• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1363466
審判番号 不服2019-3724  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-19 
確定日 2020-06-17 
事件の表示 特願2016-516232「除痛および麻酔の提供のためのジヒドロエトルフィン」拒絶査定不服審判事件〔2014年12月4日国際公開、WO2014/191710、平成28年7月11日国内公表、特表2016-520114〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2014年5月30日(パリ条約による優先権主張 2013年5月30日 英国(GB))を国際出願日とする特許出願であって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 2月23日付け :拒絶理由通知
平成30年 6月 5日 :意見書及び手続補正書の提出
平成30年11月 7日付け :拒絶査定
平成31年 3月19日 :審判請求書及び手続補正書の提出
令和 1年 5月 9日 :手続補正書(方式)及び
手続補足書の提出
令和 1年 6月13日付け :前置報告
令和 1年11月11日 :上申書の提出

第2 本願発明

平成31年3月19日提出の手続補正書による特許請求の範囲についてした手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件補正前の請求項14ないし26及び請求項28ないし38を削除するとともに、それに伴い、本件補正前の請求項27の引用先の請求項を請求項1ないし26から請求項1ないし13に減じ、かつ、本件補正前の請求項27の番号を請求項14に繰り上げたものである。
本願に係る発明は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし14に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
なお、本件補正後の請求項1の記載は、本件補正前の原査定の対象となった平成30年6月5日提出の手続補正書により補正された請求項1の記載から何ら変更はない。

「ヒト対象における痛みの処置のために、前記処置の間、(R)-ジヒドロエトルフィンは0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与され、および前記対象において呼吸抑制のレベルは(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下である、薬の製造における(R)-ジヒドロエトルフィンの使用。」

第3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由は、本願の請求項1に係る発明は、本願の優先権主張の日(以下「本願優先日」という。)前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明及び本願優先日前の周知・慣用技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。

引用文献1:DRUG DEVELOPMENT RESEARCH,1996,Vol.39,pp.131-134
引用文献2:CNS Drug Reviews,2002,Vol.8, No.4,pp.391-404
(周知技術を示す文献)
引用文献3:European Journal of Pharmacology,1994,Vol.260,
pp.257-259(周知技術を示す文献)
引用文献4:NIDA Research,1986,Vol.75,pp.516-519
(周知技術を示す文献)
引用文献5:REGULATORY PEPTIDES,1994,no. SUPPL.1,pp.S81-S82
(周知技術を示す文献)
引用文献6:European Journal of Pharmacology,1998,Vol.357,
pp.25-32(周知技術を示す文献)

第4 本願明細書の記載事項等

1 本願明細書の記載事項

本願明細書には、以下の摘記ア?エの事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記ア)
「【背景技術】
【0002】
・・・
【0004】
オピオイド鎮痛薬は、中等度から重度(急性および慢性)の疼痛の現在の処置の基礎を形成する。・・・。しかし、オピオイドは、オピオイド誘発性呼吸抑制(OIRD)が潜在的に生命を脅かすこととなる一連の副作用を伴う。・・・。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
別の既知のオピオイド鎮痛薬は、以下に示す(R)-ジヒドロエトルフィン(R-DHE)である。
【化1】

【0007】
他のオピオイド鎮痛薬に比べて、その特性ははるかに少ない程度にしか研究されていない。臨床的にそれは、中国でヒトにおいて、注射、およびより一層最近では、舌下の形態でだけ使用されている。
【0008】
フェンタニルは、目下、臨床現場において中等度から重度の疼痛の処置のために最も一般的に使用されるオピオイド鎮痛薬である。それは通常、静脈内に施与される(ボーラスまたは注入として)。自発的な換気が維持されるべき場合、低用量、例は、50-200μgおよび低注入速度、例は、0.05-0.08μg/kg/分が必要であり、それは、フェンタニルが無呼吸を伴う用量依存性の呼吸抑制を高用量にて生成するからである。
【0009】
・・・。フェンタニルに関連した用量依存性の呼吸抑制により、フェンタニルを受け入れた患者は、薬物の施与の間およびその後の長期間に慎重、かつ、綿密なモニタリングが必要とされる。・・・。
・・・
【0011】
結果として、望ましくない副作用の程度を低減しながら、高効率の除痛を提供することができる鎮痛性薬剤が必要とされ続けている。」

(摘記イ)
「【0094】
・・・。用語「オピオイド関連副作用」は、オピオイドによって引き起こされる非治療的効果を意味する。呼吸抑制は、オピオイド関連副作用の一例である。
【0095】
・・・、用語「呼吸」および「換気」は、肺への空気の流れを参照するために使用される。大抵は、それらの用語は、ここで互換的に使用される。呼吸は、分時換気量(または換気量)によって特徴付けられてよく、それはガス吸入または毎分肺からの呼気の用量である。特に指定しない限り、用語の呼吸は平均呼吸を指す。
【0096】
・・・、用語「呼吸抑制」は分時換気量の減少を指す。呼吸抑制は、息切れ、および/または呼吸率の減少(鈍化)として現れうる。100%の呼吸抑制は無呼吸を示す。40%の呼吸抑制は、分時換気量がベースライン値の60%であることを示す。・・・。特に指定しない限り、用語の呼吸抑制は平均呼吸抑制を指す。・・・、用語「ピーク呼吸抑制」は、ある期間、例は、1時間にわたる呼吸の測定の間に検出された呼吸抑制の最大レベルを指す。
【0097】
・・・、用語「換気率」は、薬物の施与前の呼吸または換気の平均レベル対薬物の施与後の呼吸または換気の平均レベルの割合を指し、・・・。1未満の値は、従って、換気における減少、すなわち呼吸抑制を示す。」
「【0105】
・・・、用語「天井効果」は、薬物投与量の増加に関係なく最大の効果の達成に言及する。換言すれば、効果はプラトーに達する。これにより、薬物用量における更なる増加でも、それ以上に天井をもつ効果を増加させないであろうことを意味する。
【0106】
・・・、用語「用量非依存性呼吸抑制」は、無呼吸を引き起こすことがない呼吸抑制において天井効果またはプラトーの発生を指す。これは、薬物の用量において更なる増加がこれ以上に呼吸抑制を増加させないであろうことを意味する。」
「【0108】
ここで使用されるように、用語「ED50」は、薬物の施与前ベースライン値に関して呼吸または換気における50%の減少を生じさせる用量を指す。同様に、用語「ED75」、「ED85」および「ED90」は、それぞれ、薬物の施与前ベースライン値に関して換気における75%、85%および90%の減少を引き起こす用量を意味する。」

(摘記ウ)
「【0113】
驚くべきことに、(R)-ジヒドロエトルフィンを施与することによる痛み処置の方法に関連する呼吸抑制のレベルは天井効果を見せることが見出された。つまり、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与に関連する呼吸抑制のレベルは、最大に達し、そして施与される(R)-ジヒドロエトルフィンの用量における更なる増加は、観察される呼吸抑制のレベルに影響を与えない。より一層顕著には、天井効果は鎮痛剤窓(ウィンドウ)において達成される。このことは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与による、例は、一定の用量においての痛みの処置が、著しく安全で、そしてたとえば、フェンタニルなどのような他のオピオイドでの処置よりも、オピオイド誘発性呼吸抑制につながる可能性が低いことを意味する。このことは、痛みの処置が麻酔の間であるとき特に有利であり、そこでは、(R)-ジヒドロエトルフィンの最高用量が使用される傾向にある。
【0114】
オピオイドの、例は、(R)-ジヒドロエトルフィンの処置と関連する呼吸抑制のレベルは、ベースライン呼吸レベル、すなわち、薬物の施与前呼吸レベルに対して定量化することができる。好ましくは、呼吸抑制の平均レベルは、例は、オピオイドの施与前および施与後の呼吸の平均レベルを測定することによって実施例に記載のように決定される。0%の呼吸抑制は、オピオイドの施与前および施与後の呼吸レベルが同じであることを意味する。100%の呼吸抑制は、オピオイドの施与後に無呼吸が起こることを意味する。30%の呼吸抑制は、薬物の施与後の呼吸のレベルが30%だけ減らされ、そして呼吸のレベルが施与前のレベルの70%であることを意味する。呼吸抑制は、従って、施与前レベルに関して呼吸における減少のレベルである。・・・。
・・・
【0117】
本発明のいくつかの好ましい方法では、平均呼吸抑制は、例は、上記の条件下で測定されるように、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与に先立つベースラインレベルに関して0から65%、より一層好ましくは0から60%、さらにより一層好ましくは0から50%、まだより一層好ましくは0から45%、およびまたさらにより一層好ましくは0から35%である。・・・。呼吸抑制のより一層小さい%が有利であり、呼吸抑制が薬物の施与の結果として発生していないことを示す0%の値を有する。」
「【0128】
約0.05μg/kgまたはそれよりも多い用量では、鎮痛のための用量反応曲線は、用量依存性であるが、呼吸抑制または換気率のための用量反応曲線は、用量非依存性である。言い換えると、約0.05μg/kgまたはそれよりも多くの用量で、呼吸抑制における天井効果からの利益が実現される。したがって、本発明の特に好ましい方法では、(R)-ジヒドロエトルフィンは0.05から0.175μg/kg、より好ましくは0.075から0.15μg/kgの用量で施与され、および対象における呼吸抑制のレベルは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して50および65%の間である。本発明のさらに特に好ましい方法では、(R)-ジヒドロエトルフィンは、0.075から0.15μg/kgの用量で施与され、対象における換気率は0.3から0.5である。しかし、天井効果より下の用量、例は、0.0125μg/kgはまた、これらに関連した呼吸抑制のレベルとして有利であり、たとえば、5%未満と同じくらい低い。」
「【0131】
特に好ましくは、(R)-ジヒドロエトルフィンは、ED_(75)用量およびED_(95)用量の間の用量において施与される。特に好適には、対象における呼吸抑制のレベルは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して40および65%の間である。これは、呼吸抑制に対する(R)-ジヒドロエトルフィンの用量非依存性を強調する。上記に示したように、(R)-ジヒドロエトルフィンのED_(75)用量は、換気において75%の減少を引き起こす用量である。呼吸抑制は、ほぼED_(50)用量にて天井に到達するが、しかし、ED_(75)、ED_(85)およびED_(90)での換気のレベルは、ED_(50)でのそれとかなり似ているので、許容可能な、たとえば、ベースラインレベルの35-50%の前後である。これは、(R)-ジヒドロエトルフィンの、特に高用量での使用を、たとえば、フェンタニルなどのような他のオピオイドを使用するよりはるかに安全にする。」

(摘記エ)
「【実施例】
【0175】
例1a
【0176】
例においては、R-DHEを、フェンタニルと比較し、それは用量依存性の呼吸抑制および高用量にて無呼吸を生成する(2-3μg/kgおよびそれよりも高い)、選択的で、かつ高親和性のMORアゴニストである。フェンタニルは、目下、中等度から重度の疼痛の多くの種類の処置のために選定されるオピオイドである。
【0177】
方法
【0178】
第1相研究は二つの部分を有した。初期に用量上昇(Initially a dose-ascending)、コホート群、単盲検パイロット研究(その1)を、用量所見(dose-finding)のために実行した。パイロット研究が完了した後、R-DHE用量を、主な研究(その2)のために選定し、無作為化、二重盲検、プラセボおよびアクティブコンパレータ(活性な比較器)(フェンタニル)でコントロールした研究を行った。並行群間研究(Parallel group study)を実行した。
【0179】
対象
【0180】
百二体の雄性の健康なボランティア(パイロット研究での10および主な研究における92)は、プロトコルの承認を、・・・入手した後、研究において参加した。・・・。
【0181】
研究デザイン
【0182】
パイロット研究-R-DHEの三つの漸増用量およびプラセボの一つの注入の呼吸器系への影響を、テストセッションの間に取り除くために、少なくとも一週間による四つの別々の日にテストした。3体の対象は、0.025、0.05および0.1μg/kgのR-DHEおよびプラセボ(コホート1)を、3体の他のものは0.0125、0.075および0.1μg/kgのR-DHEおよびプラセボ(コホート2)を、および最後の3体の対象は0.05、0.125および0.15μg/kgのR-DHEおよびプラセボ(コホート3)を受けた。この研究の結果から、主なテストの用量が決定された。薬物の注入が完了した後、換気が連続的にイソ高炭酸ガスの条件下で1時間の間呼吸毎に測定された。・・・。
【0183】
主な研究-この二重盲検無作為化研究において、92体のボランティアが参加した。それらのいずれも、パイロット研究の一部分でなく、およびすべてが一度だけ投与された。46体の対象は研究の呼吸の一部分に参加し、および46体の他の対象は鎮痛の部分においてであった。双方の部分において、プラセボ(n=6)、0.0125μg/kgのR-DHE(n=4)、0.075μg/kgのR-DHE(n=6)、0.125μg/kgのR-DHE(n=6)、0.15μg/kgのR-DHE(n=4)、0.5μg/kgのフェンタニル(n=4)、1μg/kgのフェンタニル(n=6)、2μg/kgのフェンタニル(n=6)および3μg/kgのフェンタニル(n=4)を、10分間かけて静脈内注入により投与した。・・・。
【0186】
呼吸測定
【0187】
注入後、換気を連続的に、イソ高炭酸ガスの条件下で1時間の間、呼吸対呼吸基づいて測定した。呼気終末ガス強制およびデータ収集を、動的呼気終末強制技術を用いて実行した。・・・。
・・・
【0190】
呼吸測定は、吸入分時換気量が定常状態に達したときに開始し、4-5分後に薬物注入を開始した。呼吸測定は、薬物注入の終了後65分で終えた(t=70分)。
【0191】
痛みの測定
【0192】
痛みは左脛骨(足首より上10cm)上の皮膚に経皮的電気刺激を用いて誘導した。20Hz(ヘルツ)〔パルス持続時間0.1ms(ミリ秒)〕の刺激列(stimulus train)が対象に送られ、皮膚侵害受容器の活性化が引き起こされた。刺激列は0ミリアンペアで開始し、2秒当たり0.5ミリアンペアの割合(128ミリアンペアのカットオフ値を持つ)で増加した。電流の供給は二つのボタンを有する制御ボックスに接続された電流刺激装置を介してコンピュータにより制御した。対象は、痛みを感じた(すなわち、痛覚閾値の)ときに、最初のボタンを押すように、および対象が刺激列を停止するように望む(すなわち、疼痛耐性の)ときに第二のボタンを押すように指示された。・・・。」
「【0196】
平均呼吸薬物効果
【0197】
呼吸対呼吸のデータは、1分のエピソードにわたって平均した。呼吸に対する平均薬物効果のインプレッション(印象)を得るために、呼吸曲線(AUC)下の面積を、t=0からt=70まで計算した。・・・。
【0198】
ピーク呼吸抑制
【0199】
各対象について、ピーク呼吸抑制は換気の最下点として計算し、およびベースラインに対する比率として提示した(例は、0.5の値はベースライン換気の大きさ50%での換気の底を示す)。・・・。
・・・
【0201】
鎮痛効果
【0202】
鎮痛効果の2つの測定は各実験において計算した:ピーク鎮痛(mAにおける痛覚閾値の最大値として規定)、および平均鎮痛効果(ベースラインの面積で正規化されたt=0からt=8時間への疼痛閾値の曲線下面積として規定、上記参照)。・・・。」

「【0203】
結果
【0204】
パイロット研究-九体のボランティアが予期しない副作用なしに試験を完了した。・・・。
【0205】
・・・。R-DHEへの平均呼吸応答を図2Aに与える。・・・。0.075、0.10、0.125および0.15μg/kgのR-DHEの投薬量に対する呼吸応答はオーバーラップする。用量反応曲線(ピーク呼吸抑制および平均薬物効果)は、図2BおよびCに与えられ、用量-応答が0.075μg/kgおよびそれよりも高い用量にて平らになる(levels off)ことが示される(R-DHEの0.075、0.125および0.15μg/kg:P>0.05)。ピーク呼吸抑制は、約0.4の換気率にて0.075μg/kgおよびそれよりも多い用量を用いて発生した。平均%呼吸抑制は用量0.075μg/kgおよびそれよりも多いものを伴い約40-45%の天井に達した。・・・。」
「【図2】


「【図面の簡単な説明】
【0174】
・・・
【図2】図2aは、プラセボおよび八つのR-DHE投与量のパイロット研究における、換気(L/分)対時間のプロットを示す。図2bは、パイロット研究において換気率対R-DHE用量のプロットを示す(パネルBでのデータは平均±SDである)。図2cは、パイロット研究において%呼吸抑制対R-DHE用量のプロットを示す(パネルCのデータは平均値±SDである)。」

「【0207】
主研究:呼吸。すべての46体の対象は予期しない副作用なしに研究を完了した。・・・。R-DHEに対する平均呼吸応答は図3Aに与える。換気における最下点は、プラセボデータおよびテストした最低のR-DHE用量では観察されなかった。時間対ピーク効果は、用量非依存で、17.3±5.5分に発生した。用量応答曲線(ピーク呼吸抑制および平均薬物効果について)は、図3BおよびCにおいて与えられ、それぞれ、用量-応答がベースラインのおよそ40%の換気レベルで平らになることを示す。具体的には、ピーク呼吸抑制は、0.075μg/kgおよびそれよりも多い用量で、および約0.5の換気率にて発生した。平均%呼吸抑制は、用量0.075μg/kgおよびそれよりも多くにより約30-40%の天井に達した。30-40%の平均呼吸抑制では、薬物を受けたボランティアにおいて達成された呼吸のレベルは、ベースラインを基準に60-70%であった。R-DHEを受けた対象はいずれも、不規則な呼吸または無呼吸を発症しなかった。」
「【図3】


「【図面の簡単な説明】
【0174】
・・・
【図3】図3aは、プラセボおよび四つのR-DHE投与量についての研究の主な相における換気(L/分)対時間のプロットを示す。図3bは、研究の主な相での換気率対R-DHE用量のプロットを示す(パネルBのデータは平均±SDである)。図3cは、研究の主な相での%呼吸抑制対R-DHE用量のプロットを示す(パネルCのデータは平均±SDである)。」

「【0208】
フェンタニルの実験では、呼気終末PCO2は6.6±0.1kPa(49.5±0.8mmHg)にてクランプされ、およびベースライン(プレドラッグ)換気は20.2±0.9L/分であった。呼吸応答における最下点は、試験したすべての用量について観察された(図4A)。時間対ピーク効果は、用量非依存性で、および12.8±2.1分にて平均的に発生した。用量応答曲線(ピーク呼吸抑制および平均薬物効果について)は、それぞれ図4BおよびCにおいて与えられる。用量依存性呼吸抑制は、ピーク換気(P <0.001)および平均薬物効果(P<0.001)において明らかであった。最大の観察された呼吸抑制は、テストした最高のフェンタニル用量にて観察された(3μg/kg;ピーク効果=ベースラインの19%)。二体の対象は、フェンタニルの最高用量後に不規則な呼吸を発生し、そのうちの一体は、わずか10分のフェンタニル注入を終了した後に、無呼吸を発生した(>20秒の呼吸活動の不在によって規定される)。」
「【図4】


「【図面の簡単な説明】
【0174】
・・・
【図4】図4aは、プラセボおよび四つのフェンタニル投与量についての研究の主な相での換気(L/分)対時間のプロットを示す。図4bは、研究の主な相での換気率対フェンタニル用量のプロットを示す(パネルBのデータは平均±SDである)。図4cは、研究の主な相での%呼吸抑制対フェンタニル用量のプロットを示す。」

「【0213】
主な研究:鎮痛-すべての46体の対象は予期しない副作用なしに試験を完了した。ベースライン疼痛閾値は11.8±0.9mA(R-DHE)、12.7±0.4mA(フェンタニル)および11.0±0.6mA(プラセボ)であった。プラセボの効果は、ベースラインの10%を超えない効果を伴って制限された。双方のR-DHEおよびフェンタニルは、ピーク鎮痛効果および平均薬物効果(図6AおよびB;薬物効果:P<0.01)の点で天井に到達するのは表示されずに用量依存的効果を生成した。
【0214】
本発明者らの研究では、試験した用量範囲にわたって、双方のフェンタニルおよびR-DHEがピーク疼痛応答および平均鎮痛効果での用量依存的増加を示したことを観察した(図6AおよびB)。これらのデータは、R-DHEについて、呼吸とは対照的に、除痛が、試験した用量範囲にわたって天井を表わさないことの証明を提供する。試験した最高用量では、両薬物は、約100%の疼痛閾値での増加を生成した(R-DHEの0.15μg/kgの応答=1.95×プレドラッグ応答;フェンタニルの3.0μg/kgの応答=2.1×プレドラッグ応答)。このことは、18.5の効力においてR-DHE-フェンタニルの差を示す。この差は、呼吸抑制について観察された見かけの効力差よりも小さい(係数=30)。ED_(50)は、ベースライン換気およびEMINの中ほどでの換気の推定値であるので、ED_(50)よりも良好な比較は換気の50%抑制を引き起こす用量であろう(絶対値で)。フェンタニルの場合、これはED_(50)と等しく(1.27μg/kg)、およびR-DHEについては、これは0.075μg/kgである。これは次いで、抗侵害受容のために観察された値と非常に類似する17の効力差を示唆する。」
「【図6】


「【図面の簡単な説明】
【0174】
・・・
【図6】図6aは、ピーク鎮痛に及ぼすR-DHEおよびフェンタニルの効果を示し、mAでの疼痛閾値の最大値として規定される。図6bは、平均鎮痛効果に及ぼすR-DHEおよびフェンタニルの効果を示し、ベースラインの面積によって正規化されるT=0からT=8時間の痛覚閾値曲線(AUC)下の面積として規定される。」

「【0215】
天井効果を達成するための原因となる機構(mechansim)は明らかではない。・・・。」

2 本願発明の技術的意義について

前記1に摘記した本願明細書の記載事項、及び、本願請求項1の記載からみて、本願発明の技術的意義について、以下のことが認められる。

(1)背景技術・課題
オピオイド鎮痛薬による痛みの処置は、副作用としての呼吸抑制を伴う。臨床現場で中等度から重度の疼痛の処置に最も一般的に使用されているオピオイド鎮痛薬であって、通常、静脈内に施与されるフェンタニルは、高容量では無呼吸を伴う容量依存性の呼吸抑制が生じるため、自発的な換気が維持されるべき場合には、低用量および低注入速度が必要であり、薬物施与の間及びその後の長期間に、慎重かつ綿密なモニタリングが必要とされる(【0004】、【0008】?【0009】)。
本願発明は、望ましくない副作用の程度を低減しながら、高効率の除痛を提供することができる鎮痛性薬剤を提供することを、解決すべき課題として含むものである(【0011】)。

(2)解決手段・効果
本願発明は、既知のオピオイド鎮痛薬である(R)-ジヒドロエトルフィンを静脈内に施与した場合に、健常者の左脛骨上の皮膚に経皮的電気刺激を用いて誘導された痛みに基づいて測定された鎮痛効果の試験において、0.075?0.15μg/kgの用量の範囲では、鎮痛作用のレベルは用量依存的に増大するのに対して、その副作用である呼吸抑制のレベルは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下のレベルであり、上記範囲での用量の更なる増加は呼吸抑制のレベルには影響しない(「天井効果」を生じる)、との知見に基づくものであって、ヒト対象における痛みの処置のために、フェンタニル等の他のオピオイド鎮痛薬よりも安全に、より高い用量で、(R)-ジヒドロエトルフィンを投与できる、という効果を奏するものであると認められる(【0006】?【0007】、【0113】?【0117】、【0128】、【0131】、【0174】?【0192】、【0196】?【0205】、【0207】?【0208】、【0213】?【0215】、【図2】?【図4】、【図6】)。

第5 引用文献の記載事項等

1 引用文献1

(1)引用文献1に記載された事項
原査定の拒絶理由で引用された引用文献1(DRUG DEVELOPMENT RESEARCH,1996,Vol.39,pp.131-134)には、以下の事項が記載されている。なお、和訳及び下線は、当審合議体が付した。

(摘記1a)
「INTRODUCTION
Dihydroetorphine (DHE) is a new type of highly effective analgesic belonging to the thebaine-papaverine oripavine group. Chemically, it is 7a-[1-(R) hydroxy-1-methylbutyl]6,14-endoethanotetrahydrooripavine and is usually used in the form of the hydrochloride salt. It is the first narcotic analgesic successfully developed and approved for production in China. It is not only the most potent analgesic to date, but also a drug with the lowest dosage. It brings about analgesia after intramuscular injection of only 10 μg or sublingual administration of only 20 μg. As an analgesic, it has been used safely and effectively in clinical practice for 12 years [Qin and Huang,1991].In recent years, it has also been used succesfully for substitution therapy in detoxification of opiates. ・・・. The aim of the present paper is to give a comprehensive review on the research advances of dihydroetorphine from analgesia to detoxificationin both theoretical and practical respects:」(131頁左欄1-15行、同頁左欄下3行-同頁右欄1行)
(和訳:
緒言
ジヒドロエトルフィン(DHE)は、テバイン-パパベリン オリパビン グループに属する、新しいタイプの高い効果を有する鎮痛薬であり、化学的には、同薬は、7a-[1-(R) hydroxy-1-methylbutyl]6,14-endoethanotetrahydrooripavine であり、通常は塩酸塩の形態で使用される。同薬は、中国において、開発に成功し、生産が認可された、最初の麻薬性鎮痛薬である。同薬は、今日までに最も強力な鎮痛薬であるだけでなく、最も投与量の少ない薬剤でもある。たった10μgの筋肉内注射、又は、たった20μgの舌下投与によって、鎮痛がもたらされる。鎮痛薬として、同薬は、12年間、臨床において安全にかつ効果的に使用されてきた[Qin and Huang,1991]。近年、同薬は、オピエートの解毒における代替療法にも成功裡に用いられている。・・・。本稿の目的は、鎮痛から解毒に至るジヒドロエトルフィンの研究の進展につき、理論と臨床の両方の点における包括的レビューを提供することである。)

(摘記1b)
「APPLICATION OF DIHYDROETORPHINE TO ANALGESIA
・・・
In the phase I clinical study in 20 volunteers, euphoria was not observed at the first test dosage. However, adverse reactions such as dizziness, nausea,vomiting, and sedation occurred with larger doses. The results of the phase II study indicated that excellent analgesia was produced by DHE in both postoperative pain and pain of patients with late cancer. By 1984, 730 cases with complete records were collected and showed a total effective rate of 97.6%, of which the effective rate for acute pain in surgical, gynecologic, obstetric, and anesthesiologic cases approximated 100% and that for chronic obstinate pain and pain of late cancer was as high as 90-95%. It was concluded that DHE has adequately confirmed therapeutic effectiveness with few significant adverse effects. ・・・.
To date approxiinately 100,000 patients have received DHE. As an analgesic, DHE has been generally considered as a drug with reliable therapeutic effectiveness and safety. It is available both in injection form and sublingual tablet form, is convenient for medication, and has been well received by physicians, nurses, patients, and their family members in China.」(131頁右欄4-5行、132頁右欄3-17行、及び同頁右欄26-32行)
(和訳:
ジヒドロエトルフィンの鎮痛への適用
・・・
20人のボランティアでの第I相臨床試験において、最初の試験投与量では多幸感は観察されなかった。しかしながら、めまい、吐き気、嘔吐及び鎮静などの副作用が、より大きな用量で発生した。第II相試験の結果により、術後疼痛と後期がん患者の疼痛の両方で、優れた鎮痛作用がDHEによって生じることが示された。1984年までに、730の症例の完全な記録が収集され、97.6%の総有効率が示されており、それらは、外科的、婦人科的、産科的及び麻酔科的な症例における急性疼痛で100%であり、慢性的難治性疼痛や後期癌疼痛においても90?95%という高い有効率であった。DHEは、重大な副作用がほとんどなく、十分に確認された治療効果を有する、と結論付けられた。・・・。
これまで、約100,000人の患者がDHEの適用を受けている。鎮痛剤としてDHEは信頼性の高い治療効果と安全性を備えた薬剤であると一般的に考えられてきた。同薬は、注射剤と舌下錠の両方の形態で入手可能であり、投薬に便利であり、中国において、医師、看護師、患者及びその家族から、高く評価されてきた。)

(摘記1c)
「APPLICATION OF DHE TO DETOXIFICATION
・・・
A trial for the application of DHE in the detoxification of opiates were approved by the Ministiy of Health of China in May 1991. To date, more than 300 cases of heroin addicts have been treated in ten hospitals with successful detoxification in all [Sha et al., 1993a; Wang et al., 1992]. ・・・. Administration of DHE for 7-10 successive days usually does not cause dependence on itself and, therefore, this time interval can be used to attain the goal of substitution therapy for detoxification.
Two dosage forms of DHE are available: tablets of 40 μg for sublingual administration and of 20 μg for intramuscular injection or intravenous drip. Sublingual tablets are used for ordinary cases: ・・・. For severe cases sublingual tablets along may not be sufficient and intramuscular use of DHE during severe attacks can relieve symptoms and calm the patient immediately. After that, the therapeutic effect can be maintained by an intravenous drip of DHE (which is carried out by adding 5 ampoules [l00 μg in total] of DHE into 500 ml glucose saline, shaking to make it homogeneous and dripping 500 ml in 6-10 h). The drip speed can be regulated according to the symptoms, being increased appropriately when restlessness appears and decreased when calm and hypodynamia appear. The respiration should be monitored. The intravenous drip is maintained for 3-4 days and the dose can be reduced usually to three (60 μg) ampoules in 500 ml glucose saline from the third day on.」(133頁左欄4行、同頁右欄3-8行、15-23行、及び29-44行)
(和訳:
DHEの解毒への応用
・・・
オピエートの解毒へのDHEの適用のための試験は、1991年5月に中国保健省により承認された。これまで、300人以上のヘロイン中毒患者が10の病院で治療され、すべての患者で解毒に成功している[Shaら、1993a; Wangら、1992]。・・・。7?10日間の連続したDHEの投与は、通常、DHEへの依存を引き起こさない。それゆえ、この時間間隔は解毒用の代替療法の目的を達成するために使用することができる。
DHEは、2つの投与形態が利用可能である。舌下投与では40μgの錠剤、筋肉内注射又は静脈内点滴で20μgである。通常の症例には舌下錠が用いられる。・・・。重症の場合は、舌下錠のみでは十分でない可能性があり、重度の発作中にDHEを筋肉内施与することによって、症状を緩和し、直ちに患者を鎮静化しうる。その後、DHEを静脈内点滴することにより、治療効果を維持できる(この処置は、5アンプル[合計100μg]のDHEを500mlのグルコース生理食塩水に加え、振盪して均質にし、6?10時間で500mlを滴下することにより行われる)。点滴の速度は、症状に応じて調節でき、不穏状態を示す場合には適切に増加し、平穏及び活動低下が現れる場合には減少する。呼吸は監視されなければならない。静脈内点滴は3?4日間維持し、3日目以降は、通常、500mlのグルコース生理食塩水中3アンプル(60μg)に減量できる。)

(2)引用文献1に記載された発明
上記(1)に摘記した事項によれば、引用文献1には、7a-[1-(R) hydroxy-1-methylbutyl]6,14-endoethanotetrahydrooripavineであるジヒドロエトルフィンが、痛みの処置のための薬(麻薬性鎮痛薬)であり、中国において開発され、少なくとも12年間、生産され、臨床において安全に使用されてきたこと(摘記1a)、投与量の少ない薬であり、10μgの筋肉内注射によって鎮痛がもたらされること(摘記1a)、第II相試験で優れた鎮痛作用が確認されたこと(摘記1b)、重大な副作用は有しないが、大きな用量では副作用が発生すること(摘記1b)、オピエートの解毒に用いる場合の用量として、筋肉内注射20μg又は静脈内点滴20μgの用量があり、静脈内点滴中には呼吸が監視されなければならないこと(摘記1c)、が記載されている。
そうすると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ヒトに対する痛みの処置のために、7a-[1-(R) hydroxy-1-methylbutyl]6,14-endoethanotetrahydrooripavineであるジヒドロエトルフィンは10μgの用量において筋肉内に注射される、薬の製造におけるジヒドロエトルフィンの使用。」

2 本願優先日当時の周知技術を示す技術的事項

(1)引用文献3

原査定の拒絶理由で周知技術を示す文献として引用された引用文献3(European Journal of Pharmacology,1994,Vol.260,pp.257-259)には、以下の事項が記載されている。なお、和訳及び下線は、当審合議体が付した。

(摘記3a)
「In addition, intravenous administration of dihydroetorphine has also been reported to produce significant respiratory depression (Bian et al., 1986).」(257頁左欄5-8行)
(和訳:
加えて、ジヒドロエトルフィンの静脈内投与が、有意な呼吸抑制を誘導することも、報告されている(Bianら、1986)。)

(2)引用文献4

原査定の拒絶理由で周知技術を示す文献として引用された引用文献4(NIDA Research,1986,Vol.75,pp.516-519)には、以下の事項が記載されている。なお、和訳及び下線は、当審合議体が付した。

(摘記4a)
「Dihydroetorpine (DHE) is a potent analgesic agent. When given intravenously, it causes significant respiratory and cardiac inhibition.」(516頁「INTRODUCTION」欄1-3行)
(和訳:
ジヒドロエトルフィン(DHE)は、強力な鎮痛剤である。静脈内投与されると、呼吸及び心臓の有意な阻害を引き起こす。)

(3)引用文献A

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献A(Qin BY, Huang M, In International Symposium on New Drug Research and Development,Oct, 1991, pp.82-88)には、以下の事項が記載されている。なお、和訳及び下線は、当審合議体が付した。

(摘記Aa)
「Research Advance and Clinical Application of Highly Potent Analgesic Dihydroetorphine Hydrochiloride」(表題)
(和訳:
強力な鎮痛薬であるジヒドロエトルフィン塩酸塩についての研究の進展と臨床応用)

(摘記Ab)
「 2. Clinical pharmacological study on dihydroetorphine
Clinical studies of phase I and phase II on dihydroetorphine were started in affiliated hospital of AMMS(No.307 Hospital) in 1981 (7-9).
・・・.
・・・. Even by sublingual administration, the dosage of dihydroetorphine is only two times that by injection, indicating the high analgesic efficacy of the drug(Table 7). ・・・.」(85頁4-6行、86頁3-5行)
(和訳:
2. ジヒドロエトルフィンの臨床薬理試験
ジヒドロエトルフィンの第I相及び第II相の臨床試験が1981年に、AMMS(No.307 病院)の割り当てられた病院で始まった。
・・・。
・・・。舌下投与でさえ、ジヒドロエトルフィンの用量は注射のたった2倍であった。そのことは、本薬の高い鎮痛効果を示している(表7)。)


」(表7)

(摘記Ac)
「 According to the statistics of 730 cases, the incidences of side effects of dihydroetorpine experienced by the patients are shown in Table 8^((10))」
(和訳:
730症例による統計に関して、患者に生じたジヒドロエトルフィンの副作用事象が表8に示されている。)


」(表8)

(4)引用文献B

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献B(メルクマニュアル 第18版 日本語版,2007年4月25日初版第3刷発行,pp.1880-1889)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審合議体が付した。

(摘記Ba)
「疼痛の治療
・・・。
オピオイド鎮痛薬
・・・。一般に、急性疼痛は短時間作用薬による治療が最善で、慢性疼痛は長時間作用薬による治療が最善である(表209-2及び209-3参照)。・・・。」(1882頁左欄下16行、同頁右欄下7行、1883頁左欄3-6行)

(摘記Bb)




(摘記Bc)
「 投与経路:ほぼすべての経路を使用できる。長期使用には経口あるいは経皮投与が好まれる;・・・。
静脈内投与は、最も迅速に作用が発現することから投与量の規定が最も容易であるが、鎮痛持続時間が短い。ボーラス効果(投与初期のピーク濃度時の毒性、あるいはその後トラフ値で生じる突出痛)が顕著になりうる。持続静注(ときどき患者管理方式で追加用量を加える)によってこの効果は除去されるが、高価なポンプが必要である;この方法は通常、術後疼痛管理に利用される。
筋肉内投与は静注よりも鎮痛時間が長くなるが、痛みを伴い、吸収が不安定になることがあるため、推奨されない。
・・・。」(1885頁左欄2-3行、同頁右欄4行-1886頁左欄9行)

(摘記Bd)
「 投薬と投与量の調整:初回投与量は患者の反応に従い調節する;鎮痛効果と副作用との間に許容できるような釣り合いが取れるまで徐々に増量する。鎮静、呼吸数、血圧をモニターしなければならず、また、オピオイドが比較的投与されたことがない患者にオピオイドを非経口投与する場合は頻繁にモニターする。・・・。」(1886頁左欄16-22行)

(摘記Be)
「 副作用:よく見られる副作用には、呼吸抑制、鎮静、便秘、悪心、嘔吐がある。・・・。
呼吸抑制は、常用量や長期使用ではまれである。呼吸抑制が急性であれば、オピオイドの効果がオピオイド拮抗薬により無効になるまで換気補助が必要かもしれない。
・・・。」(1886頁右欄33-34行、1887頁左欄29-32行)

(5)引用文献C

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献C(NEW 薬理学(改訂第6版第3刷)、2012年11月20日発行、pp.366-367)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審合議体が付した。

(摘記Ca)
「 麻薬性鎮痛薬 Narcotic analgesics
・・・。
モルヒネ Morphine
・・・。
鎮痛作用(μ、κ、δ受容体):・・・。有効限界はなく、増量すれば最大鎮痛は得られるとされている。
・・・。
呼吸抑制作用(μ受容体):1.延髄呼吸中枢への直接作用によるもので、血液中の炭酸ガス分圧の増加に対する呼吸中枢の反応性を低下させ、2.呼吸リズムを調節する橋、延髄を抑制し、呼吸応答中枢の応答性をも抑制する。」(366頁3行-367頁2行)

(6)引用文献D

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献D(相澤義雄、エッセンス 薬理学、1983年4月15日発行、pp.4-5)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審合議体が付した。

(摘記Da)
「1-4. 薬物の適用方法と吸収
薬物の適用方法には経口投与,皮下注射,筋肉内注射,吸入,静脈内注射などがある.薬物の吸収過程は適用方法の違いにより大きく異なる.一般には上述の順に吸収速度は大きくなる.」(4頁1-4行)

(摘記Db)
「(3)筋肉内注射 intramuscular injection (i.m.) 毛細血管が多いので皮下注射より吸収が早く,刺激性薬物でも皮下注射より疼痛を感じない.油性懸濁液も投与可能である.」(4頁18-20行)

(摘記Dc)
「(5)静脈内注射 intravenous injection (i.v.) 投与した全量が血中に入るので速効性で緊急を有する場合に適する.用量も他より少なく注入速度の調節,持続注入可能である.・・・」(4頁25-27行)

(摘記Dd)
「(2)用量 一般に薬物用量を増すと,薬物効果も大きくなる.図1は薬物を生体に用いた時の用量を横軸に生体反応を縦軸に表した用量-反応曲線を示す。(a)は用量-作用率、(b)は用量-死亡率曲線である。・・・。用量の増大とともに作用は大きくなり,中毒の危険性が増大する.」(5頁8-14行)

(7)引用文献E

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献E(カッツング薬理学 原書10版、2009年3月25日発行、pp.528-537)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審合議体が付した。

(摘記Ea)
「 麻薬性鎮痛薬と拮抗薬 31
・・・。
I.オピオイド鎮痛薬の基礎薬理学
・・・。
薬力学
・・・。
B.モルヒネとその類似薬の臓器における作用
・・・。
1.中枢神経系への作用
・・・。
d.呼吸抑制-すべてのオピオイド鎮痛薬は、脳幹の呼吸中枢を抑制することにより呼吸抑制を起こす。・・・。呼吸抑制作用は用量依存的であるが、知覚レベルによって著しく影響される。・・・。
・・・。」(528頁1行、同頁左欄15行、531頁左欄下8行、534頁右欄下18行、同頁同欄下11行、536頁左欄3-5、7-8行)

(8)引用文献F

当審合議体が周知技術を示す文献として追加引用する引用文献F(特表2010-501597号公報)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当審合議体が付した。

(摘記Fa)
「【0029】
A.呼吸抑制
1.呼吸抑制の原因
・・・。本明細書に開示された方法および組成物で治療することができる呼吸抑制の原因は、多様であり、薬剤の過量摂取、・・・を含む。
【0030】
・・・。過剰に摂取された場合に呼吸抑制の原因となることが知られる薬剤クラスには、・・・、オピエート、オピオイド、・・・が含まれる。・・・。過剰に摂取された場合に呼吸抑制の原因となり得る非限定例のオピオイドには、・・・、フェンタニル・・・を含めることができる。
・・・。
【0032】
2.対象における呼吸抑制を認識する
・・・。臨床的に有意な呼吸低下は、空気流量の50%以上の減少を特徴とし、および10秒間以上にわたる血中O_(2)レベルの3%以上の不飽和化を伴う。・・・。」

第6 対比・判断

1 対比

本願発明と、引用発明とを対比する。
引用発明の「7a-[1-(R) hydroxy-1-methylbutyl]6,14-endoethanotetrahydrooripavineであるジヒドロエトルフィン」は、本願発明の「(R)-ジヒドロエトルフィン」に相当するものである。また、引用発明における、「痛みの処置のために」行われる、「ジヒドロエトルフィン」の「筋肉内」への「注射」が、本願発明における「痛みの処置の間」になされるものであることは、明らかである。
そうすると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「ヒト対象における痛みの処置のために、前記処置の間、(R)-ジヒドロエトルフィンは施与される、薬の製造における(R)-ジヒドロエトルフィンの使用。」

<相違点1>
(R)-ジヒドロエトルフィンの施与が、本願発明では、「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」されるのに対し、引用発明では、「10μgの用量において筋肉内に注射」される点。

<相違点2>
本願発明は、「前記対象において呼吸抑制のレベルは(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下である」とされているのに対し、引用発明は、かかる点について特定がない点。

2 判断

(1)相違点1について

ア 「静脈内に施与」について
(R)-ジヒドロエトルフィンは、麻薬性(オピオイド)鎮痛薬であり(摘記1a)、一般的に、オピオイド鎮痛薬は、ほぼすべての投与経路を使用できるとされ、静脈内投与では最も迅速に作用が発現し(摘記Bc)、実際に多くのオピオイド鎮痛薬が静脈内投与されていること(摘記Bb)は、本願優先日前に当業者に周知であった。また、引用文献1にも、オピエートの解毒に用いる場合であるが、(R)-ジヒドロエトルフィンが既に実際に静脈内点滴により施与されていることも記載されている(摘記1c)。そして、痛みの処置のために用いる場合に限って、(R)-ジヒドロエトルフィンの静脈内投与を回避しなければならないような、特段の事情も見いだせない。
そうすると、オピオイド鎮痛薬は、ほぼすべての投与経路を使用できるのであるから、引用発明において、(R)-ジヒドロエトルフィンの投与経路を、「筋肉内に注射」に代えて、オピオイド鎮痛薬の周知の投与経路である静脈内投与、即ち「静脈内に施与」されるものとすることは、当業者が適宜選択し得たことであるし、また、例えば、急性疼痛等の、より迅速な作用発現が必要な処置に対応する場合には、オピオイド鎮痛薬が、静脈内投与では最も迅速に作用が発現することを考慮すると、引用発明において、上記投与経路を「静脈内に施与」されるものとすることは、当業者が容易になし得たことである。

イ 「0.075から0.15μg/kgの用量」について
引用発明における、筋肉内に注射される(R)-ジヒドロエトルフィンの用量である「10μg」は、ヒトの標準体重を仮に60kgとして、単位体重当たりに換算すると、「0.17μg/kg」となる。そして、生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)の点からは、静脈内投与が100%であるのに対し、それ以外の経路では100%未満となるところ、オピオイド鎮痛薬における静脈内注射と筋肉内注射の用量の関係については、同量のもの(摘記Bb中の「ブプレノルフィン」では「0.3mg, 6時間毎」で同じ。)や、静脈内注射の用量が筋肉内注射の用量の半分程度のもの(摘記Bb中の「オキシモルホン」では「筋注あるいは皮下注:1-1.5mg, 4時間毎」に対し「静注:0.5mg」であり、「ブトルファノール」では「筋注:2(1-4)mg, 3-4時間毎」に対し「静注:1(0.5-2)mg, 3-4時間毎」とされている。)など種々知られている。
また、一般的に、薬物の用量が増大するのに伴い、薬効も中毒や副作用等の危険も大きくなること(摘記Dd、摘記Ca、摘記Ea)、投与した全量が血中に入るため速効性がある静脈内注射では、筋肉内注射と比較して、対応する用量が少なくなることは、本願優先日当時の技術常識であった(摘記Dc?Dd)。さらに、オピオイド鎮痛薬には、よく見られる重大な副作用に呼吸抑制があることが、本願優先日前に周知であり(摘記Be、摘記Ca、摘記Ea)、静脈内投与では、ボーラス効果(投与初期のピーク濃度時の毒性等)が顕著になりうることも周知であった(摘記Bb)。そして、(R)-ジヒドロエトルフィンの静脈内投与により有意な呼吸抑制が生じることも、既によく知られていた(摘記3a、摘記4a、摘記Ac)。
また、引用文献1にも、(R)-ジヒドロエトルフィンは、大きな用量で副作用が生じることが記載されており(摘記1b)、オピエートの解毒作用ではあるが、(R)-ジヒドロエトルフィンが、20μgという更に高い用量で、静脈内点滴により実際に施与され、静脈内点滴中には「呼吸は監視されなければならない」と記載されていることから(摘記1c)、呼吸抑制という観点からは、(R)-ジヒドロエトルフィンが20μgで静脈内投与可能であり、かつ、監視の必要な副作用であることが認識されていたといえる。
そして、医薬発明においては、特定の疾病に対して、薬効増大、副作用低減、といった当業者によく知られた課題を解決するために、用法又は用量を好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であるから、引用発明において、(R)-ジヒドロエトルフィンの投与経路を「静脈内に施与」されるものとする際に、意図する鎮痛効果が奏され、かつ、呼吸抑制等の副作用がより少ない用量を選択することは当業者が容易になし得ることである。
そうすると、引用発明における筋肉内注射の「10μg」の用量を単位体重当たりに換算した用量は「0.17μg/kg」であるところ、静脈内注射では一般に筋肉内注射よりも対応する用量を少なくすることができることが知られ、また、オピオイド鎮痛薬において、静脈内注射の用量を筋肉内注射と同程度や半分程度としたものが従来から知られていることからすると、鎮痛効果と呼吸抑制等の副作用を考慮して、より好適な用量を検討し、その結果として「0.075から0.15μg/kg」の範囲内の用量とすることが、当業者にとって格別困難であったとも解されない。

(2)相違点2について

ア 相違点1に係る発明特定事項との関係
本願発明における「呼吸抑制」について、本願明細書の【0094】には、「オピオイド関連副作用の一例」であると記載されており、同【0117】には、「薬物の施与の結果として発生」するものである旨が記載されている。また、本願明細書における「パイロット研究」の結果を示した【0205】及び【図2】の「C」の記載、並びに、「主研究」の「呼吸」の結果を示した【0207】及び【図3】の「C」の記載によれば、(R)-ジヒドロエトルフィンをヒト対象の静脈内に施与した場合には、「0.075から0.15μg/kgの用量」の範囲において、用量応答曲線(平均薬物効果)は平らになり、呼吸抑制のレベルは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに対して、「パイロット研究」では、約40?45%で、「主研究」では、約30?40%で、それぞれ天井に達したことが認められる。
そうすると、本願発明における「前記対象において呼吸抑制のレベルは(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下である」という、前記相違点2に係る発明特定事項は、(R)-ジヒドロエトルフィンは「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」される、という、前記相違点1に係る発明特定事項の技術手段を採用することに伴って、自ずと生じる結果を、単に示しているに過ぎないものといえる。
そして、前記(1)でも説示したとおり、引用発明において、前記相違点1に係る、(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を採用することは、当業者が容易になし得たことであるから、そのことによる結果として、前記相違点2に係る発明特定事項である、「前記対象において呼吸抑制のレベルは(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下である」という条件も、自ずと満たされることになると推定される。

イ 呼吸抑制のレベルの確認について
前記(1)イでも説示したとおり、呼吸抑制は、オピオイド鎮痛薬によくみられる重大な副作用であるところ(摘記Be、摘記Ca、摘記Ea)、引用文献1の記載によれば、オピオイド鎮痛薬である(R)-ジヒドロエトルフィンは、少なくとも12年間、臨床において安全に使用されてきたのであるから(摘記1a)、引用発明に係る使用により製造される鎮痛薬は、その副作用として呼吸抑制が生じていたとしても、そのレベルは許容範囲内であった蓋然性が高い。
そして、当業者であれば、オピオイド鎮痛薬の用量等を設定する際には、重大な副作用である呼吸抑制のレベルが許容し得る範囲内であるか確認することは当然であるところ、一般的に、医薬の副作用としての呼吸抑制の許容し得るレベルについては、例えば、空気流量の50%以上の減少があれば、臨床的には有意な呼吸低下であるとされている(摘記Fa)。
そうすると、本願発明で規定する「施与前ベースラインレベルに関して65%以下」という条件は、分時換気量がベースライン値の35%超まで低下する状況も許容する広いものであるから(摘記イ【0096】)、前記(1)で当業者が容易になし得ることを説示した、引用発明において、(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を採用する際に、呼吸抑制のレベルを確認して、その結果、本願発明で規定する上記の呼吸抑制のレベルの広い条件を満たす程度のものであることを確認することも、当業者が容易になし得たことである。

(3)本願発明の効果について

ア 本願明細書に記載された本願発明の効果
本願明細書の記載によれば、本願発明は、前記第4の2(2)で説示したように、既知のオピオイド鎮痛薬である(R)-ジヒドロエトルフィンを静脈内に施与した場合に、健常者の左脛骨上の皮膚に経皮的電気刺激を用いて誘導された痛みに基づいて測定された鎮痛効果の試験において、0.075?0.15μg/kgの用量の範囲では、鎮痛作用のレベルは用量依存的に増大するのに対して、その副作用である呼吸抑制のレベルは、(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下のレベルであり、上記範囲での用量の更なる増加は呼吸抑制のレベルには影響しない(「天井効果」を生じる)ことによって、ヒト対象における痛みの処置のために、フェンタニル等の他のオピオイド鎮痛薬よりも安全に、鎮痛のための用量反応曲線が用量依存的である範囲内において(【図6】、【0131】、【0214】)、より高い用量である「0.075?0.15μg/kg」の範囲の用量で、(R)-ジヒドロエトルフィンを投与することができる、という効果を奏するものである、と認められる。

イ 引用発明と比較した本願発明の効果の検討

(ア)呼吸抑制のレベルが、施与前ベースラインレベルに関して65%以下で あることについて
しかしながら、前記(1)にて説示したように、引用発明において、(R)-ジヒドロエトルフィンの投与経路を、「静脈内に施与」するものに変更し、その際の用量について、結果的に「0.075から0.15μg/kg」の範囲内の用量とすることは、当業者が容易になし得たことであるところ、副作用である呼吸抑制のレベルについては、前記(2)イで説示したとおり、本願発明で規定する「施与前ベースラインレベルに関して65%以下」という条件は、分時換気量がベースライン値の35%超まで低下する状況も許容する広いものであるから、上記の当業者が容易になし得た投与経路及び用量の設定を行った場合にも、そのような広い範囲の条件を満たすことは、当業者が予測し得たことである。
また、請求人は、(R)-ジヒドロエトルフィンを「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」することで、引用発明の「10μg」の用量において「筋肉内に注射」される場合と比べて、呼吸抑制の副作用の点で格別に優れた効果が奏されることを示しているわけでもない。

(イ)0.075?0.15μg/kgの用量の範囲において、用量の更なる増加は呼吸 抑制のレベルには影響しない(「天井効果」を生じる)ことについて
そして、上記の当業者が容易になし得た投与経路及び用量の設定を行った場合に、当業者は、通常、副作用である呼吸抑制のレベルは、「静脈内に施与」した場合にも、用量依存的であると予測するものと考えられるから(摘記Ea)、前記アで認定した「天井効果」という現象を生じること自体は、当業者が予測し得たとはいえないものの、前記(2)アで述べたとおり、当該現象は、上記の当業者が容易になし得た投与経路及び用量の設定の結果として、自ずと生じるものにすぎない。
なお、本願発明において特定される用量の「0.075から0.15μg/kg」の範囲は、本願明細書の【図6】、【0131】、【0214】の記載からみて、鎮痛のための用量反応曲線が用量依存的である範囲内において、より高い用量の範囲ということはできる。
しかしながら、【図6】に示された用量とピーク痛覚閾値やAUG痛覚閾値との関係によれば、この用量の範囲は、鎮痛効果の用量依存性がより顕著に確認できる範囲であり、しかも、これより下の用量の範囲に比べて鎮痛効果がより優れる範囲であるところ、鎮痛効果の観点からは、本願発明の上記用量範囲は、単により好適な範囲を選択したに過ぎないものといえるし、前述のとおり、呼吸抑制は、本願発明の(R)-ジヒドロエトルフィンを含めオピオイド鎮痛薬が一般に有する副作用であり、当業者が当然に確認するものであり、本願発明の上記用量範囲よりもかなり高い用量で(R)-ジヒドロエトルフィンの静脈内注射を行った例も従来から知られているのであるから(摘記1c)、本願発明の上記用量範囲は、当業者が想到しえない程の高い用量とはいえない。

ウ 本願発明の効果についての判断のまとめ
そうすると、本願発明が規定する副作用である呼吸抑制のレベルの程度である「65%以下」という、広い範囲の条件を満たすことは、当業者が予測し得る範囲内であるといえるし、また、本願発明によって、従来は想定し得なかったような、より高い用量で(R)-ジヒドロエトルフィンをヒト対象に施与できることにもならない。

(4)請求人の主張について

請求人は、本願発明の進歩性について、令和1年5月9日提出の手続補正書(方式)により補正された審判請求書の「3.本願発明が特許されるべき理由」において、概略、以下のア及びイの主張をしている。
なお、令和1年11月11日提出の上申書の「2.本願発明が特許されるべき理由」における請求人の主張も、これらと同旨である。

ア 「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」の採用
(ア)
引用文献1は、ヒトの鎮痛のための(R)-DHEの用量について、10μgの筋肉注射による施与、又は、20μgの舌下施与、を開示しているが、想定されるヒトの体重を60kgとすると、10?20μgの用量は、0.17?0.33μg/kgの用量に相当し、この用量は、本願発明の用量の範囲を超えており、また、筋肉注射であって、静脈内に施与される用量でもない。
(イ)
引用文献1には、(R)-DHEが、静脈内点滴により20μg、即ち、0.33μg/kgの用量で投与されることも記載されているが、これは、本願発明の用量の範囲の2倍以上であり、しかも、当該記載はアヘン中毒治療に関するものであり、痛みの処置に関するものではない。
(ウ)
拒絶査定において周知例として引用された引用文献2、4、5及び6は、マウス、ラット及びウサギ等の動物に対する(R)-DHEの静脈投与を開示しているが、動物モデルによる予測値は限られているから、これらの文献の記載に基づいて、ヒトの痛みの処置のための(R)-DHEの静脈投与の治療枠が存在するか否か、及び、当該治療枠の用量を予測することは不可能である。
(エ)
引用文献3における、(R)-DHEの静脈投与が有意な呼吸抑制を引き起こす旨の記載は、当業者が(R)-DHEのいかなる静脈投与を実施することをも阻害する教示である。
(オ)
治療枠外の用量の薬剤を投与すると、一切、効果を奏さないこともあり、当業者は、用量を減らすことによって必要なレベルの除痛を維持できるとは予測しないから、引用文献1に記載された用量を減らすことを動機づけられない。

イ 「最適な治療枠」と呼吸抑制のレベルの「天井効果」との関係
(ア)
本願発明のヒトに対する静脈投与の最適な用量範囲である0.075から0.15μg/kgの治療枠において、(R)-DHEの鎮痛効果は用量依存的であり、除痛のレベルは同範囲内で容量に応じて増大する一方で、呼吸抑制の有害な効果は用量非依存的であり、呼吸抑制のレベルは用量が増加しても更に増加せず、即ち、「天井効果」を生じることから、本願発明は、有効な鎮痛を提供するために、予想よりも多くの十分に高い(R)-DHEの用量を、一時的な呼吸停止の死の危険のリスクを更に増加させることなく、ヒト対象に対して施与することができる。
引用文献1には、(R)-DHEが0.075から0.15μg/kgの用量で静脈内に施与されると、呼吸抑制のレベルに天井効果が生じることについて、記載も示唆もない。
(イ)
一般的に用いられているフェンタニル等の他のオピオイド鎮痛薬は、疼痛緩和と呼吸抑制の両方が用量依存的であって、天井効果を生じる(R)-DHEの挙動は全く予想外であり、このような予測できない効果をもたらす本願発明の最適な治療枠を決定するためには、大規模かつ長期間のヒトにおける臨床試験を実行することが必須であり、これは単なるルーチン実験または好適化を超えるものである。

しかし、請求人の上記主張は、いずれも採用できない。その理由は以下のとおりである。

ウ 上記主張アについて
(ア)
引用発明は、(R)-ジヒドロエトルフィンの用量が本願発明で規定する範囲を超えており、投与経路が静脈内への施与でないことは、請求人が指摘するとおりであるが、本願優先日当時の周知・慣用技術も考慮すれば、(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を当業者が容易に採用し得たことは、前記(1)で説示したとおりである。
(イ)
引用文献1には、オピエートの解毒用途ではあるが、(R)-ジヒドロエトルフィンが、20μgという高い用量で静脈内点滴により実際に施与されてきたこと、及び、施与時に呼吸が監視されることが記載されており(摘記1c)、(R)-ジヒドロエトルフィンは、もともと鎮痛薬として開発され臨床において使用されてきたのであるから(摘記1a、1b)、同薬を痛みの処置に用いる場合に静脈内への施与を妨げるような特段の事情は見いだせないし、その治療用途が何であろうと、同薬の臨床的な投与により呼吸抑制の副作用が生じていれば、当業者は、(R)-ジヒドロエトルフィンが有する呼吸抑制の副作用を容易に把握し得るから、呼吸抑制のレベルも考慮して、適切な用量の範囲を検討することは、ごく自然なことである。
(ウ)
引用文献2、4、5及び6に記載されたヒト以外の動物に対する(R)-ジヒドロエトルフィンの静脈投与に関する事項について特に考慮するまでもなく、前記(1)にて説示したとおり、引用文献1の記載及びオピオイド鎮痛薬に関する周知・慣用技術に基づいて、当業者は(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を容易に採用し得たといえる。
(エ)
一般的に、静脈投与で臨床適用されているオピオイド鎮痛薬であっても、呼吸抑制の副作用がよく見られることは、本願優先日当時の技術常識であるから(摘記Be、摘記Ca、摘記Ea)、引用文献3及び4に、(R)-ジヒドロエトルフィンの静脈投与によって有意な呼吸抑制が生じる旨が記載されていることは、(R)-ジヒドロエトルフィンを静脈内に投与することの阻害要因にはならないし、むしろ、静脈内に投与した際の呼吸抑制の副作用を低減させるために、用量を減少させることの積極的な動機付けとなるものである。
(オ)
前記(1)イでも説示したとおり、速効性がある静脈内注射では、筋肉内注射と比較して、対応する用量が少なくなることは、本願優先日当時の技術常識であったから(摘記Dc)、その点も考慮しつつ、引用発明における(R)-ジヒドロエトルフィンの投与経路を「筋肉内に注射」から「静脈内に施与」に変更する際に、意図する鎮痛効果が奏される範囲内で呼吸抑制等の副作用を低減させるために、筋肉内注射の用量から想定される「0.17μg/kg」よりも、用量を減少させることは、当業者が容易になし得たことである。

エ 請求人の主張イについて
(ア)
副作用である呼吸抑制のレベルについては、前記(3)イ(ア)で説示したとおり、引用発明において、(R)-ジヒドロエトルフィンの投与経路を、「静脈内に施与」するものに変更し、鎮痛効果と呼吸抑制等の副作用を考慮して、より好適な用量を検討し、結果的に「0.075から0.15μg/kg」の範囲内の用量とすることは、当業者が容易になし得たことであって、本願発明で規定する「施与前ベースラインレベルに関して65%以下」という広い範囲の条件は、上記の当業者が容易になし得た投与経路及び用量の設定を行った場合にも満たされることは、当業者が予測し得たことであり、本願発明によって、従来は想定し得なかったような、より高い用量で(R)-ジヒドロエトルフィンをヒト対象に施与できるようになったともいえない。
また、前記(3)イ(イ)でも説示したように、請求人が主張するような「天井効果」という現象が生じることは、当業者が容易になし得た、引用発明において(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を採用した結果、自ずと生じるものに過ぎない。
(イ)
(R)-ジヒドロエトルフィンは、鎮痛薬として、少なくとも12年間、臨床において安全に使用されてきた薬剤であり(摘記1a)、オピエートの解毒用途でも、静脈内点滴により臨床適用されてきた実績があるから(摘記1c)、同薬について、ヒトの痛みの処置のために静脈内に施与した場合にも鎮痛作用を奏することを確認し、その用量を調節することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。
そして、前記(1)及び(2)で説示したように、引用発明及び本願優先日当時の周知・慣用技術に基づいて、(R)-ジヒドロエトルフィンの「0.075から0.15μg/kgの用量において静脈内に施与」に該当する技術手段を採用し、呼吸抑制のレベルが「(R)-ジヒドロエトルフィンの施与前ベースラインレベルに関して65%以下」という広い範囲の条件の充足を確認することは、当業者が容易になし得たことであって、それには、請求人が主張するような「天井効果」をもたらす治療枠を、大規模かつ長期間のヒトにおける臨床試験を実行することにより決定することまでは要しない。

第7 むすび

以上のとおり、本願発明は、本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1に記載された発明及び本願優先日前の周知・慣用技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-01-17 
結審通知日 2020-01-21 
審決日 2020-02-04 
出願番号 特願2016-516232(P2016-516232)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 原口 美和  
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 渕野 留香
渡邊 吉喜
発明の名称 除痛および麻酔の提供のためのジヒドロエトルフィン  
代理人 杉村 光嗣  
代理人 杉村 憲司  
代理人 冨田 和幸  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ