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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 A23D 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A23D |
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管理番号 | 1364037 |
異議申立番号 | 異議2020-700191 |
総通号数 | 248 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-08-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-03-18 |
確定日 | 2020-07-20 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6579261号発明「可塑性油脂及びこれを用いたロールイン用油脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6579261号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6579261号の請求項1?3に係る特許についての出願は、2017年3月13日(優先権主張 平成28年3月24日)を国際出願日として出願され、令和1年9月6日にその特許権の設定登録がされ、同年9月25日にその特許公報が発行され、その後、その全請求項に係る発明の特許に対し、令和2年3月18日に安藤 慶治(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?3に係る発明は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのもの(以下「本件発明1」などということがある。)である。 「【請求項1】 全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?3であり、上昇融点が30?40℃であり、20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下であるエステル交換油脂。 【請求項2】 請求項1記載のエステル交換油脂を油相中に15?80重量%含有するロールイン用油脂組成物。 【請求項3】 請求項2記載のロールイン用油脂組成物を用いた層状ベーカリー食品。」 第3 申立理由の概要 特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要は次のとおりである。 [理由1]本件発明1?3は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術(甲第2号証乃至甲第4号証)に基いて、また、本件発明1?2は、甲第5号証に記載された発明及び周知技術(甲第2号証乃至甲第4号証及び甲第6号証)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 [理由2]本件発明1?3は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しない。 したがって、本件発明1?3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 そして、甲第1?6号証(以下「甲1」等という。)として以下の文献を提示している。 甲1:特開2009-95312号公報 甲2:Ralph E. Timms著、佐藤清隆監修、蜂屋巖翻訳、製菓用油脂ハンドブック、株式会社 幸書房、2010年2月14日初版第1刷発行、124、164、187頁 甲3:特開平4-75590号公報 甲4:特開2012-183080号公報 甲5:特開2011-160745号公報 甲6:特開2011-115075号公報 第4 当審の判断 1 理由1について (1)甲各号証の記載事項 ア 甲1には次の記載がある。 1a)「【請求項1】 ランダムエステル交換により得られた可塑性油脂組成物であって、構成脂肪酸組成が、(1)飽和脂肪酸の合計量が75重量%?85重量%、(2)不飽和脂肪酸の合計量が25重量%?15重量%であって、尚かつ(3)炭素数12以下の飽和脂肪酸が20重量%?30重量%、(4)炭素数が14?18の飽和脂肪酸が45重量%?55重量%で、トランス酸含量が3重量%以下であることを特徴とする可塑性油脂組成物。」 1b)「【0008】 ・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0009】 本発明は、トランス酸含量が低減され、更に従来の折込み用油中水型エマルション等に用いられていた可塑性油脂組成物の代替として使用可能な可塑性油脂組成物を提供することを目的とする。更に他の目的としては、進展性、硬さ、耐熱性の優れた折込み用油中水型エマルションが作製可能な折込み用可塑性油脂組成物、可塑性油脂組成物を提供することを目的とする。」 1c)「【0017】 以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明は、ランダムエステル交換により得られた可塑性油脂組成物であって、・・・」 1d)「【0024】 ・・・本発明は、急冷が可能となった冷却捏和製造機に対応できる折込み用可塑性油脂組成物であり、製造時のシート成型性と層状膨化食品の物性を兼ね備えた可塑性油脂組成物である。 【0025】 得られた折込み用可塑性油脂は、クロワッサン、デニッシュ、パイ等の用途に用いられる。」 1e)「【0027】 <可塑性油脂の脂肪酸組成並びにトランス酸量の測定法> 実施例、比較例で得られた可塑性油脂に対し、GC法(基準油脂分析試験法、2003年版)に準拠して、ガスクロマトグラフィー(機器名:6890Nガスクロマトグラフ、Agilent社製)を用いて、可塑性油脂中の脂肪酸組成、トランス酸量の測定を実施した。 ・・・ 【0031】 【表1】 (実施例2) 表1に従って、硬化パームカーネルオイル(融点36℃)60重量%、大豆油極度硬化油(IV:1以下、融点:67℃以上)25重量%、大豆油15重量%を配合し90℃に加熱、脱水を行ないソジウムメチラート0.2重量%添加して20分反応させた。その後、水洗を繰り返し、活性白土を2%添加、90℃、20分の条件で脱色、250℃、60分脱臭して可塑性油脂を得た。脂肪酸の構成は、C12以下の飽和脂肪酸27.9重量%、C14?18飽和脂肪酸53.7重量%、C20以上の飽和脂肪酸0.4重量%、飽和脂肪酸の合計82.0重量%でトランス酸2.6重量%であり、上昇融点は36.2℃であった。 ・・・ 【0033】 【表2】 ・・・ 【0036】 【表5】 (実施例4) 表2に従って、実施例2の可塑性油脂40重量%、精製ラード20重量%、ヤシ油4重量%、大豆油16重量%を調合し水17.6重量%に食塩2.0重量%を添加、溶解した。乳化剤は、グリセリン脂肪酸エステル0.2重量%、大豆レシチン0.2重量%用いた。油相部、水相部ともに約60℃に温調し混合予備乳化した後、コンビネーターの急冷捏和機を用いて冷却捏和、ノズルで成型してシート状折込み用可塑性油脂を得た。融点38.1℃、針入度15℃で79であった。このロールイン用可塑性油脂を用いて、表3に示した製パン評価のクロワッサン配合により、表4に示したクロワッサンの作製条件に従って作製して、表5にクロワッサンの評価を示した。製パン物性、クロワッサンの比容積、外観、内層、風味評価を実施して良好と判断した。」 イ 甲2には次の記載がある。 2a)「1.ランダムエステル交換 ・・・エステル交換された油脂の最終的な平衡TAG組成は簡単に計算され,そして,その油脂の特性も容易に予測される.」(124頁16?27行) 2b)「 」(164頁) 2c)「 」(187頁) ウ 甲3には次の記載がある。 3a)「油脂の硬さを示すものとしてSFC(固体脂含有量)がある。これは、所定温度における油脂中の固体脂含有量を示すものであり、可塑性・延展性を示す指標として重要である。ロールイン用油脂では、通常の作業温度(0-30℃)においてSFC値が15-40%になることが望ましい。又、口どけ性の点からいって体温付近の温度ではSFC値が5%以下で、融解するものが望ましい。従って上昇融点は、34-38℃のものが最適であるとされている。」(1頁右下欄10?19行) 3b)「[試験例] 実施例1、2、比較例1、2で得たマーガリンを用いてデーニッシュ・ペストリーを製造し、評価をおこなった。配合、製造方法は以下の通りである。 パイ(ペストリー)の配合 強力粉 80部 薄力粉 20部 砂糖 22部 食塩 1.5部 マーガリン(無塩) 14部 全卵 20部 イースト 8部 水 43部 脱脂粉乳 3部 ロールイン・マーガリン50部」(3頁左下欄1?末行) エ 甲4には次の記載がある。 4a)「【0015】 本発明のロールイン用油中水型乳化組成物に使用する油脂原料としては例えば、菜種油、大豆油、ヒマワリ種子油、綿実油、落花生油、米糠油、コーン油、サフラワー油、オリーブ油、カポック油、ゴマ油、月見草油、パーム油、シア脂、サル脂、カカオ脂、ヤシ油、パーム核油等の植物性油脂並びに乳脂、牛脂、ラード、魚油、鯨油等の動物性油脂が例示でき、上記油脂類の単独又は混合油或いはそれらの硬化、分別、エステル交換等を施した加工油脂が適する。 【0016】 本発明のロールイン用油中水型乳化組成物を構成する油脂原料は、10℃におけるSFCが30?70、20℃におけるSFCが10?45、30℃におけるSFCが2?25であるのが好ましい。」 オ 甲5には次の記載がある。 5a)「【請求項 1】 次の(1)及び(2)を満たす油脂Xを含有する油相を25?90質量%含有するバタークリーム類。 (1)油脂の構成脂肪酸中、トランス型不飽和脂肪酸が5質量%以下であり、炭素数14以下の飽和脂肪酸が25?60質量%、且つ炭素数20以上の飽和脂肪酸が1質量%以下 (2)油脂中のトリグリセリドのうち、構成脂肪酸の総炭素数が40以下のトリグリセリド(成分a)と、構成脂肪酸の総炭素数が42?48のトリグリセリド(成分b)の質量比がa/b=0.2?1」 5b)「【0002】 ベーカリー製品のフィリング、サンド等に使用されるバタークリーム類は、ショートニング、マーガリン、バターなどの油脂組成物に、糖類、風味素材などを添加してホイップして得られるクリーム状の食品で、・・・」 5c)「【0010】 そこで本発明は、部分硬化油を使用しなくても、十分な保型性があり、且つ、口溶け、風味の良いバタークリーム類を提供することを目的とする。 ・・・ 【0012】 すなわち、本発明は、次の(1)及び(2)を満たす油脂Xを含有する油相を25?90質量%(以下、単に「%」と記載する)含有するバタークリーム類を提供するものである。」 5d)「【0021】 本発明の態様において、バタークリーム類の油相中には油脂Xを70%以上含有することが好ましく、更に70?100%、特に75?99%、殊更90?95%含有することが、保型性、口溶け、風味の点から好ましい。」 5e)「【0030】 本発明の態様において、バタークリーム類中の油相は、上昇融点が30℃以上であることが好ましく、更に32?45℃、特に33?42℃であることが保型性、口溶けの点で好ましい。」 5f)「【0039】 本発明の態様において、バタークリーム類を製造する方法としては、特に限定はないが、以下に例示する。前記の油脂を油相とし、加熱溶解し、これに必要に応じて各種乳化剤を溶解もしくは分散させる。これをボテーター、コンビネーター、マーガリンプロセッサー等により急冷捏和処理し、更に場合によっては熟成(テンパリング)することによりショートニング又はマーガリン等の油中水型又は油中水中油型乳化物(以下「マーガリン」と記載する)の形態に加工することが、適度な可塑性が得られることからバタークリーム類の原料として好適である。また、油相には、乳化剤の他、トコフェロール、香料、着色料等、その他油溶性の添加物を添加することができる。 このショートニング又はマーガリンの形態とした油相に、更に呈味成分、水溶性成分又はこれを含有する水相等を加えて、これを起泡させ或いは、起泡させない様に混合してバタークリーム類を得ることができる。」 5g)「【0049】 〔油脂A、B及びCの調製〕 表1に記載した原料油脂を全体が3500gとなるように配合し、ナトリウムメチラート7gを触媒として添加し、80℃にて30分ランダムエステル交換を行った後、常法に従い水洗/脱色/脱臭を行い油脂A、B及びCを得た。」 5h)「【0053】 表1に、調製した油脂A?Gの脂肪酸組成、トリグリセリド組成を示す。・・・ 【0054】 【表1】 」(【0053】、【0054】、【表1】の一部) カ 甲6には次の記載がある。 6a)「【0015】 本発明で使用する油脂は、その構成脂肪酸中、トランス型不飽和脂肪酸が5質量%(以下、単に「%」と記載する)以下であるが・・・」 6b)「【0043】 〔油脂A?Mの調製〕 表1に記載した原料油脂を全体が3500gとなるように配合し、ナトリウムメチラート7gを触媒として添加し、80℃にて30分ランダムエステル交換を行った後、常法に従い水洗/脱色/脱臭を行い、油脂A?Lを得た。また、油脂Fについては、エステル交換反応を行った後、ニッケル触媒6gを使用して水素添加を行い、常法に従い脱臭を行うことにより得た。また、油脂Mについては、エステル交換反応を行わずに原料油脂を配合したのみで得た。 【0044】 〔ハードバターの調製〕 前記得られた油脂をそのまま、又は表2に記載したように他の油脂と配合し、約80℃で融解して均一油脂組成物とし、チラー(乳化混練機、多摩精器工業株式会社)を用いて15℃まで冷却し、30℃で1日間保存した後、冷蔵庫(5℃)にて1日間保存し、各種ハードバターを調製した。表2に、調製したハードバターの上昇融点、脂肪酸組成及びトリグリセリド組成を示す。 【0045】 【表1】 【0046】 【表2】 」 (2)引用発明 ア 甲1発明 甲1には、ランダムエステル交換により得られた可塑性油脂組成物について記載されているところ(摘示1a)?1e))、具体的な可塑性油脂組成物として実施例2の組成物が記載されている(摘示1e))。 したがって、甲1には、 「硬化パームカーネルオイル(融点36℃)60重量%、大豆油極度硬化油(IV:1以下、融点:67℃以上)25重量%、大豆油15重量%を配合し90℃に加熱、脱水を行ないソジウムメチラート0.2重量%添加して20分反応させ、その後、水洗を繰り返し、活性白土を2%添加、90℃、20分の条件で脱色、250℃、60分脱臭して得られる、脂肪酸の構成が、C12以下の飽和脂肪酸27.9重量%、C14?18飽和脂肪酸53.7重量%、C16飽和脂肪酸10.5重量%、C20以上の飽和脂肪酸0.4重量%、飽和脂肪酸の合計82.0重量%でトランス酸2.6重量%であり、上昇融点は36.2℃である、ランダムエステル交換可塑性油脂。」 の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。 イ 甲5発明 甲5には、バタークリーム類について記載されているところ(摘示5a)?5h))、バタークリームが油脂Xを含有すること(摘示5a))、具体的な油脂として、ランダムエステル交換により得られた油脂B及びCが記載されている(摘示5g)、5h))。 したがって、甲5には、 「油脂の脂肪酸組成が以下の表に記載のとおりである、ランダムエステル交換油脂B及びC。 」 の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されていると認める。 (3)対比・判断 ア 甲1発明について (ア)本件発明1について 本件発明1と甲1発明とを対比する。 甲1発明の「ランダムエステル交換可塑性油脂」は、本件発明1の「エステル交換油脂」に相当する。 甲1発明の油脂は、「脂肪酸の構成が」、「C16飽和脂肪酸10.5重量%」であるところ、本件発明1のパルミチン酸はC16飽和脂肪酸であるから、C16飽和脂肪酸を構成脂肪酸とする点において両発明は一致する。 甲1発明の油脂は、「脂肪酸の構成が」、「C12以下の飽和脂肪酸27.9重量%、C14?18飽和脂肪酸53.7重量%」であり、また、硬化パームカーネルオイル、大豆油極度硬化油、大豆油を原料として、概要、加熱、脱水、ソジウムメチラートを添加して反応、水洗、活性白土を添加して脱色、脱臭して得られるものであるところ、パーム核油(パームカーネルオイル)がC12、C18飽和脂肪酸を含有することは甲2にも記載のとおり(表5.11のC_(12:0)、C_(18:0)の欄)、本件優先日当時の技術常識であり、パーム核油を硬化(水添)した硬化パームカーネルオイルもC12、C18飽和脂肪酸を含有するといえ、また、大豆油がC18飽和脂肪酸を含有することは甲2にも記載のとおり(表5.17のC_(18:0)の欄)、本件優先日当時の技術常識であり、大豆油を硬化(水添)した大豆油極度硬化油もC18飽和脂肪酸を含有するといえ、さらに、これらの原料を加熱、脱水、ソジウムメチラートを添加して反応、水洗、活性白土を添加して脱色、脱臭してもその脂肪酸の炭化水素部分の構造に変化があるといえない。そして、本件発明1のラウリン酸、ステアリン酸は、C12、C18飽和脂肪酸であるから、C12、18飽和脂肪酸を構成脂肪酸とする点において両発明は一致する。 甲1発明の油脂の「上昇融点は36.2℃である」は、本件発明1の「上昇融点が30?40℃であ」ることに相当する。 したがって、本件発明1と甲1発明とは、 「C12飽和脂肪酸、C16飽和脂肪酸及びC18飽和脂肪酸が構成脂肪酸であり、上昇融点が30?40℃であるエステル交換油脂。」である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> 本件発明1は、「全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?3であ」ると特定しているのに対し、甲1発明は、「脂肪酸の構成が、C12以下の飽和脂肪酸27.9重量%、C14?18飽和脂肪酸53.7重量%、C16飽和脂肪酸10.5重量%、C20以上の飽和脂肪酸0.4重量%、飽和脂肪酸の合計82.0重量%でトランス酸2.6重量%であ」る点 <相違点2> 本件発明1は、「20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下である」と特定しているのに対し、甲1発明は、そのような特定がされていない点 上記相違点について検討する。 <相違点1>について 本件発明1のラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸はいずれも直鎖飽和脂肪酸である。甲1発明は、硬化パームカーネルオイル、大豆油、大豆油極度硬化油を原料油脂とするところ、本件優先日当時、これら天然油脂及びそれを硬化した油脂に含まれる飽和脂肪酸が直鎖脂肪酸であることは技術常識であると認められるから(例えば、化学と生物、(1967)、Vol.5,No.7,pp.392、左欄下から12?5行には、「天然脂肪酸は・・・直鎖で偶数炭素数の脂肪酸が圧倒的に多い」と記載されている。)、甲1発明の構成脂肪酸であるC12飽和脂肪酸、C16飽和脂肪酸及びC18飽和脂肪酸はそれぞれ、ラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸であるといえる。 そこで、これら各酸の甲1発明の油脂における含有量について検討する。 パルミチン酸(C16直鎖飽和脂肪酸)について、甲1発明においてC16飽和脂肪酸の含有割合は10.5重量%であるから、本件発明1の5?25重量%の範囲内である。 ラウリン酸(C12直鎖飽和脂肪酸)について、甲1発明においてC12以下の飽和脂肪酸の含有割合は、27.9重量%である。甲1発明は、硬化パームカーネルオイル(融点36℃)、大豆油極度硬化油(IV:1以下、融点:67℃以上)、大豆油を原料とする油脂であるところ、当該油脂におけるC12以下の飽和脂肪酸はこれらの原料油脂に由来するといえる。 甲2には、パーム核油について、各産地における脂肪酸組成が記載されており(表5.11)、当該表によれば、産地によってC12以下の脂肪酸の含有割合は異なるといえる。また、大豆油について典型的な脂肪酸組成が記載されており(表5.17)、C12脂肪酸についての記載はないが、脂肪酸の種類として「その他」の項目が存在し、当該項目にC12脂肪酸が含まれるかは不明である。 そして、甲1発明の原料油脂である硬化パームカーネルオイルに関するパームカーネルオイルの産地は不明であり、甲1発明の原料油脂の大豆油極度硬化油、大豆油が甲2に記載された典型的な脂肪酸組成を有するかも不明である。 してみると、甲1発明の油脂におけるラウリン酸の含有割合は不明である。 ステアリン酸(C18飽和脂肪酸)について、甲1発明においてC14?18飽和脂肪酸の含有割合は53.7重量%である。上で述べたのと同様に、甲1発明の油脂におけるC14?18飽和脂肪酸は、その原料油脂に由来するといえる。 甲2には、パーム核油について、各産地における脂肪酸組成が記載されており(表5.11)、当該表によれば、産地によってC14?18の各脂肪酸の含有割合は異なるといえる。また、大豆油について、典型的な脂肪酸組成が記載されており(表5.17)、当該表によれば、C16、C18脂肪酸が含まれるといえる。 しかし、甲1発明の原料油脂である硬化パームカーネルオイルに関するパームカーネルオイルの産地は不明であり、甲1発明の原料油脂の大豆油極度硬化油に関する大豆油、大豆油が甲2に記載された典型的な脂肪酸組成を有するかも不明である。 してみると、甲1発明の油脂におけるステアリン酸の含有割合は不明である。 そして、甲1?4のいずれにも、エステル交換油脂の全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量を5?25重量%、ステアリン酸含量を10?35重量%とすること、また、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率を0.5?3とすることについては、記載も示唆もされていないし、その他油脂の構成脂肪酸組成を上記範囲とするという本願優先日当時の技術常識があるわけでもない。 したがって、甲1発明において、「全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?3であ」ると特定することは、当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。 特許異議申立人は、甲1発明のラウリン酸、ステアリン酸の含有割合及びステアリン酸/パルミチン酸の重量比率について、甲2の表5.11の「全産地の平均」の欄及び表5.17の記載に基づいて、いずれも本件発明1のものに相当する旨主張するので、以下に検討する。 仮に、特許異議申立人の主張するとおり、甲1発明の原料油脂のうち、C12以下の脂肪酸を含有する油脂は硬化パームカーネルオイルのみであり、硬化パームカーネルオイルのC12以下の脂肪酸組成は、パームカーネルオイルと同じであり、甲1発明の原料油脂のうち、C14の脂肪酸を含有する油脂は硬化パームカーネルオイルのみであり、その脂肪酸組成はパームカーネルオイルの脂肪酸組成と同じであり、パーム核油が、甲2の表5.11の「全産地の平均」の欄に記載の脂肪酸組成を有するものであり、大豆油が、甲2の表5.17の「SB」の欄に記載の脂肪酸組成を有するものであるとする。 また、この場合に、甲1発明に含まれるラウリン酸は、全て甲1発明の原料油脂である硬化パームカーネルオイルに由来し、その含有割合は、27.9×47.5/(0.3+3.3+3.5+47.5)=約24.3重量%と計算され、甲1発明に含まれるC14飽和脂肪酸は、全て甲1発明の原料油脂である硬化パームカーネルオイルに由来し、その含有割合は、16.4×27.9/(0.3+3.3+3.5+47.5)=約8.4重量%と計算され、それによって、甲1発明に含まれるステアリン酸は、53.7-10.5-約8.4=約34.8重量%と計算されるとする。 この場合には、ラウリン酸、ステアリン酸の含有割合はいずれも本件発明1で特定される範囲内である。 しかし、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率は、約34.8/10.5=約3.31であり、当該比率が0.5?3であるとする、本件発明1の範囲内にない(なお、当該比率を特許異議申立人の主張のように、小数点第1位で四捨五入する理由はない。)。 そして、甲1?4のいずれにも、エステル交換油脂のステアリン酸/パルミチン酸の重量比率を0.5?3とすることは記載も示唆もされていないし、そのような重量比率とすることが本願優先日における技術常識であるともいえない。 したがって、甲1発明において、「全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?3であ」ると特定することは、当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。 <相違点2>について 甲1発明の油脂は、折込み用可塑性油脂として用いられるところ(摘示1b)、1d)、1e))、甲3及び4に記載のとおり、ロールイン用油脂について、通常の作業温度(0-30℃)においてSFC値が15-40%になることが望ましいこと、口どけ性の点からいって体温付近の温度ではSFC値が5%以下で、融解するものが望ましいこと、上昇融点は、34-38℃のものが最適であるとされていること、10℃におけるSFCが30?70、20℃におけるSFCが10?45、30℃におけるSFCが2?25であるのが好ましいことはいずれも公知であるから(摘示3a)、3b)、4a))、これらのSFC値と大部分において重複する範囲である、「20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下である」程度に特定することは当業者が容易になし得た事項である。 そして、本件発明1は、広い温度域で伸展性に優れた可塑性を有する油脂、及び該可塑性油脂を用いることによりコシが強く広い温度域で優れた伸展性を有するロールイン用油脂組成物が得られ、しかも焼成後に歯切れと口溶けに優れた層状ベーカリーを得ることを可能とするロールイン用油脂組成物の提供が可能となるという顕著な効果を奏するものである。 以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2?甲4に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。 (イ)本件発明2及び3について 本件発明2及び3はいずれも本件発明1を引用し、技術的に限定するものであるところ、上記(ア)で述べたとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明及び甲2?甲4に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないのであるから、本件発明2及び3も、甲1に記載された発明及び甲2?甲4に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。 イ 甲5発明について (ア)本件発明1について 本件発明1と甲5発明とを対比する。 甲5発明のランダムエステル交換油脂は、本件発明1のエステル交換油脂に相当する。 甲5発明において油脂の脂肪酸組成が特定されているところ、C12:0脂肪酸、C16:0脂肪酸、C18:0脂肪酸は、それぞれ、C12飽和脂肪酸、C16飽和脂肪酸、C18飽和脂肪酸であり、それらの含有割合は、それぞれ、油脂Bが25.4、14.0、28.8%であり、油脂Cが19.1、13.7、16.2%である(なお、摘示5a)、5c)の記載からみて、これらの割合は全て質量%であり、重量%と同じであると認める。)。そして、本件発明1のラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸は、それぞれ、C12飽和脂肪酸、C16飽和脂肪酸、C18飽和脂肪酸であって、甲5発明の油脂B及びCのそれぞれの含有割合は、本件発明1の「5?25重量%」、「5?25重量%」、「10?35重量%」に相当する。また、甲5発明の油脂B及びCのC18:0脂肪酸/C16:0脂肪酸は、それぞれ、約2.1、約1.2と計算され、本件発明1の「0.5?3」に相当する。 したがって、本件発明1と甲5発明とは、 「全構成脂肪酸に対し、C12飽和脂肪酸含量が5?25重量%、C16飽和脂肪酸含量が5?25重量%及びC18飽和脂肪酸含量が10?35重量%であり、C18飽和脂肪酸/C16飽和脂肪酸の重量比率が0.5?3であるエステル交換油脂。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点3> 本件発明1は、C12、C16及びC18飽和脂肪酸について、「ラウリン酸」、「パルミチン酸」及び「ステアリン酸」と特定しているのに対し、甲5発明は、そのような特定がされていない点 <相違点4> 本件発明1は、「上昇融点が30?40℃であ」ると特定しているのに対し、甲5発明は、そのような特定がされていない点。 <相違点5> 本件発明1は、「20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下であ」ると特定しているのに対し、甲5発明は、そのような特定がされていない点。 上記相違点について検討する。 <相違点3>について 本件発明1のラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸はいずれも直鎖飽和脂肪酸である。甲5発明は、パーム極度硬化油、ヤシ極度硬化油、パームオレイン、ナタネ油、ナタネ硬化油を原料油脂とするものであるところ、上述のとおり、本件優先日当時に、これら天然油脂及びそれを硬化した油脂に含まれる飽和脂肪酸が直鎖脂肪酸であることは技術常識であると認められるから、甲5発明の脂肪酸であるC12:0、C16:0及びC18:0脂肪酸はそれぞれ、ラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸であるといえる。 したがって、この点は実質的な相違点ではない。 <相違点4>について 甲6には、パーム油等の油脂を含有する油脂をランダムエステル交換した油脂B及びJ並びにそれら油脂を用いて製造したハードバター(実施例2及び比較例5)の上昇融点が記載されているところ(摘示6a)、6b))、その原料油脂の組成、ランダムエステル化の方法、エステル交換後の硬化の有無、脂肪酸組成及びトリグリセリド組成において、甲5発明の油脂B及びCは、甲6に記載の実施例2及び比較例5のハードバターと同様である。 したがって、甲5発明の油脂B及びCの上昇融点は、甲6に記載の実施例2及び比較例5のハードバターの上昇融点と同じであるといえるところ、それぞれ、37℃及び30℃であり、当該温度は、本件発明1の「30?40℃」の範囲内である。 よって、この点は実質的な相違点ではない。 <相違点5>について 甲3及び4に記載のとおり、ロールイン用油脂について、通常の作業温度(0-30℃)においてSFC値が15-40%になることが望ましいこと、口どけ性の点からいって体温付近の温度ではSFC値が5%以下で、融解するものが望ましいこと、上昇融点は、34-38℃のものが最適であるとされていること、10℃におけるSFCが30?70、20℃におけるSFCが10?45、30℃におけるSFCが2?25であるのが好ましいことはいずれも公知である(摘示3a)、3b)、4a))。 しかし、甲5発明の油脂は、バタークリーム類に用いられる油脂であり、甲5には当該油脂をロールイン用油脂として用いることは記載も示唆もされていない。 したがって、甲3及び4に記載のとおり、ロールイン用油脂における好ましいSFC値が記載されていても、用途によって求められるSFCの範囲は異なるのであるから、当該SFC値を異なる用途であるバタークリーム類に用いられる油脂に適用すること自体当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。 そして、甲2及び甲6にも、甲5発明の油脂のSFCを相違点5に係る本件発明1の範囲にすることは記載も示唆もされていない。 したがって、甲5発明において、「20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下であ」ると特定することは当業者が容易になし得た事項であるとはいえない。 そして、本件発明1は、広い温度域で伸展性に優れた可塑性を有する油脂、及び該可塑性油脂を用いることによりコシが強く広い温度域で優れた伸展性を有するロールイン用油脂組成物が得られ、しかも焼成後に歯切れと口溶けに優れた層状ベーカリーを得ることを可能とするロールイン用油脂組成物の提供が可能となるという顕著な効果を奏するものである。 以上のとおりであるから、本件発明1は、甲5に記載された発明並びに甲2?甲4及び甲6に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。 なお、特許異議申立人は、甲5に記載の油脂Aに基づく主張もするが、油脂Aはラウリン酸(C12:0直鎖飽和脂肪酸)の含有割合が本件発明1の範囲内になく、また、仮に油脂Aに基づく発明を認定したとしても、上記相違点5の点の結論に影響はない。 (イ)本件発明2について 本件発明2は本件発明1を引用し、技術的に限定するものであるところ、上記(ア)で述べたとおり、本件発明1が、甲5に記載された発明並びに甲2?甲4及び甲6に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないのであるから、本件発明2も、甲5に記載された発明並びに甲2?甲4及び甲6に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。 2 理由2について (1)特許異議申立人の主張 特許異議申立人の主張は、以下の2点のとおりであるから、本件発明1?3は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなく、特許法第36条第6項第1号に規定される要件を満たしていないというものである。 ア 請求項1及び請求項1を引用して記載される請求項2、3に係る本件特許発明1-3は、「ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?3」における重量比率「0.5?1.0未満」の範囲について、発明の詳細な説明に当業者が実施することができる程度に記載されていない。 イ ステアリン酸含有量について、本件特許発明1-3は、「ステアリン酸含量10?35重量%」のうち、18.0重量%(油脂1)より少ない場合の油脂例が、発明の詳細な説明に記載されていない。 (2)サポート要件について 特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (3)発明の詳細な説明の記載 本件明細書には、以下の記載がある。 a)「【0009】 ・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0010】 本発明は、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂、及び該可塑性油脂を用いることによりコシが強く広い温度域で優れた伸展性を有するロールイン用油脂組成物が得られ、しかも焼成後に歯切れと口溶けに優れた層状ベーカリーを得ることを可能とするロールイン用油脂組成物の提供を課題とする。」 b)「【0015】 本発明者は、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、コシが強く広い温度域で伸展性に優れた可塑性を有するロールイン用油脂組成物を鋭意検討した結果、全構成脂肪酸組成のラウリン酸含量、パルミチン酸含量及びステアリン酸含量を特定の割合としたランダムエステル交換油が優れた可塑性を有し、該可塑性油脂を特定量配合したロールイン用油脂組成物が広い温度域で優れた伸展性を有し、該ロールイン用油脂組成物を用いて焼成した層状ベーカリーが優れた歯切れと口溶けを有することを見出し、本発明を完成させた。 【0016】 すなわち、本発明は、 (1) 全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?7であるエステル交換油脂。 (2) 上昇融点が30?40℃であり、20℃SFCが20?50%、35℃SFCが12%以下である(1)記載のエステル交換油脂。 (3) (1)または(2)記載のエステル交換油脂を油相中に15?80重量%含有するロールイン用油脂組成物。 (4) (3)記載のロールイン用油脂組成物を用いた層状ベーカリー食品。 である。 【発明の効果】 【0017】 本発明により、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、広い温度域で伸展性に優れた可塑性を有する油脂、及び該可塑性油脂を用いることによりコシが強く広い温度域で優れた伸展性を有するロールイン用油脂組成物が得られ、しかも焼成後に歯切れと口溶けに優れた層状ベーカリーを得ることを可能とするロールイン用油脂組成物の提供が可能となった。」 c)「【0018】 本発明のエステル交換油脂は、全構成脂肪酸に対し、ラウリン酸含量が5?25重量%、パルミチン酸含量が5?25重量%及びステアリン酸含量が10?35重量%であり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率(St/P比)が0.5?7であるエステル交換油脂である。ラウリン酸含量は、より好ましくは10?20重量%であり、パルミチン酸含量はより好ましくは5?20重量%である。また、ステアリン酸含量はより好ましくは15?35重量%である。St/P比は、より好ましくは0.8?5、最も好ましくは1?3である。 【0019】 上記のラウリン酸含量が5重量%より少ないと、可塑性油脂の口溶けが低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある。逆に、25重量%を超えると、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下する傾向にあり、好ましくない。 【0020】 上記のパルミチン酸含量が5重量%より少ないと、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある。逆に、25重量%を超えると、可塑性油脂が低温でやや硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下する傾向にある。 【0021】 上記のステアリン酸含量が10重量%より少ないと、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくない。逆に、35重量%を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある。 【0022】 上記のステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5未満であると、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくない。逆に、7を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある。」 d)「【0037】 ・・・ 【実施例】 【0038】 以下に実施例を示し、本発明をより詳細に説明する。なお、例中%及び部はいずれも断りのない限り重量基準を意味する。なお、油脂の脂肪酸組成、上昇融点及び及びSFCは下記の方法で測定したものである。 脂肪酸組成:日本油化学協会基準油脂分析試験法(1996年版)2.4.1.2メチルエステル化法(三フッ化ホウ素メタノール法)に規定の方法に準じて測定した。 上昇融点:日本油化学協会基準油脂分析試験法(1996年版)2.2.4.2(上昇融点)に規定の方法に準じて測定した。 SFC:IUPAC.2 150 SOLID CONTENT DETERMINATION IN FATS BY NMRに準じて測定した。 【0039】 (エステル交換油脂の調製) 実施例1 パーム油分別低融点部(沃素価67)44部、パーム核油分別低融点部(沃素価26)40部及び菜種極度硬化油(沃素価1.2)16部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂1を得た。得られた油脂1の組成を表1に示した。 【0040】 実施例2 パーム油分別低融点部(沃素価67)25部、パーム核油分別低融点部(沃素価26)40部、菜種極度硬化油(沃素価1.2)23部及び菜種油12部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂2を得た。得られた油脂2の組成を表1に示した。 【0041】 実施例3 パーム油分別低融点部(沃素価67)34部、パーム核油分別低融点部(沃素価26)30部、菜種極度硬化油(沃素価1.2)27部及び菜種油9部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂3を得た。得られた油脂3の組成を表1に示した。 【0042】 実施例4 パーム核油分別低融点部(沃素価26)40部、菜種極度硬化油(沃素価1.2)30部及び菜種油30部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂4を得た。得られた油脂4の組成を表1に示した。 【0043】 比較例1 パーム油(沃素価52)50部、パーム核油分別低融点部(沃素価26)40部及びパーム分別高融点部(沃素価42)10部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂5を得た。得られた油脂5の組成を表1に示した。 【0044】 比較例2 パーム油(沃素価52)55部、パーム核油分別低融点部(沃素価26)40部及び菜種極度硬化油(沃素価1.2)5部を混合し、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂6を得た。得られた油脂6の組成を表1に示した。 【0045】 表1 St/P比:ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率 【0046】 ロールイン用油脂組成物の調製用として、別に下記の中融点エステル交換油脂及び高融点エステル交換油脂を調製した。 (中融点エステル交換油脂) パーム油(沃素価52)50部とパーム核油(沃素価18)50部の混合油脂を、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂7を得た。油脂7の融点は32℃であった。 (高融点エステル交換油脂) パーム油高融点部(沃素価40)60部、パーム油(沃素価52)37部、ハイエルシン酸菜種極度硬化油(ヨウ素価1.0)3部の混合油脂を、ナトリウムメチラートを触媒としてランダムエステル交換反応を行い、その後、常法通り脱色、脱臭を行い、精製油としてエステル交換油脂8得た。油脂8の融点は46℃あった。 【0047】 (ロールイン用油脂組成物の調製) 実施例5 実施例1で調製した油脂1 22.1部、上記油脂7 10.1部、上記油脂8 20部、バターオイル21部及び菜種油11部のそれぞれの融解油を混合し、レシチン0.1部を添加して油相とした。水14.5部に食塩1.2部を添加して水相とした。油相と水相とを60℃で混合攪拌し予備乳化させ、コンビネーターにより急冷捏和し、組織良好なロールイン用油脂組成物1を得た。なお、油相の上昇融点は33.6℃であった。 【0048】 実施例6 実施例5において、油脂1 22.1部を実施例2で調製した油脂2 22.1部に置換して、実施例5同様にロールイン用油脂組成物を調製し、ロールイン用油脂組成物2を得た。なお、油相の上昇融点は36.1℃であった。 【0049】 実施例7 実施例3で調製した油脂3 32.1部、上記油脂7 10.1部、上記油脂8 10部、バターオイル21部及び菜種油11部のそれぞれの融解油を混合し、レシチン0.1部を添加して油相とした。水14.5部に食塩1.2部を添加して水相とした。油相と水相とを60℃で混合攪拌し予備乳化させ、コンビネーターにより急冷捏和し、組織良好なロールイン用油脂組成物3を得た。なお、油相の上昇融点は36.3℃であった。 【0050】 実施例8 実施例4で調製した油脂4 22.1部、上記油脂7 10.1部、上記油脂8 20部、バターオイル21部及び菜種油11部のそれぞれの融解油を混合し、レシチン0.1部を添加して油相とした。水14.5部に食塩1.2部を添加して水相とした。油相と水相とを60℃で混合攪拌し予備乳化させ、コンビネーターにより急冷捏和し、組織良好なロールイン用油脂組成物4を得た。なお、油相の上昇融点は35.9℃であった。 【0051】 比較例3 実施例5において、油脂1 22.1部を比較例1で調製した油脂5 22.1部に置換して、実施例5同様にロールイン用油脂組成物を調製し、ロールイン用油脂組成物5を得た。なお、油相の上昇融点は37.4℃であった。 【0052】 比較例4 実施例5において、油脂1 22.1部を比較例2で調製した油脂6 22.1部に置換して、実施例5同様にロールイン用油脂組成物を調製し、ロールイン用油脂組成物6を得た。なお、油相の上昇融点は34.3℃であった。 【0053】 実施例5?8、比較例3?4で調製したロールイン用油脂組成物の分析結果を表2に示した。 表2 【0054】 (層状ベーカリー食品の調製) 実施例5?8及び比較例3?4で調製したロールイン用油脂組成物1?6を用いて、下記の配合でクロワッサンを調製した。 クロワッサン生地配合 強力粉 100重量部 上白糖 8重量部 食塩 1.6重量部 脱脂粉乳 3重量部 全卵 10重量部 モルトシロップ 0.5重量部 練り込み油脂 6重量部 イースト 3重量部 イーストフード 0.1重量部 水 50重量部 ロールイン油脂組成物は、対強力粉として50重量部を使用した。 【0055】 実施例9?12、比較例5?6 上記クロワッサン生地原料を練り上げ、28℃、湿度75%の庫内にて60分間発酵させた後、-18℃のフリーザーで60分間リタードをとった。実施例5?8及び比較例3?4のロールイン用油脂組成物をそれぞれ折り込み(対粉50%)、リバースシーターで3つ折りを2回行った後、-7℃のフリーザーで60分間リタードをとり、リバースシーターで3つ折りを1回行った後、-7℃のフリーザーで45分間リタードをとった。続いてリバースシーターで生地厚4mmまで最終展延し、成形した。成形後、32℃、湿度75%の庫内で60分間発酵させた後、庫内温度210℃のオーブンで16分間焼成し、クロワッサン1?6を得た。 【0056】 (ロールイン用油脂組成物のコシ及び伸展性の評価) 10℃と20℃の恒温室で温調したロールイン用油脂組成物を生地に包んで折り込み(対粉50%)、リバースシーターで3つ折りを2回行い、ロールイン用油脂組成物の伸展性を下記の基準で評価した。また、最終展延時の生地状態から、ロールイン油脂組成物のコシを下記の基準で評価した。評価結果を表3に示した。いずれも○以上を合格とした。 (10℃温調した際のロールイン(伸展性)評価) ◎:ロールイン用油脂組成物に割れずに端まできれいに油脂が伸びる ○:ロールイン用油脂組成物に割れないが、端に生地が残る。 △:ロールイン用油脂組成物に僅かな割れがみられて、端に生地が残る。 ×:ロールイン用油脂が割れ、伸びにくい。 (20℃温調した際のロールイン(伸展性)評価) ◎:ロールイン用油脂は割れずに伸びて、軟化せず生地も縮まない ○:ロールイン用油脂は割れずに伸びるが、やや軟化し、生地が縮む △:ロールイン用油脂は割れずに伸びるが、軟化し、生地が縮む。 ×:ロールイン用油脂の軟化し生地に練り込まれる (最終展延後の成形後の生地状態(コシの評価) ◎:生地のコシが強く、全く縮まず、成形性もよい。 ○:生地にコシがあり、ほとんど縮まず、成形性もよい △:生地がやや軟らかく、やや縮むため、成形性が劣る。 ×:生地が軟らかく、縮むため、成形性が悪い。 【0057】 (層状ベーカリー食品の評価) 上記で調製したクロワッサン1?6について、パネラー7名による官能評価を行い、焼成1日後の口溶け、食感(歯切れ、サクサク感)について評価した結果を表3に示した。いずれも○以上を合格とした。 (口溶け) ◎:非常に良好 ○:良好 △:やや悪い ×:悪い (食感) ◎:歯切れ、サクサク感とも非常に良好 ○:歯切れ、サクサク感とも良好 △:歯切れ、サクサク感にやや乏しい ×:歯切れ、サクサク感が乏しい 【0058】 表3 【0059】 表3に示すように、本発明のエステル交換油脂1?4を使用したロールイン用油脂組成物1?4は、10?20℃で良好な伸展性を有しており、コシに優れたものであった。また、ロールイン用油脂組成物1?4を用いて、焼成したクロワッサン1?4は口溶け良好で、歯切れ、サクサク感とも良好なものであった。 【0060】 実施例13 実施例3で調製した油脂3 59.5部、油脂8 10部、及び菜種油13.5部のそれぞれの融解油を混合し、ステアリン酸モノグリセリド(商品名:エマルジーMS,理研ビタミン社製)、レシチン0.1部を添加して油相とした。水15.8部に食塩1部を添加して水相とした。油相と水相とを60℃で混合攪拌し予備乳化させ、コンビネーターにより急冷捏和し、組織良好なロールイン用油脂組成物7を得た。なお、油相の上昇融点は37.4℃であった。 【0061】 比較例7 高融点エステル交換油脂9として、菜種極度硬化油 52部、パーム核極度硬化油38部及びハイエルシン酸菜種極度硬化油10部の混合油のエステル交換精製油(沃素価0.8、上昇融点53℃)を調製した。 比較例1で調製した油脂5 47部、油脂8 17部、上記油脂9 5.5部及び菜種油 13.5部のそれぞれの融解油を混合し、ステアリン酸モノグリセリド(商品名:エマルジーMS,理研ビタミン社製)、レシチン0.1部を添加して油相とした。水15.8部に食塩1部を添加して水相とした。油相と水相とを60℃で混合攪拌し予備乳化させ、コンビネーターにより急冷捏和し、組織良好なロールイン用油脂組成物8を得た。なお、油相の上昇融点は37.5℃であった。 【0062】 表4に、実施例13、比較例7で調製したロールイン用油脂組成物の分析結果を示した。 表4 【0063】 実施例14、比較例8 実施例9?12同様に、実施例13及び比較例7で調製したロールイン用油脂組成物7及び8を用いてクロワッサンを調製し、クロワッサン7?8を得た。ロールイン用油脂組成物7及び8のコシ・伸展性の評価を10℃及び20℃の条件で実施例9?12同様に行い、またクロワッサン7?8の評価を実施例9?12同様に行い、その結果を表5に示した。 表5 」 (4)判断 ア 課題 発明の詳細な説明の記載、特に摘示a)の記載からみて、本件発明1が解決しようとする課題は、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂を提供することに、本件発明2が解決しようとする課題は、該可塑性油脂を用いることによりコシが強く広い温度域で優れた伸展性を有するロールイン用油脂組成物が得られ、しかも焼成後に歯切れと口溶けに優れた層状ベーカリーを得ることを可能とするロールイン用油脂組成物を提供することに、本件発明3が解決しようとする課題は、該ロールイン用油脂組成物を用いた層状ベーカリー食品を提供することに、それぞれあると認める。 イ 上記(1)ア(ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率)の点について 本件明細書には、「全構成脂肪酸組成のラウリン酸含量、パルミチン酸含量及びステアリン酸含量を特定の割合としたランダムエステル交換油が優れた可塑性を有し、該可塑性油脂を特定量配合したロールイン用油脂組成物が広い温度域で優れた伸展性を有し、該ロールイン用油脂組成物を用いて焼成した層状ベーカリーが優れた歯切れと口溶けを有することを見出し、本発明を完成させた」ことが記載されており(摘示b)、【0015】)、一般的な説明として、「ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5未満であると、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくない」こと、「7を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある」ことが記載されている(摘示c)、【0022】)。 さらに、実施例として、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が1.0(実施例1)、1.8(実施例2、3)、5.2(実施例4)、0.1(比較例1)、0.3(比較例2)である油脂1?6を用い、これら油脂と高融点エステル交換油脂等を用いてロールイン用油脂組成物を調製し(実施例5?8、13(組成物1?4、7)、比較例3、4、7(組成物5、6、8))、該組成物を用いてクロワッサンを調製し(実施例9?12、14、比較例5、6、8)、それらロールイン用油脂組成物についての10℃又は20℃温調した際の伸展性、最終展延、成形性について、また、それらクロワッサンについての口溶け、食感(歯切れ、サクサク感)についての評価結果が記載されている(摘示d))。 当該評価結果によれば、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が1.0又は1.8であり、本件発明1?3の範囲のうち、1.0以上のものに該当する油脂1?3を用いたものについては、いずれも◎又は○の評価が得られており、合格の評価が得られている一方で、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.1及び0.3であり、本件発明1?3の範囲内ではない油脂5及び6を用いたものについては、評価されたいずれかの項目において△又は×の評価がされており、合格とされていない。 そして、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が、0.5?1未満である油脂について、実施例等による具体的な評価結果は記載されていないが、本件明細書の【0022】に、「ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5未満であると、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくないこと」、「7を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある」との記載があり、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率と、可塑性油脂の口溶け、低温での硬さ、コシの強さ、広い温度域、例えば5?25℃での伸展性との関係と共に、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5未満である場合に、低温での硬さ、コシの強さ、広い温度域での伸展性の点で好ましくないことが説明されている。 また、表1?5の記載から、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率とそれに対する伸展性等の評価が一定程度相関していることが理解できることも考慮すると、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?1未満の場合であっても、当該比率が0.1や0.3の場合よりも一定程度良い評価となることが期待できるから、それらの場合に課題が解決できないとはいえない。 そして、当該技術分野において、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が、0.5?1未満である場合に、一定程度、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂が提供できないという本件出願時の技術常識があるとも認められない。 したがって、上記した実施例、【0015】及び【0022】等の本件明細書の記載に接した当業者は、ステアリン酸/パルミチン酸の重量比率が0.5?1未満であるときにも、本件発明1が、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂を提供するという課題を解決できると認識できるといえる。 よって、この点において、本件発明1について、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しないとはいえない。 本件発明2及び3についても同様である。 したがって、本件発明1?3に係る特許が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはえいない。 ウ 上記(1)イ(ステアリン酸含有量)の点について 本件明細書には、「全構成脂肪酸組成のラウリン酸含量、パルミチン酸含量及びステアリン酸含量を特定の割合としたランダムエステル交換油が優れた可塑性を有し、該可塑性油脂を特定量配合したロールイン用油脂組成物が広い温度域で優れた伸展性を有し、該ロールイン用油脂組成物を用いて焼成した層状ベーカリーが優れた歯切れと口溶けを有することを見出し、本発明を完成させた」ことが記載されており(摘示b)、【0015】)、一般的な説明として、「ステアリン酸含量が10重量%より少ないと、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくない」こと、「35重量%を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある」ことが記載されている(摘示c)、【0021】)。 さらに、実施例として、ステアリン酸含量が18.0重量%(実施例1)、24.3重量%(実施例2)、27.9重量%(実施例3)、30.4重量%(実施例4)、4.0重量%(比較例1)、8.2重量%(比較例2)である油脂1?6を用い、これら油脂と高融点エステル交換油脂等を用いてロールイン用油脂組成物を調製し(実施例5?8、13(組成物1?4、7)、比較例3、4、7(組成物5、6、8))、該組成物を用いてクロワッサンを調製し(実施例9?12、14、比較例5、6、8)、それらロールイン用油脂組成物についての10℃又は20℃温調した際の伸展性、最終展延、成形性について、また、それらクロワッサンについての口溶け、食感(歯切れ、サクサク感)についての評価結果が記載されている(摘示d))。 当該評価結果によれば、ステアリン酸含量が18.0、24.3、27.9重量%であり、本件発明1?3の範囲のうち、18.0重量%以上のものに該当する油脂1?3を用いたものについては、いずれも◎又は○の評価が得られており、合格の評価が得られている一方で、ステアリン酸含量が4.0及び8.2重量%であり、本件発明1?3の範囲内ではない油脂5及び6を用いたものについては、評価されたいずれかの項目において△又は×の評価がされており、合格とされていない。 そして、ステアリン酸含量が、10?18.0重量%未満である油脂について、実施例等による具体的な評価結果は記載されていないが、本件明細書の【0021】に、「ステアリン酸含量が10重量%より少ないと、可塑性油脂の口溶けは良くなる傾向であるが、可塑性油脂が低温で硬くなる傾向にあり、可塑性油脂のコシが弱くなるとともに広い温度域、例えば5?25℃での伸展性が低下するため、好ましくない」、「35重量%を超えると、可塑性油脂の口溶けがやはり低下する傾向にあり、最終製品の層状ベーカリーの口溶けも重くなる傾向にある」との記載があり、ステアリン酸含量と、可塑性油脂の口溶け、低温での硬さ、コシの強さ、広い温度域、例えば5?25℃での伸展性との関係と共に、ステアリン酸含量が10重量%未満である場合に、低温での硬さ、コシの強さ、広い温度域での伸展性の点で好ましくないことが説明されている。 また、表1?5の記載から、ステアリン酸含量とそれに対する伸展性等の評価が一定程度相関していることが理解できることも考慮すると、ステリン酸含量が10?18.0重量%未満の場合であっても、当該含量が4.0重量%や8.2重量%の場合よりも一定程度良い評価となることが期待できるから、それらの場合に課題が解決できないとはいえない。 そして、当該技術分野において、ステアリン酸含量が10?18.0重量%未満である場合に、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂を提供することができないという本件出願時の技術常識があるとも認められない。 したがって、上記した実施例、【0015】及び【0021】等の本件明細書の記載に接した当業者は、ステアリン酸含量が10?18.0重量%未満であるときにも、本件発明1が、トランス脂肪酸含量が5重量%未満である低トランスタイプで、広い温度域で伸展性に優れた可塑性と優れた口溶けを有する油脂を提供するという課題を解決できると認識できるといえる。 よって、この点において、本件発明1について、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しないとはいえない。 本件発明2及び3についても同様である。 したがって、本件発明1?3に係る特許が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはえいない。 第5 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立人の申立てた理由及び証拠によっては、本件発明1?3に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件発明1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-07-06 |
出願番号 | 特願2018-507231(P2018-507231) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(A23D)
P 1 651・ 121- Y (A23D) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 千葉 直紀 |
特許庁審判長 |
瀬良 聡機 |
特許庁審判官 |
冨永 保 安孫子 由美 |
登録日 | 2019-09-06 |
登録番号 | 特許第6579261号(P6579261) |
権利者 | 不二製油株式会社 |
発明の名称 | 可塑性油脂及びこれを用いたロールイン用油脂組成物 |