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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  E04H
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  E04H
管理番号 1363998
異議申立番号 異議2019-700660  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-08-22 
確定日 2020-06-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6499411号発明「免震建物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6499411号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6499411号の請求項1-4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6499411号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成26年9月1日に出願され、平成31年3月22日にその特許権の設定登録がされ、平成31年4月10日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、令和1年8月22日に特許異議申立人岡林茂(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和2年1月6日付けで取消理由を通知した(令和2年1月10日発送)。特許権者は、その指定期間内である令和2年3月9日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)を行った。なお、当審は、その訂正の請求に対して、申立人に期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、何ら応答もなかった。

第2 本件訂正請求について
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容(以下、「本件訂正」という。)は、以下のとおりである。
(下線は、訂正箇所を示す。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記上部構造は、上下に複数階を有し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、」とあるのを、
「前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、」に訂正する。(請求項1を引用する請求項2、3、4も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
明細書の段落【0005】に「本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明は、地盤中に構築された下部構造と、前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、前記上部構造は、上下に複数階を有し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されていることを特徴とする。
このような免震建物によれば、上部構造の下層階のスラブが上層階のスラブよりも重いので、上部構造が低重心化される。これによって、上部構造の外周部に付加物を設けることなく、地震時等に上部構造が受ける転倒モーメントを抑えることができる。」とあるのを、
「本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明は、地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造と、前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向の間隙を空けて設けられていることを特徴とする。
このような免震建物によれば、上部構造の下層階のスラブが上層階のスラブよりも重いので、上部構造が低重心化される。これによって、上部構造の外周部に付加物を設けることなく、地震時等に上部構造が受ける転倒モーメントを抑えることができる。」に訂正する。

2 訂正の適否の判断
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る発明を特定する事項である「下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成され」について、「上層階スラブ」及び「下層階スラブ」を形成する材料について何ら限定されていないところを、「上層階のスラブ」を形成する材料について「軽量コンクリート又は発泡コンクリート」に限定し、また、「下層階のスラブ」を形成する材料について「上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリート」に限定する訂正であるから、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記アのとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 新規事項
本件特許明細書に、
「【0038】
・・・上層階部12Hのスラブ部25を、軽量コンクリートや発泡コンクリートによって形成し、下層階部12Lのスラブ21Aは、上層階部12Hのスラブ部25よりも重量の大きい普通コンクリートや重量コンクリートで形成するようにしてもよい。」、
「【0039】
・・・上部構造12が低重心化される。」と記載されているから、訂正事項1は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否、新規事項
訂正事項2は、上記アのとおり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(3)一群の請求項について
訂正前の請求項1?4について、請求項2?4は、それぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項1及び明細書に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1?4に対応する訂正後の請求項1?4は、一群の請求項である。

3 訂正請求のまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし4に係る発明(以下、「本件発明1」等といい、全体を「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造と、
前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、
前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、
前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、
前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられていることを特徴とする免震建物。
【請求項2】
前記上部構造の前記下層階のスラブは、前記上層階のスラブよりも厚く形成されていることを特徴とする請求項1に記載の免震建物。
【請求項3】
前記上部構造の前記上層階のスラブは、中空部を有したボイドスラブであることを特徴とする請求項1または2に記載の免震建物。
【請求項4】
前記上部構造の前記上層階は、前記スラブおよび壁のみから躯体が構成された無梁・無柱構造であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の免震建物。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし4に係る特許に対して、当審が令和2年1月6日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

1.(新規性)本件出願の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたのである。
2.(進歩性)本件出願の請求項1ないし4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

甲第1号証:杉江大典 外5名“貴和製作所浅草橋本店”、日本建築学会 、学術講演梗概集 建築デザイン発表梗概集2014、20 14年7月20日、p.258?259
なお、提出されたもののうち、p258?259と奥付の 技術事項ないしは発行年月日に関する事項以外のものは、考 慮していない。

2 甲号証の記載
(1)甲第1号証
取消理由通知で引用された甲第1号証には、以下の事項が記載されている。(下線は、決定で付した。)
ア 258頁
(ア)表題
「貴和製作所浅草橋本店」

(イ)右側の下方
以下の記載がある。
「都心型狭小敷地免震プロトタイプ
・・・施主のニーズは、土地を最大限に活用するための『最大の有効間口・有効空間の創出』であり、安全・安心のための『免震構造の採用』である。・・・『都心型狭小敷地免震のプロトタイプ』として街に大きな役割を果たすことを目指している。」

(ウ)写真の説明
「東側全景:無柱・無梁空間を実現するためのボックスカルバート構造」

イ 259頁
(ア)左側の上方
以下の記載がある。
「ペンシルビルの免震構造」

(イ)「おきあがりこぼしの原理」の項
「塔状比5.3の形状において、地震の水平力により、免震支承に引張力を極力発生させないように、建物の重心を下げる3つの工夫を行った。
○1 5?8階の壁を薄肉化。
○2 柱状ボイドスラブを採用し上部階を軽量化。
○3 1階床は1.0mの厚いスラブを採用。
低重心化し『おきあがりこぼし』の原理を利用した構造計画とした。
また、壁式構造+フラットスラブの採用により無柱・無梁のボックスカルバート構造を実現し、5.4m×20mのスクエアな有効空間を創出した。」
なお、上記の「○1」等は、○の中に1等を記載したもの。

(ウ)「アクソメ」と題された図



上記図から、以下の点が看て取れる。
a 上方に、1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体が配置され、当該構造体の下方に免震ピットが配置されている点が看て取れる。
b 免震ピットの外周に、立設された上下方向の板状の部材が配置されている点が看て取れる。
c 1階のスラブ厚が「1000」、2階のスラブ厚が「400」、3階のスラブ厚が「350」、4階のスラブ厚が「350」、5階のスラブ厚が「300」、6階のスラブ厚が「300」、7階のスラブ厚が「300」、8階のスラブ厚が「300」となっている点が看て取れる。

(エ)「4種の免震装置を配置」の項
以下の記載がある。
「積層ゴム支承に軸力を負担させないことで、積層ゴム支承の軸径・種類が自由に選択でき、設計上必要な免震層剛性及び安定した復元力特性を実現している。以下の4種類の免震装置を、適材適所に配置した高性能免震システムを構築している。」

(オ)「免震ピット免震装置レイアウト図」と題された図及びその説明




「免震ピット免震装置レイアウト図」の説明
以下の記載がある。
・緑色の丸の右、
「弾性すべり支承 ねじれに抵抗
地震エネルギーを摩擦による熱エネルギーで吸収。風揺れに対し抵抗。」
・オレンジ色の丸の右、
「積層ゴム支承 風揺れ対策
免震層の安定した変形を確保するため、外周部に配置。」
・青色の十字の右
「直動転がり支承(リニアスライダー) 引抜け対策
大地震時に引張力が生じる可能性のある建物隅部に配置。」
・ピンクの微小横長のものの右
「オイルダンパー ねじれに抵抗
中小地震から大地震まであらゆる地震に減衰効果を発揮。
外周部に配置することで、ねじれ変形に抵抗。」

上記(オ)の「免震ピット免震装置レイアウト図」の説明をふまえると、上記図から以下の点が看て取れる。
a 免震ピット内に、弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパーが配置された点。

(カ)「隣地境界からの離隔を最小とする免震Exp.Jディテール」の項
以下の記載がある。
「・外壁部:足元まわりは、外周施工足場サイズより隣地境界から躯体面まで750mm確保した。上部外壁は敷地間口を最大限に利用するためクリアランスを500mmとし、1階外壁を斜め壁とした。
・免震Exp.J:免震クリアランス400mm。落下防止用非常時床免震クリアランスカバーを採用。
・地下躯体:逆矢板による山留を構築し、隣地境界からの離隔を50mmとしている。」

(キ)「Exp.J詳細図」



上記図から、以下の事項が看て取れる。
a 地表面より下方の位置に設けられた構造体と、その上方に配置された、1階部分及び2階部分を有する構造体。
b 地表面より下方の位置に設けられた構造体が、水平状の部材と、水平状の部材の左端に配置された、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材を有している点。
c 1階部分の外壁が、地表面より下方の位置に設けられた構造体のうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材より上方に位置しており、さらに、上方から下方に向かって1階部分の内側に傾斜している点。
d 1階部分の外壁が、地表面より下方の位置に設けられた構造体のうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材との間において水平方向に間隙をあけて設けられている点。

(ク)右側の上方の写真の説明
以下の記載がある。
「5?8階:無柱・無梁の事務室 ※1」

ウ 上記イ(ア)からいえること。
(ア)ペンシルビルが免震構造を有していること。

エ 上記イの(ア)、(ウ)a及び(カ)からいえること。
(ア)上記イの(ウ)a及び上記イの(カ)は、上記イの(ア)の「ペンシルビルの免震構造」の中において同じ建物、すなわち、貴和製作所浅草橋本店の建物の説明であることから、上記イの(カ)における「1階外壁」の「1階」は、上記イの(ウ)aの上方に配置された「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」の「1階」に対応する。

オ 上記イの(ア)、(ウ)a、(ウ)b及び(キ)a?dからいえること。
(ア)上記イの(ウ)a及び上記イの(キ)aは、上記イの(ア)の「ペンシルビルの免震構造」の中において同じ建物、すなわち、貴和製作所浅草橋本店の建物の説明であることから、上記イの(キ)aにおいて看て取れる「1階部分及び2階部分を有する構造体」は、上記イの(ウ)aの上方に配置された「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」のうちの1階及び2階に対応するものといえる。

(イ)上記(ア)と同様に、上記イの(ウ)a及び上記イの(キ)a?dは、同じ建物の説明であることから、上記イの(キ)a?dにおいて看て取れる、上方に1階部分及び2階部分を有する構造体が配置されていて、地表面より下方の位置に設けられた「構造体」は、上記イの(ウ)aにおける「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」の下方に配置されている「免震ピット」に対応するものといえる。

(ウ)上記(ア)と同様に、上記イの(ウ)b及び上記イの(キ)bは、同じ建物の説明であることから、上記イの(キ)bで看て取れる「水平状の部材の左端に配置された、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」は、上記イの(ウ)bの、「免震ピット」の外周において配置されているものといえる。

(エ)上記(ア)?(ウ)をふまえると、(キ)の「Exp.J詳細図」から、以下の事項が看て取れるといえる。
a 地表面より下方の位置に設けられた免震ピットと、その上方に配置された「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」のうちの1階及び2階。
b 地表面より下方の位置に設けられた免震ピットが、水平状の部材と、水平状の部材の外周に配置された、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材を有している点。
c 1階の外壁が、免震ピットのうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材より上方に位置し、上方から下方に向かって1階の内側に傾斜している点。
d 1階の外壁が、免震ピットのうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材との間において水平方向に間隙をあけて設けられている点。

(2)甲第1号証に記載された発明
上記ア?オより、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
(甲1発明)
「免震構造を有するペンシルビルにおいて、
上方に1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体が配置されるとともに、当該構造体の下方に免震ピットが配置され、
免震ピットは、地表面より下方の位置に設けられ、水平状の部材と、水平状の部材の外周に配置された、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材を有しており、
免震ピット内に、弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパーが配置され、
前記構造体は、1階のスラブ厚が『1000』、2階のスラブ厚が『400』、3階のスラブ厚が『350』、4階のスラブ厚が『350』、5階のスラブ厚が『300』、6階のスラブ厚が『300』、7階のスラブ厚が『300』、8階のスラブ厚が『300』となっており、
柱状ボイドスラブを採用し上部階を軽量化し、
5?8階が、壁式構造+フラットスラブの採用による無柱・無梁のボックスカルバート構造であり、
外壁部において、足元まわりは、外周施工足場サイズより隣地境界から躯体面まで750mm確保し、上部外壁は敷地間口を最大限に利用するためクリアランスを500mmとし、
1階の外壁が、免震ピットの土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材より上方に位置し、上方から下方に向かって1階の内側に傾斜し、1階外壁を斜め壁とし、免震ピットのうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材との間において水平方向に間隙をあけて設けられている、
免震構造を有するペンシルビル。」

第5 取消理由についての当審の判断
1 理由1、2(新規性進歩性:特許法第29条第1項第3号、第2項)
(1)本件発明1
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、
(ア)甲1発明の「免震構造を有するペンシルビル」は、本件発明1の「免震建物」に相当する。

(イ)甲1発明の「地表面より下方の位置に設けられ」た「免震ピット」は、本件発明1の「地盤中に構築」された「下部構造」に相当する。
また、甲1発明の「免震ピット」が有する「水平状の部材」と「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」は、本件発明1の「下部構造」の「ベース部」と「擁壁部」にそれぞれ相当する。
したがって、甲1発明の「水平状の部材」と「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」を有し、「地表面より下方の位置に設けられ」た「免震ピット」は、本件発明1の「地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造」に相当する。

(ウ)甲1発明の「免震構造を有するペンシルビル」において、上方に配置される「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」は、本件発明1の「上部構造」に相当する。

(エ)甲1発明の「免震構造を有するペンシルビル」において、上方に「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」が配置され、当該構造体の下方に「免震ピット」が配置され、免震ピット内に、弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパー」が配置されていることから、免震ピット内に配置された「弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパー」が存在している部分は、「1?4階が店舗となり、5?8階が事務所となる構造体」と「免震ピット」のいずれにも属しない、これらの間の部分であり、「弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパー」が設けられた範囲にわたって広がりを有する層状の部分であるといえる。
したがって、甲1発明の「免震ピット内に配置された「弾性すべり支承、積層ゴム支承、直動転がり支承、オイルダンパー」が存在している部分は、本件発明1の「免震層」に相当する。

(オ)甲1発明の「免震構造を有するペンシルビル」において、上方に配置される「構造体」の、店舗となる「1?4階」及び事務所となる「5?8階」は、本件発明1の、上下に有する「複数階」に相当する。
また、甲1発明の各階のスラブは、「1階のスラブ厚が『1000』、2階のスラブ厚が『400』、3階のスラブ厚が『350』、4階のスラブ厚が『350』、5階のスラブ厚が『300』、6階のスラブ厚が『300』、7階のスラブ厚が『300』、8階のスラブ厚が『300』」となっているところ、甲1発明において、「スラブ」を構築するための材料の性質が、階によって変わることついては何ら特定されていないから、各階のスラブの重さは、スラブ厚に比例するといえる。
そうすると、甲1発明の「1階のスラブ厚が『1000』」で、他の階のスラブ厚が、いずれも『1000』より小さいことから、1階のスラブが、上層階である2?8階のスラブよりも重く形成されているといえる。
さらに、甲1発明において、スラブに関して「上部階を軽量化」していることから、1階のスラブよりも上層階の方がさらに軽量となる構成要素があるといえる。
以上のことから、甲1発明の「免震構造を有するペンシルビル」において、上方に配置される「構造体」が、店舗となる「1?4階」及び事務所となる「5?8階」有していて、「1階のスラブ厚が『1000』、2階のスラブ厚が『400』、3階のスラブ厚が『350』、4階のスラブ厚が『350』、5階のスラブ厚が『300』、6階のスラブ厚が『300』、7階のスラブ厚が『300』、8階のスラブ厚が『300』」となっており、「上部階を軽量化」することは、本件発明1の「前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成」することとは、「前記上部構造は、上下に複数階を有し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成」するものである点で共通する。

(カ)甲1発明の上方に配置される「構造体」の一番下側にある「1階」は、本件発明1の「前記上部構造体の下端部」に相当する。

また、甲1発明の「免震ピット」は、前記上方に配置される「構造体」の下方に配置されるものであって、「免震ピット」は「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」を有している。
ここで、上方に配置される「構造体」と「免震ピット」の上下関係を踏まえると、甲1発明の上方に配置される「構造体」の「下端部」が、「免震ピット」の「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」(上記イのとおり「擁壁部」に相当するもの)よりも、上方に位置していることは明らかであり、また、当該「下端部」の「外壁」も「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」(擁壁部)より上方に位置していることは明らかである。
そして、上記のことを踏まえると、甲1発明の「1階の外壁が、地表面より下方の位置に設けられた免震ピットの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材より上方に位置」していることは、本件発明1の「上部構造の下端部」の「外壁」が、「前記擁壁部より上方に位置」していることに相当する。

また、甲1発明の「1階の外壁」が、「上方から下方に向かって1階の内側に傾斜し、1階外壁を斜め壁とした」ことは、本件発明1の「上部構造の下端部」が、「前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し」たことに相当する。

さらに、甲1発明の「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」が「免震ピット」の「水平状の部材」の「外周に配置され」ていることを踏まえると、この「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材」は、「免震ピット」の外周に位置する部位であるといえる。
そうすると、甲1発明の「1階の外壁」が、「免震ピットのうちの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材との間において水平方向に間隙をあけて設けられている」ことは、本件発明1の「上部構造の下端部」が、「前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられている」ことに相当する。

以上のことから、甲1発明の「1階の外壁が、地表面より下方の位置に設けられた免震ピットの、土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材より上方に位置し、上方から下方に向かって1階の内側に傾斜し」ていて、「斜め壁とした」ものであって、「地表面より下方の位置に設けられた免震ピット」の、「水平状の部材の外周に配置された」「土留板とともにその下方において左側の部分を支えている立設された上下方向の部材との間において水平方向に間隙をあけて設けられている」ことは、本件発明1の「前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられている」ことに相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
<一致点>
「地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造と、
前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、
前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、
前記上部構造は、上下に複数階を有し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、
前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられている免震建物。」

<相違点>
下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成することにおいて、本件発明1では、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成しているのに対して、甲1発明では、そのような特定がなされていない点。

よって、本件発明と甲1発明とは、実質的な相違点が存在するから、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではない。

相違点の判断
上記相違点について検討する。
甲1発明は、本件発明1と同様に、上部構造が、上下に複数階を有し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されているものであるが、甲第1号証には、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されているものにおいて、上記相違点に係る本件発明1の構成のような、「上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成」することが記載も示唆もされていない。
そして、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されているものにおいて、上記相違点に係る本件発明1の構成が、本件特許の出願前に周知及び公知の技術であることを示す証拠は提出されていない。
よって、上記相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではないから、本件発明1は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2ないし本件発明4について
本件発明2ないし本件発明4は、本件発明1の構成をすべて含み、さらに限定を加えた発明であるから、上記(1)で検討した理由と同様の理由により、本件発明2ないし4は、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は、取消理由通知に記載した取消理由により取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
免震建物
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震構造を有した免震建物に関する。
【背景技術】
【0002】
ビルディング、マンション等の建物において、地震時に地盤から建物に入力される振動を抑えるため、各種の免震構造が広く採用されている。
特許文献1には、建物の水平方向の寸法に対して高さ寸法が大きい、アスペクト比の大きな建物において、基礎構造と上部構造との間に設けた免震層の近傍に、上部構造の外周部分に鍔状の重しを備える構成が開示されている。このような構成によれば、免震層の近傍に鍔状の重しを備えることで、地震時に上部構造が受ける転倒モーメントに対して抵抗しようとする力を大きくし、建物の免震性能を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-54323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、狭隘な土地に建物を建てる場合、特許文献1に開示された構成のように、上部構造の外周部分に張り出す鍔状の重しを設けるスペースの確保が困難なことがある。重しを設けることで、建物の床面積が狭くなってしまう。
そこでなされた本発明の目的は、狭隘な土地であっても、床面積を最大限に確保しつつ、高い免震性能を得ることのできる免震建物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明は、地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造と、前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリート形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向の間隙を空けて設けられていることを特徴とする。
このような免震建物によれば、上部構造の下層階のスラブが上層階のスラブよりも重いので、上部構造が低重心化される。これによって、上部構造の外周部に付加物を設けることなく、地震時等に上部構造が受ける転倒モーメントを抑えることができる。
【0006】
また、前記上部構造の前記下層階のスラブは、前記上層階のスラブよりも厚く形成されているようにしてもよい。
これにより、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重くすることができ、上部構造の低重心化を容易に実現することができる。
【0007】
また、前記上部構造の前記上層階のスラブは、中空部を有したボイドスラブであるようにしてもよい。
これにより、上層階のスラブを軽量化することができる。これによっても、上部構造の低重心化を図ることができる。
また、ボイドスラブを用いることで、スラブを薄くしつつ、防音性を確保することができるため、上部構造の低重心化をより効果的に図ることができる。
【0008】
また、前記上部構造の前記上層階は、前記スラブおよび壁のみから躯体が構成された無梁・無柱構造であるようにしてもよい。
これにより、上層階の躯体全体の軽量化を図ることができ、上部構造の低重心化を図ることができる。
【0009】
また、前記上部構造の下端部は、外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられているようにしてもよい。
これにより、免震建物の下部構造を敷地いっぱいに構築した場合であっても、地震や風等によって上部構造が水平方向に変位するのを許容する間隙を確保することができる。しかも、上部構造の下端部よりも上方の部分では、床面積を大きく確保することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の免震建物によれば、上部構造の低重心化を図ることで、免震層において、地震時に上部構造が受ける転倒モーメントに対して抵抗しようとする力を大きくすることができる。したがって、免震層における免震効果を有効に発揮することができ、狭隘な土地であっても、床面積を最大限に確保しつつ、高い免震性能を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態に係る免震建物の立断面図である。
【図2】上記免震建物の躯体構成を示す斜視図である。
【図3】免震建物の下部の構成を示す立断面図である。
【図4】免震建物の各階の構成を示す平断面図である。
【図5】柱状ボイドスラブの一例を示す立断面図である。
【図6】免震層における免震支承の配置例を示す平面図である。
【図7】免震支承としての積層ゴム支承の一例を示す立断面図である。
【図8】免震支承としての弾性滑り支承の一例を示す立断面図である。
【図9】免震支承としての直動転がり支承の一例を示す立断面図である。
【図10】免震装置としてのオイルダンパーの一例を示す立断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本発明による免震建物を実施するための形態について、図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態に係る免震建物の立断面図である。図2は、免震建物の躯体構成を示す斜視図である。図3は、免震建物の下部の構成を示す立断面図である。
図1、図2に示すように、免震建物10は、基礎構造たる下部構造11と、上部構造12と、これらの間に設けられる免震層13と、を備えている。
【0013】
この免震建物10は、平面視略長方形状で、その短辺10aに沿った方向を間口方向Xとし、長辺10bに沿った方向を奥行方向Yとして形成されている。免震建物10は、例えば、間口方向Xの長さが7m程度、奥行方向Yの長さが20m程度、高さ方向Hの寸法が例えば33m程度とされている。このように、免震建物10は、間口方向Xの長さに対して高さ方向Hの寸法が大きい、いわゆるアスペクト比が大きい建物とされている。
【0014】
下部構造11は、免震建物10の荷重および地震時等に免震建物10に作用する外力を地盤Gに伝える。この下部構造は、直接基礎、杭基礎等、適宜の形式の基礎構造によって、地盤G中に強固に支持されている。この実施形態において、下部構造11は、免震建物10において地盤Gの表面Gfよりも下方に形成されている。
【0015】
図3に示すように、下部構造11は、例えば鉄筋コンクリート造により形成されている。下部構造11は、地盤Gに掘削形成された基礎ピット14の底部に設置され、水平面内に位置するベース部15と、ベース部15の外周部から基礎ピット14の内側面に沿って立ち上がるよう形成された擁壁部16と、を一体に備えている。なお、この実施形態において、基礎ピット14は、免震建物10の敷地いっぱいに形成されているものとする。
【0016】
上部構造12は、免震建物10において免震層13よりも上方の地上階部分を構成している。この実施形態において、上部構造12の各階は、奥行方向Yの両側に開口している。
【0017】
図4は、免震建物の各階の構成を示す平断面図である。
図4に示すように、上部構造12は、奥行方向Yの一端側において、エレベータ18および階段19が、間口方向Xの一方の側に突出した部分に集約配置されている。これによって、各階の室内空間Rを、平面視長方形状として、有効利用できるようになっている。
【0018】
図1、図2に示すように、上部構造12の下層階部(下層階)12Lは、例えば1?4階部分を構成している。
上部構造12の下層階部12Lは、上下方向に間隔をあけて形成されたスラブ21と、スラブ21の両側端部において奥行方向Yに沿って形成された壁部(壁)22と、を備えている。そして、下層階部12Lの各階は、上下のスラブ21,21と、両側の壁部22,22により、奥行方向Yに連続する筒状をなしている。
【0019】
このような下層階部12Lは、例えば鉄骨造、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造等により形成されている。例えば、下層階部12Lの柱22cおよび梁22bは、鉄筋コンクリート造で形成することで躯体が構成されている。また、下層階部12Lのスラブ21、壁部22は、プレキャストコンクリート、ハーフプレキャストコンクリート、あるいは現場打ちコンクリート等の工法によって形成されている。
【0020】
下層階部12Lにおいて、1階部分のスラブ(下層階のスラブ)21Aは、他の階のスラブ21よりも厚く形成されている。1階部分のスラブ21Aは、例えば1mの厚さとすることができる。
【0021】
また、図3に示すように、下層階部12Lにおいて、1階部分の壁部(外壁)22Aは、上方から下方に向かって、免震建物10の間口方向Xの内側に傾斜して形成されている。これにより、壁部22Aの下端部と、下部構造11の擁壁部16とが、水平方向に間隙Sを空けて対向するようになっている。この間隙Sにより、地震時に上部構造12が水平方向に変位しても、壁部22Aの下端部と下部構造11の擁壁部16とが干渉するのを防ぐようになっている。また、傾斜した壁部22Aによって、上部構造12の2階よりも上層部分では、大きな床面積を確保できるようになっている。
また、壁部22Aの下端部と、下部構造11の擁壁部16との間には、落下防止のためのエクスパンションジョイント50が設けられている。このエクスパンションジョイント50は、壁部22Aの下端部と、下部構造11の擁壁部16との間の間隙Sを塞ぎつつ、壁部22Aの下端部と、下部構造11の擁壁部16との水平方向の変位を許容するものである。
【0022】
図1、図2に示すように、上部構造12の上層階部(上層階)12Hは、例えば5?8階部分を構成している。上層階部12Hの躯体は鉄骨を用いておらず、各階部分が、上下に間隔を空けて設けられたスラブ部(上層階のスラブ)25と、スラブ部25の間口方向Xの両側に形成され、それぞれ奥行方向Yに沿って延びる壁部26とからなる、無柱・無梁の薄肉壁床構造とされている。このように、上層階部12Hの各階部分は、互いに上下に位置するスラブ部25,25と、短辺10a方向両側に位置する壁部26,26とによって、奥行方向Yに連続する断面矩形の筒状をなし、いわゆるボックスカルバートと同様の構成を有している。
このような上層階部12Hは、現場打ち鉄筋コンクリート造、ハーフプレキャストコンクリート造、プレキャストコンクリート造等によって形成することができる。
【0023】
また、上層階部12Hの各スラブ部25は、柱状ボイドスラブにより形成されている。
図5は、柱状ボイドスラブの一例を示す立断面図である。図5に示すように、スラブ部25を構成する柱状ボイドスラブは、鉄筋25aの間に、発泡樹脂材料からなる柱状体27や、金属製、紙製等からなる筒状体を配置した状態で、コンクリート25bを打設することによって形成される。スラブ部25は、柱状体27や筒状体の部分にコンクリート25bが打設されずに中空部が形成されることで、軽量化されている。
また、この実施形態において、スラブ部25は、下層階部12Lの1階部分のスラブ21Aよりも薄く、例えば300mmの厚さとされている。
【0024】
図6は、免震層における免震支承の配置例を示す平面図である。図7は、免震支承としての積層ゴム支承の一例を示す立断面図である。図8は、免震支承としての弾性滑り支承の一例を示す立断面図である。図9は、免震支承としての直動転がり支承の一例を示す立断面図である。図10は、免震装置としてのオイルダンパーの一例を示す立断面図である。
免震層13は、上部構造12と下部構造11を構造的に切り離す免震支承装置を設置するとともに、地震時に上部構造12と下部構造11とが衝突しないようにクリアランスを確保するために設けられている。免震層13は、下部構造11のベース部15と、上部構造12の1階部分のスラブ21Aとの間に、複数種の免震支承を備えることで構成されている。
図6に示すように、免震層13を構成する免震支承としては、例えば、積層ゴム支承31、弾性滑り支承32、直動転がり支承33、オイルダンパー34を備えることができる。
【0025】
図7に示すように、積層ゴム支承31は、上下一対のベースプレート31a,31b間に、ディスク状のゴム層31cと金属板層31dとを上下方向に複数層に積層した構成を有している。ゴム層31cは、例えば天然ゴム、合成ゴム等のゴム系材料により形成されている。金属板層31dは、一般的な金属材料の他、制震鋼板などを用いることもできる。
積層ゴム支承31は、下部構造11と上部構造12との間に生じる建物全体の鉛直軸回りの捩れ方向の剛性を付与する。
【0026】
このような積層ゴム支承31は、上部構造12の荷重を負担させないよう、下部構造11および免震層13上に上部構造12を構築した後に、下部構造11と上部構造12との間に挿入配置するのが好ましい。これにより、ゴム層31cの外径が小径であっても、大地震発生時などに大きな変位が生じた場合に、十分な復元力特性を発揮することができる。
【0027】
図8に示すように、弾性滑り支承32は、積層ゴム支承31と同様、上下のベースプレート32a,32bと、ゴム層32cおよび金属板層32dを交互に積層してなる積層ゴム支承部32sと、を備えている。弾性滑り支承32は、さらに、積層ゴム支承部32sの上側又は下側に、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、ステンレス板等からなる摩擦係数の小さいシート状の滑り材32t,32uを備えている。
【0028】
弾性滑り支承32は、下部構造11と上部構造12との間に生じる水平方向の変位による変形が小さいときには各ゴム層32cが変形する。また、これらのゴム層32cの変形によって生じる力が、積層ゴム支承部32sと滑り材32tとの間の摩擦力を越えると、滑り材32t上で積層ゴム支承部32sが水平方向に滑る。
このような弾性滑り支承32は、風揺れに対する抵抗力を発揮させるために配置されている。そこで、弾性滑り支承32は、比較的軸力変動の小さい位置に配置するのが好ましい。
【0029】
図9に示すように、直動転がり支承33は、ガイドレール33aと、ガイドレール33aに沿って不図示のローラを介してスライド自在に設けられたブロック33cと、を備えてなる直動ガイド部33fを備えている。直動ガイド部33fは、ガイドレール33aおよびブロック33cを二組備え、水平面内で互いに直交する方向にスライド可能に設けられている。
【0030】
ここで、直動転がり支承33は、ブロック33cがローラ(図示無し)を介してガイドレール33aに噛み合い、上下方向に拘束されている。したがって、直動転がり支承33は、地震時に引き抜き力が発生する可能性のある免震層13の隅部に配置するのが好ましい。
【0031】
図10に示すように、オイルダンパー34は、下部構造11および上部構造12の一方に連結されたシリンダ34aと、下部構造11および上部構造12の他方に連結され、シリンダ34a内で水平方向に変位自在とされたピストンロッド34bと、シリンダ34a内に封入されてシリンダ34a内におけるピストンロッド34bの変位を減衰するダンパーオイル(図示無し)と、を備えている。
【0032】
このようなオイルダンパー34は、水平方向に作動軸方向を有するように設置されている。オイルダンパー34は、下部構造11と上部構造12との間に生じる鉛直軸回りの捩れ方向の変位を減衰させる。このため、オイルダンパー34は、免震建物10の間口方向Xと、奥行方向Yに沿った方向にそれぞれ変位するよう、免震層13の外周部に複数配置されている。
【0033】
上述したような免震建物10によれば、上部構造12は、上下に複数階を有し、下層階部12Lのスラブ21Aが、上層階部12Hのスラブ部25よりも重く形成されている。具体的には、上部構造12の下層階部12Lのスラブ21Aは、上層階部12Hのスラブ部25よりも厚く形成されている。また、上部構造12の上層階部12Hのスラブ部25は、中空部を有したボイドスラブから形成されている。さらに、上部構造12の上層階部12Hは、スラブ部25および壁部22のみから躯体が構成された無梁・無柱構造である。
これらの構成により、上部構造12が低重心化される。これによって、地震時に上部構造12が受ける転倒モーメントを抑えることができる。したがって、免震層13において、地震時に上部構造12が受ける転倒モーメントに対して抵抗しようとする力を大きくすることができる。また、免震層13の各免震支承に上下方向の引き抜き力が作用するのを抑えることができる。これにより、免震層13において免震効果を有効に発揮することができる。その結果、狭隘な土地であっても、高い免震性能を得ることが可能となる。
【0034】
また、上部構造12の上層階部12Hのスラブ部25にボイドスラブを用いることで、スラブ部25を薄くしつつも、防音性を確保することができる。したがって、上層階部12Hの躯体全体の軽量化を図ることができる。
【0035】
また、免震層13は、積層ゴム支承31、弾性滑り支承32、直動転がり支承33、オイルダンパー34といった複数種の免震装置を備えている。このように、複数種の免震支承を組み合わせることで、免震層13において、様々な振動に対する免震性能を有効に発揮させることができる。したがって、地震や風等による上部構造12と下部構造11との間に生じる変位を有効に低減することができる。
【0036】
また、下部構造11の下端部の壁部22Aは、上方から下方に向かって免震建物10の内側に傾斜し、下部構造11の外周部を構成する擁壁部16との間に、水平方向に間隙Sを空けて設けられている。
これにより、免震建物10の下部構造11を敷地いっぱいに構築した場合であっても、地震や風等によって上部構造12が水平方向に変位するのを許容する間隙Sを確保することができる。しかも、上部構造12の下端部よりも上方の部分は、床面積を大きく確保することができる。
【0037】
(その他の実施形態)
なお、本発明の免震建物は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
【0038】
また、上記実施形態では、上部構造12の下層階部12Lのスラブ21Aは、上層階部12Hのスラブ部25よりも厚く形成されることで、上層階部12Hのスラブ部25よりも重く形成されているようにした。
これ以外に、上層階部12Hのスラブ部25を、軽量コンクリートや発泡コンクリートによって形成し、下層階部12Lのスラブ21Aは、上層階部12Hのスラブ部25よりも重量の大きい普通コンクリートや重量コンクリートで形成するようにしてもよい。
【0039】
また、スラブ部25,21Aのみならず、上層階部12H、下層階部12Lを構成する躯体自体を、下層階部12Lが重く、上層階部12Hが軽量となる構成としてもよい。
これには、例えば下層階部12Lを鉄筋鉄骨コンクリート造とし、上層部12Hを鉄骨造とすればよい。
また、下層階部12Lに比較し、上層階部12Hに設けられた窓等の開口部の面積や数を増やすようにしてもよい。
さらに、例えば、上層階部12Hや下層階部12Lの外壁面に、カーテンウォール等と称される外壁材を取り付ける場合、上層階部12Hの外壁材を薄くし、下層階部12Lの外壁材を厚くしてもよい。
これらの構成によっても、上部構造12が低重心化される。
【0040】
また、例えば、免震建物10の外観、平面形状、下部構造11の具体的な構造、上部構造12の階数、構造、免震層13に備える免震支承の種類や数、具体的な構造等、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施の形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更したりすることが可能である。
また、免震層13に、積層ゴム支承31、弾性滑り支承32、直動転がり支承33、オイルダンパー34を備えるようにしたが、免震支承としてこれらのうちの少なくとも2種を備えていればよく、さらには、積層ゴム支承31、弾性滑り支承32、直動転がり支承33、オイルダンパー34以外の種類の免震装置を採用してもよい。
【符号の説明】
【0041】
10 免震建物
10a 短辺
10b 長辺
11 下部構造
12 上部構造
12H 上層階部(上層階)
12L 下層階部(下層階)
13 免震層
16 擁壁部
21 スラブ
21A スラブ(下層階のスラブ)
22 壁部(壁)
22A 壁部(外壁)
25 スラブ部(上層階のスラブ)
26 壁部
27 柱状体
31 積層ゴム支承(免震支承)
32 弾性滑り支承(免震支承)
33 直動転がり支承(免震支承)
34 オイルダンパー(免震装置)
G 地盤
S 間隙
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】地盤中に構築されたベース部と擁壁部を含む下部構造と、
前記下部構造の上方に設けられた上部構造と、
前記下部構造と前記上部構造との間に設けられた免震層と、を備え、
前記上部構造は、上下に複数階を有し、上層階のスラブを軽量コンクリート又は発泡コンクリートによって形成し、下層階のスラブを上層階のスラブよりも重量の大きい普通コンクリート又は重量コンクリートで形成し、下層階のスラブが、上層階のスラブよりも重く形成されており、
前記上部構造の下端部は、前記擁壁部より上方に位置する外壁が上方から下方に向かって建物内側に傾斜し、前記下部構造の外周部との間に水平方向に間隙を空けて設けられていることを特徴とする免震建物。
【請求項2】
前記上部構造の前記下層階のスラブは、前記上層階のスラブよりも厚く形成されていることを特徴とする請求項1に記載の免震建物。
【請求項3】
前記上部構造の前記上層階のスラブは、中空部を有したボイドスラブであることを特徴とする請求項1または2に記載の免震建物。
【請求項4】
前記上部構造の前記上層階は、前記スラブおよび壁のみから躯体が構成された無梁・無柱構造であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の免震建物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-06-01 
出願番号 特願2014-176759(P2014-176759)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (E04H)
P 1 651・ 121- YAA (E04H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 美紗子  
特許庁審判長 秋田 将行
特許庁審判官 住田 秀弘
西田 秀彦
登録日 2019-03-22 
登録番号 特許第6499411号(P6499411)
権利者 大成建設株式会社
発明の名称 免震建物  
代理人 園田・小林特許業務法人  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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