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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08F
管理番号 1359601
異議申立番号 異議2019-700853  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-28 
確定日 2020-02-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第6512517号発明「変性ポリビニルアルコールおよびそれを含有する水溶性フィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6512517号の請求項1?5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6512517号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?5に係る特許についての出願は、平成26年12月24日を国際出願日とする特許出願(特願2015-554965号)に係るものであって、平成31年4月19日にその特許権の設定登録がされ、令和1年5月15日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和1年10月28日に、本件特許の請求項1?5に係る特許に対して、特許異議申立人である渋谷 都(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。


第2 本件発明

本件特許の請求項1?5に係る発明(以下、請求項1?5に係る発明を、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明5」といい、これらをまとめて、「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
カルボキシル基を有する単量体単位を含み、けん化度が50?99.99モル%であり、粘度平均重合度が200?5000である変性ポリビニルアルコールであって、下記式(1)?(3)を満たす変性ポリビニルアルコール。
0.8≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦1.2 (1)
2≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦8 (2)
0.01≦A_(280)≦0.8 (3)
Mw_(UV):前記変性ポリビニルアルコールをゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定したときの、吸光光度検出器(測定波長280nm)によって求められる、前記変性ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mw_(RI):前記変性ポリビニルアルコールをゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定したときの、示差屈折率検出器によって求められる、前記変性ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mn_(UV):前記変性ポリビニルアルコールをゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定したときの、吸光光度検出器(測定波長280nm)によって求められる、前記変性ポリビニルアルコールの数平均分子量
A_(280):前記変性ポリビニルアルコールの0.1質量%水溶液の吸光度(光路長10mm、波長280nm)
【請求項2】
前記単量体単位の含有率が0.1?10モル%である請求項1に記載の変性ポリビニルアルコール。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の変性ポリビニルアルコールを含有する水溶性フィルム。
【請求項4】
請求項3に記載の水溶性フィルムで薬剤を収容してなる包装体。
【請求項5】
前記薬剤が農薬又は洗剤である請求項4に記載の包装体。」


第3 申立理由の概要

申立人は、以下の申立理由を主張する。

本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?5を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。


第4 当審の判断

1 実施可能要件について
物の発明における発明の実施とは、その物を生産、使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号)、物の発明については、明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。
そこで、この点について以下に検討する。

2 本件特許明細書の記載

(1)本件特許明細書の段落【0020】には、本件発明の式(1)?(3)に関する「Mn_(UV)」及び「A_(280)」について、「280nmの紫外線波長の吸収は[-CO-(CH=CH-)_(2)]の構造に由来するものである。」ことが記載されている。

(2)また、本件特許明細書の段落【0027】?【0030】には、上記式(1)?(2)に関して、以下の事項が記載されている。


「【0027】
本発明の変性PVAは、下記式(1)を満たす。
0.8≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦1.2 (1)
・・・このようにMw_(UV)とMw_(RI)の算出値が同等の値となるのは、カルボキシル基を有する単量体単位が変性PVA中に均一にかつランダムに導入されていることに起因すると考えられる。
【0028】
Mw_(RI)は変性PVAの重量平均分子量であり、Mw_(Uv)は、変性PVA中に含まれる、波長280nmの紫外線を吸収する構造を有する成分の重量平均分子量である。したがって、(Mw_(UV)/Mw_(RI))が0.99以下である場合には、変性PVA中の低分子量成分に波長280nmの紫外線を吸収する成分が多い。(Mw_(UV)/Mw_(RI))が0.99以下になる変性PVAは、例えば、後述する重合方法を採用することによって得ることができる。
【0029】
本発明のPVAは、下記式(2)を満たす。
2≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦8 (2)
(Mw_(UV)/Mn_(UV))が2未満の場合、上記変性PVA中の波長280nmに吸収を有する成分において、低分子量成分の割合が小さいことを示す。(Mw_(UV)/Mn_(UV))が2未満の変性PVAは、製造が困難である。(Mw_(UV)/Mn_(UV))は2.2以上であることが好ましく、2.4以上であることがより好ましく、2.6以上であることがさらに好ましい。一方、(Mw_(UV)/Mn_(UV))が8を超える場合、上記変性PVA中の波長280nmに吸収を有する成分において、低分子量成分の割合が大きいことを示す。(Mw_(UV)/Mn_(UV))が8を超える場合は、変性PVAの水中分散性、および得られるフィルムの機械的強度が不十分となる。(Mw_(UV)/Mn_(UV))は7以下であることが好ましく、6以下であることがより好ましく、4以下であることがさらに好ましく、3.2以下であることが特に好ましい。
【0030】
Mn_(Uv)は変性PVA中に含まれる波長280nmの紫外線を吸収する構造を有する成分の数平均分子量であり、Mw_(Uv)は変性PVA中に含まれる波長280nmの紫外線を吸収する構造を有する成分の重量平均分子量である。一般的にMn_(UV)は低分子量成分の影響を強く受ける平均分子量であり、Mw_(UV)は高分子量成分の影響を強く受ける平均分子量であるため、(Mw_(UV)/Mn_(UV))は高分子の分子量分布の指標として用いられている。したがって、(Mw_(UV)/Mn_(UV))が小さい場合は、変性PVA中の波長280nmの紫外線を吸収する成分の分子量分布が狭い。(Mw_(UV)/Mn_(UV))が小さくなる変性PVAは、例えば、後述する重合方法を採用することによって得ることができる。」

(3)そして、本件特許明細書の段落【0039】?【0055】には、本件発明の「変性ポリビニルアルコール」の製造方法が記載され、該製造方法について以下の事項が記載されている。


「【0044】
本発明の変性PVAを得るためには、2槽連続重合方法により変性ビニルエステル共重合体を得る。以下当該方法について説明する。重合には、第1重合槽および第2重合槽を備える重合装置を用いる。第1重合槽にビニルエステル単量体、カルボキシル基を有する単量体、開始剤および溶媒を連続的に供給する。
【0045】
ビニルエステル単量体の供給量に対するカルボキシル基を有する単量体の供給量の質量比(カルボキシル基を有する単量体/ビニルエステル単量体)は0.00001?0.009が好ましい。ビニルエステル単量体の供給量に対する開始剤の供給量の質量比(開始剤/ビニルエステル単量体)は0.000001?0.001が好ましい。ビニルエステル単量体の供給量に対する溶媒の供給量の質量比(溶媒/ビニルエステル単量体))は0.1?0.4が好ましい。
【0046】
第1重合槽へ供給した成分の、第1重合槽における平均滞留時間は、30?150分が好ましい。第1重合槽の反応温度は、55?85℃が好ましく、60?80℃がさらに好ましい。第1重合槽から取り出される重合液における単量体の重合率は5?50%が好ましい。
【0047】
第1重合槽から重合液を連続的に取り出して第2重合槽に供給する。このとき、さらに第2重合槽にカルボキシル基を有する単量体および開始剤を連続的に供給する。第1重合槽へ供給するビニルエステル単量体の質量に対する第2重合槽へ供給するカルボキシル基を有する単量体の質量の比(カルボキシル基を有する単量体/ビニルエステル単量体)は0.00001?0.009が好ましい。第1重合槽へ供給するビニルエステル単量体の質量に対する第2重合槽へ供給する開始剤の質量の比(開始剤/ビニルエステル単量体)は0.000001?0.001が好ましい。このように、第1重合槽だけでなく第2重合槽にも開始剤を供給することにより、本発明の変性PVAを得ることができる。
【0048】
2槽連続重合方法により得られたビニルエステル共重合体をけん化することによって、(Mw_(UV)/Mw_(RI))の小さい変性PVAを得ることができる。このような変性PVAが得られる原理は十分に明らかになっていないが、以下のようなことが考えられる。上記の重合方法では、第2重合槽でも開始剤を添加することにより開始剤由来のラジカルが供給されるため、結果として低分子量のビニルエステル系共重合体が増加する。さらに第2重合槽では第1重合槽においてビニルエステル単量体の分解により生成したアセトアルデヒドへの連鎖移動反応が起こり、低分子量のビニルエステル系共重合体に末端メチルケトン構造が生じ、続く乾燥等の熱処理により分子末端に二重結合が連鎖したポリエン構造ができる。このような反応機構により、従来に比べて、波長280nmの紫外線を吸収するポリエン構造を有する低分子量の変性PVAが多く得られると考えられる。」


「【0055】
また、本発明の変性PVAを得る別の方法としては、例えば、カルボキシル基を有する単量体単位を含む低分子量のビニルエステル系共重合体と、高分子量の無変性ビニルエステル系重合体とを混合し、続いて上述したようなけん化により変性PVAを得る方法が挙げられる。さらには、カルボキシル基を有する単量体単位を含む低分子量の変性PVAと、高分子量の無変性PVAとを混合する方法も挙げられる。」

(4)本件特許明細書の段落【0063】?【0080】には、実施例として、本件発明の変性ポリビニルアルコールを製造した例が具体的に記載され、以下の事項が記載されている。


「【0071】
[ポリ酢酸ビニルの合成]
PVAc-1
還流冷却器、原料供給ライン、温度計、窒素導入口、攪拌翼を備えた、槽内容量5リットルのガラス製重合容器(第1重合槽)と、還流冷却器、原料供給ライン、温度計、窒素導入口、攪拌翼を備えた、槽内容量5リットルのガラス製重合容器(第2重合槽)を定量ポンプを介して直列に接続した設備を用いた。第1重合槽に酢酸ビニル(VAM)(2.19L/H)、メタノール(0.41L/H)、マレイン酸モノメチル(MMM)の20%メタノール溶液(0.10L/H)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメトキシバレロニトリル)(AMV)の2%メタノール溶液(0.03L/H)を定量ポンプを用いて連続的に供給した。第1重合槽内の液面が一定になるように当該第1重合槽から重合液を連続的に取り出して第2重合槽に供給した。また、第2重合槽にMMMの20%メタノール溶液(0.06L/H)、AMVの2%メタノール溶液(0.02L/H)を定量ポンプを用いて連続的に供給した。重合槽内の液面が一定になるように第2重合槽から重合液を連続的に取り出した。第1重合槽から取り出される重合液中の酢酸ビニルの重合率が20.0%、第2重合槽から取り出される重合液中の酢酸ビニルの重合率が40%になるよう調整した。第1重合槽の滞留時間は2時間、第2重合槽の滞留時間は2時間であった。第1重合槽から取り出される重合液温度は63℃、第2重合槽から取り出される重合液の温度は63℃であった。第2重合槽から重合液を取り出し当該重合液にメタノール蒸気を導入することで未反応の酢酸ビニルの除去を行い、ポリ酢酸ビニル(PVAc-1)のメタノール溶液(濃度35%)を得た。
【0072】
PVAc-2?20
表1に示す条件に変更したこと以外は上記PVAc-1と同様にして、各PVAc-2?20を合成した。」


「【0073】
【表1】




「【0074】
実施例1
上記ポリ酢酸ビニル(PVAc-1)のメタノール溶液(濃度35%)に、さらにメタノールを加えて調製したポリ酢酸ビニルのメタノール溶液771.4部(溶液中の上記重合体200.0部)に、水酸化ナトリウムの10%メタノール溶液27.9部を添加して、40℃でけん化を行った(けん化溶液の上記重合体濃度25%、上記重合体中の酢酸ビニル単位に対する水酸化ナトリウムのモル比0.008)。水酸化ナトリウムのメタノール溶液を添加後約15分でゲル状物が生成したので、これを粉砕器にて粉砕し、さらに40℃で1時間放置してけん化を進行させた後、酢酸メチル500部を加え残存するアルカリを中和した。フェノールフタレイン指示薬を用いて中和が終了したことを確認した後、濾別して白色固体を得た。この白色固体にメタノール2,000部を加えて室温で3時間放置洗浄した。この洗浄操作を3回繰り返した後、遠心脱液して得られた白色固体を乾燥機中105℃で3時間乾燥させPVAを得た。重合度は1800、けん化度は93モル%、カルボキシル基を有する単量体単位の含有率は2.0モル%であった。なお、カルボキシル基を有する単量体単位の含有率は、けん化前の変性PVAcについて、500MHzの^(1)H-NMR(溶媒:CDCl_(3))を用いて分析することにより求めた。上記式(1)?(3)の値を表2に示す。得られた変性PVAについて、以下の方法により物性を評価した。評価結果を表2に示す。
・・・
【0076】
[水溶性フィルムの冷水溶解性]
実施例1で得られた変性PVAの8%水溶液を用いてドラム製膜機で製膜し、厚み32μmのフィルムを作製した。このフィルムを20℃、65%RHで調湿し、フィルムを3×3cmの2枚のフレームにはさみ、固定した。このフィルムを20℃の蒸留水に浸漬し、400rpmで攪拌し、フィルムが完全に溶解する時間を測定し、以下の基準で評価した。
A:20秒未満
B:20秒以上100秒未満
C:100秒以上
・・・
【0078】
実施例2?9、比較例1?5
表2に示す条件に変更したこと以外は実施例1と同様にして、各PVAを合成し、該PVAを用いて水溶性フィルムを作製した。得られたPVAの物性データを表2に示す。実施例1と同様にしてGPC測定および吸光度測定を行った。その結果を表2に示す。得られたPVAおよび水溶性フィルムについて、実施例1と同様にして水中分散性、冷水溶解性および機械的強度の評価を実施した。その結果を表2に示す。」


「【0079】
【表2】



3 本件発明1について
本件発明1に係る「カルボキシル基を有する単量体単位を含み、けん化度が50?99.99モル%であり、粘度平均重合度が200?5000である変性ポリビニルアルコール」を製造する方法は、本件特許出願当時において当業者の技術常識であるといえるところ、本件特許明細書には、本件発明1に係る「式(1)?(3)」を満たす変性ポリビニルアルコールは、「後述する重合方法を採用することによって得ることができる」旨記載され(上記2(2)ア)、上記2(3)で示したとおり、本件特許明細書の段落【0039】?【0055】には、その重合方法が記載され、詳細な製造条件も記載されている。そして、同【0071】?【0078】、【表1】及び【表2】には、上記の製造条件により、本件発明1で特定される「式(1)?(3)を満たす」変性ポリビニルアルコール(実施例1?9)を製造したことが記載されている。
してみると、本件特許明細書には、本件発明1の「変性ポリビニルアルコール」を製造することが具体的に記載されているし、また具体的に記載されたもの以外の変性ポリビニルアルコールについても、これを製造する方法が記載されているといえる。
そして、本件発明1の「変性ポリビニルアルコール」を、本件特許明細書の記載及び技術常識に基づき、当業者が製造することができなかったとする格別の理由もない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

4 本件発明2?5について
変性ポリビニルアルコールを含有するフィルムや、該フィルムで薬剤を収容してなる包装体は、本件特許出願当時の技術常識に基づき、当業者が製造することができるものといえる。
また、本件特許明細書の段落【0076】?【0077】、【表2】には、本件発明2に係る水溶性フィルムを製造したことが具体的に記載されている。
してみると、上記3に示したのと同様の理由により、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明2?5について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

5 申立人の主張について

(1)申立人は、申立書において、申立理由の具体的理由について、概略、以下のア?イを主張する。

ア 表1に記載される「PVAc-18」及び「PVAc-19」は、いずれも、上記2(3)アに記載された方法にしたがって得られたものであるので、「PVAc-18」及び「PVAc-19」のけん化物である変性PVAは、それぞれ単独で本件発明1の「式(1)?(3)」の条件を満足し得るものである。
しかしながら、「PVAc-18」及び「PVAc-19」の等量混合物のけん化物である比較例4は、「実施例1」と重合度、単量体単位含有率等に差異がないにもかかわらず、「式(2)」を満足しないものであり、その物性が劣るものとされている。そして、その原因乃至理由は、本件特許明細書の記載を検討しても具体的に理解することができない。また、本件特許明細書には、「式(2)」を満たすために必要かつ十分な条件が具体的に説明されているともいえない。
してみると、本件発明の「式(1)?(3)」の要件を満たす変性PVAを得るには、当業者の過度の試行錯誤が必要である。

イ 上記2(3)イに記載されるとおり、ビニルエステルとカルボキシル基を有する単量体との共重合体とビニルエステル単独重合体との混合物を得て、これをけん化して本件発明に係る「変性ポリビニルアルコール」を得ることができるものであるところ、表1に記載される「PVAc-7」、「PVAc-10」、「PVAc-14」及び「PVAc-17」は、いずれも上記2(3)アに記載された方法にしたがって得られた共重合体であり、それらの間に特に差異があるとは認められない。また、表1に記載される「PVAc-8」、「PVAc-9」、「PVAc-15」及び「PVAc-16」は、上記と同様の方法により得られた酢酸ビニルの単独重合体であり、それらの間に特に差異があるとは認められない。
しかしながら、上記共重合体と単独重合体との等量混合物のけん化物である変性PVAについて、共重合体PVAc-7と単独重合体PVAc-8との等量混合物のけん化物である実施例7、共重合体PVAc-10と単独重合体PVAc-9との等量混合物のけん化物である実施例8は、式(1)?(3)を満足するのに対し、共重合体PVAc-14と単独重合体PVAc-15との等量混合物のけん化物である比較例2、共重合体PVAc-17と単独重合体PVAc-16との等量混合物のけん化物である比較例3は、式(1)を満足しないものである。
してみると、上記共重合体と上記単独重合体とを組み合わせる場合に、どのような要件を考慮して、共重合体及び単独重合体を調製かつ選択すればよいのか不明であるので、本件発明の「式(1)?(3)」の要件を満たす変性PVAを得るには、当業者の過度の試行錯誤が必要である。

(2)申立人の主張アについて
申立人の主張アについて検討する。
【表1】に記載される「PVAc-18」と「PVAc-19」における、各原料の供給量を比較してみると、「PVAc-18」は、第1重合槽における単量体VAMが4.87L/H、開始剤AMVが0.01L/H、カルボキシル基を有する単量体MMMが0.14L/H、第2重合槽におけるAMVが0.01L/H、MMMが0.06L/Hであるのに対し、「PVAc-19」は、第1重合槽におけるVAMが1.25L/H、AMVが0.12L/H、MMMが0.08L/H、第2重合槽におけるAMVが0.06L/H、MMMの量が0.06L/Hである。これらの値から、「PVAc-18」は、「PVAc-19」と比較して、単量体の供給量に対する開始剤の供給量が少ないことが認識できる。そして、単量体の供給量に対して開始剤の供給量が少なければ、得られる重合体の分子量が大きくなることが、当該技術分野の技術常識であることに鑑みると、「PVAc-18」及び「PVAc-19」の分子量は相対的に、「PVAc-18」が大きく、「PVAc-19」が小さいものであると推認できる。
そうすると、分子量の差が大きい重合体同士の混合物は、分子量分布が大きくなることは、技術常識であるから、比較例4は、「PVAc-18」と「PVAc-19」という、分子量の差の大きい重合体同士の混合物であるから、分子量分布が大きいものとなると推認できる。
ここで、「式(2)」の「Mw_(UV)/Mn_(UV)」は、本件特許明細書の段落【0030】に記載されるとおり(上記2(2)ア)、変性PVA中の波長280nmの紫外線を吸収する成分の分子量分布を意味するものであると解される。
してみると、分子量分布の大きい「PVAc-18」と「PVAc-19」との等量混合物である「比較例4」は、変性PVA中の波長280nmの紫外線を吸収する成分の分子量分布、すなわち、「Mw_(UV)/Mn_(UV)」の値も大きくなることが推認でき、その値が「8.5」となり、本件発明1の「式(2)」の条件を満足しないものと理解することができる。
一方、【表2】に記載される実施例9は、「PVAc-11」と「PVAc-12」の等量混合物のけん化物であるところ、【表1】に記載される「PVAc-11」と「PVAc-12」における、各原料の供給量を比較してみると、「PVAc-11」は、第1重合槽における単量体VAMが3.65L/H、開始剤AMVが0.11L/H、カルボキシル基を有する単量体MMMが0.01L/H、第2重合槽におけるAMVが0.01L/H、MMMが0.06L/Hであるのに対し、「PVAc-12」は、第1重合槽におけるVAMが1.46L/H、AMVが0.08L/H、MMMが0.09L/H、第2重合槽におけるAMVが0.04L/H、MMMの量が0.06L/Hである。これらの値から、上記と同様に、「PVAc-11」の分子量は大きく、「PVAc-12」の分子量は小さいものであると推認できる。そうすると、実施例9の分子量分布の値も、比較的大きいものとなるといえる。
しかしながら、上記の供給量の割合の差からみて、「PVAc-11」と「PVAc-12」との分子量の差は、「PVAc-18」と「PVAc-19」との分子量の差ほど大きくなく、すなわち、実施例9の分子量分布は、比較例4の分子量分布ほど大きい値ではないものと認識できるから、実施例9の「Mw_(UV)/Mn_(UV)」の値は、「7.5」となり、本件発明1の「式(2)」の条件を満足するものと理解することができる。
以上のとおり、比較例4が本件発明1の「式(2)」の条件を満足しない理由や、「式(2)」を満足するための条件は、本件特許明細書の記載及び本件特許出願時の技術常識から理解することができるといえるので、本件発明の「式(1)?(3)」の要件を満たす変性PVAを得るには、当業者に過度の試行錯誤が必要であるとはいえない。
よって、申立人の上記主張アは、採用しない。

(3)申立人の主張イについて

ア 申立人の主張イについて検討する。
本件特許明細書の【表1】の記載をみると、「PVAc-8」、「PVAc-9」、「PVAc-15」及び「PVAc-16」は、いずれも酢酸ビニルの単独重合体であるところ、「PVAc-8」と「PVAc-15」、「PVAc-9」と「PVAc-16」はそれぞれ、重合体の製造条件が類似していることから、同等の性質を有する単独重合体が得られているものと認識できる。
したがって、単独重合体として「PVAc-8」を含有する「実施例7」と、「PVAc-15」を含有する「比較例2」、単独重合体として「PVAc-9」を含有する「実施例8」と「PVAc-16」を含有する比較例3をそれぞれ比較して以下に検討する。

イ 実施例7と比較例2について
「実施例7」に含まれる「PVAc-7」と「比較例2」に含まれる「PVAc-14」とを比較すると、「PVAc-7」は、第1重合槽における単量体VAMの供給量が大きく、開始剤AMVの供給量が小さい。また、「PVAc-7」と「PVAc-14」の第2重合槽におけるAMV及びMMMの供給量は、同一である。これらのことから、「PVAc-14」より分子量が大きいものと認識できる。そして、本件特許明細書の段落【0028】に記載される(上記2(2)ア)とおり、Mw_(RI)は変性PVAの重量平均分子量であるから、「PVAc-7」及び「PVAc-14」のMw_(RI)の値は、「PVAc-7」が大きく、「PVAc-14」が小さいといえる。
また、本件特許明細書の段落【0048】の記載(上記2(3)ア)によれば、第2重合槽において開始剤を添加することにより、波長280nmの紫外線を吸収するポリエン構造を有する低分子量の変性PVAが多く得られるものと解される。そして、「Mw_(UV)」は、本件特許請求項1にも記載されるとおり、「吸光光度検出器(測定波長280nm)によって求められる、前記変性ポリビニルアルコールの重量平均分子量」である。
これらのことから、第2重合槽において開始剤を添加することにより得られた「ポリエン構造を有する低分子量の変性PVA」が「Mw_(UV)」の値に影響するものと解される。
してみると、上記のとおり、「PVAc-7」と「PVAc-14」の第2重合槽における開始剤及び単量体の供給量が同一であることから、「PVAc-7」及び「PVAc-14」の「Mw_(UV)」の値は、同等であるものと推認できる。
そうすると、「PVAc-7」と「PVAc-14」における「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値において、分子である「Mw_(UV)」の値が同等であるのに対し、分母である「Mw_(RI)」の値が、「PVAc-7」は大きく、「PVAc-14」は小さいため、「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値は、「PVAc-7」が小さく、「PVAc-14」が大きくなるものといえる。そして、それらのそれぞれに対して、同等の性質を有する単独重合体「PVAc-8」、「PVAc-15」を混合した「実施例7」及び「比較例2」の「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値は、それぞれ、前者が「1.15」と小さく、「式(1)」を満足し、後者が「1.25」と大きく、「式(1)」を満足しないものと理解することができる。

ウ 実施例8と比較例3について
「実施例8」に含まれる「PVAc-10」と「比較例3」に含まれる「PVAc-17」とを比較すると、第1重合槽における各原料の供給量は、ほぼ同等である。一方、第2重合槽における各原料の供給量を比較すると、「PVAc-10」のAMVが0.03L/H、MMMが0.04L/Hであるのに対し、「PVAc-17」のAMVが0.04L/H、MMMが0.04L/Hである。
そうすると、本件特許明細書の段落【0048】の記載(上記2(3)ア)によれば、第2重合槽において開始剤を添加することにより、波長280nmの紫外線を吸収するポリエン構造を有する低分子量の変性PVAが得られるところ、「PVAc-17」は、「PVAc-10」と比較して、第2重合槽における、単量体に対する開始剤の供給量が多いため、波長280nmの紫外線を吸収する低分子量の変性PVAがより増加するものと推認できる。
ここで、本件特許明細書の段落【0028】の記載(上記2(2)ア)から、「変性PVA中の低分子量成分に波長280nmの紫外線を吸収する成分が多い」ことにより、「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値が小さくなるものと解される。
そうすると、「PVAc-17」は、上記のとおり、「変性PVA中の低分子量成分に波長280nmの紫外線を吸収する成分が多い」といえることから、「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値は、「PVAc-10」と比較して、小さくなるものといえる。そして、それらのそれぞれに対して、同等の性質を有する単独重合体「PVAc-16」、「PVAc-9」を混合した「比較例3」及び「実施例8」の「Mw_(UV)/Mw_(RI)」の値は、それぞれ、前者が「0.75」と小さく、「式(1)」を満足せず、後者が「0.85」と大きく、「式(1)」を満足するものと理解することができる。

エ 小括
上記ア?ウで検討したとおり、「PVAc-7」、「PVAc-10」、「PVAc-14」及び「PVAc-17」と、「PVAc-8」、「PVAc-9」、「PVAc-15」及び「PVAc-16」は、各重合槽における各原料の供給量が異なるので、それらの重合体の間に特に差異がないとはいえない。
そして、上記ア?ウで述べたとおりであるから、上記共重合体と上記単独重合体とを組み合わせる場合に、どのように共重合体及び単独重合体を調製かつ選択すれば、「式(1)」及び「式(2)」を満足することができるのか、本件特許明細書の記載及び本件特許出願時の技術常識から、当業者が理解できるものといえる。
してみると、本件発明の「式(1)?(3)」の要件を満たす変性PVAを得るには、当業者の過度の試行錯誤が必要であるとはいえない。
よって、申立人の上記主張イは、採用しない。

6 まとめ
以上のとおりであるから、上記第3の申立理由には、理由がない。


第5 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号に該当せず、取り消すべきものではない。
したがって、本件発明1?5に係る特許は、上記申立理由によっては、取り消すことはできない。また、他に本件発明1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-01-31 
出願番号 特願2015-554965(P2015-554965)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 安田 周史  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 近野 光知
武貞 亜弓
登録日 2019-04-19 
登録番号 特許第6512517号(P6512517)
権利者 株式会社クラレ
発明の名称 変性ポリビニルアルコールおよびそれを含有する水溶性フィルム  
代理人 中務 茂樹  
代理人 伊藤 俊一郎  

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