ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B |
---|---|
管理番号 | 1357196 |
審判番号 | 不服2018-7710 |
総通号数 | 241 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-01-31 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-06-05 |
確定日 | 2019-11-13 |
事件の表示 | 特願2015-560664「合成ダイヤモンド光学素子」拒絶査定不服審判事件〔平成26年9月12日国際公開,WO2014/135547,平成28年3月24日国内公表,特表2016-509265〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 事案の概要 1 手続等の経緯 特願2015-560664号(以下「本件出願」という。)は,2014年(平成26年)3月4日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2013年3月6日 米国,同年4月23日 英国)を国際出願日とする特許出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成27年11月 4日付け:手続補正書 平成28年 7月28日付け:拒絶理由通知書 平成28年11月 1日付け:意見書 平成28年11月 1日付け:手続補正書 平成29年 4月27日付け:拒絶理由通知書 平成29年 8月22日付け:意見書 平成30年 1月30日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。) 平成30年 6月 5日付け:審判請求書 なお,審判請求書は,平成30年7月18日付け手続補正書によって補正された。 2 本願発明 本件出願の請求項1?請求項15に係る発明は,平成28年11月1日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?請求項15に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ,その請求項1に係る発明は,次のものである(以下「本願発明」という。)。 「 光学素子であって, 合成ダイヤモンド材料と, 前記合成ダイヤモンド材料の少なくとも1つの表面内に直接形成されたゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズの形態をした扁平化レンズ表面構造体とを有し, 前記合成ダイヤモンド材料は,室温で測定して10.6μmの波長で0.5cm^(-1)以下の吸収係数を有し, 前記合成ダイヤモンド材料は,次の特性のうちの一方又は両方を満たすレーザ誘導損傷しきい値を有し,前記特性は, 前記レーザ誘導損傷しきい値が,パルス持続時間を100ns,パルス繰り返し周波数を1?10Hzの範囲として波長10.6μmのパルスレーザを用いて測定して少なくとも30Jcm^(-2)であるという特性,及び 前記レーザ誘導損傷しきい値が,波長10.6μmの連続波レーザを用いて測定して少なくとも1MW/cm^(2)であるという特性である,光学素子。」 3 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由は,概略,本願発明は,その優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて,本件優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 引用された文献は,以下のとおりである。 引用文献1:特表2006-507204号公報 引用文献2:特開平8-240705号公報(周知技術を示す文献) 第2 当合議体の判断 1 引用文献の記載及び引用発明 (1) 引用文献1の記載 原査定の拒絶の理由において引用された引用文献1(特表2006-507204号公報)は,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。 ア 「【請求項16】 室温(公称20℃)で測定するとき, i)少なくとも0.4mmの特定の厚さのサンプルについて,少なくとも1.3mm×1.3mmの特定の面積にわたって本明細書に述べる方法で測定して,波長1.064μmでの前方散乱が,透過したビームから3.5°?87.5°の立体角にわたって積分して,0.4%未満であるような低く均一な光散乱, ii)少なくとも0.5mmの特定の厚さのサンプルが,波長1.06μmで0.09cm^(-1)未満の吸光係数を有するような低く均一な光散乱, iii)少なくとも0.5mmの特定の厚さのサンプルが,波長10.6μmで0.04cm^(-1)未満の吸光係数を有するような低く均一な光散乱 の特性の少なくとも1つを示すCVD単結晶ダイヤモンド材料。 …(省略)… 【請求項33】 前記所定の特性の3つすべてを示す請求項16から22までのいずれか一項に記載のCVD単結晶ダイヤモンド材料。 …(省略)… 【請求項56】 光デバイス若しくは素子に使用するための,又は光デバイス若しくは素子として使用するための請求項1から55までのいずれか一項に記載のCVD単結晶ダイヤモンド材料。 …(省略)… 【請求項62】 実質上結晶欠陥のない基板を提供するステップと,原料ガスを提供するステップと,原料ガスを解離して,分子状窒素として計算して300ppb?5ppmの窒素を含む合成雰囲気を作るステップと,実質上結晶欠陥のない前記表面上にホモエピタキシャルダイヤモンドを成長させるステップとを含む光学用途に適したCVDダイヤモンド材料を製造する方法。 …(省略)… 【請求項74】 前記製造されたCVD単結晶ダイヤモンド材料の特性を,前記ダイヤモンド材料をアニーリングすることによってさらに向上させる請求項62から73までのいずれか一項に記載の方法。」 イ 「【技術分野】 【0001】 本発明は化学的気相成長(CVD)ダイヤモンド材料,その製造,及びこの材料から得られる光デバイス及び素子に関する。 【背景技術】 【0002】 その独特の要求事項の結果,それに使用する材料に高度の要求を行う多くの光デバイスがある。例えば,高強度のビームが乱されることなく,ある形の隔離を与えるために必要とされる窓を通過する必要がある,レーザ窓,及び光反射器,回折格子,及びエタロンなどの他のデバイスが含まれる。 【0003】 特定の用途に応じて,適切な材料の選択又は製造に役割を果たす重要な特性には,低く均一な複屈折性,均一で高い屈折率,歪みの関数としての低い誘起複屈折性又は屈折率変動,低く均一な光吸収,低く均一な光散乱,高い光(レーザ)損傷閾値,(光素子内の温度変動を最小にする)高い熱伝導率,高度な平行度及び平坦度を有しながら高度の表面研磨を示す加工性,機械的強度,磨耗抵抗性,化学的不活性,及び用途において信頼性のある材料パラメーターの再現性が含まれる。」 ウ 「【発明が解決しようとする課題】 【0004】 多くの材料はこれらの要求事項の1つ又は複数を満足するが,多くの用途は1つ以上を必要とし,選択された材料はたいてい妥協であり,最終的な性能を制限する。 【課題を解決するための手段】 【0005】 本発明によれば,CVD単結晶ダイヤモンド材料は,室温(公称20℃)で測定するとき,少なくとも1つ,好ましくは少なくとも2つ,より好ましくは少なくとも3つ,さらにより好ましくは少なくとも4つの以下の特性を示す。 …(省略)… 7)少なくとも0.5mm,好ましくは少なくとも0.8mm,さらに好ましくは少なくとも1.2mmの特定の厚さのサンプルが,波長10.6μmで20℃近くで測定して,0.04cm^(-1)未満,好ましくは0.03cm^(-1)未満,さらに好ましくは0.027cm^(-1)未満,さらにより好ましくは0.025cm^(-1)未満の吸光係数を有するような,低く均一な光吸収。 …(省略)… 11)50?100nsの一次パルススパイクを有し,100μm1/eの光点サイズに正規化されたガウスビームプロファイルを用いて,波長10.6μmで,損傷を与える最低の入射ピークエネルギー密度と損傷を与えない最大の入射ピークエネルギー密度の平均が120Jcm^(-2)よりも大きく,好ましくは220Jcm^(-2)よりも大きく,さらに好ましくは320Jcm^(-2)よりも大きく,さらにより好ましくは420Jcm^(-2)よりも大きいような,高いレーザ損傷閾値。 …(省略)… 13)その天然存在量の炭素同位元素からなる材料について,20℃で測定するとき,値が1500Wm^(-1)K^(-1)より大きく,好ましくは1800Wm^(-1)K^(-1)より大きく,さらに好ましくは2100Wm^(-1)K^(-1)より大きく,さらにより好ましくは2300Wm^(-1)K^(-1)より大きく,さらにより好ましくは2500Wm^(-1)K^(-1)より大きい,高い熱伝導性。当業者であれば,これは炭素同位元素をその天然存在量含むダイヤモンドに基づくものであり,数値はダイヤモンドの同位元素組成物が変化すれば変化することを理解するであろう。 …(省略)… 【0011】 用途において,材料はさらに処理することができ,それらの処理は,搭載,メタライゼーション(格子用など),コーティング(反射防止コーティングなど),特定の表面形態への表面エッチング(回折光学系のためなど)等を含む。 【0012】 本発明の他の態様によれば,光学用途に適したCVDダイヤモンド材料の製造方法は,結晶欠陥の発生を制御するために,制御された低レベルの窒素の存在下で,結晶欠陥密度の低い基板上にCVD法によって単結晶ダイヤモンドを成長させることを含む。」 エ 「【発明を実施するための最良の形態】 【0015】 本発明のCVDダイヤモンド材料は,制御された低レベルの窒素の存在下で,CVD法によって製造される。 …(省略)… 【0031】 基板の表面損傷を最小化する具体的な一方法は,ホモエピタキシャルダイヤモンド成長を行う表面を原位置で(in situ)プラズマエッチングすることを含む。 …(省略)… 【0032】 典型的にはエッチングは酸素エッチング,続いて水素エッチングからなり,次いで炭素源ガスの導入によって直接合成に向かう。 …(省略)… 【0040】 低レベルの光吸収は熱量測定手段によって最も良好に測定される。…(省略)…典型的には,高い品質の光学級の多結晶ダイヤモンドにおける10.6μmでの吸収値は,吸収係数α=0.03cm^(-1)?0.07cm^(-1)の範囲であり,典型的な値は約0.048cm^(-1)である。また,低吸収用に選択された天然ダイヤモンドの測定値は約0.036cm^(-1)を与えることが報告されている。単結晶天然ダイヤモンド及び多結晶CVDダイヤモンドで見られる同様の下限はこの領域の2個のフォノン吸収のテイル(tail)に帰属されるものであり,したがって基本的な限界であると考えられる。 【0041】 したがって,本発明のダイヤモンドが,0.0262cm^(-1)というより低い吸収係数を有することは驚くべきことであり,低吸収用に選択された天然ダイヤモンドでさえ,10.6μmで残る大きな外因的な吸収であって,以前には認識されなかった該吸収があることを示す。 …(省略)… 【0043】 これらの独特の材料特性によって性能が可能になる,本発明のCVDダイヤモンド材料から生まれる用途には, …(省略)… ・光学屈折器及びレンズ-光透過要素の1個又は両方の面が少なくとも部分的に意図的には平面又は平行ではないが,高い精度で製造しなければならない。 ・回折光素子-例えば,ダイヤモンド中又はその上の構造を用いて回折による光ビームの修正を行う。 …(省略)… 【0071】 光吸収 光吸収は,必要な波長のレーザビームがサンプルを通過することから生じるサンプルの温度上昇を測定するために,試験中のサンプルに取り付けた熱電対を備えるレーザ熱量計で測定される。それらの技術は当技術分野で良く知られている。詳細には,ここで使用される方法は国際標準ISO11551:1997(E)に従い,1.064μmと10.6μmを用いた。 …(省略)… 【0082】 レーザ損傷閾値 レーザ損傷閾値は,レーザのパルスを試験中のサンプルに当て,損傷を起す最低の入射ピークエネルギーと損傷を起さない最高の入射ピークエネルギーの平均として,損傷点を特性付けることによって測定される。 【0083】 10.6μmの波長で,典型的には全パルスエネルギーの1/3を含む50?100ns程度のプライマリースパイク(primary spike),及びはるかに低い,2μs程度のピーク出力緩和パルスを有するCO_(2)レーザを用いた。得られたデータは100μm 1/eの光点サイズに正規化した。この試験は,電子なだれイオン化が,損傷を起す従来モデルの時間域で動作し,したがってピーク出力密度(つまり,ピーク電界)に依存するので,緩和パルスは無視することができる。 …(省略)… 【実施例1】 【0095】 本発明の単結晶CVDダイヤモンドの合成に適した基板は以下のように調製することができる。 …(省略)… 【0096】 高温/高圧合成の1b型ダイヤモンドを高圧プレス中で成長させ,基板として基板欠陥を最小にする上述の方法を用いて,すべて{100}面の5mm×5mm平方×厚さ500μmの研磨した板を形成した。この段階で,表面粗さR_(Q)は1nm未満であった。基板は高温ダイヤモンド蝋付けを用いてタングステン基板に取り付けた。これを反応器中に導入し,エッチングと成長サイクルを上述のように開始した。さらに詳細には, 1)2.45GHz反応器に,使用点の精製器を予め設けて,流入ガス流中の意図しない汚染物質を80ppb以下に低減した。 2)263×10^(2)Pa及び基板温度730℃で,15/75/600sccm(秒あたり標準立方センチメートル)のO_(2)/Ar/H_(2)を用いて,原位置での酸素プラズマエッチングを行った。 3)これは,ガス流からO_(2)を除いた水素エッチング中に,中断することなく,移した。 4)これは,炭素源(この場合CH_(4))及びドーパントガスを添加して成長工程に移した。この例では,CH_(4)を36sccmで流し,制御を簡単にするためにH_(2)中100ppmのN_(2)に較正した供給源から提供される1ppmのN_(2)を工程ガス中に存在させた。基板の温度はこの段階で800℃であった。 5)成長期間が完了すると,基板を反応器から取り外し,CVDダイヤモンド層を基板から取り外した。 …(省略)… 【0177】 一連の単結晶ダイヤモンドサンプルを実施例1の一般的な方法に従って調製した。この方法の変形は下の表6に示す。合成の後,これらのサンプルは注意深い表面研磨によって光学板として調製され,得られた寸法になる。比較のため,光学研磨を行った光学級の多結晶ダイヤモンドも後続の測定に含めた。 【0178】 【表6】 【0179】 吸収の測定は前に報告したように行った。結果を下の表7に示す。 【表7】 」 (2) 引用発明 引用文献1には,次の発明が記載されている。なお,用語を統一して記載した。 「 CVD単結晶ダイヤモンド材料から得られる光デバイスであって, CVD単結晶ダイヤモンド材料は,波長10.6μmで20℃近くで測定して,0.04cm^(-1)未満の吸光係数を有し, 50?100nsの一次パルススパイクを有し,100μm1/eの光点サイズに正規化されたガウスビームプロファイルを用いて,波長10.6μmで,損傷を与える最低の入射ピークエネルギー密度と損傷を与えない最大の入射ピークエネルギー密度の平均が120Jcm^(-2)よりも大きいレーザ損傷閾値を有する, 光デバイス。」 (3) 引用文献2の記載 原査定の拒絶の理由において引用された引用文献2(特開平8-240705号公報)は,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,判断等に活用した箇所を示す。 ア 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,光学器械の回折性構成要素(diffractive optics)に関する。 【0002】 【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】光学器械の回折性構成要素には,ゾーン・プレート(zone plates) ,回折格子,非反射構造体,偏光ビーム・スプリッタ,波長分割デバイス(wavelength division devices) ,ファンアウトデバイス(fan-out devices) ,コヒーレントレーザー付加及び光学用プロセッサー(optical processor) の構成要素等の,光学用構成要素又は素子が含まれる。回折性光学用構成要素は,屈折とは全く異なって光の回折を使用し,材料の表面上の機構の配列(array, アレイ)の,多数の異種技術のいずれかによる,大抵は彫り込み(engraving) ,機械加工(machining) 又は印刷(imprinting)に依存する。」 イ 「【0005】 【課題を解決すべき手段】本発明による回折性光学用構成要素は,第一表面,又は第一表面から一定間隔を置いた第二表面の上又は中に1以上の光回折機構(light-diffracting features)を有するCVDダイヤモンドから成る。 【0006】 【発明の実施の形態】 …(省略)… 【0010】本発明の回折性光学用構成要素は,構造的には既知の構成要素と同一である。 …(省略)… 本発明の回折性光学用構成要素を製造するためには種々の方法が可能である。これらの方法には次のものが含まれる。 …(省略)… 【0012】2.エッチング 従来の半導体写真平版技術(又はe-ビーム平版印刷)を使用して,CVDダイヤモンド層上に適切なマスクをパターン化することができる。次いで,そのパターン化済みダイヤモンド表面は,例えば,酸素又は水素のプラズマエッチングを使用して,エッチングすることができる。マスク材料は,前記プラズマエッチングの攻撃的影響(aggressive effects)に耐え得るものでなければならない。」 2 対比及び判断 (1) 対比 本願発明と引用発明を対比すると,以下のとおりである。 ア 光学素子,合成ダイヤモンド材料 引用発明は,「CVD単結晶ダイヤモンド材料から得られる光デバイス」である。 ここで,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」は,CVD(化学的気相成長)によって得られた単結晶のダイヤモンドからなる材料であるから,合成ダイヤモンド材料である。また,引用発明の「光デバイス」は,その文言が意味するとおり,光学素子と理解される。 そうしてみると,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」及び「光デバイス」は,それぞれ本願発明の「合成ダイヤモンド材料」及び「光学素子」に相当する。 イ 吸収係数 引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料は,波長10.6μmで20℃近くで測定して,0.04cm^(-1)未満の吸光係数を有し」ている。 ここで,「20℃近く」は,室温である。 そうしてみると,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」は,本願発明の「合成ダイヤモンド材料」における「室温で測定して10.6μmの波長で0.5cm^(-1)以下の吸収係数を有し」という要件を満たす。 ウ レーザ誘導損傷閾値 引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料は,波長10.6μmで20℃近くで測定して,0.04cm^(-1)未満の吸光係数を有し」,「50?100nsの一次パルススパイクを有し,100μm1/eの光点サイズに正規化されたガウスビームプロファイルを用いて,波長10.6μmで,損傷を与える最低の入射ピークエネルギー密度と損傷を与えない最大の入射ピークエネルギー密度の平均が120Jcm^(-2)よりも大きいレーザ損傷閾値を有する」。 引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」の吸光係数は,本願発明のものより1桁以上優れている。また,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」の材質は,その文言が意味するとおり,「単結晶ダイヤモンド」であるから,その熱伝導性は十分に高い(引用文献1の【0005】の記載,及び本件出願の明細書の【0038】の記載からみて,本願発明のものと同程度か,より優れたものである。)。 そうしてみると,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」が,本願発明の「前記レーザ誘導損傷しきい値が,波長10.6μmの連続波レーザを用いて測定して少なくとも1MW/cm^(2)であるという特性」を満たすことは明らかである。 また,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」が,上記吸光係数の「単結晶ダイヤモンド」であること,及び上記レーザ損傷閾値を具備することを考慮すると,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」が,本願発明の「前記レーザ誘導損傷しきい値が,パルス持続時間を100ns,パルス繰り返し周波数を1?10Hzの範囲として波長10.6μmのパルスレーザを用いて測定して少なくとも30Jcm^(-2)であるという特性」を満たすことも明らかである。 (当合議体注:パルスレーザを用いた評価は,電子なだれによる損傷を評価したものと解され,また,本願発明のパルス繰り返し周波数が1?10Hzと低いことも勘案すると,以上のとおり判断される。仮にこの点を相違点とするとしても,引用文献1の【0005】には,レーザ損傷閾値を「さらにより好ましくは420Jcm^(-2)よりも大き」くできることが記載されている(本願発明のものより1桁以上良い。)。引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」を上記の要件を満たすものとすることは,引用文献1の記載が示唆する範囲内の事項にすぎない。) (2) 一致点及び相違点 ア 一致点 本願発明と引用発明は,次の構成で一致する。 「 光学素子であって, 合成ダイヤモンド材料を有し, 前記合成ダイヤモンド材料は,室温で測定して10.6μmの波長で0.5cm^(-1)以下の吸収係数を有し, 前記合成ダイヤモンド材料は,次の特性のうちの一方又は両方を満たすレーザ誘導損傷しきい値を有し,前記特性は, 前記レーザ誘導損傷しきい値が,パルス持続時間を100ns,パルス繰り返し周波数を1?10Hzの範囲として波長10.6μmのパルスレーザを用いて測定して少なくとも30Jcm^(-2)であるという特性,及び 前記レーザ誘導損傷しきい値が,波長10.6μmの連続波レーザを用いて測定して少なくとも1MW/cm^(2)であるという特性である,光学素子。」 イ 相違点 「光学素子」が,本願発明は,「前記合成ダイヤモンド材料の少なくとも1つの表面内に直接形成されたゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズの形態をした扁平化レンズ表面構造体」を有するのに対して,引用発明は,これが明らかではない点。 (3) 判断 引用文献1の【0043】の記載,さらには,引用文献2の【0002】の記載を勘案すると,ダイヤモンドを材料とする光学素子として,「ゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズ」は周知であったといえる。 また,引用文献1の【0011】,【0031】,【0032】及び【0096】,並びに,引用文献2の【0012】には,ダイヤモンドのエッチング手段として,反応性イオンエッチングが示唆されている。 そうしてみると,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」の表面に,反応性イオンエッチングにより「ゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズの形態をした扁平化レンズ表面構造体」を直接形成し,相違点に係る本願発明の構成を具備したものとすることは,引用文献1の記載及び周知技術が示唆する範囲内の事項である。なお,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」の光学性能が,その表面に表面構造体を形成した後においても,引き続き維持されていることは明らかである。 (4) 発明の効果 本件出願の明細書には,本願発明の効果について明記がない。 ただし,本件出願の明細書の【0019】には,「本発明の実施形態の目的は,合成ダイヤモンド材料の少なくとも1つの表面中に直接形成されるゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズの形態をした扁平化レンズ表面構造体を有し,高い光学等級合成ダイヤモンド材料で作られると共に僅かな表面及び表面下結晶損傷を有し,かくして電磁スペクトルの赤外領域,可視領域,及び/又は紫外領域において高いレーザ誘導損傷しきい値を示す合成ダイヤモンド光学素子を提供することにある。」と記載されている。 したがって,本願発明の効果は,この課題を克服できたことと解するのが相当であるところ,このような効果は,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料から得られる光デバイス」として,「ゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズ」を選択した当業者が期待する効果にすぎない。 (5) 審判請求人の主張について 審判請求人は,審判請求書(平成30年7月18日付け手続補正書によって補正されたものの,(4)f)において,「本願明細書に記載されているように,本件発明者は,あるグループが,量子工学アプリケーション用のダイヤモンドの放射性構造を製造するための,誘導結合プラズマ反応イオンエッチング法を開発したことを知ったのである。本件発明者は,係る誘導結合プラズマ反応イオンエッチング法は,透過光学用に低い表面及び表面下損傷で,非常に正確に規定された構造を得られるよう,ゾーンプレート,フレネルレンズ,又は非球面レンズを合成ダイヤモンド材料の表面に直接製造するために使用できることを見出したのである。これにより,低い吸収係数及び高いレーザ誘導損傷しきい値の両方を兼ね備えた,従来のものから著しく改善された新しいダイヤモンド光学素子が得られたのである。」と主張する。 しかしながら,前記(3)で述べたとおり,引用文献1及び引用文献2には,ともに反応性イオンエッチングが開示されている(反応性イオンエッチングには,誘導結合プラズマ反応イオンエッチングと容量結合プラズマ反応イオンエッチングがあるが,前者も後者も,当業者に自明な選択肢にすぎない。)。そして,反応性イオンエッチングは,原理的にみて,物理的なエッチングとは異なり,ダイヤモンド表面の損傷を最小限にとどめることができる(引用文献1の【0031】,【0032】及び【0096】には,CVD成長前の表面損傷等の除去手段として,反応性イオンエッチングを利用できることも開示されている。)。したがって,引用発明の「CVD単結晶ダイヤモンド材料」の光学性能が,その表面に表面構造体を形成した後においても,引き続き維持されていることは明らかである。 なお,「ゾーンプレート」に関して,本件出願の明細書の【0004】には振幅型ゾーンプレートが開示されているが,振幅型ゾーンプレートは,原理上,本願発明の吸収係数及びレーザ誘導損傷閾値の要件を満たすことができない。ただし,本件出願の【図1】,【図2】及びその説明からみて,本願発明でいう「ゾーンプレート」は,位相型ゾーンプレートと理解可能である。 したがって,審判請求人の主張は採用できない。 第3 まとめ 以上のとおり,本願発明は,引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
別掲 |
|
審理終結日 | 2019-06-10 |
結審通知日 | 2019-06-17 |
審決日 | 2019-06-28 |
出願番号 | 特願2015-560664(P2015-560664) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(G02B)
|
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 藤岡 善行 |
特許庁審判長 |
中田 誠 |
特許庁審判官 |
樋口 信宏 関根 洋之 |
発明の名称 | 合成ダイヤモンド光学素子 |
代理人 | 弟子丸 健 |
代理人 | 松下 満 |
代理人 | 渡邊 誠 |
代理人 | 倉澤 伊知郎 |
代理人 | 田中 伸一郎 |