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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23L
管理番号 1356790
異議申立番号 異議2018-700997  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-07 
確定日 2019-09-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6343710号発明「醤油及び醤油様調味料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6343710号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の〔1-3〕について訂正することを認める。 特許第6343710号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6343710号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成29年10月27日に出願され、平成30年5月25日にその特許権の設定登録がされ、平成30年6月13日に特許掲載公報が発行された。
本件異議申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年12月6日:特許異議申立人 ヤマサ醤油株式会社(以下、「異議申立人」という。)による請求項1ないし3に係る特許に対する異議の申立て
平成31年3月14日付け:取消理由通知書
令和1年5月16日:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和1年5月21日付け:訂正があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)
令和1年6月19日:異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の請求
1 訂正の内容
令和1年5月16日付けの訂正請求書による訂正(本件訂正)の内容は、次の事項よりなる(なお、下線を付した箇所は訂正箇所である。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルの含有量が下記(1)?(3)のいずれかである、醤油又は醤油様調味料。
(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」とあるのを、
「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルの含有量が下記(1)?(3)のいずれかであり、かつ、HEMFの含有量が20ppm以上である、醤油又は醤油様調味料(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。
(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」と訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項2及び3も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に、
「前記醤油又は醤油様調味料は、HEMFの含有量が20ppm以上である、請求項1又は2に記載の醤油又は醤油様調味料。」とあるのを、
「前記醤油又は醤油様調味料は、酵母発酵液を含有する、請求項1又は2に記載の醤油又は醤油様調味料。」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「醤油又は醤油様調味料」に対して、「HEMFの含有量が20ppm以上である」ことを限定するとともに、「醤油又は醤油様調味料」から「白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く」ものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項1は、本件特許の特許請求の範囲における【請求項3】及び本件特許明細書段落【0026】の記載に基づく訂正、及び「白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く」とする訂正であるから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項1は、上記アのように訂正前の請求項1における記載を限定するものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、上記訂正事項1により請求項1における「醤油又は醤油様調味料」に対して、「HEMFの含有量が20ppm以上である」ことが限定されたことに伴い、請求項1の記載を直接または間接的に引用する請求項3における「HEMFの含有量が20ppm以上である」との事項を削除し、訂正前の請求項3の「醤油又は醤油様調味料」に対して「酵母発酵液を含有する」ことを限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項2は、本件特許明細書の段落【0038】の記載に基づく訂正であるから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正である。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、上記アのように訂正前の請求項3における記載をさらに限定するものであって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正発明
本件訂正により訂正された請求項1ないし3に係る発明(以下、それぞれ「訂正発明1」ないし「訂正発明3」という。また、これらを総称して「訂正発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルの含有量が下記(1)?(3)のいずれかであり、かつ、HEMFの含有量が20ppm以上である、醤油又は醤油様調味料(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。
(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである
【請求項2】
前記醤油又は醤油様調味料は、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量が10ppb未満である、請求項1に記載の醤油又は醤油様調味料。
【請求項3】
前記醤油又は醤油様調味料は、酵母発酵液を含有する、請求項1又は2に記載の醤油又は醤油様調味料。」

第4 取消理由について
請求項1ないし3に係る特許に対して当審が平成31年3月14日付け取消理由により特許権者に通知した取消理由の概要は次のとおりである(当審注:「本件特許の請求項○に係る発明」は、「本件特許発明○」という。甲号証については、下記「3 甲号証一覧」を参照。また、「甲第○号証」を「甲○」、「甲第○号証に係る発明」を「甲○発明」という。)。

1 理由1(新規性)及び理由2(進歩性)
[理由1]本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

[理由2]本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の甲号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。



(1)請求項1
ア 本件特許発明1は、甲1発明、甲2発明または甲3発明であるか、甲1発明、甲2発明または甲3発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

イ 本件特許発明1は、甲9ないし甲11の記載を参酌すると、甲7または甲8であるか、甲7または甲8に基いて当業者が容易になし得たものである。

(2)請求項2
ア 本件特許発明2は、甲2及び甲3の記載を参酌すると、甲1発明であるか、甲1発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

イ 本件特許発明2は、甲2発明または甲3発明であるか、甲2発明または甲3発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

ウ 本件特許発明2は、甲9ないし甲11の記載を参酌すると、甲7または甲8であるか、甲7または甲8に基いて当業者が容易になし得たものである。

(3)請求項3
ア 本件特許発明3は、甲6の記載を参酌すると、甲1発明であるか、甲1発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

イ 本件特許発明3は、甲2発明または甲3発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

2 理由3(サポート要件違反)
[理由3](サポート要件違反)下記の請求項に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。



(1)本件特許発明1ないし3の課題は、「醤油本来の風味がありつつも、従前の醤油ではほとんど感じられない、フルーティーな香りがする調味料を提供すること」(【0007】)であり、本件特許明細書には、背景技術として「フルーティーな香りがすると謳った醤油がすでに製造販売されている。しかし、このような醤油は、果実やワインなどを混ぜて製造されており、その風味は醤油とは全く異なるものである。」とも記載されている。
一方、本件特許明細書には、「【0022】液体調味料におけるオクタン酸エチルの含有量が上記した所定の量よりも少ない量である場合には、液体調味料にオクタン酸エチル又はオクタン酸エチル含有物を添加して所定の量に調整できる。」及び「【0024】液体調味料におけるデカン酸エチルの含有量が上記した所定の量よりも少ない量である場合には、液体調味料にデカン酸エチル又はデカン酸エチル含有物を添加して所定の量に調整できる。」と記載されており、本件特許発明1ないし3は、「オクタン酸エチル」及び「デカン酸エチル」をそれぞれ添加して含有量を調整されるものである。
他方、甲9、甲10及び甲11によれば、フルーティーな香りがあるとされる「オクタン酸エチル」及び「デカン酸エチル」は白ワインに含有される成分であるところ、本件特許発明は、その発明特定事項の記載から考慮して、白ワインの添加による「オクタン酸エチル」及び「デカン酸エチル」の調整を排除していない。
したがって、本件特許発明1ないし3は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである。

(2)マスキング(本件特許発明2)について
本件特許明細書には「【0025】・・・オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルによるフルーティーな香りは、従前の醤油が本来的に含有する2-エチル-6-メチルピラジンによってマスキングされ得る。」と記載しているが、醤油のマスキング効果を示す物質としては、メラノイジン(甲12)やメチオナール(甲13)が知られており、また、醤油中に含まれるアルコールやペプチドについても、マスキング効果を有している(甲14、甲15)。
そうすると、本件特許発明2に規定されるように、2-エチル-6-メチルピラジンが10ppb以下であったとしても、その他のマスキング成分によりフルーティーな香りがマスキングされる可能性があることから、本件特許発明2が課題を解決できるかについては不明である。

3 甲号証一覧
異議申立人が提出した甲号証は以下のとおりのものである。
甲1:永瀬一郎,「醤油の香気成分についての一考察」,日本醸造協會雑誌,1978年9月15日,第73巻,第9号,p.697-700
甲2:Akio Kobayashi and Etsuko Sugawara ,"FLAVOR COMPONENTS OF SHOYU AND MISO JAPANESE FERMENTED SOYBEAN SEASONINGS",FLAVOR CHEMISTRY OF ETHNIC FOODS,1999,p.5-14
甲3:Shu Yang Sun et al.,"Profile of Volatile Compounds in 12 Chinese Soy Sauces Produced by a High-Salt-Diluted State Fermentation",JOURNAL OF THE INSTITUTE OF BREWING,2012.05.16,Vol.116,No.3,p.316-328
甲4:S.M LEE,B.C.SEO,AND YOUNG-SUK KIM "Volatile Compounds in Fermented and Acid-hydrolyzed Soy Sauces", JOURNAL OF FOOD SCIENCE, 2006.6.30, Vol.71, No.3, p.146-156
甲5:石津日出子,「しょうゆの香気成分」,調理科学,1969年9月20日,第2巻,第3号,p.156-164
甲6:横塚保,外3名,「醤油の香り(2)」,日本醸造協會雑誌,1980年9月15日,第75巻,第9号,p.717-728
甲7:高山宗東,「料理の隠し味に最適! 余ったワインの活用法」,2017年6月21日,https://www.riedel.co.jp/blog/0621_secret_ingredient/
甲8:「cookpad」「こがし醤油かけご飯」,2016年9月30日,https://cookpad.com/recipe/4096191
甲9:飯野修一,外4名,「白ワインにおいて後味として強く残るカプリル酸エチルの苦味について」,日本醸造協會雑誌,2004年,第99巻,第4号,p.281-288
甲10:飯野修一,外2名,第31回山梨県ワイン鑑評会出品酒の調査報告,112-116頁,2001年6月12日開催
甲11:Igor Lukic et al.,"Phenolic and Aroma Composition of White Wines Produced by Prolonged Maceration and Maturation in Wooden Barrels",Food Technol. Biotechnol. 53 (3) ,2015年,p.407-418
甲12:キッコーマン株式会社,「知られざるしょうゆのパワー」,2017年9月6日,https://web.archive.org/web/20170906105102/https:/www.kikkoman.co.jp/soyworld/museum/power/index.html
甲13:ヤマサ醤油株式会社,「しょうゆ合わせ米麹を使いこなすポイント」,2016年5月26日,https://web.archive.org/web/20160526020305/https:/www.yamasa.com/shouyu-awase-kome-kouji/point.html
甲14:宝酒造株式会社,「「料理専用の清酒」が料理をおいしくするチカラ!」,2016年4月27日,https://web.archive.org/web/20160427104955/http:/takara-ryorishu.com/reason/index.htm
甲15:大日本明治製糖株式会社,「ペプチドの特長」,2017年4月16日,https://web.archive.org/web/20170416133018/http:/www.dmsugar.co.jp/ enjoy/useful/recommend.html
甲16:永瀬一郎,外2名,「しょうゆ醸造における発酵微生物添加の効果」,調味科学,1971年8月31日,第18巻,第8号,p.327-341
甲17:永瀬一郎,外2名,「しょうゆ醸造における発酵微生物添加の効果」,調味科学,1971年12月31日,第18巻,第12号,p.502-516

4 甲1ないし甲3、及び甲6ないし甲15の記載
(1)甲1
取消理由において引用された甲1の第699ページの左上の表の記載からみて、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「n-カプリル酸エチルの含有量が3.44ppm(3440ppb)である醤油。」

(2)甲2
取消理由において引用された甲2の第12ページのTable 2. "Shoyu"(醤油)の列における"45 ethyl octanoate"(オクタン酸エチル)の行において、"0.01"と記載されていること、 "Shoyu"(醤油)の列における"77 HEMF"(HEMF)の行において、"5.47"と記載されていること、及び第8ページ(下から第11ないし14行)において、Table 2の数値は、ppmの単位であることが記載されていることからみて、甲2には次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。
「オクタン酸エチルの含有量が0.01ppm(10ppb)であり、HEMFの含有量が5.47ppmである醤油。」

(3)甲3
取消理由において引用された甲3の第322ページのTable1."SS1"(醤油SS1)の列における"ethyl octanoate"(オクタン酸エチル)の行において、"83.07±16.37"と記載されていること、Table1."SS1"(醤油SS1)の列における"ethyl decanoate"(デカン酸エチル)の行において、"41.91±2.35"と記載されていること、及び第324ページのTable1."SS1"(醤油SS1)の列における"4-hydroxy-2-ethyl-5-methyl-3(2H)-furanone"(HEMF)の行において、"98.31±17.04"と記載されている。
さらに、第324ページのTable1."SS1"ないし"SS12"の列における"4-hydroxy-2-ethyl-5-methyl-3(2H)-furanone"(HEMF)の行における最大値は、"SS6"において"504.73±74.31"となっている。
また、第321ページのTable1の脚注には、アルコールと酸の場合はmg/Lの単位、その他の揮発成分はμg/Lの単位で表された数であることが記載されている。
よって、甲3には次の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されている。
「オクタン酸エチルの含有量が約83μg/L(約83ppb)であり、デカン酸エチルの含有量が約42μg/L(約42ppb)であり、HEMFの含有量が約98μg/L(約0.098ppm)である醤油(SS1)。」
また、甲3には次の事項(以下、「甲3記載事項」という。)が記載されている。
「甲3において示された醤油(SS1ないしSS12)のうち、HEMFを最も多く含有するもの(SS6)において約0.5ppm含有すること」

(4)甲6
取消理由において引用された甲6の第722ページのTable VIIのNo.8において、醤油中のHEMFの濃度が、232.04ppmであることが示されている。
よって、甲6には次の事項(以下、「甲6記載事項」という。)が記載されている。
「醤油の香気成分として、HEMFを232.04ppm含有すること」

(5)甲7
取消理由において引用された甲7には、その記載からみて次の発明(以下、「甲7発明」という。)が記載されている。
「刺身のつけ醤油に白ワインを少量入れた醤油様調味料。」

(6)甲8
取消理由において引用された甲8には、その記載からみて次の発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されている。
「醤油を大さじ2、白ワイン(甘口)を大さじ1とし、弱火で熱したフライパンに醤油を入れ、すぐに白ワインを加えた醤油様調味料。」

(7)甲9
取消理由において引用された甲9の第284ページのTable 3には、白ワイン中にEtC8(オクタン酸エチル)が0.4?1.4mg/L(400?1400ppb)、EtC10(デカン酸エチル)が?0.2mg/L(?200ppb)含まれることが記載されている。
また、第286ページのTable 7には、白ワイン中にカプリル酸エチル(オクタン酸エチル)が0.9?2.2mg/L(900?2200ppb)含まれることが記載されている。
よって、甲9には次の事項(以下、「甲9記載事項」という。)が記載されている。
「白ワイン中にオクタン酸エチルが900ないし2200ppb含まれること、あるいはオクタン酸エチルが400ないし1400ppb及びデカン酸エチルが200ppb以下含まれること。」

(8)甲10
取消理由において引用された甲10の第114ページの表4には、白ワイン中にEtC8(オクタン酸エチル)が1.1?1.3 mg/L(1100?1300ppb)、EtC10(デカン酸エチル)が0.4?0.6mg/L(400?600ppb)含まれることが記載されている。
よって、甲10には次の事項(以下、「甲10記載事項」という。)が記載されている。
「白ワイン中にオクタン酸エチルが1100ないし1300ppb及びデカン酸エチルが400ないし600ppb含まれること。」

(9)甲11
取消理由において引用された甲11の第414ページのTable 4.には、白ワインにEthyl octanoateとEthyl decanoateが含有され、SMIにおける平均含有量はEthyl octanoateが1131.4μg/L(1131ppb)、Ethyl decanoateが709.2μg/L(709ppb)であることが記載されている。
よって、甲11には次の事項(以下、「甲11記載事項」という。)が記載されている。
「白ワイン中にオクタン酸エチルが約1131ppb及びデカン酸エチルが約709ppb含まれること。」

(10)甲12
取消理由において引用された甲12の「くさみを消す」の欄に、「また、しょうゆには肉や魚の生臭みを消すという消臭作用もあります。・・・これはしょうゆに含まれる香りや色の成分(メラノイジンなど)が、材料の生臭みを還元したり、マスキング(覆いかくす)するためです。」と記載されている。
よって、甲12には次の事項(以下、「甲12記載事項」という。)が記載されている。
「しょうゆに含まれる香りや色の成分、例えばメラノイジンなどが、材料の生臭みをマスキングする作用を有すること。」

(11)甲13
取消理由において引用された甲13の「臭みを消す力(マスキング力)」の欄に、「しょうゆの香り成分のひとつに、大豆たんぱく質を構成するメチオニンが変化してできた、メチオノールがあります。このメチオノールには、魚や肉の生臭みを消す(マスキング)作用があります。」と記載されている。
よって、甲13には次の事項(以下、「甲13記載事項」という。)が記載されている。
「しょうゆの香り成分であるメチオノールが、魚や肉の生臭みをマスキングする作用を有すること。」

(12)甲14
取消理由において引用された甲14の「1.生臭みを消し、よい香りをつける」の欄に、「清酒に含まれるアルコールには、蒸発する時に、他の臭い成分も一緒に飛ばす「共沸効果」があります。」と記載されている。
よって、甲14には次の事項(以下、「甲14記載事項」という。)が記載されている。
「清酒に含まれるアルコールには、蒸発する時に、他の臭い成分も一緒に飛ばす共沸効果があること。」

(13)甲15
取消理由において引用された甲15の「業務用調味料のすすめ」、「ペプチドの特長」の欄において、「・異味異臭に対するマスキング機能があります。」と記載されている。 よって、甲15には次の事項(以下、「甲15記載事項」という。)
「ペプチドが、異味異臭に対するマスキング機能を有すること。」

5 [理由1]及び[理由2]についての判断
(1)甲1を主引用例とした場合
ア 訂正発明1
訂正発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「n-カプリル酸エチル」は、訂正発明1における「オクタン酸エチル」に相当し、以下同様に、甲1発明における「n-カプリル酸エチルの含有量が3.44ppm(3440ppb)である」ことは、訂正発明1における「オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppb」であることに、甲1発明における「醤油」は、訂正発明1における「醤油」に、それぞれ相当する。
また、甲1において、醤油が白ワインを添加したものであることについて開示や示唆がされておらず、醤油が白ワインを含むことは一般的ではないから、甲1発明の醤油と訂正発明1の醤油は、「白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除いた」ものである点において共通する。

そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである醤油(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。」

[相違点1]
訂正発明1においては、「醤油」の「HEMFの含有量が20ppm以上」であるのに対して、甲1発明においては、「醤油」の「HEMFの含有量」については不明である点。

上記相違点1について検討する。

[相違点1について]
甲6記載事項は、「醤油の香気成分として、HEMFを232.04ppm含有すること」であって、醤油が香気成分としてのHEMFを20ppm以上含有することを示すものである。
一方、甲2発明の醤油はHEMFの含有量が5.47ppm、甲3発明の醤油はHEMFの含有量が0.098ppmである。
さらに、甲3記載事項によると、甲3において示された醤油(SS1ないしSS12)のうち、HEMFの含有量を最も多く含有するもの(SS6)において約0.5ppm含有する。
そして、上記甲6記載事項、甲2発明、甲3発明及び甲3記載事項によれば、HEMFの含有量は、醤油によってまちまちであるから、一般的に醤油のHEMFの含有量が20ppm以上であるとはいえない。
また、特開2001-120293号公報の段落【0002】に記載されるように、HEMFは醤油における風味向上に有効な成分であるが、HEMFの含有量が20ppm以下の醤油も一般的であることから、HEMFの含有量が20ppm以上となるように調整することが容易であるとまではいえない。
そうすると、甲1発明の醤油において、HEMFの含有量を20ppm以上とすることにより、上記相違点1に係る訂正発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、訂正発明1は、甲1発明ではなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 訂正発明2及び3
訂正特許請求の範囲における請求項2及び3は、請求項1の記載を直接あるいは間接的に置き換えることなく引用して記載されたものであるから、訂正発明2及び3は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明2及び3は、訂正発明1と同様の理由により、甲1発明ではなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

(2)甲2を主引用例とした場合
ア 訂正発明1
訂正発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「オクタン酸エチル」は、訂正発明における「オクタン酸エチル」に相当し、以下同様に、甲2発明における「オクタン酸エチルの含有量が0.01ppm(10ppb)」であることは、訂正発明1における「オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppb」であることに、甲2発明における「醤油」は、訂正発明1における「醤油」に、それぞれ相当する。
そして、甲2発明における「HEMFの含有量が5.47ppm」であることと、訂正発明1における「HEMFの含有量が20ppm以上」であることとは、「HEMFを含有する」という限りにおいて一致する。
また、甲2において、醤油が白ワインを添加したものであることについて開示や示唆がされておらず、醤油が白ワインを含むことは一般的ではないから、甲2発明の醤油と訂正発明1の醤油は、「白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除いた」ものである点において共通する。

そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbであり、かつHEMFを含有する、醤油(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。」

[相違点2]
「HEMFを含有する」ことに関して、訂正発明1においては、「HEMFの含有量が20ppm以上」であるのに対して、甲2発明においては、「HEMFの含有量が5.47ppm」である点。

上記相違点2について検討する。

[相違点2について]
甲6記載事項は、「醤油の香気成分として、HEMFを232.04ppm含有すること」であって、醤油が香気成分としてのHEMFを20ppm以上含有することを示すものである。
一方、甲2発明は、醤油におけるHEMFの含有量を5.47ppm、甲3発明は、醤油におけるHEMFの含有量を0.098ppmとするものである。
さらに、甲3記載事項によると、甲3において示された醤油(SS1ないしSS12)のうち、HEMFの含有量を最も多く含有するもの(SS6)において約0.5ppm含有する。
そして、上記甲6記載事項、甲2発明、甲3発明及び甲3記載事項によれば、HEMFの含有量は、醤油によってまちまちであるから、一般的に醤油のHEMFの含有量が20ppm以上であるとはいえない。
また、特開2001-120293号公報の段落【0002】に記載されるように、HEMFは醤油における風味向上に有効な成分であるが、HEMFの含有量が20ppm以下の醤油も一般的であることから、HEMFの含有量が20ppm以上となるように調整することが容易であるとまではいえない。
そうすると、甲2発明の醤油において、HEMFの含有量を20ppm以上とすることにより、上記相違点2に係る訂正発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない
したがって、訂正発明1は、甲2発明ではなく、甲2発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 訂正発明2及び3
訂正特許請求の範囲における請求項2及び3は、請求項1の記載を直接あるいは間接的に置き換えることなく引用して記載されたものであるから、訂正発明2及び3は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明2及び3は、訂正発明1と同様の理由により、甲2発明ではなく、甲2発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

(3)甲3を主引用例とした場合
ア 訂正発明1
訂正発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明における「オクタン酸エチル」、「デカン酸エチル」は、訂正発明1における「オクタン酸エチル」、「デカン酸エチル」に相当し、以下同様に、甲3発明における「オクタン酸エチルの含有量が約83μg/L(約83ppb)」であり、「デカン酸エチルの含有量が約42μg/L(約42ppb)」であることは、訂正発明1における「(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppb」であり、「(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppb」であること、あるいは「(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」ことに、甲3発明における「醤油(SS1)」は、訂正発明1における「醤油」に、それぞれ相当する。
そして、甲3発明における「HEMFの含有量が約98μg/L(0.098ppm)」であることと、訂正発明1における「HEMFの含有量が20ppm以上」であることとは、「HEMFを含有する」という限りにおいて一致する。
また、甲3において、醤油が白ワインを添加したものであることについて開示や示唆がされておらず、醤油が白ワインを含むことは一般的ではないから、甲3発明の醤油と訂正発明1の醤油は、「白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除いた」ものである点において共通する。

そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルの含有量が下記(1)?(3)のいずれかであり、かつ、HEMFを含有する、醤油(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。
(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」

[相違点3]
「HEMFを含有する」ことに関して、訂正発明1においては「HEMFの含有量が20ppm以上」であるのに対して、甲3発明においては「HEMFの含有量が約98μg/L(約0.098ppm)」である点。

上記相違点3について検討する。

[相違点3について]
甲6記載事項は、「醤油の香気成分として、HEMFを232.04ppm含有すること」であって、醤油が香気成分としてのHEMFを20ppm以上含有することを示すものである。
一方、甲2発明は、醤油におけるHEMFの含有量を5.47ppm、甲3発明は、醤油におけるHEMFの含有量を0.098ppmとするものである。
さらに、甲3記載事項によると、甲3において示された醤油(SS1ないしSS12)のうち、HEMFの含有量を最も多く含有するもの(SS6)において約0.5ppm含有する。
そして、上記甲6記載事項、甲2発明、甲3発明及び甲3記載事項によれば、HEMFの含有量は、醤油によってまちまちであるから、一般的に醤油のHEMFの含有量が20ppm以上であるとはいえない。
また、特開2001-120293号公報の段落【0002】に記載されるように、HEMFは醤油における風味向上に有効な成分であるが、HEMFの含有量が20ppm以下の醤油も一般的であるところ、HEMFの含有量が約98μg/L(約0.098ppm)と20ppmより少ないことが明らかである甲3発明の醤油におけるHEMFの含有量を20ppm以上となるように調整することが容易であるとはいえない。
そうすると、甲3発明の醤油において、HEMFの含有量を20ppm以上とすることにより、上記相違点3に係る訂正発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、訂正発明1は、甲3発明ではなく、甲3発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 訂正発明2及び3
訂正特許請求の範囲における請求項2及び3は、請求項1の記載を置き換えることなく直接あるいは間接的に引用して記載されたものであるから、訂正発明2及び3は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明2及び3は、訂正発明1と同様の理由により、甲3発明ではなく、甲3発明に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

(4)甲7を主引用例とした場合
ア 訂正発明1
訂正発明1と甲7発明とを対比する。
甲7発明における「醤油様調味料」は、訂正発明1における「醤油様調味料」に相当する。

そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「醤油用調味料。」

[相違点4]
訂正発明1の「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量は、
「(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」ことのいずれかであるのに対して、甲7発明の「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量については不明である点。

[相違点5]
訂正発明1においては、「醤油様調味料」の「HEMFの含有量が20ppm以上」であるのに対して、甲7発明においては、「醤油用調味料」の「HEMFの含有量」については不明である点。

[相違点6]
訂正発明1においては、「醤油様調味料」から「白ワインを添加した」ものを「除く」ものであるのに対して、甲7発明の「醤油様調味料」は、「白ワインを少量入れた」ものであるから訂正発明1における上記「除く」ものに該当しない点。

事案に鑑み、まず上記相違点4及び6について検討する。

[相違点4及び6について]
甲9記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが900ないし2200ppb含まれること、あるいはオクタン酸エチルが400ないし1400ppb及びデカン酸エチルが200ppb以下含まれること」、
甲10記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが1100ないし1300ppb及びデカン酸エチルが400ないし600ppb含まれること」及び、
甲11記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが1131.4ppb及びデカン酸エチルが709ppb含まれること」である。
そして、上記甲9、10及び11記載事項によれば、白ワイン中にはオクタン酸エチル及びデカン酸エチルが含まれるのであって、甲7発明における「醤油様調味料」に白ワインを適量入れることにより、上記相違点4に係る訂正発明1の発明特定事項における「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量の範囲とし得る。
しかしながら、甲7発明における「醤油様調味料」に白ワインを適量入れることなく、上記相違点4に係る訂正発明1の発明特定事項とすることはできないから、甲7発明において、上記相違点4及び6に係る訂正発明1の発明特定事項を共に採用することは当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、訂正発明1は、相違点5について検討するまでもなく、甲7発明ではなく、甲7発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 訂正発明2
訂正特許請求の範囲における請求項2は、請求項1の記載を置き換えることなく引用して記載されたものであるから、訂正発明2は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明2は、訂正発明1と同様の理由により、甲7発明ではなく、甲7発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

(5)甲8を主引用例とした場合
ア 訂正発明1
訂正発明1と甲8発明とを対比する。
甲8発明における「醤油様調味料」は、訂正発明1における「醤油様調味料」に相当する。

そうすると、両者の一致点、相違点は次のとおりである。

[一致点]
「醤油用調味料。」

[相違点7]
訂正発明1の「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量は、
「(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである」ことのいずれかであるのに対して、甲8発明の「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量については不明である点。

[相違点8]
訂正発明1においては、「醤油様調味料」の「HEMFの含有量が20ppm以上」であるのに対して、甲8発明においては、「醤油用調味料」の「HEMFの含有量」については不明である点。

[相違点9]
訂正発明1においては、「醤油様調味料」から「白ワインを添加した」ものを「除く」ものであるのに対して、甲8発明の「醤油様調味料」は、「白ワインを加えた」ものであるから訂正発明1における上記「除く」ものに該当する点。

事案に鑑み、まず相違点7及び9について検討する。

[相違点7及び9について]
甲9記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが900ないし2200ppb含まれること、あるいはオクタン酸エチルが400ないし1400ppb及びデカン酸エチルが200ppb以下含まれること」、
甲10記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが1100ないし1300ppb及びデカン酸エチルが400ないし600ppb含まれること」及び、
甲11記載事項は、「白ワイン中にオクタン酸エチルが1131.4ppb及びデカン酸エチルが709ppb含まれること」である。
そして、上記甲9、10及び11記載事項によれば、白ワイン中にはオクタン酸エチル及びデカン酸エチルが含まれるのであって、甲7発明における「醤油様調味料」に白ワインを適量入れることにより、上記相違点7に係る訂正発明1の発明特定事項における「醤油様調味料」における「オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチル」の含有量の範囲とし得る。
しかしながら、甲8発明における「醤油様調味料」に白ワインを適量入れることなく、上記相違点7に係る訂正発明1の発明特定事項とすることはできないから、甲8発明において、上記相違点7及び9に係る訂正発明1の発明特定事項を共に採用することは当業者が容易に想到し得たとはいえない。
したがって、訂正発明1は、相違点8について検討するまでもなく、甲8発明ではなく、甲8発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 訂正発明2
訂正特許請求の範囲における請求項2は、請求項1の記載を置き換えることなく引用して記載されたものであるから、訂正発明2は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明2は、訂正発明1と同様の理由により、甲8発明ではなく、甲8発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

6 [理由3]についての判断
(1)訂正発明1において、「(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)」と特定されたことにより、訂正発明1における「醤油又は醤油調味料」から「白ワインを添加した」ものが除かれることとなった。
そうすると、訂正発明1の醤油又は醤油様調味料は、白ワインの添加により「オクタン酸エチル」及び「デカン酸エチル」を調整したものを含むものではなくなった。
したがって、訂正発明1ないし3は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとはいえない。

(2)2-エチル-6-メチルピラジンのマスキング作用に関し、本件特許明細書段落【0103】ないし【0107】に以下のとおり記載されている。
「【0103】
6-2.官能評価の結果
2-エチル-6-メチルピラジンを添加することによる白ワイン様のフルーティーな香りの抑制効果を官能評価に基づいて確認した。
【0104】
液体調味料4-1に2-エチル-6-メチルピラジンを最終濃度でそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように液体調味料8-1?8-4を調製した。官能評価は、識別能力を有する6名のパネルにより、「白ワイン様のフルーティーな香り」を評価項目として、エチルエステル類の含有量が小さい液体調味料4-2を1点としたときの強度を5段階で評価し、その平均値及び標準誤差を算出した。
【0105】
官能評価を行った結果を表10及び図4に示す。なお、表10及び図4中の「**」は、液体調味料4-2を対照として、1%の危険率で有意差があったことを示す。
【0106】
【表10】


【0107】
6-3.まとめ
表9?表10に示すように、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルをそれぞれ18.7ppb及び40.3ppbを含有する液体調味料4-1について、2-エチル-6メチルピラジンを10ppb以上添加することにより、「白ワイン様のフルーティーな香り」が低減されることが確認された。」
以上の記載のとおり、実際に液体調味料4-1に添加する2-エチル-6-メチルピラジンの濃度と、白ワイン様のフルーティーな香りをマスキングする程度との関係が官能評価により示されているから、2-エチル-6-メチルピラジン単独による白ワイン様のフルーティーな香りをマスキングする作用について理解できる。
一方、甲12ないし甲15より以下の事項が知られている。
甲12記載事項:「しょうゆに含まれる香りや色の成分、例えばメラノイジンなどが、材料の生臭みをマスキングする作用を有すること」、
甲13記載事項:「しょうゆの香り成分であるメチオノールが、魚や肉の生臭みをマスキングする作用を有すること」、
甲14記載事項:「清酒に含まれるアルコールには、蒸発する時に、他の臭い成分も一緒に飛ばす「共沸効果」があります」、及び、
甲15記載事項:「ペプチドが、異味異臭に対するマスキング機能を有すること」
しかし、上記甲12ないし甲15記載事項は、いずれも生臭みや異臭をマスキングする物質を示すものであって、フルーティーな香りのマスキングを行う物質がしょうゆに含まれていることを示すものではない。
そうすると、訂正発明2において、「2-エチル-6-メチルピラジンが10ppb未満」と特定することにより、フルーティーな香りのマスキングを防止するという課題を解決することができると認められる。
したがって、訂正発明2及び訂正発明2を引用する訂正発明3は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとはいえない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 異議理由
取消理由通知において採用しなかった特許異議申立の概要は次のとおりである。

本件特許発明3は、甲9ないし11にみられるような周知慣用技術を考慮すれば、甲7発明又は甲8発明と同一であるか、甲7発明又は甲8発明から当業者が容易になし得たものである。

2 異議理由についての判断
上記第4 5(4)及び(5)において判断したとおり、訂正発明1は、甲7発明または甲8発明ではなく、甲7発明及び甲9ないし11記載事項または甲8発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。
そして、訂正特許請求の範囲における請求項3は、請求項1の記載を置き換えることなく直接あるいは間接的に引用して記載されたものであるから、訂正発明3は、訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、訂正発明3は、訂正発明1と同様の理由により、甲7発明あるいは甲8発明ではなく、甲7発明及び甲9ないし11記載事項あるいは甲8発明及び甲9ないし11記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

第6 異議申立人による令和1年6月19日提出の意見書について
1 異議申立人の主張
異議申立人は、令和1年6月19日提出の意見書において、概ね次のとおり主張している。
(1)[理由1](新規性)及び[理由2](進歩性)について
ア 甲1発明に関して
甲1発明は、甲16及び甲17(追加された証拠)によれば、諸味ではなく、醤油である蓋然性が高い。

イ 甲7発明、甲8発明に関して
本件特許明細書【0109】に記載のとおり、市販醤油のHEMF濃度は30ppmであるから、通常の醤油とオクタン酸エチル、デカン酸エチルを高い含有量で含有する食材(白ワイン、清酒、ブランデー、ウイスキー・・)を適宜混合すると、訂正発明のものとなる。

(2)[理由3](サポート要件)について
ア 訂正発明に規定された香気成分の範囲内には醤油本来の風味を有していない醤油様調味料も包含されているから、訂正により白ワインの添加を除いたのみでは不十分である。

イ 詳細な説明に記載された手段は、純品の添加(外添)、酵母発酵液、両者の併用のみであるが、当該手段が訂正発明において反映されていない。

ウ サポート要件の存在の証明責任は、特許権者が負うべきところ、メチルピラジン以外にフルーティーな香りをマスキングする成分がないことについての証明がない。

(3)36条第6項第2号(明確性要件)について
本件訂正特許請求の範囲における請求項3に記載の「酵母発酵液」の定義が明確でない。

2 異議申立人の主張に対する判断
(1)[理由1](新規性)及び[理由2](進歩性)について
ア 上記第4 4(1)のとおり甲1発明は、「n-カプリル酸エチルの含有量が3.44ppm(3440ppb)である醤油」である。
しかし、上記第4 5(1)で判断したとおり、訂正発明1ないし3は、甲1発明ではなく、甲1発明及び甲6記載事項に基いて当業者が容易に発明し得たということはできない。

イ 本件特許明細書【0109】において、市販醤油1、2のHEMF濃度は、それぞれ30ppm、37ppmである。
しかし、上記第4 5(1)ないし(3)で判断したとおり、醤油がHEMFを20ppm以上含有することが一般的であるとはいえない。
そうすると、通常の醤油とオクタン酸エチル、デカン酸エチルを高い含有量で含有する食材(白ワイン、清酒、ブランデー、ウイスキー・・)を適宜混合しても訂正発明のものとなるとはいえない。

(2)[理由3](サポート要件)について(下線は当審が付与した。以下同様。)
ア 本件特許明細書には、醤油本来の風味を失わせるような食材等を添加することは記載されておらず、そのような食材を全て含まない旨が訂正発明において特定される必要はない。課題解決に反するような態様であって本件特許明細書から把握できないような態様を殊更想定してサポート要件に反するということはできない。

イ 本件特許明細書段落【0008】及び【0009】の記載「本発明者らは、上記課題を解決するために、醤油の成分や製造方法などを見直し、優れたフルーティーな香りがするものが得られないかと試行錯誤を繰り返した。そして、遂に、乳酸発酵終了後の醤油諸味を固液分離し、さらに膜処理に供して得られた醤油諸味液汁を用いて酵母発酵することにより、従前の醤油には含まれていないデカン酸エチル及びオクタン酸エチルを所定の量で含有する調味料を得ることに成功した。そして、得られた調味料は、驚くべきことに、格別に優れたフルーティーな香りがする調味料であった。
さらに驚くべきことに、得られた調味料は、従前の醤油に比して、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量が低減したものであった。それにもかかわらず、得られた調味料は、HEMFの含有量が、従前の醤油と同程度又はそれ以上を含有するものであり、醤油本来の風味がありつつも、フルーティーな香りがするという、優れた調味料であった。本発明はこのような成功例や知見に基づいて完成するに至った発明である。」によれば、醤油が「デカン酸エチル及びオクタン酸エチルを所定の量で含有する」こと、及び「HEMFの含有量が、従前の醤油と同程度又はそれ以上を含有する」ことにより課題を解決するものであって、「純品の添加(外添)、酵母発酵液、両者の併用」などは、醤油中のデカン酸エチル、オクタン酸エチル及びHEMFの含有量を所定のものとするための手段として記載されているにすぎない。
そうすると、訂正発明において課題を解決し得る範囲における「デカン酸エチル及びオクタン酸エチルの含有量」及び「HEMFの含有量」が特定されている以上、「純品の添加(外添)、酵母発酵液、両者の併用」などの、手段が反映されていなくとも課題を解決し得るものである。
したがって、訂正発明1ないし3は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとはいえない。

ウ 上記第4 6(2)において判断したとおり、本件特許明細書段落【0103】ないし【0107】の記載において、実際に液体調味料4-1に添加する2-エチル-6-メチルピラジンの濃度と、白ワイン様のフルーティーな香りをより強くマスキングする程度との関係が官能評価により示されているから、2-エチル-6-メチルピラジン単独による白ワイン様のフルーティーな香りをマスキングする作用について理解できる。
そうすると、訂正発明2において、「2-エチル-6-メチルピラジンが10ppb未満」と特定することにより、フルーティーな香りのマスキングを防止するという課題を解決することができると認められる。
したがって、訂正発明2及び訂正発明2を引用する訂正発明3は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとはいえない。

(3)36条第6項第2号(明確性要件)について
訂正発明3でいう「酵母発酵液」とは、本件特許明細書において特段定義されていないことからみて、任意の食材の液汁を酵母発酵させた、一般的な「酵母発酵液」という意味で明確である。

第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルの含有量が下記(1)?(3)のいずれかであり、かつ、HEMFの含有量が20ppm以上である、醤油又は醤油様調味料(ただし、白ワインを添加した醤油又は醤油様調味料を除く)。
(1)オクタン酸エチルの含有量が10ppb?10,000ppbである
(2)デカン酸エチルの含有量が10ppb?2,000ppbである
(3)オクタン酸エチルの含有量が5ppb?10,000ppbであり、かつ、デカン酸エチルの含有量が5ppb?2,000ppbである
【請求項2】
前記醤油又は醤油様調味料は、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量が10ppb未満である、請求項1に記載の醤油又は醤油様調味料。
【請求項3】
前記醤油又は醤油様調味料は、酵母発酵液を含有する、請求項1又は2に記載の醤油又は醤油様調味料。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-09-02 
出願番号 特願2017-208411(P2017-208411)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A23L)
P 1 651・ 113- YAA (A23L)
P 1 651・ 121- YAA (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 太田 雄三  
特許庁審判長 紀本 孝
特許庁審判官 莊司 英史
松下 聡
登録日 2018-05-25 
登録番号 特許第6343710号(P6343710)
権利者 キッコーマン株式会社
発明の名称 醤油及び醤油様調味料  
代理人 森本 敏明  
代理人 森本 敏明  

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