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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  B60K
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B60K
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B60K
管理番号 1366049
異議申立番号 異議2019-700227  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-10-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-03-25 
確定日 2020-07-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6396150号発明「インホイールモータ駆動装置」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6396150号の明細書,特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。 特許第6396150号の請求項1,2,5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯の概略
特許第6396150号の請求項1,2,5に係る特許(以下「本件特許」という。)についての手続の経緯は,概ね,次のとおりである。

1 平成26年9月29日に出願され,平成30年9月7日に特許権の設定登録がされ,平成30年9月26日に特許掲載公報が発行された。

2 平成31年3月25日(受付日)に特許異議申立人トヨタ自動車株式会社より,本件特許に関し特許異議の申立てがされた。

3 令和元年5月27日付けで取消理由が通知され,令和元年7月30日に特許権者より意見書及び訂正請求書が提出され,令和元年10月4日(受付日)に特許異議申立人より意見書が提出された。

4 令和元年10月21日付けで訂正拒絶理由が通知され,令和元年11月26日に特許権者より意見書が提出された。

5 令和2年1月27日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,令和2年3月27日に特許権者より意見書及び訂正請求書が提出された(以下,令和2年3月27日付け訂正請求書に係る訂正を「本件訂正」という。)。
なお,令和2年4月6日付けで特許異議申立人に対し期間を指定して訂正があった旨の通知をしたが(特許法120条の5第5項),期間内に特許異議申立人からは応答がなかった。
また,令和元年7月30日付け訂正請求書は,取り下げられたものとみなす(特許法120条の5第7項)。

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容
本件訂正の請求は,特許第6396150号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?6について訂正することを求めるものであって,その訂正の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に,
「モータ部,減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと,該ケーシングの下方側に配置され,前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え,
前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容したモータ室と,前記減速機部を収容した減速機室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑機構が,前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において,
前記隔壁に,前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けたことを特徴とするインホイールモータ駆動装置。」
と記載されているのを,
「モータ部,減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと,該ケーシングの下方側に配置され,前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え,
前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑機構が,前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において,
前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあり,
前記隔壁に,前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けたことを特徴とするインホイールモータ駆動装置。」
に訂正する。

2 本件訂正の適否について
(1) 訂正の目的
訂正事項1は,本件訂正前の請求項1における,「ケーシング」が,「モータ室」と「減速機室」とに区分する「隔壁」を有する点に関し,「前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有(する)」と,隔壁がモータ室と減速機室とをどのように区分するかを特定するものである。
そして,本件訂正前の請求項1における「隔壁」に関し,「前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあ(る)」と,隔壁に特定の構造の排油口を設けることを特定するものである。
そうすると,訂正事項1は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2) 新規事項の追加の有無
ア 上記「前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有(する)」点について,本件訂正前の請求項1に「前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容したモータ室と,前記減速機部を収容した減速機室とに区分する隔壁を有し」と記載され,本件明細書に「図1に示すように,インホイールモータ駆動装置21は,駆動力を発生させるモータ部Aと,モータ部Aの回転を減速して出力する減速機部Bと,減速部Bからの出力を後輪14(図8,9参照)に伝達する車輪用軸受部Cとを備え,これらはケーシング22に保持されている。…ケーシング22は円環状の隔壁22Aを有しており,この隔壁22Aによりケーシング22の内部空間が,モータ部Aを収容したモータ室R1と,減速機部Bを収容した減速機室R2とに区分されている。」(【0026】)と記載されている。
そして,本件図面の図1に,モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向としたときに,ケーシングの内部空間が隔壁によって軸方向一方向のモータ室と,軸方向他方側の減速機室とに区分されることが記載されている。
イ 上記「前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあ(る)」点について,本件明細書に「上記のインホイールモータ駆動装置21は,さらに,潤滑機構を有する。この潤滑機構は,モータ部Aおよび減速機部Bの各所に潤滑油を供給するものであって,図1に示すように,…ケーシング22の下方に配置され,潤滑油を(一時的に)貯留する油タンク22dと,…ケーシング22に設けた排油口22b,22cと,…を備える。…なお,本実施形態では,モータ部Aの停止時にロータ23bの下端部が浸漬する程度の潤滑油がケーシング22内に貯留されている(図1中に示す油面Nを参照)。」(【0051】)と記載されている。
そして,本件図面の図1に,隔壁22Aの,モータ部Aの停止時における油面Nよりも下方に,モー夕室R1と減速機室R2とに開口する軸方向の排油口22bを設ける点が記載されている。
また,本件明細書に,従来のインホイールモータ駆動装置に関し(図10),「このとき,排油口127を流通する潤滑油量が少なければ,排油口127を介して減速機室101Bとモータ室101Aとの間で空気を行き来させることができるため,減速機室101B内の潤滑油を,モータ室101A,さらには油タンク125に円滑に排出することができる。しかしながら,排油口127を流通する潤滑油量が多い時には,減速機室101Bに潤滑油が滞留し始め,最終的には排油口127が潤滑油で塞がれてしまう。この場合,減速機室101B内の潤滑油の排出効率が低下する。」(【0009】)と記載され,こうした事象は本件特許に係るインホイールモータ駆動装置にも当てはまるものである。
ウ そうすると,訂正事項1に係る本件訂正は,本件明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであって,新規事項を追加するものではない。
(3) また,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものではない。
(4) さらに,本件訂正は訂正前の請求項〔1?6〕という一群の請求項ごとに請求されたものである。
(5) 請求項3,4,6に係る発明の独立特許要件について
前記(1)のとおり,訂正事項1は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,本件訂正後の請求項3,4,6は,本件訂正後の請求項1を引用するものであるから,実質的に,特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正がされたものである。
本件訂正前の請求項3,4,6は特許異議の申立てがされていない請求項であるから,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなくてはならない(特許法120条の5第9項において準用する同法126条7項)。
そこで,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討するに,後記第5のとおり,本件訂正後の請求項1に係る発明は,甲1に記載された発明であるとは認められず,甲1発明,甲3発明及び甲4,5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められないから,本件訂正後の請求項1に係る発明を特定するための事項をすべて含む,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明は,同様の理由により,甲1に記載された発明であるとは認められず,甲1発明,甲3発明及び甲4,5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
また,後記第6のとおり,請求項1,2,5に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められず,明確でないとは認められないから,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明は,同様の理由により,発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められず,明確でないとは認められない。
その他,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないとする理由は特段認められない。
そうすると,本件訂正後の請求項3,4,6に係る発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであると認められる。
(6) まとめ
以上のとおりであるから,本件訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであって,同条4項,同条9項において準用する,同法126条5?7項の規定に適合するので,訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
前記第2のとおり本件訂正は認められるから,請求項1?6に係る発明は,訂正特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される次のとおりである。以下,請求項1,2,5に係る発明を請求項の番号に従って,「本件発明1」などという。
【請求項1】
モータ部,減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと,該ケーシングの下方側に配置され,前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え,
前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑機構が,前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において,
前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあり,
前記隔壁に,前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けたことを特徴とするインホイールモータ駆動装置。
【請求項2】
前記通気路を,前記隔壁のうち,前記モータ部の回転軸の軸線よりも上側の領域に設けたことを特徴とする請求項1に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項3】
前記減速機部の静止側を前記減速機室内で支持した支持手段を有し,該支持手段は,前記隔壁に設けた孔部と,該孔部に一端が嵌合された支持部材とを備え,
前記孔部を前記モータ室および前記減速機室に開口した貫通孔に形成し,該貫通孔を利用して前記通気路を形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項4】
前記減速機部の静止側を前記減速機室内で支持した支持手段を有し,該支持手段は,前記隔壁に設けた孔部と,該孔部に一端が嵌合された支持部材とを備え,
前記孔部を前記隔壁の周方向に離間して複数設け,前記通気路を,周方向で隣り合う前記孔部間に設けられ,前記モータ室および前記減速機室に開口した貫通孔で構成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項5】
前記隔壁は,円環状に形成され,その内径端部に前記モータ部の回転軸を支持する転がり軸受を保持することを特徴とする請求項1?4の何れか一項に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項6】
前記減速機部が,偏心部を有し,前記モータ部の回転軸とトルク伝達可能に連結された減速機入力軸と,前記偏心部の外周に回転自在に保持され,前記減速機入力軸の回転に伴ってその回転軸心を中心とする公転運動を行う曲線板と,公転運動中の前記曲線板の外周部と係合して前記曲線板に自転運動を生じさせる複数の外ピンと,前記曲線板の自転運動を前記車輪用軸受部に連結された減速機出力軸の回転運動に変換する運動変換機構とを備えることを特徴とする請求項1?5の何れか一項に記載のインホイールモータ駆動装置。

第4 取消理由の概要
1 本件特許に対し通知した取消理由(決定の予告)は,概ね,次のとおりである。
(1) 取消理由1
本件発明1,2は,甲第1号証(後記2)に記載された発明であって,特許法29条1項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(2) 取消理由2
本件発明1,2は,甲第1号証に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明5は,甲第1号証及び甲第3号証(後記2)に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
また,本件発明1,2,5は,甲第3号証に記載された発明及び甲第4号証(後記2),甲第5号証(後記2)に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって,本件発明1,2,5は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(3) 取消理由3
本件特許は,特許請求の範囲の記載に不備があるため,特許法36条6項1号,36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり,取り消すべきものである。
すなわち,請求項1,2,5では「排油路」について,減速機室とモータ室との間の排油路が特定されていないから,発明の課題を解決するための手段が反映されておらず,課題を認識し得ない構成を一般的に含み,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであるから,本件発明1,2,5は,発明の詳細な説明に記載したものとは認められない。
また,請求項1,2,5において,本件明細書の記載を考慮しても,減速機室とモータ室との間の排油路に関し,明確に把握することができないから,本件発明1,2,5は,明確でない。

2 証拠方法
特許異議申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。なお,証拠番号に従い,「甲1」などという。
甲1:特開2008-174069号公報
甲2:日本規格協会,“JISハンドブック 59 製図”,一般財団法人日本規格協会,2013年6月21日,第1版,第1刷,p412-413,416-417,420-421
甲3:特開2008-132941号公報
甲4:特開2009-121553号公報
甲5:特開2012-82930号公報

第5 取消理由1(29条1項)及び取消理由2(29条2項)について
1 甲1について
(1) 甲1には,以下の事項が記載されている(下線は,当審にて付与。以下同様。)。
・「【0001】
本発明は,ステータ及びロータを含むトラクションモータによってホイールを駆動するとともに,オイルポンプを備えたホイール駆動装置に関し,特にオイルポンプの駆動形態に特徴を有するものに関する。
・「【0006】
しかしながら,従来のホイール駆動装置では,特許文献1にも示されているように,トラクションモータのロータ軸とオイルポンプのポンプ駆動軸とが直結されていた。この構造によれば,トラクションモータの作動時に,それと機械的に連動してオイルポンプが作動するので高い動作確実性が得られるという利点がある反面,オイルポンプ回転数が常にトラクションモータ回転数と一致するため,オイルポンプ回転数の設定自由度が低く,以下のような不都合が起こり易かった。
【0007】
例えば従来の構造では,トラクションモータの停止時にはオイルポンプも停止する。従って,トラクションモータの停止時においてもステータの冷却が必要とされる場合に対応することが困難である。また,比較的低回転領域で高い冷却性が必要とされる場合,その要求に応えるには大型・大容量の冷却系(オイルポンプやオイルクーラー)が必要となる。仮にそのような冷却系を採った場合,高回転領域においては必要以上の吐出流量となるため,徒にオイルポンプ駆動トルクを増大させてしまう。従ってオイルポンプによる無駄なエネルギー消費が増大し,燃費の低下を招いてしまう。
【0008】
本発明は,上記のような事情に鑑み,オイルポンプの動作確実性を維持しつつ,オイルポンプ回転数の設定自由度を高めることができるホイール駆動装置を提供することを目的とする。」
・「【0022】
ホイール駆動装置1は,懸架装置130(図1に示す上方のストラットアッセンブリ131および下方のロアアーム132)を介して車両に取付けられたケース3と,ケース3内に設けられてステータ21及びロータ22を含むトラクションモータ20と,ロータ22に固設されてこれを支持するロータ軸25と,ケース3内に注入されたオイル11と,オイル11を冷却するオイルクーラー63(図2に示す)と,オイルクーラー63で冷却されたオイル11をステータ21を含む各部に供給するオイルポンプ50とを備え,ロータ軸25からの出力トルクによりホイール120を駆動するように構成されている。
【0023】
さらにホイール駆動装置1は,オイルポンプ50を駆動するポンプ駆動軸52と,これを駆動するオイルポンプ駆動モータ51とを備える。ロータ軸25とポンプ駆動軸52との間にはワンウェイクラッチ(以下OWCと略称する)70が介設されている。OWC70は,後に詳述するように,ロータ軸25からポンプ駆動軸52への一方向にのみトルクの伝達が可能であるように構成されている。
【0024】
またホイール駆動装置1は,ケース3内に回転自在に設けられた出力軸80を備える。出力軸80はプラネタリギヤ30(減速機)を介してロータ軸25からの出力をホイール120に伝達する。
【0025】
オイルポンプ駆動モータ51,オイルポンプ50,トラクションモータ20,プラネタリギヤ30及び出力軸80は,車幅方向内側(図1の右側)からこの順で配設されている。またオイルポンプ駆動モータ51のロータ53,オイルポンプ50のポンプ駆動軸52,トラクションモータ20のロータ軸25,プラネタリギヤ30のサンギヤ31及び出力軸80は同軸上に配設されている。
【0026】
トラクションモータ20は,主にステータ21とロータ22とからなる。ステータ21は,略円筒状のステータコアにコイルが巻回されたもので,ケース3に固設されている。ロータ22は,そのステータ21の内周側に設けられた略円筒状の部材である。ロータ軸25は,ケース3に回転自在に支持されるとともに,ロータ22の内周側に挿通されてこれに連結されている。ロータ軸25の軸心部には軸方向に貫通するロータ軸油路27が形成されている。ステータ21のコイルに所定の電流を流すことにより,電磁力によってロータ22が回転し,その駆動力がロータ軸25から出力されるように構成されている。
【0027】
またトラクションモータ20は,逆駆動時(出力軸80側からロータ軸25が駆動されるとき)には発電機として作用する。すなわちエネルギー回生機能を有する。発電した電気は高圧用バッテリ91や低圧用バッテリ93(図4参照)に蓄電しておくことができる。
【0028】
オイルポンプ50は,ケース3に貯溜されたオイル11をオイル溜り10から吸い上げ,昇圧して潤滑・冷却用の油路に吐出する(詳細は後述する)。オイルポンプ50を駆動するポンプ駆動軸52は,上述のようにロータ軸25と同軸に,その車幅方向内側に配設されている。ポンプ駆動軸52の,ロータ軸25に対向する位置にロータ軸25の端部を内包する凹部52aが形成されている。そしてロータ軸25の端部外周面と凹部52aの内周面との間にOWC70が介設されている。」
・「【0035】
出力軸80は,ロータ軸25と同軸上に,これを挟んでポンプ駆動軸52の反対側(車幅方向外側)に設けられている。出力軸80の一端側(車幅方向外側)はホイールハブ85及びブレーキロータディスク87を介してホイール120に連絡されており,他端(車幅方向内側)はプラネタリギヤ30(減速機)を介してロータ軸25と連絡されている。出力軸80のロータ軸25側の端部は拡径され,その端面にはロータ軸25側に開口する凹部80aが形成されている。そしてその凹部80aにロータ軸25の先端が入り込み,凹部80aの内周側にロータ軸油路27の出口が位置するように配置されている。
【0036】
出力軸80の先端側(車幅方向外側)はケース3から突出してホイール120と連結されている。詳しくは,出力軸80の先端側は,フランジ部を有する略円筒状のホイールハブ85に挿嵌され,ナット81で固定されている。ホイールハブ85のフランジ部には略円板状のブレーキロータディスク87と共にホイールディスク121がボルト・ナット103によって固定されている。ホイールディスク121の外周は,タイヤ122の内周面に嵌挿されている。ホイールディスク121とタイヤ122とが一体となってホイール120を構成している。以上の構成によって,出力軸80,ホイールハブ85,ブレーキロータディスク87およびホイール120は一体回転する。
【0037】
プラネタリギヤ30は,ロータ軸25の回転を減速して出力軸80に伝達する減速機であって,トラクションモータ20を挟んでオイルポンプ50やオイルポンプ駆動モータ51の反対側に設けられる。プラネタリギヤ30の主な構成は,中心に設けられたサンギヤ31と,このサンギヤ31に噛合し,サンギヤ31から放射状等距離の複数位置に配設されたピニオンギヤ32と,サンギヤ31と同軸のリング状部材の内周面で各ピニオンギヤ32と噛合するリングギヤ33と,各ピニオンギヤ32を,互いの相対位置を維持させつつ支持するキャリヤ34とからなる。
【0038】
サンギヤ31はロータ軸25と連結されている。またキャリヤ34は出力軸80と連結されている。そしてリングギヤ33はケース3に固定されている。
【0039】
図4は,ホイール駆動装置1の動力伝達系のブロック図である。当該車両には,トラクションモータ20を駆動する高圧用バッテリ91と,オイルポンプ駆動モータ51を駆動する低圧用バッテリ93とが搭載されている。高圧用バッテリ91とトラクションモータ20とが第1インバータ・コンバータ92を介して接続されている。また低圧用バッテリ93とオイルポンプ駆動モータ51とが第2インバータ・コンバータ94を介して接続されている。また高圧用バッテリ91と低圧用バッテリ93とが接続されており,必要に応じて高圧用バッテリ91から低圧用バッテリ93への電力供給が可能となっている。
【0040】
次にホイール駆動装置1の潤滑,冷却系について図1,図2を参照して説明する。オイルポンプ50の吸入口58には,ケース3内で下方に延びる油路57が接続されており,油路57の下端にはオイル溜り10の底部付近に開口するオイルストレーナ55が取付けられている。
【0041】
図2に示すように,オイルポンプ50の吐出口61には,ケース3の外部に導出される油路62(パイプ)の一端が接続され,油路62の他端にはオイルクーラー63の導入口63aが接続されている。オイルクーラー63はオイル11を熱交換によって冷却する装置であって,オイル11の導入口63aから導出口63bまでの間に細管が配設されている。オイル11がその細管内を通る間に細管壁面においてオイル11と外気との熱交換が行われる。オイルクーラー63は,その熱交換が効果的に促進されるように,車両前進時の走行風Wが当たり易いケース3の前方に配設されている。
【0042】
オイルクーラー63の導出口63bには,油路64(パイプ)の一端が接続され,油路64の他端はケース3に接続されている。そして油路はケース3内で分岐する。分岐した油路の一方は油路65(パイプ)を経てケース3の上部の油路66に接続される。図1に示すように油路66は,ケース3の内部にあってステータ21の上方で軸方向に延びている。そしてケース3に,一端が油路66に開口し,他端がケース3の内部に開口する油穴67,68が形成されている。油穴67は油路66とステータ21のステータコアの上方とを連通させ,油穴68は油路66とステータ21のコイルの上方とを連通させる。オイルポンプ50の吐出口61からステータ21に至る油路62-オイルクーラー63-油路64-油路65,66-油穴67,68は,全体としてステータ冷却用油路69を形成する。ステータ冷却用油路69は,ステータ21を優先的に冷却するオイル供給油路である。
【0043】
一方,油路64の下流で分岐した油路の他方はケース3の油路78に接続される。図1に示すように,油路78はロータ軸25の軸心部に設けられたロータ軸油路27に接続されている。ロータ軸油路27の先端側(下流側)は,出力軸80の凹部80a付近に開口している。オイルポンプ50の吐出口61から出力軸80の凹部80a付近に至る油路62-オイルクーラー63-油路64-油路78-ロータ軸油路27は,全体として出力軸冷却用油路79を形成する。出力軸冷却用油路79は,出力軸80を優先的に冷却するオイル供給油路である。出力軸冷却用油路79のうち,オイルポンプ50の吐出口61から油路64までの経路はステータ冷却用油路69と共有である。」
・「【0055】
ステータ冷却用油路69に導かれたオイル11は,ステータ21を冷却した後,プラネタリギヤ30や各軸受部等を潤滑・冷却しつつ落下し,最終的にオイル溜り10に戻る。また出力軸冷却用油路79に導かれたオイル11は,ロータ軸油路27を通ることによってトラクションモータ20を内側から冷却する。またそのオイル11はロータ軸油路27の先端から噴出して出力軸80の凹部80aに当たることによってこれを冷却する。出力軸80は,ホイールハブ85を介してブレーキロータディスク87に連絡されているが,このブレーキロータディスク87はブレーキ時に図外のブレーキパッドとの摩擦によって高温になる。出力軸80を冷却することにより,ブレーキロータディスク87から出力軸80を経由してトラクションモータ20にブレーキ時の熱が伝達されることを効果的に抑制することができる。ロータ軸油路27の先端から噴出して出力軸80を冷却したオイル11は,プラネタリギヤ30や各軸受部等を潤滑・冷却しつつ落下し,最終的にオイル溜り10に戻る。」
・「


(2)ア 図1において,ホイールハブ85が軸受を介してケース3に保持されている点が見て取れる。
イ 図1において,トラクションモータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,ケース3が,その内部空間を,軸方向一方側のトラクションモータ20を収容した室と,軸方向他方側のプラネタリギヤ30を収容した室とに区分する隔壁を有する点が見て取れる。
ウ 図1において,ケース3における,トラクションモータ20とプラネタリギヤ30との間にある隔壁の,ロータ軸25の軸線よりも上方と下方に,白抜きされている部分が見て取れる。一般的に壁の穴を白抜きで表現するから(甲2,4,5),甲1の当該白抜きされている部分は,隔壁の両側を接続する穴を示しているものと認められる。
そして,「ロータ軸油路27の先端から噴出して出力軸80を冷却したオイル11は,プラネタリギヤ30や各軸受部等を潤滑・冷却しつつ落下し,最終的にオイル溜り10に戻る。」(【0055】)ことや,プラネタリギヤ30を収容した室,オイル溜まり10,オイル11と,ロータ軸25の軸線よりも下側の穴の位置関係からすると(図1),当該下方の穴は,プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11をオイル溜り10に排出するものであると認められる。
エ そうすると,甲1に記載された事項から,甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲1発明)
「トラクションモータ20,プラネタリギヤ30,ホイールハブ85及び軸受を保持したケース3と,該ケース3の下方側に配置され,前記ケース3の内部空間と連通したオイル溜り10に貯留されたオイル11を前記トラクションモータ20および前記プラネタリギヤ30に供給する潤滑,冷却系を備え,
前記トラクションモータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,前記ケース3が,その内部空間を,軸方向一方側の前記トラクションモータ20を収容した室と,軸方向他方側の前記プラネタリギヤ30を収容した室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑,冷却系が,前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴を有するホイール駆動装置1において,
前記隔壁の,前記ロータ軸25の軸線よりも下方に,前記トラクションモータ20を収容した室と前記プラネタリギヤ30を収容した室とに開口する前記穴を設け,
前記隔壁に,前記トラクションモータ20を収容した室と前記プラネタリギヤ30を収容した室との間を接続する穴を設けたホイール駆動装置1。」

2 甲3について
(1) 甲3には,以下の事項が記載されている。
・「【0001】
本発明は,ステータ及びロータを含むモータによってホイールを駆動するホイール駆動装置に関し,特にそのモータの冷却性向上に関する。」
・「【0007】
ところで,オイルによってモータを冷却するためには,オイルをその循環経路において冷却する必要がある。オイルの冷却方法として,オイルを貯溜するケースを介して外気に放熱させる方法(以下第1冷却方法ともいう)と,オイルクーラー等の専用冷却装置を用いる方法(以下第2冷却方法ともいう)とがある。
【0008】
部品点数削減,重量削減およびコスト削減の観点から,オイルの冷却系は,第1冷却方法のみによるか,第2冷却方法を併用するにしてもオイルクーラー等を可及的に小型・小容量のものとするのが望ましい。そのためには上記第1冷却方法の冷却性が高いことが望ましい。
【0009】
しかしながら従来のホイール駆動装置では,以下に述べるように第1冷却方法の冷却性に不利な点があった。
【0010】
図7は,図6に示すホイール駆動装置の,モータ220位置における縦断面を模式的に示す図である。図を見易くするために,ステータ221とロータ222とを含むモータ220を想像線(二点鎖線)で示す。ステータ221はケース3に固定され,ロータ222がロータ軸25と一体に回転する(ロータ回転方向A9)。
【0011】
図7において,図の左側が車両前方である。従って,前進時には白抜き矢印で示す車両進行方向Sに車両が進行する。出力軸回転方向A2はホイール120の回転方向と同じであるから,前進時には図示の状態で左回りとなる。そして上述のようにロータ回転方向A9は出力軸回転方向A2と同じ設定なので図示のように左回りとなる。
【0012】
ケース3には所定量のオイル11が貯溜され,オイル溜り210が形成されている。オイル11はオイル溜り210から図外のオイルポンプによって汲み上げられ,各部の潤滑や冷却(特にステータ221の冷却)に供された後,再びオイル溜り210に戻される。オイル溜り210の油面210aは停止状態においては水平であるが,ロータ222がロータ回転方向A9に回転しているときには図示のように前傾する。これは,オイル11がロータ222に掻き揚げられたり,ロータ222の回転に引きずられたりすることにより,全体的に後方に寄せられるからである。
【0013】
一方,前進時には後向きの走行風Wがケース3の前面に当たる。従って,ケース3の前面においてはケース3と走行風Wとの熱交換が促進され,ケース3の背面よりも放熱性が高くなっている。しかしながら,オイル溜り210が後方に寄っているために,オイル11と放熱性の高いケース3の前面との接触面積が小さく,油面210aが水平である状態よりも冷却性が不利になっているのである。
【0014】
本発明は,上記のような事情に鑑み,簡単な構造でモータの冷却性を高めることができるホイール駆動装置を提供することを目的とする。」
・「【0030】
ホイール駆動装置1は図1に示すように,懸架装置130(上方のストラットアッセンブリ131および下方のロアアーム132)を介して車両に取付けられたケース3と,ケース3内に設けられたモータ20と,減速機であるプラネタリギヤ30と,ケース3内に回転自在に設けられた出力軸80と,ケース3内に所定量貯溜されたオイル11と,オイル溜り10からオイル11を吸い上げ,昇圧させて潤滑または冷却用の油路に吐出するオイルポンプ50等を主要な構成要素とする。
【0031】
モータ20は,主にステータ21とロータ22とからなる。ステータ21は,略円筒状のステータコアにコイルが巻回されたもので,ケース3に固設されている。ロータ22は,そのステータ21の内周側に設けられた略円筒状の部材であり,その中心には回転自在にケース3に支持されたロータ軸25を備える。ステータ21のコイルに所定の電流を流すことにより,電磁力によってロータ22が回転し,その駆動力がロータ軸25から出力されるように構成されている。なおロータ軸25の軸心部には軸方向にロータ軸25を貫通するロータ軸油路27が形成されている。
【0032】
図2はホイール駆動装置1の動力伝達形態を示すスケルトン図である。この図に示すように,プラネタリギヤ30の主な構成は,中心に設けられたサンギヤ31と,このサンギヤ31に噛合し,サンギヤ31から放射状等距離の複数位置(当実施形態では図5に示すように4箇所)に配設されたピニオンギヤ32と,サンギヤ31と同軸のリング状部材の内周面で各ピニオンギヤ32と噛合するリングギヤ33と,各ピニオンギヤ32を,互いの相対位置を維持させつつ支持するキャリヤ34とからなる。このようにプラネタリギヤ30はシングルピニオンプラネタリギヤと呼ばれるタイプのものである。
【0033】
サンギヤ31はロータ軸25と連結されている。またキャリヤ34はケース3に固定されている。そしてリングギヤ33は出力軸80と連結されている。
【0034】
図1に戻って説明を続ける。出力軸80の基端側はプラネタリギヤ30の出力要素(リングギヤ33)に連結されており,先端側はケース3から突出してホイール120と連結されている。詳しくは,出力軸80の先端側は,フランジ部を有する略円筒状のホイールハブ85に挿嵌され,ナット81で固定されている。ホイールハブ85のフランジ部には略円板状のブレーキロータ87と共にホイールディスク121がボルト・ナット103によって固定されている。ホイールディスク121の外周は,タイヤ122の内周面に嵌挿されている。ホイールディスク121とタイヤ122とが一体となってホイール120を構成している。
【0035】
以上の構成によって,出力軸80,ブレーキロータ87およびホイール120は一体回転する。ブレーキロータ87は,ブレーキ時に図外のブレーキパッドに挟まれ,その摩擦力によって制動力が得られるように構成されている。
【0036】
ケース3の内部はケース3から延設された隔壁7によってモータ室5とプラネタリギヤ室9(減速機室)とに区画されている。モータ室5にはモータ20が収納され,プラネタリギヤ室9にはプラネタリギヤ30が収納されている。モータ室5およびプラネタリギヤ室9には所定量のオイル11が封入されている。オイル11は各室5,9の底部でオイル溜り10を形成している。隔壁7には適宜油穴が設けられ,両室間でオイル11の連通がなされるように構成されている。
【0037】
モータ20を挟んでプラネタリギヤ30と反対側に,オイルポンプ50が設けられている。オイルポンプ50は,ロータ軸25に連結されたオイルポンプロータの回転によってオイル溜り10からオイル11を吸い上げ,昇圧させて潤滑または冷却用の油路に吐出する。オイルポンプ50の吸入口には,ケース3内で下方に延びる油路57が接続されており,油路57の下端にはモータ室5のオイル溜り10の底部付近に開口するオイルストレーナ55が取付けられている。
【0038】
オイルポンプ50の吐出口には,ケース3内の油路(上流側から順に61,62,63)が接続されている。最下流の油路63は,ステータ21の上方で軸方向に延びている。そしてケース3に,一端が油路63に開口し,他端が下方のモータ室5に開口する油穴64,65が形成されている。油穴64は油路63とステータ21のステータコアの上方とを連通させ,油穴65は油路63とステータ21のコイルの上方とを連通させる。」
・「【0042】
次に,オイル11の流れ,すなわち潤滑・冷却系について説明する。モータ20の駆動に伴い,特にステータ21のコイルが発熱し,モータ20の温度を上昇させようとする。モータ20の効率は温度によって変化する。そこでモータの温度を最も効率の良い温度付近に維持するため,ステータ21の冷却に重点をおいた潤滑・冷却系が設定されている。
【0043】
まずオイルポンプ50の作動により,オイル溜り10のオイル11がオイルストレーナ55を経由して油路57に吸い上げられる。このとき,オイルストレーナ55によって異物等が捕捉され,オイル11が浄化される。油路57からオイルポンプ50の吸入口に導かれたオイル11は,オイルポンプ50によって昇圧され,吐出口から吐出される。
【0044】
オイルポンプ50から吐出されたオイル11の多くは,油路61,62,63からさらに油穴64,65を経てステータ21に落下し,これを冷却する。ステータ21を冷却したオイル11は,続いて各部に分散しつつ落下し,その他の部材の冷却や回転部材の潤滑を行った後,最終的にオイル溜り10に戻される。
【0045】
一方,オイルポンプ50から吐出されたオイル11の一部はロータ軸油路27に導かれる。ロータ軸油路27に導かれたオイル11は,ロータ軸油路27の先端から噴出して出力軸80の基端部やプラネタリギヤ30等を冷却および潤滑した後,オイル溜り10に戻される。」
・「


・「


・「


(2)ア 図1において,ホイールハブ85が軸受を介してケース3に保持されている点が見て取れる。
イ 図1において,モータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,ケース3が,その内部空間を,モータ20を収容した軸方向一方側のモータ室5と,プラネタリギヤ30を収容した軸方向他方側のプラネタリギヤ室9とに区分する隔壁7を有する点が見て取れる。
ウ 図1において,隔壁7における,ロータ軸線25よりも下方に,プラネタリギヤ室9とモータ室5の底部のオイル溜り10との間の部位に,オイル11を示すハッチングが施されている部分が見て取れ,一般的な壁の穴の表現振り(甲2,4,5)からすると,これは両側を接続する穴を示しているものと認められる。
そして,「オイル11は各室5,9の底部でオイル溜り10を形成している。隔壁7には適宜油穴が設けられ,両室間でオイル11の連通がなされるように構成されている。」(【0036】)こと,「ロータ軸油路27に導かれたオイル11は,ロータ軸油路27の先端から噴出して出力軸80の基端部やプラネタリギヤ30等を冷却および潤滑した後,オイル溜り10に戻される。」(【0045】)ことや,プラネタリギヤ室9,モータ室5の底部のオイル溜まり10,オイル11と,当該穴の位置関係からすると(図1),当該穴は,プラネタリギヤ室9内のオイル11をモータ室5の底部のオイル溜り10に排出するものであると認められる。
エ 図1において,プラネタリギヤ室9内のオイル11をモータ室5の底部のオイル溜り10に排出する穴が,隔壁における,ロータ22の最下部と上下方向略同じ位置にあることが見て取れ,ロータ22が停止している状態を示す図3(【0039】)において,油面11aがロータ22の最下部よりも上側に位置していることからすると,当該穴は,モータ20の停止時における油面11aよりも下方に設けられていることがわかる。
そして,図3,5の記載から,当該穴の状態として,当該穴がオイル11で塞がれた状態があることがわかる。
オ そうすると,甲3に記載された事項から,甲3には次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲3発明)
「モータ20,プラネタリギヤ30,ホイールハブ85及び軸受を保持したケース3と,該ケース3の下方側に配置され,前記ケース3の内部空間と連通したオイル溜り10に貯留されたオイル11を前記モータ20および前記プラネタリギヤ30に供給する潤滑・冷却系とを備え,
前記モータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,前記ケース3が,その内部空間を,前記モータ20を収容した軸方向一方側のモータ室5と,前記プラネタリギヤ30を収容した軸方向他方側のプラネタリギヤ室9とに区分する隔壁7を有し,前記潤滑・冷却系が,前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴を有するホイール駆動装置1において,
前記隔壁7の,前記モータ20の停止時における油面11aよりも下方に,前記モータ室5と前記プラネタリギヤ室9とに開口する前記穴を設け,前記穴の状態として,前記穴がオイル11で塞がれた状態があるホイール駆動装置1。」

3 甲4,5について
(1) 甲4には,以下の事項が記載されている。
・「【請求項1】
電動モータ(11)のロータシャフト(31)の回転を減速機(12)を介してディファレンシャルギヤ(13)に伝達し,前記ディファレンシャルギヤ(13)の一対の出力軸(48,49)の一方を前記ロータシャフト(31)の内部に配置したモータ式動力装置において,
前記電動モータ(11)を収納する電動モータ収納室(74)と,前記減速機(12)および前記ディファレンシャルギヤ(13)を収納するミッション収納室(75)とを隔壁(16)で仕切り,前記電動モータ収納室(74)は前記電動モータ(11)のロータ26)を挟んで前記ミッション収納室(75)側の第1室(74b)と前記ミッション収納室(75)と反対側の第2室(74a)とを備え,
前記第1室(74b)は前記隔壁(16)に形成した第1ブリーザ通路(16k)を介して前記ミッション収納室(75)に連通し,前記第2室(74a)は前記隔壁(16)および前記電動モータ収納室(74)の壁部内に形成した第2ブリーザ通路(16j,18d,20h,20i)を介して前記ミション収納室(75)に連通し,前記ミション収納室(75)は大気に連通することを特徴とするモータ式動力装置。」
・「【0004】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので,モータ式動力装置の電動モータ収納室およびミッション収納室に対し,コンパクトでオイルミストの分離性能が高いブリーザ機能を持たせることを目的とする。」
・「【0031】
図3に示すように,前記第2油室85はモータサイドケース20のブリーザ通路20g,20hに連通し,前記電動モータ収納室74の右室74aはブリーザ通路20iを介して前記ブリーザ通路20hに連通し,更に前記ブリーザ通路20hはモータセンターケース18のブリーザ通路18dおよびモータ/ミッションケース16のブリーザ通路16jを介してミッション収納室75の上部である第1ブリーザ室86に連通する。第1ブリーザ室86の上方には小容積の第2ブリーザ室87が形成され,第1,第2ブリーザ室86,87は連通孔16mで連通し,第2ブリーザ室87はブリーザパイプ88を介して外気に連通する。また電動モータ収納室74の左室74bとミッション収納室75とは,モータ/ミッションケース16に形成した連通孔16k(図2,図3および図5参照)を介して連通する。」
・「【0054】
ところで,車両が左旋回すると,車幅方向右向きの遠心力が作用するため,図13に示すように,ミッション収納室75のオイルが前記開口14eおよびオイル連通路14d,16hを通過して電動モータ収納室74に流入する。このとき,仮に電動モータ収納室74およびミッション収納室75の隔壁を構成するモータ/ミッションケース16に単純な開口よりなる連通孔を形成すると,ミッション収納室75のオイルの殆ど全量が電動モータ収納室74に流入してしまうため,ミッション収納室75に殆どオイルが残留しなくなってディファレンシャルギヤ13等の潤滑に支障を来すだけでなく,電動モータ収納室74のオイル量が過剰になり,ロータ26によるオイルの攪拌抵抗が大きくなって駆動力の損失が増加する問題がある。
【0055】
しかしながら,本実施の形態によれば,ミッション収納室75および電動モータ収納室74を連通させる開口14e(図3参照)が,隔壁を構成するモータ/ミッションケース16からミッション収納室75側にオイル連通路16h,14dの長さだけ離れた位置に形成されているため,図13に示すように,車両が左旋回した場合でも,前記開口14eとモータ/ミッションケース16との間にオイルを保持することができる。これにより,ミッション収納室75に必要最小限のオイルを保持してディファレンシャルギヤ13等の潤滑性能を確保しながら,電動モータ収納室74に過剰のオイルが流入してロータ26によるオイルの攪拌抵抗が増加するのを防止することができる。」
・「【0064】
図3において,相互に連通する第1,第2油室83,85のブリージングエアは,ブリーザ通路20g→ブリーザ通路20h→ブリーザ通路18d→ブリーザ通路16jの経路でミッション収納室75の上部の第1ブリーザ室86に連通する。また電動モータ収納室74の右室74aのブリージングエアは,ブリーザ通路20i→ブリーザ通路18d→ブリーザ通路16jの経路でミッション収納室75の上部の第1ブリーザ室86に連通する。また電動モータ収納室74の左室74bのブリージングエアは,モータ/ミッションケース16を貫通する連通孔16k(図2,図3および図5参照)を通過してミッション収納室75の上部の第1ブリーザ室86に連通する。
【0065】
上述のようにして電動モータ収納室74から第1ブリーザ室86に供給されたブリージングエアは,ミッション収納室75において発生したブリージングエアと合流し,そこから連通孔16m(図2および図3参照)を通過して第2ブリーザ室87に供給され,そこでブリージングエアに含まれるオイルミストが最終的に分離されて重力でオイル貯留室71に戻され,第2ブリーザ室87からエアだけブリーザパイプ88を介して大気に放出される。
【0066】
以上のように,モータ/ミッションケース16で仕切られた電動モータ収納室74およびミッション収納室75のうち,電動モータ収納室74を電動モータ11のロータ26を挟んでミッション収納室75側の左室75bとミッション収納室75と反対側の右室75aとに区画し,左室75bをモータ/ミッションケース16に形成した連通孔16kを介してミッション収納室75に連通させ,右室75bおよび第1,第2油室83,85をモータサイドケース20,モータセンターケース18およびモータ/ミッションケース16の壁部内に形成したブリーザ通路20g,20h,20i,18d,16jを介してミッション収納室75の上部の第1ブリーザ室86に連通させ,第1ブリーザ室86を連通孔16mを介して第2ブリーザ室87に連通させ,更に第2ブリーザ室87をブリーザパイプ88を介して大気に連通させたので,ミッション収納室75の一部である第1,第2ブリーザ室86,87で電動モータ収納室74およびミッション収納室75の両方において発生したブリージングエアからオイルミストを分離することができ,電動モータ収納室74およびミッション収納室75にそれぞれブリーザ装置を設ける場合に比べて,ブリーザ装置の構造を簡素化することができる。
【0067】
またモータ/ミッションケース16に形成した連通孔16kはインターミディエイトケース24の背面に開口するので,電動モータ収納室74の左室74bから連通孔16kを通過してミッション収納室75に流入したブリージングエアをインターミディエイトケース24の背面に衝突させ,オイルミストを効果的に分離することができる。しかも,ミッション収納室75の内部には減速機12およびディファレンシャルギヤ13が収納されているため,それらの部品によってラビリンスが構成され,ミッション収納室75におけるオイルミストの分離効果が促進される。」
・「


・「


(2) 甲5には,以下の事項が記載されている。
・「【請求項1】
電動機をケースのモータ室内に収容すると共に,該電動機からの動力を車軸に伝達する伝動装置を,該ケース内おいて該モータ室に対して隔壁を隔てて設けられたギヤ室内に収容した電気自動車用駆動装置であって,
前記ギヤ室内において前記隔壁に対して所定の隙間を隔てて配置されて前記電動機の出力軸に連結された回転部材を備え,
前記隔壁は,前記回転部材の外径よりも内周側に設けられて前記ギヤ室と前記モータ室とを相互に連通させる第1連通孔を有すること
を特徴とする電気自動車用駆動装置。
【請求項2】
前記隔壁は,前記電動機のステータのコイルエンドよりも外周側に設けられて前記ギヤ室と前記モータ室とを相互に連通させる第2連通孔を有し,
前記第1連通孔は,該第2連通孔に対して前記回転部材の回転方向前方側に設けられていること
を特徴とする請求項1の電気自動車用駆動装置。」
・「【0001】
本発明は,電気自動車用駆動装置に係り,特に,ブリーザ装置からのオイル吹きを抑制するための技術に関するものである。」
・「【0008】
本発明は以上の事情を背景として為されたものであり,その目的とするところは,モータ室内の圧力を大気に開放するブリーザ装置からのオイル吹きを抑制することができる電気自動車用駆動装置を提供することにある。」
・「【0027】
円筒状ケース34は,その円筒状ケース34の一端部の内周面から内周側へ突き出して一体に設けられた円環状の隔壁40を有している。この隔壁40は,電動機18の一端部を支持すると共に,トランスアクスルケース24の内部空間を電動機18を収容するモータ室A1と伝動装置22およびパーキング装置30を収容するギヤ室A2とに仕切る壁として機能している。モータ室A1は主に電動機18を収容しており,また,ギヤ室A2は主にパーキング装置30,減速機26,および差動歯車装置28を収容している。また,隔壁40には,モータ室A1とギヤ室A2とを連通させて各室のオイルレベルを一致させるための図示しない開口が下側に形成されている。」
・「【0048】
隔壁40は,モータ室A1とギヤ室A2との間に設けられている。その隔壁40には,パーキングギヤ86の外歯よりも内周側,好ましくは外歯の谷よりも内周側であって隙間sを挟んでパーキング86の側面と対向する第3ベアリング66の上方の位置に,モータ室A1とギヤ室A2とを相互に連通させる第1連通孔98が形成されている。
【0049】
また,隔壁40には,第1連通孔98よりも外周側であり且つ電動機18のステータ56のコイルエンド62よりも外周側であって,第1連通孔98に対してパーキングギヤ86の回転方向後方側に,モータ室A1とギヤ室A2とを相互に連通させる第2連通孔100が形成されている。第1連通孔98は,第2連通孔100に対してパーキングギヤ86の回転方向前方側に設けられている。」
・「【0052】
このように構成された電気自動車用駆動装置10では,電動機18のロータ54が回転させられるとパーキングギヤ86がそのロータ54と同じ回転速度で回転させられる。そして,パーキングギヤ86が回転させられると,パーキングギヤ86の外周側の空気およびパーキングギヤ86と隔壁40との間の隙間s内の空気が遠心力により外周側へ飛ばされる。そのため,上記隙間s内の圧力が局所的に低下する。そうすると,図3に矢印cで示すように,隙間s内と比べて圧力が高いモータ室A1内から第1連通孔98を通じてギヤ室A2へ向かう空気の流れが生じる。上記隙間s内の圧力低下量はパーキングギヤ86の回転速度が速いほど大きくなり,そして,上記空気の流れによりモータ室A1から第1連通孔98を通じてギヤ室A2へ向かう空気の流量は隙間s内の圧力低下量が大きいほど大きくなる。
【0053】
上記のようにモータ室A1から第1連通孔98を通じてギヤ室A2へ向かう空気の流れが生じたときには,モータ室A1内の第1連通孔98の開口付近に存在するオイルが上記空気と共にギヤ室A2へ移動させられる。上記第1連通孔98の開口付近に存在するオイルとしては,例えば,電動機18のロータ54によりモータ室A1内に貯溜されたオイルが攪拌されることで発生する泡状のオイル(オイル泡)やオイルミスト等が挙げられる。なお,上記オイル泡やオイルミストは,特に,ギヤ室A2に対してモータ室A1が下方に位置するように電気自動車用駆動装置10が傾く等により電動機18のロータ54がモータ室A1内のオイルに浸され,且つ電動機18が高速回転しているときに発生する。
【0054】
上記のように第1連通孔98を通じてギヤ室A2へ移動させられたオイルは,図4に矢印dで示すようにパーキングギヤ86によりその回転方向前方側へ飛ばされる。そして,有底円筒状ケース36の内壁面等を伝って落下し,その有底円筒状ケース36の底部に貯溜される。
【0055】
ここで,電動機18のロータ54は,減速機26により減速されるギヤ室A2内の回転体と比べて高速に回転する。それ故に,ギヤ室A2内のオイルと比べて激しく攪拌されるモータ室A1内のオイルは油温および油面が上昇し易く,モータ室A1ではオイル泡やオイルミストが比較的多く発生する。しかしながら,電動機18が速く回転するほどモータ室A1からギヤ室A2へ向かう空気の流量が大きくなり,その空気に混じってモータ室A1からギヤ室A2へ向かうオイル量が多くなるため,モータ室A1内の油面或いはオイル泡面の上昇が好適に抑制される。
【0056】
また,上記のようにモータ室A1から第1連通孔98を通じてギヤ室A2へ向かう空気の流れが生じても,図3に矢印eで示すようにギヤ室100から第2連通孔100を通じてモータ室A2へ空気が移動することで,モータ室A1内とギヤ室A2内の圧力が均一化される。このとき,第2連通孔100を通じてモータ室A2へ向かう空気は,コイルエンド62の上方からモータ室A2内へ供給される
【0057】
また,パーキングギヤ86により掻き上げられて遠心力によりパーキングギヤ86の外周側へ飛ばされて図4に矢印bで示すように第2連通孔100へ向かうオイルは,第2連通孔100の手前でオイル遮蔽部材102により遮られる。また,第1連通孔98からパーキングギヤ86に向けて放出されたオイル混じりの空気は,図4に矢印dで示すようにパーキングギヤ86によりその回転方向前方側へ飛ばされる。そのため,ギヤ室100から第2連通孔100を通じてモータ室A2へ向かう空気にはオイルが極力混在しないようになっている。」
・「【0065】
例えば,隔壁40のギヤ室A2側には隙間sを隔てた位置にパーキングギヤ86が設けられていたが,パーキングギヤ86に限らず,電動機18に連結されてその電動機18の回転に伴って回転させられる回転部材が設けられていればよい。例えば,伝達装置22を構成する回転部材などが設けられてもよい。上記回転部材は歯車に限らず円板状部材などが含まれる。そうすれば,電動機18の回転にともにより隙間s内の圧力が低下し,モータ室A1内のオイル混じりの空気を第1連通孔98を通じてギヤ室A2内へ移動させるための空気の流れを生じさせることができる。」
・「



4 甲1に関し
(1) 本件発明1について
ア 対比
(ア) 本件発明1と甲1発明とを,その有する機能に照らして対比すると,甲1発明の「トラクションモータ20」,「プラネタリギヤ30」,「ホイールハブ85」及び「軸受」,「ケース3」,「オイル溜り10」,「オイル11」,「潤滑,冷却系」は,それぞれ,本件発明1の「モータ部」,「減速機部」,「車輪用軸受部」,「ケーシング」,「油タンク」,「潤滑油」,「潤滑機構」に相当する。
(イ) 甲1発明は「前記トラクションモータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,前記ケース3が,その内部空間を,軸方向一方側の前記トラクションモータ20を収容した室と,軸方向他方側の前記プラネタリギヤ30を収容した室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑,冷却系が,前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴を有する」ところ,甲1発明の「ロータ軸25」は本件発明1の「回転軸」に相当し,ロータ軸25(回転軸)が延びる方向を軸方向とする場合,その位置関係からすると,甲1発明の「軸方向一方側の前記トラクションモータ20を収容した室」,「軸方向他方側の前記プラネタリギヤ30を収容した室」,「隔壁」は,それぞれ,本件発明1の「前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室」,「前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室」,「隔壁」に相当する。
そして,甲1発明の「前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴」,「ホイール駆動装置1」は,それぞれ,本件発明1の「排油路」,「インホイールモータ駆動装置」に相当する。
(ウ) 甲1発明の「前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴」は,「前記隔壁の,前記ロータ軸25の軸線よりも下側に」設けられ,「前記トラクションモータ20を収容した室と前記プラネタリギヤ30を収容した室とに開口する」ものであるから,その位置,機能に照らして,本件発明1の「排油口」に相当し,甲1発明は本件発明1と,「前記隔壁」の「下方」に,「前記モー夕室と前記減速機室とに開口する」「排油口を設け(た)」点で共通する。
(エ) 甲1発明における,「前記トラクションモータ20を収容した室と前記プラネタリギヤ30を収容した室との間を接続する穴」は,その位置からして,両室の間で空気を行き来させる機能を有することは明らかであるから,本件発明1の「通気路」に相当する。
(オ) そうすると,本件発明1と甲1発明とは,以下の点で一致し,相違するものと認められる。
(一致点)
「モータ部,減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと,該ケーシングの下方側に配置され,前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え,
前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑機構が,前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において,
前記隔壁の,下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する排油口を設け,
前記隔壁に,前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けたインホイールモータ駆動装置。」
(相違点1)
本件発明1は「排油口」に関し,「前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあ(る)」のに対し,甲1発明においては,「前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴」が,そのように構成されているか明らかでない点。
イ 判断
(ア) このように,甲1発明は,本件発明1と相違するところがあり,本件発明1は,それにより,顕著な効果を奏するものであるから(後記(イ)),この点は実質的な相違点である。
よって,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとは認められない。
(イ) 次に,本件発明1が,甲1発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるかについて検討する。
本件明細書の発明の詳細な説明によれば,次のことがわかる。
・インホイールモータ駆動装置は,装置全体がホイールの内部に収容され,あるいはホイール近傍に配置される関係上,その重量や大きさが車両のばね下重量(走行性能)や客室スペースの広さに影響を及ぼすことから,できるだけ軽量・コンパクトにする必要がある。そのため,潤滑機構を構成する油タンク125として比較的小型のものを用いざるを得ない。その場合,油タンク125のみでは潤滑油量を確保するのが難しくなる。そこで,モータ室101Aや減速機室101Bにも潤滑油が貯留される場合があり,このとき,両室101A,101Bにおける潤滑油の貯留量(モータ部103の停止時における潤滑油の貯留量)は,ロータ107の一部が浸漬する程度とされる(図10,潤滑油の油面M)。(本件明細書【0008】)
・ケーシング101の内部空間をモータ室101Aと減速機室101Bとに区分する隔壁102は,インホイールモータ駆動装置100の構造部材であるため,隔壁102に設ける排油口127の大きさ(流路断面積)には限界がある。強度上差し支えない程度の排油口127の大きさを確保した場合,潤滑油は減速機室101Bの底部に到達した後,排油口127を介してモータ室101Aに排出される。このとき,排油口127を流通する潤滑油量が少なければ,排油口127を介して減速機室101Bとモータ室101Aとの間で空気を行き来させることができるため,減速機室101B内の潤滑油を,モータ室101A,油タンク125に円滑に排出することができるが,排油口127を流通する潤滑油量が多い時には,減速機室101Bに潤滑油が滞留し始め,最終的には排油口127が潤滑油で塞がれてしまい,減速機室101B内の潤滑油の排出効率が低下する。(同【0009】)
・モータ部103の回転に伴ってモータ室101Aの室温が高まるとともに気圧が高まり,モータ室101Aと減速機室101Bとの間に気圧差が生じる可能性がある。このような気圧差の発生は,減速機室101B内の潤滑油の排出効率を一層低下させる。(同【0010】)
・減速機室101Bからの排油効率が低下すると,減速機室101B内の潤滑油量が多くなるため,潤滑油と減速機部105の回転側との間に作用する荷重(潤滑油の撹拌抵抗)が増加し,減速機部105における動力伝達効率が低下する可能性が高まる。また,油タンク125への潤滑油の流入量が減少するため,回転ポンプ121が駆動されるのに伴って油タンク125内の貯油量が減少することになる。その結果,回転ポンプ121から圧送される潤滑油量が減少し,モータ部103および減速機部105を適切に潤滑・冷却することが難しくなる。(同【0011】)
・モータ回転軸108を支持する転がり軸受109bの軸受隙間や,転がり軸受109bの嵌め合い隙間は,駆動時に熱膨張等の影響により減少するため,モータ室101Aと減速機室101Bとの間の気圧差を解消するには至らない。減速機室101B内の潤滑油を強制的に排出するためのポンプを別途設置すれば,インホイールモータ駆動装置の重量化や大型化を招来するため得策ではない。(同【0012】)
・本件発明1は上記の実情に鑑みなされたものであり,本件発明1は,減速機室からの排油効率を改善し,もって高品質で耐久性に優れたインホイールモータ駆動装置を提供することを課題とするものである。(同【0013】)
これに対し,甲1発明は,従来のホイール駆動装置ではトラクションモータのロータ軸とオイルポンプのポンプ駆動軸とが直結されていたため,トラクションモータの停止時にはオイルポンプも停止しステータの冷却が必要とされる場合に対応することが困難で,比較的低回転領域で高い冷却性が必要とされる場合,その要求に応えるには大型・大容量の冷却系が必要となるが,高回転領域では必要以上の吐出流量となるため,オイルポンプ駆動トルクを増大させ,オイルポンプによる無駄なエネルギー消費が増大し,燃費の低下を招いてしまう,といった事情に鑑みなされた発明で,オイルポンプの動作確実性を維持しつつ,オイルポンプ回転数の設定自由度を高めることができるホイール駆動装置を提供することを目的とするものである(甲1【0006】?【0008】)。
また,甲1図1において,プラネタリギヤ30を収容した室とトラクションモータ20を収容した室の底部のオイル溜り10の部位に,オイル11を示すハッチングが施されている部分が見て取れ,この状態はトラクションモータ20の停止時の状況であることを窺わせ,「前記プラネタリギヤ30を収容した室内のオイル11を前記オイル溜り10に排出する穴」が,トラクションモータ20の停止時における油面よりも下方にあること,当該穴の状態として,当該穴がオイル11で塞がれた状態があると解されるが,定かではない。
そして,当該穴の向きを軸方向とすることや,当該穴の状態として,当該穴における潤滑油の流通と,当該穴を介したトラクションモータ20を収容した室とプラネタリギヤ30を収容した室との間での空気の行き来とが併存する状態と,当該穴が潤滑油で塞がれた状態とがあることについては何ら記載がない。
このように,甲1発明は当該穴に関し着目したものではなく,甲1には,当該穴の大きさ,向き,排油効率に関し,特段記載も示唆もない。
そうすると,甲1発明において,相違点1に係る構成とする動機付けは特段認められない。
他の証拠(甲2?5)をみても,甲1発明において,相違点1に係る構成とする動機付けは特段認められない(後記5(1)イ)。
そして,本件発明1は,相違点1に係る構成を有することにより,「潤滑機構を構成する上記の排油路が潤滑油で満たされている状況下においても,隔壁に設けた通気路を介してモータ室と減速機室との間で空気を行き来させることができる。そのため,モータ部の回転に伴う発熱が生じた場合でも,減速機室とモータ室との間で気圧差が生じることを防止できる。これにより,減速機室からの排油効率の低下,さらにはこれに起因した種々の問題発生を防止することができる。」(本件明細書【0015】),「ケーシングに区画形成された減速機室からの排油効率を改善することができるので,高品質で耐久性に優れたインホイールモータ駆動装置を提供することができる。」(同【0020】)といった顕著な効果を奏するもので,潤滑油量が少なく排油口における潤滑油の流通と空気の行き来が存在した状態,潤滑油量が多く排油口が潤滑油で塞がれた状態の何れにおいても,減速機からの潤滑油の排出効率を高めることができる上,減速機室での油面レベルの変動にも対応できるものである(令和2年3月27日付け意見書(特許権者)5(4)ア)。
以上を総合すると,甲1発明において,相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものとは認められない。
ウ 以上のとおりであるから,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとは認められず,甲1発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。
(2) 本件発明2,5について
本件発明2,5は,本件発明1を特定するための事項をすべて含むものであるから,その余の事項を検討するまでもなく,本件発明2は,本件発明1と同様の理由により,甲1に記載された発明であるとは認められず,本件発明2,5は,本件発明1と同様の理由により,甲1発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

5 甲3に関し
(1) 本件発明1について
ア 対比
(ア) 本件発明1と甲3発明とを,その有する機能に照らして対比すると,甲3発明の「モータ20」,「プラネタリギヤ30」,「ホイールハブ85」及び「軸受」,「ケース3」,「オイル溜り10」,「オイル11」,「潤滑・冷却系」は,それぞれ,本件発明1の「モータ部」,「減速機部」,「車輪用軸受部」,「ケーシング」,「油タンク」,「潤滑油」,「潤滑機構」に相当する。
(イ) 甲3発明は「前記モータ20のロータ軸25が延びる方向を軸方向として,前記ケース3が,その内部空間を,前記モータ20を収容した軸方向一方側のモータ室5と,前記プラネタリギヤ30を収容した軸方向他方側のプラネタリギヤ室9とに区分する隔壁7を有し,前記潤滑・冷却系が,前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴を有する」ところ,甲3発明の「ロータ軸25」は本件発明1の「回転軸」に相当し,ロータ軸25(回転軸)が延びる方向を軸方向とする場合,その位置関係からすると,甲3発明の「モータ室5」,「プラネタリギヤ室9」,「隔壁7」は,それぞれ,本件発明1の「モータ室」,「減速機室」,「隔壁」に相当する。
そして,甲3発明の「前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴」,「ホイール駆動装置1」は,それぞれ,本件発明1の「排油路」,「インホイールモータ駆動装置」に相当する。
(ウ) 甲3発明の「前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴」は,「前記モータ20の停止時における油面11aよりも下方に」設けられ,「前記モータ室5と前記プラネタリギヤ室9とに開口する」ものであるから,その位置,機能に照らして,本件発明1の「排油口」に相当し,当該「穴の状態」として,「前記穴がオイル11で塞がれた状態がある」ことから,甲3発明は本件発明1と,「前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に」,「前記モー夕室と前記減速機室とに開口する」「排油口を設け」,「前記排油口の状態として」,「前記排油口が潤滑油で塞がれた状態」がある点で共通する。
(エ) そうすると,本件発明1と甲3発明とは,以下の点で一致し,相違するものと認められる。
(一致点)
「モータ部,減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと,該ケーシングの下方側に配置され,前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え,
前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として,前記ケーシングが,その内部空間を,前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と,前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有し,前記潤滑機構が,前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において,
前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する排油口を設け,前記排油口の状態として,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態があるインホイールモータ駆動装置。」
(相違点2)
本件発明1は「排油口」に関し,「前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあ(る)」のに対し,甲3発明においては,「前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴」が,そのように構成されているか明らかでない点。
(相違点3)
本件発明1は,「前記隔壁に,前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けた」ものであるのに対し,甲3発明においてはそのように構成されていない点。
イ 判断
まず,相違点2についてみるに,本件発明1は本件明細書【0008】?【0012】に記載のような従来の実情に鑑みなされたものであり,本件発明1は,減速機室からの排油効率を改善し,もって高品質で耐久性に優れたインホイールモータ駆動装置を提供することを課題とするものである。(前記4(1)イ(イ))。
これに対し,甲3発明は,従来のホイール駆動装置では,ロータ回転方向が出力軸回転方向と同じ設定であるため,前進時に,オイル溜りの油面が前傾し,オイル溜りが後方に寄っているため,オイルとケースの前面との接触面積が小さく,オイルを貯溜するケースを介して外気に放熱させる方法における冷却性が不利になっている,といった事情に鑑みなされた発明で,簡単な構造でモータの冷却性を高めることができるホイール駆動装置を提供することを目的とするものである(甲3【0007】?【0014】)。
また,甲3には,「前記プラネタリギヤ室9内のオイル11を前記モータ室5の底部の前記オイル溜り10に排出する穴」の向きを軸方向とすることや,当該穴の状態として,当該穴における潤滑油の流通と,当該穴を介したトラクションモータ20を収容した室とプラネタリギヤ30を収容した室との間での空気の行き来とが併存する状態と,当該穴が潤滑油で塞がれた状態とがあることについては何ら記載がない。
このように,甲3発明は当該穴に関し着目したものではなく,甲3には,当該穴の大きさ,向き,排油効率に関し,特段記載も示唆もない。
そうすると,甲3発明において,相違点2に係る構成とする動機付けは特段認められない。
甲4には,モータ/ミッションケース16の隔壁に連通孔16kを形成して,電動モータ収納室74の左室74bとミッション収納室75との間の連通し,電動モータ収納室74の左室74bのブリージングエアを当該連通孔16kを経てブリージングする点が記載されているが(甲4【0031】,【0064】,【0065】,図3),相違点2に係る構成に関し記載も示唆もない(かえって,隔壁に単純な開口をよりなる連通孔を形成すると,左旋回時に,ミッション収納室75のオイルが電動モータ収納室74に流入してしまうため,問題があること,ミッション収納室75および電動モータ収納室74を連通させる開口14eが,隔壁を構成するモータ/ミッションケース16からミッション収納室75側にオイル連通路16h,14dの長さだけ離れた位置に形成されていることが記載されている(同【0054】,【0055】,図13)。)。
甲5には,ブリーザ装置からのオイル吹きを抑制するために,円筒状ケース34の隔壁40に,第1連通孔98,第2連通孔100を形成して,モータ室A1内とギヤ室A2内の圧力を均一化する点が記載されているが(甲5【0048】,【0049】,【0056】,図3),相違点2に係る構成に関し,記載も示唆もない(隔壁40に,モータ室A1とギヤ室A2とを連通させて各室のオイルレベルを一致させるための開口が下側に形成されていることが記載されているが(同【0027】),それにとどまる。)。
他の証拠(甲1,2)をみても,甲3発明において,相違点2に係る構成とする動機付けは特段認められない(前記4(1)イ(イ))。
そして,本件発明1は,相違点2,3に係る構成を有することにより,顕著な効果を奏するものである(前記4(1)イ(イ))。
以上を総合すると,甲3発明において,相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものとは認められない。
ウ 以上のとおりであるから,その余の事項を検討するまでもなく,本件発明1は,甲3発明及び甲4,5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。
(2) 本件発明2,5について
本件発明2,5は,本件発明1を特定するための事項をすべて含むものであるから,その余の事項を検討するまでもなく,本件発明2,5は,本件発明1と同様の理由により,甲3発明及び甲4,5に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

第6 理由3(36条6項1号)及び理由4(36条6項2号)について
1(1) 本件発明1,2,5は,本件明細書【0008】?【0012】に記載のような従来の実情に鑑みなされたものであり,本件発明1,2,5は,減速機室からの排油効率を改善し,もって高品質で耐久性に優れたインホイールモータ駆動装置を提供することを課題とするものである(前記第5・4(1)イ(イ))。
すなわち,モータ室と減速機室との間の排油口が潤滑油で塞がれた場合に,モータ部の発熱で生じる気圧差によって排油効率が低下することを防止する点を課題としているものと認められる。
(2) 本件訂正により,請求項1,2,5において,「排油口」について,「前記隔壁の,前記モータ部の停止時における油面よりも下方に,前記モー夕室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け,前記排油口の状態として,当該排油口における潤滑油の流通と,当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と,前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあ(る)」と特定されたことより,発明の課題を解決するための手段が反映されているものと認められる。
(3) また,本件訂正により,本件発明1,2,5が本件明細書【0015】に記載の作用効果を奏することが明らかとなったことより,本件発明1,2,5は,課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるとはいえず,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであるとは認められない。
(4) その他,本件発明1,2,5が,発明の詳細な説明に記載したものではないとする理由も特段認められない。
よって,本件発明1,2,5は,発明の詳細な説明に記載したものではないとは認められない。

2 本件訂正により,請求項1,2,5において,減速機室とモータ室との間の排油口に関し,明確に特定された。
その他,本件発明1,2,5が明確でないとする理由も特段認められない。
よって,本件発明1,2,5は,明確でないとは認められない。

第7 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由によっては,本件の請求項1,2,5に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1,2,5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ部、減速機部および車輪用軸受部を保持したケーシングと、該ケーシングの下方側に配置され、前記ケーシングの内部空間と連通した油タンクに貯留された潤滑油を前記モータ部および前記減速機部に供給する潤滑機構とを備え、
前記モータ部の回転軸が延びる方向を軸方向として、前記ケーシングが、その内部空間を、前記モータ部を収容した軸方向一方側のモータ室と、前記減速機部を収容した軸方向他方側の減速機室とに区分する隔壁を有し、前記潤滑機構が、前記減速機室内の潤滑油を前記油タンクに排出する排油路を有するインホイールモータ駆動装置において、
前記隔壁の、前記モータ部の停止時における油面よりも下方に、前記モータ室と前記減速機室とに開口する軸方向の排油口を設け、前記排油口の状態として、当該排油口における潤滑油の流通と、当該排油口を介した前記モータ室と前記減速機室との間での空気の行き来とが併存する状態と、前記排油口が潤滑油で塞がれた状態とがあり、
前記隔壁に、前記モータ室と前記減速機室との間で空気を行き来させるための通気路を設けたことを特徴とするインホイールモータ駆動装置。
【請求項2】
前記通気路を、前記隔壁のうち、前記モータ部の回転軸の軸線よりも上側の領域に設けたことを特徴とする請求項1に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項3】
前記減速機部の静止側を前記減速機室内で支持した支持手段を有し、該支持手段は、前記隔壁に設けた孔部と、該孔部に一端が嵌合された支持部材とを備え、
前記孔部を前記モータ室および前記減速機室に開口した貫通孔に形成し、該貫通孔を利用して前記通気路を形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項4】
前記減速機部の静止側を前記減速機室内で支持した支持手段を有し、該支持手段は、前記隔壁に設けた孔部と、該孔部に一端が嵌合された支持部材とを備え、
前記孔部を前記隔壁の周方向に離間して複数設け、前記通気路を、周方向で隣り合う前記孔部間に設けられ、前記モータ室および前記減速機室に開口した貫通孔で構成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項5】
前記隔壁は、円環状に形成され、その内径端部に前記モータ部の回転軸を支持する転がり軸受を保持することを特徴とする請求項1?4の何れか一項に記載のインホイールモータ駆動装置。
【請求項6】
前記減速機部が、偏心部を有し、前記モータ部の回転軸とトルク伝達可能に連結された減速機入力軸と、前記偏心部の外周に回転自在に保持され、前記減速機入力軸の回転に伴ってその回転軸心を中心とする公転運動を行う曲線板と、公転運動中の前記曲線板の外周部と係合して前記曲線板に自転運動を生じさせる複数の外ピンと、前記曲線板の自転運動を前記車輪用軸受部に連結された減速機出力軸の回転運動に変換する運動変換機構とを備えることを特徴とする請求項1?5の何れか一項に記載のインホイールモータ駆動装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-06-30 
出願番号 特願2014-198851(P2014-198851)
審決分類 P 1 652・ 113- YAA (B60K)
P 1 652・ 121- YAA (B60K)
P 1 652・ 537- YAA (B60K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 尾家 英樹  
特許庁審判長 堀川 一郎
特許庁審判官 窪田 治彦
長馬 望
登録日 2018-09-07 
登録番号 特許第6396150号(P6396150)
権利者 NTN株式会社
発明の名称 インホイールモータ駆動装置  
代理人 城村 邦彦  
代理人 熊野 剛  
代理人 城村 邦彦  
代理人 熊野 剛  

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