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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1363719
審判番号 不服2018-5722  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-04-25 
確定日 2020-06-30 
事件の表示 特願2016- 46077「経口又は非経口抗糖尿病薬による治療にもかかわらず不十分な血糖調節の患者の糖尿病の治療」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 9月 8日出願公開、特開2016-164161〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2009年10月15日(パリ条約による優先権主張 2008年10月16日 (US)アメリカ合衆国、2008年10月16日 (EP)欧州特許庁、2009年8月5日 (EP)欧州特許庁)を国際出願日とする特願2011-531494号の一部を平成26年2月28日に新たな出願とした特願2014-39772号の一部を、平成28年3月9日に新たな出願としたものであり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
・平成29年 4月18日付け:拒絶理由通知
・平成29年10月 2日 :意見書及び補正書の提出
・平成29年12月15日付け:拒絶査定
・平成30年 4月25日 :審判請求書の提出
・平成30年 6月13日 :審判請求書における「請求の理由」を
補正する手続補正書(方式)の提出
・平成31年 3月 5日付け:拒絶理由通知(当審)
・令和 1年 9月11日 :意見書及び手続補正書の提出

第2 本願発明

本願の特許請求の範囲の請求項1?10に係る発明は、令和1年9月11日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者の2型糖尿病を治療及び/又は予防するための、DPP-4阻害剤を含む医薬組成物であって、
前記DPP-4阻害剤は、下記式の化合物又はその医薬上許される塩であり、
前記DPP-4阻害剤は、1日あたり5mgの量で経口投与され、且つ
前記DPP-4阻害剤は、前記スルホニル尿素と組み合わせて投与される、前記医薬組成物。
【化1】



第3 拒絶の理由

当審において平成31年3月5日付けで通知した拒絶理由である理由1の概略は以下のとおりである。

「(理由1)
本願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


・請求項1?11について
刊行物A:Drug of the Future, 2008年6月, Vol.33 No.6, p.473-477(拒絶査定の引用文献2)
刊行物B:Diabetes,Obesity and Metabolism, 2008年2月, Vol.10, p.1047-1056(拒絶査定の引用文献3)
刊行物C:Diabetes,Obesity and Metabolism, 2007年, Vol.9, p.733-745(新たに追加した文献)
刊行物D:特開2005-126430号公報(新たに追加した文献)
刊行物E:成人病と生活習慣病,2008年4月,38巻4号,p.438-444(新たに追加した、技術常識を示す文献)
刊行物F:病院薬学,1976年,Vol.1 No.4,p.226-229(新たに追加した、技術常識を示す文献)」

上記拒絶理由の対象となった請求項1?11(以下、それぞれ「補正前の請求項1」?「補正前の請求項11」という。)の記載と、令和1年9月11日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?10(以下、それぞれ「補正後の請求項1」?「補正後の請求項10」という。)の記載との対応関係は以下のとおりである。
・補正後の請求項1の記載は、補正前の請求項1の「2型糖尿病及び/又は糖尿病性合併症」を「2型糖尿病」に限定した記載に対応する。
・補正後の請求項2?8の記載は、それぞれ補正前の請求項2?8の記載に対応する。
・補正前の請求項9は削除された。
・補正後の請求項9及び10の記載は、それぞれ補正前の10及び11の記載に対応する。

第4 刊行物に記載された事項、及び引用発明

1 刊行物A(Drug of the Future, 2008年6月, Vol.33 No.6, p.473-477)に記載された事項、及び引用発明(刊行物Aに記載された発明)

(1)刊行物Aには、以下の事項が記載されている。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、下線は当審合議体が付した。

摘記(A1)
「BI-1356
ジペプチジル-ペプチダーゼIV阻害剤
抗糖尿病薬
BI-1356-BS
オンデロ(商標)
8-[3(R)-アミノピペリジン-1-イル]-7-(2-ブチニル)-3-メチル-1-(4-メチルキナゾリン-2-イルメチル)キサンチン




分子量:472.5422
CAS登録番号:668270-12-0
EN: 365734

要旨
BI-1356は、2型糖尿病の治療のためにベーリンガーインゲルハイムが開発したジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IVまたはCD26)阻害剤である。BI-1356は in vitroでもin vivoでも、持続的なDPP IV阻害を示した。in vitroでは、BI-1356のDPP IVの選択性は少なくともDPP-8及びDPP-9の1万倍であった。in vivoでも、マウスとラットにおいて、高い効力と持続的な阻害効果が見られた。BI-1356による阻害は、試験した他のDPP IV阻害剤による阻害よりも持続した。BI-1356は健常人ボランティアと2型糖尿病の患者において、非線形な薬物動態を示した。健常人ボランティアと2型糖尿病の患者ともに、経口BI-1356は1日1回の投与で忍容性が良好であることがわかった。BI-1356を使用した2型糖尿病の患者の治療では、GLP-1の濃度は上昇し、グルコースの濃度は低下した。また、糖尿病患者のHb1Acも大きく低下した。現在、フェーズIIIの臨床試験が行われている。」(473頁タイトル、化学式及びAbstract)

摘記(A2)
「背景
糖尿病は世界中で急速に健康問題となっている。国際糖尿病連合によると、糖尿病を患っている人は世界中でおよそ2億4500万人、うち2型糖尿病は全体のおよそ90%を占めている(4)。2型糖尿病の特徴はインスリン抵抗性とインスリン分泌不全であり、死亡率は非常に高く、この病気に伴う治療費の負担は多大なものである。2型糖尿病は進行性で、従来の抗糖尿病治療は長期的な効果や忍容性が限定的であることから、コントロールが不十分であることがしばしばである(5?7)。
ジペプチジル-ペプチターゼIV(DPP IV、CD26)は、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)とグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)という、グルコース恒常性の維持に重要な役割を果たしている二つのインクレチンホルモンの分解にかかわる膜糖たんぱく質である。新たな抗糖尿病薬として、DPP IV阻害剤は従来の抗糖尿病治療と同等の効果を示しているうえ、低血糖症のリスクも低く、体重への影響もない(8?11)。現在のところ、ビルダグリプチン(ノバルティス)とシタグリプチン(メルク)という二つのDPP IV阻害剤が、規制当局から経口抗糖尿病薬としての認可を受けている。2007年初頭には欧州医薬品庁(EMEA)が2型糖尿病の治療に、ビルダグリプチン(ガルバス(商標)、LAF-237)をメトホルミン、スルホニルウレア、チアゾリジンジオン等の他の抗糖尿病薬と組み合わせて使用することを認めた。米国食品医薬品局(FDA)は、2006年にシタグリプチン(ジャヌビア(商標)、MK-0431)を、また、2007年にはシタグリプチンとメトホルミンの配合剤(ジャヌメット(商標))を2型糖尿病治療薬として認可した。ビルダグリプチンとシタグリプチンはいずれも効果と高い忍容性があることが、2型糖尿病の患者による臨床試験により証明されている。従来の治療法と比較すると、これらのDPP IV阻害剤はグリコヘモグロビン(HbA1c)の持続的な減少をもたらすうえ、低血糖症を引き起こすリスクも低く、体重の増加もない(9?11)。
サクサグリプチン(BMS-477118、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、アストラゼネカ)、アログリプチン(SYR-322、武田薬品)、BI-1356(ベーリンガーインゲルハイム)の三つのDPP IV阻害剤は、現在臨床試験の最終段階にある(3、8、10?12)。メトホルミン単独の場合と比較すると、サクサグリプチンとメトホルミンの併用療法では、臨床試験のフェーズIIIにおいて、2型糖尿病患者の血糖コントロールが大幅に向上した(p< 0.0001)(13)。アログリプチンは前臨床試験及び臨床試験の初期において、グルコースの低下とインスリン濃度の上昇に関して有望な効果を示した。また、アログリプチンは健常人ボランティアと2型糖尿病患者における忍容性が高いことも証明された。2000人以上の患者がかかわった臨床試験のフェーズIIIでは、アログリプチンはHbA1cを大幅に低下させることが示され、安全性に関するデータも良好であった。こうしたフェーズIIIの結果を受け、武田薬品は2008年初頭、米国FDAに対し、2型糖尿病の治療薬としてアログリプチンの新薬承認申請書(NDA)を提出した(12、14)。
BI-1356(オンデロ(商標))は、構造的にはキサンチン骨格を有する、ベーリンガーインゲルハイムが系統的構造多型を利用して開発したDPPIV阻害剤である。この化合物は、他のDPP IV阻害剤と構造的に異なる(3、8)。BI-1356は現在、2型糖尿病の治療薬としての臨床開発試験のフェーズIIIにある。」(473頁右欄19行?475頁左欄20行)

摘記(A3)
「前臨床薬理試験
BI-1356はin vitroにおいて、平均IC_(50)値約1nMで、ヒトのDPP IV活性を阻害した。これはシタグリプチン(19nM)、アログリプチン(24nM)、サクサグリプチン(50nM)及びビルダグリプチン(約62nM)の平均IC_(50)値よりも著しく低く、BI-1356は他のDPP IV阻害剤よりも有効でありうることを示している。これはBI-1356とビルダグリプチンのKi値が、それぞれ1nM、10nMであることから確認される。BI-1356は効果もより持続性がある。in vitroでは、BI-1356は、DPP IVの選択性がDPP-8、DPP-9、アミノペプチターゼN及びP、プロリルオリゴペプチダーゼ、トリプシン、プラスミン、トロンビンよりも少なくとも1万倍、また、線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)及びhERGチャネルよりもおよそ90倍高かった。DPP-8及びDPP-9の阻害は動物の毒性と関係しているため、DPP IVに対するBI-1356の選択性が高いということは、毒性が低いであろうことを示している(3、15?17)。
BI-1356はまた、in vivoで、強力かつ持続的なDPP IV阻害を示した。オスのウィスター・ラット、ビーグル犬、アカゲザルでは、1mg/kgのBI-1356を経口で投与したところ、DPP-IVの>70%の阻害が>7時間生じた(3)。
ラットでは、BI-1356は経口投与後30分以内で用量依存的に血漿中のDPP IVを阻害した。投与量が3mg/kgと10mg/kgの場合は、およそ90%の阻害が7時間生じ、阻害は24時間継続した。血漿DPP IVの50%有効量(ED50)は、投与の7時間後はおよそ0.3mg/kg、24時間後は0.9mg/kgであった。BI-1356の投与24時間後のDPPIVの阻害率は、試験した他のいずれのDPP IV阻害剤による阻害率よりも高かった(15、16)。
C57BL/6Jマウスでは、BI-1356は耐糖能に持続的な効果を示した。経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)の45分前に1mg/kgのBI-1356を経口投与すると、血糖変動が50%低下した。これは同じ投薬量でのビルダグリプチン、シタグリプチン及びサクサグリプチンによる血糖変動の低下と類似していた。BI-1356による低下は16時間20?30%と持続的であった一方、その他の同量のDPPIV阻害剤では、投与16時間後の耐糖性の向上は示されなかった。C57BL/6Jマウス及びズッカーファッティー(fa/fa)ラットでは、対糖性に対する効果は、シタグリプチン、サクサグリプチン、ビルダグリプチンよりも、BI-1356のほうが持続した。ズッカーラットでは、投与30分後のOGTTにおいて、BI-1356は全体の血糖変動を29%低下させた。血糖変動の低下は、GLP-1及びインスリンの血漿濃度の上昇と関連していた(15、16)。
糖尿病のdb/dbマウスでは、BI-1356はOGTT45分前の0.1mg/kg(15%阻害)から1mg/lg(66%阻害)の経口投与で、血漿血糖変動を用量依存的に低下させた。1mg/kgのBI-1356は、投与30分後で血漿DPP IV活性を76%阻害した。血漿DPP IV活性の低下は、経口対糖性の向上と関連していた(3)。」(475頁左欄21行?同頁右欄20行)

摘記(A4)
「薬物動態と代謝
BI-1356の経口バイオアベイラビリティ、半減期(t_(1/2))、定常状態の分布容積(Vss)等の薬物動態のパラメータを、ラット及びカニクイザルで評価した。
・・・中略・・・
BI-1356の薬物動態と薬力学は、BI-1356またはプラセボを1日1回、12日間にわたって投与された、男性の健常人ボランティア(21?65歳)に対する単回漸増投与(2.5?600mg)の無作為化割付け、プラセボ対照二重盲検比較試験で評価した。BI-1356の薬物動態は、3-コンパートメントモデルに合致していた。すなわち、暴露は投与量1?10mgでは比例するほどには上昇せず、25?100mgでは比例する以上に上昇し、100?600mgではほぼ比例して上昇した。BI-1356の腎排泄は低く、消失の主要な経路ではなかった。BI-1356の血漿濃度は血漿DDP IVの阻害活性と直接関連していた(18?20)。」(475頁右欄21?44行)

摘記(A5)
「BI-1356の薬物動態と薬力学は、47人の男性2型糖尿病患者で、無作為化割付け、プラセボ対照二重盲検比較試験により分析した(BI-1356、n=3;プラセボ、n=12;年齢21?65歳;体格指数(BMI)18?35kg/m^(2))。患者は1日1回、12日にわたって、BI-1356(1mg、2.5mg、5mgまたは10mg)またはプラセボの投与を受けた。BI-1356は、非線形な薬物動態を示している。BI-1356の血漿濃度と暴露は、投薬量と比例するほどには上昇しなかった。定常時のBI-1356の最高血中濃度(Cmax)は、投与量1mgに対して4.5nmol/lから、10mgに対して13.6nmol/lであった。最高血中濃度到達時間(tmax)の平均は1.5時間であった。本研究のデータは、血漿DPP IV活性の低下は、B-1356の血漿濃度と関連があることを示している(22、23)。」(476頁左欄9?22行)

摘記(A6)
「安全性
男性の健常人ボランティアでは、2.5?600mgのBI-1356の単回または反復経口投与の忍容性が高いことが証明された。BI-1356による有害事象(AE)(BI-1356は28%、プラセボは38%)または治験薬と関連したAE(BI-1356は19%、プラセボは31%)の発生率は、プラセボによる有害事象の発生率よりも低い。重篤なAEや低血糖症は報告されなかった。発生頻度の高いAEは、吐き気と頭痛である。ECGや、血液検査、凝固、臨床化学、尿検査等のその他の検査値について臨床に関連する変化は報告されていない。安全性に関する同様のデータは、1日1回ランダムに1?10mgのBI-1356の投与を受けた2型糖尿病の男性にも見られた(18?20)。
経口BI-1356の安全性と忍容性は、男性の2型糖尿病患者に1日1回、12日にわたり、1mg、2.5mg、5mgまたは10mgを投与して評価した。BI-1356を使った治療は忍容性が高かった。低血糖症の兆候は確認されず、また重篤なAEや臨床に関連したECGの変化も報告されなかった。BI-1356の被験者群全体でのAEの発生率は、プラセボの被験者群での発生率より低かった(54%対75%)(22、23)。
経口BI-1356の安全性と忍容性は、14日間の休薬期間の後、1日1回、28日にわたり、2.5mg、5mg及び10mgを投与した77人の2型糖尿病の男女(40?69歳)で実施した、無作為化割付け、プラセボ対照二重盲検・反復投与比較試験でも評価した。BI-1356の忍容性は高かった。プラセボで治療を受けた患者5人(31%)とBI-1356で治療を受けてた21人(34%)について、少なくとも1回のAEが発生した。もっとも一般的なAEは、鼻咽頭炎(5人)、背痛(5人)、上腹部痛(3人)及び頭痛(3人)であった。低血糖症の症状が出た患者はいなかった。大半のAEは軽度であった(24)。」(476頁左欄23行?最下行)

摘記(A7)
「臨床試験
健常人ボランティアによる試験では、DPP IV活性は5mg以上の投与では最長3時間>80%阻害された。投与量が25?600mgの場合は効果が24時間持続した(18?20)。
BI-1356の効果は、2型糖尿病患者への反復投与試験によっても評価した。47人の男性患者に対し1日1回、12日にわたり、BI-1356(1mg、2.5mg、5mgまたは10mg)またはプラセボを投与した。BI-1356の酵素活性と血漿濃度は、通常の間隔で測定した。OGTTは1日目と13日目に行った。BI-1356(2.5mg以上)は、最後の投与から24時間後で、血漿DPP IVの活性を約80%、用量依存的に阻害した。ベースラインとプラセボを比較すると、最後の投与から24時間後の食後の血糖変動ついて、投与量2.5mgの場合は-106mg.h/dl、5mgの場合は-82mg.h/dl、10mgの場合は-111mg.h/dlと、統計学的に顕著な低下(p < 0.05)が見られた。GLP-1のレベルは、>2倍増加した(18、22、23)。
経口BI-1356の効果は、1日1回、28日にわたりBI-1356(2.5mg、5mg、10mg;n=16)またはプラセボ(n=26)の投与を受けた77人の2型糖尿病患者でも評価した。4週間後、BI-1356を用いた治療では、GLP-1の濃度は最大4倍、グルカゴンの濃度は最大24%上昇した。血糖濃度はベースラインから最大105mg.h/dl低下した。投与量2.5mg、5mg及び10mgの場合のHbA1cのプラセボ補正平均変化は、それぞれ-0.31%、-0.37%、-0.28%とベースライン(7.0%)から大きく変化した(24)。
BI-1356は現在、臨床試験の複数のフェーズIIIの被験者を募集している(25?30)。」(476頁右欄1?31行)(当審合議体による注釈:「OGTT」は「糖負荷検査」を意味する。)

摘記(A8)
「25 2型糖尿病における、BI 1356とメトホルミン及びスルホニル尿素の組合せ(NCT00602472).ClinicalTrials.gov.Web site,May 20,2008.」
(477頁左欄の参考文献25番)

(2)引用発明(刊行物Aに記載された発明)
刊行物Aは、「BI-1356」と称される、2型糖尿病の治療に用いられるジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IVまたはCD26)阻害剤について記載された文献である(摘記(A1))。
そして、刊行物Aには、2型糖尿病の患者に対するBI-1356の投与量について、「経口BI-1356の効果は、1日1回、28日にわたりBI-1356(2.5mg、5mg、10mg;n=16)またはプラセボ(n=26)の投与を受けた77人の2型糖尿病患者でも評価した。4週間後、BI-1356を用いた治療では、GLP-1の濃度は最大4倍、グルカゴンの濃度は最大24%上昇した。血糖濃度はベースラインから最大105mg.h/dl低下した。投与量2.5mg、5mg及び10mgの場合のHbA1cのプラセボ補正平均変化は、それぞれ-0.31%、-0.37%、-0.28%とベースライン(7.0%)から大きく変化した(24)。」(摘記(A7))という記載があるので、刊行物Aには、「2型糖尿病患者の2型糖尿病を治療するための、ジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IVまたはCD26)阻害剤を含む医薬組成物であって、前記阻害剤は「BI-1356」と称される化合物であり、前記阻害剤は、1日あたり2.5mg、5mg及び10mgの量で経口投与される、前記医薬組成物。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。

2 刊行物E(成人病と生活習慣病,2008年4月,38巻4号,p.438-444)
刊行物Eは、本願第1優先日(2008年10月16日)当時の技術常識(以下、「技術常識」という。)を示す総説であり、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

摘記(E1)
「新しい治療薬(GLP-1, DPP-IV inhibitor)の効果
・・・中略・・・
要旨
・2型糖尿病は、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全という二つの主要な障害を特徴とし、これまでの治療法はこの二つの障害の改善を試みてきた。
・しかし最近、2型糖尿病に対する新たな治療戦略として、インクレチン(食事摂取に伴い消化管から分泌され膵β細胞からのインスリン分泌を促進する消化管ホルモンの総称)が注目を集めている。
・これまでにGIP(Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptide)とGLP-1(Glucagon-Like Peptide-1)の二つのホルモンがインクレチン作用を持つことが確認されている。
・GIPとGLP-1は血中ブドウ糖濃度が高い場合にはインスリン分泌を促進するが、血中ブドウ糖濃度が低い場合にはインスリン分泌を促進しないため、低血糖のリスクが低く安全に食後高血糖を是正可能である。
・また、2型糖尿病患者で減少した膵β細胞の数を増加させることが動物実験で明らかにされ、膵島再生の可能性を秘めている。そのため世界中でGLP-1を補充する治療法の開発が試みられてきた。
・現在までに、GLP-1受容体を活性化しGLP-1同様の生理活性を示すインクレチン・ミメティクス、そしてGLP-1の分解を阻害することで内因性GLP-1の作用を増強するインクレチン・エンハンサーが開発され、新しい作用機序を持つ糖尿病治療薬として欧米では承認を受け良好な治療成績を収めている。
・わが国でも糖尿病治療の枠組みを変える可能性を秘めた新しい治療薬として注目を集めている。」(438頁のタイトル?要旨)

摘記(E2)
「インクレチンの分泌と代謝
GIPは十二指腸に局在するK細胞から分泌され、GLP-1は下部小腸(特に回腸)および結腸に存在するL細胞から分泌される(図1)。摂取した食事由来の栄養素が腸管に作用し、GIPとGLP-1の分泌を促すが、GLP-1は神経系による分泌機序も存在する。腸管から血中に分泌されたGIPやGLP-1は、DPP-IV(dipeptidyl peptidase-IV)と呼ばれる蛋白分解酵素によりただちに不活化され、腎臓から排出される。
DPP-IVは、さまざまな器官の内皮細胞で検出できるありふれた酵素であり、他に下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)やガストリン放出ペプチド(GRP)なども分解するが、DPP-IV阻害薬によりGIPおよびGLP-1の食後血中濃度が倍増することから、DPP-IVはインクレチン活性を制御する働きも担っている。」(439頁左欄7行?同頁右欄3行)

摘記(E3)
「インクレチン・エンハンサー:DPP-IV阻害薬 VildagliptinとSitagliptin
上述のインクレチン・ミメティクスは次世代の糖尿病治療薬として大きな期待を寄せられているが、経口投与ができず注射が必要である。それに対し、インクレチンを分解するDPP-IVを阻害し内因性インクレチン作用を増強する経口薬が開発されている。
Vildagliptin(1日2回投与)とSitagliptin(1日1回投与)(図5)は、さまざまな国で承認され、これら以外にも複数のDPP-IV阻害薬が開発途上にある。これらの薬剤は、活性型の内因性GLP-1の濃度を2?3倍増大する。さまざまな試験の平均ではplaceboと比較して低血糖をきたさずにHbA_(1c)を0.7%以上低下させ^(13))、空腹時血糖値および食後血糖値も有意に低下させている^(19))。また、ビグアナイド薬などの他の経口薬との併用でもよい成績を収めている^(19))(図6)。」(442頁右欄7?最下行)(当審合議体による注釈:「インクレチン・ミメティクス」は「GLP-1作動薬」を意味する。)

摘記(E4)
「今後の展望
インクレチン・ミメティクスとインクレチン・エンハンサーが2型糖尿病の治療薬として有効であることは明らかである。
・・・中略・・・
一方、インクレチン・エンハンサーは経口投与可能な点に加え、インクレチン・ミメティクス特有の消化器症状関連の有害事象がほとんどないことから、食事療法や運動療法でコントロール不十分な患者に新規投与薬として、また経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬として使用可能と思われる。」(443頁左欄19行?444頁左欄2行)

3 刊行物B(Diabetes,Obesity and Metabolism, 2008年2月, Vol.10, p.1047-1056)に記載された事項
刊行物Bには、以下の事項が記載されている。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、下線は当審合議体が付した。

摘記(B1)
「スルホニル尿素によるコントロールが不十分な2型糖尿病患者における血糖制御に対するビルダグリプチンの効果
・・・中略・・・
目的:ビルダグリプチンの有効性及び忍容性を、従来のスルホニル尿素(SU)単剤療法では血糖値が十分にコントールされていない(ヘモグロビンA_(1C)(HbA_(1C))が7.5%?11%)2型糖尿病(T2DM)患者において、プラセボと比較すること。

方法:この24週に渡る、多施設間、無作為化割付け、二重盲検のプラセボ対照試験では、515名のT2DM患者において、グリメピリド(4mgを一日一回)に追加されたジペプチジルペプチダーゼ‐4阻害剤であるビルダグリプチン(50mgを一日一回または二回投与)またはプラセボの効果を評価した。HbA_(1C)、空腹時血漿血糖値、空腹時脂質値及び体重の、ベースラインから最終評価時までの調整平均変化量(AMΔ)を共分散分析で比較した。

結果:AMΔ HbA_(1C)における群間差(ビルダグリプチン-プラセボ)は、日量50mgのビルダグリプチンを投与された患者では-0.6±0.1%であり、日量100mgのビルダグリプチンを投与された患者では-0.7±0.1%であった(双方について、プラセボと比較してp<0.001)。65歳以上の患者(日量50mg及び100mgについて、それぞれ-0.7±0.1%及び-0.8±0.2%)、ベースラインHbA_(1C)が>9%の患者(日量50mg及び100mgについて、それぞれΔ=-1.0±0.2%及び-0.9±0.2%)において、より大きな有効性が見られた。プラセボに比べ、ビルダグリプチンを投与された患者は、空腹時脂質値及び体重が小幅に改善されるとともに、β細胞の機能及び食後血糖値が改善された。有害事象(AE)(67.1%、66.3%及び64.2%)及び重篤有害事象(2.9%、2.4%及び5.1%)の発生率は、ビルダグリプチン50mg、ビルダグリプチン100mgまたはプラセボを投与された患者において、それぞれ同等であった。低血糖症の発症率は低かったが、ビルダグリプチン50mgを投与された群(1.2%)またはプラセボを投与された群(0.6%)に比べ、ビルダグリプチン100mgを投与された群(3.6%)では若干高かった。

結論:従来のSU単剤療法では血糖値が十分にコントロールされていないT2DM患者において、グリメピリド(4mgを一日一回)にビルダグリプチン(一日50mgまたは100mg)を追加すると、血糖制御が改善され、忍容性も良好であった。SU単剤療法への日量50mgのビルダグリプチンの付加は、高齢患者において特に魅力的な療法である。」(1047頁のタイトル?要約)

摘記(B2)
「序論
ビルダグリプチンは、2型糖尿病(T2DM)患者における血糖制御を、グルコースに対するα細胞及びβ細胞の双方の応答を増大させることで改善する[2、3]、強力かつ選択的なジペプチジルペプチダーゼ(DPP)‐4阻害剤である[1]。ビルダグリプチンの有効性及び忍容性を、この対象者における単剤療法[4、5]並びにメトホルミン[6、7]、ピオグリタゾン[8]またはインスリン[9]では血糖値が十分にコントロールされていない患者における追加療法により示す。
スルホニル尿素薬(SUs)は一般に、T2DM用の第一選択療法として用いられているが、SUの有効性は当初は良好であるものの血糖制御が経時的に悪化し、ほとんどの患者で追加薬による療法が必要となる[10]。ビルダグリプチンはインクレチンホルモンの活性型、グルカゴン様ペプチド‐1(GLP-1)及びグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)の血漿濃度増大を介して作用するため、SU受容体に依存しない機序でランゲルハンス島の機能を改善する。これは、α細胞及びβ細胞の双方による増大したグルコース感受性として明示されている[2、3、11?13]。よって、ビルダグリプチンは、SUを投与されている患者においても有効でありうる。この無作為化割付け、プラセボ対照試験の目的は、従来のSU単剤療法では血糖値が十分にコントロールされていない(ヘモグロビンA_(1C)(HbA_(1C))が7.5%?11%)T2DM患者において、グリメピリド(4mgを一日一回)に対する追加として投与されるビルダグリプチン(一日50mgまたは100mg)の有効性及び忍容性を確認することであった。」(1047頁左欄下から3行?1048頁左欄22行)

4 刊行物C(Diabetes,Obesity and Metabolism, 2007年, Vol.9, p.733-745)に記載された事項
刊行物Cには、以下の事項が記載されている。なお、外国語による記載は日本語訳を記載した。また、下線は当審合議体が付した。

摘記(C1)
「グリメピリド単独またはグリメピリドとメトホルミンによるコントロールが不十分な2型糖尿病患者におけるジペプチジル・ペプチダーゼ4阻害剤シタグリプチンの有効性及び安全性
・・・中略・・・
目的:グリメピリド単独またはメトホルミンとの併用において血糖コントロールが不十分[グリコシル化ヘモグロビン(HbA_(1c))≧7.5%かつ≦10.5%]な2型糖尿病患者における、高度に選択的な1日1回経口のジペプチジル・ペプチダーゼ-4(DPP-4:dipeptidyl peptiase-4)阻害剤であるシタグリプチンによる24週間治療の有効性と安全性を評価すること。
方法:選抜、食事/運動の慣らし及び薬物のウォッシュ・アウト期間、グリメピリド±メトホルミンの用量漸増/安定化期間及び2週間の単盲検プラセボ慣らし後、441名の患者(18?75歳)を24週間のシタグリプチン100mgの1日1回服用またはプラセボ服用に1:1の割合で無作為に割り付けた。これらの患者のうち、212名はグリメピリド(≧4mg/日)単剤療法、229名はグリメピリド(≧4mg/日)とメトホルミン(≧1500mg/日)の併用療法を受けていた。二重盲検治療期間中に事前に規定された血糖閾値を超えた患者には、試験終了まで非盲検の救援治療(ピオグリタゾン)が提供された。主要有効性分析では、ベースラインから24週目までのHbA_(1c)の変化を評価した。副次的有効性評価項目には、空腹時血漿グルコース(FPG:fasting plasma glucose)、食後2時間のグルコースと脂質の測定が含まれた。

結果:シタグリプチン及びプラセボ群の平均ベースラインHbA_(1c)は、8.34%であった。24週間後、シタグリプチンは、プラセボと比較してHbA_(1c)を0.74%(p<0.001)減少させた。グリメピリド単独の患者の亜群において、シタグリプチンがプラセボと比較してHbA_(1c)を0.57%減少させたのに対し、グリメピリドとメトホルミンを併用した患者の亜集団では、シタグリプチンはプラセボと比較してHbA_(1c)を0.89%減少させた。シタグリプチンの追加により、プラセボと比較してFPGが20.1mg/dl減少し(p<0.001)、β-細胞機能のマーカーであるホメオスタシス・モデル評価-β細胞機能が12%(p<0.05)増加した。食事負荷試験を受けた患者(n=134)では、シタグリプチンは、プラセボと比較して食後2時間の食後グルコース(PPG:post-prandial glucose)を36.1mg/dl(p<0.001)減少させた。シタグリプチンの追加は概して良好な忍容性を示したが、シタグリプチン群では、プラセボ群より全体の(60対47%)及び薬物関連の有害事象(AE:adverse experience)(15対7%)の発生率が高かった。これは主に、プラセボ群と比較してシタグリプチン群で低血糖AEの発生率が高いためであった(それぞれ12%対2%)。シタグリプチンでは、プラセボと比較して体重がやや増加した(+0.8 対 -0.4 kg;p<0.001)。

結論:シタグリプチン100mgの1日1回の服用は、グリメピリドまたはグリメピリドとメトホルミンの併用治療による血糖コントロールが不十分な2型糖尿病患者において、血糖コントロール及びβ-細胞機能を有意に改善した。シタグリプチンの追加は、グリメピリド治療及び観察された血糖改善度と一致して、低血糖及び体重のわずかな増加を伴う概して良好な忍容性を示した。」(733頁のタイトル?要約)

摘記(C2)
「序論
単剤の抗高血糖治療薬による治療は、2型糖尿病患者の長期的な血糖コントロールの達成及び/または維持に失敗することが多いため、多くの患者は併用治療を必要とする[1]。メトホルミンまたはスルホニル尿素による単剤療法は、2型糖尿病患者の治療のための初期経口血糖降下薬(OHA:oral hypoglycaemic agent)レジメンに最も一般的に使用される。スルホニル尿素は、膵臓β-細胞からのインスリン分泌を非グルコース依存的に刺激することによって血中グルコース値を改善する[2]。ビグアニドであるメトホルミンは、主に肝臓のグルコース産生を低下させることにより作用し、インスリン抵抗性も改善し得る[3,4]。全てのOHAと同様、スルホニル尿素による単剤療法では、血糖コントロールを達成または維持できない可能性があり、従って、スルホニル尿素剤に追加可能な新規の効果的で忍容性の良好な治療法が必要とされる。同様に、スルホニル尿素剤とメトホルミンによる二重併用療法も、血糖コントロールを達成または維持できない可能性がある[1]。この状況では、インスリンの使用が次の治療段階であることが多いが、臨床現場では、三重OHA療法[例えば、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(PPARγ:peroxisome proliferator-activated receptorγ)剤であるチアゾリジンジオンを、メトホルミンとスルホニル尿素による継続中の二重療法に追加すること]の使用が増えている。インスリンは非経口投与を必要とするが、これは多くの患者にとって望ましくなく、チアゾリジンジオンの追加は浮腫と体重の増加を引き起こす可能性がある。従って、インスリンに切り替える必要性を回避するために、スルホニル尿素とメトホルミンの二重併用に追加可能な付加的なOHA選択肢が必要とされている。
シタグリプチンは、1日に1回経口投与される強力で選択性の高いジペプチジル・ペプチダーゼ4(DPP-4)阻害剤であり、多くの国で2型糖尿病患者の治療薬として承認されている[5]。DPP-4は、無傷の(活性型)インクレチン・ホルモン、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1:glucagon-like peptide-1)及びグルコース依存性インスリン分泌促進ペプチド(GIP:glucose-dependent insulinotropic peptide)から不活性代謝物への分解に関与する酵素である。GLP-1及びGIPは、食事に応答して腸から循環中に放出され、両方のホルモンがグルコース依存的なインスリン分泌を増加させる。さらに、GLP-1は、グルカゴンの放出を抑制する。シタグリプチンは、活性型インクレチンの分解を抑制することにより、活性型インクレチン濃度を増加させ、それによってそれらの糖調節効果を強化する[6?10]。メトホルミンまたはPPARγ剤への単独療法または追加療法として投与されるシタグリプチンは、2型糖尿病患者において、血糖コントロールを改善し、忍容性が良好であることが示されている[11?14]。
シタグリプチン及びスルホニル尿素は、いずれも膵臓β-細胞からのインスリン分泌を刺激するが、これらの薬剤が効果を発揮する様式は異なる[15, 16]。活性型GLP-1及びGIPレベルの増加を介して作用するシタグリプチンは、環状アデノシン3',5'一リン酸(cAMP:cyclic adenosine 3’,5’-monophosphate)の細胞内レベルの増加を介するグルコース依存的な様式でインスリン濃度を増加させるのに対し、スルホニル尿素は、スルホニル尿素受容体を介する非グルコース依存的な様式で作用する。シタグリプチンは、グルカゴン濃度を低下させることが示されており、これはこの薬剤によって得られるグルコース低下にも寄与している可能性がある。2型糖尿病患者のスルホニル尿素作用におけるグルカゴンの役割は、あまり明確にはされていない。シタグリプチンとスルホニル尿素剤の異なる作用機序を考慮すると、これらの2つの薬剤を用いる併用療法は、血糖コントロールを改善するための合理的なアプローチであると思われる。以前の研究では、シタグリプチンが、メトホルミンとの効果的な追加的併用治療をもたらすことが示されている[14,17]。シタグリプチンがスルホニル尿素剤との併用で効果的であるとすれば、メタホルミン及びスルホニル尿素剤との三重併用療法もまた、恐らく効果的であろう。
本治験では、グリメピリド単独またはグリメピリドのメトホルミンとの併用による進行中の治療に、シタグリプチン100mgまたはプラセボを追加することの有効性及び忍容性プロファイルを24週間にわたって評価した。治験集団全体での評価に加え、グリメピリド単独またはグリメピリドとメトホルミンの併用治療患者の個別の亜集団において、プラセボと比較したシタグリプチンの有効性及び忍容性を別々に調査した。」(734頁左欄1行?同頁右欄30行)

第5 対比・判断

1 本願発明と引用発明との対比

上記「第4 1(2)」で説示したように、引用発明は「2型糖尿病患者の2型糖尿病を治療するための、ジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IVまたはCD26)阻害剤を含む医薬組成物であって、前記阻害剤は「BI-1356」と称される化合物であり、前記阻害剤は、1日あたり2.5mg、5mg及び10mgの量で投与される、前記医薬組成物。」であるところ、上記「BI-1356」の化合物名は「8-[3(R)-アミノピペリジン-1-イル]-7-(2-ブチニル)-3-メチル-1-(4-メチルキナゾリン-2-イルメチル)キサンチン」(摘記(A1))であり、その化学構造は、次のとおりである(摘記(A1))。

これに対し、本願発明の【化1】で表される化合物の化学構造は次のとおりであり、

本願明細書には、当該化合物の化合物名が「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン」であるという記載(【0042】)、及び、「本発明の実施態様Aの上記DPP-4 阻害剤の中の更に好ましいDPP-4 阻害剤は1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン、特にその遊離塩基(これはまたBI 1356として知られている)である」という記載(【0055】)があるので、引用発明の「BI-1356」と称される化合物は、本願発明の【化1】で表される化合物に相当する。
また、引用発明の「ジペプチジル-ペプチダーゼIV(DPP IVまたはCD26)阻害剤」は、本願発明の「DPP-4阻害剤」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明とは、「2型糖尿病患者の2型糖尿病を治療及び/又は予防するための、DPP-4阻害剤を含む医薬組成物であって、前記DPP-4阻害剤は本願発明の下記【化1】で示される化合物であり、前記DPP-4阻害剤は1日あたり5mgの量で経口投与される、前記医薬組成物。
【化1】

」の発明である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)本願発明では、医薬組成物が「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」を対象とし「スルホニル尿素と組み合わせて投与される」ものであることが特定されているのに対し、引用発明では、上記特定の2型糖尿病患者を対象とし、スルホニル尿素と組み合わせて投与されるものであることは特定されていない点。

2 判断

(1)相違点について

本願の第1優先日(2008年10月16日当時)の技術常識(以下、「技術常識」ともいう。)を示す総説である刊行物Eには、DPP-IV阻害薬(DPP-4阻害剤)はGLP-1の分解を阻害することで内因性GLP-1の作用を増強するインクレチン・エンハンサーであり、新しい作用機序を持つ糖尿病治療薬であること(摘記(E3))、インクレチン・エンハンサーは経口投与可能な点に加え、インクレチン・ミメティクス特有の消化器症状関連の有害事象がほとんどないことから、食事療法や運動療法でコントロール不十分な患者に新規投与薬として、また経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬として使用可能と思われること(摘記(E4))が記載されているので、DPP-4阻害剤が単独投与薬としてだけでなく、他の経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬としても使用可能と思われる糖尿病治療薬であることは、技術常識であったといえる。
刊行物Aには、DPP IV阻害剤に関する先行技術として、ビルダグリプチン(ノバルティス)とシタグリプチン(メルク)という二つのDPP IV阻害剤が経口抗糖尿病薬として認可を受けていたこと、2007年初頭には、欧州医薬品庁(EMEA)が、2型糖尿病の治療に、ビルダグリプチン(ガルバス(商標)、LAF-237)をメトホルミン、スルホニルウレア、チアゾリジンジオン等の他の抗糖尿病薬と組み合わせて使用することを認めたこと、米国食品医薬品局(FDA)は、2006年にシタグリプチン(ジャヌビア(商標)、MK-0431)を、また、2007年にはシタグリプチンとメトホルミンの配合剤(ジャヌメット(商標))を2型糖尿病治療薬として認可したことが記載されており(摘記(A2))、これらの記載は、DPP IV阻害剤であるビルダグリプチン及びシタグリプチンは、いずれも単独投与薬としてだけでなく、他の抗糖尿病薬と組み合わせて使用されていたことを示すものである。
そして、刊行物Cに、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「シタグリプチン」について、シタグリプチンの100 mgの1日1回の服用は、グリメピリド(スルホニル尿素の一種)またはグリメピリドとメトホルミン(ビグアナイト系抗糖尿病薬の一種)の併用治療による血糖コントロールが不十分な2型糖尿病患者において、血糖コントロール及びβ-細胞機能を有意に改善したことを示す臨床試験結果が得られたこと、そして、シタグリプチンの追加は、グリメピリド治療及び観察された血糖改善度と一致して、低血糖及び体重のわずかな増加を伴う概して良好な忍容性を示したことが記載されている(摘記(C1)及び(C2))。
このように、刊行物AでDPP IV阻害剤に関する先行技術として記載されている「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」は、いずれも、スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者に対する追加投与薬として用いられており、当該追加投与薬として用いた場合に、血糖制御が改善され、忍容性も良好であったことを示す臨床試験結果が得られたことは、本願第1優先日前に知られていた事項である。
加えて、刊行物Aには「BI-1356は現在、臨床試験の複数のフェーズIIIの被験者を募集している(25?30)。」という記載があるところ(摘記(A7))、当該記載で引用された参考文献の1つである「25番」の参考文献の書誌事項は「25 2型糖尿病における、BI 1356とメトホルミン及びスルホニル尿素の組合せ(NCT00602472).ClinicalTrials.gov.Web site,May 20,2008.」(摘記(A8))である。そして、当該「25番」の参考文献の書誌事項の記載からみて、少なくとも、刊行物Aが頒布された2008年6月頃に、2型糖尿病の患者にBI 1356とメトホルミン及びスルホニル尿素とを組み合わせて投与する臨床試験が計画されていたといえる。
以上のような、DPP-4阻害剤についての技術常識(刊行物E)、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」についての記載(刊行物A、刊行物B及び刊行物C)、及び刊行物Aで引用された「25番」の参考文献の書誌事項の記載を踏まえると、当業者は、引用発明のBI-1356(本願発明の【化1】で示される化合物)を、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」と同様に、血糖制御が改善され、忍容性も良好であるという結果が得られることを期待して、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」を対象とし「スルホニル尿素と組み合わせて投与される」ものとすることを、容易に想到しえたといえる。
以上のとおりであるから、当業者は、刊行物Aに記載された発明、刊行物A?Cに記載された事項及び技術常識(刊行物E)から、本願発明の構成を得ることを容易に想到しえたといえる。

(2)本願発明の効果について

本願明細書には【実施例】として以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。
「【0070】
<動物モデル:>
グリベンクラミドのようなスルホニル尿素(SU)は糖尿病治療に最も頻繁に使用される薬物の一種である。SUによる長期治療は上昇した基底インスリン分泌及び減少したグルコース刺激インスリン分泌を生じる。これらの特性は低血糖及び治療の二次無効の発生に重要な役割を果たすかもしれない。Db/dbマウスはインスリン耐性及び高レベルの血漿グルコースを示す2型糖尿病の動物モデルに相当する。加えて、動物の年齢と相関して、老化db/dbマウスの膵臓β-細胞が高められたインスリン分泌により高グルコース変動幅を保障することができない。それ故、このモデルはDPP-4 阻害剤 (例えば、BI 1356) と比較してグリベンクラミド誘発治療の二次無効を研究するのに適している。
<方法>
<動物及び収容>
生後5週の雌のdb/db マウスを、ドイツのチャールズ・リバーから得る。動物を温度及び湿度が制御された部屋に12:12 L/D サイクル(04:00 AM に照明そして04:00 PMに消灯) のもとに5-6 匹の動物のグループで収容する。全ての動物が規則的なげっ歯類食物 (アルトロミン規格#1324 食物, デンマーク) 及び随時の水に自由に接近する。
<生体内実験>
3 mlのシリンジ (luer-lock^(TM), ベクトン) に連結された胃チューブを使用して、化合物溶液を経口強制飼養により実験日0-59に08.00 AMに毎日投与する。12匹の動物のグループを使用する:ビヒクル、0.5% ナトロソール;BI 1356 3 mg/kg;グリベンクラミド3 mg/kg 。体重、食物摂取及び水摂取を最初の2週について毎日、そして残りの期間について週2回記録する。54日目の実験時に血液グルコースレベル及びHbA1c レベルを半給餌状態で測定し、59日目にOGTT (2 g/kg) を行なう。
<HbA1c 、インスリン及び血液グルコースの監視(モニタリング)>
“給餌”血液グルコースレベル及びHbA1c レベルの測定のための血液サンプリングを54日目に10.00 AMに行なう。その血液サンプリングの前に、動物を血液サンプリングの2時間前に食物のないきれいなケージに移す。59日目に、OGTT (2g/kg) を動物の一夜の絶食の後に行ない、インスリンをt=15 分に検出する。血液グルコース:夫々のデータ点につき、血液10μlを尾の先端からミクロキャピラリーチューブに抜き取り、バイオセンSライングルコースアナライザーを使用して測定する。
インスリン:夫々のデータ点につき、血液100μlを尾の静脈から抜き取り、EDTAチューブに集める。マウス内分泌イムノアッセイパネル (LINCOplex^(TM))を使用してインスリンを測定し、Luminex100^(TM)システム(LincoResearch, ミズーリー, USA)を使用して分析する。
HbA1c:は、全自動アナライザー上の標準酵素アッセイキット(バイエル)を使用して測定される。
【0071】
<結果>
図1及び図2は示された化合物による生後5週の雌のdb/dbマウスの54日の治療後のHbA1c値及びグルコース値を示す。DPP-4 阻害剤BI 1356 は対照と較べてHbA1c値だけでなく、グルコース値を改善する。対照的に、3 mg/kg の濃度のスルホニル尿素グリベンクラミドは対照及びBI 1356 と較べてグルコース値だけでなく、HbA1c 値を損なう。
図3はOGTT試験(経口的ブトウ糖負荷試験)中のインスリンの増加を示す。BI 1356 で治療された動物のみがインスリンのアップレギュレーションで増大されたグルコースレベルに応答することができる。
図1 (左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー:グリベンクラミド):
図2 (左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー: グリベンクラミド):
図3 (左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー: グリベンクラミド):
【0072】
こうして、β-細胞及びSU誘発治療の二次無効に相当する動物では、DPP-4 阻害剤BI 1356 はインスリン分泌並びにHbA1c 及びグルコースの低下に関してグリベンクラミドより優れている。
<臨床:>
臨床試験を使用して、本発明の目的のための本発明のDPP-4 阻害剤の使用可能性を試験し得る。
例えば、ランダム化二重盲検偽薬対照平行グループ試験において、本発明のDPP-4 阻害剤 (例えば、毎日1回経口投与されるBI 1356 5mg) の安全性及び効力を一種又は二種の通常の抗高血糖薬、例えば、スルホニル尿素薬による治療にもかかわらず不十分な血糖調節 (HbA1c 7.0 % から10% まで又は7.5 % から10% もしくは11%まで) の2型糖尿病の患者で試験する。
スルホニル尿素薬による研究では、本発明のDPP-4 阻害剤対スルホニル尿素のバックグラウンド治療に加えられた偽薬の効力及び安全性を調べる(2週の偽薬導入期;18週の二重盲検治療、続いて研究投薬終結後の1週のフォローアップ;スルホニル尿素薬によるバックグラウンド治療を全試験期間(未変化の用量における、偽薬導入期を含む)中に投与する)。
治療が成功したか否かは、初期値及び/又を偽薬グループの値と比較して、HbA1c 値を求めることにより調べられる。初期値及び/又は偽薬値と比較されたHbA1c 値の有意な変化がその治療についてのDPP-4 阻害剤の効力を実証する。また、治療が成功したか否かは、初期値及び/又は偽薬グループの値と比較して、絶食血漿グルコース値を求めることにより調べられる。絶食グルコースレベルが有意に低下することにより、その治療の効力が実証される。また、目標応答 (即ち、治療下のHbA1c < 7%) に対する治療の発生により、治療の効力が実証される。
患者の状態及び基準線からの妥当な変化、例えば、不利なイベント(例えば、低血糖エピソード等)又は体重増加の発生及び強さを分析することにより、治療の安全性及び寛容性が調べられる。」(【0070】?【0072】)

「【図1】

【図1】示された化合物による生後5週の雌のdb/dbマウスの54日の治療後のHbA1c値及びグルコース値を示す(左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー:グリベンクラミド)。」(【図1】及び【0029】)

「【図2】

【図2】示された化合物による生後5週の雌のdb/dbマウスの54日の治療後のHbA1c値及びグルコース値を示す(左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー: グリベンクラミド)。」(【図2】及び【0029】)

「【図3】

【図3】OGTT試験(経口的ブトウ糖負荷試験)中のインスリンの増加を示す(左のバー: ビヒクル; 中間のバー: BI 1356; 右のバー: グリベンクラミド)。」(【図3】及び【0029】)

上記実施例には、グリベンクラミド(スルホニル尿素の一種)で誘発したスルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルに対し、BI-1356(DPP-4阻害剤)を投与して治療した場合に、グリベンクラミド(スルホニル尿素)を投与して治療した場合よりも、HbA1_(C)値、血中グルコース値及びインスリン分泌に関して優れた結果が得られたことが記載されている(【0070】?【0072】、【図1】?【図3】)。
これらの結果は、いずれも、スルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルに対し、BI-1356(DPP-4阻害剤)を単独投与した場合に、グリベンクラミド(スルホニル尿素)を単独投与した場合よりも優れた効果が得られたことを示す結果であり、スルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルに、BI-1356(DPP-4阻害剤)及びグリベンクラミド(スルホニル尿素)を組み合わせて投与した場合に得られた結果は記載されていない。
スルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルは、スルホニル尿素(SU)により十分な治療効果が得られない2型糖尿病の動物モデルであるから(【0070】)、当該動物モデルにグリベンクラミド(スルホニル尿素の一種)を投与した場合に有効な効果が得られないことは、当業者が当然に予測しえた事項である。
そして、DPP-4阻害剤は、スルホニル尿素(SU)とは別の作用機序により抗糖尿病作用を奏するのであるから(特に刊行物Bの摘記(B2)及び刊行物Cの摘記(C2)を参照。)、実施例でBI-1356(DPP-4阻害剤)を単独投与した場合に、グリベンクラミド(スルホニル尿素)を単独投与した場合よりも優れた効果が得られたことは、DPP-4阻害剤の作用機序から当業者が予測しえた程度の事項にすぎない。
また、本願明細書には、本願発明のDPP-4阻害剤 (例えば、毎日1回経口投与されるBI 1356 5mg) の安全性及び効力を、スルホニル尿素薬による治療にもかかわらず不十分な血糖調節 (HbA1c 7.0 % から10% まで又は7.5 % から10% もしくは11%まで) の2型糖尿病の患者で試験する臨床試験、及び、本願発明のDPP-4阻害剤対スルホニル尿素のバックグラウンド治療に加えられた偽薬の効力及び安全性を調べる臨床試験についての記載があるが(【0072】)、これらの記載は、臨床試験のプロトコールや結果の評価手段等についての記載であり、当該臨床試験で実際に得られた結果は記載されていない。
このように、本願明細書には、スルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルに、BI-1356(DPP-4阻害剤)及びグリベンクラミド(スルホニル尿素)を組み合わせて投与した実験の結果、あるいはスルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者に、スルホニル尿素と組み合わせて、1日あたり5mgの量で経口投与した臨床試験の結果がいずれも記載されていないので、本願発明により、刊行物Aに記載された発明、刊行物A?Cに記載された事項、並びに技術常識(刊行物E)から当業者が予測しえない格別顕著な効果が得られたとはいえない。

(3)以上のとおりであるから、本願発明は、刊行物Aに記載された発明、刊行物A?Cに記載された事項、並びに技術常識(刊行物E)に基いて、本願第1優先日(2008年10月16日)前に当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 請求人の主張について

請求人は、令和1年9月11日提出の意見書で、以下の(1)?(7)の趣旨の主張をしているが、以下に説示するように、当該主張(1)?(7)は、上記「第5」で説示した判断に影響を生じさせるものではない。

[請求人の主張(1)]
DPP-4阻害剤及びスルホニル尿素は、いずれも(直接的又は間接的に)膵臓に作用し、膵臓からのインスリン放出を高めるので、特にインスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)を用いた治療が有効性を失っており且つインスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)の過去の治療により膵臓β細胞のインスリン産生能が鈍化している患者に対して、これらの薬剤を投与した場合の効能(十分/適切な血糖調節)や安全性(低血糖のリスク)を予見することは、容易なことでは出来ない。
また、DPP-4阻害剤の作用機序は、鈍化した膵臓/枯渇した膵臓機能(すなわち、スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節)を有する進行性の疾患状態にある本発明の条件/患者集団にとって、必ずしも適切であるというわけではない。

上記主張(1)について検討する。
DPP-4阻害剤及びスルホニル尿素が抗糖尿病作用を奏する作用機序については、刊行物Aの摘記(A2)、刊行物Bの摘記(B2)、刊行物Cの摘記(C2)及び刊行物Eの摘記(E1)?(E4)に記載のように、本願第1優先日(2008年10月16日)当時、かなり詳細に研究されており、DPP-4阻害剤が、スルホニル尿素とは別の作用機序により抗糖尿病作用を奏することは、既に知られていた事項である(特に刊行物Bの摘記(B2)及び刊行物Cの摘記(C2)を参照。)。
そして、上記「第5 2(1)」で説示したように、刊行物AでDPP IV阻害剤に関する先行技術として記載されている「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」は、いずれも、スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者に対する追加投与薬として用いられており、当該追加投与薬として用いた場合に、血糖制御が改善され、忍容性も良好であったことを示す臨床試験結果が得られたことは、本願第1優先日前に知られていたのであるから、当業者は、引用発明のBI-1356(本願発明の【化1】で示される化合物)を、スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者に追加投与することを、容易に想到しえたといえる。
よって、上記主張(1)は認められない。

[請求人の主張(2)]
刊行物Aで開示されている通常の2型糖尿病患者集団に投与されたリナグリプチンの用量が、インスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)を用いた治療では有効性が失われており且つインスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)の過去の治療により膵臓β細胞のインスリン産生能が鈍化している患者集団にもそのままの用量で適用することは、刊行物A?Fのいずれにも教示も示唆もされていない。
本願発明は、スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者に対して、リナグリプチンを(スルホニル尿素と組み合わせて)投与することにより、上記特定の患者集団に対して単一用量で有効に治療できることを見出したのである。
上記患者集団が高い確率で有する腎臓機能障害又はその発症リスクを考えると、この特定の患者集団に単一用量を投与して治療できるという本願発明の効果は、刊行物A?Fの教示から当業者が容易に予想し得ない優れた効果であるといえる。

上記主張(2)について検討する。
請求人の主張における「そのままの量で適用すること」及び「単一用量を投与」することとは、いずれも本願発明の「1日あたり5mgの量」を経口投与することを意味するものであり、また、請求人の主張における、刊行物Aで開示されている「通常の2型糖尿病患者集団」とは、刊行物Aに記載の2型糖尿病患者が「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者に特定されていない2型糖尿病患者」であることを意味するものと解される。
ここで、請求人の主張における「リナグリプチン」という化合物名は、本願明細書、刊行物A?C及びEのいずれにも記載されていないが、例えば、参考文献1(Diabetes Spectrum, 2009年3月, Vol.22 No.2, p.92-106)の「Table 1. Drugs in Development^(1-3)」の8行目に、「Generic/Code Name」が「Linagliptin/BI-1356」であり「Manufacturer」が「Boehringer Ingelheim」である「DPP-4 Inhibitor」が記載されていること、及び刊行物Aに「BI-1356(ベーリンガーインゲルハイム)」という記載があること(摘記(A2)を参酌して、以下では、請求人の主張における「リナグリプチン」と称される化合物が、本願発明の【化1】で表される化合物(BI-1356)と同一の化合物であるという前提で、検討する。

請求人の上記主張(2)は、
(2-1)刊行物Aに記載されている「1日あたり5mgの量」という用量を、「インスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)を用いた治療では有効性が失われており且つインスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)の過去の治療により膵臓β細胞のインスリン産生能が鈍化している患者集団」に対して「そのままの用量」で適用することは、いずれの刊行物にも教示も示唆もされていないこと、及び、
(2-2)腎臓機能障害又はその発症リスクを高い確率で有する特定の患者集団に「1日あたり5mg」という「単一用量」を投与して治療できる点は優れた効果であること、を強調するものであるといえる。

まず、上記(2-1)について検討する。
請求人が主張する「インスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)を用いた治療では有効性が失われており且つインスリン分泌促進剤(スルホニル尿素)の過去の治療により膵臓β細胞のインスリン産生能が鈍化している患者集団」とは、本願発明の「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」と同義であると解される。
ここで、刊行物Bの臨床試験では、DPP-4阻害薬であるビルダグリプチンを「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対して、1日あたり50mgまたは100mgの量を追加投与しているところ(摘記(B1))、例えば、参考文献2(Diabetes Obesty and Metabolism, 2005, Vol.7, p.692-698)には、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」であることが特定されていない2型糖尿病患者に対する臨床試験で、ビルダグリプチンを、刊行物Bと同様に1日あたり50mgまたは100mgの量で投与したことが記載されている。
また、刊行物Cに記載の臨床試験では、DPP-4阻害薬であるシタグリプチンを「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対して、1日あたり100mgの量を追加投与しているところ(摘記(C1))、例えば、参考文献3(Diabetes Care, 2006, Vol.29 No.12, p.2632-2637)には、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」であることが特定されていない2型糖尿病患者に対する臨床試験で、シタグリプチンを、刊行物Cと同様に1日あたり100mgの量で投与したことが記載されている。
このように、刊行物B(ビルダグリプチン)及び刊行物C(シタグリプチン)でそれぞれ用いられた用量は、いずれも「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」であることが特定されていない2型糖尿病患者に対する臨床試験で用いられた用量と同じ量である。
そして、刊行物Aには、「BI-1356」を他の経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬として使用する際に、刊行物Aに記載されている用量をそのまま適用してはいけないという趣旨の記載はない。
また、刊行物E(技術常識を示す総説)には、DPP-4阻害薬を他の経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬として使用する際に、他の抗糖尿病薬を使用していない患者に対して使用する用量をそのまま適用してはいけないという趣旨の記載はない。
そうすると、引用発明の「BI-1356」を他の経口血糖降下薬内服中の患者への追加投与薬として使用する際の用量として、刊行物Aに記載されている「1日あたり5mgの量」という用量を、そのまま適用することを阻害する要因があるとはいえない。
以上のとおりであるから、上記「第5 2(1)」で説示したとおり、DPP-4阻害剤についての技術常識(刊行物E)、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」についての記載(刊行物A、刊行物B及び刊行物C)、及び刊行物Aで引用された「25番」の参考文献の書誌事項の記載を踏まえると、当業者は、引用発明のBI-1356(本願発明の【化1】で示される化合物)を、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」と同様に、血糖制御が改善され、忍容性も良好であるという結果が得られることを期待して、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」を対象とし「スルホニル尿素と組み合わせて投与される」ものとすることを、容易に想到しえたといえる。
よって、上記主張(2-1)は認められない。

次に、上記主張(2-2)について検討する。
そもそも、本願発明では、投与対象の患者を「腎臓機能障害又はその発症リスクを高い確率で有する特定の患者集団」に特定していない。
そして、本願明細書には、対象患者を「腎臓機能障害又はその発症リスクを高い確率で有する特定の患者集団」に特定して、当該特定の患者に対して、本願発明の【化1】で表される化合物(BI-1356)の「1日あたり5mgの量」を、スルホニル尿素と組み合わせて経口投与した臨床試験あるいは動物実験の結果は記載されていない。
仮に、本願発明の「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」が、請求人が主張する「腎臓機能障害又はその発症リスクを高い確率で有する特定の患者集団」と同義であるとしても、上記「第5 2(2)」で説示したように、本願明細書には、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対して、本願発明の【化1】で表される化合物(BI-1356)の「1日あたり5mgの量」を、スルホニル尿素と組み合わせて経口投与した臨床試験あるいは動物実験の結果は記載されていない。
そして、上記「第2 2(1)」で説示した刊行物Cには、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対して、シタグリプチンを単一用量(100mgを1日1回服用)でグリメピリドに追加投与した臨床試験で優れた効果が得られたことが記載されているのであるから、請求人が主張する、本願発明のリナグリプチンを「単一用量を投与して治療できる」点が、本願発明のリナグリプチンに特有の効果であり、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。
よって、上記主張(2-2)は認められない。

[請求人の主張(3)]
本願明細書の実施例には、高齢の糖尿病性db/dbマウスにおける慢性的な8週間の(繰り返し投薬)研究から、リナグリプチン(BI-1356、本願発明の【化1】で表される化合物)により得られた血糖調節(HbA1c、血液グルコース、グルコース依存的なインスリン放出、図1?3)に関する実験的な治療結果が示されている。
刊行物A?Fのいずれも、そのような高齢及び慢性的なdb/dbマウスモデルにおけるリナグリプチン(BI-1356、本願発明の【化1】で表される化合物)によってもたらされる慢性的な効果(すなわち、慢性的な投与による、β細胞無効及びスルホニル尿素誘導性の慢性的な薬剤二次無効を示すこの2型糖尿病動物モデルにおいて、スルホニル尿素であるグリベンクラミドと比較してリナグリプチン(BI-1356、本願発明の【化1】で表される化合物)が血糖調節(HbA1c、血液グルコース、グルコース依存性インスリン放出(本願明細書の実施例及び図1?3参照)を改善すること)を教示、示唆していない。

上記主張(3)について検討する。
請求人は、本願明細書の実施例のスルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルが「高齢」のマウスであることを強調しているが、上記「第2 2(1)」で説示した刊行物Bに記載の臨床試験(ビルダグリプチン)の対象患者には65歳以上の患者が含まれており(摘記(B1)、刊行物Cに記載の臨床試験(シタグリプチン)の対象患者の年齢層は18?75歳であるので(摘記(C1))高齢の患者が含まれているのであるから、高齢のスルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルで得られた結果が、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。
そして、上記「第5 2(2)」で説示したように、そもそも、本願明細書には、実施例1で用いられた「高齢」のスルホニル尿素二次無効2型糖尿病動物モデルに、BI-1356(DPP-4阻害剤)及びグリベンクラミド(スルホニル尿素)を組み合わせて投与した実験の結果は記載されていない。
よって、上記主張(3)は認められない。

[請求人の主張(4)]
本願請求項1に記載の「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者」などの進行性症状を有する患者においては、不適切な過剰投与による腎臓への負荷を避けるため、腎臓機能障害に関する臨床的安全性アドバイス(clinical safety advice)に着目することが重要となり、この点につき、本願明細書の開示(特に段落[0060]?[0061])から、当業者であれば、リナグリプチンを1日あたり5mgの量で2型糖尿病の治療に用いることができ、腎臓機能障害を有する2型糖尿病患者にも用いることができると理解することができる。
他方、従来使用されている他のグリプチン、例えば、ビルダグリプチンは、肝障害を有する患者に投与すべきでないことが知られており、シタグリプチン、サクサグリプチン及びビルダグリプチンは、腎機能障害を有する患者に投与する場合には、用量を調節することが推奨されているように、腎機能障害等を有する患者に他の「グリプチン」を用いる場合には、用量を調節する必要がある。
これに対し、本願発明では、進行期の糖尿病患者(スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者)に対して、腎機能の低下(及び肝機能障害)にかかわらずリナグリプチンの用量を調節することなく一定の有効性成分含量(dosage strength)(本願発明では5mg/日の量)で投与することができる。すなわち、本願発明の医薬組成物は、患者が腎機能障害等を有していても、その程度に関係なく、リナグリプチン(BI-1356、本願発明の【化1】で表される化合物)を5mg/日の量で使用することができる。

上記主張(4)について検討する。
請求人は、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者」が腎臓機能障害を有していても、その程度に関係なくリナグリプチンを5mg/日の量で使用することができることを強調しているが、そもそも、本願発明では、投与対象の患者における「腎臓機能障害」の有無や程度は特定されていないし、本願明細書には、対象患者における「腎臓機能障害」の有無や程度を特定した臨床試験あるいは動物実験の結果は記載されていない。
ここで、本願明細書には、段落【0061】に「2型糖尿病のヒトでは、BI 1356が偽薬のような安全性及び寛容性を示す。約≧ 5 mg の低用量で、BI 1356 は真の毎日1回の経口薬物としてDPP-4 抑制の完全な24時間の期間で作用する。治療経口用量レベルで、BI 1356 は主として肝臓により排泄され、腎臓によりほんのわずかな程度(投与された経口用量の< 7% )で排泄される。BI 1356は主として胆汁を介して未変化で排泄される。腎臓により排除されるBI 1356 の比率は用量の増加につれてほんの非常にわずかに経時増加し、その結果、おそらく患者の腎臓機能に基づいてBI 1356の用量を変更する必要がないであろう。BI 1356 の非腎臓排除はその低い蓄積潜在性及び広い安全限界と組み合わせて腎不全及び糖尿病性腎症の高い流行を有する患者集団でかなり有益であるかもしれない。」という記載がある。
これに対し、刊行物Aに「経口BI-1356の安全性と忍容性は、14日間の休薬期間の後、1日1回、28日にわたり、2.5mg、5mg及び10mgを投与した77人の2型糖尿病の男女(40?69歳)で実施した、無作為化割付け、プラセボ対照二重盲検・反復投与比較試験でも評価した。BI-1356の忍容性は高かった。」(摘記(A6))と記載されているように、経口BI-1356が高い安全性及び忍容性を有することは既に知られていた事項にすぎない。
また、本願明細書の段落【0061】の「治療経口用量レベルで、BI 1356 は主として肝臓により排泄され、腎臓によりほんのわずかな程度(投与された経口用量の< 7% )で排泄される。BI 1356は主として胆汁を介して未変化で排泄される。」という記載は、刊行物Aで「BI-1356の腎排泄は低く、消失の主要な経路ではなかった。」(摘記(A4))のように定性的に記載されていた事項を定量的な数値(「投与された経口用量の< 7% 」)を加えて詳細に説明した記載にすぎず、当業者が予想できない顕著な効果を示す記載ではない。
仮に、本願発明の「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」が、請求人が主張する「腎臓機能障害」を有する患者と同義であるとしても、上記「請求人の主張(2)」で説示したように、刊行物Cには、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対して、シタグリプチンを単一用量(100mgを1日1回服用)でグリメピリドに追加投与した臨床試験で優れた効果が得られたことが記載されているのであるから、請求人が強調している「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者」が腎臓機能障害を有していても、その程度に関係なくリナグリプチンを5mg/日の量で使用することができることが、本願発明のリナグリプチンに特有の効果であり、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。
よって、上記主張(4)は認められない。

[請求人の主張(5)]
刊行物Aには、「BI-1356の腎排せつは低く、腎排せつは主要な排せつ経路ではなかった」と記載されているが(475頁右欄の下から17?16行)、この記載は、刊行物Aの上記記載は、BI-1356を健康なボランティアに投与した場合の結果に基づくものであり(475頁右欄の下から26?22行)、腎機能障害の程度にかかわらず(たとえ腎機能が低下して重篤な段階になっても)用量調節の必要がないことを教示するものではない。
本願発明のリナグリプチンと同じく抗糖尿病薬であり且つリナグリプチンと同様に腎排せつが低いナテグリニドについて、ナテグリニドはそれ自体の腎排せつは低いものの、繰り返し投与されると活性代謝産物M1が蓄積されるため安全性/低血糖に懸念があるということが報告されている(本意見書に添付の資料1?3)。
当業者は、刊行物Aの「BI-1356の腎排せつは低く、排せつの主要な経路ではない」という簡潔な記載から、リナグリプチンが腎臓機能障害を有する患者に好適であり、腎臓機能障害を有する患者が腎臓機能障害でも用量を調節することなく5mgで有効/安全に治療できると合理的に予想することは出来ない。

上記主張(5)について検討する。
刊行物Aの「BI-1356の腎排泄は低く、消失の主要な経路ではなかった。」(摘記(A4))という記載から、BI-1356の排泄の際に腎臓にかかる負担が低いことを、当業者は理解できるといえる。
そして、リナグリプチンと同じく抗糖尿病薬であるナテグリニドは、それ自体の腎排泄は低いものの、繰り返し投与されると活性代謝産物M1が蓄積されるため安全性/低血糖に懸念があるということが報告されていることを考慮しても、一般に、腎排泄が低い抗糖尿病薬は、その活性代謝産物が蓄積して安全性及び低血糖の懸念が生じるという技術常識があるとはいえず、リナグリプチンの活性代謝産物の蓄積による影響をおそれて「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」への投与を躊躇する、というような阻害要因があるとはいえない。
また、上記[請求人の主張(2)]及び[請求人の主張(4)]で説示したように、仮に、本願発明の「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」が、請求人が主張する「腎臓機能障害」を有する患者と同義であるとしても、請求人が強調する「リナグリプチンが腎臓機能障害を有する患者に好適であり、腎臓機能障害を有する患者が腎臓機能障害でも用量を調節することなく5mgで有効/安全に治療できる」ことが、本願発明のリナグリプチンに特有の効果であり、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。
よって、上記主張(5)は認められない。

[請求人の主張(6)]
本願明細書に記載された臨床試験の例(段落【0072】に記載された臨床試験のプロトコール)を確認するため、及び前臨床試験から理解できる本願発明の効果を裏付けるべく、資料5を添付する。資料5に記載の結果は、本願明細書に記載された臨床試験の例を確認するためものであり、当該結果は、本願発明の効果を裏付けている。
そして、刊行物A?E(又はA?F)のいずれにも、本願発明の患者集団の治療に対するリナグリプチンの上記優れた効果は教示も示唆もされていない。

上記主張(6)について検討する。
請求人が令和1年9月11日付け意見書に添付して提出した「資料5」に記載された内容は、以下のとおりである。

「<試験の目的>
スルホニル尿素を用いた従来の治療にもかかわらず不十分な調節の2型糖尿病を有する患者におけるアドオン治療としてのリナグリプチンの有効性及び耐容性を評価すること。

<方法>
このフェーズIII、多施設共同、無作為化、二重盲検、プラセボ対照の試験において、スルホニル尿素単一治療では不十分な調節の2型糖尿病を有する患者は、18週間に渡り1日に1回5mgのリナグリプチンによる治療(n=161)、又はプラセボによる治療(n=84)のいずれかをランダムに受けるよう割り当てられた。主要なエンドポイントは、ヘモグロビン(Hb)A1cにおけるベースラインから18週までの平均変化であり、これは、ANCOVAを用いて評価された。耐容性は、実験室分析、自発的な報告及び身体検査及びインタビューを用いて評価した。

<結果>
平均ベースライン特性(mean baseline characteristics)は、リナグリプチン群とプラセボ群とで類似していた。リナグリプチン治療は、ベースライン(8.6%)から18週までに-0.47%のHbA1cのプラセボ補正平均変化(95%CI)に関与していた(-0.70?-0.24;P<0.0001)。リナグリプチン群の患者は、プラセボ群の患者よりも、治療開始から18週後に7.0%未満というHbA1c標的レベルを達成していた(リナグリプチン群15.2%、プラセボ群3.7%、オッズ比[OR]=6.5;95%CI、1.7?24.8;P=0.007)。同様に、リナグリプチン群の患者は、プラセボ群の患者よりも0.5%以上というHbA1c減少を達成していた(リナグリプチン群57.6%、プラセボ群22.0%;OR=5.1、95%CI 2.7?9.6;P<0.0001)。有害事象の全体的な頻度は、リナグリプチン群とプラセボ群の間で類似していた(リナグリプチン群42.2%、プラセボ群42.9%)。低血糖事象の発生は2群間で有意には相違しなかった(リナグリプチン群5.6%、プラセボ群4.8%)。低血糖エピソードのいずれも、調査官によって重篤なものとは評価されなかった。平均体重変化の違いは有意ではなかった(リナグリプチン群+0.43kg、プラセボ群0.01kg;P=0.12)。

<結論>
2型糖尿病を有するこれらの患者において18週間にわたってのスルホニル尿素へのリナグリプチンの追加は、プラセボと比較して、統計学的に有意であり且つ臨床的に意義のあるHbA1cの減少と関連していた。リナグリプチンの全体的な耐容性はプラセボと類似しており、低血糖のリスクは低く、有意な体重増加もなかった。これらの知見は、スルホニル尿素単一治療では不十分な調節の2型糖尿病を有する患者における付加的な治療としてのリナグリプチンの使用を支持している。

<顕著性>
スルホニル尿素単一治療では不十分な血糖調節を有する患者の臨床的な管理に対する一般的なアプローチは、スルホニル尿素の投与量を最大レベルに漸増することである。このアプローチが重篤な低血糖事象及び体重増加のリスクを有意に増大させるという証拠や、スルホニル尿素の最大グルコース低減効果は通常最大推奨レベルよりも十分少ない量で達成されるという証拠があるにもかかわらず、上記のアプローチが一般的である。腎臓機能障害を有する患者は、スルホニル尿素治療で特に低血糖になりやすい。従って、スルホニル尿素の用量増加は、これらの患者における低血糖のリスクを増大させることになる。
シタグリプチンやサクサグリプチンなどの他のDPP-4阻害剤をスルホニル尿素に加えて投与する過去の研究では、低血糖事象の発生の増大が報告されている(資料4)。これに対し、スルホニル尿素に加えてリナグリプチンを投与する方法は、低血糖や体重増加に関与せず、従って、スルホニル尿素の漸増に代替する価値ある治療を示し得る。」

請求人が提出した上記「資料5」は、本願発明のリナグリプチンを、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対し、スルホニル尿素と組み合わせて、1日あたり5mgの量を経口投与した臨床試験で優れた効果が得られたことを示すものであるが、そもそも、上記「資料5」の記載は、本願明細書に記載されたものではないので、効果の顕著性の判断に際して参酌すべきものではないが、念のため、当該記載を参酌した場合について、以下に検討する。
上記「第5 2(1)」で説示したように、当業者は、本願発明のリナグリプチンを用いた場合に、DPP IV阻害剤に関する先行技術である「ビルダグリプチン」及び「シタグリプチン」と同様に、血糖制御が改善され、忍容性も良好であるという結果が得られることを期待すると解するのが自然であり、上記「資料5」で示された結果が、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。
また、本願明細書には、本願発明のリナグリプチンを用いた場合に、他のDPP-4阻害剤を用いた場合よりも優れた効果が得られるという趣旨の記載はないので、上記「資料5」の「<顕著性>」で他のDPP-4阻害剤と比較している「シタグリプチンやサクサグリプチンなどの他のDPP-4阻害剤を・・従って、スルホニル尿素の漸増に代替する価値ある治療を示し得る。」という記載を参酌することはできない。
なお、上記「資料5」でも、対象患者である「スルホニル尿素単一治療では不十分な調節の2型糖尿病を有する患者」について腎機能障害の程度は特定されていない。
以上のように、仮に、上記「資料5」の記載を参酌しても、依然として、本願発明による効果が、当業者が予測できない格別顕著な効果であるとはいえない。

[請求人の主張(7)]
他の主要なグリプチンと比較して、リナグリプチンは、リナグリプチンが多面的な抗酸化特性を示すことに基づき、優れた膵臓β細胞保護に対する潜在性を有している。これは他のグリプチンと共通の作用ではなく、(血糖調節とは独立の)β細胞保護に対する炎症性又は酸化ストレス特性を直接標的にしている。酸化ストレスは、糖尿病中のβ細胞機能の機能障害に関係する鍵となる特性である。例えば、主要なグリプチン(リナグリプチン、アログリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、シタグリプチン)の中で、リナグリプチンは、例えば、LPS及びザイモサン(Zymosan A)によるNADPHオキシダーゼの活性化に反応しての単離されたヒト白血球/好中球における酸化的破壊を最もよく抑制する(これは、L-012の増大した化学発光により測定される)。

上記主張(7)について検討する。
請求人は、本願発明のリナグリプチン単独が有する抗酸化特性が、他のグリプチンがそれぞれ単独で有する抗酸化特性よりも優れていることを強調しているが、そもそも、本願明細書には、このような抗酸化特性について言及する記載はなく、刊行物B(ビルダグリプチン)及び刊行物C(シタグリプチン)、及び刊行物E(技術常識)のいずれにも記載されていない。
また、そもそも、リナグリプチン単独が有する抗酸化特性は、本願発明のリナグリプチンを、「スルホニル尿素を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する2型糖尿病患者」に対し、スルホニル尿素と組み合わせて、1日あたり5mgの量を経口投与したことによって、初めて得られる効果ではない。
よって、上記主張(7)を、本願発明による効果の顕著性の判断に際し、参酌することはできない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、刊行物Aに記載された発明、刊行物A?Cに記載された事項、並びに技術常識(刊行物E)に基いて、本願第1優先日(2008年10月16日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-01-29 
結審通知日 2020-02-03 
審決日 2020-02-18 
出願番号 特願2016-46077(P2016-46077)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 澤田 浩平  
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 井上 典之
前田 佳与子
発明の名称 経口又は非経口抗糖尿病薬による治療にもかかわらず不十分な血糖調節の患者の糖尿病の治療  
代理人 山崎 一夫  
代理人 服部 博信  
代理人 市川 さつき  
代理人 浅井 賢治  
代理人 箱田 篤  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 佐々木 康匡  
代理人 弟子丸 健  

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