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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1357293
審判番号 不服2018-16345  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-01-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-12-07 
確定日 2019-11-20 
事件の表示 特願2016-525551「カバジタキセルの結晶性無水和物形態、その調製方法ならびにその医薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月30日国際公開、WO2015/058961、平成28年11月 4日国内公表、特表2016-534065〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2014年10月9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2013年10月23日 (EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、平成30年6月7日付けで拒絶理由が通知され、同年7月3日に意見書及び手続補正書が提出され、同年8月3日付けで拒絶査定がされ、同年12月7日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成31年3月1日に上申書が提出されたものである。

第2 本願発明について
1 本願発明の認定
この出願の発明は、平成30年12月7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明は以下のとおりのものである(以下「本願発明」という。)。
「 【請求項1】
形態Hと称される、無水和物型の結晶形態の、式(I)のカバジタキセルの結晶であって、
【化1】

該無水和物型の結晶形態の結晶は、下記のX-RPDパターンにより特徴付けられる:
-2θの値(°)として表記される、5.8、6.5、8.1、9.5、10.9、11.5、12.2、13.0、14.1、14.8、16.8、17.2、19.0、19.4、20.1、21.9ならびに24.0±0.2の特有な反射を含む、それぞれ、1.54056Åならびに1.54439ÅのCuKαの波長λ_(1)と波長λ_(2)を使用して得られたX-RPDパターン;
ことを特徴とする、カバジタキセルの結晶。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、以下のとおりのものと認める。

この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

請求項1?4
引用文献1 特表2011-509980号公報
引用文献2 小嶌隆史,医薬品開発における結晶性選択の効率化を目指して,薬剤学,2008年 9月 1日,Vol.68, No.5,p.344-349(周知技術を示す文献)
引用文献3 STAHLY,P.,医薬品の塩選択,結晶多形のスクリーニングの重要性について,薬剤学,2006年,Vol.66,No.6,p.435-439(周知技術を示す文献)
引用文献4 芦澤一英 他,医薬品の多形現象と晶析の科学,日本,丸善プラネット株式会社,2002年 9月20日,p.3-16(周知技術を示す文献)

第4 当審の判断
当審は,原査定の拒絶の理由のとおり、本願発明は、刊行物1に記載された発明および本願優先日時点の技術常識に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。
理由は以下のとおりである。

刊行物1 特表2011-509980号公報(原査定で引用された引用文献1)
刊行物2 STAHLY,P.,医薬品の塩選択,結晶多形のスクリーニングの重要性について,薬剤学,2006年,Vol.66,No.6,p.435-439(原査定で引用された引用文献3)
刊行物3 小嶌隆史,医薬品開発における結晶性選択の効率化を目指して,薬剤学,2008年 9月 1日,Vol.68, No.5,p.344-349(原査定で引用された引用文献2)
刊行物4 芦澤一英 他,医薬品の多形現象と晶析の科学,日本,丸善プラネット株式会社,2002年 9月20日,p.3-16(原査定で引用された引用文献4)
刊行物5 日本化学会編,「実験化学講座(続)2分離と精製」,丸善,昭和42年1月25日,p.159-178,186-187

1 刊行物及びその記載事項
(1)刊行物1:特表2011-509980号公報(原審の引用文献1) 原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物1には、次の記載がある。
(1a)「【請求項1】
アセトナート形態を除く、4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートの結晶形態。
【請求項2】
4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートの無水物形態であることを特徴とする、請求項1に記載の形態。
・・・
【請求項5】
3.9、7.7、7.8、7.9、8.6、9.7、10.6、10.8、11.1および12.3±0.2度2θに位置する特性線を示すPXRDダイアグラムを特徴とする、請求項2に記載の4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートの無水物形態D。」

(1b)「【0002】
4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートは、顕著な抗癌特性および抗白血病特性を示す。」

(1c)「【0012】
オイル(特にMiglyol)中で形態Aを結晶化させ、続いてアルカン、例えばヘプタンですすぐことによる第1の方法によって、無水物形態Dが得られる;第2の調製方法は、4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートの溶液を、Polysorbate80(pH3.5)、エタノールおよび水の混合物(好ましくは25/25/50混合物)中で、およそ48時間結晶化させることからなる。DSCによるこの沸点は、およそ175℃(図1参照)であり、これは、単離された全ての無水物形態のうち最も高いことがわかった。無水物形態DのPXRDダイアグラム(図2参照)は、3.9、7.7、7.8、7.9、8.6、9.7、10.6、10.8、11.1および12.3±0.2度2θに位置する特性線を示す。無水物形態DのFTIRスペクトルは、979、1072、1096、1249、1488、1716、1747、3436±1cm^(-1)に位置する特性バンドを示す(図3参照)。本発明に記載される全ての形態のうち、これは最も安定な無水物形態である。」

(1d)「【実施例】
【0026】
4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートおよそ550mgを、Miglyol812中性油(Sasol)14g中に溶解させる2つの試験を行う。周囲温度にて500rpmで24時間磁性攪拌を行う。
【0027】
1週間後、サンプルを減圧濾過し、ヘプタンですすぐ。各サンプルを、得られた形態の確認のためにPXRDによって分析する。濾過後、無水物形態D300から350mgを得る。」

(2)刊行物2:STAHLY,P.,医薬品の塩選択,結晶多形のスクリーニングの重要性について,薬剤学,2006年,Vol.66,No.6,p.435-439(原査定で引用された引用文献3)
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物2には、次の記載がある。
(2a)「結晶多形とは,ある化合物について2種類以上の結晶相が存在することであり,これらの結晶相はそれらの結晶格子中において,その分子配列やコンフォメーションが互いに異なっている.これらの異なる原薬形態間において,時折,物性が非常に類似している例もあるが,通常,物理化学的性質がまったく異なるため,薬物動態特性,製造の難易性,製剤の安定性に大きな影響を及ぼすこともある.原薬の固体状態での形態違いにより異なる物性値として,融点,色,溶解性,結晶形状,吸湿性/放湿性,粒子径,硬度,乾燥性,流動性,濾過性,圧縮性,密度などがある.」(第435ページ左欄第23行?右欄第6行)

(3)刊行物3:小嶌隆史,医薬品開発における結晶性選択の効率化を目指して,薬剤学,2008年 9月 1日,Vol.68, No.5,p.344-349(原査定で引用された引用文献2)
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物3には、次の記載がある。
(3a)「3.固体物性研究の意義と医薬品開発への影響

市販製剤の原薬や開発段階にある医薬品の大多数は結晶であるが,医薬品は複雑な化学構造を有することから約70%以上で複数の結晶形(結晶多形・疑似多形)をもつことが知られている.個々の結晶形は固有の物理学的特性を有することから,固体医薬品の開発において,最適な結晶形を選択し,さらに選択された結晶形の物性を十分に評価しておくことは,合理的な製剤設計を図り,かつ製剤工程を円滑化するために極めて重要である.例えば、医薬品の開発過程における候補化合物の塩や結晶形の種類により,薬物動態や安全性だけでなく,製造工程や品質管理面への影響等が報告されている.また,医薬品開発において選択した結晶形が不適切であったことに起因する特許訴訟や市販品の製造中止の事例もあり,企業が受けるダメージだけでなく社会に与える影響も大きい.さらに、選択された結晶形の物理化学的特性を十分に把握しておくことは,原薬,製剤の製造および保存条件等の設定の点からも非常に重要である.(第344ページ左欄第13行?第345ページ右欄第2行)

(4)刊行物4:芦澤一英 他,医薬品の多形現象と晶析の科学,日本,丸善プラネット株式会社,2002年 9月20日,p.3-16 (原査定で引用された引用文献4)
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物4には、次の記載がある。
(4a)「結晶の多形現象は,医薬だけでなく,固体の物質科学の中で一般的に観測されている現象であるが,医薬品においては有効性,安全性,品質の観点から考慮すべき極めて重要な項目の一つになっている。すなわち,固体状態における結晶多形や疑似多形、結晶化度の違い,水や賦形剤との相互作用などの分子状態の差は,水や水溶液に対する溶解度や溶解速度,また,融解温度,融解熱や格子エネルギー等の物理的及び化学的諸性質に影響する。例えば,多形転移に基づく結晶成長のために,剤形破壊や適用性の低下が起こり得るし,また,分子レベルの観点から考えた場合には,結晶中の分子間,または原子間距離の違いによって,多形間で化学反応性に差異が生じ,原薬および製剤の保存等において化学的安定性が異なることも考えられる。」(第3ページ第9?16行)

(4b)「結晶多形は,溶けてしまえば皆同じであるが,とりわけ医薬品で結晶多形が問題となるのは,結晶多形間で溶解性(溶解速度も含む)が大きく異なる場合である。この場合には,薬物の吸収性に影響を与える可能性が大きくなる。結晶多形の違いにより物質の物理学的性質が異なり,そのことが製剤上の問題となることがある。最も大きな問題はバイオアベイラビリティーに対する影響の可能性である。すなわち,結晶形が異なることにより,溶解度・溶解速度に違いが生じ,吸収率にも違いが生じることによって薬効が変わってしまう可能性がある。」(第6ページ第1?6行)

(5)刊行物5:日本化学会編,「実験化学講座(続)2分離と精製」,丸善,昭和42年1月25日,p.159-178,186-187
本願優先日前に頒布された刊行物5には、次の記載がある。
(5a)「沈殿と再結晶の技術は化合物の分離あるいは精製の手段として最も古くから知られている方法である科学の進歩に伴い種々の新しい分離法が登場し実用に供されてきたが,沈殿法および再結晶法はなお依然として分離・精製法の大部を占めており,その重要性はいささかも失われていない.
沈殿法は目的物質を含む溶液に試薬を加えてその物質を難溶性の化合物に変えて分離する操作である.したがって,沈殿法においては難溶性の化合物に変えるために常に化学変化を伴っている.これに対し,結晶法は溶液の状態から目的物質を濃縮あるいはその他の操作により主として物理的変化を利用して目的物を結晶化する方法である.化学反応による生成物が結晶性の沈殿であることも多いので,沈殿法と結晶法とが特に区別されずに用いられている場合も少なくない.」(第159ページ第5?14行)

(5b)「分離・精製における溶媒の主要な役割は析出させるべき化合物を溶解し,ついでそれを冷却あるいは蒸発濃縮などによって沈殿(結晶)を析出させることである.
・・・・・・・・・・・・・・・

」(第166ページ第18行?第168ページ表5・1)

2 刊行物1に記載された発明について
刊行物1には、
「(3.9、7.7、7.8、7.9、8.6、9.7、10.6、10.8、11.1および12.3±0.2度2θに位置する特性線を示すPXRDダイアグラムを特徴とする、4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナートの無水物形態Dの結晶。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているということができる(摘記(1a)、(1c)、(1d))。

3 対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の化合物である「4-アセトキシ-2α-ベンゾイルオキシ-5β,20-エポキシ-1-ヒドロキシ-7β,10β-ジメトキシ-9-オキソタキサ-11-エン-13α-イル(2R,3S)-3-tert-ブトキシカルボニルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオナート」は、本願発明の「式(I)のカバジタキセル
【化1】

」と、立体配置を含め同じ化学構造の化合物である(以下、この化合物を「化合物A」という。)。
そうすると、本願発明と引用発明とは、
「無水和物型の結晶形態の化合物Aの結晶。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:
化合物Aの結晶について、本願発明は、「形態Hと称される、下記のX-RPDパターンにより特徴付けられる:
-2θの値(°)として表記される、5.8、6.5、8.1、9.5、10.9、11.5、12.2、13.0、14.1、14.8、16.8、17.2、19.0、19.4、20.1、21.9ならびに24.0±0.2の特有な反射を含む、それぞれ、1.54056Åならびに1.54439ÅのCuKαの波長λ_(1)と波長λ_(2)を使用して得られたX-RPDパターン」を有すると特定されているのに対し、引用発明は「3.9、7.7、7.8、7.9、8.6、9.7、10.6、10.8、11.1および12.3±0.2度2θに位置する特性線を示すPXRDダイアグラム」を有する形態Dである点。

(2)相違点についての検討
ア 結晶を得ることの動機付けについて
この出願の優先日当時、一般に、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、その物質を結晶化することについては強い動機付けがあり、医薬化合物が結晶で得られる条件を検討することは、文献を示すまでもなく、当業者がごく普通に行うものであるものと認められる。結晶化の条件により得られる化合物が異なることがあることも、よく知られている(例えば、引用文献3?5参照)。
引用発明の化合物Aは、上記1(1)の(1b)のとおり、「顕著な抗癌特性及び抗白血病特性」を示すことから、白血病等の抗癌剤として、癌の治療という医薬用途を意図した化合物であるといえ、不純物による不測の副作用の防止の観点からも、高純度であることは当然に望まれることであり、また、結晶多形の探索も、当業者が通常検討する事項であるといえる。
そうすると、引用発明の化合物Aについても、当業者が結晶を得られる条件をさらに検討したり、得られた結晶を分析することには、十分な動機付けを認めることができる。

イ 結晶を得る工程について
刊行物1には、上記1(1)の(1d)のとおり、化合物Aを「Miglyol812中性油(Sasol)」中に溶解し、周囲温度にて24時間攪拌し、1週間後、減圧ろ過し、ヘプタンですすぎ、化合物Aの形態Dの結晶を得ていることが記載されている。
一方、形態Hである化合物Aを得るために本願発明が開示した方法の一つは、本願明細書段落38の「例1
粗製カバジタキセルのミグリオール^((R)) 812再結晶による、カバジタキセルの無水和物型結晶形態Hの調製
粗製カバジタキセル(1g)を、室温で、ミグリオール^((R)) 812(28g)中に溶解した。該溶液を、結晶化するまで放置し、その後、ヘプタン(112mL)を加えた。沈殿物を濾別し、ヘプタンで洗浄し、そして、約60℃で、16時間、真空下で乾燥した、99%を超える純度を有するカバジタキセルが得られた。」というものである。
刊行物1の化合物Aを溶解する溶媒は、「Miglyol812中性油(Sasol)」であり、本願明細書に記載された「ミグリオール^((R)) 812」と同じ物質である。また、刊行物1の「周囲温度」とは、周囲の温度、すなわち、室温を示すと認められる。
そうすると、両者は、いずれも、結晶を得るために、化合物Aを同じ「ミグリオール^((R)) 812」に溶解し、室温において結晶が析出するまで放置するという共通の方法を用いている。
そして、結晶化において、ヘプタン等の無極性溶媒を添加することは通常行われることにすぎない(引用文献5)。
そうすると、本願明細書が開示した方法は、当業者が通常採用しないような方法を用いているものではなく、特殊な条件設定が必要であるというものでもないから、形態Hの化合物Aの結晶は、当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤により、例えば引用発明の引用化合物Aの結晶を得る何れかの段階において再結晶の工程を置き換える等により、得られた結果物である結晶にすぎないというべきである。
また、結晶である医薬化合物の分析のためにPXRD(粉末X線回折)を行うことは通常のことにすぎない。

ウ 以上によれば、本願発明は、形態Hの化合物Aの発明であるところ、刊行物1により開示された化合物Aについて、結晶を得ることを意図し、「ミグリオール^((R)) 812」に溶解懸濁させて、室温で結晶化させるという、刊行物1に記載された手法を採用して、諸条件を検討したり、得られた結晶について分析することにより得られた結果物である結晶に過ぎないものであるから、引用発明において、相違点に係る本願発明の構成を備えたものにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(3)効果について
本願明細書の段落【0031】には、「本発明の結晶性無水和物型の形態Hは、99%を超える純度で得られる」こと、段落【0032】には「付加的な結晶化を必要とせずに得られる高い純度、その他の結晶多形への変換に対する安定性、より良好な取扱い性、ならびに、向上した加工性の観点で、既に開示されているカバジタキセルの形態と比較した際、本発明の無水和物型の結晶形態には、幾つかの有利な性質が付与されている」ことが記載されている。
しかし、引用発明において、相違点に係る本願発明の構成を備えた、形態Hの化合物Aの結晶とすることは、当業者が容易に想到し得ることは、上記(2)で述べたとおりであり、その結晶形は、高純度で安定性を有する結晶であるという特徴を当然に備えていると解され、その他、製剤に関連する特性の特徴が仮にあるとしても、同様であるから、このような効果は、格別のものであるとすることはできない。
以上によれば、本願発明の形態Hの化合物Aの作用効果について、格別顕著なものとまでいうことはできない。

(4)審判請求人の主張の検討
ア 審判請求人は、平成30年7月3日付け意見書6頁5?8行や審判請求書5頁3?14行において、刊行物1に記載された無水物形態Dの融点は175℃(段落0012、図1)であるのに対し、本願発明の無水物形態Hの融点は、193.5℃(段落0027、図4)であり、無水物形態Hが無水物形態Dに比べて非常に大きな安定性を有していることを主張する。
イ また、審判請求人は、平成30年7月3日付け意見書6頁12?13行や審判請求書5頁15?18行において、本発明の無水物形態Hの結晶は、引用文献1中に開示される無水物形態Dの結晶と、吸湿性に明確な差違があり、顕著な効果を奏する旨を主張する。
ウ さらに、審判請求人は、審判請求書7頁1?7行において、無水物形態Hの方が、無水物形態Dと比べ、その不純物量が有意に低く、顕著な効果を奏する旨を主張する。
しかし、結晶の融点や吸湿性が結晶毎に異なることは技術常識であり(摘記(2a))、本願発明の無水物形態Hの結晶の融点が無水物形態Dの結晶と比較して18.5℃高いという結果が当業者の予測を超えた安定性を有しているとはいえず、顕著な効果を奏しているとはいえない。また、本発明の無水物形態Hの吸湿性についても明確な差違があるからといって、その差が結晶の安定性にどれだけ寄与しているのかは不明であり、格別顕著な効果を奏しているとも認められない。
また、不純物量についても、当業者が、結晶性が期待される医薬化合物の分析において通常行う観察により得られた結果を提示したに過ぎない。


4 まとめ
したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明および技術的事項及び本願優先日時点の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、刊行物1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余の請求項について検討するまでもなく、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-06-19 
結審通知日 2019-06-25 
審決日 2019-07-10 
出願番号 特願2016-525551(P2016-525551)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 水島 英一郎  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 瀬下 浩一
菅原 洋平
発明の名称 カバジタキセルの結晶性無水和物形態、その調製方法ならびにその医薬組成物  
復代理人 北野 健  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 緒方 雅昭  

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