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審決分類 |
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
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管理番号 | 1361233 |
審判番号 | 不服2018-16902 |
総通号数 | 245 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-05-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2018-12-19 |
確定日 | 2020-04-02 |
事件の表示 | 特願2017- 93759「褥瘡治療剤」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月29日出願公開、特開2018-188400〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成29年5月10日を出願日とする特許出願であって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。 平成30年 6月20日付け :拒絶理由通知 平成30年 8月31日 :意見書及び手続補正書の提出 平成30年 9月10日付け :拒絶査定 平成30年12月19日 :審判請求書及び手続補正書の提出 令和 1年 6月13日付け :拒絶理由通知 令和 1年 8月 8日 :意見書及び手続補正書の提出 令和 1年 9月25日付け :拒絶理由通知 令和 1年11月26日 :意見書及び手続補正書の提出 第2 令和1年11月26日提出の手続補正書による手続補正についての補 正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和1年11月26日提出の手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正の内容 (1)補正後 本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された(なお、下線部は本件補正による変更箇所である。)。 「【請求項1】 真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを、生理食塩水に溶解させた水溶液と、 前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを、生理食塩水に溶解させた水溶液であって、エラスチンのカルシウム結合サイトに二価のカルシウムイオンを結合させるとともに、エラスチンを、前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布することで線維状に修復されたコラーゲンのカルシウム結合サイトに結合させて束ねることを特徴とする水溶液と、 からなる褥瘡治療剤。」 (2)補正前 本件補正前の、令和1年8月8日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。 「【請求項1】 真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液と、 前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液と、 からなることを特徴とする褥瘡治療剤。」 2 本件補正の適否 補正の目的について検討する。 ア 本件補正による請求項1についての補正事項のうち、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である、「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」についての補正は、本件補正後の請求項1において、「水溶性のビタミンCを」の直後に「、」を挿入する補正である。 この補正事項は、「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための」との修飾部が「水溶性のビタミンC」に係ることを明瞭にするものであると認める。 そうすると、この補正事項は、令和1年9月25日付けの拒絶理由通知に係る拒絶の理由1に示す事項についてするものであって、明りようでない記載の釈明を目的とするものと認められる。 イ 本件補正による請求項1についての補正事項のうち、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」についての補正は、本件補正後の請求項1において、「水溶性のカルシウムを」の直後に「、」を挿入する補正である。 この補正事項は、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための」との修飾部が「水溶性のカルシウム」に係ることを明瞭にするものであると認める。 そうすると、この補正事項は、令和1年9月25日付けの拒絶理由通知に係る拒絶の理由1に示す事項についてするものであって、明りようでない記載の釈明を目的とするものと認められる。 ウ 本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するための事項である「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」についての補正は、本件補正後の請求項1の「水溶性のカルシウムを、生理食塩水に溶解させた水溶液」について、「エラスチンのカルシウム結合サイトに二価のカルシウムイオンを結合させるとともに、エラスチンを、前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布することで線維状に修復されたコラーゲンのカルシウム結合サイトに結合させて束ねることを特徴とする」ことを特定するものである。 しかしながら、「エラスチンのカルシウム結合サイトに二価のカルシウムイオンを結合させるとともに、エラスチンを、前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布することで線維状に修復されたコラーゲンのカルシウム結合サイトに結合させて束ねることを特徴とする」との記載は、「水溶性のカルシウムを、生理食塩水に溶解させた水溶液」という物自体が有する機能、作用又は特性を表すものにすぎず、物である「水溶性のカルシウムを、生理食塩水に溶解させた水溶液」を特定しているとは認められない。 エ そうすると、上記ウの補正事項は、特許法第17条の2第5項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではなく、また、同法同条同項第1号、第3号又は第4号のいずれの事項を目的とするものにも該当しない。よって、本件補正は、同法第17条の2第5項に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しない補正事項を含むものである。 3 補正の却下の決定のむすび 以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しない補正事項を含むものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 したがって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。 第3 本願発明について 1 本願発明 令和1年11月26日提出の手続補正書による手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願に係る発明は、令和1年8月8日提出の手続補正書による手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2[理由]1(2)に記載したとおりのものである。 2 令和1年9月25日付けの拒絶理由通知の拒絶の理由の概要 令和1年9月25日付けの拒絶理由通知の拒絶の理由の概要は、以下のとおりのものである。 1.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が以下の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 2.(進歩性)この出願の請求項1-2に係る発明は、引用文献1に記載された発明、引用文献1-2に記載される事項及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 3.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が以下の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 4.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が以下の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 以下では、本願又は本願発明について各理由が妥当であるか否かについて検討する。 3 理由1(明確性)について 請求項1には、「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」(下線は合議体が便宜上付した。以下の下線も同様。)と記載されている。 当該「・・・ための」なる記載は、物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(いわゆる用途限定)と認められる。しかしながら、当該用途限定は、「水溶性のビタミンC」を限定しているのか、「水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた『水溶液』」を限定しているのかが不明確である。 同様に、請求項1には、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」と記載されているが、当該用途限定は、「水溶性のカルシウム」を限定しているのか、「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた『水溶液』」を限定しているのかが不明確である。 先ず、前記の用途限定が「水溶液」を限定していると仮定した場合の拒絶理由(「理由3(実施可能要件)」及び「理由4(サポート要件)」)を以下に示す。 4 理由3(実施可能要件)について (1)上記「3 理由1(明確性)について」で説示した事項に関し、請求項1に係る「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」及び「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」なる記載について、これら用途限定は、それぞれ「水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」及び「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」を限定するものである、すなわち、これら用途限定を付した各水溶液は、それ自体がいわゆる「用途発明」を示すものであるという前提で以下の判断を行った。 (2)医薬の用途発明において、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。 (3)本願明細書段落【0019】?【0022】には、ビタミンCとカルシウムの作用について以下の記載がある。 「【0019】 皮膚の表皮よりも下層の真皮の内部においては、密なコラーゲンの線維の結合体の中に弾性線維としてのエラスチンが網状に分布している。しかし、褥瘡や皮膚創傷の場合、真皮の内部のコラーゲンの線維がダメージを受けて分断された状態となっている。 【0020】 褥瘡や皮膚創傷の患部に上記いずれかの構成の褥瘡治療剤又は皮膚創傷治療剤を塗布すると、ビタミンCの水溶液が皮膚の真皮の内部にまで浸透する。ビタミンCは、真皮内部で分断されたコラーゲンとエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる。これにより、真皮内部で分断されたコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなる。 【0021】 また、褥瘡や皮膚創傷の患部に上記いずれかの構成の褥瘡治療剤又は皮膚創傷治療剤を塗布すると、カルシウムの水溶液が皮膚の真皮の内部にまで浸透する。カルシウムは、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる。これにより、真皮内部で線維状のコラーゲンがエラスチンによって結束される。 【0022】 このようにして、皮膚の内部の組織が修復され、褥瘡や皮膚創傷が治癒する。」 (4)しかしながら、本願明細書には、当該【0019】?【0022】の記載を裏付ける薬理試験結果の記載はないことから、水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液を褥瘡領域に塗布することで、真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現が促進されることが、本願明細書に記載されているものとは認められない。 また、同様に、前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に、水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液を褥瘡領域に塗布することで、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現が促進されることが、本願明細書に記載されているものとは認められない。 (5)さらに、水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液が、真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させる作用、及び、水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液が、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる作用について、そのような技術常識が本願出願時に存在していたものでもない。 (6)よって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願出願時の技術常識に照らして、当業者が、「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させる」及び「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる」という発明特定事項を有する、本願発明について、医薬としての有用性を理解できるように記載されているものとは認められない。 5 理由4(サポート要件)について (1)上記「3 理由1(明確性)について」で説示した事項に関し、請求項1に係る「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」及び「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」なる記載について、これら用途限定は、それぞれ「水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」及び「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」を限定するものである、すなわち、これら用途限定を付した各水溶液は、それ自体がいわゆる「用途発明」を示すものであるという前提で以下の判断を行った。 (2)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも、当業者が出願時の技術常識等に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 そこで、本願発明が、出願時の技術常識等に照らして発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討する。 (3)本願明細書段落【0005】?【0006】によれば、本願発明の課題は、褥瘡の効果的な治療剤を開発することと認められる。そして、当該課題は、「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」を患部に塗布すること、及び、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」を塗布することで、解決されるものである。 (4)しかしながら、上記4(3)?(4)で述べたとおり、水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液を褥瘡領域に塗布することで、真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現が促進されること、及び、前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に、水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液を褥瘡領域に塗布することで、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現が促進されることが、本願明細書に記載されているものとは認められない。 (5)さらに、水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液が、真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させる作用、及び、水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液が、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる作用について、そのような技術常識が本願出願時に存在していたものでもない。 (6)よって、本願明細書の記載や出願時の技術常識を参酌しても、「水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」が「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させる」こと、及び、「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」が「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる」ことを、当業者が理解するとはいえないから、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の上記課題が解決できると当業者が認識できる程度の記載ないし示唆があるとまでは認めることはでいない。 よって、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。 次に、上記3で指摘したとおり、前記用途限定が、化合物を限定していると仮定した場合の拒絶理由を以下に示す。 6 理由2(進歩性)について 引用文献1.特開2011-219411号公報(拒絶査定の引用文献2) 引用文献2.特表2006-500368号公報(拒絶査定の引用文献4) (1)上記「3 理由1(明確性)について」で説示した事項に関し、請求項1に係る「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液」なる記載について、当該用途限定は「水溶性のビタミンC」を限定するものであり、また、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」なる記載について、当該用途限定は「水溶性のカルシウム」を限定するものである、という前提で以下の判断を行った。 (2)化合物に用途限定が付されている場合、当該用途限定は、一般に、化合物の有用性を示しているに過ぎず、上記「真皮内部で分断されたコラーゲンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のビタミンC」及び「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための水溶性のカルシウム」は、それぞれ、用途限定の有無に拘わらず、化合物それ自体を意味することに変わりはないから、これら用途限定が本願発明を特定するための意味を有しないものと認める。 よって、これら用途限定を付した各成分は、それぞれ用途限定のない「水溶性のビタミンC」及び「水溶性のカルシウム」を示すものと認められる。 (3)引用文献1に記載された事項及び引用発明 ア 引用文献1には、次の事項が記載されている。 (ア) 「【請求項1】 水基剤中に水素ガスを含有する褥瘡治療外用液剤。 【請求項2】 少なくともビタミンC又はプロビタミンCを含有するとともに、 ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、ゼラチン、コラーゲン含有タンパク加水分解物、ビタミンAより選ばれる1種又は2種以上を含有する請求項1に記載の褥瘡治療外用液剤。」 (イ) 「【0001】 本発明は、褥瘡治療用の外用液剤およびそれを含む褥瘡治療用の浴用水を供給する褥瘡治療装置の技術に関する。」 (ウ) 「【0005】 褥瘡の分類としては、発症後の短期間の褥瘡は「急性期褥瘡」と呼ばれ、壊死の及ぶ範囲や深さが不明瞭なため把握することが難しいが、1?2週間経過すると、隣接する周囲の健常な皮膚との境界が明瞭となり、壊死の及んだ範囲が明らかとなってくる。ただし、壊死の及んだ深達度を外観から目視で判定することは難しく、デブリードメント後に明らかとなる。さらに褥瘡が進行して、皮下脂肪組織より深部にまで壊死が及んだ褥瘡は「慢性期褥瘡」と呼ばれ、通常、治癒までに数ヶ月、時には1年以上の期間を要する。慢性期褥瘡は、創傷の表面における色調によってどの治癒過程であるかが次の進行順序ごとに判定される。(a)黒色期:塊状の壊死組織が付着している状態、(b)黄色期:残存した壊死組織を伴う滲出性変化が見られる状態、(c)赤色期:肉芽形成が認められる状態、(d)白色期:創の収縮と上皮化が認められる状態。」 (エ) 「【0028】 本発明の褥瘡治療外用液剤では、水基剤として、水道水、蒸留水、精製水、天然ミネラル水などを用いることができる。本発明の水基剤は、好ましくは35?43℃の温湯となるように調製され、特に好ましくは不感温度と言われる35.5?36.6℃の低温湯となるように調製される。」 (オ) 「【0038】 本発明の褥瘡治療外用液剤では、細胞機能の活性化や増殖等により産生される活性酸素の消去を促進し、皮膚再生に関与する細胞を保護する機能が期待できるビタミンC、ビタミンE、β-カロチンなどの抗酸化ビタミン類が含有され、特に、ビタミンC又はプロビタミンCが好ましく含有される。ビタミンC又はプロビタミンCは、褥瘡部位の表面に接触されて皮膚内部へ浸透して皮膚内の細胞へと供給されることで、褥瘡コラーゲン形成、生体異物解毒、インタフェロン産生誘導、抗ヒスタミン作用、免疫機能増強、抗ウイルス、抗細菌などの種々の作用も期待される。」 (カ) 「【0054】 本発明の褥瘡治療外用液剤は、処方に応じて種々の剤形にすることができ、液剤、湿布剤、浴用剤、ローション剤、エアゾール剤などの経皮吸収型製剤として使用することができる。特に、褥瘡治療としての物理的治療法の際に、褥瘡部分に直接接触させたり、褥瘡部分を浸漬させたりして用いられる治療用の浴用水として好ましく使用される。例えば、褥瘡治療外用液剤を適当な容器に充填して製品とされ、一回にその適当量を褥瘡部位に滴下させたり、容器や浴槽に収容して褥瘡部位を浸漬させたり、ガーゼや脱脂綿などの塗布具等により塗布することにより適用される。また、スプレー容器に充填して噴霧方式により適用可能な製品形態とすることも可能である。」 (キ) 「【実施例1】 【0072】 <褥瘡治療外用液剤及び比較例試料の調製> 本実施例の褥瘡治療外用液剤では、公知の電気分解法又は上述した褥瘡治療装置1にて供給される加水素水(浴用水)を用いて、いずれも温度35.8?36.4℃、溶存水素濃度1.02?1.35ppm、溶存酸素濃度1.30?3.28ppm、酸化還元電位-349?-583mV、pH5.34?8.06となるように調製した。 ・・・ 【0074】 <褥瘡治療効果試験1> ・・・ 【0075】 治療処理方法としては、褥瘡ステージI症状の部位を褥瘡治療外用液剤又は比較例試料に毎日10分間浸漬する処理(浸漬処理)と、褥瘡ステージI症状の部位に褥瘡治療外用液剤又は比較例試料を毎日10分間連続滴下する処理(滴下処理)と、褥瘡ステージI症状の部位に褥瘡治療外用液剤又は比較例試料を染み込ませた塗布具を貼付して毎日取り換える処理(貼付処理)とを行った。また、治療効果は、治療処理の都度、褥瘡ステージI症状の部位をデジタルカメラで撮影し、画像処理を施して、当該部位の面積の減少率(%)の変化に基づいて評価した。」 (ク) 「【0084】 表5に、褥瘡治療外用液剤として、水基剤に水素ガスを含有させたもの(実施例23)、水基剤に水素ガスを含有させたものに所与のビタミンC又はプロビタミンCを添加したもの(実施例24?28)、及び水基剤に水素ガスとビタミンC又はプロビタミンC(アスコルビン酸)を含有させたものにタンパク加水分解物を添加したもの(実施例29)を用いて滴下処理を行った場合の試験結果を示す。 【0085】 【表5】 」 イ 上記摘記事項ア(ア)及び(イ)によれば、引用文献1には、褥瘡治療用の外用液剤が記載されている。そして、上記摘記事項ア(キ)及び(ク)を踏まえると、引用文献1の実施例24には、 「水基剤に水素ガス及びアスコルビン酸を含有させた褥瘡治療外用液剤。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 (4)対比及び判断 ア 本願発明と引用発明とを対比する。 上記(3)の摘記事項ア(エ)によれば、水基剤は、水道水、蒸留水、精製水、天然ミネラル水などであることから、引用発明の「水基剤」と本願発明の「生理食塩水」とは、水を含有する点で一致する。 出願時の技術常識を参酌するに、引用発明の「アスコルビン酸」は、本願発明の「水溶性のビタミンC」に相当する。 また、摘記事項ア(キ)及び(ク)によれば、引用発明の褥瘡治療外用液剤は、加水素水(浴用水)により調製され、水素ガス及び水溶性のアスコルビン酸のみを含有するものであるし、滴下処理により患部に適用されるものであるから、引用発明は水溶液の形態であると認める。 そうすると、本願発明と引用発明とは、「水溶性のビタミンCを水に溶解させた水溶液からなる褥瘡治療剤。」の発明である点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点1) 本願発明は、水溶性のビタミンCを生理食塩水に溶解させた水溶液に加えて、「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」とからなり、ビタミンC及びカルシウムは、それぞれ生理食塩水に溶解しているのに対し、引用発明には当該特定のない点。 なお、仮に、請求項1に係る「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させるための」なる記載のうち、「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布して」の部分を、褥瘡治療剤の用法を特定するものであると仮定した場合には、本願発明と引用発明とは以下の点でも相違する。 (相違点2) 本願発明は、「水溶性のカルシウムを生理食塩水に溶解させた水溶液」を「前記ビタミンCの水溶液を患部に塗布して真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなった後に塗布」するのに対し、引用発明には当該特定のない点。 イ 上記相違点1について検討する。 引用文献2には、以下の記載がある。 「【請求項1】 哺乳動物の皮膚を処置するための皮膚処置組成物であって、イオン性カルシウムと、水性キャリア、水溶性キャリア及び水混和性キャリアから成る群より選択される皮膚科学的に許容し得るキャリアと、を有することを特徴とする皮膚処置組成物。 ・・・ 【0014】 発明の詳細な説明 本発明は、哺乳動物の皮膚を処置するための、イオン性カルシウムを含有する皮膚処置組成物に関する。イオン性カルシウムは、組成物中に、皮膚のコンディション(健康状態)を改善し、より若い皮膚細胞を刺激し(活性化させ)、及び/又は皮膚の外観を改善するのに有効な量にて存在させることができる。 ・・・ 【0027】 理論によって束縛されることを意図するものではないが、イオン性カルシウムは、痛んだ皮膚細胞を標準的な条件下よりも高い比率で置換する、新しい健康な皮膚細胞の成長を刺激することによって、皮膚コンディションを改善するものと考えられる。」 これらの記載に鑑みると、引用文献2には、イオン性カルシウム及び皮膚科学的に許容し得るキャリアを有する皮膚処置組成物が記載されており、イオン性カルシウムは、皮膚のコンディション(健康状態)を改善し、より若い皮膚細胞を刺激し(活性化させ)、及び/又は皮膚の外観を改善する作用を有することが記載されているといえる。 そして、医薬の分野において、薬効増大といった当業者によく知られた課題を解決するために、二以上の医薬成分の組合せを最適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮である。 さらに、薬剤の分野において、液剤を作製する際に、溶媒として、生理食塩水などの生理学的に許容される溶媒を用いることは周知技術である。また、生理食塩水は皮膚・創傷面の洗浄・湿布に用いられるものであり、外用液剤にも適用できることは技術常識といえる。 してみれば、褥瘡の治療において、引用発明に加えて、皮膚のコンディション(健康状態)や皮膚の外観を改善させるために、引用文献2に記載されたイオン性カルシウム及び皮膚科学的に許容し得るキャリアを有する皮膚処置組成物を適用してみること、及び、ビタミンCやカルシウムを溶解する溶媒として、生理食塩水などの生理学的に許容される溶媒を用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。 ウ 上記相違点2について検討する。 引用文献1の【0038】には以下の記載がある。 「【0038】 本発明の褥瘡治療外用液剤では、細胞機能の活性化や増殖等により産生される活性酸素の消去を促進し、皮膚再生に関与する細胞を保護する機能が期待できるビタミンC、ビタミンE、β-カロチンなどの抗酸化ビタミン類が含有され、特に、ビタミンC又はプロビタミンCが好ましく含有される。ビタミンC又はプロビタミンCは、褥瘡部位の表面に接触されて皮膚内部へ浸透して皮膚内の細胞へと供給されることで、褥瘡コラーゲン形成、生体異物解毒、インタフェロン産生誘導、抗ヒスタミン作用、免疫機能増強、抗ウイルス、抗細菌などの種々の作用も期待される。」(下線は合議体が便宜上付した。) したがって、引用発明を褥瘡部位に適用した場合、褥瘡コラーゲン形成、すなわち「真皮の内部でコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲン」が形成されるものといえ、この点で本願発明と引用発明とに実質的な差異はない。 仮に、上記の点で本願発明と引用発明とが相違するとしても、上記引用文献1の【0038】の記載に基づき、引用発明を褥瘡コラーゲン形成のために用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。 また、医療の分野において、患者の治癒の進行に合わせて、適切な治療方法や薬剤を選択することは技術常識である。 したがって、褥瘡の治療において、先ず引用発明の褥瘡治療外用液剤を適用し、コラーゲン形成が行われるなど褥瘡の重症度がある程度改善した後に、皮膚のコンディション(健康状態)や皮膚の外観を改善させるために、引用文献2に記載されたイオン性カルシウム及び皮膚科学的に許容し得るキャリアを有する皮膚処置組成物を適用してみることは、当業者が容易に想到し得ることである。 エ 本願発明の効果について 上記(3)の摘記事項ア(オ)には、ビタミンCが、褥瘡部位の表面に接触されて皮膚内部へ浸透して皮膚内の細胞へと供給されることで、褥瘡コラーゲン形成作用が期待されることが記載されている。また、引用文献2の【0014】及び【0027】には、イオン性カルシウムは、皮膚のコンディション(健康状態)を改善し、より若い皮膚細胞を刺激し(活性化させ)、及び/又は皮膚の外観を改善する作用を有することが記載されている。 一方、本願明細書には、「ビタミンCは、真皮内部で分断されたコラーゲンとエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる。これにより、真皮内部で分断されたコラーゲンが修復されて線維状のコラーゲンとなる。」(【0020】)、「カルシウムは、真皮内部で修復された線維状のコラーゲンを結束するためのエラスチンに対して遺伝子の発現を促進させる。これにより、真皮内部で線維状のコラーゲンがエラスチンによって結束される。」(【0021】)、及び「このようにして、皮膚の内部の組織が修復され、褥瘡や皮膚創傷が治癒する。」(【0022】)と記載されているものの、褥瘡治療に対して、先ずビタミンCを溶解させた水溶液を患部に塗布した後に、カルシウムを溶解させた水溶液を塗布したことによる薬理効果を具体的に確認していないことから、本願発明の効果が、引用文献1及び2に記載された上記効果に比して、格別顕著に優れているということはできない。 (5)小括 したがって、本願発明は、引用発明、引用文献1-2に記載される事項及び周知技術に基いて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。 第4 むすび 以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許請求の範囲の記載が同条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、また、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明を検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2020-01-30 |
結審通知日 | 2020-02-04 |
審決日 | 2020-02-17 |
出願番号 | 特願2017-93759(P2017-93759) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(A61K)
P 1 8・ 57- WZ (A61K) P 1 8・ 536- WZ (A61K) P 1 8・ 537- WZ (A61K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 山村 祥子 |
特許庁審判長 |
滝口 尚良 |
特許庁審判官 |
渡邊 吉喜 穴吹 智子 |
発明の名称 | 褥瘡治療剤 |
代理人 | 内野 美洋 |