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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01B
管理番号 1364832
審判番号 不服2018-16159  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-12-04 
確定日 2020-08-06 
事件の表示 特願2017- 50628「透明導電膜および積層構造体の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 9月14日出願公開、特開2017-162816〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年1月8日に出願した特願2015-2541号の一部を平成29年3月15日に新たな特許出願としたものであって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成29年3月15日:上申書の提出
平成30年6月15日付け:拒絶理由通知書
平成30年8月17日:意見書、手続補正書の提出
平成30年8月28日付け:拒絶査定
平成30年12月4日:審判請求書、手続補正書の提出
令和1年12月20日付け:拒絶理由通知書
令和2年2月21日:意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1ないし7に係る発明は、令和2年2月21日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「 【請求項1】
基体上に金属酸化物を主成分として含む透明導電膜と半導体膜とを積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記透明導電膜の積層を、前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法を用いて前記透明導電膜を成膜することにより行い、前記半導体層の積層を、原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて成膜することにより行うことを特徴とする積層構造体の製造方法。」

なお、請求項1の「前記半導体層の積層」という記載については、これより前に「半導体層」という記載はないものの、「透明導電膜と半導体膜とを積層する」という記載があるから、「前記半導体膜の積層」の誤記と認められる。


第3 拒絶の理由
令和1年12月20日付けの当審が通知した拒絶理由のうちの理由2(進歩性)については、「本件出願の請求項4ないし8に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献3に記載の技術事項、又は引用文献2に記載された発明及び引用文献3に記載の技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」というものである。

引用文献1:特開2000-44238号公報
引用文献2:国際公開第2013/022032号
引用文献3:特許第5528612号公報

第4 引用文献
1 引用文献1
令和1年12月20日付け拒絶理由通知書の拒絶の理由2で引用された引用文献1には、二酸化錫膜の製造方法に関して、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

(1)「【0008】
【課題を解決するための手段】本発明によるSnO_(2)膜の製造方法は、錫化合物とフッ素化合物またはアンチモン化合物とを溶解させた溶液を霧化して微粒子化する工程、および前記微粒子を加熱された基板に接触させ、前記基板上にSnO_(2)膜を形成する工程を有することを特徴とする。これにより、簡易な装置を用いて、膜中にドープされる原子の濃度が一定に制御された均質なSnO_(2)膜を形成できる。そして、大面積の製膜を行った場合でも、膜抵抗バラツキが少なく、透明性および導電性に優れ、長期間の信頼性が高いSnO_(2)膜を、安価に、しかも短時間に得ることができる。また、上記の本発明により形成したSnO_(2)膜を透明導電膜として用いることにより、低コストで高変換効率のCdS/CdTe太陽電池、CIS太陽電池などの各種太陽電池を構成することができる。」

(2)「【0009】
【発明の実施の形態】本発明は、錫化合物と、ドープ材料としてのフッ素化合物またはアンチモン化合物とを溶解させたソース溶液を霧化して微粒子化し、これをあらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより、微粒子化された溶液中の化合物を基板表面または基板近傍で熱分解し、基板表面にフッ素またはアンチモンがドープされたSnO_(2)膜を形成させるものである。本発明では、ソース溶液中の錫化合物とドープ材料との濃度を一定にすることにより、前記微粒子中の濃度を一定に制御できるので、基板上に形成されたSnO_(2)膜中へのフッ素またはアンチモンのドープ量を一定に制御することが可能となる。これにより、均一な透明性と導電性を有するSnO_(2)膜を形成できる。」

(3)「【0012】ソース材料としての錫化合物には、二塩化ジメチル錫、トリメチル塩化錫等の錫のハロゲン化アルキル化合物、錫のカルボン酸塩、錫のβ-ジケトン錯体、錫のアルコキシドハロゲン化アルキル化合物、四塩化錫等の錫のハロゲン化物などを用いることができるが、特に二塩化ジメチル錫を用いることが好ましい。二塩化ジメチル錫は、空気や水分に対する化学的安定性が高く、保存中や作業中に変質しないこと、人体への悪影響が少なく、入手が容易なこと、安価で安全性が高い溶媒である水への溶解度が高いことなどから、これを用いることにより、良質なSnO_(2)膜を高速で安全に低コストで製膜できる利点がある。」

(4)「【0013】上記の錫化合物は、すべて600℃以下の低温で熱分解するので、膜形成基板の表面温度は、錫化合物の熱分解温度以上、600℃以下とすることにより、緻密で光線透過率の高い、低抵抗のSnO_(2)膜を形成することができる。錫化合物として二塩化ジエチル錫を用いた場合には、400?600℃の温度範囲で良質なSnO_(2)膜を形成することができ、特に480?580℃の温度範囲で、より光線透過率の高いSnO_(2)膜を収率良く形成することができる。これらの錫化合物を溶解する溶媒としては、水または水で希釈した有機溶媒、さらにはOH基を有するアルコール系溶媒を単独で用いることができる。特に、錫化合物として二塩化ジメチル錫を用いる場合には、前記の理由により溶媒として水を用いることが好ましい。SnO_(2)膜へのドープ材料としては、例えば、フッ化アンモニウム、フッ化ナトリウムなどのフッ素化合物、塩化アンチモン(SbCl_(3)、SbCl_(5))などのアンチモン化合物を用いることができる。これらのうち、膜抵抗の低減、光透過性の向上のためには、フッ素化合物を用いることがより効果的である。」

(5)「【0016】
【実施例】以下に、具体的な実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。
《実施例1》錫化合物として二塩化ジメチル錫を用いて、図1に示す二酸化錫膜の製膜装置により、膜形成用基板1上にSnO_(2)膜2を形成した。二塩化ジメチル錫粉末100gとフッ化アンモニウム粉末4gを360ccの水に溶解させて調製したソース溶液8をソース容器3に入れ、周波数1MHzの超音波振動子4を稼働させ、ソース溶液8を中心粒径が10μmの微粒子7に霧化させた。この霧化微粒子7を、キャリアガス導入管6から導入したキャリアガスとしての空気とともに、微粒子噴出口5から噴出させ、これらを微粒子導入管10を経てマッフル炉11内に導入した。マッフル炉11内に導入された霧化微粒子7をマッフル炉11中を移動する金属製搬送ベルト12上に載置したガラス製の膜形成用基板1の表面に接触させてSnO_(2)膜2を形成させた。」

ここで、上記(1)によれば、形成したSnO_(2)膜を透明導電膜として用いるから、引用文献1の二酸化錫膜の製造方法は、SnO_(2)膜を形成させる透明導電膜の製造方法であるといえる。
また、当該製造方法において、上記(3)によれば、ソース材料としての錫化合物に、二塩化ジメチル錫、錫のカルボン酸塩又は錫のβ-ジケトン錯体を用いる。
そして、上記(2)によれば、錫化合物と、ドープ材料としてのフッ素化合物とを溶解させたソース溶液を霧化して微粒子化する。このとき、上記(4)によれば、錫化合物を溶解する溶媒として、水または有機溶媒を用いる。
続いて、上記(2)及び(5)によれば、ソース溶液を霧化させた霧化微粒子を、キャリアガスとしての空気とともにマッフル炉内に導入し、あらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより、微粒子化された溶液中の化合物を熱分解し、基板表面にフッ素がドープされたSnO_(2)膜を形成させる。

以上によれば、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。
「ソース材料としての錫化合物に、二塩化ジメチル錫、錫のカルボン酸塩又は錫のβ-ジケトン錯体を用い、当該錫化合物とドープ材料としてのフッ素化合物とを水または有機溶媒に溶解させたソース溶液を霧化して微粒子化し、当該霧化微粒子をキャリアガスとしての空気とともにマッフル炉内に導入し、あらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより、微粒子化された溶液中の化合物を熱分解して、当該膜形成用基板の表面にフッ素がドープされたSnO_(2)膜を形成させる透明導電膜の製造方法。」


2 引用文献2
令和1年12月20日付け拒絶理由通知書の拒絶の理由2で引用された引用文献2には、積層体の製造方法に関して、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

(1)「[0002] 透明導電膜として、ITO(スズドープ酸化インジウム)膜、FTO(フッ素ドープ酸化スズ)膜、SnO_(2)(二酸化スズ)膜、ATO(アンチモンドープ酸化スズ)膜、AZO(アルミドープ酸化亜鉛)膜、GZO(ガリウムドープ酸化亜鉛)膜、IZO(インジウムドープ酸化亜鉛)膜、およびIGZO(インジウムガリウム亜鉛複合酸化物)膜等が知られている。これらの透明導電膜を種々の基板上に作製したものは、例えば、フラットパネルディスプレイ(液晶ディスプレイ、エレクトロルミネッセンスディスプレイなど)、面発熱体、タッチパネル、太陽電池、半導体素子などに使用される。
前記導電膜は、スパッタリング法、CVD法(化学気相成長法)、SPD法(スプレー熱分解法)などの方法によって作製することができる。
前記導電膜は、ガラス基板のような表面が平坦な基板だけでなく、表面に凹凸を有する基板にも成膜させることが必要である。表面に凹凸を有する基板に、導電膜をスパッタリング法によって積層させると、凹凸における平坦面と側壁面との膜厚に差が生じやすい。そこで、側壁面をスロープ化したり(特許文献2)、基板にバイアス電圧を印加しながら成膜したり(特許文献1)などの試みがなされている。」

(2)「[0019] 前記導電膜としてITO膜を用いた場合の積層体の製造方法は、表面にアスペクト比1.5?100の凹凸を有する基板上に、インジウム化合物とスズ化合物とを含有する溶液(以下、原料液ということがある。)を用いて、パイロゾル法によってITO膜を作製することを含むものである。」

(3)「[0020] 前記積層体の好適な製造方法は、 インジウム化合物とスズ化合物とを含有する溶液(原料液)を霧化し、 表面にアスペクト比1.5?100の凹凸を有する基板を加熱し、 加熱された前記基板に前記霧化物を接触させ、 該基板上にてインジウム化合物および前記スズ化合物を熱分解させてITO膜を作製することを含むものである。」

(4)「[0021] 前記インジウム化合物は、空気中で熱分解して、酸化インジウムを生成する化合物であれば特に制限されないが、 式(I): In(R^(1)COCHCOR^(2))_(3)で表される化合物であるのが好ましい。
式(I)中、R^(1)およびR^(2)は、それぞれ独立して炭素数1?10のアルキル基またはフェニル基を表す。R^(1)およびR^(2)における炭素数1?10のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、t-ブチル基などを挙げることができる。
より好ましく用いられるインジウム化合物は、インジウムトリスアセチルアセトナート(In(CH_(3)COCHCOCH_(3))_(3))である。」

(5)「[0023] 原料液に用いられる溶媒は、インジウム化合物とスズ化合物とを溶解できるものであれば特に制限されない。例えば、アセチルアセトンなどのβ-ジケトン化合物、アセト酢酸メチル、アセト酢酸エチルなどのβ-ケトン酸エステル化合物、マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチルなどのβ-ジカルボン酸エステル化合物などを挙げることができる。これらの中でも、アセチルアセトンは、本発明の効果が大きく顕れるので好ましい。」

(6)「[0027] 本発明において使用されるパイロゾル法は、スプレー熱分解法の一種である。スプレー熱分解法は、一般に、溶液(原料液)を霧化し、基板を加熱装置で加熱し、加熱された基板に霧化物を接触させ、該基板上にて原料液中の化合物を熱分解させて成膜することを含むものである。原料液を霧化する方法としては、スプレーノズルを使用したもの、超音波振動を使用したものなどが挙げられる。パイロゾル法では、超音波振動で原料液を霧化させる。」

(7)「[0028] 本発明の製造方法においては、前記霧化物を、移動させるためにキャリアガスを流すことが好ましい。そして、加熱された基板8に霧化物を接触させることが好ましい。キャリアガスの流量は供給通路4において層流を成すように調整することが好ましい。キャリアガスとしては、酸化性ガスが好ましい。好ましい酸化性ガスとしては、酸素、空気などが挙げられる。また、キャリアガスは乾燥させたものであることが好ましい。」

ここで、上記(1)及び(2)によれば、透明導電膜としてITO(スズドープ酸化インジウム)膜を用いた場合の積層体の製造方法は、基板上に、インジウム化合物とスズ化合物とを含有する原料液を用いて、パイロゾル法によってITO膜を作製することを含むものである。
より詳細には、上記(3)及び(6)によれば、インジウム化合物とスズ化合物とを含有する原料液を霧化し、加熱された基板に霧化物を接触させ、該基板上にてインジウム化合物とスズ化合物を熱分解させてITO膜を作製する。
そして、上記(4)によれば、インジウム化合物としてインジウムトリスアセチルアセトナートが用いられ、また、上記(5)によれば、原料液に用いられる溶媒としてアセチルアセトンが用いられる。
また、上記(7)によれば、霧化物を移動させるためにキャリアガスを流して基板に霧化物を接触させる。

以上によれば、引用文献2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されている。
「透明導電膜としてITO(スズドープ酸化インジウム)膜を用いた積層体の製造方法であって、インジウム化合物としてインジウムトリスアセチルアセトナートと、スズ化合物とを含有し、アセチルアセトンが用いられた原料液を霧化し、キャリアガスを流して霧化物を移動させて加熱された基板に接触させ、基板上にてインジウム化合物とスズ化合物を熱分解させてITO膜を作製する、積層体の製造方法。」

3 引用文献3
令和1年12月20日付け拒絶理由通知書の拒絶の理由2で引用された引用文献3には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

(1)「【0023】
以下、添付図面を参照して、白金、金又はパラジウムの薄膜又は基板形成に関する形態、酸化物薄膜の成膜に関する形態を説明する。好ましい実施形態の一つである、ミストCVD法を用いたもので説明する。なお、各図において同一の符号を付した構成要素は同一であるものとする。」

(2)「【0027】
2 . 酸化物薄膜の成膜
<原料>
結晶性酸化物の原料については特に限定しないが、ガリウム化合物とインジウム化合物、アルミニウム化合物のいずれか、又はこれらを組み合わせた金属化合物を材料として用いることができる。ガリウム金属やインジウム金属を出発材料として成膜直前にガリウム化合物やインジウム化合物を形成しても良い。ガリウム化合物とインジウム化合物には、有機錯体やハロゲン化物をはじめ、非常に多くの種類のものがあるが、本実施形態では、ガリウム化合物、インジウム化合物としてはガリウムアセチルアセトナート、インジウムアセチルアセトナートを用い、アルミニウム化合物としてはアルミニウムアセチルアセトナートを用いる。
【0028】
原料溶液の溶媒は、水、過酸化水素水、有機溶媒であることが好ましい。原料溶液中には、ドーパント化合物を添加することができ、これによって、形成される薄膜に導電性を付与することができるため、半導体層として利用することができる。」

(3)「【0031】
<微粒子化>
原料溶液を微粒子化して原料微粒子を生成する方法は、特に限定されないが、原料溶液に超音波振動を印加して微粒子化する方法が一般的である。また、これ以外の方法でも、例えば、原料溶液を噴霧することによって原料溶液を微粒子化することによっても原料微粒子を生成することができる。
【0032】
<キャリアガス>
キャリアガスは、例えば窒素であるが、アルゴン、酸素、オゾン、空気などのガスを用いてもよい。また、キャリアガスの流量は、特に限定されないが、例えば、0.1?50L/minである。原料溶液に有機溶媒を使用するときは酸素元素を含む酸素、オゾン等のガスを用いることが好ましい。
【0033】
<成膜室・被成膜試料・成膜>
原料微粒子は、キャリアガスによって成膜室に供給され、成膜室において反応が起こって成膜室内に載置された被成膜試料上に薄膜が形成される。被成膜試料上に形成される薄膜は、酸化物結晶(好ましくは酸化物単結晶)の薄膜である。」

(4)「【0035】
成膜時の成膜室の加熱温度は、原料溶液に含まれる原料溶質(ガリウム化合物、インジウム化合物等)を化学反応させることができる温度であれば特に限定されず、例えば300?1500℃であり、400?700℃が好ましく、450?550℃がさらに好ましい。加熱温度が低すぎると原料溶質の反応速度が遅くて成膜速度が遅くなり、加熱温度が高すぎると、形成された薄膜のエッチング速度が大きくなってしまって成膜速度が遅くなってしまうからである。加熱温度は、具体的には例えば、300、350、400、450、500、550、600、650、700、750、800、900、1000、1500℃であり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。ただし、酸化物薄膜がコランダム構造(α層)である場合、成膜温度が高温の場合はβ相が成長しやすいため、α相単相を得たい場合は温度ごとに、溶液の濃度および、組成、成膜時の流量などの条件の最適化が必要である。酸化物薄膜は、いずれも単一組成膜であっても混晶膜であってもよい。混晶膜とする場合は、2種類以上の溶質を混合した溶液13aからミストを発生させるか、または、別々に発生させた2種類以上のミストを同時に成膜室16に導入すればよい。」

そして、上記(1)によれば、酸化物薄膜は、ミストCVD法を用いて成膜される。ここで、上記(2)によれば、酸化物薄膜は、半導体層として利用することができるから、半導体膜といえる。
また、ミストCVD法は、上記(3)によれば、原料溶液を微粒子化して原料微粒子を生成し、原料微粒子をキャリアガスによって成膜室に供給し、成膜室において反応が起こって成膜室内に載置された被成膜試料上に薄膜を形成する方法である。ここで、上記(4)によれば、成膜室は原料溶液に含まれる原料溶質を化学反応させることができる温度に加熱されているから、前記反応は加熱による熱反応といえる。

そうすると、引用文献3には次の技術事項が記載されている。
「原料溶液を微粒子化して原料微粒子を生成し、原料微粒子をキャリアガスによって成膜室に供給し、成膜室において加熱による熱反応が起こって成膜室内に載置された被成膜試料上に薄膜を形成するミストCVD法により、半導体膜を成膜すること。」

第5 対比・判断
1 引用文献1を主引用例とする場合
(1)対比
本願発明と引用発明1を対比する。
ア 引用発明1の「膜形成用基板」は、本願発明の「基体」に相当する。また、引用発明1の「透明導電膜」は、フッ素がドープされたSnO_(2)膜を用いたものであり、SnO_(2)が主成分であるといえるから、本願発明の「金属酸化物を主成分として含む透明導電膜」に相当する。
そして、引用発明1において「膜形成用基板の表面にフッ素がドープされたSnO_(2)膜を形成」したものは、膜形成用基板上にSnO_(2)膜を積層した積層構造体といえるから、引用発明1と本願発明とは、「基体上に金属酸化物を主成分として含む透明導電膜を積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法」である点で共通する。
ただし、本願発明は「透明導電膜と半導体膜とを積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記半導体層の積層を、原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて成膜することにより行う」のに対して、引用発明1は半導体膜を積層する工程の特定がされていない点で相違する。

イ 引用発明1の「錫」及び「ドープ材料としてのフッ素化合物」は、本願発明の「原料として」の「金属」及び「ドーパント」に相当する。そして、引用発明1の「ソース材料としての錫化合物に、二塩化ジメチル錫、錫のカルボン酸塩又は錫のβ-ジケトン錯体を用い、当該錫化合物とドープ材料としてのフッ素化合物とを水または有機溶媒に溶解させたソース溶液」は、二塩化ジメチル錫と錫のカルボン酸塩は塩、錫のβ-ジケトン錯体は錯体であるから、本願発明の「前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液」に相当する。

ウ 引用発明1の「霧化微粒子」は、本願発明の「ミスト」に相当する。また、引用発明1の「熱分解」は、本願発明の「熱反応」に相当する。さらに、引用発明1のSnO_(2)膜は、引用文献1の【0019】に「SnO_(2)の結晶粒子径」という記載があることから、結晶膜といえる。
そうすると、引用発明1の「ソース溶液を霧化して微粒子化し、当該霧化微粒子をキャリアガスとしての空気とともにマッフル炉内に導入し、あらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより、微粒子化された溶液中の化合物を熱分解して、当該膜形成用基板の表面にフッ素がドープされたSnO_(2)膜を形成させる」方法は、本願発明の「原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法」に相当する。
したがって、引用発明1と本願発明とは、「前記透明導電膜の積層を、前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法を用いて前記透明導電膜を成膜することにより行」う点で一致する。

したがって、本願発明と引用発明1とは、
「 基体上に金属酸化物を主成分として含む透明導電膜を積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記透明導電膜の積層を、前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法を用いて前記透明導電膜を成膜することにより行うことを特徴とする積層構造体の製造方法。
」の点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本願発明は「透明導電膜と半導体膜とを積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記半導体層の積層を、原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて成膜することにより行う」のに対して、引用発明1は半導体膜を積層する工程の特定がされていない点。

(2)判断
上記相違点について検討する。
透明導電膜上に半導体膜を積層することは普通に行われているから(必要であれば、引用文献1の【0014】や、特開2013-149848号公報の【0003】、【0004】、【0041】を参照)、引用発明1において形成したSnO_(2)膜上に半導体膜を積層することは、当業者が容易になし得たことである。また、その際に、上記引用文献3に記載されているように半導体膜をミストCVD法により成膜することは、当業者にとって格別の困難性を伴うものではなく、それによる効果も予測し得る範囲内のものである。

なお、請求人は、令和2年2月21日提出の意見書において「引用文献1に記載の硫化カドミウム膜は、通常、有機硫黄カドミウム錯体の蒸気を熱分解させて成膜したり(引用文献1の[0014]、特許第3461620号の請求項1)、印刷・焼結法で成膜したり(特許第3366175号の段落[0005]?[0007]等ご参照)します。そのため、いかに当業者であっても、引用文献1から本発明を導き出すことは困難です。」と主張する。
上記主張について、引用文献1から引用発明1として認定したものは、SnO_(2)膜を形成させる透明導電膜の製造方法であって、引用文献1の【0014】の記載は、透明導電膜を太陽電池に適用した一例に過ぎず、透明導電膜上に何を形成するかはこれに限ったものではない。
よって、上記請求人の主張は採用できない。

したがって、本願発明は、引用発明1及び引用文献3に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。


2 引用文献2を主引用例とする場合
(1)対比
本願発明と引用発明2を対比する。
ア 引用発明2の「基板」は、本願発明の「基体」に相当する。また、引用発明2の「透明導電膜」は、ITO(スズドープ酸化インジウム)膜を用いており、酸化インジウムが主成分であるといえるから、本願発明の「金属酸化物を主成分として含む透明導電膜」に相当する。そして、引用発明2の「積層体」は基板上にITO膜を作製したものであるから、本願発明の「積層構造体」に相当する。
したがって、引用発明2と本願発明とは、「基体上に金属酸化物を主成分として含む透明導電膜を積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法」である点で共通する。ただし、本願発明は「透明導電膜と半導体膜とを積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記半導体層の積層を、原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて成膜することにより行う」のに対して、引用発明2は半導体膜を積層する工程の特定がされていない点で相違する。

イ 引用発明2の「インジウム」及び「スズ化合物」は、本願発明の「原料として」の「金属」及び「ドーパント」に相当する。そして、引用発明2の「インジウムトリスアセチルアセトナートと、スズ化合物とを含有し、アセチルアセトンが用いられた原料液」は、インジウムトリスアセチルアセトナートは塩、アセチルアセトンは有機溶媒であるから、本願発明の「前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液」に相当する。

ウ 引用発明2の「霧化物」は、本願発明の「ミスト」に相当する。また、引用発明2の「熱分解」は、本願発明の「熱反応」に相当する。さらに、引用発明2のITO膜は、引用文献2の[0049]に「原料液を800kHzの超音波により微小の液滴(霧)とし」、「微小液滴を基板上に堆積且つ結晶化させてITO膜を成膜した」という記載があることから、結晶膜といえる。
そうすると、引用発明2の「原料液を霧化し、キャリアガスを流して霧化物を移動させて加熱された基板に接触させ、基板上にてインジウム化合物とスズ化合物を熱分解させてITO膜を作製する」方法は、本願発明の「原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法」に相当する。
したがって、引用発明2と本願発明とは、「前記透明導電膜の積層を、前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法を用いて前記透明導電膜を成膜することにより行」う点で一致する。

したがって、本願発明と引用発明2とは、
「 基体上に金属酸化物を主成分として含む透明導電膜を積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記透明導電膜の積層を、前記金属酸化物の原料として金属が錯体または塩の形態で有機溶媒または水に溶解または分散しており、さらに、ドーパントを含む原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて結晶膜を成膜するミストCVD法を用いて前記透明導電膜を成膜することにより行うことを特徴とする積層構造体の製造方法。
」の点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本願発明は「透明導電膜と半導体膜とを積層する工程を少なくとも含む積層構造体の製造方法であって、前記半導体層の積層を、原料溶液を霧化または液滴化して生成されるミストまたは液滴を、キャリアガスでもって前記基体まで搬送し、ついで前記基体上で該ミストまたは該液滴を加熱により熱反応させて成膜することにより行う」のに対して、引用発明2は半導体膜を積層する工程の特定がされていない点。

(2)判断
上記相違点について検討する。
透明導電膜上に半導体膜を積層することは普通に行われているから(必要であれば、引用文献1の【0014】や、特開2013-149848号公報の【0003】、【0004】、【0041】を参照)、引用発明2において作製したITO膜上に半導体膜を積層することは、当業者が容易になし得たことである。また、その際に、上記引用文献3に記載されているように半導体膜をミストCVD法により成膜することは、当業者にとって格別の困難性を伴うものではなく、それによる効果も予測し得る範囲内のものである。

したがって、本願発明は、引用発明2及び引用文献3に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献3に記載の技術事項、又は引用文献2に記載された発明及び引用文献3に記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2020-05-29 
結審通知日 2020-06-02 
審決日 2020-06-16 
出願番号 特願2017-50628(P2017-50628)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 和田 財太  
特許庁審判長 國分 直樹
特許庁審判官 酒井 朋広
石川 亮
発明の名称 透明導電膜および積層構造体の製造方法  

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