• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01G
管理番号 1366982
異議申立番号 異議2020-700381  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-03 
確定日 2020-10-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第6616884号発明「光電変換素子用色素溶液及び色素溶液調製用キット,並びに,光電変換素子の製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6616884号の請求項1ないし14に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6616884号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし14に係る特許についての出願(特願2018-508534号)は,平成29年(2017年) 2月14日(優先権主張 平成28年 3月30日)を国際出願日とする出願であって,令和 1年11月15日にその特許権の設定の登録がされ,同年12月 4日に特許掲載公報が発行された。その後,令和 2年 6月 3日に特許異議申立人 安藤 宏(以下「申立人」という。)により,請求項1ないし14に係る特許に対して,特許異議の申立てがされたものである。

2 本件発明
本件特許の請求項1ないし14に係る発明は,各々,その特許請求の範囲の請求項1ないし14に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,各々「本件発明1」ないし「本件発明14」という。)。
「【請求項1】
下記式(2)で表される金属錯体色素の少なくとも1種と、ケトン溶媒の少なくとも1種を含む溶媒と、を含有する光電変換素子用色素溶液。

式中、
La及びLbは、各々独立に、単結合、又は、エテニレン基、エチニレン基、アリーレン基及びヘテロアリーレン基から選択される共役連結基を示す。
Ar^(1)及びAr^(2)は、各々独立に、アリール基又はヘテロアリール基を示す。
R^(11)及びR^(12)は、各々独立に、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アリール基、アルキルチオ基、ヘテロアリール基、アミノ基又はハロゲン原子を示す。R^(11)及びR^(12)は互いに連結して環を形成していてもよい。
n^(11)及びn^(12)は、各々独立に、0?3の整数である。
A^(1)及びA^(2)は、各々独立に、酸性基を示す。
R^(21)及びR^(22)は、各々独立に、アルキル基、アルケニル基、アリール基、シアノ基、ハロゲン原子又は酸性基を示す。R^(21)及びR^(22)は互いに連結して環を形成していてもよい。
n^(21)及びn^(22)は、各々独立に、0?3の整数である。
L^(1)及びL^(2)は、各々独立に、単座の配位子、又は、L^(1)及びL^(2)が互いに連結してなる2座の配位子を示す。
【請求項2】
前記Ar^(1)及びAr^(2)は、各々独立に、アルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基又はアミノ基を有する請求項1に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項3】
前記La及びLbが、エテニレン基である請求項1又は2に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項4】
前記金属錯体色素が、下記式(3)で表される請求項1?3のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。

式中、
Ar^(11)?Ar^(14)は、各々独立に、アリール基又はヘテロアリール基を示す。
R^(13)及びR^(14)は、各々独立に、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、アルキルチオ基、ヘテロアリール基、アミノ基又はハロゲン原子を示す。
n^(13)及びn^(14)は、各々独立に、0?4の整数である。
R^(11)、R^(12)、n^(11)、n^(12)、A^(1)、A^(2)、L^(1)及びL^(2)は、それぞれ、前記式(2)におけるR^(11)、R^(12)、n^(11)、n^(12)、A^(1)、A^(2)、L^(1)及びL^(2)と同義である。
【請求項5】
前記L^(1)及びL^(2)が、各々独立に、イソチオシアネート基、チオシアネート基、イソセレノシアネート基、イソシアネート基、シアネート基、ハロゲン原子、シアノ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、アルコキシ基又はアリールオキシ基である請求項1?4のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項6】
前記ケトン溶媒が、下記式(4)で表される請求項1?5のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
式(4) R^(K1)-CO-R^(K2)
式中、
R^(K1)及びR^(K2)は、各々独立に、少なくとも炭素数1以上の直鎖のアルキル基若しくは炭素数3以上の分岐のアルキル基を示す。
【請求項7】
前記ケトン溶媒の総炭素数が、3?18である請求項1?6のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項8】
前記ケトン溶媒の分子量が、50?300である請求項1?7のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項9】
前記溶媒中の、前記ケトン溶媒の体積含有率が50%以上である請求項1?8のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項10】
前記溶媒が、前記ケトン溶媒のみを含む請求項1?9のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項11】
前記ケトン溶媒が、2-ブタノンである請求項1?10のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液。
【請求項12】
半導体微粒子と、請求項1?11のいずれか1項に記載の光電変換素子用色素溶液と、を接触させる、光電変換素子の製造方法。
【請求項13】
前記半導体微粒子と前記光電変換素子用色素溶液との接触時間を30分以上5時間以下とする請求項12に記載の光電変換素子の製造方法。
【請求項14】
下記式(2)で表される金属錯体色素の少なくとも1種を含有する色素剤と、ケトン溶媒の少なくとも1種を含む溶媒を含有する液剤と、を組み合わせてなる色素溶液調製用キット。

式中、
La及びLbは、各々独立に、単結合、又は、エテニレン基、エチニレン基、アリーレン基及びヘテロアリーレン基から選択される共役連結基を示す。
Ar^(1)及びAr^(2)は、各々独立に、アリール基又はヘテロアリール基を示す。
R^(11)及びR^(12)は、各々独立に、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アリール基、アルキルチオ基、ヘテロアリール基、アミノ基又はハロゲン原子を示す。R^(11)及びR^(12)は互いに連結して環を形成していてもよい。
n^(11)及びn^(12)は、各々独立に、0?3の整数である。
A^(1)及びA^(2)は、各々独立に、酸性基を示す。
R^(21)及びR^(22)は、各々独立に、アルキル基、アルケニル基、アリール基、シアノ基、ハロゲン原子又は酸性基を示す。R^(21)及びR^(22)は互いに連結して環を形成していてもよい。
n^(21)及びn^(22)は、各々独立に、0?3の整数である。
L^(1)及びL^(2)は、各々独立に、単座の配位子、又は、L^(1)及びL^(2)が互いに連結してなる2座の配位子を示す。」

3 申立ての理由の概要
申立人は,甲第1号証ないし甲第3号証を提示し,本件発明1ないし14は特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから,本件特許の請求項1ないし14に係る特許は取り消されるべきである旨主張している。

甲第1号証 特開2013-171641号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証 特開2010-251241号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証 国際公開第2009/019983号(以下「甲3」という。)

4 甲第1号証ないし甲第3号証について
(1)甲1には,「光電変換素子及び色素増感太陽電池」(発明の名称)に関して,次の記載がある。下線は当審が付した(以下同じ。)。

ア「【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板および透明電極を有する導電性支持体と、吸着基をもつ増感色素および半導体微粒子を有する感光体と、電解質を有する電解質層と、対極とを有し、前記電解質を保持するよう前記透明電極と前記対極とを絶縁する部材とを具備する光電変換素子であって、
前記感光体層に、下記条件A?Cのすべてを満たす総炭素数1?60の電子ブロッキング剤と前記増感色素とが共存し、前記両者がともに前記半導体微粒子に吸着されてなる光電変換素子。
[A:炭素に結合しpKaが7以下に相当する酸残基を有する。]
[B:アリーレン基、ヘテロアリーレン基、アルキレン基、アルケニレン基、またはアルキニレン基を含む連結基を有する。]
[C:有機概念図における置換基のI値が200以上であるかアニオン電荷を一つ以上持つ極性基を有する。]
【請求項2】?【請求項3】(略)
【請求項6】
前記増感色素が少なくとも下記式(II)で表される色素を含む請求項1?4のいずれか1項に記載の光電変換素子。
ML^(3)_(m3)L^(4)_(m4)Y_(mY)・CI (II)
[式中、Mは金属原子を表す。L^(3)は下記式L3で表される2座の配位子を表す。L^(4)は下記式L4で表される2座又は3座の配位子を表す。Yは1座又は2座の配位子を表す。m3は0?3の整数を表す。m4は1?3の整数を表す。mYは0?2の整数を表す。CIは電荷を中和させるのに対イオンが必要な場合の対イオンを表す。

(式中、Acは酸性基を表す。R^(a)は置換基を表す。R^(b)はアルキル基又は芳香環基を表す。e1及びe2は0?5の整数を表す。L^(c)及びL^(d)は共役鎖を表す。e3は0又は1を表す。fは0?3の整数を表す。gは0?3の整数を表す。)

(式中、Zd、Ze及びZfは5又は6員環を形成しうる原子群を表す。hは0又は1を表す。ただし、Zd、Ze及びZfが形成する環のうち少なくとも1つは酸性基を有する。)
【請求項7】?【請求項13】(略)」

イ「【技術分野】
【0001】
本発明は、光電変換素子及び色素増感太陽電池に関する。」

ウ「【0107】
式(II)で表される構造を有する色素の具体例を以下に示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、下記具体例における色素がプロトン解離性基を有する配位子を含む場合、該配位子は必要に応じて解離しプロトンを放出してもよい。
【0108】

【0109】



エ「【0168】
[色素吸着用液組成物]
本発明においては、有機溶媒中に、前記増感色素と電子ブロッキング剤とを含有させてなる色素吸着用液組成物を用いて、光電変換素子を作製することが好ましい。
【0169】
媒体となる有機溶媒の種類は特に限定されないが、非ハロゲン系の有機溶媒が挙げられ、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジエチルエーテル等のエーテル系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル系溶媒、メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチルセロソルブ等のアルコール系溶媒、その他ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、スルホラン、ジエチルホルムアミド、N-エチルピロリドン、ジメチルイミダゾリジノン等が挙げられる。
なかでも、アルコール類(特に総炭素数1?6の脂肪族アルコール)、アミド類(特に総炭素数2?6の脂肪族アミド類)またはその組み合せが好ましく、特にメタノール、t-ブタノール、エタノール、2-プロパノール、N、N-ジメチルアセトアミド、N、N-ジメチルホルムアミド、ジメチルイミダゾリジノン、またはその組み合せが好ましい。特に脱水処理した無水のものが好ましく、総炭素数は1?4が好ましく、脂肪族化合物が好ましく、アルコールであることが好ましい。無水エタノールであることがより好ましい。」

オ「【実施例】
【0204】
以下に実施例に基づき本発明について更に詳細に説明するが、本発明がこれに限定して解釈されるものではない。
【0205】
(実施例1)
光電極を構成する半導体電極の半導体層又は光散乱層を形成するための種々のペーストを調製し、このペーストを用いて、色素増感太陽電池を作製した。
【0206】
[ペーストの調製]
(ペーストA)球形のTiO_(2)粒子(アナターゼ、平均粒径;25nm、以下、球形TiO_(2)粒子Aという)とを硝酸溶液に入れて撹拌することによりチタニアスラリーを調製した。次に、チタニアスラリーに増粘剤としてセルロース系バインダーを加え、混練してペーストを調製した。
(ペースト1)球形TiO_(2)粒子Aと、球形のTiO_(2)粒子(アナターゼ、平均粒径;200nm、以下、球形TiO_(2)粒子Bという)とを硝酸溶液に入れて撹拌することによりチタニアスラリーを調製した。次に、チタニアスラリーに増粘剤としてセルロース系バインダーを加え、混練してペースト(TiO_(2)粒子Aの質量:TiO_(2)粒子Bの質量=30:70)を調製した。
(ペースト2)ペーストAに、棒状TiO_(2)粒子(アナターゼ、直径;100nm、アスペクト比;5、以下、棒状TiO_(2)粒子Cという)を混合し、棒状TiO_(2)粒子Cの質量:ペーストAの質量=30:70のペーストを調製した。
【0207】
以下に示す手順により、特開2002-289274号公報に記載の図5に示した光電極12と同様の構成を有する光電極を作製し、更に、光電極を用いて、同公報図3の光電極以外は色素増感型太陽電池20と同様の構成を有する10×10mmのスケールの色素増感型太陽電池を作製した。具体的な構成は添付の図2に示した。41が透明電極、42が半導体電極、43が透明導電膜、44が基板、45が半導体層、46が光散乱層、40が光電極、20が色素増感型太陽電池、CEが対極、Eが電解質、Sがスペーサーである。
【0208】
ガラス基板上にフッ素ドープされたSnO_(2)導電膜(膜厚;500nm)を形成した透明電極を準備した。そして、このSnO_(2)導電膜上に、上述のペースト1をスクリーン印刷し、次いで乾燥させた。その後、空気中、450℃の条件のもとで焼成した。更に、ペースト2を用いてこのスクリーン印刷と焼成とを繰り返すことにより、SnO_(2)導電膜上に図2に示す半導体電極42と同様の構成の半導体電極(受光面の面積;10mm×10mm、層厚;10μm、半導体層の層厚;6μm、光散乱層の層厚;4μm、光散乱層に含有される棒状TiO_(2)粒子Cの含有率;30質量%)を形成し、増感色素を含有していない光電極を作製した。
【0209】
まず下表の電子ブロッキング剤1gと等モル量のNaHを無水THFに加え、室温、窒素下で攪拌した。これを減圧乾固し、電子ブロッキング剤のNa塩を得た。以下の実施例では電子ブロッキング剤としてNa塩型の物を用いた。なおNa塩の代わりにK塩、Cs塩でも同様な効果が得られる。次に、半導体電極に色素を以下のようにして吸着させた。先ず、マグネシウムエトキシドで脱水した無水エタノールを溶媒として、これに下記表に記載の金属錯体色素(3×10^(-4)モル/L)及び電子ブロッキング剤等(1×10^(-4)モル/L)を溶解し、色素溶液を調製した。次に、この溶液に半導体電極を浸漬し、これにより、半導体電極に色素が約1.5×10^(-7)mol/cm^(2)および電子ブロッキング剤等が約0.3×10^(-7)mol/cm^(2)吸着した光電極40を完成させた。なお試験116では電子ブロッキング剤の仕込量を(0.3×10^(-4)モル/L)とし、試験117では(3×10^(-4)モル/L)とした。試験119は、ブロッキング剤1とCDCAを質量で1:2となるように併用した。他の試験水準における色素種、電子ブロッキング剤種、仕込量、吸着液溶媒の脱水処理有無は表1、表2のとおりである。
【0210】
次に、対極として上記の光電極と同様の形状と大きさを有する白金電極(Pt薄膜の厚さ;100nm)、電解質Eとして、ヨウ素及びヨウ化リチウムを含むヨウ素系レドックス溶液を調製した。更に、半導体電極の大きさに合わせた形状を有するデュポン社製のスペーサーS(商品名:「サーリン」)を準備し、光電極40と対極CEとスペーサーSを介して対向させ、内部に上記の電解質を充填して色素増感型太陽電池を完成させた。
【0211】
(初期の変換効率)
電池特性試験を行い、色素増感太陽電池について、変換効率ηiを測定した。電池特性試験は、ソーラーシミュレーター(WACOM製、WXS-85H)を用い、AM1.5フィルターを通したキセノンランプから1000W/m^(2)の疑似太陽光を照射することにより行った。I-Vテスターを用いて電流-電圧特性を測定し、変換効率(ηi/%)、Jsc、Voc、FFを求めた。
【0212】
(暗所保存後の変換効率の降下率)
65℃、300時間暗所経時後の光電変換効率(η_(f))を測定した。前記初期の変換効率(η_(i))に対する降下率(γd)(下式)を求めて評価を行った。
式: 降下率(γd)=(η_(i)-η_(f))/(η_(i))
【0213】
(性能のバラつきの評価)
同一の方法で7個の色素増感太陽電池を作製し、これらの光電変換効率(η_(i))に対する標準偏差の割合であるばらつき率(SD)を求めた。
【0214】

【0215】

【0216】
実施例はいずれも比較例に対して、Jsc、Voc、FF等のセルの詳細性能が比較的高く、その結果として高い変換効率が得られており、効率のばらつきが小さく、セルで暗所高温経時の変換効率低下率も小さいことが分かる。試験101?110では特にばらつきが小さく、試験111?114では特に暗所高温経時の変換効率低下率が小さいことがわかる。さらに、同一の色素を用いている素子間での対比(表2)では、顕著に、Jsc,Voc,FF,変換効率が改善され、性能ばらつき、耐久性が向上していることがわかる。
【0217】(略)
【0218】



カ 甲1に記載された発明
上記の摘示エ及びオ,特に,段落【0168】,【0209】,【0215】表2の「試験C21」,【0218】の「色素2」の記載よりみて,甲1には次の発明が記載されているといえる。

「無水エタノール溶媒中に,色素2(構造式省略)を含む増感色素及び電子ブロッキング剤を含有させてなる,光電変換素子作成に用いる色素吸着用液組成物」(以下「甲1発明」という。)

(2)甲2には,「色素増感型光電変換素子およびこれを用いた太陽電池」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【0140】
色素を溶解させる溶媒は、色素の溶解性に応じて適宜選択でき、メタノール、エタノール、t-ブタノール、ベンジルアルコール、2-メトキシエタノール、2-エトキシエタノール等のアルコール類;アセトニトリル、プロピオニトリル、3-メトキシプロピオニトリル等のニトリル類;ニトロメタン;ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;ジメチルスルホキシド;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセタミド等のアミド類;N-メチルピロリドン;1,3-ジメチルイミダゾリジノン;3-メチルオキサゾリジノン;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類;炭酸ジエチル、炭酸エチレン、炭酸プロピレン等の炭酸エステル類;アセトン、2-ブタノン、シクロヘキサノン等のケトン類;へキサン、石油エーテル、ベンゼン、トルエン等の炭化水素やこれらの混合溶媒等が好適である。中でも、色素I、特にルテニウム錯体、および色素IIの溶媒溶解性の観点から、水、炭素数1?4の低級アルコール、およびこれらの混合物等の親水性溶媒を用いることが好ましい。炭素数1?4の低級アルコールとしては、メタノール、エタノールまたは2-エトキシエタノール等が挙げられる。」

(3)甲3には,「色素増感型太陽電池」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「[0056]
色素溶液の接触は、通常は、ディッピングにより行われ、吸着処理時間(浸漬時間)は、通常、30分?24時間程度であり、吸着後、乾燥して色素溶液の溶媒を除去することにより、増感色素53を深く、内部まで浸透させて担持させることができる。即ち、本発明においては、半導体多孔質層50が、所定のサイズのマクロポアが多数形成されており、且つ空隙率も大きいため、上記のようにして色素溶液を接触させることにより、増感色素53を表層部分のみならず、内部まで深く且つ均等に担持させることができ、高い変換効率を確保することが可能となるわけである。
[0057]
用いる増感色素は、カルボキシレート基、シアノ基、ホスフェート基、オキシム基、ジオキシム基、ヒドロキシキノリン基、サリチレート基、α-ケト-エノール基などの結合基を有するそれ自体公知のものが使用され、前述した特許文献1?3等に記載されているもの、例えばルテニウム錯体、オスミウム錯体、鉄錯体などを何ら制限なく使用することができる。特に幅広い吸収帯を有するなどの点で、ルテニウム-トリス(2,2’-ビスピリジル-4,4’-ジカルボキシラート)、ルテニウム-シス-ジアクア-ビス(2,2’-ビスピリジル-4,4’-ジカルボキシラート)などのルテニウム系錯体が好適である。このような増感色素の色素溶液は、溶媒としてエタノールやブタノールなどのアルコール系有機溶媒を用いて調製され、その色素濃度は、3×10^(-4)乃至5×10^(-4)mol/l程度である。」

5 当審の判断
当審は,次のとおり,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,本件特許の請求項1ないし14に係る特許を取り消すことはできないと判断する。

(1)請求項1に係る発明について
ア 甲1に記載された発明との対比
本件発明1と,甲1発明とを対比すると,まず,甲1発明の「光電変換素子作成に用いる色素吸着用液組成物」は,本件発明1における「光電変換素子用色素溶液」に相当する。
そして,甲1発明の「色素2」は,本件発明1の「式(2)で表される金属錯体色素」において,「La及びLb」が「エテニレン基」,「Ar^(1)及びAr^(2)」が「ヘテロアリール基」,「n^(11)及びn^(12)」が「0」,「A^(1)及びA^(2)」が「酸性基」,「n^(21)及びn^(22)」が「0」,かつ,「L^(1)及びL^(2)」が「各々独立に、単座の配位子」の場合に相当する。
さらに、甲1発明の「無水エタノール溶媒」は,有機溶媒である点において,本件発明1の「溶媒」と共通する。
よって,両者は,
「式(2)で表される金属錯体色素の少なくとも1種と,溶媒と,を含有する光電変換素子用色素溶液」である点で一致するものの,次の相違点を有する。

(相違点)
色素溶液の溶媒が,本件発明1では,「ケトン溶媒の少なくとも1種を含む」ものであるのに対して,甲1発明では,「無水エタノール」である点。

イ 相違点について
(ア)本件発明1は,吸着時間を短くしても,得られる光電変換素子の光電変換効率を高め,しかも高温環境下での低下を抑制できる光電変換用色素溶液を提供することを課題とし(本件特許についての出願の願書に添付した明細書の段落【0009】「発明が解決しようとする課題」の欄),その解決手段として,特定の化学構造を有する金属錯体色素とケトン溶媒とを含む色素溶液を採用したものである(同段落【0010】「課題を解決するための手段」の欄)。
そして,その作用効果については,ケトン溶媒,金属錯体色素及び半導体微粒子それぞれの相互作用が改善されるなどの考察が記載されるほか(同段落【0023】),本件特許に特定される金属錯体色素とケトン溶媒とを組み合わせて含有させた色素溶液は,吸着時間を短くしても,得られる光電変換素子の光電変換効率を高め,しかも高温環境下での低下を抑制できることが,実施例具体的をもって示されている(同段落【0185】?【0188】表2?5)。

(イ)一方,甲1には,色素吸着用液組成物について,媒体となる有機溶媒の種類は特に限定されず,例示としてアセトン,メチルエチルケトン,シクロヘキサノン等のケトン系溶媒も挙げられているが,好ましい溶媒には挙げられておらず(摘示エ:段落【0168】),具体的実施例も,無水エタノールしか記載されていない(摘示オ:段落【0209】)。
また,甲2(段落【0140】),甲3(段落[0057])にも同様に,色素溶液の媒体は一般的にアルコールである旨が記載されるに止まり,ケトン溶媒について一行記載以上の具体的記述は見当たらない。
そうすると,甲1発明において,典型的なアルコール溶媒に代えて,列挙された有機溶媒の中から,敢えてケトン系溶媒を選択する動機づけは見当たらないし,仮にケトン溶媒を選択したとしても,そのことによる本件特許の請求項1に係る発明が奏する上記効果は,当業者といえども到底予測できたものではない。

(ウ)申立人は,本件特許の請求項1に係る発明においては,顕著な効果を奏しない旨主張するが,ケトン溶媒を用いることにより,典型的なアルコール溶媒に比して顕著な効果を奏することは上記(イ)で検討したとおりである。よって,申立人の主張は採用できない。
なお,申立人は,甲1について,上記甲1発明の上位概念に相当する「甲1A発明」からの進歩性についても主張しているが,甲1A発明と本件発明1との相違点は溶媒及び金属錯体色素に係るものであるところ,溶媒に係る相違点についての判断は上記(ア)、(イ)のとおりである。よって,金属錯体色素に係る相違点について検討するまでもなく,本件発明1が甲1に記載された発明に対して進歩性を有することに変わりはないから,「甲1A発明」からの進歩性について,詳細な検討は要しない。

ウ まとめ
以上のとおり,本件特許の請求項1に係る発明は,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)請求項2?13に係る発明について
ア 本件発明2?11はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用して,光電変換素子用色素溶液に係る発明特定事項を更に特定したものであるから,甲1発明と対比すると,少なくとも,上記(1)アの相違点を有し,その判断は,上記(1)イのとおりである。
よって,本件発明2?11はいずれも,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明12,13はいずれも,本件発明1ないし11に係る光電変換素子用色素溶液用いた光電変換素子の製造方法を特定したものである。そして,本件発明1ないし11と甲1発明とを対比すると,少なくとも,上記(1)アの相違点を有し,その判断は,上記(1)イのとおりである。
よって,本件発明12,13はいずれも,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)請求項14に係る発明について
ア 本件発明14と,甲1発明とを対比すると,まず,甲1発明の「無水エタノール溶媒」は,溶媒である限りにおいて,本件発明14の「溶媒を含有する液剤」に相当する。
そして,甲1発明の「色素2」は,本件発明14の「式(2)で表される金属錯体色素の少なくとも1種を含有する色素剤」において,「La及びLb」が「エテニレン基」,「Ar^(1)及びAr^(2)」が「ヘテロアリール基」,「n^(11)及びn^(12)」が「0」,「A^(1)及びA^(2)」が「酸性基」,「n^(21)及びn^(22)」が「0」,かつ,「L^(1)及びL^(2)」が「各々独立に、単座の配位子」の場合に相当する。
よって,両者は,
「式(2)で表される金属錯体色素の少なくとも1種を含有する色素剤と,溶媒を含有する液剤と,を組み合わせてなる」ものである点で一致し,次の相違点を有する。

(相違点2)
溶媒が,本件発明14は,「ケトン溶媒の少なくとも1種を含む」ものであるのに対して,甲1発明は,「無水エタノール」である点。

(相違点3)
発明の対象物が,本件発明14は「色素溶液調製用キット」であるのに対して,甲1発明は「光電変換素子作成に用いる色素吸着用液組成物」である点。

イ 相違点について
事案に鑑み,相違点2について検討すると,これは上記(1)アの相違点と同様であり,その判断は,上記(1)イと同様である。
よって,相違点3について検討するまでもなく(又は,申立人主張のとおり,色素吸着用組成物をキットとして調製することが容易に想到できたものであったとしても),本件発明14は甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6 むすび
以上のとおりであるから,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,本件特許の請求項1ないし14に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1ないし14に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。



 
異議決定日 2020-09-28 
出願番号 特願2018-508534(P2018-508534)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 近藤 政克  
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 北村 龍平
平塚 政宏
登録日 2019-11-15 
登録番号 特許第6616884号(P6616884)
権利者 富士フイルム株式会社
発明の名称 光電変換素子用色素溶液及び色素溶液調製用キット、並びに、光電変換素子の製造方法  
代理人 特許業務法人イイダアンドパートナーズ  
代理人 飯田 敏三  
代理人 篠田 育男  
代理人 赤羽 修一  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ