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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F15B
管理番号 1363906
審判番号 不服2019-5585  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-04-25 
確定日 2020-07-06 
事件の表示 特願2018-146950「ブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ装置のグリス止め」拒絶査定不服審判事件〔令和2年2月6日出願公開、特開2020-20458〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成30年8月3日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年11月13日付け:拒絶理由通知書
平成31年 1月 7日 :意見書、手続補正書の提出
平成31年 1月24日付け:拒絶査定
平成31年 4月25日 :審判請求書、手続補正書の提出

第2 平成31年4月25日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成31年4月25日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。(下線部は、補正箇所である。)
「筒状のロッドガイドを備え、軸方向の端部側が前記ロッドガイドを介して外部に伸縮可能に突出したロッドとを備えてなる油圧シリンダと、作業機側のピン支持部に支持されたピンに、前記シリンダのロッド先端を軸受を介して前記ピンの回りに回動自在としたロッド取り付け部とからなるシリンダ装置において、
前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止めであって、その内周面が長さ方向全体において前記ロッドに密接しており、かつ前記ロッドの外周に着脱自在に取り付けられるようにしたことを特徴とするブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ装置のグリス止め。」
(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の、平成31年1月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「筒状のロッドガイドを備え、軸方向の端部側が前記ロッドガイドを介して外部に伸縮可能に突出したロッドとを備えてなる油圧シリンダと、作業機側のピン支持部に支持されたピンに、前記シリンダのロッド先端を軸受を介して前記ピンの回りに回動自在としたロッド取り付け部とからなるシリンダ装置において、
前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止めであって、前記ロッドの外周に着脱自在に取り付けられるようにしたことを特徴とするブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ装置のグリス止め。」

2 補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「グリス止め」について、上記のとおり限定を付加するものであって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献1及び引用発明
ア 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献である、実願昭62-197040号(実開平1-100903号)のマイクロフィルム(以下「引用文献1」という。)には、「操作シリンダ」に関して、図面とともに、次の記載がある。(下線は当審による。)

(ア)「2.実用新案登録請求の範囲
作業機を構成する部材を揺動させる操作シリンダにおいて、そのシリンダのピストンロッドに、弾性変形により着脱が可能なグリース受け具を取付けたことを特徴とする操作シリンダ。」(明細書1ページ3ないし7行)

(イ)「3.考案の詳細な説明
〔産業上の利用分野〕
この考案は、油圧ショベル等の建設機械における作業機を構成する部材、たとえばブームを起伏させる操作シリンダ(ブームシリンダ)に関する。
〔従来の技術〕
第9図は油圧ショベルの一例を示し、本体1の前部にはブームシリンダ3により起伏させるブーム2が取付けられており、ブーム2の先端部にはアーム4が取付けられており、アーム4の先端部にはバケットシリンダ7およびリンクを介して回動させるバケット6が取付けられている。
第10図に示すように、ブームシリンダ3のピストンロッド3aの先端ボス部3bは、ブーム2の中間部に取付けたピン8に連結されており、ボス部3bの穴にはブッシュ9がはめこまれている。ボス部3bにはピン8とブッシュ9との嵌合面にグリースを供給するグリースニップル10が取付けられている。」(1ページ8行ないし2ページ6行)

(ウ)「〔考案が解決しようとする問題点〕
グリースニップル10からグリースを補給すると、古いグリースはボス部3bの左右の端面側に形成されている隙間Gから排出されるが、定期的な給油により古いグリースは隙間Gからはみ出し、落下したり、ピストンロッド3aに沿つて蓄積される。また、作業機が稼働した場合、振動や衝撃によりグリースが落下し、もしくはピストンロッド3aに滴下する。このため、本体や地面が汚れる。また、ピストンロッド3a部に古いグリースが付着した場合、グリース中の添加剤がブームシリンダ3のシールを劣化させたり、固着したグリースがシールを傷付けたりすることにより油洩れを起しやすくなる。さらに、古いグリースに土砂、埃が付着し、汚なくなるとともに、ブームシリンダ3のシールを傷付ける。」(2ページ7行ないし3ページ2行)

(エ)「〔問題点を解決するための手段〕
上記の目的を達成するため、この考案は、操作シリンダのピストンロッドに、弾性変形により着脱が可能なグリース受け具を取付けたことを特徴とする。
〔作用〕
排出された古いグリースが落下したり、滴下したりした場合、そのグリースはグリース受け具により受け止められる。」(3ページ9ないし17行)

(オ)「〔実施例〕
つぎに、第1図および第2図に示すこの考案の第一実施例を説明する。第1図において第10図と同じ符号をつけたものは同じものを表わす。
ブームシリンダ3のピストンロッドには、隙間Gからはみ出し、落下し、もしくは滴下するグリースを受け止めるグリース受け具11が取付けられている。このグリース受け具11はゴム、合成樹脂等からなり、逆切頭円錐形に形成されており、その弾性変形により着脱することができる。この実施例では、グリース受け具11の切込み端縁は第2図に示すようにたがいに接合されている。」(3ページ18行ないし4ページ9行)

(カ)「第4図ないし第6図はこの考案の第三実施例を示し、グリース受け具13は環状板に形成されており、その切込み端縁はたがいに接合されている。
第7図および第8図はこの考案によるグリース受け具の第四実施例を示し、このグリース受け具14は環状板に形成されており、その開放端部14aはたがいに重合されている。
各グリース受け具11、12、13、14は、ピストンロッド3aの円筒部であれば軸方同の任意の位置に取付けることができる。
隙間Gからはみ出し、落下したり滴下したりする古いグリースは、ピストンロッド3aに取付けたグリース受け11、12、13、14により受け止められる。」(4ページ14行ないし5ページ7行)

(キ)上記(イ)及び第9図の記載と技術常識から、ブームシリンダ3が、外部に伸縮可能に突出したピストンロッド3aを備えてなることが理解できる。

(ク)第4図から、ブーム2側にピン8を支持するピン支持部があることが看取でき、また、先端ボス部3bは、ピン8の周りに回動自在であることは技術常識から明らかであるから、上記(イ)及び(オ)並びに第1図及び第4図の記載から、ブーム2側のピン支持部に支持されたピン8に、ブームシリンダ3のピストンロッド3aの先端ボス部3bをブッシュ9を介してピン8の周りに回動自在としたロッド取り付け部があることが理解できる。

(ケ)上記(カ)及び第4図から、グリス受け具13は、ピストンロッド3aの外周におけるグリスを受け止める環状板に形成されたものであって、ピストンロッド3aの外周に着脱することができるものであることが理解できる。

イ 上記アから、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「外部に伸縮可能に突出したピストンロッド3aを備えてなるブームシリンダ3と、ブーム2側のピン支持部に支持されたピン8に、前記ブームシリンダ3のピストンロッド3aの先端ボス部3bをブッシュ9を介して前記ピン8の回りに回動自在としたロッド取り付け部とからなる操作シリンダにおいて、
前記ピストンロッド3aの外周におけるグリースを受け止める環状板に形成されたグリース受け具13であって、前記ピストンロッド3aの外周に着脱することができる建設機械におけるブームを起伏させる操作シリンダのグリース受け具13。」

(3)引用発明との対比
ア 本件補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明における「ピストンロッド3a」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本件補正発明における「ロッド」に相当し、以下同様に、「ブームシリンダ3」は「油圧シリンダ」に、「ブーム2」は「作業機」あるいは「ブーム」に、「ピン8」は「ピン」に、「ブッシュ9」は「軸受」に、「ピストンロッド3aの先端ボス部3b」は「ロッド先端」に操作シリンダ」は「シリンダ装置」に、「グリース」は「グリス」に、「グリース受け具13」は「グリス止め」に、「着脱することができる」ことは「着脱自在に取り付けられるようにした」ことに、「建設機械におけるブームを起伏させる操作シリンダ」は「ブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ」にそれぞれ相当する。
また、引用発明における「前記ピストンロッド3aの外周におけるグリースを受け止める環状板に形成されたグリース受け具13」は、「ピストンロッド3aの外周におけるグリースを受け止める」ことで、ロッドの外周におけるグリースの漏れを防止していることは明らかであるから、引用発明における「前記ピストンロッド3aの外周におけるグリースを受け止める環状板に形成されたグリース受け具13」と本件補正発明における「前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止め」とは「ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止するグリス止め」という限りにおいて一致する。

イ 以上のことから、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
[一致点]
「外部に伸縮可能に突出したロッドとを備えてなる油圧シリンダと、作業機側のピン支持部に支持されたピンに、前記シリンダのロッド先端を軸受を介して前記ピンの回りに回動自在としたロッド取り付け部とからなるシリンダ装置において、
前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止するグリス止めであって、前記ロッドの外周に着脱自在に取り付けられるようにしたブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ装置のグリス止め。」

[相違点1]
本件補正発明においては、油圧シリンダが「筒状のロッドガイド」を備えており、ロッドは、軸方向の端部側が「ロッドガイド」を介して外部に伸縮可能に突出しているのに対し、
引用発明においては、ブームシリンダ3がロックガイドを備えているか否か不明である点。
[相違点2]
本件補正発明においては、グリス止めが「筒状」であって、その「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」のに対し、
引用発明においては、グリース受け具13が環状板に形成されており、その内周面が長さ方向全体においてピストンロッド3aに密接しているか否か不明である点。

(4)判断
以下、相違点について検討する。
ア 相違点1について
軸方向の端部側が外部に伸縮可能に突出したロッドを備えてなる油圧シリンダにおいて、ロッドを筒状のロッドガイドを介して外部に伸縮可能に突出させることは慣用の手段(以下、「慣用手段」という。)であり、引用発明における油圧シリンダにかかる慣用技術を適用することは、当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点2について
(ア)まず、本件補正発明におけるグリス止めが、「筒状」であり、「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」ことの技術的意義について検討する。
本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。(下線は当審による。)
「【0002】
パワーショベル等の作業機に使用されるピンは、例えば図6に示すようにブーム102の上げ下げを行う油圧シリンダ105のロッド105aとブーム102との連結には両者の間を回動自在とするために、図示しない軸受を介してピン104が使用されているが、この軸受への給脂は該ピン104の中心に開けられた孔からグリスを押し込むことにより行われている。
その時期としてはほとんど作業点検で実施されており、その給脂の方法はグリスが軸受とピン104との間からはみ出るまで行って潤滑させるようにしている。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、通常の作業機においては、図7に示すように軸受111から漏れたグリス112が油圧シリンダ113のロッド114に伝わり落ちてしまうのが通例であった。
また、実開平3-42840号公報(特許文献1参照)においても、カップに設けた逃がし穴から漏れたグリスが、カップの外面を伝わって油圧シリンダ105のロッド105aに伝わり落ちることが認められる。
いずれにしても、前記シリンダのロッドに伝わり落ちたグリスは埃が付着していたり、経年変化で硬くなっており、油圧シリンダのロッドが筒状のロッドガイド内に収納される際にその箇所に設置されているパッキングを損傷させてしまうという問題があった。
【0006】
とはいえ、このようなパッキング(ブッシュ、シールを含む)の損傷は、このような作業機の油圧シリンダの分解を必要とするものであり、交換するパッキング代のみならず取替作業に高価な作業報酬を支払う必要が発生してしまい、作業者が多大の負担をしなければならないという切実な問題が発生していた。
本発明は、従来技術の以上のような問題点を解消しようとするものであり、シリンダ装置のロッドの外周面に着脱自在に取り付けられ、前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止めを提供することを目的とするものである。」
「【0021】
すなわち、本発明のシリンダ装置のグリス止め21は、筒状のロッドガイド12を備え、軸方向の端部側が前記ロッドガイド12を介して外部に伸縮可能に突出したロッド13とを備えてなる油圧シリンダ11と、作業機14のブーム15側のピン支持部17に支持されたピン16に、前記油圧シリンダ11のロッド13の先端を軸受17aを介して前記ピン16の回りに回動自在としたロッド取り付け部18とからなるシリンダ装置19に取り付けられるものである。
そして21は第1実施例における、前記ロッド13の外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止めであって、前記ロッド13の外周に着脱自在に取り付けられるようになっている。もちろんこの筒状のグリス止め21の径は、前記油圧シリンダ11のロッド13の径に応じて適宜変えることが望ましい。
したがって、シリンダ装置19の前記ロッド13の外周におけるグリスの漏れを確実に防止することができ、前記筒状のロッドガイド12内に設置されているパッキング12aを損傷させることがなく、作業機14の油圧シリンダ11の分解を不要とし、交換するパッキング代のみならず取替作業に高価な作業報酬を支払う必要がなくなり、作業者の多大の負担を解消することができる。
【0022】
ちなみに、第1実施例のシリンダ装置のグリス止めにおける前記グリスの漏れを防止する筒状のグリス止め21は、図2(a)に示すように、適宜の弾性素材でほぼ矩形断面に形成されている。
したがって前記ロッド13への密着性が極めて良好で、前記グリスの漏れを確実に防止することができる。
【0023】
前期筒状のグリス止め21の弾性素材の材料としては、天然ゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、イソプレンゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム、ニトリルゴムなどのジエン系ゴム、エチレンプロピレンゴム、エチレン・プロピレン・ジエン三元共重合体、ウレタンゴム、ポリアミド系エラストマー、ポリエチレン系エラストマー、エポキシ樹脂系エラストマー、ポリエステル系エラストマーなどの熱可塑性エラストマー、軟質塩化ビニル樹脂などの軟質樹脂などが好適に用いられる。
もちろん、前記ロッド13への密着性が極めて良好で、前記グリスの漏れを確実に防止することができ、前記ロッド13の外周面への取付けが容易となるような変形可能な素材であれば、前記の例示した素材に何ら限定されるものではない。
【0024】
なお、第1実施例のシリンダ装置のグリス止めにおける前記グリスの漏れを防止する筒状のグリス止め21は、C字状に分断されていて常態では前記ロッド13の外周面を締め付けるよう付勢されており、かつ分断位置において両端が係合される係合部22を設けたものである。このような付勢力は筒状のグリス止め21そのものの弾性により、あるいは筒状のグリス止め21に内蔵した線状バネ、あるいは板状バネの力によって得ることができる。
したがって前記ロッド13への取付け取外しをワンタッチで行うことができ、かつ係合部22における前記グリスの漏れを確実に防止することができる。
【0025】
この第1実施例のシリンダ装置のグリス止めにおける前記グリスの漏れを防止する筒状のグリス止め21は、前記グリス止め21の両端が係合される係合部22として、図2(b)のさね継ぎ状、図2(c)の欠け継ぎ状、図2(d)の単なる突合せ状を含む、望ましくは交差状の連結構造で係合されている。もちろんこの筒状のグリス止め21の交差部分の長さは、前記油圧シリンダ11のロッド13の径に応じて適宜決定することが望ましい。
したがって係合部22における前記グリスの漏れを確実に防止することができ、かつ前記ロッド13からの脱落を確実に防止することができるのである。」
上記記載によれば、本件補正発明の第1実施例の筒状のグリス止めは、適宜の弾性素材でほぼ矩形断面に形成されることで、ロッドへの密着性が極めて良好で、グリスの漏れを確実に防止することができること、及び、適宜の弾性素材は、ロッドの外周面への取付けが容易となるような変形可能な素材であればよいことが理解できる。

(イ)「筒状」について
一般に「筒」とは、「円く細長くて中空になっているもの」([株式会社岩波書店広辞苑第六版])とされるところ、上記(ア)で示したとおり、本願の発明の詳細な説明には、筒状のグリス止めは、適宜の弾性素材でほぼ矩形断面に形成されることで、ロッドへの密着性が極めて良好で、グリスの漏れを確実に防止することができることが記載されているが、筒状のグリス止めが「筒状」であることによりロッドへの密着性が良好となること、あるいは、筒状のグリス止めが「筒状」であることによるそれ以外の技術的意義については一切記載がなく、むしろ、発明の詳細な説明の記載によれば、筒状のグリス止めがロッドに対して密着性が良好であることはその素材が弾性材であるためであることが理解できる。
また、本願の図1の記載から、上下に付設されたフランジ状部分を備えたグリス止め21がロッド13の外周に取り付けられていることが看取でき、また、図2ないし図4には、それぞれの実施例のグリス止めの平面図(a)及び概略側面図(b)ないし(d)が示され、図5には、当該実施例のグリス止めの平面図(a)及び概略側面図(b)が示されており、いずれの実施例のものも、リング状の形状であることが看取できるから「円く」「中空となっている」とはいえるが、「細長い」とはいいがたいものと認められ、本願の明細書及び図面に接した当業者であれば、本件補正発明における「筒状のグリス止め」が必ずしも細長いものに限らないと解するのが自然である。
そうすると、本件補正発明の筒状のグリス止めの「筒状」とは、「筒」の一般的定義のうち「円く」「中空となっている」ことを満たせば足りるとするのが相当である。
そして、引用発明のグリース受け具13の環状板の形状も、「円く」「中空となっている」ものであり、引用文献1の記載によれば、引用発明のグリース受け具13は弾性変形するものであって、排出された古いグリースが落下したり、滴下したりした場合、そのグリースを受け止めることによって、定期的な給油により古いグリースは隙間Gからはみ出し、落下したり、ピストンロッド3aに沿って蓄積されることを防止するという作用効果を奏するものであるから、本件補正発明の「筒状のグリス受け」と同様の作用効果を奏するものである。
したがって、引用発明の「グリース受け具13」は、本件補正発明の「筒状のグリス止め」に相当するといえるから、この点は、実質的な相違点ではない。
仮に、引用発明のグリース受け具13の環状板の形状が「筒状」に含まれず、本件補正発明の「筒状」が細長い形状であることを要するものであるとしても、グリスの漏れを防止するにあたり、グリス止めの長さは所定のシール性能を得られる程度のシール長さが確保できれば足り、換言すれば、グリス止めの長さは必要なシール性能に応じて適宜調整し得る事項であるし、殊更細長い形状にすることによってシール性能が格段に向上するものでもない
一方、引用発明のグリース受け具13が弾性変形するものであって、排出された古いグリースが落下したり、滴下したりした場合、そのグリースを受け止めることによって、定期的な給油により古いグリースは隙間Gからはみ出し、落下したり、ピストンロッド3aに沿って蓄積されることを防止するという作用効果を奏するものである以上、必要なシール性能が得られる程度のシール長さは確保されていることは明らかであるが、上述のとおり、グリース受け具13の長さを必要なシール性能に応じて調整することは当業者が適宜なし得ることである。
加えて、引用発明のグリース受け具13において、ピストンロッド3aに対する密着性をさらに向上させるために、グリース受け具13の材料の弾性をより高めることや、グリース受け具13とピストンロッド3aとの接触面積をより大きくすることなどは、当業者にとって通常の創作能力の発揮にすぎず、グリース受け具13とピストンロッド3aとの接触面積を大きくするに際しては、環状板の厚みを増して円筒状にすることは、当業者がもっとも普通に採用する事項であるともいえる。
よって、仮に、引用発明のグリース受け具13の環状板の形状が「筒状」に含まれないとしても、この点は、当業者が容易になし得たものといえる。

(ウ)グリス止めが、その「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」ことについて
本件補正発明の筒状のグリス止めが、その「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」ことについては、上記の発明の詳細な説明には明示的な記載はなく、また、発明の詳細な説明のそれ以外の記載箇所及び図面をみても明示的な記載は見あたらず、さらに、グリス止めが、その「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」との事項は、審判請求時の補正により付加された事項であるが、審判請求書には、かかる事項に関して、補正の根拠が示されていない。
そこで、発明の詳細な説明を参照すると、段落【0022】に「筒状のグリス止め21は、・・・適宜の弾性素材でほぼ矩形断面に形成されている」との記載、及び、段落【0023】に「(グリス止め21の弾性素材の材料としては)ロッド13の外周面への取付けが容易となるような変形可能な素材」との記載があることから、本件補正発明の筒状のグリス止めが、その「内周面が長さ方向全体においてロッドに密接している」こととは、変形可能な素材からなるグリス止めがロッドの外周面に取り付けられることにより、グリス止めの内周面が上部から下部にわたってロッドに密着することを意味すると解され、一応、発明の詳細な説明の記載事項から導かれる事項であると認められる。
そして、上記(イ)で述べたように、引用発明において、グリース受け具13はピストンロッド3aに対する密着性も当然考慮されていると解されるところ、引用文献1の第4図や第6図から、グリース受け具13の断面は矩形に形成されており、また、弾性変形する材料で形成されていることから、引用発明のグリース受け具13も、その内周面が長さ方向全体においてピストンロッド3aに密接しているといえる。
そうすると、この点も、実質的な相違点ではない。

(エ)請求人の主張について
請求人は、平成31年1月7日提出の意見書において、「また、「筒状のグリス止め」を採用したことにより、前記ロッドへの密着性が極めて良好で、前記グリスの漏れを確実に防止することができ、かつ前記ロッドからの脱落を確実に防止することができるのであります。
このような作用効果については、前記の「皿状または板状(ロッドに対して直交する)」では到底得ることはできません。」と主張している。
しかしながら、上記(イ)及び(ウ)で述べたとおり、本件補正発明は、「筒状のグリス止め」が弾性素材であることで密着性が良好となるという作用効果を奏するものであるところ、引用発明のグリース受け具も弾性変形する素材でなるものであるから、ピストンロッド3aに密着することは明らかであり、両者の作用効果に差異はない。
また、請求人は、同意見書において、「これは引用文献1ないし3の発明がグリス等の飛散を防止する目的であるのに対し、本願発明が「軸受から漏れたグリスが油圧シリンダのロッドに伝わり落ちてしまう」のを防止するという目的であるところに起因しているためと思われます。」と主張している。
しかしながら、引用文献1には、解決しようとする問題点として「グリースニップル10からグリースを補給すると、古いグリースはボス部3bの左右の端面側に形成されている隙間Gから排出されるが、定期的な給油により古いグリースは隙間Gからはみ出し、落下したり、ピストンロッド3aに沿つて蓄積される。また、作業機が稼働した場合、振動や衝撃によりグリースが落下し、もしくはピストンロッド3aに滴下する。」(前記(2)ア(ウ))との記載があり、その問題点を解決するための手段の作用として、「排出された古いグリースが落下したり、滴下したりした場合、そのグリースはグリース受け具により受け止められる。」(前記(2)ア(エ))との記載があるが、「グリス等の飛散を防止する」ことは記載がなく、引用発明の目的が軸受(ブッシュ)から漏れたグリースがピストンロッド3aに伝わり落ちるのを防止することであることは明らかであり、本件補正発明の目的と引用発明の目的とが異なるということはない。
さらに、請求人は、平成31年4月25日提出の審判請求書において、「しかしながら、「グリス止めがロート状ないし環状板の形状であっても、それが中空形状である以上、筒状であると認められる。」との認定は予断の含む極めて技術的ではない議論であって、おおよそそれに近い形状であれば具体的には何も議論する必要がないということに通じ、技術的思想の創作という発明の基本を外れた暴論といわざるを得ません。
また、本願発明における「筒状のグリス止め」は「前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを防止する筒状のグリス止めであって、その内周面が長さ方向全体において前記ロッドに密接しており、かつ前記ロッドの外周に着脱自在に取り付けられるようにした」ものであり、引用文献1における「グリース受け具」とは明確に相違しています。
そしてそのことによって前記ロッドの外周におけるグリスの漏れを確実に防止するという顕著な作用効果を奏するのであって、本願発明の上記構成は到底引用文献1から導き出せるものではありません。」と主張している。
しかしながら、上記(イ)において述べたように、本件補正発明の「筒状のグリス止め」は、発明の詳細な説明の記載からみて、細長いことを要さず、「円く」「中空となっている」ものであれば足りると解されるから、「グリス止めがロート状ないし環状板の形状であっても、それが中空形状である以上、筒状であると認められる。」との拒絶査定の認定に誤りはない。
また、請求人は、同審判請求書において、「あくまで、従来「筒状のグリス止め」を採用することが容易に類推可能であったかを判断し、また「筒状のグリス止め」を採用して初めて本願発明のような作用効果が得られたどうかで特許性を判断すべきであります。」と主張している。
しかしながら、上記(イ)で述べたように、そもそも、引用発明の「グリース受け具11」は実質的に本件補正発明の「筒状のグリス止め」に相当するから、ここで進歩性を論ずる余地はないが、仮に、両者が相違するものであったとしても、引用発明のグリース受け具11を筒状とすることは、当業者にとって容易であることも上記(イ)で述べたとおりである。
以上のとおり、請求の主張はいずれも採用できない。

(オ)以上から、本件補正発明の相違点2に係る発明特定事項は、実質的な相違点ではなく、仮に、実質的に相違点であったとしても、当業者が容易になし得たものである。

ウ そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本件補正発明の奏する作用効果は、引用発明及び慣用手段の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

エ したがって、本件補正発明は、引用発明及び慣用手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび
よって、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成31年4月25日にされた手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成31年1月7日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、前記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の出願前に日本国内または外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:実願昭62-197040号(実開平1-100903号)のマイクロフィルム

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1及びその記載事項は、前記第2の[理由]2(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記第2の[理由]2で検討した本件補正発明から、「グリス止め」に係る限定事項を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の[理由]2(3)、(4)に記載したとおり、引用発明及び慣用手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明及び慣用手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-04-22 
結審通知日 2020-04-23 
審決日 2020-05-20 
出願番号 特願2018-146950(P2018-146950)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F15B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 角田 貴章  
特許庁審判長 久保 竜一
特許庁審判官 窪田 治彦
佐々木 芳枝
発明の名称 ブームを備えた建設機械、産業機械用のシリンダ装置のグリス止め  
代理人 土橋 博司  

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