• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
管理番号 1357700
異議申立番号 異議2019-700790  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-03 
確定日 2019-12-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6494555号発明「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6494555号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6494555号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成28年3月30日に出願され、平成31年3月15日に特許権の設定登録がされ、同年4月3日に特許掲載公報が発行され、その後、令和1年10月3日付けで、請求項1?4(全請求項)に対し、特許異議申立人であるアクシス国際特許業務法人(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?4に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明4」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
硫黄含有量が0.1?0.5質量%、及びブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)のBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)に対する比である凝集度R_(Blaine)/R_(BET)が3.0?5.5であり、CAAが50?170秒である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項2】
ホウ素を0.04?0.15質量%含有し、塩素含有量が0.05質量%以下である請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項4】
鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成する工程と、
請求項3に記載の焼鈍分離剤を二酸化ケイ素被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程と
を含む、方向性電磁鋼板の製造方法。」

第3 申立理由の概要

申立人の主張する申立理由の概要は以下のとおりである。

1 申立理由1(新規性欠如)

本件発明1?4は、甲第1号証に記載された発明である。
したがって、請求項1?4に係る本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、同法113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

2 申立理由2(進歩性欠如)

本件発明1?4は、その出願前に、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が、甲第1号証?甲第5号証に記載された発明に基いて、容易に発明をすることができたものである。
したがって、請求項1?4に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

3 申立理由3(サポート要件違反)

本件発明1?4は、本件特許に係る出願の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)に記載されたものであるとはいえない。
したがって、請求項1?4に係る本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特許第3536775号公報
甲第2号証:特開2012-72004号公報
甲第3号証:国際公開第2013/051270号
甲第4号証:特公昭57-45472号公報
甲第5号証:特許第3892300号公報
甲第6号証:特開2017-179459号公報
(甲第1号証?甲第5号証は、本件特許に係る出願の出願前に、日本国内又は外国において頒布されたものであり、甲第6号証は、本件特許に係る出願と同一出願人による同日出願の公開公報であり、申立理由3(サポート要件違反)を立証するために提出されたものである。以下、甲第1号証?甲第6号証を、順に「甲1」?「甲6」という。)

第4 当審の判断

1 申立理由1(進歩性欠如)及び申立理由2(進歩性欠如)について

(1)甲1の記載事項

ア 甲1には、以下の記載がある。なお「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は・・・方向性電磁鋼板・・・の製造工程中に塗布する焼鈍分離剤を改良することにより、方向性電磁鋼板の被膜特性を向上させる方途を与え・・・るものである。」
「【0008】
【発明が解決しようとする課題】・・・」
「【0010】この発明は・・・煩雑な方法を用いることなく、コイル全面にわたって均一な被膜を得る方法について提案することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】すなわち、この発明の要旨構成は、次のとおりである。
(1)クエン酸活性度が40%CAAで30?120s、BET法による比表面積が8?50m^(2)/gおよび強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%で、母塩の形骸が残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上であることを特徴とする方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア。」
「【0014】ここで、クエン酸活性度は、クエン酸とMgOとの反応活性度を測定したものであり、具体的には、温度:30℃、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量のMgO、すなわち40%CAA(Citric Acid Activity)にて投与して攪拌しつつ、最終反応までの時間、つまりクエン酸が消費され溶液が中性となるまでの時間を測定し、この時間にてMgOの活性度を評価した。
【0015】また、BET法による比表面積は、BET法の1点ガス(N_(2))吸着量を基に、粉体の表面積を求めた値である。
【0016】さらに、強熱減量による水和量は、MgOを1000℃の温度まで加熱した際の重量減少百分率であり、主として、MgO中に含まれる微量なMg(OH)_(2)の含有率を推定することができる。
【0017】
【発明の実施の形態】発明者らは、コイル全長にわたって均一な被膜を得るための手法について、鋭意検討を行った結果、焼鈍分離剤の主剤となるマグネシアの粒径に工夫を加えることにより、所期した被膜が得られることを新規に見出した。以下、この知見を得るに至った実験について述べる。
【0018】・・・珪素鋼スラブを・・・0.23mm厚まで・・・最終板厚に仕上げた。これを脱炭焼鈍後、表1にNo.1、3、5および7として示す、粉体特性を持つ種々のマグネシア粉体(以下、単に粉体と示す)を100重量部に対して、チタニアを5重量部添加した焼鈍分離剤を、塗布量両面で15g/m2、水和温度293Kおよび水和時間24000sで水和し、塗布して乾燥させた。
【0019】その後、鋼板をコイルに巻き取ってから、最終仕上焼鈍を施し、絶縁張力コーティングを塗布した後、フラットニングを兼ねて1073K、60sの熱処理により焼き付けを行った。かくして得られたコイルの磁気特性および被膜特性について調査した結果を表2に示す。なお、表1における粒度分布は、ヘキサメタリン酸3%水溶液で300W、180sの超音波分散を行つた後、レーザー回折式粒度分布計を用いることにより測定した。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】表2から明らかなように、粉体No.7を用いたコイルは、全面にわたって被膜が均一に形成され、被膜密着性および磁気特性とも良好な結果が得られた。粉体No.7を得るために用いた粉体No.1や粉体No.5、また粉体をブレンドせずに粉体No.7と同一の平均粒径に調節した粉体No.3は、いずれもコイル内巻側の上下部に黒い筋模様が発生したり、コイル外巻端部に点状の被膜欠陥が発生していた。
【0023】このような結果が得られた原因については必ずしも明らかではないが、発明者らは、以下のように考えている。一般に、粉体の粒子径は細かい方が表面比率が高くなったり粉体同士の接触面積が増加したりして、反応性は高くなるとされているが、細かすぎると、二次凝集が起こって鋼板と粉体との接触面積が減少して、却って被膜反応性は低くなる。さらに、このような凝集が進むと、コイル板面内で凝集している部分と凝集していない部分とで粒子間の隙間が不均一な分布を持ち、これが被膜の模様になると考えられる。
【0024】一方、上記の実験のように、粗大な粒子を混合すると、微細な粒子の二次凝集の結合が切れるため、鋼板との接触面積が増加して、上述のような板面内の鋼板と粉体との接触むらがなくなり、かつ微細な粒子が存在するために、反応性は強くなる。この結果、粗大粒と微細粒とを混合した粉体No.7では、高い反応性が確保されているものと考えられる。
【0025】これに対して、微細な粒子のみの粉体No.1は、マグネシア粒子同士が二次凝集してしまうため、鋼板と接触する面積が減少して反応性が低くなり、粗大な粒子のみの粉体No.5は、鋼板とマグネシアとの接触面積が減少し、さらに粒径も大きすぎるために、反応性が低くなる。また、粉体No.3は粉体No.7と同程度の平均粒径をもつが、接触面積が低く、反応性は低い。これは、平均粒径を小さくしていくと、鋼板との接触面積は増大するが、マグネシアの二次凝集が起こるため、鋼板と接触する面積が低くなり、反応しにくくなるためと考えられる。」
「【0032】また、これらの条件の他に、マグネシアの不純物として、以下の成分を所定の範囲内で含有することが可能である。
・・・
【0033】SO_(3)含有量:0.03?0.5mass%
・・・
いずれの成分も適度に存在することにより、マグネシアの反応性を調節する働きがあり、いずれも下限未満では反応性が低くなり、上限をこえると点状の欠陥が発生することがある。」
「【0036】・・・粒度0.2?0.8μmの含有率が20mass%未満であったり、2.5?5μmの含有率が40mass%をこえると、鋼板とマグネシアとの接触面積が少なくなりすぎ、一方0.2?0.8μmの含有率が90mass%をこえたり、2.5?5μmの含有率が7mass%未満になると、二次凝集が起こり、やはり鋼板とマグネシアとの接触面積が低下して、被膜の密着不良となる。さらに、0.2?0.8μmの含有率と2.5?5μmの合計の含有率とが50mass%未満であると、超粗大粒の過多による反応性の低下、超微細粒の過多による鋼板へのマグネシアの焼付きまたは、中間の粒径の粉体のみにより構成されることによる、鋼板とマグネシアとの接触面積の低下により不良となる。」

イ 前記アによれば、甲1には、以下の事項が記載されている。

(ア)甲1に記載された発明は、方向性電磁鋼板の製造工程中に塗布する焼鈍分離剤を改良することにより、方向性電磁鋼板の被膜特性を向上させる方途を与えるものであり(【0001】)、煩雑な方法を用いることなく、コイル全面にわたって均一な被膜を得る方法について提案することを発明が解決しようとする課題とする(【0008】、【0010】)。

(イ)甲1に記載された発明は、前記(ア)の課題を解決することができるものであり、その要旨は、「クエン酸活性度が40%CAAで30?120s、BET法による比表面積が8?50m^(2)/g及び強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%で、母塩の形骸が残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%及び粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が50mass%以上である方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア。」である(【0011】)。
上記焼鈍分離剤用マグネシアには、0.03?0.5mass%の範囲でSO_(3)を含有させることも可能である(【0032】、【0033】)。
ここで、クエン酸活性度は、クエン酸とMgOとの反応活性度を測定したものであり、具体的には、温度:30℃、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量のMgO、すなわち40%CAA(Citric Acid Activity)にて投与して攪拌しつつ、最終反応までの時間、つまりクエン酸が消費され溶液が中性となるまでの時間を測定し、この時間にてMgOの活性度を評価した(【0014】)。
また、BET法による比表面積は、BET法の1点ガス(N_(2))吸着量を基に、粉体の表面積を求めた値である(【0015】)。
さらに、強熱減量による水和量は、MgOを1000℃の温度まで加熱した際の重量減少百分率であり、主として、MgO中に含まれる微量なMg(OH)_(2)の含有率を推定することができる(【0016】)。

(ウ)一般に、マグネシア粉体は、粉体の粒子径が細かい方が表面比率が高くなったり粉体同士の接触面積が増加したりして、反応性は高くなるとされているが、細かすぎると、二次凝集が起こって鋼板と粉体との接触面積が減少して、却って被膜反応性は低くなり、このような凝集が進むと、コイル板面内で凝集している部分と凝集していない部分とで粒子間の隙間が不均一な分布を持ち、これが被膜の模様になると考えられるところ(【0023】)、甲1に記載された発明では、粒度0.2?0.8μmの微細粒子に粒度2.5?5μmの粗大粒子を混合することによって、微細粒子の二次凝集の結合が切れるため、鋼板との接触面積が増加し、板面内の鋼板と粉体との接触むらがなくなり、かつ微細粒子が存在するために、反応性は強くなると考えられる(【0024】)。
微細粒子の含有率が20mass%未満であったり、粗大粒子の含有率が40mass%をこえると、鋼板とマグネシアとの接触面積が少なくなりすぎ、一方、微細粒子の含有率が90mass%をこえたり、粗大粒子の含有率が7mass%未満になると、二次凝集が起こり、やはり鋼板とマグネシアとの接触面積が低下して、被膜の密着不良となる。さらに、微細粒子の含有率と粗大粒子の含有率との合計が50mass%未満であると、超粗大粒の過多による反応性の低下、超微細粒の過多による鋼板へのマグネシアの焼付き又は、中間の粒径の粉体のみにより構成されることによる鋼板とマグネシアとの接触面積の低下により不良となる(【0036】)。

(エ)実施例については、最終膜厚0.23mmの珪素鋼スラブを脱炭焼鈍後、表1のNo.1、3、5及び7それぞれのマグネシア粉体100重量部に対して、チタニアを5重量部添加した焼鈍分離剤を、塗布量両面で15g/m^(2)、水和温度293K及び水和時間24000sで水和し、塗布して乾燥させ(【0017】、【0018】)、その後、鋼板をコイルに巻き取ってから、最終仕上焼鈍を施し、絶縁張力コーティングを塗布した後、フラットニングを兼ねて1073K、60sの熱処理により焼き付けを行った。
得られたコイルの磁気特性及び被膜特性について調査した結果を表2に示す。なお、表1における粒度分布は、ヘキサメタリン酸3%水溶液で300W、180sの超音波分散を行った後、レーザー回折式粒度分布計を用いることにより測定した(【0019】?【0021】)。
表2によれば、「発明例」である粉体No.7を用いたコイルは、全面にわたって被膜が均一に形成され、被膜密着性および磁気特性とも良好な結果が得られた。これに対し、粉体No.7を得るために用いた粉体No.1や粉体No.5、また、粉体をブレンドせずに粉体No.7と同一の平均粒径に調節した粉体No.3は、いずれも「比較例」であり、コイル内巻側の上下部に黒い筋模様が発生したり、コイル外巻端部に点状の被膜欠陥が発生していた(【0022】)。
粉体No.1、5、3の「比較例」で上記のような結果となったのは、微細粒子のみの粉体No.1は、粒子同士が二次凝集し、鋼板と接触する面積が減少して反応性が低くなったためであり、粗大粒子のみの粉体No.5は、鋼板とマグネシア粒子との接触面積が減少し、さらに粒径も大きすぎるために、反応性が低くなったためであり、粉体No.7と同一の平均粒径を持つ粉体No.3は、粉体No.1と同様、粒子同士が二次凝集し、鋼板と接触する面積が減少して反応性が低くなったためであると考えられる(【0025】)。

(オ)また、「発明例」である粉体No.7の詳細は、表1によれば、40%CAAが60s、BET法による比表面積が28m^(2)/g、強熱減量による水和量が2.5mass%、SO_(3)含有量が0.1mass%(【0032】、【0033】)、平均粒径が1.5μm、粒度0.2?0.8μmの含有率が51mass%、粒度2.5?5μmの含有率が16mass%、両者の合計が67mass%、母材の形骸が残存した粉体の割合が100%である。

ウ 前記イによれば、甲1には、「発明例」である粉体No.7に基いて認定した以下の「甲1発明」が記載されている。

(甲1発明)
クエン酸活性度が40%CAAで60s、BET法による比表面積が28m^(2)/g及び強熱減量による水和量が2.5mass%で、母塩の形骸が100%残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、SO_(3)含有量が0.1mass%、平均粒径が1.5μm、粒度0.2?0.8μmの含有率が51mass%及び粒度2.5?5μmの含有率が16mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が67mass%である方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア。

(2)甲2には、以下の記載がある。

「【0006】
本発明は・・・粒子径が小さく、かつ均一な・・・高純度酸化マグネシウム微粒子・・・を提供することを目的とする。」
「【0008】
・・・本発明は、BET比表面積が5m^(2)/g以上、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積50%粒子径(D_(50))が0.1?0.5μm、レーザ回折散乱式粒度分布測定による体積基準の累積10%粒子径(D_(10))と体積基準の累積90%粒子径(D_(90))との比D_(90)/D_(10)が10以下である、純度99.5質量%以上の酸化マグネシウム微粒子に関する。」
「【0018】
本発明の酸化マグネシウム微粒子は・・・粒子形状が小さく、反応性に優れるため、耐火物、添加剤、樹脂フィラー、電磁鋼材料、及び触媒等に適し・・・」
「【0048】
本発明の・・・酸化マグネシウム微粒子の用途としては・・・電磁鋼材料としては、電磁鋼板用絶縁材の原料、圧粉鉄心用絶縁被膜材等・・・に好適である。」

(3)甲3には、以下の記載がある。

「[0006] 本発明は、方向性電磁鋼板をコイル状態にして仕上焼鈍する際の雰囲気ガスの流通性を阻害しない、かつザラツキの発生を抑制することが可能となる、方向性電磁鋼板用の焼鈍分離剤について提供することを目的とする。
[0007] すなわち、本発明の要旨は、次の通りである。
(1)Cl:0.01?0.05mass%、B:0.05?0.15mass%、CaO:0.1?2mass%およびP_(2)O_(3):0.03?1.0mass%を含み、クエン酸活性度が40%CAAで30?120秒、BET法による比表面積が8?50m^(2)/g、強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%および、粒径45μm以上の粒子の含有量が0.1mass%以下である、マグネシアを主体とし、さらに、粒径45μm以上150μm以下の非水溶性化合物を0.05mass%以上20mass%以下にて含有することを特徴とする方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤。」

(4)甲4には、以下の記載がある。

「1 方向性珪素鋼板の表面に主としてマグネシアからなる焼鈍分離剤を塗布してコイル状に巻取つたのち高温焼鈍を施して該方向性珪素鋼板の表面にフオルステライト絶縁被膜を形成させるに当り、上記マグネシアとして、
不可避に混入する夾雑物をCaO:0.50%未満、Cl:0.04%以下、SiO_(2):0.15%未満、SO_(3):0.20%未満、R_(2)O_(3):0.20%未満およびB:0.15%未満許容し、
比表面積13?26m^(2)/g、一次粒子径0.07?0.15μmで、かつ
該マグネシアのクエン酸との最終反応率が20%?70%においては、各最終反応率でのクエン酸活性度が添付第1図に示した点A,B,C,D,E,F,GおよびHで囲まれる範囲をいずれも満足する
低活性で活性度分布の狭いマグネシアを使用することを特徴とする方向性珪素鋼板のフォルステライト絶縁被膜形成方法。」(特許請求の範囲)




(5)甲5には、以下の記載がある。

(5a)「技術分野
本発明は、粒子凝集構造を制御した酸化マグネシウム粒子集合体に関し、特に、方向性電磁鋼板に優れた絶縁特性と磁気特性を付与するフォルステライト皮膜を形成する焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム粒子集合体に関する。」(第1頁第14?17行)
(5b)「これまで電磁鋼板用焼鈍分離剤の特性を表わす指標として用いられてきたCAAは、ある一定の条件下でのみ酸化マグネシウムの反応性を評価することができる指標であり、実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえないと考えられる。・・・
そこで本発明は、粒子凝集構造を制御することにより、酸化マグネシウムと表面のSiO_(2)皮膜との固相-固相反応を適切に制御し得る、酸化マグネシウム粒子集合体を提供することを目的とする。また本発明は、本発明の酸化マグネシウム粒子集合体を用いる方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を提供すること、さらに本発明の方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を用いて処理して得ることができる方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。」(第3頁第3?14行)

(6)本件発明1について

ア 本件発明1と甲1発明との対比

(ア)本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア」と、本件発明1の「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」は、「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点で一致する。

(イ)甲1発明の「クエン酸活性度が40%CAAで60s」について、甲1には「温度:30℃、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量のMgO・・・投与して攪拌しつつ、最終反応までの時間」(【0014】)と記載され、他方、本件発明1の「CAAが50?170秒である」ことについて、発明の詳細な説明には「クエン酸活性度(CAA)とは、温度:303K、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量の酸化マグネシウムを投与して攪拌したときの、最終反応までの時間・・・を意味する。」(【0049】)と記載されるところ、両者の測定条件は同一であるから、甲1発明の「クエン酸活性度が40%CAAで60s」であることと、「CAAが50?170秒である」ことは、「CAAが60秒である」点で一致する。

(ウ)甲1発明では「SO_(3)含有量が0.1mass%」であるところ、SO_(3)の含有量を硫黄(S)の含有量に換算すると、原子量を硫黄(S):32.07、酸素(O):16.00とすれば、SO_(3)の分子量は80.07となるから、
硫黄含有量=0.1mass%×(32.07/80.07)
=0.04mass%
となる。

(エ)以上によれば、本件発明1と甲1発明との「一致点」及び「相違点1」は以下のとおりである。

(一致点)
「CAAが60秒である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点。

(相違点1)
本件発明1では、「硫黄含有量が0.1?0.5質量%」であるのに対して、
甲1発明では、「SO_(3)含有量が0.1mass%」であって、これを硫黄含有量に換算すると、0.04mass%である点。

(相違点2)
本件発明1では、「ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)のBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)に対する比である凝集度R_(Blaine)/R_(BET)が3.0?5.5であ」るのに対して、
甲1発明は、「BET法による比表面積が28m^(2)/g及び強熱減量による水和量が2.5mass%で、母塩の形骸が100%残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は」「平均粒径が1.5μm、粒度0.2?0.8μmの含有率が51mass%及び粒度2.5?5μmの含有率が16mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5?5μmの含有率との合計が67mass%である」点。

イ 相違点2について

(ア)事案に鑑み、相違点2について検討すると、本件発明1の「ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)」及び「BET比表面積から算出される粒子径R_(BET)」について、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0027】
ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)及びBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)は、下記のように算出することができる。
粒子径R=(6/ρ)/A ・・・(2)
【0028】
(2)式において、Rは粒子径R_(Blaine)又はR_(BET)(10^(-6)m)、ρは密度(10^(3)Kg・m^(-3))、Aはブレーン比表面積又はBET比表面積(10^(3)m^(2)・kg^(-1))である。例えば、酸化マグネシウムの場合はρ=3.58×10^(3)Kg・m^(-3)なので、R=1.68/Aである。
【0029】
ブレーン法では、粉体充填層内に空気を透過させることにより比表面積の測定を行うため、空気の流れによって内部の空気が置き換わらない微細な細孔部の表面積を測定することができない。このため、ブレーン法によれば、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積(ブレーン比表面積)を測定することができる。
【0030】
また、BET法によるBET比表面積の測定では、凝集粒子中の微細な細孔まで測定できるため、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を含んだ比表面積(BET比表面積)を測定することできる。」

(イ)前記(ア)の記載によれば、「BET法による比表面積が28m^(2)/g」である甲1発明においても、(2)式を用いることにより、BET比表面積から算出される粒子径であるR_(BET)を算出することはできる。
しかし、甲1発明では、ブレーン比表面積は不明であり、ブレーン比表面積から算出される粒子径であるR_(Blaine)を算出することはできないから、R_(Blaine)のR_(BET)に対する比である凝集度を算出することもできない。
また、甲1発明の「平均粒径」は、「ヘキサメタリン酸3%水溶液で300W、180sの超音波分散を行った後、レーザー回折式粒度分布計を用いることにより測定したもの」であることから(前記(1)イ(エ))、超音波分散を行ったことによって凝集粒子の存在は疑問視され、測定手段も「レーザー回折式粒度分布計」を用いているところ、甲1には、上記のように測定した「平均粒径」と「R_(Blaine)」との間に対応関係があるのか否か、対応関係がある場合には、両者を同一視できるのか否か、できない場合には上記「平均粒径」から「R_(Blaine)」をどのようにして算出するのか等については、何らの記載もなく、甲2?5(前記(2)?(5))についても同様であり、上記の点が明らかとなる技術常識の存在も認められない。

(ウ)また、甲1発明では、粒度0.2?0.8μmの微細粒子に粒度2.5?5μmの粗大粒子を混合することによって、微細粒子の二次凝集の結合が切断され、その結果、鋼板との接触面積が増加し、板面内の鋼板と粉体との接触むらがなくなり、かつ微細粒子が存在するために、反応性が強くなると考えられ(前記(1)イ(ウ))、以上のことは、「発明例」である粉体No.7及び「比較例」である粉体No.1、5、3によって実験的にも裏付けられているところ(前記(1)イ(エ))、甲1発明は、マグネシア粉体の凝集粒子が生成されないようにすることを指向しているものと認められる。
したがって、仮に、甲1発明において、ブレーン比表面積を測定したとしても、甲1発明は、上記のとおり、凝集粒子を実質的に含有しないものであるといえるから、ブレーン比表面積は、BET比表面積と同程度の値となり、凝集度も1程度になって、本件発明1の「3.0?5.5」の範囲の値にはならないと考えられる。

(エ)以上によれば、相違点2は実質的な相違点であって、本件発明1は、甲1に記載された発明ではない。

(オ)そこで、甲1発明において、当業者が、本件発明1の相違点2に係る事項を採用することが容易であるか否かについて検討すると、本件発明1の「ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)」については、前記(ア)のとおり、発明の詳細な説明に「ブレーン法によれば、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積(ブレーン比表面積)を測定することができる。」と記載されているように、「凝集粒子」の存在を前提にするものであるから、当業者が、本件発明1の相違点2に係る事項を採用することが容易であるといえるためには、少なくとも、甲1発明の焼鈍分離剤用マグネシアの粒子を凝集させることが容易であるといえる必要がある。
しかし、前記(ウ)のとおり、甲1発明は、マグネシア粉体の凝集粒子が生成されないようにすることを指向しているから、甲1発明の焼鈍分離剤用マグネシアの粒子を凝集させることには、むしろ阻害要因があり、当業者が容易になし得たことであるとは到底いえず、上記判断は、甲2?5の記載(前記(2)?(5))に左右されるものでもない。

(カ)したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(7)本件発明2?4について

本件発明2?4は、引用により本件発明1の発明特定事項を全て備えているから、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明ではなく、甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(8)小括

以上のとおりであるから、申立理由1及び申立理由2には理由がない。

2 申立理由3(サポート要件違反)について

(1)サポート要件の判断手法

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであるところ、以下、上記観点に立って検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載事項

ア 発明の詳細な説明には、以下の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
・・・方向性電磁鋼板は・・・脱炭焼鈍(一次再結晶焼鈍)では、鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成し、その表面に焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含むスラリーを塗布して乾燥させ、コイル状に巻取った後、仕上焼鈍することにより、二酸化ケイ素(SiO_(2))と酸化マグネシウム(MgO)が反応してフォルステライト(Mg_(2)SiO_(4))被膜が鋼板表面に形成される。このフォルステライト被膜は、鋼板表面に張力を付加し、鉄損を低減して磁気特性を向上させ、また鋼板に絶縁性を付与する役割を果たす。
【0003】
方向性電磁鋼板の特性を向上するために、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有される微量成分についての研究が行われている。焼鈍分離剤用酸化マグネシウム中の含有量の制御が検討されている微量成分は、酸化カルシウム(CaO)、ホウ素(B)、亜硫酸(SO_(3))、フッ素(F)、及び塩素(Cl)等である。・・・」
「【0006】
更に、微量成分以外には酸化マグネシウム粒子と酸との反応速度による活性度、すなわちクエン酸活性度(CAA:Citric Acid Activity)に着目した発明について研究がなされている。・・・CAAは、方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤として使用される酸化マグネシウムの評価指標になり得ることが経験的に知られている。」
「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0010】
しかしながら、従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムでは、方向性電磁鋼板の被膜不良の発生を完全には防止できておらず、また一定の効果が得られないため信頼性を欠いていた。したがって、充分な性能を有する焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは未だ見出されていない。」
「【0014】
・・・酸化マグネシウムをはじめとする粉体粒子・・・が凝集結合した粒子集合体の形態で存在する・・・場合には、CAAの測定値は、粒子集合体としての構造を反映した数値とはならない。したがって、CAAによって焼鈍分離剤の反応性を正しく表わすことはできない。
【0015】
更に、CAAは・・・固相-液相反応により、実際の電磁鋼板の表面で起こる・・・固相-固相反応の反応性を、経験的にシミュレートしているにすぎない。固相-固相反応であるフォルステライト生成反応では・・・例えば二酸化ケイ素被膜と酸化マグネシウム粒子との接点の数に代表されるような、酸化マグネシウム粒子の凝集構造が大きく影響する・・・
【0016】
以上述べたように・・・CAAは、ある一定の条件下でのみ酸化マグネシウムの反応性を評価することができる指標であり、実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえない。・・・
【0017】
そこで本発明は、磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得るための焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供することを目的とする。具体的には、鋼板の表面に、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、電磁鋼板の反応性を促進させる硫黄含有量と、粒子の凝集度合を制御することにより、酸化マグネシウムと表面の二酸化ケイ素被膜との固相-固相反応を適切に制御し得ることを見出した。更に、本発明者らは、硫黄含有量と、凝集粒子に含まれる一次粒子の数を制御することにより、磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることができることを見出し、本発明に至った。
【0019】
本発明は、硫黄含有量が0.1?0.5質量%、及びブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)のBET比表面積から算出される粒子径RBE_(T)に対する比である凝集度R_(Blaine)/R_(BET)が3.0?5.5である焼鈍分離剤用酸化マグネシウムである。・・・」
「【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得るための焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供することができる。具体的には、本発明によれば、鋼板の表面に、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供することができる。」
「【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明・・・で、BET比表面積とは、窒素ガス吸着法(BET法)により測定される比表面積である。また、ブレーン比表面積とは、JIS R5201:2015の「8.1比表面積試験」に記載されているブレーン法により測定される比表面積である。
【0026】
本発明において、凝集度とは、凝集粒子を構成する一次粒子の数がどの程度なのかを表す指標である。凝集度と、以下の式によって算出することができる。
凝集度=(ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine))/(BET比表面積から算出される粒子径R_(BET)) ・・・(1)
【0027】
ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)及びBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)は、下記のように算出することができる。
粒子径R=(6/ρ)/A ・・・(2)」
「【0029】
ブレーン法では、粉体充填層内に空気を透過させることにより比表面積の測定を行うため、空気の流れによって内部の空気が置き換わらない微細な細孔部の表面積を測定することができない。このため、ブレーン法によれば、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積(ブレーン比表面積)を測定することができる。
【0030】
また、BET法によるBET比表面積の測定では、凝集粒子中の微細な細孔まで測定できるため、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を含んだ比表面積(BET比表面積)を測定することできる。
【0031】
酸化マグネシウムの硫黄含有量が0.1質量%未満であれば、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなるため、(a)フォルステライト被膜生成率が低下する。
【0032】
酸化マグネシウムの硫黄含有量が0.5質量%より大きくなると、酸化マグネシウムの反応性が速くなりすぎ、均一なフォルステライト被膜ができないため、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)被膜の密着性が悪くなる。
【0033】
酸化マグネシウムの凝集度(R_(Blaine)/R_(BET))が5.5をこえると、酸化マグネシウムの凝集粒子が粗大になり、酸化マグネシウム凝集体粒子と鋼板との接触率が低下するために反応性が悪くなり、(a)フォルステライト被膜生成率が低下する。また粗大な凝集粒子を含んだフォルステライト被膜が形成されるため、フォルステライト被膜の厚みが不均一になり、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる。
【0034】
酸化マグネシウムの凝集度(RBlaine/R_(BET))が3.0未満であれば、凝集粒子の粒子径が小さくなり、鋼板との接触率が増大するため反応性が速くなりすぎ、均一なフォルステライト被膜が形成できない。そのため、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる。」
「【0049】
本発明の酸化マグネシウムは、クエン酸活性度(・・・CAA)が50?170秒であることが好ましく、60?90秒であることがより好ましい。ここでクエン酸活性度(CAA)とは、温度:303K、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量の酸化マグネシウムを投与して攪拌したときの、最終反応までの時間、つまりクエン酸が消費され溶液が中性となるまでの時間を意味する。」
「【0051】
酸化マグネシウムのCAAが170秒より大きければ、酸化マグネシウムの一次粒子径が粗大になり、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなるため、(a)フォルステライト被膜生成率が低下する。また粒子が粗大なため酸で除去した際残留物が残り、(d)酸除去性も悪い。
【0052】
酸化マグネシウムのCAAが50秒未満であれば、酸化マグネシウムの一次粒子径が小さくなり、酸化マグネシウム粒子の反応性が速くなりすぎる。そのため、均一なフォルステライト被膜ができなくなり、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる。」
「【実施例】
【0054】
下記の実施例により本発明を詳細に説明する・・・」
「【0075】
・・・実施例1?5及び比較例1?6の酸化マグネシウムを、脱炭焼鈍を終えた鋼板に塗布し、仕上焼鈍し、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成した。このようにして得られた鋼板の、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性について、評価した。表1に、それらの結果を示す。なお、実施例1?5及び比較例1?6の酸化マグネシウムのCAAを測定したところ、すべて60?90秒の範囲だった。
【0076】
【表1】

【0077】
表1から明らかなように・・・硫黄含有量及び凝集度が所定の範囲である酸化マグネシウム(実施例1?5)を用いて形成したフォルステライト被膜は、フォルステライト被膜生成率が90%以上と優れ・・・被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性についてもすべて優れていることが明らかとなった。
【0078】
これに対し・・・(比較例1?6)を用いて形成したフォルステライト被膜は、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性という特性のうち、いずれかを満たしてはいないため、所望の鋼板が得られないことが明らかとなった。」

イ 前記アの記載によれば、発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。

(ア)本件発明は、焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板に関する(【0001】)。

(イ)方向性電磁鋼板の製造工程では、脱炭焼鈍(一次再結晶焼鈍)によって鋼板表面に形成された二酸化ケイ素(SiO_(2))被膜の表面に、焼鈍分離剤用酸化マグネシウム(MgO)を含むスラリーを塗布して乾燥させ、コイル状に巻取った後、仕上焼鈍することにより、二酸化ケイ素被膜と焼鈍分離剤用酸化マグネシウムとが反応してフォルステライト(Mg_(2)SiO_(4))被膜が鋼板表面に形成される。このフォルステライト被膜は、鋼板表面に張力を付加し、鉄損を低減して磁気特性を向上させ、また鋼板に絶縁性を付与する役割を果たす(【0002】)。
従来、方向性電磁鋼板の特性を向上させるために、焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有される微量成分についての研究や(【0003】)、クエン酸活性度(CAA)に着目した研究が行われていたが(【0006】)、従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムでは、方向性電磁鋼板の被膜不良の発生を完全には防止できず、一定の効果が得られないため信頼性を欠いており、充分な性能を有する焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは未だ見出されていなかった(【0010】)。
特に、CAAの測定値は、方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤として使用される酸化マグネシウムの評価指標になり得ることが経験的に知られているが、酸化マグネシウムの粉体粒子が凝集結合した粒子集合体の形態で存在する場合の構造を反映した数値にはならず(【0014】)、また、実際の電磁鋼板の表面で起こる固相-固相反応であるフォルステライト生成反応の反応性を固相-液相反応によって経験的にシミュレートしているにすぎない(【0015】)ため、CAAの測定値は、例えば、二酸化ケイ素被膜と酸化マグネシウム粒子との接点の数に代表される酸化マグネシウム粒子の凝集構造を反映した数値にはならない。
したがって、CAAは、ある一定の条件下でのみ酸化マグネシウムの反応性を評価することができる指標であり、実際に電磁鋼板の表面上で起こる固相-固相反応を必ずしも評価しているとはいえない(【0016】)。

(ウ)そこで本件発明は、磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得るための焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供すること、具体的には「鋼板の表面に、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供すること」を、発明が解決しようとする課題(以下、「本件課題」という。)とする(【0017】)。

(エ)本件発明の発明者らは、電磁鋼板の反応性を促進させる硫黄含有量と、粒子の凝集度(凝集粒子に含まれる一次粒子の数)とを制御することにより、酸化マグネシウムと表面の二酸化ケイ素被膜との固相-固相反応を適切に制御し、それによって、磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得ることができることを見出し、本件発明に至った(【0018】)。
本件発明においては、BET比表面積は、窒素ガス吸着法(BET法)により測定される比表面積であり、ブレーン比表面積は、JIS R5201:2015の「8.1比表面積試験」に記載されているブレーン法により測定される比表面積である(【0025】)。
BET比表面積の測定では、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を含んだ比表面積(BET比表面積)を測定できる(【0030】)一方、ブレーン法では、凝集粒子を構成する一次粒子の表面積を除外した凝集粒子のみの比表面積(ブレーン比表面積)を測定できる(【0029】)ため、本件発明における「凝集粒子を構成する一次粒子の数がどの程度なのかを表す指標」である「凝集度」は、以下の式によって算出することができる(【0026】)。
凝集度=(ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine))/(BET比表面積から算出される粒子径R_(BET)) ・・・(1)
また、上記ブレーン比表面積から算出される粒子径R_(Blaine)及びBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)は、下記のように算出できる(【0027】)。
粒子径R=(6/ρ)/A ・・・(2)
ここで、上記凝集度が5.5をこえると、酸化マグネシウムの凝集粒子が粗大になって、酸化マグネシウム凝集体粒子と鋼板との接触率が低下するために反応性が悪くなり、その結果、(a)フォルステライト被膜生成率が低下し、また、粗大な凝集粒子を含んだフォルステライト被膜が形成されるため、フォルステライト被膜の厚みが不均一になり、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる(【0033】)。
他方、上記凝集度が3.0未満になると、凝集粒子の粒子径が小さくなって、鋼板との接触率が増大するため反応性が速くなりすぎるため、均一なフォルステライト被膜が形成できず、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる(【0034】)。

(オ)また、本件発明では、「硫黄含有量が0.1?0.5質量%」であるところ、これは、硫黄含有量が0.1質量%未満であると、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなって、(a)フォルステライト被膜生成率が低下する(【0031】)ためであり、硫黄含有量が0.5質量%より大きくなると、酸化マグネシウムの反応性が速くなりすぎ、均一なフォルステライト被膜ができないため、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)被膜の密着性が悪くなる(【0032】)ためである。

(カ)さらに、本件発明では、「CAAが50?170秒」であり、上記CAA(クエン酸活性度)は、温度:303K、0.4Nのクエン酸水溶液中に40%の最終反応当量の酸化マグネシウムを投与して攪拌したときの最終反応までの時間を意味する(【0049】)。
CAAが170秒より大きければ、酸化マグネシウムの一次粒子径が粗大になり、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなるため、(a)フォルステライト被膜生成率が低下し、また、粒子が粗大なため酸で除去した際残留物が残り、(d)酸除去性も悪い(【0051】)。
CAAが50秒未満であれば、酸化マグネシウムの一次粒子径が小さくなり、酸化マグネシウム粒子の反応性が速くなりすぎるため、均一なフォルステライト被膜ができなくなり、フォルステライト被膜の(b)被膜外観及び/又は(c)密着性が悪くなる(【0052】)。

(キ)実施例では、「硫黄含有量」、「凝集度」及び「CAA」が、本件発明1で特定された範囲にある酸化マグネシウム(実施例1?5)を用いて形成したフォルステライト被膜は、フォルステライト被膜生成率が90%以上と優れ、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性についてもすべて優れており、本件課題を解決できることが明らかとなった(【0054】、【0075】?【0077】)。
これに対し、「CAA」は本件発明1で特定された範囲にあるものの、「硫黄含有量」及び「凝集度」のいずれかが、本件発明1で特定された範囲にはない酸化マグネシウム(比較例1?6)を用いて形成したフォルステライト被膜は、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性という特性のうち、いずれかを満たしてはいないため、所望の鋼板が得られず、本件課題を解決できないことがが明らかとなった(【0076】、【0078】)。

(3)当審の判断

ア 前記(2)イの記載事項によれば、発明の詳細な説明に接した当業者であれば、以下のことを理解することができる。

(ア)本件発明1において、「硫黄含有量が0.1?0.5質量%」としたのは、硫黄含有量が0.1質量%未満であると、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなって、フォルステライト被膜生成率が低下するためであり、硫黄含有量が0.5質量%より大きくなると、酸化マグネシウムの反応性が速くなりすぎ、均一なフォルステライト被膜ができないため、フォルステライト被膜の被膜外観及び/又は被膜の密着性が悪くなるためである(前記(2)イ(オ))。

(イ)本件発明1において、「CAAが50?170秒である」としたのは、CAAが170秒より大きければ、酸化マグネシウムの一次粒子径が粗大になり、酸化マグネシウム粒子の反応性が悪くなるため、フォルステライト被膜生成率が低下し、また、粒子が粗大なため酸で除去した際残留物が残り、酸除去性も悪いくなるためであり、CAAが50秒未満であれば、酸化マグネシウムの一次粒子径が小さくなり、酸化マグネシウム粒子の反応性が速くなりすぎるため、均一なフォルステライト被膜ができなくなり、フォルステライト被膜の被膜外観及び/又は密着性が悪くなるためである(前記(2)イ(カ))。

(ウ)その上で、本件発明1では、新たに、酸化マグネシウムの一次粒子が凝集して凝集粒子となった場合の反応性を評価するため、「凝集粒子を構成する一次粒子の数がどの程度なのかを表す指標」である「凝集度」を「粒子径R_(Blaine)のBET比表面積から算出される粒子径R_(BET)に対する比」として定義し、その値を「3.0?5.5」とする。
上記凝集度の範囲を「3.0?5.5」としたのは、上記凝集度が5.5をこえると、酸化マグネシウムの凝集粒子が粗大になって、酸化マグネシウム凝集体粒子と鋼板との接触率が低下するために反応性が悪くなり、その結果、フォルステライト被膜生成率が低下し、また、粗大な凝集粒子を含んだフォルステライト被膜が形成されるため、フォルステライト被膜の厚みが不均一になり、フォルステライト被膜の被膜外観及び/又は密着性が悪くなるためであり、他方、上記凝集度が3.0未満になると、凝集粒子の粒子径が小さくなって、鋼板との接触率が増大するため反応性が速くなりすぎるため、均一なフォルステライト被膜が形成できず、フォルステライト被膜の被膜外観及び/又は密着性が悪くなるためである(前記(2)イ(エ))。

(エ)実施例では、「硫黄含有量」、「凝集度」及び「CAA」が、本件発明1で特定された範囲にある実施例1?5の酸化マグネシウムは、本件課題を解決できるのに対し、「CAA」は本件発明1で特定された範囲にあるものの、「硫黄含有量」及び「凝集度」のいずれかが、本件発明1で特定された範囲にはない比較例1?6の酸化マグネシウムは、本件課題を解決することができない(前記(2)イ(キ))。

イ 前記アによれば、本件発明1は、当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲のものであるといえるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
同様の理由により、引用により、本件発明1の発明特定事項を全て備える本件発明2?4についても、発明の詳細な説明に記載されたものである。

ウ 申立人は、特許異議申立書において、本件特許に係る出願と同一出願人による同日出願の公開公報である甲6の記載を参酌すると、本件発明1には本件課題を解決できない態様が含まれるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない旨主張する(第21頁下から第3?6行)。
しかし、サポート要件の判断は、前記(1)にあるとおり、本件特許に係る特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との関係で判断すべきものであり、本件特許を離れてこれとは異なる甲6の記載との関係で判断すべきものではなく、前記アのとおり、本件発明1は、当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲のものであるから、上記主張を採用することはできない。

(4)小括

以上のとおりであるから、申立理由3には理由がない。

第5 結び

以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?4に係る本件特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?4に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-12-04 
出願番号 特願2016-67693(P2016-67693)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C21D)
P 1 651・ 121- Y (C21D)
P 1 651・ 113- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 長谷山 健
北村 龍平
登録日 2019-03-15 
登録番号 特許第6494555号(P6494555)
権利者 タテホ化学工業株式会社
発明の名称 焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板  
代理人 特許業務法人 津国  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ