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審決分類 |
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 C04B 審判 全部申し立て 2項進歩性 C04B |
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管理番号 | 1356812 |
異議申立番号 | 異議2018-700648 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-08-06 |
確定日 | 2019-09-25 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6278147号発明「混合セメント」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6278147号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。 特許第6278147号の請求項1?3、5、6に係る特許を維持する。 特許第6278147号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許第6278147号の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成29年7月21日(優先権主張 平成29年4月28日)を出願日とするものであって、平成30年1月26日にその特許権の設定登録がされ、平成30年2月14日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、その特許について、平成30年8月6日付けで特許異議申立人林愛子(以下、「申立人」という。)により、甲第1号証?甲第5号証を証拠方法とする特許異議の申立てがされ、平成30年10月18日付けで取消理由が通知され、平成30年12月25日付けで特許権者より、意見書の提出及び訂正の請求がされ、平成31年2月6日付けで申立人より、参考資料1?3を証拠方法とする意見書の提出がされ、平成31年3月13日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、令和元年5月13日付けで特許権者より、意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、令和元年6月20日付けで申立人より、参考資料3、4を証拠方法とする意見書の提出がされたものである。 (証拠方法) 甲第1号証:宮川美穂 他 「フライアッシュ用添加剤を使用したモルタルの強度増進効果」 都市・建築学研究九州大学大学院人間環境学研究院紀要 第22号 2012年7月 175-182頁 甲第2号証:山本武志 他 「フライアッシュのポゾラン反応に伴う組織緻密化と強度発現メカニズムの実験的考察」 土木学会論文集E Vol.63 No.1 2007 1 52-65頁 甲第3号証:林亮太 他 「フライアッシュ原粉を用いたコンクリートの強度,塩化物イオン浸透および乾燥収縮特性に関する研究」 コンクリート工学年次論文報告集 Vol.34 No.1 2012 190-195頁 甲第4号証:特開2007-245007号公報 甲第5号証:特開2001-330574号公報 参考資料1:羽原俊祐 他 「最近のフライアッシュのキャラクター(品質)変動と圧縮強度への影響」 Cement Science and Concrete Technology No.63 2009 120-126頁 参考資料2:小早川真 他 「セメント硬化体中のフライアッシュのポゾラン反応率と各種要因の影響」 コンクリート工学年次論文集 Vol.22 No.2 2000 67-72頁 参考資料3:参考資料1のTable3中のフライアッシュの不溶残分(Insolble residue)と材齢7日の活性度指数(Activity Index)の関係を示す図 (令和元年6月20日付け提出) 参考資料3:田野崎隆雄 他 「東アジア地区の石炭灰のキャラクタリゼーション」 第19回廃棄物学会研究発表会 廃棄物学会 2008年11月25日 1、3頁 参考資料4:田野崎隆雄 他 「最終処分場における焼却残渣の鉱物学的変化と溶出試験結果との相互関係」 環境科学会誌20(6) 2007 523、532、534-535頁 第2 申立理由の概要 申立人は、訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第1号証に記載の発明及び甲第2、3号証に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、訂正前の請求項4?6に係る発明は、甲第1号証に記載の発明及び甲第2?5号証に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、訂正前の請求項1?6に係る特許は取り消されるべきである旨主張している。 第3 訂正請求について 1.訂正請求の趣旨 本件訂正請求は、訂正事項1?4に基づき、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?6について訂正することを求めるものである。 なお、平成30年12月25日付けの訂正請求は取り下げられたものとみなす。 2.訂正の適否 (1)訂正の内容について 以下の訂正事項1?4のとおりである(下線部は訂正箇所)。 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1における 「0.10?0.17である、混合セメント」 との記載を、 「0.10?0.17であり、前記石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%である、混合セメント」 と訂正する。 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項4を削除する。 訂正事項3 特許請求の範囲の請求項5における 「請求項1?4のいずれか1項に記載の混合セメント」 との記載を、 「請求項1?3のいずれか1項に記載の混合セメント」 と訂正する。 訂正事項4 特許請求の範囲の請求項6における 「請求項1?5のいずれか1項に記載の混合セメント」 との記載を、 「請求項1?3、5のいずれか1項に記載の混合セメント」 と訂正する。 (2)訂正の目的について 訂正事項1は、訂正前の混合セメントの発明について、石炭灰中の不溶残分含有量の数値範囲を発明特定事項として追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。 訂正事項2は、請求項を削除するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。 訂正事項3、4は、選択的引用請求項の一部を削除するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。 以上のことから、訂正事項1?4に係る訂正の目的は適法である。 (3)新規事項追加の有無について 訂正事項1は、本件明細書【0018】の「石炭灰は、不溶残分(insol)含有量が、好ましくは75?87質量%であり、より好ましくは75.5?86.5質量%である。石炭灰中の不溶残分には、ケイ酸やケイ酸塩を構成する結晶相及び非晶質相(ガラス相)が含まれると考えられる。石炭灰中の不溶残分(insol)が短期の強度発現性に寄与するメカニズムは明らかではないが、石炭灰中の不溶残分(insol)が75.0?87.0質量%であれば、石炭灰中に含まれるポゾラン反応に寄与するポゾラン成分(Al_(2)O_(3),SiO_(2))が含まれる非晶質相が比較的多くなり、・・・ポゾラン反応が促進され、短期の強度発現性を高くすることができる。 本明細書において、石炭灰中の不溶残分とは、JIS R5202「セメントの化学分析法」に記載された方法に準拠して測定した石炭灰の不溶残分をいう。」との記載に基づくものであるから、新たな技術的事項を導入するものではない。 訂正事項2は請求項を削除、訂正事項3、4は選択的引用請求項の一部を削除するものであるから、いずれも明らかに新たな技術的事項を導入するものではない。 以上、訂正事項1?4は、いずれも新規事項の追加に該当しない。 (4)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について 訂正事項1?4は、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (5)一群の請求項について 訂正事項1?4に係る訂正前の請求項1?6については、請求項2?6がそれぞれ先行する請求項のいずれかを引用するものであったことから一群の請求項を構成していたものである。 (6)独立特許要件について 本件異議申立ては全ての請求項が対象となっており、異議申立てがされていない請求項についての訂正事項はないから、独立特許要件の検討は要しない。 3.小括 以上のとおりであるから、本件訂正請求に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?6〕について訂正を認める。 第4 訂正後の特許請求の範囲 訂正後の請求項1?6は、以下のとおりである。 以下、訂正後の請求項1?6に係る発明を、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明6」という(なお、請求項4は訂正により削除されているので、以下検討の対象としない)。 「 【請求項1】 石炭灰とポルトランドセメントの合計量に対して、SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰を20?40質量%と、ポルトランドセメントを60?80質量%と、トリエタノールアミンを100?300mg/kgとを含み、前記石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)が0.10?0.17であり、前記石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%である、混合セメント。 【請求項2】 前記石炭灰中のSiO_(2)含有量とAl_(2)O_(3)含有量の合計が75?86質量%である、請求項1に記載の混合セメント。 【請求項3】 前記石炭灰中のFe_(2)O_(3)含有量が5.0?8.0質量%である、請求項1又は2に記載の混合セメント。 【請求項4】 (削除) 【請求項5】 石炭灰のブレーン比表面積が2500?4000cm^(2)/gである、請求項1?3のいずれか1項に記載の混合セメント。 【請求項6】 前記石炭灰を25?35質量%と、ポルトランドセメントを65?75質量%とを含む、請求項1?3、5のいずれか1項に記載の混合セメント。」 第5 取消理由通知書に記載した取消理由について 1.平成31年3月13日付け取消理由通知(決定の予告)について 当審において、平成30年12月25日付け訂正特許請求の範囲の請求項1?3、5、6に係る特許に対して、平成31年3月13日付けで通知した取消理由の概要は、次のとおりである。 「(進歩性)本件特許の請求項1?3、5、6に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。」 2.平成30年10月18日付け取消理由通知について 当審において、訂正前の請求項1?6に係る特許に対して、平成30年10月18日付けで通知した取消理由の概要は、次のとおりである。 「(進歩性)本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2、4号証に記載された技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。」 3.引用文献等について (1)引用文献1の記載事項及び引用文献1に記載された発明 引用文献1(羽原俊祐 他 「最近のフライアッシュのキャラクター(品質)変動と圧縮強度への影響」 Cement Science and Concrete Technology No.63 2009 120-126頁)(申立人の提出した参考資料1と同じ)には、以下の(ア)?(キ)の記載がある。 (ア)「1. はじめに フライアッシュは有効なポゾラン物質であり、コンクリートの耐久性向上、環境負荷の観点からも有効利用が期待される。利用面で問題視されるのが、その品質変動である。・・・ここでは、日本の主要火力発電所14箇所から2007年に採取した16種のフライアッシュについて、物理的キャラクター、化学的キャラクター及びポゾラン活性に関係するガラス相のキャラクタリゼーションについて詳細に解析し、それらの品質変動、圧縮強度に及ぼす影響について検討した。」 (120頁左欄1行?下から8行) (イ)「2. 実験 2.1 入手したフライアッシュ 実験に使用したフライアッシュは、Table1に示す2007年に日本の主要な14箇所の石炭火力発電所から産出したコンクリート混和材(コンクリート用フライアッシュII種:JIS A6201)16種及び比較として米国産のフライアッシュ1種を加えた17種である。・・・ 2.2 実験方法 17種のフライアッシュについて、組成と構造を解析する手法としては、次の項目について検討を行った。 化学的キャラクター:蛍光X線分析による化学成分、不溶解残分 物理的キャラクター:密度、比表面積、湿分(水分)測定 ・・・ 圧縮強度試験:混合材を含まない同一の研究用セメントを使用し、セメントの内割りでフライアッシュを25%混合したフライアッシュセメントについて、水セメント比0.5、砂セメント比3.0、砂はコンクリート用細骨材(砕砂)を用いてモルタル強度試験を実施」(120頁左欄下から6行?121頁右欄1行) (ウ)「3.1 物理的・化学的キャラクター 17種のフライアッシュについての蛍光X線分析による化学分析値、密度、ブレーン比表面積、強熱減量、湿分を測定し、結果をTable2、3にそれぞれ示す。」(121頁右欄4?7行) (エ)「 」(121頁 Table2) (オ)「 」(121頁 Table3) (カ)「3.2 ポゾラン活性に関係した指標 ポゾラン反応は、クリンカー鉱物の水和により生成する水酸化カルシウムとフライアッシュなどのポゾラン物質が反応し、セメント水和物であるC-S-Hなどを生成し、硬化体を密実化し、強度実現・耐久性向上をもたらす反応である。・・・ポゾラン反応に関係するのは、結晶相ではなく、主としてガラス相であると捕らえることができる。したがって、ポゾラン物質中のガラス相の解析が重要となる。フライアッシュのポゾラン反応においても、フライアッシュのガラス相の量と組成に関係する。・・・ガラス化率は、リートベルト法を用いたX線回折法により鉱物相を求め、それらの和を全体から除くことにより求める。・・・ガラス化率の測定データから計算したフライアッシュ中のガラスの組成、その組成から計算した・・・(水硬率)、・・・(塩基度)は、それぞれフライアッシュのガラス相の組成をあらわす指標である。結果をTable4に示す。」(122頁左欄13行?右欄下から9行) (キ)「 」(122頁 Table4) (引用発明1) 引用文献1には、上記(ア)(イ)より、コンクリートの耐久性向上等を目的として、日本の主要火力発電所由来の16種のフライアッシュを含む各種のフライアッシュを25%混合したフライアッシュセメントに関し記載されている。 そして、各種フライアッシュの一例である「Matsuura」(上記(エ)(オ)(キ)のTable2?4において「Name」欄の各2行目に記載)に着目すると、上記(ウ)(カ)の物理的・化学的キャラクター及びポゾラン活性に関係した指標に関し、上記(エ)(オ)(キ)のTable2?4から数値を読み取ることにより、引用文献1には、 「フライアッシュを25%混合したフライアッシュセメントであって、 フライアッシュのSiO_(2)含有量が58.3%であり、Al_(2)O_(3)含有量は25.2%であり、Fe_(2)O_(3)含有量は5.4%であり、比表面積(blaine)は3920cm^(2)/gであり、不溶解残分(insoluble residue)は86.83%であり、ガラス化率(glass content)は70.4%であり、ガラス組成のFe_(2)O_(3)含有量は6.9%である、フライアッシュセメント」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。 (2)甲第1号証の記載事項及び甲第1号証に記載された発明 甲第1号証には、フライアッシュを混合したセメントについての発明が記載されている。 そして、その176頁「2.2 調合」において「セメント質量に対して25%をフライアッシュに内割置換したフライアッシュ調合モルタル・・・で試験を行った」、「添加剤は,粉体に対して有効成分で0.01および0.02(質量)%を練混ぜ水の一部として添加した。」と記載されており、176頁の表3には、C(セメント)337.5単位量に対してFA(フライアッシュ)112.5単位量でモルタル調合することが、同じく表1には、セメントの種類として普通ポルトランドセメントを使用し、添加剤Cとしてトリエタノールアミンを使用することが記載されているから、甲第1号証には、 「フライアッシュとポルトランドセメントの合計量に対して、フライアッシュを25質量%と、ポルトランドセメントを75質量%と、トリエタノールアミンを粉体に対して有効成分で100?200mg/kgとを含む、混合セメント。」 の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。 また、甲第1号証の記載によれば、甲1発明は、フライアッシュを混合したセメントに係るものであって、そのモルタルの強度増進効果を検討する課題を有したものであり(175-176頁の「1.はじめに」)、特に、甲1発明における添加剤のトリエタノールアミンは、フライアッシュ用の添加剤として強度増進効果が高く、フライアッシュの種類にかかわらず、初期強度発現性に改善のあることが示唆されている(181頁「4.まとめ (2)(4)(5)」)。 (3)甲第2号証の記載事項 甲第2号証には、フライアッシュを混合したセメントの強度発現メカニズムを検討する目的で、フライアッシュについて化学組成、物理特性、粒度分布等の異なる各種のものをポルトランドセメントに混合して、モルタルの活性度指数等について考察を加えた技術事項に関し、具体的に5種類(BO,WA,MS,LI/BA,WR)のフライアッシュを分級した3シリーズ(原粉、細粒、粗粒)、計15種類の試料について記載されている(53頁の表-1、54頁「(2)使用材料b)フライアッシュ」の項)。 (4)甲第4号証の記載事項 甲第4号証には、 「フライアッシュの不溶残分(Insol.)は、フライアッシュを用いてセメント含有組成物を調製した場合におけるセメント含有組成物の強度発現性に関わるものである。一般に、不溶残分が小さいほど、フライアッシュのポゾラン活性が大きく、セメント含有組成物の早期強度発現性が大きくなる。 不溶残分の測定方法は、「JIS R 5202」による。」(【0016】) と記載されている。 4.当審の判断 (1)本件特許発明1について ア 本件特許発明1と引用発明1との対比・判断 引用発明1の「フライアッシュ」、「フライアッシュセメント」は、本件特許発明1の「石炭灰」、「混合セメント」にそれぞれ相当し、引用発明1の「SiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比」は「(58.3/25.2)=2.31」であるから本件特許発明1の「SiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である」ことに相当し、引用発明1の「フライアッシュを25%混合」は本件特許発明1の「石炭灰を20?40質量%」に相当する。 また、引用発明1の結晶相中のFe量については、全体分のFe量から非晶質相すなわちガラス相中のFe量を引いたものであるから、(5.4-6.9*0.704)=0.542%となる。そうすると、引用発明1における、本件特許発明1の「石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)」に相当する数値は、「(0.542/5.4)=0.1004」となって、本件特許発明1の「0.1?0.17」に相当する。 してみれば、本件特許発明1と引用発明1とは、 「石炭灰とセメントの合計量に対して、SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰を20?40質量%を含み、前記石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)が0.10?0.17である、混合セメント」の点で一致し、以下の相違点1、2で相違する。 相違点1:本件特許発明1は、石炭灰とセメントの合計量に対して、ポルトランドセメントを60?80質量%と、トリエタノールアミンを100?300mg/kgとを含むのに対して、引用発明1は、セメントがポルトランドセメントであることが明示されておらず、トリエタノールアミンを100?300mg/kg含むものではない点。 相違点2:本件特許発明1は、石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%であるのに対し、引用発明1は、不溶解残分(insoluble residue)が86.83%である点。 事案に鑑み、上記相違点2について、先に検討する。 引用発明1の不溶解残分(insoluble residue)は、本件特許発明1の石炭灰中の不溶残分(insol)含有量に相当するものの、本件明細書【0018】で「石炭灰は、不溶残分(insol)含有量が、好ましくは75?87質量%であり、より好ましくは75.5?86.5質量%である。」と説明されていることからすれば、本件特許発明1でより好ましいとされる数値範囲外となる引用発明1の不溶解残分の数値86.83%との形式的な差異は明らかである。 そして、引用発明1は、上記3.(1)のとおり、日本の主要火力発電所14箇所から2007年に採取した16種のフライアッシュのうちの一例である「Matsuura」に係るものであるが、引用文献1には、このフライアッシュの不溶解残分(insoluble residue)の数値86.83%が変動しうるものであるか、あるいはこの数値を変動させるための動機付けとなる記載は何れも見当たらない。 また、甲第1号証には、上記したとおりの甲1発明が記載されており、添加剤のトリエタノールアミンが、フライアッシュ用の添加剤として強度増進効果が高く、フライアッシュの種類にかかわらず、初期強度発現性に改善のあることは示唆されているが、不溶解残分の数値を変動させるための動機付けとなる記載は見当たらない。 これに対し、本件特許発明1の石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%であることについては、本件明細書【0018】に「石炭灰は、不溶残分(insol)含有量が、好ましくは75?87質量%であり、より好ましくは75.5?86.5質量%である。石炭灰中の不溶残分には、ケイ酸やケイ酸塩を構成する結晶相及び非晶質相(ガラス相)が含まれると考えられる。石炭灰中の不溶残分(insol)が短期の強度発現性に寄与するメカニズムは明らかではないが、石炭灰中の不溶残分(insol)が75.0?87.0質量%であれば、石炭灰中に含まれるポゾラン反応に寄与するポゾラン成分(Al_(2)O_(3),SiO_(2))が含まれる非晶質相が比較的多くなり、・・・ポゾラン反応が促進され、短期の強度発現性を高くすることができる。」と記載され、本件明細書の【0033】【表1】、【0036】【表2】に記載された例1?例6に係る石炭灰の不溶残分(insol)含有量が75.87?86.35質量%のものにおいて、本件明細書の【0035】?【0041】に記載されているとおり、その数値範囲内での短期の強度発現性効果が実際に確認されている。 してみれば、相違点2は実質的なものであるといえ、引用文献1及び甲第1号証の上述した記載事項を考慮しても、当業者が容易に解消しうるものではない。 申立人は、令和元年6月20日付け意見書により、引用文献1には、「Matsuura」の他に、日本産の15種のフライアッシュと比較用の米国産の1種のフライアッシュとが記載されており、これら17種のフライアッシュの不溶解残分(insoluble residue)は平均値の88.17%を中心に分布していて、本件特許発明1の上限である86.5%を下回るものも含まれること、参考資料3、4より、不溶解残分を適宜調整して低く設定し、フライアッシュのポゾラン活性を制御することは慣用技術であることを主張する。 しかし、引用文献1には、上記したように不溶解残分の数値を変動させる動機付けとなる記載はないし、仮に、不溶解残分の数値を変動させ、ポゾラン活性を制御することとした場合には、本件特許発明1における特定事項に係る石炭灰中に含まれるポゾラン反応に寄与するポゾラン成分(Al_(2)O_(3),SiO_(2))に影響の及ぶことが推認されるところ、引用文献1に記載された17種のフライアッシュのうち、本件特許発明1で特定される「SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰」の要件を満たすものは、「Matsuura」の他は「Reihoku」1種のみであり、しかも「Reihoku」の不溶解残分の数値は87.63%であって引用発明1の「Matsuura」の数値を上回っていることからすれば、本件特許発明1で特定される「SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰」の要件を満たしつつ、不溶解残分の数値に係る相違点2を解消することは、当業者であっても容易なことであるとはいえない。 よって、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用文献1及び甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ 本件特許発明1と甲1発明との対比・判断 本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「フライアッシュ」が本件特許発明1の「石炭灰」に相当し、甲1発明における「粉体」は本件特許発明1の「石炭灰」と「ポルトランドセメント」とを合わせたものに相当するから、両者は、 「石炭灰とポルトランドセメントの合計量に対して、石炭灰を25質量%と、ポルトランドセメントを75質量%と、トリエタノールアミンを100?200mg/kgとを含む、混合セメント。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 相違点3:本件特許発明1は、「SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰」と特定されているのに対し、甲1発明のフライアッシュの組成が不明である点。 相違点4:本件特許発明1は、「石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)が0.10?0.17である」と特定されているのに対し、甲1発明のフライアッシュの組成が不明である点。 相違点5:本件特許発明1は、「石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%である」と特定されているのに対し、甲1発明の石炭灰中の不溶残分(insol)含有量は不明である点。 上記相違点3?5に関し、まとめて検討する。 甲第2号証には、フライアッシュを混合したセメントの強度発現メカニズムを検討する目的で、フライアッシュについて化学組成、物理特性、粒度分布等の異なる各種のものをポルトランドセメントに混合して、モルタルの活性度指数等について考察を加えた技術事項が記載されており、甲1発明のフライアッシュとして、甲第2号証において検討されている各種のフライアッシュを適用してその効果を検討することは当業者が容易に想到し得ることであるといえる。 そこで、甲第2号証に記載されている各種のフライアッシュについてさらに詳細にみてみると、5種類(BO,WA,MS,LI/BA,WR)のフライアッシュを分級した3シリーズ(原粉、細粒、粗粒)、計15種類の試料について記載されており(53頁の表-1、54頁「(2)使用材料b)フライアッシュ」の項)、この15種類の内の1種であるWR(原)については、SiO_(2)含有量が59.5質量%、Al_(2)O_(3)は25.25質量%、Fe_(2)O_(3)は4.77質量%であり(以上、53頁の表-1より)、マグネタイトは0.8質量%、ヘマタイトは検出強度が弱く定量できない程度である(以上、61頁の表-3より)と記載されているから、これらから、「SiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比」が「2.36」、「石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)」は「0.17」と計算され、相違点3、4に係る特定事項を満たすフライアッシュであると認められる。これに対し、他の14種類については、相違点3、4に係る何れかの特定事項は満たさないものとなっている。 次に、相違点5に関し、「石炭灰中の不溶残分(insol)含有量」については、上記した本件明細書【0018】によれば、石炭灰中のケイ酸塩(SiO_(2))の量と密接な関わりを有した数量であって、ポゾラン反応との関係で強度発現性に寄与するものであると把握できるものの、本件明細書の【0033】【表1】において、特に、例1?6のケイ酸塩(SiO_(2))の量と不溶残分(insol)含有量とを見比べた場合に、明確な相関があるとはいえないから、甲第2号証に記載のWR(原)のフライアッシュのSiO_(2)含有量が59.5質量%、Al_(2)O_(3)が25.25質量%であることを根拠として、この不溶残分含有量が75.5?86.5質量%の範囲内にあるとは直ちにいえない。 ここで、甲第4号証の【0016】には、 「フライアッシュの不溶残分(Insol.)は、フライアッシュを用いてセメント含有組成物を調製した場合におけるセメント含有組成物の強度発現性に関わるものである。一般に、不溶残分が小さいほど、フライアッシュのポゾラン活性が大きく、セメント含有組成物の早期強度発現性が大きくなる。 不溶残分の測定方法は、「JIS R 5202」による。」 と記載されていることからすれば、フライアッシュを用いてセメント含有組成物を調製する場合に不溶残分が小さいものを選択したり、不溶残分を小さく調整しようとする動機付けはあるといえる。しかしながら、甲第2号証に記載されたフライアッシュWR(原)の不溶残分を小さく調整しようとする場合には、相違点3、4に係るフライアッシュ中のSiO_(2)、Al_(2)O_(3)、Fe_(2)O_(3)等の含有量も必然的に変化させることになるから、複数の要素についての調整が必要となるし、甲第2号証に記載されたフライアッシュを分級した3シリーズ計15種類の試料のうち、WR(原)以外の他の14種類については、相違点3、4に係る何れかの特定事項は満たさないことからすれば、甲1発明において相違点3?5のすべてを同時に解消することは、当業者であっても容易なこととはいえない。 申立人は、平成31年2月6日付け意見書において、不溶残分含有量が75.0?87.0質量%の数値範囲にあるフライアッシュは参考資料1、2に記載のとおり周知であるとして、本件特許発明1の進歩性欠如を主張しているが、仮に、周知であったとしても、甲第2号証に記載されたWR(原)のフライアッシュが不溶残分含有量75.0?87.0質量%の数値範囲内のものであるとは直ちにいえないし、フライアッシュ中の不溶残分を調整しようとした場合に相違点3?5のすべてを同時に解消することが容易とはいえないのは上記したとおりであるから、主張は採用できない。 よって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2、4号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (2)本件特許発明2、3、5、6について 本件特許発明2、3、5、6については、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、上記(1)で検討したと同様に、引用文献1及び甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないし、甲第1号証に記載された発明及び甲第2、4号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 (3)小括 以上のとおり、何れの取消理由も理由がない。 第6 特許異議申立理由について 特許異議申立理由は、甲第1号証に記載された発明を主たる引用発明としている点で、概ね上記第5の2.の取消理由と同趣旨であり、申立人の提示した甲第3号証、甲第5号証の記載をさらに考慮しても、本件特許発明1が甲第1号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえないのは同様である。 よって、特許異議申立理由は理由がない。 第7 むすび 以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1?3、5、6に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件請求項1?3、5、6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 また、請求項4は訂正により削除され、同請求項に係る特許に対する特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったから、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 石炭灰とポルトランドセメントの合計量に対して、SiO_(2)含有量が55?60質量%かつSiO_(2)/Al_(2)O_(3)の質量比が2.3?2.7である石炭灰を20?40質量%と、ポルトランドセメントを60?80質量%と、トリエタノールアミンを100?300mg/kgとを含み、前記石炭灰中の鉄分量に対する前記石炭灰に含まれる結晶中の鉄分量の質量比(結晶相中Fe量/石炭灰中Fe量)が0.10?0.17であり、前記石炭灰中の不溶残分(insol)含有量が75.5?86.5質量%である、混合セメント。 【請求項2】 前記石炭灰中のSiO_(2)含有量とAl_(2)O_(3)含有量の合計が75?86質量%である、請求項1に記載の混合セメント。 【請求項3】 前記石炭灰中のFe_(2)O_(3)含有量が5.0?8.0質量%である、請求項1又は2に記載の混合セメント。 【請求項4】 (削除) 【請求項5】 石炭灰のブレーン比表面積が2500?4000cm^(2)/gである、請求項1?3のいずれか1項に記載の混合セメント。 【請求項6】 前記石炭灰を25?35質量%と、ポルトランドセメントを65?75質量%とを含む、請求項1?3、5のいずれか1項に記載の混合セメント。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2019-09-13 |
出願番号 | 特願2017-142305(P2017-142305) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
YAA
(C04B)
P 1 651・ 851- YAA (C04B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 原 和秀 |
特許庁審判長 |
大橋 賢一 |
特許庁審判官 |
菊地 則義 金 公彦 |
登録日 | 2018-01-26 |
登録番号 | 特許第6278147号(P6278147) |
権利者 | 住友大阪セメント株式会社 |
発明の名称 | 混合セメント |
代理人 | 大谷 保 |
代理人 | 大谷 保 |