては、通常の場合、健常人由来のヒトアルブミン(特に献血によって得られるもの)が用いられるから、引用発明1の血清アルブミンとして、健常人由来のヒトアルブミンを採用することは、当業者にとって自然なことである。ところで、当該健常人由来のヒトアルブミンが「全アルブミンの50?69%がHMAの形態であり、27?42%がHNA1の形態であり、3?5%がHNA2の形態である」ことを満足する組成であることは、周知の事項である(要すれば「Biochim Biophys Acta., 2008, 1782(7-8) , p.469-473」の471頁左欄第2段落及びTable 2;「Ther Apher Dial. , 2014.2, 18(1) , p.74-78」の76頁Table 2;「Kidney Int., 2004, 66(2)、p.841-848」の846頁Table 4の各文献を参照)。
そして、相違点1について上記(1)で検討したとおり、「引用発明においては、ヒトアルブミン溶液から反応性種である酸素を低減させることで、ヒトアルブミンの酸化が抑制されて、Cys-34の酸化が低減されるものと認められ」、その結果として、引用例2の摘記事項(1)に示されるHMAのHNA1及びHNA2への酸化が抑制されるから、引用発明で採用された上記健常人由来のヒトアルブミンは、包装後であっても「全アルブミンの50?69%がHMAの形態であり、27?42%がHNA1の形態であり、3?5%がHNA2の形態である」ことが保たれるものと認められる。
加えて、ヒトアルブミンが、酸化状態の異なるHMA1、HNA1及びHNA2の特定割合の混合物であることは上記各文献にも記載されるように周知であるから、引用発明においてヒトアルブミンの酸化が抑制されていることについて、HMA1、HNA1及びHNA2の割合によって特定することも、当業者が適宜になし得たことである。
そして、本願発明において引用例1及び周知例から予測できない効果が奏されたとも認められない。

4 審判請求人の主張について
(1)引用発明が炭水化物を必須の成分としているとの主張について
審判請求人は、平成31年4月10日付け意見書において、「引用例1に記載の発明における組成物には、有機チオールを有するタンパク質に加えて、タンパク質の安定性の維持に十分な量の炭水化物が必須の成分として存在しております。・・・一方、本願発明では、酸素レベルが0.5ppm以下の濃度になるまでアルブミン溶液中の溶存酸素を低減させることのみを必要としており、引用例1に記載の発明のように、炭水化物を必須の成分とはしておりません。」と主張している。なお、当該主張中、「有機チオール」は、「遊離」チオールの誤記であると認める。
しかし、本願発明1にいう、「ヒトアルブミン溶液」は、炭水化物を含有することが排除されたものではない。そのため、本願発明における「ヒトアルブミン溶液」と、引用発明における「遊離チオールを有するタンパク質である血清アルブミンを含む液体組成物である溶液」であって他に炭水化物を含む溶液とは、相違しないものである。
したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。

(2)引用例3の記載が阻害要因となるとの主張について
審判請求人は、平成31年4月10日付け意見書において、「引用例3には、ヒト血清アルブミン(HSA)の複数のロットが高含有量のSH基により沈殿し(Abstract)、HSAのCys34が、反応性酸素に対する抗酸化特性を導くことが記載されており(129頁左欄第2段落)、アルブミンの沈殿の原因となるCys34の還元状態であるSH基を減少させることを示唆しており、健常なヒトに類似したアルブミンの還元状態を維持する本願発明に当業者が容易に想到することを阻害する記載である」と主張している。
しかし、引用例3はヒトアルブミンがCys-34の位置で酸化されることを示すための周知例として引用されたものであるところ、審判請求人の指摘する引用例3の記載は、超音波造影剤として使用される空気充填アルブミンミクロスフェアの製造中の沈殿の問題に関するものであり、引用例3における空気充填アルブミンミクロスフェアの製造と、引用発明におけるヒトアルブミン溶液の包装・保管とは、雰囲気に存在する酸素などの条件が大きく異なることから、引用例3の上記記載における沈殿の問題が、引用発明においても同様に問題となると考えることができない。そのため、審判請求人の指摘する引用例3の上記記載が、本願発明に想到する際の阻害要因となるとはいえない。むしろ、相違点3に関して3(3)において検討したとおり、組成物を患者に投与する際に、Cys34が酸化されている割合の小さいもの、すなわちHMAの割合が大きいものが望まれることは、周知の課題であり、そのようなものを採用するとともに還元状態を維持することは、当業者にとって望ましいことといえる(要すれば引用例2の摘記事項(1)及び(2)参照)。
したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。

5 小括
前記1?4のとおりであるから、本願発明は、引用発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび
上記のとおりであって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-05-28 
結審通知日 2019-06-03 
審決日 2019-06-17 
出願番号 特願2015-108569(P2015-108569)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松岡 徹  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 高堀 栄二
澤田 浩平
発明の名称 溶存酸素レベルが低減されたヒトアルブミンの調製方法  
代理人 阿部 達彦  
代理人 実広 信哉  
代理人 村山 靖彦  

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