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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1362785
審判番号 不服2019-1820  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-02-08 
確定日 2020-05-26 
事件の表示 特願2015-541121「非溶出試料の一段階核酸増幅法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 5月15日国際公開、WO2014/072354、平成28年 1月18日国内公表、特表2016-501011〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年11月6日(パリ条約による優先権主張 2012年11月9日 英国、2013年1月25日 英国、2013年3月15日 米国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成29年 8月 9日付け 拒絶理由通知書
平成29年11月14日 意見書・手続補正書
平成30年 2月19日付け 拒絶理由通知書(最後)
平成30年 5月25日 意見書・手続補正書
平成30年 9月26日付け 補正の却下の決定・拒絶査定
平成31年 2月 8日 審判請求書・手続補正書
平成31年 3月20日 手続補正書
令和 1年 8月15日 上申書

第2 平成31年2月8日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成31年2月8日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 補正の内容
本件補正前の特許請求の範囲の請求項1(平成29年11月14日付け手続補正により補正されたもの)と、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は、それぞれ次のとおりのものである。
本件補正前の特許請求の範囲の請求項1
「核酸の増幅方法であって、
i)カオトロピック塩を含む固体支持体を、核酸を含む細胞試料と接触させる段階と、
ii)固体支持体を反応容器に移す段階と、
iii)固体支持体上の核酸を核酸増幅試薬溶液と共にインキュベートする段階と、
iv)核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階と、
v)増幅核酸を定量化する段階と、任意には
vi)短鎖縦列反復配列(STR)プロファイリングを用いてSTRプロファイルを作製する段階と
を含んでいて、段階i)?vi)が固体支持体の存在下で実施され、段階i)?iii)の間に洗浄が全く行われない、方法。」

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1(以下、「本願補正発明」という。)
「核酸の増幅方法であって、
i)カオトロピック塩を含む固体支持体を、核酸を含む細胞試料と接触させる段階と、
ii)固体支持体を反応容器に移す段階と、
iii)固体支持体上の核酸を核酸増幅試薬溶液と共にインキュベートする段階であって、核酸増幅試薬溶液がポリメラーゼ、デオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)、反応緩衝液及び1種以上のプライマーを含み、プライマーが任意には色素で標識されている、段階と、
iv)核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階であって、増幅方法が定量的ポリメラーゼ連鎖反応である、段階と、
v)増幅核酸を定量化する段階と、任意には
vi)短鎖縦列反復配列(STR)プロファイリングを用いてSTRプロファイルを作製する段階と
を含んでいて、段階i)?vi)が固体支持体の存在下で実施され、段階i)?iii)の間に洗浄が全く行われない、方法。」

2 補正の適否
本件補正は、請求項1のiii)に記載された「核酸増幅試薬溶液」が「ポリメラーゼ、デオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)、反応緩衝液及び1種以上のプライマーを含み、プライマーが任意には色素で標識されている」ことを特定するとともに、請求項1のiv)に記載された「核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階」について、「増幅方法が定量的ポリメラーゼ連鎖反応である」ことを特定するものであるから、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するかどうか)について以下に検討する。

(1)引用文献の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の優先権主張の日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特表2011-526788号公報(以下、「引用文献1」という。)には、次の事項が記載されている。

ア 「【請求項1】
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行う方法であって、該方法は:
デオキシリボ核酸を含む粗製サンプルを提供する工程;
該粗製サンプルをNaOHと必要に応じてインキュベートする工程;
該粗製サンプルを直接緩衝剤と混合して、核酸を含む溶液を形成する工程;および
該核酸を含む溶液に対してPCRを行う工程を含み、該直接緩衝剤は、少なくとも0.2%?0.9%のポリソルベート、3%?8%のグリセロール、および1000?3000μg/mlのBSA
を含む、方法。」(特許請求の範囲)

イ 「【請求項2】
前記直接緩衝剤は、10?50mMのTris-HCl(pH8.3)、30?80mMのKCl、1.4?2.4mMのMgCl2、0.01%?0.04%のアジ化ナトリウム、100?350μMの各dNTP、および0.10?0.35U/μlのDNAポリメラーゼを含む、請求項1に記載の方法。」(特許請求の範囲)

ウ 「(発明の分野)
本教示は、一般的に粗製サンプルから核酸を直接増幅する方法に関する。」(【0002】段落)

エ 「(緒言)
DNAプロファイルの迅速および正確な検出は、法医学的ケースワークサンプル分析の重要な局面である。血液および口腔スワブのような粗製サンプルは、PCRに基づく短いタンデム反復(STR)タイピングのために使用されるポリメラーゼの活性を阻害し得る物質を含む。歴史的に、PCR増幅のような、下流の酵素的操作を行う前に、阻害剤を除去し、そしてDNAを精製することが必要であった。多くの種類のDNA単離および精製法およびキットが、市販で入手可能である。しかし、それらの使用は、続く分析のためのサンプルの調製に時間および費用がかかる」(【0003】段落)

オ 「いくつかの定義
本明細書中で使用される場合、「粗製サンプル」という用語は、核酸を含むことが推測される、生物学的起源の標本を指し、それはそれらの核酸の単離または精製のための手順を経ていない。例えば、血液のサンプルは粗製サンプルである。粗製サンプル中の細胞を、必要に応じて溶解し得る。さらに、FTA紙(Whatmanから市販で入手可能)のような、溶解試薬を含む紙にスポットした血液のサンプルは、粗製サンプルである。頬細胞の口腔スワブは、粗製サンプルの別の例である。粗製サンプルは、血液、希釈した血液、紙上の血液、口腔スワブ、およびFTA紙のような、サンプル保存のための基質上の口腔スワブを含むがこれに限らない。当業者は、非常に多数の様々な他の粗製サンプルを認識し、その分析は本教示によって促進されるであろう。
」(【0013】段落)

カ 「本明細書中で使用される場合、「直接緩衝剤」という用語は、粗製サンプルを入れることができる緩衝剤を指す。その直接緩衝剤は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のような、下流の酵素的操作を行うためのプライマーおよび酵素を含む。その直接緩衝剤は、いかなる核酸単離または精製の必要無しに、核酸の遊離、および直接緩衝剤中で直接の増幅を可能にする。実例となるPCRのサイクリング時間および温度を、Sambrookら、Molecular Cloning、第3版、1993において見出し得る。本教示は、PCRのための直接緩衝剤の使用に焦点を合わせるが、当業者は、本教示の直接緩衝剤を、他の型の下流の酵素的操作、例えば逆転写酵素を用いた逆転写、またはリガーゼを用いたオリゴヌクレオチドライゲーションアッセイのための着手段階の手順として、容易に採用し得ることを認識する。」(【0014】段落)

キ 「いくつかの実施態様において、血液または口腔細胞を含むFTA紙を切って、生物学的材料を含む小さい領域、例えば直径0.5mmから1.2mm、または直径1.0?1.5mm、または直径1.5?2.0mmの円形パンチを除去する。」(【0041】段落)

ク 「いくつかの実施態様において、その紙を、PCR反応のための直接緩衝剤を含むPCR混合物へ直接入れる。いくつかの実施態様において、FTA紙を直接緩衝剤へ入れる前に、FTA紙の洗浄は必要でない。」(【0042】段落)

ケ 「特許請求される発明および他からの市販で利用可能な製品の間のさらなる比較データは、全ての場合において、特許請求される発明の直接緩衝剤は、1.2mmサイズのパンチを用いてFTA紙にスポットされた10個の血液サンプルのうち10個において、直接PCRによって完全なSTRプロファイルを提供することを明らかにする(具体的には、図3?12、「A」と示された電気泳動図)。別のSTRキットによって、試験した10個のサンプルのうち4つのみにおいて、完全なSTRプロファイルが見られ(図3B、4B、7B、および8B)、部分的なSTRプロファイルが試験した10個のサンプルのうち5個において見られ(図5B?7Bおよび9B?10B)、そして1つのサンプルにおいてはSTRプロファイルが見られなかった(図6B)。」(【0047】段落)

コ 「最初の実施例において、血液をFTA紙(Whatman)にアプライし、そして空気乾燥した。0.5mmのディスクパンチをFTA紙から作成し、そして市販で入手可能なIdentifiler(登録商標) Human Identity Kit(Applied Biosystems)由来のPCRプライマーを含む直接緩衝剤中に置いた。次いでPCRを行った。」(【0048】段落)

(2)参考文献の記載事項
原査定の拒絶の理由で参考文献として引用したABDELWHAB,E. M. et al.,Journal of Virological Methods,2011年,Vol. 174,pp. 120-122(以下、「参考文献1」という。)、原査定の拒絶の理由で参考文献2として引用した特開2008-099622号公報(以下、「参考文献2」という。)、平成29年 8月 9日付け拒絶理由通知書で引用文献2として引用したPEZZOLI, N. et al.,Leukemia Research,2007年,Vol. 31,pp. 1175-1183(以下、「参考文献3」という。)は、いずれも本願の優先権主張の日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであり、当該参考文献1?3にはそれぞれ次の事項が記載されている(参考文献1及び参考文献3は、原文が英語のため、当審による翻訳文を示す。)。

ア 「・・・鳥インフルエンザウイルス(AIVs)感染の正確な実験室での診断には、バイオハザードを防止するために、検体又はウイルスの運搬のための時間がかかり複雑な物流過程を要する予防措置が必要である。Flinders Technology Associatesフィルターペーパー(FTA(R)カード)をAIVsの感染について使用し、ウイルスRNAを逆転写定量ポリメラーゼ連鎖反応、シーケンシング、DNAマイクロアレイ分析による検出のために保存できるかどうかを調査した。・・・」(参考文献1、Abstract)

イ 「Flinders Technology Associatesフィルターペーパー(FTA(R)カード)は、綿を含むセルロース膜であって、カオトロピック剤が含浸されている。カオトロピック剤は、感染性の微生物を不活性化し、細胞質を溶解し、DNA及び/又はRNAを繊維基板(ワットマン, 2006)上に固定する」(参考文献1、120頁、右欄13?16行)

ウ 「ワットマン、2006。全RNAのためのワットマンFTA。http://www.whatman.com/repository/documents/s7/WGP256 RNA A.pdf」(参考文献1、122頁、右欄下から2?1行)

エ 「【請求項1】
以下の工程を含む、体液検体中の検出対象遺伝子を検出又は定量する方法:
(A)体液検体をろ紙に付着させる工程;
(B)前記ろ紙を洗浄液で洗浄する工程;
(C)前記ろ紙を鋳型として使用してリアルタイムPCR法により体液検体中に存在する検出対象遺伝子を増幅させる工程;及び
(D)光電子増倍管を用いる検出器を用いて増幅された遺伝子に起因する蛍光を検出又は定量する工程。」(参考文献2、特許請求の範囲)

オ 「ろ紙としては、特に制限なく医学・生化学分野で一般的に使用されるものを使用することができる。表面処理(殺菌剤処理など)の有無についても特に制限はない。本発明の方法に特に適したろ紙としては、Isocode(商品名、Schleicher & Schuell社)やFTAelute(商品名、Whatman社)などが挙げられる。」(参考文献2、【0021】段落

カ 「この研究では、FTAペーパーを用いた血液サンプリングからの、定量リアルタイムPCRにより、性別不適合移植のキメラ現象の定量化調査を行った。・・・」(参考文献3、Abstract)

(3)引用文献1に記載された発明
(1)ア、イ、コの記載から、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「血液をFTA紙にアプライし、ディスクパンチをFTA紙から作成し、PCRプライマー、Tris-HCl、dNTP、DNAポリメラーゼを含む直接緩衝剤中に置いて、次いでPCRを行う方法。」(以下、「引用発明1」という。)

(4)本願補正発明と引用発明1との対比
引用発明1の「血液」、「FTA紙」はそれぞれ本願補正発明の「核酸を含む細胞試料」、「固体支持体」に相当するから、引用文献1の「血液をFTA紙にアプライし」は、本願補正発明の「固体支持体を、核酸を含む細胞試料と接触させる段階」に相当する。
また、上記(1)ウ?カの記載からみて、引用発明1の目的は、粗製サンプルからポリメラーゼの活性を阻害する物質を除くことなく、核酸を直接増幅する方法についてである(上記(1)ウ、エ)。そして、粗製サンプルである血液のスポットされたFTA紙(上記(1)オ)を、粗製サンプルを核酸単離または精製の必要無しに入れることができる緩衝剤である直接緩衝剤(上記(1)カ)中に入れているから、引用発明1の方法では、FTA紙を精製すなわち洗浄することなしに、「核酸増幅試薬溶液」である直接緩衝剤中に入れていると認められる。
したがって、引用発明1の「ディスクパンチをFTA紙から作成し、・・・を含む直接緩衝剤中に置いて次いでPCRを行う方法。」は、本願補正発明の「固体支持体を反応容器に移す段階と、固体支持体上の核酸を核酸増幅試薬溶液と共にインキュベートする段階と、核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階」に相当する。さらに、引用発明1の方法は、FTA紙の存在下で行われているから、各段階が、「固体支持体の存在下で実施され」ていることに該当し、各段階で洗浄は行われていないから、「洗浄が全く行われない」方法に該当する。
また、引用文献1の直接緩衝剤に含まれる「PCRプライマー」、「Tris-HCl」、「dNTP」、「DNAポリメラーゼ」はそれぞれ、本願発明の「1種以上のプライマー」、「反応緩衝液」、「デオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)」、「ポリメラーゼ」に相当する。

したがって、本願補正発明と、引用発明1とを対比すると、両者は、
「核酸の増幅方法であって、
i)固体支持体を、核酸を含む細胞試料と接触させる段階と、
ii)固体支持体を反応容器に移す段階と、
iii)固体支持体上の核酸を核酸増幅試薬溶液と共にインキュベートする段階であって、核酸増幅試薬溶液がポリメラーゼ、デオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)、反応緩衝液及び1種以上のプライマーを含む段階と、
iv)核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階と、
を含んでいて、段階i)?iv)が固体支持体の存在下で実施され、段階i)?iii)の間に洗浄が全く行われない、方法。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

(相違点1)
本願補正発明は、固体支持体がカオトロピック塩を含むと特定されているのに対し、引用発明1では、固体支持体である「FTA紙」がカオトロピック塩を含むのか明らかでない点。

(相違点2)
本願補正発明は、増幅方法が定量的ポリメラーゼ連鎖反応であることと、増幅核酸を定量する段階が特定されているのに対し、引用発明1はそのような特定がされていない点。

なお、本願発明において「任意」とされている発明特定事項については、「任意」であるため、相違点とはならない。

(5)判断
ア 相違点1について
上記(2)ア?ウで摘示したように、FTA紙は、「綿を含むセルロース膜であって、カオトロピック剤が含浸されている」から、FTA紙はカオトロピック剤を含むと認められ、この点は相違点にならない。

イ 相違点2について
定量的ポリメラーゼ連鎖反応は、ポリメラーゼ連鎖反応の一種として、極めて一般的に行われる方法であるし、上記(2)ア?カで摘示したように、FTA紙を用いた生体試料からの核酸増幅においても、広く用いられている周知な方法である。そうすると、FTA紙を用いて生体試料から核酸増幅をして分析しようとする引用発明1において、ポリメラーゼ連鎖反応として周知のものであり、FTA紙の分析でも従来から用いられてきた定量的ポリメラーゼ連鎖反応を用い、核酸を増幅し定量することは、当業者が容易に想到することである。

したがって、本願補正発明は、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(6)審判請求人の主張について
ア 審判請求人は、平成31年 3月20日付けの審判請求書の手続補正書及び令和 1年 8月15日付けの上申書で要するに以下の旨、主張している。

(ア)
引用文献1の発明は、定量的ポリメラーゼ連鎖反応(定量的PCR)を行うことを含んでいない。定量的PCR又はSTRプロファイリングは、非定量的PCRと比較して、増幅試薬中に追加のプライマーや染色剤を使用する必要がある。一方、FTA紙に含まれるカオトロピック剤は、タンパク質を変性させるので、酵素活性を阻害し、PCRの増幅を行うDNAポリメラーゼ酵素を変性させると予測される。したがって、当業者であれば、PCRを阻害する物質を含むFTA紙を用いる場合に、非定量的PCRが行えたとしても、追加のプライマーや染色剤が必要となる定量的PCRやSTRプロファイリングを実施しようと考えることはない。

(イ)
引用文献1には「ディスクを洗浄して次のサンプル試験に干渉する物質を除去しないまま」のFTA紙から増幅を行うとSTRプロファイルが検出不能であったと記載されており、引用文献1には、FTA紙の洗浄が必要であると開示されている。

上記主張(ア)、(イ)について検討する。

(ア)について、
引用文献1は、定量的PCRをも含むPCR一般について、粗製サンプルから直接増幅することを可能とする発明を開示するものであって(上記(1)ウ、エ)、STRプロファイルを提供するためにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行っているものと認められる(上記(1)ケには「FTA紙にスポットされた10個の血液サンプルのうち10個において、直接PCRによって完全なSTRプロファイルを提供することを明らかにする。」との記載がある。)。そして、STRプロファイルを行うためには、出願人も主張するように、PCRにおいて、染色剤、すなわち蛍光色素で標識された複数のプライマーを使用する態様が採用されていると認められる。
したがって、引用文献1に接した当業者であれば、引用文献1におけるPCRでは、蛍光色素で標識された複数のプライマーを用いたとしても、FTA紙からの直接PCRにおいて増幅反応が問題なく進行すると理解できる。
そうすると、引用文献1におけるPCRとして、PCRを行う緩衝液に蛍光色素を加えるか又は、蛍光色素が付着したプローブを加える必要がある定量的PCRを採用したとしても、引用文献1で問題なく進行することが確認されている物質と同様の物質が添加されるだけであるから、当業者であれば、定量的PCRの場合においても、増幅反応が問題なく進行すると予測することは格別困難なことではない。また、引用発明1において、周知な方法である定量的PCRを採用することにも特段の阻害要因は見当たらない。

(イ)について
引用文献1の【0046】段落には、審判請求人が主張する記載があるが、当該記載は、市販の「Applied Biosystems Identifiler HIDv.1 Kit」を用いて、引用文献1の発明である「直接緩衝剤」を使用せずに増幅を行う際、ゲノムDNAを直接使用した場合にはSTRプロファイルが作成できたが、FTAディスクパンチの洗浄を行わずに増幅反応を行った場合には、STRプロファイルが部分的または検出不能であったことを示すもので、引用文献1の発明ではなく、従来例の説明である。
そして、上記(1)ケのとおり引用文献1の【0047】段落には、「特許請求される発明および他からの市販で利用可能な製品の間のさらなる比較データは、全ての場合において、特許請求される発明の直接緩衝剤は、1.2mmサイズのパンチを用いてFTA紙にスポットされた10個の血液サンプルのうち10個において、直接PCRによって完全なSTRプロファイルを提供することを明らかにする」と記載されているように、引用文献1に記載の発明の方法では、直接PCR(上記(1)ウ、エの記載から、FTA紙の洗浄を行わず、PCRを行う緩衝剤に直接FTA紙を加えていると認められる。)において、STRプロファイルが作成できたことが記載されているから、引用文献1には、引用文献1に記載の発明の方法ではFTA紙の洗浄が不要であることが記載されている。

よって、上記審判請求人の主張はいずれも採用できない。

イ 審判請求人は、令和 1年 8月15日付けの上申書で、本願補正発明にさらに、「vi)短鎖縦列反復配列(STR)プロファイリングを用いてSTRプロファイルを作製する段階」を必須の構成とする補正案を提示しているので、これについて検討する。
引用文献1は、上記(1)ケで摘記したように、STRプロファイルを行うことが記載されているから、引用文献1ではSTRプロファイルが作成されており、この点は相違点にならない。
したがって、補正案を採用したとしても、補正案で補正された本願補正発明は、依然として、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(7)むすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について1 本願発明
平成31年2月8日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成29年11月14日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「核酸の増幅方法であって、
i)カオトロピック塩を含む固体支持体を、核酸を含む細胞試料と接触させる段階と、
ii)固体支持体を反応容器に移す段階と、
iii)固体支持体上の核酸を核酸増幅試薬溶液と共にインキュベートする段階と、
iv)核酸を増幅して増幅核酸を生じさせる段階と、
v)増幅核酸を定量化する段階と、任意には
vi)短鎖縦列反復配列(STR)プロファイリングを用いてSTRプロファイルを作製する段階と
を含んでいて、段階i)?vi)が固体支持体の存在下で実施され、段階i)?iii)の間に洗浄が全く行われない、方法。」

2 原査定の拒絶の理由の概要
本願発明は、本願の優先権主張の日(以下、「優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特表2011-526788号公報(上記第2の2(1)の「引用文献1」である。)に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができない。

3 引用文献およびその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1およびその記載事項は、前記第2の2(1)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、本願補正発明の「核酸増幅試薬溶液」に含まれる成分の特定がなく、増幅方法が「定量的ポリメラーゼ連鎖反応」に特定されないものである。そうすると、本願発明の特定事項を含みさらに特定がなされた本願補正発明が、上記第2の2(1)?(5)のとおり、引用文献1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明についても同様に、引用文献1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。



 
別掲
 
審理終結日 2019-12-17 
結審通知日 2019-12-23 
審決日 2020-01-09 
出願番号 特願2015-541121(P2015-541121)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 西 賢二  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 松岡 徹
長井 啓子
発明の名称 非溶出試料の一段階核酸増幅法  
代理人 田中 拓人  
代理人 小倉 博  
代理人 崔 允辰  
代理人 荒川 聡志  
代理人 飯田 雅人  
代理人 田中 研二  

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