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審決分類 |
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H03H |
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管理番号 | 1367516 |
審判番号 | 不服2019-10950 |
総通号数 | 252 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2020-12-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-08-20 |
確定日 | 2020-10-21 |
事件の表示 | 特願2014-202936「オーバーモード音響反射体層を用いた温度補償型バルク弾性波デバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月16日出願公開、特開2015- 73271〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成26年10月1日(パリ条約による優先権主張2013年(平成25年)10月2日、アメリカ合衆国)の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。 平成30年 9月11日付け:拒絶理由通知書 平成30年11月15日 :意見書、手続補正書の提出 平成31年 4月24日付け:拒絶査定 令和 元年 8月20日 :拒絶査定不服審判の審判請求書、手続補正 書の提出 第2 令和元年8月20日にされた手続補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和元年8月20日にされた手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正について(補正の内容) (1)本件補正前の特許請求の範囲 本件補正前の平成30年11月15日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし13は、以下のとおりである。 「【請求項1】 バルク弾性波(BAW)デバイスであって、 第1電極と、 第2電極と、 前記第1電極および前記第2電極の間に結合される圧電層と、 温度補償を提供する第1反射体層を有し、前記第2電極に結合される反射体スタックと、を備え、 前記第1反射体層は、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有し、 前記反射体スタックは、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層をさらに含む、BAWデバイス。 【請求項2】 前記第1反射体層は、二酸化シリコン層を備える、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項3】 当該BAWデバイスは、SMR(solidly mounted resonator)型であり、 前記反射体スタックは、二酸化シリコン層とタングステン層とが交互に積層された層を含む、請求項2に記載のBAWデバイス。 【請求項4】 前記第1反射体層は、前記反射体スタックの最上層である、請求項3に記載のBAWデバイス。 【請求項5】 前記第1反射体層は、BAWデバイスにおける音波のエネルギーの30%を含むように構成される、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項6】 前記第1反射体層は、複数のミラーモードを提供するためのオーバーモード構造となる前記反射体スタックの最上層である、請求項1に記載のバルク弾性波(BAW)デバイス。 【請求項7】 前記最上層は、当該BAWデバイスにおける音波のエネルギーの20%以上を含むように構成される、請求項6に記載のBAWデバイス。 【請求項8】 前記最上層は、当該BAWデバイスの音波のエネルギーの30%を含むように構成される、請求項6に記載のBAWデバイス。 【請求項9】 前記第2反射体層は、当該BAWデバイスにおけるミラーモードの大きさの低減を助けるためのオーバーモード構造となる、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項10】 前記第1反射体層は、第1の音響インピーダンスを有し、前記第2反射体層は、前記第1の音響インピーダンスよりも大きい第2の音響インピーダンスを有する、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項11】 前記反射体スタックは、第1の音響インピーダンスを有する層と第2の音響インピーダンスを有する層とが交互に積層された層を含む、請求項9に記載のBAWデバイス。 【請求項12】 前記第1反射体層の厚さは、前記第2反射体層の厚さと同じである、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項13】 前記第1反射体層の厚さは、前記第2反射体層の厚さと異なる、請求項1に記載のBAWデバイス。」 (2)本件補正後の特許請求の範囲 本件補正により、特許請求の範囲は、次のとおり補正された。(下線は請求人が付与した。) 「【請求項1】 バルク弾性波(BAW)デバイスであって、 第1電極と、 第2電極と、 前記第1電極および前記第2電極の間に結合される圧電層と、 温度補償を提供する第1反射体層を有し、前記第2電極に結合される反射体スタックと、を備え、 前記第1反射体層は、二酸化シリコンで構成され、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有し、 前記反射体スタックは、二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層をさらに含む、BAWデバイス。 【請求項2】 当該BAWデバイスは、SMR(solidly mounted resonator)型であり、 前記反射体スタックは、二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の1/4の厚さを有する第3反射体層をさらに含み、二酸化シリコン層とタングステン層とが交互に積層された層を含む、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項3】 前記第1反射体層は、前記反射体スタックの最上層である、請求項2に記載のBAWデバイス。 【請求項4】 前記第1反射体層は、複数のミラーモードを提供するためのオーバーモード構造となる前記反射体スタックの最上層である、請求項1に記載のバルク弾性波(BAW)デバイス。 【請求項5】 前記第2反射体層は、当該BAWデバイスにおけるミラーモードの大きさの低減を助けるためのオーバーモード構造となる、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項6】 前記反射体スタックは、第1の音響インピーダンスを有する層と第2の音響インピーダンスを有する層とが交互に積層された層を含む、請求項5に記載のBAWデバイス。 【請求項7】 前記第1反射体層の厚さは、前記第2反射体層の厚さと同じである、請求項1に記載のBAWデバイス。 【請求項8】 前記第1反射体層の厚さは、前記第2反射体層の厚さと異なる、請求項1に記載のBAWデバイス。」 (3)本件補正の目的について ア 本件補正の内容 本件補正は、令和元年8月20日に提出された拒絶査定不服審判の審判請求書も参酌すると、次のように補正するものである。 (ア)本件補正前の請求項1の発明特定事項の「前記第1反射体層は、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有し」を、「前記第1反射体層は、二酸化シリコンで構成され、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有し」とし、「前記反射体スタックは、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層をさらに含む」を、「前記反射体スタックは、二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層をさらに含む」とし、本件補正後の請求項1とする。 (イ)本件補正前の請求項2、5、7、8及び10を削除する。 (ウ)本件補正前の請求項3の発明特定事項の「前記反射体スタックは、二酸化シリコン層とタングステン層とが交互に積層された層を含む」を、「前記反射体スタックは、二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の1/4の厚さを有する第3反射体層をさらに含み、二酸化シリコン層とタングステン層とが交互に積層された層を含む」とし、本件補正後の請求項2とする。 (エ)上記(イ)の補正に伴い、本件補正前の請求項4を本件補正後の請求項3、本件補正前の請求項6を本件補正後の請求項4、本件補正前の請求項9を本件補正後の請求項5、本件補正前の請求項11を本件補正後の請求項6、本件補正前の請求項12を本件補正後の請求項7、本件補正前の請求項13を本件補正後の請求項8とする。 イ 上記ア(ア)ないし(エ)の補正の目的 (ア)上記ア(ア)の補正は、本願発明の詳細な説明の段落【0020】、【0021】、【0036】や【図1】、【図2】などの記載に基づくものであり、新規事項を追加する補正ではない。また、上記ア(ア)の補正は、発明の特別な技術的特徴を変更する補正でもない。 そして、上記ア(ア)の補正は、「第1反射体層」と「第2反射体層」の構成をそれぞれ「二酸化シリコンで構成され」ると限定するものであり、かつ、発明特定事項の限定がなされた本件補正前の請求項1と、本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 (イ)上記ア(イ)とア(エ)の補正が請求項の削除を目的とするものに該当することは明らかである。 (ウ)上記ア(ウ)の補正は、本願発明の詳細な説明の段落【0020】、【0021】、【0036】や【図1】、【図2】などの記載に基づくものであり、新規事項を追加する補正ではない。また、上記ア(ウ)の補正は、発明の特別な技術的特徴を変更する補正でもない。 そして、上記ア(ウ)の補正は、「(二酸化シリコン層とタングステン層とが交互に積層された層を含む)反射体スタック」が「二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の1/4の厚さを有する第3反射体層をさらに含」むと限定するものであり、かつ、発明特定事項の限定がなされた本件補正前の請求項3と、本件補正後の請求項2(本件補正前の請求項3に対応する請求項)に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 2 補正の適否 本件補正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるから、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。 (1)本件補正発明 本件補正発明は、上記1(2)の請求項1に記載したとおりのものである。 (2)引用文献1について 平成31年4月24日付け拒絶査定の拒絶の理由で引用された本願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2004-235886号公報(2004年8月19日出願公開。以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。(なお、下線は当審にて付与した。) ア 「【0007】 【発明が解決しようとする課題】 しかしながら、上述した従来の技術では、温度特性を改善するためには、新たな膜を付加する必要があるため、素子を製造する工程が長くなってしまうという問題があった。 本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、新たな製造工程を増やすことを抑制した状態で、SMR(Solidly Mounted Resonator)型の圧電薄膜振動子など圧電薄膜素子の温度特性を改善することを目的とする。」 イ 「【0010】 【発明の実施の形態】 以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。 図1は、本発明の実施の形態における圧電薄膜素子(SMR型の圧電薄膜振動子)の構成例を概略的に示す模式的な断面図である。この圧電薄膜素子は、まず、単結晶シリコンなどから構成された基板101の上に、ZnO層(高音響インピーダンス層)102とSiO_(2)層(低音響インピーダンス層)103とが交互に積層されて最上層がSiO_(2)層104とされた音響多層膜105を備えている。音響多層膜105は、例えば、8層以上積層されている。 【0011】 音響多層膜105の上には、電極膜106,108に挟まれた例えばZnOからなる圧電薄膜107が形成されている。また、電極膜106,108は、例えば、膜厚5nm程度のCr膜と膜厚30nm程度のAu膜とから構成されたものである。ここで、単独の状態とした圧電薄膜107の共振周波数をF_(0)とすると、圧電薄膜107の膜厚は、周波数F_(0)の音波が単独の圧電薄膜107を伝搬するときの波長λの半分としたものである。 【0012】 ところで、上記の膜厚は、一般に、「圧電薄膜107の膜厚は、1/2λの厚さを有する」と表現される。以降では、各層の膜厚について、「λ」を用いた記載とする。例えば、「SiO_(2)層103の膜厚は、1/4λである」とは、SiO_(2)層103の膜厚は、周波数F_(0)の音波が単独のSiO_(2)層103を伝搬するときの波長λの1/4であることを示している。従って、「λ」の値は、各層において異なるものとなる。」 ウ 「【0015】 音響多層膜105の層数の増加に伴い、圧電薄膜107から基板101の方向を見た負荷インピーダンスが小さくなる。従って、音響多層膜105を、例えば8層以上の多層とすることで、圧電薄膜107を両面自由な状態に近づけることが可能となり、Q値の高い共振を実現することが可能となる。 加えて、本実施の形態では、低音響インピーダンス層の1つであるSiO_(2)層104の膜厚d_(1)を、他のSiO_(2)層103の膜厚d_(2)より厚く形成することで、図1に示す圧電薄膜素子の共振周波数温度係数(TCF)を、より「0」に近づけるようにした。TCFが「0」に近いということは、周波数温度特性が良いこととなる。 【0016】 発明者らの調査により、圧電薄膜107に最も近い最上層のSiO_(2)層であるSiO_(2)層104の膜厚をλ/4より厚くすることで、図1に示す圧電薄膜素子のTCFを「0」に近づけることが可能となることが判明した(図2)。図2より明らかなように、SiO_(2)層104の膜厚d_(1)を0.47λ程度とすることで、TCFをほぼ0とできる。なお、図2は、電極膜106,108の厚さは0として解析を行った結果である。 【0017】 SiO_(2)の薄膜(非晶質)は、酸化亜鉛からなる圧電薄膜107とは、遅延時間温度係数(TCD)が互いに逆符号であり、このような材料を、音響多層膜105の低音響インピーダンス層として用いることで、上述したように、図1に示す圧電薄膜素子のTCFを「0」に近づけることが可能となる。また、本実施の形態によれば、新たな層を付加することなく、図1に示す圧電薄膜素子のTCFを「0」に近づけることが可能となる。」 エ 「【0020】 ここで、発明者らの調査により、音響多層膜105の最上層であるSiO_(2)層104の膜厚をλ/4より厚くすると、以下に示すように、圧電薄膜素子の他の特性に影響を与えることが判明した。図3は、音響多層膜105の最上層であるSiO_(2)層104の膜厚をλ/4より厚くすることで、圧電薄膜素子の実効的電気機械結合係数(K^(2))が、低下することを示している。これは、SiO_(2)層104に含まれる振動エネルギーが大きくなるためと考えられる。なお、図3は、電極膜106,108の厚さは0として解析を行った結果である。 【0021】 つぎに、SiO_(2)層104の膜厚をパラメータとして圧電薄膜素子の各部における振動エネルギーを振動変位|u|として図4及び図5に示す。図4と図5において、変化のピークを比較すると、SiO_(2)層104を膜厚λ/4とした場合(図4)のSiO_(2)層104に含まれる振動エネルギーよりも、SiO_(2)層104の膜厚(d_(1))を0.47λとした場合(図5)の方が大きくなっている。なお、図4,5は、ZnO層102,SiO_(2)層103の積層数を8層とした音響多層膜105の場合を例にしたものである。 【0022】 また、図4と図5との比較から明らかなように、基板101に洩れるエネルギーが、d_(1)を0.47λとした場合の方が大きく、このことが、Q値を下げる要因となっている。なお、Q値は、固有振動を起こした際の共振特性の鋭さの度合いを表すものである。 【0023】 以上のことをふまえ、発明者らは、SiO_(2)層104の膜厚(d_(1))に加え、SiO_(2)層103の膜厚(d_(2))及びZnO層102の膜厚を各々変化させ、TCFが「0」になる組み合わせについて調査した。この調査結果を図6に示す。図6に示すように、d_(2)が変化することによっても、K^(2)やQ値が変化している。また、d_(1)については、TCF=0を満足する2つの領域が存在していることが判る。 【0024】 このなかで、d_(1)=0.47λの付近では、K^(2)が大きくなるとQ値が小さくなる傾向があり、圧電薄膜素子に要求される特性に応じてd_(1)を設定した方がよいことが判る。 また、d_(1)=0.75λ付近では、K^(2)とQ値のどちらも同じ位置でピークになっている。これは、SiO_(2)層104の膜厚(d_(1))が3/4λとなるところに相当し、SiO_(2)層104にλ/2の厚さを有するSiO_(2)層が付加されている状態と考えられる。この結果、d_(1)=0.75λ付近では、K^(2)とQ値のピークが一致するものと考えられる。ただし、図7に示すように、SiO_(2)層104の膜厚がλ/2増えたため、SiO_(2)層104に含まれる振動エネルギーが大きくなり、K^(2)は、d_(1)=0.46λ?0.48λ付近より低くなっている。 【0025】 以上に説明したように、本実施の形態によれば、まず、音響多層膜105の低音響インピーダンスの層を圧電薄膜107と異なる符号の周波数温度特性を備えたSiO_(2)から構成した。加えて、ZnO層102,SiO_(2)層103の膜厚をλ/4とした状態で、SiO_(2)層104の膜厚をλ/4より大きくすることで、圧電薄膜素子の周波数温度特性を改善するようにした。このなかで、SiO_(2)層104の膜厚を、0.47λとすることで、図1の圧電薄膜素子のTCFをほぼ「0」とすることが可能となる。 【0026】 また、図6にも示したように、SiO_(2)層103をλ/4より厚く形成し、SiO_(2)層104は、SiO_(2)層103より厚く形成することで、TCF=0を満足し、かつQ値やK^(2)を要求される特性とすることが可能となる。 近年、通信量の加速度的な増加に伴って通信システムのより一層の高周波化が要求されている中で、上述した本実施の形態における圧電薄膜素子によれば、超高周波で使用できる温度特性の良い弾性波素子を提供できるようになる。」 オ 図1 カ 図6 キ 上記イとオから、電極膜106,108のうち、電極膜106が音響多層膜105に結合されていることが見てとれる。 ク 上記ウの段落【0015】の「低音響インピーダンス層の1つであるSiO_(2)層104の膜厚d_(1)を、他のSiO_(2)層103の膜厚d_(2)より厚く形成することで、図1に示す圧電薄膜素子の共振周波数温度係数(TCF)を、より「0」に近づけるようにした。TCFが「0」に近いということは、周波数温度特性が良いこととなる。」との記載及び、段落【0017】の「SiO_(2)の薄膜(非晶質)は、酸化亜鉛からなる圧電薄膜107とは、遅延時間温度係数(TCD)が互いに逆符号であり、このような材料を、音響多層膜105の低音響インピーダンス層として用いることで、上述したように、図1に示す圧電薄膜素子のTCFを「0」に近づけることが可能となる。」との記載から、SiO_(2)層104は、圧電薄膜107とは、遅延時間温度係数(TCD)が互いに逆符号であるといえる。 また、上記段落【0015】と【0017】の記載及び、段落【0026】の「SiO_(2)層103をλ/4より厚く形成し、SiO_(2)層104は、SiO_(2)層103より厚く形成することで、TCF=0を満足し、かつQ値やK^(2)を要求される特性とすることが可能となる。」との記載からは、SiO_(2)層104の膜厚を、他のSiO_(2)層103の膜厚より厚く形成することで圧電薄膜素子の共振周波数温度係数(TCF)を、より「0」に近づける、すなわち圧電薄膜素子の周波数温度特性を良くするといえる。 ケ 上記エ(特に、段落【0024】)とカからは、K^(2)(実効的電気機械結合係数)とQ値(固有振動を起こした際の共振特性の鋭さの度合いを表すもの)はSiO_(2)層104の膜厚が3/4λでピークとなることが示されている。 コ 上記アからケの記載事項から、引用文献1には以下の発明が記載されていると認める。(以下、「引用発明」という。) 「圧電薄膜素子(SMR型の圧電薄膜振動子)であって、(イ) 基板101の上に、ZnO層(高音響インピーダンス層)102とSiO_(2)層(低音響インピーダンス層)103とが交互に積層されて最上層がSiO_(2)層104とされた音響多層膜105を備え、(イ) 前記音響多層膜105の上には、音響多層膜105と結合された電極膜106と、電極膜108に挟まれた圧電薄膜107が形成されており、(イ、キ) 前記SiO_(2)層104は、圧電薄膜107とは、遅延時間温度係数(TCD)が互いに逆符号であり、(ク) 各層の共振周波数F_(0)の音波が各層を伝搬するときの波長をλとしたとき、(イ) 前記SiO_(2)層103をλ/4より厚く形成し、SiO_(2)層104は、SiO_(2)層103より厚く、例えば3/4λの厚さに形成することで、圧電薄膜素子の周波数温度特性を良くする、(エ、ク、ケ) 圧電薄膜素子。」 (3)対比 本件補正発明と引用発明とを対比する。 ア バルク弾性波(BAW:Bulk Acoustic Wave)フィルタは、バルク弾性波と呼ばれる、電極に挟まれた圧電体薄膜において圧電効果で生じる振動波を用いるものであり、BAWフィルタの共振構造はSMR(Solid Mounted Resonator)型とFBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)型の2種類に大別され、SMR型が2つの電極(Top Electrode、Bottom Electrode)と当該電極に挟まれた圧電層(Piezoelectric Layer)からなる共振器と基板(Si sub)との間に多層構造の音響ミラー(Acoustic mirror)を設けた構成であることは当業者にとって技術常識(必要であれば、電子情報通信学会「知識の森」(http://www.ieice-hbkb.org)10群7編3章第40頁「3-7-4 BAWフィルタ」を参照されたい。)である。 したがって、上記SMR型と同様の構成を有する引用発明である圧電薄膜素子(SMR型の圧電薄膜振動子)は、バルク弾性波フィルタであるといえる。そして、デバイスという用語はフィルタを含む広い概念の用語であることから、本件補正発明でいう『バルク弾性波(BAW)デバイス』は、引用発明の「圧電薄膜素子(SMR型の圧電薄膜振動子)」を含むものである。 イ 引用発明の「音響多層膜105」は「ZnO層(高音響インピーダンス層)102と温度補償を提供するSiO_(2)層(低音響インピーダンス層)103とが交互に積層されて最上層が温度補償を提供するSiO_(2)層104とされた」ものであり、SiO_(2)層が積層された構成を有している。 一方、本件補正発明でいう『反射体スタック』は「二酸化シリコンで構成され」た「第1反射体層」や「第2反射体層」を含むものであり、「SiO_(2)」が『二酸化シリコン』を示す化学式であるから、本願補正発明の『反射体スタック』もSiO_(2)層が積層された構成を有しているといえる。 してみると、引用発明の「音響多層膜105」は、本件補正発明でいう『反射体スタック』に対応するものであるといえる。 ウ 引用発明では「前記音響多層膜105の上には、音響多層膜105と結合された電極膜106と、電極膜108に挟まれた圧電薄膜107が形成されて」おり、「電極膜106」、「電極膜108」、「圧電薄膜107」は、それぞれ、本件補正発明でいう『(反射体スタックに結合される)第2電極』、『第1電極』、『前記第1電極および前記第2電極の間に結合される圧電層』に相当する。 エ バルク弾性波(BAW)デバイスにでは、圧電層の厚さにより音響主モードの共振周波数が定められ、この共振周波数は縦方向の音響バルク波であり、デバイスの各層が一体となって音響バルク波が共振することで主共振を決定するものであることは技術常識である。 上記技術常識を踏まえると、引用発明においてバルク弾性派デバイスの各々の膜を伝搬するときの波長は、縦方向の波長、すなわち縦波波長であり、いずれの膜でも「BAWデバイスの主共振周波数」で動作しているから、引用発明の「各層の共振周波数F_(0)の音波が各層を伝搬するときの波長」である「λ」は、「BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長」に相当するものである。 オ 引用発明の「音響多層膜105」に含まれる「SiO_(2)層104」は、「圧電薄膜107とは、遅延時間温度係数(TCD)が互いに逆符号であ」り、「圧電薄膜素子の周波数温度特性を良くする」ものであるから、『温度補償を提供する』ものであるといえる。 また、「SiO_(2)層104」は「(λ/4より厚く形成された)SiO_(2)層103より厚く、例えば3/4λの厚さに形成」されている。 したがって、「SiO_(2)」が『二酸化シリコン』を示す化学式であること及び上記エの検討内容を踏まえると、引用発明の「SiO_(2)層104」は、本件補正発明でいう『反射体スタック』が有する『温度補償を提供する第1反射体層』であって、『二酸化シリコンで構成され、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有』する『第1反射体層』であるといえる。 カ 引用発明の「音響多層膜105」に含まれる「SiO_(2)層103」の厚さは、「λ/4より厚く形成」されている。 また、「SiO_(2)」は『二酸化シリコン』を示す化学式であり、上記エで検討したように、引用発明における「λ」は、「BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長」に相当するものである。 ここで、「SiO_(2)層103」の厚さを「λ/4より厚く形成」することは「SiO_(2)層103」の厚さをλ/2以上とした構成を含むものである。他方、本件補正発明において『第2反射体層』を『前記音波(BAWデバイスの主共振周波数における音波)の縦波波長の少なくとも半分の厚さ』とすることについは、本願明細書を参酌しても、その技術的意義、すなわち臨界的意義が明らかでない。 してみると、引用発明の「(λ/4より厚く形成した)SiO_(2)層103」は、本件補正発明でいう『反射体スタック』が含む『二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層』であるといえる。 キ 上記イないしカを総合すると、引用発明における「音響多層膜105」は、『温度補償を提供する第1反射体層を有し、前記第2電極に結合される反射体スタック』であって、『前記第1反射体層は、二酸化シリコンで構成され、当該BAWデバイスの主共振周波数における音波の縦波波長の3/4から前記音波の縦波波長の4/5の間の厚さを有し』、『二酸化シリコンで構成され、前記音波の縦波波長の少なくとも半分の厚さを有する第2反射体層をさらに含む』『反射体スタック』に相当する。 (4)小活 上記(3)で対比したように、本件補正発明と引用発明との間に相違点は存在しない。したがって、本件補正発明は引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 3 本件補正についてのむすび 以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。 よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。 第3 本願発明について 1 本願発明 本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成30年11月15日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2の1(1)に記載のとおりのものである。 2 原査定の拒絶の理由の概要 原査定の拒絶の理由2は、この出願の請求項1、2、5-13に係る発明は、本願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2004-235886号公報(引用文献1)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、というものを含むものである。 3 引用文献1について 引用文献1に記載された発明(引用発明)は上記第2の2(2)に記載したとおりである。 4 対比・判断 上記第2の2(3)に記載したとおり、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに『第1反射体層』と『第2反射体層』の構成を『二酸化シリコン』と限定したものに相当する補正後の発明と引用発明とに相違点は存在しないのであるから、本願発明も引用文献1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないことは明らかである。 第4 むすび 以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2020-05-15 |
結審通知日 | 2020-05-19 |
審決日 | 2020-06-02 |
出願番号 | 特願2014-202936(P2014-202936) |
審決分類 |
P
1
8・
113-
WZ
(H03H)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | ▲高▼橋 徳浩 |
特許庁審判長 |
吉田 隆之 |
特許庁審判官 |
岡本 正紀 中野 浩昌 |
発明の名称 | オーバーモード音響反射体層を用いた温度補償型バルク弾性波デバイス |
代理人 | 森下 賢樹 |