• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1366944
異議申立番号 異議2017-700208  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-03-01 
確定日 2020-08-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5987431号「フルオロスルホン酸リチウム、非水系電解液、及び非水系電解液二次電池」に関する特許異議の申立てについてされた平成30年10月22日付け決定に対し,知的財産高等裁判所において請求項1,2,4ないし22に係る特許に対する部分の決定取消しの判決(平成30年(行ケ)第10170号,令和 2年 1月29日)があったので,決定が取り消された部分の請求項に係る特許についてさらに審理のうえ,次のとおり決定する。 
結論 特許第5987431号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1,2,〔4-22〕について訂正することを認める。 特許第5987431号の請求項1,2,4,6ないし22に係る特許を維持する。 特許第5987431号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許第5987431号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし22に係る特許についての出願は,平成24年 4月13日(優先権主張平成23年 4月13日)を出願日とし,平成28年 8月19日に特許権の設定の登録がなされ,同年 9月 7日に特許掲載公報が発行されたものである。

2 本件特許に係る本件特許異議の申立てについての上記以降の経緯は,次のとおりである。
平成29年 3月 1日 特許異議の申立て
特許異議申立人:平居博美(以下「申立人」という。),甲第1?11号証を添付
同 年 5月 2日付 取消理由通知
同 年 7月10日 特許権者意見書及び訂正請求,乙第1?7号証を添付
同 年 8月23日 特許権者上申書
同 年 9月29日 申立人意見書
同 年10月30日付 取消理由通知(決定の予告)
平成30年 1月 5日 特許権者意見書及び訂正請求,乙第8?20号証を添付(以下,この訂正請求を「本件訂正請求」という。)
同 年 4月24日 申立人意見書
同 年 6月29日付 訂正拒絶理由通知
同 年 8月 2日 特許権者意見書
同 年10月22日付 特許異議の決定
(以下「原決定」という。結論の概要:訂正後の請求項1,2,3,〔4?22〕について訂正することを認める。請求項1,2,4,6?22に係る特許を取り消す。請求項3,5に係る特許についての申立てを却下する。)
同 年11月29日 原決定に対する訴えの提起
令和 2年 1月29日 判決言渡し
(以下,単に「判決」という。主文の概要:原決定のうち,請求項1,2,4ないし22に係る部分を取り消す。請求項3に係る部分の訴えを却下する。訴訟費用は被告の負担とする。)

3 上記経緯によれば,原決定のうち,請求項3に係る部分は取り消されていないから,本件訂正請求のうち請求項3を削除する訂正は,既に確定している。
また,本件訂正請求により削除訂正された訂正後の請求項5については,請求項4ないし22の一群の請求項の一部であるとして原決定が取り消されているから(判決第77?78頁),この決定において再度判断する必要がある。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求は,請求項1ないし3について請求項ごとに訂正を請求するとともに,請求項4ないし22の一群の請求項について訂正を請求するものであり,その訂正の内容は,次のとおりである。下線は訂正に係る箇所であって,当審が付した。
(1)訂正事項1
請求項1に「フルオロスルホン酸リチウムを含有し、かつカルボン酸イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上4.0×10^(-3)mol/L以下である、非水系電解液。」とあるのを,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のカルボン酸イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上4.0×10^(-3)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。」に訂正する。

(2)訂正事項2
請求項2に「フルオロスルホン酸リチウムを含有し、かつ非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-3)mol/L以下である非水系電解液。」とあるのを,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上3.0×10^(-5)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。」に訂正する。

(3)訂正事項3
請求項3を削除する。

(4)訂正事項4
請求項4?22の一群の請求項についての訂正事項をまとめて訂正事項4とし,当該訂正事項に関する個々の訂正事項は訂正事項4-1?4-9とした。
ア 訂正事項4-1
請求項4に「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、かつ、該非水系電解液中の硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下である非水系電解液。」とあるのを,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中の硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項4を引用する請求項6?22も訂正する。

イ 訂正事項4-2
請求項5を削除する。

ウ 訂正事項4-3
請求項6に「請求項4または5に記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項6を引用する請求項7?22も訂正する。

エ 訂正事項4-4
請求項8に「請求項4?7の何れか1項記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4、6及び7の何れか1項に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項8を引用する請求項9?22も訂正する。

オ 訂正事項4-5
請求項10に「請求項4?9の何れか1項に記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4及び6?9の何れか1項に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項10を引用する請求項11?22も訂正する。

カ 訂正事項4-6
請求項12に「請求項4?11のいずれか1項に記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4及び6?11のいずれか1項に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項12を引用する請求項13?22も訂正する。

キ 訂正事項4-7
請求項14に「請求項4?13の何れか1項に記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4及び6?13の何れか1項に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項14を引用する請求項15?22も訂正する。

ク 訂正事項4-8
請求項16に「請求項4?15の何れか1項に記載の非水系電解液。」とあるのを,
「請求項4及び6?15の何れか1項に記載の非水系電解液。」に訂正し,
その結果として,請求項16を引用する請求項17?22も訂正する。

ケ 訂正事項4-9
請求項17に「請求項4?16のいずれか1項に記載の非水系電解液を含む非水系電解液二次電池。」とあるのを,
「請求項4及び6?16のいずれか1項に記載の非水系電解液を含む非水系電解液二次電池。」に訂正し,
その結果として,請求項17を引用する請求項18?22も訂正する。

2 訂正の目的の可否,新規事項の有無,及び,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
以下の引用中,「…」は記載の省略を表す。
(1)訂正事項1
訂正事項1は,訂正前の請求項1における「非水系電解液」について,
段落【0008】の「…<4> リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩、及び非水系溶媒を含有し、該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であ」るという記載,
段落【0024】?【0028】の「<1-2.フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩>…例えば、LiPF_(6)、LiBF_(4)、LiClO_(4)、LiAlF_(4)、LiSbF_(6)、LiTaF_(6)、LiWF_(7)等の無機リチウム塩…含フッ素有機リチウム塩類;等が挙げられる。…これらの中でも、LiPF_(6)、LiBF_(4)が好ましく、LiPF_(6)が最も好ましい。」という記載,
段落【0029】の「本発明の非水系電解液においては、非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩の対アニオン種(例えば、フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩がLiPF_(6)の場合のPF_(6)^(-))のモル含有量が、下限値としては、…0.7mol/L以上であることが特に好ましい。また、上限値としては、…1.5mol/L以下であることが特に好ましい。」という記載,
段落【0036】の「 <飽和環状カーボネート> 本発明において非水系溶媒として用いることができる飽和環状カーボネートとしては、炭素数2?4のアルキレン基を有するものが挙げられる。」という記載,及び,
段落【0039】の「<鎖状カーボネート> 本発明において非水系溶媒として用いることができる鎖状カーボネートとしては、炭素数3?7のものが挙げられる。」という記載
に基づいて,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、該非水系電解液は」,「LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む」との発明特定事項を,
訂正前の発明特定事項に対して直列的に付加するものであるか,訂正前の発明特定事項に対してさらに限定する事項を付加するものであるから,請求項1記載の発明の減縮を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2
訂正事項2は,訂正前の請求項2における「非水系電解液」について,上記訂正事項1での検討と同様である,段落【0008】,段落【0024】?【0028】,段落【0029】,段落【0036】,及び,段落【0039】の記載に基づいて,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、該非水系電解液は」,「LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む」との発明特定事項を,
訂正前の発明特定事項に対して直列的に付加するか,訂正前の発明特定事項に対してさらに限定する事項を付加するとともに,
訂正前の請求項2における「非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量」の上限値についての特定事項である「1.0×10^(-3)mol/L」を,
段落【0016】の「また、フルオロスルホン酸リチウムを電解液中に含有する場合、非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量は、上限値としては、1.0×10^(-3)mol/L以下であり、…最も好ましくは3.0×10^(-5)mol/L以下である。」という記載に基づいて,
「3.0×10^(-5)mol/L以下」に減縮するものであるから,
請求項2記載の発明の減縮を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3
訂正事項3は,訂正前の請求項3を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。なお,訂正事項3は,上記第1の3で付記したとおり,既に確定している。

(4)訂正事項4
ア 訂正事項4-1
訂正事項4-1は,訂正前の請求項4における,「フルオロスルホン酸リチウム、フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩、及び非水系溶媒を含有」する「非水系電解液」について,
段落【0024】?【0028】の「<1-2.フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩>…例えば、LiPF_(6)、LiBF_(4)、LiClO_(4)、LiAlF_(4)、LiSbF_(6)、LiTaF_(6)、LiWF_(7)等の無機リチウム塩…含フッ素有機リチウム塩類;等が挙げられる。…これらの中でも、LiPF_(6)、LiBF_(4)が好ましく、LiPF_(6)が最も好ましい。」という記載に基づいて,
「フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有」する「非水系電解液」に限定するとともに,
当該「非水系電解液」について,
段落【0029】の「本発明の非水系電解液においては、非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩の対アニオン種(例えば、フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩がLiPF_(6)の場合のPF_(6)^(-))のモル含有量が、下限値としては、…0.7mol/L以上であることが特に好ましい。また、上限値としては、…1.5mol/L以下であることが特に好ましい。」という記載,
段落【0036】の「 <飽和環状カーボネート> 本発明において非水系溶媒として用いることができる飽和環状カーボネートとしては、炭素数2?4のアルキレン基を有するものが挙げられる。」という記載,及び,
段落【0039】の「<鎖状カーボネート> 本発明において非水系溶媒として用いることができる鎖状カーボネートとしては、炭素数3?7のものが挙げられる。」という記載
に基づいて,
「該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む」との発明特定事項を,
訂正前の発明特定事項に対して直列的に付加するものであるか,訂正前の発明特定事項に対してさらに限定する事項を付加するものであるから,請求項4記載の発明の減縮を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。

イ 訂正事項4-2
訂正事項4-2は,訂正前の請求項5を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。

ウ 訂正事項4-3?4-9
訂正事項4-3?4-9は,訂正前の請求項5を削除するとの上記訂正事項4-2に伴って,訂正前の請求項6ないし22について,当該請求項5を引用しないように訂正するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張,又は変更するものでもない。

3 独立特許要件,二以上の請求項に係る訂正,及び,一群の請求項について
本件特許の全ての請求項について特許異議の申立てがされたので,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の規定において読み替えて適用される請求項はなく,したがって,訂正事項1?4には,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の規定において読み替えて適用されるものはない。
また,訂正事項1?3は請求項ごとに請求されたものであるから,特許法120条の5第3項の規定に適合する。
また,訂正前の請求項5?22は,訂正前の請求項4を引用する請求項であって訂正事項4-1によって訂正される請求項4に連動して訂正されるものであるから,訂正前の請求項4?22は一群の請求項であるところ,本件訂正請求は,そのような一群の請求項に対してされたものであるから,特許法120条の5第4項の規定に適合する。
そして,本件訂正請求は,請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく,特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから,本件訂正請求は,訂正後の請求項1,2,3,〔4-22〕をそれぞれ訂正単位として訂正の請求をするものである。

4 訂正の適否についてのまとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号,及び,第3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第3項,同条第4項,及び,同条第9項において準用する同法第126条第5項から第6項までの規定に適合するので,訂正後の請求項1,2,3,〔4-22〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正発明
1 上記第2のとおり,本件訂正請求による訂正は適法なものである。そして,本件特許の請求項1ないし22に係る発明は,訂正特許請求の範囲の請求項1ないし22に記載される,次のとおりのものである。
「【請求項1】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のカルボン酸イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上4.0×10^(-3)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項2】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上3.0×10^(-5)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中の硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
非水系電解液が、フッ素原子を有する環状カーボネートを含有する請求項4に記載の非水系電解液。
【請求項7】
前記フッ素原子を有する環状カーボネートが、非水系電解液中に0.001質量%以上85質量%以下含有されている請求項6に記載の非水系電解液。
【請求項8】
炭素-炭素不飽和結合を有する環状カーボネートを含有する請求項4、6及び7の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項9】
前記炭素-炭素不飽和結合を有する環状カーボネートが、非水系電解液中に0.001質量%以上10質量%以下含有されている請求項8に記載の非水系電解液。
【請求項10】
環状スルホン酸エステルを含有する請求項4及び6?9の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項11】
前記環状スルホン酸エステルの非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上10質量%以下である請求項10に記載の非水系電解液。
【請求項12】
シアノ基を有する化合物を含有する請求項4及び6?11のいずれか1項に記載の非水系電解液。
【請求項13】
前記シアノ基を有する化合物の非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上10質量%以下である請求項12に記載の非水系電解液。
【請求項14】
ジイソシアネート化合物を含有する請求項4及び6?13の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項15】
前記ジイソシアネート化合物の非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上5質量%以下である請求項14に記載の非水系電解液。
【請求項16】
リチウムオキサラート塩類を含有する請求項4及び6?15の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項17】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極及び正極、並びに請求項4及び6?16のいずれか1項に記載の非水系電解液を含む非水系電解液二次電池。
【請求項18】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、ケイ素の単体金属、合金及び化合物、並びにスズの単体金属、合金及び化合物のうちの少なくとも1種を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項19】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、炭素質材料を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項20】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、リチウムチタン複合酸化物を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項21】
前記正極は、集電体上に正極活物質層を有し、前記正極活物質層は、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・コバルト・ニッケル複合酸化物、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト・マンガン複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物、リチウム・コバルト・ニッケル複合酸化物、リチウム・ニッケル・マンガン複合酸化物、及びリチウム・ニッケル・コバルト・マンガン複合酸化物、からなる群より選ばれた少なくとも一種を含有する請求項17?20のいずれか1項に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項22】
前記正極は、集電体上に正極活物質層を有し、前記正極活物質層は、Li_(x)MPO_(4)(Mは周期表の第4周期の第4族?第11族の遷移金属からなる群より選ばれた少なくとも一種の元素、xは0<x<1.2)を含有する請求項17?20のいずれか1項に記載の非水系電解液二次電池。」

2 ここで,請求項1,請求項2及び請求項4の各々において,非水系溶媒として特定されている,
「炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート」,及び,
「炭素数3?7の鎖状カーボネート」
の記載については,本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の段落【0036】,【0039】,【0040】,【0043】の記載を参酌すると,それぞれ,
「炭素数2?4のいずれか1種以上のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート」,及び,
「炭素数3?7のいずれか1種以上の鎖状カーボネート」
を意味しているものと認める。

第4 異議理由及び取消理由の概要
1 申立人による異議理由の概要は,次の(1)?(3)のとおりであり,証拠方法として(4)アを提示した(なお,特許権者は,意見書において,証拠方法として(4)イを提示した。)。
(1)サポート要件
訂正前の請求項1ないし22に係る発明は,下記の点で,本件明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから,その発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対して特許されたものであり,同法第113条第4号に該当し,取り消されるべきものである。
ア 「フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量」について,本件明細書の実施例でその効果が確認されているフルオロスルホン酸リチウムの含有量は「0.025質量%以上5質量%以下」(段落【0255】表2,【0263】表4,【0271】表6)であり,換算すると「0.0028mol/L以上0.56mol/L以下」であるから,訂正前の請求項1ないし3(含有量を特定しない。),請求項4(下限は,0.0028mol/Lの「5?6分の1」に過ぎない。)をサポートしているとはいえない。

イ 「カルボン酸イオンの含有量」について,本件明細書に記載の「比較例4」における含有量は,換算すると「3.5×10^(-4)mol/L」となり,訂正前の請求項1の範囲に含まれるが,電池特性に優れるものではない。また,「フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量」について,本件明細書に記載の「比較例7」における塩化物イオンの含有量は,換算すると「4.7×10^(-5)mol/L」となり,訂正前の請求項2の範囲に含まれるが,電池特性に優れるものではない。

ウ リチウム塩について,本件明細書の実施例でその効果が確認されている電解液はすべて「フルオロスルホン酸リチウム」に加え「LiPF_(6)」を含むから,発明の課題は「フルオロスルホン酸リチウム」により解決されるのか,具体的に規定されていない「LiPF_(6)」と「フルオロスルホン酸リチウム」との組合せにより解決されるのか明らかでない。

(2)実施可能要件
本件明細書の発明の詳細な説明は,下記の点で,訂正前の請求項1ないし22に係る発明について,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから,その発明についての特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対して特許されたものであり,同法第113条第4項に該当し,取り消されるべきものである。
すなわち,非水系電解液におけるハロゲン化物イオンと硫酸イオンの低減は当業界における大きな課題の一つであり,訂正前の請求項2ないし22にはこれらの含有量の下限値が極めて低く設定されているにも拘らず,本件明細書にはこれらイオンの含有量の調整方法が記載されておらず,当業者がこれらイオンの含有量を調整できるように本件明細書が記載されているとはいえず,そのためには必要以上の試行錯誤が必要である。カルボン酸イオンの含有量を規定する訂正前の請求項1についても同様である(当審注:特許異議申立書には,訂正前の請求項1に関する理由の詳細が示されていないが,平成29年 9月29日付け申立人意見書18頁の記載によって実質的に理由補充したものと解する。)。

(3)進歩性
訂正前の請求項2ないし22に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2?11号証に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。

(4)証拠方法
ア 申立人が提示したもの
甲第1号証:特開平7-296849号公報
甲第2号証:特開平10-144348号公報
甲第3号証:廖紅英 外2名,Industrial Forum of Advanced Materials, No.118, 2003年9月
甲第4号証:特開2008-91196号公報
甲第5号証:特開2003-192661号公報
甲第6号証:特開昭61-252619号公報
甲第7号証:国際公開第2011/021644号
甲第8号証:特開2007-242411号公報
甲第9号証:特表2008-539548号公報
甲第10号証:特開2009-21134号公報
甲第11号証:TARGRAY Product Data Sheet, Electrolyte Solution, 2013年2月
(以下,各々「甲1」ないし「甲11」という。)

イ 特許権者が提示したもの
乙第1号証:特開2011-187440号公報
乙第2号証:特開2014-127313号公報
乙第3号証:特開2003-123755号公報
乙第4号証:電気化学会 電池技術委員会編,電池ハンドブック,第1版,平成22年2月10日,株式会社オーム社発行,第373頁
乙第5号証:特開平7-296849号公報
乙第6号証:特開2012-218985号公報
乙第7号証:日本学術振興会 フッ素化学155委員会編集,フッ素化学入門,初版,2004年3月1日,三共出版株式会社発行,第352頁
乙第8号証:特開2007-103246号公報
乙第9号証:特開2008-222484号公報
乙第10号証:特開2009-277597号公報
乙第11号証:特開2010-123287号公報
乙第12号証:特開2010-278018号公報
乙第13号証:特開2011-54503号公報
乙第14号証:NEC TOKIN Technical Review,第33号,平成18年9月25日,NECトーキン株式会社発行,第5?6頁
乙第15号証:電気化学会 電池技術委員会編,電池ハンドブック,第1版,平成22年2月10日,株式会社オーム社発行,第370?374頁,第523?546頁,第610?613頁
乙第16号証:Yukihiro OKUNO et al, Phys. Chem. Chem. Phys., Vol.18, 2016, p.8643-8653
乙第17号証:森田昌行 外3名編著,電子とイオンの機能化学シリーズ Vol.3 次世代型リチウム二次電池,初版,2003年5月26日,株式会社エヌ・ティー・エス発行,第118?119頁
乙第18号証:芳尾真幸 外1名編,リチウムイオン二次電池 第二版 材料と応用,2版,2004年7月5日,日刊工業新聞社発行,第83?85頁
乙第19号証:Journal of the Electrochemical Society, Vol.148, No.10, 2001, p.A1196-A1204
乙第20号証:工学院大学 先進工学部 環境化学科 准教授 関志朗,特許5987431号に対する意見・見解書,2017年12月20日
(以下,各々「乙1」ないし「乙20」という。)

2 原決定における取消理由(サポート要件)は,上記1(1)アに原審が次のとおり理由を付加したものである。
すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明に基づく発明の範囲は,エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)にLiPF_(6)を1mol/Lの割合となるように溶解して調整した基本電解液にフルオロスルホン酸リチウムを2.98×10^(-3)mol/L以上0.596mol/L以下の範囲内で含有している非水系電解液であって,カルボン酸イオンの含有量が1.00×10^(-6)mol/L以上4.00×10^(-3)mol/L以下である,又は,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が1.00×10^(-6)mol/L以上3.00×10^(-5)mol/L以下である,又は,硫酸イオンの含有量が1.00×10^(-7)mol/L以上1.00×10^(-2)mol/L以下である非水系電解液に止まる。
よって,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明には,発明の詳細な説明に基づく発明の範囲を超える非水系電解液も含まれることになり,本件特許に係る優先日当時の技術常識に照らしても,発明の課題を解決し得ることが開示されているとはいえないから,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

第5 当審の判断
1 サポート要件について
(1)原決定における取消理由の検討
ア 本件明細書には,「本発明の課題は、初期充電容量、入出力特性およびインピーダンス特性が改善されることで、初期の電池特性と耐久性のみならず、耐久後も高い入出力特性およびインピーダンス特性が維持される非水系電解液二次電池をもたらすことができる非水系電解液用の添加剤ならびに非水系電解液を提供することにあり、また、この非水系電解液を用いた非水系電解液二次電池を提供することにある」(段落【0007】)と記載されている。
一方で,本件明細書には,技術分野が「特定量のカルボン酸が含まれるフルオロスルホン酸リチウム、特定量のハロゲン元素が含まれるフルオロスルホン酸リチウム、特定量の硫酸イオン分が含まれるフルオロスルホン酸リチウム、これらフルオロスルホン酸リチウムを含有する非水電解液、及び非水系電解液二次電池に関する」(段落【0001】)と記載されるとともに,上記の課題を解決すべく「特定量のカルボン酸、ハロゲン元素、硫酸イオンを含有するフルオロスルホン酸リチウムを非水系電解液に加えた場合、初期充電容量、及び容量維持率が改善された非水系電解液二次電池をもたらすことができる非水系電解液が実現できることを見出し、本発明を完成させるに至った」(段落【0008】)ことや,「特定量の硫酸イオン分を含有するフルオロスルホン酸リチウムを、非水系電解液中に含有させることにより、電池内部インピーダンスが低下し、低温出力特性が向上するという優れた特徴が発現されることを見出し、更に耐久後にも初期の電池内部インピーダンス特性や高出力特性が持続するとの知見を得て、本発明を完成させた」(段落【0009】)ことも記載されている。
そして,実施例では,非水系溶媒にLiPF_(6)を溶解して調製した基本電解液に,硫酸イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例A,B(段落【0244】?【0256】,表1,2),酢酸イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例C,D(段落【0256】?【0264】,表3,4),塩化物イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例E,F(段落【0264】?【0272】,表5,6)が記載されている。ここで,電池特性の評価項目は,初期放電容量,容量維持率,ガス発生量であり,初期放電容量は「初期の電池特性」に,容量維持率やガス発生量は「耐久性」に相当する項目であって,基本電解液に硫酸イオン,酢酸イオンないし塩化物イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加することにより,上記評価項目が向上し,電池特性に優れることが確認できる。

イ 上記アの摘示を総合すると,本件明細書の発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題として,フルオロスルホン酸リチウムとカルボン酸イオン,フルオロスルホン酸リチウムとハロゲン化物イオン,あるいは,フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオン,を添加剤として含有しない非水系電解液に対して,初期放電容量等の電池特性を向上させる非水系電解液を提供することにあることが開示されているものと認められる。
そして,発明の詳細な説明の記載,及び,本件特許に係る優先日当時の技術常識から,当業者は,発明の詳細な説明に記載された「基本電解液」に限られることなく,上記の各添加剤を添加することにより,得られた非水系電解液が電池特性に優れることを理解し,上記課題を解決できることを認識できるものと認められる。
したがって,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明に,発明の詳細な説明に基づく発明の範囲を超えるものまで含まれるということはできないから,上記各請求項に係る発明は,サポート要件を満たすものである。

ウ なお,原決定は,発明の詳細な説明に基づく発明の範囲を,実施例の記載に即して認定し,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明は,上記認定された発明の範囲を超えるものである旨判断したのに対し,判決は,上記認定に誤りがあるとして,原決定を取り消したものである。
そして,審決を取り消す旨の判決の拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる(最判平4.4.28判決,昭63(行ツ)10審決取消請求事件,民集46巻4号245頁)ところ,原決定を取り消した判決は,上述の事実認定を基礎とするものであるから,これに反する認定は,拘束力に反し,採用できない。

(2)申立人による異議理由の検討
ア フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量
本件明細書の実施例では,電解液中のフルオロスルホン酸リチウムの含有量が「0.025質量%以上5質量%以下」(換算して「0.0028mol/L以上0.56mol/L以下」)の範囲のものは,フルオロスルホン酸リチウムを含まない電解液に比べ,初期放電容量などの電池特性が向上している。
そして,請求項1,2,4,6ないし22の非水系電解液に含まれるフルオロスルホン酸リチウムの下限値(0.0005mol/L)は,上記各実施例の最小値(0.0028mol/L)の約6分の1程度であり,顕著に少ないとまではいえないことに照らすと,当業者は,フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/Lの電解液を用いた場合であっても,フルオロスルホン酸リチウムを添加剤として添加しない電解液に対して電池特性が向上し,発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
なお,原決定は,フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量に関し,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明は,発明の課題を解決できると認識できるものとして認定された発明の範囲を超えるものである旨判断したのに対し,判決は,上記認定に誤りがあるとして,原決定を取り消したものである。
そして,審決を取り消す旨の判決の拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる(上記最判参照)ところ,原決定を取り消した判決は,上述の事実認定を基礎とするものであるから,これに反する認定は,拘束力に反し,採用できない。

イ カルボン酸イオン,及び,ハロゲン化物イオンの含有量
(ア)まず,本件明細書のうち,塩化物イオンに係る比較例7の記載(段落【0267】表5)は,訂正後の請求項2に記載された発明の上限を超えるものとなったから,申立人が指摘した理由は解消した。

(イ)次に,酢酸イオンに係る比較例4(段落【0259】表3)は,続けて「表3より、同量のフルオロスルホン酸リチウムを含有する電解液を用いた電池においては、酢酸イオンの量が少ない方が高温保存時のガス発生量が少なく、電池特性に優れることが分かる。」(段落【0260】)と記載されるとおり,フルオロスルホン酸リチウムを一定量とした場合における酢酸イオン量と電池特性との関係を確認したものである。これに対し,酢酸イオン含有量の範囲と電池特性との関係を確認しているのは,実施例9?12及び比較例5,6(段落【0263】表4)であり,続けて「表4より、製造された電解液の酢酸イオンの量が1.00×10^(-6)mol/L?4.00×10^(-3)mol/Lの範囲内であれば、初期放電容量が高く、かつ高温保存時のガス発生量が低下することから、電池特性が向上することが分かる。」(段落【0264】と記載されるとおりであって,当該記載を併せ読めば,比較例4の記載が請求項1に係る発明のサポート要件に影響を与えるということはできない。

ウ LiPF_(6)との組み合わせ
訂正後の請求項1,2,4,6ないし22に係る発明においては,いずれも,「LiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であ」ることが特定されたから,申立人が指摘した理由は解消した。

(3)サポート要件についてのまとめ
以上のとおりであるから,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明についての特許は,サポート要件に違反していることを根拠として取り消すことはできない。

2 実施可能要件について
(1)本件明細書の記載
上記1(1)アに摘示のとおり,本件明細書の実施例の欄には,非水系溶媒にLiPF_(6)を溶解して調製した基本電解液に,硫酸イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例A,B(段落【0244】?【0256】,表1,2),酢酸イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例C,D(段落【0256】?【0264】,表3,4),塩化物イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを添加した試験例E,F(段落【0264】?【0272】,表5,6)が記載されている。
また,フルオロスルホン酸リチウムの合成及び入手の方法は,特に制限されず,種々の方法で合成できることも示されている(段落【0019】)。

(2)検討
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者であれば,フルオロスルホン酸リチウムとして,これら各イオンが含まれないものを合成又は入手し,上記各イオンの含有量を制御することにより,当該含有量と,非水系電解液を得るため添加したフルオロスルホン酸リチウムの量とから,非水系電解液中の各イオンの含有量を算出することができる。
ここで,非水系電解液は,基本電解液に,各イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを0?5質量%の割合となるように混合して製造するのであるから,非水系電解液中の各イオンの含有量は,フルオロスルホン酸リチウム中の各イオンの含有量よりも希薄であることは明らかであり,当業者であれば,最終的に製造された非水系電解液中のカルボン酸イオン,ハロゲン化物イオン,及び,硫酸イオンの極微量は,直接に得るのではなく,各イオンを添加したフルオロスルホン酸リチウムを非水系溶媒に添加混合する過程で,間接的な希釈によって達成できることを理解することができる。

(3)申立人の主張について
ア 申立人は,甲2及び甲4を引用して,リチウムイオン化合物としてLiPF_(6)を配合すると塩素化合物が必須的に混入する旨主張するので検討するに,以下に示すとおり,当該主張は採用できない。
(ア)甲2は,「リチウム電池用電解液の製造方法」(発明の名称)に関するものであって,ヘキサフルオロリン酸リチウムの製造原料である五フッ化リンについて,次の記載がある。
「【0004】この五フッ化リンの製造方法としては、赤燐とフッ素を反応させる方法や五塩化リンと無水フッ化水素を反応させる方法等があるが、安全性、操作性およびコストの面から、五塩化リンと無水フッ化水素を反応させる方法が多く用いられている。この反応によって得られる五フッ化リン中には、原料の五塩化リンに由来する種々の塩素化合物が含まれている。
【0005】このような塩素化合物が電解液に不純物として存在すると、リチウム電池に使用した場合、電池の放電容量の低下、内部抵抗の増大、サイクル寿命の低下等種々の問題を引き起こすことが考えられ、この塩素化合物を除去することが必要である。
【0006】従来の電解液の製造法としては、まず電解質であるヘキサフルオロリン酸リチウムを製造し、これを有機非水溶媒に溶解する等の方法で行われているが、不純物の塩素化合物を除去するために、ヘキサフルオロリン酸リチウムの製造において、再結晶等の煩雑な操作が必要となり、コスト、操作性等の面で必ずしも満足できるものではなかった。」
上記の摘示によれば,LiPF_(6)の製造原料である五フッ化リンを,五塩化リンを使用しないで製造すれば,塩素化合物が不純物として存在しないことは明らかであり,また,五塩化リンを使用しても,再結晶等の操作を行えば,不純物を低減できるのであるから,「LiPF_(6)を配合すると塩素化合物が必然的に混入する」と断言することはできない。

(イ)甲4は,「リチウム二次電池」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】 電解質に含まれるLiPF_(6)等は生成時にPCl等が用いられ、Clイオン等の陰イオンが酸コンタミネーションとして電解質内に残留する。電極に含まれるCo等の活物質は陰イオンから成る酸コンタミネーションと結合して溶出する。これにより、電極が腐食してリチウム二次電池の容量低下が生じる場合や溶出したCoが対極に到達することによる短絡が生じる場合がある。特に、高電圧下では活物質の安定性が低下して溶出し易くなるため、容量低下や短絡が著しく大きくなって高容量化の障害になる問題があった。」
上記の摘示は,PCl等の塩化リン化合物を使用した場合の知見を開示するものであるところ,当該記載をもって直ちに「LiPF_(6)を配合すると塩素化合物が必然的に混入する」と断言することはできない。

(ウ)さらに,特許権者が提示した乙7(日本学術振興会 フッ素化学155委員会編集,フッ素化学入門,初版,2004年3月1日,三共出版株式会社発行,第352頁)に「リン源として五塩化リン(PCl_(5))を用いる方法とフッ素とリンから合成したPF_(5)を用いる方法が工業的に行われている。」と記載されるとおり,LiPF_(6)を製造する方法として,塩素含有化合物を使用しない方法は本件特許の優先日当時に周知であって,当業者であれば,そのような方法を用いることにより,LiPF_(6)における塩化物イオンの含有量を制御することができるといえる。

イ 申立人はまた,甲5を引用して,フルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩には硫酸イオンが混入する旨も主張する。
そこで検討するに,甲5は,フルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩に関する文献であって,フルオロスルホン酸リチウムの製造に関する文献ではないところ,本件明細書の段落【0019】の記載によれば,フルオロスルホン酸リチウムが種々の方法で合成できることは,上記(1)に摘示したとおりである。

ウ よって,申立人の主張はいずれも採用できない。

(4)実施可能要件についてのまとめ
以上のとおりであるから,請求項1,2,4,6ないし22に係る発明についての特許は,実施可能要件に違反していることを根拠として取り消すことはできない。

3 進歩性について
(1)甲1の記載
ア 甲1は,「非水電解質二次電池」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】リチウムを吸蔵放出する炭素材料を主材とする負極と、正極と、非水電解質とを備え、前記電解質はフルオロ硫酸リチウムを含有しているものであることを特徴とする非水電解質二次電池。」

(イ)「【0009】
【作用】前述した如く、この種電池では電解液の分解反応が生じやすく、これが電池性能を劣化させる主因となっている。発明者は、上記分解反応を詳細に検討したところ下記の知見が得られた。電解質に過塩素酸リチウムを用いた場合、正極活物質の貴な電位により過塩素リチウムが分解し活性酸素が生成する。この活性酸素が溶媒を攻撃して溶媒の分解反応を促進させることがわかった。電解質にトリフルオロメタンスルホン酸リチウム、四フッ化ホウ酸リチウムおよび六フッ化燐酸リチウムを用いた場合は、正極活物質の貴な電位による電解質の分解が進行しフッ素が生成する。このフッ素が溶媒を攻撃して溶媒の分解反応を促進させることがわかった。しかしながら、電解質にフルオロ硫酸リチウム用いると保存特性にすぐれ、サイクル特性も良好な電池が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち電解質にフルオロ硫酸リチウムを用いると、それ自体化学的および電気化学的に安定であるため電解液の分解反応が起こりにくくなると考えられる。」

(ウ)「【0010】
【実施例】以下に、好適な実施例を用いて本発明を説明する。…
【0013】有機電解液にはスルホランとジメチルカーボネートとを体積比1:1で混合した有機溶媒に、フルオロ硫酸リチウムを1モル/リットルの濃度で溶解させたものを用いた。電池には、上記電解液を約150μl注液した。…
【0015】有機溶媒としてエチレンカーボネートとエチルメチルスルホンとの混合物(体積比1:1)、スルホランとエチルメチルスルホンとの混合物(体積比1:1)を用いたことの他は本実施例と同様の構成とした本発明の電池をそれぞれ(B)および(C)とした。
【0016】さらに比較のために、電解質としてそれぞれ過塩素酸リチウム、トリフルオロメタンスルホン酸リチウム、四フッ化ほう酸リチウムおよび六フッ化燐酸リチウムを用いたこと他は、本発明の電池と同様の構成とした比較電池をそれぞれ(ア)、(イ)、(ウ)および(エ)と呼ぶ。
【0017】次に、これらの電池を2.0mAの定電流で、端子電圧が4.2Vに至るまで充電して、同じく2.0mAの定電流で、端子電圧が3Vに達するまで放電する充放電サイクル寿命試験を温度60℃でおこなった。各電池の充放電サイクルの進行にともなう放電容量の変化を図2に示す。
【0018】図2の結果から明かなように、本発明電池(A)、(B)および(C)は比較電池(ア)、(イ)、(ウ)および(エ)に比べ充放電サイクルの進行にともなう放電容量の低下が小さい。
【0019】
…さらに、溶媒も基本的に限定されず、従来の非水電解質二次電池に用いられているものを用いることが出来る。たとえば、有機溶媒としては非プロトン溶媒であるエチレンカーボネートなどの環状エステル類およびテトラハイドロフラン,ジオキソランなどのエーテル類があげられ、これら単独もしくは2種以上を混合した溶媒を用いることができ、固体電解質としてはポリエチレンオキサイドなどを用いることができる。また、上記実施例ではフルオロ硫酸リチウムを単体で用いる場合を説明したが、過塩素酸リチウム、トリフルオロメタンスルホン酸リチウム、四フッ化ホウ酸リチウム、六フッ化燐酸リチウムなどの1種以上と混合して用いることができる。」

(エ)「【図2】



イ 上記アの摘示,特に請求項1の記載よりみて,甲1には,次の発明が記載されているといえる。
「リチウムを吸蔵放出する炭素材料を主材とする負極と、正極と、非水電解質とを備えた非水電解質二次電池に用いられる非水電解質であって、前記電解質はフルオロ硫酸リチウムを含有している、非水電解質」(以下「甲1発明」という。)

(2)甲2?甲11の記載
ア 甲2は,「リチウム電池用電解液の製造方法」(発明の名称)に関するものであって,塩化水素を不純物として含有するヘキサフルオロリン酸リチウムおよびリチウム電池用有機非水溶媒からなる電解液と,不活性ガスとを接触させて塩化水素を除去することが記載され(請求項1),リチウム電池に応用する場合に問題となる全塩素濃度1ppm以下の実施例も記載されている(段落【0019】?【0024】実施例1,2)。

イ 甲3は,「リチウムイオン電池電解液」(参考訳)と題する中国語の論文であって,国内で生産されるLiPF_(6)は,一般的にパーセント含有量の基準を達成できるが,HF酸含有量があまりに高いので,精製しなければならないこと,精製方法としては,LiPF_(6)をジエチルエーテル又は炭酸ジメチルに溶解させ,LiF等不溶物をろ過して除去し,再結晶をした後に真空乾燥して得られること(参考訳)が記載されている(原文第3頁右欄下5行?第4頁左欄1行及び表3)。

ウ 甲4は,「リチウム二次電池」(発明の名称)に関するものであって,電解質に含まれるLiPF_(6)等は生成時にPCl等が用いられ,Clイオン等の陰イオンが酸コンタミネーションとして電解質内に残留することが記載されている(段落【0006】)。

エ 甲5は,「非水溶媒中におけるフルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩の製造方法及びその使用方法」(発明の名称)に関するものであって,フルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩を非水溶媒中に溶解して電池の電解液とする場合には,残存したイオン性不純物が電池性能に悪影響を及ぼすことが懸念される旨が記載されている(段落【0006】)。

オ 甲6は,「新規な電気二重層コンデンサ」(発明の名称)に関するものであって,電解液の溶質として一般式FSO_(3)M(ただし、式中のMはテトラアルキルアンモニウム、アンモニウムまたはアルカリ金属を示す)で表されるフルオロスルホン酸塩を利用すること,溶質の濃度が0.1?3Mであることが記載されている(特許請求の範囲第1項,第2項)。

カ 甲7は,「非水系電解液二次電池用セパレータ及び非水系電解液二次電池」(発明の名称)に関するものであって,電解質がLiPF_(6)を含有することが記載されている(段落[0078],[0143],[請求項20])。

キ 甲8は,「電池及び電解液組成物」(発明の名称)に関するものであって,電解質が,非水溶媒と,リチウム(Li)を含む電解質塩と,特定のジイソシアネート化合物とを含む電解液を含むこと(【請求項1】),リチウム電解質としてはLiPF_(6)が好適であることが記載されている(段落【0050】)。

ク 甲9は,「混合塩を含む非水電解液」(発明の名称)に関するものであって,電解液は,非水溶媒と,溶質とを含み,溶質は,第一リチウム塩と,該第一とは異なる第二リチウム塩を含むことが記載され(【請求項1】),第二塩としてLiPF_(6)も示されている(【請求項6】,段落【0017】,【0027】,【0028】表1)。

ケ 甲10は,「非水電解質電池及び電池パック」(発明の名称)に関するものであって,リチウム塩電解質として,六フッ化リン酸リチウム(LiPF_(6))が挙げられる旨が記載されている(段落【0025】)。

コ 甲11は,カナダ国TARGRAY社の製品データシートであって,LiPF_(6)を電解質とする標準的な非水系電解液の物性値が記載されている。

(3)請求項2に係る発明について
ア 甲1発明との対比
請求項2に係る発明と甲1発明を対比すると,後者の「リチウムを吸蔵放出する炭素材料を主材とする負極と、正極と」を備えた「非水電解質二次電池」は,各々,前者の「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極」を備えた「非水系電解液電池」に相当する。
また,後者に用いられる「非水電解質」は「フルオロ硫酸リチウム」を含有しており,これは,前者に用いられる「非水系電解液」に含まれる「フルオロスルホン酸リチウム」に相当する。
そして,通常,電解質は溶媒に溶解して電解液を構成するものであるところ,後者の実施例(段落【0010】,上記(1)ア(ウ))にも,スルホランとジメチルカーボネートとを体積比1:1で混合した有機溶媒を用いることが示されているから,後者の非水電解質は「有機溶媒」とともに用いられるものであって,これは,前者の「非水系溶媒」に相当する。
よって,両者は,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水電解質であって、該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、及び非水系溶媒を含有する、非水系電解液」
である点において一致し,次の点で相違している。

(相違点1)非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムの含有量について,請求項2に係る発明では,そのモル含有量が0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であるのに対して,甲1発明では,フルオロ硫酸リチウムの含有量が特定されていない点。

(相違点2)非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウム以外の電解質について,請求項2に係る発明では,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上4.0×10^(-3)mol/L以下であり,LiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であるのに対して,甲1発明では,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオン,LiPF_(6)のいずれも,その含有量が特定されていない点。

(相違点3)非水系電解液中の非水系溶媒について,請求項2に係る発明では,炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含むのに対して,甲1発明では,非水系溶媒の中身が特定されていない点。

イ 相違点についての検討
事案に鑑み,相違点2について検討する。
(ア)甲1は,電解質に六フッ化燐酸リチウムを用いた場合,電解質の分解が進行しフッ素が生成し,これが溶媒の分解反応を促進させるが,電解質にフルオロ硫酸リチウムを用いると保存特性にすぐれ,サイクル特性も良好な電池が得られることを見出したもの(段落【0009】)であり,実施例も,フルオロ硫酸リチウムの単体使用のみである(段落【0013】,【0015】?【0018】,図2)。フルオロ硫酸リチウム単体と六フッ化燐酸リチウムの併用も示唆されてはいるが(段落【0019】),さらに,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの特定量と併用することは何ら示されていない。

(イ)甲2?甲4,甲7?甲11にはいずれも,非水系電解液にヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))を適用することが記載されており,特に甲2?甲4には,塩化物イオンなどの残留を避ける必要があることも示されているが,フルオロスルホン酸リチウムの特定量と併用することについては何ら示されていない。
他方,甲5には,フルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩を非水溶媒中に溶解して電解液とすることが記載されているが,上記塩はフルオロスルホン酸リチウムではなく,ましてフルオロスルホン酸リチウムとヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))との併用については何ら示されていない。また,甲6には,一般式FSO_(3)Mで表されるフルオロスルホン酸塩が記載されているが,ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))との併用については何ら示されていない。

(ウ)そうすると,甲2?甲11のいずれをみても,甲1発明において,フルオロ硫酸リチウムに加えて,LiPF_(6)の特定量を,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの特定量とともに添加することの動機づけを見出すことができない。
そして,請求項2に係る発明は,非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり,かつ,フッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上3.0×10^(-5)mol/L以下であることにより,電池特性に優れるという,本件明細書に記載されるとおりの効果(段落【0264】?【0272】,表5,6)を確認したものである。

ウ 小括
よって,相違点1,3について検討するまでもなく,請求項2に係る発明は,甲1発明及び甲2?甲11に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)請求項4に係る発明について
ア 甲1発明との対比
請求項4に係る発明と甲1発明を対比すると,後者の「リチウムを吸蔵放出する炭素材料を主材とする負極と,正極と」を備えた「非水電解質二次電池」は,各々,前者の「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極」を備えた「非水系電解液電池」に相当する。
また,後者に用いられる「非水電解質」は「フルオロ硫酸リチウム」を含有しており,これは,前者に用いられる「非水系電解液」に含まれる「フルオロスルホン酸リチウム」に相当する。
そして,通常,電解質は溶媒に溶解して電解液を構成するものであるところ,後者の実施例(段落【0010】,上記(1)ア(ウ))にも,スルホランとジメチルカーボネートとを体積比1:1で混合した有機溶媒を用いることが示されているから,後者の非水電解質は「有機溶媒」とともに用いられるものであって,これは,前者の「非水系溶媒」に相当する。
よって,両者は,
「リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水電解質であって、該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、及び非水系溶媒を含有する、非水系電解液」
である点において一致し,次の点で相違している。

(相違点4)非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムの含有量について,請求項4に係る発明では,そのモル含有量が0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であるのに対して,甲1発明では,フルオロ硫酸リチウムの含有量が特定されていない点。

(相違点5)非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウム以外の電解質について,請求項4に係る発明では,硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下であり,LiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であるのに対して,甲1発明では,硫酸イオン分,LiPF_(6)のいずれも,その含有量が特定されていない点。

(相違点6)非水系電解液中の非水系溶媒について,請求項4に係る発明では,炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含むのに対して,甲1発明では,非水系溶媒の中身が特定されていない点。

イ 相違点についての検討
事案に鑑み,相違点5について検討する。
(ア)甲1は,電解質に六フッ化燐酸リチウムを用いた場合,電解質の分解が進行しフッ素が生成し,これが溶媒の分解反応を促進させるが,電解質にフルオロ硫酸リチウムを用いると保存特性にすぐれ,サイクル特性も良好な電池が得られることを見出したもの(段落【0009】)であり,実施例も,フルオロ硫酸リチウムの単体使用のみである(段落【0013】,【0015】?【0018】,図2)。フルオロ硫酸リチウムと六フッ化燐酸リチウムの併用も示唆されてはいるが(段落【0019】),さらに,硫酸イオン分の特定量と併用することは何ら示されていない。

(イ)甲2?甲4,甲7?甲11にはいずれも,非水系電解液にヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))を適用することが記載されており,特に甲3には硫酸イオンの言及もあるが,フルオロスルホン酸リチウムの特定量と併用することは何ら示されていない。
他方,甲5には,フルオロアルキルスルホニル基含有アルカリ金属塩を非水溶媒中に溶解して電解液とすることが記載されているが,上記塩はフルオロスルホン酸リチウムではなく,ましてフルオロスルホン酸リチウムとヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))との併用については何ら示されていない。また,甲6には,一般式FSO_(3)Mで表されるフルオロスルホン酸塩が記載されているが,ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF_(6))との併用については何ら示されていない。

(ウ)そうすると,甲2?甲11のいずれをみても,甲1発明において,フルオロ硫酸リチウムに加えて,LiPF_(6)の特定量を,硫酸イオン分の特定量とともに添加することの動機づけを見出すことができない。
そして,請求項4に係る発明は,非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり,かつ,硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下であることにより,電池特性に優れるという,本件明細書に記載されるとおりの効果(段落【0244】?【0256】,表1,2)を確認したものである。

ウ 小括
よって,相違点4,6について検討するまでもなく,請求項4に係る発明は,甲1発明及び甲2?甲11に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)請求項6ないし22に係る発明について
請求項6ないし22に係る発明はいずれも,請求項4に係る発明を引用してさらに技術的に特定したものである。
そして,前記(2)のとおり,請求項4に記載された発明は,甲1発明及び甲2?甲11に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,さらに技術的に特定した請求項6ないし22に係る発明も同様の理由により,甲1発明及び甲2?甲11に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)進歩性についてのまとめ
以上のとおり,請求項2,4,6ないし22に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第11号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,それらの発明についての特許は,進歩性欠如を根拠として取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり,本件訂正請求による訂正は適法なものである。そして,訂正後の請求項1,2,4,6ないし22に係る特許については,原決定における取消理由,申立人による異議理由のいずれによっても取り消すことはできない。また,他に訂正後の請求項1,2,4,6ないし22に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
更に,既に確定した請求項3と同様,本件訂正請求により,請求項5は削除されたから,特許異議の申立ての対象となる請求項が存在しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のカルボン酸イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上4.0×10^(-3)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項2】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中のフッ化物イオンを除いたハロゲン化物イオンの含有量が、1.0×10^(-7)mol/L以上3.0×10^(-)^(5)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF_(6)、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中の硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10^(-7)mol/L以上1.0×10^(-2)mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPF_(6)の含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
該非水系溶媒として炭素数2?4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3?7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
非水系電解液が、フッ素原子を有する環状カーボネートを含有する請求項4に記載の非水系電解液。
【請求項7】
前記フッ素原子を有する環状カーボネートが、非水系電解液中に0.001質量%以上85質量%以下含有されている請求項6に記載の非水系電解液。
【請求項8】
炭素-炭素不飽和結合を有する環状カーボネートを含有する請求項4、6及び7の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項9】
前記炭素-炭素不飽和結合を有する環状カーボネートが、非水系電解液中に0.001質量%以上10質量%以下含有されている請求項8に記載の非水系電解液。
【請求項10】
環状スルホン酸エステルを含有する請求項4及び6?9の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項11】
前記環状スルホン酸エステルの非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上10質量%以下である請求項10に記載の非水系電解液。
【請求項12】
シアノ基を有する化合物を含有する請求項4及び6?11のいずれか1項に記載の非水系電解液。
【請求項13】
前記シアノ基を有する化合物の非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上10質量%以下である請求項12に記載の非水系電解液。
【請求項14】
ジイソシアネート化合物を含有する請求項4及び6?13の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項15】
前記ジイソシアネート化合物の非水系電解液中における含有量が0.001質量%以上5質量%以下である請求項14に記載の非水系電解液。
【請求項16】
リチウムオキサラート塩類を含有する請求項4及び6?15の何れか1項に記載の非水系電解液。
【請求項17】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極及び正極、並びに請求項4及び6?16のいずれか1項に記載の非水系電解液を含む非水系電解液二次電池。
【請求項18】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、ケイ素の単体金属、合金及び化合物、並びにスズの単体金属、合金及び化合物のうちの少なくとも1種を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項19】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、炭素質材料を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項20】
前記負極は、集電体上に負極活物質層を有し、前記負極活物質層は、リチウムチタン複合酸化物を含有する負極活物質を含む請求項17に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項21】
前記正極は、集電体上に正極活物質層を有し、前記正極活物質層は、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・コバルト・ニッケル複合酸化物、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト・マンガン複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物、リチウム・コバルト・ニッケル複合酸化物、リチウム・ニッケル・マンガン複合酸化物、及びリチウム・ニッケル・コバルト・マンガン複合酸化物、からなる群より選ばれた少なくとも一種を含有する請求項17?20のいずれか1項に記載の非水系電解液二次電池。
【請求項22】
前記正極は、集電体上に正極活物質層を有し、前記正極活物質層は、LixMPO_(4)(Mは周期表の第4周期の第4族?第11族の遷移金属からなる群より選ばれた少なくとも一種の元素、xは0<x<1.2)を含有する請求項17?20のいずれか1項に記載の非水系電解液二次電池。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-07-13 
出願番号 特願2012-92111(P2012-92111)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 結城 佐織  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 粟野 正明
平塚 政宏
登録日 2016-08-19 
登録番号 特許第5987431号(P5987431)
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 フルオロスルホン酸リチウム、非水系電解液、及び非水系電解液二次電池  
代理人 川口 嘉之  
代理人 高田 大輔  
代理人 川口 嘉之  
代理人 出野 智之  
代理人 城山 康文  
代理人 高田 大輔  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 下田 俊明  
代理人 丹羽 武司  
代理人 金山 賢教  
代理人 城山 康文  
代理人 出野 智之  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 下田 俊明  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 金山 賢教  
代理人 丹羽 武司  
代理人 小島 諒万  
代理人 小島 諒万  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ