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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  B43K
審判 全部申し立て 特174条1項  B43K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B43K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B43K
審判 全部申し立て 2項進歩性  B43K
管理番号 1364911
異議申立番号 異議2019-700860  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-30 
確定日 2020-07-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6509559号発明「水性ボールペン」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6509559号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1ないし6〕について訂正することを認める。 特許第6509559号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等
特許第6509559号((以下,「本件特許」という。)の請求項1ないし6に係る特許についての出願は,平成26年12月26日を出願日とする特願2014-266069号であって,平成31年4月12日に,その特許権の設定登録がされ,特許掲載公報が令和1年5月8日に発行され,その後,その特許に対し,特許異議申立人松永健太郎(以下,「異議申立人」という。)により同年10月30日に特許異議の申立てがされた。
その後,当審において,同年12月20日付けで取消理由が通知され,これに対して,特許権者から,令和2年2月25日に訂正の請求(以下,「本件訂正請求」という。)がなされるとともに,意見書(以下,「特許権者意見書」という。)の提出がなされ,これに対して,異議申立人から,同年4月7日に意見書(以下,「異議申立人意見書」という。)の提出がなされたものである。
なお,本件特許についての特許出願における出願後から特許査定までの主な手続の経緯はつぎのとおりである。
平成29年 9月22日 手続補正書の提出
平成30年10月11日付け 拒絶理由の通知
平成30年11月29日 手続補正書の提出
意見書の提出
平成31年 3月28日付け 特許査定

第2 本件訂正請求について
1 本件訂正請求の内容について
本件訂正請求は,訂正請求書の記載によれば,その請求の趣旨を「特許第6509559号の特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1ないし6について訂正することを求める。」とするものであり,訂正の内容はつぎのとおりのものである。(訂正事項1及び2における下線は,訂正箇所を示すために当審で付加した。)
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μmであり,」とある記載を,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し,45μmである場合を除く)であり,」と訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1において,「有機樹脂粒子がメラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,」とある記載を,「有機樹脂粒子は,平均粒子径が15μm以下であり,メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,」と訂正する。

なお,特許請求の範囲の請求項2ないし6の記載は,上記請求項1の訂正事項1及び訂正事項2による訂正に連動して訂正される。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明について,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量」が「25?45μm」の範囲であると特定されていたものから,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量」が「45μm」である場合を除くものとするものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものであって,それにより,特許請求の範囲を実質的に変更し,又は,拡張するものに該当しないことは明らかである。
また,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量」が「25?45μm」と規定されているものから,「45μm」である場合を除くものとしたことにより,新たな技術的意義が導入されるものとはならないことも明らかであるから,訂正事項1は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,それぞれを「本件特許明細書」,「本件特許請求の範囲」,「本件特許図面」といい,これらを総称して,「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内でするものである。
以上のことから,訂正事項1の目的は,特許法第120条の5第2項第1号に該当するものであり,訂正事項1による訂正は,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に規定する要件に適合するものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明の「有機樹脂粒子」を「平均粒子径が15μm以下」であるものに限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものであって,それにより,特許請求の範囲を実質的に変更し,又は,拡張するものに該当しないことは明らかである
そして,「有機樹脂粒子」の「平均粒子径が15μm以下」であることについては,本件特許明細書の段落【0013】に「そこで,本発明では,平均粒子径が15μm以下である粒子を含有することで,前記ボールとチップ先端の内壁との間の隙間に物理的な障害を起こして,インキ漏れを抑制することを可能とし,さらに,無機粒子と比較して硬度が低いことから,粒子同士が一部変形などして,お互い密着することで,微弱な凝集により形成された構造を生じることにより,静置時のインキ漏れに対しての抵抗作用の高い構造をインキ中で形成することで,高いインキ漏れ抑制を可能とする。一方で,微弱な凝集により形成された構造のため,筆記時にはボールの回転などの物理作用により凝集構造は解砕されるため,筆記時のインキ流動性を阻害することなく,良好に筆記することで,濃い筆跡を得ることが可能である。さらに,平均粒子径が15μm以下である有機樹脂粒子は,ボールとボール座との間に入り込み,直接接触しづらくするため,ボールの回転抵抗を緩和し,ボール座の摩耗を抑制することが可能である。そのため,平均粒子径が15μm以下である有機樹脂粒子を含有することが重要である。」と記載されていることから,訂正事項2は,本件明細書等に記載した事項の範囲内でするものであることは明らかである。
以上のことから,訂正事項2の目的は,特許法第120条の5第2項第1号に該当するものであり,訂正事項2による訂正は,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に規定する要件に適合するものである。
また,請求項1について訂正することに連動する請求項2ないし6についての訂正も,特許法第120条の5第2項第1号に該当するものであり,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に規定する要件に適合するものである。
なお,本件特許請求の範囲の請求項1ないし6に係る特許は,いずれも本件特許異議の申立ての対象となっているものであるから,同法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する要件は課されるものではなく,また,本件特許請求の範囲の請求項2ないし6は,いずれも訂正前の同請求項1を引用するものであるから,本件訂正請求に係る請求項1ないし6は一群の請求項を構成するものであり,本件訂正請求は,一群の請求項についてするものである。

3 本件訂正請求についてのまとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に該当し,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから,結論のとおり,本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1ないし6]について訂正することを認める。

第3 本件訂正特許発明について
本件の請求項1ないし6に係る特許についての各発明は,上記第2のとおり,本件訂正請求による訂正が認められるから,本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下,それぞれの特許発明を,「本件訂正特許発明1」?「本件訂正特許発明6」という。)

「【請求項1】
インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して装着し,前記インキ収容筒内に少なくとも水,顔料粒子,有機樹脂粒子,剪断減粘性付与剤からなる水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペンであって,ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し,45μmの場合を除く)であり,
有機樹脂粒子は,平均粒子径が15μm以下であり,メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,0.1?5.0質量%であることを特徴とする水性ボールペン。
【請求項2】
前記水性ボールペン用インキ組成物のインキ粘度が,20℃,剪断速度1.92sec^(-1)において,1000?5000mPa・sであることを特徴とする請求項1に記載の水性ボールペン。
【請求項3】
前記水性ボールペン用インキ組成物にデキストリンを含有することを特徴とする請求項1または2に記載の水性ボールペン。
【請求項4】
前記水性ボールペン用インキ組成物にリン酸エステル系界面活性剤を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の水性ボールペン。
【請求項5】
前記水性ボールペン用インキ組成物に,フッ素系界面活性剤含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の水性ボールペン。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の水性ボールペンを軸筒内に摺動自在に配設し,前記ボールペンチップのチップ先端部を前記軸筒先端部から出没可能とした出没式の水性ボールペンであることを特徴とする水性ボールペン。」

第4 本件特許異議申立ての理由の概要
1 異議申立理由1
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は,甲1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
したがって,本件請求項1ないし6に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであって,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。
甲1号証:特開2011-178973号

2 異議申立理由2
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は,甲1号証に記載された発明並びに甲2号証及び甲3号証に記載されている技術常識に基づいて,又は,甲2号証に記載された発明及び甲4ないし7号証から把握される周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本件請求項1ないし6に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであって,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。
甲1号証:特開2011-178973号公報
甲2号証:特開2014-51630号公報
甲3号証:特開2014-240495号公報
甲4号証:ポリオレフィン水性ディスパージョン ケミパール,三井化学株式会社,2011年2月1日発行
甲5号証:特開平5-339534号公報
甲6号証:特開2013-103986号公報
甲7号証:特開平11-343443号公報

3 異議申立理由3
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されていないから,本件特許請求の範囲の請求項1ないし6の記載は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって,本件請求項1ないし6に係る特許は,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって,同法第113条第4号に該当し,取り消されるべきものである。

4 異議申立理由4
本件特許に係る特許出願の出願手続において,平成29年9月22日付けで提出された手続補正書による手続補正の内容は,当該特許出願の願書最初に添付した明細書,特許請求の範囲,又は図面に記載された事項の範囲内でしたものではないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
したがって,本件請求項1ないし6に係る特許は,同項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであって,特許法第113条第1号に該当し,取り消されるべきものである。

第5 取消理由の概要
令和1年12月20日付けで当審より通知した取消理由は,取消理由1(上記異議申立理由1),取消理由2(上記異議申立理由2),取消理由3(上記異議申立理由3),及び,取消理由4(上記異議申立理由4)である。

第6 当審の判断
1 取消理由1(特許法第29条第1項第3号違反)について
(1) 証拠の記載について
ア 甲1号証について
本件特許に係る出願の出願日前に出願公開がされた甲1号証(特開2011-178973号公報)には,以下の事項が記載されている(下線は,当審で付した。以下同じ。)。

(ア) 「【技術分野】
【0001】
本発明は,ボールペン用水性インク組成物及びそれを用いたボールペン関し,更に詳しくは,水性ボールペンのペン先を下向きにして放置した場合において,しばしば発生するインクの自然流出現象(以下,本願においては「直流」という)を防止すると共に,描線割れ,部分的なカスレの発生,及び長時間キャップオフ後のインクの目詰まり(ドライアップ),短時間キャップオフ後の書き出し不良(初筆性の低下)もなく,筆記性能に優れるボールペン用水性インク組成物及びそれを用いた水性ボールペンに関する。」

(イ) 「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は,上記従来技術の課題などに鑑み,これを解消しようとするものであり,水性ボールペンのペン先を下向きにして放置した場合においも,直流を防止すると共に,描線割れ,部分的なカスレの発生,及び長時間キャップオフ後のインクの目詰まり(ドライアップ)や,短時間キャップオフ後の書き出し不良(初筆性の低下)もなく,筆記性能に優れるボールペン用水性インク組成物及びそれを用いた水性ボールペンを提供することを目的とする。」

(ウ) 「【0024】
用いることができる分散剤としては,例えば,ノニオン系,アニオン系の界面活性剤や水溶性樹脂等が挙げられる。水溶性樹脂としては,例えば,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,アクリル酸共重合体,マレイン酸樹脂,ポリビニルピロリドン,ポリエチレンオキサイド,水溶性アクリル樹脂,水溶性スチレン-アクリル樹脂などの合成水溶性高分子や,アクリル樹脂,アルキッド樹脂,ビニル樹脂,ポリエステル樹脂,スチレン樹脂,マレイン酸樹脂,ウレタン樹脂などの水分散性エマルジョン等が挙げられる。
潤滑剤としては,顔料の表面処理剤にも用いられる多価アルコールの脂肪酸エステル,糖の高級脂肪酸エステル,ポリオキシアルキレン高級脂肪酸エステル,アルキル燐酸エステルなどのノニオン系や,高級脂肪酸アミドのアルキルスルホン酸塩,アルキルアリルスルホン酸塩などのアニオン系,ポリアルキレングリコールの誘導体やフッ素系界面活性剤,ポリエーテル変性シリコーンなどが挙げられる。また,防錆剤としては,ベンゾトリアゾール,トリルトリアゾール,ジシクロへキシルアンモニウムナイトライト,サポニン類など,pH調整剤としては,アンモニア,尿素,トリエターノールアミン,アミノメチルプロパノール,水酸化ナトリウムなど,防腐剤もしくは防菌剤としては,フェノール,ナトリウムオマジン,安息香酸ナトリウム,ベンズイミダゾール系化合物などが挙げられる。」

(エ) 「【0027】
次に,本発明の水性ボールペンは,水性ボールペンとして一般的な構成,例えば,金属製チップを備えた樹脂製のインク収容管と,これに内蔵された上記本発明のボールペン用水性インク組成物及び筆記具本体(軸体)を含むノック式,非ノック式(キャップ式)の各種ボールペン構成を採用することができ,その製造は常法に従い行なうことが可能である。
本発明では,水性ボールペン用インク組成物を搭載するので,インク追従体が搭載された各種ボールペン構成を採用することが特に好ましい構成となるものである。
インク追従体を用いる場合には,本発明の特有の作用効果を発揮する上記ボールペン用水性インク組成物を用いるので,当該インクの機能を損なわず,かつ,該インクと相溶しないインク追従体を用いることが望ましいものとなる。」

(オ) 「【0031】
また,粒子径の大きな色材を使用する場合において,良好なインク流出性を確保するという点から,ボールペンチップのボールとボール受け座とのクリアランスを20μm以上とする必要が生じるが,クリアランスが20μm以上になると,インク流路が拡大するため直流が生じやすくなる。本発明によれば,このようなクリアランスの大きなボールペンチップであっても,良好に直流を防止することが可能となる。このメカニズムの詳細は不明だが,単純に粒子の大きさや量ではなく,粒子同士や顔料等との相互作用によるものと推測される。
なお,本発明において,「ボールペンチップのボールとボール受け座とのクリアランス」とは,図1に示すように,ボール1の上下方向の移動距離Lをいう。
なお,図1中,2はボール保持部,3はボールハウス,4はカシメ部,5はインク誘導孔,6はインク溝,7はボール受け座である。
また,図2は,本発明の水性ボールペンのリフィールホルダーの一例を示す断面図である。図中10は,インク収容管,20は本発明のボールペン用水性インク組成物,30はインク追従体,40はペン先部とインク収容管の継ぎ手部材,41はペン先部(ボールペンチップホルダー)である。」

(カ) 「【0034】
次に,実施例及び比較例により本発明を更に詳細に説明するが,本発明は下記実施例等に限定されるものではない。
【0035】
〔実施例1?7及び比較例1?4〕
(インクの処方:インク種1?9)
下記表1に示す配合処方(樹脂粒子:A1?A-6,色材:B-1?4,増粘剤,防錆剤,防腐剤,pH調整剤,溶剤,水)にしたがって,常法により各ボールペン用水性インク組成物を調製した。
【0036】
(水性ボールペンの作製)
上記で得られたインク種1?9,下記表2に示すチップ種(チップ1?3),インク追従体を用いて水性ボールペンを作製した。具体的には,ボールペン〔三菱鉛筆株式会社製,商品名:シグノUM-100〕の軸を使用し,内径3.8mm,長さ113mmポリプロピレン製インク収容管とステンレス製チップ(超硬合金ボール,チップ種1?3)及び該収容管と該チップを連結する継手からなるリフィールに上記インク種1?9のインクを充填し,インク後端にインク追従体を装填し,水性ボールペンを作製した。
得られた実施例1?7及び比較例1?4の水性ボールペンを用いて,下記各評価方法でカスレ,線割れ,ノンドライ,初筆性,直流,0?100メートル(M)当たりのインク流出量(mg)の評価を行った。
これらの結果を下記表2に示す。」

(キ) 「【0043】
【表1】



(ク) 「【0044】
【表2】



(ケ) 上記(カ)における「ボールペン〔三菱鉛筆株式会社製,商品名:シグノUM-100〕の軸を使用し,内径3.8mm,長さ113mmポリプロピレン製インク収容管とステンレス製チップ(超硬合金ボール,チップ種1?3)及び該収容管と該チップを連結する継手からなるリフィールに上記インク種1?9のインクを充填し,インク後端にインク追従体を装填し」た「水性ボールペン」について,ステンレス製チップがボールを回転自在に抱持しており,当該チップがインク収容管の先端部に継手を介して装着されていることは,技術常識から見て明らかである。

(コ) 上記(ク)より,【表2】には,比較例4として,インキ種9及び,クリアランスが45μmであるチップ種2を用いた水性ボールペンが記載されている。
また,上記(オ)より,「ボールペンチップのボールとボール受け座とのクリアランス」とは,ボールの上下方向の移動距離のことであるから,比較例4の水性ボールペンは,ボールペンチップのボールの上下方向の移動距離が45μmであるといえる。

(サ) したがって,上記(ア)?(コ)から,甲1号証には以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。

「インク収容管の先端部にボールを回転自在に抱持したチップを継手を介して装着し,前記インク収容管内に少なくとも,水,マイクロカプセル型顔料,樹脂粒子,キサンタンガムからなる増粘材,からなるボールペン用水性インク組成物を充填してなる水性ボールペンであって,ボールペンチップのボールの上下方向の移動距離が45μmであり,
樹脂粒子が粒子径0.6μmの低分子ポリエチレンであり,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,3質量%である水性ボールペン。」

(2) 当審の判断
ア 本件訂正特許発明1について
(ア)本件訂正特許発明1と甲1発明との対比
a 甲1発明の「インク収容管」,「ボール」,「チップ」,「継手」,「水」,「マイクロカプセル型顔料」,「樹脂粒子」,「キサンタンガムからなる増粘材」,「ボールペン用水性インク組成物」,「水性ボールペン」は,それぞれ,本件訂正特許発明1の「インキ収容筒」,「ボール」,「ボールペンチップ」,「チップホルダー」,「水」,「顔料粒子」,「有機樹脂粒子」,「剪断減粘性付与剤」,「水性ボールペン用インキ組成物」,「水性ボールペン」に相当する。

b 甲1発明の「インク収容管の先端部にボールを回転自在に抱持したチップを継手を介して装着」することは,本件訂正特許発明1の「インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップをチップホルダーを介して装着」することに相当する。

c 甲1発明の「ボールペン用水性インク組成物を充填してなる水性ボールペン」は,本件訂正特許発明1の「水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペン」に相当する。

d 本件訂正特許発明1の「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し,45μmの場合を除く。)」であることと,甲1発明の「ボールペンチップのボールの上下方向の移動距離が45μm」であることとは,「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が存在する」ものである限りにおいて共通するものといえる。

e 甲1発明の「粒子径0.6μmの低分子ポリエチレン」である「樹脂粒子」は,「ポリエチレン樹脂」であるところ,甲1発明の「樹脂粒子が粒子径0.6μmの低分子ポリエチレンであり,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,3質量%である」ことは,本件訂正特許発明1の「有機樹脂粒子は,平均粒子径が15μm以下であり,メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,0.1?5.0質量%であること」に相当する。

f よって,本件訂正特許発明1と甲1発明とは以下の点で一致し,つぎの相違点で相違する。
<一致点>
「インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して装着し,前記インキ収容筒内に少なくとも水,顔料粒子,有機樹脂粒子,剪断減粘性付与剤からなる水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペンであって,ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が存在するものであり,
有機樹脂粒子は,平均粒子径が15μm以下であり,メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,0.1?5.0質量%であることを特徴とする水性ボールペン。」

<相違点1>
「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量」に関して,本件訂正特許発明1は「25?45μm(但し,45μmの場合を除く。)」と規定されるのに対して,甲1発明は,「45μm」と規定される点

g 以上のとおり,本件訂正特許発明1と甲1発明は,相違点1において相違するものであって,本件訂正特許発明1は,甲1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。

イ 本件訂正特許発明2について
本件訂正特許発明2は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,本件訂正特許発明2と甲1発明とは,少なくとも上記相違点1において相違するものである。
したがって,本件訂正特許発明2は,甲1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。

ウ 本件訂正特許発明3ないし6について
上記第4の1の異議申立理由1のうち,取消理由1には含まれていなかった理由である本件訂正特許発明3ないし6について判断する。
本件訂正特許発明3ないし6は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,甲1発明とは,少なくとも相違点1において相違するものである。
したがって,本件訂正特許発明3ないし6は,甲1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。

(3)取消理由1及び取消理由1以外の異議申立理由1についてのまとめ
上記のとおり,本件訂正特許発明1ないし6は,特許法第29条第1項第3号定に該当するものではない。
したがって,本件特許請求の範囲の請求項1ないし6は,甲1号証を根拠に特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものとして,取り消すことはできない。

2 取消理由2(特許法第29条第2項違反について)
(1)取消理由2-1(甲1号証を主引用例とする進歩性欠如について)
ア 各証拠の記載について
(ア)甲1号証について
甲1号証に記載された事項は,上記1(1)アのとおりである。

(イ)甲2号証について
本件特許に係る出願の出願日前に出願公開がされた甲2号証(特開2014-51630号公報)には,以下の事項が記載されている。

a 「【技術分野】
【0001】
本発明は,水性ボールペン用インキ組成物に関し,さらに詳細としては,ドライアップ性能と,ボール座の摩耗を抑制した水性ボールペン用インキ組成物およびそれを用いた出没式水性ボールペンに関するものである。」

b 「【0009】
本発明の目的は,ドライアップ性能と,ボール座の摩耗を抑制した水性ボールペン用インキ組成物と出没式水性ボールペンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は,上記課題を解決するために,
「1.少なくとも水,グリコール系溶剤,酸化チタン,デキストリン,剪断減粘性付与剤からなり,前記酸化チタンの含有量が,インキ組成物全量に対し,0.1?15質量%であることを特徴とする水性ボールペン用インキ組成物。
2.前記デキストリンの重量平均分子量が,5000?100000であることを特徴とする第1項に記載の水性ボールペン用インキ組成物。
3.前記水性ボールペン用インキ組成物に,樹脂粒子を含有することを特徴とする第1項または第2項に記載の水性ボールペン用インキ組成物。
4.前記酸化チタンの平均粒子径をA,前記樹脂粒子の平均粒子径をBとした場合,A≦Bであることを特徴とする第3項に記載の水性ボールペン用インキ組成物。
5.前記水性インキ組成物の固形分総量が10?30質量%であり,かつ,前記酸化チタンの固形分量をC,前記樹脂粒子の固形分量をDとした場合,CとDとの関係が,0.1≦C/D≦2.0であることを特徴とする請求項3または4に記載の水性ボールペン用インキ組成物。
6.20℃環境下,剪断速度0.001( sec^(-1))で,インキ粘度が,100?1000Pa・sであることを特徴とする第1項ないし第5項のいずれか1項に記載の水性ボールペン用インキ組成物。
7.第1項ないし第6項のいずれか1項に記載の水性ボールペン用インキ組成物を直詰めしたインキ収容筒の先端部に,チップ本体のボール抱持室にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して具備したボールペンレフィルを,軸筒内に摺動自在に配設し,前記ボールペンチップを前記軸筒の先端開口部から出没可能としたことを特徴とする出没式水性ボールペン。」とする。」

c 「【0016】また,酸化チタンの含有量は,インキ組成物全量に対し,0.1質量パーセント未満だと十分な筆跡遮蔽性が得られず,15.0%以上だと,酸化チタンの量が多すぎて,デキストリンを含有しても,ドライアップ性能の向上が得られず,書き出しにおいてカスレが発生したり,ボール座の摩耗も抑制できないため,0.1?15質量%とする。さらに,ドライアップ性能の向上やボール座の摩耗と筆跡遮蔽性を考慮すれば,5.0質量%から13.0質量%がより好ましい。」

d 「【0025】
樹脂粒子について,具体的には,着色樹脂粒子,中空樹脂粒子,中実樹脂粒子,マイクロカプセル樹脂粒子などが挙げられる。また, 材質は特に限定されず,例えば,アクリル樹脂,スチレン-アクリル樹脂,ポリオレフィン等を含有する樹脂粒子を用いることができる。また,形状についても,球状,もしくは異形の形状のものなどが使用できるが,摩擦抵抗を低減することを考慮すれば,球状樹脂粒子が好ましい。ここでいう球状樹脂粒子とは,真球状に限定されるものではなく,略球状の樹脂粒子や,略楕円球状の樹脂粒子などでも良い。具体的には,ルミコールシリーズ(日本蛍光化学社製),ケミパールシリーズ(三井化学社製)などが挙げられる。
【0026】
また,本発明で用いる水性インキ組成物の固形分総量は,10?30質量%が好ましい。これは,30質量%を超えると,固形分量が多いため,チップ先端の皮膜が固くなりやすいため,ドライアップ性能が劣りやすくなり,10質量%未満だと,筆跡隠蔽性が劣りやすいためである。さらに,前記酸化チタンの固形分量をC,樹脂粒子の固形分量をDとした場合,CとDとの関係が,0.1≦C/D≦2.0が好ましい,2.0<C/Dだと,前記酸化チタンによるボールの回転阻害を抑制しづらく,ドライアップ性能に影響しやすく,0.1>C/Dだと,筆跡隠蔽性が劣りやすいためである。よりその傾向を考慮すれば,0.5≦C/D≦1.5が最も好ましい。」

e 「【0031】
また,潤滑性を向上することで,ボールの回転をスムーズにすることで,ドライアップ性能を向上しやすいために,リン酸エステル系界面活性剤,脂肪酸塩などを用いる方が好ましい。特に,リン酸基を有するリン酸エステル系界面活性剤を用いる方が,好ましい。これは,リン酸基が金属吸着することで,より潤滑性を向上しやすく,筆記時の線とびを抑制し,ドライアップ時においてもカスレが発生しにくい傾向となるためである。」

f 「【0035】
また,その他として,トリエタノールアミン等のpH調整剤,尿素,ソルビット等の保湿剤,ベンゾトリアゾール等の防錆剤,1,2ベンゾイソチアゾリン-3-オン等の防菌剤を添加することができる。また,リン酸エステル系界面活性剤以外のシリコン系,アセチレングリコール系,フッ素系の界面活性剤も濡れ性,耐水性の向上等として添加することが可能で,これらは単独又は2種以上組み合わせて使用することも配合可能である。また,定着剤や分散剤も適宜添加可能で,水溶性樹脂として,アクリル系樹脂,アルキッド樹脂,セルロース誘導体,ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール等や,水中油滴型樹脂エマルジョンとして,アクリル系樹脂,ウレタン系樹脂,スチレン-ブタジエン系樹脂,ポリエステル系樹脂,酢酸ビニル系樹脂等を添加することができる。」

g 「【0039】
実施例2?7
インキ配合を表1に示すように変更した以外は,実施例1と同様な手順で実施例2?7の水性ボールペン用インキ組成物を得た。表1に,インキ配合および評価結果を示す。
【表1】



h 「【0041】
試験および評価
実施例1?7及び比較例1?6で作製した水性インキ組成物を,インキ収容筒の先端にボール径が0.5mmのボールを回転自在に抱持したボールペンチップ(ボールの軸方向の移動量42μm)をチップホルダーに介して具備した肉厚1.0mmであるインキ収容筒内(ポリプロピレン製)に水性ボールペン用インキ組成物及びグリース状のインキ追従体(ポリブテン含有)を直に充填したレフィルを(株)パイロットコーポレーション製のゲルインキボールペン(商品名:G-knock)に装着して,以下の試験および評価を行った。尚,ドライアップ性能試験,耐摩耗試験の評価は,筆記試験用紙としてJIS P3201 筆記用紙Aを用い,以下のような試験方法で評価を行った。」

i 「【0043】
また,本発明に用いるボールペンチップのボールの軸方向の移動量が,30μm?50μmである方が好ましい。30μm未満であると,インキ消費量が少なくなる傾向になり,所望の筆跡隠蔽性が得られづらく,50μmを越えると,インキ消費量が多過ぎる傾向になり,インキ追従性に影響が出やすいためである。


j 「【0051】
本発明のように酸化チタンを用いた場合,水性ボールペン用インキ組成物を直詰めしたインキ収容筒の先端部に,チップ本体のボール抱持室にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して具備したボールペンレフィルを,軸筒内に摺動自在に配設し,前記ボールペンチップを前記軸筒の先端開口部から出没可能としたことを特徴とするノック式水性ボールペンや回転繰り出し式水性ボールペン等においては,キャップ式ボールペンよりも,チップ先端を出したままの状態であり,チップ先端での乾燥固化によるドライアップ性能が重要になるため,本発明の効果が顕著となる。」

k 上記gより,【表1】には,実施例3として,少なくとも水,酸化チタン,MH5055(固形分30%含有,平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子),剪断減粘性付与剤,デキストリン,リン酸エステル系界面活性剤(フェニル骨格なし)からなる水性ボールペン用インキ組成物が記載されている。また,実施例3に関して,MH5055は固形分30%を含有するものであるから,MH5055の含有量である20.0質量部のうち,固形分である球状中空樹脂粒子の含有量は,インキ組成物全量に対し6質量部であるといえる。

m したがって,上記a?kから,甲2号証には以下の発明(以下,「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。

「インキ収容筒の先端にボールを回転自在に抱持したボールペンチップをチップホルダーを介して具備し,前記インキ収容筒内に少なくとも水,酸化チタン,MH5055(固形分30%含有,平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子),剪断減粘性付与剤,デキストリン,リン酸エステル系界面活性剤(フェニル骨格なし)からなる水性ボールペン用インキ組成物を充填した水性ボールペンであって,ボールペンチップのボールの軸方向の移動量が42μmであり,MH5055における球状中空樹脂粒子の含有量を6質量部とした水性ボールペン」

イ 当審の判断
(ア) 本件訂正特許発明1について
a 上記1(2)ア(ア)のとおり,本件訂正特許発明1と甲1発明とは,上記一致点において一致し,相違点1において相違する。

b 相違点1についての判断
甲1発明は甲1号証に記載の比較例4に基づいて認定したものであるところ,甲1号証においては,比較例4と同じインクを用いたものとして比較例2が,比較例4とは異なるインクを用いた比較例1と3が記載されている。
上記1(1)ア(ク)によれば,比較例2は,ボールペンチップの上下方向の移動量に相当するクリアランスが60μmであり,比較例1,比較例3のクリアランスは,それぞれ,30μm,60μmである。
そして,比較例4と比較例2との間では,評価結果は変化がなく,比較例3と比較例1との間では,線割れの評価が,比較例1の方が悪いという結果が示されていることが看て取れる。
これらの結果に接した当業者は,比較例4においてクリアランスを短くすることにより,線割れの評価が悪くなる方向に変化するものと理解するものと解されるから,甲1発明において,クリアランスである「上下方向のボールペンチップのボールの上下方向の移動距離が45μm」であるものをそれよりも小さい移動距離とすることには,阻害要因が存在すると解するのが相当である。
また,甲1発明は,甲1号証において比較例4として甲1号証において記載された解決しようとする課題が解決し得ないものとして記載されたものであるから,甲1号証の記載から,そのような比較例においてクリアランスを変更しようとする動機付けを見いだすことはできない。
そして,上記甲2号証の【0043】,甲3号証(特開2014-240495号公報)の【0060】に記載されているように,水性ボールペン用インキの分野において,ボールペンチップのボールの軸方向の移動量を30μm?50μm程度とすることが技術常識であるとしても,甲1発明においては,技術常識とするクリアランスの範囲である45μmが設定されている以上,それを殊更変更することが動機付けられるものでもない。
以上のとおりであるから,上記相違点1を当業者が容易に想到し得るものということはできない。

c 異議申立人の主張について
異議申立人は,異議申立人意見書において,ボールペンチップの軸方向への移動量を変更することは,たとえば甲1号証の段落【0031】等に記載されているように,良好なインクの流出性を確保する観点から,20μm以上の範囲において適宜なされる設計的事項であり,本件特許明細書には,移動量が45μmである場合と45μm未満である場合とで臨界的意義が存在するものではないことから,上記相違点1は当業者が適宜なし得る程度のことにすぎない旨主張している。
しかしながら,甲1号証の段落【0031】に「良好なインク流出性を確保するという点から」,「クリアランスを20μm以上とする」ことが読み取れるとしても,そのことが,比較例4において,クリアランスを小さくすることにより,線割れの評価が悪くなる方向に変化するものと理解されることに影響するものではない。
また,甲1発明において,クリアランスを45μmより小さくすることに阻害要因が存在することから,相違点1が容易に想到し得るといえないとの判断において,本件特許発明において,ボールペンチップの軸方向の移動量が45μmより小さい範囲と45μmとの間において臨界的意義が存在しないこととは直接関係するものではないから,異議申立人の主張は採用することができない。

d 小括
本件訂正特許発明1は,甲1発明及び甲2及び甲3号証に記載の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,本件訂正特許発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。

(イ) 本件訂正特許発明2ないし6について
上記1(2)イ及びウのとおり,本件訂正特許発明2ないし6と甲1発明とは,少なくとも相違点1において相違するものである。
そして,当該相違点1を当業者が容易に想到し得るものということができないことは,上記(ア)bで検討したとおりである。
したがって,本件訂正特許発明2ないし6は,甲1発明及び甲2号証及び甲3号証に記載の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,本件訂正特許発明2ないし6は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。

(2)取消理由2-2(甲2号証を主引用例とする進歩性欠如について)
ア 証拠の記載について
(ア)甲2号証について
甲2号証に記載された事項は,上記2(1)ア(イ)のとおりである。

イ 当審の判断
(ア) 本件訂正特許発明1について
a 本件訂正特許発明1と甲2発明との対比
(a) 甲2発明の「酸化チタン」は,本件訂正特許発明1の「顔料粒子」に相当する。

(b) 一般に,樹脂は有機物であるところ,甲2発明の「MH5055」における「平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子」は,本件訂正特許発明1の「有機樹脂粒子」であって,「平均粒子径が15μm以下」であることに相当する。

(c) 甲2発明の「インキ収容筒の先端にボールを回転自在に抱持したボールペンチップをチップホルダーを介して具備」することは,本件訂正特許発明1の「インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して装着」することに相当する。

(d) 甲2発明の「インキ収容筒内に少なくとも水,酸化チタン,MH5055(固形分30%含有,平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子),剪断減粘性付与剤,デキストリン,リン酸エステル系界面活性剤(フェニル骨格なし)からなる水性ボールペン用インキ組成物を充填した水性ボールペン」は,本件訂正特許発明1の「インキ収容筒内に少なくとも水,顔料粒子,有機樹脂粒子,剪断減粘性付与剤からなる水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペン」に相当する。

(e) 甲2発明の「ボールペンチップのボールの軸方向の移動量が42μm」であることは,本件訂正特許発明1の「ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し,45μmである場合を除く。)」であることに相当する。

したがって,本件訂正特許発明1と甲2発明とは以下の一致点で一致し,以下の相違点で相違する。

<一致点>
「インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して装着し,前記インキ収容筒内に少なくとも水,顔料粒子,有機樹脂粒子であって平均粒子径が15μm以下,剪断減粘性付与剤からなる水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペンであって,ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し,45μmである場合を除く。)である,水性ボールペン。」

<相違点>
(相違点2)
有機樹脂粒子が,本件訂正特許発明1では,「メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択」されるのに対し,甲2発明では,MH5055(固形分30%含有,平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子)である点。

(相違点3)
インキ組成物全量に対する有機樹脂粒子の含有量が,本件訂正特許発明1では,「0.1?5.0質量%」であるのに対し,甲2発明では,6質量%となっている点。

b 判断
(a) 相違点2について
甲2号証には,【0025】に記載されているとおり,樹脂粒子としてポリオレフィン等を含有するものを用いることができること,及び,具体例として,ケミパールシリーズ(三井化学社製)を用いることが例示されている。ここで,甲4号証(ポリオレフィン水性ディスパージョン ケミパール,三井化学株式会社)に示されるように,ケミパールシリーズは,ポリエチレン樹脂粒子であるケミパールWシリーズ等の各種ポリオレフィン粒子であるといえる。また,甲5号証(特開平5-339534号公報)の【0011】?【0014】,甲6号証(特開2013-103986号公報)の【0028】,及び甲7号証(特開平11-343443号公報)の【0018】に記載されているように,水性ボールペン用インク組成物において,ポリエチレン樹脂粒子であるケミパールWシリーズは当業者において広く一般的に用いられているものであることから,甲2発明において,「MH5055(固形分30%含有,平均粒子径0.5μm球状中空樹脂粒子)」を,これら一般的に用いられているケミパールWシリーズを用いるようにすることが容易に想到し得るといえるかについて検討する。
特許権者が特許権者意見書に添付して提出した乙1号証における本件訂正特許発明の発明者による陳述において,中空樹脂粒子は,中空部を有する特殊な樹脂粒子であり,中空部の空気と壁部の樹脂界面において光が屈折し,白色剤としての性能が発揮される材料として知られていることから,当業者であれば,甲2発明においては,酸化チタンを必須成分とするものであることから,MH5055は,白色を呈する補色剤としての用途で用いられていることが理解できる旨陳述されており,同じく特許権者が提出した乙2号証から「中空樹脂粒子」が,白色剤としての性能が発揮される材料として知られていたことが裏付けられる。
ここで,ケミパールWシリーズのものは,中空樹脂粒子ではないことから,甲2発明の「中空樹脂粒子」を中空樹脂粒子でないケミパールWシリーズに置き換えることが適宜なし得るものと直ちにいうことはできない。
そして,特許権者意見書において,特許権者が主張するように,甲2発明の「MH5055」を用いる甲2発明が,甲2号証記載のその他の実施例に比べて,酸化チタンの配合量が多く,樹脂粒子の配合量も多くされていることに照らせば,甲2発明において,その樹脂粒子をケミパールWシリーズに置き換えた場合には,酸化チタンの配合量や樹脂粒子の配合量を多くする必要が生じることが理解できる。
そうすると,甲2発明において「MHZ5055」を「中空樹脂粒子」でないケミパールWシリーズに置き換えた場合には,酸化チタンの配合量を甲2号証の段落【0016】に記載されているより好ましい範囲である5.0質量%から13.0%の範囲を超えるものとしなければならないと解されるから,甲2発明において,「中空樹脂粒子」である「MH5055」を中空樹脂粒子でないケミパールWシリーズとすることに動機付けを見い出すことはできないし,阻害要因が存在するものというべきである。
してみると,相違点2は,当業者が容易に想到し得るものということはできない。

異議申立人は,異議申立人意見書において,甲2号証に記載された発明は,実施例3に限定されるものではなく,隠蔽性や白色化効率等といったことを課題とするものではないから,樹脂粒子が実施例3で用いられるMH5055に限定されるものでもなければ,酸化チタンの含有量が,実施例3のものに限定されるものでもない旨主張する。
しかしながら,実施例3として記載された甲2発明においては,MH5055が用いられているのであり,当該MH5055をケミパールWシリーズに置き換えることが容易に想到し得ないのであって,甲2号証に記載された発明として,その他の樹脂粒子を用いた実施例が存在することは,当該判断を左右するものではないから,異議申立人の主張は採用することができない。

(b) 相違点3について
また,上記で検討したように,甲2発明において「中空樹脂粒子」である「MH5055」を中空樹脂でないケミパールWシリーズとした場合においては,「中空樹脂粒子」の配合量を多くする必要が生じるから,その場合には,樹脂留意の配合割合を甲2発明の6質量%よりも大きくするものとなるから,そのような場合において,甲2発明の有機樹脂粒子の含有量を6質量%よりも小さいものとすることが適宜なし得るものということはできないから,相違点3は,当業者が容易に想到し得るものということはできない。

c 小括
以上のとおり,本件訂正特許発明1は,甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,本件訂正特許発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。

(イ) 本件訂正特許発明2ないし6について
本件訂正特許発明2ないし6は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,本件訂正特許発明2ないし6と甲2発明とは,少なくとも相違点2及び3において相違するものである。
そして,当該相違点2及び3を当業者が容易に想到し得るものということができないことは,上記(ア)bで検討したとおりである。
したがって,本件訂正特許発明2ないし6は,甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,本件訂正特許発明2ないし6は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。

(3)取消理由2についての小括
上記のとおり,本件訂正特許発明1ないし6は,甲1発明及び甲2及び甲3記載の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。
また,本件訂正特許発明1ないし6は,甲2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものということはできない。
したがって,異議申立人の提出した証拠によっては,本件請求項1ないし6に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものということはできないから,取り消すことはできない。

3 取消理由3(特許法第36条第6項第1号違反)について
(1)取消理由3は,本件訂正請求による訂正前の請求項1ないし6に係る発明(以下,「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。)においては,「有機樹脂粒子の平均粒子径」が特定されていないところ,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載の「比較例7」は,本件特許発明1に含まれるものであり,発明の詳細な説明においては,当該比較例7は,「平均粒子径が15μmを越える有機樹脂粒子であるため,実用上問題となるレベルであった」と記載されていることから,本件特許発明1は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり,本件特許発明2ないし6についても,有機樹脂粒子の平均粒子径を何ら規定していないから,本件特許発明1と同様,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであって,本件特許発明1ないし6は,発明の詳細な説明に記載された発明とは認められないから,本件特許請求の範囲の請求項1ないし6の記載は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。
(2)上記第3において摘示したとおり,本件訂正請求による訂正後の本件訂正特許発明1ないし6において「有機樹脂粒子の平均粒子径が15μm以下」であることが特定されることとなったから,上記取消理由は解消された。
以上より,本件特許請求の範囲の請求項1?6の記載は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさないものとはいえないから,上記取消理由3により,本件特許請求の範囲の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

4 取消理由4(特許法第17条の2第3項違反)について
(1)取消理由4は,平成29年9月22日付け手続補正書により,請求項1及び明細書【0009】中の「有機樹脂粒子の平均粒子径が15μm以下であることを特徴とする水性ボールペン」なる記載が,「有機樹脂粒子がオレフィン系樹脂粒子,含窒素樹脂粒子,アクリル系樹脂粒子,スチレン系樹脂粒子,エポキシ樹脂粒子,ウレタン樹脂粒子,セルロース樹脂粒子,エチレン酢酸ビニル共重合体の中から1種以上選択することを特徴とする水性ボールペン」へと補正され,また,平成30年11月29日付け手続補正書により,請求項1中の「有機樹脂粒子がオレフィン系樹脂粒子,含窒素樹脂粒子,アクリル系樹脂粒子,スチレン系樹脂粒子,エポキシ樹脂粒子,ウレタン樹脂粒子,セルロース樹脂粒子,エチレン酢酸ビニル共重合体の中から1種以上選択することを特徴とする水性ボールペン」なる記載が,「有機樹脂粒子がメラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂,ナイロン樹脂,ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し,かつ,含有量がインキ組成物全量に対し,0.1?5.0質量%であることを特徴とする水性ボールペン。」と補正されたことにより,「有機樹脂粒子」について,その平均粒子径が任意のものを含むものとなったことは,本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「本件当初明細書等」という。)に記載された事項の範囲内でするものではないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないというものである。
(2)上記第3において摘示したとおり,本件訂正請求による訂正後の本件訂正特許発明1ないし6において「有機樹脂粒子の平均粒子径が15μm以下」であることが特定されることとなったから,本件当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとはいえなくなったから,上記取消理由は解消された。
したがって,本件特許請求の範囲の請求項1?6に係る特許は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正がなされた特許出願に対してなされたものということはできないから,取り消すことはできない。

第7 むすび
以上検討したとおり,本件請求項1ないし6に係る特許については,取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては,取り消すことができない。
また,他に請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インキ収容筒の先端部にボールを回転自在に抱持したボールペンチップを直接又はチップホルダーを介して装着し、前記インキ収容筒内に少なくとも水、顔料粒子、有機樹脂粒子、剪断減粘性付与剤からなる水性ボールペン用インキ組成物を収容してなる水性ボールペンであって、ボールペンチップのボールの軸方向への移動量が25?45μm(但し、45μmの場合を除く)であり、
有機樹脂粒子は、平均粒子径が15μm以下であり、メラミン・ホルムアルデヒド樹脂、ベンゾグアナミン・メラミン・ホルムアルデヒド樹脂、ナイロン樹脂、ポリエチレン樹脂の中から1種以上選択し、かつ、含有量がインキ組成物全量に対し、0.1?5.0質量%であることを特徴とする水性ボールペン。
【請求項2】
前記水性ボールペン用インキ組成物のインキ粘度が、20℃、剪断速度1.92sec^(-1)において、1000?5000mPa・sであることを特徴とする請求項1に記載の水性ボールペン。
【請求項3】
前記水性ボールペン用インキ組成物にデキストリンを含有することを特徴とする請求項1または2に記載の水性ボールペン。
【請求項4】
前記水性ボールペン用インキ組成物にリン酸エステル系界面活性剤を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の水性ボールペン。
【請求項5】
前記水性ボールペン用インキ組成物に、フッ素系界面活性剤含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の水性ボールペン。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の水性ボールペンを軸筒内に摺動自在に配設し、前記ボールペンチップのチップ先端部を前記軸筒先端部から出没可能とした出没式の水性ボールペンであることを特徴とする水性ボールペン。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-06-15 
出願番号 特願2014-266069(P2014-266069)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B43K)
P 1 651・ 113- YAA (B43K)
P 1 651・ 55- YAA (B43K)
P 1 651・ 121- YAA (B43K)
P 1 651・ 851- YAA (B43K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大澤 元成  
特許庁審判長 藤本 義仁
特許庁審判官 尾崎 淳史
吉村 尚
登録日 2019-04-12 
登録番号 特許第6509559号(P6509559)
権利者 株式会社パイロットコーポレーション
発明の名称 水性ボールペン  
代理人 中村 行孝  
代理人 砂山 麗  
代理人 浅野 真理  
代理人 宮嶋 学  
代理人 宮嶋 学  
代理人 浅野 真理  
代理人 柏 延之  
代理人 柏 延之  
代理人 中村 行孝  
代理人 砂山 麗  

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